如月千早がブスなワケ

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1 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2019/03/10(日) 00:13:07.71 ID:mXNAEsvV0

如月千早と言う少女は、なるべくしてその立場に甘んじていると言うか、
アイドル候補生として事務所に所属していたものの、どうにも垢抜けない少女であった。

いいや、ここは心を鬼にしてハッキリ言おう。

彼女は酷くブスであった。

毎朝鏡を見ないのか、それとも鏡が家に無いのかもしれない。

肩ほどまで伸ばした長髪は手入れの後が一切なく、いつでも枝毛が飛んでいたし、

人を容易には寄せ付けない鋭さを持った眼光の上には無造作な眉が鎮座してる。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1552144387
2 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2019/03/10(日) 00:14:33.93 ID:mXNAEsvV0

同年代の天海春香が――あれはあれで愛嬌のある顔をしているが――

少しでも自分を良く見せようと後ろ髪の跳ね具合に悪戦苦闘している様に、

冷ややかな視線を投げつつ本日も変わりばえのしない襟付きシャツを着てやって来る。


……そうだ。彼女は私服のバリエーションも乏しかった。

大体三日のローテーションで同じ服を登板させるのだ。

これは彼女が十五歳の年頃である事実を加味して緊急対策案件である。
3 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2019/03/10(日) 00:17:03.42 ID:mXNAEsvV0

だが、そこまでお洒落に無頓着で、
容姿に難ありの千早が事務所に拾われたのにはワケがある。

実は、彼女は歌手志望であった。

要するに歌が凄く上手い。

恐らく事務所で一番の、ひょっとすると業界でも上位に位置付け出来る程に千早は歌が上手だった。

まだ候補生なのでステージに立った経験は無いが、
彼女に稽古をつけていた先生曰く「発声練習で鳥肌が立った」レベルのモノらしい。

実際同じ意見である。

何故ならレッスンが終わった直後、僕達はお互いに鳥肌を見せ合ったのだから。
4 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2019/03/10(日) 00:17:51.77 ID:mXNAEsvV0

だから、どうにか上手く売り出したかった。

しかし、それには分かりやすすぎる問題がある。

――そうだ。前述した通りの無頓着さと、おまけに愛想の悪さが酷かった。

特に笑顔を見せないのが致命的だ。

アイドル業はサービス業、笑顔と笑顔で回っている。

基本的に、客受けが良い人間ほど業界じゃあ成功しやすい。

親しみやすさが肝なのだ。

その点、千早は歌と言う武器を持ちながらも、
他のステータスは軒並みザコザコキャラであった。
5 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2019/03/10(日) 00:19:26.83 ID:mXNAEsvV0

「……そんな事、歌の良し悪しには関係ないんじゃありませんか?」

そうしてある日の事である。

呼び出した千早に先のような説明をすると、彼女は目に見えて分かる程度に不機嫌そうな顔になって

(最もいつも不愛想な顔をしているので、呼び出した時から機嫌は悪かったかもしれない)

呆れを隠そうともせず嘆息した。

当然、生意気め! なんて思いもしたが、逆に可愛げなのだと自分を落ち着かせる。
6 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2019/03/10(日) 00:21:03.25 ID:mXNAEsvV0

「だからちょっとした実験をしてみようよ。実はここに、昨日出来たばかりの君の歌声の入ったCDがあります」

言って、僕はデスクに置いてあったCDの詰め合わせを見せる。

千早の眼の色がすぐ変わった。「それって――」彼女が身を乗り出す。

「この前収録をしに行った」

「そう、これが記念すべきデビュー曲になるね」

「……今すぐ聴かせて頂いても?」

「お金を払ってくれるならね」

僕からCDを渡されると、千早は新しい玩具を受け取った子供のようにそれを眺めた。

レッスン用の曲であるとか、他の子の為のデモであるとか、
彼女は歌に関係する物や事柄と向き合った時だけ今のような表情を見せる。

そこにプロデューサーとしての意見を添えるなら、
その顔をもっと色んな人や物に向けられればまずまず合格なのだけれど。
7 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2019/03/10(日) 00:21:43.94 ID:mXNAEsvV0

「それから、これは春香君の分」

続いて僕は、この場に呼び出していたもう一人、春香にもCDを差し出した。

「あっ、私の分もあるんですか!」

「あるんですかって――おいおい、一緒に収録したじゃないか」

「そうですけど、えへっ、夢みたいで。……そっかぁ、私のデビュー曲かぁ」

CDを受け取った彼女が感慨深げに呟く中、僕はこれからの予定を二人に告げた。

それは今から街に繰り出して行って、実際に曲を流しながら商品を売ろうというお仕事の話だった。
8 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2019/03/10(日) 00:22:39.16 ID:mXNAEsvV0
===

アイドルが行う路上ライブ、と書けば随分聞こえは良さそうだが、
実際は立ち止まる気配も稀な通行人に延々アプローチを続ける作業である。

そもそも現代人には時間が無い。

通りを歩くという事は、何か目的意識を持って行動しているワケであり、
その意識を遮ってまで注意をこちらに向けさせると言うのは並大抵のコトではない。


……並大抵じゃあできないのだ、普通は。
9 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2019/03/10(日) 00:23:48.60 ID:mXNAEsvV0

「千早ちゃん……って、やっぱり凄いですね」

路上販売を始めて十数分、僕の隣では並べかけのCDを持った春香が固まっていた。

いや、周りを見渡せば彼女だけじゃない。

通りを歩いていたあの人、この人、その人だって

――おっと、あれは僕らとは別のパフォーマーだ――

誰もが一度は歩みを止め、そうでなくても視線で千早を追っていた。


それぐらい、彼女の歌は鋭かった。

音響何てあったものじゃない屋外の、
それも雑踏と隣接する場所でも聞き取りやすい千早の声は予想通りに聴衆の興味を引いた。

スマホを構えている人の姿も見える。

彼女は今、間違いなくこの場の中心に立っていた。

自分を中心としたステージをここに作っていた。
10 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2019/03/10(日) 00:25:37.69 ID:mXNAEsvV0

……逆に春香が歌う番になると、これが見事なまでに人の流れを留めることが出来なかった。

なぜなら彼女の歌唱力は、良くても一応聞けるかな? 程度の実に平凡レベルな代物であり、
むしろこれが本来の駆け出しアイドルの路上販売、その実態であると僕に見せつけているようでもあった。

「だからってめげちゃあいけないぞ。君の歌声はきっと誰かに届く」

「そうして好きになって貰う……ですね!」

「そうだ。最初から順風満帆な道なんてないんだから」
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