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平成最後の夏、好きな人と一緒に殺した。
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1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 07:32:48.38 ID:AmvCL7i+O
ドッジボールに夢中だった小学生時代、いつか自分がストーカーになるだなんて夢にも思わなかった。
犯罪者はテレビや新聞の中に存在するものであり、決して自分自身がなるものではなかったはずだった。
しかし、僕はストーカーになった。
盗み見て、盗み聞いて、盗み取ろうとする、真っ当で正当なストーカーに。
不幸中の幸いだったのは。
あるいは、黒を灰色で塗り潰せたというべきか。
自殺を試みた彼女を、すんでのところで僕が救った。
ヒーローは、白馬に乗った王子様ではなく、ストーカーだった。
「僕も、君と一緒に死んだ方がよかったのかもな」
倒れた彼女にそう言い残して、去ろうとした時だった。
足首を掴まれ、言い渡された。
「その命を私に捧げてください。殺したい人がいるんです」
ヒロインは、城に囚われたお姫様ではなく、これまた凶悪な犯罪者であった。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1531434768
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 18:38:01.27 ID:AmvCL7i+O
「胸とお尻、どっちにかけて欲しいですか?」
僕の奢りで買ったミネラルウォーターの蓋をあけると、紺色のワンピースを着た女の子が尋ねてきた。
「胸がいい」
「わかりました。さぁ、そんな離れてないで、もっと近くに来てください」
僕は彼女の正面に歩み寄った。
「いきますよー。はい」
彼女は腕をあげ、じゃばじゃばと自身の胸元に水を垂らし始めた。
冷たさが沁みたのか、堪えるような表情をした。
「僕にかけるのかと思った」
「自分に好意を抱いていてくれる人に、そんな愉しむような真似はしませんよ」
「ただのストーカーだけどな」
「ただのストーカーですけどね」
「なんでこんな真似をしたの?」
「何となく喜びそうだと思いまして」
「うん。今凄い喜んでる」
「よかったです。何せ、凶悪な犯罪者になって貰うのですから、もっともっと私を好きになってもらう必要があるのです」
「これ以上ないくらい君のことを偏愛してるよ」
「でもまだ心中はできないでしょう?あるいは凶悪犯罪も」
「まぁ」
「ほら、まだまだです」
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 18:43:37.80 ID:AmvCL7i+O
「僕なら成果報酬型にするけどな。人を1人殺すたびに、ご褒美をあげるとか」
「やらしいこと考えてるでしょう」
「セッ。別に考えてないよ」
「残念ながら、私がお願いするようなことをしてもらったあとは、のこのこ宿を借りる余裕なんてないと思います」
「何をさせるつもりなの?銃の乱射でもさせるつもり?」
「それは被弾が怖いですね」
「セッ」
「乱射しないでと言っているでしょう。それこそ被弾が怖いです」
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 18:54:32.43 ID:AmvCL7i+O
「人は人をどこまで好きになれるんだろうか」
「それを確かめる上で、その人が好きな人のためにどれだけ世界を敵にまわせるか、というのは良い指標になりそうですね」
「犯罪で気持ちを示せるの?」
「女優に振り向いて貰いたいがために、大統領を殺そうとした人がいたじゃないですか」
「本当に殺してたら、女優はその人を好きになったのかな」
「それはもうメロメロになったはずですよ。無我夢中です。腕を組んで、お風呂に入るときもトイレに行くときもずっと離れなくなるでしょう」
「またそうやって僕に犯罪をそそのかす」
「既にストーカーじゃないですか。立派な犯罪者です」
「そうか。僕はもう犯罪者だったのか」
「あなたが人類の半分程を消しとばしたあとに、ストーカーをしていたことを世間に公表します」
「余罪がいらない規模だよ」
「ところで、一緒にトイレに行きたいんですね」
「余罪の追求をしないで」
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/13(金) 19:23:24.59 ID:AmvCL7i+O
「愛と恋の違いってなんでしょうね」
「いきなり定番な問題だな」
「本当に定番なんでしょうか。高校や大学で友達とこんな話題をしたことがありますか?」
「ないけど、ネットによく名言みたいなの溢れてるじゃん」
「定番や常識は、実は自分が毎日考えているだけで、当然他の人も同じように考えているだろうと思い込んでるだけかもしれませんよ。独りよがりの時間を突き詰めたことによる常識の誕生です」
「定番と常識って何が違うんだろう?」
「絶望的なまでに興味がわきません」
「恋と愛の違いはなんだと思う?」
「うーん、あなたから教えてください」
「恋はいつでもどこにでもあるありふれた事柄のこと。愛は一般人が共通に持っている知識や思慮分別のこと」
「定番と常識から早く離れてください」
「恋は五日間洗ってない身体を喜んで舐めること。愛は嘔吐物をジョッキで飲めること」
「離れ過ぎです」
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/07/13(金) 20:05:07.96 ID:1YEkAv2r0
「俺はいつ人を殺せばいいの?」
「その時がくればわかります」
「わかった」
男はバッグの中からボールペンを取り出すと、肩を怒らせて揚々と女に向かって歩き出した。
「ストップストップ。間違いその1、今じゃありません。間違いその2、私じゃありません」
「ほら、こういう誤解が生じるかもしれないから、もったいぶらないで教えてよ」
「男の人は結論を急ぐというのは本当ですね。困ったものです」
「もったいぶって何の意味があるのさ。時間の無駄だろ」
「好きだと思った瞬間に好きだと言えましたか。うじうじうじうじ物陰から見ているうちに、言葉にしなくても好意は伝わっているだろうと思いませんでしたか。ストーカーこそ最ももったいぶった重たいぶちたいタイプだと思いたい」
「自分を省みずごめんなさい。でも最後のラップみたいなのはよくわからなかった」
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/14(土) 07:41:01.49 ID:aVQ7GLsXO
「胸が乾いてきました」
「いる?」
「ミネラルウォーター差し出さないでください。喉じゃなくて胸が乾いたんです。また私を濡らそうとするんですから」
「あっ、ボイスレコーダー忘れた」
「どこの部分を録音しようとしたのでしょうか」
「それにしても夢みたいだ。長年ずっと追いかけてきた人とこうして話してる。それどころか、もっと好きになるように協力してもらってる」
「下心がありますけどね」
「僕の身体目当て?」
「殺人教唆です」
「できるかなぁ。ストーカーであること以外は真っ当な人間だからなぁ」
「私のこと殺したいって思ったことは?」
「ないよ。好きな人がいなくなって何の意味があるのさ」
「やっぱり真っ当なストーカーですね」
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/14(土) 07:46:39.84 ID:aVQ7GLsXO
「胸が乾いてきました」
「いる?」
「ミネラルウォーター差し出さないでください。喉じゃなくて胸が乾いたんです。また私を濡らそうとするんですから」
「あっ、ボイスレコーダー忘れた」
「どこの部分を録音しようとしたのでしょうか」
「それにしても夢みたいだ。長年ずっと追いかけてきた人とこうして話してる。それどころか、もっと好きになるように協力してもらってる」
「下心がありますけどね」
「僕の身体目当て?」
「殺人教唆です」
「できるかなぁ。ストーカーであること以外は真っ当な人間だからなぁ」
「私のこと殺したいって思ったことは?」
「ないよ。好きな人がいなくなって何の意味があるのさ」
「やっぱり真っ当なストーカーですね」
「そろそろお開きにしましょうか」
「そうだね」
「次はいつ会いましょうか。連絡先を交換しておきたいのですが」
「もう知ってるから大丈夫だよ」
「それはよかったです」
「へへっ」
「いえ、よくないですよ。なんで知ってるんですか」
「ストーカーだから」
「そうですね。ストーカーですものね。それではあとで連絡ください」
「わかった」
「今日はありがとうございました。それでは、また」
「うん、またね」
男と女はお互いに手を振った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……なんでついてきてるんですか」
「ストーカーだから」
「もう」
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/07/14(土) 08:03:49.14 ID:lr1zRfoSO
殺ったぜ。 投稿者:変態糞ストーカー
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/17(火) 11:16:22.74 ID:ZbAej8EO0
孤独の共有。
それは勘違いされがちなものである。
それは無理があるものである。
限りなく黒に近い灰色の青春を過ごしてきた人生で。
それを乗り越えて、自分に優しくしてくれる人達に出会ったとしても。
あの時、独りぼっちで過ごした時の感情は、誰にも伝えることはできない。
他人は愚か、未来の報われた自分さえ、本当の意味で当時の負の感情を呼び起こすことなどできない。
この人だけは自分の孤独をわかってくれる。
そんな人は、いないのだ。
心揺さぶる音楽は、私のために奏でられたものではない。
切ない物語は、私に向けて書かれたものではない。
やさしいあの人は、私のために生まれてきたのではない。
共有できないが故に、孤独なのである。
掟その1「ストーカーは、好きな人に触れられない」
孤独を持つが故の恩恵があるとすれば。
私は、あなたの気持ちをわかってあげられないという、理解者との出会い。
11 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/07/17(火) 18:22:07.93 ID:CdGY756b0
いい感じに狂ってやがるぜ
12 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/17(火) 23:54:03.15 ID:PbqpPIZd0
「3億円くらいでしょうか」
「生涯賃金の話?」
「殺人の依頼料の相場です」
この前と同じ夕方の公園に着くと、女はブランコに乗りながら尋ねてきた。
「何か理にかなった算出方法はないでしょうか」
「どうしてそんなの知りたがってるのさ」
「あなたにお支払いしなくてはならないでしょう」
「君が俺に数億円くれるってこと?」
「お金を集めるのは無理なので、それ相応の対価を払おうと思いまして。あの、どうして急に前屈みになったのですか」
「セッ。やましいことを考えたから」
男は慌ててとなりのブランコに座った。
13 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/17(火) 23:56:40.15 ID:PbqpPIZd0
「でも、確かにそれは的外れな考えではないかもしれません」
「というと?」
「アメリカでモデルをしていた女性が自分の処女をオークションに出したことがあるんです。3億円で落札されたと聞いたことがあります」
「すっげぇ金額」
「そのオークション行為が全世界に知られてしまうというデメリットもありますけどね」
「おかげで納得もできたわ」
「何がですか?」
「童貞であることをどうして男は卑屈に思うのかだよ。中高大学と、同い年の男達が数億円の価値を手に入れてる一方で、自分はいつまでも孤独なままなんだから」
「単純換算はできませんよ。あなただってアメリカのモデルの処女よりは、3億円の方が欲しいでしょう?」
「ちら。相手にもよるからな。ちらちら」
「はぁー。普段は目も合わせてこないのに」
「3億円相当の処女の依頼で僕が人殺しをする話に戻そうか」
「さりげなくそうやって、私が処女であるか確認しようとするところが童貞らしいですよね」
「さりげなくそうやって俺が童貞であることを確認しようとする」
「確認ではなく確信です」
「…………」
「卑屈に思う必要なんてないですよ。安心してください、私も童貞ですから」
「えっ?ついてるの?」
「エイプリルフールの冗談です」
「もう7月なんだけど」
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/18(水) 00:22:01.85 ID:XvfI7PG50
「友達で稼いだお金を全部性産業に費やしてる男がいてさ」
「その話題気になります」
「この前聞いた時はさ。ソープランドで1回3万円、キャバクラで3時間2万4千円、レンタル彼女で3時間2万1千円使ったって言ってた。細かい追加料金も他にあったらしいけど」
「さすがにその分野には明るくないのでよくわかりませんが。何か気になるところがありましたか?」
「女性のレベルもそれぞれ異なるんだろうけどさ。それにしても、値段に大差ないなって思ったんだよ」
「確かに金額差は少ないですね」
「キャバクラで大金注ぎ込んで本番まで持ち込もうとする人は、高級ソープにでもいけばいいのにって思っちゃうよ」
「求めてるものが違うんじゃないですか。レトロゲームを2千円出してやってる人を見て、あと4千円出せば高画質の最新ゲームが出来ると言ってるようなものではないでしょうか」
「どうしてもそのカテゴリーじゃなくちゃ嫌だってことか」
「個人的にはレンタル彼女が気になります」
「時給7千円くらいなんだよな。そういえば人殺しの相場は3億なんだっけ?」
「そうと決まったわけではないですが」
「君とのデートが1時間1万円だとしても、3千万時間必要な訳だ。こりゃあ参ったな」
「手っ取り早くオークションにでも売った方が良さそうですね」
「待って。待ってって。殺すから。夜に親の顔に似た蜘蛛が現れても殺すから」
「それ縁起が良くなるだけじゃないですか」
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/18(水) 00:46:57.94 ID:XvfI7PG50
「結局下らない話をしてしまいました」
「下る話でしょ!!下ネタなんだから!!」
「よくわからないポイントで怒らないでください。溜飲を下げてください」
「真面目な話をするとさ」
「真面目な話をすると?」
「命の値段は相対的なものなんだろうな」
「というと?」
「その命を救うのに、どこまで払って貰えるかなんじゃないかな」
「そうでしょうか。貧しい家族が精一杯出した手術費用100万円よりも、富豪が出した200万円の手術費用の方が気持ちが強いということですか?」
「うーん、違うかぁ」
「簡単に答えなんて出せません。命の話題に結論を下すなんて傲慢ですよ」
「よく言うよ」
「よく言ってやります」
16 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[ saga]:2018/07/18(水) 00:49:01.95 ID:XvfI7PG50
「ならさ。どこまでお金を出してもらったら、死ねる?」
「えっ?」
「君はさ、俺なんかに殺人を依頼しないで、殺したい本人にこう言うんだ。私があなたに何を差し上げたら死んでくれますか、って」
「……何も差し上げたくない相手だから、殺すのではないでしょうか」
「そっか」
「大富豪が現れてあなたの命が欲しいと言ったとして、男さんならなんて答えますか?」
「あの子との時間をくれ。そしたら死んでやる」
「1mほどの距離で指でさされるとは。お金じゃ死なないんですね。どれくらい欲しいですか?」
「一夏」
「あら、意外に短いですね」
「平成最後の夏だから」
男がそう言うと、夕焼け小焼けの音楽が流れ始めた。
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/07/18(水) 00:52:07.91 ID:XvfI7PG50
「時間になりました。良い子はお家に帰りましょう」
「僕達はここで寝泊まりか」
「私達もお家に帰るんですよ。お家に帰るのが良い子で、お家に帰らないのが悪い子になるんです」
「今日も一つの夏とさよならだ」
「ええ。防災行政無線が告げる別れの時です」
「堅苦しい名前。夕方のチャイムって言ってよ」
「それではまた。夕方のチャイムが鳴る前にお会いしましょ」
「ああ。またな」
「はい、また」
「よお」
「別れた1秒後に再会しないでください」
夏休みの宿題を、夏の終わりに慌ててまとめてやるように。
2人は、向き合わねばならぬ課題を、今はまだ見て見ぬ振りをして過ごしていた。
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