周子「昨日のあたしが知らない場所を」

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1 : ◆vOwUmN9Rng :2018/04/09(月) 01:06:03.88 ID:5Tf9w7wF0
もう随分前の拙筆ですが

周子「アイドルでオトメなあたし」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1454254441/
の前日譚になります。


公式との大きな乖離等ありましたらご指摘頂戴したいです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1523203563
2 : ◆vOwUmN9Rng :2018/04/09(月) 01:08:11.07 ID:5Tf9w7wF0
卒業式が、もうすぐそこにまで迫っている。

今年の春は、少し急ぎ足でやってきた。

手をこすりながら登校することも減ったし、お昼ご飯のあとの眠気は日に日に増すばかり。
3 : ◆vOwUmN9Rng :2018/04/09(月) 01:10:54.34 ID:5Tf9w7wF0
もう授業なんてないのに、あたしたちは同じ制服を着て、同じ時間に学校に来て、これまでと同じ時間を過ごして、帰る。

遅刻魔だったはずのミッコは毎日いの1番に教室にいるし、あんなに先生の文句ばっかり言ってたユカちゃんは日がな1日職員室に入り浸っている。

高校生活が終わるから、みんなしっかりと高校生をやりきろうとしているんだと思う。

桜のつぼみは今にもはちきれそうで、薄桃色が冬をどんどん塗り替えていく。
4 : ◆vOwUmN9Rng :2018/04/09(月) 01:12:23.42 ID:5Tf9w7wF0
「なあ聞いた聞いた? とうとうバスケ部の伊藤が告るらしいよ!」


きゃあー、と桜並木と同じ色をした歓声があがる。

青子はそういうの好きやねえ。

窓際のあたしは、思わず嘆息。
5 : ◆vOwUmN9Rng :2018/04/09(月) 01:13:39.14 ID:5Tf9w7wF0
2つ隣のクラスの伊藤くんと言えば、清純派イケメンで有名だ。

同学年はもちろん、下級生にまで人気のある子だけど、本人は心に決めた誰かがいるとの噂で色んなアプローチに全く靡かない。

それがまた、女心をくすぐる、らしい。

青子の受け売りだ。
6 : ◆vOwUmN9Rng :2018/04/09(月) 01:15:19.78 ID:5Tf9w7wF0
それにしても、最近はそんな話題ばっかりだ。

誰々が付き合うことになった、別れた、フラれた……。

あたしも、興味ないわけじゃないけどさあ。
7 : ◆vOwUmN9Rng :2018/04/09(月) 01:16:03.87 ID:5Tf9w7wF0
「お熱いねー、お相手は誰なん?」


軽い気持ちで首を突っ込んだら、青子の顔がぐりんとこちらを向いた。

頭の真っ赤なリボンがまぶしい。

満面の笑顔が、逆にちょっと気持ち悪い。
8 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/09(月) 01:17:35.30 ID:5Tf9w7wF0
「なに言ってんのよ! 周子、あんたよ! あんた!」


「へ?」


あたし?
9 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/09(月) 01:18:21.60 ID:5Tf9w7wF0
びゅうと吹き込んできた春の匂いが、あたしの髪をくすぐる。

そろそろ短くしてもいいかな。卒業だし。

背中をかすかに押しているのは、カーテン、それとも恋の気配?

きゃあー、と桜並木と同じ色をした歓声があがる。
10 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/09(月) 22:58:45.02 ID:5Tf9w7wF0



早かった春は、あっという間に終わってしまった。

じめじめ重苦しい梅雨も終わって、季節はすっかり夏の装い。

お店の軒先を飾っている椛の古木も緑一色だ。
11 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/09(月) 23:00:54.22 ID:5Tf9w7wF0
友達はみんな高校生の肩書きを返上して、あちこちに散らばって華の大学生活というやつを謳歌している。

ユカちゃんも、青子も。

遅刻魔ミッコなんて九州に行ってしまったと聞いた。
12 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/09(月) 23:01:50.35 ID:5Tf9w7wF0
あたし? あたしは……。

華の実家暮らしだ。

高卒、家事手伝い。

今のあたしに肩書きをつけるとしたら、そんなところだ。
13 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/10(火) 23:47:47.94 ID:LKu2ejSE0



「周子! ぼけっとしてんとちゃうよ!」


ぱしん、と障子が音を立てて開く。

用件は分かっている。

いつもの話に決まっている。
14 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/10(火) 23:49:26.71 ID:LKu2ejSE0
ベッドでごろりと寝返りを打って、両足ばたばた。


「いーやーやー。お見合いなんて……」


「なに言ってんの! お見合い嫌なら、じゃあどこで婿捜すつもりなん! あんた決めたんでしょ、大学行かずにうちでやってくって!」


そうは言うけど。

決めたのは、あたしじゃないし……。

大学に行きたい、とも言わなかったけどさあ。
15 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/10(火) 23:50:31.26 ID:LKu2ejSE0
「ええー」


「ええとちゃう!」


ぐねぐね身悶えするあたしの背中に、ぴしゃりと一喝。

これ以上は何が飛んでくるか分かったもんじゃないので、しぶしぶ、枕を抱き抱えて起きあがる。

はたきを持って仁王立ちしているお母さんの装いは、さざ波模様と、浅黄色。

お店に出てないときまで和装は、あたしはちょっとごめんだ。
16 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/10(火) 23:51:22.16 ID:LKu2ejSE0
「昼間っからごろごろしてないで、ちょっとは将来のことを考えなさい! 高校出たらあっという間よ、時間は待ってくれへんのよ!」


開いたときと同じ音を立てて、障子が閉まる。
17 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/10(火) 23:52:07.79 ID:LKu2ejSE0
「うええー……」


ばたりと布団に倒れ込む。

あたしの嘆息が、アンドロメダ銀河のような天井の木目に吸い込まれていく。

枕元に、右手を伸ばす。

目覚まし時計、小さなぬいぐるみ。

それらの横に置いてあるクリアファイルを手探りで掴んで、胸元まで引き寄せる。
18 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/10(火) 23:52:56.10 ID:LKu2ejSE0
中に入っているのは、大人の履歴書。

いわゆる、釣書、という奴だ。

会ったこともない男の人の顔写真がついた紙が、1枚、2枚、3枚、4枚。
19 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/10(火) 23:53:40.07 ID:LKu2ejSE0
5枚目。

最後の1枚をじっと見る。

いつ撮影されたのかも覚えがない、和装の自分が微笑んでいる。

日焼けができない白い肌、ちょっと大きくて釣ってる目。

髪の量が今より少ないから、去年の暮れごろの写真だろうか?

自分で言うのもなんだけれど、結構、可愛い方だと思う。
20 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/10(火) 23:54:32.35 ID:LKu2ejSE0
年齢、誕生日、身長。

体重は……もしかしたら少し増えてるかもしれない。

高校出てからこっち、家でごろごろしっぱなしだし。

趣味、の段落にも色々書かれている。

映画鑑賞、音楽鑑賞。

うそばっかりだ。

体重といい、本当のことは何も書いてないなあ。
21 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/10(火) 23:55:08.91 ID:LKu2ejSE0
こっそり書き足してしまおうかな。

献血、ダーツ……。

うーん、これだと貰い手がいなくなるかもしれないな。
22 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/11(水) 23:20:57.68 ID:NEUYJJ3j0
卒業式を終えて、体育館を出た直後に告白してきたバスケ部の伊藤くんの顔を思い出す。

イケメンだったなあ。

フっちゃったけど。

どうしてお断りしたんだっけ。

貰っといてもらったら良かったかなあ。

いやいや、それは失礼すぎる!
23 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/11(水) 23:22:48.04 ID:NEUYJJ3j0
ファイルを放り出し、抱えた枕と向かい合う。

名前も知らない緑色のお饅頭みたいなキャラクタが描かれている。

ぶさいくだ。

ちらりと釣書の方を見る。

写真の中のあたしと目があう。

今のあたしの顔よりも、可愛い。
24 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/11(水) 23:24:47.05 ID:NEUYJJ3j0
お見合いはもっといや!

これ以上がんじがらめになるのは、堪忍して!

枕に顔を埋めて、再びばた足。

少し伸びた前髪が瞼をくすぐる。

写真のあたしよりも抜いた髪の色は、あたしなりに大人になろうとした足掻きのようなものだ。
25 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/11(水) 23:25:32.60 ID:NEUYJJ3j0
ぼふぼふと布団の音だけが部屋の中にこだまする。

お母さんは店先に戻ったのだろうか。

家の中は、しんと静まりかえっている。
26 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/12(木) 07:29:50.39 ID:VXIG2kdO0



ここ最近は、店番の最中もどこか上の空だ。

お母さんはぷりぷりだけれど、他の従業員さんやお客さんからは密かに高評価を得ているらしい。

ぼうっとしているあたしは、ミステリアスな京女というやつだ。
27 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/12(木) 07:31:02.70 ID:VXIG2kdO0
将来、かあ……。どうしよう?

ゴールデンウィークに、実家に帰ってきていた皆と会ったときのことを思い出す。

皆きらっきらしてたなあ。

変わってないのは、青子のリボンの色くらい。
28 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/12(木) 07:31:46.12 ID:VXIG2kdO0
やりたいこともないのなら、大学に行ってもしょうがない。

テレビの偉い人たちは口を揃えてそんなことを言う。

でも、大学に行かないと、やりたいことのヒントも見つけられないんじゃないですかね。

少なくとも、卒業証書をもらったときのあたしは何も見つけられなかった。

そこそこ名の知れた老舗和菓子屋の女将、も決して悪くはない選択肢だとは思う。
29 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/12(木) 07:32:30.89 ID:VXIG2kdO0
ミッコは「いいなあ」と言う。


「お嬢サマやん、周子。就活もしなくていいしさ」


ユカちゃんは「せやろかなあ」と言う。


「重たくない? しおみーの家って、背負うにはちょっとでっかいわ」
30 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/12(木) 07:33:24.74 ID:VXIG2kdO0
青子は「わからんけど」と難しい顔で首を振った。


「うちも、おとんと大喧嘩して大学行ったからなあ」


青子の家は上京のあたりで旅館を営んでいる。

多分、あたしと同じようなことを色々考えたのだろう。

聞きたいことを言ってくれる。

言いたいことを聞いてくれる。

あたしなんかには過ぎた友達だと思う。
31 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/12(木) 22:19:14.18 ID:VXIG2kdO0



そろそろ夕暮れどき。

今日の営業時間もお終いだ。

太陽はとっくに軒の向こうに隠れてしまって、空は紫色に染まっている。

街灯に照らされた木々の陰影は、すごく濃い。
32 : ◆vOwUmN9Rng [saga]:2018/04/12(木) 22:20:01.26 ID:VXIG2kdO0
「周子! ぼーっとしない!」


縁台を店に戻そうとしているあたしの背中に、お母さんの叱責がぶつかる。


「片付けくらい、てきぱきしなさい! そんなんじゃ丁稚も務まらへんよ!」


むかっ。

なにさ! あたしだって好きでぼーっとしてるんとちゃうよ!
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