千早「賽は、投げられた」

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

602 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/08(土) 22:46:43.78 ID:9+Zy6u7A0


一枚、一枚とページをめくる。

読み上げる千早ちゃんの声が、徐々に震えていく。


最後のページ。

私が、書ききることが出来なかった、白いページ。

そこにある、微かな跡を見て。

千早ちゃんの嗚咽が漏れた。


そうなんだよ、千早ちゃん。

本当はね。

本当に、私が思い描いた夢は、ね――。

603 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/08(土) 22:48:05.92 ID:9+Zy6u7A0


読み終えた千早ちゃんは、泣きじゃくっていた。


そっか。

やっと私の想い、届いたんだね。

なんだかなあ……私、口下手だから。

もっと早く伝えてあげられたら、良かったのかな。

そしたら、こんなに苦しむこともなかったのかな。


ごめんね、千早ちゃん。

604 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/08(土) 22:49:40.91 ID:9+Zy6u7A0

部屋の外に、光が見えた。

私を引っ張ってくれた、たくさんの、導きの光。


ほら、千早ちゃん。

みんなが待ってるよ。


私の身体と、千早ちゃんの身体が重なる。

あなたが独りで歩けないなら、私が手伝ってあげるよ。

さあ、立ち上がって。
605 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/08(土) 22:50:10.22 ID:9+Zy6u7A0


行こう、千早ちゃん。


「うん、何も言わなくていい。さ、行ってあげなさい」


社長の言葉を背に。

行こう、千早ちゃん。

みんなのところへ。

606 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/08(土) 22:54:43.87 ID:9+Zy6u7A0


二人の力で、マンションの階段を駆け下りる。

もうここまでくれば、大丈夫だよね。


ありがとう、神様。

私の最後の願いを聞いてくれて。


みんなに駆け寄って。

囲まれて、涙が溢れる千早ちゃんは。

きっともう、私がいなくても大丈夫で。

あの日、私が夢見た千早ちゃんの姿でもあって。

607 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/08(土) 22:55:28.64 ID:9+Zy6u7A0


みんなから代わる代わる声をかけられてるのに。

えへへ、千早ちゃん、まともに返事できてないじゃない。

そんな時はね、千早ちゃん。

一言でいいんだよ。


最後の最後に。

意地っ張りで恥ずかしがり屋な千早ちゃんに。

一言だけ。



ねえ、千早ちゃん。


みんな、その言葉を待ってるよ。


608 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/08(土) 22:56:05.98 ID:9+Zy6u7A0


「ただ、いまぁっ……!」


頑張ったね。

よく言えたね。

よく、言ってくれたね。


涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら言う千早ちゃんを見て。

もう大丈夫だね。

また、立ち上がれるよね。


千早ちゃん。

千早ちゃんには、みんながいるよ。


だからね。

ゆーびーきーりげーんまーん……。

約束、だからね――。

609 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/06/08(土) 22:56:47.13 ID:9+Zy6u7A0





そして私は。


暗闇へ溶けていく。




610 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/17(水) 23:52:11.89 ID:DmRi+1R2o
すみません、まだ続きをかける状況にありません。
お待ちいただけますと幸いです。
611 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/20(金) 05:20:27.12 ID:kH4hQ1Vwo
近々投下しますので、しばらくお待ちください。
612 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/27(水) 10:06:58.26 ID:lNzQ8jTRO
すみません、仕事が立て込んで投下できていませんでした
今しばらくお待ちください
613 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/29(金) 22:32:43.91 ID:rKyy5NZUO
待ってる。
614 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:41:43.51 ID:HC/e3twa0


私の世界が暗闇に染まりきる直前。


どこからか、歌声が聞こえた。


気が、しました。

615 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:42:30.10 ID:HC/e3twa0


――――――――――

――――――――

――――――

――――

616 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:43:15.16 ID:HC/e3twa0

スポットライトに照らされて。

私が声を張り上げようとした瞬間。

白昼夢をみた。


そこは、いつもの夢の部屋で。

何もなく殺風景だけれど、光で満ちた私の部屋。


そして、ガラス張りの壁の向こうには。

煙か墨が淀んでいくように。

徐々に徐々に、暗く染まっていくもう一つの部屋。
617 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:43:47.62 ID:HC/e3twa0

私は拳を握りしめた。

この向こうで、あの子は一人きりで。

それはまるで、いつかの私で。


ああ。

あのときは、あの子が私を救い出してくれたんだった。

手を引っ張って、私をどん底からすくい上げてくれたんだった。


もう一度、私は拳を握りしめる。

拳の中には、六面体のキューブ。

固い。

これならば、きっと。
618 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:44:13.99 ID:HC/e3twa0

私は握りしめた右手を、大きく振りかぶる。

そして、全ての力を右手に込めて。


キューブを。

さいころを。


ガラスの壁へと投げつけた。
619 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:44:46.74 ID:HC/e3twa0


がちん。


微かに濁った音がして、さいころが跳ね返ってくる。

器用にそれを拾って壁を見ると。

当たったところに小さなひびが入っていた。

620 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:45:18.10 ID:HC/e3twa0


もう一度、振りかぶる。

投げる。


ばしっ、と。


先ほどよりも大きな音が響く。

壁のひび割れは、さらに大きくなった。

621 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:45:59.19 ID:HC/e3twa0

きっと、次が最後。


ねえ、春香。

あなたは今、そこで泣いているのよね。

私が泣いていたとき。

あなたは私を抱きしめてくれたわよね。


ねえ、春香。

あなたは今、そこから出てきたいのよね。

最後、涙を堪えながら私に笑ってくれたとき。

その瞳の奥に、見えたから。


ねえ、春香。

春香。


今、行くから。
622 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:46:33.30 ID:HC/e3twa0


私は、全ての力を振り絞って。

全力だったさっきよりも、さらに全力で。

623 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:46:59.58 ID:HC/e3twa0


さいころが、壁に当たる。

物音一つ立てず、壁に当たる。

624 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:48:04.81 ID:HC/e3twa0


静かに、水が壁面を伝うように。

細いひびが、波紋のように広がって。

625 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:48:32.46 ID:HC/e3twa0


ガラスの壁は砕けて、崩れ落ちた。

626 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:49:35.45 ID:HC/e3twa0


そうだ。

もう嫌な過去を振り返らない。

そして、目の前にあるものから、目を逸らさない。


私たちが見つめるべきは、これからだから。

627 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:50:04.20 ID:HC/e3twa0

私の部屋の光が。

淀んだもう一つの部屋へと流れ込んでいく。

暗闇が照らされ。

みるみる内に明るくなっていく。

その先で、あの子は、体育座りをしていて。

小さく、しゃくりあげる声が聞こえて。
628 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:50:31.75 ID:HC/e3twa0

投げつけたさいころが宙を舞う。

出る目は果たして、なんだろうか。


関係ない。


さあ、行きましょう、春香。

進みましょう。
629 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:50:57.80 ID:HC/e3twa0





賽は、投げられた。




630 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:52:29.30 ID:HC/e3twa0

――――――――――

――――――――

――――――

――――
631 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:53:19.34 ID:HC/e3twa0

私は叫んだ。

喉の奥から、腹の底から。

これまでため込んできた、積年の想いを。

喜怒哀楽を。

吐き出すように。

叩きつけるように。

時に優しく、諭すように。
632 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:54:13.58 ID:HC/e3twa0

ああ、そうだった。

歌うことって、こんなにも心地良いものだったんだ。


これまで私を縛り付けていた鎖。

それらが全て引き千切られた今。

私には何の制約もなかった。


ただただ眼前には、自由。

歌という名の、大海原。
633 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:54:40.07 ID:HC/e3twa0

私は叫んだ。

全ての人に届くように。

空気を振動が伝い、耳から、全身から。

魂の奥底へと、届くように。


サイリウムが揺れる。

この揺れは、一体誰が生み出しているのだろう?

空気の振動?

違う、私だ。

他でもない私だ。

私が叫んだ魂が、他の魂を揺らしているのだ。
634 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:55:06.56 ID:HC/e3twa0

私は叫んだ。

一曲、また一曲と歌い上げる。

不安も恐怖も、微塵もなく。

まるでこれまでの鬱憤を晴らすかのように。

まるでこれまでの空白などなかったかのように。


声だけじゃない。

身体も勝手に、踊り動く。

私の魂を見せつけんとばかりに。
635 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:55:38.54 ID:HC/e3twa0

私は叫んだ。

マイクもいらないかもしれない。

この叫びはきっと、人間が作った機械など関係なく。

どこまでもどこまでも、響きわたる。


曲と曲の間の転換時さえも。

私の鼓動は、僅かたりとも弱まらない。

最高潮をキープして。

どくん、どくんと脈打って。

全身を血が駆けめぐる。
636 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:56:19.44 ID:HC/e3twa0

私は叫んだ。

会場も熱気を増していく。

届け、届けと想いが爆ぜる。

私の想いが。

観客の想いが。

会場を満たし、爆ぜる。


中でも私の想いはとびっきりで。

会場を越えて、どこまでも届けと。


あそこまで。

あの子の元まで。

あの部屋の暗闇を吹き飛ばすまで。

泣いているあの子が気付くまで。
637 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:57:09.16 ID:HC/e3twa0

息が上がる。

気付けばもう、次が最後の歌だった。


「皆さん、ここまで、本当にありがとうございました」

「今日だけではありません」

「あのとき、私の心が壊れてしまって」

「それでもなお、ここまで私のことを、待って、見守って」

「改めて、本当にありがとうございました」


全ての人へ向けた言葉。

プロデューサーはじめ事務所の仲間たち。

この日をずっと待っていてくれたファンの人々。


そして、私を救ってくれた――。
638 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:57:48.54 ID:HC/e3twa0

「次で、最後の歌です」

「この新曲は、ある大切な親友に捧げる歌です」

「どんな時もそばにいてくれて」

「どんな時も背中を押してくれて」

「どんな時も、私の心を救ってくれた」

「そんな、大切な、大切な人です」

「今はまだ、病室で眠り続けているけれど」

「きっと、この歌は届きます」

「そう、信じています」


「どうか、聴いてください」
639 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2020/08/13(木) 00:58:14.19 ID:HC/e3twa0

――――――――――

――――――――

――――――

――――
640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/08/13(木) 07:05:57.11 ID:7lwtGD1n0
お待ちしてました
352.74 KB Speed:0.2   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 新着レスを表示
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)