幼馴染でクラスメイトな小日向美穂

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61 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:36:29.90 ID:ueo6A56r0



P「えぇ……じゃあまぁ、ありきたりだけど……」

 緊張している人を落ち着ける方法。
 そんな事に関して詳しい訳じゃないから、僕がやってもらって落ち着けた経験から引っ張って。

 ぎゅ、っと。
 僕は小日向の手を握った。

美穂「えっ? あっ、えっ? っあぅ……」

P「どう? これ割と落ち着くと思うんだけど」

美穂「そ、そうでもないんじゃないかな?」

 どうやら不発に終わってしまった様だ。
 小日向の顔はより一層赤くなってしまっている。

美穂「こ、こんな事されて……落ち着ける訳無いもん……」

P「放した方が良い?」

美穂「ダメっ! も、もうちょっとだけ……繋いでて下さい」

P「うん、まぁ小日向が落ち着くまでは」

 少しずつ、小日向の息が整って来た。
 うん、失敗じゃなかったみたいだ。
 握った手が汗で凄い事になってるけど、言ったら怒られそうだし黙っておこう。
 にしても、柔らかいな……

美穂「…………あ……」

P「ん? どうかした?」

美穂「……あ、あははー……ねぇ、Pくん」

P「なんだよ、早く言え……って……」

 完全に、失念していた。

『すいませーん! イチャついてないで早く入場して下さーい!!』

 ゲートに取り残されていた僕たちは、間違いなくその日一番の注目を集めてしまっていた。

62 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:37:02.10 ID:ueo6A56r0



P「なんだかなー……」

新田「なんだよ五十嵐、お前勝ったのに湿気た面してよぉ」

P「いや、なんかさ……なんだろう、この納得いかない感じ」

新田「うるせぇ! 女子と二人三脚やってる時点でお前はもう勝ち組なんだよ!!」

P「いやでも小日向だぞ」

新田「お前一回捨てられた方が良いわ」

 二人三脚は、僕らのペアが一位だった。
 ゴールテープを切った小日向の顔は輝いていたらしい。
 いや、まぁ、うん。
 獲得ポイントが多いに越した事は無いのだけれど。

P「ゴール直前で僕ら以外のペアが全員転ぶってある?」

新田「焦り過ぎてテンポズレたんだろ」

P「そう、なのかなぁ……」

 同時に走ったペアは、僕らのペア以外全員男子同士で組んでいて。
 スタートから差をつけられ、僕らの最下位は殆ど決まった様なものだった。
 ……のだけれど。
 ゴール直前でそいつらが全員転び、僕らはなんか一位を取ってしまった。

P「立ち上がる時間は十分あった筈なんだけどなぁ」

新田「焦っちゃったんだろ」

P「あと1.2歩でゴールされてたのに」

新田「焦っちゃったんだろ」

 そうなんだろうか。
 まぁ、そうなんだろうな。

卯月「おめでとうございますっ! 美穂ちゃん、五十嵐君っ!」

P「ありがとう島村さん! いやぁ、辛くも辛勝って感じだけど練習した甲斐があったよホント! 頑張って良かった!!」

新田「お前ほんとなぁ……」

 うるさいな。
 島村さんの前じゃカッコよくいたいというのは人類全員の共通認識だろうに。

智絵里「おめでとうございます、五十嵐くん」

P「ありがとう緒方さん! 緒方さんの応援のおかげだよ!」

新田「お前……」

 うるさいな。
 緒方さんの前じゃ優しくありたいというのは人類全員の共通認識だろうに。

加蓮「いぇーい美穂! お互い一位おめでとっ!!」

美穂「いぇーいっ! とってもステキな思い出になりましたっ!」

 うるさいな。
 真横で騒がないで欲しい。
63 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:37:38.76 ID:ueo6A56r0




加蓮「じゃあもうウチのクラスの体育祭は終わった様なものだし、ヒーローインタビューとかいっちゃう?」

男子「「「ヒューヒューっ!」」」

 ヒーローインタビュー?

加蓮「二人三脚で無事一位を取ってクラスに貢献してくれたアンタと美穂に決まってるじゃん」

P「それは北条さんペアもでしょ……あれ? 鷺沢は?」

加蓮「お礼言いに行ってる」

 なんのだろう。
 深くは考えない方が良さそうだ。

卯月「それでは皆さん、テント裏に体育座りで集まって下さい!」

 ぞろぞろとクラスメイトが裏に回り、各々その場に座る。
 え、これ本当に何か喋らなきゃいけないやつでは。

加蓮「それじゃ、今日のMPカップルからのスピーチ始めるよ」

 Vはどこ?
 マジックパワー消費するの?

美穂「ええっと……み、みなさんの応援のお陰で無事Pくんと一位を取れましたっ! ありがとうございますっ!」

クラスメイトs「「「ひゅーひゅー!!」」」

 クラスメイトの連中、何か応援してくれてたか?
 背中にバスケットボール投げつけられた記憶しかない。

美穂「あと直前に緊張してる時、Pくんが手を握ってくれて……えへへ……」

男子s「「「ひゅーひゅー!!!!!!」」」

美穂「ほんとうにっ! ありがとうございましたっ!!」

 各地から拍手が送られた。
 他のクラスの方々が怪訝な目で見てくるけど、誰も気にしてなさそうだし僕も気にしない事にする。

加蓮「それじゃ、次は新郎の五十嵐から」

P「おう、それじゃ……みんな!」

 沢山の目が此方に向けられた。
 今、僕にはきちんと言っておかないといけない事がある。
 こうして、みんなの前で。
 誰もが僕の言葉を聞き逃さんとしてくれている、今だからこそ。

P「僕ら! 別にカップルじゃないかなら!!」

 午後の部は涼しい保健室で過ごす事が出来た。

64 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:39:09.73 ID:ueo6A56r0

P「んで、お前と北条さんって結局どう言う関係なのさ」

鷺沢「言うなれば……クラスメイトだな」

P「へー、それ北条さんに伝えとくから」

鷺沢「ここに150円ある」

P「おっけ、僕は何も聞かなかった」

 いつも通りの朝の昇降口。
 小日向は日直らしく職員室に向かっているそうで、たまたま校門前で会った鷺沢と駄弁りながら上履きに履き替えようとして。
 けれど、言葉には表せないが。
 なんだか、普段とは違う感じがした。

鷺沢「……ん? どうした五十嵐、下駄箱見つめて」

P「……開けられた形跡がある」

鷺沢「は?」

P「僕ってほら、見ての通り几帳面だろ? ドアきちんと閉じて帰るんだよ。だけど見ろ、今はこの通り微妙に閉まり切ってない」

鷺沢「隣の俺が閉めた衝撃で開いちゃったとか」

P「いや、お前そんな勢い良く閉めてないだろ」

鷺沢「……お前の記憶違いじゃないのか?」

P「バカ言え、僕は生きるメモリーカードと言われた男だぞ」

鷺沢「シーラカンス的な?」

 確かにメモリーカードって名前は既に化石な気がしないでもない
 それはそれとして、だ。

 誰が、なんの目的で僕の下駄箱を開けた?
 一番可能性としてあり得そうなのは、他の男子が開け間違えた場合だ。
 けれど、クラスメイトの男子どもだったら多分閉めてくれてすらいない。
 だってみんな僕への扱い雑なんだから。

P「…………今日ってバレンタインだっけか?」

鷺沢「一昨日体育祭だったの忘れたのか?」

P「つまり体育祭は2/12に開催されたって事か」

鷺沢「時空を歪めてまでバレンタイン説を推すんじゃない」

 だったら嬉しいな、ってだけではあるが。
 え、でもチョコの可能性あるじゃん。
 例えば僕の事を好きになってくれた女子がチョコを下駄箱に潜ませてくれた可能性とか信じたいじゃん。
 ジャンバラヤ。

P「……開けるぞ」

鷺沢「爆弾処理班かお前。早くしないと予鈴鳴るぞ」

P「へーへー」

 下駄箱のドアを開けた、空気が入っていた、上履きが入っていた。
 手紙が入っていた。

P「…………は?」

鷺沢「なんだお前、本当に爆弾でも入ってたのか?」

P「それに近いモノが入ってる」

 目を擦ってみる、手紙はまだそこにあった。
 頬をつねってみる、爪の跡がついた。
 ドアを一度閉じてもう一度開ける。
 けれどそこには、まだ手紙が入っていた。

P「…………なぁ、鷺沢。これってさ……」

鷺沢「……おいおいマジか、遂に成し遂げたんだな……」

 白い封筒。ハート形のシール。
 ソリッドビジョンでは成し得ない確かな質量。
 ほんのりと香る甘い匂い(は別にしないけどイメージとしてはそんな感じ)。

 紛れもなく、これは。

P「……ラブレターだ」
65 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:39:42.01 ID:ueo6A56r0



鷺沢「速報速報速報! 遂に五十嵐にラブレターが渡されたぞ!!」

新田「えっ、マジ?!」

智絵里「……わぁ……美穂ちゃん、頑張ったんだ……」

加蓮「やれやれ、ようやくって感じじゃない?」

卯月「えっ? 五十嵐君にラブレターっ?! 誰からなんですか?!」

 僕が教室に着く頃には、なんかもう大騒ぎだった。
 女子は歓声を上げ、男子はロッカーから大量のクラッカーを取り出し打ち上げている。
 時たま思うが、このクラスの男子は何故常にパーティーグッズを常備しているのだろう。
 というか、うるさい。

P「やれやれ……なんで僕以上に盛り上がってるんだみんな」

 人の恋路は蜜の味と言うのは分かるが、それはそれとして盛り上がり過ぎだろう。
 余りにも精神年齢が幼いと言わざるを得ない。

新田「おい五十嵐! お前なんで喜んでねぇんだよ!」

鷺沢「そうだぞ、ラブレター貰うとか羨まし過ぎんだろ喜べよ!!」

P「全く…………あのな? こういう時は下手に舞い上がらず落ち着いて振る舞いたいもんなんだよ」

 すー、っと。
 僕は、大きく息を吸って……

P「っっっひゃっほぁぁぁぁぅぅぅぅっっ!!」

 っしゃぁぁぁぁぁっっ!!
 僕に! 春が来たぁぁぁぁっっ!!
 えマジで?! これマジでラブレターだよな?!?!
 っほぉ、やっべマジかやっべおほほ。

P「誰かなぁ! 誰がくれたんだろうなぁ!」

新田「開けろ開けろ!」

P「いやぁ、でもこういうのは一人で落ち着いて読みたいんだよなぁ!!」

鷺沢「まぁお前以外のみんなは誰が書いたのか分かってるけどな」

P「なんでさ」

 男子たちが謎のダンスを踊っている中でラブレターを読む気にはなれない。
 いつの間にここは古代の集落みたいになってしまったのだろう。
 僕だって勿論早く読みたい気持ちはあるが、いかんせん落ち着かない。
 女子の皆さん、黒板に祝! とか絵とか描かなくて大丈夫ですので。
66 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:40:09.26 ID:ueo6A56r0



 ガラガラガラ

美穂「ふぅ……日直じゃなければもう五分くらい長く寝れるのに……えっ、な、なんでこんなに盛り上がってるの?!」

 職員室から戻って来た小日向が、宗教の会合と化した教室に驚いていた。
 そりゃそうだよな、うん、僕だって多分ビビる。

加蓮「やるじゃん美穂! 末永く幸せにね!!」

智絵里「美穂ちゃん……勇気、出したんですね……!」

美穂「……ん? え? 何の事……?」

 ピタッ、っと。

 その瞬間だけ時間が止まったかの様に、教室中から音という音が消えた。
 まるで音や声が忘れられてしまった世界の様で。
 誰もが、音を一切発さずに。
 動く事無く、静寂だけを保っていた。

加蓮「…………え……ねぇ美穂、一応聞くけど……誰かにラブレター渡したり……してない?」

美穂「え? らっ、ラブレターですかっ?! ま、まだ渡せてませんっ!」

智絵里「え、えっと……誰かの下駄箱にコッソリ入れたり……」

美穂「まだ出来てませんっ!」

加蓮「…………」

智絵里「…………」

鷺沢「…………」

新田「…………」

クラスメイト全員「「「…………」」」

 なんか、教室が静かになった。
 なんだみんな、情緒不安定か。
 まぁ、いいや。
 静かなら静かに越した事はない。
67 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:40:38.72 ID:ueo6A56r0



P「それじゃ、読むかー!」

加蓮「鷺沢っ!」

鷺沢「分かってるっ!!」

 ダンッ!

 物凄い勢いで鷺沢が飛び込んで来た。
 バネの様に一気に距離を詰められ、その手が僕の顔面に伸びる。

P「っぶなっ! 何すんだよお前っ!」

 それをすんでのところで躱し、僕は一歩飛び下がる。
 一発目から顔面なんて、僕みたいに慣れてなかったらトラウマモノだぞ馬鹿。

鷺沢「事情が変わった、お前にそのラブレターを読ませる訳にはいかない」

P「うるせぇ! こいつは僕が貰ったラブレターだ!」

美穂「Pくんっ! 後ろっ!!」

 突然小日向が叫んだ。
 その声で殆ど反射的に伏せた僕の頭上を、新田の脚が通り過ぎる。
 軌道的に明らかにラブレターを握った腕を狙っていた。
 という事は……こいつらの目的はこのラブレターか。

 ……それはそれとして、さ。
 こいつら、余りにも容赦が無さ過ぎるんじゃないかな。
 小日向の助けが無ければ、下手したら腕折れてたぞ。
 なんでそんなに僕にラブレターを読ませたくないんだ。

新田「お前ら! 目標はラブレターだ! 五十嵐自体には可能な限り怪我を負わせ無いように!」

P「お前が言うなよ」

新田「間違えた、可能な限り怪我を負わせろ! 死なない程度にブッ殺せ!!」

男子s「「「応っっ!!」」」

P「クソッ!!」

 ダンッ!

 ゴキブリの様に飛び掛かってくる男子の群れを掻い潜り、僕は教室の外へと逃げた。
 何故かは分からないが、連中は僕にこのラブレターを読ませたくないらしい。
 でも、僕は読みたい。
 ならばこちらの勝利条件は単純明快。

 逃げて、読む。
 ただそれだけだ。

新田「逃すかボケェ! 追え!!」

男子s「「「新しい女に手を出させるなこの妻帯者!!」」」

 走る、走る、走る。

 かくして、ラブレター争奪戦の火蓋は切って落とされた。


68 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:41:16.65 ID:ueo6A56r0


P「…………ふぅ……」

 四階、屋上へと繋がる階段。
 僕は腰を下ろし、大きく深呼吸をしていた。
 遠くから追っ手の怒号が聞こえてくるが、此処に近付いて来てはいない。
 どうやら正解みたいだ。

 この時間、屋上は開放されていない。
 つまりこの屋上へと繋がる階段は、現在行き止まりになっている。
 だからこそこんな場所には逃げ込まないだろう、という思考の裏をかく。
 まぁ長くは居られないだろうが。

 けれど、長い時間留まるつもりもない。
 僕はラブレターさえ読めれば、それで良いのだ。
 後は既に読んでしまったとの旨を伝えれば、おそらく暴行は必要最低限のもので済ませてくれるだろう。
 痛いのは嫌だが、手加減はしてくれる……と信じてる。

P「すー…………開くか……っっ?!」

 シュッ!

 突然、遠くから何かが飛来して来た。
 それをブレザーの裾でガードし、うっわ刺さってるよ響子に怒られるじゃん……

P「これは…………栞」

 ブレザーの裾には、栞が数枚突き刺さっていた。
 ……栞を何枚も持ち歩いているのは、クラスに一人しかいない。

鷺沢「次は股間を狙う」

P「使い物にならなくなるから本気で辞めて欲しい」

 鷺沢だった。
 かつん、かつんと階段に近付いてくる。

P「よく分かったなお前」

鷺沢「小日向にお前が逃げそうな場所を聞いたんだ」

P「えっズルイ。あとよく栞投げて刺せるな……」

鷺沢「姉さん直伝だよ。15メートル以内なら外しはしない」

 お前の姉さんは忍者か何かなのか。
 っていうかお前姉さんいるの? 羨ましいなぁ……

鷺沢「従姉妹だよ」

P「結婚出来るじゃん」

鷺沢「いや、でも姉さんってこう……家だと女捨ててるから……」

P「は? 従姉妹の姉さんと同居してんのかお前。事情が変わった殺す」

鷺沢「こっちのセリフだ馬鹿。妻帯者でしかもあんなに可愛い妹さんがいるのに更にラブレターが読みたいだと? 寝言は永眠してから言え」

 少しずつ、鷺沢が距離を詰めて来た。
 地の利は階段の上に居る僕にある。
 蹴って階段から落としても鷺沢なら多分死にはしないだろう。
 僕だってラブレターが読みたいんだ、お前の様なラノベ主人公みたいな奴に奪われてたまるか。
69 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:41:44.81 ID:ueo6A56r0


P「……あ、窓の外におっぱい!」

鷺沢「マジ?!」

 ダンッ!

鷺沢「あっ、騙したなお前!」

 馬鹿が窓の外を見ている間に、僕は手摺を超えて一気に下のフロアまで飛び降りた。
 大きな音が響いてしまったが、さっさと逃げれば問題無い。
 栞の射程距離である15メートルはおそらくもう開いているだろう。
 鷺沢よりは僕の方が足が速いから、このまま……

加蓮「逃す訳無いじゃん」

 ばっ、っと両手を広げて通せんぼをする北条さんが目の前に居た。
 ……やっぱり北条さん、結構おっぱいあるよな。

P「……どいてくれ北条さん」

加蓮「だーめ、悪いけどアンタにラブレターを読ませる訳にはいかないの」

P「鷺沢と海行った時の写真送るから」

加蓮「…………そ、そんなんで私が釣れると思ったの?」

 分かりやす過ぎる。

加蓮「今回ばかりは私も譲れない……あの子を傷付ける様な事はさせないから」

鷺沢「よし、北条。そいつをそのまま引き留めててくれ」

 くそ、鷺沢が追って来てる。
 まずい……なんとか逃げないと……

P「……鷺沢! 今朝の150円返すわ!!」

 突っ走って来る鷺沢に150円を投げ付け……

P「北条さん。今朝鷺沢に二人はどんな関係なの? って聞いたらただのクラスメイトだって言ってた」

加蓮「…………ふーん」

鷺沢「…………言ってないぞ」

加蓮「……そっか……そうだったんだ……」

鷺沢「…………」

加蓮「…………何か言ったら?」

 よし。
 夫婦喧嘩は犬も食わないって言うし、僕はさっさと逃げよう。

鷺沢「……五十嵐後で覚えてろよ」

加蓮「へー、後があると思ってるんだ」

70 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:42:16.44 ID:ueo6A56r0



 タッタッタッ

 ペースを落とさず校舎内を駆け巡る。
 男子トイレの個室は全て鍵が掛かっていたが、あれ普通に他の生徒に迷惑だからやめた方が良いと思う。
 まぁ、それ程までに男子の連中は本気で僕を仕留めようとしているという事だろう。
 他人の恋路を邪魔するのがそんなに楽しいのかあいつら。

 此処、二階の渡り廊下は眺めが良くある程度クラスメイトの位置は把握出来る。
 けれど両方から挟み撃ちされた場合、逃げ場は無い。

P「そろそろどっかに隠れて……うぉっ?!」

 ダンッ!

 目の前をバスケットボールが豪速球で通り過ぎて行った。

P「……新田か」

新田「殺す」

P「会話して」

 狂戦士となった新田の目には、かつての優しさはどこにもなく。
 いや、元から優しさなんて無かったか。
 あいつは今、僕を仕留める事しか考えていない。
 頭を狙って来たの、普通に怖いからな。

P「……悪いな、新田」

 新田の方が足が速い。
 力だって向こうの方が上だろう。
 更にバスケットボールまで持っていて、戦力差は絶対的だ。
 ……それでも。

P「僕は逃げ切る。ラブレターの為なら……手段は選ばない!!」

新田「死ねオラァ!!」

 新田が腕を振りかぶる。
 あのバスケットボールが放たれれば、おそらく次に僕が目を覚ますのは夕方ごろだ。

 ……だから。
 それよりも早く、叫ぶ。

P「先生ぇぇぇっ! 廊下でバスケしてる奴が居まぁぁぁぁす!!!」

新田「げっ、おい馬鹿やめろ! もう今月何回反省文書かされたと思ってんだ!!」

 ……いや、なら廊下でバスケするなよ。

P「先生こっちです! あいつあいつ!!」

新田「覚えとけよ五十嵐っ!!」

 新田が全力で走り去って行った。

 ……馬鹿め、ハッタリに決まってる。
 先生なんて来てないというのに。
 
P「…………さて」

 今の声を聞きつけたクラスメイト達が、間も無くこの場に到着してしまうだろう。
 おそらくこの渡り廊下の両方から、奴らは来る筈だ。

P「……やるか」

 窓を開ける。
 健やかな空気が、肺を駆け巡る。
 真下は中庭、芝生だからそこそこ衝撃を吸収してくれそうだ。
 もう既に廊下を走る足音は近くに聞こえていた。

 屈伸して、伸脚して。
 僕は、窓の枠に手を伸ばす。

 良い子は、絶対真似してはいけません、っと。

 
71 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:43:10.30 ID:ueo6A56r0


〜中庭〜

男子A「お゛う゛ゴラァ五十嵐ぃ! 出てこいボケェ! 出すもん出さんかぃ!!」

男子B「エロ本あるぞー、すっごく良いエロ本だぞー」

 ……ふぅ、行ったか。
 中庭の茂みから辺りを見回すも、近くにクラスメイトの気配は無かった。
 よくスパイごっこをしていたから、見つかりづらい場所は熟知していて。
 一緒に遊んでいた鷺沢は多分今頃必至に弁解してるだろうから、見つかる可能性は低い。

 ……着地、上手くいって本当に良かった。

 さて、と。
 北条さんには後で謝るとして。
 それじゃ……ラブレター、読んじゃいますか。
 ふふふ……ラブレター……ふふ……

智絵里「……五十嵐くん」

P「っ?!」

 背後に、緒方さんが居た。
 いつの間に背後を取られた?
 近くにクラスメイトの気配は無かった筈だ。
 それに、女の子がこんな茂みの中入ってくるもんじゃないぞ。

智絵里「えへへ……わたし、いつも中庭で四つ葉のクローバー探ししてるから……」

P「……緒方さんも、ラブレターを奪いに?」

智絵里「うん……その、本当は良くない事って分かってるけど……それでも、お友達の為だから……」

P「……ごめん、緒方さん。悪いけど、このラブレターは渡せない」

智絵里「…………良いんですか?」

P「え、何が?」

 なんで、緒方さんはそんなに強気なんだろう。
 気付かれずに背後を取ったと言うのに、その圧倒的な優位を捨ててまで僕に声を掛けて。
 それは、まだ僕を説得する奥の手が残されてると言う事か?
 いや、言いたくは無いが緒方さんに僕が負ける筈が……

智絵里「……ここ、茂みなんです」

P「そうだな」

智絵里「……今は、わたしと五十嵐くんしか居なくて……」

P「……そうだけど……?」

智絵里「…………わたしが悲鳴を上げたら、どうなっちゃうのかな……」

P「……………」
72 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:43:36.22 ID:ueo6A56r0


 ……………。

 …………………………。

P「……………勘弁して下さい」

智絵里「えへへ……だったら……ラブレター、下さい」

 ここまで胸がときめかないラブレター下さいは初めて聞いた。
 いや、ときめきに関係なくラブレター下さいとか言われた事は無いが。
 それと心臓のバクバク半端ないが。
 緒方さん、もしかしなくてもめっちゃ強いのでは。

P「……逃げ」

智絵里「ようとなんて考えないで下さい……余計に罪が重くなっちゃうから……」

 不味い不味い不味い。
 本格的に、僕に勝ち目がない。
 緒方さんが悲鳴を上げた時点で、僕は強姦未遂だ。
 けれど逃げられない……それでも、僕は……!

P「……緒方さん!」

智絵里「えっ? は、はい……!」

 絶対に勝てないと分かっていても。
 それでも男には、逃げられない時がある。
 やってやるさ、ラブレターを読む為なら。
 僕は、勢いよく息を吸い込んで……

P「参りました!!!!!」

 ラブレターを、緒方さんに手渡した。

73 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:44:09.58 ID:ueo6A56r0


P「…………」

新田「…………」

鷺沢「…………」

加蓮「…………」

智絵里「…………」

クラスメイトs「「「…………」」」

卯月「反省して下さいっ!」

 教室にて。
 島村さんと小日向以外のクラスメイトが、全員こうべを垂れていた。

卯月「……先生、怒って職員室に戻って行っちゃいました。誰が呼びに行かなきゃいけないか分かってますよね?」

 ……授業、始まってたもんな。
 なのに殆どの生徒が教室に居なければ、それは先生だって怒るだろう。
 いや、他の奴らが追いかけて来なければこんな事にはならなかったのだが。
 あ、本当にごめんなさい反省してます。

卯月「……私が行くんです。戻って来たら全員ちゃんと謝って下さい」

 ガラガラガラ

 島村さんが教室を出て行った。
 教室に、居心地悪い空気だけが残る。

新田「五十嵐が逃げなければ丸く収まってたんだぞ」

P「僕悪い事してないんだけどなぁ……あれ? 鷺沢は?」

加蓮「保健室じゃない?」

 深くは追求しないでおこう。

加蓮「にしてもホントナイスじゃん智絵里」

智絵里「……先生に怒られちゃう……」

P「……僕のせいにして良いから」

 緒方さんに奪われたラブレターは、結局僕は読む事が出来なかった。
 渡してくれた女の子には本当に申し訳ない。
 あーあ……どうしよう。
 嫌われるよな、僕。
74 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:44:58.51 ID:ueo6A56r0



加蓮「あ、美穂。せっかくだしラブレターの差出人だけ見ちゃえば?」

美穂「えっ? そ、そんな事出来ませんっ!」

加蓮「ライバルの事くらいは知っといた方が良いと思うけど」

美穂「ら、ライバルだなんて……」

加蓮「智絵里それ美穂に渡してあげて」

智絵里「え……っ、あっ、はい」

美穂「そ、そんな事悪くて出来ないです……」

 良かった、小日向に良心があって。

美穂「……あー、何もしてないのに開いちゃいましたーっ!」

 おい。

 それはそれとして、差出人は僕も気になる。
 クラスメイトって事はなさそうだけど、だとすると誰だったんだろう。

美穂「…………あれ?」

加蓮「ん?」

智絵里「ど、どうかしたんですか……?」

 まだ封を開けただけの小日向が、ポツリと呟いた。

美穂「これ、『鷺沢君へ』って書いてあります……」

加蓮「…………」

智絵里「…………」

新田「…………」

P「…………」

クラスメイトs「「「…………」」」

 ……あぁ、そういう事。
 僕と鷺沢の下駄箱、隣同士だからか。
 間違えて僕の方に入れちゃったって事か。
 おっちょこちょいな女の子だな。

 成る程…………成る程。

P「保健室行ってくる」

新田「行くぞ」

男子s「「「応っ!!!」」」

 ガラガラガラ

卯月「…………」

 一時間目の授業は反省文になった。

75 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:46:00.29 ID:ueo6A56r0



美穂「はぁ…………」

加蓮「何ため息なんて吐いてるの? 幸せ逃げてくよ」

美穂「良いですよねー加蓮ちゃんは。そういう悩み無さそうで」

加蓮「心配したら毒吐かれたの普通に傷付くんだけど」

 木曜日の放課後。

 ため息と毒を吐きながらの通学路。
 Pくんはお友達と本屋に寄って帰るらしいので、わたしは加蓮ちゃんとのんびり歩いていました。
 ため息を吐いてた理由はとっても単純です。
 Pくんが、ぜんっぜんわたしの気持ちに気付いてくれないから。

 自分で言うのは難だけど、結構ストレートな好意をぶつけてるつもりなんだけどな……
 あのにぶちんさんは、多分まっっったく意に介してくれてません。
 ……ま、まぁ……た、たまに土壇場で素直になれなくなっちゃう時とかもありますけど。
 そ、それだってPくんがデリカシー無い発言したり急にわたしがドキッとしちゃう言葉を言うからだもん!

美穂「今日だって一緒に帰りたかったのに、お友達と本屋さんに行っちゃうし……」

加蓮「美穂も行けば良かったじゃん」

美穂「勿論わたしも一緒に行きたいです、って言ったけど……ダメって言われちゃったんだもん……」

加蓮「もしかして鷺沢と一緒に買いに行くって言ってた?」

美穂「あ、うん。なんで分かったんですか?」

加蓮「あー、うん。確かに断るよね。…………あのバカ……私がいるじゃん……」

 どうやら加蓮ちゃんは、Pくんが断った理由を知ってるみたいです。
 ……仲良いですよねー、Pくんと加蓮ちゃん。
 加蓮ちゃんも結構胸あるもんねー、そうですよねーPくんはおっぱい大好き星人だもんねー。
 …………わたしだって! あるのに! 2つも!!

加蓮「……何? 私の胸に何かついてる?」

美穂「加蓮ちゃんにも2つついてました……」

加蓮「……美穂、結構五十嵐に影響されてるよね」

美穂「ところで加蓮ちゃん、サイズの方は」

加蓮「83だけど」

美穂「卯月ちゃん一族の方でしたか……」

加蓮「美穂もそんなに変わらないでしょ」

美穂「わたしもあと1大きくなればPくんも興味持ってくれるのかな……」

加蓮「……無理でしょ、五十嵐が美穂の事そういう目で見るなんて」
76 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:46:32.24 ID:ueo6A56r0


 幼馴染だからなのかな。
 ずっと一緒に居たからなのかな。
 Pくんとの距離、近過ぎたのかな。
 もちろん、だからって幼馴染じゃ無ければ良かったのになんて事は思いませんけど。

美穂「……Pくん、もしかして他に好きな人いるのかな……」

加蓮「いないんじゃない?」

美穂「……そんな気はするけど……だったら! 尚更! わたしの事好きになっても良いじゃないですかっ!!」

加蓮「……はぁ……あ、そういえばこないだ美穂ラブレター書いたとか言ってなかったっけ?」

美穂「家に厳重に保管してあります」

加蓮「渡す気0!」

美穂「そ、そんな勇気あったらとっくに付き合えてるもん!!」

加蓮「余りにも自過剰」

美穂「加蓮ちゃんはわたしとPくんじゃ釣り合わないって言ってるんですか?!」

加蓮「めんっっっっどくさい!! 美穂割とめんどくさいとこあるよ?!」

美穂「加蓮ちゃんにだけは言われたく無かったかなぁ!」

加蓮「……やめとこ? 不毛過ぎるから」

美穂「…………うん」

 ……じ、自分でもたまーに思う事はあるんです。
 わたしって、もしかしてめんどくさい女の子なんじゃないかな、って。
 だって、自信無いんだもん……
 ……Pくんにもそう思われてたらどうしよう……

加蓮「……はぁ……仕方ない、頼らせたく無かったけど」

美穂「え?」

 そう言って、加蓮ちゃんはこっちを向きました。

加蓮「……隣のクラスにさ、優秀な恋愛アドバイザーがいるんだよね」

美穂「恋愛……アドバイザー……」

加蓮「通称、ラブ師匠」

美穂「ラブ師匠……」

 ……だ……ダサい……

加蓮「あいつが恋のキューピットになったカップルは数知れず、豊富な知恵と大胆な作戦でどんな難産カップルもあっという間にバカップルにしちゃう」

 まぁ本人はあのざまだけど、なんて笑っている加蓮ちゃん。
 ……恋愛アドバイザーかぁ……
 わたし一人が考えたアタックじゃダメだったし、たまには誰かに頼っても良いのかな。
 それにしても加蓮ちゃん、随分その子をこき下ろすね……

加蓮「明日、行ってみたら?」

美穂「……うん、そうしてみます」

 ダメで元々、上手く行ったら儲けものくらいに考えて。
 何でも一度は試してみるべきだよね。

美穂「……あ、ところでその子の名前は?」

加蓮「…………あいつの名前は……」

 ひゅぅうっ、って。

 五月にしては、冷たい風が駆け抜けました。
 カラスの鳴き声も車の騒音も、やけに遠くに聞こえて。

 ……ここ引き延ばす必要ある?

加蓮「……なんだっけ」

美穂「そんな事ある?」

77 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:47:07.72 ID:ueo6A56r0



 キーンコーンカーンコーン

 四時間目の終わりのチャイムが鳴って、お昼休みに突入です。
 男子達はボールを持って体育館に、例に漏れずPくんも。
 ……バスケやってる時のPくんカッコいいから見に行きたいな。
 あ、違う違うラブ師匠でした。

卯月「美穂ちゃん、一緒にお弁当食べませんか?」

美穂「あ、ごめんね卯月ちゃん。わたしこれからラブ師匠だから」

卯月「……ラブ師匠だから、って断られたの初めてでビックリです」

 大きく息を吸い込んで。
 わたしは、隣の教室の戸をノックしました。

美穂「し、失礼します! ラブ師匠はいますかっ?!」

先生「…………」

生徒「…………」

 どうやらまだ授業中だったみたいです。
 先生が驚いてチョークを落としました。
 沢山の目がこっちに向いてます。
 でも、誰も喋ってくれなくて。

 …………ふふ……

美穂「…………きょ、教室間違えました……っ!」

 バタンッ!

 急いで締めて自分達の教室に戻ります。

卯月「あ、おかえりなさい美穂ちゃん。ラブ師匠ってなんなんですか?」

美穂「まだ授業してました……」

卯月「そんな授業ありました?」

78 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:47:42.63 ID:ueo6A56r0



 5分後、テイク2。

 今度は少しだけドアを開いて、きちんと休み時間になってる事を確認してから入ります。
 あ、やめて見ないで……さっきの子じゃんとか言わないで下さい……

美穂「ら、ラブ師匠……居ますかー……?」

 加蓮ちゃんから名前も特徴も教えて貰えなかったから、恥ずかしいけどラブ師匠とお呼びして探します。
 これ、普通に罰ゲームか何かなんじゃないかな……

??「……あの、恥ずかしいのでその呼び方辞めて貰っていいですかぁ?」

美穂「っ! あ、貴女がラブ師匠ですかっ?!」

??「ねぇ聞いてました?」

美穂「わ、わたしだって恥ずかしいもんっ!!」

??「だったら呼ぶのやめれば良いじゃないですかぁ!」

美穂「じゃあなんて呼べば良いの? 裸婦師匠?!」

??「それじゃただの露出狂ですよぉ!!」

 ……ごほんっ。

 どうやら、目の前にいる子がラブ師匠らしいです。
 やっぱり本人も恥ずかしかったんだ……

まゆ「ごっほんっ! 佐久間まゆです。貴女のお名前は?」

 なんだかおっとりしてそうな女の子です。
 背もそんなに高くなくて、胸もそんなに……初対面で胸見ちゃうの、完全にPくんのせいですからね。

美穂「あっ、えっと……小日向美穂です。その、相談したい事があって……」

まゆ「ラブ師匠って呼んで来た時点で恋愛相談だって分かってますよぉ」

美穂「ところでなんでラブ師匠って呼ばれてるんですか?」

まゆ「あの女が馬鹿にして呼んでただけです。なのに何故かそれが広まってしまって……」

 あの女……?

美穂「それで……今相談しても大丈夫ですか?」

まゆ「はい、まゆは恋する女の子の味方ですから。あ、一名だけ対象外ですが」

 明らかに敵視されてる女の子がいるんですね……
79 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:48:15.74 ID:ueo6A56r0



まゆ「では……美穂ちゃんでいいですか?」

美穂「うん、わたしもまゆちゃんって呼べば良い?」

まゆ「構いません。それで……好きな男がいるって前提で大丈夫ですよね?」

美穂「はい……ええっと、幼馴染で今も同じクラスです」

まゆ「ふむふむ」

 それからわたしは、Pくんについての説明をしました。
 にぶちんさんな事。
 わたし以外の女の子の胸が大好きな事。
 現在好きな人はいない事。

まゆ「成る程……鈍感過ぎて美穂ちゃんのアピールに全く気付いてくれない、と」

美穂「うん……酷いよね、女の子の敵だと思う」

まゆ「いえあの、まゆは別に愚痴を聞く係って訳ではないので」

美穂「Pくん、胸がついてれば誰だって……きっと鶏だって良いんです!」

まゆ「あの」

美穂「エッチな本読むし! 女の子の事エッチな目で見てるし! そのくせわたしにはそう言う感情一切抱いてくれないの!」

まゆ「アドバイス受ける気あります?」

美穂「…………でも優しくてカッコいいんです……」

まゆ「…………重症ですねぇ……」

 あ……思わずヒートアップしちゃいました。
 まゆちゃんに苦笑いされちゃってます。

まゆ「……それ程までに、美穂ちゃんはその方にお熱なんぇすねぇ」

美穂「…………うん、好き。とっても好き」

まゆ「それを伝えてみるのが一番手っ取り早いと思いますが……」

美穂「出来ないから……その、良いアドバイスを貰えたらな、って……」

まゆ「……うふふ、良いでしょう。まゆにお任せですっ!」

 にこっ、って笑うまゆちゃんはとっても可愛くて。
 Pくんには絶対会わせてあげないって誓いました。

まゆ「ところで、その方の写真とかって持ってますか?」

美穂「スマホは学校に持って来て無いから……おうちに帰ればアルバムがあるんだけど……」

まゆ「……あ、アルバム? ……あぁ、小学校とか中学校の頃のですかぁ?」

美穂「え? ううん? Pくんの写真だけのアルバムだよ?」

まゆ「…………美穂ちゃんとは仲良くなれそうです」

美穂「あ、ありがとうございます……」

 なんだか分からないけど、取り敢えずありがとうございます。
80 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:48:50.95 ID:ueo6A56r0


まゆ「……まず、簡単な所ではデートですねぇ。デートという名目でなくとも、男女二人きりでのお出かけともなれば自然と距離が近付く筈です」

美穂「あ、休日はいつも二人でのんびり過ごしてます」

まゆ「むむ、やりますねぇ……何処にお出かけしてますかぁ?」

美穂「Pくんのお部屋が多いかな」

まゆ「は?」

美穂「何処かに出かけるよりものんびり出来るし、Pくん朝起きられないからわたしが迎えに行ってあげないといけないから……」

まゆ「は?」

美穂「あ、平日はいつもわたしが起こしに行ってあげてるんです。そのまま一緒に寝ちゃう時もたまーにあるけど……たまーにですよ?」

まゆ「は?」

美穂「でもね? Pくんの寝顔、とっても可愛いんです。無防備で、無邪気で……き、キスはまだ出来てないですけど……」

まゆ「は?」

美穂「あ、それでね? Pくんには妹がいるんだけど、その子が居ない二人っきりの時はいつも心臓バクバクしちゃって……緊張して空回りしちゃったりするんだ」

まゆ「……ず、随分と進んでらっしゃいますねぇ」

美穂「そうなのかな? 当たり前になっちゃってて分からないかも……」

 あれ?
 幼馴染の家に上がるのって普通だよね?
 起こしに行くって名目で会いに行くものだよね?
 ……あれぇ?

まゆ「幼馴染とは言え異性ですよ?」

美穂「でももう慣れちゃってるから……」

まゆ「……ごほんっ、それはそれとして……お部屋に入り込めているようであればもうこっちのものです」

美穂「そうなんですか?」

まゆ「どうやらその方は随分と性に対する興味が大きそうですから……そうですね、シャツのボタンを一つ多く開けてみたり、スカートの裾をさり気なく上げてみたりは如何でしょう?」

美穂「うーん……Pくん、わたしが下着つけてなくても全然興味無さそうなんです」

まゆ「…………は?」

美穂「わたし今下着着けてないんだよ? って言っても全然恥ずかしがってくれないし……驚いちゃうよね」

まゆ「今まゆは美穂ちゃんに対して今世紀最大の驚きを覚えてます」

美穂「あ、ところで他には何かないかな?」

まゆ「無いです、無理です。まゆには手に負えません」

 そ、そんな……
81 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:49:18.69 ID:ueo6A56r0



まゆ「何というか……きっと、二人の距離が近過ぎるんだと思います」

美穂「そう?」

まゆ「普通、異性の部屋でノーブラノーパンになったらそこでゴールインですよぉ!」

美穂「お、幼馴染だから……昔はよくお風呂借りてたし……」

まゆ「その『幼馴染だから』が最大の弊害ですねぇ……」

美穂「……だよね……たまに思うんだ」

まゆ「押してダメなら引いてみろ……とは言いますが、美穂ちゃんには難しそうですねぇ」

美穂「そ、そんな事ないよ? 別にPくんと一日くらい会えなくても……」

まゆ「それ殆ど答えじゃないですかぁ……とは言え、きっと不安になるだけなので下手に距離を置いても良い事はなさそうですね」

美穂「…………うん。毎日会いたいです」

まゆ「……その気持ちを伝えれば良いだけではあるんですが……ところで美穂ちゃんは、どうしてその方が好きなんですか?」

美穂「えっ?」

まゆ「好きになった理由です。きっかけとか、意識し始めた理由とかありませんか?」

美穂「……それは……」

まゆ「……思い出せないのであれば、きっと思い出してみた方がいいと思います。無いのであれば……うふふ、今から見つけるだけです」

美穂「…………」

まゆ「どうやら美穂ちゃんが好きな男の子には、意中の子はいない……なら、美穂ちゃんが諦めなければ、きっといつか結ばれる日が来ると思います」

美穂「で、でも……もし他の子がPくんに告白しちゃったら……」

まゆ「そうなったら…………うふふ、ふふっ」

美穂「……………ど、どうするの……?」

まゆ「カラオケならお付き合いしますよぉ」

美穂「失恋してるー!!!!」


82 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/21(日) 22:49:47.45 ID:ueo6A56r0




美穂「ありがとね、まゆちゃん」

まゆ「うふふ、お安い御用ですっ」

 それから、お昼休み中ずっとまゆちゃんには相談に乗ってもらいました。
 まゆちゃんは聞き上手で、わたしもついつい話し過ぎちゃって。
 アドバイスというアドバイスはあんまり無かったけど、気分がとっても軽くなったかな。
 今はきっと、焦らなくても大丈夫そうです。
 
まゆ「あ、そう言えば近々隣の駅に屋内プールが出来るそうです。誘ってみると良いかもしれませんねぇ」

美穂「ぷ、プール…………うん、誘ってみます」

 プールかぁ……水着、だよね……
 恥ずかしいな……
 あ、別にPくんに見られるのは別に恥ずかしくないんです、どーせ見てくれないですから。

まゆ「ラブレターも、書き終えている様でしたら持ち歩いた方が良いと思います。もし勇気が出せそうな時、すぐその場で渡せる様に」

美穂「……うん。ほんとにありがとね、まゆちゃん」

まゆ「決して下駄箱に入れるなんて事はしないように。焦って隣の人の下駄箱に入れちゃったら大変ですから」

美穂「そんな事ある?」

 ……あれ?
 そういえばこないだ、そんな事があった様な……

まゆ「……思い返したら恥ずかしくなってきました……あぁもう、まゆのおバカ!」

美穂「…………あー……」

 あのラブレターって……

「あれ? 小日向教室に居ない? 僕のお弁当あいつに没収されてるんだけど……困ったな」

 廊下の方から、そんな声が聞こえてきました。

まゆ「……うふふ、彼氏さんが呼んでますよ?」

美穂「……返してあげるの忘れてた……ごめんねPくん、今行きますっ!」

 お昼休み、もう後5分しかないですけど。
 わたしもまだだから、一緒に食べようかな。

83 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:10:45.19 ID:/zMvO5IP0



響子「お兄ちゃーん! 玄関雨漏りしてますっっ!!」

P「バケツ何処だっけ?!」

響子「洗面所の下!!」

美穂「わ、わたしも手伝いますっ!」

P「いいって、取り敢えずそっちは連絡入れとけ」

 慌ただしく家を駆け回る午後七時。
 外の天気は大雨、数年に一度クラスのタイフーン。
 余りにも強い風が窓を叩き、家中に振動を伝えていて。
 外を飛び交う植物やビニール袋がその凄まじさを語っていた。

P「ふぅ……響子、洗濯物取り込んであるよな?」

響子「ちゃんと取り込んで屋内に干してありますからっ!」

 出来た妹で本当に良かった。
 ついさっきまでは風が強いなと感じる程度だったが、本当に突然世界が変わってしまったかの様に雨と風の大行進。
 各地で停電が多発していて、避難勧告が出た場所もあるらしい。
 これは……外、出たくないなぁ。

P「小日向、どう?」

美穂「うん……無理そうです。ピークが今夜の一時だって」

P「え……これまだ強くなるのか」

美穂「どうしよう……『帰れないからPくんの家に泊めて貰います』って連絡はしましたけど……」

P「いやそれもう答え出てるじゃん」

 まぁ別に僕は構わないけれど。
 寧ろこの大雨の中、女の子を放り出す方がマズイだろう。
 窓を叩く雨はどんどん強くなって、家中に響き渡っている。
 藁の家を作った子ブタも、狼に襲われた時こんな気持ちだったんだろうな、なんて。
84 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:11:10.80 ID:/zMvO5IP0


美穂「いいですか?」

P「もちろん」

響子「着替えは私が貸しますから。あと美穂ちゃん……私の部屋で寝るんですからね?」

美穂「そんな……事分かってますからね?」

響子「今露骨にがっかりしてませんでした……?」

 夕飯は既に済ませている。
 であれば、後はお風呂入って寝るくらいだけれど。

P「先二人で風呂入ってくれば?」

美穂「えっ? わ、わたしとPくん」

響子「の妹の私とですからね?」

 響子が小日向の言葉を繋いだ。
 それにしても響子、今日はいつにも増して元気だなぁ。
 兄としては喜ばしい限りだが、それはそれとしてずっとこっちをジト目で見てくるのは居心地が悪いのでやめて頂きたい。

美穂「わ、分かってるもんっ!」

響子「……お兄ちゃん、絶対に覗いちゃダメですからね!」

P「僕が響子と小日向の風呂を覗くと思ってるのか?」

美穂「ど、どーだかっ。Pくんエッチだもん」

P「流石に妹と小日向をそういう目でみる事はないから安心して欲しい」

美穂「…………」

響子「あの美穂ちゃん、私が居るのにそんな事されても本当に困るからやめて貰えますか?」

美穂「響子ちゃんはどっちの味方なの?!」

響子「少なくとも正しい人の味方です!!」

美穂「わたしの味方って事だよね?!」

響子「今までの言動に美穂ちゃんが正しいところあった?!」

美穂「でもPくん男の子だよ? 欲望に従うのが正しい事なんじゃないかな?」

P「いやだから別にお前ら二人にそういう欲望は」

美穂「Pくんは黙ってて! わたし正論に打ち負かされちゃうじゃないですか!!」

 何を言っても僕の発言に意味は無さそうだ。
 仕方がない、テレビでも見てよう。

85 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:12:00.65 ID:/zMvO5IP0



『今も台風は勢力を増しており、このまま東へとーー』

 リビングで天気予報を眺めながらスマホを弄る。
 停電した時用に、モバイルバッテリーの充電もしといた方が良いかもしれないな。

「わぁ……響子ちゃん、結構あるんですね……」

「美穂ちゃん、結構お兄ちゃんに影響されてますよね……」

「……ちなみに、その……おいくつですか?」

「えっと、15ですけど……」

「その胸で?! 嘘つき!!」

「年齢の話ですっ!!」

「……あっ……でも、15でそんなに……」

「助けてお兄ちゃーん……!」

 お風呂場の方からは、時折二人の会話が聞こえて来る。
 なんとも仲睦まじい事で。
 あー僕も美少女と二人で仲睦まじくお風呂に入りたいなぁ。
 今突然島村さんがこの家を訪れてくれたら良いのに。

 求む美少女イエスタッチ。
 イエスタッチって凄いな、神に触れし者じゃないか。
 僕も神話の時代に生まれていたら女神たちとお風呂に入れたんだろうか。
 その頃ってシャワーとか追い焚き機能とかあったのかな。

 それにしても……と、僕は溜息をついた。
 分かっていた事ではあるが、女の子というのはなかなかにお風呂が長いものだ。
 普段響子一人でも長いのに、小日向と喋ってるからだろうが普段の二倍近く長く入っている。
 この時間で宿題終わらせられたな。

「……あれ? バスタオルが……」

「あ、さっき畳んだの持って来るの忘れてました……お兄ちゃーん!」

P「はいはーい、バスタオルなー?」

「はいっ、お願いしまーす!」

「つ、つーかーだなんて……二人は仲良いんですねー、ふーん」

「妹に嫉妬は流石にどうかと思います……」

 響子に言われた通り、畳んであったバスタオルを運んで来た。
 さて……どうしよう。
 脱衣所の前に置いておけば良いだろうか。
 それとも浴室前に置いた方が良いだろうか。
86 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:13:18.02 ID:/zMvO5IP0


響子「お兄ちゃん今そこに居ますか?」

P「うん、ここに置いとけば大丈夫?」

響子「あ、今私が取りに行きます」

 ガラガラガラ

 扉が開いて、バスタオル姿の響子が僕からバスタオルを受け取った。
 いつも思うけど、髪下ろしてる響子も可愛いと思うんだよな。

響子「美穂ちゃーん、バスタオル補充完了でーす!」

美穂「りょーかいですっ!」

 おいバカまだ僕居るって。

 ガチャ

 浴室の扉が開いた。
 と殆ど同時、僕は脱衣所の扉を全力で閉めた。

美穂「……? 今凄い音しませんでした?」

響子「今のは私も悪かったと思ってます……」

 良かった、僕は完全に小日向を見ずに済んだ。
 見てたら多分申し訳なさでこの雨の中フルマラソンのフルコースだったろう。

美穂「それにしても蒸し暑いね……ここの扉開けても良い?」

響子「あっ、美穂ちゃ」

 ガラガラガラ

 …………ば、バスタオル巻いてるからセーフ。

P「…………」

美穂「…………」

P「…………よく考えたら僕は別に悪く」

美穂「っ!!」

 バスタオル一枚の小日向と、目と目が合う。
 瞬間、好きだと気付く猶予すらなく。

美穂「わたしが悪いような気もしますけどっ!」

 パンッ!!!

P「じゃあなんで叩いたの?!」

 手加減なく、思いっきり頬を赤く彩ってくれた。

87 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:13:45.15 ID:/zMvO5IP0


美穂「うぅ……もうお嫁にいけない……」

響子「美穂ちゃんって結構隙だらけですよね」

美穂「Pくんに貰ってもらうしかありません……」

響子「妹の目の前でその発言はちょっと……」

 僕もさっさとシャワーを浴び終え、リビングで三人でゼリーを食す。
 とても美味しい、やるじゃないかゼロカロリーのくせに。

 響子も小日向もかなりラフな格好しているが、それでも湿度の高さに暑そうにしている。
 外の雨は弱まる気配は無く、ただただ勢いを増すばかり。
 今田んぼの様子を見に行ったり川見に行ったら大変な事になるんだろうな。
 流石の僕も今日ばかりは家で大人しくしてようと思う、新田や鷺沢が居たら分からなかったが。

P「ゼリー食べ終えたら僕は宿題やるけど、小日向はどうする?」

美穂「あ、じゃあわたしもやっちゃいます」

響子「私も明後日数学の小テストだからお勉強しようかな」

美穂「お姉ちゃんが教えてあげよっか?」

響子「結構です小日向さん」

美穂「……Pくん……響子ちゃんが冷たいです……」

P「何度くらいだ?」

美穂「多分36度くらいかな」

P「平熱だな」

響子「二人っていつもそんな会話してますよね……」

 ゼリーの容器を捨て、スプーンを洗い終え宿題と睨めっこ。
 数学というのはどうしてこうも分かり辛いのか。
 こんな公式を覚えて役に立つのか?
 ……こんな公式すら覚えられない僕の方が役に立たないだろうな。
88 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:14:15.98 ID:/zMvO5IP0


美穂「……ねぇ響子ちゃん響子ちゃん、響子ちゃんって恋人いるの?」

響子「宿題するんじゃなかったんですか……」

美穂「えー、だって気になるんだもんっ! お姉ちゃんと恋バナしよ?」

響子「……い、いないですけど……」

美穂「じゃあじゃあっ! クラスに気になる人とかは?!」

響子「いないです……」

 勉強は良いのか二人とも。
 しかもガールズトークは僕がいないところでやって頂きたい。

美穂「…………」

響子「…………」

美穂「……つ、次はそっちがわたしに聞くターンだよ?」

響子「……はぁー……! 小日向さんはエジプトに気になる人はいますか?」

美穂「ら、ラムセス二世かな! あの渋さ良いですよね!」

響子「はい、宿題に集中して下さい」

美穂「……Pくん……響子ちゃんが冷たいです……」

P「どこらへんくらいだ?」

美穂「多分インドくらいかな」

響子「……私自分の部屋で勉強……ううん、今日は美穂ちゃんの見張りに専念しなきゃ……」

美穂「響子ちゃんはわたしを何だと思ってるのかな……」

響子「臆病な肉食獣」

美穂「正直何も言い返せない!」

89 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:15:15.72 ID:/zMvO5IP0


 カリカリカリ
 ザァァァァッ
 カチ、カチ、カチ

 シャーペンの音、雨の音、時計の音。
 声の無い部屋に様々な音が響いていた。
 雨は未だに強いまま、風の音の主張も激しい。
 宿題の基本問題が終わって任意でやれば良い応用問題だけになった頃には、既に時計の針は両方とも真上を向こうとしていた。

P「っふぅ……そっちはどうだ?」

美穂「…………寝てます……ません……」

 広げたノートの上に頭も身体も突っ伏していた。
 あれやると頬が黒くなるんだよな。

響子「……ふふふ、妹みたいですねっ」

P「まったく、手の掛かる妹だ」

響子「手の掛かからない妹とどっちが好き?」

P「手の掛かる掛からないに関わらないぞ」

響子「……そういう事さらっと言えちゃうよね、お兄ちゃんは」

P「今の早口言葉っぽくなかったか?」

響子「……そういうところだよ、お兄ちゃん」

 なんだか分からないが、取り敢えずそろそろ小日向を起こそう。
 リビングで寝てしまうと翌日身体がバッキバキになってしまう。
 毛布でも持ってきてそのまま寝かせてあげたいくらい幸せそうな寝顔をしているが、ここは心を鬼にして……

P「……小日向、起きろー」

美穂「……んぅ…………うぅん……」

P「おーい、小日向ー」

美穂「……まだ…………ダメ……」

P「……小日向ー」

美穂「……くん……そこは……ダメ、んっ……」

P「…………」

響子「…………」

P「……僕は何も聞かなかった」

響子「起きて、美穂ちゃん」

 ユッサユッサと無表情の響子が小日向の身体を揺する。

 ……果たしてこいつは、どんな夢を見ていたんだろう。
 まぁ小日向に限って変な夢は見てないだろうな。

美穂「……ふぁ……あと五分……あれ……? なんで二人がわたしの部屋に……」

P「なんでだと思う? ここが僕らの家だからなんだけど」

響子「おはようございますっ! 小日向さん! ステキな夢を見てたみたいですねっ!!」

美穂「……っ! っっ!! きょ、響子ちゃんっ!!」

響子「……もうっ、夢の内容にまで口を出すつもりはありませんけど」

美穂「あと五分で……! ご、ゴールインだったのにっ!!」

響子「そろそろ私怒っても良いよね?」
90 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:15:46.45 ID:/zMvO5IP0



 フッ

 突然、部屋の電気が真っ暗になった。

響子「きゃっ!」

美穂「ひゃっ!!」

P「ぐぇ」

 僕は潰れたカエルになった。
 両サイドから万力の様な力で押し潰されている。
 まってまって出ちゃう内臓出ちゃうから。
 痛い痛い頭ゴリゴリしないで。

P「……停電か? ブレーカー落ちただけ、って事は無さそうだけど……」

響子「み、見てきて?」

P「じゃあまず腕を離し」

響子「ませんっっ!!」

 じゃあ僕動けないのだけれど。
 あと痛い、腕に血が行ってない。

美穂「Pぐぅ゛ぅ゛ん……びっぐりじだよぉ……」

響子「み、美穂ちゃん……妹の前で抱き着くのはどうかと思いますよ……」

美穂「でも怖かったんだもん!!」

響子「胸を当てるなんて女の子として良くないですよ!」

 言わないでくれ。
 此方も出来る限り意識しない様心掛けております故。
 それと響子、それお前もだからな。

美穂「でも! 怖い!!」

響子「い、今だけは大目に見てあげます……っ」

 二人を腕に装備したままブレーカーを確認。
 ……あぁ、これ停電だ。
 下手に上げとくと復旧した時危ないし、落としたままにしておこう。
 ……さて。

P「寝るか」

 テレビも見れないし、こういう時は寝るのが一番だ。

美穂「……Pくん、その……」

響子「ダメです! 美穂ちゃんは私のお部屋です!」

美穂「わ、わたしはお部屋じゃありません!」

響子「小学生なの?!」

 ピシャァァァンッッ!!

響子「きゃぁぁっっ!!」

美穂「っっっっっっ!!」

P「ぐぇぇぇっっ!」

 雷が轟いたと同時、僕の腕がとても痛い痛い。

美穂「Pくん! はやくPくんの部屋に連れてって!!」

 大層誤解を招きそうな発言です事。
 女性としての尊厳を失いそうな事言ってるとまた響子に説教されるぞ。

響子「お兄ちゃん早く! 私もそっちで寝ます!!」

 ……だそうです。

91 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:16:16.51 ID:/zMvO5IP0



美穂「……そっち、もっと詰めて下さい……」

響子「こっちも縁ギリギリです……あっ、落ちちゃうお兄ちゃん助けて……」

P「……苦しい」

 シングルベッドに高校生が三人はなかなか無謀だと思う。

 そんな痛み深まる梅雨の夜。
 春過ぎて夏来にけらす、その前の事。
 暑苦しさに耐えられず除湿はつけたが、それ以上に密着具合がドキュメンタリー番組並みの身体の右半身と左半身がとても暑くて。
 けれど小日向を壁に押し付ける訳にも響子をベッドから落とす訳にもいかず、僕は多分中世辺りに存在したであろう拷問に耐え続けていた。

 最初は出来るだけ触れない様に寝転がっていたのだが、雷が響く度に段々と距離がつまり。
 今では多分くっついて無い場所を探す方が難しいレベルにまでなっている。
 ちなみに当然の提案として『僕床で寝ようか?』と言ってはみたが、返答は抱き着きでもって代えさせられた。
 どうやら僕の発言はこの場において一切の効力を発揮しないらしい。

美穂「……Pくん、居る?」

P「居なかったらこの抱き着いてる奴誰だよ」

美穂「ゆ、幽霊じゃないですよね?!」

P「勝手に殺さないでくれ」

響子「お、お兄ちゃん……雷止めて……」

P「世界は広しと言えどそんな事出来るのはタケミナカタの兄くらいなんじゃないかな……」

響子「じゃあ私の手を握ってて下さい……」

P「まぁそれくらないなら」

美穂「ず、ずるいっ!」

響子「ずるくない!」

美穂「ずるいもん!」

響子「ずるくないです!!」

 ……バイノーラルで聞こえてくるズルズルが非常に五月蝿い。
 二人は間に僕が居るって事を忘れてはいないだろうか。

P「……寝るぞー」

美穂・響子「「はーい」」

 ……仲良いな二人。
92 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:16:51.44 ID:/zMvO5IP0


 ザァァァァァッ!

 窓の外はひたすらに雨の音が大きくて。
 時折遠くで雷の音が響き、僕の腕も悲鳴をあげる。
 これ、明日きちんと僕の両腕は着いているだろうか。
 それにしても……なんともまぁ、落ち着いて考えれば凄い状況ではある。

 クラスの男子に知られたらブン殴られそうだな、なんて。
 いや、しかし鷺沢も従姉妹の姉と暮らしていると言っていたし。
 ……年上の女性と二人っきりで過ごす機会があるだと?
 許さん、ふざけるな、年上おっぱいは世界文化遺産だぞ。

美穂「……Pくん、なんかエッチな事考えてる時の顔してる」

響子「美穂ちゃん、良く分かるね」

美穂「いっつも見てるもん」

響子「…………ふふっ、女の子ですね」

美穂「逆になんだと思われてたの?」

響子「そう言うめんどくさいところ、お兄ちゃんに似ちゃってますよ」

 何も言っていないのに誹謗中傷が飛んで来た。
 とばっちりにも程がある。

美穂「…………」

響子「…………」

美穂「……ねぇ、響子ちゃん。まだ起きてる……?」

響子「…………はい」

 なんとなく。
 二人の会話を、邪魔しちゃいけないと感じた。

美穂「……響子ちゃんは、しっかり者だよね」

響子「美穂ちゃんに比べればそうかもしれませんねっ」

美穂「もーっ! でも……そんな響子ちゃんだからこそ……頼み事があるの」

響子「…………なんですか……?」

美穂「あのね…………?」

 僕の身体越しに、小日向が響子にこしょこしょ話ししている気配。

響子「…………」

美穂「…………ダメ?」

 一体、小日向は響子に何を伝えたのだろう。
 きっと、僕には聞かれたくない事だったんだろうな。
 なら、僕はこのまま寝たふりを続けるのが正解だろう。
 小日向にだって、僕に知られたくない事くらい沢山あるはずだ。

響子「……はぁ……良いですよ」

美穂「ほんとっ? ありがとうございます、響子ちゃんっ!」

響子「お兄ちゃん起きちゃうから静かに……ね?」

 そう言って、ゴソゴソと二人がベッドから抜け出して。
 そのまま、部屋から出て行った。

 …………あぁ、お手洗いね。

 ピシャァァァンッッ!!!!

響子「助けてお兄ちゃーんっ!!」

美穂「きゃぁぁぁあっっっっ!!」

 結局お手洗いは僕まで付き合う羽目になった。


93 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:17:42.85 ID:/zMvO5IP0


新田「髪の毛サラサラー、おっぱい揺れるー」

 吐瀉物みたいな替え歌が聞こえてくる七月七日、7/7、約分して1。
 世間一般的には七夕と呼ばれる今日この日、高校生にもなって僕らは教室で短冊を書いていた。

 綴られるは願い、届けるは天へ。
 願い達の向かう遥か先には、年に一度の逢瀬を迎える彼等。
 離れ離れとなり永い時が流れても、尚愛し合い続ける二人。
 そんな二人に想いを馳せて、地上に暮らす人間達も短冊を結ぶ。

卯月「書けた人から結んでって下さい」

P「……高校の授業で短冊書いて笹に吊るす事になるとは思わなかったよ」

新田「国民的行事にネガティヴな意見とかお前ホントに日本人か?」

P「割と真っ当な疑問だと思うんだけど口にしただけで非国民呼ばわりは普通に傷付く」

 最初は千川先生の『今日は七夕ですっ! だからと言って何をする訳でもありませんが!』から始まった。
 突然大量の短冊を取り出した鷺沢、ロッカーから笹を取り出した新田。
 そして気付けば折り紙の輪っかでデコレーションを終わらせていた北条さんと緒方さんによって、この授業は『七夕』となったのだ。
 凄い、とてもめっちゃアクティブなクラスである。

P「って言っても……願いなんて大それたものは無いんだけどな」

 願望なら幾らでもあるが。

 女の子の透けブラが見たい。
 可愛い女の子の透けブラが見たい。
 おっぱいが大きくて可愛い女の子の透けブラが見たい。
 ざっと挙げただけでもこの通り、時間をかけて考えれば更に大量の尽きる事ない透けブラに対する願望は述べられるが。

 それはそれとして、短冊に綴れる様な願いと問われれば……
 ……健康に過ごせます様に、くらいだろうか。
 そういえば、他のクラスメイトはどんな願いを書いているんだろう。
 そっと新田の短冊を覗き込んでみる。

『おっぱい 新田』

 さて、誰の短冊を参考にしようかな。
 クラスメイトはどんな願いを書いているんだろう。
 そっと鷺沢の短冊を覗き込んでみる。

『姉や恋人にエロ本の隠し場所を暴かれませんように 鷺沢』

 ……さ、さて。
 誰の短冊を参考にしようかな……
 男子はどうせ廃棄物みたいな願いしか書いていないだろうし、女子のを参考にすると言うのはどうだろう?
 そうと決まれば話は早い。

P「北条さんはどんなお願いを書いた?」

加蓮「げ、アンタデリカシーってものは無いの? 普通そういうの女の子に聞く?」

P「いや、だってこの後笹に結ぶのに?」

加蓮「……忘れてた、書き直す」

P「ちなみに書き直す前はなんて書いてたんだ?」

加蓮「ポテト」

P「聞いた僕がバカだった」
94 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:18:41.68 ID:/zMvO5IP0

 このクラスにまともな人間はいないのか。
 ……前から思っていたが、いかんせんクラスメイトの皆様はたまにメンタル大丈夫か? ってなる。

P「……あ、緒方さん。緒方さんはどんな願い書いた?」

智絵里「……え、えへへ……内緒です……っ」

 あ、ヤバイ可愛い。
 照れて顔を短冊で隠そうとしている緒方さんは、このクラスの良心だ。

智絵里「……き、聞きたいですか……?」

P「うん、参考にさせて貰えると嬉しいなって」

智絵里「……えへへ……飾るまでナイショです……!」

 ……僕の願い、『緒方さんの笑顔を守りたい』で良い気がしてきた。
 余りにも可憐なその笑顔が、僕の心を浄化する。
 クラスが汚れているからこそ、その儚くも綺麗な一輪の花は尚の事美しく見えて。
 一緒に短冊を書いていた小日向に足を踏み抜かれた。

P「痛い……今なんで踏まれた僕」

美穂「Pくんが智絵里ちゃんの事をヘンな目で見てたからです」

P「違う、僕はただ純粋に緒方さんの事を……」

美穂「事を? なんですか? 返答によっては響子ちゃんの刑です」

 人の妹を刑罰にしないで頂きたい。

卯月「書けましたっ!」

 どうやら島村さんが書き終わったらしく、笹の真ん中ら辺に自分の短冊を結びつけていた。
 さてさて、クラス委員長の島村さんは果たしてどんな願いを書いたのだろう。
 ここは僕がチェックしてやらないと。
 ふへへ、僕が一番乗りだ。

新田「『新田君が好き』とかだと良いんだけどなぁ」

P「バカ言え、『五十嵐君と付き合いたい』に決まってるだろ」

『みんなが仲良く過ごせますように 島村卯月』

P「死にたい」

新田「消えたい」

 自分の汚れた部分を見せ付けられた気分だ。
 僕の人生って一体なんだったのだろう。
95 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:19:21.37 ID:/zMvO5IP0



加蓮「ところで美穂はなんて書いたの?」

美穂「み、見ちゃダメっ!」

加蓮「いやいや、この後飾るから皆んなに見られるのに?」

 北条さんがそれを言うのか。

加蓮「…………はー……へー……やるじゃん」

美穂「……うぅ……」

加蓮「じゃ、私もそれを応援する願いを書いてあげる」

美穂「……ありがとうございます……」

 小日向は一体どんな願いを書いたのだろう。
 他の人に応援される様な願い……ダイエットだろうな。

加蓮「で、肝心の五十嵐はなんて書いたの?」

P「無病息災」

加蓮「つまんなっ!」

智絵里「……ガッカリです……」

新田「お前それでも男か?」

鷺沢「ゴミ箱にすら捨てられたゴミだな」

 なんで僕怒られてるの。
 割と健全でかつ悪くない願いだと思ったのだけれど。

卯月「それじゃ、私が回収しまーす!」

 教室中を巡って、島村さんが全員の短冊を回収した。
 それを一つ一つ、千川先生と協力して丁寧に結びつけてゆく。
 ……背伸びする島村さん、良い。
 おっおっおっおっ、おぉおっ、っおぉ……!

 2 Pi = Universe
96 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:19:56.35 ID:/zMvO5IP0


卯月「…………えっ? あっ、わぁ……!!」

ちひろ「どうかしましたか? 島村さん」

卯月「この短冊、告白ですっ!!」

 ざわめくクラスメイト、弾けるクラッカー。
 各所から歓声があがり、紙吹雪が舞い散る。

美穂「……う、うぅ……」

 すごいな、短冊に告白を書く生徒がいたなんて。
 そのラブレター、届く先は宇宙だぞ。

新田「俺か?! 俺に告白か?!」

男子s「「「いや俺だな!」」」

 男子たちの醜い争いが始まった。
 誰も彼もが自分への告白だと思い込んでいる。
 全く……バカな奴らだ、結果は既に決まっているというのに。
 僕に決まってるだろ、普通に考えて。

加蓮「で、誰がなんて書いたのー?」

卯月「むむ、読んで良いんですか……?」

加蓮「良いでしょ別に、この後飾るんだし」

卯月「それじゃあ……」

 島村さんが大きく息を吸った。
 対する男子は全員息を止めて祈っている。
 ……さっきまでおっぱいおっぱい書いてた連中とは思えないな。

卯月「『Pくんの恋人になりたい』……だそうです、五十嵐君っ!」

P「…………え、マジで?」

 一瞬、クラスに静寂が訪れた。
 僕も余りの出来事量の大きさに脳がフリーズしている。
 前のラブレターと違って、今回はきちんと僕が名指しされていて。
 ……それはつまり、このクラスに僕の事を好きな女子(であって欲しい)が居ると言う事で……

クラスメイトs「「「「「ヒューヒュゥーーッ!!!」」」」」

 一気に、クラスが戦場の様にうるさくなった。
 跳ね回る男子、踊り狂う女子
 付いて行けず唖然として居る島村さんと千川先生。
 そして、未だ脳の処理が終わらずオーバーフローしている僕。

新田「誰だーっ? 誰が書いたんだーっ?!」

 ニヤニヤしながらこっちを見てくる新田。
 気持ち悪いな、でも今は僕の気分も良いし許してやろう。

加蓮「卯月ー、それ誰の短冊ー?!」

 ニヤニヤしながらこっちを見てくる北条さん。
 悪くない表情だな、癖になりそうだ。

卯月「…………えっと……」

 教室の誰もが、期待のこもった目で島村さんを見つめて次の言葉を待つ。
 もちろん僕も期待MAXの最小値も無限大。
 今積分しても0になる。
97 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:21:03.13 ID:/zMvO5IP0



卯月「……名前、書いてないんです……」

美穂「…………あっ」

 名前が…………書いてない…………
 誰……教えて……この後僕屋上行くから逢いに来て……
 再びクラスが静かになった。
 沢山のため息だけが飛び交っている。

 くそ、ため息を吐きたいのは此方の方だというのに。
 いや、けれどきっとここまで来たらその女の子が僕に直接伝えてくれる筈だ。

新田「はぁ……マジか……」

加蓮「ここまでやってそのミスはどうなの……」

美穂「……うぅぅ……」

P「……いや、逆に全部の短冊をチェックすれば特定出来る……」

 全ての短冊の名前を見て、見つからなかった人がその短冊の書き手だ。
 ……ふむ、やるか。

加蓮「どうする?」

美穂「今回はナシで……」

加蓮「……みんなっ! 時間稼いで!!」

 ダンッ!

 突然、クラスの男子が飛び掛かって来た。
 けれど、もうそれも慣れている。
 伸ばされた手を弾いて、別の奴の腕にぶつけて軌道を逸らす。
 投げつけられた消しゴム程度じゃ僕の動きは怯む事すら無い。

 ……ところでこいつら、さっきまで祝ってた癖になんで邪魔するんだ?

加蓮「卯月、短冊回収!!」

卯月「えっ? あっ、はい!」

ちひろ「ちょっと、女子の皆さん?!」

 男子の壁を掻い潜って突破した頃には、既に短冊は全て笹から外されていて。
 女子がほぼ全員、自分の短冊の名前だけを消していた。

P「…………」

 泣いても許されると思う。
 なんでこいつらは僕の恋路を徹底的に妨害してくるんだ。
 いや、多分僕も他の男子への短冊だったら同じ事してたと思うけど。
 女子の皆さんも流石の団結力ですね、辛い。

美穂「……Pくん、ごめんね……?」

P「……ん、小日向は消しに行かなくて良いのか?」

美穂「……う、うん。わたしは別に……」

 まぁ一人や二人消さなかったところで、どの道僕にはもう特定出来ないし。
 あぁ……何が七夕だよ、ところで夕刊とタモリって似てるよね。

P「まぁ良いか! どうせ近いうちに告白してくれるだろ!」

 公開されても良いと思って書いたのだとしたら、いずれ僕のところに本人が来てくれる筈だ。
 残念だったなクソ男子共!

新田「……無理だろうなぁ」

98 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:22:28.49 ID:/zMvO5IP0



P「結局、みんなはどんな願い書いたんだろ」

卯月「見てみますか? 男子も女子も関係なくバラバラに結んじゃってますけど」

 授業が終わって休み時間。
 特にやる事も無いので、僕はみんなが書いた短冊を見に来た。

卯月「ちなみに五十嵐君はなんて書いたんですか?」

P「無病息災」

卯月「……息が促になってますけど……」

 災害を促してしまった様だ。

P「北条さんはこれだな、名前消さなかったのか。『さっさと結ばれます様に』……? ジャガイモ農家とかファーストフード店とかの契約か?」

卯月「智絵里ちゃんは……『早く結ばれますように』……? どういう意味なんでしょう?」

 緒方さんは可愛い願いだなぁ。
 誰か、きっと思い人がいるのだろう。
 ところで『結ば』の下に薄っすらと『別』と書いてある様な気がしたけど、気のせいだろう。
 ……気のせいだろう。

P「他の短冊、女子のはほとんど名前消されてるっぽいなー」

卯月「ちなみに千川先生も飾ってました!」

P「ん、これか……『商売繁盛』……どうなんだこれ、教師として」

 それからのんびり、みんなの短冊を見て回る。
 名前は無いがおそらく女子の短冊はなかなか面白い、絵とか描いてあるのもあるし。
 男子のは殆ど『おっぱい』だった、滅びろ。
 貴様らは短冊に願いを書くなエロ本でマスかいてろ。

 …………ん?

P「そう言えば小日向のが無いな……」

卯月「そういえば無いですね……美穂ちゃんは名前消してなかった気がするんですけど……」

P「……なんでだろ? あいつは最初から名前書き忘れてたとかかな」

卯月「かもしれませんねっ! 美穂ちゃん、おっちょこちょいなところありますからっ!」

 少し、気になったんだけれどな。
 あいつが何か願いがあったとして、出来る事なら僕も応援したかったし。

P「まぁ良いか」

 そんな事より……うん。
 
P「島村さん、水着持ってたりしない?」

卯月「…………五十嵐君、流石に女子の水着を借りるのは……」

 違うって……そのうちプールでも行こうよって誘いたかっただけなのに。

 それからしばらく、島村さんは口を聞いてくれなかった。

99 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:24:27.61 ID:/zMvO5IP0


 スイパラ、略さず言うとスイートパラダイス。

 常時約30種以上のデザートやパスタ・サラダ・スープなどの軽食の食べ放題をバイキング形式で提供しているこの世の楽園。
 ズラリと並ぶスイーツは人の心を掴み離さず、心行くまで楽しませてくれる。
 目移りしそうな一つ一つのスイーツその全てが食べ放題という、なんかもうカロリー忘れて狂った様に皿によそってしまう場所。
 まぁ僕は写真でしか見た事が無いけれど。

 ……スイパラに、行きたい。

 世の男子高校生全てが一度は抱いた望みなのではないだろうか。
 スイパラに、行きたいのだ。
 たくさんのスイーツを悩む事なくその全てを味わいたいのだ。
 スイパラに女の子がいたらおっぱいも食べ放題なんだけれど、残念ながら提供されていないらし……ごほんっ。

 けれどここで一つ問題が生じる。
 男子高校生だけだと入りづらくない? というアレ。
 おそらくこの問題のせいで、沢山の男子高校生が門前払いを受けてきた事だろう。
 スイーツと言えば女子みたいな固定概念(偏見とも言う)があるせいで、とてもとても入りづらいのだ。

 鷺沢や新田を誘ったところで、この問題は改善されない。
 どの道男子だけだからだ。
 女子だ、今僕には女子が必要とされている。
 いやいつも欲しいけど、出来ればおっぱいが大きくて可愛くて島村さんみたいな女子が。

 ……と、言うわけで。

P「なぁ小日向、良ければ明日一緒にスイパラ」

美穂「行きますっ!!」

 フライングする程スイーツに貪欲である。
 まぁそれもスイーツの魅力と言う事で。

美穂「そ、それって…………デートのお誘い……だよね?」

P「…………ふむ……」

 いや、僕としては全くそんなつもりは無かったのだけれど。
 とその旨を伝えようとして、気付けば小日向の姿が消えている事に気付いた。

P「島村さん、今此処に小日向居なかった?」

卯月「美穂ちゃんなら今さっきジャンプしながら帰って行きましたよ?」

 小日向、僕の話はちゃんと最後まで聞いて欲しい。
 けれどまぁ、良いか。
 場所や時間は後でラインすれば。
 いや、おそらく僕の家に行ってるだろうしその必要もないか。
100 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:24:55.28 ID:/zMvO5IP0



P「あ、島村さん。明日小日向とスイパラ行くんだけど一緒に行かない?」

卯月「えっ? 良いんですか?」

P「勿論、多い方が楽しいし。正午に駅前で大丈夫?」

 それに確かに小日向が言っていた様に、男女のペアではデートと思われてしまうかもしれないし。
 スイパラに男女のペア、うん、完全にデートだ。
 小日向もそんなんじゃ嫌がるだろうし、ここは島村さんを誘う事で複数人にしそう言った誤解の発生を未然に防ぐ事が正しい判断と言える。
 あと島村さんと一緒に遊びに行けるとか最高では?

卯月「はい! それじゃ、楽しみにしてますっ!」

P「ア゛ッ」

 眩しすぎる島村さんの笑顔に、僕は浄化され極楽浄土へと向かいそうになった。
 三途の川なんて島村さんの笑顔があればバタフライで泳ぎ切れそうだ。

 さて。
 せっかくだし、他の男子も誘うか。
 男子が僕一人だと居心地悪そうだし。

P「鷺沢、新田。明日暇ならスイパラ行かない?」

新田「死ね」

鷺沢「お前が行くべきは楽園じゃなく地獄だ」

P「もう二度と誘わないからな」


101 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:25:41.94 ID:/zMvO5IP0



響子「お帰りなさい、お兄ちゃんっ!」

P「ただいまー響子。小日向来てる?」

響子「え? 来てないですけど……来るって言ってたんですか?」

P「あぁいや、あいついつも僕に言わずに勝手に来るからさ」

 どうやら今日は来ていないらしい。
 ならまぁ、ラインで予定立てるか。

P「あ、そうだ響子。良ければ明日一緒にスイパラ行かない?」

響子「…………えっ?」

P「男子一人だと行き辛いし、一緒に行ってくれると嬉しいなって」

響子「……もー、お兄ちゃんってばー……えへへー、そんな言い訳しなくたって一緒に行きたいって言ってくれれば良いんですよー?」

 なんだか響子がとってもとっても上機嫌。
 カロリーが! とか、糖分が! みたいなお説教も覚悟していたのだけれどその心配は杞憂に終わった。

響子「お洋服どうしようかなー。もー、もっと早くに言ってくれれば色々お買い物とか行けたんですよー?」

 全く怒ってなさそうだ。
 いや可愛いなこいつ、なんで笑ってるんだろう怖い。

P「んじゃ、午前中は服とか買いに行く?」

響子「行きますっ! お兄ちゃんが選んでくれるんですよねっ?」

P「別に構わないけど、センスの保証は出来ないぞ」

 ん、どうせなら小日向にも選んで貰えば……うーん、あいつ私服そんなに……

響子「それじゃお夕飯の準備してくるね、お兄ちゃんっ!」

P「……お、おう……」

 余りにも響子の機嫌が良すぎて怖くなってくる。
 これこの後殺られたりしない?
 最後の晩餐はもっと年取ってからが良いのだけれど。
 出来ればハンバーグが嬉しいな。

響子「貴方ーにたにたに〜、ちっちゃなハート〜」

 上機嫌で鼻歌を歌いながら包丁を振る響子の後ろ姿は、なんだか狂気染みている様に感じた。
 なんでだろう、あんまり良い予感がしない。
 と言うか、うん。
 響子や小日向の機嫌が良すぎる時は、大概その後僕が酷い目にあう。

 ……まぁ、良いか。
102 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:27:09.01 ID:5ObZZxVKO

P『おーい、小日向ー』

美穂たん星人@明日はデート『はい! 小日向さんちの美穂たんですっ!!』

 小日向にラインして気付いたけど、あいつのアカウント名なんだこれ。
 誰かに勝手に弄られたのか?

P『明日良ければ、午前中買い物に付き合ってくれたりしない?』

美穂たん星人@明日はデート『つもろんです!!』

 ツモとロンを同時にしたらしい。
 時空間の重複が発生している。

美穂たん星人@明日は一日中デート『もちろんです!!』

 なるほどね、誤字ね。
 ところでこの一瞬でアカウント名が変わったけれど何があったのだろう。

P『んじゃ十時に駅前で。ところで今日うち来なかったけど何かあった?』

美穂たん星人@明日は一日中デート『了解ですっ! 今日はお洋服選ばなきゃいけないですから……』

 お洋服……響子も言っていたが、スイパラにはドレスコードでも存在するのだろうか。
 だとしたらとても困る、僕の私服はお世辞にもしっかりしてるとは言えない。
 いっそ制服でも着て行ってやろうか。
 いや、午前中に響子か小日向に選んで貰えば良いな。

響子「おにーちゃーんっ! お夕飯出来ましたっ!!」

P「はーい!」

 夕飯はやけに豪華だった。
 それと、響子がいつもと違って僕の隣で食べていた。
 せっかく四角いテーブルで辺が四つもあるのに、何故。
 キリスト達かよ。

 ……最後の晩餐、強ち間違いでは無い気がしてきた。

103 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:28:33.32 ID:5ObZZxVKO


P「響子ー、まだかかりそうかー?」

響子「ごめんねお兄ちゃーん! 先に行ってて下さーいっ!」

 翌日、朝。

 どうやら響子はなかなか服が決まらない様で、僕は一人で駅前に行く事になった。
 七月中旬、外の気温はなかなかに高い。
 冷房の効いていないアスファルトはこれでもかと熱気を発していて、太陽が二つあるかのように錯覚させられる。
 遠くを揺らす陽炎が、夏はまだまだこれからだと嗤っている様だった。

 夏が、そこにあった。

 あと少しで夏休み。
 海に行ったり、プールに行ったり、夏祭りに行ったり、花火をしたり。
 キャンプなんかもみんなとの予定が合えば行きたいところだ。
 ……あぁ、なんだ、楽しみしか無いじゃないか。

 暑さのせいもあるのだろう、この時間に駅前のロータリーに出ている人は少なかった。
 これなら待ち合わせも難なく済ませる事が出来る。
 正直これが正午にもなれば、本当に耐えられない程の暑さになってしまうんだろうな。
 島村さんとの待ち合わせは駅の構内に変更しておくべきかもしれない。

P「……まだ、後十分はあるな」

 どうやら少し早かった様だ。
 シャツをパタパタと仰ぎながら身体に風を送り込む。
 汗はまだかいていないが、それも時間の問題と言えるだろう。
 茹だる様な夏を降り注がせる太陽を睨み付け、その眩しさに負け視線を戻すまでワンセット。

P「……まだかな」

 小日向も、響子も早く来て欲しい。
 まるで恋人を待ってる彼氏みたいだな、なんて。
104 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:29:09.30 ID:5ObZZxVKO


美穂「…………あっ、おっ、おはようございますっ!!」

P「ん、おはよう小日向。早いな、まだ後十分はあるけど」

美穂「そ、それは……ねっ? その……わ、分かって下さい!」

 そう言えば、ちゃんとした私服の小日向は久々に見た気がする。
 普段は制服だし、土日うちに入り浸ってる時は僕がそれは女子としてどんなんだろうと不安になる程凄くラフな格好だし。

 ピンク色にストライプが入って、フリルの付いたシャツ。
 青いチェックのスカートにリボンの付いたカチューシャ。
 普段とは異なる雰囲気と言うか、これでもかと女の子女の子している小日向に一瞬だけ目を奪われて。
 でもこいつ小日向なんだよなと我に帰るまで約一秒。

美穂「それに、Pくんだって早く来たって事は……わたしと同じ気持ちって事……ですよね?」

P「暑い?」

美穂「正直この格好ちょっと暑いですけど! でも! せっかくの……その…………」

 言い淀む部分にどんな言葉が当てはまるのか、僕には分からなかった。
 けれどそれはそれとして、彼女はそれでも『お洒落したい』という気持ちを優先したのだろう。

 だとしたら、僕が伝えるべき事は?

P「……うん、すっごく可愛いと思う」

美穂「……えっ、あっ…………あぅ……ありがとうございます……」

 僕じゃ無かったら一目惚れしていたかもしれないな、などと。
 それはきっと余計な言葉だし、今言う必要も無いだろう。
 それに沢山のエロ本やラブコメ小説から僕は学んでいた。
 『取り敢えず褒めておけ』、と。

美穂「……きょ、今日は! よろしくお願いしますっ!!」

P「うん、よろしくな。ありがと、付き合ってくれて」

 正直とても助かる。
 だってスイパラ行きたかったし。
 四人だと席的にも収まり良いし。
 ついでに響子の服も選んでやって欲しい。

美穂「そ、それで……最初はお洋服選びですよね?」

P「その予定だけど、小日向も何か見たいものあった?」

美穂「はい、その……こないだプール誘ったけど、まだ水着買ってなくて……」

P「あぁ、成る程。んじゃそっちも見に行くか」

 幸い駅前のデパートは大きく、レディースであれば揃わない物は無いだろう。
 流石に男性の僕は入り辛いし、そっちは響子と一緒に選んでくるといい。

美穂「……ふふふ……えへへ……っ」

P「……小日向も随分と上機嫌だな」

美穂「だって念願の…………え? んん?? 小日向『も』?」

 訝しむ小日向。
 突然一時間目に小テストあるのを知ったみたいな顔してどうしたのだろう。
105 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:29:54.08 ID:5ObZZxVKO



響子「お兄ちゃーんっ!!」

 約束の時間に十分遅れて、響子が駆け寄って来た。

 花柄でフラフラなワンピースにネックレスを着けた響子は、年齢以上に大人びて見える。
 まるでデートみたいな気合の入り方でお兄ちゃんはとてもビックリしています。

響子「えへへー、お待たせしましたっ! 遅れちゃってごめんなさいっ、その代わりに手を繋いであげ……ま…………」

美穂「…………」

響子「…………」

美穂「…………」

響子「…………」

 突然黙る二人。
 やけにうるさく聞こえる蝉の声。
 空は高く馬肥ゆる夏。
 誰かこの居心地の悪い沈黙をなんとかしてくれないだろうか。

卯月「あれ? あ、やっぱり五十嵐君だ! おはようございますっ!」

P「あ! おはよう島村さん! まだ十時だけどどうしたの?」

 救いの女神は僕の良く知るクラスメイトだった。
 やっぱり島村さんは天の使いで間違いないだろ。

卯月「早起きしちゃったので、せっかくだからお買い物しようかなーって思って来たんです」

P「丁度良いし、一緒にデパート行かない?」

卯月「もちろんですっ! えへへ、ブイッ!」

 よし、自然な会話の流れが作れた。
 これで後は小日向も響子も楽しく喋りながら……

 息を吸い込む音。
 腕を大きく振りかぶる二人。
 スローに近付いてくる二本の腕。
 ……ふむ、成る程。

美穂・響子「「最っっっ低っ!!」」

 響く音は、高い空に吸い込まれて行った。

106 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:30:36.92 ID:5ObZZxVKO


響子「ほんっと、有り得ないですよね」

美穂「そんな気はしてたけど……してましたけどっっ!!」

 女三人集まれば姦しいとは言うが、二人でも十分以上に成り立っている気がする。
 そんな遠くからでも聴こえてくるグチグチとした愚痴をbgmに、僕はデパートのソファに沈み込んでいた。

卯月「……わ、私居ない方が良かった?」

美穂「ううん、卯月ちゃんは悪くないんです。悪いのはあっちに座ってる朴念仁だから」

響子「えっと、お久しぶりです卯月ちゃん」

卯月「はい、お久しぶりです響子ちゃん! 前にお話ししたのって体育祭の委員会の時だよね」

響子「体育祭ではウチの愚兄と美穂ちゃんがご迷惑おかけしてごめんなさい……」

美穂「わ、わたしもっ?!」

響子「二人三脚の入場の時イチャついて進行遅らせたのって誰と誰でしたっけ?」

美穂「い、イチャついてた訳じゃないもん!!」

 女の子とはなかなかどうして体力があるものだ。
 既にデパートに入って一時間は経過しているが、未だ彼女たちの元気が衰えそうな気配は無い。
 ちなみに僕の体力が尽きて座り込んでいるのは単なる体力不足ではなく重たい荷物全てを持たされていたからですので。
 財布の入った鞄すらも渡されると盗難に気をつけなきゃいけないので普通に精神も磨り減る。

美穂「水着はどうしようかな……」

卯月「学校のじゃダメなんですか?」

美穂「プールにそれはナシじゃないかな……」

卯月「海は?」

響子「余計ナシだと思いますけど……」

 私服の方はひと段落ついたらしく、次なるターゲットに目標を定め直す三人組。
 あぁ、これはスイパラ行くのは三時くらいになりそうだ。

卯月「そう言えばこないだ、五十嵐君が私の水着を借りたいって……」

 言ってないです。
 一緒にプール行かないか誘おうとしただけです。

美穂「…………最低」

響子「…………お兄ちゃん、そんな趣味が……」

 だから言ってないです。
 今ここで叫べば他の方々に聞かれて恥をかくのが分かってるからやめておくが。

美穂「え? 着る訳じゃ無いよね?」

響子「え? じゃあ何に使うんですか……?」

美穂「それは、その……ナニって言うか……」

響子「…………っ!」

卯月「…………?」

 違う、もうやめて。

美穂「こ、この水着可愛いですよねっ! 響子ちゃん食べますか?!」

響子「美穂ちゃん焦るとお兄ちゃんみたいになりますよね」

美穂「バカにしないでっ! 焦ってるんだもん!!」

 それは此方のセリフである。
107 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:31:22.77 ID:5ObZZxVKO



 それからしばらく、三人はワイワイ楽しく水着を選んでいた。
 僕は荷物から離れられないので鷺沢にでもライン送って暇潰すか。

P『女子の買い物って長いよね』

鷺沢『死ねって言いたいけどそれはとても分かる』

P『お前分かるのか? 死ね』

鷺沢『は? 死ね』

 余りにも無意義な会話で貴重な土曜日の時間を一分も無駄にしてしまった。
 新田にでもラインを送ろう。

P『女子の買い物って長いよね』

新田『死ね』

 無意義が群れを成して襲い掛かってくる。

 どうしよう、とても虚無。
 誰でも良い、なんとかしてこの虚無を取り払ってくれる人はいないのか。

P『北条さーん』

加蓮『どーせ女子の買い物って長くない? とか愚痴るつもりだったんでしょ、考え方改めた方が良いよ』

 なんで?

P『緒方さん……』

 既読は付いたが返信は無かった。

 この世界には敵が多過ぎる。
 そろそろ本格的に解脱浄土するか涅槃寂静に至るしかなさそうだ。

卯月「五十嵐君! 来て来て! 来て下さいっ!」

美穂「ま、待ってわたし着替えるからっ!」

響子「お兄ちゃーん! 早くっ、早く来てっ!!」

 お呼び出しがかかったので、大量の荷物をぶら下げて呼ばれた方へと向かう。
 水着、水着、ひたすら水着のアーチを抜けて声がした方へ向かえば試着室。
 そこにはやり切った……! と言わんばかりに晴れ晴れとした表情の島村さんと響子。
 そしてその中央には、水着姿の小日向。

P「……来たけど?」

響子「パスは無しです」

卯月「ほらほら、照れずに褒めてあげて下さいっ!」

 水着姿の小日向……うーん、水着である。
 普段の少し恥ずかしがり屋な小日向にしては珍しく(?)、露出がそこそこ多目なピンクにフリルのビキニ。
 肌色の面積が多くて、けれどその色はほんのりと紅くそまっていて。

美穂「……うぅ……もう着替えちゃダメ?」

卯月「ダメですっ!」

響子「まだダメっ!」
108 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:31:49.20 ID:5ObZZxVKO



 照れている表情は、ピンク色の水着に負けないくらい染まっていた。

P「…………良いんじゃない? 可愛いと思うけど」

卯月「わー、五十嵐君って照れるんですねっ!」

響子「あれ? お兄ちゃんならもっと水着に食い付くと思ったんですけど……」

美穂「ほらね? 言ったでしょ? Pくんってわたしにはそういう興味一切無いんです!!」

 何故か僕がエロ魔神の様な扱いを受けている。
 大変不本意ではあるが、普段の行いが悪い様な気がしなくもないので自己弁護せずにおこう。

P「恥ずかしいなら小日向も着替えれば良いだろ」

卯月「わー……五十嵐君、それは男の子としてどうなんですか……?」

響子「美穂ちゃんだって勇気だして水着に着替えたんですよ?!」

美穂「いえ、二人が着なきゃダメって言ったからですけど……」

 というよりも、僕が早く着替えて欲しい。
 単純に目のやり場とか、そういうのもあるけど。

P「それ、プール行く時来てくのか?」

美穂「えっ? そ、その予定だったけど……あんまり似合ってなかった……?」

P「いや……なんだろう、それ他の男に見られるのが……」

卯月「……ふふっ、五十嵐君が嫉妬しちゃうんですよねっ?」

響子「わー彼氏ヅラだー」

 なんでだろう。
 赤点取ったテストを他の人に見られたくないみたいな感じなのだろうか。
 赤点取った事無いけど。

美穂「……ふふふー……ふふ、えへへへへ……」

響子「美穂ちゃんが他の人にはお見せ出来ない表情してます……」

卯月「あ、私知ってます! メスの顔って言うんですよねっ!」

響子「卯月ちゃんそれちょっと意味違うから……」

 なんだかよく分からないが、これで満足して頂けただろうか。
 終わったのであれば僕はまた早くソファに戻りたい。
 荷物重いし、居心地も悪いし。
 やれやれ、僕が呼ばれた意味あった?

卯月「それじゃ、私も水着選ぼうかな」

P「是非お付き合いします!!」

 ハンガーは結構威力が高かった。

109 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:32:49.80 ID:5ObZZxVKO




卯月「わぁぁ……私、スイパラって初めて来ましたっ!」

 ズラリと並ぶスイーツを眺めて目をキラキラさせる島村さん。
 あぁ、誘ってよかった。
 それはそれとして島村さんのスイパラ処女は僕のものだ。
 誰にも譲らんぞ。

美穂「……Pくん、鼻の下」

響子「お兄ちゃん、絶対変な事考えてる……」

 いえいえ、僕だって目の前に広がるスイーツに夢中ですので。
 83のおっぱいと言うスイーツに、ではありますが。

響子「糖分……ううん、今だけは忘れないと……」

美穂「せっかく買った水着が着れないなんて事になりませんように……」

 女の子は色々と大変だなぁ。
 僕は気にせず好きなだけ食べるけれど。

響子「あ、皆さんは座ってて大丈夫ですよ? 私が取って来ますからっ!」

美穂「ううん、わたしも選びたい! 悩むのも醍醐味じゃないかな」

卯月「ですねっ! 行きましょう!!」

 女の子三人が突撃して行った。
 僕はまた荷物の見張りをしなければならなそうだ。
 トングを装備して次々とお皿を彩って行く皆様。
 空腹だから今はそんなに取ってるけど後半絶対後悔するぞあれ。

卯月「お待たせしました!」

美穂「いっぱいあって迷っちゃった……また後で取りに行こっと」

響子「はいっ! お兄ちゃんの好きそうなスイーツ沢山取って来ましたっ!」

P「ん、ありがと響子」

響子「ふふっ」

 隣の席の響子が何故かドヤ顔をしていた。
 一体誰に向けたものなのだろう。

美穂「ぐぬぬ……」

 それ口で言う人初めて見た様な気がしないでもない。

美穂「わ、わたしは……あ、アーンしてあげます!!」

 不良に喧嘩を売られた。
 普通にビビった。

卯月「不良になるって事ですか? ダメですよ!」

美穂「ちょ、ちょっと声が裏返っちゃっただけだもん」

響子「えへへー。お兄ちゃん、私腕が疲れちゃいましたっ」

P「奇遇だな、僕も荷物持ちで腕が疲れてるんだ」

響子「疲れてません」

P「はい、疲れてないです」

響子「食べさせてくれますよねっ?」

美穂「はい響子ちゃんアーン!」

響子「美穂ちゃんが喧嘩売ってくる……」

美穂「そんなつもりじゃないのに!!」

 そんなこんなで会話をメインに時間は過ぎて。
 あっという間に制限時間が来てしまった。

 ……僕、結局自分で選べなかったな。
 次は恥を捨てて鷺沢や新田と来よう。

110 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:33:34.78 ID:5ObZZxVKO


新田「おっぱい!」

鷺沢「おっぱい!」

P「バカかお前ら……おっぱい!」

新田・鷺沢・P「「「おっぱい!!」」」

 この世の地獄の様な冒頭からこんにちは、五十嵐のPです。
 えー本日はですね、屋内プールに来ております。
 最近出来たばかりと言う事で色々な設備が新しく、当然お客さんの入り具合も凄いですね。
 沢山の人が詰め込まれてギュウギュウになっている流れるプールなら意図せず女性の胸部に身体がコネクトする事があっても不慮の事故として水に流して頂けるでしょう、流れるプールだけに。

 右を見れば水着の女性、左を見れば水着の女性、また右を見れば水着の女性。
 横断歩道を渡る時の約束はきっとこの為にあったのだろう。
 おそらく女性の人数だけ男性も居るだろうが、残念ながら僕らの目には映らない。
 需要という物を考えろ、男の水着なんざ男子トイレのビデみたいに必要無いんだよ。

新田「あっやべ」

鷺沢「理解したから報告しなくて良い、さっさとプールにでも入って隠せ」

新田「うっす」

 新田が慌ててプールに飛び込んで行った。
 果たして何が起きたのだろう。
 起きたんだろうな。
 あぁいい言わなくていい。

P「さて、準備体操でもしとくか」

鷺沢「だな、後で足つっても大変だし」

 いっちにっ、さーんしっ。
 中学や小学の水泳の授業でやらされていた頃はさっさとプールに入りたくて仕方なかった準備体操だけど、今思えば本当に必要な事だったんだよななどと。
 ……屈伸とか伸脚とかさ、水着の女子がやったら凄いんじゃないかな。
 やっぱり超重要だよね準備体操。
111 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:34:38.05 ID:5ObZZxVKO

加蓮「お待たせー」

 僕らの準備体操が後半に差し掛かった辺りで、北条さんが着替え終えて向かって来た。

鷺沢「…………いや、待ってないぞ。今来たとこ」

加蓮「ふふっ、分かりやすっ」

 水色のビキニ姿の北条さん……
 ……で、デカ……っうおぉ……

P「……良いな、北条さん」

鷺沢「何見てんだよ殺すぞ」

P「褒めてるのに殺されるの理不尽過ぎない?」

 褒め殺しとはまさにこの事な気がする。

P「そう言えば小日向と緒方さんは?」

加蓮「え? 居るよ? 私の背後に」

美穂「……うぅ……やっぱりやめておけば良かった……」

智絵里「そ、そんなに恥ずかしがらなくても……」

加蓮「はいはい、あんた達も準備体操するよ」

 北条さんがサッっと横にズレた。
 その先には、先日買いに行ったビキニ姿の小日向。
 ……そして、天使。
 正式名称水着姿の緒方智絵里。

智絵里「……ど、どう……かな……」

P「凄く似合ってて可愛いと思うよ」

鷺沢「あぁ、最高に可愛いぞ緒方さん」

智絵里「……え、えへへ……」

加蓮「ふんっ!」

美穂「せいっ!」

 同時、僕と鷺沢の足が別々に踏み抜かれた。

P「アビスッ!」

鷺沢「中世の拷問!!」

 裸足なのにそれは本当に痛い。
 しばらくプールサイドを無様に飛び跳ねるゴミが二匹居た。

美穂「もーっ……わたしだって勇気出したのに……」

鷺沢「あぁごめん小日向、めちゃくちゃ可愛いと思うぞ」

P「何見てんだよ殺すぞ」

鷺沢「お前なぁ」

加蓮「……ふーん、目移りなんていい御身分じゃん鷺沢」

鷺沢「……プール入ってくる」

 鷺沢も流されに行った。
112 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:35:21.55 ID:5ObZZxVKO



 ……さて。

P「準備体操はちゃんとやっといた方が良いぞ」

加蓮「言われなくても分かってるって」

 屈伸した後、ぴょんぴょんとその場で跳ぶ北条さん。
 揺れるエデン、宙を飛ぶラピュタ。
 豊満な果実は正しく禁断のソレであり、手を出すのは禁忌である為眺めるのみに済ます。
 ……ふふふ……来て良かった。

美穂「……Pくん、わたしも準備運動してるんですけど!!」

P「ちゃんと体ほぐしとけよ」

美穂「他にっ! 言うべき事とか見るべき場所とか向けるべき視線とか抱くべき欲望とかあると思いませんかっ?!」

 めっちゃ早口である。
 よくそれ噛まずに言えたなと褒めたら多分怒られるんだろうな。

智絵里「暑い…………加蓮ちゃん、わたし達はあっちのプール行きませんか?」

加蓮「ん、おっけー。また後でねー五十嵐、美穂」

 北条さんと緒方さんが遠くへと行ってしまった。

美穂「……ほ、褒めてよ! わたしにも可愛いって言って下さい!」

P「ん、前も言ったけどすっごく可愛いと思うぞ」

美穂「……そういう時だけはほんっとにアッサリ言えちゃうんですよねー、Pくんって」

P「割と心に素直に生きてるつもりだからな」

美穂「……よ、欲望に素直になっても良いんですよ……?」

P「マジで?! 緒方さん達のとこ混ざってくる!!」

美穂「天使の施し!!」

 僕の小指に落とされた一撃はまるで悪魔の様だった。

113 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:36:18.55 ID:5ObZZxVKO




 おっぱいを、集めてはやし、流れるプール(字余り)。

 そんなに流れも早くない流れるプールにて、僕はひたすら揺られていた。
 いや、本当は鷺沢とか新田とウォータースライダー行きたいのだが、小日向が流れるプールでのんびりしたいと言うので僕も居る。
 北条さんとか緒方さんが居ればそっちに任せて僕もはしゃぎに行くんだけど、残念ながらその二人は別のプールに行ってしまった為今こうしてるナウ。
 僕が居る必要? あるに決まってるだろ知らないゴミ(男とも言う)が小日向に触れたらどうすんだお前責任取れるのか? あ?

美穂「ふわぁ……寝そう……」

P「寝るな、死んじゃう、比喩じゃなく冗談でもなく」

 浮き輪に座って揺られている小日向は、時折あくびをしながら幸せそうに流されていた。
 ……まぁ、いいか。
 小日向が幸せそうだし。
 別にこの流れるプールでも沢山おっぱいあるし。

美穂「あ、PくんPくんっ! 一緒にウォータースライダーしに行きませんかっ?!」

P「別にいいけど、どれにする?」

 一口にウォータースライダーと言っても、直線タイプから複数人で浮き輪に乗ってトンネル状のスライダーに流されるタイプと色々ある。

美穂「うーん……一緒に乗れるのが良いですっ!」

P「んじゃあっちのだな。浮き輪は借りられると思うから」

 適当なタイミングで流れるプールから上がり、ウォータースライダーを目指す。
 ……む。

加蓮「あれ、さっきぶり二人とも」

智絵里「あ……二人も並びますか?」

美穂「うん、せっかくだから乗りたいなーって」

P「ならせっかくだし四人で乗らない?」

 どうやら一度に四人まで浮き輪に搭乗可能らしいし。
 せっかくなら大人数で楽しみたいし。
 決して、決っっして北条さんや緒方さんとの接触を意図的に試みようとしている訳では無い。
 それはそれとして不可抗力って言葉はとても便利だと思う。

加蓮「やだ、今五十嵐ゲスな視線してたし」

智絵里「美穂ちゃんと二人で乗って下さい……」

P「…………」

美穂「……やっぱりわたし、加蓮ちゃん達と乗ろうかな……」

P「一人で乗るの寂しすぎるし一緒に乗ってくれ小日向」

114 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:37:22.70 ID:5ObZZxVKO


新田「この借りてきた浮き輪、さっき女子大生集団が借りてたやつだぜ」

鷺沢「寄越せ新田、命が惜しくばな」

P「生ゴミみたいな理由で喧嘩してるんじゃないよゴミ共、喧嘩両成敗だその浮き輪は僕が貰う」

 水深1メートルもない波のプールの端で、男子高校生三人が全力で浮き輪を奪い合う構図。
 多分見るに耐えない映像だと思う。

 女子組はどうやらジャグジープールの方で遊んでいるらしい。
 きっときゃっきゃウフフしてて華やかなんだろうな。
 それに比べて僕らはなんだ。
 比べるのも烏滸がましくなるくらいに底辺オブ底辺、高さは0だから面積も0だ。

 まぁだからって女子大生浮き輪は譲らないけど。

新田「……ん、そう言えばだけど」

鷺沢「……妙案を思いついた顔してどうした? 妙案でも思いついたか?」

P「発言前半の無駄さ何?」

新田「……これだけ女性が居るんだし、ナンパしたら成功すんじゃね?」

鷺沢「…………成功! あわよくば性こ」

P「やめろ汚い」

 ……ナンパ、かぁ。
 残念ながら僕にそんな勇気は無い。
 突然話しかけられて怖い思いをしてしまう女性もいるだろう。
 ところでナンパって漢字で書くと軟派なんだろうか。

P「硬派なナンパもあるのか?」

新田「やぁやぁ其処行く美しい御嬢様方、是非とも拙者達とお茶の一つでも如何であろうか?」

 無さそうだ。

鷺沢「……後が怖いしやめとくか」

新田「なんだお前チキってんのか?」

鷺沢「なんだお前、俺が本気出せば女性の二人やマンション二棟くらい楽勝だからな」

P「マンション関係ある?」

 っていうかどんな財力してるんだよ。

鷺沢「……でも後が怖いんだよなぁ」

新田「チッ、これだから妻帯者は……おい五十嵐」

P「僕も嫌だよ」

新田「女子大生のおっぱい」

P「やっぱやるか」

新田「そうこなくっちゃ」

鷺沢「待て、俺も同行する」

P「そうこなくっちゃ」

新田「先にナンパ成功させた奴が勝ちな!」

鷺沢「良いだろう」

 同行とはなんだったのか。

 かくして、さっきまで浮き輪一つを奪い合ってたバカ三人がそれぞれナンパに挑戦する事となった。

115 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:37:56.76 ID:5ObZZxVKO




 ……筈だった。

 二人と別れてからしばらく暇そうな女性を探しつつおっぱいを眺めて歩いていた僕は、どうやらプール内を一周してしまった様で。
 ナンパとかさっさと諦めて女子組と合流して遊ぼうと思っていた所……

仮面を付けた男性A「……へ、へいへーいそこのエンジェルちゃん達、俺らと一緒にご飯どーよ!」

仮面を付けた男性B「……やぁやぁ其処行く美しい御嬢様方、是非とも拙者達とお茶の一つでも如何であろうか?」

加蓮「もっと上手くやんなよ」

美穂「た、助けてPくん……」

加蓮「美穂も演技下手過ぎ」

智絵里「……あっ、違うんです……あの人達は、その、恥ずかしいけど知り合いで……」

 小日向と北条さんが、二人の不審者にナンパされていた。

 は? 殺す。
 ……なんてバイオレンスなシーンを近くに居る緒方さんに見せる訳にもいかないので。

P「……すまーんはぐれて! さ、お昼ご飯にしようぜ!」

 プランA、颯爽と登場してさっさとみんなを連れて退場する。

仮面を付けた男性A「おいおいなんだよ兄ちゃん、この子達の知り合い?」

仮面を付けた男性B「我らは今軟派とやらをしている故、口出しは許さぬ」

 なんか聞いた事ある声だけど、こんな不審者みたいな奴らは僕の知り合いには居ないので多分知らない人。

加蓮「おー、カッコいい登場」

美穂「こ、怖かったですPくんっ!」

智絵里「違うんです……あの、本当に大丈夫ですから……!」

 小日向が水着だと言うのに腕に抱き付いて来た。
 ……慣れすぎてなんの感動も無い、と言うか女子としての意識をちゃんと持ってくれ。
 軽々しく男子にしがみつくもんじゃないぞ。
 北条さんは是非僕に抱き付いてくれ。
116 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:39:18.50 ID:5ObZZxVKO


P「悪いっすけど、こいつら僕……俺の連れてなんで」

仮面を付けた男性A「へいへーい、何カッコつけちゃってんのー?」

仮面を付けた男性B「もうこの際貴様で良い、我々とお茶をしろ。断るのであれば貴様の命は保証出来ぬ」

 一人やべぇ奴居る。
 いや、仮面付けてる時点で両方ヤバいけど。
 警備員何やってんの早く追い出して。

加蓮「俺の連れだってさ、キモッ」

美穂「……俺って言うPくん、すっごく不自然……」

 背後の二人は僕の味方なの? 敵なの?

仮面を付けた男性A「まぁテメェは良いや。へいへーい女の子、俺らとお昼どーよ? 奢っちゃうよー?」

仮面を付けた男性B「奢るよ」

P「僕にも奢ってくれたり」

仮面を付けた男性A「する訳ねぇだろボケ」

仮面を付けた男性B「ボケ」

P「じゃあさっさと別を当たって下さい、こいつらは俺と食うんで」

 しつこいなこいつら……
 北条さんも小日向も怖がってるじゃないか。

仮面を付けた男性A「へいへーい、行くぜお嬢ちゃん達!」

仮面を付けた男性B「へいへーい!」

加蓮「きゃっ!  離して! ……あっ、でも無理矢理求められる感じも悪くないかも……!」

美穂「た、助けてPくん!!」

P「お前らっ!!」

 斯くなる上は、肉を切らせて骨を断つプランBに移行だ。

P「でもこっちの照れ屋っぽい方、めっちゃ食うぞ!」

加蓮「は?」

美穂「は?」

P「お前らに払えるのか? 福沢の一人や二人で足りると思うなよ?」

仮面を付けた男性A「…………」

仮面を付けた男性B「…………」

 ふふふ、諦めるが良いさ。
 割と冗談抜きに、福沢とは行かなくても小日向めっちゃ食べるし人に奢られるとなると値段見ないぞ。

仮面を付けた男性A「……嘘吐くにしても女子の気持ち考えろボケ!」

仮面を付けた男性B「……だからお前は女心が分からないって言わるんだよ!!」

P「仮面付けてナンパする不審者には言われたくないかなぁ!」

智絵里「はぁ……ごめんなさい……やっぱりあの人達、知り合いじゃ無かったです……」

 警備員に二人が連れられて行った。
 逆になんでさっきまで警備員が来なかったのかほんと不思議でならない。

P「……ふぅ、良かった良かった」

 さて、気を取り直してお昼ご飯にしよう。
 新田と鷺沢は何処行ったんだろ、まだナンパしてるのかな。

加蓮「……最っ底」

美穂「ふんっ! ふんっ!」

 足の指が小指から順に踏み抜かれ。

 昼ご飯全額奢りになった。
117 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:39:58.91 ID:5ObZZxVKO


P「……暑い……」

 気温35度、天気は快晴。
 嫌になるほど空は広く太陽は眩しい八月頭。

 夏の暑さも彼岸までというのであれば、去年の時点で彼岸過ぎてるんだからさっさと涼しくなって頂きたい。
 そんな地球相手に恨みを覚えてしまうくらいには、八月に入った日本は暑過ぎた。
 夏休みに入り色々な場所に遊びに行こうと思っていた日が懐かしい。
 余りにも暑過ぎる夏の空気は、人々から気力とか水分とかその辺をごっそりと奪っていた。

P「……まだか……」

 待ち合わせの時間から既に八分。
 何があったんだワッツハップン。
 期せずして韻を踏んでしまったが、もしや僕にはラッパーの才能でもあるのだろうか。
 無いよ、暑さで脳が蒸発してる。

 正直、適当な喫茶店に入って待ちたい。
 けれどそういう時に限って待ち人が来てしまう。
 得てして待ち合わせとはそういうものだ。
 だから、早く、来て。

美穂「あっ、Pくーんっ! お待たせしましたーっ!」

P「お、おはよう小日向。十分遅刻とは随分な重役出勤だな」

 長い針が数字を二個刻んだところで、小日向が此方へと駆け寄って来た。
 以前は余り意識していなかったが、最近の小日向はどんどんお洒落になっている気がする。
 中学や高校入りたての頃に比べて、私服が、こう、垢抜けてるって言うんだろうか。
 まぁ僕はファッションに詳しい訳では無いし下手な事は言わずに……

美穂「どうですかっ?」

P「可愛いと思う」

美穂「えっへん! 雑です!!」

 褒める、取り敢えず褒める。
 いや、実際嘘偽りなく本心から思っている為取り敢えずも何も無いのだけれど。

美穂「…………」

P「何キョロキョロしてるんだ、首がまだ座ってないのか?」

美穂「……響子ちゃんは?」

P「来ないよ、呼んでないし」

美穂「卯月ちゃんは……?」

P「だから呼んでないって」

美穂「加蓮ちゃんとか智絵里ちゃんとか……」

P「今日はちゃんと二人きりだって」

美穂「…………ほんとに?」

P「ほんとに。もし居たとしても僕が呼んだ訳じゃ無いし、ただの尾行だろ」

美穂「……なら良いでしょう!」

 なんでこいつが、やけに二人きりである事に拘るのか。
 他の誰かが居るかどうかを気にしているのか。

 それは……

P「デートなら二人でするものだしな」

美穂「って言っておきながら鷺沢くんと加蓮ちゃんを呼んでダブルデートとか……」

P「流石に僕への信頼無さ過ぎじゃないか?」

 今日は、デートだからだ。
 先に言っておくと、僕と小日向が付き合っている訳ではない。
 ただ単純に、久し振りに二人っきりで出掛けようってなっただけだ。
 まだまだ先の長い夏休みの一日をこいつに割くくらい、別にわけない。

118 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:40:26.77 ID:5ObZZxVKO


美穂「……それじゃ……ふー……」

 こいつが深呼吸をする時は、大体その後大胆な発言か大胆な行動が飛び出す事を僕はよく知っている。
 何が起きても対処出来る様に、僕も大きく息を吸って構えた。

美穂「え、えいっ!」

 ぎゅぅぅっ、っと。
 小日向が僕の腕に抱き着いて来た。

美穂「……どっ、どうでしょうかっ?!」

P「腕が痛い」

美穂「もー、照れなくたって良いんですよっ?」

 いや、照れてる余裕無いから。
 小日向の方が恥ずかしい思いをしてるんだろうが、それはそれとして力加減はして頂きたいものである。

美穂「ほらほらPくん。今日はデートなんですから、今日のわたしは恋人です!」

P「恋人……小日向が恋人……恋人が小日向……小日向が小日向……」

美穂「……ダメ?」

P「ダメ」

美穂「ふんっ!」

 被っていた帽子でバシーンと顔を叩かれた。
 痛い。

美穂「もう一回チャンスをあげますっ!」

P「叩かれる?」

美穂「叩かれない様にする、に決まってるじゃないですか!!」

P「……出来るだけ手加減してくれると嬉しい」

美穂「ほんとに本気でグーパンするよ?」

P「じゃあ僕はパーを出す」

美穂「じゃ、じゃあわたしはチョキを出しますっ!」

P「じゃあ僕はグーを出す」

美穂「女の子に拳を振るうなんて……」

 どうやら僕に勝ち目は無さそうだ。
 仕方ない……

P「ほらっ、行くぞ」

美穂「きゃっ」

 少し強めに、小日向の腕を引いた。
 よろけながらも僕の腕にしがみついて、そのまま暫く黙って小日向は着いてから。

P「……強引なのはお望みじゃなかった?」

美穂「えっ? あっ、いえ……その、突然積極的になられてビックリしちゃっただけですから!」

P「そう。ところでさ……」

美穂「なんですか?」

 取り敢えず歩き出したは良いけれど。

P「僕らは何処に向かってるんだ?」

美穂「……え、デートプランは?」

P「月々定額使い放題だけど」

美穂「それデータプラン!!」

 と、言うわけで。

 行き当たりばったり明後日の方へと向かって、僕らのデートが始まった。
119 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:40:52.76 ID:5ObZZxVKO



 映画、全席満員。
 ボーリング、全レーン使用中。
 遊園地、改装中。
 プラネタリウム、全公演終了。

 行く先行く先悉く、誰かが先回りして妨害してるんじゃないかと思うくらいの不振っぷり。
 歩いて、歩いて、蹴られて、歩いて。

P「またプール行く?」

美穂「水着持って来てません」

 それもそうだよな。
 僕も持って来てないし。

P「買い物は?」

美穂「奢ってくれるの?」

 次。

P「……ゲーセン……」

美穂「何分もつと思いますか?」

 ……次。

P「スイパラ」

美穂「カロリー」

P「田んぼ」

美穂「大雨の日にでも一人でどうぞ」

P「校庭」

美穂「運動部が使ってます」

P「下駄箱」

美穂「そんなデートありますか?」

 非常によろしくない。
 これじゃまるで僕が良いとこナシじゃないか。

 ……あぁいや、別に小日向にそう思われるのは構わないんだけど。

P「……あ」

美穂「何か思い付きましたか?」

P「……動物園とかどうだろ?」

美穂「……Pくんにしては悪くない案だと思います」

 よかった、咄嗟に思いついて。
 いつも通りうちで良くない? なんて言わずに済んで。
 ……それはそれとして、小日向も否定するばっかりじゃなくて案出してくれれば良かったのに。
 言わないが、結果は見えてるから。

P「んじゃ、電車使うか」

美穂「ですねー」

 ……なんだろう?
 なんとなく、いつもの小日向と違う気がする。

 ……まぁ、良いか。
120 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:41:21.01 ID:5ObZZxVKO




美穂「見て下さいPくんっ! Pくんが沢山居ますっ!!」

P「あれニホンザル、僕は人間」

美穂「わぁっ、自分でバナナ剥けるんですね! Pくんも出来ますかっ?!」

P「…………出来るよ」

 出来るけれども。
 張り合ってる時点で、もう既になんか負けな気がした。

 やって来たのは隣町の動物園。
 入場料もそこそこの値段で一日中楽しめるデートに割と持ってこいなスポット。
 案内は有難い事に木陰が多く、猛暑もある程度は和らいでいた。
 それでも汗はかくけれど。

美穂「あっ! ハトが居ます!!」

P「あれ多分野生のハトだよ」

美穂「……野生の猿も居ます!!」

P「そろそろ怒っても許されると思う」

 さっきのは、僕の勘違いだったのだろうか。
 今では小日向も全力ではしゃぎ回っている。
 ……勘違い、だろうな。
 きっと、そうに違いない。

美穂「あれはなんて動物ですか?」

P「自動販売機って言ってお腹に沢山飲み物を溜め込む生き物だな」

美穂「その隣のスペースに決まってるじゃないですか!!」

P「ゴミ箱だな。お腹に沢山ゴミを詰め込められる生き物だ」

美穂「逆逆そっちじゃなくて」

P「あれは……鳥?」

美穂「いえそれは見れば分かりますけど……」

 僕だって別段動物に詳しい訳じゃないんだから。
 そもそもそう言った特別な知識が無くても楽しめる様に出来ているのが動物園だろう。
 ほら、こうしてボードにその動物の正式名称と説明が事細かく記載されて……

P「……カタカナって八文字以上続くと読み辛い」

美穂「凄く同意します」

 名前を覚える事は出来なかったが、取り敢えずなんか鳥だった。
 きっとカッコいい名前なんだろうな、だってカタカナだし。
121 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:41:49.25 ID:5ObZZxVKO



 それからしばらく、僕らは腕を組みながら園内をのんびりと歩き回った。
 会話が少ないのは、消費エネルギーの抑制という事で。
 ぐるっと一周、外に出ているゲージの殆どは見終わった筈だ。
 後は屋内にある特別なブースとかその辺だろう。

P「……正直な事言って良い?」

美穂「……どうぞ」

 さて、どうしたものか。
 正直な事言って良い? という前置きに許可まで下りたが。

 ……言うのは、よしておくべきなのだろう。

P「……暑い、疲れた」

美穂「……腕、組んでるからですか?」

P「いや単純に今日暑いだろ」

美穂「……腕、組んでるからなんじゃないんですか?」

P「そっちは別に良いや、デートだし」

美穂「……それじゃ、そういう事にしておいてあげます」

 ……なんだこいつ。
 ほんと、今日はいつにも増して面倒くさいぞ。

P「……それじゃそろそろお互い疲れただろうし、喫茶店でも入るか!」

美穂「はいっ!」

122 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:42:16.69 ID:5ObZZxVKO



 コーヒーを飲む。
 カップを下ろす。
 コーヒーを飲む。
 カップを下ろす。

 この行動を何度か繰り返すとコーヒーは全て飲み干されてしまう訳だが。
 驚く事に、なんとその間お互い一切の会話が無かったのだ。
 凄い、今までこんな事あった?
 僕も自分で驚いてるよ、自分が喋らずにコーヒー飲み干した事。

P「……涼しいな」

美穂「溜めに溜めた感想がそれですか……」

P「事実であれど口に出して確認するのは大切だぞ、プラシーボ効果ってのもあるし」

美穂「難しい言葉で誤魔化そうとしてる?」

P「プラシーボ効果を難しい言葉だと言い張るのは若干無理がある」

 コーヒーの味は正直あんまり分からなかった。
 これで500円とか、それならドーナツショップのお代わりし放題のコーヒーの方が良いな。

P「……え、もう十六時回ってんのか」

 外がまだ明るいから気付かなかったが、どうやら結構な時間を動物園で使っていたらしい。
 夏だし、仕方ない。

美穂「Pくんがデートプランちゃんと立ててこないからじゃないですかー?」

P「悪かったって、次は気を付けるよ」

美穂「…………そうですか」

 再び、沈黙。
 こんな時に新田とか鷺沢とか北条さんが居てくれれば良いのに、とか思ってしまう。
 けれど勿論、この場にアイツらは居ない。
 であれば……僕一人の力で戦うしか、ない。

P「……カンガルーの誕生日って、母親の袋から顔を出した日らしいな」

美穂「へー」

 スマホを弄るな。
 普通にしんどい。

P「……キリンの交尾は九割が雄同士らしいぞ」

美穂「そうなんですね」

 せめてこっち見て、スマホ置いて。
 僕が聞いてもいないのに豆知識を披露する動物オタクみたいになっちゃってるから。
 さっき動物園で知ったばっかりでちゃんと調べた訳でもないし。
 それもそろそろネタ尽きるし。

 ……いや、実際聞かれてないんだけどさ。
 僕が勝手に喋ってるだけなんだけどさ。

P「コウモリの睡眠時間ってナマケモノより長いんだってさ。真の怠けキングはコウモリに」

美穂「ねぇ、Pくん」

 僕の雑学は、小日向に遮られた。

美穂「…………そろそろ、帰りませんか?」

123 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:42:42.32 ID:5ObZZxVKO




 八月、コンクリートが続く道。
 道の両脇はひたすらに畑、またその先には夕方の空。
 昼が暑過ぎたせいだろう、この時間の風は涼しく感じて。
 遠くから響く様々な虫の鳴き声だけが、やけに大きく五月蝿く聞こえた。

P「一日ってあっという間だな、ほんと」

美穂「ですね、あっという間です」

 今が一番、陽が長い時期だと言うのに。
 長い夏に憧れて過ごして来たなら、今はどの時期に憧れれば良いんだろう。
 もっと、もっと長く。
 そう思ってしまうのは、無い物ねだりが過ぎるだろうか。

P「で、どうだった? デートってのは」

 デートラストの帰り道にするには、丁度良い話題だった。

美穂「うーん……そうですね……」

 人差し指を顎に当て、空を見上げて考える小日向。
 うーん、えーっと、なんて言いながら今日一日の出来事を思い出しているかの様に。

 ……そんなフリをしなくても、答えなんて分かってるのに。

美穂「正直、こんなものなんだなーって感じでした」

 がっかりした様な素振りすら見せず、サラッと言ってのける小日向。
 まったく、軽く言ってくれるなよ。
 沈黙を出来るだけ埋める為に、僕がどれだけ必死に知恵を振り絞ったと思っているんだ。
 なんて、言っても仕方ないか。

P「そっか、良い勉強になったな」

美穂「ずっと憧れてた筈なんですよね、デート。わたしだって女の子だもんっ」

P「そっか……いや、お前が女の子って事は分かってたけどさ」

 憧れてた筈、か。
 その念願のデートで楽しめなかったのだとしたら、落胆させてしまったのだとしたら。

 その原因は、一つしかないのだろう。
124 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:43:16.81 ID:5ObZZxVKO




美穂「わたしが、君の事を好きじゃないからだと思います」


 ……そうだろうな。

P「デートってのは好きな人とするものだからな」

美穂「うん、お勉強になりましたっ」

 当たり前の事だ。
 恋愛感情かどうかはおいといて、好きでも無い奴と一日過ごして楽しい筈がない。
 そんな当たり前の事、知ってただろうに。

P「……僕の事が好きじゃない、か」

美穂「はい。今日一日Pくんと二人っきりで過ごして思ったけど……やっぱり君は、そんなにカッコ良くありませんでした」

 嫌われてないだけ良かったよ、なんて巫山戯るのはナシだ。

P「……そんな事は僕が誰よりも知ってるよ」

美穂「ざーんねんっ! わたしの方がずっとずーっと沢山知ってますっ!」

P「そこ張り合うのか」

美穂「ずっと君の事を見てきましたから……ここだけの話、ほんとはわたし……」

 ……出来れば。
 その言葉の先は、言って欲しくなかったな。

美穂「…………君の事、好きだったんです」

P「…………そっか」

美穂「気付いてなかったでしょ?」

P「うん、気付いてなかった」

 気付かないフリをしてた。
 いや、違うか。
 自分の勘違いで、小日向が僕に恋愛感情を抱いてる訳が無くて。
 僕がこいつに恋愛感情を抱く訳も無い、と。

 そう、ずっと自分に思い込ませていただけだ。

美穂「……そっかー、結構アピールしてたつもりなんですけど……」

P「で? そこから?」

美穂「……でも、ふと思ったんです。なんでわたし、君の事が好きなんだろう、って」

P「で、デートしてみた、と」

美穂「はいっ、一日君と二人っきりで過ごせば、好きになったところが見つけられたり思い出せたりするんじゃないかなーなんて思ったんです」

P「それで、良いとこが無かった。思い出せなかった」

美穂「うん、ダメな所なら幾らでも見つかりましたけど」

P「だろうな。自分で言うのはアレだけど、今日のはデートとしては0点だ」

美穂「……多分わたしは、恋がしたかっただけだったんじゃないかな……」

P「恋に恋する、ってやつか」

美穂「多分それだと思います。だから、ずっと一番近くに居た君の事が好きなんだって勘違いしてた」

P「勘違いか」

美穂「はい。勘違いです」
125 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:43:47.76 ID:5ObZZxVKO



 だったら、僕は間違いじゃなかった。
 勘違いで向けられた好意で、僕まで勘違いしてしまえば。
 こいつの……僕が一番大切にしたかった幼馴染の人生を、僕なんかが無茶苦茶にしてしまうから。
 実際はそんな大それた事にはならないにしても、そんな恋に恋する女の子の恋心を踏み躙る事になり兼ねなかったから。

P「……良かったな、早目に気付けて」

美穂「はい、良かったです」

 でも、小日向がそれをようやく勘違いだと気づいて。

 ……ここまで言い訳。
 ここから本音。

 だから、僕は……

P「実を言うと、僕も昔は小日向の事が好きだった」

 ……ようやくきちんと、勘違いが出来る。

 嫌だったから。
 きちんと僕が、自分の力で好きになって貰いたかったから。
 小日向の勘違いした、恋に恋する気持ちを利用するなんて。
 そんな事、絶対にしたくなかったから。

 だから待った、ずっと待った。
 小日向が一度冷めるのを、目を覚ますのをずっと待った。

美穂「…………そっか」

P「……正直、僕も今日はつまらなかったぞ。暑いし、小日向が全部僕のせいにしてくるし、自分からは全然喋らないし」

美穂「そうだと思います。それに、君だってもうわたしの事好きじゃないですよね?」

P「何がこんなもんかだよ、自分から楽しもうとしない奴がよく言えたなって思ったし」

美穂「君だって……わたしと楽しむつもりなんて無かったでしょ……?」

P「人を試すとか普通に僕の嫌いなタイプの人間だし、どうせ小日向は良い所を探すつもりなんて最初から無かったんだろ」

美穂「…………君だって……わたしの事なんて……」

 文句は尽きない。
 言おうと思えば、この十年以上に渡る付き合いの中から幾らでも捻出出来る。
 でも、そんな事したって意味無いし。
 ここで怒ったら、それこそダメだって事くらいは僕の頭でも理解出来てるし。

 ……そんな辛そうな顔してる小日向なんて、見たくなかったから。
126 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:44:35.97 ID:5ObZZxVKO


P「……何があった?」

 今日一日、ずっと聞こうと思ってた。
 何があって、こんな事を僕に伝えた?
 何があって、こんな時にデートをした?
 恋に恋する女の子は、なんで今突然目を覚ました?

 ……これは自惚れだけど。
 なんで、無理やり恋を諦めようとしたんだ?

美穂「……何もありません」

P「何を焦ってるんだ?」

美穂「……焦ってなんてません……」

P「…………いなくなったり……しないよな?」

美穂「…………教えてあげません……」

P「…………そっか」

 あーあ……

 最低な気分だ。
 考えた事すらなかった、最悪な事だ。

P「…………」

美穂「…………」

 会話、続かないな。
 今までは何があっても大体僕一人で喋り続けてた気がするけど。
 気不味くなるのが嫌で、ひたすら喋れる様に頑張って来たのに。
 僕は今まで、どうやって喋っていたんだっけ。

P「…………よしっ! 考えても仕方ない!!」

美穂「…………えっ、ここで何時ものテンションに戻すんですか?!」

 うるさいな。
 これ以上沈んでたらダメだろうに。
 お前、今にも泣きそうな表情していたんだぞ。
 ……もしかしたら、それは僕にも当てはまるかもしれないけれど。
127 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:45:03.46 ID:5ObZZxVKO



P「リベンジだ」

美穂「…………えっ?」

 負けっぱなしではいられない。
 僕だって人生初デートだったのに、こんなにつまらなくて最低な思い出ばかりじゃ悔しくて仕方がない。

P「……だから、もう一回デートするって事だよ」

美穂「……君、さっきのわたしのお話聞いてました?」

P「……今日はちょっと調子悪かったから」

美穂「……ダサい……」

P「……明後日、神社の夏祭りあるだろ。あれ一緒に行こうぜ」

美穂「…………」

P「毎年一緒に行ってたけど……今年は、デートとして」

美穂「…………」

P「……そして、今度こそ……勘違いじゃなくしてみせる」

美穂「……君がそんな事する必要なんて無いのに……」

P「まぁ見とけって、ダメ出しする場所なんて無いくらい最高の彼氏になってやるよ」

美穂「…………無理だと思う」

P「そんなの自分が一番分かってる。でも……もし小日向が一瞬でもそう思ったのなら……全部、聞かせてくれ」

美穂「…………」

P「…………ダメか?」

 これでダメなら、もうどうしようもない。
 
美穂「…………」

P「…………」

 しばらく俯いて考え込んで。
 待たされている時間は、凄く長く感じて。
 今更になって、先程の僕の言葉が殆ど告白の様なものだったと自分で気付いた頃に。
 ようやく小日向は、頭をあげた。

美穂「……もう少し現実的に可能な条件にしませんか?」

P「お前何がしたいの?」

128 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:45:37.80 ID:5ObZZxVKO


 ドンッ! ドンッ!

 太鼓の音に祭囃子、絶え間ない喧騒にテキ屋の客引き。
 油断すると一瞬で人の波に流されてしまいそうな人口密度。
 夕方の涼しさを上塗りして昼以上に熱くする人々の熱気。
 匂い、音、光、雰囲気全てが四方からひたすらに押しかかってくる。

 夏の風物詩ーー夏祭りは、目の前でひたすらに夏を作っていた。

 はてさて、僕はと言えば。
 例年通りだったのであれば他の連中と浴衣の女性ひゃっほうとか言いながらはしゃぎ回って他の方々に迷惑を掛けていたであろうが。
 今年、今日、この夏祭りだけはいつも通りと言う訳にもいかず。
 今回こそはとひたすら必死に組み上げたデートプラン(と言う名の行き当たりばったり)を小日向相手に敢行しようとして……

加蓮「ばっっっか! なんでポテトに勝手にケチャップつけちゃったの?!」

鷺沢「え、だって加蓮いつもつけて食べてるじゃん」

新田「浴衣の真の良さは浴衣自体ではなく、それを着こなしきれず慣れないながらそれでも可愛らしく振る舞おうとする女子にこそあると思う」

智絵里「あっ……金魚さん、全然掬えませんでした……」

卯月「あ、五十嵐くーん! こっちですこっち!」

響子「お兄ちゃーん! たこ焼き一緒に食べたせんかーっ?!」

 ……なんか、みんな居た。
 あぁいや、こいつらが来る事は分かっていた、地元だし。

 問題はそっちでは無くて……

美穂「やっぱり大勢で楽しんだ方が楽しいですからっ!」

 小日向が、デートだと言うのに他の連中に声を掛けた、という事だ。

 えーってなってる。
 お前ほんとどっちなの?
 ホントはホントにデートしたくなかった?
 僕がこの二日で立てた綿密な計画が水の泡となってしまった訳だが、その辺はどうお考えなのだろう。

美穂「だって君、前にわたしとのデートの時に響子ちゃんと卯月ちゃん呼んだじゃないですか」

P「…………あれはデートでは無かったので」

 今思うと、僕なかなか酷い事をしてしまってたんじゃないだろうか。
 いや、けれどあれは別にデートでは無かった訳で。
129 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:46:05.36 ID:5ObZZxVKO


加蓮「美穂ーっ! 射的やるよ!!」

美穂「はーいっ!」

 ……行ってしまった。

 やっばい、本格的に僕に勝ち目が無い。
 この時点で既に減点食らっててもおかしくなさそうだ。

新田「なぁ五十嵐、あっちで浴衣コンテストが」

P「黙れゴミ、こっちは頭使ってるんだ」

新田「明日殺す」

 ……ふむ、明日……ね。
 どうやらこいつらは、僕と小日向が今どうなっているかを知っていそうだ。
 ……なんで来た、帰れ。
 今日も今日とて僕の恋路の邪魔をするんじゃない。

鷺沢「ん、俺? 悪いけど俺彼女いるから……」

 鷺沢は浴衣の女の子にナンパ(?)されていた、死ね。
 背は低めおっぱいは小さめだけどとっても可愛らしい女の子に声掛けられるとか死ね。
 っていうかお前らやっぱり付き合ってたのか、死ね。
 にしてもあの子可愛いな、読モとかやってそう、鷺沢は死ね。

P「……マジでどうしよう」

卯月「聞きましたよ、五十嵐君」

P「島村さん……浴衣、めっちゃ似合ってて可愛いよ」

卯月「…………五十嵐君、一回きちんと振られた方が良いと思います」

 振られたんだけどね、一昨日。
 それはそれとして、島村さんまで敵に回ってしまったのが哀しくて仕方がない。
 
智絵里「……五十嵐くん……えっと、お願いがあるんですけど……」

P「緒方さん……」

 今僕の心を癒してくれるのは緒方さんしか……

智絵里「……鷺沢くんの事呼んで貰えますか……?」

 ……あいつやっぱ一回きちんと死んだ方が良いと思う。

 ……さて。
 何はともあれ、まずは小日向を探さないとお話にならないな。

130 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:46:33.33 ID:5ObZZxVKO


加蓮「げ、来た」

 再開して早々酷い。

美穂「か、加蓮ちゃん。型抜きしに行きませんか?」

加蓮「おっけー。そんな訳で五十嵐、アンタは他所の女の尻でも追っかけてれば?」

P「随分なご挨拶だな、さっき鷺沢がナンパされ……してたぞ」

加蓮「何処」

P「鳥居付近」

 僕がそう言葉にした頃には、北条さんの姿は無くなっていた。
 恋する女の子は強い。

P「……さて、小日向」

美穂「わ、わたし門限が」

P「無い」

美穂「今日はお祭りなので……」

P「だったら尚更遅い筈だ」

美穂「……珍しいですね、君が強引なの」

P「うるさいな、必死なんだよ」

 と言うか小日向。
 なんとなくだけど、僕以外には全部の事情話してるんじゃないか?

美穂「……どうだと思いますか?」

P「そうだとしたら凄く辛い」

美穂「積年の怨みです」

P「勘違いだったんだろ?」

美穂「勘違いだったとしても、です」

 ……やめておこう。
 ここで僕が捻くれたって、話は何も進まない。

P「……さ、デートだ。まずは親御さんに挨拶からだな」

美穂「そんなデートある?」
131 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:46:59.73 ID:5ObZZxVKO


 と、冗談は置いといて……

P「射的やりに行こうぜ。僕この日の為に家のエアガンで練習したんだ」

美穂「さっき加蓮ちゃんとやって来たから……」

P「……じゃあ金魚掬い。お望みとあらば全匹掬ってやる」

美穂「わたし、多分ちゃんとお世話出来ないから……」

P「……御神籤引く?」

美穂「お祭りである必要性が……」

P「…………型抜き、苦手なんだよな……」

美穂「なんで次わたしがやりに行こうとしたのはピンポイントで苦手なんですか……」

P「うるさい! やってやるよ! ほら腕組むぞ!!」

美穂「あ、浴衣崩れちゃうのでちょっと……」

 リベンジ、早速失敗しそうな予感がする。

美穂「……だから……手くらいなら、握ってあげます」

P「汗凄そう」

美穂「ふんっ!」

 小日向がいつも通り僕の足を踏み抜こうと足を振り上げた。

 おいバカ、こんな人混みの中浴衣で片足上げたら……

美穂「きゃっ!」

 近くを通り過ぎた人がぶつかり、小日向が倒れ込んで来た。
 予定調和とも言える。

P「っと、セーフ」

 勿論、僕も慣れている。
 普段から僕の方へと倒れ込んで来る奴だったから。
 倒れかけた小日向を支えつつ、そのまま引き寄せ腕を組んだ。

美穂「…………なんだか今の動き、すっごく洗礼されてませんでした?」

P「気のせいだろ」

 良かった、小日向が倒れ込んで来た時に支えつつナチュラルに腕を組む練習しといて。
 プンスカ怒りながらも付き合ってくれた響子には感謝しかない。

美穂「……あ、あと…………ありがとうございました」

P「今の割とカッコよくなかった?」

美穂「今ので大幅減点です」


132 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:47:26.33 ID:5ObZZxVKO



 仏頂面、照れ顔、苛ついた顔、満面の笑顔。

 目まぐるしくコロコロ変わる小日向の表情を眺めながら、僕は沢山の屋台へとエスコートした。
 分かっていた事ではあるが、小日向ってやっぱりすっごく可愛いんだよな。
 勿論二日前の僕なら、だからと言って付き合いたいとか恋人になりたいなんて思いは微塵も抱かなかったけれど。
 と言うよりも、だからこそ僕なんかが彼女の勘違いのせいで付き合ってしまうなんて事態を避けようとしての今な訳だが。

美穂「あのっ! やっぱりあのクマのぬいぐるみ取って下さいっ!」

P「任せとけ、一発で射止めてやる」

 二千円かけて射的でぬいぐるみを落としたり。

美穂「あの金魚、怒ってる時の加蓮ちゃんに似てませんかっ?!」

P「でも胸が無い」

美穂「さようなら」

 金魚掬いで勝負したり。

美穂「…………」

P「…………」

 お互い無言で型抜きに熱中したり。

美穂「あっふ、あっっふいれふっ!」

P「ちゃんと冷ましてから食べぁっっっつ!!」

 たこ焼きで口の中を火傷したり。

美穂「あっっっっふいっ!」

P「っふぁっふいっ!!」

 お好み焼きで口の中を火傷したり。

美穂「熱くないって良いですね……」

P「あぁ、このアイス熱くない」

 アイスキャンデー交換して食べたり。

 喉自慢の音痴なおじさんの熱唱で笑ったり。

 あんず飴落として僕の足べちゃべちゃになったり。

 かき氷食べて舌の色見て笑い合ったり。

 ……なんだか、デートとかそんな事忘れて楽しんでた。
 きっと小日向も、なんだろう。
 自分で言うのは難だが僕はそこそこ鈍感な方なので、もしかしたら去年も一昨年も僕へと小日向はアタックしては砕けてたんだろう。
 けれど今は、そんな恋心とか計算とか打算とか抜きに子供の様にはしゃぎ回って。

 ……こんな時間がずっと続けば良いな、って。

 正直こんな時間が続くのであれば、別に僕は小日向と恋人にならなくたって良かった。
 友達で、その中で誰よりも距離の近い幼馴染でいられれば良かった。
 教室に行けば毎日会える様な、クラスメイトでいられれば良かった。
 幼馴染でクラスメイトな、そんな小日向美穂と……

133 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:47:55.37 ID:5ObZZxVKO





P「……さて、休憩がてら神社裏でも向かうか」

美穂「ふぁーい」

 綿あめを齧りながらかき氷を頬張る器用な小日向と、少し静かな神社の裏手に回る。
 更にそのまま林の方に向かうと石段があって。
 知ってる人は少ないから、今年もそこは僕らだけの陣地で。
 毎年此処で、祭りの最後に打ち上げられる花火を眺めてた。

P「っふぅ……疲れた」

美穂「年寄り臭いですよー」

P「まだ十六なんだがな」

美穂「じゃあわたしもおばあさんです」

 そうはならない気もする。

 ……ふぅ。
 現実逃避も程々に、聞かなきゃいけない事がある。
 小日向も、もう気付いている。
 僕がこれから、きちんと向き合おうとしている事に。

 大きく息を吸い込んだ。
 遠くの喧騒が、少しだけ静かになった気がした。
 きちんと、お互いに目を見て。
 これから、僕は……

P「……小ひにゃ」

美穂「…………」

P「…………」

 …………死にたい。

 緊張し過ぎて噛んだ。
 本っっっ当に恥ずかしい。
 人生でも屈指の人生の汚点だ。
 人生の汚点を人生以外で作れないから当たり前だが。

美穂「…………」

P「…………」

美穂「…………」

P「…………」

美穂「…………ふふっ……」

 一拍。

 まるで、打ち合わせたかの様に。

P・美穂「「っふふふふふふっっっ、っあっはっははははっっ!!」」

 僕らの笑い声が、林中に重なって響いた。

134 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:48:23.02 ID:5ObZZxVKO




美穂「こひにゃ! こひにゃって誰ですかっ?! っふふふふっっっ!!」

P「うるせぇぇぇぇぇぇっっっ!! 今のはほんと無かった事にしてくれないかなぁぁぁぁ!!!!」

美穂「カッコつけといてっ! ちょっと良い雰囲気作っておいて! こひにゃ! こひにゃですかっ!!」

P「…………こひにゃ」

美穂「っっっ! キメ顔っ!! ズルイっっっ!!!!」

 しばらく持ちネタに出来そうだ。
 出来れば墓場まで持って行きたいが。
 遠くから聴こえてくる喉自慢の演歌がbgmとして良い味をだしてる。

P「……帰る」

美穂「待ってくださいっ! こひにゃた美穂さんは優しいのでもう一回チャンスをあげますからっ!!」

P「お前ほんと……」

 バカにするのも程々にして欲しい。
 今いい感じにメンタル磨り減ってるから。

P「……で、何があった?」

美穂「うーん……別に今更隠す必要は無いので話しますけど……」

 一回、大きく息を吸う。

 ……あぁ、これは碌でもない話だ。

美穂「…………わたし、アイドル始めるんです」

 そう言った小日向の目には。
 まだ、迷いがあった。

P「…………アイドル、か……」

 知らない訳が無い。
 歌や踊りでテレビで活躍する、若いタレントみたいな仕事だった筈だ。
 ドラマに出たり、写真集を出したり、ライブをやったり。
 そんな、誰もが一度は憧れた存在で……

P「小日向が? アイドル?」

美穂「むっ、バカにしてますか?」

 本気で言ってるのか?

 引っ込み思案で、臆病で、なのに時折勇猛果敢で。
 ひたすらに真っ直ぐで、傷付きやすくて、優しくて、バカで。
 アホ毛で、恥ずかしがり屋で。
 人一倍誰かの事を考えられる奴で、なのに自分の事となると途端に弱くなって。
135 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:48:57.16 ID:5ObZZxVKO

 ……僕が知る限り、一番可愛い女の子なら。

P「……頑張れよ、小日向」

 絶対、上手くいく。
 僕は絶対、応援する。

美穂「……はい、頑張ります!」

P「あだ名にこひにゃって使って良いぞ」

美穂「絶対イヤです」

P「……アイドルか、ヤバイな……テレビで小日向が全国放送されるのか……」

美穂「嬉しいですか?」

P「…………あぁ、勿論」

 そんな訳あるか。
 嫉妬に狂うに決まってる。
 最近の自分のよく分からない感情に、ようやく名前を見つけられたんだ。
 日本中の男性が小日向を見るならその目を潰すってハンムラビ法典にも書いてあったぞ。

美穂「…………今日、君とデートして……やっぱり思ったんです。わたしは本当に、君の事が好きじゃなかったんだって」

P「……デートの点数は?」

美穂「減点式なら0点です」

P「……手厳しいな」

美穂「どんどん減ってって、こひにゃで0点になりました」

P「……無かった事にしてくれると嬉しい」

美穂「それでも赤点です」

P「……ま、そうだよな」

美穂「……はい」

 自分でも分かってた。
 リベンジは、お世辞にも良いデートとは言えなかった。
 グダグダだし、あまりカッコいいところ見せられなかったし。
 っていうか多分序盤必死なの本当に見苦しかったと思う。

美穂「……でも……」

 えへへ、とはにかんで。

 小日向美穂は、花火の様に笑顔を咲かせた。

美穂「……加点式なら、花丸です」

P「……加点式とか減点式とか、よく知ってたな」

美穂「こひにゃ」

P「僕の負けだ」

 勝ち目は無さそうだ。

美穂「……だから今は、君の事が好き」

P「お、やったね」

美穂「必死になって空回りしたり、カッコつかなかったり……でも、そんないつも通りのキミも……わたしは、好きかな」

 ひとまず、ひと段落。
 僕の方の課題はクリア。
136 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:49:27.08 ID:5ObZZxVKO



 ……本題は。
 きっと、ここからだ。

美穂「…………何か、言わないんですか?」

P「動物に纏わる豆知識で良ければ」

美穂「……遠くに行っちゃうかもしれないんですよ?」

P「……応援してるよ」

美穂「……学校にも、全然行けなくなっちゃうかもしれないんですよ?」

P「ちゃんと席掃除しといてやるよ」

美穂「…………今までみたいには会えなくなっちゃうかもしれないんだよ?」

P「……でも、テレビとかラジオで」

 応援するんだ、僕は。
 例え何があっても、例えファンが僕だけだったとしても。
 必ず、小日向を応援して、背中を押して。
 かつて自分で決めた、『小日向の為』をこれからも守る為に。

 ……って言うかそれ知ってれば、僕はこんな好きだとか言ったりデートとかしなかったんだけど。

美穂「…………わたしは……? わたしの気持ちは……?」

P「……アイドル、やるんだろ」

美穂「…………止めてよ……引き留めてよ……」

P「……僕は、小日向の事が大切だから。邪魔したくないんだ」

美穂「……分かってよ…………分かってよ!!!」
137 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:49:55.82 ID:5ObZZxVKO



 そこから先は、ただひたすらに思いが溢れただけだった。

美穂「今更好きとかずるいよ! わたしずっと片思いだったんだよ?! この数年間ずっと! そのくせわたしが諦めようとしたら突然好きだったなんて言うとかあり得ないよ!!」

美穂「どうせ君は分かってるんでしょ?! わたしが君を諦めた筈が無いって! 諦められる筈が無いって! だからそんな事言ったんじゃないの?!」

美穂「ふざけないでよっ! 大好きだったんだもん! ずっと! 君の事が!!」

美穂「好きじゃないなんて言葉もウソですよ! それも分かってたんですよね? 分かってくれてたよね?! だったらその時言ってよ!」

美穂「君の事が好きじゃないって勘違いしたかったの! でも出来なくてっ、そのくせ君はわたしの恋心だけを勘違いにしようとするんだもん! そこは普通に怒ってるよ!!」

美穂「勘違いだったかもしれないよ? 最初はっ、きっかけはそうだったかもしれないですけど!」

美穂「でもっ! それからずっと一緒にいてどんどん好きになって! ずっと好きだったって気持ちまで……勘違いな訳無いじゃないですか!!」

美穂「……だからっ、今も分かってよ! 引き留めてようとしてよ! そしたら! わたしは……っ!!」

P「……小日向、僕は……」

美穂「……そうやって君は……自分だけ涼しい顔して……結局わたし一人だけがまたこうやって空回りしちゃってるんだもん……」

P「……違う、小日向……っ」

美穂「もういいですっ!!」

 ダッ、っと。

 僕が手を伸ばすよりも早く、小日向は祭りの方へと走って行った。
 浴衣なのにお速い事で、それでも僕の方が早いっ!

卯月「あ、五十嵐君! ゴミはちゃんと捨てなきゃダメですよ!」

P「……これ小日向の……あ、はい」

 あいつが残した綿あめの割り箸とかき氷の容器をきちんとゴミ箱に捨ててから、僕も走りだした。

 ドンッ!!

 祭りも終盤宴もたけなわ、今になって花火が上がりだした。
 そのせいでお祭りは更に熱気を増し、人は尚更ギュウギュウになる。
 小日向の姿は見当たらない、けれどあのまま走ってると怪我をしかねない。
 ……なんとかして、小日向を探さないと……

 賽銭箱前、居ない。
 ベンチ、居ない。
 北条さんの近く、居ない。
 どこ、ほんとどこ。

 多分あいつは、本気で逃げてる。
 僕が普通に叫んだ程度じゃ、止まってくれない。
 そして今、逃したら。
 きっともう、お互いに伝え合う機会なんて……

P「……新田!」

新田「ん、なんだ? 浴衣の女子大生ナンパなら付き合うぞ」

P「……喉自慢、まだエントリー出来るかな!」



138 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:50:23.08 ID:5ObZZxVKO




 嫌い! 嫌い! 嫌い!

 君なんで大っ嫌いです!!
 好きになって、大好きになって。
 ようやく好きじゃなくなった筈なのに、余計に大好きになっちゃって。
 だから、大っ嫌いっ!!

 わたしの事分かってくれるくせに、肝心な時だけ全然分かってくれなくて!
 分かって欲しい事だけは分かってくれなくて。
 そのくせ自分はきちんと分かってるみたな。
 わたしの為みたいな、そんなわたしが言い返せない事ばっかり言って……!

 ドンッ!

 花火が上がり始めたみたいです。
 でも、そんなの見る気分じゃありません。
 人混みを掻き分けて、わたしは神社の外へと目指します。
 もう、早く帰りたかったから。

 ……引き留めて欲しかったのかもしれません。
 本当は、追い付いて、わたしの事を止めて欲しかったのかもしれません。
 分かんないですけど、今わたしが本当はどんな事を求めてるかなんて。
 ……だから、君だけは分かっていて欲しかったのに……!

 神社の出口、鳥居が見えて来ました。
 あれを潜り抜ければ、今みたいな人混みは無くなって。
 わたしは、もう完全に逃げ切れちゃうんですよ?
 ……なのに、君は追い掛けてくれなくて。

 あと一歩で、神社の外で。
 君は結局、追い付いてくれなくって……!
139 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:51:05.54 ID:5ObZZxVKO



美穂「…………もうっっ! 君の事なんてっ! 大っっ」

P『小日向ぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!』

 キィィィンッッ!

美穂「えっ…………っ?!」

 神社内の各所に取り付けられたスピーカーから、ハウリングと聞いた事のある声が響きました。

P『ボリュームでっかっっ! 耳いてぇ!!』

 ……な、何をしてるんですか……?

P『どうせまだ居るんだろ! 居なかった場合とんでもなく恥ずかしいから居て欲しいなぁ!!』

 そんな『居ない人は手を挙げて』みたいな……

 ザワザワって、神社内がどよめきました
 それもそうです、花火が上がってみんな鑑賞に夢中になってた筈なんですから。

P『ふぅぅー…………小日向美穂さんっ!!』

美穂「はっ、はいっっ!!」

 思わず返事しちゃいました。
 周りの人達がわたしの方を驚いた目で見てきます。
 ……どうせこっちの声なんて届く筈が無いのに。
 それでも、わたしは立ち止まっちゃって。

P『……気付かないフリしてたのは本当に申し訳ないと思うし! もっと言うとフリじゃ無くて本当に気付いて無かったって言ったら怒るだろうから言わないけど!!』

美穂「言ってるーー!! 言っちゃってる! 言っちゃってますよー!!!!」

P『密着されてもドキドキするってより、女の子としてどうなんだろうって心配する事の方が多かったけど! 毎朝起こしに来てあげてるとか言う癖に、いつも僕が起こす羽目になるのどうかと思うけど!!』

美穂「それ今叫ぶ必要ありますかっっっっ?!」

 これ以上わたしの恥を他の人に知られる訳にはいきません。
 急いで翻して、神社中央のヤグラに向かって走り出しました。

P『そんな! 面倒な幼馴染で! 隙だらけなクラスメイトな! そんな小日向美穂と……ずっと一緒に! 誰よりも側に居たかったから!!』

美穂「……だったら……言ってよ! 叫んでよ! 愚痴とかじゃなくて! 失言とかじゃなくて!!」

P『……何があっても、僕が小日向にとって一番近い場所に居たいから! これから会える機会が少なくなっても! 邪魔しないように! 小日向の事を見守っていたいから!!』

美穂「言い訳とかいらないから! 聞かせてよっ!」

P『……っ! それでも! やっぱり僕はっっ!!』

美穂「君の気持ちを……っ! 素直な気持ちを!! わたしへの想いを叫んでよっっっ!!」

P『っっ僕はっ!! 小日向の事が大好きです!! もし今この場にまだ居てくれて、僕の想いを聞いてくれていたなら!! 僕と! この夏だけでも! 付き合って下さいっっ!!!!』
140 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:51:39.48 ID:5ObZZxVKO



 一瞬、神社全体が静かになって。
 その瞬間だけは、花火の音も聞こえなくなって。
 夏の全てが、凍っちゃったみたいで。
 そんな時間を溶かしたのは、わたしの、わたしより先にステージで熱演しちゃったPくんへの素直な想いでした。

美穂「他の人に迷惑です!!」

P『……喉自慢だし、これオリジナルソングって事にならないかな』

 そんな恥ずかし過ぎるオリジナルソングはやめて下さい……

美穂「……会えなくなっても良いの?!」

P『会いに行くから!!』

 近くで聞くと、想像以上にうるさい音でした。
 それでもヤグラの真下なら、この場所なら。

 わたしの返事も、想いも、君に届けられるから。

美穂「止めてくれないの?!」

P『どうせもう色々決定してるんだろ?!』

美穂「そうだけど!!」

P『それで……返事、貰えるか?』

 ……もちろんです。
 わたしの気持ちなんて、とっくに決まってます。
 君が抱くより、ずっと前から。
 君が勘違いしてると思い始めたよりも、きっと前から。

美穂「……わたしもっ!」

 ドンッ!

 止まっていた時間が動き出したかの様に、花火がまた上がり始めました。
 でも、わたしの声は、想いは。
 そんな音じゃかき消せないくらい、大きいから。
 止まったままの恋心を、前に進める為に。

美穂「誰よりも側に居たいです! もっと見てたい! 素直になりたい! Pくんの笑顔を、想いを! わたしだけに向けて欲しいから!!」

 すーっと。
 大きく、息を吸って。

美穂「ーーPくんの事が大好きですっっ!! この夏だけなんて言わないで! わたしと! ずーっと! 付き合って下さいっっ!!!!」
141 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:52:12.95 ID:5ObZZxVKO




 やっと……言えた! 伝えられました!
 恥ずかしさと嬉しさと、もう自分でも分からない気持ちがゴチャ混ぜになって涙が出ちゃいましたけど。
 それでも、ようやく。
 勘違いは、あまりにも場違いな告白で本物になってくれて。

 静寂は、一秒にも満たなかったと思います。

「「「「「ふぅぅぅぅぉぉぉぉぉうっっっ!!」」」」」

 神社全体が叫んだみたいに、歓声が巻き起こりました。
 大量の花火がひたすらに広がって、夏の夜空を恋の色に染め上げます。

P『…………ごめんっ!!』

美穂「…………えっ?」

「「「「「は?」」」」」

 ……えっ?
 断られた……?
 自分から告白しておいて、返事まで求めておいて。
 なのに、振ったんですか……?

P『うるさくて聞こえなかった! もう一回言って貰えない!?』

 ……もう一度だけ。
 わたしは大きく、息を吸い込んで…………

美穂「二回も言える訳無いでしょっっ!! ばかぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 夏祭りは節分に姿を変えて。
 Pくんに向かって投げつけられた大量のゴミや小銭やスーパーボールや風車は。

 今だけは、結婚式のフラワーシャワーみたいに輝いて見えました。



142 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:52:42.94 ID:5ObZZxVKO



 ピピピピッ、ピピピピッ

 目覚ましのアラームで目を覚ませば、窓から既に朝陽が射し込んでいた。
 自ら温もりを手放さなければならない事実に恨みを募らせながらも、僕は布団を捲り上げる。
 ……もちろん、布団の中に僕以外の誰かが居る訳も無い。
 思い切り布団を足元までまくり、寒さに備える為制服に着替える。

 十月になった朝の空気は、余りにも人間に優しくない。
 これで十二月とかになったらどうなってしまうのだろう。
 すぐ来年になっちゃうんだろうな。
 あと師走でよく思うのが、師を走らせるなよ、と。

P「…………ふぅ」

 こうして静かな朝を迎えるのも、もう慣れた。
 一学期以前だったら、もっとうるさく又は騒がしい朝を迎えていたのだけれど。
 うるさいも騒がしいも似たような意味か、寝起きだからまだ思考にキレがない。
 頭のキレる最近の若者達を目指して頑張ろう。

 コンコンッ!

響子「お兄ちゃん、朝ご飯出来てますよー」

P「はーい、すぐ行くから」

 ……ふぅ、今日も寒そうだ。
 そろそろブレザー着ようかな。

 鏡の中の僕はまだ眠そうな顔をしている。
 ぱんっと頬を叩いて、根気入れて冷たい水に手を伸ばす。
 顔を洗って歯を磨いて、暖房の効いたリビングへ。
 テーブルには既に朝ごはんが並べられていた。

P「……ん? 辛子なんて僕使わないぞ」

響子「……あ、そっか……」

 使わない物は冷蔵庫へ。
 調味料長持ちの秘訣である。
 ところで辛子って要冷蔵だったっけ?

響子「それで、最近学校で話題のラブ師匠なんですけど……」

P「そんな奴居るのか、そう呼ばれて恥ずかしくないのかな」

 二人で食べる朝ごはんも、もう慣れた。
 いや、元々慣れるも何もそうだったんだ。

響子「……お兄ちゃん、元気無いですよね」

P「そうでも無いさ」

響子「ほんとですかー? 素直になれば私が慰めてあげるんですよー?」

P「いやほんと、まだ眠いだけだ」

 二学期入ってから、響子が随分と僕を揶揄う様になって来た。
 いや、正確には八月のあの日からだけれど。

P「……ところでラブ師匠って女の子? 可愛いのかな」

響子「噂によると醜さと汚さの塊らしいです」

P「可哀想過ぎるだろ噂もあだ名も」

143 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:53:24.44 ID:5ObZZxVKO



新田「あーあ、何が衣替えだよ。おっぱいが遠ざかっちまうじゃねぇか」

鷺沢「じゃあお前ブレザー着るなよ?」

加蓮「はー……ほんと、男子って馬鹿ばっかだよね」

智絵里「え……加蓮ちゃんって男の子だったんですか……?」

 いつも通りの教室。

 僕はさっさと荷物を置いて、寝る。
 机は良い、うるさくないから。
 二学期に入って席替えをしたから、僕の席は窓際後ろから二番目。
 窓の外から吹き込む朝の空気がめっちゃ寒いなんで窓開いてるの。

卯月「二十五分までは換気しなきゃいけないって決まりがあるんですっ」

P「あ、おはよう島村さん」

 ……やっぱり島村さんはブレザー着てる方が可愛いな。
 あの生地の下には、抑え付けられたおっぱいが二つもあるのか。
 僕もブレザーになりたいな。
 ……ダメだ、その下にはシャツとセーターとブラが立ちはだかってる。

新田「よう五十嵐。元気か?」

P「元気だよ昨日も会っただろ、今僕は『たちはだかる』って言葉の響きに心を打たれてるんだ」

新田「心配して損したわ」

P「誰も頼んで無いだろ」

 いつも通りとは言ったが、二学期に入って僕の周りは多少変わった。
 教室にいると、やたら心配される様になった。
 あの日の僕の告白は殆ど全員が知ってるだろうから、二学期入ると同時にからかわれまくると思っていたのたけれど。
 なんだか……こう、気遣いが心地悪い。

鷺沢「……五十嵐、これやるよ。寂しくなったら使え」

P「なんだこれ」

鷺沢「テンガ」

P「滅びろ」

 慰め方がとても不器用。
 というか教室でそんなもん渡すな。

加蓮「捨てられてないと良いけどね」

智絵里「か、加蓮ちゃん……」

新田「そうだぞ五十嵐、お前使わないなら俺が貰ってやる」

鷺沢「絶対加蓮が言ったのは意味違ってるから」

 ……そして。

卯月「…………美穂ちゃん、今日も来れないんですね……」

加蓮「…………」

智絵里「…………」

新田「…………」

鷺沢「…………」

 僕のとなりの席は。
 二学期に入ってから、一度も座られていなかった。


144 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:53:51.68 ID:5ObZZxVKO



新田「ほんと、からかい辛いからお前さっさと元気出せよ」

P「いや単に眠いだけなんだって」

鷺沢「元気出せよ、ソープでも行くか?」

P「行きた……あぁいや、高校生って行けるのか?」

鷺沢「まぁ俺は行かないが」

P「なんで誘った、僕も行かないが」

新田「はーっ、これだから妻帯者はよぉ!」

 頭の悪い会話をしながらのお昼休み。
 野郎三人で机を寄せ合って食べるお弁当はなんとも悲しい。
 以前だったらここに小日向も居たのだが。
 どうやら残念ながらあいつは今日も仕事らしい。

新田「にしても凄いよな。デビューしたてでもう新曲出すんだろ?」

P「随分凄い大手の事務所なんだとさ、専属のマネージャーとかプロデューサーとかがつくとか」

鷺沢「取られないと良いな、小日向の事」

P「女性だってよ、担当さんは」

新田「今や恋愛に性別なんて関係の無い時代だぞお前」

P「んでレッスンとオーディオ受けつつ撮影やったり収録したりと大忙しらしい」

鷺沢「二学期入ってから一回も来てないからな……寂しいんだろお前」

P「…………別に」

鷺沢「連絡は?」

P「殆ど来ない」

新田「…………」

鷺沢「…………」

P「……なんだよ」

新田・鷺沢「「…………ソープ、行くか?」」


145 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:54:19.46 ID:5ObZZxVKO



新田「なぁほんとにソープ行かないのか? 行こうぜ! 元気とか色々出るぞ!!」

 キャッチの兄ちゃんみたいなテンションの新田と歩く帰り道。
 こいつどんだけ飢えてるんだよ。
 普通に怖いよ。
 そんなに行きたいなら一人で行ってこいよ。
 
 小日向と二人で帰ってたあの頃がどれほど平和だか良く理解した。
 カムバック小日向、今ならカムバックログインキャンペーンやってるぞ。

新田「……はっ、恋人いるのにますかくしか能のないチキンが」

P「お前一人で行くのが不安なだけだろ」

新田「…………怖くない?」

P「分かるけれども」

新田「不安は仲間と分かち合うもんだろ」

P「喜びを分かち合えよ」

新田「悦びなら」

P「……お一人でどうぞ」

新田「……お前、本当に元気無さそうだな……悪い」

 ……いや、だから本気で心配されても困るんだって。
 本当にただの寝不足だから。

新田「……良い店探しとくから、必ず行こうな」

P「行かないって言ってんだろ」

 新田と別れて、一人で歩く帰り道。
 あぁ……寒い。
 こういう時隣に恋人がいれば、身も心も温まれたろうに。
 カイロ、そろそろ使おうかな。

 何事もなく、一日が終わった。
 特に面白くもなんとも無い一日だった。
 というか、ひたすらに眠かった。
 睡魔……スイマー……大して面白い事は言えなさそうだ。
146 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:55:03.67 ID:5ObZZxVKO



 それもこれも、全部……

P「……ただいまー」

 家の扉を開けて、ただいまの挨拶。

 家の内側から、外よりは温かい空気が流れ出てきて。
 二階の部屋から、扉の開く音がして。
 ドンドンドンドンっ! とうるさい音が降りて来て。
 その音源は一直線に、僕へと向かって突っ込んで来た。

美穂「おかえりなさいっ、Pくんっ!!」

P「痛いっ!!」

 ギュゥゥっと、抱き着かれると、人は死ぬ(575)。
 いつになったらこいつは力加減というものを覚えてくれるのだろう。

美穂「もうっ、Pくん。ただいまの挨拶はただいまですよ?」

P「凄い、何も言ってないのと同義だ」

美穂「寒いので早く部屋に戻りませんか?」

P「凄い、何も言ってない事にされた」

 小日向に腕を引っ張られ、階段に躓きながら部屋に拉致された。
 まさか自分の部屋に拉致される日が来るとは本当に思わなかった。

美穂「はい、Pくんっ!」

P「はい、なんでしょうか」

美穂「わたしはずーっとPくんの帰りを待ってました」

P「僕はずーっと学校に居たけど」

美穂「帰って来てよ!!」

P「帰って来たよ!!」

美穂「……おかえりなさいっ!!」

P「勢いで誤魔化せると思うな」

美穂「……ぎゅ、ぎゅぅぅぅぅっっ!!」

P「だから苦しい」

美穂「幸せ過ぎてですか?」

P「いや物理的に」

美穂「……つ、つまりそれって……わたしの胸がPくんに密着しちゃってるからって事……だよね……?」

P「いや、別に…………まぁそれで良いか」
147 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:56:16.66 ID:5ObZZxVKO


 夏祭りのあの日、僕はてっきり小日向が何処か遠くの街に行ってしまうものだと思っていたけれど。
 どうやら別にそんな事は無く、引っ越しも特に無かったらしい。
 確かにこいつ、引っ越すとは言ってなかった。
 けれども色々とスケジュールが詰まっていて学校にはしばらく殆ど来れないと聞いた時はやっぱり悲しくなったが。

 こいつ、多分あの日以降殆ど毎日僕の家に来てる。

 仕事の方が終わるとすぐうちに来ると言ってたけど、それアイドルとして大丈夫なんだろうかと不安にもなる。
 事務所曰くバレないようにとの事らしいが、まぁそれはそれとして、そんな訳で。
 僕が帰れば小日向が僕の部屋に居て。
 僕の帰宅時点で居なくても大体夜勝手に入ってくる。

 時間帯が朝から夕方や夜に変わっただけの、以前と殆ど変わらない小日向との距離が此処にはあった。
 そのせいで僕が寝不足気味連日記録を更新し続けてるわけだけど、こいつにとっちゃそんな事はどうでも良いのだろう。

美穂「学校も行きたいんですけど、最初の三ヶ月は本当に色々と大変なので……」

P「ふーん」

美穂「……もうちょっと興味持ってくれませんか?」

P「……なぁ、小日向」

美穂「もー、Pくんっ。せっかく恋人になったんですから美穂って呼んでくれても良いんですよっ?!」

P「あぁいや、それは今は」

美穂「…………呼んでくれないんですか?」

P「……いや、だからさ……」

美穂「……Pくん……ほんとはわたしの事好きじゃないんですよね……」

P「…………美穂」

美穂「……えへへ……ふふふ……はいっ! Pくんの恋人の小日向美穂ですっ!」

P「……なぁ、一つ聞いて良いか?」

美穂「82です!」

P「聞いてないから」

美穂「…………そうだよね……卯月ちゃん達くらいないと、Pくんは満足してくれませんよね……」

P「…………してるよ……」

美穂「……えっち」

P「言わせた奴が何を」

 いや、そんな罵倒は別に良いんだ。
 そっちでは無い。
 今聞きたいのは、小日向に尋ねたいのは。
 お前のバストサイズでも生理周期でも好みの体位……ごほんっ。
148 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:56:42.90 ID:5ObZZxVKO


P「…………このダンボールの山、何?」

美穂「わたしの私物ですっ!」

P「…………そう」

 もうオチが読めた。

P「…………響子ー! お客様がお帰りになるってよ!!」

美穂「やだっ! 住むーっ! 住むのーっ! わたしPくんのお部屋で暮らすんだもんっっ!!」

 幼馴染

 幼い頃に親しくしていた友達の事。 英語で書くと old playmate
 同性・異性を問わない「友達」を指す。
 けれど一般的には幼馴染という単語を聞くと異性の相手を思い浮かべる人が多く。
 こいつに至っては、もはやそのレベルじゃない誤認をしていて……

美穂「だって幼馴染ですよっ?!」

P「そこ恋人ですよじゃないのかよ!」

 余りにも近過ぎる距離感は、けれど幼馴染だからという言葉で全て解決させられ。
 それでも僕が反論すると、今度はそこで恋人なのにと納得させられる。

 あんまり以前とそんなに変わっていない気もするけれど。

美穂「じゃあ恋人だから同棲しても良いんですよねっ?」

P「……一部屋貸すから」

美穂「この部屋で良いのに……」

P「僕のプライベートとは」

美穂「わたしとの恋人生活って意味ですっ!」

 幼馴染は恋人に。
 クラスメイトはルームメイトにランクアップした。

 ……まぁ、良いか。
 
美穂「……ところで、これってテンg」

P「ごめんなさい」



fin
149 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/10/22(月) 00:57:08.81 ID:5ObZZxVKO

以上です
お付き合いありがとうございました
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/22(月) 05:04:40.79 ID:tAiD7OmAO
長くてつまらないという最悪なパターンだな…
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/10/22(月) 06:03:51.84 ID:L3qoAXG/O
前から思ってたけど、地の文で一文を連用形とか仮定形の言葉で締めるのは個人的に読みにくくて。
体言止めも多すぎて気になるし。
たぶん癖か個性のつもりで書いてるんだと思うけど、どうしてもそこが鼻について素直に内容が頭に入ってこないという感想。
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/22(月) 13:22:56.37 ID:tAiD7OmAO
まとめでも言われてるけどモバマスでやる意味無いだろ
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/22(月) 20:33:29.62 ID:4tlUp9pyo
作者が書きたい事書きゃ良いんだよ
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/22(月) 22:05:07.47 ID:V/k6VeP80
モバマスでやる意味ないって本気で言ってんのか
確かに主人公をPにする必要性は皆無だけど、「小日向美穂」でこういう物語を書きたかったから必然的に周りも主人公もこうなったんだろ
表記を幼馴染とか友1にしても問題はないんだろうが既存のキャラクター使われたほうが最初に読もうと思えたし
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/23(火) 01:52:06.95 ID:KMS2+MgO0
モバマスキャラの名前を使ったなろう小説だろコレ
しかしとにかく主人公のPが生理的に気持ち悪いな・・・
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/23(火) 21:39:12.47 ID:Fz8Xz2k6o
まあ書きたいこと書けはその通りだ
SSにしてもそれに対する感想にしてもな
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/24(水) 12:15:33.78 ID:Ub9whYxvo
私は好きだし、そのまま続けてほしい
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/24(水) 13:57:54.14 ID:VM2nlpqho
SSに上から目線で評価垂らしてる評論家様()が いっぱいるけど、とりま乙

個人的にはすっげえ好き
バカテスみたいな感じの高校生みたいなかんじのこういうアホなノリとかが最高に面白いと思った

とりあえず、同棲編むずかしいなら是非加蓮のサイドストーリー書いてくださいませ…
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/25(木) 21:15:06.81 ID:30nBLQUj0
ちょっと待って!響子ルートと卯月ルートが入ってないやん
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/27(土) 22:25:31.41 ID:0g7BsR/v0
え、特にデートのくだりとか凄く好きなんだけど……
これからも何か書くなら見たい
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