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【艦これ】阿武隈「北上さんなんて、大っ嫌いなんだから!」
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1 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/18(火) 23:35:01.00 ID:VBBUIhpA0
※このSSは、以下の成分を含みます
※地の文
※キャラ崩壊ないし独自解釈
※原作ゲーム一期準拠
※申し訳程度の史実要素
※唐突なシリアス
これらが苦手な人は540゚栗田ターンを華麗に決めてお帰り下さい
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1545143700
2 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/18(火) 23:37:55.93 ID:VBBUIhpA0
※しまった、書き忘れ
※この作品は、数年前にエタらせてしまった作品の加筆修正・完全版です
※投下中も含め、ツッコミ、感想、雑談等自由にコメントしていただいて結構ですが、万が一前回スレ立て時に既読の方は、ネタバレコメント等避けていただけると幸いです
3 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/18(火) 23:38:50.96 ID:VBBUIhpA0
「……北上さんのバカああぁっ!! もぉ、大っ嫌い!! 左足の親指から小指まで、全部突き指しちゃえ〜〜っ!」
「あっはっは、またね〜、阿武隈〜」
半泣きしながら走り去っていくお団子ツインテールの艦娘の背中を見ながら、北上がけらけら笑っている。
「……ずいぶんとまあ、個性的な捨て台詞だったな」
「もぅ、北上さんったら。いつもいつも、あの子にちょっかいかけすぎですよ」
提督と大井が呆れ顔で口にする。
「あはは〜、けど阿武隈ってさー、な〜んかいじめたくなるっていうか、ちょっかいかけたくならない?」
「その気持ちはまぁ、解らんでもないが……」
「もう、提督まで……」
複雑そうな表情を浮かべる大井。
「……まあ、艦娘同士の個人的ないざこざにまで口をはさむ気はないが、笑い話で済むくらいにしとけよ? 本気で仲違いして、任務にまで支障をきたすようになったら、冗談じゃ済まんからな」
「そうですよ。必要以上に仲良くなったりする必要はありませんけど、つまらないことで北上さんの評判に傷が付くのは、わたしイヤですからね」
「わーかってますって。提督や大井っちに迷惑はかけたくないしね〜」
ぱたぱたと顔の前で手を振って、金髪ツインテールの走り去った方向を見やった後。
北上はくすりと笑い、少し遠い目をした。
「阿武隈、かぁ……」
4 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/18(火) 23:40:22.59 ID:VBBUIhpA0
〜軽巡寮〜
「……もうっ! ほんっと何なのよあの人! 布団干すたんびに雨に降られちゃえばいいのに! ついでに毎回傘忘れちゃえばいいのに! きらい、キライ、大っ嫌い!」
「機雷機雷ってうるさいな―。な―に? ま〜た北上さん?」
三段ベッドの下段で枕にぼふんぼふんとパンチを食らわせながら阿武隈が騒いでいると、同室の鬼怒が声をかけてきた。
「そうよ! いっつもいっつも、前髪わしゃわしゃ崩してきたり、からかってきたり、悪戯してきたり! 出撃しても早く帰りたいとかめんどくさいとか、やる気のないことばっかり言うし! そのくせMVPだけはちゃっかり持っていくし! 駆逐艦の子たちのこと、ウザいとか平気で言っちゃうし! なのになんかみんなに懐かれてて、言うこともちゃんと聞かれてて悔しいし!」
「……ああ、羨ましいのか」
「羨ましくなんかないもん! 悔しいだけだもん!」
「……どーでもいいけどあんた達うっさい、特に阿武隈」
最上段のベッドからごそごそと不機嫌そうに顔を出したのは、もう一人の同室の姉、五十鈴である。
「あ、ごめん五十鈴お姉ちゃん、起こしちゃった?」
「そりゃ起きるわよ、あんだけ騒いでたら……。あ―、今から寝直してたら夕方からの出撃間に合わないな―。……いいやもう、シャワー浴びちゃお。なんか飲み物あったっけ?」
あくびをしながら降りてくる五十鈴に、鬼怒が冷蔵庫を指差す。
「さっき見たとき、牛乳2本あったよー」
「ちょっとぉ、鬼怒ちゃん、それ、あたしのなんですけど!?」
5 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/18(火) 23:42:26.59 ID:VBBUIhpA0
「いいじゃん別にー。言っとくけど阿武隈ちゃん、牛乳飲んだからって、胸部装甲はいきなり厚くなったりしないからね?」
「……べっ、別にそんなので飲んでる訳じゃないもん! 好きだからだもん!」
「あーはいはい、わかったわかった。ムキになんじゃないの。あと、鬼怒も余計なこと言わない。とりあえず一本もらうね」
阿武隈の頭をぽんぽんとはたいて五十鈴が通り過ぎる。ついでに鬼怒の頭には、ぺしっと軽くチョップを喰らわす。
横暴だー、差別だー、えこひいきだー、などと鬼怒が騒いでいるが、五十鈴はそれには取り合わず、冷蔵庫から牛乳瓶を1本取り出した。
キャップを外して牛乳瓶に口をつけると、腰に手を当てて、胸を反らしてぐびぐびと飲み干していく。
牛乳を嚥下していくごとに細い喉がかすかに動くのが、妙になまめかしい。
さらに、ただでさえ豊満な五十鈴の胸部装甲が、胸を反らすとなんというかこう、さらに強調される。
たゆんたゆん。
思わず自分の胸に手を当てて見下ろす阿武隈と鬼怒。
すっとーん。
「あたしも改二になったらちょっとは違うのかなぁ……」
「龍驤さんとかの例もあるからねぇ……」
「馬鹿なことばっか言ってんじゃないの」
ぶはぁ、と息をついて口のまわりの白いヒゲを拭いながら、五十鈴が顔をしかめる。
「とりあえず阿武隈、あんまり度が過ぎるようなら、あたしから北上に言おうか?」
「……ううん、いい」
この程度のことでいちいち姉に頼る訳にはいかない。それこそ北上に、にやにやしながら馬鹿にされるのがオチだ。
いや、案外すんなりと、「あっそぉ? ふーん、解ったよ気をつけるねー」の一言とかで、以後関わってこなくなる可能性も大いにある。
あるのだが。
それはそれでまた、なんか腹が立つ。
6 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/18(火) 23:44:45.39 ID:VBBUIhpA0
「けど、あたしは北上さん、結構好きだけどなー。大井さんとかに比べるとあんま怖くないし、意外とお茶目で面白いし。あと、なんと言っても強いしねー!」
鬼怒の言葉がちくりと胸に刺さる。
そうなのだ。
元は自分たちと同じ軽巡の出でありながら、重雷装巡洋艦、それも改二にいちはやく改装され、今や鎮守府の全艦娘たちの中でも最強戦力の一角。
数々の戦役で敵の旗艦や主力を沈めたことは数知れず。
鎮守府内でも最高の練度を誇り、提督からの信頼も厚い。
主席および次席秘書艦にして、鎮守府内で最初に、かつ同時にケッコンカッコカリを果たした二人の重雷装艦コンビ、北上と大井については、駆逐艦や軽巡たちの中でも密かに憧れや目標にしている者が多かった。
(……あっ、あたしは別に、憧れてなんかいないけどっ!)
「……だいたい阿武隈ちゃんって、北上さんのこと嫌い嫌いって言ってるけどさー。北上さんはむしろ、阿武隈ちゃんのことお気に入りだよね?」
頬杖をついたまま器用に首をかしげる鬼怒。
「そっ、そんなことない! ……もん!」
馴れ馴れしくて意地悪で。
いつもへらへらしてて適当で。
何考えてるんだか、よく解んないとこあるし。
――そう、思えば、初対面の時からそうだったのだ。
7 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/18(火) 23:47:19.66 ID:VBBUIhpA0
――――
――
着任初日。
小さな背中に大きな荷物を背負い、提督の執務室のドアの前に立った阿武隈は、手鏡を取り出して前髪を整えてから、何度も深呼吸を繰り返した。
「……そんな緊張しなくても、大丈夫だってば。うちの提督、見た目はいかついけど、割と大らかっていうかフレンドリーだから」
五十鈴が呆れたように阿武隈を見下ろす。
「だって、初対面の印象で、だらしない子だって思われたらやだもん! ねえ五十鈴お姉ちゃん、あたし大丈夫かなぁ? 前髪おかしくない?」
「だいじょぶだいじょぶ。あんたはちゃんと可愛い。……ほら、行くわよ」
ノックした後、「失礼します」と五十鈴が扉を開ける。
「こ、こんにちはっ!! 軽巡、阿武隈です!!」
ぶんっと勢いよく金髪お団子ツインテールの頭を下げた後、かぁっと頬が熱くなった。
……しまった、ここは「こんにちは」じゃなくて「はじめまして」だった。
それにどうせなら抱負とか自己アピールとか、もっと気の効いた言葉を付け加えれば良かったのに。
ああ、ドアを入るところからやり直したい。
……だが、いつまで経っても返事は返ってこなかった。
「……ちょっと、提督は? あたし、この時間に着任の挨拶に来るって、あんたに伝えてなかったっけ?」
「あー! ごめんごめん、提督に言うのうっかり忘れてたわ。今、大井っちと一緒に工廠に行ってるけど、そろそろ帰ってくると思うよー」
「……もう! せっかくあたしの妹が着任したっていうのに! あんた、一応主席秘書艦でしょ? 適当なのもいい加減にしなさいよね……っていうか阿武隈、あんたいつまで頭下げてんの」
「ふえっ!?」
顔をあげると、まず正面の壁にかかった「夜戦主義」という大きな掛け軸が目に入る。
その下には提督の席だろうか、立派な机と椅子があり、椅子ではなく机に一人の少女が腰かけて、脚をぶらぶらさせていた。
この人が秘書艦……なのだろうか?
8 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/18(火) 23:53:05.45 ID:VBBUIhpA0
見たことのない、クリーム色の丈の短いセーラー服型の制服。長い三つ編みにおさげの黒髪。腕にも脚にも、これでもかと言わんばかりに魚雷発射管が装着されている。
「あー。はじめまして、ってゆーか久し振り、ってゆーか……やっぱ、はじめまして、かな? あたしは北上。球磨型の重雷装巡洋艦、ハイパー北上さまだよー」
ひらひらと手を振るとおさげの艦娘は、よっ、と声をあげて机から飛び降りた。
弾むような足取りで阿武隈に近づくと、いきなり阿武隈の頭をがしっ、とつかんで、前髪をわしゃわしゃとかき回してくる。
「なーにさ阿武隈ー? ずいぶんとまあ、可愛くなっちゃってー?」
「ちょっと、やめてよぉ! 前髪直したばかりなのにぃ!」
「前髪なんか別に気にすることないじゃーん。どーせ海に出れば、海水と潮風で、ばっさばさになっちゃうんだし」
「それでもやなの!」
「新人のくせに生意気だなー」
「馬鹿にしないで! あたしだって、やれば出来るんだから!」
「ほ〜……。その負けん気、いいねぇ、しびれるねぇ。……よし、決めた。阿武隈、あんたの教導、あたしがやるから」
「ふえぇっ!?」
五十鈴が顔に手のひらを押し当てて、処置無し、とばかりにため息をつく。
「……まぁ、あんたがそう言うなら任せるけどさ……北上、あんた、あたしの妹、あんまいじめないでよね?」
「ふえぇっ!? そんなぁ!? やだぁ、五十鈴お姉ちゃ〜ん!」
――それが、艦娘・阿武隈と艦娘・北上との、初対面での会話だった。
9 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/18(火) 23:53:42.87 ID:VBBUIhpA0
――――
――
「……そりゃ、あたしだって、あの人たちが凄い艦だってのはわかってるけど……」
初対面での馴れ馴れしさやその後のあれこれで、すっかり自分の中で「変な人」とのイメージが定着してしまった北上だが、出撃や演習でその実力は嫌というほど見せつけられている。
「凄かったよねー、特にこの前の合同演習! まじパナイって思ったもん!」
10 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/18(火) 23:57:01.30 ID:VBBUIhpA0
この時代、基本的に各鎮守府はそれぞれ完全に独立した運営方式をとっており、大本営からの直々の命令を受けた大規模合同作戦でもない限り、お互いに関わることはほとんどない。
唯一の例外と言えるのが合同模擬戦演習で、これは大本営から指定を受けて「攻撃側」と「防御側」に割り振りをされた数ヶ所の鎮守府の艦娘同士が、それぞれ艦隊を組んで模擬戦闘を行うというものである。
基本的に艦娘の戦いは深海棲艦に支配された海域への出撃が主になるため、演習のシステムも、防御側より攻撃側の提督や艦娘たちに経験を積ませる、ということが主眼になっている。
具体的に言うと、例えば、攻撃側の鎮守府には防御側の編成があらかじめ知らされているため、相手に合わせた編成や装備などの対策を練ることができる。
実際に演習を申し込むかどうかの選択権も与えられるので、攻撃側の演習については「数百戦無敗」の鎮守府もざらにあったりする。
一方、防御側を割り当てられた鎮守府には、挑まれた場合の拒否権がない。そのかわり、使用した弾薬や燃料は大本営に補填してもらうことができるので、デメリットもほとんどない形になっている。
もちろん編成はそれぞれの鎮守府に任されているが、一般的に、防御側が練度の高い艦娘を演習に出してくれればこの上なく実戦的な訓練になるため、攻撃側には歓迎される。
ごくまれにではあるが、防御側で、単艦でありながら空母の艦載機攻撃や戦艦の砲撃を全てかいくぐり、戦術的勝利をもぎ取るような剛の者もいたりして、そうした艦娘は、防御側のみならず攻撃側の鎮守府でもちょっとした英雄扱いされるのが通例だった。
ただし、防御側を受け持つ鎮守府の提督達の中には、わざと着任したてで練度の極端に低い艦娘を演習に出す者もいたりするわけで。
そうなると、単なる棒立ちの相手を撃つためにわざわざ貴重な弾や燃料を消費するも同然、ということになり「動かない標的相手に訓練してた方がマシだった」というレベルのろくでもない経験にしかならなかったりもする。
そうした「嫌がらせ編成」を、阿武隈や北上の所属しているこの鎮守府の提督は、ことのほか嫌っていた。
11 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/18(火) 23:59:46.58 ID:VBBUIhpA0
――――
――
「……遠慮は要らん。お前たち二人で叩き潰して来い」
提督の言葉を聞いたとき、阿武隈は耳を疑った。
「りょーかーい。んじゃ、ギッタギッタにしてやりましょうかね〜。大井っち、行っくよ〜」
「はい、北上さん!」
……まさか、さらに耳を疑うような台詞を吐いて、二人が平然と歩き出すとは。
「ちょっ……司令官!あれ、いいんですか?」
「ん?ああ。あそこの提督はこの3ヶ月、ずっとあの編成だ。大和型の建造に成功したことをやたら自慢するくせに、出撃にも攻め手側の演習にも参加させず、改修ゼロ、練度ゼロのまま放置してる。しかも、潜水艦隊で挑む相手に対しては臆病者呼ばわりだ。ここらでひとつ、痛い目を見せてやらないとな」
「……は?」
――何を言ってるのだこの人は。
「……そのくせ、トラックでの大規模作戦の時は、戦力不足を言い訳に楽な方楽な方に回ろうとしやがって……。あそこの提督が大和型をちゃんと鍛えて戦力に仕上げていれば、あの時も、もう少し楽に戦えていたはずなんだ。まったく、これだから、妙な美意識とプライドばかり高いお坊っちゃま提督は……」
「……え―っと……」
――どうしよう。話が通じない。
今回の模擬戦演習の相手鎮守府が出してきたのは戦艦が二隻。
それも、ただの戦艦ではない。
史上最強の呼び声も高い大和型の揃い踏みだ。二隻編成とはいえ、撃沈判定まで追い込むには、こちらに戦艦や空母が複数いても骨が折れる相手である。
いくら練度が高いとはいえ、軽巡あがりの艦娘二名のみで挑ませるなど、正気の沙汰とは思えなかった。
阿武隈はぱくぱくと口を開くが声が出て来ない。その肩に、ぽんと五十鈴の手が置かれた。
「あの二人なら大丈夫。余計な心配するより、しっかり見て勉強しなさい。一瞬も見逃すんじゃないわよ」
「べっ……別に! 心配してるわけじゃないもん! 特に北上さんの事なんか!」
12 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/19(水) 00:01:44.91 ID:ER7oh7KA0
そうこうする間にも、演習開始のための準備は着々と進められていく。
合同演習は一般にも公開されているため、演習水域には報道のヘリも入り、観客席のモニターからも観戦できるようになっている。
突然モニターに映った北上が、演習開始までの暇つぶしにと、自分たちと大和型それぞれからのマイクパフォーマンスを提案した。
観客達がどよめく。血の気、もしくは茶目っ気の多い艦娘達の中で、合同演習でのこうした光景はこれまでにもなかったわけではない。
だがそのほとんどは年少の駆逐隊などの間でのことで、軽巡以上、特に戦艦までもが混じる模擬戦演習においては前代未聞だった。
観客達が固唾を飲んで見守る中マイクを持った北上は『あーあー、テステス』と発声練習した後、いきなり
『元気ですかー!!!』
と、有名な元プロレスラーのモノマネから入り、観客席をわぁっと沸かせた。
無駄に似てる。しかもご丁寧に顔真似付きだ。
『……あー良かった、ウケなかったらどうしようかと思った』
観客席から笑い声が起きる。
『いやー、実を言うとこれがやりたかっただけ……っていうのは冗談だけどね〜。せっかく有名な大和型のお二人と会えたんだから、艦娘としての心掛けとか、この演習に向けての意気込みとかを聞いてみたいと思ってさ〜』
へらへらと笑いながら、北上が相手方に発言を促す。観客席からも期待するような拍手が起こった。
それを受けて、大和はややはにかみながら、武蔵は傲然としてマイクを取る。
『大和型戦艦一番艦、大和です。なんだか少し晴れがましいですね……。まだまだ未熟者ですが、今日は胸を借りるつもりで頑張らせていただきます』
『大和型戦艦二番艦、武蔵! この主砲、伊達ではないぜ! こんな茶番で、開始を随分と待たせてくれるようだが……フッ、遊んで欲しいのかい?』
控えめな大和に対して好戦的な武蔵。対照的なコメントに会場から拍手が起きる。
『大井っち〜、どーしよ? 胸を貸せとか言われてるよ〜。でも、貸すほどあたしゃ胸ないんだよね〜』
『北上さん、その発言はちょっと……』
北上と大井がマイクを通したまま緊張感のない会話を交わし、会場が笑いに包まれる。
13 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/19(水) 00:07:23.60 ID:ER7oh7KA0
だが。
『けどさー、大和っちに武蔵っちー? 未熟っていっても着任から3ヶ月以上経ってんでしょ? 練度はどれくらい? どんだけ戦果をあげたのかとか、ちょっと聞きたいなー』
北上の言葉に、大和と武蔵の顔がわずかにこわばった。
『駄目ですよ北上さん、正確な練度や戦果の数字は、れっきとした機密情報ですから。……ああ、でも、少なくとも大和さんの料理の腕は名人級だそうですよ? ……うふふ、それこそ「大和ホテル」と言われるくらいにね』
大和の肩がぴくりと動いた。
『へ〜凄いね〜。あたしも食べたいなー。じゃあひょっとしたら、武蔵っちも料理とか上手なのかなー?』
『さあ、そこまでは……どうでしょうね?』
『きっと上手だよ〜! なんか魚とかさ! 豪快にさばいてくれそうじゃん! さしずめ「武蔵旅館」の自慢の料理、ってとこだね!』
武蔵の拳がぎりっ、と握り締められる。
大井も北上も、表情はあっけらかんとしたものである。観客のほとんどは、ただのマイクパフォーマンス、というよりフリートークとして気楽に笑いながら聞き流しているだけだった。
だが、当の大和・武蔵と艦娘たちの一部は『大和ホテル』『武蔵旅館』という大井や北上の発言に平静ではいられなかった。
二人の大和型のトラウマ、というよりコンプレックスを、強烈に刺激するそれらの単語。
ちょうどその時、場内アナウンスが演習開始準備が整ったことを報せ、マイクが回収された。
その最後の瞬間、場内のモニターカメラに向かって大井と北上が浮かべた、意味ありげなにやりとした表情。
――先ほどの発言、偶然ではない。意識的な挑発。
確信した大和と武蔵の頭に、かっと血が昇った。
――奴らは喧嘩を売ってきている。
――ならばその喧嘩……大和型の名にかけて、高値で買わずにおくものか。
「……潰すぞ、大和」
武蔵が呟き、大和が頷いた。
14 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/19(水) 00:12:53.59 ID:ER7oh7KA0
大和と武蔵の内心は、猛り狂っていた。
『大和ホテル』に『武蔵旅館』。
【前の世界】で、戦時窮乏の折にもかかわらず豪華な内装、冷房の効いた艦内、軍楽隊つきの料理……それらに満たされた戦艦・大和と戦艦・武蔵は、他の艦の乗組員達からそう揶揄されていた。
感情も意志も持たなかった軍艦時代の事とはいえ、あの頃を思い出すと、忸怩たる思いを禁じ得ない。
しかも大和達は艦娘として生を受けた今回もまた、言わば飼い殺し同然の扱いを受けている。
ただ【提督】の身の回りの世話をすることと後方の任務だけを命じられ、他のことは己の艤装の手入れ以外、何も許されない。
出撃はもちろん、演習にさえ出させてもらえない日々。
――ああ、お前たちは美しいなあ。
――お前たちは他の艦とは違う。特別な存在なんだ。
――出撃? まだ必要ないよ。そのうち、今の戦力で問題が出てきたらお前たちの力を借りることにしよう。それまでは私のために後方で尽くしていてくれ。
――今回もまた勝利できたよ。お前たちが見守ってくれていたおかげだな。
――演習? わざわざ他の鎮守府に出向く必要などないだろう。受け手側でならまあ……好きにするがいい。
――また今日も、潜水艦部隊からの申し込みだけだ。残りは全部辞退してきた。全く、情けない連中ばかりだな。
――お前たちは象徴なのだ。そのまま、ただ存在しているだけで相手を圧倒し、味方を鼓舞してくれる。存在してくれているだけで充分意味のある存在なのだ。
15 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/19(水) 00:14:10.67 ID:ER7oh7KA0
大和と武蔵にとって不幸だったのは、彼女たちの【提督】が、彼女たちを使わなくても現状の担当海域を維持できる程度には、それなりに有能だったことだろう。
【提督】は、彼女たちを軽んじていたわけでも疎んじていた訳でもない。
だが、彼の愛情の注ぎ方は言うなれば――
綺麗に作り上げた艦船模型を池やプールに浮かべようとは絶対にせず、最初から最後までガラスケースの中で愛でるような。
新車のシートにかけられたビニールを延々破こうとしなかったり、新しいスニーカーを雨の日に使うことを嫌がるような。
日本刀の真剣を、護身用でも鍛練用でもなく、観賞用として所有するような。
美しさを愛でるという点だけ見れば決して間違ってはいない――しかし、だとしてもやはりどこか歪な、そういう愛し方であった。
16 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/19(水) 00:18:37.71 ID:ER7oh7KA0
北上と大井がカメラの前で最後に見せた、からかうような笑みを思い浮かべ、大和と武蔵は奥歯を噛み締める。
……お前たちに何が解る。
……戦えない身のもどかしさの何が解る。
……自分よりか弱い者たちに戦の負担を押し付けて、ただ日々を過ごす辛さの何が解るというのだ。
それが――【提督】の方針が、決して悪意から来る結果ではないだけに、強くは逆らえないこの苛立ちを。
――――今の自分たちが練度において劣っているのは百も承知。
だが……『大和ホテル』に『武蔵旅館』――その呼び方だけは許せない。
その侮辱のツケ――存分に払ってもらおうか。
17 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/19(水) 00:22:45.99 ID:ER7oh7KA0
東西南北に四辺を配した正方形に区切られた、演習用の水域。
今回の模擬戦では、北西の隅から北上と大井、南東の隅から大和型2隻が入場し、お互いに索敵しながら戦う形になる。
演習開始のサイレンが鳴り響くと同時。
大和と武蔵は零式水上観測機を発艦させた。
それに少し遅れて、北上と大井は猛然と主機の回転数を上げ、二手に分かれて走り出す。
北上は東方向、大井は南方向に。ちょうど演習水域の外周をなぞるような形だ。
18 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/19(水) 00:23:50.90 ID:ER7oh7KA0
「夜戦まで、せめてどちらか一人は生き残れるよう二手に分かれた……? けど」
モニターの点を見ながら、阿武隈は呟く。
相手が予期していないところへの奇襲ならばともかく、これは戦闘を前提とした演習だ。
まして、大和型には、水上観測機が初期装備として支給されている。
「……ああっ、見つかっちゃった!」
北上、大井のそれぞれの動きが相手の水観に捕捉されるまで、演習開始からたいした時間はかからなかった。
「何考えてんの!? ただでさえ分が悪いのに、動きが相手に丸見えの状態で戦力を分散するなんて!? ……これじゃ、各個撃破のいい的じゃない!」
イライラと爪を噛む阿武隈。
ほう、と感心したように提督が声をあげた。
「戦術の基本は押さえているようだな。流石、かつての一水戦旗艦」
軍帽をかぶった巨体の男は、やや垂れ気味の目を優しげに細めた。
ぶ厚い手のひらを阿武隈の頭にぽんと載せ、わしゃわしゃと撫でる。
「わぁ! あんまり触らないでくださいよぉ! あたしの前髪崩れやすいんだから! ……提督、ちょっと北上さんみたいです」
「……おお、すまんすまん。つい癖でな」
気まずそうに提督が手を引っ込める。
手のひらの温かさが離れていく事に、少し残念な気持ちが湧き上がってきて、阿武隈は自分に対して焦りを覚えた。それをかき消すかのように首を振って目をモニターに向ける。
水観で相手の位置を捕捉した大和と武蔵は、それぞれが大井と北上の進行予測位置に向けて、西方向と北方向の二手に別れたところのようだ。
「火力で勝るぶん、一対一でも押し勝てると思ったか……いや、これはさっきの挑発が効いてるな」
提督の呟きが耳に入る。
北上と大井が、敢えて相手を怒らせて、一対一の状況に持ち込んだ、ということだろうか。
だが、それに何の意味がある?
19 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/19(水) 00:30:41.91 ID:ER7oh7KA0
北上と大井、大和と武蔵は演習開始以来、それぞれ演習水域の外周をなぞるように移動している。
それぞれがこのまま完全に外周沿いに航行し続けたとすれば、北東の隅を先に通過した北上が東辺上で武蔵と、南西の隅を通過した大井が南辺上で大和と、それぞれ会敵することになるだろう。
だが、北上と大井は、それぞれ北辺・西辺の半分程を移動したところで、それぞれ九〇度転進した。演習水域の中心で合流を図るつもりのようだ。
「一対一の戦いを挑むと見せかけて相手を分断。そこから速力を活かして相手より先に合流。分進合撃で二対一に持ちこむつもり……?」
モニターを見ながら阿武隈は息を呑む。
一方、演習水域では。
「……無線で連絡を取り合った様子もないのにほぼ同時に転進か。この連携の取れたタイミング、転進の旋回半径の小ささ……流石に見事な練度だ。だが」
武蔵が獰猛な笑みを浮かべ、西に向かって進路を取る。
「その動きはこちらから全て丸見えです。それに……」
大和もまた、北方向に転進する。
俯瞰して見れば、大井と北上はそれぞれ北と西から演習水域の中心点で合流を図り、それに遅れる形で大和が南南東から、武蔵が東南東から中心点に向かうように見えただろう。
だが、大和と武蔵は中心点を視界におさめる遙か手前で足を止めた。
二人の艤装が唸りをあげ、砲塔が旋回する。
「私たちの射程……お忘れではないかしら?」
大和が、武蔵のものとは違う、しかし見ようによってはさらに獰猛な、婉然たる笑みを浮かべた。
20 :
◆axPwtNeSoU
[saga]:2018/12/19(水) 00:33:35.11 ID:ER7oh7KA0
――およそ軍艦に積まれた砲の中で、名実ともに最大の威力と射程を誇る、史上最強の砲。
戦艦だろうと空母だろうと、水平線の彼方から、成層圏の高みから、相手を一方的に粉砕するその砲の名は――46cm三連装砲。
北上と大井が合流するだろう、演習水域の中心点。
大和と武蔵の巨大な主砲は水観の目を通し、ほぼ同時にその位置に狙いを定めていた。
こちらの攻撃は届き、相手の射程からは外れる、格好のアウトレンジ十字砲火の態勢。
相手の合流位置までの距離と速度と着弾までの時間を概算し、タイミングを計る。
――あと十秒……。
――五秒……三……二……一……
「敵艦補足!全主砲、薙ぎ払え!」
「遠慮はしない、撃てぇ!」
凄まじい轟音が鳴り響いた。
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