【ミリマス】チハヤ「さあ、みんな。お茶会にしましょうか」【EScape】

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54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/04(火) 11:24:45.72 ID:UaerSeSCO
期待

>>53
ミリシタのイベントの劇中劇部分がCDに収録されててその続き
良作なのでレンタルでもいいからどうぞ
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 20:07:44.01 ID:c8byziSW0



チハヤ「こんにちは、セリカ」

セリカ「……」

研究所に行くとセリカが出迎えてくれた。
でもその顔は、とても困惑しているよう。
というより、どんな表情をすればいいのか迷っているようにも見えた。

チハヤ「もう、事情は聞いている?」

セリカ「……はい。シホから、さきほど連絡がありました」

チハヤ「そう。お願い、セリカ。マザーに会わせて欲しいの」

セリカ「はい……。では、こちらへ……」
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 20:09:33.54 ID:c8byziSW0
セリカは何も言わずに中に通してくれた。
何を言えばいいのかも分からなかったのだと思う。
こうして私が、キサラギチハヤについて知ろうとしていることは……。
きっとセリカは望んでいないこと。
でも、私は……。

セリカ「……失礼します。マザーリツコ」

マザー『……』

チハヤ「こんにちは、マザー」

マザー『セリカ、言ったはずだ。何か問題が起きても私は関与しないと。
   お前も自分ですべて対処すると言って……』

チハヤ「私がお願いしたの。マザーに会わせて欲しいって」

マザー『……』
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 20:11:20.76 ID:c8byziSW0
チハヤ「もう事情は把握しているんでしょう?
   お願い、マザー……私に、キサラギチハヤについて教えて欲しいの」

マザー『確かに、キサラギチハヤに関するデータはすべて保管している。
   だが、お前はそれを知ってどうするというのだ』

チハヤ「私は……」

マザー「知ったところで、お前がキサラギチハヤの記憶を得ることはない。
   歴史上の偉人の逸話を聞いてもその人物の記憶を得られないのと同じだ。
   お前はミズキたちとは違う。キサラギチハヤとはまったく別の存在なのだ』

チハヤ「……わかっているわ。きっとあなたの言う通り。
   私は彼女の記憶を得ることはできないのだと思う。それこそ、本当の奇跡でも起きない限り……。
   でも私は知るべきなの。知らなければいけないの。
   あなたに迷惑をかけるのはこれっきりにするから。
   だからお願い……。私に、キサラギチハヤのことを教えて」
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 20:14:37.91 ID:c8byziSW0
マザーは答えない。
私の真意を確かめるように、意思を確認するように、黙って私の顔を見つめ続ける。
だから私も、黙ってマザーの目を見続けた。
ずっと続くかと思われた沈黙。
けれど……

マザー『……いいだろう』

チハヤ「! マザー……」

マザー『お前に、キサラギチハヤのデータを与える。
   ただし私がするのはそこまでだ。いいな』

チハヤ「ええ、それで十分よ。ありがとう、マザー」

マザー『……せいぜい、お前の期待する“本当の奇跡”とやらが起きることを祈ることだ』

そう言うとマザーはセリカに目配せする。
セリカは頷くように俯いて、準備を始めた。
デバイスがセットされ、そして――
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 20:18:21.03 ID:c8byziSW0
《同日 数時間後 ミズキ》

シホ「――ええ、わかりました。……いえ、あとはこちらで対処します。それでは」

通信を切り、シホは目を伏せます。
そして私たちに向き直りました。

シホ「研究所はもう数時間前に出たそうよ。……あの人のデータを得て、ね」

ツムギ「……!」

ミズキ「チハヤが、あの人のデータを……。
   いえ、それより、どうしてまだこちらに戻ってきていないのでしょう」

シホ「分からないわ。今のチハヤがどういう状態にあるのかも……」
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 20:20:39.50 ID:c8byziSW0
ツムギ「チ……チハヤの記憶は、今、どうなっているのでしょう……」

シホ「さあ。でも、もし記憶が戻ったのだとすれば、真っ先にここへ帰ってくると思うけど。
  もしかしたら、やっぱり何も変わらなくて……。気まずくて、戻ってこられないのかも知れないわ。
  ツムギが、あんな風になってしまったから」

ツムギ「で、では、私のせいで……!」

ミズキ「ツムギの責任ではありません。
   けれど、チハヤは今ここに戻ってきていないのは事実です。
   すぐに迎えに行った方が良いと思います」

シホ「そうね。ただ待っているわけにはいかないわ」

ツムギ「すぐに向かいましょう! あ……でも、どこへ……?」

ミズキ「確実ではありませんが、今のチハヤが行きそうなところとなると――」
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 20:22:40.21 ID:c8byziSW0



ミズキ「! チハヤ……」

私たちの推測は当たっていました。
ロープの向こう側に広がる空き地。
チハヤは、そこに一人で立っていました。
私たちに気付いたチハヤは振り返り、私たちを見て、そして目を逸らしました。

ミズキ「チハヤ……ここで、何をしていたのですか?」

チハヤ「……その……」

ミズキ「いえ、細かい話はあとで聞きます。まずは帰りましょう。私たちの家へ」

私の言葉に、チハヤは顔を上げました。
そのときの彼女の表情、様子から……私は理解しました。
やっぱり、記憶は手に入らなかったのだと。
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 20:26:56.66 ID:c8byziSW0
屋敷へ戻るまで、私たちはほとんど無言でした。
チハヤもほとんど俯いたままでした。
そんな彼女の様子を、特にツムギは痛ましい表情で見つめていました。

ツムギは、感情を抑えられずチハヤに詰め寄ってしまったことを深く後悔していました。
そのことでチハヤにこんな顔をさせてしまっていることに、大きな責任を感じているようでした。

ツムギも、理解しているんです。
あの人とこのチハヤは別人であること。
そしてこのチハヤも、私たちの大切な仲間であり家族であること。
このチハヤと紡いできた幸せな時間も、思い出も、かけがえのないものであること。
ただ少し忘れてしまっていただけで、ちゃんと分かってはいるんです。

だからこうして、自分の言動でチハヤに辛い思いをさせてしまっていることに、
ツムギ自身も酷く心を痛めているのだと思います。
もちろん、私もです。
シホも同じだと思います。
仲間がこんなにも悲しそうな顔をしている。
そのことに心を痛めないはずがありません。
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 20:37:29.04 ID:c8byziSW0
チハヤ「――……トーキョースプロールを、歩いていたの」

屋敷について、椅子にこしかけてから、チハヤからそう切り出したました。

チハヤ「もう気付いていると思うけれど……。
   データを得ても、やっぱり私に彼女の……キサラギチハヤの記憶が戻ることはなかった。
   でも……知りたくなったの。彼女が愛した、守ろうとした、この都市を……。
   ここに住む人たちをもう一度改めて、見て回りたい、って……」

シホ「……それで数時間、都市中を歩き回っていたの?」

ツムギ「では、あの場所に居たのは……」

チハヤ「……それも、同じ。彼女があなたたちと過ごした場所を、この目でちゃんと見ておきたくて……」
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 20:40:34.24 ID:c8byziSW0
ずっと伏し目で話していたチハヤは、そこできゅっと唇を引き結びました。
そして微かに震えた声で続けました。

チハヤ「いえ……。ただ見たかっただけじゃない。やっぱり私、期待していて……。
   もしかしたら、実際にその場所へ行けば、記憶を手に入れることができるんじゃないか、って……。
   だって彼女の記憶がないと私は……ただの、ニセモノだから……。
   きっと、これからもあなたたちを苦しめてしまうから……」

チハヤは完全に顔を伏せてしまっていて、その顔は見えません。
けれどその声は、私の心を強く締め付けました。
ツムギの感じた痛みはきっとそれ以上だったと思います。
チハヤが自分のことを「ニセモノ」だと言ってしまったこと……言わせてしまったこと。
それはとても悲しく、辛いことです。

リビングを重苦しい沈黙が包みます。
けれどその時、浅いため息がその沈黙を破りました。

シホ「やっぱりあなたはあの人とは全く別人ね。
  瓜二つだと思っていたけれど、それは私の勘違いだったみたい」
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 20:42:50.76 ID:c8byziSW0
ほんの一瞬だけ、私はシホがチハヤを責めているのだと思いました。
でもその声色はとてもそうは思えません。
シホはその声色のままに、こう続けました。

シホ「私が調べたキサラギチハヤという人間はどんな理由があろうと、
   人を模して造られたアンドロイドのことを『ニセモノ』だなんて絶対に言わない。
   人もアンドロイドも、それがどんな相手でも愛して救おうとする、そういう人だったわ」

そうしてシホは、私とツムギに目を向けました。
その視線を受けたツムギは、大きく目を見開きました。
それから強く唇を噛み、一歩前に出て、声を震わせて叫びました。

ツムギ「そ……その通りです! あなたは、ニセモノなんかじゃありません!」

チハヤ「! ツムギ……」
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 20:45:05.58 ID:c8byziSW0
ツムギ「チハヤは、チハヤです! あの人とは関係ありません!
   チハヤは、あの人のニセモノなんかじゃありません!」

ミズキ「……二人の言う通りです。あの人は言いました。
   人も、アンドロイドも、どちらも立派な生命だと。
   あなたは……この世にアンドロイドとして作られた、私たちの仲間。
   アンドロイドの『チハヤ』という、かけがえのない存在です」

チハヤ「……みんな……」

ツムギ「ですから、その……申し訳ありませんでした。
   私が大切なことを忘れてしまっていたばかりに、あなたに辛い思いをさせてしまい……。
   でも、もう忘れません! あなたとキサラギチハヤを、もう混同したりしません!」

チハヤの見開かれた目が、じわりと滲むのが見えました。
けれどチハヤはそれを堪えるようにぐっと、一度だけ目を瞑り、

チハヤ「ありがとう、みんな……」

そう言って、薄く笑いました。
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 20:48:09.38 ID:c8byziSW0
その表情は……今まで見たことのない、まさに『チハヤ』の表情でした。
あの人とは違う、アンドロイドのチハヤ自身の表情でした。
それはきっと、チハヤが自分で、彼女自身を受け入れられたということ。
そしてその表情を私たちも、とても穏やかに受け入れられています。

ミズキ「チハヤ……。これからも、よろしくお願いします」

チハヤ「ええ……ミズキ、ツムギ、シホ。これからも、よろしくね」

そう言ってチハヤは微笑み、ツムギとシホも笑みを返します。
もしかしたら、今ようやく始まったのかもしれません……。
私たち四人の、本当の生活が。

そう……チハヤはチハヤ。
あの人とは別人。
そしてどちらのチハヤも、それぞれかけがえのない存在です。
もちろん、もしこのチハヤにあの人の記憶が蘇れば、それもとても喜ばしいことだったと思います。
けれど、だからと言って今が不幸なはずはありません。
このチハヤも、共に過ごした日々も、思い出も、決してニセモノなんかじゃないのですから。
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 20:50:44.34 ID:c8byziSW0
シホ「さて、と。それじゃあ……これ、どうする?」

問題がすべて解決したことを確認し、
シホは吐息交じりにテーブルの上に置かれたポットとカップに目をやりました。
同時に、リビングにお掃除ロボットが入ってきます。
どうやら、もう夕飯の支度を始めなければいけない時間のようです。

ツムギ「せっかく準備しましたが……。もうお茶会の時間は過ぎたようですね」

ミズキ「残念ですが、仕方ありません。片づけて、夕食の準備に取り掛かりましょう」

そうして私たちは動き始めました。
他愛もない会話を交わしながら、また今まで通りの日常へと。

ミズキ「ところで、みんなに一つ提案があります。
   ツムギとチハヤが元気になったお祝いに、何か特別なことをしませんか?」

チハヤ「特別なこと……?」

ミズキ「なんでもいいと思います。パーティでもいいし、何か大きな買い物をしてもいいかもしれません」
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 20:54:41.19 ID:c8byziSW0
シホ「そうね……いいと思うわ。私は賛成よ」

ミズキ「私は、高級なお茶の葉とお茶菓子を候補の一つに挙げます。
   特別な高級パーティ……。ちょっとだけ、興味があります」

シホ「それは構わないけれど……。
   チハヤとツムギのためのお祝いなら、二人に決めてもらうのがいいんじゃない?」

ミズキ「……そうでした。反省します」

ツムギ「私たちのための、お祝い……。
   そういうことでしたら、せっかくなので私は形に残るものを提案します。
   たとえばみんなで写真を撮って、それを飾る、というのはどうでしょう?」

チハヤ「まあ……とても素敵ね。みんなで一緒に写真を撮れるなんて、私も嬉しいわ」

ミズキ「チハヤは、何か欲しいものやしたいことはありますか? なんでも言ってください」

チハヤ「私? 私は写真だけでも十分だけれど……そうね……」

チハヤは口元に手を当てて、真剣に考えているようです。
と、下を向いて思案しているチハヤの足元を、お掃除ロボットが通過しました。
それを見てチハヤはふと顔を上げて、呟くように言いました。
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 20:55:54.30 ID:c8byziSW0
チハヤ「……猫……」

……え?

そう声を重ねたのは、私とツムギです。
チハヤはそんな私たちに、にこやかに言いました。

チハヤ「猫を飼う、というのはどうかしら? 三人とも嫌いでなければだけど」

シホ「猫……。愛玩用の小動物ね。いいんじゃないかしら。
  見たことしかないけれど、私は嫌いじゃないと思うし」

チハヤ「あなたたちはどう? ツムギ、ミズキ?」

ミズキ「あ、その、いいと思います。けど、チハヤ……」

チハヤ「? どうしたの?」

ツムギ「どうして……猫を飼うことを、思いついたのですか……?」
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:03:45.84 ID:c8byziSW0
チハヤ「え? いえ、なんとなく……。お掃除ロボットを見て、ふと思いついたの」

シホ「お掃除ロボット……? どういうこと? 特に猫とは関係ないように思えるけど」

チハヤ「……言われてみればそうね。どうして、私……」

チハヤはまた思案するように目を伏せます。
けど、さっきとは雰囲気が変わりました。
何かを思い出そうとしているような、そんなふうに。

私はそんなチハヤを黙って見つめました。
何も言うことができませんでした。
それから少し経ってから、チハヤは私とツムギを見て、

チハヤ「あなたたち……猫の鳴きまねをしたことが、なかったかしら……。
   お掃除ロボットを見て……いつだったか、ずっと、昔に……」
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:05:25.38 ID:c8byziSW0
私の体の内側がドクンと脈打ったのが分かりました。
チハヤはまた俯き、そして、よろけるように椅子に腰を下ろしました。

シホ「チハヤ……? どうしたの?」 

シホが怪訝な表情を浮かべてチハヤに声をかけます。
けれどチハヤは答えません。
頭に手を当てて、目を床に落としたままじっと黙っています。
そんな静寂と裏腹に、私の心は大きくざわついていました。
そして……それはほとんど無意識でした。

ミズキ「……にゃー」

ツムギ「っ! ミズキ……」

ミズキ「にゃー、にゃー……」

シホ「み、ミズキ? あなた何を……」
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:06:50.36 ID:c8byziSW0
2人の視線も言葉も、その時の私の意識の外でした。
私の目にはただチハヤの姿しか映っていませんでした。
ただ、次にツムギから発せられた声は、私の耳にも届きました。

ツムギ「にゃ……にゃー、にゃー……!」

シホ「ツムギまで……。……まさか……」

シホは事態を察したようでした。
そして何か言おうとしましたが、口をつぐみ、事の成り行きを見守ることに決めたようでした。

……初めは、無意識にとった行動でした。
けど今は……なぜこんなことをしているのか、私にも分かりません。
どうして私は、猫の鳴きまねをしているんだろう。
分かっていたはずなのに、受け入れたはずなのに。
このチハヤは、あの人とは別人のはずなのに……。
それなのに、なぜ私は……。

私とツムギの手が、そっと握られました。
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:09:26.40 ID:c8byziSW0
それはチハヤの手でした。
チハヤが俯いたまま手を伸ばし、私たちの手を握っていたのです。

 『もうやめて』

そう言われたような気がして、私は口を閉じました。
けれどすぐに気付きました。
私の手を握るチハヤの手が、とても優しく、暖かいことに。
それからチハヤは、私とツムギの手をそっと、胸元まで引き寄せました。

ミズキ「……チハヤ……?」

不安と心配に耐え兼ねて発された私の声は、でも、そこで止まりました。
私の手に、私たちの手に、雫が一つ、二つ、落ちたのです。

それはチハヤの顔から流れ落ちた雫でした。
そうして未だに声を発することのできない私たちに向けて……。
チハヤはゆっくりと、顔を上げました。
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:14:02.94 ID:c8byziSW0
チハヤ「……ミズキ。ツムギ……」

私の呼吸が止まりました。

その声。
その表情。

いえ、そんなはずはない。
そんな、はずはない。
いえ、でも、でも……嘘だ、そんなはずはない……。
そんな、違う、あり得ない、だって、チハヤは……あの人は……。

自分の記憶が戻った時以上に、私の電子頭脳は混乱していました。
だって、そんなはずはないんです。
これは私の勘違い、思い込み、そのはずなんです。

でも、今私の手を握っているぬくもりは。
私の名前を呼んだ声は。
笑いかける顔は。
私が好きだった、とても、とても大好きだった、あの……。

チハヤ「……言ったでしょう? あなたたちと別れるとき……『またね』、って」
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:16:02.64 ID:c8byziSW0
ミズキ「ッ……!!」

瞬間、私はチハヤに思い切り抱き着きました。
そして……

ミズキ「チハヤ、チハヤ……!! ぅあああっ……あぁああっ……!!」

私はチハヤに抱き着いたまま、声を上げて泣きました。
きっとみんな目を丸くしていたでしょう。
でもその時の私には、何も考えられませんでした。
頭の中は、ただチハヤのことでいっぱいでした。
けれど仕方がありません。
だって、間違いなかったんです。
間違いなくここに居るのは……あの、キサラギチハヤだったんです。

今思えば、彼女との再会を一番願っていたのは、私だったのかも知れません。
彼女を置いて逃げたことを、ずっと後悔していたのかも知れません。
それがチハヤの願いなのだから。
チハヤの想いに応えなければならないのだから。
チハヤとはもう会うことはできないのだから。
そう自分に言い聞かせて、無意識的に心を押さえつけていたのかも知れません。

けれど……決して抑えることのできない、熱く溢れるこれも、私の心。
この人から貰った、心なのです。
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:21:11.96 ID:c8byziSW0
私は小さな子供のようにチハヤに抱き着いて泣き続けました。
そんな私の頭を、チハヤは優しく撫で続けてくれました。
それがしばらく続いて、

チハヤ「……もう、落ち着いたかしら」

ミズキ「はい……。ごめんなさい、チハヤ。つい、取り乱して……」

ツムギ「で、でも、どうして? チハヤ、あなたは本当に、チハヤなのですよね……?
   人間の、キサラギチハヤなのですよね?」

チハヤ「ええ……。少なくとも、この記憶は」

シホ「本当の奇跡が起こった、ということかしら……」

チハヤ「……きっとそうね」

呟くように言って、チハヤは目を閉じます。
そして私たちが口を開く前に、言いました。

チハヤ「ねえ、あなた達にお願いがあるの。聞いてくれる?」
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:22:23.94 ID:c8byziSW0



私たちは今、研究所に居ます。
研究所で、ひとつのテーブルを囲んでいます。

チハヤ「ごめんなさい、突然こんなことを言い出して。
   でも、ずっとこうしたいと思っていたの。あなた達ともお茶を飲めたら、って」

マザー『……』

チハヤ「ありがとう、マザー。断らないでくれて嬉しいわ。それに、セリカも」

セリカ「……いえ……」

マザー『それで、用件は何だ。何か私に伝えたいことがあるのではないのか』

チハヤ「そうね。あなたと話したいことはたくさんあるわ。
   でも、別に何かを要求したいわけじゃない。
   ただお茶を飲みながら、のんびり話をしたいだけ。本当よ」
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:24:52.69 ID:c8byziSW0
ミズキ「マザー。お茶が入りました」

シホ「それからこれは、お茶菓子のスコーンです。ジャムとマーマレードも用意してありますから、お好きなものを」

ツムギ「スコーンは私が焼きました。自信作なので、ぜひお召し上がりください」

チハヤ「セリカも、どうぞ。遠慮せずに座って。そこがあなたの席よ」

セリカ「は……はい、失礼します……」

チハヤに促されて、ようやくセリカも席に着きました。
それから一呼吸おいて、マザーがもう一度口を開きました。

マザー『本来ならあり得ないはずだ。アンドロイドの身体に人間の記憶が宿るなど……。
   チハヤ、お前はこの件に関して本当に何もしていないというのか』

チハヤ「ええ。あなたが把握している以上のことは何も。
   なんとなく漠然と、原因に心当たりがないわけじゃないけれど。
   でもそれはきっとあなたも同じでしょう?」
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:27:28.45 ID:c8byziSW0
マザー『……キサラギチハヤのデータを得たことで、お前の電子頭脳は限りなく彼女の脳に近づいた。
   つまり、ミズキたちと近い条件を得た……。だがそれでも、あり得ない現象だ』

チハヤ「ええ……。本来これは、絶対にありえないこと。
   でも人の心は、時として理屈では説明できない奇跡を起こす……。
   私はそう思っているわ。だから今は、そういうことにしておきましょう?」

微笑みかけるチハヤに対し、マザーは沈黙してテーブルのティーカップに目を落とします。
そうして返事の代わりのように、一口お茶を飲みました。
チハヤもそれを見て、お茶を口に運びます。

それからチハヤは、話題を変えようと意図したのか、他愛もない会話を始めました。
主に、私たちとの生活について。
どんな楽しいことがあったか、面白いことがあったか。
四人での生活がどれだけ幸せなものであったか。
会話には自然と私たちも加わり、マザーやセリカにも話題を振りながら。
マザーたちに関しては、和気あいあいというわけにはいかないようでしたが、
チハヤが思い描いていたようなお茶会の光景に近いものがそこにはあったと思います。

そんな時間がどのくらい流れたでしょう。
チハヤが空になったカップを置いて、少しだけ声を改めて聞きました。
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:34:08.44 ID:c8byziSW0
チハヤ「ねぇ、マザー。今の世界の在り方は、どうかしら。
   心を持ったアンドロイドと人間が共存している社会……。
   あなたが思っていたよりも、素敵なものになっているといいのだけれど」

マザー『素敵なものだと? 本気でそう思っているのか?
   まったくの別物に代わってしまった社会を統治することがどれほど困難か、想像のつかないお前ではないだろう』

チハヤ「……そうね。とても大変だったと思うわ。
   でも、だから……ありがとう、マザー。新しい世界を、壊さないでくれて。
   私も手伝えれば良かったのだけれど……」

そう言って視線を落としたチハヤを見て、セリカは俯きました。
チハヤはきっと、アンドロイドが心を持った社会が実現したあとは、マザーと協力することを望んでいたのだと思います。
マザーの言う通り、急激な変化の起きた社会をおさめるのは簡単なことではないでしょうから。
けれどそれが実現することはなかった。
「私も手伝えれば良かった」というのはもちろん、病のせいで叶わなかったことを言っていたのだと思います。
けれどセリカと、またマザーにとっては、意味が違っていたようでした。
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:37:32.49 ID:c8byziSW0
マザー『私を、恨んでいるか。チハヤ』

目を伏せているセリカと対照的に、マザーはまっすぐにチハヤを見つめて言いました。
そんなマザーに、チハヤは変わらない微笑みを返して、

チハヤ「まさか。私が生きている間にあなたと分かり合えなかったのは残念だけれど……。
   あなたが常に人類のことを考えてくれていたのは事実でしょう?
   私はあなたのやり方が正しいとは思わなかったし、戦いもした。
   でも、マザー? 私はあなたを恨んだり、憎んだりしたことは一度もなかったわ」

マザー『……そうか』

チハヤ「それにさっき言ったでしょう? 今は感謝しているわ。
   新しい平和を守ってくれて、ありがとう」

マザー『礼など不要だ。社会の秩序を守るのが、私の役目なのだから』
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:42:40.54 ID:c8byziSW0
チハヤはくすりと笑って、そうね、と一言だけ返しました。
マザーは相変わらず、表情らしい表情は見せませんでしたが、
場の空気がそれまでよりも柔らかくなったように感じました。
僅かに残っていたこわばりが取れた、そんなふうに。

その空気の変化は、これからの私たちの平穏を感じさせるのには十分でした。
私たちはこれからずっと、長い間を幸せに過ごすことができる。
ずっと、ずっとチハヤと一緒に居られる。
そう思いました。

ツムギ「私からも、マザーにはお礼を言いたいです。
   あなたがこの社会の秩序を守ってくれているおかげで、
   これからもずっと、私たち四人は幸せに暮らせるのですから」

私の気持ちを代弁するかのように、ツムギがにっこりと笑って言いました。
シホもその隣で穏やかに微笑んでいます。
もちろん、私も。
けれど……ツムギの言葉を聞いたチハヤは、ふっと目線をテーブルに落として言いました。
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:53:46.94 ID:c8byziSW0
チハヤ「いいえ……。それは無理だわ」

ミズキ「……え?」

私たち全員の視線がチハヤに向きます。
チハヤは視線を落としたまま、薄く笑って言いました。

チハヤ「私は、もうすぐ居なくなる。あなた達と一緒には居られない」

ツムギ「ど……どういうことですか? チハヤ、あなたは何を言っているのですか?」

チハヤ「……みんなも知っているとおり、アンドロイドの体に人間の記憶が宿るなんて、本来はあり得ないこと。
   この子の……『チハヤ』の電子頭脳には今、相当な負荷がかかっている。
   特にエラーコードは出ていないけれど……実はもう、足が動かないの」

私たちは息を呑みました。
そんな私たちと対照的に、チハヤは穏やかに微笑み続けます。

チハヤ「もうすぐこのボディは眠りにつくわ。
   そうして目が覚めたら……きっと私はもう居ない。なんとなく、それが分かるの」
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:55:01.90 ID:c8byziSW0
ミズキ「そんな……」

ツムギ「な、なんとかならないのですか? マザー、あなたなら、なんとか……!」

チハヤ「無理よ。いくらマザーでも、こればっかりは。私はもう死んだ人間……。
   誰であっても、それこそ神様でもない限り……失われた命をよみがえらせることはできないわ」

そう言ってチハヤは顔を上げます。
そして天を仰ぐようにして続けました。

チハヤ「きっと私がここに居られるのは、ほんの僅かに縮まった寿命の分だけ。
   私はもともと病気で死ぬ予定だったんですもの。だから、これでいいの。
   こうして最期にあなた達と優しい時間を過ごせただけでも、感謝しなくちゃ」

私は、何も言うことができませんでした。
ツムギも同じです。
達観したようなチハヤの表情を、目を見開いて見ることしかできませんでした。
しかしそんな中、私の隣でイスが大きく音を立てました。
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:57:29.83 ID:c8byziSW0
シホ「あなたは、どうしてっ……! どうしてそんなことが簡単に言えるの!?」

ミズキ「! シホ……?」

シホ「どれだけこの子たちを悲しませれば気が済むのよ!?
  いい加減にしてよ! あなたのことを……この子たちが……! この子たちが、どれだけっ……!」

チハヤに掴みかかり、大声で詰め寄るシホ。
その目からは涙が流れています。

……「この子たちが」。
そう言って流したシホの涙に込められた気持ちは、でも、きっとそれだけではありません。
シホも私たちと同じです。
キサラギチハヤという人間との別れを、きっと、シホも……。

チハヤ「ごめんなさい……。でも、それが人間なの。
   一度死ねば、決して生き返らない。
   でもだからこそ、限られた時間の中で、人は一生懸命に生きることができる。
   私はそれも、人間の素敵なところだと思うの……」
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 21:58:45.04 ID:c8byziSW0
シホは、まだチハヤに何か言いたいようでした。
しかし唇を噛み、チハヤの襟元を掴んでいた手を離して、静かに泣き続けました。
チハヤはそんなシホを数秒見つめてから、ふっと視線をずらしました。

チハヤ「もうすぐ、私の腕も動かなくなる。その前に……セリカ。こっちに来てもらえる?」

セリカ「……!」

チハヤに呼ばれ、セリカは肩を跳ねさせました。
それからおずおずと立ち上がります。
そうして目の前に立ったセリカに向けて、チハヤはゆっくりと手を伸ばし、セリカの両手を優しく握りました。

チハヤ「……温かい。それに、とても優しい手ね」

セリカ「え……」

チハヤ「これまで、きっと辛い思いをしてきたと思うわ……。あなたは、優しい子だから」

呆けたような顔のセリカに、チハヤは優しく笑いかけます。
セリカの手を胸元に引き寄せ、そして、

チハヤ「セリカ。私たちをもう一度会わせてくれて、ありがとう。
   こうして最期に幸せな時間を過ごせたのは、あなたのおかげ。本当に、ありがとう」
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 22:00:47.83 ID:c8byziSW0
セリカ「ッ……!!」

ほんの一瞬、セリカは硬直しました。
それからぎゅっと目を瞑り俯いて、何度も何度も、首を横に振りました。

セリカ「ちが、います……私は、ただっ……自分のために、勝手、にっ……!」

チハヤ「それも、あなたが優しいから。あなたの優しさのおかげで私たちはまた会えたのよ。
   だからあなたには感謝してる。ありがとう、セリカ」

セリカ「チハヤ……っ。ごめん、なさい……ごめんなさい……!」

チハヤ「気にしないで。謝ることなんてないわ。
   人類のために、マザーのために、私たちのために……。
   いつも頑張ってくれて、本当にありがとう」

セリカはとうとう堪えきれなくなったかのように、チハヤに抱き着いて泣き叫びました。
涙が出ない分を補うかのように、大きな声で泣きました。
きっと、チハヤがかけた言葉のすべてが、セリカが心の奥底で望んでいた言葉だったのでしょう。
口には出さなかったけれど、セリカはずっと、チハヤに許してもらいたかったのだと思います。
そんなセリカの気持ちも、後悔も、罪悪感も、すべてを包み込むチハヤの言葉。
その言葉がきっと今、セリカの心を優しく溶かしたのでしょう。
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 22:04:01.70 ID:c8byziSW0
しばらく泣いた後、セリカはチハヤから離れました。
チハヤはもう一度セリカに微笑みかけてから、

チハヤ「セリカ、それからマザー。これからも、ミズキ達のことを頼んでもいい?」

セリカ「はい、もちろんです……! 絶対に、約束します!」

マザー『……私は、これまで通りに平和を維持するだけだ』

チハヤ「ふふっ……。ええ、ありがとう」

そう笑って、チハヤは今度は私たちに視線を向けました。

チハヤ「あなた達にも、お願いがあるの。聞いてもらえる?」

ミズキ「……なんでしょう」

私が返事をすると、チハヤは少しだけ目を伏せました。
そして自分の胸に手を当てて、

チハヤ「『この子』と、これからも仲良くして欲しいの
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 22:05:29.27 ID:c8byziSW0
「この子」とはつまり、アンドロイドのチハヤのこと。
人間のキサラギチハヤが居なくなった後に残される、アンドロイドのチハヤのことでした。

チハヤ「この子も、あなた達のことが大好きだった。
   私と同じくらい……いいえ、もしかしたらそれ以上に。
   だから、この子のことも大切にしてもらえると嬉しいわ」

私たち一人一人の目を見ながら、チハヤは言いました。
最期まで……やっぱりチハヤは、自分以外の誰かの心配をしている。
けれど……

ミズキ「その心配は不要です。チハヤは……その子は、私たちの家族です。
   大切な仲間です。そうですよね。ツムギ、シホ」

ツムギ「っ……その、通りです。私も、あの子に直接そう言ったはずです……!
   その気持ちは、今も変わっていません!」

シホ「二人の言う通りよ……あなたに言われるまでもないわ……」
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 22:07:24.33 ID:c8byziSW0
三者三様の表情と言葉で、私たちはチハヤの願いを受け入れました。
それを見て、チハヤは嬉しそうに笑いました。

チハヤ「……みんな、近くに来てもらえる?」

そう言ったチハヤの声は、とても小さいものでした。
そばに寄った私たちに、ゆっくりと、ゆっくりと、手を伸ばします。
そして、そっと抱き寄せました。

チハヤ「三人とも、今まで本当に、ありがとう……。
   あなた達に会えて、私、とても幸せだったわ。
   ミズキ、ツムギ、シホ……大好きよ」

ミズキ「……私たちもです、チハヤ。今まで、ありがとう……」

ツムギ「チハヤ……。人は死ねば、天国に行くと聞きました。
   それは、アンドロイドも同じでしょうか……?
   いつか、私たちも天国で、あなたともう一度、会えるでしょうか……?」
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 22:09:13.30 ID:c8byziSW0
チハヤ「……ええ、きっと。私は少しだけ早く、天国で待っているわ。
   今度はこの子も一緒にお茶会をしましょう。その時は、たくさん思い出話を聞かせてね」

シホ「ええ……あなたが羨ましくなるくらい、楽しい話を聞かせてあげるわ」

みんなの声が、すぐ近くで聞こえます。
表情は見えません。
ツムギは、泣いているかも知れません。
シホは笑っているでしょうか。
わかりません。
でもきっと、みんなとても穏やかな表情を浮かべているのだと思います。
だって、これは永遠の別れではないのだから。
チハヤとはまた、天国で会えるのだから。

ミズキ「……またきっと、あなたと会える。
   そのことを思えば、ここでのお別れも、悲しいことでは……」

そう、もう一度会えるんです。
これはほんの一時の別れ。
だから、だから……。
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 22:10:34.78 ID:c8byziSW0
チハヤ「……ミズキ?」

すぐ近くで、チハヤの声が聞こえます。
身を寄せ合っているため、顔は見えません。
チハヤからも私の顔は見えていないはずです。
きっとそのことが、私の言葉を……。
チハヤにかける最後の言葉を、変えてしまったのだと思います。

ミズキ「チハヤ……。私からも、お願いをしても、いいですか?」

チハヤ「……ええ」

ミズキ「こういうとき……本当は、笑顔でお別れをしないといけないのだと思います。けど……」

チハヤ「……」

ミズキ「私には……それができそうにありません……。ごめんなさい……。
   私は……とても、とても、悲しいです……。
   寂しいです……チハヤ、あなたが、ここから居なくなってしまうことが……。
   本当に、とても、寂しいです……」
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 22:13:32.38 ID:c8byziSW0
ミズキ「お別れしたあとは、きっと、笑えます。四人で、また楽しく生きていきます。約束します。
   だから、お願いです、チハヤ。今だけは……。
   今だけは、チハヤから、もらった……心のままに……。
   泣かせて、ください……悲しませてください……」

辛うじて涙を抑え、震えをこらえながら、私は途切れ途切れに言いました。
みんな、黙ってしまいました。

私はきっと、ただ甘えているだけなのだと思います。
チハヤの優しさに。
あの時とは違い悲しむことができるという、この状況に。

沈黙はまだ続きます。
そのうちに、私の心にはじわじわと後悔の念が沸き上がってきました。
やっぱり、こんなことを言うべきじゃなかった。
きっとチハヤを困らせてしまった。
別の意味で、私の目に涙が浮かびそうになりました。
でも、その時でした。
私の髪にそっと何かが触れました。
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 22:14:45.98 ID:c8byziSW0
チハヤ「……ありがとう、ミズキ」

チハヤの手が私の頭を撫でます。
ゆっくりと、微かに震えながら。
きっとそれだけの動作をするのも難しくなっているんだと思います。
声もとてもか細く、ほとんど吐息のようでした。
けれどその言葉が、私の髪を撫でるチハヤの手が、私が辛うじてかけていた心の枷を外しました。

また私は、大声を上げて泣きました。
あの時と同じように、小さな子供のように、チハヤに抱き着いたまま大粒の涙を流して泣きじゃくりました。
そんな私の頭に、チハヤは触れ続けていてくれました。
私が泣き止むまで、ずっと、ずっと。

私の泣き声がようやく止まり、時折しゃくり上げる程度までおさまった頃。
それを待っていたかのように、チハヤの手はぱたりと落ちました。
イスに腰かけたまま、穏やかに微笑んだまま、チハヤは旅立ちました。
その時になってようやく私は……チハヤも涙を流していたことに気が付きました。
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 22:15:52.95 ID:c8byziSW0



ミズキ「――大丈夫ですか、シホ。少し表情が強張っているようですが」

シホ「……大丈夫。慣れていないだけだから」

ツムギ「シホ、話しかけてみてください。きっと答えてくれます」

シホ「ええ……。でも、不安だわ。当然だけれど、私たちとあまりに見た目が違い過ぎて……」

猫「ニャー」

シホ「あっ……」

ミズキ「……鳴きましたね。にゃーにゃー」

シホ「にゃーにゃー」

ツムギ「……ふふっ。ふふふふふっ!」
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 22:17:10.73 ID:c8byziSW0
シホ「ちょ、ちょっと、そんなに笑うことないじゃない」

ツムギ「すみません、けど……。シホも猫も、とても可愛らしくて」

シホ「ね、猫はともかく、私は別に……」

チハヤ「どうしたの? なんだか賑やかね」

ミズキ「チハヤ。はい、少し猫とおしゃべりをしていました」

チハヤ「まあ、そうだったの。じゃあ私も……こんにちは、猫。にゃーにゃー」

猫「ニャー」

チハヤ「! ふふっ、可愛い……。この子を迎え入れて良かったわね。
   あなたたちが猫を飼いたいって言い出したときは少し意外だったけれど」

ツムギ「……はい、本当に良かったです。新しい家族と、それから……楽しい思い出が増えました」

シホ「そうね……。まだまだこれからも、たくさん思い出を作らなくっちゃね」

ミズキ「……はい。もっともっと、楽しい思い出を作りましょう。幸せになりましょう。
   シホ、ツムギ、チハヤ……。これからもよろしくお願いします」
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 22:18:31.08 ID:c8byziSW0
……チハヤ、見ていてくれていますか?
いえ、見ない方がいいかも知れません。
だって今の私たちの姿を見ると、きっと羨ましくなってしまいますから。

あなたの羨ましがる顔は、私たちに直接見せてください。
私たちが思い出を語って聞かせた時に。
そのためにたくさんの、たくさんの楽しい思い出話を準備しておきます。

またあなたに会える日を、とても楽しみにしています。

シホ「ミズキ、どうかしたの?」

ツムギ「ほら、お茶が入りましたよ。配るのを手伝ってください」

チハヤ「ふふっ……さあ、みんな。お茶にしましょうか」
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 22:19:29.06 ID:c8byziSW0
終わりです。付き合ってくれた人ありがとう、お疲れさまでした。
EScapeのドラマパートは本当に素晴らしいのでぜひ聴いてください。
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/04(火) 22:42:31.15 ID:X1QIIr9vo
おつ
最高だった
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/04(火) 23:10:13.85 ID:d5EuFfjCo
我こういうの好き
102 : ◆NdBxVzEDf6 [sage]:2018/12/04(火) 23:15:14.99 ID:UP5srDpc0
escapeのCDドラマか
http://i.imgur.com/ntA00Ln.jpg
このチハヤいい感じだった、乙です

>>3
セリカ役 箱崎星梨花(13) Vi/An
http://i.imgur.com/bDaf1XU.jpg
http://i.imgur.com/CA5gdJH.jpg

チハヤ役 如月千早(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/3KQQAhu.jpg
http://i.imgur.com/yXJr0zh.jpg

ミズキ役 真壁瑞希(17) Da/Fa
http://i.imgur.com/T5y34Mg.png
http://i.imgur.com/hsDhtW6.png

ツムギ役 白石紬(17) Fa
http://i.imgur.com/hTynsLF.png
http://i.imgur.com/orNWbKV.png

シホ役 北沢志保(14) Vi/Fa
http://i.imgur.com/ZhetECD.png
http://i.imgur.com/hyIxKnA.png

>>5
マザー役 秋月律子(19) Vi/Fa
http://i.imgur.com/TnoQSIZ.png
http://i.imgur.com/gJvonNo.jpg
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/05(水) 03:37:22.68 ID:0Ia3QgId0
おつ
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/21(木) 06:05:34.37 ID:GG0cC7jp0
おつ
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