杉山「大野なんて死ねばいいのに」

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27 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/05(日) 15:02:55.63 ID:g6GaQPCv0
>>26 抜けてた

試験から四日後、ずらりと並んだ受験番号のであるはずなない番号を目で探す。

落ちた、そう静かに呟いた俺に大野は背を向ける。

大野「じゃ、学校戻んぞ。」

そしてそのままスタスタと歩き始めた。
さきほどまでは穴が開くほど凝視していた受験票を、いとも簡単にポケットの中で握りしめて大野は合格者の校内へ続く列から離れていく。

杉山「…は?」

大野「なにぼさっと突っ立ってんだよ、戻るぞ」

杉山「…お前、なにいってんの?」

大野「お前こそなに言ってんだよ。」

杉山「馬鹿じゃねぇ!?お前、俺に合わせて合格までなかったことにすんの!?あんなに勉強してたのに!!」

大野「受かったどの高校に行こうとも俺の自由だろ」

杉山「私立なんて親にどんだけ迷惑かけると思ってんだよ!!あほなこと言ってないでさっさと列ならべ!」
28 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/05(日) 17:56:03.64 ID:g6GaQPCv0
信じられない

なんで?

滑り止めの高校なんてめちゃめちゃ遠いし

進路なんてそもそも他人に依存させるものでもない

薄々思ってたけど

こいつちょっと…

杉山「おかしいよ」

大野「…。」

杉山「お前頭、おかしいよ」

その時初めて、俺は大野の傷ついたような表情を見た気がする、




卒業式は淡々と行われた。
大野は大量の女子群に体中からボタンを引きちぎられていた。
上着や卒業証書まで取られて、しまいにはベルトやワイシャツのボタンまで奪われていた。
搾られるだけ搾り取られた大野の死にそうな顔が、ちょっと気の毒だと思ったのを覚えている。

桜の降る校庭。
もう二度と通うことのない校舎。
大野が転校してきた日のことを思い出す。
俺たちは、あの頃よりももっと背が伸びた。
大野の制服も、(ボロボロだけど)他校の制服で浮いていたあの頃に比べてずっと馴染んでいた。
29 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/05(日) 17:56:32.19 ID:g6GaQPCv0
帰ろうぜ、と掠れた声で呟いた大野についていこうとしたら、後ろから不意に名前を呼ばれた。
振り返ると数人の女子がいる。

「あの…ボタン、残ってますか?」

そう言った女子は卒業式で涙を流した後なのか、目の周りが若干腫れていて瞳が潤んでおり、頬は赤く染まっていた。

杉山「大野のならもう…」

「そうじゃなくて…杉山君の」

杉山「…俺?」

こくこくと名前も知らない女子たちが頷く。

杉山「あ…少し…」

友達と押し付けあったたった一つ残った残骸はまだ俺の学ランの前を心細く繋ぎ止めている。
第二ボタンは、未練がましく過る女のことを思うとなぜか千切る気になれていなかった。
30 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/05(日) 23:07:46.94 ID:g6GaQPCv0
「あの…第二ボタン、あげる子いますか?」

中央にいた女子にそう恐る恐る見上げられる。

一瞬喉に呼吸が詰まる。
手放したくないと、そう思ってしまった。
でもこんな物を残しておく必要性なんて本当は一ミリも無かった。
思い出にいつまでも縋っているわけにもいかない。
恋が死んだって、人生は続いていく。

杉山「いないよ」

ひと思いに第二ボタンを千切った。
ずっと逃げていた思い出を[ピーーー]ようだった。
たった一つのつながりを失った学ランは、その瞬間、つながることをやめた。

ボタンを受け取った女子はありがとうと俺に向かってお辞儀をする。
そして何かを言いたげに暫く俺の顔を見つめていたがうっすら涙を浮かべた顔で少しほほ笑むと友達を連れて俺の前から立ち去った。

名前も知らない女子。
もう二度と会うこともないのだろう。
31 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/05(日) 23:11:38.02 ID:g6GaQPCv0
大野「…モテるんだな」

杉山「お前にだけは言われたくねーよ」

大野「俺にもくれよ」

杉山「え」

人にはもうなんにもあげられないような恰好をした男が何をいうのだと思った。
ボロボロのくせにやけに桜が似合っていてムカついた。

杉山「もうボタンねーよ」

大野「んーそうだな」

じゃあ時間くれよ、と大野が言う。
俺は黙って頷いた。

もうこの道を通って家に帰ることも、滅多にないんだろうな、そう大野がつぶやいた。
学校なんて嫌いでしかなかったが、そう思うとほんの少し寂しい。

杉山「この公園で馬鹿みたいに日が暮れるまで喋ることも、な」

帰り道の途中にあるブランコとベンチだけの寂れた公園。

大野「じゃあ今日で最後にしようぜ」

大野が俺の返事も聞かずにベンチに荷物を放ってブランコに腰掛けた。
32 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/05(日) 23:12:38.69 ID:g6GaQPCv0
杉山「…ほんと大野ってバカだよな」

俺も大野の後を追う。

大野「は?なんだよ。別にいいだろ」

大野はやけに楽しそうだった。

杉山「そうじゃなくて」

隣に腰掛けた。

杉山「お前さ、こっちの学校来てから怒られたことなんかなかったのに、一回職員室でめちゃくちゃ怒鳴られてただろ。」
33 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 03:05:08.87 ID:yVF65aIb0
大野「…。」

無言で大野が地面を蹴った。
砂埃が舞う。
ブランコが揺れ始めた。

杉山「点数、すっげーよかったのに入学書類受け取りにいかなかったから高校側から学校に連絡来たんだろ?噂になってたぜ、なんでわざわざ変な遠い私立なんかに通おうとするんだって職員室で担任に怒鳴られてたって」

大野「俺の勝手だろ、そんなん」

少しだけ揺れているブランコでばつが悪そうに大野が言った。

杉山「親にはなんて?」

大野「…そう、とだけ」

杉山「それだけ?」

大野「諦められてんだろ」

どういう意味だよ、そう問いたかったが俺も何も言わずにブランコを小さく揺らし始めた。

大野「そういうお前だって」

杉山「え?」

大野「数学、白紙でだしたんだろ」
34 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 03:07:02.23 ID:yVF65aIb0
ひゅ、と喉の奥から呼吸が漏れ出す音がした。

大野「学校に高校側から返却される答案、杉山のが白紙だったって、お前も職員室呼び出されたんだろ」

知ってたのか、大野は知っていたのか。
ギコギコ大野はブランコを揺らし続ける。
俺は気が付くと無意識のうちに両足で地面をとらえて揺らし始めたばかりのブランコを止めていた。
曇り空が広く続いている。
今にも雨が降り出しそうだとぼんやり思った。

知ってて、大野は今まで俺に何も言ってこなかったのか?

杉山「俺、お前の考えてることがわかんねぇよ…」

大野「…普通に考えてそれは俺のセリフだろ」

分からなかった、何を考えてるかなんて。

なんで大野はこんなにも平然としていられるのだろうか。

なんで何も聞いてこなかったのだろうか。

なんで何も聞いてこないのだろうか。

何考えてんだよ、と言った割に大野のつぶやきは独り言に近かった。

昔は、お互いの考えてることなんて手に取るようにわかったのに。

杉山「…変わったんだろうな、俺もお前も」

ぽつんと頬に雨粒が当たった。

大野「…変わってねーよ、なんも」

俺には大野が、認めたくないだけの子供に見えた。
35 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 03:09:35.14 ID:yVF65aIb0
乗り継ぎ二回、電車に揺られて2時間。
車両は混雑しておらず、座席に座ることが出来ることだけが救いだった。
入学式へ向かう車内。
俺はこれからの三年間を思い、どうせこうなるならあそこに入っていればよかったとげんなりしていた。


大野「毎朝こんなに早起きしなきゃいけないのキツイな」

杉山「合格したのに入学辞退したのが悪いんだろ」

大野「お前が白紙で出さなきゃよかったんだよ」

杉山「なんで俺に合わせてお前が…」

大野「あ、乗り換えだぜ」

俺の言葉をぶった切るようにやってきた乗り換え駅。
わざと大げさにため息をついて見せた俺も降り過ごすのは嫌だったので勝手に進みだしてしまう大野についていった。

遅延して乗り換え失敗したら最悪だな、とか考えてるうちに電車がやってくる。

これから毎日大野と往復4時間か…
そう考えるとげんなりしてきた。

大野「これから毎日一緒に往復四時間か」

げ。
同じこと考えてた。

杉山「で、でもさあお前に彼女でもできたら一緒に帰らない日もあるんじゃねぇの?」

大野「…かもな」

杉山「かもな!?」

思わずでかい声で聞き返した。

大野「は?なに驚いてんだよ。まだわかんねーのにかも以上のこと言えるかよ」

違う、俺はかもに驚いていたわけじゃなかった。

杉山「…お前、彼女作るかもしれないの?」

大野「文句あっかよ」

杉山「別に…」

その時から二年前だったか、俺は大野に彼女なんて興味ないと殴られていたのでどうせこの時もいらないとでも返ってくると思っていたのだ。

だからその反応が予想外だっただけで。
別に、杉山杉山言ってた大野がそうじゃなくなる日が来るかもしれないことに、何か思ったなどでは絶対ないのだ。
36 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 03:10:05.83 ID:yVF65aIb0
高校でも大野は人気があった。
今まで通り、いやそれ以上だったかも。
いうまでもない。

でも彼女を作るかもと宣言していた割には結局特定の女子と仲良くするようなことを大野はしなかった。

そうせ女子なんてみんな大野が好きになるに決まってるんだ。
そう思っていて、俺も親しい間柄の女子を作ることを避けていた。

この頃大野は俺によくこんな話をした。
宇宙に行こう、俺は物理学者になる。お前は宇宙飛行士になれ。
37 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 03:10:49.79 ID:yVF65aIb0
馬鹿だと思った。
俺が宇宙飛行士になんてなれるわけがないと。

それでも大野はうるさかった。

お前ならなれる、俺は宇宙を知りたい。

曖昧に返事をしたふりをして、俺は本心ではまともに取り合っていなかったが大野はそんな俺を見抜いていて毎日のように俺を宇宙へと誘った。
そんなに熱い宇宙への夢を小学生の時から追いかけてる大野を、俺は羨ましいと思っていた。



人生の転機がいくつかあるとすれば、ここがその一つだろう。
もし時が巻き戻せるなら。
そんな俺らしくないことを今では毎日考える。
もし時が巻き戻せるなら、俺は大野の誘いを断らないで大野の家に行くだろう。
そうして、くだらない話を夜までするだろう。

高校一年の夏休み、俺は元カノに駅前で遭遇した。
なんだか大野に会いたくなくて、糞暑い中で外をプラプラしてた日のことだった。
38 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 03:17:21.79 ID:yVF65aIb0
「アイスコーヒーで、ミルクとガムシロップをひとつずつ」

ぼーっとしていた俺に杉山君は?とそいつは促した。

杉山「えっと…じゃあオレンジジュース」

何も考えてなくて、元カノに出くわした時から動揺しっぱなしだった俺は思わず嫌いではないけどいつもなら絶対頼まないようなものを頼んでしまった。

「…同じ高校なんでしょ」

大野君。

やけに覚えのある声でそう言われて苦しい記憶がフラッシュバックして視界が一瞬ちかちか光った。

杉山「あ、あぁ」

「合格した県内でもトップクラスの大人気進学校蹴って…杉山君と同じ片道二時間かかる微妙な私立通い?」

杉山「…噂って広まるもんだよな」

「杉山君も杉山君で意味不明よね。十分合格圏内だったのに解答白紙で出すなんて。ほんと、なにしてんのよ…」

杉山「…。」

「まぁ、あらかた大野君と離れたかったって理由でしょうけど。」

失礼します、とオレンジジュースが目の前に運ばれてくる。
カランと音を立てた氷。

完全に読まれている。
何かを言わないと、そう思って口を開いたが、否定の言葉も言い訳も全く出てこなかった。
目の前の女は俺の様子をみて勝手にしゃべり続けた。

「凄いわよね、まさかあいつでも合格した第一志望…自分のために蹴るとは思わなかったでしょ。」

でもね、

「あんたには多少隠してたみたいだけど、この件だけのあいつが行き過ぎてたわけじゃない。あいつは…もとからそういう男よ」

聞かせてあげましょうか?とそいつはほほ笑む。
明るく髪の毛を染めている、大野をあいつ呼ばわりしたそいつは、まるで俺の記憶とは別人のようだった。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/06(月) 11:48:27.00 ID:xChvbrijo
これはマジでホモ疑惑ありだな
40 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 18:03:49.70 ID:yVF65aIb0
レスありがとう、見てる人がいると励みになる
41 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 18:04:24.98 ID:yVF65aIb0
あいつが…大野君が最初に話かけてきたのはあんたと同じクラスだった時の…そうだ、あんたと話すようになって割とすぐ。
でもそのときはね、別に何もなかったのよ。
たまーにあんたの話するだけ。


頬杖をつきながらそっと目の前の女がうつむく。
大野が好きだと泣いていたあのころの面影は、もうない。


今思えばあれは私の杉山君への気持ち、探ってるようだった。

でも付き合い始めてからはそういうのなくなったかな、その時は単純に杉山君に遠慮してるんだろうなって思ってた。

それが…3年の夏休み、そいつは急に私の前に現れた。

え、と思わず声が漏れる。
話は続いていく。

はじめは偶々だった、いや…そういう風をあいつは装っていたのね。
道端で話かけられても教室でも話す仲だったし、別に不思議じゃなかった。


でもそれがだんだん頻繁になってきて、ある日ついに待ってる、って言われたの。
それからは早くて…流されるように突然手を握られて、そのまま抱き寄せられた。

あんな男にさ、求められて断れる女はいないわ。
断言できる。
まあ求められてたなんて、今思えばとんだ勘違いだったんだけど。
42 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 18:11:07.84 ID:yVF65aIb0
驚いた。
怒りを通り越して、ただただ唖然とした。
家にひきこもって勉強していたと思っていた大野が頻繁に待ち伏せ、なんて面倒なことをしてたこと。
それを頻繁に彼女に会ってた俺に全くばれないように行ってたこと。
この女は求められてたことが勘違いだといった。
じゃあ大野はなぜ?




私が大野君を好きになるのにそう時間はかからなかった。
それであんたと別れた。
それでいいと思ったの。
もともと勉強してたあんたなのに私に会うために夏休みなんて大事な時期にしょっちゅうふらふらしてたし、お互いのためだなって。
そう私は罪悪感に蓋をしてた。

それでね、ある日あいつに告白したの。

そしたらあいつ、返事も言わずに私を押し倒した。

誰もいない放課後の教室。
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/06(月) 18:36:39.71 ID:m46iEkMa0
ホモ怖い
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/06(月) 18:58:42.74 ID:xChvbrijo
中二でヤッちゃったり今の彼よりいい男にアタックされたからって
ホイホイ乗り換えるこの女は間違いなくビッチ。それにしても地元の中学だろうに
見事に主人公がまったく登場してなくて笑う
45 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 19:25:37.31 ID:yVF65aIb0
俺は、言葉が出なかった。
愕然とする。
興味ないんじゃなかったのかよ、頭の中で反響する。


『杉山は…どんな風にお前を脱がした?』

そう言いながらあいつは私を脱がしていった。
答えずにいたら、なぁって何度も尋ね直して。
その顔が切羽詰まっててあまりにも泣きそうだったから、そんなに杉山君に嫉妬してるのかなって、その時はふわふわした頭で考えてたわ。

ずっと何かを探してるみたいだった。
だんだん取り調べでもされてる気分になったもの…

私が少し反応するたびにここを杉山が、とか杉山は、とか。

結局一回も私の名前は呼ばなかった。

終わったあと、私を後ろから抱きしめたまま、あいつは泣いてた。
そして私のどうしようもない…誰にもバレたくない秘密を耳の中にささやいた。
何も言われなかったけど、このこと誰かに言ったらばらすぞ。そう脅されてるに等しかったわね。
直前から思えばあり得ないほど声が冷え切っていたのを覚えてる。

私はそのことを誰にも言わずに今日まで生きてきた。
でももう、時効でしょ?
あんた以外にこのことを言うつもりもない。

はっきり言ってあんなの異常よ。気持悪い…
46 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 19:28:53.56 ID:yVF65aIb0
なんにも実感として湧き上がらなかった。
想像すら思い浮かばない。
ただ、大野なんて[ピーーー]ばいいと思った。

これを大野に振られた女の妄言だと、切り捨てることもできたはず。
いや、そうできたならそうすべきだったのだ。
そして未来永劫に聞かなかったことにして忘れてしまえばよかった。
でもそれを俺は嘘だとは思えなかった。

最後に女は俺に「ごめんね、」とひとことだけ謝った。
もうとっくに怒ってなんかなかったけど、許せるわけなんてない。



フラフラと金も置いていかずに喫茶店をでた俺は、そのままの足で大野の家に向かった。

道中、いろんなことを思い出した。

あいつが転校してきた日のこと、サッカーのレギュラーにあいつが選ばれた日のこと、夢を初めて語られた時のこと、部活をやめたこと、これまでのずっとあいつにどうしてもテストで勝てなかったこと。

大好きだったはずなのに、いつからか劣等感に押しつぶされて
大野が俺を追い越すたびに自己否定の渦に駆られて

それを思春期の些細な悩みだと、そう思うことは俺にはできなかった。

逃げることもできなかった。
いや、中途半端に逃げようとして、でも俺は大野に求められればその気持ちを無下にすることができなかった。

そして小学生の時のこと。
何も考えずに一緒いた。
いつでも対等だった。
お互いに同じくらい相手を思っていて、いつまでも一緒にいたいと願っていた。
喧嘩したり、上級生相手に共闘したり。

大野との純粋な思い出のすべてが、今の俺たちにはもうないものだと気が付いて

もう、全部辞めよう

そうぼんやり空を見上げた。
何処までも繋がっているらしい正午の空は、嫌味なくらいに快晴だった。


とあるアパートの一室の玄関でインターホンを鳴らすと、大野がすぐに出てきて。
誘いを断ったくせに突然来た俺は大野に何かしら言われると思ったが、別に何かを聞かれることもなく案外あっさり中に通された。
47 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 19:39:26.88 ID:yVF65aIb0
部屋に入るとそれまで大野は机に向かっていたようで回転椅子が出しっぱなしになっているのをみつけ、そのまま部屋を見渡すと、そこら中に積み上げられている雑誌が初めて来たときの数倍の数に膨れ上がっていることに気が付く。

ふと、部屋の隅にボールが転がって居ることに気が付いた。
それはまるで小学生の時に使っていた物のようだった。
いや、もしかしたらあれは本当にそうだったかもしれない。

急にどうしたんだ?と言われて、やけに穏やかな表情で微笑まれる。
反吐が出そうだと思った。


杉山「…教えてくれよ」

聞かなきゃよかったんだ

杉山「お前が」

杉山「ずっと、ずっと何考えてるのか」

半分叫んだような声が喉から掠れ気味に出た。

大野の顔が冷めていく。
冷水でも浴びたように。
大野は俺を追い越してそのまま部屋の中へ進むとなにも言わずにベッドに腰掛けた。

ぶっきらぼうにお前も座れよ、と言われる。
48 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 19:44:15.97 ID:yVF65aIb0
部屋に入った瞬間から頭に上っていた血が若干引いた。
その場に座り込むと今度は横に来い、と言われる。
どうするべきか、一瞬迷った。
縁を切るつもりでやってきたのに傍に座っていいものなのか。

でも縁を切るよりも、俺はちゃんと大野と話がしたかった。

かたいフローリングからケツを持ち上げ、ドスンと大野の隣のベッドに腰掛ける。
大野は膝の上で組んでいた指を組み替えて、それから俺のほうを見た。

大野「俺の考えてること?」

杉山「そうだよ。」

大野「そういわれてもなア」

確かに、漠然としたことを聞いている自覚はあった。
それで大野が俺に黙っていたような聞き出したいことを、聞き出せるとも思えなかった。

杉山「俺、さっき会ったよ、元カノに」

あの時どこから切り込めば正解だったのか、今考えても良く分からない。
この日で関わることをやめるには、俺達は一緒に居すぎたのかもしれない。



大野が一瞬動揺を抑えきれないように目を泳がせたのに気が付いた。
ほんの些細な仕草だった。
それに気が付いてしまう自分を憎たらしく思う。

杉山「…後ろめたいことでもあるわけ?」

大野「…全部聞いたんだろ」

杉山「ああ」

大野がぐしゃりと前髪をつぶした。

大野「…お前がちゃんとやることやってたら、俺は邪魔するつもりはなかったよ」

杉山「…やり方が汚すぎるだろ」

大野「それにあの女、ろくでもない女だった」

杉山「余計なお世話なんだよ!」

大野「俺はお前のためを思って…」

杉山「なら!」

あくまでも大野が俺のためだと言い張るのなら。

杉山「なら…俺と別れろって、あいつを脅せばいいだけだっただろ。なんであんなことまで…」

大野がバツが悪そうに口を結ぶ。
そしてその顔が、歪んだ。
笑っている、そうわかるまでに時間を要したのは、涙を我慢してるのか、漏れる声を抑えているのかわからなかったから。
いや、本当はどっちもだったかもしれない。
途端に大野が弾けたように声をあげて笑い出す。
突然のことに俺は声も出せずにいると、ひとしきり笑った大野がこっちを見た。

大野「…そこまでわかっててさ、まだわかんないの?」

大野「俺、お前の事大っ嫌いなんだよ」
49 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 21:12:15.12 ID:yVF65aIb0
杉山「…。」

大野「気に食わなかったんだ、いつも一緒に居たのに俺が東京にいっても平然としててさ。」

大野「お前に付きまとってたのも、女とったのも、全部そう。」

大野「高校離れたら、また東京と清水時代に逆戻りだろ?だから勉強してほしかったし。女と遊んでフラフラして、それ俺に自慢してきたことも根に持ってたし。」

大野「あーあ、でもそれも今日で終わりだな」

杉山「良かった」

大野「は?」

隠してる、そうあの女がいった割にはべらべらしゃべり続ける大野。

杉山「まさか俺、好きだなんて言われるんじゃないかと」

俺がそう笑って見せると、大野は酷く困惑したように言葉を詰まらせた。
口から言葉が、勝手に溢れ出してくる。



杉山「ずっと俺も思ってたよ、気持ち悪いって」



杉山「いくら仲良いって言っても俺にも友達は居るしさ、ちょっとべたべたしすぎ。」

杉山「最初は東京からこっち戻って来たばっかでまたこっちに馴染むのキツイだけかな?って思って一緒に居てやってたけど。」

杉山「だんだんお前に対しての誤解がつのってった。」

杉山「だからお前があいつのこと抱いたって知った時、めちゃくちゃ腹立ったけどなんか安心したよ。」

大野の掌を掴んだ。

杉山「だって俺、お前は男にしか興奮できないと思ってたしww」

こわばってた大野の腕から、ふっと力が抜けるのがわかった。
50 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 21:26:06.68 ID:yVF65aIb0
杉山「ずっと変な目で見られてる気がしてて本当に気味悪かったよ」

杉山「でもよくよく考えればありえない話だよな、お前が俺をそんな目で見るなんて」

杉山「だって小学生の頃からの友達だぜ?親友面しといてさ、こうやって触ったり肩組んでたり抱き着いてきたり、そういう時も裏では俺のこと、変な目で見てたことになるんだろ」

杉山「本当、気持ち悪い。しねばいいと思う。」

一瞬時が止まったような感覚に陥るほど、大野の表情は動かなかった。

言葉を止めた後、時計の秒針の音だけがその部屋で揺れ動いているような気さえする。

杉山「…なんてな!ま、実際そうじゃなかったわけだし…」

杉山「も、いいだろ、おわりで。」

もう二度と俺に関わらないでくれと、そう気持ちを込めた言葉だった。

握っていた手を投げだして立ち上がり見下ろした大野は、なにも言わずにゆっくりと頷く。
いや、それは俯きに近かった。

部屋を出ていったときに足元にぶつかったサッカーボールが、そんなわけないのに俺を引き留めているように思えて。

杉山「じゃあな」

最後の別れの言葉が大野に届いていたかなんて知る由は、もう俺にはない。
51 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 23:10:57.78 ID:yVF65aIb0
大野『杉山!サッカーしようぜ』

え?大野?

大野『なにぼさっとしてんだよ』

ここどこ?

大野『は?どこって…学校だろ』

え?小学校?

大野『なんか今日のお前おかしくね?ま、いいや。早くこいよ!』

こいよって…お前そっちは…
52 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/06(月) 23:23:20.25 ID:yVF65aIb0
長い夢をみた。

Tシャツが肌にへばりつくような暑さにうなされて目が覚める。

永遠に小学三年生が終わらない、そんなありえない夢。

窓の外では、その日も昨日と何も変わらずに一日は始まっていた。
蝉の声が途切れることなく聞こえてくる。
部屋の白い壁紙も、天井の消してある電気も、時間の流れも、俺も、何も変わっていない。
窓から青々と広がる空に大きく分厚い入道雲が浮かんでいるのが見えて、俺は通り雨でも降るかもしれないと、そう思ったのだった。


家の中で電話の鳴る音がした。
暫くするとパタパタとスリッパで廊下を小走りする音がして、電話の呼び鈴がとまった。

ゴトリ、

なんの音だろうと考えた。

そしてあぁ、受話器を落とした音かもしれないと、そう頭の隅っこで考えた。

「…とし、さとし!」

バタバタ大きな音を立てて母さんが部屋に飛び込んでくる。

皮肉なことにあいつとのどんな思い出よりも、一番鮮やかに思い出すのは、この時の記憶だった。

「大野君が…亡くなったって…」

大きい音を出してやってきたくせに、その事実を俺に告げたその声は、やけに小さく震えていた。
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/07(火) 00:27:51.18 ID:2jnlYpANo
やっぱりこうなったか…
54 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/07(火) 00:53:05.71 ID:KfRt/2pU0
本当は、分かっていた。
大野の俺を見つめるときのやけに優しい目を。

俺を嫌いだなんてそんな嘘をついた大野が思っていることを。

分かっていて、わざと一番最低な言葉を一つずつ選んで大野を傷つけようとした。

大野の俺に対する執着心は確かに客観的に見れば気持ち悪い。

でも、大野の気持ちそのものを気持ち悪いと思ったことは、本当は一度もなかった。

俺は、大野を傷つけてどうしたかったんだろう。

大野を傷つけることで自身の大野に対する怒りを鎮めたかったのだろうか。



葬式は大野の家族の意向により、家族内だけの密葬で行われたが、俺や元入江小3-4のメンバーも参列させてもらえた。

喪服なんて一番似合わないような連中が、泣きながら真っ黒い装いに身を包んでいるのは、異様な光景にも思える。
山田が「アハハー同窓会だじょー」と騒いであの関口に殴られていた。
学年が上がってクラスが離れた奴、中学では同じクラスだった奴、隣の中学へ行った奴。
皆久しぶりに集まってなんだか忘れていた事を思い出した。
55 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/07(火) 02:18:03.47 ID:KfRt/2pU0
大野の遺体は、嘘みたいに綺麗だった。
死因は、手首からの流血による出血多量死だという。
大野の母さんの帰宅が遅かったこと、浴槽のなかだったこと、切り口が動脈に沿った縦方向だったこと。
いろんな要因はあったが、どうやら大野が手首を切ったのは、あのすぐ後らしかった。

大野をころしたのは、刃物でも大野でもない。


間違いなく…


霊柩車に乗せるため、みんなで持ち上げた大野の棺が思っていたよりもずっと軽くて、思わず泣きそうになる。
俺に泣く資格なんかないというのに。

大野の人生に意味はあったのだろうか。

あんなに宇宙宇宙と言っていたくせに、俺に拒絶されて簡単にその命を投げ出した大野。

そういえば高校だってそうだ、あんなに努力していたはずなのに、あいつはそれを簡単に投げ出した。

そこまで俺を想っていて、なぜ大野は、俺に好きだと言わなかったのだろう。
あんなにへたくそな嘘をついてまで隠したい気持ちだったのだろうか。
56 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/07(火) 02:20:39.43 ID:KfRt/2pU0
教えてくれよ

そう呟いても目をつぶったままの大野は俺に返事をしなかった。



火葬場につくと大野の母さんがやってきて、俺に一枚の封筒を差し出した。
見覚えのある封筒だった。

大野が、東京にいる間に文通に使っていたものと同じデザイン。

杉山「あの、おばさん。大野の部屋にある本もらってもいいですか」

「宇宙とか…物理の本よね?」

杉山「…俺」

「…いいわよ。きっとそのほうがケンちゃんも喜ぶわ。」

おばさんは、そういって俺に優しく微笑んでくれたが、俺は内心ドキドキで仕方がなかった。
もし大野が両親宛の遺書に俺のこと書いてたら。

大野の両親は俺を生涯許してはくれないだろう。


きっとおばさんは大野と清水に二人だけで戻ってきて心細かったに違いない。

これからはこのひとは、ひとりかもしれない。

「さいごのお見送りをお願いします」

棺のふたが開けられる。
正真正銘、これが最後だと思うと不思議な気がした。
いつだってあんなに一緒にいたのに。
東京に行くのとはわけが違う。

16の俺には、突然突き付けられた永遠という言葉は重すぎた。
57 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/07(火) 02:26:33.93 ID:KfRt/2pU0
棺に群がったみんなが口々にお別れの言葉を口にする。
俺が近づくと、なぜかそいつらは一斉に棺から捌けた。

「…大野」

衛生上良くないことは知っていたが、死にはしないだろうと思い大野の死に顔に口づける。
これは決して愛のキスなんかじゃない。

俺は大野を愛してると思ったことなんて、たったの一度もないのだから。
ただ、これは、一遍しかない生涯を俺にささげた哀れな男におくる、弔いの言葉のかわりだ。

杉山「…俺まだお前の事嫌いだよ」

頬に伝った一筋の涙に、俺はその時気が付かないふりをした。



後日、大野のお母さんに呼び出された俺は驚く。
家は寂しげにガランとしていて、かわりに大野のお父さんがいたのだ。
大野がこっちに戻ってきてからは、一回も見たことがなかった大野の父さん。

杉山「おばさん、おじさんと…」

「あら、ふふ。勘違いさせちゃってたわね。もともと離婚なんてしてないわよ?」

大野の母さんは、大野を生んだだけあって綺麗だ。

え、ならなんで清水に。
そう言おうとして、止めた。
聞かなくてもわかった。
きっとたぶん、最初から…

「こっちに来たのはね、完全にケンちゃんのわがまま。普段わがまま言わないような子な
のに、清水に行けないならもう何もしないなんて言ってきかないものだからお父さんと相談してこうしたの。」

「だから私、東京に戻るのよ、今は引っ越しの準備中。」

大野の父さんは、そこにある段ボール全部けんいちの本だから車で一緒に送っていくよと俺に笑った。

「だからね、今日から暫く杉山君にも会えないわけだし…最後にケンちゃんとのお話、聞かせてほしいな。」

ケンちゃんは、どうだった?
最愛であろう息子を失って泣き叫ぶでもなく静かに笑うこの人が、夜にひっそりと泣いているだろうことを思うと胸が痛い。

杉山「あいつは…皆から好かれてましたよ」

「杉山君は?」

杉山「へ?」

「杉山君は、ケンちゃんのこと好きでいてくれたの?」

杉山「…はい」

俺は、その時嘘をついたつもりでいる

「ありがとうね」

新しい住所は教えてもらったものの、俺はいまだに大野の墓の場所すら知らないし、おじさんやおばさんにも会っていない。

そして、大野の遺書もまた、開くことが出来ていなかった。
58 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/07(火) 02:27:03.23 ID:KfRt/2pU0
そして現在。

俺は大学院を卒業後、宇宙飛行士の卵として研究所に勤めている。
今日は大野の命日だ。
研究所に就職することが出来れば開けようとずっとしまっておいた封筒を手に取る。

緊張して封を開ける手が震えていることに気が付いた。

軽く深呼吸をしてパリッと糊を剥がす。


指を封筒の中に滑り込ませて一枚の便せんをとりだした。
恐る恐る開く。
几帳面な字が、ならんでいた




ずっと好きだった。
俺のかわりに夢なんか叶えないでくれ。
お前なんか俺の後を追って死「ねばいいのに




あいつは俺にこんな我儘堂々と押し付けてくるようなやつじゃなかったけど、
文面を見た瞬間あ、大野だと思う。
俺はその手紙を迷わずゴミ箱に放りこんだ。

誰の恋が死のうが、人生は続いていく。
ポケットから取り出した煙草に火をつけた。
それから深く深く煙を吸い込んでふーっと息を吐きだした。

大人になんてなりたくないものだと、そうニコチンでくらくらしながら俺は思った。

俺はまた今夜もあいつの夢を見るのだろうか。

杉山「頼むからさっさとしんでくれ…」

いや、これはお願いなどではない。

杉山「大野なんてしねばいいのに」

ただの祈りだ。
59 : ◆wIGwbeMIJg :2018/08/07(火) 02:30:49.42 ID:KfRt/2pU0
終わりです。
大野杉山コンビの杉山の没落を想像してただけなのに書いてるうちに大野がただのサイコパスホモになってた…
ここまで見てくれてた暇な人がいたらありがとう
モチベがでたらまた何か書こうと思うのでその時はよろしくお願いします。
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/07(火) 09:23:46.97 ID:W7AckBsco
乙!凄く読みやすくて面白かった

相当中学で噂になってたっぽいしきっとみんな大野の気持ち気付いてたんだろうな…
後追いして欲しいとまで書いてるのに杉山のこと殺したりしなかったし真面目な恋愛だったら
邪魔するつもりなかったんだろうなと思うとサイコパスどころか凄い良いやつだった
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