【モバマス】天岩戸

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1 : ◆Hnf2jpSB.k [sage]:2018/07/13(金) 18:28:27.41 ID:9MK2Ld1R0
・モノローグ風
・独自設定山盛り
・やや暗い

よろしければお付き合いください

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2 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:29:38.20 ID:9MK2Ld1R0

何時かはこうなるんじゃないかなって、そんな予感はしてたんだよね。
私は、双葉杏のことはよく分かってるからさ。

まあ、頑張った方だと思うよ。
もっと早くにそうなってもおかしくなかったわけだし。

多分……なんだけどね。
諦めたくなかったんだと思う。

そうやって、ギリギリまで耐えて、だからなんだろうね。
求めていた希望は、あっけなく絶望に反転しちゃって。
『ありがとう』も、『ごめんなさい』も、『またね』も。
何もかもが無価値に思えてしまって。

双葉杏は、全ての関わりを捨てたんだ。
3 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:31:42.06 ID:9MK2Ld1R0

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身長139センチ、体重30キロ。
スリーサイズは……別に関係ないからいいでしょ。
これが私、双葉杏のプロフィール。
この数値って、10歳くらいの子の平均値なんだよね。

ちなみに、私は今17歳。
うん、耳を疑う気持ちは分かるよ。
自分のことじゃなかったら、私もそんな顔すると思うし。

でも実際、10歳くらいから成長は止まっちゃってるんだよね。
なんでって?
詳しい話は省くけど、何か先天的なものなんだって。
だからもう、どうしようもないの。

ずいぶんドライだなって?
足掻いてどうにかなるなら、そうしたかもしれないけどさ。
そういう問題じゃないから。
じゃあもう、受け入れるしかないじゃん。
4 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:33:23.83 ID:9MK2Ld1R0

まあ、事実が分かった当初はそれなりに悩んだりはしたよ?
あどけない小学生に運命を受け入れろなんて、そりゃ無茶ってもんだしね。

でも、どうやったって結論は変わらなかった。
泣いても喚いても、何一つ変わらなかった。
周りが成長期を迎える中、私の肉体的な成長は止まったんだ。

何で私だけ、っていうのは当然思ったよ。
みんながグングン大きくなっていって、私だけ取り残されて。
どうしたらいいのかも分からなくて。

そんな中で性格が歪まなかったんだから、あの頃の自分を褒めてあげたいよ。
いい友達に恵まれたっていうのは、もちろんあったけどね。

……胡散臭いものを見る目になってるね。
言いたい事は分かるけどさ。
5 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:34:39.37 ID:9MK2Ld1R0

信じてもらえないと思うけど、当時の私って結構活発な子だったんだよ。
先頭に立つってわけじゃないけど、みんなでワイワイ遊ぶのが好きでさ。
でも、少しずつ、少しずつ、みんなについていけなくなって。

そりゃそうだよね。
身体が大きくならないんだから、体力だって差が広がっちゃう。
専門的なトレーニングでもすれば話は違うんだろうけどさ。
それよりも、みんなと遊んでいたかったから。

みんな優しかったから、私に気を遣ってくれてね。
一緒に遊ぶくらいは問題なかったんだよ。
……中学に上がるまでは。
6 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:35:11.09 ID:9MK2Ld1R0

そこまで来ると、もう誤魔化しは効かなくなっちゃった。
それでもみんな、私を除け者にもせず遊びに誘ってくれてたっけ。
ホント、友達に恵まれたよ。

でもさ、流石に分かっちゃうよね。
自分が迷惑をかけてるってさ。

そんなことないって、否定してくれたけど。
その気持ちは本当に嬉しかったんだけど。
自分がそう思っちゃったから。

だから私は、みんなと距離を取るようになったんだ。
7 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:36:00.69 ID:9MK2Ld1R0

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それで引き篭もったのかって?
いや、そういうわけじゃないんだよ。
あのまま行ったら、間違いなくそうなってたとは思うんだけどさ。
こっちの考えを無視して踏み込んでくる、失礼な人がいたの。

近所の兄ちゃんでさ、ちょっと歳の離れた幼馴染みっていうのかな。
よく遊んだ……っていうか、引きずり回されたの方が正しいか、アレは。
強引で、お節介で、他人の話を聞かない変な人なんだよ。

でも、傍若無人っていうわけでもなくてね。
行動の裏には、分かりにくいけど気遣いがあって。
それが何でか憎めないもんだから、文句を言いつつ一緒に遊んだんだ。

兄ちゃんが大学に進学してからは、疎遠になってたんだけど。
まあ、生活のリズムから違ってくるから仕方ないよね。
それでも、たまに顔を合わせたら挨拶くらいはしてたかな。
8 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:36:35.20 ID:9MK2Ld1R0

その兄ちゃんがさ、ある日突然家に来たんだよ。
で、私の顔を見るなり何て言ったと思う?

「杏、山行くぞ」

だってさ。

久しぶりに会っていきなりそれなの、とか。
何で山なのさ、とか。
こっちにも都合があるんだよね、とか。

私の言うことなんて聞きやしないの。
強引に引っ張り出されて、強引に山まで連れて行かれちゃった。

腹立たしいことこの上ないのに、なんでだろうね。
昔と変わらない兄ちゃんに、ちょっとだけホッとしてたんだ。
9 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:37:30.02 ID:9MK2Ld1R0

でもまあ、そんな感慨は山に着いた途端に吹っ飛んじゃったけど。
私の意思を無視しといて、一人でさっさと先に行っちゃうんだもん。

「山頂で待ってるからな」

とか何とか言い残してさ。

ハイキング客が多い山だから、迷うようなことはないだろうけどさ。
それにしたって、私が体力ないの知ってるんだよ?
ホントに何考えてんだって話だよ。

とはいえ、登るしかなかったんだけどね。
だって、帰りの電車賃も持ってなかったんだから。

そんなに高い山でもなかったけど、それでも私には大変だった。
少し登っては休んで、また登って少し休んでを繰り返して。
一体何人に追い抜かれたんだろうね、私は。
10 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:38:09.40 ID:9MK2Ld1R0

カタツムリの歩みかってくらい時間をかけて山頂に着いて、兄ちゃんの顔を見て。
流石にキレちゃったね。

だって、呑気な顔で笑ってるんだよ?
こっちがどれだけ苦労したかも知らないでさ。

残った体力全部使って蹴りを入れてやったよ。
蚊も殺せないような、ヘロヘロのキックだったけどね。
倒れ込む私を見て、なんでか兄ちゃんは嬉しそうだったっけ。
11 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:39:40.51 ID:9MK2Ld1R0

それっきり動けない私を、兄ちゃんは軽々と背負って山を下りだした。
楽で良かったんだけどさ。
苦労して登ってきた道があっという間に過ぎていくのは、ちょっと複雑だったね。
そんな私の心境を察したのか、肩越しに声をかけられたんだ。

「なんでこんなことしたのか、分かるか?」

兄ちゃんは考えなしのように見えるけど、実はそうじゃない。
説明をすっ飛ばして行動するからそう見えちゃうだけで。
だから、今回も何かあるんだろうな、とは思ってたんだ。
そうでなきゃ、いくらなんでも一人で山を登ったりしないしね。

「分かるわけないじゃん」

でもやっぱり、この人の考えてることはよく分からなかった。

「お前も山に登れるって、分かって欲しかったんだよ」

肝心な部分の説明が足りてない。
だから、不満も込めて言葉をぶつけてみた。

「あれだけ時間かけたら、誰だって登れるよ」

「お前のやり方で登り切ったんだから、それでいいんだよ」

何となく、言いたい事が分かった気がする。
この人は今の私の状況を知って、それで心配してくれてたんだ。
12 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:40:23.27 ID:9MK2Ld1R0

過程を気にして足を止めるなんてバカらしい。
私は私のやり方で結果を出せばいいんだ。

多分、そんなことを伝えたかったんだと思う。
だからって今回の仕打ちは納得できないし、怒りもおさまってないけどね。

それからかな。
少ない体力をどう使うか、っていうことを考えるようになったのは。
言葉は悪いけど、上手なサボり方を意識するようになったんだ。

幸い私は、考えるのは得意だったからね。
そういうやり方には向いてたみたい。

いつの間にか、ある程度まではみんなについていけるようになってたよ。
13 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:42:10.79 ID:9MK2Ld1R0

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風向きが変わったのは、高校に進学してから。
いわゆる進学校を選んだことで、周りは知らない顔がほとんどになったんだ。
最初はマスコット扱いで結構チヤホヤされてたよ。
まあ、こんな身体だからね。

でも、いつ頃からかな。
私に向けられる視線に、蔑むような感じが混ざりはじめたんだ。

どうやら、私が上手いこと手を抜いているのが気に食わなかったみたい。
成績も上から数えたほうが早かったっていうのも関係あったのかもね。

あいつはイヤなやつだとか。
裏ではみんなのことを見下してるんだとか。

別に直接耳にしたわけじゃないんだけどね。
でも、当たらずしも遠からずって感じだと思うよ。
そういうのってさ、口に出さなくても伝わってくるじゃない?
14 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:42:51.61 ID:9MK2Ld1R0

こういう時、ヘタに頭がいいのも考えものだよね。
何にも気付かなければ、そのままで居られたかもしれないでしょ。

……たらればの話はいいか。

同調圧力っていうのかな。
そういう空気っていうのは、何となくで広まっていくんだよね。
結局私は、都合のいいターゲットだったんだ。
そうしていつの間にか、クラスのマスコットは部屋の隅に追いやられたんだよ。
15 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:43:28.38 ID:9MK2Ld1R0

じゃあ私は、どうすれば良かったのかな?

私は別に、そんな大それたことを望んでたわけじゃない。
みんなと同じように、普通でありたかっただけ。
でも、こんな身体じゃそれも簡単なことじゃない。
だから私は、私にできるやり方を選んだんだ。

その結果がこれなんだから、もう笑うしかないよね。

何もしなければ取り残される。
自分で考えたやり方だと弾き出される。

まさしく八方ふさがりじゃないか。
16 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:44:01.05 ID:9MK2Ld1R0

今まで散々悩んだことも。
色々試して、努力してきたことも。
何もかも、無意味で無駄だったんだね。

ぽっかりと大きな穴が開いて。
穴がすべてを飲み込んでいく。
止める気力すらわいてこない。
ただ、呆然と眺めているだけ。

望んでも叶わないなら。
後に何も残らないなら。

私はもう、求めない。
17 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:45:14.08 ID:9MK2Ld1R0

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引き篭もり生活は、実に快適だった。
私を縛るものが何もないんだから、まあ当然だよね。
やりたいこと、興味があることに集中できたし。

……別に、日がな一日遊んでたわけじゃないよ?
こう見えて、ちゃんと勉強だってしてたんだから。
多少は将来のことも考えてるし。

私はもう、いわゆる『普通』の道は歩けないと思うんだよね。
こうやって引き篭もっちゃったっていうのもあるけど。
OLとかさ、そういうのをやってる自分が想像できないの。

その道に何が待ってるかって考えるとね。
結局は『普通』を求められて、弾き出されちゃう気がするんだ。

もうこりごりなんだ。
あんなことを繰り返すくらいなら、人との関わりなんて最低限でいい。

拗らせてる自覚はあるけどさ。
仕方ないじゃん。
こうなっちゃったんだから。
18 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:46:06.86 ID:9MK2Ld1R0

だからさ、外に出たいとは思わないんだよね。
楽して稼ぐって言うと聞こえは悪いけど、在宅の仕事だってあるわけだし。
その為の勉強は、全然苦じゃなかったよ。

そうやって勉強して、好きな時に好きなように遊んで。
狭い部屋で広いネットの世界に入り浸って。
段々と時間の感覚が怪しくなっていって。

すごく楽で、でもなぜか苦しくて。
ボンヤリとした閉塞感があって、でもそれをどうにかしようとはしなかった。
『普通』に苦しめられるよりは、そっちの方がよっぽどマシだったから。
19 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:47:15.12 ID:9MK2Ld1R0

引き篭もりは快適、なんて言ったけど、やっぱり不自然ではあるんだよね。
目に見えない何かが、ずっと自分の後ろにいるみたいで。
つかず離れず、ジワジワと責めてくるんだ。
お前はこれで良いのか、ってね。

少しずつ自分が磨り減っていって、希薄になっていった。
それも仕方ないって、消極的に受け入れた。

もう、生きてるのか死んでるのかも分からなくったっていったよ。
自分を傷つける趣味はないから、そういうことはしないと思うけどさ。
そのうち、生ける屍みたいになるんじゃないかなって。
そんな風に思ってたんだ。

そんな時間が、唐突に終わったんだ。
20 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:48:52.14 ID:9MK2Ld1R0

***************************


私の意思とは関係なく、扉が開く。
こんなことは何時振りだろうか、なんて。
靄がかかった頭で記憶を辿ろうとして、答えは見つからなかった。

部屋に入ってきた懐かしい顔が、強引に思考を中断させたんだ。

「杏、アイドルにならないか?」

「…………は?」

一切の過程をすっ飛ばした、いつも通りの兄ちゃんの言葉になぜか安心してた。
言ってる内容は、やっぱり意味不明だったけど。

「だから、アイドルだよ、アイドル」

「説明」

とりあえず順を追って説明するようにお願いする。
兄ちゃんは、そこで初めて気付いたみたい。
スーツを着てても、兄ちゃんは兄ちゃんだった。
21 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:50:35.61 ID:9MK2Ld1R0

何が驚いたって、今の兄ちゃんがプロデューサーだってこと。
それも、東京のそれなりに大きい芸能プロダクションのだよ?
……大丈夫なのかな、その事務所。

とにかく、アイドル部門に配属された兄ちゃんは、見習い期間を終えたところらしい。
何でも、見習いを卒業するためにはアイドルをスカウトしなきゃいけないんだって。
それでわざわざ北海道まで来て、幼馴染の部屋に入ってきた、と。

ご苦労なことだよね。

「ふぅん。ま、事情は分かったけどさ」

こんな風に誰かと話したのは、何時以来かな。
でも、なんだか楽しかった。
私のことをよく知ってる人だから、かもしれないね。
22 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:51:04.91 ID:9MK2Ld1R0

「なんで私なわけ?」

でも、そんな浮かれた気分も長続きはしなかった。

「杏は普通じゃないからな」

私が一番聞きたくない言葉だった。
それを、よりによってこの人から聞く羽目になるなんて。

今の私がなんでこんななのか。
兄ちゃんがそれを知らないわけはないだろうに。

ガサツに見えても、そういう所はちゃんとしてる人だから。
ちゃんと調べて、話を聞いているはずなんだ。

敢えてこんなことを言うのは、きっと理由がある。
そうは思うけど、でも。

許せなかった。
23 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:51:31.87 ID:9MK2Ld1R0

「………………帰って」

不思議と怒りは感じなかった。
平坦で、何の感情も乗っていない声が出る。
自分でも気持ち悪いくらい、感情が凪いでいた。

でも、兄ちゃんは動かない。

「まだ答えを聞いてない」

臆面もなく言い放つ。
こっちの気持ちにお構いなしの態度に、腹が立った。

さっきまでの凪が嘘みたいに、感情が波立つ。

「帰れって言ってるんだっ!」

暴れる感情がそのまま声になった。
喉の痛みで、自分が大声を出したことを知る。

それでも、兄ちゃんは動かない。
24 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:52:08.41 ID:9MK2Ld1R0

「なあ杏」

私とは正反対の、穏やかな声。
叫んで閉じていた目を開くと、兄ちゃんは少し笑っていた。

「俺は、アイドルの世界なら、杏が杏でいられると思ってるんだ」

こんな風に話す兄ちゃんは初めてで、なんだか別の人みたいだった。

「あそこは、普通じゃないのが当たり前の世界だからな」

私の話を聞いて、それに答えようとしてるし。
無理矢理連れ出そうともしないし。

「だからさ、俺を信じてみてくれないか?」

でも、わざわざこんなところまで来るお節介は変わってなくて。
何でかそれが嬉しかった。

信じたいと思った。
25 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:52:34.41 ID:9MK2Ld1R0

「私、こんな身体だよ?」

「だからいいんだ」

「体力全然無いよ?」

「やりようは幾らでもある」

「すぐサボるよ?」

「お前のペースでやればいい」

何を言っても、兄ちゃんはそのまま受け入れてくれた。
『普通』になれなかった私じゃなく、双葉杏を肯定してくれた。

視界がぼやける。
差し出された手を取って、今の世界から抜け出したいと思った。
26 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:53:25.43 ID:9MK2Ld1R0

でも。

あの時の絶望がフラッシュバックして、私を絡め取る。

怖い。

もうあんな思いはしたくない。

怖い怖い怖い怖い。

あんな思いをするくらいなら、ここで朽ち果てたほうがずっと楽だ。

怖い怖い怖い怖い怖イこワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ……!

目の前が暗くなって、何も聞こえなくなる。
27 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:53:58.26 ID:9MK2Ld1R0

「双葉杏っ!!」

頼もしい声が割り込んできて。
目の前にはん兄ちゃんの真剣な顔。

「面倒事は全部俺が引き受ける」

肩を掴むその熱に、体がビクリと震える。
瞳の奥のまっすぐな光が眩しい。

「お前は俺が守るから」

分けてもらった熱が、体に沁み渡る。
心を蝕む恐怖が薄らいでいく。

「だから、俺を信じてついて来てくれ」
28 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:54:35.99 ID:9MK2Ld1R0

まるで、プロポーズみたいだね。

落ち着きを取り戻した私が考えたのは、そんなことだった。
兄ちゃんにはそんなつもりはない。
絶対に、間違いなく。

ただ、兄ちゃんは本気なだけだ。
本気で、私が私でいられる世界を見せたいだけなんだ。

器用な人だと思ってたけど、案外不器用なんだね。

「……うん、分かった」

もう一度頑張ってみようかなって、そう思えたから。
目を見て伝える。

「双葉杏は、兄ちゃんを信じるよ」

だって、最初っから信じたいって思ってたんだから。
29 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:55:08.60 ID:9MK2Ld1R0

「ありがとう、よろしくな!」

「わぷっ」

いきなり抱きしめられた。
まあ、今更恥ずかしがるようなことじゃないけどさ。
兄ちゃん、将来絶対苦労するよね、コレ。

「ねえ兄ちゃん」

「何だ?」

「私、アイドルになるんだよね?」

「ああ、そうだな」

「こういうの、マズいんじゃないの?」

「……まあ、今日くらいはいいだろ」

「ふぅん……」
30 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:55:42.03 ID:9MK2Ld1R0

本音を言えば、まだ怖いから。

この先何があるかなんて、誰にも分からない。
辛いことや嫌なことだって、山ほどあるだろう。
それを乗り越えられる自信なんて、どこにもない。

それが、すごく怖いから。

でも、こうしてると、一人じゃないって信じられる。
この人がいてくれたら、何とかなるんじゃないかって思える。

だから、しばらくはこのままで。

「よろしくね、プロデューサー」

ワシャワシャと髪を撫でられながら呟いた。
プロデューサーっていう響きが、慣れなくて気恥ずかしい。
でも、悪くない。

だから、もうしばらくは、このままで。



<了>

31 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2018/07/13(金) 18:57:01.24 ID:9MK2Ld1R0
というお話でございました

杏の体型については何故か私の中でこういう設定が根付いています
その他諸々、自分勝手な設定がありますがご容赦のほどを

お読みいただけましたなら、幸いです
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/14(土) 01:59:20.14 ID:89NDRaZv0
面白かった
こういうアイドルの過去話とか想像するの楽しいよな
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