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勇者「彼は正しく英雄だった」
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251 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:31:05.01 ID:hT6/aIqMO
魔法使い「どういうこと?」
戦士「頼る人間がいないから全てを自分で何とかするしかない。隙を見せてはならない。とかな」
魔法使い「……分かる気はする」
戦士(……そうか、こいつも色々あったみたいだからな。似たような境遇だからってのもあるかもな)
魔法使い「受付さんはさ」
戦士「ん?」
魔法使い「受付さんはね、私が傭兵になったばかりの頃から色々助けてくれたんだ。
依頼とかも選んでくれた。だから何かしたいんだけど、受付さんはあんな感じだからさ」
戦士(珍しいな……)
魔法使い「欲しい物とか探ろうとしてもはぐらかすし、料理とかも教えて貰ってばかりだし」
252 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:32:50.85 ID:hT6/aIqMO
戦士「何か作って渡せばいいじゃねえか」
魔法使い「いやいやいや、料理上手に手料理渡すとか無理だって」
戦士「そんなの気にすんのかよ。若妻二人の料理格差みたいな話だな。女かよ」
魔法使い「女なんだよ!! 日に二度も言わせんな!!」
戦士「気にしなくても良くねーか? そういうのって気持ちだろ?」
魔法使い「じゃあ、可愛い女の子が手料理作ってきてマズかったらどうするわけ?」
戦士「そりゃあ全部食うさ」
魔法使い「今のは質問が悪かったよ。同性の友達が急に料理作ってきたらどうする? ちなみに味は保障しません」
253 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:33:33.02 ID:hT6/aIqMO
戦士「……」
魔法使い「ほらぁ〜!!」
戦士「それはちょっと考えるだろ!!」
魔法使い「それって困るってことでしょ? だから渡せないの。困らせたくないの。分かる?」
戦士「そんなもんか? 喜ぶと思うけどな」
魔法使い「無理無理。それよりさ、身に付ける物とかを渡した方が良くない?」
戦士「身に付ける物って?」
魔法使い「眼鏡の入れ物とか、髪留めとかさ。日常生活で使えるやつだよ」
戦士「俺はそっちの方が難しいと思うけどな。趣味の合わない物を渡されたらキツいだろ?」
254 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:34:35.19 ID:hT6/aIqMO
魔法使い「むぅ……」
戦士「そんなに悩むことか?」
魔法使い「こういうのは外すと痛いからね。慎重にやらないと駄目なのさ」
戦士「そんなもんかね。考え過ぎてると渡す機会を逃すぞ?」
魔法使い「……」
戦士「どうした?」
魔法使い「………手伝ってよ」
戦士「はあ?」
魔法使い「帰ったら眼鏡買うから手伝ってよ」
戦士「眼鏡って何だよ。さらっと難易度上がってんだろ」
魔法使い「だから手伝って欲しいの。私は強気に行くって決めた。勝負だよ、勝負」
戦士「……お前、好みに合わないって言われたら俺が選んだとか言うつもりだろ」
255 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:35:15.00 ID:hT6/aIqMO
魔法使い「……」
戦士「……」
魔法使い「そんなことしないよ」
戦士「今の間は何だよ」
魔法使い「いいから手伝ってよ!!」
戦士「大声で誤魔化すのやめろよ」
魔法使い「なにさ、こんなに頼んでるのに……」
戦士「誠意を毛ほども感じねえんだよ。まあ、良いけどよ」
256 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:36:03.01 ID:hT6/aIqMO
魔法使い「いいの!?」
戦士「俺も何かお礼したいしな」
魔法使い「え、もしかして受付さん狙ってんの? それはちょっと引くわ」
戦士「この前の記者みたいなこと言うな。何でもかんでも恋愛に結び付けようとしやがって」
魔法使い「止めはしないよ。だけどさ、まずは己の身の程を」
戦士「話を聞けよ。つーか身の程を何だよ」
魔法使い「己の身の程を知れ」
戦士「言うのかよ……」
魔法使い「冗談はさておき、何で?」
戦士「寝床用意してくれたりしたからな。それから日頃の感謝ってやつだ」
魔法使い「日頃って?」
戦士「他の街では傭兵の扱いが結構雑なんだよ。あんなに傭兵を大切にする人はいないぜ?」
257 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:36:44.36 ID:hT6/aIqMO
魔法使い「へ〜、そうなんだ」
戦士「反応薄いな」
魔法使い「私はいつも世話になってるからね」
戦士「胸張って言うことか?」
魔法使い「えっ、変なとこ見ないでよ」
戦士「……」
▼戦士はある一点をじっと見つめている。
258 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:37:57.91 ID:hT6/aIqMO
魔法使い「な、なにさ……」
戦士「………ふっ、他愛ねーな」
魔法使い「待て、何故笑う。他愛ないって何だ」
戦士「哀れに思えてな。ちなみに他愛ないってのは手応えがなく張り合いがないってことだ」
魔法使い「は? そこそこあるから、着痩せするだけだから」
戦士「笑わせんな身の程を知れ。そういうのは受付さんくらいになってから言うんだな」
魔法使い「謝罪しろ、今すぐにな」
戦士「おっ、見えた。あれだな」
魔法使い「おい!!」
259 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:39:28.43 ID:hT6/aIqMO
>>>>監視所
監視者「見学をしたい?」
戦士「ああ、特級の監視を体験させて欲しいんだ。迷惑だろうが何とか頼む」
監視者「まあいいさ、別に構ないよ」
魔法使い「え、いいの?」
監視者「正直言って邪魔だが彼女の理解を深めるには良い機会だな。我慢しよう」
魔法使い「ありが……ん?」
監視者「ちょっと準備をするから待っていてくれ」
戦士「おう、分かった」
260 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:40:04.67 ID:hT6/aIqMO
▼監視者は奥の部屋に入った。
魔法使い「……」
戦士「小屋みたいなとこ想像してたけど、結構しっかりしたとこだな。研究所みてーだ」
魔法使い「……」
戦士「どうした?」
魔法使い「いや、あの人ちょっと」
ガチャ
監視者「来たまえ」
戦士「魔法使い、行こうぜ」
魔法使い「う、うん」
パタンッ
監視者「普段はこの望遠鏡で監視している。彼女の方からどうぞ。固定しているから覗くだけでいい」
261 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:41:12.59 ID:hT6/aIqMO
▼魔法使いは望遠鏡を覗き込んだ。
戦士「見えるか?」
魔法使い「……うん、いる」
戦士「どんな感じだ?」
魔法使い「白いくて大きな狼? みたいな感じかな。なんか、普通に寝てるっぽい」
監視者「美しいだろう?」
魔法使い「いや、あれ魔物だし」
監視者「美しいだろぉ?」
魔法使い「……はい」
戦士(変人相手だと敬語になるのか)
262 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:41:40.92 ID:hT6/aIqMO
監視者「彼の方もどうぞ」
▼戦士は望遠鏡を覗き込んだ。
戦士「本当に真っ白だな。綺麗なもんだ」
監視者「ンフフ、そうだろぉ?」
戦士「あんたみたいに大声じゃ言えないけどな」
監視者「分かる、分かるよ。美しいものを美しいと言えないのは非常に悲しいことだ」
戦士「あんたは違うみたいだな」
監視者「私は違いを怖れていないからな。私は彼女を美しいと感じている。人間の女性など足下にも及ばないよ」
263 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:42:30.95 ID:hT6/aIqMO
魔法使い「あのさ」
監視者「何だ?」
魔法使い「あの魔物が好きなの? その、異性として……」
監視者「恋をしていると言っても過言ではないな。何時間見ていても全く飽きないよ。最近は望遠鏡越しに熱く見つめ合っている。もう最高さ」
魔法使い「無理キモい!!」
監視者「アハハッ!! それはそれで真っ当な意見だ。正しい反応だが、間違いでもある」
戦士「見つめ合っているって大丈夫なのか?」
監視者「勿論だよ。縄張りに入らなければ問題はない。でも、あの視線には何かを感じるよ。目が合う回数も増えているし、私を求めているのかもしれないな」
監視者「それに、彼女には他の魔物にはない知性を感じる。何かを訴えかけているのかもしれない。あくまで個人的な見解だが」
264 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:43:45.21 ID:hT6/aIqMO
戦士「面白いな、あんた。興味が湧いてきた」
監視者「ンフフ、お茶でも用意しよう。掛けたまえ」
▼戦士と魔法使いは席に着いた。
魔法使いはとても帰りたそうにしている。
監視者「どうぞ」
▼監視者は冷たいお茶を差し出した。
監視者「さて、戦士と魔法使いだったな。君達は私を変人、変態だと思っているだろう?」
魔法使い「だってそうじゃん」
監視者「アハハッ! それが普通の感覚と言うやつだ。否定はしない。だが、私の言い分も聞いて欲しい」
戦士「ああ、いいぜ?」
監視者「簡単に言うと、愛おしいんだよ」
265 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:44:21.96 ID:hT6/aIqMO
戦士「愛おしい?」
監視者「彼女は人間より優れた力を持ちながら子を残すことは出来ない。人間を怖れ、こんな場所に隠れて生きている」
監視者「もし彼女に人間と同等の知性があれば、彼女に限らず特級と呼ばれる魔物に知性があれば、もっと違った結果になっていただろうね」
戦士「もしそうなれば、人間は消えるな」
監視者「人間もそうやってのし上がった。他の生物を追いやり、彼等の土地を奪った。絶滅させもした。人間を絶滅させる生物が現れても不思議ではない」
監視者「どんな生物にも生きる権利があり、同時に命を奪う権利がある。それが人間だけの特権と勘違いするからおかしなことになる」
監視者「彼女は襲われて身を守った。それで人が死んだ。それの何が悪い。魔物を狩るなら、魔物に狩られることを覚悟すべきだ」
監視者「もし彼女に何かがあれば、私は彼女を守るだろう。傭兵ではなく、人間としてね」
魔法使い「……」
監視者「ああ、済まない。私は別に人間が悪だとかそんなことを言いたかったわけではない。話を戻そう」
266 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:45:35.19 ID:hT6/aIqMO
監視者「さて何だったかな。ああ、彼女に惹かれた理由だった」
監視者「何と言えば良いかな。彼女は生きているだけで美しいんだ。人間には出せない美しさとでも言うべきかな」
戦士「自然だからか?」
監視者「正にそれだよ。人間は不自然な生物だろう? こうした方が良いと分かっていながら、それとは全く別の行動を取る」
監視者「他人と比較して考えを変えたり、嘘を吐いて誤魔化したりもする。私は人間の方が危険だと思うよ」
監視者「一方、彼女は思想に惑わされることもない。嘘を吐くこともない。ありのまま生きてるんだ。それが美しいのさ」
魔法使い「だったら他の生き物でもいいじゃん。猫とか犬とかさ」
戦士「そういやそうだな。自然に生きてる生き物なんて他にもいるだろ?」
267 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:46:03.70 ID:hT6/aIqMO
監視者「犬? 猫? 駄目だ駄目だ」
魔法使い「何でさ」
監視者「あれは媚びる。それに人間より弱い生物だ。魅力は感じないよ」
戦士「……なあ」
監視者「何だい?」
戦士「つまりあんたは、強い女が独りで生きてるってのが良いのか? 女って言って良いのか分かんねえけど、人間に置き換えると何となく分かる気はする」
監視者「君は面白いな、感覚的にはそれに近いのかもしれない」
戦士「とは言え、そこまで入れ込むのは全く理解出来ねえけどな」
監視者「ん〜、もっともっと人間的に分かりやすく言うなら、そうだな」
268 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:47:26.03 ID:hT6/aIqMO
▼監視者は考え込んでいる。
監視者「この世の者とは思えないほどの美女がいたとする。彼女は極めて原始的で服を着ることもしない。いつも裸だ」
監視者「更には意思疎通は出来ない。安易に近付けば直ぐさま殺される。とても危険な女性だ」
監視者「彼女は水場で水を飲み、腹が減れば獣を狩り、喰らう。彼女はただ生きている」
監視者「着飾りもせず、媚びもせず、自分を曲げることもしない。彼女の心はいつも自由の中にある」
監視者「そして私は、そんな彼女の私生活を覗き見て涎を垂らす変態だ」
魔法使い「紛う事なき変態じゃん」
戦士「間違いねーな」
監視者「やっと理解してくれたようで嬉しいよ。さて、とっとと帰ってくれ。語っている内に気が昂ぶってきた。私にはやらなければならないことがある」
戦士「今すぐ帰る。席から立ち上がるのは俺達が出て行ってからにしてくれ」
269 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:48:33.13 ID:hT6/aIqMO
監視者「早く行け、長くは持たん」
魔法使い「アンタさ、下半身に脳味噌付いてんじゃないの? 間違い起こさない内に切除した方が良いよ?」
監視者「心配はない。私は人間の雌になど一切興奮しないからな」
魔法使い「それはそれで問題だと思うけどね」
戦士「つーか、コトを済ませたいから帰らせるとか相当だな。抑えが効かねーのかよ」
監視者「人間も所詮は獣ということだ、少年」
戦士「やかましいわ」
魔法使い「じゃあね変態、話は楽しかったよ」
監視者「ああ、さらばだ。また遊びに来たまえよ」
▼二人は返事をせずに立ち去った。
270 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:50:05.64 ID:hT6/aIqMO
>>>>帰り道
戦士「とんでもねえ奴だったな」
魔法使い「そうだね。でも面白かったよ。ああいう人間がいても良いんじゃないかな」
戦士「意外だな、毛嫌いするもんだと思ってた」
魔法使い「言ってることは真っ直ぐだったじゃん。性癖はねじ曲がってるみたいだけどさ」
戦士「俺は圧倒されたよ。あそこまで欲望に正直な人間は見たことねえ」
魔法使い「人間も所詮は獣なんだよ」
戦士「本当にそうかもな。こんだけ殺し合ってる生き物は他にいねえし」
魔法使い「だね。って言うか、魔物かぁ……」
戦士「ん?」
魔法使い「突然現れて、人間に目の敵にされて、殺されて、絶対人間のこと憎いよね」
271 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:50:38.77 ID:hT6/aIqMO
戦士「心があればな」
魔法使い「ないのかな?」
戦士「考えたこともねえよ」
魔法使い「私も」
戦士「……」
魔法使い「……」
戦士「魔物がいなくなったら、傭兵はどうなるんだろうな?」
魔法使い「どうなるんだろうね? きっと、困る人が多いと思う」
戦士「だろうな……」
魔法使い「変だよね。いつも殺してる生き物に生かされてるなんてさ」
272 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:51:21.65 ID:hT6/aIqMO
戦士「何かが間違ってんのかもな」
魔法使い「……魔物がいなくなったら、どうする?」
戦士「分かんねえ。お前は?」
魔法使い「私にも分かんないや」
戦士「……でも、魔物がいない方が良いのは分かる。それは間違いない。だから俺達がいる」
魔法使い「そうだね……」
戦士「……」
魔法使い「……」
戦士「取り敢えず、街に着いたら眼鏡でも見ようぜ? 店が開いてたらだけどな」
273 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:52:14.10 ID:hT6/aIqMO
魔法使い「そうだね、どんなのが良いかな?」
戦士「あんまり攻めない方が良いだろ」
魔法使い「でもさでもさ、赤いのとか似合いそうじゃない?」
戦士「それは分かる。分かるが、受付サンが使うどうか分からねーだろ」
魔法使い「赤いの買って、別のも買おうよ」
戦士「二つもか? 迷惑だろ」
魔法使い「そうかなあ……気分で替えるとか良いじゃん」
戦士「そんな奴いるか?」
魔法使い「分かんない。受付さんに先駆けになってもらおうよ」
戦士「お前は受付サンに何を求めてんだよ……」
魔法使い「求めてないよ。私はただ色んな顔の受付さんが見たいだけ。出来れば笑って欲しいけどさ」
戦士「ま、お前が納得するまで付き合うさ」
魔法使い「ん、ありがと……」
274 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/01/23(水) 23:53:55.18 ID:hT6/aIqMO
第二十話 惚け
終わり
275 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:55:37.65 ID:hT6/aIqMO
第二十一話
>>>>夜
戦士「おい、おい起きろ」
魔法使い「……ん〜? 着いたの?」
戦士「ああ着いた。でも、眼鏡を買いに行く暇はないみたいだ」
予定より早く到着したが、何やら街が騒がしい。
魔法使い「何か、街の様子が変じゃない?」
戦士「ちょっと聞いて来る。お前は待ってろ、動くなよ」
すぐさま馬車を降りて見知った傭兵達に話を聞くと、次のような答えが返ってきた。
276 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/23(水) 23:56:30.43 ID:hT6/aIqMO
「受付嬢が消えた」
「受付嬢が逃げた」
「軍が攻めてくる」
事実確認出来ないまま憶測は憶測を呼んでおり、街の傭兵達は酷く混乱している様子だ。
見ると、受付嬢の同僚であるらしい街の仲介業者達も質問攻めにされている。
傭兵達にとって受付嬢は街の顔とも言える存在、彼女が姿を消した影響は大きいようだ。
戦士「……」
魔法使い「何て言ってた?」
戦士「まだ分かんねえ。酒場に行くぞ」
魔法使い「……受付さんに何かあったの?」
戦士「言ったろ。まだ分かんねえ」
それ以上のことは何も言えず、戦士は酒場に向けて馬車を走らせた。
277 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:08:22.12 ID:kY2YNde0O
>>>>
酒場に到着したが、そこに傭兵達の姿はない。
二人は静まり返った酒場の中央で呆然と立ち尽くし、暫く動くことが出来なかった。
どれだけ時間が経とうと賑やかさが戻ることはなく、落ち着かない静けさだけがある。
床に転がる酒瓶が、からからと音を立てた。
二人は顔を見合わせると意を決して応接室へと足を踏み入れたが、そこに受付嬢の姿はない。
机はいつも通り綺麗に整理整頓されていて、作成していたであろう依頼書が置かれてある。
杖も車椅子も何もかもがそのままの状態で残されており、不自然な程に変わりはない。
ただ、彼女の姿だけがない。微かに残された彼女の存在感が、二人の心を余計に締め付けた。
そこにいるはずの人物がいない。そこにいるはずの人物が突然姿を消す。それは二人にとって二度目の経験だった。
278 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:10:03.33 ID:kY2YNde0O
戦士「……攫われたのか」
魔法使い「黙って攫われる人ようなじゃない。抵抗しないなんて絶対変だよ」
戦士「だが杖も椅子もそのままだ。見た感じ、乱れたところはない。抵抗したなら散らかったりするもんだ。誰も声を聞いてねえってのも妙だ」
魔法使い「まだ分からないよ。変わったとこがないか調べよう。部屋暗いから照らすね」
戦士「頼む」
▼二人は部屋を調べた。
魔法使い「……ない」
戦士「ない? 何が?」
魔法使い「短剣がない」
戦士「短剣? そんなのあったか?」
魔法使い「うん、引き出しの裏側に隠してあるんだ。前に受付さんが見せてくれた」
279 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:11:10.42 ID:kY2YNde0O
戦士「戦おうとしたのか」
魔法使い「かもしれない。それから、相手は魔術師だった」
▼魔法使いは床を照らした。
戦士「これ擦り傷か? 随分細かいな」
魔法使い「うん。這い回ったみたいな細かい擦り傷が沢山ある。向こうの扉にも、こっちにも」
戦士「近付かないと分からねーが、来客用の椅子の辺りから放射状に伸びてるみたいだな」
魔法使い「植物っぽいね。でも、これだけじゃ何も分からない……」
戦士(……コイツの手前口には出せねえが、付いて行った可能性もある。だが、だとしたら何故?)
280 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:12:37.18 ID:kY2YNde0O
魔法使い「ねえ、戦士」
戦士「どうした?」
魔法使い「皆はさ、受付さんがいなくなったから混乱してるんでしょ?」
戦士「ああ、どうやら本当にそうみたいだ。この目で見るまでは信じたくなかったけどな」
魔法使い「……」
▼魔法使いは杖を握り締めて目を閉じた。
戦士「おい、大丈夫か?」
魔法使い「うん、大丈夫。このまま止まってても始まらないし、まずは混乱を鎮めよう。
この街を守れるのは傭兵しかいないんだ。私達がしっかりしないとダメだよ」
▼魔法使いは自分に言い聞かせるように言った。
瞳は潤んでおり、その声はか細く、震えている。
魔法使い「だから今は出来ることをしよう? 考えるのは後でも出来るしさ」
▼魔法使いは明るく笑った。
細めた目尻からは涙が溢れ頬を伝った。
281 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:14:27.18 ID:kY2YNde0O
戦士「お前……」
▼魔法使いは咄嗟に背を向けた。
戦士「魔法使」
魔法使い「さ、行こう!」
▼魔法使いは戦士の言葉を遮り、背を向けたままで言った。
戦士「……」
魔法使い「立ち止まってちゃダメだよ」
戦士「……そうだな、行こう」
▼二人は応接室を立ち去った。
二人の背中に声を掛ける者はいなかった。
▼扉が閉じられた。
独り言は聞こえない。誰もいないようだ。
282 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:16:12.88 ID:kY2YNde0O
>>>>翌日
事態が収束したとは言えないが、ひとまず暴動が起きるような状態は脱した。
酒場には傭兵達の姿が戻り、応接室に代わりの仲介業者が入ったことで落ち着きを取り戻しつつある。
しかし、当然のことながら不満を漏らす傭兵も数多くいた。
明らかな拒否反応を示す者、事実を受け止めて渋々ながら従う者、反応は様々である。
以前から街にいた仲介業者とは言え、新顔の受付は信用出来ないのだろう。
中には街を立ち去る傭兵もいた。それだけ受付嬢の存在は大きかったようだ。
冷淡とも言える態度と事務的な口調。そうした態度を取りながらも傭兵の身を案じる受付嬢。
そんな彼女が消えたことは非常に衝撃的であり、裏切られたとすら感じる者もいたようだ。
裏切り行為であるかは別としても、この街の仲介業者に対する不信感が高まったと見ていい。
信用回復は容易なことではなく、時間が掛かることは間違いないだろう。
283 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:17:44.52 ID:kY2YNde0O
戦士「何とかなったな」
魔法使い「だけどさ、酒場の雰囲気とか全然違うよ。なんか、ぴりぴりしてる」
戦士「安心して仕事出来ないんだ。そりゃ、ああなるさ。新しい受付は苦労しそうだな」
魔法使い「気の毒だけど、こればっかりは時間だよ。何とか頑張って貰うしかない」
戦士「そうだな……」
魔法使い「……」
戦士「俺達はどうする。依頼受けるか?」
魔法使い「ん〜、今日はやめとく」
戦士「じゃあ飯でも食うか。帰って来てから食ってねえしな」
魔法使い「お肉食べたい」
戦士「はいよ。んじゃ、行こうぜ」
284 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:18:34.01 ID:kY2YNde0O
>>>>お食事処
戦士「……」モグモク
魔法使い「……」
戦士「どうした? 食わねーのか?」
魔法使い「……ねえ、戦士」
戦士「あん?」
魔法使い「受付さん、何処に行ったのかな」
戦士「魔法使い」
魔法使い「分かってるよ。沢山調べたし、何も残ってないし、見慣れないお爺さんが来たってこと以外に情報ないし、それに」
戦士「……」
魔法使い「付いて行ったのかもしれないし……」
285 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:20:14.72 ID:kY2YNde0O
戦士「そうだな……」
魔法使い「もしそうなら、もし本当にそうだとしたらさ、追わない方が良いのかなあ」
▼魔法使いは涙を流した。
戦士「……」
魔法使い「先生も受付さんもいなくなっちゃって、街の雰囲気も変だし、なんかもう分かんないよ」
戦士「出来ることをする。街を守る。お前は昨日そう言っただろ?」
魔法使い「言った……」
戦士「だったら強がれ」
魔法使い「ちょっと無理っぽい」
戦士「あのなぁ……」
魔法使い「だって先生はどっか行くし、受付さんは消えちゃうし、それに」
戦士「何だよ」
魔法使い「やっぱり寂しいし……」
286 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:21:19.93 ID:kY2YNde0O
戦士「……………はぁ」
魔法使い「溜め息吐くことないじゃん。本当のことだよ? って言うかこれが普通だよ……」
戦士「そりゃあ俺だって寂しいさ。受付サンを捜したいのも分かる。でも、手掛かりがないんじゃ捜しようもないぜ」
魔法使い「そうだけどさ……?」
▼見知らぬ男がやって来た。
戦士「何だよ、俺達に何か用か?」
勇者「戦士と、魔法使いか?」
魔法使い「そうだけど、誰?」
勇者「良かった、やっと会えた。街に到着してから随分探した」
魔法使い「いや、だから誰? 出来ることなら放って置いて欲しいんだけど」
勇者「ああ、済まないな。俺は勇者だ」
287 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:25:35.86 ID:kY2YNde0O
第二十一話 子供達
終わり
288 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:26:43.23 ID:kY2YNde0O
第二十二話
戦士「勇者? あんたが?」
魔法使い「勇者って王子でしょ? お供も連れずに一人で来たわけ? かなり嘘っぽいんだけど」
勇者「疑問や質問は後にして今は話を聞いて欲しい。二人にとっても無関係な話じゃない」
▼勇者は返事を待たず語り出した。
王の暴走と教会襲撃、傭兵の失踪と人質の存在、そして追放、順を追って説明していった。
戦士「……大体の話は分かった。だが、何で俺達を?」
勇者「これを師が持っていたそうだ。俺はこれを見て二人を頼ることにした」
魔法使い「あ、この記事……」
戦士「本当に売ってたんだな。つーか先生も読んだのかよ。何か恥ずかしいな」
勇者「先生か……」
魔法使い「なあに?」
勇者「いや、先生と呼んでいるから、師が二人を育てたのは本当なんだと思ってな」
289 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:27:28.62 ID:kY2YNde0O
戦士「あんたも師って呼んでるな」
勇者「俺も一時期教育を受けていたんだ。師のことはとても尊敬している」
魔法使い「ふーん。故郷を材料にセンセを脅して従わせた癖にね」
勇者「ぐっ……その点を含めて尊敬してるんだ。第一、あれは父のやったことだ。俺ならそんなことはしない」
戦士「そうやって歯向かった結果、若返った父親に城を追い出されたわけか。難儀だな」
勇者「父だろうと王だろうと間違いは間違いだ。それに、あれはもう父ではない」
戦士「……」
勇者「それから、これもあった」
▼勇者は小瓶を取り出した。
戦士「何だそれ?」
勇者「中身は俺にも分からない。この記事に包まれていたらしい。二人なら分かると思ったが、どうだ?」
290 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:28:06.70 ID:kY2YNde0O
戦士「俺には分かんねーな。お前は?」
魔法使い「ん〜? どっかで見たけど、どこだっけな? ちょっと貸して?」
▼勇者は小瓶を手渡した。
魔法使いはしげしげと眺めている。
魔法使い「あ、毒だこれ」
勇者「毒?」
魔法使い「センセが持ってたやつで矢尻に塗って使うんだ。数分で視神経がやられるらしくって、それはもう凄い毒なんだってさ」
戦士「何だってそんな物騒なもんを……」
魔法使い「そんなの分かんないよ。必要になるってことかな? それとも暗号とか?」
勇者「それはひとまず魔法使いに預ける。それより本題だ。手を貸して欲しい」
魔法使い「王様を何とかするのはセンセと受付さんを助けた後、それで良いなら協力するよ」
291 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:29:03.99 ID:kY2YNde0O
勇者「最初からそのつもりだ。俺にも助けなければならない友がいる。攫われた子供達もな」
戦士「なら、戦の混乱に乗じて忍び込もう。その方が楽だ。だが、子供達を救い出すのはかなり厳しい。三人助けるのとはわけが違う」
勇者「厳しいのは承知の上だ。だが、何としても救い出さなければならない」
魔法使い「うん、そうだね……」
戦士「魔術師の隠れ家は砂漠だったか? 場所は分かるのか?」
勇者「いや、砂漠にあるとしか聞いていない。軍の後を付けようかと考えてる」
魔法使い「それは良いけど人は増やさないの? 流石に三人じゃ無理だよ」
勇者「君達以外の傭兵を信用しろと? 師との繋がりがあるからこそ君達を頼ったんだ。そうでなければ此処にはいない」
戦士「傭兵は嫌いか?」
勇者「好き嫌いじゃない。信用ならないだけだ。そもそも渡せる金がない」
292 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:31:02.29 ID:kY2YNde0O
魔法使い「お金は必要ないと思う」
勇者「どういうことだ?」
魔法使い「この街には受付さんに世話になった若い傭兵が沢山いる。事情を話せば協力してくれる傭兵は絶対いるよ」
戦士「そうか、そうだよな。それでも少ないだろうが三人よりはマシだ」
勇者「傭兵が誰かの為に戦うのか? 金も要求せずに?」
魔法使い「王子様は分かってないね、薄汚れた傭兵にだって矜持があるのさ」
勇者(矜持……)
戦士「はっ、何が矜持だよ。さっきまで寂しい寂しいって泣いてたくせに格好付けんな」
魔法使い「は? 泣いてないから。泣いたこととかないし」
戦士「はいはい。なあ、勇者」
勇者「ん、何だ?」
戦士「俺や魔法使いには兵を率いた経験はない。あんたが先頭に立って指示を出してくれないか」
293 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:32:03.95 ID:kY2YNde0O
勇者「俺で良いのか? いや、俺は構わないんだが、傭兵達が素直に従うとは思えないな」
魔法使い「そこはあれだよ。俺様が玉座を奪った暁には褒美を与えるとか言えば良いよ」
勇者「君は簡単に言ってくれるな……」
魔法使い「そうかな? 城を落とすなんて聞いたら小躍りしそうだけどね」
戦士「城の前に救出だろ。勇者、魔法使い、今の内に飯食っとけ。俺は先に酒場に行って人を集める。食い終わったら酒場に来い」
勇者「了解した」
魔法使い「うん、すぐ行くよ」
▼戦士は立ち去った。
魔法使い「で、何食べる? お肉が美味しいよ?」
勇者「そうだな……じゃあ、同じものにしよう」
294 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:33:08.97 ID:kY2YNde0O
▼魔法使いは注文した。
勇者「戦士は頼りになる男だな」
魔法使い「そうだね。私が温かいお肉食べられるように、先に注文してた冷えたお肉食べてってくれたし」
勇者(おそらく幼子に対するそれだな、単に甘やかしているとも言えるが)
魔法使い「なにさ」
勇者「いいや? ところで、戦士はいつもああなのか?」
魔法使い「うん、戦ってる時もあんな感じ。どんな時も周りを見てるんだ。何度も助けてくれた」
勇者「戦士とは長いのか?」
魔法使い「まだ二ヶ月三ヶ月くらいだよ。でも、ずっと一緒にいる。苦にならないんだ」
勇者「苦にならないか、攫われた友人がそんな感じだったな。身分を気にせず話してくれた」
295 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:34:26.56 ID:kY2YNde0O
▼料理が届いた。
魔法使い「いただきます。その友達は男の子? 女の子?」
勇者「いただきます。名は僧侶、女性だ。俺と同世代だから女の子って歳じゃあないな」
魔法使い「アンタと同世代ってことは二十三、四歳くらい?」
勇者「そうだな。顔立ちは幼いが言動が過激なんだ。とても面白い人物だよ」
魔法使い「へ〜、僧侶さんは可愛い?」
勇者「顔は可愛らしいな。いつもからかわれているから素直に可愛いとは言えない」
魔法使い「仲良いんだね。きっと待ってるよ。絶対に助けてあげようね」
296 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:35:05.08 ID:kY2YNde0O
勇者「……ああ、そうだな」
魔法使い「どしたの?」
勇者「快く引き受けてくれたばかりか、こうして一緒に食事をするとは思わなかった。礼を言うよ」
魔法使い「それは私達もだよ。受付さんが消えて、何の手掛かりもなかったところにアンタが来た。本当に助かった」
勇者「師のお陰だな、これがなければ二人に辿り着くことはなかっただろう」
魔法使い「そうだね…………あのさ、王子様」
勇者「何だ?」
魔法使い「話聞いて思ったんだけど、王様って年老いて狂ったのかな?」
勇者「いいや、元から狂っていたんだと思う。あの人は猜疑心と恐怖心の塊だ。きっと正常ではいられなかったんだろう」
297 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:37:57.01 ID:kY2YNde0O
魔法使い「……お父さんと戦うのは怖い?」
勇者「ああ、怖い。躊躇いなく民を犠牲に出来るあの人が怖ろしい。でも、だからこそ、俺はあの男を許せない」
魔法使い「そっか、それなら大丈夫だよ。怖いって言えるなら、きっとお父さんより強いから」
勇者(不思議な子だ。子供かと思えば大人のように、そうかと思えば子供のようだ)
魔法使い「でもまあ、それはまだ先の話だし、今は救出に集中しないとね。さて、行こうか」
勇者(戦士と魔法使い、この二人が師に何を与えたのか、ほんの少しだけ分かった気がする)
魔法使い「どうしたの? 行くよ?」
勇者「ああ、済まない。今行くよ」
▼支払いを済ませ、二人は店を出た。
298 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:40:39.54 ID:kY2YNde0O
>>>>酒場前
魔法使いと勇者が到着した時、酒場の前には二十名近くの傭兵達が集まっていた。
戦士が声を掛け、声を掛けられた傭兵がまたそれを広め、そうして集った志願者の中から選ばれた者達だ。
一対多、または共闘に慣れている者を選抜しており、各々の力量には若干の差はあるものの高水準でまとまっている。
加えて彼等、彼女等は受付嬢に恩義を感じている傭兵の中でも特別熱心な者達であり、忠誠を誓っていると言っても過言ではない。
受付嬢を救うという今回の任務に限り、絶対に裏切る心配はないだろう。正に精鋭と言えた。
まるで何年も前から存在する部隊のような団結力、得体の知れない貫禄がある。
戦士の口から勇者が指揮を執ると告げられても不満を漏らすことはなく、黙して従う姿勢を見せた。
次に戦士は砂漠到着までの流れと、到着してからの大まかな流れを伝えた。
299 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:42:36.50 ID:kY2YNde0O
戦士「行商人に話を聞いたが軍の姿は見ていないらしい。今から行けば先回り出来るかもしれない」
戦士「そこで、監視所に向かう。あそこになら全員隠れられるし望遠鏡で周囲を観察することも出来る。待つには良い場所だ」
戦士「軍が到着してからは勇者に任せる。兵を率いた経験はこの中の誰よりも豊富だ。信頼して良い」
戦士「それから、到着する頃には日が暮れているだろう。中に着込むか羽織る物が必須になる。かなり冷えるから注意しろ」
戦士「装備を整えたら再度此処に集合して出発する。食料は持って行くが、此処でも食っておけ。焦らなくて良いが、出来るだけ急いでくれ。俺からは以上だ」
▼傭兵達は短い返事と共に散開した。
戦士「さて、俺達も準備しようぜ?」
魔法使い「俺からは以上だ、だってさ〜」
戦士「どうせ茶化されると思ったよ」
300 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:43:23.08 ID:kY2YNde0O
勇者「戦士」
戦士「あん?」
勇者「君には部隊を率いた経験があるのか?」
戦士「はあ? ねーよ。適当にそれっぽいこと言っただけだ。足りないことあるなら後で皆に言ってくれ。解散って言う前に解散しやがって」
勇者「はははっ、きっと居ても立ってもいられなかったんだろうな。気持ちは分かる」
魔法使い「私、ボウガン買ってくるよ」
勇者「武器屋に行くなら案内してくれないか、俺も武器防具を揃えたい」
魔法使い「分かった。戦士も行こ?」
戦士「おう」
▼三人は武器防具屋に向けて歩き出した。
301 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:44:53.24 ID:kY2YNde0O
魔法使い「あの人達、頼りになりそうだったね。女の子までいたから驚いたよ」
戦士「話を聞いたら受付サンを崇拝してるみたいなもんだったからな。信仰に性別は関係ないんだろ」
勇者「その受付嬢という女性が銀縁眼鏡の持ち主だったな。そこまで人気のある女性なのか?」
戦士「一部にな。冷ややかで割り切った態度と仕事に対する真摯な姿勢が好きなんだってよ。まあ顔は綺麗だし普通に魅力的だと思うぜ?」
勇者「師との関係は? 彼女が人質に取られたのを知り、師は魔術師に従ったと聞いた」
魔法使い「それが私達にも分からないんだよ。受付さんに聞いたことないし、話さないし」
戦士「普通に娘とかじゃねーのか? そんくらいしか思い付かねーよ」
魔法使い「それは私も思ったけど、単に親子ってわけでもなさそうじゃない? 王子様は何か知らないの?」
勇者「師も身の上は話さなかった。あくまで噂だが、愛した女性がいたと聞いたことはある。何だったかな……」
戦士「その噂は俺も知ってる。踊り子って言われた伝説の女傭兵だろ?」
勇者「そう、それだ!! 死の舞踏だったか?」
302 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:45:35.48 ID:kY2YNde0O
戦士「へ〜、あんた中々詳しいじゃねーか」
勇者「いや〜、幼い頃は亡国の傭兵について調べ回ったものだよ。まさか同志がいるとはな」
戦士「世代的にどうなんだろうな? 俺の世代で詳しい奴は多くなかったぜ?」
勇者「俺にも分からないな。話せる人はいなかった。しかし、師の伝説が世代を超えているのは確かだろうな」
戦士「確かにな。ところで、先生に直接聞いたことあるか? 俺、はぐらかされちまってよ」
勇者「残念ながら俺もなんだ。幾ら聞いても駄目だった。だが、どれも本当だと信じてる」
戦士「だよなぁ……疑う奴もいるが、一度戦えば本当だって分かるはずだ」
勇者「俺は特に城門前の一騎打ちの話が好きなんだ。巨漢の敵将を相手に単独で挑み、打ち勝つ」
303 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:46:47.48 ID:kY2YNde0O
戦士「敵将の武器は大槍だろ!?」
勇者「そう!! それがまた格好いいんだ!!」
魔法使い(……男の子って、こういう話が本当に好きなんだなあ。ちょっとは緊張感持って欲しいけど、張り詰めるよりはマシか)
魔法使い(あんまり考え過ぎても滅入るだけだし正直助かるけど、本当に子供だなあ。センセにもこんな時があったのかな?)
戦士「槍を踏み付けて抑えるとかやべえよな」
勇者「実は、何度か真似した……」
戦士「俺も!!」
勇者「だよな!!」
魔法使い「ほら小僧共、そろそろ口を閉じなさい。武器屋に着きましたよ」
304 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:48:25.09 ID:kY2YNde0O
>>>>何処か暗い場所で
錬金術師「お前には此処の守りを頼みたい」
錬金術師「お前の兄姉も一応戦力には入れてあるが、どれも危うい者達ばかりだからな」
▼傭兵は機械的に頷いた。
錬金術師「そうむくれるな。この戦が終われば、お前は自由になる。彼女と共に生きられる」
錬金術師「何も隠す必要はなくなる。父と娘として生きられる。保証しよう」
錬金術師「彼女は此処にはいないが、必ず会わせると約束しよう。見違えたように見えるはずだ」
錬金術師「それに、お前は若返った。娘と同じ時間を生きられるのは嬉しいだろう?」
錬金術師「……」
錬金術師「脅し? いいや? 彼女は自ら望んで私に付いてきた。お前の為、いや、お前の自由の為にな」
▼傭兵は何も話さない。
錬金術師「私の言葉が信じられないか?」
305 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:50:05.24 ID:kY2YNde0O
▼傭兵の肩がびくりと震えた。
錬金術師「お前を創ってから四十年か五十年か、様々な生物を創造したが、唯一、お前だけが、魔術に愛されなかった」
錬金術師「だが皮肉にもそんなお前が、人間の姿を留めたお前が、あの戦乱の中で生み出した生物の中で最も優れた能力を発揮した」
錬金術師「知性を削ってまで創り出した生物は魔物と蔑まれ、人間のお前だけが認められる始末だ。単に私が失敗しただけなのだろうがな」
錬金術師「……」
錬金術師「私が憎いか。ならば憎め。私は憎しみを拒まない。ただ、私から自由になりたいのなら私に従え」
錬金術師「……」
錬金術師「お前の望み通り、お前の生徒達も来るようだな。勇者、戦士、魔法使いだったか」
錬金術師「どれも殺すには惜しい逸材だ。中でも戦士は素晴らしい。お前同様、変異していない」
▼傭兵は拳を握って俯いた。
錬金術師「……お前の最も大切なものが何なのか、それはよく分かっているだろう。さあ、そろそろ軍が来る頃だ。傭兵よ、成すべきを成せ」
306 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/24(木) 00:51:52.28 ID:kY2YNde0O
第二十二話 間近
終わり
307 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/01/24(木) 00:53:19.41 ID:kY2YNde0O
今日はここまでです。ありがとうございました。
308 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/01/24(木) 04:11:26.56 ID:afWMfUvDO
乙乙
309 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/01/24(木) 05:56:37.76 ID:+FPyPtK8O
乙
310 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/01/27(日) 00:59:20.36 ID:8oN8VcFcO
後編
311 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:00:31.21 ID:8oN8VcFcO
第一話
円天井のだだっ広い空間、その中央には大きな卵型の物体が置かれている。
明滅するそれは床に根のようなものを張り、壁に幾つも埋め込まれた一回り小さな同型の物体と繋がっている。
その物体の前に女性が一人。女性としては長身で、線がはっきりと分かる服を着ている。
胸や尻が強調されてはいるものの性的ではなく、引き締まった肉体と四肢の美しさが際立つ。
中でも臀部から太股、膝、脹ら脛、足首までの脚線は比率が計算されているかのようである。
無言のまま物体を見つめる彼女の表情は冷淡で無感情だが、瞳の奥には決意めいた光がある。
「……」
一向に物体の前から動こうとしない彼女の背後に、音もなく近付く影があった。
312 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:01:39.59 ID:8oN8VcFcO
武闘家「踊り子ちゃん」
踊り子「貴方でしたか、何でしょう」
武闘家「その格好だと冷えるわ。これを羽織っておきなさい」
踊り子「ありがとうございます。しかし、すぐに冷えるので意味はありません」
武闘家「見ているこっちが寒いのよ。着るだけ着なさいな」
▼踊り子は渡された外套を羽織った。
武闘家「やっぱり綺麗な子は何を着ても似合うわね。羨ましい」
踊り子「……」
▼踊り子は、そっと自分の両脚に触れた。
武闘家「どうしたの? 痛むの?」
踊り子「いえ、痛みはありません。ただ、このように歩けるとは思っていなかったので……」
313 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:02:39.96 ID:8oN8VcFcO
武闘家「そう……」
踊り子「私の脚を治してくれた方、確か僧侶さんでしたか」
武闘家「ええ、そうよ」
踊り子「彼女はどうなるのですか?」
▼踊り子は卵型の物体を指先でそっと撫でた。
武闘家「さあ、私にも詳しいことは分からないわ。彼女が最適とか言っていたけど」
踊り子「あの魔術師の仲間なのでは?」
武闘家「私の目的と錬金術師の目的は違う。正直、あまり興味はないの」
▼踊り子は卵型の物体を見つめている。
武闘家「踊り子ちゃん、割り切りなさい。何かを得る為には何かを切り捨てなければならないわ」
314 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:04:28.21 ID:8oN8VcFcO
踊り子「……」
武闘家「いい? 余計なことは忘れて、求めるものだけを思いなさい。年長者からの助言よ」
踊り子「……はい、お気遣いありがとうございます」
▼踊り子は深く頭を下げた。
武闘家「あら、綺麗なお辞儀。確か受付嬢をしていたのよね?」
踊り子「はい、そうです」
武闘家「仕事は楽しかった?」
踊り子「そうですね。変わった方が多いので退屈はしませんでした。貴方は傭兵なのですか?」
武闘家「傭兵とはちょっと違うわ。私、こう見えて結構歳行ってるの。色々あったのよ……」
踊り子「だから、そのようにおかしくなってしまったのですか」
武闘家「フフ。そうねえ、人生、おかしなことばかりだもの」
踊り子「そうですね……」
315 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:06:00.58 ID:8oN8VcFcO
▼その時、大きな揺れが起きた!
武闘家「ただの地震じゃないわね……」
踊り子「私の気のせいでなければ上昇しているようです」
武闘家「此処は地下よ。どうやって……」
▼地響きと共に尚も上昇する。
▼長い間上昇し、ようやく制止した頃にはすっかり揺れに慣れていた。
武闘家「きっと錬金術師の仕業ね。あら?」
踊り子「壁が……」
▼壁に張り巡らされていたツタがするすると床に下り、縦に裂けたような窓を幾つも作った。
▼眼下には広大な岩石砂漠が広がり、点在する岩山が粒のように見える。
武闘家「かなり高いわね。こんなものが地下に埋まっていたなんて信じられないわ」
踊り子「この高さからすると元々は塔のような建造物だったのしょう」
武闘家「いつからあったのかしら……」
316 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:06:36.46 ID:8oN8VcFcO
錬金術師「随分前からだ。随分な」
▼床から声が響いた。
▼根が蠢き、その隙間から錬金術師が現れた。
踊り子「……」
武闘家「始めるのね?」
錬金術師「ああ、そろそろ国軍が来る。これなら迷わずに来られるだろう」
武闘家「わざわざ晒すことはなかったんじゃないの?」
錬金術師「何処から何が現れたのか、それはとても重要なことだ。地の底から現れるのは印象が悪い」
武闘家「……」
錬金術師「さて、あの王のことだ。最初から主力を出撃させ、全力で叩き潰しに来るだろう」
317 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:07:44.43 ID:8oN8VcFcO
武闘家「どうするの? もう出る?」
錬金術師「いや、最初期の個体を用意してある。あまり頼りにはならないが時間は稼げるだろう」
踊り子「お話の途中に申し訳ありませんが、最初期の個体とは何でしょうか」
錬金術師「君達が特級と呼称している魔物だ。私が創造した。お世辞にも出来が良いとは言えないが数体は私に従う。極めて単純な命令に限ってだがな」
踊り子(創造……)
錬金術師「初期個体が国軍を相手にしている間、武闘家には王子を任せたい」
武闘家「王子? 彼、城を追い出されたはずよね? まさか一人で来たの?」
錬金術師「いや、傭兵達に協力を仰いだようだ。王子が城を離れたのは非常に大きい。王には礼を言わなければな」
武闘家「あらそう。で、部隊の規模は?」
錬金術師「二十名程度の部隊のようだ。戦士と魔法使いもいる。目的は救出だろう」
318 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:08:43.56 ID:8oN8VcFcO
武闘家「言っておくけど私一人では無理よ? やれと言われればやるけどさ」
錬金術師「問題はない。此方にも頼りになる傭兵がいる」
武闘家「彼も来ているの?」
錬金術師「勿論だ」
踊り子「……」
武闘家「一度くらい会わせてあげたら? ちょっと気の毒だわ」
錬金術師「それでは意味がない。再会は王家を排除した後だ。その後は自由にして良い。と言うより、そうしなければ真の自由は掴めない」
踊り子「……」
武闘家「……踊り子ちゃん、彼は強いわ。私もいるし、きっと大丈夫よ。お友達の心配も要らないわ。標的は王子だもの」
▼踊り子は目を閉じて何も答えなかった。
錬金術師「踊り子には私と共に来てもらう」
踊り子「……分かりました。私は何をすれば良いのでしょうか」
錬金術師「戦が始まった後で、王の首を取りに行く」
319 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:10:13.42 ID:8oN8VcFcO
踊り子「王を? 殺害するのです?」
錬金術師「そうだ。王は魔術師に戦を仕掛け敗北する。王は死に、王子も死に、血は途絶える」
武闘家「この前殺せば良かったじゃないの。亡国の傭兵も一緒だったんでしょう?」
錬金術師「以前はそれで失敗した。私の至らなさが原因で、後の魔術師には多大な迷惑を掛けてしまった。単に殺害するだけでは意味がない」
錬金術師「人々の理解を得る為にも、我々魔術師には王を殺害する正当な理由が必要だ」
踊り子「正当な理由とは?」
錬金術師「我々魔術師は迫害され、利用され、今こうして軍によって滅ぼされようとしている。だから我々は抵抗する。そして今夜、魔術師は勝利する」
錬金術師「夜明けと共に世は大きく変わり、服従するしかなかった魔術師達もこれを機に立ち上がるだろう。今度こそ、優れた魔術師が支配する世が訪れるのだ」
武闘家「それ本気? 呪術師の坊ちゃんは信じてたみたいだけど、どうも話が大きすぎるわ」
錬金術師「無理に信じる必要はない。君には君の望みがある。そうだろう」
武闘家「……そうね、私には関係のない話だったわ」
320 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:11:14.16 ID:8oN8VcFcO
▼遥か下方から激しい音がする。
▼どうやら軍と特級の魔物が戦っているようだ。
錬金術師「始まったようだな。しかし、軍の主力を相手に初期個体だけでは流石に無理か。それに一人おかしな男がいるようだが、まあいい」
▼錬金術師は杖を突いた。塔が激しく震え出す。
武闘家「……今のは何?」
錬金術師「階下の扉を開いた。軍を相手に戦う勇敢な魔術師達だ。彼等は理想の為に散る」
踊り子「貴方の思想に共感した者達ですか」
錬金術師「いいや、そんな者は最初からいない。現代の魔術師は理想を求めず、大多数は不満を抱えながらも従属している。嘆かわしいことだ」
武闘家「じゃあ彼等って誰よ。私、呪術師以外に会ったことないわよ? 今まで何処に」
321 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:12:38.44 ID:8oN8VcFcO
武闘家「今まで何処に」
錬金術師「造った」
踊り子「……」
錬金術師「魔術師達とは言ったが所詮は感情を持たない獣の群れだ。形は人間だがな」
▼武闘家は言葉を失い、凍り付いた。
錬金術師「さあ、そろそろ頃合いだ。武闘家は空から索敵を行い、王子を襲撃しろ。私と踊り子は城へ向かう」
▼錬金術師は再び杖を突いた。
▼杖から伸びたツタが二人を呑み込み、消えた。
武闘家「……」
武闘家「今更だけど、私は頼る人間を間違えたかもしれないわね。本当に、今更だけど……」
▼武闘家は窓から飛び去った。
▼そこには明滅する物体だけが残された。
322 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/01/27(日) 01:14:25.18 ID:8oN8VcFcO
第一話 言い分
終わり
323 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:15:06.16 ID:8oN8VcFcO
第二話
勇者「……」
戦士「……」
魔法使い「……」
勇者、戦士、魔法使い、そして街で集めた二十名程の傭兵達は軍よりも早く監視所に到着。
彼等は監視者に事情を説明して数台の望遠鏡を設置してもらい、周囲の様子を観察している。
今のところ周囲に変化はなく、静寂に包まれた室内には微かな呼吸音だけがあった。
既に日は落ち、気温は急激に低下したが、室内は押し掛けた人数のお陰か僅かに暖かい。
そんな中、監視者だけが酷く不安そうな顔で座り込んでいる。
324 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:15:40.16 ID:8oN8VcFcO
勇者「来たぞ」
戦士「数は?」
勇者「正確な数は分からないが先頭に立つ男には見覚えがある。あれは確か賢者だ」
戦士「俺達は軍と戦うわけじゃない。指揮官が誰だろうが関係ねーな。で、行くのか?」
勇者「もう少し後で良いだろう。出来れば早く戦闘が始まって欲しいな。その方が」
ガタッ!
監視者「馬鹿を言わないでくれ!! 彼女が巻き込まれたらどうする!!」
魔法使い「ち、ちょっと大声出さないでよ。今のところ軍の進路は縄張りから逸れてるから大丈夫だよ」
監視者「す、すまない……でも、今日はまだ姿を見ていない。こんなことは初めてだ、心配なんだよ」
325 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:16:17.52 ID:8oN8VcFcO
勇者「魔物のことよりも自分の」
監視者「王子、その先を言ったら何をするか分からんぞ。大体、人の命がそんなに上等かね」
勇者「君が魔物に襲われていたら、俺は魔物を倒して君を助ける。それは間違いない」
監視者「ほざくな、民を売った化け物の息子が命を語るな」
勇者「貴様……」
戦士「やめろ、こんな所で熱くなるな。大切なものは人それぞれだ。今はそれで良いだろ」
監視者「フン。綺麗事だな、少年」
戦士「俺、あんたのことは結構好きなんだよ。あんたを嫌いにさせないでくれ」
監視者「私にそんな趣味はない。人間の雄になど抱かれてたまるか」
戦士「そういう意味じゃねえよ。つーか、直ぐさま交尾を連想すんのやめろ」
326 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:16:44.02 ID:8oN8VcFcO
監視者「……フン」
勇者「監視者」
監視者「何だね」
勇者「先程の発言は君を案じて言っただけなんだ。ただそれだけで、他意はない」
監視者「そんなことは分かってるさ。さっきのはただの八つ当たりだ。悪かったな」
勇者「いいさ、別に気にしてない。本当のことだからな」
監視所「……」
▼その時、大きな揺れが起きた!
327 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:18:11.72 ID:8oN8VcFcO
戦士「地震か?」
魔法使い「結構大き………ん?」
勇者「どうした、魔法使い」
魔法使い「あれ……」
▼魔法使いは窓の外を指さした。
勇者「地中から生えているのか?」
戦士「でけえ、何だありゃあ……」
▼なんと、地中から塔が現れた!
魔法使い「あれが、魔術結社の隠れ家?」
勇者「恐らくな、軍もあの塔に向かっているようだ」
戦士「場所が分かれば軍の後を付ける必要はねーな。迂回して塔に入ろうぜ」
328 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:19:17.37 ID:8oN8VcFcO
監視者「……なんてことだ」
▼望遠鏡を覗き込みながら監視者が呟いた。
魔法使い「変態、どしたの?」
監視者「彼女が軍の進行方向にいる。いや、あれはどう考えても待ち構えているように見える。先程までは何処にもいなかったのに」
戦士「特級は怖がりだ。姿が見えれば逃げるさ」
監視者「いいや、そうは見えない。それに彼女の傍には他の特級もいる」
勇者「何!?」
監視者「私にも意味が分からない。群れるのを嫌うはずなのに三体同時に同じ場所に現れるなんて……!!」
▼監視者は突然出口に向かって走り出した!
329 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:20:02.76 ID:8oN8VcFcO
戦士「お、おいっ!! あんたまさか」
監視者「胸騒ぎがする。行かなくては」
魔法使い「馬鹿言わないで!! 死んじゃうよ!?」
監視者「死? それは君達も同じだろう? 私には私の、君達には君達の、それぞれ大切なものがある」
勇者「本気なのか? 君は本気で魔物の為に」
監視者「王子、君は僧侶とやらを救いたいと言っていたな。確か、友人と言っていたね」
勇者「ああ、大切な友人だ」
監視者「助けたいんだろう?」
勇者「勿論だ」
監視者「私も同じだよ。いや、少し違うかな」
330 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:20:48.52 ID:8oN8VcFcO
勇者「……」
監視者「私はね、愛しているんだよ」
勇者「魔物をか……」
監視者「違う、彼女を愛しているんだ。彼女の為なら死んでもいい。友人を助ける為に死地に赴く君達と何が違う? 命の重さか? 私にとって、彼女の命は私の命より重いんだ」
勇者「……」
監視者「きっと何を言っても理解はされないだろうな。それは分かっている。誰も分かってくれないから、私が行かなくてはならないんだ」
▼監視者は監視所を飛び出した!
魔法使い「変態っ!!」
戦士「よせ、何を言ってもあいつは止まらない。してやれることはないんだ、半端なことはすんな」
魔法使い「でも、一人でなんて……」
戦士「それはあいつが一番良く分かってるさ。それでも行ったんだ。本気なんだよ、あいつも」
331 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:21:29.36 ID:8oN8VcFcO
魔法使い「……」
戦士「勇者、頼む」
勇者「分かった。三隊編成、俺、戦士、魔法使いを先頭に六名ずつだ。俺の隊が先頭、中間に魔法使い、後方に戦士、一番二番三番だ」
勇者「前進、後退、停止、待機、敵影有り、このように合図を出す。周囲に問題がなければ声で指示する。行けるな?」
魔法使い「うん、大丈夫」
戦士「問題ない。先頭頼むぜ」
勇者「最善を尽くす。皆、宜しく頼む」
▼傭兵達は頷いた。
魔法使い「……」
魔法使いは窓から監視者の姿を捉えた。
彼自身が望んだことだとしても、死地に向かう者の背中を見るのは胸が苦しかった。
332 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:22:08.01 ID:8oN8VcFcO
勇者「魔法使い」
魔法使い「ん?」
勇者「彼は覚悟していた。俺達もそうだ。ただ、互いに救いたい存在は違う。行くべき場所も違う」
魔法使い「……あの人、変態だけど面白い人だったからさ、いなくなるのが寂しいだけだよ」
勇者「いなくなるのは俺達の方かもしれない」
▼魔法使いはびくりと体を震わせた。
勇者「今から向かうのは戦場だ。それは誰にでも起こり得る。だから魔法使い、気を引き締めろ」
魔法使い「……そうだね、うだうだ言ってごめん。行こう、私達が行くべき場所に」
勇者「ああ、急ごう」
▼勇者達は監視所を立ち去った。
333 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:22:39.83 ID:8oN8VcFcO
>>>>
「ハァッ、ハァッ」
監視者は走っていた。戦場は目前にあり、魔術の炸裂する爆音が響く。
彼女の姿は確認出来ないが、狐が火球を放ちながら空中を駆け、大猿は岩の拳を兵士達に叩き付けている。
しかし兵士達は翻弄されることなく対処しており、徐々にではあるが確実に魔物の体に傷を増やしている。
楯で円陣を組みながら魔術を防御し、楯の内側から槍で突く、これを堅実に繰り返している。
楯には何やら紋章が彫り込まれており、それによって強力な魔術の防御を可能にしているようだ。
「見えた。彼女だ」
戦場が眼前に迫った瞬間、吠え声が轟いた。
内蔵を振るわす吠え声が兵士達を揺さぶる。魔術ではなく単純な音圧。
近場で聞いた兵士達は膝を突き、視界さえも揺さぶられ、狐と大猿がその隙を逃さず襲い掛かる。
334 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:23:06.17 ID:8oN8VcFcO
「獣が知恵を使うのか、小賢しい」
しかし、一人の男がそれを防いだ。
その男が杖を振ると、空を駆ける狐は目に見えぬ弾丸に打たれ、大猿の岩拳は分厚い透明の膜に遮られた。
「……水? もしや、あれが賢者なのか?」
監視者の予想通り、それは水だった。兵士達は打ち落とされた狐に槍を構え、拳を遮られ困惑する大猿に突進する。
そこに再び狼が吠え声を響かせ、兵士達に足止めを食わせる。狐と大猿は狼の下に後退した。
「あれから排除しなければならないな」
指揮官と思しき男が再び杖を振るう。すると突如狼が宙に浮き、声なき声を上げた。
(窒息させる気か!!)
監視者は居ても立ってもいられず、何の策も考え付かないまま指揮官に突撃した。
335 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:23:46.53 ID:8oN8VcFcO
賢者「所詮は獣か、他愛ない」
監視者「彼女に何をする!!」
賢者「何っ!?」
誰一人として反応出来なかった。
突然現れた男は明らかに一般人であり、満足な防具もなく武器も持たない。
そんな一般人が困惑する兵士達を掻き分け、指揮官にその身一つで突っ込んだのだ。
誰もがその男を注視し、戦場は時が止まったかのように静まり返っている。
魔物さえも凝視したまま動けずにいた。彼はそれほどまでに異質な闖入者だった。
(よし、彼女は無事だ)
狼は水の膜から解放されており、酸素を貪っている。
336 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/01/27(日) 01:25:17.83 ID:8oN8VcFcO
賢者「魔術師ではないな、ただの気狂いか」
▼賢者は杖を振った!
▼監視者は水の弾丸に打ち抜かれ、その場に倒れ込んでしまった。
賢者「狙いが逸れたか? 何をしている、殺せ」
▼兵士達が監視者に襲い掛かった!
監視者(ああ、これで終わりか。呆気ない……)
死を覚悟した時、再び兵士達の動きが止まった。
兵士達は監視者の後方にいる狼、その更に後方にある塔を見つめている。
監視者が振り向くと、塔の一階部分から魔術師の軍勢が此方に向かって来ている。
賢者「陣形を整えろ!!」
止まっていた時は動き出し、再び戦が始まった。
魔術師達が国軍に突っ込むと、止まっていた三体の魔物も同時に動き出した。
337 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/01/27(日) 01:26:44.61 ID:8oN8VcFcO
第二話 それぞれの戦
終わり
338 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:27:12.11 ID:8oN8VcFcO
第三話
塔の一階部分から魔術師の軍勢が現れる瞬間を、勇者達は岩陰から確認した。
魔術師の軍勢は雪崩を打って国軍へ突っ込み、後方の魔術師達は仲間が巻き込まれるのも関係無しに魔術を放ち続けている。
兵士達は頭上に楯を構えて防御しながら徐々に前進、楯の間から突き出される槍が突撃する魔術師を次々と貫いている。
魔術師の登場により戦場は一気に広がり、勇者達が身を潜める岩場にさえ接近しつつあった。
(このままでは此処も巻き込まれる。速やかに離れなければ)
勇者は腕を振って追従を促し、主戦場となっている塔東側の裏、塔北西側へと大きく回り込んだ。
339 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:28:07.23 ID:8oN8VcFcO
勇者「随分遠回りしたが、一先ずは安心していいだろう」
戦士「妙だな」
魔法使い「何が?」
戦士「魔術師と一度目が合った気がしたんだよ。でも、俺には目もくれずに兵士達に突っ込んで行った。あの目、気味が悪かったぜ」
魔法使い「気がしただけじゃないの? 砂煙もあるし、見えてないと思ったけど」
戦士「かもな。まあいい、扉を探そうぜ」
勇者「向こうにあるな。東側の大扉は開かれていたが、此方側は開いていないようだ」
魔法使い「鉄扉だね。時間掛かるけど溶かして穴を空ければ何とか入られると思う」
勇者「いや、上の方に幾つか穴がある。壁にはツタが絡んでいるから……!?」
▼突然、勇者の頭上に何かが落ちた。
勇者が立っていた場所は抉れ、激しく砂煙が俟った。
340 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:28:42.70 ID:8oN8VcFcO
魔法使い「けほっ、けほっ、勇者!? 戦士!?」
勇者「大丈夫だ!! それより円陣を組んで仲間に背を預けろ、敵に背を見せるな!!」
戦士「勇者、どこにいる!! 敵もそこにいるのか!!」
勇者「いや、いない!! おそらく移動している!! 魔法使い、存在を感知出来るか!!」
魔法使い「今やってる!!」
戦士(少し掛かりそうだな。だったら……)
▼戦士は剣を構えた。
戦士「全員伏せろ!!」
▼戦士は横一線に振り抜いた!
勇者「手応えはあったか!?」
341 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:30:37.97 ID:8oN8VcFcO
戦士「いや、躱された!!」
勇者「仕方ない。魔法使いが感知するまで」
▼勇者の声が途切れた。
勇者「うぐっ……」
▼勇者は何者かに首を掴まれた!
▼何者かはそのまま跳躍し、砂煙の中から抜け出した!
勇者「離せ……」
▼勇者は電撃を放った!
▼しかし、何も起こらなかった。
勇者(何!?)
▼勇者は地面に向かって投げ落とされた!
▼しかし、勇者は空中で身を捩り着地した。
勇者(何処にいる……)
勇者(あの力、戦士のように肉体を弄られた者か? 他にも攫われた傭兵がいるとも聞いたが)
▼背後の岩場に何者かが降り立った。
▼勇者はすぐさま振り向き、剣を抜いた。
342 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:32:24.49 ID:8oN8VcFcO
勇者「貴様、何者だ」
▼何者かは答えない。
勇者(俺と変わらない歳、おそらく魔術師ではないな。まさか、軍の回し者か?)
勇者(いや、しかし、あの若さであれ程の実力者なら知らないはずがない。奴は一体……?)
▼勇者は何かに気付いた。
勇者「……間違いない。その剣は師の物、何故貴様が持っている? 師はどこにいる、答えろ」
▼何者かは無言のまま剣を構えた。
▼勇者は、その構えにとても見覚えがあった。
勇者「まさか、そんなはずは……」
傭兵「……」
勇者「何故、貴方が……」
▼亡国の傭兵が現れた。
343 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:34:16.36 ID:8oN8VcFcO
傭兵「……」
勇者「っ、師よ、俺達は囚われの者達を救いに来ました。受付嬢のこともです」
傭兵「……」
勇者「剣を納めて下さい、共に行きましょう。戦士と魔法使いも来ています。若い傭兵達も力を貸してくれました。彼女を救うためにです」
傭兵「……」
勇者「目的は同じはず、俺達が戦う必要は」
傭兵「言葉は不要だ」
勇者「何を……」
傭兵「傭兵に、自由はない」
▼勇者の声は届かない!
勇者「師よ、お願いです!! 俺の話を聞いて下さい!! 貴方が戦う必要はないんだ!!」
傭兵「赦しは請わない。ただ恨め、勇者」
▼傭兵は、勇者に襲い掛かった!
344 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:37:05.40 ID:8oN8VcFcO
>>>>
ようやく砂煙が晴れ、戦士と魔法使いは互いの姿を確認した。しかし、勇者の姿はない。
周りを固める傭兵達にも傷一つなく、勇者が消えた以外に異常はないように思われた。
戦士(敵も消えたのか? 敵は最初から勇者が狙いだったのか? 何処行きやがった)
魔法使い「……」
▼魔法使いは俯き、杖を握り締めている。
戦士「おい、どうした」
魔法使い「何も感じなかった……」
戦士「は? どんだけ微弱でも魔力を持たない奴はいない。この世に魔力を持たない人間なんて」
魔法使い「まだ、気付かないの?」
戦士「…………そうか、そうかよ」
魔法使い「……こうなる可能性はあったし覚悟もしてた。信じたくないけど、さっきの奴は」
345 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:38:48.80 ID:8oN8VcFcO
▼遠方で雷鳴が轟いた!
戦士「勇者だ、あんなとこまで離れたのか……」
魔法使い「行こう。でも、その前に」
▼魔法使いは鉄扉に超高温の大火球を放った!
▼鉄扉はたちまち溶けていき、数人が楽に通れる穴が空いた。
魔法使い「私達は勇者を助けに行く。皆には塔内に入って囚われてる人達を解放して欲しい。勇者が言ったみたいに六人ずつに別れて行動して」
戦士「悪いが、頼む。どうしてもやらなくちゃならねーんだ。勇者一人じゃ持たねえ、俺達が食い止めてる間に受付サンを見付けて救出してくれ」
▼傭兵達は意を汲んで頷いた。
魔法使い「受付さんを解放出来たら、すぐに雷が落ちた所まで連れて来て欲しい。そうすれば止められる。私達で何とか出来たら、すぐに向かう。だから、お願い」
346 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:39:18.14 ID:8oN8VcFcO
▼傭兵達は強く頷き、塔の中へと向かった。
魔法使い「戦士、急ごう。勇者が待ってる」
戦士「ああ、そうだな」
▼二人は勇者の下へ走りだした!
▼しかし、空から何者かが降り立ち、二人の前に立ちはだかった!
武闘家「向こうに行っちゃ駄目よ」
戦士「……」
武闘家「戦士君と魔法使いちゃんよね?」
戦士「テメエは」
武闘家「私は武闘家、貴方達の足止めをお願いされてるのよ。彼も一人でやるって聞かないし」
347 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:39:53.14 ID:8oN8VcFcO
魔法使い「っ、ふざけんな!!」
▼魔法使いは幾つも火球を放った!
▼しかし、火球は瞬く間に燃え盛り消失してしまった。
武闘家「苛立つ魔術師は三流よ」
魔法使い(風だ。あのオカマ、かなり使う……)
武闘家「別に塔の中に入るのは構わないわ。子供達を助けるのは大賛成なのよ? でも、向こうに行っちゃ駄目」
戦士「いいから、退け」
▼戦士は間合いを詰めて剣を振り下ろした!
▼しかし、剣の軌道は乱れ空を切った。
348 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:40:47.84 ID:8oN8VcFcO
戦士「野郎……」
武闘家「二人は助けを求めてないのよ? 彼も彼女も自由の為に戦う道を選んだわ。貴方達がやってることは邪魔なの」
魔法使い「だったら何さ。私達は絶対に勇者を見捨てないし、絶対にセンセと受付さんを連れて帰る。二人が嫌がってても関係ない。一緒に街に帰る」
武闘家「ワガママね……」
魔法使い「私、まだ子供だから」
▼魔法使いは地を這う炎を放った!
▼武闘家はふわりと浮いて炎を躱した。
戦士「待ってたぜ」
武闘家「単純な攻撃ね」
戦士「言ってろ」
▼戦士は腹を狙って突きを繰り出した!
▼武闘家は掌で軽く受け流し、蹴りを繰り出した!
349 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/01/27(日) 01:41:25.82 ID:8oN8VcFcO
戦士「ぐっ……」
▼武闘家の蹴りが腹に直撃した!
武闘家「経験不足ね」
戦士(コイツ、強ぇ……)
魔法使い「戦士!!」
戦士「いいから下がってろ」
武闘家「まるで彼女の騎士ね」
戦士「……」
▼戦士は刃を伸ばし、横一線に振り抜いた!
▼しかし太刀筋は大きく乱され空を切った。
350 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:42:07.60 ID:8oN8VcFcO
魔法使い「今」
▼魔法使いは火球を
武闘家「早いけど隙があるわ」
▼武闘家が手をかざすと、火球は魔法使いの手元で激しく燃焼した!
魔法使い「きゃっ!!」
武闘家「大人と子供にはこれだけの差があるの。貴方達はまだ成長途中、死に急ぐのは止めなさい」
戦士(見切り、体術の技量が違う。魔力は魔法使いの方が上だが魔術の理解度が違う。いつも戦法じゃ通用しねえ)
魔法使い「……」
▼魔法使いは目を閉じ、杖をかざした。
戦士(あいつ、何を……)
武闘家「あら?」
▼武闘家の足元から火柱が上がった!
▼武闘家は咄嗟に飛び退いて躱した!
351 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:42:45.53 ID:8oN8VcFcO
魔法使い「負けないよ、絶対」
武闘家(私から学んだのね。この短時間で遠隔発動させるなんて、子供の成長って怖いわぁ)
▼戦士は隙を見逃さず一気に間合いを詰めた!
▼一撃狙いから切り替え、連続攻撃を仕掛ける!
武闘家「元気いっぱいね」
戦士(こんだけ手数を増やせば、気流操作だけじゃ防げねえはずだ)
武闘家(流石に押されてきたわね。ちょっと距離を取らないとマズいかしら)
▼武闘家は砂を巻き上げて飛び退いた!
▼戦士は砂煙に飲み込まれてしまった!
352 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:43:25.48 ID:8oN8VcFcO
戦士(逃がすかよ)
▼戦士は刃を伸ばし、砂煙の中から何度も振り抜いた!
武闘家(無茶苦茶だけど、こういう攻撃が一番厄介だわ。もう少し離れましょ)
魔法使い「……」
武闘家「ふぅ」スタッ
魔法使い「今」
▼武闘家が着地した瞬間、足下から火柱が上がった!
▼飛び退いて躱したが、着地するたびに火柱が上がる!
武闘家「か、可愛い顔してえげつない魔術使うわね!?」
魔法使い「アンタのお陰だよ。勉強になった」
武闘家(一度の戦闘で此処まで……才能もあるんでしょうけど、伸びが速過ぎる)
353 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:44:16.90 ID:8oN8VcFcO
武闘家(上に逃げるしかないわね)
▼武闘家は宙に浮いた。
武闘家(でも、飛んだら飛んだで……)
戦士「……」
武闘家「そうよね〜」
▼戦士は容赦ない連撃を繰り出した!
▼出鱈目な太刀筋が襲い掛かる!
武闘家(これはもう、私じゃ無理ね……)
▼武闘家は胸を切り裂かれ、地に落ちた。
武闘家(血が……でも、当然の報いよね。沢山悪いことしたんだもの)
354 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:45:47.50 ID:8oN8VcFcO
戦士「……」
魔法使い「……」
武闘家「さあ、殺しなさい。殺して、彼の所に行きなさい。まだ、間に合うわ」
魔法使い「殺さないよ。これは仕事じゃないし、殺したってお金にならないし、得るものないし」
武闘家「そう言えば、傭兵だったわね……」
戦士「魔法使い、このままだと死んじまう。傷口を焼いてやれ」
魔法使い「うん。行くよ、オカマ」
武闘家「……彼は貴方達を待ってるわ。私には分かるの。きっと、本当は、そうなることを望んでる。そういう、目をしてたわ」
魔法使い「……」
▼魔法使いは傷口に燃え盛る炎を押し付けた!
▼武闘家は気を失った。
戦士「……行こうぜ」
魔法使い「うん、行こう」
▼二人は走り出した。
355 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:48:54.83 ID:8oN8VcFcO
第三話 講座
終わり
356 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:55:20.24 ID:8oN8VcFcO
第四話
「ハァッ、ハァッ」
戦場は死に溢れていた。魔術師は今尚も突撃を繰り返し、命を散らし続けている。
恐怖も、戸惑いも、躊躇いもない。軍勢の意思は死に向かっている。
兵士達もその異常性に心を挫かれつつある。無感情に突撃を繰り返す様は、悪夢に違いなかった。
賢者は今や狂ったように魔術を連発し、敵が滅び去ることのみを欲している。
それは勝利の為ではなく、戦を終わらせる為でもなく、この地獄から一刻も早く抜け出す為に藻掻いているようだった。
(酷い、酷過ぎる。この戦には何もない。意志も目的も野望も未来も見えない。ただの殺戮だ)
監視者はその有り様を眺めるしか出来なかった。血止めはしたものの、体は自由に動かない。
霞む目を凝らして辺りを見渡すが、彼女の姿は見当たらない。
357 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:56:36.70 ID:8oN8VcFcO
軍勢の魔術に巻き込まれてしまったのだろうか、それとも既に逃げ出したのだろうか。
監視者は後者であることを祈りながら戦場を這い回り、何処にも彼女の姿がないことを確認しようとした。
這い回る彼を気にする者は一人もなく、彼だけが戦場にいながら戦場を眺めていた。
軍勢でありながら、まるで一つの意思を持つ生物のように魔術師達は突撃を繰り返す。
命に尊さなどないと、命に価値などないと、それを命を以て証明しているかのようだった。
「君たち、もうやめたまえ。やめたまえよ」
監視者には、最早耐えられなかった。
彼は人間が幾ら死のうと自分の心が動くことはないと、そう思っていた。
どの生物より知性がありながら、どの生物よりも野蛮で愚かな人間が心底嫌いだった。
彼女だけが心の拠り所だった。彼女の自由を尊敬し、羨望し、時には癒されもした。
そんな彼女を脅かし、下らぬ戦にさえも巻き込む人間を、彼は更に嫌った。
だがそれでも、ざまあみろとは思えなかった。何故なら、彼はまだ人間であるからだ。
358 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:57:04.43 ID:8oN8VcFcO
「頼む、やめたまえ……」
最早、戦場に人の声は届かない。命を擲つ獣と、命を奪う獣しか存在しない。
「君たち、もう、死ぬのはやめたまえ」
「命は美しい。それを捨てるなど、あってはならないよ」
「だから君たち、やめたまえよ」
戦場にあって命の尊さを説くなど馬鹿げていると彼自身も思った。しかし、言わずにはいられなかった。
五体を投げ出して懇願を繰り返す彼を、無感情な魔術師達が見ていた。
彼はそれに気付かず懇願し続けたが、耳を傾ける者はない。彼は遂に諦めかけた。
その時だった。
何処からか彼女の声が聞こえた。か細く、弱々しく、今にも息絶えそうな声がした。
監視者は声のする方向へ向かおうとしたが、今や正確な方向など分かるはずもなかった。
視界はぼやけ、音もはっきりとは聞こえない。さっきの声も幻聴である可能性がある。
(あれは確かに彼女の声だった。こっちだ、きっと、こっちから聞こえた)
359 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 01:59:23.57 ID:8oN8VcFcO
彼女がいるなど信じたくはなかった。
しかし彼は、彼女もこの地獄に囚われ、血肉と骨の海で藻掻いていることを確信した。
(あの声はきっと助けを求めているに違いない)
彼には満足な防具も武器もないが、医療箱ならあった。
中には万が一彼女が傷を負った時の為に作った物が入っている。監視所で日夜作り続けた治療薬。
様々な生物に試したが、彼女に効くかどうかなど分からない。それでも作ったのは、こんな時が来ると分かっていたからかもしれない。
一心不乱に這い続け、彼は遂に彼女の下へ辿り着いた。彼女も彼同様、地に伏している。
「ああ、なんてことだ……」
胸には槍で貫かれたであろう深い傷がある。他にも傷はあるが、これが致命的な一撃だったのだろう。
彼は彼女に寄り添い、体に巻き付けていた医療箱から小瓶を取り出した。
360 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 02:00:02.78 ID:8oN8VcFcO
「許してくれ」
調合した薬を傷口に垂らすと、体がびくんと跳ねた。彼はそこに、そっと手をかざした。
すると、傷口に垂らした液体は弾力性と粘着性のある膜のようなものに変化した。
それは傷口を被い、血止めの役割も果たしている。彼は他の傷も同様に治療した。
更には新たな薬品を垂らし、膜の成分を変えたりもした。それは彼女の反応を見て下した決断だった。
実際に医療経験はなく勘に頼っただけの治療だったのだが、奇跡的にその全てが的中したようだ。
最後は懐から水筒を取り出し、その全てを彼女に飲ませた。これが、彼の精一杯だった。
彼女は少し楽になったのか、彼の顔を見つめている。彼も、彼女を見つめ返した。
しかし、彼女はふいと目を逸らした。
361 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 02:01:03.43 ID:8oN8VcFcO
「君よ、どうした?」
彼女はじっと一点を見つめている。視線の先には狐と大猿がいた。
此処から程近い場所に倒れていることから、三体には何か特別なものがあったのだろう。
狐と大猿は彼女同様に深く傷付き、この地獄の更に底へと誘われようとしている。
「酷い……」
彼が気付いたのを見て彼女はもう一度、彼を見つめた。その双眸には強い願いがあった。
「彼等を救えと、君はそう言うのかい?」
彼女は答えない。ただ彼を見つめている。魂に訴え掛けるように。
「……分かった。やってみるよ。君が望むならば、私はそれを叶えよう」
彼は彼女の下を離れ、這って彼等の下へ向かった。満身創痍ではあるが、気力はかつてない程に漲っていた。
彼女に託された願いを叶えんと使命感に燃え、激しい痛みすら気にならなくなった。
362 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 02:02:10.00 ID:8oN8VcFcO
「やはり、酷いな」
辿り着くと、彼女と同様の治療を開始した。
極度に集中している為か戦場の音は消え去り、負傷した彼等以外の者は目に入らない。
彼は治療を終わらせると、直ぐさま彼女の下へと戻った。
「終わったよ。きっと助かる。少し、休ませてくれないか」
触れられる距離にありながら彼女には一切触れず、傍らに横たわった。
彼女の傍らにいられるだけで彼は満足だった。
彼女も何をするわけでもなく、ただ彼の様子を眺めている。
「何だ?」
先程まで治療に集中していたため気が付かなかったが、周囲に魔術師達が集まっていた。
何も言わず、彼と彼女に背を向けながら取り囲むようにしている。
「君たち、私達を守っていてくれたのか?」
363 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/01/27(日) 02:02:48.13 ID:8oN8VcFcO
答えはない。
魔術師達の輪は幾重にも重なっているようで、兵士達の姿は確認出来ない。
音も止んでいる。どうやら突撃も停止しているようだ。
監視者は不思議に思ったが、もう一度だけ言ってみることにした。
「君たち、もうやめたまえ。命は、こんなにも美しいのだから」
すると、魔術師達が一斉に振り向いた。足音が何重にも重なって聞こえるのは気のせいではない。
彼の言葉に全ての魔術師が振り向いた。彼は心底驚いたが、不思議と怖ろしさはなかった。
「分からないが、終わったのか? であれば、こんな所にはいない方が良い。もう沢山だ」
魔術師達は何も言わず、彼を見つめている。
何かを求めているような目で、彼の言葉をじっと待っている。
「……良ければ、私達を安全な場所に送ってくれないか? 彼女を休ませてやりたいんだ」
すると、数名の魔術師が彼を担ぎ、更に数名が彼女を丁重に持ち上げた。
そして魔術師達は、彼と彼女を担いだまま何処かへと向かって歩き出した。
364 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/01/27(日) 02:03:35.92 ID:8oN8VcFcO
第四話 伝導
終わり
365 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/01/27(日) 02:04:06.03 ID:8oN8VcFcO
ここまでです、ありがとうございます。
366 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/01/27(日) 03:17:12.47 ID:ZeZyagcDO
乙乙
367 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/01/27(日) 06:35:03.14 ID:VpbOJ85HO
乙
今1番面白いSSだわ
368 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:04:23.80 ID:IrdoZQX9O
第五話
爆音轟く戦場の反対側、塔の西側では、剣の鳴らす金属音だけが響いていた。
そこは無数の岩石が転がる足場の悪い岩山。
二人は岩から岩へと飛び移り、鮮やかに舞いながら幾度も衝突する。
一人は消極的に避けながら戦っているが、もう一人がそれを猛追し、決して逃がそうとはしない。
回避、追跡、衝突を繰り返す。そのたびに足場の岩は崩れ落ち、狙いの逸れた剣が岩を割った。
一人が再び回避を試みる。しかし、もう一人が回避方向にある巨大な岩の上に降り立った。
両者は向かい合って剣を構えた。その構えは鏡に映したかのように酷似している。
両者の剣を見ると僅かな刃毀れしか確認出来ない。おそらく、特殊な方法を用いて作成されたのだろう。
剣の強度に差は見られないが、その所持者には明確な差が出始めていた。
369 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:06:30.31 ID:IrdoZQX9O
(このままでは……)
幾度の衝突と激しい攻防の中で、勇者は徐々に傷を負い始めていた。
傷は浅いものの、それは防具に助けられた結果であり、胸当てだけを見ても夥しい数の傷跡が刻まれている。
今のところ体力が尽きる心配はないが、一度でも下手を打てば死に直結する逼迫した状況下では、それも時間の問題と言えた。
経験に差はあれど技術面では決して劣っていない。にも拘わらず、ことごとく打ち負けている。
(何故、何も言ってくれないのですか)
その最大の要因は、勇者の迷いにあった。
彼は傭兵を師として信頼し、慕っている。過ごした時は戦士や魔法使いと比べものにならない。
その師が自分と同年齢にまで若返り、言葉なく襲い掛かって来たのだから動揺するのも当然のことだろう。
何を問おうと答えてはくれないが、師が自分を殺そうとしていることだけは否定しようのない事実だった。
370 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:07:27.51 ID:IrdoZQX9O
一方の傭兵には傷一つなく、巨大な岩の上から悠然と勇者を見下ろしている。
ほんの一瞬、何処か遠くを見るように目を細めたが、すぐに視線を戻した。
その表情は冷酷で無慈悲。一見すると心ない人形であるかのように見えるが、瞳の奥には窺い知れない何かがある。
そんな彼を見上げる勇者の姿は、父に突き放された息子のようであった。
悔しさ、歯痒さ、苛立ち、悲しみ、様々な感情が綯い交ぜになって表れている。
その姿は父である国王と決別した時以上に苦悩し、打ち拉がれているようにも見えた。
(師よ、教えて下さい……こうなった理由、戦う意味を……でなければ、俺は……)
父と気軽に話すことの出来なかった彼にとって、傭兵はかけがえのない存在だった。
幼い頃から剣術の師として傍におり、おそらく、父である国王よりも多くの言葉を交わしただろう。
幼かった彼は、父にはない気軽さで接してくれる傭兵を大いに慕った。
371 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:08:58.59 ID:IrdoZQX9O
兄とも父とも呼べない師という存在が、父の愛を求める少年の支えになったのは想像に難くない。
そして年齢を重ね、師は国王によって祖国を滅ぼされた傭兵、亡国の傭兵であることを知った。
素性を知っても師への信頼が揺らぐことはなく、祖国を滅ぼした憎き国王、その息子である自分に笑いかける師を、彼は敬った。
それと同時に、何かを守る為には如何なる屈辱や苦痛にも耐えなければならないと知ったのだ。
(そうだ、どんな痛みにも……)
勇者は遂に迷いを振り払った。自分にも守らなければならないものがあると意を決した。
攫われた僧侶と子供達。狂った国王に生贄として差し出された民を一刻も早く救い出さなければならない。
そして、その狂った王を打倒する為には此処で終わるわけにはいかない。
勇者は逃げ回るのを止め、師に立ち向かうべく駆け出した。
372 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:13:39.31 ID:IrdoZQX9O
>>>>
戦士「見えるか」
魔法使い「うん、見つけた。今は離れてるっぽい。って言うか、何でセンセは勇者だけを?」
戦士「そうしなけりゃ人質殺すって言われたのかもな」
魔法使い「……受付さん、無事だよね?」
戦士「無事だからこそ先生は従ってる。そう思いたいけどな」
▼二人は双眼鏡で勇者と傭兵の姿を確認した。
▼岩場に身を隠し、飛び出す機会を窺っている。
魔法使い「あのさっ、あれは本当にセンセなのかな? もしかしたら別人かも」
戦士「魔力を欠片も持たない人間が二人もいるかよ。動きを見たろ、あれは先生だ」
魔法使い「でも、勇者と同い年くらいだよ? 勇者は王様が若返ったとか言ってたけど、何でセンセまで……」
373 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:15:53.60 ID:IrdoZQX9O
戦士「分からねえ。つーか、問題はそこじゃねえ」
魔法使い「分かってる。勇者が魔術を使ってないんでしょ?」
戦士「そうだ。勇者が消えた直後の雷鳴以降、音は一度もしなかった。今も使う気配がない。それが引っ掛かる」
魔法使い「確かに不可解だけど勇者は押されてた。単に使えないのかも知れない。戦士、行こう? もう考えてる時間はないよ」
戦士「待て、どう加勢するかが問題だ。判断を間違えると大変なことになる。それに、先生は俺達に気付いてる」
魔法使い「は? なわけないじゃんか、気付かれないようにこうやって離れてるんだよ?」
戦士「さっき大きな岩の上に立った時、こっちを見た。一瞬だけ、ちらっとな」
魔法使い「さすがに考えすぎじゃない?」
戦士「そうだと良いんだけどな……」
374 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:18:08.21 ID:IrdoZQX9O
▼戦士は思案している。
魔法使い「戦士、勇者が!!」
戦士(勇者、何故向かって行く。あのまま逃げ回ってりゃ……)
▼勇者は振り下ろされた剣を防いだ!
▼しかし、傭兵は剣に体重を掛けて押し込んだ!
▼勇者は何とか耐えているものの、身動きが取れない!
魔法使い「センセは本気だよ!? あのままだと勇者が殺される!!」
戦士(勇者が魔術を使わないのは何故だ。それが分からないままコイツを連れてくのは危険じゃねえのか?)
魔法使い「戦士ってば!!」
戦士「……俺が引き付けて勇者を逃がす。お前は後から来い、様子を見ろ。迂闊に飛び出すな、いいな」
375 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:19:10.60 ID:IrdoZQX9O
魔法使い「はあ? 逃がすなら一緒にやった方が」
戦士「勇者が魔術を使わない理由を確かめたい。勢いに任せて出て行くべきじゃない」
魔法使い「でもっ!!」
戦士「魔法使い、頼む。今だけは俺の言うことを聞いてくれ」
魔法使い「……っ、分かったよ」
戦士「ありがとよ……じゃあな」
▼戦士は勇者を救出すべく駆け出した!
376 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:20:22.44 ID:IrdoZQX9O
>>>>
勇者(剣を、逸らさなければ……)
▼しかし、剣はぴくりとも動かない!
▼ぎりぎりと音を鳴らし、剣が押し込まれる。
▼勇者の左肩に刃が深くめり込み、血が流れた。
勇者「ぐっ……」
傭兵「……」
勇者(これが、亡国の傭兵………!?)
▼傭兵の背後に戦士が現れた!
▼戦士は首を打ち据えようと剣を振った!
▼しかし、傭兵は勇者を蹴り付けて前に飛んだ!
377 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:21:47.82 ID:IrdoZQX9O
戦士(背中に目玉でも付いてんのかよ)
勇者「戦士、すまない。助かった……」
戦士「遅れちまって悪い。じっとしてろよ」
▼戦士は勇者の左肩に傷薬をかけ、破った布できつく縛った。
戦士「ひとまずは大丈夫だ」
勇者「それより魔法使いは?」
戦士「様子を見るように言ってある。あんたが魔術を使わないのは妙だと思ってな。使わない理由は何だ」
勇者「見せた方が早い」
▼勇者は傭兵に向けて雷撃を放った!
▼しかし、雷撃は傭兵の体を通過した。
378 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:22:41.04 ID:IrdoZQX9O
戦士「冗談だろ……」
勇者「変な表現になるが、魔術が認識していないように思える。そこに何もないかのようにすり抜けるんだ」
戦士「なら魔術は」
勇者「意味を成さない。物質を伴う魔術ならば可能性はあるが、俺と魔法使いの魔術では無理だ。剣で対抗する以外に術はないだろう」
▼傭兵は剣を構えた。
▼徐々に速度を上げて向かって来る。
戦士「行け」
勇者「何?」
戦士「先生の狙いはあんただ。俺が来た以上、あんたが馬鹿正直に戦う必要はない。
そもそも俺達は救出に来た。先生を倒す為に此処へ来たわけじゃない。だろ?」
379 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:23:16.21 ID:IrdoZQX9O
勇者「それはそうだが……」
戦士「勇者、他の奴等は塔にいる。俺が足止めするから魔法使いを連れて塔へ行け。
あいつは渋るだろうが、その時は髪を引っ掴んでも連れて行け。いいな」
勇者「戦士、聞いてくれ。師は本気だ。君一人に任せるより、共闘して無力化を狙った方がいい。
俺は距離を取りながら戦えたが、足止めする以上、君は攻め続けるしかなくなる」
戦士「大丈夫さ、魔術込みならあんたに譲るが剣術だけなら俺に分がある。大体、傷だらけのあんたに何が出来る」
勇者「……」
戦士「迷っちゃ駄目だ。あんたにはこの後もやるべきことがある。そうだろ?」
勇者「…………分かった。だが用心しろ。正直な話、まだ底が見えない」
戦士「俺にも見えねえよ。ほら、さっさと行け。さっさと行って人質を救い出せ。それが馬鹿げた戦を終わらせる近道だ。頼んだぜ」
380 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:25:00.29 ID:IrdoZQX9O
▼勇者は頷き、走り出した!
▼傭兵は直ぐさま勇者の後を追った!
▼しかし、戦士が立ちはだかった!
傭兵「……」
戦士「させるかよ」
▼傭兵は激しく斬り掛かった!
▼戦士は剣を受け止め、逆に押し込んだ!
傭兵「……」
戦士(……受付さんは幸せ者だな。こんなにも必死になってくれる人がいるんだからよ)
▼傭兵は戦士の剣を弾き、斬り掛かった!
▼戦士は紙一重で躱した!
戦士(半端な攻撃じゃ止まらない、殺す気で行って何とかってとこか)
381 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:26:08.08 ID:IrdoZQX9O
▼戦士は斬り掛かった!
▼しかし、傭兵はそれより早く喉元を突いた!
戦士(あ、危ねえ……)
傭兵「……」
戦士(つーか、あんだけ勇者と戦った後だってのに疲弊した様子がねえ。体力どうなってんだ? 若返ったからか?)
▼傭兵は剣を振り下ろした!
▼戦士は身を躱し、なんと剣を踏み付けた!
▼戦士はそのまま横一線に振り抜いた!
▼しかし、傭兵は身を捩って躱した!
傭兵「……」
戦士(何だよ今の動き……でも、嬉しくて笑っちまいそうになるな)
382 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:29:24.64 ID:IrdoZQX9O
傭兵「……」スッ
戦士(何だ?)
▼傭兵は腰に手を回し、短剣を取り出した。
▼傭兵は左手に短剣を持ち、逆手に構えている。
戦士(もう駄目だ、耐えられねえ。自然と顔がにやけちまう。もう受付サンのことも、何もかもがどうでもよくなっちまってる)
傭兵「……」
戦士(俺の望みは断たれちゃいなかった。もう一度、亡国の傭兵と戦える。戦って死ねる)
▼傭兵が一気に間合いを詰める!
▼傭兵は剣と短剣の連撃を繰り出した!
戦士(余力があるな。まだ、上があるってのかよ)
▼連撃は更に激しさを増す!
▼戦士は攻撃を防ぎきれない!
戦士(……どうせ死ぬなら)
383 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:31:14.68 ID:IrdoZQX9O
▼戦士は構わず前に出た!
(どうせ死ぬなら、あんたがどれだけ強いのか、最期に教えてくれ)
▼戦士の体がたちまち傷だらけになっていく!
傭兵「……」
戦士(あんたを止める。俺の全てを擲っても)
▼戦士は剣に魔力を篭めた。
▼すると、刃から刃が次々と枝分かれし、爆ぜるように咲き誇った!
戦士(どうだ、これは一度も見せてねえ)
▼傭兵は複数箇所を貫かれた!
▼身を捩り急所を外したようだが、傷は深い。
傭兵「……」
▼しかし、傭兵の動きは止まらなかった!
戦士(ハ、ハハハッ、何だよ、これでも止まらねえのかよ、俺にはもう打つ手がねえんだぞ……)
384 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:32:53.24 ID:IrdoZQX9O
▼傭兵は刃の華を剣で叩き割った!
▼刃の破片が宙を舞う!
▼傭兵は戦士に斬り掛かった!
戦士「ぐっ……」
▼戦士は右瞼を切り裂かれた!
▼流れる血液が視界を染める。
戦士(あんだけやっても届かねえのかよ、止めるだけなら何とかなると、そう思ったんだけどな……)
▼傭兵は尚も攻め続ける!
▼戦士の体が、瞬く間に血に染まっていく!
戦士(やることはやった。俺にはもう何もない。もう、死に怯える必要もない……)
▼その時、攻撃がぴたりと止んだ。
▼傭兵が何かに気が付いたようだ。
▼戦士は傭兵の視線を追った。
385 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/03(日) 23:34:03.90 ID:IrdoZQX9O
魔法使い「戦士!!」
戦士「……馬鹿野郎」
▼魔法使いが現れた!
▼魔法使いは傭兵に数多の火球を放った!
▼しかし、火球は傭兵の体を通過した……
魔法使い「センセ、もうやめてよ……戦士が死んじゃう……お願い……」
▼魔法使いは泣いている。
傭兵「……」
▼傭兵は何も答えない。
戦士「ッ、この大馬鹿野郎!! 手を出すな!! 殺されるぞ!! さっさと逃げろアホ!!」
魔法使い「嫌だ!! 絶対に誰も死なせない!!」
▼魔法使いは滅茶苦茶に火球を放った!
▼しかし、傭兵には何も届かない……
386 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:35:56.61 ID:IrdoZQX9O
傭兵「……」
魔法使い「センセ……もうやめよ? ねえ、こんなの嫌だよ、一緒に帰ろう?」
戦士「いいから逃げろ!! 何もしなけりゃ」
▼傭兵は魔法使いに向かって走り出した!
魔法使い「ひぅっ……」
▼魔法使いは恐怖でへたり込んでしまった!
傭兵「……」
魔法使い「あ、あぁ……」
戦士「やめろ!! おい、ふざけんな!! そいつには何も出来ねえんだ!!」
▼戦士は動けない。
▼魔法使いは震える手でボウガンを構えた!
387 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:37:09.77 ID:IrdoZQX9O
傭兵「……」
▼傭兵は魔法使いをじっと見ている。
魔法使い「うっ、うぅっ……」
▼魔法使いは意を決して矢を放った!
▼しかし、矢はあらぬ方向に飛んでいった!
▼すると、傭兵は悲しげに魔法使いの首筋に手刀を
魔法使い「今」
傭兵「!?」
勇者(卑怯であることは承知の上。師よ、どうか許して下さい)
▼勇者は傭兵の背中に矢を突き刺した!
傭兵「……」
魔法使い「センセ、ごめんね……」
▼傭兵は蹌踉めき、膝を突き、倒れた。
▼すると、傭兵の呼吸は荒くなり、体は忙しなく震え、多量の汗を吹き出した。
388 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:45:25.87 ID:IrdoZQX9O
魔法使い「服を破いて!!」
勇者「あ、ああ!!」
▼勇者は急いで傭兵の衣服を破いた!
魔法使い「いくよ、センセ」
▼魔法使いは傭兵の左胸に何かを打ち込んだ!
▼すると体の震えは徐々に治まり、呼吸も少しずつ安定の兆しを見せ始めた。
勇者「どうなんだ?」
魔法使い「かなり早めに解毒薬打てたから大丈夫。でも毒が毒だし、しばらくは目を覚まさないと思う」
勇者「……そうか。しかし魔法使い、いつ解毒薬を?」
魔法使い「街を出る前に買ったの。毒薬を預かった時、必要になる気がしたんだ……上手く言えないけど、何となく、そんな気がした」
勇者(何となく……予感と言うやつか、馬鹿には出来ないな)
389 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:46:24.36 ID:IrdoZQX9O
魔法使い「勇者、ごめん……」
勇者「突然どうした?」
魔法使い「だってさ、後ろから刺すなんて嫌な役目を押し付けちゃったし……」
勇者「君が策を授けてくれたから戦士も師も死なずに済んだ。必要なことだったんだ、気にするな」
▼魔法使いは瞼を擦っている。
勇者「……さあ、早く戦士の所に行ってやれ。俺は此処で師の様子を見る。まずは傷を塞がないと」
魔法使い「そ、そうだね。傷口にはこれを貼り付けて縛って、何かあったらすぐに言ってね」
勇者「ああ、任せてくれ」
▼勇者と魔法使いは戦士の下へと駆け出した。
390 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:47:15.91 ID:IrdoZQX9O
魔法使い「戦士!!」
▼戦士は岩に背を預け、空を見上げている。
魔法使い「戦士、生きてる!?」
戦士「……おう、見た目ほど悪くねえ。それより先生は?」
魔法使い「いいから、じっとしてて」
▼魔法使いは治療を開始した。
▼服を切り、傷口を消毒し、瞼には薬を塗り込み、傷口を縫い始めた。
戦士「こんなの、いつ覚えたんだよ」
魔法使い「アンタの見張りをしてた時、センセが教えてくれた。色々勉強したんだ」
391 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:49:46.80 ID:IrdoZQX9O
戦士「……なあ」
魔法使い「なあに?」
戦士「先生は最初から分かってたのか? だから毒薬を?」
魔法使い「それは本人に聞いてみないと分かんないよ。でも、使って欲しいから渡したんだと思う」
戦士「俺達に殺されたかったのか、だから自分を確実に殺せる術を俺達に授けた……」
魔法使い「さあね……でも、センセは死なない。解毒薬打ったし、死なせないよ」
戦士「……」
魔法使い「どしたの?」
戦士「………さっきの嘘泣きか?」
魔法使い「使えるものは使おうと思ってさ。当たりもしない魔術よりは役に立ったでしょ?」
戦士「女は怖ぇな……」
魔法使い「うっさいな、私はどんなに不様でもセンセを止めようと思っただけだよ。
あ、でも、女の人って本能的に涙の使い方を分かってるって聞いたことある」
392 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/03(日) 23:51:18.70 ID:IrdoZQX9O
戦士「それは肝に銘じとく」
魔法使い「……ねえ、戦士」
戦士「あん?」
魔法使い「次に死のうとしたら許さないから。アンタは生きるの。生きなきゃダメ、死のうとしたって私が死なせない」
戦士「どんだけわがままなんだよ、人の気も知らないでよく言うぜ」
魔法使い「死ぬのが怖いなら、私が傍にいる」
▼魔法使いは戦士の目を見て言った。
▼すると、戦士の鼓動がどくんと跳ねた。
戦士「お前は怖ろしい女だな……」
魔法使い「うっさいな。はい、終わったよ」
戦士「ありがとな」
魔法使い「さ、センセのとこに戻ろ? 勇者も待ってるしさ」
▼二人は勇者の下に向かった。
393 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/04(月) 08:23:08.57 ID:LZUBm7yuO
勇者「来たか。戦士、傷はどうだ?」
戦士「あちこち縫われて調子が良くなった。あんたはどうだ?」
勇者「別れてすぐに魔法使いが治療してくれた。さっきよりは随分と楽になったよ」
▼魔法使いは傭兵に寄り添っている。
▼呼吸は先程よりも落ち着いていて、まだ発汗はあるものの出血も抑えられている。
戦士「どうだ?」
魔法使い「今のところ大丈夫そうだけど、こんなに冷えるとこで寝かせてたら悪くなる。傷も深いし、お医者さんに見せた方がいい。戦士」
394 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/04(月) 08:25:05.54 ID:LZUBm7yuO
戦士「何だ?」
魔法使い「センセをお願い」
戦士「でもお前」
魔法使い「次はアンタが言うこと聞く番だよ。そんな体で戦わせるなんて出来ない」
戦士「なのに先生を背負わせんのか、人使い荒いな……」
魔法使い「あ、そうだね。勇者も一緒に行く?」
勇者「いや、そうなると君が……」
戦士「お前が一人になるだろうが……」
魔法使い「私はどっちでも良いよ? 皆が心配だし早く決めよう?」
戦士「……分かった。俺一人でいい。勇者、そいつを頼む」
勇者「分かった。戦士、少し休んでから行くと良い。まずは監視所を目指して、馬に乗るんだ」
戦士「ああ、時間は掛かるだろうが出来るだけ急ぐさ」
395 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/04(月) 08:26:00.07 ID:LZUBm7yuO
勇者「戦士、師を頼む」
戦士「……おう、任せとけ」
魔法使い「んじゃ、もう行くね?」
戦士「早く来いよ? 先に街に行って待ってるからよ」
魔法使い「うん。勇者、行こう」
勇者「そうだな、随分と時間を食ってしまった。急ごう」
▼勇者と魔法使いは塔に向けて駆け出した。
▼戦士は二人の背中を見送った。
396 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/04(月) 08:31:26.12 ID:LZUBm7yuO
戦士「……」
戦士「先生、大丈夫さ。きっと上手く行く」
▼傭兵は気を失っている。
戦士「……さてと、行くか」
▼戦士は傭兵を背負って歩き出した。
戦士「……」
戦士「にしても、あいつも頼もしくなったもんだ」
▼その時、塔の頂上から眩い光が溢れた。
▼放出された光の柱は闇夜を切り裂き、天を突き、やがて消え失せた。
戦士「……何だ?」
▼一粒の光だけが残った。
▼塔の上空でたゆたう光は何度か明滅し、消えた。
397 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/04(月) 08:39:16.32 ID:LZUBm7yuO
第五話 救出
終わり
398 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/04(月) 08:56:32.66 ID:/oncBman0
乙!
399 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/04(月) 23:42:53.75 ID:bye2y3JdO
乙
続きが気になって眠れねぇ
400 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:06:17.75 ID:ltwtokG1O
第六話
錬金術師「んん、着いたな」
踊り子(教会、でしょうか……)
地中から突き出たツタの中から、二人は現れた。
半壊した教会に人影はなく、夜更けということもあり静寂に包まれている。
穴の空いた天井から降り注ぐ月明かりを見て、踊り子は夜が明けていないことを疑問に思った。
砂漠の塔から都までは半日は掛かるはずなのだが、それ程時間が経過している様子はないからだ。
瞬間的に移動する魔術など存在しない、もしあるのならば広く普及しているはずである。
それとも錬金術師のみが可能にした魔術なのだろうか、だとしたら錬金術師とは何者なのか。
あの塔も、明滅する物体も、死をも怖れぬ軍団も、人々が魔物と呼称する生物も、全て彼が作り上げたのだろうか、踊り子の疑問は膨らむ。
401 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:07:51.01 ID:ltwtokG1O
錬金術師「兵の気配でも感じるのか?」
踊り子「いえ、便利な魔術だと思っただけです」
錬金術師「仕組みは実に簡単なものだ。そうだな、動きがあるまで少し話さないか」
▼錬金術師は壊れた椅子に腰掛けた。
▼その表情はとても穏やかで、塔で見せた冷酷非常な顔とは異なっている。
踊り子「動きとは? 他にも仲間がいるのですか?」
錬金術師「私に仲間などいない。すぐに分かる。さあ、君も座れ。待つのは退屈だろう」
踊り子「……」
錬金術師「私と話すのが嫌か?」
踊り子「はい、嫌です」
錬金術師「君は実に正直な子だな。では、これは命令だ。私の話に付き合ってくれ」
402 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:08:46.41 ID:ltwtokG1O
▼踊り子は心底嫌そうに椅子に腰掛けた。
▼錬金術師は満足そうに微笑み、語り出した。
錬金術師「時に、栂という木を知っているか」
踊り子「栂とは、咎人を磔にする際に使用されたと言われている木です」
錬金術師「その通りだ。若いのに良く知っているな。父親より頭の出来が良いようだ」
踊り子「……それで、その栂と貴方の魔術にどうのような関係があるのでしょう」
錬金術師「この杖は栂で出来ている。長い時の中で最も多くの咎人が磔にされた栂の木だ。では次に、人類に共通するのは何か」
踊り子「魔力でしょうか」
錬金術師「素晴らしい、実に模範的な不正解だ。答えは罪だ」
403 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:10:20.55 ID:ltwtokG1O
踊り子「罪」
錬金術師「罪とは普遍であり何処にでも存在する。どんな人間にも罪はある」
錬金術師「教会も罪を象徴する一つと言えるだろう。人は此処で祈り、告白する。人はいつも苛まれている」
踊り子「人そのものが罪であると言いたいのですか?」
錬金術師「それは行き過ぎだ。私はただ、罪は誰の心にもあると言っているだけだ。
人はほんの些細な間違いをすら後悔し、己を縛り付ける。罪の芽生えは必ず起こる」
錬金術師「先程の魔術はそれを利用したものだ。関連付け、意味を持たせ、魔術とする。この栂の杖は、正に最適な素材だった」
踊り子「罪は何処にでもある、ですか」
錬金術師「少し違う。咎は何処にでも生える」
踊り子「では、貴方の考えでは栂の生らない場所などないと言うわけですか」
錬金術師「遙か昔、私はそう考えた。あの頃は楽しかった。新たな発見に満ちた日々だった。
私は知識を独占せず、人々に役立てた。だが、人は更に魔術を嫌った」
▼錬金術師は寂しげに笑った。
404 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:12:16.34 ID:ltwtokG1O
踊り子「……」
錬金術師「……私はね、これは非常に傲慢な言い方になるけれども、魔術に愛されていた。
当時としては魔力に恵まれていたし、比類なき魔術師であると自負していた」
錬金術師「だからだろうな。人々がそれを享受しないことが耐えられなかった。魔術を忌み嫌う、排他的な人々に暗い怒りを燃やした」
錬金術師「若かった私は、魔術を嫌う世相を変えようとした。魔術には有用性があり、人々の暮らしを豊かにする。そう信じていたからだ」
踊り子「貴方は戦ってしまった?」
錬金術師「怒りに任せてな。結果、私は全てを失い、魔術師は危険な存在であると決定付けられた。
私が招いたのは理解からは程遠い、更なる不信と差別だった」
踊り子「それはきっと、遠い昔なのでしょう」
錬金術師「そう、遠い昔だ。国は数多くあり、戦はなく牧歌的で、和やかに停滞していた時代。今よりも遙かに平和だった」
▼錬金術師は杖を弄びながら遠くを見た。
▼遠い過去に思いを馳せているようだ。
405 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:14:19.31 ID:ltwtokG1O
踊り子「平和だからこそ、魔術が忌み嫌われたのでしょうか」
錬金術師「そうだな、戦があれば違っていただろう。当時、魔術に傾倒するのは愚か者のすることだった。
そもそも異端であったし、悪魔と取引きしただとか根も葉もない噂も信じられていた」
錬金術師「魔術は世を乱す術、使用者は皆悪人であるとも言われた。実際、その通りになってしまったのだから間違いではないのだろうが」
▼錬金術師は自嘲的に笑った。
▼杖を握る手には力が篭もっている。
踊り子「それなのに再び戦うのですね。私には理解出来ません」
錬金術師「戦わなければ自由を掴めない。これだけは変わらない。その為に戦う理由を作った。これは贖罪であり、過ちを雪ぐ為でもある」
踊り子「そうまでして魔術師の支配する世を目指す意味が分かりません」
錬金術師「私が招いた結果とは言え、自由を奪われたままでは時代も魔術も進歩しない。それに、私個人としても王家には貸しがある」
406 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:16:28.73 ID:ltwtokG1O
錬金術師「王家に限った話ではないがな」
踊り子「やはり、私には理解出来ません」
錬金術師「それでいい、私は誰かに話したかっただけだ。今夜は特にそんな気分だった」
踊り子「気紛れに付き合わされる身にもなって下さい。答えのない会話は疲れます」
錬金術師「……」
▼錬金術師は踊り子をじっと見つめている。
踊り子「何でしょうか」
錬金術師「初めて会った時にも思ったが、君は母に似たな」
踊り子「はい?」
錬金術師「君の家系とは縁が深い。君の母があの男と結ばれたと知った時は驚いた」
踊り子「父は既に他界していると言ったはずです。私は彼の子ではありません」
錬金術師「君がどう認識していようと両親が誰であるかは変わらないぞ」
踊り子「私の両親が誰であろうと貴方には関係ないでしょう」
407 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:21:17.05 ID:ltwtokG1O
踊り子「違いますか」
錬金術師「そうだな。君の両親が誰であろうと私には関係ない」
▼錬金術師は息を吐いた。
錬金術師「そして、君が誰を愛そうとも」
踊り子「貴方が嫌悪された理由が良く分かりました。世相を変えるより、その傲慢で人を見下した態度を矯正した方がよいと思います。少しは自分を見つめ直したら如何でしょうか」
錬金術師「……」
▼錬金術師は顎を摩っている。
踊り子「聞く耳など持たないでしょうね。貴方のような人間は変わらないですから」
錬金術師「いいや、聞いている。ただ懐かしくてな、昔を思い出しただけだ。君との会話は想像していた以上に楽しい」
踊り子「意味が分かりません。不愉快です」
錬金術師「嫌われたものだな。私のお陰で脚が治ったと言うのに」
408 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:25:37.53 ID:ltwtokG1O
踊り子「私の脚を治したのは貴方ではなく僧侶という女性です。そういう所が気に嫌悪される原因なのではないですか」
錬金術師「それも良く言われた。恩着せがましく知りたがりで、傲岸不遜で厚顔無恥な最低の男だとな」
踊り子「そうですか、その方とは気が合いますね。とても仲良くなれそうです」
錬金術師「……やはり、よく似ているよ」
▼その時、足音がした。
呪術師「いやいや、お待たせしました」
踊り子「呪術師……」
呪術師「私をご存知で?」
踊り子「貴方は彼に殺されたはずです。遺体もこの目で見ました。焼かれる瞬間も」
呪術師「私が亡国の傭兵に? あ〜、アハハハハ、成る程成る程、そうですか、そういうことですか」
錬金術師「報告しろ」
呪術師「申し訳ありません。そろそろ城が慌ただしくなる頃です。確か魔術騎士団でしたか? 彼等が脱走します。しかし、このような手間を掛けなくとも直接玉座の間に移動すれば容易く」
409 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:28:56.30 ID:ltwtokG1O
錬金術師「もういい」
呪術師「もしかして、そのお嬢さんとお喋りしたくて」
▼錬金術師が苛立たしげに杖を突いた。
▼すると呪術師の体は粉々に砕け散った。
▼そこには何も残っていない。
踊り子「今のは」
錬金術師「作り物だ。気にするな」
▼その表情は、塔で見せたものだった。
▼人としての温かさは、最早感じられない。
錬金術師「今宵、我々は自由を手にする。君にも協力して貰うぞ。躊躇いなど見せてくれるなよ」
踊り子「分かっています」
錬金術師「では、行くぞ」
▼錬金術師は杖を突いた。
▼すると、二人はツタに飲み込まれて消えた。
410 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:30:12.42 ID:ltwtokG1O
>>>>
国王「今は放っておけ」
魔術騎士団の脱走について、国王は然したる関心を示さなかった。
何者かが脱走を幇助したのは明白であり、その目的が城内の混乱だろうということは容易に想像出来た。
(おそらく魔術師結社の差し金だろうが、兵は動かさん)
僅かでも城内の兵士を減らすべきではない。国王はそう考えた。
魔術騎士団は勇者が設立した部隊、大方、勇者の下にでも向かうつもりなのだろう。
それより気掛かりなのは現在の戦況である。国王は玉座の傍らに跪く女性をちらと見た。
更にその傍には大量の武器の束を持つ大男が立っているが、黙して動く様子はない。
411 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:32:19.32 ID:ltwtokG1O
「占い師、戦況はどうだ」
占い師と呼ばれた不惑の女性は黒い装束に身を包み、目隠しをしており、鼻と口元は薄手の布で覆い、手も同様に薄手の手袋で隠れている。
見えるのは目と鼻の僅かな隙間くらいだが、薄手の布は若干透けていて、見れば整った顔立ちであることが分かる。
全身を覆う黒い装束の上からでも胸の膨らみは見て取れ、彼女が豊満な肉体であることも想像出来た。
その極端に肌の露出を嫌ったような衣装が、却って彼女の妖艶さを際立たせている。
「賢者を通して見ているのですが、何者かに襲撃されました。どうやら一般人のようです。
今新たに魔術師の軍勢が現れました。今のところ問題はありません。冷静に対処しています」
占い師は淡々と告げた。
国王「その一般人とは何だ」
占い師「何の力もない一人の男です。賢者にも傷はありません。余程の運がない限り、魔術に巻き込まれ死亡するでしょう」
412 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:34:03.52 ID:ltwtokG1O
国王「勇者の姿はあるか」
占い師「いえ、賢者の目からは見えません」
国王「彼奴のことだ。どこぞにいるのだろうが、魔術師と事を構えるのなら我々にも有利に働く」
占い師「……」
国王「どうした」
占い師「何かが来ます。剣士、構えろ」
占い師は素早く王の傍に立ち、剣士と呼ばれた大男は大楯を構えて王の前に立った。
周囲の兵士達も警戒しているが、何が起きようとしているかなど分かるはずもない。
すると突如、床から木の根が生え、そこから伸びる触手のようなツタが次々と兵士達を薙ぎ払った。
413 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:35:34.24 ID:ltwtokG1O
「初めて見る魔術だ」
とは言うものの王に驚いた様子はなく余裕を見せている。玉座から動く様子もない。
兵士達を貫いた触手に動く気配はない。すると中央の根が裂け、そこから錬金術師が現れた。
国王「最初からこうすれば良かったものを、随分と回りくどい真似をするものだな」
錬金術師「そう急がずとも今夜中に終わる。朝日を拝むのは魔術師だけで良い」
国王「抜かせ、貴様にもう価値はない。砂の城など一夜で崩れ去る」
▼国王は雷撃を放った!
▼しかし、木の根によって防がれた。
国王「魔術だけでは、一筋縄ではいかんか」
414 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:36:32.97 ID:ltwtokG1O
錬金術師「踊り子」
国王「何?」
▼玉座の背後から木の根が襲い掛かった。
▼剣士は木の根を大剣で受け止めた!
▼すると木の根が裂け、中から踊り子が現れた!
▼湾曲した二つの短剣が振り下ろされる!
踊り子「覚悟」
国王「フン」
▼剣士が身を挺して攻撃を防いだ!
▼短剣は鎧を貫いて突き刺さった!
踊り子(血が出ていない。浅かったのでしょうか、確かに手応えはあったのですが……)
▼踊り子は剣士の肩を蹴り、錬金術師の傍に降り立った。
415 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:38:31.60 ID:ltwtokG1O
国王「小賢しい真似はするな、望むならば此処でケリを付けてやる」
錬金術師「若いな、血気盛んなことだ。貴様が国を奪い尽くしていた頃を思い出す」
国王「……傭兵はどこにいる」
錬金術師「相も変わらず恐怖に取り憑かれているようだな。あの男は戦場で貴様に何を見せた。まさか壊されたのか、王が、たった一人の傭兵に」
国王「答えろ」
▼国王は再び雷撃を放った!
▼しかし、木の根が防いだ。
錬金術師「まるで赤子だな。だが安心しろ、此処には来ない。ただ殺すだけでは意味がないからな」スッ
占い師「剣士!!」
叫んだが間に合わない。錬金術師は既に杖を突いている。のたうつ木の根が全員を呑み込んだ。
416 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:40:06.65 ID:ltwtokG1O
>>>>
「此処は……」
気付けば都中央の記念広場にいた。
真夜中であるにも拘わらず、広場の外周、円形交差点に沿って多くの人集りが出来ている。
突如現れた若返った王の姿に民衆は一様に驚き、中には王子だと思い込む者もいた。
しかし、身に付けた装飾品と所持する杖は間違いなく王の物であり、その人物が王であることは明らかだった。
(何故、民が此処にいる。これも錬金術師の仕業か、何を企んでいる)
占い師と剣士の姿はない。おそらく錬金術師の魔術によって分断されたのだろう。
「民の前でこそ、王が戦う意味があるだろう」
国王は錬金術師の姿を確認すると、声に答えることなく雷撃を放った。
それは王の証とも言える雷の魔術、広場は一瞬にして光に包まれ、民衆は王の放つ威光に息を呑んだ。
417 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:41:50.09 ID:ltwtokG1O
だが、光はもう一つあった。
広場の両端から放たれた二つの雷撃は轟音を立てて衝突し、やがて消滅した。
「たかが雷だ。術式を学ぶことが出来れば、誰もが使えるようになる」
その光景を前に国王は唖然とし、民衆は酷くざわついている。
驚くのも無理はなかった。雷は王家の者のみが持つ魔力の性質によって発現可能とされている。
この四大属性に属さない非常に稀有な魔術体系は、正に王家の象徴とも言える。
それを何処の誰とも分からぬ老人が使用した。これは冒涜と捉えられて当然の行為であった。
錬金術師は意に介した様子もなく、頭痛に顔を顰め、眉間を押さえたまま語り出した。
「今も昔も、支配者という生き物は変わらない。
魔術師から世界を守るなどと言いながら私の魔術を羨み、妬み、忌避し、その上で全てを奪った。
何よりも許せないのは、奪った知識と魔術を民に分け与えずに秘匿したことだ。
魔術と知識の独占、差別、統制の保持。魔術を怖れ、魔術に魅入られた権力者達。
かつて王と呼ばれた連中も、今や統一王などと呼ばれる貴様も、私にとっては盗っ人に過ぎん」
418 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:49:33.43 ID:ltwtokG1O
「何を言っている……」
「元々、全ては自由だった。よって、支配者の束縛から解き放たれ自由意志の下に生きるべきなのだ。
今宵、時は動くぞ。貴様等によって長らく停滞していた時が動き出す。そして、罪人には裁きが下るだろう」
捲し立てる錬金術師の言葉を聞いて、国王は一人の魔術師を思い浮かべた。
魔術がまだ浸透していない時代、偏見と差別に満ちた時代に現れた始まりの魔術師。
魔術の基礎を築きながら正当な評価されることなく蔑まれ、その結果当時の世相を変えるべく、たった一人で世界を敵に回し、敗れた男。
魔術に愛され、魔術に狂わされた男。ありもせぬ理想、幻影を追って破滅した狂騒の魔術師。
(そんなはずはない)
「さあ、戦え」
その言葉には有無を言わさぬ力があった。国王は弾かれたように錬金術師へと迫る。
雷の魔術を利用をした高速移動、錬金術師がツタを繰り出すものの全て回避され、瞬く間に接近を許し、あっという間に斬り裂かれ膝を突いた。
419 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:50:40.76 ID:ltwtokG1O
「大口を叩いてその程度か」
「この私は前座だ。真打ちが現れる」
「誰であろうと、王を裁くなど出来はしない」
「この血に刻み付けられた苦痛が呼び起こす。それこそが、貴様を滅ぼすだろう」
錬金術師は不敵に笑って見せた。
その笑みがやけに似合って見えるのは、これまで幾度となく敵対者に見せてきたからに違いない。
唇の片端を吊り上げ、しぶとく、それでいて嘲るような笑みは、相手を煽り立てるに十分なものだった。
国王は膝を突く錬金術師に対して剣を振るい、今や容易く命を奪えるにも拘わらず、不必要なまでに切り刻んだ。
だが、錬金術師は呻き声一つ上げず、かっと目を見開き睨み付け、更に歪んだ笑みを浮かべた。
それは憎悪のようにも、嘲笑のようにも、挑発のようにも、憤怒のようにも見える。
420 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:52:08.78 ID:ltwtokG1O
(何だ、この表情は……)
国王は背筋に虫が這うような不気味な感覚に囚われたが、決して目を逸らすことはなかった。
それどころか睨み返し、目の前の存在が何者であるのかを探ろうとしている。
錬金術師の瞳の奥で煮え滾る感情の熱、それが十年二十年で作り出せるものではないことを、国王は即座に見抜いた。
(この目は、知っている)
国王は、以前にも見たことがあった。
それは遠い過去、統一戦争の折、一人の男が見せた眼差しに良く似ていた。
その男と一度目が合った時から危険な存在であると分かった。そして、その予感は的中した。
王でありながら先陣を切り、幾多もの戦いの全てに勝利した彼に、初めて敗北を与えた男。
喰われたのか、折られたのか、それ以降、王は以前のように戦うことが出来なくなってしまった。
421 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/07(木) 23:54:21.62 ID:ltwtokG1O
その相手こそが亡国の傭兵。
拭えぬ怖れを刻み付けた男、国を滅ぼされて尚も戦おうとした不屈の男、王に傷を付けた唯一の存在。
やがて終戦を迎え、故郷の安全と引き替えに従えた後は、幾度となく亡き者にしようとした。
不可能と言える暗殺を命じ、ある時は特級と呼ばれる魔物の単独討伐を命じた。
だが死ななかった。そのどれもを成功させ、あろうことか信頼を勝ち取ってみせた。
最も怖れ、消し去りたい存在。それでいて臣下の誰よりも強く、頼りになる存在。
信頼と恐怖、羨望と嫉妬、怒り、憎しみ、複雑に絡む感情が、王を狂わせた。
そして今尚、それは王を縛り続けている。
(そうだ。彼奴と同じ目をしている。これは、私を脅かす者の目だ)
「どうした、亡霊でも見えたのか」
その言葉に、国王は我を忘れた。
「貴様など怖れはしない。怖れるものか、私は王だ。敵などいない。いるはずがない」
422 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/08(金) 00:03:35.21 ID:zmD8XSUAO
喚き散らし、剣を何度も振り下ろす。
その姿は癇癪を起こす子供のようだった。
焼き付いた恐怖を掻き消すように、塗り潰すかのように、振り払うかのように、ただひたすらに剣を振り下ろす。
剣技など一切なく、力の限り振り回すだけ。刃が血に塗れて斬れなくなっても叩き続ける。
それは、錬金術師の体がぼろ切れのようになっても続いた。
「王は怖れない」
どれだけの間続いたのか、国王は息を切らし、剣を握る手からは血が流れている。
最早、周囲に民がいることなどすっかり忘れ、国王は恐怖の虜になっていた。
「王が、怖れるものか」
だからこそ気付かない。
錬金術師から流れ出た大量の血液が、杖に埋め込まれた赤く輝く宝石へと吸い寄せられているのことを。
そして、それと同時に彼方で輝く巨大な光の柱、遺された一粒の光、それが都を見て消えたことなど気付くはずもなかった。
423 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/08(金) 00:07:06.46 ID:zmD8XSUAO
喚き散らし、剣を何度も振り下ろす。
その姿は癇癪を起こす子供のようだった。
焼き付いた恐怖を掻き消すように、塗り潰すかのように、振り払うかのように、ただひたすらに剣を振り下ろす。
剣技など一切なく、力の限り振り回すだけ。刃が血に塗れて斬れなくなっても叩き続ける。
それは、錬金術師の体がぼろ切れのようになっても続いた。
「王は怖れない」
どれだけの間続いたのか、国王は息を切らし、剣を握る手からは血が流れている。
最早、周囲に民がいることなどすっかり忘れ、国王は恐怖の虜になっていた。
「王が、怖れるものか」
だからこそ気付かない。
錬金術師から流れ出た大量の血液が、杖に埋め込まれた赤く輝く宝石へと吸い寄せられていることに。
そして、それと同時に彼方で輝く巨大な光の柱、遺された一粒の光、それが都を見て消えたことなど分かるはずもなかった。
424 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/08(金) 00:10:59.96 ID:zmD8XSUAO
第六話 恐怖の王
終わり
425 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/08(金) 00:12:06.04 ID:zmD8XSUAO
ここまでです。ありがとうございます。
426 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/08(金) 01:47:20.17 ID:V+AzBn8DO
乙乙
427 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/11(月) 08:19:58.26 ID:HdS9NzIuO
乙
428 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/12(火) 14:14:39.73 ID:IOKbAzHD0
くそう続きが気になって仕方ない
429 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/17(日) 01:55:38.99 ID:KrEyVsYMO
第七話
占い師「……っ」
木の根に吐き出され、占い師は膝を突いた。
辺りを見渡すと、どうやら郊外の原野のようだ。幸い、都はすぐそこに確認出来る。
(剣士はいる。しかし陛下のお姿が何処にも見えない。分断されてしまったか)
占い師は目を閉じ、何かに意識を傾けた。
(中央広場、敵の姿はない……)
占い師には国王の居場所が分かるようだった。占い師が立ち上がると、剣士も同じく立ち上がる。
二人が都に向かって走り出そうとした瞬間、新たに生えた木の根から踊り子が姿を現した。
430 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/17(日) 01:56:52.32 ID:KrEyVsYMO
踊り子「お待たせしました」
占い師「意外だな、私を遠ざけ、二人掛かりで挑むものと思っていたぞ」
踊り子「私はそうした方がよいと言ったのですが、聞く耳を持ちませんでした」
そう言って腰に手を回すと、踊り子は二本の短剣を取り出した。
短剣と呼ぶには大きく、やや湾曲した鉈のような形状をしている。
それを逆手に持ち、構えは取らず両腕をだらんと下げ、占い師を真っ直ぐに見据えた。
直立不動、一見隙だらけであるが、それでいて隙の見えない独特の雰囲気がある。
踊り子「準備は宜しいですか?」
占い師「傭兵が敵を気に掛けるか」
踊り子「傭兵と言えど不意討ちや騙し討ちばかりではありません。正々堂々と戦うこともあります」
占い師「これが果たして正々堂々と言えるのか疑問ではあるが、まだ人間のようで安心した。
(魔力は上級寄りの中級と言ったところか、聞き間違いでなければ踊り子と呼ばれていたようだが)」
踊り子「時にその装束……それは、家族や伴侶以外に肌を見せない為の物では?」
431 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/17(日) 01:57:47.39 ID:KrEyVsYMO
占い師「そうだが」
踊り子「これは個人的な質問ですが、一線を退いて家庭に入ろうとは考えなかったのですか?」
占い師「先程から何だ、これから殺す相手への問い掛けとは思えんな」
踊り子「申し訳ありません。ただ、伴侶や家庭がありながら戦に身を投じるのは何故かと思いまして」
占い師「意味は分かるが意図が分からん。近々家庭を持つのか? まさか、腹の中に子がいるのではないだろうな?」
踊り子「子はおりません。私はただ、後学のために知っておきたいのです」
占い師「どうにもおかしな娘だ。ならば、まずは私の質問に答えろ。お主は、何故錬金術師に荷担する」
踊り子「どうしても欲しいものがあるからです」
占い師「今在る平和を脅かし、維持を司る王の命を奪ってもか」
432 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/17(日) 01:58:53.08 ID:KrEyVsYMO
踊り子「はい」
占い師「お主に大義はないのだな」
踊り子「傭兵に君主は在りませんから」
占い師「私の知る傭兵は君主に仕え、君主に尽くした。傭兵だからと言うのは理由にならん」
踊り子「彼のことなら知っています。彼は仕えたわけではなく、そうせざるを得なかっただけです」
占い師「違う、奴自身がそれを望んだ」
踊り子「踊り子はそれを望んでいませんでした」
占い師「……やはりな、踊り子と聞いた時からそうではないかと思った。母の名を継いだか」
踊り子「母を知っているのですか?」
占い師「奴とどのような関係であったかも知っている。踊り子の望みは奴の自由か」
433 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/17(日) 02:00:41.22 ID:KrEyVsYMO
踊り子「はい。後にも先にも、踊り子が望むのはそれだけです」
▼その答えに迷いはなかった。
占い師「戦場に舞い戻った踊り子は、再び同じ男を愛したか」
踊り子「かれは再びではなく一度目です。踊り子が愛したのは生涯唯一人なのですから」
▼踊り子は寂しそうに笑った。
▼何もかもを分かっているようだった。
占い師「……そうか、ならば何も言うまい」
踊り子「貴方の答えがまだです」
占い師「そうだったな……済まないが、質問の内容は何だったか」
踊り子「家庭がありながら何故戦うのですか? 手にした暮らしは自身が望んだもののはずです。
そうであるなら、もう戦う必要などない。貴方は既に満たされたのではないですか?」
434 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/17(日) 02:01:56.56 ID:KrEyVsYMO
▼占い師は顎に手を当てた。
▼これから口にする言葉を選んでいるようだ。
占い師「念願叶って平穏無事な暮らしを手に入れた。だがそれでも、心身は闘争を求めた。
そして、生を実感出来るのは戦いの中だけだと気付いた。この欲求だけは如何に良き伴侶にも埋められない」
踊り子「戦などなくとも日々の暮らしの中で生を実感出来るでしょう?」
占い師「私もそう思うよ。だが不思議なことに、私は今もこうして此処に立っている」
踊り子「……」
占い師「私は何かを求めて此処に立つ。だが、未だに納得のいく何かを得たことはない。
そういう人種は必ず此処に舞い戻って来る。何かを探しにな」
踊り子「何か……」
占い師「ごく少数ではあるが、戦を居場所にする人種はいる。理想の相手と結ばれ理想の家庭を築こうと、何かを求めて此処に立つ」
踊り子「そんなものなのでしょうか?」
占い師「そんなものさ。だから、あまり過度な期待はするな。その方が傷は浅く済むだろう。
但し妥協はしないことだ。自分にも、相手にもな。その妥協は諦めだ」
踊り子「よく覚えておきます。貴重な御意見をありがとうございました」
占い師「何よりだ。それが今後の人生に役立つかは分からんがな」
踊り子「大丈夫です、決して無駄にはしません」
435 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/17(日) 02:02:48.14 ID:KrEyVsYMO
占い師「気の強い娘だ」
踊り子「では、行きます」
▼踊り子は跳躍し、一気に距離を詰めた。
占い師「剣士」
▼そこに剣士が割って入り、攻撃を受け止めた。
▼踊り子は空中で器用に態勢を変え、宙に浮いたまま剣士に攻撃を繰り返す。
▼占い師はその様子をじっと見ている。
占い師「潰せ」
▼剣士は宙に浮く踊り子を弾き飛ばした!
▼そのまま距離を詰め、大剣を叩き付ける!
踊り子(やはり彼は何かがおかしい。違和感はありますが、今一つ掴めない)
▼踊り子は身を捩り、乱暴に叩き付けられる大剣の連撃を全て躱して見せた。
▼そのまま軽やかに跳んで距離を取ると、先程同様に都を背にして立ち塞がった。
436 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/17(日) 02:04:01.73 ID:KrEyVsYMO
占い師「大した身の熟しだが魔術は使わんのか」
踊り子「病み上がりなもので、今少し調子を確かめたいのです」
占い師「それが本当ならば待ってやる必要はないな。剣士、武器を出せ」
▼剣士は背負った武器の束をばら撒いた!
▼大小様々な形状の武器が宙に放り出された。
占い師「……」スッ
▼手をかざすと、全ての武器が空中で静止した。
▼その切っ先は全て踊り子に向いている。
踊り子「……」
占い師「貫け」
▼宙に浮く大小様々な武器が一斉に動き出す!
▼複雑な軌道を描き、踊り子に襲い掛かる!
踊り子(少々不安ですが、やってみましょう)
437 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/17(日) 02:04:58.54 ID:KrEyVsYMO
▼踊り子は瞳を閉じ、踵で地面を叩いた。
▼すると、地面から数多の氷柱が突き出した!
▼氷柱は周囲をぐるりと囲み、迫る武器の群れを弾いた。
踊り子(未だ、全身に魔力が通っていない気がします。まずまずと言ったところでしょうか)
▼踊り子は再び踵で地面を叩いた。
▼すると氷柱は浮き上がり、宙に浮く武器を弾きながら占い師に迫った!
占い師「……」スッ
▼占い師が手をかざすと氷柱は急激に反転、踊り子に向かった。
▼氷柱だけでなく、弾かれた武器も同様に踊り子に向かって発射された。
438 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/17(日) 02:05:40.47 ID:KrEyVsYMO
踊り子(今ので見えた気がします)
▼踊り子はもう一度踵で地面を叩き、分厚い氷壁を生み出した。
▼氷柱と武器の群れが次々と衝突する。
▼所々が砕け、大きなヒビが入ったものの、氷壁は崩壊することなく耐えきった。
踊り子「……っ、はぁっ、はぁっ」
▼踊り子は膝を突いた。
踊り子(思った以上に消耗が激しいです。少しずつ馴らしていった方がよいでしょうか。
脚が治ったからと言って、一日二日で数年の月日を埋めることは……?)
▼踊り子は突然その場から飛び退いた!
▼元いた場所に大剣が深々と突き刺さっている!
剣士「……」
踊り子(少しずつなどと、甘いことを言っている暇はないようです)
439 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/17(日) 02:07:17.16 ID:KrEyVsYMO
▼踊り子は白く輝く息を吹き掛けた!
▼すると剣士は、凄まじい力で引っ張られたように後方に飛び退いた!
▼残された大剣はたちまち凍り付き、がしゃりと崩れ落ちた。
占い師「母娘揃って氷の魔術か、魔力の性質もよく似ているな」
踊り子「母と戦ったことが?」
占い師「戦時には嫌というほど戦った。あれはもう三十年以上前になるか、私も年を取るわけだ……」
▼そう言いながら、占い師は微笑んでいる。
占い師「氷上の踊り子、冷徹の仮面、内に秘めた燃え盛る激情、その魔術は凍て付いた炎のようだった」
踊り子「……」
占い師「母娘だものな、似るのも当然か……お主を見ていると、自分だけが年老いたような気にさせられる」
440 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/17(日) 23:20:16.24 ID:bssPQvSRO
書き溜めが消えたので遅れます
441 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/17(日) 23:38:39.15 ID:34085HTEo
乙
まつよ
442 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/18(月) 00:55:50.86 ID:uGA6aDdDO
乙
同じく
443 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/20(水) 02:30:24.45 ID:UalrgLo3O
乙
444 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/22(金) 21:39:27.72 ID:qduBhYgQO
乙
445 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/02/26(火) 23:24:24.90 ID:/1VnlhgoO
踊り子「……」
占い師「母娘だものな、似ないはずもないか……」
踊り子「踊り子はどのような関係だったのですか」
時間稼ぎが目的の問いではあったが、全く興味がないわけではない。
同じ男を愛した女が過去に何をしたのか、それが何よりも知りたかった。
占い師「年も考えずに言えば、恋仇か」
踊り子「……」
占い師「そう鈍い女でもあるまい? 剣士の顔を見て分からぬはずもなかろう」
▼剣士は、傭兵によく似ていた。
踊り子「何故ですか……」
占い師「なにゆえ? なにゆえに亡国の傭兵が私を抱いたのかと、お主はそう言いたいのか?」
踊り子「いいえ? 貴方を抱かざるを得ない状況を貴方が作った。私はそう考えています。
例えば、踊り子を生かしたければ『そうしろ』と迫ったとか」
占い師「あはははっ!!! わけを探すか踊り子の娘よ、お主はそうであったら幸せか?」
踊り子「そうであったらと願っています。軽蔑したくはありません。母も、父も」
446 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/03/27(水) 17:55:00.21 ID:ldkEdKhA0
頑張れ
447 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/05/14(火) 05:51:19.40 ID:yN0rdUazO
おーい竜馬
448 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/06/25(火) 21:01:38.18 ID:e+N2pAGRO
質問いいですか?
449 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/06/29(土) 23:08:32.27 ID:Wr/2PlgmO
どうぞ
450 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2020/02/10(月) 02:19:58.04 ID:/mOhNpbaO
おい
451 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2022/04/16(土) 21:25:49.49 ID:J8GU4c4ao
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