【艦これ】龍驤「たりないもの」外伝

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165 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:52:26.27 ID:nQ+6pbjDO
 
 
司令官に限らず初期艦というのは提督にとっては特別な存在だと聞いた事がある。それが轟沈どころか陸で何者かに殺されたとなればあの優しい司令官がどれ程心を痛めるか想像も付かない


それにあの人には私もお世話になっていた。その顔見知りが目の前で殺された。私の中にとある感情が沸き上がるのを感じる


これは憎しみとは違う。恨みや怨念とも違う。理不尽に対する、仲間を傷付けた者に対する正当な怒り


ああ…私は司令官だけでなくちゃんと他の皆の事も大切に感じていたのだと今更ながら…遅すぎる…今になって気付いたのか…


「彼女も…ここに来るんでしょうか…海ではなく陸で死んだとなれば私と同じく…」


『まだそうと決まった訳じゃないみたいだよ』


166 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:55:56.87 ID:nQ+6pbjDO
 
 
見ると倒れている初期艦さんの右腕だけが動きナースコールを押そうとしていた。間違いなく意識は無い、これは…


『あの子の中の深海棲艦が頑張っているみたいだね、普通なら艦娘だろうと即死だけど深海棲艦が何とか繋ぎ止めてる』


そしてどうにかボタンを押せたのか別の看護師さんが駆け込んできてそれからはもう大騒ぎだった


泣き叫ぶ小さな深海棲艦はまるで母親が死んでしまった幼子のようで見ている私も辛かった。そして連絡を受けて駆け付けてきた司令官は想像していた通りに狼狽して痛々しく、そして龍驤さんは思っていたよりは冷静に、だけど顔面は蒼白のまま司令官を慰めていた


ICUに担ぎ込まれた初期艦さんはどうにか一命を取り止めたようで私も胸を撫で下ろす。だがまだ予断は許さない状態のようで…



167 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 21:58:11.86 ID:nQ+6pbjDO
 
 
それから司令官の様子を見守っていると何処となく雰囲気が変わっている事に気付く


「司令官…やっぱりすごく怒っていますね…」


『いくら優しい甘いと言ってもそりゃあねぇ。これで怒らなかったらそれこそ異常だよ』


ただそれが私のような暗い憎悪でなく正道に立てるような怒りであればいいのだけれど…


そして龍驤さんが誰かを呼んだようで見た事の無い海外艦と連れ立って病院に向かうようだ。どうやらあの人なら助けられるらしい


168 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 22:00:07.45 ID:nQ+6pbjDO
 
 
「凄腕のお医者さんとかでしょうか」


『まあそんなようなものかな。…ん?お姉ちゃんがお話始めたみたいだねぇ…どうなるかなぁ…』


「ふ…じさんですか?」


『はっきり言っちゃっていいんじゃないかな。別にお姉ちゃんも止めてないし。そもそも色々な所で結構名指しされてるよお姉ちゃんは』


「秘密裏に何かしていると聞きましたが」


『活動している限りその存在を隠し通すなんて不可能だよ。というかドックに関わる人間なら元から知ってる事だし、そこからお姉ちゃんに行き着くのに時間は掛からなかったと思うよ』

169 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 22:02:23.95 ID:nQ+6pbjDO
 
 
『どれぇ、ちょっと様子をっと…』


Y子さんがリモコンを操作する、すると画面が切り替わり見た事のない風景が映る。白い何も無い空間に初期艦さんと黒い着物の女の子が何かを話している


「これが富士さん…」


服装は和洋真逆だが姉と呼んでいるだけあって顔立ちはよく似ている、だけど見た感じ富士さんの方が背も小さくこちらの方が妹のようにも見える、それに胸も…


ふと富士さんがピクリと反応してちらりとこちらを見た気がした


『お?さすがに解っちゃうかあ…まあ気にせず続けてねーお姉ちゃん?』


170 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 22:05:09.09 ID:nQ+6pbjDO
 
 
溜め息をひとつ吐き富士さんが初期艦さんに向き直り話を続ける


初期艦さんが話す内容もまた私にとっては興味深かった

あの龍驤さんの独占欲は私も知っている。それに確かに龍驤さんは今回の事でも私が自殺した事でも悲しんでくれていた、しかし本人にも自覚は無く無意識だとしても私や初期艦さんを邪魔だと感じていてもおかしくはないかもしれない


そもそも横恋慕していた私の方が悪いのだからそう思われていても仕方がないとも思う


それとは別に確かに仲間を大切に思う気持ちは本物だったと確信している。そうでなければあれほど親身に接してはくれないし、私から断ったとはいえ司令官を分けようなどと言い出す筈がない


171 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 22:07:23.78 ID:nQ+6pbjDO
 
 
そして初期艦さんが自らの想いを吐き出す。いつの間にか彼女はあの小さな深海棲艦の事が司令官よりも好きになっていたらしい。はっきり言ってこれが一番の驚きだった


「…意外ですね…いつも司令官第一だとばかり思っていましたが…」


『朝ちゃんもあの提督ばっかり見てたから知らなかっただろうけど、あの深海棲艦頻繁にアプローチしてたみたいだよ。多分そんな風に求められるのは初めてだったんじゃないかな』


「ものの見事に落とされてしまった訳ですか…」


『あのピンクの子も色々面倒を見てる内に情が移っていったみたいだねぇ』


…もしかしたら私にもそんな相手がいたらもっと楽に生きていけたのだろうか、憎しみも忘れ、横恋慕の負い目など無く、幸せに…


172 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 22:09:50.00 ID:nQ+6pbjDO
 
 
ふとモニターを見ると初期艦さんの姿が薄れていっている所だった


「えっ…消え…?」


『ここは精神世界だから現実に戻るだけだよ。お姉ちゃんあの子を見逃したみたいだねぇ…珍しいなぁ』


Y子さんがやたらニヤニヤとしながらそう言ってモニターの中の富士さんに手を振っている。すると今度ははっきりとこちらを見た富士さんが苦虫を噛み潰したような顔をして顔を反らしている


『照れるな照れるな。後で誉めてあげるからぁ』


何だかやたら嬉しそうなY子さん。この二人もよく解らない、仲は悪くはないのかな


そして映像が切り替わり病室にの場面に。あの深海棲艦が初期艦さんに抱き付いて泣きじゃくっていた


173 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 22:12:35.00 ID:nQ+6pbjDO
 
 
どうやらあの海外艦の人がどうやったのか治療したらしい。あれほどの重傷を完全に治すなんて信じられない、だけど…


「良かったですね…本当に…ぐすっ」


『朝ちゃん…』


私なんかとは違う、彼女はあの鎮守府には無くてはならない存在だ。私は結局司令官や皆に迷惑ばかりかけてしまった…せめて死ぬ前に恩を返したかったなあ…

『朝ちゃんこっちに』


「…?なんでしょう」


Y子さんが私を手招きする

174 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 22:15:15.72 ID:nQ+6pbjDO
 
 
「あ…」


彼女が私を抱き締め優しく頭を撫でてくる


『…ごめんね』


「なんでY子さんが謝るんですか…何もしてないのに」


それには答えず彼女は私を抱き締め頭を撫で続ける


私は不思議と安らぎを感じそれに身を任せるのだった 
175 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/15(金) 22:17:35.91 ID:nQ+6pbjDO
ここまで
二人で外野視点で好き勝手言っていくスタイル…の筈
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/15(金) 23:21:22.38 ID:zmTIfQUBo
おつです
オーディオコメンタリーなやり取り好きなんだよなー
そして朝潮にも平原といわれる富士さん……ステータスだ元気だせ
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/15(金) 23:23:21.99 ID:TghJSXsHo
タシュケントはトラウマ
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/15(金) 23:58:35.86 ID:Lu6v8KbVO
素晴らしかったです
179 : ◆lxd9gSfG6A [sage]:2019/03/16(土) 01:19:19.66 ID:cetMpEXN0

「……失礼しました」

「はい。おやすみ、不知火」


バタン

コツコツコツコツ…………


千歳さんのカウンセリングが終わり、誰もいない廊下に出ました。

黒潮の付き添いから始まったカウンセリングは、思ったよりずっと長かったようで、月明かりを頼りに歩きます。

同室の陽炎も、帰りが遅いことを心配していることでしょう。
180 : ◆lxd9gSfG6A [sage]:2019/03/16(土) 01:20:23.85 ID:cetMpEXN0

コツコツコツコツ…………


…………陽炎に、どこから話せばいいのでしょう。

龍驤さんに反発する黒潮と話したこと。

異変を感じて千歳さんのところに付き添ったこと。

千歳さんのカウンセリングを受けたこと。




激昂した黒潮に綾波が重なって見えたこと。

その黒潮に傀儡と呼ばれたこと。

そして、不知火はPTSDであると診断されたこと…………


……………………

181 : ◆lxd9gSfG6A [sage]:2019/03/16(土) 01:21:42.18 ID:cetMpEXN0


ザザーン……ザザーン……


あてもなく歩いて、近くの海岸にたどり着きました。


綺麗な海が見たくて、なんとなく散歩をしていただけです。


決して、部屋に帰りたくなかったわけではないのです。


誰も聞いていないひとりごとを呟きながら、砂浜に腰を降ろしました。

水面に大きな満月が揺れる、穏やかな夜の海です。



182 : ◆lxd9gSfG6A [sage]:2019/03/16(土) 01:23:03.44 ID:cetMpEXN0

ザザーン……ザザーン……




暴力。

綾波。

傀儡。

PTSD。


千歳さんのカウンセリングで、不知火は自らの過去を話しました。



不知火は、多くの過ちを犯してきました。


かつての仲間に、数えきれないほどの暴力を振るったこと。

葛城さんに無理をさせてしまった瑞鶴さんを、正義面をして糾弾したこと。

鎮守府が消滅して、唯一の生き残りだった綾波が、私を恨んでいたこと。

その綾波さえ、廃人となって解体されたこと…………

183 : ◆lxd9gSfG6A [sage]:2019/03/16(土) 01:25:55.36 ID:cetMpEXN0


この鎮守府に来て、不知火はたしかに変わりました。

ですが、それで不知火の過去が無かったことにも、生まれ変わったことにもなりません。

不知火は今でも、感情に振り回されて、暴力に訴える艦娘だと考えています。





ですが。

もし不知火の過ちが、未来を変えるために活かせるなら。

不知火のように過ちに囚われた仲間に、寄り添うことができるなら。


それが彼女への、せめてもの手向けになればと、思います。
184 : ◆lxd9gSfG6A [sage]:2019/03/16(土) 01:28:26.35 ID:cetMpEXN0


水面に揺らぐ、夜月の輝き。

浮かんでは消える、いくつもの影。


執念に満ちた心を抱えて、絶望の中に沈んでいった彼女には、決して届かないとわかっていも。

残されたこの命を、償いのために捧げることができれば。

彼女が生きていたこの世界を、未来につなぐことができれば。


正しいかどうかは分かりません。

自己満足かもしれません。



それでも。





それでも、不知火は…………………………






185 : ◆lxd9gSfG6A [sage]:2019/03/16(土) 01:29:49.15 ID:cetMpEXN0



「…………あっ、やっと見つけた!」



「もー!いつまでたっても帰ってこないから心配したじゃない!なんでこんなところにいるのよ!!」


「ほら明日も朝早いん…………?」


「いや、だって……そのかおわぷっ!?」




「ど、どうしたのよ急に……あーあーそんなにぐしゃぐしゃにしちゃって………よしよし………………」



186 : ◆lxd9gSfG6A [saga]:2019/03/16(土) 01:30:47.72 ID:cetMpEXN0
『ここにいないあなたへ』
187 : ◆lxd9gSfG6A [sage]:2019/03/16(土) 01:33:09.01 ID:cetMpEXN0
元ネタは[たぬき]の映画で流れた星野源の楽曲です。
YouTubeにあるのでよかったら是非。
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/16(土) 11:41:13.79 ID:b/w0V1i8o

ん゛ん゛っいい曲!
出てきた陽炎型は皆主役張れるエピソード持ってるよね
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/16(土) 13:40:23.59 ID:dZzWUhhDO
おつです
ここの物語は割と姉妹艦の繋がりが弱いように感じていたけど陽炎はちゃんとお姉ちゃんしてるみたいで安心した
金ピカだけど
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/19(火) 17:18:33.14 ID:1VtF/uQA0
>>91からの続きです
191 : ◆6yAIjHWMyQ [saga]:2019/03/19(火) 17:21:20.37 ID:1VtF/uQA0


 玄関ポーチに到達し、烏山提督の革靴の音が止む。一拍遅れて、私と玉砂利の演奏も幕を引いた。灰色の碁盤の上に二人で並ぶ。

 正面へ顔を上げる。木で作られた両引き戸が鎮座していた。木製縦格子に、それらを繋ぐように整然と填められた乳白色の擦りガラスは自形の石英、つまり水晶、その結晶面のような形をとっている。

 そこにただ存在しているだけの空虚な玄関だった。不用意に人を近付けさせまいと威圧感をだしていた正門とは打って変わった印象を受ける。

 それと同時に何かが引っかかった。4枚建戸のあちこちに視線を巡らす。後頭部に火花が散った。京都の料亭で見た、銅製蝶が飾られた合掌引手にそっくりだ。 

 あの料亭は、前の提督が――――。思考を断絶。ここで思い出したところで何になるのか。多少は晴れた心を無駄に曇らす必要はない。

 思考の破片を振り払うように顔を右に向ける。烏山提督は、玄関の壁にある呼鈴を押さずに扉を見つめているだけだった。


「そのインターホン、鳴らさないの?」


「鳴らさなくてもあちらから来るよ。」


 烏山提督は口に手を当て、軽くあくびをしながら答えた。ずっと運転をしていたから少し疲れているのかしら。後で何か恩返しをしよう。

 あくびが収まると、彼はあぁと声を出した。


「ここの提督にだけは荒潮の事情をすでに話した。彼女に話を通しておいたほうが安全性および秘匿性が高まる。」


 笑顔で大事なことを世間話のように話された。

 一瞬身構えたが、しかしこのタイミングで公開されたのならこの情報はさほど重要ではないのだろう。彼を信じよう。


「それ、大丈夫なの?」


 されど念には念をいれる。用心には網を張れ。


「大丈夫。信頼出来る人だよ。小生と同じ、いわゆる上層部の一人だからね。」


「あぁ、でもあっちのほうが上だ。」という彼の呟きがすぅっと消えて、そこそこの権力という無駄な謙遜はいらないと思った。


192 : ◆6yAIjHWMyQ [saga]:2019/03/19(火) 17:23:16.96 ID:1VtF/uQA0


 程なくしてガラス越しに人影がみえた。ぴたぴたと張り付くような音が微かに聞こえる。

 影は小さくなり、カタン。左へ移動しまたカタン。大根をゆっくり輪切りにした時の音に近い。

 そして戸車の回り擦れる音を響かせながら、二枚の扉は左右に離れていく。その間から現れた人間は――――。


「烏山、待っていたよ。」


 聞き覚えのある声だった。その声はカシミヤのように柔らかく、そして軽く弾んでいた。

 見覚えのある顔だった。下手に化粧を施せば価値が失われるであろう肌と顔立ち。

 その顔には黒曜石が如き双眸と眉が、高い左右対称性で配置されている。あまりに整い過ぎて地味な印象さえあった。

 豊かな黒髪からつくられた一本の三つ編みが陽光の当たらぬ影の中で、蜜蝋でも塗られたような光沢を放ちながら、胸元へ垂れ下がっている。

 枯れた蔓が赤褐色で描かれた、黒茶地の着物を纏った女がそこにいた。


「――――」


 心臓が、自壊してしまいそうなほどに大きく鼓動を刻み、一瞬停止。

 眼球がころりと抜け落ちてしまうのではないか。そう自覚できるほどに私の瞼は開かれた。きっと瞳孔も散大しているに違いない。

 口内が粘つく。朽木がねじ込まれ、そのまま張り付いたかのように喉が窄まる。水分が体の中心へと向かっていく感覚があった。

 その感覚に乗じて、烏山提督とこの女に気取られないように息を吸う。慎重に吐く。女の姿を見た瞬間から反射的に握りこんでいた拳が、弛緩していくのがわかった。

 最前線の第一艦隊から長く離れていたこともあってか、不測の事態が起こってからの、精神の立て直しに、あの頃よりも時間がかかっている。

193 : ◆6yAIjHWMyQ [saga]:2019/03/19(火) 17:24:28.96 ID:1VtF/uQA0


「それが本当なら、門衛に誰が来るのかをしっかり伝えてあげてやれ。狼狽していたぞ。」


 隣から聞こえる、男の語気鋭い声。菊月達と話すときの調子とは違う。私は知らなかった。


「不測の事態にも対応できるように鍛えてあげる。この親心が分からないかなぁ。」


 女の眉根に一瞬皺が刻まれたが、すぐに戻った。しかしこの対応はまさに暖簾に腕押し。私の知らない、彼女の応対だった。


「そして初めまして。君が曙さんに会いたいっていう荒潮さんだね。」


 女は相対するように私へ体を向き直し、腰をかがめた。視線が合う。懐かしさが鼻先を仄かにくすぐる。甘くスパイシーな香り。

 頭をよぎるのは『澪標』。秘書艦を必要としない彼女が愛用していた、恐らく最初で最後の秘書艦になったときに聞いた、香水の名前。


「ボクはここの提督で、雲林院っていいます。どうぞよろしく。」


 手を差し出される。握手を求めているのでしょう。右手を差し出す。陶器のような見た目から放射されたこの熱の感触を、私は知っている。


「手、冷たいね。烏山、荒潮さんに防寒着を用意しなかったのかい?」


 女の視線が烏山提督へと向けられる。私はその視線をたどる。


「合うものがなかったんだよ。」


 目をそらされた。4つの瞳の圧力に屈してしまったのかしら。合うものがなかったのは確かだけれど。


「そっか、じゃあ仕方ないね。ささっ、上がって上がって。」


 女は身を翻し、扉の内へと進む。続く烏山提督の背後に、私もまた続く。




 予想外の出来事というものは得てして確認不足によって起こる、と思う。

 確かめてもらったのは今の曙の提督の名前が、旧世界の曙の前の提督の名前と一致しないということだけだった。自分のその浅慮さを恨む。

 いや、これは見様によっては好都合だ。曙の様子とこの女の様子を一度に把握できる。

 あなたを見極めよう。かつて、あなたの麾下にいたこの私が。


194 : ◆6yAIjHWMyQ [saga]:2019/03/19(火) 17:29:04.47 ID:1VtF/uQA0
一旦ここまで
質問や確認したいこと等がありましたら、どうぞ
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/20(水) 07:38:38.97 ID:KHOibW1ko
おつおつ
196 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:12:21.24 ID:XmkdBCEDO
>>174から
 
 
「ふぁあ…」


いつもの様にテレビを通して私がかつて居た鎮守府の様子を見ている私


私の名は朝潮、他に特に言うべき事も無い、独房!連れていけ!まあ私はむしろ独房に入れられる側ですが


…じゃなくて、幽霊生活にもだんだん慣れてきたけれど特にする事も無い私


この現世テレビを観るか、Y子さんのお世話をするか、部屋の掃除…とは言え普通の家の様に埃が積もったりはしないので専ら彼女が散らかした本やらお菓子やらを片付けるくらい


そのY子さんも今日は部屋で寝ているのでここには私一人だった


あれから司令官達は殺し屋を探すも見付けられずあっさり諦めて初期艦さんの復帰パーティーを始めた


司令官と別れる場面は少しだけ意外だった。少なくとも現状維持するのではと思っていたけど彼女も随分思い切ったものだと思う
197 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:14:12.62 ID:XmkdBCEDO
 
 
パーティーの後は特に何事も無く普段通りの鎮守府に戻った様子で今は夜。それぞれ思い思いの時を過ごしている様子を流し見る


何やら猫耳を着けた龍驤さん朝霜さん響さんに壁まで追いやられている司令官が居た


「相変わらず司令官は猫耳に弱いんですね…」


正直誘惑というよりもその司令官の反応が楽しくて玩具にしている感が強い。私もやった事があるがつい調子に乗って龍驤さんに怒られたのも良い思い出


それから龍驤さんと司令官を残し部屋から退出する響さんと朝霜さん。ここからはプライベート、いくら見放題と言ってもそこは私も弁えている


リモコンを操作し場面を変える


「…ええ見ませんよ、私は夕張さんとは違うんです。そういうのは見ちゃ駄目なんです」


誰にともなくそう言い訳をするのは別に見たいからではありません。断じて違います
198 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:16:38.87 ID:XmkdBCEDO
 
 
ふと覗いた書庫で潜水新棲姫に膝枕している初期艦さんと北上さんが話していた


≪霊は成仏してなんぼですけど、ここで見てて欲しいって気持ちもありますよ≫


すみません成仏してません…そこじゃないけど見てます


何となく心の中で謝る私



――と



ガチャ



背後から扉の開く音が聞こえた。Y子さん起きたのかなと振り向くとそこに居たのはあの精神世界で見た黒い着物の少女


【あの子は居ないのね】


「あ…はい、Y子さんはお部屋で寝てます」


【そう…】


何処かホッとしたような、それでいて寂しいような複雑な表情を浮かべ


そして何も言わずに炬燵に入り項垂れる
199 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:18:51.69 ID:XmkdBCEDO
 
 
「あの…大丈夫ですか?何処か具合が…」


【私にも少し休みたいと思う事くらいあるわ…】


と疲れた顔で言う彼女


「とりあえずお茶でも淹れますね」


【…えぇ】


この人は確か富士さん…始まりの艦娘でありY子さんの姉、詳しい事は知らないし具体的に彼女が何をしているのかも私は聞いていなかった


以前Y子さんから聞いたのは全ての艦娘の中に眠っていてきっかけがあると目覚めるという事だけ


この際本人に聞いてみるのもいいだろうか
200 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:20:32.57 ID:XmkdBCEDO
 
 
「はい、どうぞ」


【ありがとう…】


お茶を受け取り啜る富士さん。同じくお茶を啜る私と目が会った


あの目だ


Y子さんが時折私に向けるあの申し訳無さそうなあの目を彼女もしていた


【…私の話はあの子から聞いている?】


「始まりの艦娘で全ての艦娘の中に居るという事くらいでよく知りません」


【そう…ならいい機会だから貴女にも説明するわ、私が何を目指しているのか…】


「いいんですか?」


【えぇ…今の貴女には知る権利がある。全てとはいかないけれど話せる事は話すわ】
201 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:22:22.94 ID:XmkdBCEDO
 
 
「理想郷の扉…艦娘達を救う…ですか…」


【えぇそうよ】


艦娘達がどのようにして生まれたのか、その話は私にとって驚きではあった


つまりはこの人は私達のお母さんでY子さんは叔母さんという事になるのだろうか


【私は私の娘達を戦いの道具のままにしておくつもりは無いの。…この世界に居る限りそれは死ぬまで付いて回る】


「その扉を開く為に艦娘達の魂を集めていると…何か矛盾していませんか」


【…解っているわ。けれど私だけの力では扉は開けない、どうしても取捨選択は必要になってしまう…】


…失言だったかもしれない。彼女の辛そうな顔はとてもじゃないけどそれを好きでやっている訳ではないと雄弁に語っていた
202 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:24:32.46 ID:XmkdBCEDO
 
 
【…だけど最近、予想外の事実が判明してしまったの…】


「それは…?」


彼女はここに来た時に見せていた疲れた表情を浮かべ


【傀儡艦娘…聞いた事はある?大本営が独自に、私の建造ドックを通さずに艦娘を作っていた…】


そこで私は以前Y子さんから聞いた話を思い出した


「不知火さんや陽炎さんが確かそうだと…」


【そうよ…おかしいとは思っていた…彼女達は特別精神が強靭な訳じゃない普通の艦娘。きっかけは充分あった筈なのにいつまで経っても私は目覚めない…】


そして悔しげに目を伏せ溜め息を吐く
203 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:26:47.74 ID:XmkdBCEDO
 
 
【あそこ以外の艦娘もそう。彼女達が苦しんでいるのを他の艦娘の目を通して見ている事しか出来なかった。少なくとも私が中で目覚めていれば少しは良い方向に誘導してあげたりしようと思っていた…】


「誘導…ですか」


【えぇ…完全に乗っ取ったりしない限りは限定的にしか干渉は出来ない、無意識に働きかけて助けてくれそうな人の元に行かせてみたり…初雪のように】


そこで意外な名前が出て私は驚いた


「初雪ってあの初雪ですか?」


【そうよ、不自然なまでに貴女に構おうとしたあの初雪。…あの子も結構危ない状態だったけれど】


確かに今思うと不自然にも程がある。そして彼女が言うにはあの初雪も憎しみを持っていたから私と会わせ上手く事が運ばないか期待していたらしい


…ん?何だか…この人…もしかして
204 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:30:04.31 ID:XmkdBCEDO
 
 
「あの…もしかしてそれだけですか?」


【………どういう意味かしら】


今解った。この富士さん割と行き当たりばったりなんだ


【…仕方ないでしょう、何故か貴女には直接干渉出来なかったのだから。あの時点で私が誘導しやすかったのがあの初雪しか居なかったのよ】


私が胡散臭げに見やると咳払いひとつして富士さんはそう言った


【…でもそれも結局は無駄だったわ。私の力不足で…ね】


そして彼女は私に向き直り


【…ごめんなさい、本当に。貴女があの人間に売られ、酷い仕打ちを受けているのを私は見ているしか出来なかった】


そうして私に頭を下げる
205 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:32:25.64 ID:XmkdBCEDO
 
 
ああ…そうか…やっと解った。この人やY子さんがどうして私にそんな目を向けるのか


これまでは単に私を死なせた事に罪悪感を抱いているのだとばかり思っていた


最初から…それこそ私が艦娘としてこの世に生を受けてからずっと…見ていたんだ…見守っていたんだと


頭を下げ続ける富士さんを見ながら私はすっと立ち上がり近付く


私の接近を察した彼女の肩がぴくりと動く。しかし頭は下げたままだ


…多分私が報復行動に出るとでも思っているのかもしれない
206 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:34:06.62 ID:XmkdBCEDO
 
 
「頭を上げてください」


彼女の前に立ち敢えて強い口調で言う


【…】


ゆっくりと顔を上げ私の目を見返してくる。その目はどんな罵倒も暴力も受け入れようという意志が感じられた


…やれやれ、生前ならいざ知らず今の私はそんな事はしたくない。けれど富士さんはおそらくあの私しか知らないのだ


だから私は思い切って彼女に飛び付いた


【えっ…】


困惑する声が聞こえるが無視して思い切り抱き付く、頭をぐりぐりと押し付けて甘えて見せる
207 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:37:48.12 ID:XmkdBCEDO
 
 
良い香りがした。何処か懐かしいような、切ないような


幼少の時期など無い筈の私が、それでもまるで自分が子供になったような


母親など知らない筈の私が長らく離ればなれになっていた肉親に会えたような


「うっ…ぐ…ひっ」


ああ…駄目だ…彼女を慰めるつもりでこんな行動に出たが自分でもこれは予想外だった…多分、本当にこの人は私達の…


私はいつしか彼女にすがり付き泣きじゃくる


そんな私の背中に手を回し優しくぽんぽんと叩く富士さんに私はますます声を上げて泣いてしまうのだった
208 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:39:16.14 ID:XmkdBCEDO
 
 
【落ち着いたかしら?】


「はい…あの…すみません」


【構わないわ】


何となく気恥ずかしくなって顔を伏せながらもまだ抱き付くのは止めない、離れ難い気持ちが強くて自分でも抑えられない


【もう私が貴女にしてあげられる事はほとんど無いのだから…遠慮はしなくてもいいのよ】


「はい…ありがとうございます…」


多分今鏡を覗いたら私の顔は真っ赤になっているだろうと頭の中の冷静な部分で考えていた


こうなったらもう開き直るしかないとしばらく甘え続ける私なのだった
209 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:40:53.49 ID:XmkdBCEDO
 
 
それから彼女の膝枕の上でぽつりぽつりとそれまであった楽しかった事を話す私

私にとって良い記憶というものはほとんどがあの鎮守府のもの。もちろん彼女は知っている事ばかりの筈たけれどそんな事は口に出さず相槌を打ってくれていた


不思議に思う


これが本来の富士さんであり私達にとても優しく接してくれる


先の話では歪んだ艦娘の魂を集め…つまりは命を奪っているという


…我が子のように思っているのだとして、その魂を狩らなければならない…その心情は私には想像するに余りあった


そんな事を考えていると点けっぱなしにしていたテレビから騒がしい声が聞こえた
210 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:43:20.10 ID:XmkdBCEDO
 
 
見ると鎮守府の様子がおかしい、何やら有毒なガスが発生したと騒ぎになっていた


すると富士さんが


【…どうやらこれは事故のようね…あら?これは…】


少し遠くを視るような目をした後にそう言った彼女が窓の外に顔を向けた


釣られ私もその方向を見ると妙なものが遠くに見える

烏に吊られた誰かがこちらに近付いてくる


【…あれは貴女の所の秋津洲ね。どうやらあのガスを吸い込んだみたい、あのままだと死者の仲間入りね】


「ええ!?」


私は慌てて外に飛び出す
211 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:45:34.31 ID:XmkdBCEDO
 
 
「こっちに来ちゃ駄目です!こっちに来ちゃ駄目!」


私は遠くに見える秋津洲さんに向かってブンブンと手を振ってジェスチャーをする。さすがに遠すぎてどんな顔をしているのかは見えないが目が合ったような気がする


【どうやら治療は間に合ったみたいね、臨死体験で済む筈よ】


と、吊られた糸が切れ、秋津洲さんが落下、あわや地面に激突という所でその姿が掻き消えた


改めて鎮守府の様子を見るとどうやら戦艦の人の料理が原因だったらしい、どんな料理だったらそんな有毒ガスが発生するのだろう…

【そんな事であっさりこっちにこられたら堪ったものじゃないわね…】


「ですよね…」


と溜め息を吐く富士さんと私
212 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:47:34.56 ID:XmkdBCEDO
 
 
「でもあれ?魂を集めるなら好都合だったのでは?」


言ってからまたしまったと思う。私は割と思った事がすぐ口に出てしまうのだ。それで結構トラブルに見舞われたりもしたがこの悪癖は死んでも治らなかったようだ


しかし彼女は特に気にした風も無くそれに答える


【仮にあの魂を狩っても大した力にはならないわね。私が求めているのは強い感情の歪んだ魂】


「それってもしかして私のような?」


【…そうね。でも今の貴女はもう大分落ち着いているからそこまでではないわ】


むしろ貴女から別れた怨念の方が強い力を持っていた、生憎と見失ってしまったけれどと富士さんは締め括った
213 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:49:42.04 ID:XmkdBCEDO
 
 
部屋に戻るとY子さんが起きてきていてこちらに手を振る


『やっほ、お姉ちゃん久しぶり』


【…調子はどうかしら】


『んー、悪くはないかな。お姉ちゃんこそお疲れみたいだねぇ』


【問題無いわ。少し休憩させてもらったしね。それにこの子に力も貰った。また頑張れるわ】


と私の頭を撫でる富士さん。力?何か吸われたんだろうか、よく解らない。でもこうして撫でられるの落ち着く
214 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:51:44.91 ID:XmkdBCEDO
 
 
【さて…私はそろそろ行くわ。あまり悠長にはしていられない】


『もう行くの?もう少しゆっくりしたっていいんじゃないかな』


【…こうしてる間にも不幸になる子達が増えている。何とか出来るのは私しか居ないのよ】


『だって傀儡の艦娘だってどれだけ居るか解らないのに集めきれるの?そろそろ別の方法を考えたら?』


【…他の方法を考えている時間は無いわ。直接連れて行けなくともやりようはある】


『相変わらず強情なんだから…』


困った姉だなとY子さんが肩を竦める。何となく話に入れない私は二人の顔を交互に見るしか出来ない。首が痛い
215 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:54:07.52 ID:XmkdBCEDO
 
 
そして部屋から出ていこうと扉に手を掛ける富士さんに私は思わず


「あのっ…!」


【何かしら?】


振り向き私を見る目はやはり優しい。これっきりなんて何か嫌だ


「良かったらまた来てください!またお話してください!」


そう上目遣いで…とはならないけど必死に訴える。富士さんの背丈は私とそう変わらないのだ


少し困ったような顔をした富士さんがY子さんに目線を送ると彼女はにやりと笑うだけで何も言わない


決して逃がすまいと意志を込めて見返す私に富士さんはやがて諦めたように溜め息を吐き


【…解ったわ。たまになら、またお話しましょう】
216 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:56:13.77 ID:XmkdBCEDO
 
 
そう言ってまた頭を撫でてくれる


「っ!ありがとうございます!お母さん!」


【え…】


『ぷっ…』


あっ…私は思った事がすぐ口に…


「そそそ…そうじゃなくて!富士さんがお母さんならY子さんは叔母さんなのかなとか思ってなく…」


ガッ


おや?急に視界が暗く…


『うんうん、朝ちゃんはそのすぐ口に出る癖を直そうね、ね?』


ギリギリ


「ああぁぁあぁぁぁ!?」

Y子さんのアイアンクローを受け三途の川に私の絶叫が響き渡る


【はぁ…】


富士さんの溜め息を聞きながら私は意識を手放したのだった
217 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/22(金) 02:57:21.02 ID:XmkdBCEDO
ここまで
次は…
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/22(金) 07:52:01.68 ID:ZJWIXrrZo
おつおつ
……扉開ける前のルーツから考えると三日月が八島造ったから、富士さんはおばあちゃn
219 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:16:01.20 ID:OVYeofFDO
>>216から
 
 
『いやあぁぁぁ!やめてぇぇぇ!』


部屋にY子さんの絶叫が響き渡る


「往生際が悪いです。いいから大人しくしていてください」


『往生してるのは朝ちゃんもじゃんかぁ…お願いだから考え直してよぉ』


いつに無く情けない声で懇願する彼女。しかし私は断固として拒否


「駄目です。諦めてください。この炬燵は片付けます」


『しょんなぁ…』


私の名は朝潮。幽霊生活数ヶ月の新米です。そろそろ炬燵の季節じゃないので片付けましょうかと言った所この有り様。炬燵の魔力は彼岸も此岸も関係無いようで

1◇
 
 
「だいたい眠りたいなら部屋にベッドがあるじゃないですか」


『それとこれとは別なんだよぅ…朝ちゃんは炬燵が恋しくないの…?』


「確かに快適ではありますがもう春なんですからそういうのはきっちりするべきです」


『ここでは四季なんて関係無いと思うんだけど…』


ここは三途の川の片隅に作られた家。夏も冬もあまり変わらない気候…というかここに居ると正直季節感どころか時間の感覚も曖昧になりそうになる


だからこそしっかり日付を確認してそれに見合った状態にするべきだ


『くぅ…この真面目ちゃんめぇ…』


そう言った私に諦めたように項垂れるY子さん。ちょっと罪悪感…いや、ここで折れたが最後、きっとずっと出しっぱなしになるに決まっている


そうして私はてきぱきと炬燵を仕舞いようやく洋室らしさを取り戻した部屋を見て満足するのだった
220 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:18:53.73 ID:OVYeofFDO
 
 
あれからまた鎮守府では色々あってガングートさんがついに双子を出産した


一時危険な状態に陥ったらしいが結果無事に済んだようで私もホッとした


赤ん坊の顔を私も覗き見したけれど何とも小さくて守ってあげなければという気にさせる。…ちょっとだけ心残りが増えたかもしれない。私も…と


そんなニュースを聞き鎮守府も明るくなっている最中、あの人の…龍驤さんの様子がおかしい事に気付いた


義肢も付けずに廊下を這いずる龍驤さんを初期艦さんが抱えていく


龍驤さんは司令官との子供を欲しがっていた。だけど自分の身体では出産に耐えきれない、だから子供は作れない、だけどやっぱり子供が欲しい


そんな思考の袋小路


聞いた話では身体を治す事も可能らしいが詳しい事は私は知らない。だけど龍驤さんはそれを拒否していると


かつて龍驤さんが救えなかった子供への義理立てなのだろうか。幸せになれるチャンスを敢えて掴まない、私にはその部分はあまり理解出来なかった

221 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:21:22.71 ID:OVYeofFDO
 
 
不安定になった龍驤さんを隔離室で拘束している場面は正直見ていられなかった


連絡を受け駆け付けてきた司令官が必死に訴えかけている


そして私は…今ほど聞くんじゃなかったと後悔した事は無い龍驤さんの告白を聞いてしまった


『えっ…』


「ふた…また…?龍…驤…さんが…?」


私は信じられない気持ちでモニターを眺める。同様に驚くY子さんの声が聞こえた気がした


そしてその後鎮守府の皆の前で懺悔をする龍驤さんは司令官の事も最初は別に好きではなく財布程度にしか思っていなかったと、そして電車に轢かれそうな子供を自らの点数稼ぎに利用しようとして失敗し、あの身体になったと語る


その姿を私は呆然と眺めるしか出来ない

222 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:23:12.95 ID:OVYeofFDO
 
 
私にとって司令官と龍驤さんは理想の恋人だった。多少歪な部分もあったけれどお互いに想い合う気持ちは本物だと思っていた


だからこそ私は司令官や龍驤さんの申し出を断り続けてきた。理想の二人に割って入るなんて駄目だと自分を抑え続けてきた


『朝ちゃん!駄目!それ以上考えなくていいから!』


さすがに耐えきれない時には甘えさせてもらったりもしたけれど一線は越えなかった


『朝ちゃん!!』


お嫁さんを裏切るような事はさせてはいけない。…だけど先に裏切っていたのはそのお嫁さんの方だった…?


なのに…そんな…始めから知っていたら私は…私は…?


―奪えばよかったんですよ―

223 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:24:53.42 ID:OVYeofFDO
 
 
「…え?」


『…!』


声が聞こえた。私の声が


―貴女は/私は幸せになりたかった―


―そんな不貞を働く女は司令官には相応しくありません―


『まずい…!繋がりが強まってる…』


私であって私じゃない声がだんだん近付いてくる


―いっしょに行きましょう?あの女を殺して今度こそ司令官を私/貴女のものに―


「―さあ―」


その声が後ろから聞こえた

私が振り向くとそこには私が居た

224 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:26:38.81 ID:OVYeofFDO
 
 
鏡に写した自分自身、しかし決定的に違う、笑顔を浮かべているのに歪んで見えるその顔、そしてその目は黒く塗り潰したかの様な暗闇で


かつて私がその死を以て切り離した怨念の姿だった


「―さあ、行きましょう?―」


その私がこちらに手を差し伸べる


「あ…あ…わた…しは…」


怖い…これが…こんなのが生前私の中に…私が育てた…これが…


こんなのは人の姿をした怪物だ…深海棲艦の方が遥かにマシに思える憎悪の塊


『お生憎様。朝ちゃんは渡さないよ』


そう言って私に背を向け間に割って入るY子さん

225 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:29:17.39 ID:OVYeofFDO
 
 
「―…貴女は?―」


『私はこの子の保護者よ、悪い友達のお誘いはお断りさせてもらうね』


「―私も朝潮ですよ?―」


『オマエは違う。朝ちゃんに巣食った怨念に過ぎない。軽々しく朝潮を騙らないでもらえる?』


「―そう…邪魔をするんですね…―」


そう言って顔を伏せたその私が突然絶叫した


「―アアアアァァァァァァッ!!!!―」


その瞬間あの私を中心に黒い染みが急激に広がり床を、壁を侵食していく。侵食された部分が一気に朽ち果て、ボロボロと崩れていく


『やばい!』


Y子さんが慌てた声を上げ私の手を掴み部屋から飛び出した


その次の瞬間私達の居た部屋が崩れ去り瓦礫の山になっていくのが肩越しに見えた

226 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:31:26.26 ID:OVYeofFDO
 
 
「ああ…部屋が…」


『く…消えかかってるとばかり思っていたけど何処にこんな力を…』


「―あの男の鎮守府から追い払われて確かに消えかけましたね―」


歪んだ笑顔を貼り付けた見るに堪えない私が瓦礫の中から染み出すように現れて言う


「―だけど海には私の餌になるものが沢山ありました。海で死んだ者達の無念な魂が―」


『食べたのか…浮かばれない魂を…』


「―えぇそうですよ、おかげでだいぶ力を蓄えられました。後はそこの私を連れて行けば完全になる。そうすれば私を祓える者はもう誰も居なくなります―」


そう言って再びあの黒い染みを解き放つ


「―そうしたら今度こそアイツラを…そしてあの女も…うふふ…司令官…待っていてくださいね…―」

227 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:33:47.64 ID:OVYeofFDO


「あの女…?司令官をどうするつもりですか!」


震える身体を押さえ付け私は問いかける。するとあの私は裂けようかというほどに笑みを大きくして


「―解ってるくせに、貴女は私なのだから。司令官を裏切っていた龍驤を殺します。そして司令官を連れていく。二人きりで誰にも邪魔をされない所で私は幸せになるんです―」


「違うッ!私はそんな事望んでない!」


「―本当に?―」


にたり、ともう一人の私が笑う。違う違う、違う!そんな事は許されない、してはいけない!欲しいものは全部奪う?相手の意志も無視して?


そんなの…私が一番嫌いなアイツラと同じになってしまう。私を売った者、私を買った者、私を殺そうとした者、そこに私自身の意志は必要とされなかった


龍驤さんが死ねば司令官は壊れる、そんな司令官を自分のものにして何になるのだろう。私に笑いかける事も抱き締めてくれる事もしない意志の無くなった脱け殻を
228 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:35:01.66 ID:OVYeofFDO
 
 
「…解った…貴女は私なんかじゃない。ただの化け物だ…絶対に認めない…!」


「―私はオマエだ!オマエの憎しみから生まれた!オマエが育てた!―」


「だったら!」


私は構える。私は人間じゃない、死んだとしても艦娘だ!出せる筈だ!そう信じ意識を集中する


ガシャン


「だったら…私が生み出し育てたのなら、私が消して見せる!」


出せた…今となっては懐かしい、私の艤装。艦娘にとってはこれも魂の一部、私は砲を怨念に向け


ドォン!


躊躇わず砲弾を放った

229 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:36:17.26 ID:OVYeofFDO
 
 
だが


「―アハ、アハハハハッ!―」


怨霊からまた溢れ出した黒い染みが砲弾に触れると途端にその勢いは消え、錆びた塊になって地面に落ちた


「―ワタシはオマエより強い!オマエにワタシは殺せない!大人しくワタシに取り込まれろ!そしてワタシを不幸にした全てのものに復讐するんだ!―」


「お断りだッ!確かに私は不幸だったかもしれない、だけど決してそれだけじゃない!私は幸せだったんだ!」


「―なら何故ワタシは死ななければならなかった!―」


悲痛な叫びは怨霊のものか、それとも私自身のものか

230 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:39:10.25 ID:OVYeofFDO
 
 
「…」


「―幸せだったと言うのなら何故死ななければならなかった!答えろ!―」


「…私は私自身に負けたんです、私は生き続ける事に耐えられなかった、弱かった。ただそれだけの事です」


「―ワタシは弱くない!ワタシを殺したのはアイツラだ!―」


「いいえ、違う。死を選んだのは私自身、救いの手を振り切ったのも私。憎しみに囚われた弱い心のせい」


「―違うちがうチガウちがう違うチガウ!!アアアアァァァァッ!!!―」


頭を抱え髪を振り乱し絶叫する怨霊が再び黒い染みを、今度は鋭利な刃物のような形状にして私に向けた


「―もういい、オマエはイラナイ。ワタシはワタシだけでいい、オマエもワタシの敵だ―」

231 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:42:01.48 ID:OVYeofFDO
 
 
「…もうこれ以上憎しみを撒き散らさせない、ここで止めます!」


あれを食らったらただではすまないだろう。ギリギリで避けて砲撃を叩き込む!そう考え重心を落とす


―と肩に触れる手があった


『よく言ったよ朝ちゃん。大丈夫、今は私が付いてる』


にこりと笑うY子さん


『私の力を貸してあげる。よく狙ってね。…いくよ』


ズン…!


「ぐっ…!?」


圧倒的な圧力が空間に満ちる。砲を構えるどころか立っているのも辛い、しかしやがてそれは収束していき私の艤装が淡く光を放つ
頃には重圧は消えていた


「ありがとうございます!いきます!」


そして私は再び砲を構える。怨霊が暗闇の刃を私に放つ、しかし私は避けようとはせず砲口を正確に照準、引き金を引いた

232 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:43:38.66 ID:OVYeofFDO
 
 
砲撃の音はしなかった


いや、したのかもしれない


私の放った砲弾が淡い光を放ちながら黒い刃をいとも簡単に貫き標的に着弾、そして大爆発


そして気付けば巨大なクレーターが出来ていた


『あっちゃあ…力込めすぎたかなぁ…加減が難しいなぁ…ふぅ』


「あ…あ…え…」


疲れたような溜め息を吐くY子さんに呆然とする私


やがて爆発の粉塵が晴れるとそこには身体の3分の1が消滅した怨霊の姿


『しぶとい…どれだけ食べたんだアイツは…』


「―ア、アァァァ!―」


平坦な地面を滑空するように滑る怨霊。しかしその目標は私達ではなく…


『…!アイツ川の方に!』


233 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:45:47.73 ID:OVYeofFDO
 
 
怨霊の向かう先には川を渡る死者の魂の群、つまりアイツは…


『アイツ、ポーション使う気だよ!朝ちゃん早く!』


「あの人達は回復アイテム扱いですか!」


などと突っ込みをする余裕をいつの間にか取り戻していた私は走り出す


川の水面を沈む事無く滑っていく怨霊、艤装もある、そして三途の川だって水の上、なら立てる筈!


半分くらいは祈る気持ちで水面にジャンプすると問題無く立つ事が出来た。…良かったぁ…


水面を切って走りながら脚の艤装を展開、魚雷の発射態勢に入る


この魚雷はクリスマスの日に司令官が私の為にこっそり開発してくれた特製のものだった


龍驤さんの手前、変に気を持たせるような物はプレゼント出来ないと苦心した結果らしい

234 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:47:38.82 ID:OVYeofFDO
 
 
不器用な司令官らしいというか何とも色気の無いプレゼントだとあの時は思ったものだったけれど、今の私にとってはこれほど役に立つプレゼントは他には存在しないだろう


ありがとうございます司令官!


心の中で感謝しながら魚雷を放つ


「当たれぇぇぇッ!!!」


狙い違わず私の放った魚雷は怨霊の足元に差し掛かり


ドドドオオオォォォォン!!!


巨大な水柱が上がった


その余波に吹き飛ばされていく死者達が見えた…どうやら川に沈んだり消えたりはしていないようだ…ごめんなさい!


そして水面には左肩の先と腰から下が無くなっている私の怨霊が漂っていた


私は近付きそれを見下ろし砲を向ける。いつしかあの淡い光は消え失せていた。どうやらそれぞれ一発ずつの力だったのだろう

235 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:49:40.96 ID:OVYeofFDO
 
 
「―ア…アァ…ニクイ…コロス…アイツラヲ…シレイ…カン―」


「…」


もはやあの黒い染みを出す力も残っていないのかただ弱々しく私に手を伸ばすだけ


…この子は私が育てた、私の弱さが生み出した、言わばこの子も私の被害者なのかもしれない


「…ごめんなさい…ごめんなさい…!弱い私でごめんなさい…!」

「―ア…―」


「ごめんなさい…!貴女を生み出してしまってごめんなさい…!」


涙が溢れる、止められない


「―…―」


「ごめんなさい…!」


「―もう…いいです、謝らないでください―」


ハッとしてもう一人の私の顔を見る


そこには先程までの憎しみに支配された悪霊の姿は無く、弱々しく笑顔を浮かべる私が居た。その目も暗闇ではなくはっきりとした輝きで私を見返している

236 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:51:24.45 ID:OVYeofFDO
 
 
「―貴女は私、だけどやっぱり私と貴女は違う…貴女はちゃんと強くなれていた…出来たら死ぬ前にそうなれていたら良かったんですけど―」


「ごめんなさい…」


「―謝らないでくださいってば。それは私にも言えるんですから、さあ、引き金を引いてください…終わりにしましょう?―」


「でも…」


「―貴女の後悔も憎しみも、そして罪も、全部私が持っていきます。ここで撃たないといずれまた暴走しますよ?私はあくまで貴女の怨念なんですから―」


「…」


「―もし次があるなら今度こそ幸せになりましょう?朝潮―」


「…さよう…なら…もう一人の私…」


もはや涙で何も見えない、けれど砲口はしっかりと照準されている


「―さようなら…司令官―」

237 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:53:46.55 ID:OVYeofFDO
 
 
 
 
 
ドォン…
 
 
 
 
 
238 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:56:09.03 ID:OVYeofFDO
 
 
私が岸から上がり部屋のあった辺りに戻ると黒い人影がもうひとつ増えていた


「富士さん!」


『私が呼んどいたんだよぉ』


その背後に以前は扉だけだった場所に和風家屋が鎮座していた


【私は修理屋ではないのだけれどね…】


溜め息を吐きつつ富士さんが言う。この家は富士さんの趣味なのだろう。そうして家に入ろうとする一同。すると富士さんが


【…頑張ったわね…朝潮】


そう言って私の頭を撫でてくれた


「…えへへ」


思わず赤面しつつも笑顔が込み上げてくる。この人に褒められるとすごく嬉しい。先程までの哀しい気持ちが癒されていくのを感じる

239 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 01:58:45.02 ID:OVYeofFDO
 
 
「…これはなんでしょうか」


頬が引くつく、さっきの笑顔が今は引き吊った笑いに変じていた


【あら…?いけなかったのかしら…この子がこれは絶対に必要だとリクエストするものだから…】


富士さんが困惑した声を出す。いいええ、富士さんは全く悪くありません


新しい和風家屋の居間にはそう―炬燵があった。ご丁寧にみかんまで


『え…えへへ…あぁー疲れたなぁー!さぁさぁ二人共入ろうよ!』


Y子さんが誤魔化すような笑顔で炬燵に入ろうとする


「まずはそれを片付けましょうか。いえいっそ跡形も無く破壊した方が…」


『いやあぁぁぁ!やめてぇぇぇ!』


三途の川の片隅でY子さんの絶叫が木霊するのだった
240 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/03/27(水) 02:01:15.97 ID:OVYeofFDO
ここまで
ちょっとミスしてしまいました…
241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/27(水) 18:42:50.94 ID:ZGYvFs33o

おつかれ、朝潮
シリアスもいけるのいいっすねえ!
242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/27(水) 19:20:32.35 ID:PLkbc2WBO
ある日

「司令官手紙がきてるんやけど…」

龍驤が手に持っている封筒は大本営の格式ばったものや民間のそれとは違う雰囲気が漂っていた

「これは海外から送られてきたのか」

「そうやねん。アイオワかガンビアベイ宛かな?」

この鎮守府で海外艦といえばその二人が該当する。以前所属していた鎮守府からの手紙だろうか?

「誰から送られてきてる?」

「トゥ…ニ…?あかんよう読まんわ」

「宛名はどうだ?」

「それがなぁウチの見間違いやなかったら…」

「駆逐艦……陽炎?」
243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/27(水) 19:23:17.80 ID:PLkbc2WBO


「陽炎さんへの手紙なんですよねぇ。開けちゃっていいんですかぁ?」

「陽炎は演習しとるし怪しいもんやと困るやろ」

件の手紙はガンビアベイに翻訳してもらうことになった。アイオワは忙しいし知識人のガンビーに頼むのがベストやね

「これ、え……えええ!?」

「なんやねん大声出して」

「ここここの手紙!とんでも無い人から送られてきてますよぉ!」

「なんやまたややこしい奴か?」

「違いますこの手紙の差出人は!!」
244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/27(水) 19:26:24.59 ID:PLkbc2WBO


「たまに体を動かすのはいいわよね」

「陽炎はいつも工廠ですからね」

「いざという時は戦えなあかんでー」

「だからこうやって体を動かしてるんじゃない」

プシューッと音を立てて陽炎はヘルメットを脱ぐ。全身が黄金に輝くそのパワードスーツは彼女だけのものだ。
陽炎は艦娘では無い。複雑な事情により通常の艤装では無くこのような武器で戦っている。

「相変わらず金色ですね」

「当たり前でしょ」

「海域やと目立ってしゃあないねん。もうちょいどうにかならん?」

「ならないわね」

「流石は金狂いの陽炎です」
245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/27(水) 19:29:19.91 ID:PLkbc2WBO


金狂いと言われてしまった陽炎はいつものように演説を始める。金色こそ至高だ。金色こそ高貴なのだ。金色こそ…
その演説を二人は聞き流しながら艤装をしまう。汗を流しに風呂にでも行こうかと話していると何か飛翔物がこちらに向かってくるのが見える。

「あれなんやと思う?」

「深海の艦載機では無いですね」

「もっと大きい。飛行機ほどは無さそうや」

「大型のドローンでしょうか」

「一理あるな」

相変わらず演説を続ける陽炎は視界には入らず黒潮と不知火はその飛翔物を目で追う。あれは攻撃能力のあるドローンだという最悪の状況を予測していたがどうやらそれが現実になりそうだった。

「こっちに向かってきとるな。迎撃準備や」

「海に出ますか?」

「それやと間に合わんかもしれんからここからやる。装備を実弾に切り替えるで」

「了解」

「いつまでやっとんねん陽炎!」

「はえ?」

「未確認飛行物体を発見や迎撃準備!」

「えぇえっと、了解!」

まだ熱弁を振るっていた陽炎は慌ててスーツを装着する。彼女の迎撃準備が整うと飛行物体はそれを確認したように三人に急降下を始めた。
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/27(水) 19:31:27.56 ID:PLkbc2WBO



「やっぱりここが目的か!」

「組織の兵器でしょうか」

「なんでもいいから落とすわよ!」

『武器を向けるのは待ってくれ。こっちは話をしに来たんだ』

三人がそれぞれ迎撃態勢に入ると飛行物体から声が聞こえた。その声質は提督のよりも老けているようだが活気に満ちていた声だった。

「スピーカーで話しかけてきましたね」

「関係あらへんやってまうで!」

「人が乗ってる大きさじゃないわね。対空砲準備!」

『お前達話聞いてたのか?』

対空砲から弾丸が放たれ飛行物体は一度上昇する。対空砲のレンジ外まで上がると再び声が聞こえた

『やれやれとんだ歓迎だな。手紙は受け取ってないのか?』

「そんなもん知らん!」

「怪しい人からの手紙は受け取らないのが普通です」

「それって怪しい人に着いていかないってやつじゃないの?」

「なんですか不知火に落ち度でも?」

『まさか誰も英語ができなかったのか?アイツを頼るのは癪だったがこうなるなら頼むのがベストだったな』
247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/27(水) 19:35:09.40 ID:PLkbc2WBO


飛行物体から愚痴のような声が聞こえている間陽炎はその物体を凝視していた。あれは何処かで見たような記憶があったのだ。
それは自分が艦娘として生を受けた後、金色に憧れて金色に狂っている時に見つけたアレにとても良く似ている。

「どうしました陽炎」

「私知ってるかも。アレ見たことある」

「ほんまに?」

「もしそうだとしたら…」

『大体日本語オンリーっておかしいだろ。最も美しい言語である英語を使わない時点でどうかしてる』

「あのーすいません聞こえますか?」

『ああ聞こえてるぞ』

「手紙の事は分かりませんけど私はあなたを知ってるかもしれません」

『むしろ知ってもらわなければ困る。こんな島国にまで文句を言いに来た意味が無い』

「えっと、You are Iron Man?」

『Yes I an Irom Man』

「きゃぁああああーー♡♡」


飛行物体に叫び声に似た歓喜の声を上げる陽炎。何のことかわからずにお互いに目を合わせる黒潮と不知火。そして歓喜の声に自惚れている赤と金でパワードスーツで空を飛ぶ男性。彼の目的とは……?
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/27(水) 19:35:58.02 ID:PLkbc2WBO
続きは誰かが書いてくれると信じて。ここが限界
249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/27(水) 19:38:58.78 ID:ZGYvFs33o
おつおつ
社長!
ヒーローデビューする陽炎の続きまってるぞー
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/27(水) 19:42:31.71 ID:RIy+e9GWO
トニー・スタークさんお帰りください
251 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/04/04(木) 04:46:37.61 ID:NvpBgk+DO
>>239から
 
 
『落ち着いた?朝ちゃん』


「はい、私はもう大丈夫です」


『そっかぁ』


嬉しそうに笑うY子さん。ちなみに炬燵に入ってぬくぬくとしながらだけど


結局炬燵を片付けるのは彼女の必死の懇願に加えせっかく出したのに片付けるのは勿体無いとの富士さんの助け船もあって断念せざるを得なかった


その富士さんも用が済んだとばかりに早々に行ってしまった。もう少しゆっくりして行けばいいのに…また甘えたりしたいという願望は関係無い


これまでの洋室とは異なり純和風の畳部屋。座布団に座りまたあのテレビを観る私達。…結局ここでは他にする事が無いのだ


その映像にはあの龍驤さんの懺悔から向こう鎮守府の掃除や食堂の手伝い、果てはトイレ掃除までおよそ秘書艦のやる仕事では無い事をしている龍驤さんの姿


そしてそれを誰も止めようとも、手を貸そうともしていない。私は正直龍驤さんの告白と並んでこれもショックだった

252 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/04/04(木) 04:48:29.86 ID:NvpBgk+DO
 
 
「こんなのまるでイジメじゃないですか…何で誰も止めないんですか!」


『まあまあ朝ちゃん。少なくともあれはあの子が自主的にやってる事だからねぇ…誰も止めないのはむしろ接し方が解らない感じかな』


「接し方って…今まで通りに助けてあげたらいいじゃないですか…」


『なら朝ちゃんはどう思った?あの場に居たら助けてあげる?』


「それは…仮にあのまま私が生きていたとして…」


あの頃の私があの場に?それはまずい所の話じゃない。まず間違い無く司令官を奪おうとするか最悪龍驤さんを…


「かなりヤバイですね。自分で言うのも何ですが狂犬に餌を与えるようなものです」


『まあそうなるな…だねぇ。止めないあの子達は戸惑っているだけだと思うよ』


「戸惑ってる…今冷静になって考えるとそうですね。少なくとも今の龍驤さんしか知らない私には全くイメージが出来ないのが正直な所です」


例え本人がそうだと認めていても信じられないという気持ちの方が強い。それほどに司令官と龍驤さんは仲睦まじかったのだから


『中には直接怒りをぶつけたりしてる子も居るみたいだし陰湿な事にはならないかな?多分そう長くは続かないと思うよ』

253 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/04/04(木) 04:50:09.09 ID:NvpBgk+DO
 
 
Y子さんの言う通りだった


程無く怒っていた艦娘も龍驤さんに普通に接するようになっていた。黒潮さんだけは荒れているけれどあれはまた別に理由があるのだとY子さん


『あれは過去のトラウマと改二化の影響が変な風に嵌まった結果かな。多分あの子に改二はまだ早かったんじゃないかな』


「そうなんですか…確か高血圧になって一時は脳血管が危険だったと聞きました」


『急激な能力の上昇に肉体が引っ張られてそれが血圧に出た…怒りっぽくなったのもそのせいかな。ある程度土台がしっかりとしてないと改二化に耐えられずに悪影響が出たりとか』


「単に強くなる改装くらいにしか思っていませんでしたけど難しいんですね…」


『改二って名称はむしろ間違いだったり…なーんてね』


ボソリと呟く彼女だったが私にはよく意味が解らず首を傾げるばかりだった

254 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/04/04(木) 04:53:53.72 ID:NvpBgk+DO
 
 
ガングートさんの退院祝い並びに赤ん坊のお披露目パーティーが行われていた


「双子の赤ちゃん…かわいいですね…」


『そうだねぇ…いいよねぇ…』


何だか和み系テレビ番組でほっこりする独身女性二人みたいな状態になっている私達


抱かせてもらった赤ん坊が泣いてしまい慌てる初期艦さんや女性がしてはいけない顔をしてあーんをしてもらっている飛鷹さん。司令官にあーんしてもらって泣いてしまう龍驤さん


ちょっとだけ羨ましいけれどもう嫉妬したりはしない、負の感情は本当にあの子が持っていってくれたのだと実感する。…ありがとうもう一人の私…


『朝ちゃん…あーん…もがっ』


何となく予想していた私はみかんを丸ごとY子さんの口に突っ込む


『せめて皮を剥いてからお願い…』


「はいどうぞ」


『もがっ…もぐもぐ』


「何と…」

255 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/04/04(木) 04:55:37.76 ID:NvpBgk+DO
 
 
黒潮さんは結局改に戻す事で症状は改善された


一時荒れに荒れていた彼女は周りに当たり散らしたり龍驤さんを手にかけようとしたりかなり不安定だった


だけどそれは本人が一番望んでいない事。行き場の無い怒りは私にはその気持ちがよく解る


「やっぱりそれしか無かったみたいですね…」


『黒潮が再び改二になれるかはあの子次第だね。また同じ症状になるかもと及び腰になるとは思うけど』


「それはそうですよ。せっかく治ったのに進んでまた発症させたくは無いですよ」


『まぁねぇ、多分また同じ事になったら次は無いかもねぇ』


「まるで他人事みたいに言うんですね」


『だって他人事だもーん実際』


この人にはこういう所がある。常に見守っている癖に関係無いみたいな事を言う。それを指摘しても単なる暇潰しだしと誤魔化す


いつか私に向けた目はとても他人事で関係無いと本気で思っているとは思えなかった


『朝ちゃんだってさぁ…今はもう割と他人事じゃない?』


痛い所を突いてくる

256 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/04/04(木) 04:57:07.96 ID:NvpBgk+DO
 
 
かつて当事者だったとはいえ今の私にはもう確かに関係は無い


それでも短い間とはいえ仲間として一緒に過ごした。それを無関係だと切り捨てたくは無い


だけど少しずつ…その実感が薄れつつあるのを私は感じていた


私の居ないあの鎮守府…その時間が長くなればなる程、知らない顔が増えていく程、もうあそこは私の居た場所とは違うのだと思えてきて…


『…ごめん』


何やらばつの悪そうな顔をして謝るY子さん。そんなに落ち込んだ表情をしていたのだろうか


「謝らないでください。確かにその感覚はありますから…多分もう過ごす時間が別れたという事なんですよね…」


『うん…死者と生者は交われない、交わってはいけない。もしそんな認識が広がって完全に交わってしまったら…』


その先を促す気にはなれなかった。私でも何となく予想出来てしまう程にそれは良くない結果を招くだろうと解った


「まぁ…今の私にとっての時間とはここで過ごす時間ですから。あとはただ懐かしむだけです」


そんな懐かしい顔達に早く安息が訪れるように私は願う事しか出来ない

257 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/04/04(木) 04:58:55.12 ID:NvpBgk+DO
 
 
「深海提督…そんなのが居るんですね…」


女幹部さんからの情報で深海棲艦のボスらしき存在と司令官達が接触するらしい


「そもそも何で一介の提督でしかない司令官をそんな大事な場面に連れて行くんでしょうか。司令官は口下手だしお世辞にもそういうのには向いているとは思えません」


『言うねぇ…好きな人だったんじゃないの?』


「あくまで客観的な評価です」


まぁ司令官の強みはあの優しさなのでもしかしたら良い方向に進むのかも。それでも一応心配なので見守る事にする。見守るしか出来ないけれど


そして現れた深海棲艦、そしてもう一人の人物が深海提督なのだろうか。帽子を目深に被っていて顔がよく見えない


ザザッ


突然モニターにノイズが走り状況が見えなくなる


「故障でしょうか?アンテナとか…」


『そんなはずは無いんだけどなぁ…これはまさか…』


≪…司…官…な…んで…?≫


ノイズで声が聞き取れない。そして女性の泣き叫ぶ声。これはあの女幹部さんの?あの厳しそうな彼女が?…一体何が起きているのか

再び映像が戻った時、そこは見慣れた鎮守府で、泣き崩れている女幹部さんとどうしていいか解らない司令官達


そこに初期艦さんが駆け込んできて驚くべき報告をした

258 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/04/04(木) 05:01:10.44 ID:NvpBgk+DO
 
 
「戦争の…終結…本当に…?」


正直信じられなかった。こんなにあっさり終戦出来るならここまで戦争が続いたのは茶番劇もいいところだ。そしてそれは司令官達も同様なようで調査に向かわせたりしていた


『賠償金とか言ってたからきっとそれに釣られたのかもねぇ』


「仮にも軍隊がそれでいいんですかね…」


そもそもちらりと見た限り、あの深海提督というのは人間だった。それが一人。全ての深海棲艦を従えて停戦させるなんて可能なのだろうか


「まぁ疑問は残りますが…過程はどうあれこれで平和になるならやっと司令官達も幸せになれますね…」


『だと良いんだけどね…』


「また意味深な事を言う…これからは誰も傷付かなくて済むようになるんです。私みたいな境遇になる艦娘ももう生まれない」


そうしたら私は幸せに暮らす司令官達を眺めながら自分の中に残った後悔と付き合いながら過ごし、そしていつかは私もあの川を渡るのだろう


生まれ変わったら司令官の子供になれたらいいな。そうしたら気兼ねなく甘えられるのに。そしてお父さんのパンツと一緒に洗濯しないでください!とか言って司令官をへこませたりしてからかうのだ
259 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/04/04(木) 05:02:18.56 ID:NvpBgk+DO
 
 
しかし私のそんな妄想が霧散してしまう程に状況は悪化していく


変わり果てた姿で運び込まれた艦娘の姿…確かあれは由良さん。あの途轍も無く強い彼女が最早死にかけていた


「被曝って…一体何で…」


聞けば深海提督の思惑を探る為の調査でおそらく深海提督の命令で高濃度汚染された金塊を回収していた深海棲艦の一群と遭遇、交戦の最中倒れたそうだ


それまで何度も訪れていた由良さんはそれとは気付かず被曝し続けていたらしい


気付いた時にはもう手遅れな程重篤化していて輸血も駄目だと千歳さんが沈痛な表情を浮かべていた


しかしそれから少ししてその由良さんが助かったと喜ぶ川内さんの姿があった


『あの子には深海棲艦が四体も宿っていたし、そのまま死を待つだけなんて事は無いよさすがに』


「でももうあれは完全に深海棲艦の姿ですよね…しかもごちゃ混ぜで…」


『…それだけ無茶しないと助からなかったって事だよ。普通なら無理だもの』


そしてその由良さんの旦那さんらしい忍者提督が訪ねて来てなんと姿がまるで変わってしまった彼女にすぐに気付いたのには驚いた


「これぞ夫婦の絆ですね!」


『そのきっかけが匂いっていうのは何か変態っぽいけどねぇ』


「それも含めて知り尽くしてる関係って事ですよ」


そういうもんかなぁ…とY子さんはいまいち理解出来ない風な顔で言う


そのまま医務室で夫婦の営を始めようとした二人に私は即モニターをオフにしてY子さんがぶーたれるのを黙殺するのだった

260 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/04/04(木) 05:04:03.91 ID:NvpBgk+DO
 
 
司令官と幹部さんの会話でどうやら深海提督が大本営へ支払う賠償金としてその金塊が使われたようだと言っていた


『…間違い無く人間の考えつく策だねこれは』


「どうしてそう思うんですか?あの深海棲艦ではなく」


『深海棲艦にしろ艦娘にしろこんな惨い事は思い付きもしないよ。人間が人間を殺す為の手段…それを利用するのもまた人間しかあり得ない』


Y子さんは何処か諦めの混じった表情でそう言った


実際それはあまりにも効果的な方法で欲深い人間程引っ掛かる。そしておそらく狙い通りに大本営上層の機能は麻痺していると幹部さんが話していた


これから一体何が始まろうとしているのだろう。私もさすがに不安になってきた


幹部さんはこのまま終戦となるだろうと言っていたけれどそれはもう降伏に近いようなものだと私は思う


そして深海棲艦はそんな降伏は受け入れはしないだろうとも
261 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/04/04(木) 05:08:26.76 ID:NvpBgk+DO
 
 
由良さんの放射能被曝から念の為鎮守府で血液検査を行うらしい


注射を嫌がる神通さんが全力で逃げ回って果ては決闘まで始めたのにはさすがに私は呆れる


「いい大人?が注射くらいでみっともないですね。私なんて注射どころじゃない刃物を自分で刺したりしていたというのに」


『いやいやいや、さすがにそれはどうなの朝ちゃん』


「それに比べたら注射なんて本当余裕ですよ余裕。一瞬チクリとするだけで何て事ありません」


『…朝ちゃんさぁ、もしかして本当は嫌いなんじゃないの?注射』


「なななな…なぬを…何を言っているのですか好きですよ注射。毎日してほしいくらい好きですよ注射」


『いやいやいやいや…』


そんな風に何処か気楽に会話をする私達


特に私はまだそこまで深刻な事態だとは思っていなかった。いつものように皆ならどうにか切り抜けて大変だったねと笑い合う。そんな姿を期待していた


だけどそれもそこまでだった


数日後の夜、鎮守府に絶叫が響き渡るまでの

262 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/04/04(木) 05:12:24.69 ID:NvpBgk+DO
 
 
聞く者の心までも引き裂いてしまうような叫び。私はそんな声を初めて聞いた


絶望の声、悲しみの声、怒りの声、現実を受け入れられない子供が泣き叫ぶような声、もしくはそれら全て


「一体何が…。…ぁ…え…?」


『これは…あいつ…またあいつか…!』


その場面がモニターに映し出される


泣き叫ぶ初期艦さんの姿。そしてその腕の中には頭に穴が開き、そこから脳らしきものが流れ落ちている小さな深海棲艦。生きているようにはとても見えなかった


その側には手に銃を握り締めて目、鼻、口、耳から血を流している女性が倒れていた


その顔、目には見覚えがあった。以前初期艦さんを撃ったあの殺し屋だ。限界まで目を見開きこちらも既に絶命しているのが解った


「こんな…事って…どうして…?」


『復讐…だろうね。あの金塊を新棲姫は殺し屋に渡していたんだ。汚染されているとは知らずに』


「どうして深海棲艦が殺し屋にそんな物を渡すんですか!」


つい声を荒げてしまう。理解出来ない事に直面すると人は怒りで誤魔化そうとする


『それはもう終わった事だよ。今更聞いた所で何の意味も無い』


そんなやり取りの最中にも初期艦さんは絶叫し続けている。喉が枯れようとも、血が出ようとも止めるつもりが無いかのように、止められないかのように


止めてしまってはその現実を直視しなければならなくなる、だから叫び続けなければいけないと、そう叫んでいるように私には見えたのだ

263 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/04/04(木) 05:14:19.58 ID:NvpBgk+DO
 
 
その後はまるで石が坂を転げ落ちて行くように状況が動いていく


泣き叫ぶ初期艦さん、恋人の遺体を食べようとする初期艦さん、挙げ句司令官達に当たり散らし龍驤さんの首を絞める初期艦さん


しかし突然叫び出し走り去っていく初期艦さん


誰が見ても解る。彼女は壊れかけていると


「彼女のこんな姿…想像も出来ませんでした…」


『無理も無いよ…。幸せの絶頂から一気に地の底まで突き落とされたようなものだからね…』


そうか…彼女の精神は決して弱くはなかった。むしろあの鎮守府の中では強い方だった筈


それが一気に崩壊寸前までになってしまっている。その激しすぎる落差から受けるダメージは私には計り知る事すら出来ない


咳き込む龍驤さんを介抱する司令官。追いかけようか迷う素振りを見せていたが結局追いかけはしなかった


ここで追いかけていたらまた結果は違ったのだろうか。司令官なら龍驤さんを背負ってでも追いかけるだろうと思っていた


おそらくは別れた事が影響していたのかもしれない。この場合は悪い方に
264 : ◆B54oURI0sg [sage saga]:2019/04/04(木) 05:18:03.21 ID:NvpBgk+DO
 
 
廊下で俯いたまま突っ立っている初期艦さんが居た


「大丈夫でしょうか…何か様子が…」


『…え?これは…お姉ちゃん?』


「富士さんがどうかしたんですか?」


と、映像の初期艦さんが顔を上げ、そして泣き崩れたと思ったらすぐに泣き止んだりしている。もうかなり錯乱しているのかもしれない


ふと違和感があった


それまでの初期艦さんとは明らかに表情が違う。先程までの壊れる寸前とは思えない強い意志を宿した目をしている


まさか立ち直ったのだとすればあまりに急すぎる


私が困惑していると背後で扉の開く音が聞こえ私が振り向くと富士さんが部屋に入って来る所だった。そして―


「は…?え…?」


私はモニターと富士さんの方を交互に何度も見返す


私達の前に富士さんに抱えられた初期艦さんが居たのだった
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