「黒山羊怪奇譚」

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1 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/07/31(火) 20:38:44.68 ID:ssvcM0xZ0
少年「うーん……」

少年(僕は今、古い図書館で本を探している)

少年(生き物図鑑って何処にあるんだ?)

少年(聞こうにも誰も居ないし……入り口まで戻って聞こうかな)

「探し物は、これかな」

少年「!」

少年(……何だこの人)

少年(夏なのに真っ黒なローブを纏っている)

少年(身長は高く、脚がモデルのように長い)

少年(顔は目以外を包帯で覆ってしまっている)

少年(爛々と輝く満月のような両目に長い黒髪が合わさって、夜を連想させられる)

少年(瞳がおかしい……まるで、蛸や、山羊みたいな……)

少年(こいつ……人間じゃない!?)

「そう怯える必要は無い。少し話したいだけなんだ」

少年「……別に、怯えてなんか無いけど」

「くくく、威勢は良いな。気に入った」

「少し場所を変えよう」ゴポ

少年(そう言って、ヤツはすっと左手を伸ばした)

少年(これは……空間に黒い水? が発生して広がっていく)

少年(渦巻きながら丸い円の形になった……奥は何処かに続いているように見える)

「さあ、行くぞ」グイ

少年「ちょ、ちょっと待っ――」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1533037124
2 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/07/31(火) 20:46:26.33 ID:ssvcM0xZ0
少年「……ブハッ!! ゲッホ!」

「初めての人間は大抵が酔って吐くのだが……やるじゃないか」

「それとも……」

少年(此処は……何処かの家?)

少年(いや、ボロボロだ。もう人が居なくて廃墟になっているのか)

「さて、急に連れてきて悪かったな」

「自己紹介をしようか。私は「黒山羊」と呼ばれる者だ」

少年「……僕は少年。あんた……何者なの?」

「さあ、自分でもよく分からん。色々混ざった曖昧な存在だよ」

少年(悪霊……いや、違うな。もっと上の何か……?)

「話を進めようか」

「貴様から強力な呪力を感じる。心当たりはあるかな」

少年「!」

少年(こいつ……適当に言っているんじゃない)

少年「……昔から、僕は奇妙な「何か」に惹かれる体質みたいなんだ」

少年「何度も怖い経験をしてきた」

「! ほう、それは良いな」

少年(黒山羊はそう言うと、目の力を強めて笑った)

「貴様の怪異に対する話を、全て私に聞かせろ」

「私が望むのはそれだけだ……どうだ? 特に悪い話でも無かろう」

少年「……条件が一つ」

「ほう」

少年「絶対に僕を傷つけない事」

「くく……まだ子供の割には、少しだけ頭が回るようだな」

「良かろう。約束してやる」

少年「それじゃ、契約成立と言う事で」

「そんな言葉何処で覚えた? くくく」

「ああ、契約成立だ」

少年「……どうも」

少年(所詮こんなの口約束だ。それでも、無いよりはよっぽどマシだ)

少年(僕が帰れるかはヤツの気分次第。あまり逆らうべきじゃない)

少年(果たして、僕は生きて帰れるのだろうか)

少年(僕は大げさに息をつくと、どかりと古びた椅子に座った)

少年「じゃあ、まずはこの話から話すよ」
3 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/07/31(火) 20:48:44.97 ID:ssvcM0xZ0
【誘うもの】

少年「ねえ、辞めようよ。帰ろう」

友「良いじゃん、さっと行って帰ったら大丈夫だよ」

少年(桜が散ったばかりのある休日)

少年(僕らは森を探検していて、怪しい小屋を見つけた)

少年(緑の蔦に覆われている。古いものなのだろうか)

少年(人が居る気配は無さそうだ)

少年(ドアに隙間が空いている。つまり鍵は掛かってない)

少年(確かに気にはなる。けれど、何だか気持ち悪いんだよ)

友「なあ、入ろうぜ。大丈夫だって」

少年「……うう」

少年(こうして、僕は彼に誘われるがまま小屋に入ったんだ)
4 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/07/31(火) 20:50:06.85 ID:ssvcM0xZ0
少年「うっ……」

少年(中はむっとした空気が漂っている。目がひりひりとする)

少年「……う、うわっ!?」

友「……」

少年(まず目に飛び込んできたのは……壁に付着した大きな染み)

少年(……人の形をしている……!)ゾッ

少年「出よう! 出よう早く!」

友「な、なあ……見ろよあれ」

少年「……!」

少年(友が指を指した先には、大きな絵画があった)

少年(黒い背景に、女の人の顔……肖像画って言うべきか)

少年(軽く微笑んでいるそれは……何だか妙に不気味だ)

友「なあ、これどう思う?」

少年「知らないよそんなの!! この染み見てよヤバいでしょ!?」

友「ああ、ヒトの形してんな……」ジー

少年(何のんびり観察してるんだこいつ……!)イラ
5 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/07/31(火) 20:52:44.41 ID:ssvcM0xZ0
少年「いい加減に……」ハッ

友「ん? どうした?」

少年(……いや、間違いない)

少年(さっきは微笑んでいたのに、今は無表情)

少年(絵の女性の顔が変わったんだ)

少年(強い視線を感じる)

少年(今、実際に僕を「見ている」……!)

友「なあ待てよ、落ち着けって」ガシ

少年「やっ……やめろよ!?」バッ

少年(そうして、僕は強引に彼の腕を振り払って外に出た)

友「おいどうしたんだよ、なあ戻ってこいよ」

友「戻ってこいよ」


友「――戻ってこいよ!! おい!!」


少年「!」ビク

少年(外に出た瞬間、僕はようやく理解した)

少年(おかしいのは僕だったんだ)

少年(あいつ――誰だ?)

少年(僕は後ろを振り返らず、そのまま逃げだした)

少年(声が届かなくなるまで、いつまでも彼は僕を呼び続けていた)
6 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/07/31(火) 20:55:35.21 ID:ssvcM0xZ0
少年「終わり」

「……ほほう」

少年「後日その場所に行ったんだけど、小屋なんて無かった」

少年「ただの草むらが広がっているだけだったよ」

「おそらく下級の霊だろうな。たまに力を蓄えた個体がこうした弱い空間を作る」

「あわよくば貴様を取り込もうとしたのだろう」

少年「空間……そんなものが作れるんだ」

「ああ。神や強い呪力を持った霊の術だ」

「その霊のように自力で作り出すタイプと、元々ある物を依り代として作るタイプが居る」

「基本的に神は自分の「神域」に居座って動かない」

少年(……あれ? じゃあ何で彼は自在に移動出来るんだ?)

少年(基本的に、って事は……黒山羊は特例? それとも神じゃない?)

「所で、その腕の痣はどうした?」

少年「ああ、掴まれた時に付いちゃって……消えないんだよねぇ」

「……」

「そうか……次を話してくれ」

少年「あ、うん。えーっとね……そうだ」

少年「あれは暑い夏の日の出来事だった」
7 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/07/31(火) 20:57:20.35 ID:ssvcM0xZ0
【人毛蟲】

ミーンミンミン……

少年(その日はよく晴れていた。四方八方から蝉の鳴き声が飛んでくる)

少年(僕は神社まで蝉を捕まえに行っていた)

少年(神社には誰も居なかった。かっと降り注ぐ強い日差しが、僕の顔を炙るようだった)

少年(僕は何匹かの蝉を捕まえ、神社の陰で涼んでいたんだ)

少年「あっつー……」

少年「……」クピクピ

少年「あー麦茶がうまい……」フゥ

少年(日差しがさらに強くなった)

少年(そうだ、神社の裏側に行ってみよう)タッ

少年「蝉は……こっちには居ないか」

少年(戻ろうかな……あれ?)

少年(その時、僕は奇妙な物に気が付いた)
8 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/07/31(火) 21:04:55.75 ID:ssvcM0xZ0
ぞわぞわ……

少年「何だあの……黒いの……でかい毛虫?」

少年(奥に生えていた一本の木、そこで真っ黒な何かが蠢いているのが見えた)

少年(それに傍にあるのは……藁人形? ……釘が刺さっている!)

少年(しかし、何か奇妙だ。特大の毛虫……にしては……こう)

少年(……何だろう)

少年「……っひいっ!?」

少年(近くまで移動して、ようやく僕は気が付いた)

少年(「本体」は……おそらくクワガタみたいな甲殻を持った虫)

少年(それから夥しく生えているそれは……毛虫の毛なんかじゃない)

少年(人の毛だ……!)ゾク

少年(まるで、人の髪をそのまま虫に植えつけたみたいな)

少年「……」

少年(その時、僕に好奇心が生まれた)

少年「これ……捕まえれるのかな」

少年(本体のサイズは小さいし)

少年(毒針も持って無さそうだ。虫取り網を使えば捕まえられる)

少年(得体の知れない恐怖よりも、その存在への興味が勝ってしまった)

少年(僕は虫取り網を構えた)

少年(そーっと、そーっと……)

少年「はっ」パス

少年(……捕まえた!)


「ビギイイィイイィィ――!!」


少年「うぐっ……!?」ビリビリ

少年(く、空間が震える!)

少年(何だ!? とんでもない喚き声を――)ハッ


ざ わ

ミーンミンミンミン……ミンミンミン……


少年「……!」タラ……

少年(空気が急に冷え込んだ)

少年(蝉の鳴き声はあんなにうるさいのに、遠くで鳴いているように感じる)

少年(少し暗くなった)

少年(こんな炎天下なのに雲が出てきたのか?)

少年(いいや……!! 違う……!)

少年(今、僕を覆っているのは……大きな影だ)

少年(つまり)


少年(僕の真後ろに……! まだ何かが居るっ……!!)
9 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/07/31(火) 21:06:41.27 ID:ssvcM0xZ0
少年「……」ドクン

少年(多分振り返ったら、その瞬間死ぬ……!)

少年(呼吸が出来ない……汗が馬鹿みたいに流れてくる)

少年(何だこの影の形は)

少年(まるで巨大な……カミキリムシのような……)

少年(そいつは、開いた六つの脚を……ゆっくりと畳み始めた)

少年(視界の両端から、真っ黒い鋭利な脚が僕に向かってくる)

少年(やばい、死ぬ、本当に死ぬ――)
10 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/07/31(火) 21:08:18.05 ID:ssvcM0xZ0
少年「……それで、気が付いたらその場に倒れてた」

少年「あの人毛蟲もでかいのも居なくなってたんだ」

「……! そうか、怪我はしなかったのか?」

少年「うん……あれ以来、たまに頭痛がする時があるけど、特に平気かな」

「……ほう」

少年「無事だったのは良いけど、なんか腑に落ちないよねえ」

少年「たまに寝てる時に頭が痒くなるんだ。ちゃんと洗ってるんだけど」

「……少年、最後に髪を切ったのはいつだ?」

少年「髪……? そう言えば……いつだろう、分かんないや」

(……)

少年「どうかしたの?」

「いや……何でもない」

「うむ、今回の話も面白かった。次は何の話だ?」

少年「そうだな……これにしようかな」
11 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/07/31(火) 21:10:28.40 ID:ssvcM0xZ0
今日の更新は以上です。こんな感じで進めていきます。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/31(火) 22:46:38.44 ID:gd7SvL4wO
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あやめ速報の誠意ある対応を待っております
13 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/01(水) 22:16:53.32 ID:CEda42bc0
【人格】

少年(これも夏の日の話だ。僕は友達の住む団地に行った)

少年(そうして彼の家で遊んで帰るんだけど、僕はあのエレベーターが嫌いだ)

少年(ドアがガラス張りになっているせいで、移動中にドアの向こうが見えるんだ)

少年(かなり古い団地だから、廊下の電気が薄暗くて何とも不気味で)

少年(だから、僕はあのエレベーターを使う時は目を伏せて乗っているんだ)

少年「……あれ。あっ!」

少年(しまった、ゲーム機を忘れてしまった)

少年(うう、どうしよう)

少年(もう日が暮れて真っ暗だ。でも……)

少年(……しょうがないよ。取りに戻らなきゃ)

少年(そうして、僕は再びあのエレベーターに乗ったんだ)
14 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/01(水) 22:18:44.18 ID:CEda42bc0
少年(彼の住む階は十四階……遠いなあ)ピ

ウィン……ゴゥン……ゴウン……

少年(エレベーターの動く音がやけに大きく、不安になる)

少年(おまけに、後ろは大きな鏡が貼られている)

少年(前を向いても怖いし、後ろを向いても怖い)

少年(ただ僕は恐怖に耐えるしかないんだ)

ゴゥン……ゴゥン……

少年「……あ」

ガー……

少年(……四階で、女の人が入ってきた)

少年(うわっ、前髪長い……少し不気味だ)

少年(……ボタンを押さないな)

少年「あの……何階に行きますか?」

女「……」

少年(うぅ……何か言えよ!!)

女「……」スゥッ

少年(ゆっくりと指を動かし始めた……)

少年(十四階……? 一緒なのか)

少年「……」

女「……」

女「!」ガバッ

少年「ひっ!?」ビク

少年(急に勢いよく首をこっちに向けてきた!!)

女「……」ジー

少年「……な、何ですかっ……」

女「……」

にたぁ

少年「……!!」ブル

少年(女性は何も言わず、ただ口角を上げて厭らしく笑った)

少年(気持ち悪い……何なんだよ!?)

ガー……

少年(やっと着いた!!)バッ

少年(僕はエレベーターを飛び出し、友人の部屋まで駆け込んだ)
15 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/01(水) 22:21:01.66 ID:CEda42bc0
「あれ、どうしたの?」

少年「忘れっ、もの……して」

「あー、これか。はい」

少年「ありがとう……今エレベーターで不気味な女の人が居たんだ」

「えっ、マジ? 危ないね」

少年「だから……帰りは階段を使うよ」

「あー……それは止めた方が良いと思う」

「此処の階段、電球があんまりついてないから……夜はほぼ真っ暗なんだ」

少年「ええ……そんな」

「家の人に電話しようか?」

少年「……いや、いいよ……遠いし迷惑掛けたくない」

「でも……」

少年「もしかしたら僕が怖がってただけで、普通の人かもしれないし」

少年「帰るよ。今日はありがとうね」

「少年……気を付けてね」

少年「うん。バイバイ」
16 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/01(水) 22:23:39.54 ID:CEda42bc0
少年(うわ、もう真っ暗だ)

少年(エレベーターまでかなり距離があるな……)

少年(うう、怖い)

少年(僕はゆっくりと、慎重にエレベーターの前まで移動する)

少年「……ふぅ」ピッ

少年(早くエレベーター、来ないかな……)

少年(……あれ?)

少年(ふと、さっきの出来事を思い返す)

少年(僕はエレベーターを飛び出した)

少年(……あの女は何処に行ったんだろう)

少年(どうして一階からでは無く、四階から此処まで来たんだ?)

少年(本当にこの階に用事があったのか?)

少年(とても後ろを確認する余裕は無かったけど)

少年(もしかして、僕がどの部屋に行くのか……見てたんじゃないか?)

少年(だとすれば、もし家に入っていなければ、まだその辺りに――)クル


女「……」ニタァ


少年「――うわあああぁぁ!!」

少年(居た! 居た!! 通路の奥の方に立ってる!!)

カツカツカツカツ

少年(は、早歩きしてくる! エレベーターは――来た!)

ガー……

少年「早く閉まれ! 早く閉まれ!!」ポチポチ

少年(駄目だ、閉まるのが遅い! 追いつかれる!)

女「……」カツカツ ピタ

少年(目の前に……ああ、駄目だ!)


女「 い っ し ょ 」


少年「……は……?」

ガー……

ゴゥン……ゴウン……

少年「入って……来なかった……? 何で……?」
17 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/01(水) 22:25:56.49 ID:CEda42bc0
少年(何にせよ……助かった……!!)

少年「急いで帰れば、下まで追いつけないよね」

ゴゥン……ゴウン……

女「」ニタァ

少年「……あああああ!?」

少年(嘘だろ!? 何でもう八階の前に居るんだ!? 真っ暗な階段を走ってきたのか!?)

少年「あ……え? 入って来なかった……」

少年(訳が分からない……えっ)

女「」ニタァ

少年(は? どうして今ので七階に……早すぎる、ありえない)

少年(い、いや……六階にも……!? もう止めてくれ!)

少年(刺し殺したい)

少年(誰か助けて!)

少年(十二階の左から四番目の部屋)

少年(この女性は幽霊なのか!? 僕は此処までなのか!?)

少年(舌を切り落としたい)

少年(憎悪)

少年(……あれ?)
18 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/01(水) 22:27:17.65 ID:CEda42bc0
少年(何だこれ……何考えてるんだ)

少年(何だか身体がふわふわする……眠い……?)

少年(あれ……? エレベーターで降りる僕が見える)

少年(いや……お、おかしい)

少年(僕があの女性になっている!?)

少年(でも殺したいから僕には何もこの身体は出来ない)

少年(溶けて誰でも良いから感覚殺したい)


少年(ずっと消えて追いかけて変だ)ニタァ
19 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/01(水) 22:28:36.75 ID:CEda42bc0
少年(気が付くと、僕は車の中に居た)

少年(友人の父親が、エレベーターの中で倒れている僕を発見したそうだ)

少年(意識はあるが、返答が曖昧だったらしく、寝ぼけているようだったらしい)

少年「あの……不気味な女性に追いかけられて、意識を失ったんですが……」

「うーん、それらしい目撃情報は無いみたいだけどねえ。怪我もしてないし」

「もしかしたら、遊び疲れて寝ちゃって、悪夢を見たのかもしれない」

「まあ安心しなさい。もうすぐ家に帰れるよ」

少年「……はい」

少年(でも、何か……何か怖いんだ……)

少年(まだ、終わってない気がする)

少年(何だろう、この違和感)

少年(自分が自分じゃないみたいな)

少年(だってほら)


少年(今運転しているこの人、後ろからなら簡単に殺せそうじゃないか)
20 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/01(水) 22:32:42.54 ID:CEda42bc0
少年「終わり。この友人とはある日を境に連絡が取れなくなっちゃった」

少年「急に引っ越したのかな」

(……)

少年「あの女の人は何だったのかな?」

「幽霊……か、怪異に近づいて人に戻れなくなった何か、だろうか」

(おそらくそいつに「魅入られ」て、人格が混ざり合った……、そして、まだ少年の中に残っている……?)

「もう会う事は無かったのか?」

少年「うん。あれから一度も会ってない」

少年「って言うか、もう会う必要が無い……みたいな」

「何故だ?」

少年「……何でだろ?」

「くっくっく……くはははは!」

少年(黒山羊は大きな声をあげて笑った。何がそんなにおかしいのか)

少年(この男の笑いのセンスは理解出来ない)

「良い怪奇譚だ……傷が癒される」

少年「? 傷?」

「気にしないでくれ。さあ、次の話を」

少年「うん、じゃあ……」
21 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/01(水) 22:39:34.44 ID:CEda42bc0
今日の更新は以上です。


訂正 少年(十二階の左から四番目の部屋)

→ 少年(十四階の左から四番目の部屋)

です。失礼しました……
22 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/02(木) 14:45:56.52 ID:DYT3mycZ0
【こけし】

少年(あれは何処だったっけ……よく覚えてないけど)

少年(その日、僕は家族と旅行に行ってたんだ)

少年(ああ、確かこれも夏の日だったな)

少年(その途中で、僕らは神社に寄ったんだ)

少年(ただの神社じゃなくて、人形を沢山供養している所で)

少年「……ううわ、すごい数だ」

少年(日本人形、アニメのおもちゃ……とにかく色んな人形があった)

少年(特に珍しい物も見当たらなくて、僕は通り過ぎようとしたんだ)

少年(その時、一つのこけしを見つけた)

少年「……ん」

「……」

少年「……?」

少年(びっくりした、何だ今の)

少年(あのこけしと……「目が合った」?)

少年(何だろう……あのこけしだけ、何か変だ)

少年(うう、気持ち悪い。戻ろう)

「……」
23 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/02(木) 14:46:35.76 ID:DYT3mycZ0
少年(その晩、僕は不思議な夢を見た)

少年(真っ暗でよく見えない)

少年(身体が動かない……金縛りか?)

少年(……)

少年(遠くから……何かが近付いてくる?)

少年(……)
24 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/02(木) 14:47:19.60 ID:DYT3mycZ0
少年(その時は何ともなくて、無事に目覚めた)

少年(異変が起きたのはその次の晩だった)

25 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/02(木) 14:48:30.87 ID:DYT3mycZ0
少年(……! またこの夢)

少年(でも今回は見える……)

少年(黒い森の中……? あっ!)

ことり。

少年(見つかった……!!)

少年(本能的にそう感じた)

少年(あのこけしに見つかってはいけない)

「……」

少年(……いや、此処は暗い森なんかじゃない!?)

少年(これ……全部人形だ! 無数の人形に囲まれている!)

ことり。

少年(ち、近付いて来る……!)

ことり。

少年(ああああ! 駄目だ逃げられない!)

ことり。


「てあしちょうだい」


少年「……え?」

少年(手足? 手足って……僕の手足!?)

「てあしちょうだい」

少年「いっ……嫌だ」

「!」

少年「うっ!?」

少年(僕を囲んでいた人形達が、一斉にこっちを向いた!)

「てあしちょうだい」

少年「い……嫌だっていってるだろ!」

ピリ……

少年(僕が叫んだ瞬間、一斉に人形達が僕を睨んだ)

少年(強烈な怒気を感じる。殺意の滝に打たれてるみたいだ……!)

少年(まずい、次の返答次第では、殺される――)

「てあしちょうだい」

少年(……!!)
26 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/02(木) 14:49:47.77 ID:DYT3mycZ0
少年「……さ」

少年「……三年後にあげる。それまで待って」

「……」

少年(人形達の……怒りが消えた?)

「……いいよ。けいやくせいりつね」

「ゆびきりげんまん」

「うそついたら」

「おまえもこけし」
27 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/02(木) 14:53:31.77 ID:DYT3mycZ0
少年「終わり」

「……呪霊相手に約束をしたのか……」

少年「え?」

「奴らは執念深い。ずっと追ってくるぞ」

少年「ああ。あれ以来、こけしに監視されてるんだ」

「監視?」

少年「ずーっと何処かでこけしが僕を見てるんだ。もう慣れたけどね」

「今もか?」

少年「いや、飛ばされたから……もしかしたらもう見失ったのかも」

コン コン

少年「あっ」

(ノック……? 馬鹿な、此処に人など来る訳が)ガチャ

コロン……

「……くくくくく、どうやって辿り着いたのやら」

少年「ほら……逃げられないんだよ」

(このガキ……逸材だ。悪い意味でだが)ニヤ

「良いぞ、さあ次の話は?」

少年「んーっとね。そうだ」
28 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/02(木) 14:55:05.17 ID:DYT3mycZ0
【校内放送】

少年(あれは……そう、これも夏の日の話だ)

少年(ちょうどその日が最後の授業で、もう夏休みだって喜んでたっけ)

少年(そうして授業が終わって……家に帰ったんだけど)

少年(うっかり夏休みの宿題を忘れてしまったんだ)

少年(だから僕は、再び学校に戻る事にしたんだ)
29 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/02(木) 14:57:00.42 ID:DYT3mycZ0
少年「教室、まだ空いてるかなあ」

少年(いつも騒がしい分、夕陽に染まる静かな廊下は、何だか妙に寂しい)

少年(お、扉が開いてる。先生はまだ閉めて無かったのかな)

少年「……あった。あー良かった」

少年(先生は何処に居るんだろう? まあ戸締りは任せよう)

少年(そうして僕は教室を出た)
30 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/02(木) 15:00:02.77 ID:DYT3mycZ0
ザッ ザッ

少年(静かだなあ。僕の足音しか聞こえないや)

カァー カァー

少年(何処かでカラスが鳴いている)

少年(夕方にカラスの声を聞くと、もう帰らなきゃって思うんだ)

少年(……少し心細くなって来たな)

少年(早く帰ろう)

ピーン ポーン パーン ポーン

少年「! え……校内放送? 何で……」

「……」

「……」

「……」

少年(……? 何も言わない。故障か?)

「に……ザザッ、に……ザザ、ザー」

少年(……? 声がよく聞こえない)

「に……ます……ザザザザ」

少年(……何だか怖い)

「……まザザ……ザザザー、だザー……」


「いますぐそこからにげてください」


ピーン ポーン パーン ポーン ……プツッ

少年「……」

少年「!」ゾッ

少年(え? 何て……えっ? 今の誰の声……いや)

少年(今何て言った!? 逃げる?)

少年(――と、とにかく逃げなきゃ!!)
31 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/02(木) 15:01:39.65 ID:DYT3mycZ0
少年(そして、僕は何事も無く、無事家に帰れた)

少年(あの放送は何だったんだろう)

少年(誰が話していたんだ?)

少年(今すぐそこから逃げろって……一体何から?)

少年「……いや、そもそも」

少年(どうして誰も居ないはずの放課後に、突然放送が流れたんだ?)
32 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/02(木) 15:02:27.91 ID:DYT3mycZ0
少年「終わり。特にオチは無い」

「何だ。何が起きたか確認していないのか」

少年「やだよ、怖いもん」

「くっくっく……まあ、興味深い話だな」

「声の主は誰だったのか、気になる所だ」

少年「あんたにも分かんないの? まあそりゃそうか」

少年「それじゃあ次の話、するよ」

「ああ」
33 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/02(木) 20:03:22.41 ID:DYT3mycZ0
【収容列車】

少年(あれは……そう、夏が終わって、秋になろうとしていた)

少年(もう夕陽が沈むほんの一瞬の頃で、茜色の空に蜻蛉が飛んでいた)

少年(僕は遊び終わって、一人で家に帰ろうとしていた)

少年(道の途中に踏切があって、そこを通ると近道だったんだ)

少年(着いた時には踏切が下がってて、僕は待っていたんだけど)

少年(何故かその日は、いくら待っても電車が通り過ぎなかったんだ)

少年「……長くない?」

少年(もう五分は経ったはずなのに、まだ来ない)

少年(事故が起きて遅れてるとか?)

少年(別の道を使おうかな)

男「……」ザッ

少年「うお!?」

少年(真後ろから急に人の音がしたので、僕は飛びのいた)

少年(そして、その人の風貌を見てさらに驚いた)

少年(な、何だあれ……いや、社会の授業で一度だけ聞いた事がある)

少年「ペストマスク……!?」

少年(僕の真後ろには、スーツを着て、ペストマスクを身に着けた男性が居た)

少年(右手には四角い鞄を持っている。気配が全くしなかった……!)
34 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/02(木) 20:05:39.83 ID:DYT3mycZ0
少年(お、おかしい人なのだろうか)

少年(大きな嘴と目元は、まるで鳥人間のようで不気味だ)

男「……」ジリジリ

少年(む、無言で詰め寄ってくる……!)

少年(逃げなきゃ、でも相手は大人だ……何とか隙を……)

男「なあ、坊や」

男「このマスクの下……見てみたいか?」

少年「え……?」

少年(いや、そりゃどんな人なのか見てみたいけど)

少年(声があまりにも無機質だ。まるで感情が無いみたいな声色だ)

少年(男性は自分のペストマスクに手をかけ、留め具を外した)

少年(そして、ゆっくりとマスクを外し始めた)

少年「……!?」

少年(何だ? マスクの隙間から変な……うっ!)

ぞぞぞぞぞぞ

少年(ム、ムカデ……!? ムカデが何匹も顔を這いずり回っている……!?)

少年「……け、結構です!」

ピタ

男「……そうか……」

少年「……」ドクン

男「……」カチャ

少年「……」ドッドッドッ

男「ああ……時間だ……」

少年(彼はそう言うと、鞄のチャックを開いて地面に置いた)

少年(あれには一体何が入ってるんだ……?)

少年(時間……って、どう言う意味だ!?)
35 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/02(木) 20:07:11.30 ID:DYT3mycZ0
ガタン……ゴトン……

少年(電車が来た。でも……おかしいぞ)

少年(僕でも追いつけそうなくらい、ひどくゆっくり走っている)

少年(って言うか、色が……黒色? いつもの電車じゃないのか?)

男「……迎えが来た……ああ……」

少年(その時、僕は電車に視線を移した)

少年(茜色の空の下、乗客を乗せた電車がゆっくりと踏切を通り過ぎる)

少年(僕は見てしまったんだ)

がたん

ごとん

「――」

少年(ペストマスクを着けた乗客達が、一斉に僕らに目を向けているのを)

少年(窓の一部から、真っ黒い影のような腕が伸び、男性を連れて行くのを)

少年(僕は聞いてしまったんだ)

「ギィヤアアァアァァァ――!!」

少年(連れて行かれる彼の断末魔を)

少年「あ……」クラ

少年(強烈な眩暈がして、僕は倒れ込んだ)

少年「……」

少年(あれは……彼の鞄……置いていったのか……)

少年(駄目だ、目を開けていられない……)


もぞっ。

もぞもぞもぞっ……。
36 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/02(木) 20:08:40.21 ID:DYT3mycZ0
少年「……そして、少ししてから目を覚ました」

少年「鞄は置いたままだったけど、中がからっぽだった」

少年「何が入ってたのかは分からないままだ」

「……本当に分からないのか?」

少年「え? 逆に聞くけど分かるの?」

「……いや……」

「……分からない、な」

少年「でしょ? もう」フン

少年「もし彼の素顔を見ていたら、僕はどうなってたんだろうね」

ボトッ

「!」

少年「うわ、ムカデだ。結構でかい!」

「……くくくく!」

少年「笑ってないで何処かにやってよ! 僕ムカデは触れないんだ!」

「ああ、分かった分かった。ほら」ヒョイ

ジュッ

少年(! 摘まんだムカデが一瞬で消し炭に……!)

「驚いたか? これくらいは造作も無い」

「さて、今のムカデは何処から来たのだろうな」

少年「……何処から来たんだろうね?」
37 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/02(木) 20:09:12.41 ID:DYT3mycZ0
今日の更新は以上です。
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/02(木) 21:13:05.48 ID:ETl/N+Kko
39 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/03(金) 21:31:58.99 ID:EBzD0DOO0
少年「……そろそろ最後の話になるんだけど」

「ああ」

少年「何で僕の話を聞きたいわけ? 理由を教えてよ」

「……怪奇譚」

「それらは、そのままでは力を持たない」

「人が口にする事で、初めてその怪奇譚には「言霊」が宿る」

「私はその力を蓄えているのだよ」

少年「……僕が話すだけで、言霊が生まれるの?」

「ああ、目には見えない力だ」

「怖い話をすると、妙な寒気や誰かが居る気配を感じた事は無いか?」

少年「あっ、あるよ」

「その空間には言霊が溜まっている。……ほら」ボッ

少年(黒山羊はそう言うと、蝋燭に火を灯した)

少年「……なんか、妙に激しく燃えてるね」

「この部屋の言霊に反応しているのだよ」

(言霊だけに反応している訳では無いがな)

少年「そうなんだ……じゃあ、そろそろ最後の話をするよ」

「くく……楽しみだ。さあ初めてくれ」
40 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/03(金) 21:33:14.38 ID:EBzD0DOO0
【井戸】

少年(ついこの前に起きた話だ)

少年(その日、僕は駄菓子屋に行っていた)

少年(その帰り道に、お婆さんが地面に散らばった果物を拾っているのを見つけた)

少年(買い物袋が古くて破れてしまったらしい。僕は拾うのを手伝った)

少年(そうして全て拾った後、お婆さんはお礼をしたいと言ってきた)

少年(最初は断ったけど、しつこく食い下がってくるから、僕はそのお婆さんの家に行く事にしたんだ)
41 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/03(金) 21:34:32.37 ID:EBzD0DOO0
少年「冷たくておいしいです!」

老婆「良かった。たくさん食べてね」ニコ

少年(お婆さんの家は古い木造の一軒家だった)

少年(広い畑の真ん中にぽつりと存在している)

少年(僕は涼しい縁側で、飼い猫と並んでスイカを御馳走になっていた)

少年(広い庭だなあ。手入れが大変そうだ)

ニャーン

少年「よしよし」ナデ

少年(あれ、お婆さんは何処に行ったんだろう)

少年(気になるな……よし)

少年(……探してみよう)コソ
42 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/03(金) 21:37:06.98 ID:EBzD0DOO0
少年(あ、居た……へえ、こんな所に井戸が)

少年(家の裏側の庭に井戸があったんだなあ。塀に隠れてて外からじゃ分からないや)

少年(井戸には木の蓋がされている……あれ?)

老婆「……」ザザ

少年(……自分の家の井戸じゃないのか? 何で生ゴミを入れてるんだ?)

少年(水が枯れてて、ゴミ捨て場として使ってるのかな)

少年(でも、今パックに入った豚肉を入れて無かったか……?)

少年(……?)
43 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/03(金) 21:37:48.74 ID:EBzD0DOO0
老婆「今日はありがとうね。久しぶりにお客さんが来て嬉しかったわ」

少年「あ、はい」

老婆「また来てくれるかしら?」

少年「え? いや……その」

老婆「一人暮らしだから寂しいのよ、ね?」

少年「あ……はい」

少年(結局、僕は断りきれずにまた来る約束をしてしまった)

少年(何だろう、目が何だか怖い……)
44 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/03(金) 21:39:36.53 ID:EBzD0DOO0
老婆「はい、今日は桃があるのよ」

少年「いただきます……」

少年(……うん、これもひんやりして甘い)

少年(でも、あれ……?)

少年(前居た白猫は何処に居るんだろう)

少年「あの、猫ちゃんは何処に……?」

老婆「あー、あの子ねえ」

老婆「……」

老婆「昨日から散歩に行ったきり帰ってこないのよ、心配だわ」ニコ

少年「そうですか……」

老婆「あ、お茶を出すわね。緑茶で良いかしら?」

少年「あ、はい。お構いなく」

少年(猫が……散歩……?)

少年(まあ……そうか、開けっ放しだもんな)

少年(いつでも出ていけるか……うん)

老婆「はい、どうぞ」

少年「あ、ありがとうございます」ゴク

ヒュウウウゥゥ

少年「ああ、涼しい」

少年(……ん?)クン

少年(何か……強烈なお香の匂いで分かり辛いけど)

少年(この家、何だか……臭い……?)

少年「あの、僕そろそろ……」クラ

少年(あ、れ……眠気が……?)

老婆「やっと……てき……わ」

少年(お婆さんが何を言っているのかは分からなかったが)

少年(今の状況だけは理解出来た)

少年(――嵌められた……!)ドサ
45 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/03(金) 21:42:23.97 ID:EBzD0DOO0
ズズ ズズ……

少年(……!)パチ

少年「ヴッ……!」

少年(僕は……そうだ……あれから、いや待て!)

少年(な、何だこの状況!? 井戸が目の前に……うっ)

少年「ん、んんんん!!」ゴボ

少年(井戸からは色んな腐敗物を混ぜて煮込んだみたいな、えげつない腐臭が流れていた)

少年(僕はそれを嗅いで、一瞬で嘔吐してしまった。あれ……口が)

少年(これは……手足を縛られて、井戸に落とされかけている!?)

老婆「あら、起きちゃった?」

少年(おまけに猿ぐつわをされている! 助けを呼べない!)

少年(あ、あれは……!)

グヂュ……

少年(井戸の中は、様々な骨の残骸と、蠅がたかるピンク色の肉しぶきが溜まっていた)

少年(その惨状の中に、見覚えのある物を見つけた)

少年(白い毛皮……まさか、あの猫も……!?)

少年(いや、それよりも……その残骸の中央に……何かが居る!!)

少年(姿がよく見えない……あれは……?)

ボリ……グチャ……

少年(腐肉の海の中で、何かが蠢いている……喰っているのか?)

少年「……んん!!」グイ

老婆「あっ」

少年「!」ドサッ

少年(所詮は老婆の力だ。身を捩って何とか井戸に落とされるのを防げた)

少年(でも……駄目だ、縛られてるから上手く立ち上がれない!)モゾ

老婆「もお〜大人しくしなさい〜」

老婆「○○ちゃんはね、すごく可愛いのよ」

老婆「育ちざかりだから、栄養のあるものを食べさせないと」

老婆「いけない、のっ!!」ギラ

少年「ん――!?」ゴロン

ガッ!
46 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/03(金) 21:44:41.60 ID:EBzD0DOO0
少年(こ、こいつ……鎌を本気で僕に振り下ろしてきた!)

少年(立て、立て!)モゾモゾ

少年(このままじゃ餌にされてしまう……)

少年(どうすれば……!)

少年(死んじゃう死んじゃう死んじゃう)ズキッ

老婆「もお、大人しくしなぁー」ギラ

少年(……違う……違わない……違う……違う……?)

少年(違うってそれもおかしく逃げた血が湧いてあとで)

少年(殺される食べるくらいならそんな負けてしたくない人のだから)

老婆「――さいっ!!」ブン

少年(殺さなきゃ)ニタァ
47 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/03(金) 21:47:04.56 ID:EBzD0DOO0
ガッ!

老婆「……え!? 髪が受け止め……嘘!?」

ブチブチッ!

少年「ギイイィイィ……あははああぁアァ」ゾワワワ

老婆「ヒッ……口からムカデが……!」

少年「――うっ!」ズキッ

少年「……」ズズ

少年(あ、頭が痛い……今何が起きた……!?)

少年(よく覚えていないけれど……僕は生きてる! 上手く切り抜けたのか?)

少年(それに、ロープが千切れてる。火事場の馬鹿力が出たようだ)

少年(よし、今のうちに逃げよう!)

老婆「あ、ああ……あなた、何なの……?」

少年「……?」

少年(何だ? 顔色が真っ青だ)

少年(あんなに楽しそうに殺そうとしたくせに、何を怯えているんだ……?)

少年「何を……」スッ

老婆「ヒッ! 来ない――」ガッ

老婆「……あ」グラッ

老婆「ああああ――」

ドチャッ!

少年「……!」

少年(井戸の中へ落ちて行った……!)ゾッ

「ね、ねえ○○ちゃん! 違うわよね!? ね!?」

「違う! 違うのよ! ママはご飯じゃないの! 分かるでしょ!?」

「ちが……助けっ助けギャアアアアアアアア――!!」

少年(……!)

少年(ボギボギと骨が砕けて肉が潰れる音がした)

少年(お婆さんの断末魔は、一瞬でその音に塗りつぶされた)

少年(その惨たらしい音に、思わず耳を塞ぐ)

少年(こいつ……井戸で一体何を育てていたんだ……?)ゾク
48 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/03(金) 21:50:21.60 ID:EBzD0DOO0
「にゃーにゃーにゃーにゃー」

少年(! この声は……あの猫、生きてたのか?)

「にゃーああ、にゃーにゃー」

少年(……いや……声がやけに大きい……!! 違う……!)

少年(今鳴いてるのは……あの猫じゃない……!?)

「んー、んー……んん」

少年(えっ人の声……!?)

ガリガリガリガリ

少年(何の音だ? ……あっ)ハッ

少年(中から登ろうとしているんだ!!)

少年(まずい、逃げなきゃ!)バッ

少年(僕は駆け出した。もう二度とこの家には来ないだろう)


「んー……んーんんん」

「……おに、ごっこ……?」

「……いーち……にーい……さーん……しー……」
49 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/03(金) 21:54:53.61 ID:EBzD0DOO0
少年「……終わり」

「くくくくく……ははははは!」

少年「何がおかしいのさ」

「失礼。力が漲って仕方が無いのだよ」

少年「約束だ。早く僕を帰してくれ」

「……」

「いや、それは駄目だ」

少年「は……?」

「初めは呪霊と遭遇しただけかと思っていたが……」

「予想以上だった。貴様の中の力も、頂く事にしたよ」

少年(は? 力?)

少年「……約束が違う! 僕を傷つけないって言っただろ!?」

「ああ」

「心の底から安心しろ」

「――とっくに貴様は、「少年」では無くなっているよ」

少年「……ふざけるな!」バッ

「無駄だ」パチン

少年(!? ドアが開かない……何で!?)

「痛みは与えない……さあ……」

少年(くそ、結局……こいつも僕を殺そうとしてくるんじゃないか)

少年「どいつもっ、こいつもっ……!!」ギリ

少年(逃げられない……! 何でいつもいつも僕ばかり……!)

少年(……ああ、そうか。簡単な事じゃないか)

少年(殺されそうなら)

少年(殺せば良いんだ)ニタァ
50 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/03(金) 21:59:03.76 ID:EBzD0DOO0
少年「ギッ、ギイイィイィイ……うううううぅ……」ゾワワ

「クハハハハ! おぉ、良いぞ良いぞ!」

(思った通りだ。このガキ……大当たりだ!)

(元々が怪異を惹きつけやすい体質)

(おまけに、複数の呪い等が寄生して融合し、一つの呪霊となっている)

(それに、最初に霊に付けられたあの痣。急激に広がっていく)

(何度も怪異と遭遇する事によって、奴らの出す呪力を吸収して蓄えていたようだ)

「その姿でも「自分」と言い切れるか? くくく」

少年「あああぁ……ギイィイイ……!」

「右半身は痣で覆われ、髪は天井まで伸び、身体からムカデが沸き出る」

ことり。

「……おまけに呪いのこけしも居る、か。ハハハ!」

「完全に身体を持って行かれたな。もう自力では戻れまい」

「これでまあ、私の目の前に居るのはただの呪霊な訳だ」

「心置きなく」スッ

「殺せるよ」

ザシュッ!
51 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/03(金) 22:01:04.05 ID:EBzD0DOO0
少年「……!」ハッ

少年(僕は確か……ん?)

少年(よく思い出せない。図書館で寝てしまったのか?)

少年(誰かに会った気がするんだけど……どんな夢だったっけ)

少年「いたた、身体が痛い」

少年(固い所で寝たから、何だか身体中が痛む)

少年(そろそろ出よう)タッ

少年(夏休みの宿題がまだまだ残っている)

少年(早く終わらせないと)

ミーンミンミン……ミーン……

少年(外は相変わらず厳しい暑さだ)

少年(ああ、夏だなあ)サワ

少年「……あれ?」


少年(僕の髪って、くせ毛だったっけ?)
52 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/03(金) 22:07:21.32 ID:EBzD0DOO0
(くくく……)

(呪霊の力は全て奪ったが、ギリギリ肉体を繋いで蘇生させる事が出来た)

(これであの少年は、前のように怪異を引き寄せ続けるだろう)

(呪力を蓄えるあの痣だけは、ほんのごく僅かだが残してある)

(また「食べ頃」になったら、収穫しに行くか)ニヤ

「……おっと、蝋燭の火を消さねばな」

フッ

(おや? 隙間風も無いのに何故……?)

「……くく、くくく……」

「まだまだこの世界には、怪異が溢れている」

「――精々、次に会う時まで死ぬんじゃないぞ?」
53 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/03(金) 22:08:21.85 ID:EBzD0DOO0
【黒山羊怪奇譚 終】
54 : ◆XkFHc6ejAk [saga]:2018/08/03(金) 22:10:02.65 ID:EBzD0DOO0
終わりです。ありがとうございました。

関連作 青年「風鈴屋敷の盲目金魚」
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