乃々「ふわふわ」日菜子「むふふ」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/27(月) 22:14:00.22 ID:y0UYjy3Z0
 雷雲の上に立って辺りを見渡してみると、ずうっと遠くに秋の雲が見えました。
 真白でふわふわの綿のような夏の雲と違い、羽毛のようにぼんやりとしていて、それでいて絹のように輝いているのです。

 まだこんなにも暑いのに夏は終わってしまうんだなあと思い、乃々は少しさみしい気持になりました。


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2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/27(月) 22:14:37.53 ID:y0UYjy3Z0
 ころんと雲の上に寝転がってみました。
 なんとなくひんやりとして、ずっとこのままこうしていたい気分でした。
 青空はどこまでも広く高く澄み渡っていました。

 夏の終わりの空を見ているうちに、乃々はどうしてもこの心象を残しておきたいという衝動にかられました。
 詩でも、絵でも、写真でも彫刻でも構いません。
 とにかくこの瞬間を切り取って、明日か明後日あるいは来年の乃々自身が思い出せるようにしたかったのです。

 ですが、ここは雲の上。
 筆もスケッチブックもありません。
 乃々は途方に暮れてしまいました。

 ふと、乃々の顔の上に陰が落ちてきました。

「あ、乃々ちゃん。こんなところにいたんですねぇ〜♪」

 その陰は日菜子のものでした。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/27(月) 22:15:05.25 ID:y0UYjy3Z0
 ひょええ、と素っ頓狂な声を上げて乃々は跳ね起きました。

「ごめんなさい、びっくりさせちゃいましたか?」

「い、いえ。大丈夫です……。それより日菜子さん、どうしてここに……?」

「乃々ちゃん、聞いてくれますか? それはもう聞くも涙、語るも涙の一大スペクタクルが……むふふふっ」

 日菜子はその冒険の数々を語ってくれました。
 しかし、乃々には難しくてよくわからなかったのです。

「乃々ちゃんこそ、どうやってここに来たんですか?」

「ええと、もりくぼは……」

 乃々はなにか云いかけて、実際なにも云えることがないということに気が付きました。
 どうやってここにきたのか、いつからここにいるのかさっぱり思い出せないのです。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/27(月) 22:15:32.03 ID:y0UYjy3Z0
 どぎまぎしながらあれこれ考えていると、日菜子はまたなにか思いついたのか、妄想をはじめてしまいました。
 乃々は少しだけほっとして、雲の上に座りました。

 日菜子の様子をちらりと見ると、どこから取り出したのか、いつのまにかイーゼルとカンバスを構えているのです。
 お姫様のようにかわいらしいその表情をころころと変えながら、思うままに絵を描き続けています。

 乃々は、どうしても日菜子の絵が見てみたくなりました。
 はじめのうちは我慢していましたが、だんだんと知りたい気持が大きくなっていき、結局こっそり見てみることにしました。

 悪いと思いながらも、日菜子の後ろに回り込んで絵を覗き込みました。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/27(月) 22:15:59.65 ID:y0UYjy3Z0
「!?」

 乃々は、日菜子の絵に驚いて尻餅をついてしまいました。
 その絵は、喜怒哀楽のあらゆる感情と、第四次延長すべてにおける因果交流の光を足算した虚無の幻燈でありました。
 日菜子という宇宙が起りそして発散してゆくような、そのスケール因子を何べんも何べんも重ねわせた、心象のスケッチでした。

 慣れた手つきで絵筆を走らせる日菜子を見ていると、彼女が幾度となくこれと同じものを書いてきたのが判ります。
 これが、日菜子の見ている世界なのです。
 乃々はその絵を見て、もういろいろなことで胸がいっぱいで、顔を真赤にしてしまいました。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/27(月) 22:16:27.49 ID:y0UYjy3Z0
(日菜子さんの絵、すごい……)

 その自由すぎるアートを見て乃々は居ても立ってもいられず、自分も何かを描きたくてしょうがないといった風でした。
 どうしたものかとウンウンうなっていると、気がついた日菜子が気を利かせたのか、道具を一式貸してくれました。
 どこから取り出したのかはやっぱりわかりませんが、乃々はもう気にしないことにしました。

「あの、日菜子さん。勝手に見ちゃってごめんなさい……」

「いえ、いいんですよ。妄想は自分だけのものですけど、表現はもうみんなのものですから!」

 日菜子は、キリッとした顔で云いました。

「それより、乃々ちゃんも描きましょう? 楽しいですよぉ〜むふふ♪」

「あ、はい。ありがとうございます」
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/27(月) 22:16:57.40 ID:y0UYjy3Z0
 乃々と日菜子、二人並んで絵を描きます。
 次から次へと描いてゆく日菜子とは反対に、乃々は全然筆が進みません。

 乃々には、確かに描きたいことがいっぱいあるはずなのに、それを体の外に出そうとするとどうしてもうまくいかないのです。

「乃々ちゃん、描けそうですか?」

「いえ、ちょっと難しくって……」

「描くのは難しいことじゃないですよぉ〜。自分の中にあるイメージを、形にするんです」

「イメージを、形に……」

 乃々はなんだかよくわかったような、わからないようなふわふわした心地で、やっぱり難しいんじゃないかと思ってしまいました。

「乃々ちゃんも、日菜子くらい妄想が得意なんだと思います。それを、そのまま描いてみればいいんですよ」

「もりくぼが妄想得意って、べ、別にそんなことはないと思うんですけど……」

「いいえ、乃々ちゃんの中のひろぉ〜い世界観は、日菜子の憧れのひとつです。自身、持ってください!」

「は、はいぃ……」
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/27(月) 22:17:23.78 ID:y0UYjy3Z0
「あ、そういえば乃々ちゃんは、絵描きさんではありますが詩人でもありましたねぇ〜。もしかして、文字のほうも試してみるといいかもしれません」

 乃々がしばらくあくせく絵を描いていると、日菜子がそのような提案をしてきました。

「そ、それはいい考えかも……。でも、絵筆とカンバスで、どうやって詩を書けば……?」

「むふふ、それはですね、こうするんです。いきますよぉ〜……」

 日菜子は絵筆をとって、青空に向かって振りかざしました。
 すると、言葉がありました。
 日菜子の感情や、希望や、未来と云った、妄想のあらゆる全て、あるいは一部が、空にわあっと広がって、きらびやかな白昼の客星となりました。

「わあ、すごい……」

「文香さんに教えてもらったんです。多分、乃々ちゃんのほうがうまくできると思いますよぉ〜♪」

「いえ、そんな……。でも、やってみます」
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/27(月) 22:17:54.68 ID:y0UYjy3Z0
 日菜子の云うとおり、確かに乃々にも同じことができました。
 乃々が描いた言葉の全ては音の粒子になって明滅し、青空から降り注ぐ黄金の光によって励起され、淡い燐光になって漂いました。
 溢れた文字はあたたかく、甘い香りのやさしい光子となって、乃々たちの居る夏雲に還ってきました。

 空と雲のカンバスが、乃々の心象スケッチの一頁になったのです。

「すごいすごい! 乃々ちゃん、すごいですよぉ!」

 日菜子は興奮して、ぶんぶんと腕を振り回しています。
 乃々もなんだか楽しくなって、何べんも繰り返しました。

 そうしているうちに、ずっとこのままこの瞬間が続けばいいのになんて考えて、乃々は笑いました。
 そして同じ頃、この光景が全部儚い夢だということも全部悟ってしまいました。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/27(月) 22:18:23.62 ID:y0UYjy3Z0
 乃々が青空に描いた詩も、日菜子のスケッチも、目が覚めたら全部消えてしまうと思うと、なんだかやるせなく、むなしいような気持ちになってしまい、乃々はぼんやりと立ち止まってしまいました。

「日菜子さん」

「なんですかぁ、乃々ちゃん♪」

 日菜子は上機嫌で乃々の方を向きました。

「日菜子さんは、その……。どうして絵を描くんですか? これはきっと夢で、目を覚ますと全部消えてしまうのに」

 乃々は、もっと訊きたいことや伝えたいことがたくさんあったはずなのに、口から出た言葉は、想いの表面だけをなぞるような微妙な質問でした。

 日菜子は少しばかり考えて、乃々に向き直り、云いました。

「現実と妄想は、両輪です。現実があるから妄想ができて、妄想があるから日菜子たちは生きていけるんです。ここで描いた全部は、乃々ちゃんの心の中に保管されます。消えてしまうことはないんですよぉ〜」

「え、そうなんですか?」

「はい。もしも消えてしまったように思えても、それはちょっと思い出せないだけなんです。ちゃんと乃々ちゃんの中に在って、乃々ちゃんを通して現実世界に影響を与え続けます。だから、大丈夫ですよぉ〜。安心して目覚めてください。そして、またここに遊びに来てくれていいんですよ」

 乃々は日菜子の言葉に納得しました。
 むしろ、なんて当たり前のことを訊いてしまったんだと恥ずかしく思うくらいでした。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/08/27(月) 22:18:59.61 ID:y0UYjy3Z0
 青空はだんだんと西の方に去ってゆきます。
 遥か遠く、水平線より少し上に、煌々と燃える太陽が在りました。
 空に、大気に、雲にまでも赤く灯をともして、夜に向かって進みます。

 空のカンバスは秒ごとに色を変えていきます。
 乃々は、またここにたくさん詩を描いてみたらやっぱり楽しいんだろうと思いました。
 そして、日菜子といっしょだったなら、なおのこと楽しいんだろうとも思いました。

 そのときの乃々は、夢だろうが現実だろうが構わない、日菜子と楽しいことをたくさんしたいという気持でいっぱいだったのでした。

「もりくぼは、もうちょっとで目覚めます。だから……」

 乃々は、ほんの一瞬だけ日菜子の目を見て、云いました。

「いっしょに描きませんか?」

「はい♪ むふふ〜」
12 : ◆/brfqxLTx. [sage saga]:2018/08/27(月) 22:20:22.99 ID:y0UYjy3Z0
私の幻燈はこれでおしまいであります。


喜多日菜子さんヴォイス実装おめでとうございます
森久保ォ誕生日おめでとう
13 : ◆/brfqxLTx. [sage saga]:2018/08/27(月) 22:20:51.71 ID:y0UYjy3Z0
参考文献

宮沢賢治『やまなし』
宮沢賢治『春と修羅』
鷺沢文香『銀河図書館』
喜多日菜子wiki〜ひなこぺでぃあ〜
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/27(月) 23:01:37.83 ID:7BwJQTxno
良い短編だった
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