陛下「聖杯戦争、ですか」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/02/13(水) 21:44:31.82 ID:WCd10rwIO
代理

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1550061871
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/13(水) 21:46:42.88 ID:m3ExLboH0
 Fate/SN二次創作。UBWルートに似たご都合ルートエンド後。
 このSSの登場人物は全員18歳以上です。

3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/13(水) 21:48:03.10 ID:m3ExLboH0
◇◇◇

 一言で言えば、それは宮内庁のミスだった。

 宮内庁陵墓課は、文字通り全国に散らばる900近くもの陵墓を管理する部署であり、同時にこの極東の島国における唯一の公的な魔術・退魔機関の別名でもある。

 ことが起こった時、陵墓課の課長は庁舎の廊下をできる限りの早足で歩いていた。急ぐ理由はひとつ。陛下が自分の部署に足を運ばれたと耳に挟んだからである。

(不味い…)

 今上の陛下は早朝に散歩をされる習慣がある。とはいえ、普段足を向けられるのは自然あふれる御苑の方であり、わざわざ(少なくとも事前通告なく)庁舎に来られることなどありはしなかった。ましてや自分の部署になど!

 どうか自分の机の上を見てくれるな、と男は願った。

 男もこの部署に配属されて長い。つまりは、この国の神秘的な成り立ちについて造詣が深いということだ。

 この国の裏の歴史は、魔とそれを退ける者達との凌ぎ合いの歴史である。退魔を生業とする一族は、それこそ各地に点在している。浅神、巫浄、七夜――彼らは魔を正すことに血道を上げた。上げすぎた、と言ってもいいかもしれない。あの鬼種すらいまや絶滅種だ。

 積極的な退魔など、もはや必要ない。現代に残る混血とて、融和を望んでいるものが大多数だ。反転の危険はあるが、それとて内々に処理されることが多い。

 それこそ、陵墓課のように監視に留めるだけで十分な対応と言えた。たとえ退魔の家々から臆病者の事後処理部隊と言われようとも、だ。

 故に、不味い。

 最悪の予想が現実となれば、落ち着いている魔と退魔のバランスを壊す可能性がある。おまけに今回の件に限れば、"西の連中"も出張ってきかねない。

 冬木という土地は特殊だ。それは紛れもなくこの国の内部であり、しかし古くから外部――西洋に開かれていた土地でもある。

 軽く息を切らせて、男は陵墓課の執務室前にたどり着いた。重厚な黒檀の扉には、厳重な魔力避けの機能が付与されている。

 だからこそ、気づいた。手遅れであることに。

 部屋の中から恐ろしいほどの神秘が垂れ流しになっている。扉の魔力避けは、すでにオーバーフローして意味を失っていた。

 扉の修理予算と事態の推移に、男は退職願を残して失踪したい、という強い誘惑に駆られる。

 だが彼の職務意識がそれを許さなかった。悪魔のささやきになんとか打ち勝つと、いまやただ重くて開けにくいだけになった扉のノブを捻り、部屋に踏み入る。

 予測を裏切るものは何もなかった。部屋の中にいるのは1人の老年男性だ。おそらく齢80は越えているだろう。それなのに、老人からは弱々しさを感じない。

 感じるのは春の日差しの様な温かみと――全てを烏有に帰す、凶悪なまでの陽炎だった。

「陛下、」

「聖杯戦争、ですか」

 先んじて会話のペースを掴もうとした男の発声を、老人の呟きが圧倒する。

 老人の声には力があった。それは有史以来、人が抗えた例のない権能を持った声。神の告言葉。

 不味い、と男は再び胸中で繰り返した。老人――陛下は悲しみ、そしてお怒りであられる。なにより不味いのは、陛下の抱いた怒りの矛先が、陛下自身に向けられているということだった。

「第五次までで、判明しているだけでも被害者の数は四桁以上。第三次に至っては、帝国陸軍までもが加担している、と」

 何故、自分はまとめた報告書を机の上に放置してしまったのだろう――陛下が読み上げている書類束を恨めし気に見つめ、男は過去のうかつさを悔やんだ。

 冬木の聖杯戦争。"西洋の連中"がこの国に持ち込んだ中でも最大規模の魔術儀式。

 読み上げられた通り、あの聖杯戦争では多くの犠牲者が出ている。

 では何故、国の退魔機関である陵墓課が動かなかったのかと言えば、その犠牲が目を瞑れる範囲内で収まっているからだ――収まっていなかった場合、実際に対処できたかどうかは別として。

 魔術協会、聖堂教会という二大組織が監督役を務めている以上、下手に触れば藪をつつくことになりかねない。

 管理者の遠坂家は200年前からこの地を上手く治めている。西洋の術を使う――使うようになった家だが、その点ではこの国寄りの存在だと言えた。

 おまけに第三次では陸軍の暴走があり……とまあ、そういった様々な理由が重なり、結果として冬木の聖杯戦争はこの国にとってもアンタッチャブルとされていたのだ。

 この場合のアンタッチャブルとは、つまるところ陛下の耳に入れてはならない、ということである。何しろ、陛下は犠牲に目を瞑れない。

 堪え性がない、という意味ではない。それは法則だった。終戦の折、彼の大国と結んだ盟約により外に向けて振るわれることを禁じられた陛下の力は、その法則の下に根付いている。

 陛下が聖杯戦争のことを知れば、"慰問"に向かわれることは想像に難くない。

 そして、いまやそれを止めることが出来る者は誰もいないのだった。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/13(水) 21:48:56.98 ID:m3ExLboH0
◇◇◇

「遠坂、旅行にでも行くのか?」

 と、呑気な声を挙げたのは、機械に疎い凛に代わり、ネットで飛行機のチケット予約を済ませた衛宮士郎である。

 息も絶え絶えの魔術の師にしてパートナー――遠坂凛がセイバーと共に衛宮邸に飛び込んできたのが30分ほど前のこと。

 言われるがまま直近で三人分のエコノミークラスを確保している間に、凛は衛宮邸にある自室からいくつかの私物を持って来たトランクに詰め込んだらしい。

 そして戻ってきた凛に向けて放たれたのが冒頭の言葉である。事情を知らぬとはいえ、何とも呑気なその声音に、凛は心の平衡を維持する為に多大な努力を要した。

 それでも無理やりにっこりと微笑んで――何故か目の前の恋人は顔色を悪くしたが――首を縦に振る。

「ええ。衛宮君も、一緒に行くのよ?」

 ふむ、と士郎は頷く。いくつか疑問はあったが、どうやら目の前のあかいあくまの機嫌は斜めどころか無秩序に大回転しようとしている。慎重にならざるを得ない。

 実を言えば、三人分のチケット、というところで自分が頭数に入っているのは予測できていたのだ。

 行先は倫敦。卒業後、凛は魔術協会の本拠地"時計塔"に行くし、自分も同行することになっていた。パスポートも大河に付き添ってもらい取得している。

(分からないのは)

 士郎は胸中にいくつかの疑問を浮かべていた。まず、どうしてこの時期なのかということ。

 聖杯戦争が終わったのがおよそ一月前。あと数日もすれば学校も始まるという頃合いだ。

 チケットの具体的な日取りは指定されず、ただ直近を、と命じられていた。しかし海外に行くというのなら、ゴールデンウィーク辺りを待つべきではないだろうか?

 凛と共に戻ってきたセイバーを見やる。凛のお下がりであるいつもの平服姿だが、理由が分からないのは彼女も同じらしい。無言で首を振ってくる。

 下手な考え休むに似たり、と士郎は手っ取り早い方法を選んだ。訊ねる。

「なあ、遠坂。なんでそんな急いでるんだ? わざわざこの時期に……下宿の下見とかなら、もっと後でも」

「時計塔には学生寮があるの。入寮手続きなんか何の問題もなくスムーズに行くわよ。そうじゃなくて」

 もどかしげに首を振りながら、凛。

「逃げるのよ。この国から。可能な限り急いで」

「……」

「……」

 セイバーと士郎は互いに顔を見合わせた。無言での意思疎通。お互いに頷き合うと、再び凛に向き直る。

「遠坂、罪は償わないと」

「誰が国外逃亡を企ててる犯罪者よ!?」

 激昂する凛を、士郎はまあまあと両手を挙げて制した。

「まあ、待ってくれ。これは論理的に考えた結果なんだ」

「論理的?」

「ああ。だって遠坂にはセイバーがいるだろ?」

 ちらり、と再び隣に座る騎士王を見る。

 セイバー。アルトリア・ペンドラゴン。聖杯戦争で士郎が召喚したサーヴァント。紆余曲折あって今は凛と契約しており、聖杯戦争終了後も現界を果たしている。

 使い魔としては破格の性能。聖杯からのバックアップが無くなったため十全の力は発揮できないらしいが――

「セイバーに勝てる奴なんてそうはいない。そうでなくても、遠坂は優れた魔術師だ。下手に逃げるよりも、自分の工房で待ち構えた方がいいに決まってる」

「なるほど。それで?」

「ああ。でもそれをしないってことは、遠坂側に負い目があるんじゃないかなって」

「あははは。なるほどねー。良く考えたじゃない。けれど、その論理的な考えとやらにはふたつ欠点があるわ」

「欠点?」

「ええ。まずひとつめはね――あんた達が、私が犯罪に手を染めるような倫理観のない人間だって考えてるのがばれたことよ!」

 般若のような形相を浮かべて詰め寄ってくる凛に、セイバーと士郎は慌てて首を振って見せた。

「ご、誤解です、凛。私達は決して貴女のことをそのようには」

「そ、そうだぞ遠坂。ただ、うっかり魔術の実験に失敗して、協会に睨まれることくらいはあるかなーって思っただけで」
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/13(水) 21:51:04.54 ID:m3ExLboH0
 言い訳を重ねる二人を、凛はしばらく睨みつけていたが、やがて溜息をついて一歩引いた。溜飲が下ったのか、あるいは、こんなくだらない言い争いをしている場合ではないことを思い出したのか。

「二つ目はね。その考え方は、セイバーより強い相手が敵なら成り立たないってことよ」

「……そんな奴いるのか?」

 間を置かれて紡がれた凛の言葉に、士郎は訝しげに眉を動かした。セイバーの力を間近で見てきたのだ。セイバーより強い存在、と言われてもすぐには信じられない。セイバーも似たような反応だ。

「信じられないのも分かるけどね。確かに、こと戦闘力という点において、セイバーは破格の存在よ。特に対魔術師戦闘ではほぼ無敵。クロンの大隊にだって勝てるでしょう」

 クロンの大隊、というのが何を示すのか士郎には分からなかったが、とりあえず流すことにした。無言で頷くことで続きを促す。

「けどね、世の中には例外染みた化け物がごまんといるのよ。衛宮君も、この国にいるなら知っておきなさい」

 そういって、凛はポケットから一枚の封書を取り出した。気品を感じさせる紫色の封筒。だが、奇妙なことに宛名も差出人も書かれていない。

「それは?」

「この国に住んでる魔術師にとって、一番見たくないものよ。今朝、うちのポストに入ってたの」

「何も書いてないじゃないか」

「ええ。けど、紫色の封筒ってだけで差出人は分かるわ。宮内庁の陵墓課よ」

「……宮内庁?」

 さすがに聞き覚えがあった。それは、この国唯一の公家を管理する機関の名前だ。

「なんでそんなとこから?」

「何でも何も、宮内庁陵墓課は現在この国で唯一の公的な神秘を管理する機関よ。知らなかった?」

「そりゃあ、知ってたらこんなに驚いてないぞ……」

 唸るように呟く士郎に、凛は追加で解説を行う。

「この国では色々な退魔機関が発達してきたんだけど、時代と共に大部分は廃れていったのよ。陰陽寮も神社庁も国から離れた。もとから国に属さず独自に退魔を生業にしてる家系も多くあったらしいけど、ほとんど衰退したか、それ以外の稼業で糊口をしのぐようになったのが大多数」

「退魔?」

「この国独自の、魔という歪みを正すって考えを実践する連中のこと。魔としては鬼種が有名だったけど、その退魔の連中に根絶やしにされたらしいわ」

「鬼種って、この国じゃトップレベルにやばいっていう幻想種だろ。それを絶滅させるような強い連中が遠坂を狙ってるのか?」

「いいえ。私だって詳しいわけじゃないけど、退魔っていうのは人を害するのはむしろ苦手。魔と人との混血にさえ後手を踏むらしいし、歪みの修復のみに特化した技術って話よ。陵墓課はその最たるものね。基本的に、彼らは事後処理専門。魔術師がこの国で好き勝手をやっても、実際に彼らが動くのは事態が終わってからになることが多いわ」

「……? じゃあ、どうしてそんなに慌ててるんだ?」

 セイバーでも勝てないような相手なら逃げるしかないかもしれないが、陵墓課とやらはそこまで強敵というわけでもないらしい。

 士郎の質問に、凛は教師のような顔つきで応えた。

「逆に聞くけど、衛宮君。そんな後手後手に回るしかない国が、魔術的な独立を保っていられる理由は何だと思う?」

「独立って、そんな戦争じゃあるまいし」

「あら、魔術師にとって好き勝手に実験出来る土地は魅力的よ? 人的資源、物的資源、霊脈――それらを自由にできるとしたら、この国は協会に睨まれるような非合法な研究をしたい術者にとって楽園みたいな土地よね? けれど、そうそう好き勝手をする無法者は現れない。死徒だってこの国に領地を築こうとはしないわ」

 言われて、士郎は考える。退魔と呼ばれるこの国の神秘に携わる者達は、魔術師にとってさほど脅威ではないらしい。だが、魔術師たちはこの国で好き勝手をしようとしない。その理由。

「――退魔以外に、何か不味いものがある?」

「正解。衛宮君、やるじゃない」

「先生が良いからな――でも、分からないことがあるぞ。遠坂が貰ったその手紙は、陵墓課からのものなんだろう?」

 凛が手にしたままの封書を指さして、士郎。

「それじゃあ結局、遠坂を狙っているのは陵墓課なんじゃないのか?」

「これが宣戦布告の手紙だったら、そうね――けど、違うの。これはね、一刻も早くこの国から逃げてくださいっていう嘆願書」

「嘆願書……?」

「実質的なね。向こうは警告文っていうでしょうし、書き方もそうなってるけど。けど、彼らは私に戦わずに逃げて欲しいと思ってる」

「セイバーがいるからか?」

「いいえ、仮に私がセイバーと契約してなかったとしても同じだったでしょうね。彼らは、彼らの"主"が力を振るうことを何よりも避けたがっているのよ」

「……待ってくれ、遠坂。主? 宮内庁の?」
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/13(水) 21:52:04.98 ID:m3ExLboH0
 宮内庁。

 この国に残された、”唯一の公家"を管理する機関。

 その主とは、つまり。

「分かったみたいね。そう、天照大神の直系。現代における最高の伝承保菌者。三種の神器を伝える皇家――敵はこの国の神秘の根源を背負う化け物よ」

「……ということは」

 いままで二人の会話を静観していたセイバーが入ってくる。

「この国の王が相手である、と? 聖杯から得た知識の中にはありませんが」

「いや、王様ってわけじゃ……いまはただの象徴だし。というか、遠坂。悪い、かなり混乱してる。あれって、本当にそんな無茶苦茶なものなのか?」

「何よ、表沙汰になってる歴史だけ見ても分かるでしょ。あの家系は西暦以前から続く、本物の神様の直系よ? 単純な"古さ"ならあの血筋を凌ぐ保菌者もいるけど、"強度"に関しては間違いなく世界一――」

「いや、まずそこから分からないんだ。確かに神様の血を引いてるなら色々な力を得られるんだろうけど……」

 士郎の脳裏によぎるのは聖杯戦争で干戈を交えた数々のサーヴァントだった。ランサー、バーサーカー、金色のアーチャー。神性を帯びた存在は、それだけで高いステータスを得ることができる。

「でも血の濃さは世代を重ねるごとに薄まっていくだろ? 源平や南北朝でのごたごたもあったし、確か三種の神器の内、剣は海に沈んだっきりで今あるのは作り直されたものだった筈だ」

 あの家が伝える神器――剣、玉、鏡。それぞれの縁起はまさしく一級の宝具として相応しいものだが、そもそも真作が現存しているのかという点では疑問が残る。

 だが士郎の疑問に、凛は問題にもならないという風に手を振って見せた。

「形代、って言葉は知ってる?」

「知ってるぞ。代用物を使った憑代のことだろ? 投影魔術も本来はそういうのに使う術だって聞いた」

 わかりやすいのが人柱だ。時代が進むにつれ、それまで容認されていた生贄を紙や木で出来た人形で代用するようになった。

「じゃ、それが答えよ」

「……端折りすぎて訳が分からないぞ、遠坂」

 つまりね、と前置きしてから凛が語る。

「三種の神器については簡単な話。そもそも紛失したものからして形代――本物の代用物として作られた模造品だったってだけのことよ」

「それはおかしくないか? 必要がないのに模造品を作るなんて」

 神器はあの家の象徴でもあり、継承をすることが正式な皇として認められる要素のひとつだった。

 だからこそ、南北朝でその真偽が取り正され、争いのタネのひとつになったのだ。

「必要ならあったのよ。南北朝で争われたのは、"本物の形代"かどうかって話だし。真作は、常にその時代の皇が所持していたの」

「……? どういうことだ? 遠坂の言い方じゃ、南北朝の他に第三の皇がいたように聞こえるぞ。おまけに、まるでそっちが本物みたいな……」

「その通り。言ったでしょ、全部"形代"って言葉で説明がつくって。そもそも衛宮君が頭の中で想像している公家自体が"形代"なのよ。正確な年代は分からないけど、あの家は分化したの。政を取り仕切る形代としての表の家と、神秘の継承を担う裏の家にね。神器も本物を裏が、形代を表が奉った。そして、その仕組みは現代まで続いている」

「血の濃さは?」

「そんなの、いくらだって保つ方法はあるでしょう? というか、古事記なんかでは目白押しじゃない。それを表沙汰に出来なかったからこそ家を分けたんじゃないかしら」

「……頭が痛くなってきた」

 何ということもない、という様子の凛とは逆に、士郎は頭を抱えてため息をついた。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/13(水) 21:52:55.25 ID:m3ExLboH0
「凛。しかし、私にも解せないことがあります」

 頭の中でいままでの常識との折り合いを付けようとしている士郎をよそに、セイバーが質問役を引き取る。

「彼我の戦力差についてはひとまず置いておきましょう。しかしそもそも、どうしてその公家とやらが凛を狙うのですか?」

「それは、」

(……? 遠坂、少しだけ言い淀んだ?)

 師でありパートナーである少女の常とは異なる間の取り方に、士郎は一瞬だけ疑問を持つ。

 だが、所詮は一瞬のことだった。凛はすぐにいつもと同じ堂々とした雰囲気を纏い直す。

「聖杯戦争のせいね。今回の被害が向こうの目に留まったんでしょう。遠坂は御三家のひとつだし」

「すでに冬木の聖杯戦争は五度目になります。被害の程度でいえば、前回起きた大火災の方が凄惨だ。何故、今更?」

「詳しいことは私も分からないけど、陵墓課はあの家系が力を振るうことに否定的なのよ。この国にとって、あれは核の傘のようなものだった。程度を過ぎれば、抗いようのない最終措置がとられるっていうね。けれど、皇その人は被害を知ってしまえば動かざるを得ないという性質を持っている。だから、陵墓課の主な仕事は"事後処理"……被害を公家に対し露呈させないことだったんだけど――」

「今回に限って、それが失敗した、と?」

「そういうことなんでしょうね。綺礼の奴があんなことになったし、教会の隠蔽にも隙があった。その影響があるのかもしれない」

 とにかく、と凛は話を締めくくった。パソコンの画面に表示されているチケットの時間を一瞥すると、ポケット時刻表を取り出し、空港までの足の算段をつけながら。

「敵の目的は明白――聖杯戦争が二度とこの国で起きないようにすること。術式の解体、並びにその関係者への"対処"よ」
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/13(水) 21:54:05.74 ID:m3ExLboH0
◇◇◇

 間桐慎二は病院のベッドに寝転がりながら天井を見つめていた。

 一月前に終結した聖杯戦争。その中で我が身に降りかかった災厄は思い出したくもないほど碌でもないものだったが、それでもこうして生きている。

 さすがに無傷とはいかなかった為、未だにベッドから起き上がれずにいたが――それでも五体満足で、いずれは元の様に動けるというのは破格の幸運なのだろう。

 目下、慎二にとって一番の問題はいまのような空白の時間だった。

 個室故に話をする相手はおらず、窓から見える風景も退屈を癒してはくれない。

 体はまだ満足に動かない為、部屋の外に一人で行くこともできないとなれば、慎二にとってこの時間はほぼ拷問に近いものだった。

「桜、早く来ないかな……」

 必然、慎二の意識は、ほぼ毎日のように見舞いに来てくれる少女に向けられる。

 間桐桜。血の繋がらない、慎二の妹。

 彼女には酷いことをたくさんしてしまったと、慎二は後悔している。かつては、自分が彼女を虐げるのは当然だと思っていた。マキリの業を、自分が受け継ぐはずだった魔術をよこから掠め取った女。自分に魔術の才能がないことからは目を逸らし、全ての彼女の責と逆恨みしていた。

 だが『この世全ての悪』に一度沈み、慎二は魔術への執着を失った。あんなものは、もう欲しいとも思えない。彼の性格を歪めていたコンプレックスの大元が取り除かれたのだ。故に、彼は間桐桜に対し、罪悪感のようなものを芽生えさせていた。

 もっとも未だ本人へ素直に謝罪ができないでいるのは、間桐慎二が間桐慎二である所以であったが。

 思考を断ち切る様に、がらり、と音を立ててスライド式の扉が開く。

 回診の時間ではない。ならば――と、慎二は喜色を胸の内に秘めて視線を向けるが、そこにいたのは桜ではなく、さらにいうなら既知の人物ですらなかった。

 そこに立っていたのはひとりの老人だ。齢は80を超えているだろう。仕立てのよいスーツに小柄な体を包み、花束を手にしていた。

 老人はためらうことなく、部屋に足を踏み入れた。背後でスライド式のドアが閉まり、外界と隔絶される。

「間桐、慎二さんですね」

「……そう、だけど」

 病室を間違えた、というわけではないらしい。老人は慎二の名前を呼んだ。

 老人とはいえ、見知らぬ男が病室に入ってきている。しかも、こちらは体を満足に動かせない。

 そんな状況でも、咄嗟に慎二が誰何の声を発しなかったのは、目の前の老人に対して、ある種異様なまでに敵意の類を抱けなかったからだ。

 老人の放つ雰囲気は、柔らかい春の日差しそのものだった。傍にいるだけで、気分が落ち着く。そんな奇妙なカリスマ性を感じさせる。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/13(水) 21:54:36.88 ID:m3ExLboH0
 そうして慎二が対応しあぐねている内に、老人はベッドの脇にまで歩みを進めていた。花束をサイドチェストに一度置くと、その場でゆっくりと一礼する。どれも、気品を感じさせるような動きだ。

「御無事で、本当に幸いでした。私は貴方を守るべき立場にありながら、貴方を助けて差し上げられなかった」

「……お爺様の、知り合いか何か?」

「いいえ。重ね重ね失礼を。名乗るべきなのでしょうが、しかし、我々は"表"とは違い個人の名前を持ちません――対外的には、スメラギ、と呼ばれることが多いのですが」

 スメラギを名乗る老人は、そう言ってベッドの上に投げ出されていた慎二の手を取った。見知らぬ男に手を握られるという、ともすれば怖気すら抱く出来事に、しかし慎二は動けない。肉体の損傷が問題なのではない。スメラギ氏がそうすることに、違和感を覚えられなかった。

「――そして、謝罪致します。せめて、これからの旅路が苦しみ無きものでありますよう……」

 次の瞬間、慎二の意識は途絶えた。

 最後に慎二が感じたのは、老人の手から伝わる膨大な熱量だった。聖杯など、『この世全ての悪』など、何の問題にもならない熱と神秘。

 この老人は、体の中に太陽を持っている。
 
 その事実を理解するよりも前に、熱は慎二の身体を余すことなく包み込み、その役割を終えていた。

「……安らかに、お眠り下さい」

 スメラギは呟き、花をベッドの上に置き直す。

 その時、病室の扉が控えめなノックされ、続けて少女の声が扉越しに響き渡った。

「兄さん、起きてますか?」

 当然、返事はない。だから、間桐桜は扉を開けた。同時、スメラギも振り返る。

「え、あの……」

 見覚えのない人物が部屋の中にいたことへの戸惑いに、桜の表情が一瞬だけ混乱する。

 そう、一瞬だけ。その次に浮かんだのは、呆然と疑念を足して二で割ったような表情。その原因は、目の前の老人の背後にある兄の現状を目にした為。

「兄さん……?」

「間桐、桜さんですね」

 スメラギは迷うことなく、再び歩みを進めた。必要なことをする為に。己が勤めを果たすために。

 聖杯に飲まれた少年と、聖杯の欠片を宿す少女。両者への対処を終わらせるために。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/02/13(水) 21:57:52.37 ID:m3ExLboH0
◇◇◇

 桜が死んだ。

 間桐臓硯はその事実の前に、己が願望を果たす為の道が閉ざされていく感覚を覚えていた。

 桜の身体に仕込んでいた刻印蟲は、その全てが一瞬で焼き尽くされた。状況を細かく検分する暇すら与えられなかったが、逆にそれが下手人を特定することになる。噂に違わぬ神秘の暴威。間違いなく、奴の仕業だ。

 臓硯は手の中にある紫色の封筒を見やる。今朝届いた、陵墓課からの手紙。儀式を放棄し、早急にこの国より退去せよとの訴状。

 陵墓課は腰抜け揃いだが、全国各地に拠点と人員を配置している。国内に限り、その情報収集能力は間違いなく一流だ。桜に聖杯の欠片を埋め込んだことも知られているのだろう。それ故の"対処"。

 この国に来た時から、『皇(スメラギ)』という脅威は知っていた。この国の神秘に纏わる最終安全装置。それが発動すれば、一切の容赦呵責なく狼藉者は死ぬと。

 その対象に冬木の聖杯戦争が選ばれるなど、夢にも思わなかった。そもそも、最初はここまで大規模なものではなかったし、近年では聖堂教会による隠蔽の為の介入もあったのだ。

 だから大丈夫だろうと――思っていたのは、甘かったと言わざるを得ないだろうが。

「……慎二も小聖杯を埋め込まれ、歪とは言え器となっていた。無事ではあるまいな……」

 そして、次は自分の番という訳だ――臓硯のいる蟲蔵。その天井の向こうから、迎撃に差し向けた蟲群の悲鳴が響いていた。

 病院で"処理"を終えてからすぐここへ向かったのだろう。臓硯が準備らしい準備をする間もなく、皇は間桐邸の前に姿を現し、そして進撃を開始していた。

 間桐邸は臓硯の工房だ。仮に一流の魔術師であっても、足を踏み入れれば生還叶わぬ死地となろう。

 だが、皇は問題なく歩みを続けている。大量の凶悪な蟲たちは、文字通り足止めにもならないらしい。

 いつの間にか臓硯の口からは、震えるような呟きが漏れ出していた。

「嫌じゃ……死にとうない……儂は、まだ、死しにとうない……!」

 だが台詞と裏腹に、彼の身体は具体的な行動を起こそうとしない。

 何をすべきか、何をすればいいのか思いつけなかった。おぞましいほどの神秘の重圧が頭上から降ってくる。既に生き埋めにされたも同然の現状。

 臓硯は薄暗い蔵の片隅で、着実に近づいてくる"死"に対し、震え続けることしかできない。

 ――そして、その"死"はこともなげに臓硯のもとに辿り着いた。

「マキリ・ゾォルケンですね」

 固く閉ざしていた蟲蔵の扉が、溶けるように消えた。ジュッ、という水っぽい音は、それが地上では本来有り得ぬほどの高温で蒸発したことを示唆している。

 蔵に光が差し込む。その光輝を連れ立つように、皇は蟲蔵の底へ続く階段を一歩一歩、踏みしめるようにゆっくりと降りてきた。

「聖杯を諦めると、ここに誓ってください。さすれば命までは取りません」
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