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【ミリマス】塩入チョコレート事件【名探偵ナンナン】
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1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/05/16(水) 07:23:20.40 ID:PDvcFK5E0
「ひどい……」
「誰がこんなことを……」
「事件です、事件ですよこれは!」
わたしが劇場の控え室に入ると、そこは異様な雰囲気に包まれていた。
同僚の各々が部屋の中央に設置されているテーブルを囲んで、なにやら奇声をあげたり緊張した面持ちで固唾をのんでいる。
「あ、志保ちゃん。おはよう」
いつもは迷惑な騒音、もとい元気な声でハイテンションな態度、笑顔を絶やさない可奈がわたしに気づいて近寄って来た。
しかし先にあげたようにひまわりのごとく眩しい笑顔は今日は見られず、他の面々と同じくなんだか悲し気な表情を浮かべている。
わたしはできるだけ可奈にのみ聞こえる程度に声を落として訪ねてみた。
「何かあったの?」
その問いに対し可奈はできるだけ笑顔を作ろうという努力をしてみせたようだが、無理に作るそれこそ痛々しいものはないのだ。
瞬時の努力も虚しく、可奈はすぐにまた元の悲惨な表情に戻ってしまった。
「あのね、それが……」
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1526422999
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/05/16(水) 07:24:35.09 ID:PDvcFK5E0
語尾を濁す可奈から視線を下げる。可奈の頭の後ろから見える部屋の中央のテーブルには人が集まっていて中々様子がうかがえなかったが、どうやら何かを取り囲んでいるようだ。
なんだろう。わたしはうつむいたままの可奈に道を開けてもらい、テーブルの方へとゆっくり歩み寄った。
机上には大量に積まれ山のような包装されたチョコレート、そしてただ一人突っ伏している赤みがかった長髪の女性。琴葉さんだ。
「これは……」
すぐ近くにいた恵美さんが振り向いて言った。
「や、志保」
いつもはおちゃらけてフレンドリーな態度でいる恵美さんでさえ、普段からは考えられないほど真面目な顔をしていた。
「恵美さん、一体これはどういうことですか?」
わたしはできるだけ抑揚を抑えて尋ねた。
「見ての通りだよ、琴葉が倒れたんだ。原因ははっきりしている。誰かが、誰かが琴葉が口にしたチョコレートに、」
恵美さんの声は心なしか震えていた。腕は微弱に痙攣し、握りしめた拳は青白く血管が浮き上がっている。アイドルがする拳ではない。
「塩を盛り込んだんだ」
わたしは持っていた荷物を思わず落としてしまった。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/05/16(水) 07:26:15.93 ID:PDvcFK5E0
「一体誰がそんなことを」
わたしがようやく絞り出せた言葉は、そんな意味のない台詞だった。判明していないのだから、この場にはぶつけようもない雰囲気が漂っているのだ。
案の定、恵美さんは静かに首を振るだけだった。
わたしは倒れている琴葉さんの脇を見た。そこには開封され、食べかけのチョコレートが顔を出している。見ただけではもちろん普通のチョコレート。ただし、これが件の凶器だろう。
わたしは手を伸ばしかけたが、それは恵美さんに阻まれてしまった。
「鑑識が来るまで待ちな」
数分すると、恵美さんが言ったように控え室に入ってくる者があった。
先頭の風花さんが真っすぐこちらへ向かってくる。わたしは黙って道を開けた。風花さんは頷いてみせると、慣れた手つきで琴葉さんの首筋や口に手をあてて診察を始めた。
風花さんの後ろからは美奈子さんがやってきて、机の上に置かれている例の開封済みのチョコレートへと手を伸ばした。白い手袋をして慎重に検分し、恵美さんの許可を取って少しだけ切り取った。そしてみんなが見守る中、意を決して口へと運んだ。
「間違いない、食塩ですね」
険しい顔で断言する。チョコレートは元の位置に戻され、わたしたちは一旦部屋のすみに追いやられた。亜利沙さんが事件の現場の状況をカメラに収めるのを邪魔しないためにだ。
一通り現場の調査が終わっても、わたしを含めた野次馬連中はまたテーブル付近に集まろうとはしなかった。
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/05/16(水) 07:27:08.77 ID:PDvcFK5E0
「風花、琴葉はどう?」
恵美さんの声が一層控え室に響く。対する風花さんは一つ小さな溜息をしてみせた。
「失神しているわ」
控えめに舌打ちが聞こえたが、誰が発したものなのかはわたしにはわからない。
「事件です! これは大変な陰謀ですよ! わたしは、この事件を詳しく捜査するべきだと主張します!」
そう声を張り上げたのは百合子さんだった。誰もが心の中で思っていることを代弁しているようだった。しかし。
「そうだね、このままうやむやになんてアタシにはできない。この件はもっと奥深くまで踏み込む必要があるみたいだね」
恵美さんも強気に同調する。でも待ってほしい。口で言うのは簡単で、実行するのも難しくない。だが、それが果たして実を結ぶかどうか、懸念はみんなにあるはずだ。
わたしはそれをつい口にする。
「本当に……できるんですか? そんなこと」
わたしの発言にみんなの視線は自然に一つへ集中する。その対象はわたしではない。
「志保ちゃん……」可奈がわたしの袖を握りしめる。
みんなの視線の先にあるのは、机の上に置かれた、大量の手作りチョコレートだ。
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/05/16(水) 07:28:43.83 ID:PDvcFK5E0
事の発端は、毎年恒例となったバレンタインライブだった。
二月中旬に行われる中規模なライブで、今年は来場してくれたファン全員にチョコレートが配布された。
市販の既製品を配るのも味気ないということで、手作りの様相を出すために765プロ側で作成されたものだ。しかしアイドル自身が作ったわけではなく劇場スタッフによるものという、中途半端な形式が採用された。
時間も取れないし誰しもがノルマ分作れるわけではない。しかしそこで一人あたりの作成量が偏るのもよろしくないので、苦肉の策として採られたものだ。もちろん、そんなことは表向きには公表されていないし、それは関係ない。
ライブは無事成功し終了。その後スタッフから申し出があり、チョコレートの材料や包装が大量に余ったのだ。
スタッフはもうこれ以上作りたくないらしく、かといって廃棄するのもためらわれる。そこで一式丸ごとアイドルに提供され、各自自由にしてくれとのこと。
美奈子さんや春香さんが興味を示すのも容易に予想できたが、普段料理に無関心な者もこの機会にと手を出していた。
その後特に取り決めたわけではないが、自然とみんなは作ったチョコレートを劇場に持ち込んで、置いていくようになった。誰でも好きにつまんでいってくれとのこと。
まだ肌寒い季節だしすぐに腐るものでもなく、適当に置かれていても大丈夫だったこともあるだろう。手作りチョコレートは未だ数を減らすことも無く積まれて行って、今ではすっかり劇場内では一種の備品のようなものになり、誰もが気ままにかじっている。
ちなみにプロデューサーさんにあげようという発想は誰にもなかったらしい。本人がそう嘆いていたので間違いないが、まあそれはどうでもいい。
問題は、そうして作られた大量のチョコレートの一つを取り上げて、作成者を特定しようということがどれほど苦行の道を進むのかということだ。
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/05/16(水) 07:30:06.29 ID:PDvcFK5E0
「無茶、なのかな?」
可奈がわたしに聞く。
「無理、よ」
人はわたしにもっと愛想を持てというが、今回ばかりは冷酷だろうが事実を突きつけるしかない。
重苦しい空気が控え室を覆うが、損な役回りがたまたまわたしだっただけだ。みんな心中察していることなのだ。別にわたしは睨まれているわけではない。
「無理なのはわかっている」それでも恵美さんは口を開く。「でも、アタシには事件捜査を敢行する義務が、いや、大切な琴葉の友人として解決をする責任がある。例えそれが先の見えない闇の中でも、アタシには真相を解明しなければ……」
誰も口を挟めない。こんな声の恵美さんは、エドガー以来だった。
しかし、そんな空気を厭い明るく振る舞おうとする人物がいることも、みんな承知していることだった。春香さんである。
「ねえみんな、難しく考えすぎじゃないかな? もっとこう、簡単に、前向きに考えられない? 誰かが悪意を持ってやったとかじゃなくて、もしかしたらただ間違えただけなんじゃないかって。ほら、わたしもよく料理はするからわかるんだけど、失敗とかよくやっちゃうし……」
それはありえない。わたしがそれを言う前に、遮ったのは紬さんだった。
「それは、どうでしょうか。それではお聞きしますが、みなさんはこのようなあからさまな間違いを犯したことがおありでしょうか? 野球でヒットを打ったら三塁側に走ったり、注射器の中身をオレンジジュースにしてしまったり」
「そ、それは……」
「今回の事件は、そういった類の劇場型の犯罪です。映画の中でしか起こりえない、意図的に狙ってでしか達成できないケースなんです。それほど出来すぎている」
そのとおり。砂糖と塩を間違えるなんて、文明人がうっかりでできることじゃない。
「大根と人参を間違えることはあるでしょう。しかし、こんなベタなうっかりミス、とても教養ある人間の仕業とは思えません」
「言い過ぎじゃないかな……」可奈が震える声で、わたしにだけ聞こえるようにささやいた。わたしは返事をしなかった。
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