古澤頼子「眠れない夜に」

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1 : ◆foQczOBlAI [saga]:2019/03/31(日) 23:45:33.53 ID:wwyKhzBr0
眠れない。

その日はなぜか眠ることが出来なかった。

積み重なった小さな悩み、それが不安となって私の睡眠を妨害する。

布団を頭までかぶって瞼を閉じると不安はビジョンとなって浮かぶ。

確かにアイドルという一般的な女子高生とはかけ離れた生活をしているかもしれない。

しかし私だってまだ17歳の女の子なんです。こんな気分にだってなる日だってある。

原因はなんてことはない、今はどこもかしこも卒業シーズンなので自分もそのことについて考えてしまった。

ただ私の場合は学校についてではない、アイドルからの卒業についてだ。

学校と同じようにアイドルも卒業しなければいけない日は必ず来る。

そのとき私は上手く笑えるのだろうか、答えなど出るはずもない問題に頭を悩ませていた。


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2 : ◆foQczOBlAI [saga]:2019/03/31(日) 23:47:08.19 ID:wwyKhzBr0


部屋に響く時計の針の音、決まったテンポで刻まれるそれがいやに大きく感じた。

そのままベッドにいても眠れないままなので勢いをつけて起き上がる。

春に近づいてきたとはいえやっぱり夜中は冷えるもので、寒さがより頭を冴えさせる。

完全に眠れなくなった、なにか暖かいものでも飲もうかな。

薬缶をコンロの火に掛けると同時にそれで冷えた手を温める。しばらくぼーっとしていたら鳴り始めた笛によって意識を戻された。

いつもよりミルクと砂糖を多めに入れたコーヒーを作る。

暖かくて甘くて、落ち着く味。こんな時間にこんなものを飲んでいるなんて、脳裏に浮かんだトレーナーさんにごめんなさいと謝罪する。

なにかをしていないと落ち着かないが特にテレビなどは見る気にはなれなかった。

なんとなく窓から夜空を見てみても星も月も見えなかった。

夜はどこまでも暗くて、街灯の存在だけがここが闇の中ではないことを教えてくれる。

不意に孤独感が込み上げてきた。一人でいるのが寂しい、誰かを感じていたいよ。
3 : ◆foQczOBlAI [saga]:2019/03/31(日) 23:47:35.16 ID:wwyKhzBr0

居ても立っても居られずスマホを手に取り連絡先を確認する。

そうは言ってもこんな時間だ。起きている人の方が少ないだろう。

あ、そういえば……。日中の彼女のことを思い出す。

池袋晶葉ちゃん、同じ事務所の同僚であり、私の大切な友人。

今日の彼女は上機嫌でありながらどこかそわそわした様子だった。理由を尋ねると「いいアイディアが浮かんだんだ!」と満面の笑みで言っていた。

それからレッスンが終わると一目散に帰ってしまった彼女、もしかしたらそのまま時間を忘れてロボ製作に勤しんでいるかもしれない。

薄い希望を抱きながら『今起きてる?』メッセージを送る。

いつも私は彼女のことを思い、口酸っぱく夜更かしはダメだと言ってきた。しかし、今日だけは夜更かししていて欲しいと願ってしまう。自分勝手だろうか。

またもや部屋を静寂が支配する。カチカチカチと時計の音が響く。

大体三周くらいしただろうか。不意に携帯が震える、急いで確認するとやっぱり晶葉ちゃんからだ。

4 : ◆foQczOBlAI [saga]:2019/03/31(日) 23:48:11.82 ID:wwyKhzBr0


『起きてるが、どうしたんだ?』

『なんとなく眠れなくて……』

『頼子もそんなことがあるんだな』

『電話してもいいかな?』


これは流石に甘えすぎだろうか?ごめんなさい、でも、それでも。今日はそんな日なんです。誰にでもなく言い訳をする。

少し間が開いて返事の代わりに通話の通知が来る。


「もしもし……」

『繋がったな。作業しながらだから通話のほうがありがたい』

「ロボ作ってるの……?」

『ああ、今日浮かんだ素晴らしいアイディアを形にしているところだよ』


耳を澄ますと確かに甲高い金属音と何かがこすれる音が聞こえる。
5 : ◆foQczOBlAI [saga]:2019/03/31(日) 23:48:46.26 ID:wwyKhzBr0


「早く寝ないとダメだよ……」

『それを頼子が言うか?』

「私は……たまたまだから」

『それなら私だってたまたまだ』

「もう……、でも今日は助かりました」

『頼子のピンチを察知して起きていたのだよ』

「さっきはたまたまだって……」

『ふむ、ならばこれは運命だな』

「運命って……、非科学的じゃないの……?」

『科学者は時にロマンチストにもなるからな。運命だって信じているよ』

「調子いいんだから……」


運命か。

Pさんに出会えたこと、みんなに出会えたこと、晶葉ちゃんに出会えたこと。

私にとってどれもこれもが運命的な出会いで大切な宝物。
6 : ◆foQczOBlAI [saga]:2019/03/31(日) 23:49:42.26 ID:wwyKhzBr0

『それで、なにか悩みでもあるのか?ただ雑談したいだけならそれはそれで別にいいが』

「本当にたいしたことじゃないんだけどね……」

『たいしたことないと思っていても実は大きな問題に繋がることもある。ロボ製作と一緒だ』

「うん……、実はね……」


そう言って胸の内を吐露する。卒業のこと、孤独感のこと。

華やかな世界を知ってしまった。自分と関係ないと思っていた日常がこうも楽しくて、素晴らしくて、掛け替えのないものだとは。

徐々に涙声が混じっているのが自分でもわかった。でも仕方ない、一度決壊した感情のダムは自分でも上手く制御できないのだ。

ああ、情けない。年上なのに、私のほうがお姉ちゃんなのに。
7 : ◆foQczOBlAI [saga]:2019/03/31(日) 23:50:21.56 ID:wwyKhzBr0

晶葉ちゃんは黙って聞いてくれた。通話口から作業音がしなくなっていた。手を止めてまで聞いてくれているのだろう。

私が話し終えるとかちゃかちゃとまた作業を再開した音が聞こえる。そして、晶葉ちゃんの力強い声も。


『はは、頼子は心配性だな』

「だって……、だって……」

『変わらないものなどないし、未来などわからないじゃないか』


そんなことはわかっている。頭ではわかっていても納得できていない。

私の悩みなどどこ吹く風やら、晶葉ちゃんはさらに言葉を続ける。


『ただ、私は頼子とずっと友達でいよう。それだけは変わらないし、確定した未来だ』

「……矛盾してない?」

『私はロマンチストだからな』
8 : ◆foQczOBlAI [saga]:2019/03/31(日) 23:51:16.91 ID:wwyKhzBr0


簡単で簡潔な言葉だけどどこまでも力を持っていた。

まだちょっと不安だけど晶葉ちゃんなら信じられる。


『それでもまだ寂しいなら特別にメカ晶葉とメカPも作ってやるぞ』

「そ、それはいいかな……」

『そうか、残念だ』


元気が出た、それと同時に安心したら眠気も襲ってきた。自分の身体ながら現金だ……。


「今日はありがとね……」

『なに、感謝なら身体で支払ってもらうさ』
9 : ◆foQczOBlAI [saga]:2019/03/31(日) 23:51:45.87 ID:wwyKhzBr0

「な、なにをさせるの……?」

『今作っているロボの実験台になってもらうよ』

「お、お手柔らかに……」

『ああ、最高のものを作ってやる』


どうしよう、会話が成立していません!

いや、今日は迷惑かけたんだ。腹をくくろう。
10 : ◆foQczOBlAI [saga]:2019/03/31(日) 23:52:22.90 ID:wwyKhzBr0


「それじゃあ……、そろそろ寝ます……。ロボ作りもほどほどにね……」

『ああ、おやすみ。なにかあったらまたいつでも頼ってくれ』

「うん……、頼りにしているよ……。おやすみなさい……」


そういって電話を切った。

今だったらぐっすり眠れそう。そしていい夢が見れそう。

矛盾している?

……だって私もロマンチストだから。
11 : ◆foQczOBlAI [saga]:2019/03/31(日) 23:53:49.49 ID:wwyKhzBr0
以上で短いけれど終わりです。

晶葉と頼子の距離感は素晴らしいのであきよりは流行ってください。
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