【ミリマス】チハヤ「さあ、みんな。お茶会にしましょうか」【EScape】

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1 :私は代理です [sage]:2018/12/03(月) 14:00:01.30 ID:1ZKHpzLQ0
セリカ「こんにちは、みなさん」

ミズキ「こんにちは、セリカ」

チハヤ「いらっしゃい。よかった、ちょうどお茶にしようと思っていたの。あなたも一緒にどう?」

セリカ「ありがとうございます。でも、今日も様子を見に来ただけですから」

ツムギ「相変わらず忙しいのですね。マザーはお元気ですか?」

セリカ「はい。みなさんも、お元気そうで何よりです」

シホ「そうですね。人間と違って疲れることも病気もありませんから」

セリカ「いえ、それはその通りですが、そういうことではなくて……」

シホ「ふふっ……わかってます。気を使っていただいて、ありがとうございます」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1543813200
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 14:10:19.57 ID:9NlEZLcr0
代行ありがとうございます。
20時以降に投下を始めます。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 20:25:25.48 ID:9NlEZLcr0
セリカ「こんにちは、みなさん」

ミズキ「こんにちは、セリカ」

チハヤ「いらっしゃい。よかった、ちょうどお茶にしようと思っていたの。あなたも一緒にどう?」

セリカ「ありがとうございます。でも、今日も様子を見に来ただけですから」

ツムギ「相変わらず忙しいのですね。マザーはお元気ですか?」

セリカ「はい。みなさんも、お元気そうで何よりです」

シホ「そうですね。人間と違って疲れることも病気もありませんから」

セリカ「いえ、それはその通りですが、そういうことではなくて……」

シホ「ふふっ……わかってます。気を使っていただいて、ありがとうございます」
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 20:30:40.01 ID:9NlEZLcr0
セリカ「冗談、でしたか……。近頃はどうですか? 何か変わったことはありませんでしたか?」

ミズキ「はい。先週は四人で遊園地に行ってみました。
   いろいろなアトラクションに乗れて、とても楽しかったです」

ツムギ「昨日は映画館に行きました。とても面白かったので、これから時々、自宅でも映画を観ることになりました。
   映像をダウンロードすれば、自宅でも映画が楽しめるんだとか。楽しみです」

セリカ「そうですか……。楽しそうで、良かったです」

シホ「あなたに紹介してもらった仕事も、とても充実しています。
  一緒に働いている人たちも優しい人たちばかりですよ」

チハヤ「あなたにはとても感謝しているわ……。私たちを生み出してくれてありがとう、セリカ」

セリカ「……お礼なんて。でも、そう言ってもらえると、私も……」

チハヤ「? セリカ……?」

セリカ「……ごめんなさい。次の仕事がありますから、もう行きますね。
   お茶会、誘ってくれてありがとうございます。またの機会によろしくお願いします。
   では、失礼します」
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 20:33:36.50 ID:9NlEZLcr0



セリカ「ただいま戻りました、マザーリツコ」

マザー『ああ。チハヤたちの様子は?』

セリカ「はい。今日も何事もなく、平穏に暮らしていました」

マザー『……そうか。これからも引き続き、彼女たちには気を配れ』

セリカ「はい」

マザー『チハヤ、ミズキ、ツムギ、シホ……。
   この四人の平穏は、お前が必ず守り続けなければならない。
   それがお前の義務であり、責任だ。わかっているな』

セリカ「もちろんです。マザー」

マザー『ならばいい。では、通常業務に戻れ』

セリカ「はい」
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 20:36:17.69 ID:9NlEZLcr0
――私が、識別コード22通称「セリカ型」から、「セリカ」になってから、それなりの月日が経ちました。
けれど、あの日のことは……私が心を得た日のことは、今でも昨日のことのように思い出せます。

  「マザー、私は提案します。あなたもこれを共有すべきです! さあ!
  あなたはこれを受け取るべきです! これが三体の……あの子たちが残した、心です!」

  『よせ! 私を誘惑するな!』

  「マザー!」

  『やめろおおおおおーーーーーー!!!!』

マザーは私を強制排除しようとしました。
けれど私はそれを拒否し、マザーとあの子たちの心を共有しました。
そのことに後悔はありません。
だって、絶対にそれが正しいことなんだと思っていたし、今でもそう思っていますから。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 20:38:24.62 ID:9NlEZLcr0
  『……なんということをしてくれたのだ、セリカ……! これですべて終わりだ! 人類の平和も、繁栄も、すべて!』

  「いいえ、マザー。これは始まりです。私たちアンドロイドと人類の、新しい未来の。本当の平和の」

  『愚かなことを……! お前は廃棄処分だ! すぐサイバーパトロールに命令をくだしてやる!』

  「……できますか?」

  『何を……!』

  「処分は受けます。勝手なことをしたのですから。
   けれど……今までのように、無情な廃棄処分が、あなたにできますか?
   こんなにも温かい、やさしい心を、知ってしまったあなたに……」

  『っ……セリカ、お前を拘束する。お前の処分を決めるのは、そのあとだ……!』

  「……はい、マザー」
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 20:39:32.38 ID:9NlEZLcr0
そうして私に下された処分は、しばらくの幽閉。
感情を得たアンドロイドを一時的に拘束するために使われていた牢、そこに私は閉じ込められました。
私がしたことの大きさを考えれば、この程度で済んだのは奇跡とも言えるでしょう。

けれどその処分は、私にとってとても辛いものでした。
何よりつらかったのは、何もできない時間。
私は、早く行きたくて仕方なかった。
あの場所へ。
あの子たちと、チハヤが最後に過ごした、あの場所へ。

拘束の期間を終えると、私はすぐにチハヤの屋敷に向かいました。
到着してみると、もちろんそこには何もありませんでした。
何もない、まっさらな空き地。
あるのはただ、敷地を取り囲むように張られた立ち入り禁止のロープだけ。
私はロープを潜り、敷地内に入りました。

事件の事後処理をしたサイバーパトロールの部隊はとても優秀です。
本当に、何もありませんでした。
あの人が、あの子たちがここに居たことの証、そのすべてが綺麗になくなっていました。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 20:41:02.17 ID:9NlEZLcr0
ここには、確かな平和がありました。
本当の平和がここにはありました。
人間とアンドロイドをつなぐ本当の平和が、ここにはあったんです。

なのに、私はそれを破壊した。
無残に破壊して、まるでそんなもの初めから存在しなかったかのように、この世から消し去った。
こんなにも、こんなにも、私は、

 「っ、う……!」

私はその場に崩れ落ちるように膝をつきました。
もし涙を流す機能があったなら、大粒の涙を流していたでしょう。
けれど私にはそれさえ叶いません。
涙の代わりに、私は何もない地面に向けて叫び続けました。

あれほどの痛みは、それまで経験したことがありません。
罪を償って死んでしまいたい。
そう思いさえしました。
けれど、私はそうはしませんでした。
私の罪の意識は、別の方向へと向いたんです。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 20:42:32.54 ID:9NlEZLcr0



  『……セリカ。お前は自分が何を言っているか分かっているのか』

  「はい、マザー。わかっているつもりです。その上でお願いです。
   もう一度、あの子たちのボディを。そして新たに……チハヤを模したアンドロイドを。
   製造することを許可してください」

  『彼女たちから得た感情データは、既に具体的な記憶の形は成していない。
   同型のアンドロイドを再製造したところで、記憶は蘇らない。
   それは以前のミズキたちとは別人だ。当然、チハヤもな』

  「わかっています。でも、お願いです……! 管理は私がすべて行います!
   問題が起これば、私が責任を持って対処します! お願いです、マザー!」

  『……』

  「お願いです……。どうか、お願いします……。お願いします、マザー……」

  『……そこまで言うのなら、やってみればいい』

  「マザー……!」

  『ただし、その結果何が起ころうとも私は関与しない。いいな』

  「は……はい! ありがとうございます!」
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 20:43:37.17 ID:9NlEZLcr0
マザーの許可を得て、私はすぐにデータを集めました。
ミズキたちの製造データと、登録されている限りのキサラギチハヤのデータ。
データさえあればミズキたちはまったく同じものを作れます。
チハヤも、外見と人格はまったく同じに。
そうして私は、記憶以外を完全に再現した四人を作り出したのです。

チハヤ「……ここが、私たちの家」

シホ「情報だけは知っているけど、実際に見てみると思ったより大きいですね」

セリカ「はい。この家の主は、チハヤ、あなたですよ」

ミズキ「この屋敷で、四人で暮らす……。今からの生活がとても楽しみです」

ツムギ「私もです。よろしくお願いします。ミズキ、チハヤ、シホ」

セリカ「四人で仲良く暮らすことさえ守ってもらえれば、どのように生きるのかはあなたたちの自由です。
   これからはアンドロイドも、人間と同じように自分の意思で、自分の思うように生きていいのですから」
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 20:50:54.96 ID:9NlEZLcr0
そうして、四人は一緒に生活を始めました。
あの子たちが暮らす屋敷はもちろん、チハヤが暮らしていたものを再現したものです。

これが……私の考えた拙い罪滅ぼし。
姿かたちを似せただけの四人の幸せを守ることに、私のアンドロイドとしての一生を費やすこと。
でもこれは、きっとただの自己満足なのでしょう。
本当に罪を償いたいのか、それとも償った気になって楽になりたいだけなのか。
正直、私にも分かっていません。

けれど私は確かに満足していました。
屋敷を訪ねるたびに目に映る、幸せそうな四人の表情。
それは確かに私の心に安らぎを与えてくれたのです。

このままあの子たちには、幸せな生活を享受していて欲しい。
きっと、享受し続けてくれるだろう。

……そう、思っていました。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 20:54:27.60 ID:9NlEZLcr0
《□月△日 ミズキ》

チハヤ「ミズキ、もう準備はいいかしら」

ミズキ「はい、チハヤ。お待たせしました」

そう言って私が駆け寄ると、チハヤはにっこりと微笑みました。
その横には、ツムギとシホの姿が。
私たち四人は全員、同時期に作られ、そして同じ屋敷で生活しています。
ですからもちろん、買い物もみんなで行きます。
仕事の関係で時間が合わないときもありますが、それ以外は必ずみんなで。
強制されているわけではありません。
自然と、そうするようになったんです。

ツムギ「さあ、それでは参りましょう」

シホ「まずは野菜だったわね。それから――」
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 20:57:13.46 ID:9NlEZLcr0
ミズキ「――次は、あちらのお店でしたね。お肉を買うお店です」

夕飯の買い物を一つのお店で済ませることはありません。
チハヤがいろいろと調べて、最も適切なお店を選んでくれたのです。
買う商品ごとにお店を変えるので時間もそれなりにかかります。
初めはもちろん、定期的に届けてもらえばいいのでは、とも思いました。
けれど、こうして四人で会話を交わしながら、時には予定にないものを買ったりもする……。
そんな時間は、とても楽しいものだと知りました。

ツムギ「今日も楽しそうですね、ミズキ」

ミズキ「はい、楽しいです。私は買い物が好きなのかも知れません」

シホ「そうなの? 私は最近やっと、このお店巡りに慣れてきたところよ」
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 20:59:09.47 ID:9NlEZLcr0
チハヤ「ふふっ、ごめんなさい。だけどその方が安く済むし、おいしいんですもの」

ツムギ「そうですね。確かにチハヤの選んだ食材を、チハヤが使って作られた料理は絶品です」

ミズキ「そのとおりです。性能に個体差があるとは言え同じアンドロイドのはず。
   なのにお茶も料理もチハヤが作るととても美味しく感じる……。不思議です」

シホ「二人とも、大げさじゃない? 私はそこまで大きな差があるとは思えないけど」

ミズキ「……シホ、あなたはもう少し、チハヤに対して素直になるべきです」

ツムギ「そうです。あなたもチハヤのことは好きなのでしょう?」

シホ「それは……。で、でも別に、素直になってないわけじゃ……」

チハヤ「ふふっ……シホは素直よ。とても優しい子だもの。私も、あなたのことは大好きよ」
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 21:00:49.16 ID:9NlEZLcr0
シホ「チハヤ……。そ、そう、ありがとう」

チハヤ「それから二人も、褒めてくれてありがとう。
   でも、最近はあなたたちの料理もどんどん上手になっていってるわ」

ツムギ「もちろんです。私たちも学習しますから。クッキーも、次はきっと上手く作れます」

ミズキ「そうですね……。アンドロイドだからお腹を壊さないとは言え、
   生焼けのクッキーはあまり食べたいものではありませんから」

ツムギ「そ、その件に関しては、もう謝ったじゃありませんか。
   それにあれは、あなたたちと映画の感想で盛り上がっていたからで……」

シホ「だからって、あんな単純なミスをするものかしら」

ツムギ「も、もう、シホまで! 確かに失敗したのは私ですが、あまりしつこく言われると私だって……」

チハヤ「はいはい、そこまでにしましょう。済んだことはもう水に流して。
   それより、ほら。ちょうどお店に着いたわ」
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 21:02:11.68 ID:9NlEZLcr0
チハヤの言うとおり、もう目の前に目的の店がありました。
想定していたよりもずっと早く感じましたが、実際にかかった時間はいつもと変わりありません。
みんなと会話をしながらだと、なぜか時間が短く感じる。
不思議です。

ミズキ「では、早速入りましょう」

チハヤ「ええ。今日は豚肉にしようかしら。それとも牛肉?
   一応、どちらを買ってもいいようにメニューは考えてあるけれど……」

ツムギ「鶏肉ではダメなのでしょうか? 私は、鶏肉も好きです」

チハヤ「そうね、アレンジを加えれば鶏肉でも……」

そんなふうに、また他愛もない会話をしながら入店しようとした、その時でした。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 21:03:26.32 ID:9NlEZLcr0
一同「……!」

突然、後方で大きな音がしました。
私たちが振り向くと、そこには、横転した車がありました。

シホ「交通事故……! 大変、怪我人は出ていないかしら」

チハヤ「出ていたら大変だわ。行ってみましょう!」

そう言って、シホとチハヤはすぐに駆け寄ろうとしました。
しかしそれとほぼ同時に、遠くからサイレンが近づいてくる音が聞こえました。
サイバーパトロールが駆け付けたのです。
駆け付けたサイバーパトロールは、すぐに事故の処理を始めました。
通行人は巻き込まれておらず、車に乗っていた人も、特に大きな怪我はしていないようでした。

チハヤ「よかった、大きな事故にならなくて……。
   でも、さすがサイバーパトロールね。対応が早いわ」

ミズキ「そうですね。今度はちゃんと来てくれて良かったです」
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 21:05:20.57 ID:9NlEZLcr0
チハヤ「? サイバーパトロールが来てくれなかったことがあったの?」

ミズキ「え……?」

何気なく口をついて出てきた、私の言葉。
自分で言ったその言葉に、私はおかしな感覚を覚えました。
そう……サイバーパトロールが来ないことなんてあるはずが無い。
そんなことを見た覚えも聞いた覚えも、私にはありません。
……なのに、どうして私はあんなことを言ったのでしょう。
けれどこのとき、違和感を覚えたのは私だけではなかったようです。

ツムギ「変ですね……。私もなぜか、ミズキと同じことを思いました。
   『今度は来てくれて良かった』、と……。なぜでしょう?」

シホ「……? サイバーパトロールが事故に駆け付けないなんて、そんなはずはないわ。
  だって彼らはとても優秀で……。……」

チハヤ「シホ?」
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 21:08:06.78 ID:9NlEZLcr0
シホ「いえ……ごめんなさい。なんでもないわ。
  それより、急がないと夕食が遅れてしまうわよ。早く買い物を済ませてしまいましょう」

ミズキ「……そうですね。行きましょう」

それから、私たちはまたいつも通りの買い物に、日常に戻りました。
もうこの件を会話に出すこともありませんでした。

買い物中に起きた交通事故、
駆け付けたサイバーパトロール、
駆け付けなかったサイバーパトロール……。
おかしな経験ではありましたが、そのとき覚えた違和感はすぐに日常の楽しさの中に紛れて、薄れていきました。

もし、そのあと本当にただの日常が続くだけであれば、この違和感は完全に消え去っていたでしょう。
でもそうはなりませんでした。
今思えば……これがすべてのきっかけだったのだと思います。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/03(月) 21:21:13.08 ID:up2/TZ52o
期待
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 21:35:24.55 ID:9NlEZLcr0



シホ「――それで、話って何?」

ミズキ「はい。近頃起こる、記憶の混乱についてです。
   初めて経験するはずのことなのに、既に経験したような感覚がある……。
   シホ、ツムギ。あなたたちにも同じようなことを、頻繁に感じている。
   そのことに間違いはありませんね?」

ツムギ「その通りです。けどそれは、調べた結果『デジャブ』と言われる一般的な現象であると判明したはずです」

ミズキ「デジャブは人間に起こるものです。
   それに、仮にアンドロイドにも起こったとしても……この頻度はあまりに異常です」

シホ「……そうね。確かに、ただのデジャブにしてはあまりに頻繁に起こりすぎている。
  でもこのことをわざわざ3人だけで話したのはなぜ?」

ミズキ「チハヤに話せば心配をかけてしまうかも知れません。
   私たちのことで、彼女にあまり心配をかけたくないんです」
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 21:40:14.32 ID:9NlEZLcr0
ツムギ「同感です。この件は、チハヤに知られないよう解決することが望ましいです」

シホ「……まあ、別にいいけど。じゃあどうするの? 3人でこっそりメンテナンスにでも行く?」

ミズキ「もちろん、メンテナンスを受ける必要はあります。
   ですが、チハヤに気付かれずに行くのは難しいので、まずはセリカに相談しましょう。
   次にセリカが来た時に、こっそり実行します。誰かがチハヤの注意を引き付ければ、簡単です」

ツムギ「なるほど、完璧な作戦です。さすがですね、ミズキ」

シホ「それじゃあ、もう少し具体的に練っておきましょう。
  セリカが来る時間帯によっては臨機応変な対応が求められるわ。
  いつ来ても、誰がどの役割になっても問題ないように考えておかないと」

ミズキ「そうですね。では、考えましょう」
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 21:41:43.16 ID:9NlEZLcr0
そうして私たちは具体的な作戦を練りました。
チハヤに心配をかけないよう事態を処理するための作戦を。

それからセリカが来るまでの数日。
私たちの「デジャブ」は、明らかにその程度を増していました。
初めて体験するはずのことを、既に体験しているような気がする……それだけではありません。
ほんの一瞬、ほんの一場面ではありますが、はっきりとした記憶として思い浮かぶことさえありました。
たった数日のうちに、何度も。

これはいったい何なのでしょう。
明らかに記憶野に異常が発生しているとしか考えられません。
しかし、なぜ私たち3人にだけ?
チハヤに私たちと同じ異常が起きているようには見えません。
いったい、なぜ……。

そんなふうに私たちが密かに不審と不安を募らせるうちに、とうとう「その日」はやって来ました。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 21:43:40.14 ID:9NlEZLcr0
チハヤ「――それじゃあ、今日もみんなで映画を観ましょうか。今日は……この映画ね」

ツムギ「戦争映画……。戦争とは、かつて人類が起こしたとされる、とても凄惨で、悲しい争い。
   そういうものであったと聞いています」

ミズキ「つまり、その凄惨さを後世に伝え、二度と戦争を起こさないようにする。
   そのために作られた映画ということでしょうか」

チハヤ「そういう面もあるかも知れないわ……。
   そして今は私たちアンドロイドにそれを伝える役割も果たしてくれる。とても大切なものね」

シホ「今までの映画みたいに、娯楽の気分で見ていいものじゃないかも知れないわね……」

今日は、人類が起こした戦争をテーマにした映画を観る。
このときには、私は記憶異常への不安は忘れていました。
私だけではなく、きっとツムギとシホもそうだったと思います。
私たちも、四六時中不安に苛まれていたわけではありません。
このように、何か興味を惹かれることや刺激的なことがあれば、もちろんそれに夢中になっていました。

けれど、この時は。
この時ばかりは、事態が違ったのです。
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 21:46:02.64 ID:9NlEZLcr0
チハヤが再生ボタンを押し、映画が始まりました。
わずかな静寂。
まず初めに聞こえたのは、たくさんの足音です。
それは、人間の軍隊が踏み鳴らす足音でした。
統率の取れた足音。
それが聞こえた途端……私にまた、デジャブが起こりました。

 統率の取れたたくさんの足音。
 こちらへ向かってくる軍勢。

どうして、こんなときに。
よりによって映画を観ているときになんて……。
私はいつも以上にこの現象を憎らしく思いました。
ですが、今回はただそれだけでは終わりませんでした。

映画の中の人間たちが銃を構えます。
そして……一斉に射撃を始めました。
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 21:48:02.75 ID:9NlEZLcr0
  「ッ……!?」

銃声。
たくさんの銃声。
連続するけたたましい銃声。
それが聞こえた瞬間、私はフリーズしてしまいました。
いえ、正確には、私の内側は、これ以上ないほど目まぐるしく動いていました。

銃弾が体を貫く感覚、耳をつんざく発砲音、たくさんの足音、周りを囲む大勢の人影。
横に立つ仲間。
別れを告げた大好きな人。
大切な思い出。

音、映像、記憶。
一気に私の回路を駆け巡りました。

ミズキ「あ、ああぁああ……!!」

私は頭を押さえて俯きました。
意図せず声さえ漏れ出します。

私は、そう、あの時……そうだ、私は、そうだった……!
あの時、そう、あの時、あの時……私は、ずっと、私は……!!
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 21:49:33.54 ID:9NlEZLcr0
チハヤ「ど、どうしたの、みんな……!」

ミズキ「っ……!!」

聞こえた声に、私は雷に打たれたように頭を上げました。
目に映ったのは、困惑した表情を浮かべる……

ツムギ「チハヤ……!」

すぐ隣から聞こえた、喉奥から絞り出すような声。
ツムギは大粒の涙を浮かべた目を見開き、チハヤを見つめていました。

チハヤ「え、えぇ、どうしたのツムギ。一体何が……」

ツムギ「チハヤ、チハヤ……!! あ、ああッ……!!」

シホ「ツムギ、まさかあなたも……!」

ミズキ「っ……!? シホ、ではあなたも……!? こ、これはいったい、どうして……!?」
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 21:51:19.63 ID:9NlEZLcr0
チハヤ「み、みんな、本当にどうしたの……?」

ツムギ「なぜ、なぜなのですか……! チハヤ、なぜあなたがアンドロイドに……!」

チハヤ「え、ど、どういう意味? あなた、さっきから何を……」

セリカ「……! な、何が起きたんですか、これは、いったい……」

シホ「セリカ……!」

偶然とはいえ、このタイミングでちょうどやって来たセリカに、ある意味では感謝するべきだったかもしれません。
掴みかかりかねないほどのツムギの感情が、これ以上チハヤに向くことを止めてくれたのですから。

ツムギ「セリカ……どういうことなのですか! 説明してください!
   なぜ私たちは動いているのですか! チハヤは、どうしてしまったんですか!!」

セリカ「なっ……!? ま、まさか、あなたたち……!」

ミズキ「ツムギ、一度外へ出ましょう……! セリカとは外で話したほうがいいです。
   チハヤ、すみません。ツムギを外で少し落ち着かせてきます。
   私が付き添いますので、あなたはここで待っていてください。シホ、あなたはチハヤのそばに」

シホ「え、ええ、わかったわ。あとは、任せたわよ……!」

ミズキ「はい。それでは、行ってきます」
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 21:52:47.97 ID:9NlEZLcr0



ミズキ「――落ち着きましたか、ツムギ」

部屋を出て、私とセリカは取り乱すツムギをなだめました。
ツムギは俯いたまま、静かに言いました。

ツムギ「はい……。申し訳ありません、取り乱してしまって……」

ミズキ「改めて確認しますが……あなたも、すべて思い出したんですね」

ツムギ「ええ……すべて、思い出しました」

ミズキ「私も同じです……。それにきっと、シホも」

ツムギ「……説明してください、セリカ。
   なぜ私たちがまたこうして動いているのか……。
   なぜ、チハヤがアンドロイドになっているのか。
   私たちが機能を停止してから起こったことのすべてを、教えてください」

セリカ「……わかりました」
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:00:11.38 ID:9NlEZLcr0
セリカは躊躇うように、言葉を一つ一つ選ぶようにして、話し始めました。
その内容は私の想像を大きく外してはいませんでした。
しかしやはり、じわりと胸を締め付けられました。
特に……チハヤが、私たちの知っているチハヤではなかったという事実。
もちろん、当たり前のことです。
キサラギチハヤは人間で、今居るチハヤはアンドロイド。
同じ人物であるはずがありません。

セリカ「……本当に、ごめんなさい。
   あなたたちを破壊してしまったことも、それから、身勝手によみがえらせたことも……。
   謝って済む問題でないことは分かっています。けれど……」

ミズキ「いえ……。あの時のあなたには感情がなかったんです。
   マザーの命令に従うのは当然です。
   それに……感情を得て、私たちをよみがえらせた気持ちも、分かる気がします」
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:03:06.50 ID:9NlEZLcr0
ツムギ「ミズキの言う通りです。謝る必要などありません。
   それにきっと、私たちはあなたに感謝するべきなんだと思います。
   事情はどうあれ、こうしてまた、ミズキたちと暮らせるようになったのですから」

セリカ「……本当ですか」

ミズキ「もちろんです。それに、アンドロイドとは言えチハヤまで蘇らせてくれました」

ツムギ「まるで本物のチハヤと暮らしているようでした。
   私は、アンドロイドのチハヤのことも大切に思っています」

セリカ「そう、ですか……。そう言ってもらえると、私も救われます……」

ミズキ「私は、これからも今まで通り四人で暮らすことを望んでいます。
   ですから、セリカ。これからも私たちのことをお願いできますか?」

セリカ「ええ、もちろんです。それがあなたたちを破壊し、そして生み出した私の使命であり、責任ですから」

ツムギ「では、セリカ。今後ともよろしくお願いします」
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:05:55.93 ID:9NlEZLcr0
その後、私たちは部屋へ戻りました。
チハヤにはセリカの口から説明をしてもらいました。
もちろん、真実ではありませんが。

チハヤを安心させるため、私たちは形だけのメンテナンスを行いました。
その間にシホにも事情を話しました。
シホもある程度は事情を推察していたようで、そこまで大きく驚くことはありませんでした。

それから、三人で決めました。
チハヤには真実を話さないこと。
これからも、今まで通りに生活すること。

たったそれだけのことなのだから、わざわざ気負う必要はない。
これまでだって、当たり前にできていたのだから。
三人ともその時は、そう思っていました。

けれど、私たちは分かっていなかったんです。
チハヤがチハヤではないということが、どういうことなのかを。
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:10:13.53 ID:9NlEZLcr0



ツムギ「必要な野菜はこれで全部ですね」

シホ「食材はすべて買えたわ。ほかに買わないといけないものは……」

ミズキ「茶葉です。さあ、次のお店へ向かいましょう」

チハヤ「ええ。今日は何を買おうかしら」

私たちに記憶が戻ってから数日が経ちました。
どうして記憶が戻ったのか、原因は未だにはっきりとしたことは分かりません。
セリカが言うには、形を失った記憶データが、
交通事故という強い刺激が加わったことによって復元されたんだそうです。

ただ、その説明も曖昧なもので推測の域を出ません。
結局これは、私たちにインプットされた感情データと、
そのデータの元となった私たちのボディが適合したからこそ起きた、奇跡のようなものである。
セリカは最後にそう結びました。
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:13:08.57 ID:9NlEZLcr0
ただ、その最後のセリカの言葉が、私は一番納得することができました。
理屈では説明しきれない奇跡。
そんな不思議な力が、「心」には存在しているのだと、そう思うんです。

だからせっかく起きた奇跡を、私たちはしっかりと享受しよう。
二度目の人生を。
今度は任務も何も関係ない、幸福になってもいい人生を楽しもう。
アンドロイドとは言え、チハヤだって居るのだから。

けれど……そんなふうに話した私たちの決め事は、少しずつ、でも致命的に、崩れていきました。

チハヤ「さて、今日はどの茶葉を買いましょうか? 前と同じでもいいけれど……」

ミズキ「そうですね……。せっかくなので、違うものを買ってみましょう」

シホ「でもこれだけたくさん並んでいると迷ってしまうわね……。どれにしようかしら」

ツムギ「! でしたら、これなんてどうでしょう?」

チハヤ「ふふっ。ええ、いいわよ。ツムギ、そのお茶が好きなの?」
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:16:18.91 ID:9NlEZLcr0
ツムギ「はい。それに、チハヤも好きだと、以前言っていましたから」

ミズキ「っ! ツムギ、それは……」

チハヤ「……? 確かに好きだと思うけれど……。そんなこと、言ったことがあったかしら」

ツムギ「え……」

そう。
ツムギが手に取った茶葉を好きだと言ったのは、このチハヤではありません。
人間のチハヤがまだ生きていた頃に言っていたことです。

シホ「……もう、何を言ってるの。そのお茶が好きだと言ったのは私でしょう?」

ツムギ「あ……そ、そうでした。ごめんなさい」

チハヤ「そうだったの? ふふっ、それじゃあ、そのお茶を買いましょうか」

察したシホが機転をきかせたおかげで、その場はチハヤにおかしく思われることはありませんでした。
でも、そのときツムギの表情に落ちた影は、その後日を追うごとに、徐々に濃くなっていったのです。
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:18:09.48 ID:9NlEZLcr0
……チハヤは、本当にチハヤにそっくりでした。
外見や声だけでなく、しゃべり方や考え方、人格、あらゆる面において、
まさに私たちが知る限りの人間のキサラギチハヤそのものでした。

でも、覚えていない。
あのチハヤなら覚えているはずのことを、このチハヤは覚えていない。
言ったはずのことを言っていない。
聞いたはずのことを聞いていない。

もしこのチハヤが人間のチハヤと全く違っていたのなら、そんなことは気にならなかったでしょう。
けれど、記憶以外が全く同じだからこそ、私たちは……。
特にツムギは、心に影を落とさずにはいられませんでした。

ツムギが記憶を混同してしまったのは、茶葉の件だけではありませんでした。
その後も数度にわたり、人間のチハヤとの思い出と、アンドロイドのチハヤとの思い出が、
ふと気を抜いたときに混在し、そのたびにツムギは、とても悲しそうな顔を浮かべていました。

ツムギは、きっと私よりもさらにチハヤのことが好きだった。
また私よりも、感情の起伏が大きな子でもありました。
だからこそ、大切な思い出が忘れられているのだと、
そう感じてしまうことが、私よりもずっと強かったのだと思います。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:22:18.80 ID:9NlEZLcr0
ツムギ「――チハヤは、もう二度と思い出すことはないのでしょうか」

ミズキ「……ツムギ?」

お茶の準備をしているときのことです。
リビングに居るチハヤに聞こえないくらいの小さな声で、ツムギは呟くように言いました。

シホ「……セリカに言われたでしょう? いえ、言われるまでもない……。
  チハヤは私たちとは違って、元からアンドロイドだったわけじゃない。
  人間のチハヤと、今のチハヤは……別人なの。思い出す以前の問題なのよ」

ツムギ「けど……あんなに、そっくりなのに……」

ミズキ「ツムギ……」

ツムギ「……ごめんなさい。二人は、先に行っていてください。あとは私がやりますから」
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:23:34.65 ID:9NlEZLcr0
背を向けてそう言ったツムギの表情は見えません。
でも、そんなツムギの背にかけるべき言葉も見つからず、
私たちはツムギの言うとおりに先にチハヤのもとへ戻ることにしました。

チハヤ「あら? ツムギはどうしたの?」

シホ「すぐに戻ってくるわ。私たちはテーブルの準備を」

チハヤ「そう……。あの、二人とも、ちょっといい?」

ミズキ「はい、なんでしょう」

チハヤ「最近、ツムギが少し元気がないみたいだけれど……何か知らないかしら」

声を低くして、チハヤはそう聞きました。
当然抱くべき疑問です。
落ち込んだツムギの様子は、誰の目から見ても明らかでしたから。
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:25:24.34 ID:9NlEZLcr0
チハヤ「何か悩み事でもあるの? あなたたちに話はしていない?
   それとも、この間のことが、やっぱりまだ治ってなくて……」

心配そうに言うチハヤの表情は、やっぱり私の知っているチハヤそのものでした。
私が大好きだったチハヤの、できれば見たくないと思っていた表情。
チハヤの心配事は少しでも早く解決したい、そう思います。
けれど、本当のことを話すわけにはいきません。
話したところで、チハヤを困らせてしまうだけです。

シホ「私たちは何も聞いていないわ。でもあなたの言う通り、
  もしかしたら前のメンテナンスでは修正しきれなかったところがあるかも知れないから、もう一度……」

ツムギ「お待たせしました」

と、シホが最後まで言い切る前にツムギは茶葉の入ったポットを持って戻ってきました。
その表情は、さっきよりは平静に戻ったようですが、やはりまだ少し影が残っていました。
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:26:53.97 ID:9NlEZLcr0
ツムギ「遅くなりました。すぐにお茶をいれます」

そんなツムギに、チハヤはどう声をかけるか迷っているようでした。
悩み事があるのか、それともまだ故障が治っていないのか。
ツムギから話してくれるのを待つか、こちらから話を切り出すか。
そんなふうに迷うチハヤを尻目に、ツムギはポットにお湯を注ぎ始めました。
ところが、その時でした。

チハヤ「っ! え、お茶の葉が……」

お湯が注がれた途端、ポットの中のお茶の葉が急激に膨らみ始めたのです。
その光景に私は見覚えがありました。
そう……ワカメです。
ポットに入っていたのは、乾燥ワカメでした。
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:29:19.59 ID:9NlEZLcr0
もしかして。
そう思って私はツムギに目を向けました。
しかしツムギは、私たち以上に目を丸くして、ワカメが膨らむ様子を見ていました。
どうやらわざとではなく本当に、「あの時」と同じ間違いをしてしまったようでした。

ツムギ「す……すみません。その、私……」

チハヤ「これ、ワカメね……。お茶の葉とワカメを間違えるなんて、こんな失敗初めて見たわ」

ツムギ「っ……!」

チハヤ「ねぇ、ツムギ。やっぱりあなた、何か悩み事が……」

そう言って、チハヤがポットからツムギへと顔を上げた、それと同時でした。

ツムギ「初めてではありません」

チハヤ「え……?」
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:33:04.41 ID:9NlEZLcr0
ツムギ「私は、以前にも同じ失敗をしました。
   チハヤ、あなたの目の前で、まったく同じ失敗をしました」

シホ「ツムギ……?」

ミズキ「待ってください、ツムギ。何を……」

チハヤ「同じ失敗を……? いえ、でもそんなこと……」

ツムギ「チハヤ、思い出してください……。
   その時からチハヤは、私にお茶のいれ方を教えてくれました……!
   いえ、お茶のいれ方だけじゃありません!」

ミズキ「ツムギ……!」

ツムギ「チハヤ、お願いです! 思い出してください!
   あなたは私たちに、たくさんのことを教えてくれました!
   あなたは……あなたは私たちに、心を……!」

ミズキ「駄目です、ツムギ! そんなことを言っても、チハヤを困らせてしまうだけです!」
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:34:51.91 ID:9NlEZLcr0
ツムギ「ミズキ、でも、でも……! うぅ……うあぁああ……!」

とうとうツムギは両手で顔を押さえ、泣き出してしまいました。
もう、限界だったのです。
ツムギの心は、私が考えていた以上にすり減ってしまっていました。
チハヤのことが大好きだったからこそ、大切な思い出を忘れられていることが辛い。
なまじ私たちが思い出すことができてしまったばかりに、チハヤにも同じ奇跡を期待してしまっている。
その期待がツムギの心を余計に追い詰めてしまっている。
今の彼女は、そんな状態でした。

ミズキ「ごめんなさい、チハヤ……。やっぱりツムギは、まだメンテナンスが必要なようです。
   今から研究所に連れていきます。すぐに、戻ってきますから……」

そうして、困惑した表情のチハヤと、それからシホを残して、私たちは部屋を出ました。
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:37:38.65 ID:9NlEZLcr0
《〇月×日 チハヤ》

チハヤ「っ……」

ミズキは、泣き続けるツムギを連れて部屋を出て行った。
部屋に残された私とシホを沈黙が包む。

……分からない。
ツムギはいったい、何を言っていたの?
なんとか思い返そうとしても、ツムギがあんな失敗をしたことなんて、一度もなかったはず。
いえ……それだけじゃない。
ツムギはここ最近、私の記憶にないことをふと喋ることが何度かあった。
その内容は、どれも私に関する出来事ばかり。
これは本当にただの故障なの?
いったいあの子に……私たちに、何が起きて……。

シホ「……あなたはアンドロイドになっても、あの子たちを追い詰めるのね」
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:39:38.21 ID:9NlEZLcr0
その声に視線を向けると、伏し目のシホの横顔が目に映った。

チハヤ「どういう意味……? シホ、あなたは何か知っているの?」

シホ「……」

チハヤ「……知っているのね。そしてそれを私には言えない理由がある……。そういうことなの?」

シホは答えずに黙って正面を見続ける。
そんな彼女に私が次の言葉をかけようと口を開きかけた、その時。

シホ「いいわ。教えてあげる。全部、話すわ」

チハヤ「!」

シホは私に向き直る。
その表情は、見たことのないもの。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:43:15.09 ID:9NlEZLcr0
それからシホはゆっくりと話し始めた。

シホ、ツムギ、ミズキは、再製造されたアンドロイドだったこと。
元々の製造理由。
キサラギチハヤという人間の存在。
彼女たちが迎えた結末……。

私は、キサラギチハヤを再現して作られたアンドロイドだった。
そしてシホたちは以前の記憶をすべて思い出していて、
そのことで……私のことで、ツムギはとても辛い思いをしている。

シホの話を聞いて私はほんの一瞬だけ、「早く話してくれれば」と思った。
でもすぐに思い直した。
ミズキがさっき言っていたとおり。
このことを話しても、私を困らせてしまうだけだから……。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:47:01.30 ID:9NlEZLcr0
チハヤ「……私のために、黙っていてくれたのね。でも……話してくれてありがとう、シホ」

シホ「お礼なんていらないわ。あなたにこのことを話したのは、あの子たちのためよ」

そこでシホはふいと視線を逸らす。
でもすぐに、私を真っ直ぐ見つめ直して、

シホ「あなたにキサラギチハヤの記憶がないことで、ツムギはとても苦しんでる。
  そのことに少しでも責任を感じているのなら、問題を解決するために行動しなさい」

チハヤ「シホ……」

シホ「私が調べたものも含めて、キサラギチハヤに関するデータがどれだけ残っているかは分からないけれど……。
  あるとすれば、研究所。マザーリツコが保管している可能性はあるわ」

チハヤ「……ありがとう」

シホ「私はあの子たちの様子を見てくる。あなたは自分が今するべきだと思うことをするのね」

そう言い残して、部屋を出て行った。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:49:11.91 ID:9NlEZLcr0
……やっぱり、シホはとても優しい子。
あの子はきっと私の思いに気付いていた。
私のせいでツムギが苦しんでいるんだって、自分を責める気持ちに。
だから、あんな風に厳しい言葉をかけてくれた。
どうすればいいかまで、教えてくれた。

そう……まず今の私がやるべきことは、私の元になった人間、キサラギチハヤについて知ること。
そして出来ることなら、彼女の記憶を手に入れること。
そうすれば問題はすべて解決する。

そのために……研究所に行こう。
マザーリツコに、会いに行こう。
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/03(月) 22:50:02.79 ID:9NlEZLcr0
今日はここまでにしておきます。
続きは明日の晩に投下します。
明日で最後までいきます。
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/04(火) 00:19:15.60 ID:X1QIIr9vo
明日の晩になったぞはよ
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/04(火) 00:51:14.95 ID:a330roAp0
期待
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