【モバマス】日菜子「銀の鍵」

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1 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 11:59:50.98 ID:IbdOiwe50
白馬の王子様。むふ、白馬に乗って、というのは比喩ですけれど。

王子様はいつだって優しくて、日菜子を甘やかしてくれるんです。

誰にでも分け隔てなく優しくて、どんなことでもこなせる……。

それでいて他人の評価には頓着していない。ここ、大事ですよぉ。

だから、日菜子にとっての王子様はみんなの憧れでなくても、

ううん、同じ女の子でも、ともすれば人間でなくてもいいんです。

日菜子のことを熱烈に愛してくれるなら……むふふ、漫画や小説だと

親兄弟の影響で愛情表現が歪んでいる、っていうのは定番ですよねぇ。

何をしても許し、愛し返してくれる相手しか愛せない……。

そんな相手を、モノやカラダだけじゃない愛で包んであげたい。

それが日菜子の夢で、そんな相手が日菜子の《白馬の王子様》です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1522983590
2 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:01:04.22 ID:IbdOiwe50
カンパーイ!

「……乾杯」

「え、平気ですよ。疲れてません」

「ええ。成人式に出てからそれなりに経ってますし」

「――はい、お酒もまあ、こうして何とか」

「ああっ、小皿に取り分けるのくらい自分でやりますよぉ」

「は? え、どうして私の分を取り分けることが嬉しいんですか?」

「クールビューティーって……そんなつもりは」

「や、やめてくださいよ、部誌に挙げる作品は別です、別っ」

「はい……はい、王子様との……ええ、毎回私が自作してますけど」

「似合わない? ギャップ萌え?」

「何言ってるんですか、まったく」

「面白い人ですね」
3 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:02:11.88 ID:IbdOiwe50
「成人式はですねぇ、まだ私、成人してなかったので」

「ええ、先週が二〇歳の誕生日で――きゃっ、もう……」

「祝うんですか、話を聞くんですか」

「……ですから、こう、取り残されてしまって」

「同窓会も兼ねてましたからちょっぴり寂しかったですね」

「仲の良かった子とはそれなりに話せましたけど、人気者で」

「あ、その子って女の子ですよ。はい」

「ええと……言ってもいいかな。その子と撮った写真がこれで」

「え、あ、ちょ、わ、ぁ」

「もっ、もういいですかぁ?」

「ふー……ええ、はい。凛ちゃんです」

「何を話したか? それは――色々です。色々」
4 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:03:40.37 ID:IbdOiwe50
――「日菜子」

「はい?」

「矢っ張りそうだ。分かる? 私のこと」

「あっ。ええ勿論ですよ、東京には慣れましたか?」

「いい加減お婆ちゃん子扱いはやめてよ……」

「あの頃の凛ちゃんのご両親は忙しかったですからね」

「まあね。……変わったね、日菜子」

「凛ちゃんこそ、手の届かない人になっちゃって」

「やめてよ、ここではそういうのナシ」

「えぇー、じゃあ何を話します? 私の話?」

「いいね。そっちはどう? 王子様、見つかった?」

「今のところはまだ。でも焦ることはないですよ」

「あはは、そこは変わらないね」

「凛ちゃんは変わりましたね」

「どこが?」

「今、笑ったじゃないですか」

「……日菜子。日菜子はどうして笑わないの?」

「それは――」
5 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:04:59.93 ID:IbdOiwe50
「――色々なんです」

「ええ、何と言っても現役トップアイドルですからね」

「あちらの持っている話題の数といったらもう、凄くて」

「羨ましい? 残念でした」

「え……」

「そう、ですね。私と凛ちゃんは対照的かも知れません」

「……」

「あの、お酒頼みませんか? そろそろなくなる人もいますし」

「ええ、はい、お願いします」

「私はファジー・ネーブルにしようかな」

「……矢っ張り、笑っていた方がいいですか?」

「でもそれは、――いえ、なんでもありません」
6 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:05:59.94 ID:IbdOiwe50
――「それは、私が大人になれたからですよ」

「大人……」

「あの頃、私は王子様を思い浮かべてはニヤけてましたよね」

「はは、それも含めて日菜子の魅力だったけどね」

「それじゃダメなんです」

「……ダメ?」

「どんなに王子様が倦んで、病んで、歪んでいようと」

「ひ、日菜子――?」

「私は。平然としていなくてはいけないんです」

「――どう、して」

「だって、それが王子様なりの愛かも知れないじゃないですか」

「!」

「日菜子を――私を、ただ愛してくれればそれでいい」

「……」

「私は、常に平然としている、という《私》を求められたいんです」

「じゃああの人からのスカウト、私と一緒に受けなかったのは……」

「あの頃の不完全な私を求めるのは――不完全な人くらいです」

ペチッ!
7 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:06:59.77 ID:IbdOiwe50
「すみません、隣いいですか?」ニコッ

「ふふっ、ちょっと遅刻ですね」

「え、講義のノート見せてくれるんですか?」パァッ

「ありがとうございますっ」

カリカリ…

「――はい、私は喜多ですよ」

「えへへ……ええ、無愛想だと言われてしまって」

「今の方がいい? そうですか」ニコッ

「……っと。ありがとうございました。返しますね」

「今日の午後ですか? あー、ちょっと用事が……」

「いえ、お誘いありがとうございます」

カリカリ…

「……」
8 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:08:00.18 ID:IbdOiwe50
「えっ、私の名前でミスコンへ応募した……?!」

「え、ああ、そうですね、今までだと無愛想でしたから」

「……矢っ張り、そう思ってたんですね」

「えへへ、思い立って変えた次の日に体調を心配されたお返しですっ」ニコッ

「これでも私、結構思い切ったんですよ?」

「ええ、そうですね、人前で笑うのっていいですね」ニコニコ

「優勝だなんて、ふふっ、頑張ってみます」

「――え、アピールポイントですか?」

「アピール、ですか……ええと、手芸、です」

「はい、趣味で。グラスリッツェンとか」

「え、今度の文化祭で部誌と一緒に売る……?!」

「そんな、私には荷が重いですよっ!」

「もうっ……ふふっ」ニコッ

「……」
9 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:08:59.88 ID:IbdOiwe50
「以前お会いしましたよね?」

「はい、凛ちゃんとは友達でした」

「今はそうですね、同窓生、くらいの距離です」

「名刺? あ、はい、ありがとうございます」

「ああ、プロデューサー……そうでしたか」

「あの時は気がそぞろで。すみません、気付かなくて」

「え、凛ちゃんの専属プロデューサーなんですか?」

「……ああ、そうですか。凛ちゃんが心配して……」

「私は元気にしてますよ。笑うこともちゃんと出来ます」

「それと、あの時はひどいことを言ってごめんなさい」

「そう、伝えてもらえますか?」ニコッ

「え……私に、アイドルを? クール部門で改めて?」

「いえそんな、頭を下げられても……笑顔が良かった?」

「……」

「すみません、今はそんなこと考えられなくて。就職活動中ですし」

「はい、ええ……ありがとうございます。失礼します」
10 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:10:00.25 ID:IbdOiwe50
『小さな子が耳をすませる時、その蒸気のような思考は飛び散り易くて』

『また不定形だから、その思考に現れた驚異を大人達は悟れない』

『大人が――大人は、凡愚に染まっているから、驚異に愚鈍で』

『悪気なく……論理的に調べ、分析して、押し潰して』

『壁に掛けられた絵のように、現実の事物と同じにしてしまう』

『そうして、それを口やかましく言い聞かせた賢い人々によって』

『驚異を、神秘を、空想を――人は恥じるようになる』

『貧困や戦争を憂えて行動する人だけが素晴らしい』

『――なんて、愚かしい言葉』

『現実の卑しい自由のために、最も身近で偉大な楽園を捨てろだなんて』

『そうまでして日菜子を現実に縛り付けたいなら笑ってあげます』

『幾らでも嘲笑ってあげますよぉ。それが平凡の装いなら、日菜子は』

何をしても許し、愛し返してくれる相手しか愛せない……。

そんな相手を、モノやカラダだけじゃない愛で包んであげたい。

『日菜子は――』
11 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:11:00.24 ID:IbdOiwe50
「はい、まずここまで残れたのがびっくりです!」

「そもそもこれの応募はサークルの子が勝手にやってて……」

アハハハハ…

「……はい、笑顔がいいねとはよく言われます」ニコッ

「ええ、緊張すると顔が固くなっちゃうんですよ」

「い、今ですか? いえ余裕ということでは……」

「えへへ……え、逆に怒る時、ですか」

『日菜子は冷然とした女でありたかったですけれど』

「そうですね、私の場合例えば――」

『――ごめんなさい、王子様』

「自分の話ばっかりする人には、むっとするかも知れません」ニコッ

『日菜子は』

「――え……?」ツー…

ザワザワ…

「ひぐ、ぅ、え、え、どうして……?!」ポロポロ

『日菜子は、王子様に会えなくなってしまいました』
12 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:13:00.38 ID:IbdOiwe50
「――ん、ぅ……あれ、靴?」

「そっか、これ夢ですね。むふ、夢なら日菜子は――」

「日菜子の、お、王子様は……そんな、そんなもの、……っ」

ガヤガヤ…

「……ここ、は」

「実家の近く……? でも《蛇の巣》がまだ取り壊されてない」

「少し前の、中学生か、高校生の頃の実家近くの様子……」

「ふふ、BAR《蛇の巣》ってあれからすぐなくなっちゃいましたよねぇ」

「……何か、忘れて……漠然とした――約束のような……」

ほら日菜子、ぼーっとしてると危ないよ

「え?」

ふぇ? ……なんだ、凛ちゃんですかぁ

なんだじゃなくて。車道に落ちそうだったからさ

むふふ、昨日見つけたコレ、何だと思いますかぁ?

ダメだ……全然聞いてない……

いいですか凛ちゃん、この鍵はですね――

「あ、あれはあの頃の凛ちゃんと――日菜子……!」
13 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:14:00.45 ID:IbdOiwe50
「何、お母さん。いいから私と探すの手伝って」

『日菜子は――何をしてるんでしょう?』

「実家に帰って来たのはアレが理由なんだからいいでしょ」

「礼儀がなってない? だから何、いいから早く!」

『いきなり帰省して、日菜子は――』

「あの時にお母さんが私から取ったんだよ、あの《鍵》!」

「いつまでも持ってるから、って。どこ仕舞ったの?!」

『非常識な……ああ、あの頃の日菜子も似たようなものでしたね』

「もういい、私一人でも探すから邪魔しないで!」

『夢見がちで、目線はいつも宙を泳いでいて。でも――』

「きれいな色の小石……違う、何かの植物の種……違う」

「どこからか見つけた和綴じの――何たら城、本伝? 違う!」

「まったく、私から取り上げるクセに全部とっておくなんて……あ」

『――幸せでした』

「あった……銀色の、多分本物の銀の――《鍵》」
14 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:14:57.95 ID:IbdOiwe50
『日菜子は――そう、中学生で、歳は一五歳』

『あの時に凛ちゃんと一緒にスカウトを受けた日菜子は』

「……むふ」

『下積みの末にデビューが決まるんです』

『でも事務所は大きくて、数少ないファンに声も届かなくて』

『凛ちゃんはずっと先に成功してるのに、置いてきぼりで』

「むふふ」

『そんな時、日菜子をずっと支えてくれたあの人が』

「王子様で……むふ、むふふふふ……♪」

「――ふ? え、何。いいところだったのに」

「妄想を卒業? するワケないでしょお母さん」

「それにね、この《鍵》を持ってると何だか――」

凛ちゃん、この鍵はですね、素敵な人と見つけたんです

へえ、妄想じゃないんだ。でも王子様じゃないんだよね。誰?

背の高い、痩せた人で、そのぉ、とにかく黒いんです

何も分かんないよそれじゃ。まったく日菜子ったら

「――魔法を信じられるの」
15 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:16:00.10 ID:IbdOiwe50
「あれっ――閉店はしてるけど、まだ建ってる……?」

いいですか凛ちゃん、この《鍵》はですね

『BAR《蛇の巣》はとっくになくなった筈なのに――』

あそこのバーの扉を開けられるんです

本当に?

むふ、日菜子はそう信じてます

なんだ、結局いつも通り妄想なんだね

『もし、日菜子がまだあの純然たる空想を』

ガヤガヤ…

『あの頃の日菜子を信じているなら』

「私の、日菜子の服装は――うん、王子様に見られても大丈夫」

「って、それはいつも気を付けてることですよねぇ」

『むふふ、だって今の日菜子はあの頃の日菜子ですから』
16 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:17:00.33 ID:IbdOiwe50
バーの中には未知の原色が渦巻いていてですね

「――その淵に落ちると」

シンデレラの魔法にかかるんです

ふーん、じゃあそれで王子様と結ばれるんだね

いえ、話はそう単純ではありません

「だって魔法が上手くかからないかも知れないですから」

『変なところだけリアルだね』

「違いますよぉ、その方が素敵だからです」

むふ、王子様は蛙かも知れませんからね……♪

ふーん。で、本当に行くの?

『さよなら、日菜子の中の凛ちゃん』

えっ、私まで妄想扱いなんだ

「日菜子はただ戻りたいだけでも、やり直したいだけでもなく」

「あの妄想の続きを見たいんです」

……そっか

その旅路が例え窮極の混沌でも、日菜子は乗り越えてみせます

『待ってて下さい』

「王子様に会いに行ってきます」

ガチャリ…ギィィィ…
17 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:18:00.37 ID:IbdOiwe50
「ただいまー」

「お帰りなさい、プロデューサー。会えた?」

「おう、ニコニコしてたぞ。それとこの前はゴメンってさ」

「……」

「どうした?」

「何でもない。ただ、随分遠くへ行っちゃったな、って」

「あははは……ま、巡り合わせがあればまた会えるさ」

「……そっか」

またね、日菜子

待ってるよ
18 : ◆iv1d32We2. [sage saga]:2018/04/06(金) 12:21:00.82 ID:IbdOiwe50
元ネタはH.P.Lovecraft御大の「The Silver Key」です

依頼出してきます
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/08(日) 20:13:51.07 ID:Bm3cep3mO
おつ
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