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【ミリマス】紗代子は最高の瞬間を掴まえたい
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65 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/07/07(土) 17:30:56.15 ID:LgMjPCNT0
だけど私は負けられない。木無塚さんに大見得を切った手前もある。憎まれっ子世に憚るだ。
観客席からの視線をその身に浴びながら何とか私は演技を続け、
琴葉さん相手に殴り合いのような台詞の応酬を繰り広げて、見事に彼女の口から「絶望だよ!」の一言を引き出した。
――劇の前半が、終わる。
袖に戻れば、今すぐその場にへたり込みたい気持ちをグッと堪える。
そうして目の前にいた琴葉さんに「凄かったです。さっきのやり取り」と感じたままの言葉をかけると、
彼女は「ありがとう」とこちらを見もせず歩き出した。
……きっと、ああいうのを本気の役作りだって言うんだろう。
今の彼女にとっての私はまだ、目障りなシャベルの娘なんだ。
66 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/07/07(土) 17:31:34.10 ID:LgMjPCNT0
>>65
二重投稿のミスです
67 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/07/07(土) 17:32:39.08 ID:LgMjPCNT0
その代わりに「良いじゃないか!」と声をかけてくれた人がいる。
舞台を端から見ていたプロデューサー。それから台本を片手に笑う木無塚さんだ。
「ここまでは君の演出通りだが。さて、その調子でラストまで体力は持つのかな?」
「持たせますし、ダメなら根性でやり遂げます」
舞台の間はプロデューサーに預けていた眼鏡を受け取りつつ、私が笑ってそう返すと。
「ちょっと塚さん。うちの紗代子を苛めないでください」
「よく言う。彼女の瀬踏みをさせた癖に」
「そうですよプロデューサー。私、スッゴク勇気を出したのに……。
アレが全部、役作りの出来栄えを試されていただけだったなんて」
二人から集中砲火を浴びて、「おっと、他の子の様子も見てこなくっちゃ」なんて、
プロデューサーはわざとらしく言って逃げて行った。
その背中を目で追いかけながら、私は思わず木無塚さんと一緒に笑い声をあげる。
「だが、まぁ、無理をしない程度に後半も頑張りなさい」
「……その約束は聞けないと思いますよ。
だって、最初から最後まで全力の演技。それが新生シャベルの娘ですから」
そうして労ってくれたお話の産みの親へと意気込みを語り、私はメイク直しに向かった。
……そうとも、彼に言った通り。
後半になれば前半よりもっと、この体が空っぽになるぐらい全力の演技をぶつけるんだ!
68 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/07/07(土) 17:36:08.62 ID:LgMjPCNT0
【四幕 紗代子は最高の瞬間を掴まえたい】
彼女の微笑みは狂気を孕んでいた。
なら今の私が浮かべる笑顔はなんだ?
客席に見せる顔はどうだ?
共演者に向ける表情はあれほど独りよがりな物か?
――そんなワケない! と私は胸を張って言い切ることが出来る。
時に、笑顔は人の心をざわめかすけど、基本的には相手の警戒を解く物だ。
見る者を安心させる物だ。私の笑顔はそうでありたい。
アイドルとしてステージに立つ以上は、そこがどんな場所だろうと見た人に勇気や元気や幸せや、
そういった物を分けてあげられる笑顔を浮かべて立っていたい。
その昔、ケミカルライトの隙間から覗き見た想い出の記憶の中のように、眩しく光る物でありたい。
誰かの憧れになれるような。誰かの背中を押せるような。
決して目先に転がる土くれに、安い幸せを見出して沈んでいくような笑顔じゃダメだ。
周りが未来を見てる中で、一人だけ先に満足して、俯いてるような笑顔じゃダメだ。
その為にも、私は誰より前を向いてなくちゃ。未来を先に見据えなくちゃ。
そこに立って、ゴールを切って、やってやれないことなんてどこにも無いぞって昔の自分に見せつけてやるんだから!
……だから、今は、このシャベルを。
音に合わせて、全身の力を振り絞って、
あの日にすくった砂に比べたら、空気なんて綿にも敵わないんだから――。
69 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/07/07(土) 17:38:05.17 ID:LgMjPCNT0
===
「風の匂いだ!」
可憐の台詞が舞台に響き渡る。
それを合図に、私は疲れ切った息を上げる仲間たちを励ますためのエールを送る。
スピーカーから流れる音楽と、シャベルを振るう際の効果音がタイミングを計る為の道具。
いくらセットがあると言ったって、目の前の空間に大きな岩壁は存在しない。
ただ、私の見ているその先に、自分を信じてくれる人と、笑顔を届ける相手がいるだけだ。
振るう、シャベルを。
見えない壁に穴を空けて、待ってる人達に想いが届くように。
踏み出す、足を。
土を踏み締め、新たな道を作るように。
次の台詞の為のカウントを意識。どれだけクタクタになっていても平気。
だって私の中のカラ元気は、飛び切り諦めの悪い代物だから。
私がアイドルとして通用するだろうってお墨付きを、あの人から貰った一級品の根性なんだから!!
70 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/07/07(土) 17:39:23.46 ID:LgMjPCNT0
「く、のぉぉぉ……!」
最後のカウントを振りぬいた。シャベルが壁を穿ち抜いた。
揺らぐ上体、気の抜ける体、でも、膝の踏ん張りを効かせて
私はその場に崩れ落ちまいと必死に歯を喰いしばって堪え、土の崩れる音を確かに聞いた。
背後でガツンと鈍い音が鳴った。
「――ご覧、ボクの言った通りだったじゃないか」
その言葉を合図に振り返った。
私の笑顔を出迎える役の琴葉さんは、
これ以上無いほどの絶望に満ちた表情でそこに立っていた。
流石の演技力だと内心思う。きっと彼女が主演だったならば、
シャベルの娘はここまでみっともなくヘロヘロな姿で立ってたりはしない。
71 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/07/07(土) 17:41:39.90 ID:LgMjPCNT0
でも、その姿が悪いなんてことを誰が決めた?
これがありのままに見せる全力なんだ。走り続ける私の姿なんだ!
私は息を整えると、不敵な笑顔を顔に浮かべて彼女と向き合った。
……そういう表情の参考にしやすい人が、何かと気にかけていてくれたのは実に幸運なことだと思う。
「か……壁の向こう側にはまた壁があった。
君はまだ、バカげた空言で穴を掘り続けましょうと言うつもりか?」
琴葉さんが僅かにその身を下がらせる。
アドリブの演出だろうけど、私のやり易いようにこの場を整えてくれたんだろう。
……そうして、そういう芸当が出来るからこそ、
彼女はシャベルの娘になれなかった。だから私がこの役に選ばれた。
「ええ、そう、掘るんですよ!」
私は一歩距離を詰めて、自信満々の笑顔で台詞を紡ぐ。
体が震えてるのは疲れじゃなくて武者震いだ。
聞く人に不安を抱かせないように、ありったけの元気を込めて言い放った。
それができるからこそ私がこの役なんだ。
どこまでも愚直で不器用な私だから、もしかしたらって思わせるんだ。
「だって、壁はまだそこにあるんだから!」
力強く、大見得を切って。
「私たちはみんなでたった今、不可能を可能にしたんだから!!」
この先があるってことを信じさせる。
ゴールを切っても次のゴールが用意出来ることを、物語に幕が下ろされても、
その世界の"その後"はちゃんと続いて行くってことを証明して見せる瞬間を――ここだ!
私はここで笑顔を見せなきゃならない。飛び切り最高の景色を見た笑顔。
毎日写真で見てるあの笑顔を。人から人へと伝えられる、高山紗代子の本物の!
72 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/07/07(土) 17:42:26.77 ID:LgMjPCNT0
===
舞台から袖に戻った私は、出迎えてくれたプロデューサーの腕の中へ崩れるように倒れ込んだ。
……立っているのがやっとの状態だった。膝は震えて、歯の根が合わず、
本当に出番が終わったのか、フワフワと夢の中にいるような気分で私は体を支えられた。
でも意識は徐々にハッキリしだし、割れんばかりの――なんて大袈裟には言えないけれど、
それでも確かな客席からの拍手の音が私を包む。
そうして傍に寄って来た見学の彼女。
悔いを残したままでいた少女はとめどなく涙を流しながら、
私に「ありがとう」と震える声でこぼしたのだ。
73 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/07/07(土) 17:43:17.40 ID:LgMjPCNT0
見れば、プロデューサーも涙してた。木無塚さんも満足そうに頷いていた。
エレナちゃん、美也さん、可憐が泣きながら私の体に抱き着いてきて、
琴葉さんだけが一歩引いた場所からみんなの様子を眺めていた。
……私はなんだか照れ臭くて、誤魔化すように「み、みんな、ちょっと泣きすぎじゃない?」なんて。
だけどすぐに、美也さんが鼻をすすりながら。
「そういう紗代子さんこそ、涙がちょちょぎれてるじゃありませんか〜」
言われて自分の頬に触れる。確かに涙の筋がある。
「私、嬉し涙なんて初めて流してる……!」
驚いて、声を上げて……そう、そうだ。
これは悲しくて流す涙じゃない。弱さを悔やんで流す涙でもない。
今の精一杯を全力でやり切って、その結果に満足して流す嬉し涙。
少なくとも、今まで経験したことの無い理由で私が流す私の涙。
74 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/07/07(土) 17:44:03.85 ID:LgMjPCNT0
「紗代子が、それだけ今の舞台に全力だったって勲章だな。……とはいえ」
プロデューサーはそう言ってタオルで涙を拭ってくれた。
彼は他の子達の涙も同じようにして拭い取ると、いつものように小さくパンと手を鳴らして。
「これで人前に出られる顔になった。じゃあ次は、全力でお客さんの声に応えて来なさい。
カーテンコールが終わるまでは舞台の幕が下ろせないぞ」
その言葉でみんな気づかされた。未だ鳴りやんでいない拍手の音と、
私たちの準備が終わるのを静かに待っていたリーダーの存在。
「……もう、みんな大丈夫かな?」
「は、はい! すぐに準備をして――」
「コトハってば、黙ってないで早く言ってヨー!」
五人で並び、その手を繋ぐ。
送り出してくれるプロデューサーの笑顔を霞ますほどのスマイルを浮かべ、
繰り返しみんなと一緒に見たい、最高の景色を前にして私は気持ちを昂らせる。
夢を途中で諦めたりしない限り、私たちは何度だって感動の瞬間を掴まえられるってことを信じながら。
75 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/07/07(土) 17:45:07.40 ID:LgMjPCNT0
「諸君! 最後まで笑顔はタップリとだぞ? なんてったって君たちは――」
そうして背中へ投げかけられる声に振り向くと、私は大きく頷いた。
アイドルの笑顔を届けるために。
まだまだ駆け出しの新人だけど、掛けられた期待に応えるために。
口にした言葉は道になった。頷く彼が背中を押した。
――大丈夫、私はまだまだ進んで行ける。
「プロデューサー、行ってきます!」
新しく見つけたゴールは遥か先に。
一秒だって無駄にしない。
私は進み続けるんだ。
76 :
◆Xz5sQ/W/66
[saga]:2018/07/07(土) 17:45:34.78 ID:LgMjPCNT0
===
以上閉幕。
お読みいただきありがとうございました。
77 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/07(土) 18:32:14.41 ID:inVt0Xboo
乙!
78 :
◆NdBxVzEDf6
[sage]:2018/07/07(土) 19:40:23.16 ID:I+/st7zI0
これは素晴らしい紗代子SSだわ、人選もいいね
乙です
高山紗代子(17) Vo/Pr
http://i.imgur.com/LoRteOS.jpg
http://i.imgur.com/ZgABV5B.jpg
>>7
田中琴葉(18) Vo/Pr
http://i.imgur.com/QRyBVJZ.png
http://i.imgur.com/NGhomXO.jpg
>>10
宮尾美也(17) Vi/An
http://i.imgur.com/jF3bceI.jpg
http://i.imgur.com/roD1T7G.jpg
>>11
島原エレナ(17) Da/An
http://i.imgur.com/yxWEOae.jpg
http://i.imgur.com/HNlmTzo.jpg
篠宮可憐(16) Vi/An
http://i.imgur.com/Ub56yCi.jpg
http://i.imgur.com/eQJAbfI.jpg
>>23
萩原雪歩(17) Vi/Pr
http://i.imgur.com/Zul7IMn.jpg
http://i.imgur.com/tiBlV8B.jpg
>>25
菊地真(17) Da/Pr
http://i.imgur.com/dQYMoPE.jpg
http://i.imgur.com/UAstQlT.jpg
>>34
周防桃子(11) Vi/Fa
http://i.imgur.com/VFohhZY.jpg
http://i.imgur.com/s0804VA.jpg
79 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/08(日) 12:34:26.85 ID:X2mUG/jUO
すごく良かった
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