【モバマス】時子「30mmの彼方から」

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1 : ◆Ava4NvYPnY [saga]:2018/11/03(土) 16:18:30.41 ID:1iL2fWn50
モバマスSSです
地の文・少しの独自解釈あります
口調等おかしいかもしれませんが、見逃してください

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1541229509
2 : ◆Ava4NvYPnY [saga sage]:2018/11/03(土) 16:26:09.54 ID:1iL2fWn50
初めてハイヒールを履いた日のことは、鮮明に覚えている。

爪先のほんの少しの窮屈さと、ふわふわとした頼りなさ。

それ以上に激しい高揚が、全身を貫いたのだった。

だから、気付くことができなかったのだ。

私のいるこの世界が、いかに偽物で溢れかえっているのかに。

3 : ◆Ava4NvYPnY [saga sage]:2018/11/03(土) 16:33:39.97 ID:1iL2fWn50
――――
――

この業界に足を踏み入れて二ヶ月が経つ。

毎日のようにあるダンスレッスンやボイスレッスンの成果が、確実に自分のものになっている実感があった。

自分のできなかったことが、一つ、またひとつと無くなっていくことに、安堵にも似た喜びを感じる。

財前家の女として産まれた以上、私は一定の水準を満たしていなければならない。

今はまだ候補生で、安心していられるような立場ではないのだと自分を戒める。。

私はまだ、アイドルではないのだと。

4 : ◆Ava4NvYPnY [saga sage]:2018/11/03(土) 16:37:17.59 ID:1iL2fWn50

会社の敷地内に建てられている寮の屋上から、往来のほうへ視線を放る。

ふ、と息をつき、私は目を細めた。

?「どうしたんですか、こんなところで黄昏れて」

背後で声が響く。

時子「チッ……見ていたのね」

後ろに立っていたのは、事務員の千川ちひろだった。スカウトされてここに来たときから、どういうわけか何かと声をかけてくる。

ちひろ「こんな遅くに考え事ですか。明日は大学の授業があるんですよね」

学生である以上、その期の講義計画はプロダクションに提出しなければならない。そんな性ではないと知っているために、あの男――この事務員の同僚は、余計に嬉々として講義登録票を回収していった。
5 : ◆Ava4NvYPnY [saga sage]:2018/11/03(土) 16:38:14.07 ID:1iL2fWn50

時子「盗み見なんて、躾がなってないわ」

ちひろ「候補生の子の管理は、事務員の業務の一つですから」

私の悪態に、彼女は嫌な顔一つしない。

まるで、一過性の反抗期を見守るかのような顔つきでするりと躱されてしまう。

……そもそも、このプロダクションには癖の強い人間が多すぎる。

猫耳だの、わけのわからない言葉を話すゴシック風の子だの、着ぐるみを着た幼女だの……

それら雑多なものと同じにされるのは心外だが、私個人のことについてやかましく言われないぶん、大学にいるよりも楽だった。
6 : ◆Ava4NvYPnY [saga sage]:2018/11/03(土) 16:39:28.20 ID:1iL2fWn50

――さすが財前家のご令嬢。なんでもこなされますね。


――お見事です、時子さんに敵う相手なんて、他のどこにも……


蝶よ花よと育てられ、与えられ、その全てにおいて頂点を手にした私にとって、周囲からの賞賛など煩わしいものでさえあった。

ちひろ「わたしは、事務員として候補生の時子ちゃんの面倒をみる義務が……」

時子「アァン?」

ちひろ「時子ちゃ――」

時子「あ?」

ちひろ「……時子さんのご機嫌はいかがと思って、お尋ねしたんですよ」

時子「……ふん、わざわざこんな屋上まで来て、ご苦労なことね」

時子「おおかた、屋上の鍵を閉めに来たみたいだけど」

ちひろ「ばれちゃいましたか」

彼女はそう言って、私の隣にやってきた。

7 : ◆Ava4NvYPnY [saga sage]:2018/11/03(土) 16:40:54.95 ID:1iL2fWn50

時子「相変わらず派手な制服ね……そんな目に痛い服、いったいどこに売ってるのかしら」

ちひろ「ふふ、よく言われます。でも案外、着心地は良いんですよ?」

時子「……見ればわかるわ」

色こそ正気を疑うものだが、素材や作りはよく洗練されている。長い間着用していても簡単にはくたびれない、良いものであるということは初めて会ったときからわかっていた。

ちひろ「ちなみにこの色はプロデューサーさんのセンスですよ。眠くても目が覚めるって」

時子「……ほんと、とんだ変態ね、あの男は……」

時子「従順な下僕になるとあの豚が言ったから、主人になって躾けてやる契約をしたのに、二か月もこの私を放っておくなんて……」

ちひろ「候補生のうちは、あまりプロデュースできることはないですからね……」

ちひろ「でも、レッスンの内容を考えているのはプロデューサーさんですし、きちんとトレーナーさん達に進捗を確認したりしていますから、もし会ったらお礼――ご褒美をあげてもいいと思いますよ?」

時子「……ふん、考えておくわ」
8 : ◆Ava4NvYPnY [saga sage]:2018/11/03(土) 16:42:40.11 ID:1iL2fWn50

時子「それで? 鍵を閉めるんじゃなかったの?」

私は扉を指さしながら、彼女を一瞥する。

ちひろ「そうですね、時子さんがお戻りになってくださったら、いつでも」

くすくすと笑いながらそう答える彼女に、私はわかりやすく舌打ちをする。

時子「そ。じゃあ、もう少しここでゆっくりさせてもらうわ」

ちひろ「ご一緒しますよ。お話でもしませんか?」

時子「何か面白いことでも話してくれるんでしょうね」
9 : ◆Ava4NvYPnY [saga sage]:2018/11/03(土) 16:44:22.84 ID:1iL2fWn50

ちひろ「面白い話……時子ちゃ……時子さんがスカウトされたときなんて、面白かったですよ」

時子「……」

ちひろ「あのとき言った言葉、今でもそう思ってますか?」

時子「当然よ――よく覚えてる。二言はないわ」

二ヶ月前のできことだ。私がこの世界に飛び込んだ日。

まるで数時間前のことにように思い出される。

それは、決してあの出会いが鮮烈だったからではない。

過ぎたことを忘れるには、この世界はあまりに緩慢で、退屈だからだ。

10 : ◆Ava4NvYPnY [saga]:2018/11/03(土) 16:49:42.95 ID:1iL2fWn50

――――――
――――
――

何もかもがいつも通りだった。

大学へ行き、講義を受け、取り巻きたちを適当にあしらい、大学を出てジムでメニューをこなして帰路につく。

いつもと違ったことと言えば、ジムで気の抜けた顔をした男に好意を告げられたことくらいだろうか。

あのジムでよく見かけたから、それなりの身持ちではあるのだろうが、彼の下卑た笑顔を見た瞬間、何かが偽物だと感じて黙殺した。

道行く人々は、楽しげに言葉を交わしながら思い思いの時間を過ごしている。

見た目だけのバッグ、スマートさを失った革靴、品のない光を跳ね返すアクセサリー。

騙そうという作り手の意思すら感じるそれらが、私は好かないのだ。

そんな中、一組の男女が目に入った――というよりは、一人の女性に。

時子「なにかしら、あのふざけた服は……」
11 : ◆Ava4NvYPnY [saga]:2018/11/03(土) 16:51:48.64 ID:1iL2fWn50

黄緑の事務服を着た女性。その傍らには、普通のスーツを着た二十代半ばの男性だ。

時子「……世の中にはとんだ変態もいるものね」

恐らく会社の飲み会の罰ゲームか何かだろう。まだ夜も遅くないのにご苦労なことだとため息をつきながら、私はその場を去ろうとする。

そのときだ。


?「落としましたよ」


誰かの声がした。
12 : ◆Ava4NvYPnY [saga]:2018/11/03(土) 16:55:02.98 ID:1iL2fWn50

私は黙って振り返る。さっきの、黄緑女の横にいた男性だ。

下を見遣ると、なるほど確かに私のハンカチが落ちていた。いつもなら取り巻きが我先にと拾いにかかるのだが、当然その男性はそんなことをしないだろう。

男「ハンカチ、あなたのですよね」

何も言わない私に首を傾げながら、彼はハンカチを拾い、こちらに差し出した。

時子「……」

気にくわない。この私が、拾ってもらったのだという立場が、なぜだか許せない。

ジムであんなことがあったからだろうか。それとも、相手が女性に謎の服を着せて喜ぶ変態だからだろうか。
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