白菊ほたる「運命の輪」 【ウルトラマンジード×シンデレラガールズ】

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:30:11.22 ID:2rdIn1Hco

(プロローグ)


 街に響く地鳴り、悲鳴、サイレン――

 しかしその少女は、何も聞こえていないかのように足を動かしていた。

 鋼鉄の肉体を持つ、冷徹な機械怪獣。

 その巨躯を目の前にしても、彼女は動じていなかった。

 怪獣が重々しく足を持ち上げ、その影に彼女が呑み込まれる。

 今にも踏み潰されそうになった刹那、浮かべていた表情は――

 疲労と、深い諦念と、ある種の決意が綯い交ぜとなり、

 僕の心を突き刺して止まないほど、

 沈んだ情調に彩られていた。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1553063410
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:32:29.00 ID:2rdIn1Hc0

※ウルトラマンジード×アイドルマスターシンデレラガールズのSSです。

※過去怪獣のリメイクという形でオリジナル怪獣がいます。

※捏造設定・独自解釈などご注意ください。

※ジード18話「夢を継ぐ者」から21話「ペガ、家出する」の間の話です。

※遅ればせながら、ほたるちゃん、総選挙12位、CDデビュー決定おめでとうございます。

※白菊ほたる(13)

3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:33:03.18 ID:2rdIn1Hc0

(一)


P「次のライブ、ソロでいこうと思ってる」

 それは、冬に向けて空気が冷たくなってきた十一月、ある雨の日のこと。
 雨粒が窓を叩く中、私を呼び出したプロデューサーさんはそう切り出しました。

 しとしと、しとしと。

 やけにはっきりと聞こえる雨音。
 まるで部屋の中だけ時が止まったみたいに、雨音だけが時間を削り取っていく。

P「ほたる?」

 どれだけ時間が経ったかわからなかったけれど、彼の呼びかけで私は我に返りました。
 心配そうにこちらの表情をうかがってくる姿に、ずき、と胸が疼きます。

ほたる「ソロ……ですか」

P「うん。これまでは茄子さんとのユニットだったけど、そろそろひとりでステージに立ってもいい頃合いだと思うんだ」

ほたる「…………」
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:33:55.99 ID:2rdIn1Hc0

P「これは総合的に判断してのことだ。ほたる自身の人気も上がってきたし、取材や撮影はもうソロでもこなせるようになってる」

ほたる「…………」

 しとしと、しとしと。

 雨音が心臓の奥深くをざわつかせる。
 これは予感だ。きっと、良くないことが起きるという予感。

P「ファンもほたるが主役のステージを見てみたいと思ってるはずだ」

ほたる「…………」

 しとしと、しとしと。

 ひとつ雨粒が落ちるたび、私の中に波紋が広がっていく。
 止むことのない波紋の連鎖。どこか、目に見えない深い底にまでそれは伝播して、声の無いサイレンが耳の奥に響く。

 ――ダメだ。

 断ろう、そう思いました。しかし――
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:34:23.89 ID:2rdIn1Hc0

P「実はもう曲も発注してるんだ」

 それを聞いて、私の言葉は口の中に留まりました。

P「デモを聴いてみたけど、すごく雰囲気があって、ほたるにピッタリの曲なんだ」

ほたる「…………」

P「俺自身、ほたるの一ファンだから、君がこの曲を歌っているのを聴いてみたい」

 彼の眼が私の眼を見詰める。
 まっすぐな視線。お金と欲望と謀略とが渦巻く芸能界にあって、あまりにも無垢な情熱。

 ――あの日、私を拾ってくれた時も。

 同じような眼を向けてくれた。
 ともすれば消えてしまいそうだった私の灯を、再び点してくれた。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:34:52.35 ID:2rdIn1Hc0

ほたる「……やります」

 しとしと、しとしと。

ほたる「やらせて……ください」

 しとしと、しとしと。

P「……そうか!」

 それを聞いて彼の顔がぱあっと明るくなります。
 さっきの言葉に何ひとつ嘘はないのでしょう。そういう反応だし、彼はそういう人だ。

 資料を持ってくると言って慌ただしくデスクに戻るプロデューサーさん。
 その間も雨音は続いていました。しとしと、しとしと。しとしと、しとしと。

 しとしと、しとしと――――

 私は思う。
 私の最大の不幸は、自分の手で、自分を破壊できないことなのだと。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:35:21.98 ID:2rdIn1Hc0

 私、白菊ほたるは不幸体質でした。

 これだけ聞くと鼻で笑われるかもしれない。
 私もそうであればいいと思う。ちょっとアンラッキーなことが起こったとき周りに同情を求める、どこにでもいる女の子のひとりであればと。

 でも私の場合はやっぱり特殊な体質のようで。

 外に出れば雨が降り、道を歩けば植木鉢が落ちてくる。
 喫茶店に行けばグラスが割れ、電車やバスに乗ればかなりの頻度で遅延が起きる。
 これが日常茶飯事なのだから「ちょっと」という程度ではない。そう、思う。

 もっとも私としてはこの体質と長く付き合っているのでもう慣れてしまっていました。
 なのでこのようなアクシデントが起きた際、案じるのは巻き込まれてしまった人たちのことでした。

 にわか雨のせいで私と同様に濡れてしまう人がいる。
 店員さんがグラスをひっくり返したことで余計な仕事を増やしてしまう。
 電車やバスの遅延などは言うまでもありません。

 私がこれまで所属してきた事務所にいた人たちにも迷惑をかけたでしょう。
 これまで四つの事務所を経験してきたけれど、以前までの三つは全て倒産していました。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:35:49.83 ID:2rdIn1Hc0

 その後、今のプロデューサーさんに拾われ、私は現在この事務所にいます。
 またもや迷惑をかけてしまうのではないかとこの体質のことを打ち明けたとき、彼はひとつ提案をしました。

P『うちの事務所にはさ、めちゃくちゃ運がいいお姉さんがいるんだ』

P『その人とユニットを組んでお仕事してみよう。そしたら不安も晴れるよ』

 そのお姉さんというのが茄子さん――鷹富士茄子さん。
 私より七つ年上の茄子さんはプロデューサーさんの言う通り常軌を逸脱した幸運の持ち主で、私とはまるで対照的でした。

 おみくじの類では毎回大吉、ガラポンを回せば必ず特等を引く。
 お年玉付き年賀状は全て当選し、どんな荒天の予報でも彼女が出掛ければ快晴と変わる。

 そんな彼女だからいつもにこやかで、周りもまたそれに引っ張られて笑顔を咲かせていました。
 幸せが幸せを生む好循環。彼女は私の理想としているアイドル像を実現させていました。

 私の不幸は相殺されたのか、それとも掻き消されたのか。
 それはよく分からないけれど、お仕事においては、今のところ大きな不幸が襲ってくることはありませんでした。
 せいぜいたまに機材の調子が悪くなったりするくらいで、私は安心してアイドルを続けることができていました。

 だけど――
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:36:18.80 ID:2rdIn1Hc0

ほたる(次のライブは、ひとりで……)

 プロデューサーさんの意図はわかっています。
 もうそろそろ茄子さんから独り立ちさせなければいけないと考えているのでしょう。
 それは正しい。私も、いつまでも彼女におんぶにだっこのままでいいとは思っていません。

ほたる(だけど……)

 胸に広がり続ける波紋はいつまでも止むことはありませんでした。
 勝手に鳴り響く不協和音が体の内から起こり、私の脳を絶えず揺さぶりました。
 取り返しのつかないことをした、そう訴えかけられている気がしました。

ほたる(だけど……)

 だけど。
 私は諦められませんでした。

 茄子さんの手を借りずともひとりでアイドルとして活躍し、私の手で皆を幸せにしたい。
 そんな夢を手放すことができなかったのです。

 こんな身の丈に合わない夢、諦めてしまえばいい。壊してしまえばいい。そうすればもっと楽に生きられる。
 そんな考えが頭をよぎったことも一度や二度ではありませんでした。しかしそのたび私はそれを振り払いました。

 私の夢は既に私の存在意義と化していました。
 それを否定することは私という存在と歴史を踏み躙ることと同義でした。

 それ故、私は自分の夢を諦められませんでした。
 自分で自分を破壊することができませんでした。

 畢竟、私の最大の不幸はそれでした。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:36:47.14 ID:2rdIn1Hc0

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 ソロステージの話をもらってから四か月――
 ハードなレッスンの日々を経て、私は当日の朝を迎えていました。

 六時に設定していたスマートフォンの目覚ましアラームを止め、ベッドから出ます。
 もう三月ですが、まだまだ朝は寒い。ぶるっと体が震えます。

 インスタントのココアを作って温まろう、そう思ったのですが電気ポットの調子がよくありませんでした。
 仕方ないのでそれを諦め、洗面所に行って顔を洗いました。
 水がくるくると回り、排水溝に流れていく。何の気なしにそれをぼんやり見詰めたのち、蛇口を閉めました。

 リビングに戻ると昨夜のうちにコンビニエンスストアで買っておいたおにぎりに手を付けます。
 ライブの当日に料理をするとどんなトラブルが起きるかわかりません。
 リスクをできるだけ減らすこと、この不幸体質と付き合ううちに私はそれを身にしみつかせていました。

 身支度を整え、忘れ物がないか入念にチェックします。
 まだ会場入りには早い時間でしたが、移動の際のトラブルを考慮すると早いに越したことはありません。
 玄関で折り畳み傘をバッグに忍ばせ、私は家を出ました。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:37:14.91 ID:2rdIn1Hc0

 案の定電車が遅延しましたが、致命的なものではなく、私は無事に会場に着くことができました。
 一番乗りだったようで、楽屋には誰もいませんでした。
 ひとりで段取りのチェックをしたり、歌詞や振り付けの確認をします。
 少しするとプロデューサーさんや共演者の皆さんが来たので挨拶をします。

 十一時のリハーサル開始まで着々と準備が整っていました。
 初めてのソロデビュー。その時が刻一刻と近づいていることに胸が高鳴ります。
 私は興奮していました。いよいよ私の夢を叶えることができるのではと、そう思っていたから。

 ですが――

 それは、前触れもなくやってきました。
 午前十時五十三分。そろそろ舞台裏へ向かおうと腰を上げた、その時でした。

ほたる「ひぁっ……!?」

 建物が揺れたのです。――地震。
 さあっと体が冷えるのがわかりました。やはり逃れられないのか、そんな思いが頭をよぎりました。

P「ほたる!」

 プロデューサーさんは私の肩に手をやって、体勢を低くするよう促しました。
 照明がついたり消えたりを繰り返していましたが、揺れは案外すぐ収まり、照明もすぐ安定しました。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:37:42.64 ID:2rdIn1Hc0

ほたる(よかった……)

 ほっと胸を撫で下ろします。
 しかしすぐハッとなってかぶりを振ります。私は無事でも他の人がどうかはわかりません。
 もしかして作業中のスタッフさんが何らかの怪我に見舞われたりしているかもしれません。

 言わずとも理解してくれたのか、プロデューサーさんは、

P「今からスタッフさんたちの安否を確認してくるから、ほたるはここで――」

 そう言おうとしたのですが、けたたましい音によってそれは遮られました。
 不安を煽る甲高いサイレンの音。それが外から響いてきたのです。

『怪獣が出現しました。落ち着いて避難してください』

『繰り返します。怪獣が出現しました。落ち着いて避難してください』

 続いて、そんなアナウンスの声が。
 抑揚をつけながらもきっぱりと、それでいて固い声質で危機を伝えます。

『怪獣が出現しました。住人の皆さんは直ちに避難してください』

『繰り返します。怪獣が出現しました。住人の皆さんは、落ち着いて避難してください』
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:38:21.44 ID:2rdIn1Hc0

P「……ほたる!」

 プロデューサーさんが私の手を取ろうとして、「熱っ!」と叫んで引っ込めました。
 ですが気にしている余裕もなかったようで、代わりに手首を掴んで引っ張ります。
 彼に連れられて一目散に廊下を駆け、非常口から会場を出ます。

 瞬間、轟音が鼓膜を揺らしました。
 頭蓋に振動が走り、思考に電流が走ります。
 悲鳴が上がり、それが街中に伝播します。

 恐怖が恐怖を呼ぶ悪循環。
 至る所から悲鳴や怒号が飛び、車のクラクションが鳴り、そしてそれらを掻き消す地鳴りと破壊音が響き渡ります。

ほたる(何が、起きて――)

 私はそれすら分かっていませんでした。
 人の逃げる方向に従い、プロデューサーさんに手首を握られて走るだけ。

 いったい何が。これも私の不幸が呼び寄せたことなのか。
 好奇心なのか責任感なのか。私は轟音の源である背後を振り向きました。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:38:49.83 ID:2rdIn1Hc0

怪獣「――――」

 そこにいたのは――人型の巨大ロボットでした。
 黒をベースとし、全身に隈なく幾何学的な白いラインが走っています。
 鋭角的な肩当てや、V字型になっている頭部を見ると、豪壮な甲冑を着込んだ西洋騎士にも見えました。

 その頭部にはバイザーのような形をした青白い発光体があり、それが怪獣の眼に見えました。
 そして――

ほたる「…………」

 その眼がじっと私を見ている。
 そう思えてなりませんでした。

P「ほたる!」

ほたる「!」

 知らぬ間に足が止まっていたようで、プロデューサーさんの声が飛びます。
 腕を引っ張られ、またも走り出します。

 頭が混乱します。何でこんなことになっているんだろう。
 今さっきまで夢が叶えられると期待していたはずだったのに。

 ずっと走り続けていたせいで脚も痛み出します。
 息が切れ、小刻みな喘鳴が少しずつ私の精神を削り取っていきます。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:39:17.88 ID:2rdIn1Hc0

 グオオオオオオン……という重々しい音が背後から聞こえてきたと思うと。
 凄絶な破壊音がし、同時に、私の全身から汗が噴き出ました。

 ――危ない。

 自分の身に危機が迫っている。私はそれを本能で察知していました。
 一斉に鳥肌が立ちます。何物かが空気を切る音を耳が捉えます。

 巨大な何かが背後に近づいてきている、それを感知します。
 振り返ると空中に瓦礫が浮かんでいました。
 浮かんでいるのではありません、落下していました。
 視界の中でそれが急速に巨大化していきます。
 さっきまで石ころみたいな大きさだったのに、今では一軒家一戸分はありそうな大きさに――

P「危ないっ!!」

 私の体が突き飛ばされます。
 視線が空から逸れ、地面の方に転じます。
 そのまま私は道路に倒れ込みました。
 咄嗟に突き出した手で顔を守りましたが、膝をすりむきました。

 直後、私の身が飛び上がりそうな揺れが起こります。
 突風が吹き、粉塵が舞います。細かいコンクリートの破片が私の背中に降り注ぎました。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:39:46.76 ID:2rdIn1Hc0

ほたる「……?」

 何が起きたか分からず、私はすぐさま立ち上がってプロデューサーさんの方を振り返りました。
 そこにあったのは巨大な建物の瓦礫でした。私の背丈の二倍くらいはありそうなそれが目の前に立ち塞がっていました。

 いつの間にか街中に響いていた悲鳴がなくなっていました。
 サイレンとアナウンスと、怪獣の地響きだけが街の空気を震わせていました。

 足元に何かが触れました。
 目をやると、赤い水溜りが広がり、私の爪先にまで流れてきていたのです。

 それは瓦礫の下から広がっていました。
 そしてその真ん中に、何かがありました。

 肌色で、生々しい質感を持った腕でした。
 私がずっとずっと何度も何度も見返してきた腕でした。

ほたる「いや…………」

 何が何だか分からなくなっていました。
 心と体がきれいに分断され、心もまた二分されていました。
 何かを口から迸らせている自分と、それを冷静に見下ろしている自分がいました。
 しかし程なくして何もかもが収束し、一致し、私は全てを理解しました。

 私の喉は痛いほどに叫び、私の心は絶望を叫んでいました。

ほたる「嫌ああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!」

 絶叫が響き、サイレンがうなり、轟音が全てを破壊し、呑み込み、巻き込み、うねり――
 そしてそれらは渦を巻き暗転する視界と共に――――
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:40:15.99 ID:2rdIn1Hc0

ほたる「――――!!」

 ――ピピピピピピッッ!!
 けたたましい目覚ましアラームの音が、部屋に響いていました。

ほたる「…………?」

 ガタガタと体が震え、全身が熱い。
 まるで全力疾走をした直後のように息が切れていて、はぁ、はぁと浅い呼吸を繰り返している。

 どうして……?

ほたる「……?」

 何か、嫌な夢でも見ていたのでしょうか。
 寝汗がぐっしょりで、まずはシャワーを浴びなきゃと思わせられました。

 今なお鳴り響いているアラームを止めます。
 スマートフォンのデジタル時計はちょうど朝六時を示していました。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:40:44.50 ID:2rdIn1Hc0

 さっとシャワーを浴びたのち、洗面所で歯を磨きます。
 くるくると回りながら排水溝に吸い込まれていく流水を見ながら、私はふと首を傾げました。

 昨夜のうちに買っておいたおにぎりを食べることにします。
 しかし何かが変でした。温めてもいないのにお米が熱くなっていたのです。

ほたる「……?」

 何かが引っ掛かる。何か重要なことを忘れている気がする。
 考え込もうとして右手を頭に当てた時でした。

ほたる「熱っ……」

 すぐさま手を引っ込めます。自分の手のひらを見詰め、そっとほっぺたに触れさせてみます。
 ――熱い。異常なほど熱を持っていました。

ほたる「風邪……?」

 体温計を腋に挟んで計ってみましたが、平熱でした。
 ということは手のひらだけが熱くなっているのです。何かの病気なのでしょうか。
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:41:14.39 ID:2rdIn1Hc0

 いや、それよりも――
 さっきも感じた違和感。それはデジャヴに近いものでした。
 頭の中の切れ端に引っ掛かり、しかしその正体が分からないから、胸の奥にもどかしさが募ります。

ほたる「……しっかりしなくちゃ」

 発熱している両手で頬をぱしっと叩きました。
 今日は念願のソロデビュー。私の夢を叶える日なのですから。

 テキパキと朝食を済ませ、身支度を整えます。
 忘れ物がないか入念にチェックし、玄関に出ます。

 玄関のチェストの上に置いてある折り畳み傘。
 それにも強烈な既視感を覚えましたが、無視してバッグに突っ込みました。


   ・
   ・
   ・


P「そろそろ行くか?」

 楽屋。プロデューサーさんは少し不思議そうな顔をしながら私にそう訊きました。
 私がしきりに壁の時計に視線を送っていたからでしょう。

 しかし私が時間を気にしていたのはリハーサルの開始時間のせいではありませんでした。
 なら何かと訊かれれば、それは答えられない。分からないのです。何か不安めいた感情が胸に渦巻き、私の眼を時計の針に誘導してしまうのです。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:41:59.16 ID:2rdIn1Hc0

 針は十時五十分を指していました。
 確かに、正体不明の不安は関係なく、そろそろ舞台裏に向かうべき時間です。

ほたる「はい。……行きます」

 楽屋を後にし、廊下を歩いていきます。
 カツン、カツン、という二人分の足音が響きます。

 カツン、カツン――――

 プロデューサーさんの革靴と、私のブーツの足音。
 リノリウムの廊下に靴底が触れるたび、まるでそこから波紋が広がるように、音が広がっていきます。

 そしてその音は私の心の奥底を震わせ、幾重もの波紋となるのです。
 広がり、絶えず、止まない、不協和音を奏でながら、五感とは違う感覚を呼び起こすのです。

ほたる「プロデューサーさん」

 耐えられなくなって、私は足を止めました。

ほたる「今、何時ですか……?」

P「ん? えーっと、十時五十三分だな」

 怪訝そうな顔をしながら腕時計を確認するプロデューサーさん。
 十時、五十三分。その数字を耳にし、私の中でガチャリと、鍵が外れた音がして――
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:42:27.80 ID:2rdIn1Hc0

 ――――ドンッ!!!
 地面をどよもす音が響いたかと思うと、建物が揺れ始めました。

ほたる「……!」

P「ほたる!」

 私の肩に手をやり、体勢を低くするよう促すプロデューサーさん。
 ああ、これは。これは。これは――

ほたる「怪獣……」

P「え?」

 揺れが止むと、今度は外からサイレンが聞こえてきます。

『怪獣が出現しました。落ち着いて避難してください』

『繰り返します。怪獣が出現しました。落ち着いて避難してください』

 聞いたことがあるアナウンス。
 台詞の一字一句も、声の波も、全部記憶にある。

 そして、これから起こることも――
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:43:00.73 ID:2rdIn1Hc0

ほたる「に……逃げましょう……!」

 私は急いでプロデューサーさんの手を握りました。すると、

P「熱っ!」

 咄嗟にプロデューサーさんが私の手を振りほどきます。
 ハッとなって私の顔を見詰め、ぱちぱちと瞬きします。
 だけどそんなことは後回しだと考えたのか、立ち上がると共に私の手首を握り、走り出しました。

ほたる(これじゃ、また……)

 また、同じことが起こってしまう。
 どうにかして変えなければならない。私はプロデューサーさんの背中に呼び掛けました。

ほたる「プロデューサーさん! 非常口じゃなくて、正面から出ましょう!」

P「ダメだ、非常口の方が近い」

ほたる「お、お願いします! 正面からの方がいいんです!」

 こちらを振り返るプロデューサーさんの顔は怪訝そうでしたが、頷いて進路を変えてくれました。
 確か夢の中(?)では非常口から出たら怪獣に出くわしたはず。正面から出れば逃げられるはずです。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:43:33.49 ID:2rdIn1Hc0

 しかし――

ほたる「はぁ、はぁ、はぁっ……」

 息を切らしながら正面玄関から出た直後のことでした。
 私たちの目の前に、あのロボット怪獣が降り立ったのです。

P「――危ないっ!!」

 怪獣の眼がキラリと光ったと同時に、私の体は突き飛ばされました。
 目の前を駆ける金色のレーザー光線。タイル張りの道を砕き、無数の瓦礫と砂礫を巻き上げます。
 うわあっという男の人の短い悲鳴が上がったと同時に、プロデューサーさんの姿が見えなくなりました。

ほたる「はっ、はっ、はっ…………」

 砂埃が拡散し、薄くなります。
 そこに、プロデューサーさんの姿はありませんでした。

ほたる「どうして……」

 全身が震え出す。両手で頭を抱え、髪をくしゃくしゃに搔き乱す。

ほたる「嫌ああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!」
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:44:00.95 ID:2rdIn1Hc0

 私の喉が叫び声を上げたその時でした。
 私は、私の服の中から光が溢れ出しているのに気付きました。

 恐る恐る襟を引っ張り、中を覗いてみます。
 アクセサリーは何も身につけていません。キャミソールや下着を透かして、光はその奥にありました。

 私の体の中でした。
 丸い球体をした金色の光が私の体内に存在し、光を放っていたのです。

 輝きを増していくその光に目が眩みます。
 瞬間、全身が捩じれるような感覚に襲われます。
 まるで排水溝の渦の中に吸い込まれているかのよう。

 足元の感覚がなくなり、どっちが天でどっちが地か分からなくなります。
 前後不覚の状態で私の体は回り続け、どこかへ吸い込まれ、そして――

ほたる「――――ハッ!!」

 私はまた、ベッドの上で目を覚ましました。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:44:28.83 ID:2rdIn1Hc0

ほたる「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………」

 今度は覚えている。震える手を見詰めます。
 建物の揺れ、けたたましいサイレン、怪獣の襲来、発熱した手、プロデューサーさんの死――
 それらの悍ましい光景がはっきりと脳内にこびりつき、私の体はぐっしょりと汗に濡れていました。

ほたる「あれは……夢じゃ、ない……」

 胸に手を当てます。熱い手のひらが更に発汗を促します。
 肩で息をしながら、私は必死に頭を動かします。めちゃくちゃに乱れた思考を何とか形にしようとします。
 目覚ましアラームを止め、スマホで時間を確認します。六時ちょうど。日付も変わっていません。

ほたる「会場に、行ったら……」

 十時五十三分に建物が揺れ、怪獣の出現を知らせるサイレンが鳴る。
 一度目は非常口から、二度目は正面玄関から逃げた。
 しかしどちらも怪獣がすぐ近くに現れた。
 そしてプロデューサーさんが私を庇い、命を落とす……。

ほたる「それから……ここに、戻ってくる……」

 何故かは分かりません。だけど実際に起こっていることでした。
 あの胸の中の光が関係しているのでしょうか。だとしたら、これは私が引き起こしたことなのでしょうか。
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:44:56.24 ID:2rdIn1Hc0

ほたる「……うぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ!!!」

 頭を抱え、ぐしゃぐしゃに髪を搔き乱します。
 どうして、どうして、どうして。どうしてこんなことが起きているのか。
 どうして、こんな訳の分からない現実に襲われなければならないのか。

ほたる「う、うぅぅっ、ひぅぅっ」

 自然と嗚咽が漏れ、溢れ出した涙が布団に落ちていきます。
 布団を顔に押し当て、私は叫びました。声にならない声で。
 でも、その行為には何の意味もありませんでした。

ほたる「はぁ、はぁ、はぁっ……」

 ひとしきりそうした後、私はばたりと倒れ込みました。
 ぼんやりと天井を見詰めます。寝汗が酷く、体を冷やしていきます。
 それでも私は無為に時間を浪費していました。

ほたる(警察に行って話を聞いてもらう? いや、きっと誰も信じてくれない)

ほたる(こんな私の言うことなんか、誰も……)
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:45:23.99 ID:2rdIn1Hc0

ほたる(このまま、家でじっとしていたら……?)

 少なくとも、私があの場に居合わせることはなくなる。
 でも私だけ助かったところで、多くの人が不幸になることに変わりはありません。

ほたる(………………)

 どうすればいいのだろう、考えが浮かんでは消え、訪れては過ぎ去ります。
 目を閉じ、瞼の裏の温度を感じていると、いつの間にかうつらうつらとしていました。

 いくら時間が経ったのでしょう、私はスマホの着信音で目を覚ましました。
 プロデューサーさんからメッセージが届いていました。「どうした? トラブルでもあったか?」と。
 時間表示は八時四十五分を指していました。完全に遅刻です。

ほたる(プロデューサーさんに、打ち明ければ……)

 そうも思いました。警察は信じてくれなくても、プロデューサーさんならもしかしたら。
 しかし――先の二回、私を庇ったことで彼は命を落としました。
 彼を巻き込めば、また同じことが繰り返される危険性があります。

ほたる(ほんとうに、どうしたら……)

 頭を悩ませます。十五分おきに彼から連絡が入りましたが、私は答えられませんでした。
 メッセージ、メール、電話、心配されていることが手に取るようにわかってしまいます。

 そして七回目の連絡が来た十時十五分。私は通話ボタンを押しました。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:45:52.25 ID:2rdIn1Hc0

P『ほたる!?』

ほたる「……ごめんなさい、プロデューサーさん」

P『一体どうしたんだ? 何かトラブルがあったのか? 大丈夫か?』

 真摯な声で質問を繰り返すプロデューサーさん。
 胸が痛みます。

ほたる「あの……風邪を、ひいたみたいで……それで、寝込んでいて……」

P『風邪? そんなに酷いのか? 体温、計ってみたか?』

ほたる「えっと……三十九度――」

 そこで私は電話を切りました。
 すぐさま電話がかかってきます。しかし私はそれに応じませんでした。
 少しして電話が止み、部屋が静かになりました。
 恐らく、車に乗り込んだのでしょう。

 こうすればプロデューサーさんは会場から離れて私の家に来てくれるはずです。
 そうなれば彼が怪獣に襲われることにはなりません。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:46:20.44 ID:2rdIn1Hc0

ほたる(……ごめんなさい……)

 自分の知っている人だけ助けようなんて、最低の発想です。
 人を幸せにするアイドルになりたいはずだったのに、こんなの矛盾しています。
 布団の中で自分の体を抱きしめながら、私は時間が過ぎるのを待ちました。

 十時五十分、五十一分、五十二分――
 着々と時間が進んでいきます。五十三分と表示され、私は目を瞑りました。
 ちょうど会場の近くに怪獣が出現する頃合いです。

ほたる「――!?」

 しかし、そうはなりませんでした。
 私の部屋が揺れたのです。窓の外から地鳴りが響いてきたのです。

ほたる「どうして……」

 少し間を置いてサイレンが鳴り響きます。
 怪獣の足が地面を踏みしめる重々しい轟音が聞こえてきます。

 パジャマのまま家を飛び出し、表に出ます。
 怪獣が居ました。私の住むマンションの、すぐ近くに。

ほたる「どうして……!!」
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:46:49.32 ID:2rdIn1Hc0

 そして、最悪なことに。

P「ほたる!!」

 背後からプロデューサーさんの声が聞こえてきて、私のそばに駆け寄ってきました。

P「大丈夫だったか!? 早く逃げよう!」

 怪獣の眼が私を見詰めます。
 私の体は石になったように動きません。

 怪獣の右手に光が纏われ、それが銃のような形になりました。
 その銃口がこちらを向きます。私に、向けられます。

P「危ないっ!!」

 視界が閃光に満ちると同時に、私の体は跳ね飛ばされ、同時に爆音が耳をつんざきました。
 立ち上がると同時に背後を振り返ると――道路にぽっかり穴が開き、プロデューサーさんの姿はどこにもありませんでした。

ほたる「どうして……どうしてぇぇえええええっっ!!!」

 絶叫と共鳴するかのように胸の奥に光が溢れ、私の体を覆い尽くします。
 またあの感覚。宙に浮かんだように前後不覚になり、どこかに吸い込まれる感覚。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/03/20(水) 15:47:17.81 ID:2rdIn1Hc0

ほたる「――っ!!」

 そして気付くと、私は部屋のベッドの上、目覚ましアラームの音の中にいました。

ほたる「うぅぅぅ……ぁああああああああああああ!!!!」

ほたる「ぁあッ、ああっ!! あああああああああっっ!!!」

 喉が枯れるほど叫び、私は泣きだしました。
 あの怪獣は私を狙っているのです。だからこちらに来たのでしょう。
 ならば成す術がない。十時五十三分、私がいる場所はあの怪獣によって踏み躙られるのです。

ほたる「うぅぅぅうう〜〜〜〜〜〜っっ!!! あぁぁあああ……!!!」

 何度やり直しても、もうどうすることもできない。
 私がいる限りあの怪獣は現れ、皆が不幸になる。
 どこへ行っても、逃げ場所なんてないのです。

ほたる「ああぁぁああううううう……っっ、うっ、ひぐっ」

 誰に頼ることもできない。頼ればその人を不幸にしてしまう。
 私という不幸の病原菌がこの世に居座り続ける間、それは永久に続くでしょう。
 そして私は何度もやり直し、その事実を突きつけられ続けるのでしょう。

ほたる「…………いや」
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