【ミリマス】紗代子は最高の瞬間を掴まえたい

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1 : ◆Xz5sQ/W/66 [sage saga]:2018/07/07(土) 15:40:53.50 ID:LgMjPCNT0
【序幕 破顔】

その微笑みは狂気を孕んでいた。

人が浮かべて見せる表情のうちで、最も恐ろしいのは笑顔だと聞いた覚えがある。

そんな事をふと思い出してしまうぐらいには、だ。

画面の中に映る少女は、デジタルデータで記録されていたその少女は、私の心を怯えさせて、
思わず羽織っていた毛布に指をかけさせる程には見る者を圧倒したのだった。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1530945652
2 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/07/07(土) 15:45:01.94 ID:LgMjPCNT0

自室の机で眺めてた、ノートパソコンの中で笑う少女。

けれど「きゃーっ、きゃっきゃっきゃっきゃっ」だとか
「ひぇー、ひぇっひぇっひぇっひぇっ」なんてわざとらしい演技はセットじゃない。

もしもそんな笑い声を彼女が上げていたのならば、
私はきっと耳にはめていたイヤホンを慌てて外したことだろう。

そうして、その必要がないほどに静まり返った舞台の上で、
彼女はただの一言も発さずに悠然と立っているのだった。


思わず、意識を飲み込まれてしまいそうになる微笑。


そんな少女の笑顔に端を発した不気味な静寂を打ち破ったのは、
共演している役者が小道具のシャベルを鳴らす音だ。

カツン、と床に当てられた切っ先が乾いた金属音を立てる。

それを合図に、まるで金縛りが解けたかのように息を吹き返す役者と観客席。

そして、画面越しに覗いていた私。
3 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/07/07(土) 15:46:30.04 ID:LgMjPCNT0

『ご覧、ボクの言った通りだったじゃないか』と、
金物を鳴らした男装の麗人は用意されていた台詞を吐いた。

私は思い出したように手元の台本を確認すると、その台詞部分を指でなぞる。
演出として書かれている通り、微笑みの少女以外は誰も彼もが絶望に満ちた顔をしてる。

……だけど、それは言ってもしょうがないことだ。

何せ、自分たちを長年閉じ込めていた世界の壁に空けた大穴の先に見つけたのが――。

『壁の向こう側にはまた壁があった。
君はまだ、バカげた空言で穴を掘り続けましょうと言うつもりか?』

そうだ。舞台に用意されたスクリーンに大写しとなった壁の存在。

それはゆうに一時間を超えた演劇のラストを飾る為の代物。

そびえ立つ壁の向こうに理想のユートピアを描いた物語の登場人物たちと、
ハッピーエンドを期待してここまで見続けた観客を同時に叩きのめすための。
4 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/07/07(土) 15:48:37.73 ID:LgMjPCNT0

『ええ、そう、掘るんですよ』

だけど、たった一人にとっては違っていた。

このお話の主役である彼女は、率先して壁に穴を掘り続けていた少女はウットリと、
まるで恋をしているかのようにその頬を緩めて周囲へと笑いかけたのだ。

『だって、壁はまだそこにあるんだから』

「だって、壁はまだそこにあるんだから……かぁ」


思わずふぅっと息を吐いた。
重ねた台詞は全く別の物に聞こえた。

舞台に送られる拍手がまばらに響き、長い出し物が終わったことを私に告げる――
そんな中で、最低限このレベルの演技が求められているという事実を再確認して肩が重い。

「雪歩ちゃんってば、普段と違い過ぎるって」

ついそんなことを漏らしてしまったけども、
きっと他に誰もいない部屋じゃ少しぐらいの泣き言は許されるよ。


……私はプレイヤーの再生を停止すると、パソコンの電源を落として椅子からベッドに移動する。

そうして枕に乗せた頭で考えるのは、どうしてこの役が自分に回ってきたのかという、
今更どうにもできない自らの境遇についてだった。
5 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/07/07(土) 15:50:02.87 ID:LgMjPCNT0
【一幕 いきさつ#1】

芸能事務所、765プロダクション所属アイドル候補生高山紗代子。

それが十七の私が持つ肩書き。

高校生という世界の枠からは少しだけはみ出てみた結果。

三年生を迎えてから努力の証に得た勲章。


けれども私は、昔からアイドルになろうと夢見て生きてたワケじゃない。

幾重にも重なるケミカルライトが揺れる波間、
その向こう側にあるステージで歌い踊る人達というものは、

当時、その眩しさに目を細める存在足りえても、
私自身が憧れる対象には決してなり得なかったのだから。


でも、だからこそその場所をゴールに据えてみたと言える。

本気でアイドルを目指そうと思ったのは、それが自分から一番遠い存在だったからだ。

困難な目標を見事にこなしてみせてこそ、私は変われると頑なに信じ、
取り巻く環境も何かしら変化するものだと思い込んだ。

少なくとも、オーディションに挑戦し始めの頃は精神的にも前向きで、
私は自分が以前の状態にまで持ち直したような気だってしてた。
6 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/07/07(土) 15:51:32.66 ID:LgMjPCNT0

だけど私は、すぐに自らの実力不足を痛感する羽目になってしまう。

受けるオーディションの結果は連戦連敗。
元々容姿に自信があるワケでも、特別ダンスや歌が得意でもない。

まして受験勉強なんかとは違って
合格の為のハッキリした対策だって無い世界だ。

人に自慢のできる取り柄も無い、武器となる一芸も持たない私にとって唯一の物と言っていい、
アピールポイントとして毎回のように口にしていた「やる気がある」という言葉が、

実のところは追い詰められ、後にも引けなくなったカラ元気を撒き散らしてる姿だったと気づいたのは、
恥ずかしいな、765の面接官だったプロデューサーに拾われた後の世間話。


「君を合格にしようと思わされた、その元気がカラ元気だったとしても良いじゃないか。
そういうのをさ、根性があるって言うんじゃないの」

偶然にも、私と同じ型の眼鏡をしていた彼はそう言ってにへらと微笑んだ。

それは入所後の面談も兼ねた事務手続きの席でのことで、屈託なくかけられた言葉は、
それまで私の体を縛っていた緊張の糸を容易くほどき――彼の前で涙を見せたのはこの時が最初。

あれ以来、涙腺が随分と緩くなってしまった気がするけど。
それは誰にも聞かせられない私の小さな秘め事だ。
7 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/07/07(土) 15:53:47.67 ID:LgMjPCNT0

……さて、そんな『39プロジェクト』オーディションとの出会いを経たことで、
私は晴れて765プロライブ劇場の一員となった。

何度もの不合格を経験した末に、
ようやく一流アイドルを目指すという目標の第一歩を踏み出した形になる。

とはいえ、所属して暫くの間は候補生という括りに同期のメンバーとまとめられ、
元々は臨海公園が作られる予定だったという、海沿いの広々とした土地に建てられた劇場施設でみっちり基礎を鍛えることに。

そうしてふた月もすれば体の方も慣れ始めて、
心にも幾らかの余裕が生まれた頃、私たちは唐突な話を聞かされることになったのだ。


「君たちは今度の公演で舞台デビューだ」

それは、ある日のレッスン終わりのことだった。

私を含めた五人の候補生を呼び集めたプロデューサーは、
いつもの柔和な笑顔を崩すことなくそう言った。

アイドルデビューとは言われなかった。

私と同じことを疑問に思ったのだろう。

一列に集められた中で最年長だった琴葉さんが、
まるでその場のみんなを代表するように質問するため手をあげる。

「プロデューサー、それは私たちからも候補生の肩書が外れるということでしょうか」

訊かれた彼が頭を掻く。でも、私たちが一番気にする点はそこだ。

だって、デビューの形はどうあろうと、
人前に出るということは活動が本格化することを意味するもの。
8 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/07/07(土) 15:55:22.49 ID:LgMjPCNT0

だけどプロデューサーは、問いかけるような視線を浴びせる私達一同の顔を見回すと。

「いや、本格的なデビューはもうしばらく先の話になる。
難しく考えることじゃないさ。これはまぁ、レッスンの次のステップだよ」

「つまり、私たちの瀬踏みですか」

「……もう少し気楽に、実習だと思って欲しいなぁ。君たちは大人組や桃子らとは事情も経験も違うんだ。
なるたけじっくり、段階を踏んで仕上げたいってのが俺と事務所の考えでね」

そうして彼は、「それともだよ」と琴葉さんと真っ直ぐ目を合わせ。

「君としては折角集めた原石でも、一山いくらの状態でこのまま売る方が良かったかな?」


言われた彼女が僅かに首をすくめる。
実習という例えを聞いて、誰かが安堵の息を漏らす。

質問に答えてもらった琴葉さんが「わかりました」と頭を下げると、
プロデューサーは機嫌よく頷き手を叩いた。

「とにかく、トップアイドルへの道も一歩からだ。
ステージで必要な度胸と経験をつける為にも、みんなで端役から頑張ろう!」

「おーっ!」と、彼と一緒に拳を突き上げる人がいる。
反対に、待ち受ける不安から体を震わせる気弱な人も確かにいて。

私は自分の隣で青くなっている可憐ちゃんの肩をポンと叩くと、
ドキドキするけど一緒になって頑張ろうね、なんて偉そうに励ましてみたりするのだった。

……本音を言えば自分だって、不安で一杯だった癖に。
9 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2018/07/07(土) 15:56:42.93 ID:LgMjPCNT0
【一幕 いきさつ#2】

とはいえプロデューサーの言った通り、
その不安や恐れを払拭するために用意されたのが劇場と言う名の舞台だった。

765プロライブ劇場では、平均週に二、三回、公演という形で何らかのショーを披露してる。

何らかの、なんて私の歯切れが悪いのは、
この劇場の扱う演目の種類が多岐に渡っているせいだろう。

そもそもがアイドル事務所の施設なので、歌やダンスのパフォーマンスを見せるライブをするのは当たり前。

でもそれ以外にも劇場では漫談、講談、コントにお芝居、朗読会から演奏会、
時には大掛かりなマジックショーなんて出し物まで。

曰く、ともかく既存の枠には収まらない、
バラエティ色こそが765プロの強みなんだとか。


当然、私たち新人アイドル候補生は、先輩たちが行う舞台のバックダンサー以外にも、
こうした演目のお手伝いだってすることになる。

つまり、それがプロデューサーの言った私たちの舞台デビューであり、
度胸をつける為の大事な修行だったワケだ。
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