小日向美穂「神様にはセンチメンタルなんて感情はない」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/04/24(火) 22:19:15.84 ID:WQSNhX7B0
うづみほです

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1524575955
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/24(火) 22:20:59.64 ID:WQSNhX7B0
たぶん物語の始まりには色んなきっかけがあって、それはもしかすると楽屋でキャンディ爆弾を一緒に食べたのが最初だったかもしれないし、もう少し遡れば彼女とユニットを組んだあの瞬間からかもしれなくて、でも究極的には宇宙が誕生したことがすべての始まりなので、私と卯月ちゃんの関係はじつは138億年前からすでに決まっていたことなのかもしれなかった。

だけど私たちはまだ地球に生まれて17年しか経ってなくて、実際のところ私がなぜ卯月ちゃんを「お姉ちゃん」と呼ぶようになったのか、その理由を説明するのはそんなに難しいことじゃないと思う。

べつに姉妹ごっこがしたかったわけじゃないけど……でも、なんだかそうなってしまったのだ。
とりあえず、今のところは。



星があまりにも高い場所にあったから、ベランダから落ちそうになった。
背中から「寒いよー」という声が聞こえた。

「外、きもちいいよ」

「寒いよ、夜だよ」

「ごめんね」

薄明かりの部屋のベッドで卯月ちゃんが頭まですっぽり毛布にくるまったのを見て、私はべランダの窓をしめた。
ヨレヨレのパジャマが夜風に吹かれて肌が少しさみしい。
歌でも歌いたい気分だったけど、またお姉ちゃんに叱られるから私は口をとがらせて夜空を見上げる。


この宇宙のどこかには、星ひとつをまるごとキャンディにしてしまうという恐ろしいキャンディ爆弾が今も飛び続けている。
むかし流行ったCMの歌の話。


♪〜Do you have a candy?

…… a candy bomb!

”だけど気をつけるんだよ。この中にひとつ、食べてはいけないキャンディが混じっている……”

”それを食べると一体どうなるっていうの?”

”キャンディ星人になってしまうのさ……この僕のようにね!”

(悲鳴)


なつかしいなあ。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/24(火) 22:21:43.26 ID:WQSNhX7B0
私たちの住んでいるマンションは小高い丘の上に建っていて、周囲にはこれより背の高い建物はない。

というか、ベランダのある方角には田んぼが広がっていたりする。
大きな川も流れてるし、マンションの周りがそもそも雑木林になっている。
そこだけ見ればちょっと田舎っぽい。
でも反対側(つまり田んぼじゃない方角)には民家もビルもひしめいているから、要するに都会の一番外側なのだ。

ここは。


私が卯月ちゃんのことを「お姉ちゃん」と呼ぶのは2人きりの時だけで、人前では普通に名前で呼び合っている。
だから私たちが姉妹だということは他の人には知られていない。

ちなみに卯月ちゃんは2人きりの時、私を「美穂」と呼び捨てにする。
まあ妹だから当然だよね。
でもどうして私が妹なんだろう? 
同い年なのに。

はっきり言って、卯月ちゃんはちょっとだらしないところがある。
彼女の部屋の散らかし方はもはや職人技と言ってもいいほどで、洗濯物は溜め込むし、休みの日はパジャマで一日中過ごしたりする。
私のコップとか食器を平気で使うし、寝相も場合によってはそうとうひどい。

「お姉ちゃんっていうのはね、そういうものなの」

「そうかな〜っ?」

私がそう言って文句をつけると、卯月ちゃんはむっとして言う。
「妹がお姉ちゃんに逆らうなんて、生意気です!」

私のお姉ちゃんは、怒っても全然こわくないのだ。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/24(火) 22:22:47.24 ID:WQSNhX7B0
寒くなってきたので部屋に戻った。

カーテンの隙間から漏れる星明かりをたよりに、そろりそろりとベッドにもぐりこむ。

「眠れないの?」

すぐ横の暗闇から声がして、じーっと目を凝らすとお姉ちゃんがぼんやり私の方を見ているのが分かった。

「起こしちゃったね」

「いま何時?」

「ん〜、たぶん1時くらい」

「手、冷たいよ。大丈夫?」

お姉ちゃんの温かい手が私の手を握って、それから布団をもぞもぞ動かして2人でくっついて丸まった。

「ね。今頃はさ……」

と言い出したのは私。

「もう一人のお姉ちゃんは、寒いのがヤだからって南の国に遊びに行ってたりするのかな」

「どうかなあ。お母さんか美穂がいないところで生活できるかな、私?」

「むずかしそうだね」

お姉ちゃんは世界に無数に存在するもう一人のお姉ちゃんについてあまり関心を持たない。
私はけっこう、気になるんだけどな。
私たちがこうやって姉妹で一緒に暮らせるのも、卯月ちゃんが宇宙のあらゆる時空に偏在しているおかげなのだ。

ある種の信心深い人たちによれば、卯月ちゃんはいま神様に一番近いところにいるらしい。
でも、神様とは違うんだって。

じゃあ、天使?
そう言う人もたくさんいる。
確かにお姉ちゃんの笑顔は天使みたいにかわいい時があるけど、それは比喩的な意味の天使であって、私は必ずしもお姉ちゃんがからっぽの存在になってしまった事について天使と言いたいわけじゃない。

だって、それじゃまるで死んだ人みたい。
卯月ちゃんは天使である前に私のお姉ちゃんなんだから。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/24(火) 22:23:51.27 ID:WQSNhX7B0
宇宙が膨張するのをやめて、地球上のいくつかの人たちは天使になった。
学者の偉い人がテレビで解説していたことによれば、ビッグバン以来広がり続けていた宇宙が収縮へと折り返す瞬間、過去と未来が重なり合って世界は完全な循環構造になる。曰く、ビッグクランチがどうのこうの。
それがどうして人間がからっぽになることに繋がるのか私にはよく分からなかったけど、世間の人々はおおむねその説を支持している。


『えーっとですね。つまり簡単に率直に申し上げますには、彼らはわたくしたち人間にはまったく理解できない原理でああいった風になっているわけでして、つまり私がこれまでに述べたことは全て彼らの話から推測された仮説にすぎないわけでして、天使? そんな神聖なもんじゃあないと思いますがね。ケチなんですよ、彼らは、全然自分のことについて話さないから。まあできることなら私も天使になってみたいもんですな! どわははは』

その学者さんの発言はあとで炎上しました。
でもまあ、言ってることはあながち間違いじゃないと思う。


「いま美穂がなに考えてるか、当ててみよっか?」

「え、そんなことできるの?」

暗闇のなかで、同じ枕のうえで、私たちはしばらく見つめ合った。

「……冷蔵庫にあるシュークリームのこと」

「全然ちがうよ」

「そっかぁ」

「お姉ちゃんがいま考えてること、当ててみようか?」

「え、そんなことできるの?」

「冷蔵庫にあるシュークリームのこと」

「すごい、美穂ってもしかしてエスパー?」

暗闇のなかで、同じ枕のうえで、私たちは小さく笑い合った。

次の日の朝、目が覚めたらお姉ちゃんは居なくなっていた。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/24(火) 22:24:37.42 ID:WQSNhX7B0



秘密基地にね。
友達がいたの……昔の話。

小学生のとき、学校の裏の広い林の奥の方に大きな2本の樹があって、そこに秘密基地を作った。
最初は男友達と一緒にいろんなガラクタを拾ってきてそこに集めたりして遊んでたんだけど、だんだんみんな飽きてきて、いつの間にか秘密基地に誰も行かなくなった。

そして、誰もが秘密基地のことを忘れてしまったある日のこと。
私はうさぎ小屋の掃除当番で、放課後だった。
それでね……ちょっと目をはなした隙にうさぎが一匹逃げちゃったの!
慌てて追いかけるんだけどうさぎはもう林のなかに見失っちゃって、私は半泣きになりながら必死に探したんだ。

そうしたら、林の奥の秘密基地に知らない子がいるのを発見してびっくりした。
髪の長い女の子だった。
全然見たことない子だったから、もしかしたら下級生かな? と思って声をかけてみたら、あっちもびっくりしたみたいで、でも普通におしゃべりすることはできた。

「うさぎが一匹逃げちゃったの。一緒に探してくれない?」

「うん。いいよ」

お互い名前も名乗らずに2人で黙って林のなかを探し回った。
こんな場所で何してたの、とか、何年生、とか、そういうことはまったく聞かなかったし気にしなかった。

……でも結局、うさぎは見つからなかったんだよね。
暗くなってきたから探すのは諦めて、それで先生に謝りに行ったんだけどそんなに怒られなくてホッとした。
だけどやっぱりうさぎが一匹いなくなったのはすごく悲しくて、ちょっと泣いちゃったんだ。

「どうして泣くの……」

見ると、その子もなぜか泣いていた。
そうして2人でべそべそ泣きながら同じ帰り道を歩いてた。

そのとき、友達になろう、って言われたの。
私は、うん、って答えた。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/24(火) 22:25:53.76 ID:WQSNhX7B0
それから放課後になると秘密基地に集まるようになって、名前も学年もそうやって知り合っていった。
じつは彼女は私よりもひとつ年上だった。けど私よりちょっと背が低くて、お人形みたいに綺麗な顔をしていた。

たぶん頭も良かったんだと思う。
彼女の言ってることはいつもむずかしかった。

「もし時間がまっすぐ前にしか進まないんだとしたら、太陽が毎日同じ時間に同じ高さにのぼるのはおかしいと思わない?」

「だって、地球は太陽のまわりを回ってるから……」

「地動説か天動説かって話じゃないのよ。今日が過ぎて明日になっても私たちは相変わらず朝8時に起きて夜10時に寝るでしょう? ちっとも前に進んでいかないじゃない。次の日の朝は32時に起きなくちゃいけないはずだわ」

「そんな遅くに目を覚ましたら遅刻しちゃうよ」

「そういうんじゃなくってえ……」

私たちは秘密基地の2つの大きな樹の間で時間のことについて話し合い、あるいは環境問題や少子高齢化問題のことについて話し合った。
と言っても私はもっぱら聞き役に徹していたけどね。

ほかにも、例えば学校のイヤな先生、好きな先生について批判を述べ、そして彼女は私に比べると嫌いな先生の割合がいくぶん多いように思えた。

「保健室の先生くらいかな。私あの人は好き。えこひいきとかしないし、優しいから」

私はなんとなく、彼女がクラスでいじめられているのではないかと疑っていた。
そしてそれはおそらく事実だったと思う。
でも彼女はそんなちっぽけな問題よりももっと大きな、つまり世界平和や宇宙の成り立ちといったものごとに関心があったみたいで、身近な話、たとえば家族とか友達についての話にはほとんど興味を示さなかった。


私たちは毎日のように秘密基地に集まっておしゃべりをした。

でもね。
今になって思うと、私はべつに彼女と会うことが特別楽しかったわけじゃなかった。

ただなんとなく、彼女に必要とされている気がしたのだ。
それが私の役割なんだ、って……

あるいは、憧れもあったと思う。
年上で美人だったし、賢かったし、一緒にうさぎを探して一緒に泣いてくれた、優しい人だったから。
だから私、いつの間にか彼女のことを「お姉ちゃん」って呼ぶようになったんだ。

名前? 名前は……なんだっけ?
もう思い出せないや。
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