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千早「賽は、投げられた」
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531 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/04/10(水) 16:42:22.66 ID:aItq5mi3O
男の子をお兄ちゃんと呼ぶようになって。
そんなある日、お兄ちゃんに呼ばれて。
『公園に、おもしろい人がいるよ』
って。
お兄ちゃんについて走っていくと。
公園から小さな歌声が聴こえてきました。
532 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/04/10(水) 16:43:05.99 ID:aItq5mi3O
公園の片隅に、その人はいました。
顔見知りの子どもたち数人と、そのお母さんたち。
みんなに囲まれて、一人のお姉さんが、笑顔で歌っていました。
子どもたちの手を取って、踊ったり、静かに聴かせたり。
それを眺めるお母さんたちも笑顔で。
その歌声と姿に、みんなが幸せそうでした。
あとから来た私を見ると。
お姉さんは優しく声をかけて、手を伸ばしてくれて。
私もそこへ、笑顔いっぱいで走っていきました。
533 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/04/10(水) 16:43:52.95 ID:aItq5mi3O
あとから、そのお姉さんはとっても有名な人だと知りました。
しばらくして、急に引退してしまったけれど。
そのニュースでも、お姉さんは幸せそうで。
引退を惜しむ人たちも、まあ仕方ないか、って笑顔で。
私、こんな人になりたいんだって。
初めて、確信的な想いを持ちました。
私、みんなを幸せにするアイドルになりたいって。
このとき、初めて思ったんです。
534 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/04/10(水) 16:44:25.94 ID:aItq5mi3O
そうだ、思い出しました。
私は、天海春香。
アイドルを夢見る、一人の女の子でした。
535 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/04/10(水) 16:47:12.31 ID:aItq5mi3O
2月中と言ったのにこんなに遅くなってしまい、申し訳ありません。
諸事情で通院中のため、一度タイミングを逃してしまうと期間が空いてしまい……。
時間はかかってしまいますが最後まできちんと書きますので、大変恐縮ではありますが、お時間の許す限りどうかお付き合いください。
536 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2019/04/10(水) 17:50:29.12 ID:3xtwfmPrO
お待ちしておりました。完走を楽しみにしています
537 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/06/02(日) 06:34:39.14 ID:No0ZXdNwo
すみません、実生活で最悪のことがあり、精神的に継続が困難な状態です。
完結させるつもりなので落とさないようにはしますが、しばらくは更新できそうにありません。
申し訳ありません。
538 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:36:41.15 ID:oJPKOcJt0
私は、アイドルになりたいと思いました。
だからそのために、精一杯頑張りました。
小学校での音楽や体育の授業。
家でのダンス練習。
一つ一つ積み重ねて行けば。
きっとあのお姉さんみたいになれるって。
それはきっと、間違っていなくて。
ゆっくりだし、才能があるわけでもないし。
あまりにも普通の速度だったかもしれないけれど。
努力は、私を少しずつ前へ進めてくれました。
539 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:37:58.33 ID:oJPKOcJt0
学校では本当に頑張りました。
アイドルは歌えるだけではいけません。
歌って、踊って、お話しして、みんなを幸せにして。
そのためにはきっと、頭も良くならないといけません。
勉強を頑張りました。
友達と楽しくおしゃべりしました。
音楽や体育の授業は特に頑張りました。
一番ではなかったけれど、先生にも誉められました。
……体育はもうちょっと、頑張らないとだめだったかな?
540 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:38:53.16 ID:oJPKOcJt0
『大きくなったらアイドルになって、たくさんの人をしあわせにしてあげたいです』
私が初めて確信した、将来の夢。
その実現に向けて、小さい子なりに、一生懸命でした。
お父さんもお母さんも、私の夢を聞いて、応援してくれました。
春香ならきっと、優しいアイドルになれるよ、って。
お兄さんも手伝ってくれました。
スパルタだー!とか言いながら。
どこで聞いたか分からない特訓もしました。
テレビに出ていたトップアイドルを見て、すごいなあと言ったら。
翌日には、アイドルを目指す学校があることを調べてきてくれました。
541 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:39:40.09 ID:oJPKOcJt0
きっと私は、アイドルになれる。
ううん、なってみせる。
そのために努力するんだ。
もしかしたら……もしかしたら、力及ばないかもしれないけれど。
それでも、私にできるのは努力だけだから。
なるための努力なら、私にもできるから。
542 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:40:17.86 ID:oJPKOcJt0
その想いを打ち砕いたのは、遊園地での出来事でした。
543 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:40:43.21 ID:oJPKOcJt0
本当に突然のこと。
私は突然、急激な睡魔に襲われ、倒れるように眠ってしまいました。
最初は遊び疲れたのかな、と思ったけれど。
それ以降、時々眠ってしまうことが増え、病院に通うようになりました。
色々なことを言われました。
ナルコレプシーとか、それらしい病気ではないかとも言われました。
けれども、結論は、『分からない』。
私の睡魔の原因については、お医者さんも分からないようでした。
544 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:41:35.55 ID:oJPKOcJt0
それでも私は努力を続けました。
アイドルになるため。
みんなを幸せにするため。
あの日見たお姉さんのようになるため。
歌いました。
踊りました。
話しました。
545 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:42:23.95 ID:oJPKOcJt0
けれど、身体は努力を許してくれませんでした。
睡魔に襲われる頻度が増え。
思うように運動もできなくなり。
日に日に体力が減っていく。
小学生でも分かりました。
ああ、私、今、夢からどんどん遠ざかっている。
私、夢からどんどん、見放されている。
546 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:43:04.07 ID:oJPKOcJt0
必死でした。
必死にしがみつこうとしました。
けれども、病状はどんどん悪化していきます。
小学校に通える日数が減りました。
丸一日寝たきりの日もありました。
起きていても、家の中ですら動くのがままならない日が増えました。
547 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:43:36.50 ID:oJPKOcJt0
あれだけ輝いていた夢が。
お姉さんの姿が。
どんどん重責になって。
どんどん自分を追いつめて。
何もできなくなっていく自分が。
無力な自分が。
本当に本当に、怖くて、悲しくて、たまりませんでした。
548 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:44:07.70 ID:oJPKOcJt0
アイドル、諦めるしかないのかな。
そんな想いを、ずっと抱え続けていました。
中学生になっても、病状は徐々に進行していて。
私は半ば、自分に見切りを付けようとしていました。
549 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:45:00.43 ID:oJPKOcJt0
そんなときでした。
合唱コンクールに出ることになったのは。
550 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:45:47.61 ID:oJPKOcJt0
友達のケイちゃんが、一緒に出よう、と後押ししてくれました。
お父さんもお母さんも。
お兄さんも。
みんなが、出来うる限り、全ての手助けをしてくれました。
病院とお話ししてくれました。
学校の先生も、協力してくれました。
本当にたくさんの人が、私のために尽くしてくれて。
せめて、これだけでも。
このコンクールだけでも。
全力で、私の全てを使い切ってでも、歌おうと思いました。
551 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:46:22.67 ID:oJPKOcJt0
本番まで、辛いこともたくさんありました。
やりたいときに練習できなかったり。
みんなの足を引っ張ってしまったり。
本番当日になって、眠ってしまうんじゃないかって。
そんな恐怖もありました。
けれど、その日々はこれまでとは違っていて。
私は、ひたむきに努力しました。
少しだけ。
少しだけだけど。
小学生の頃、あの公園で、夢を見つけたとき。
あの頃の私に、戻ったようでした。
552 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:48:27.79 ID:oJPKOcJt0
たくさんの助力があって。
私はコンクール本番に出ることができました。
課題曲と、自由曲。
その両方を、私はそのときの全力で、歌いきることが出来ました。
ありがとう、ありがとう。
歌い終えたとき。
みんなに涙ながらにそう言ったのを覚えています。
でも、それ以上に……。
553 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:50:02.02 ID:oJPKOcJt0
あれは私たちの出番よりも前。
前半の、何校目だったかな。
正直、他の学校のことは全く意識していませんでした。
私たちはコンクールで賞を取る、と息巻いていたわけではなく。
中学校での思い出。
病気の友達への励まし。
そんな感じでの参加でしたから。
554 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:50:44.85 ID:oJPKOcJt0
でもその学校の生徒が並んだとき。
一人だけ、目に付く女の子がいたんです。
青みがかった長髪の女の子。
みんながステージ上で笑顔を浮かべる中。
端っこで独りだけ、どこか物悲しそうな女の子。
左端に座っていた私の真正面。
その子の姿を見た途端、目が離せなくなりました。
555 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:51:19.72 ID:oJPKOcJt0
そして、歌が始まって。
彼女一人の声が、私の耳に響きわたりました。
556 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:51:54.52 ID:oJPKOcJt0
なぜか分からないけれど。
その学校の歌が終わったあと。
私の顔は、涙でぐしゃぐしゃで。
あの子の歌がとても綺麗だったから?
歌うあの子が、とても悲しそうだったから?
たぶん、両方だったと思います。
557 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:52:57.77 ID:oJPKOcJt0
私が目指す形とは違うけれど。
人の心に届く歌を歌いたかったから。
とても悲しそうなあの子を。
笑顔にしてあげたいと思ったから。
そのとき、私はケイちゃんや先生に心配されながら。
ぐしゃぐしゃに泣きながら。
もう一度、思ったんです。
小さい頃、公園で思ったこと。
558 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 01:53:27.64 ID:oJPKOcJt0
私、やっぱりアイドルになりたいです。
559 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/06/07(金) 03:13:55.09 ID:2+9wG5g20
乙 応援してるぞ
560 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 05:21:04.30 ID:oJPKOcJt0
私は決めました。
病に負けないで、努力すると。
前へ、進み続けようと。
ウォーキングをしたり。
動画を見ながらボイストレーニングをしたり。
お兄さんは、高校を卒業したらプロデューサーを目指すと言いました。
芸能事務所の、プロデューサー。
きっと、私の夢を応援するために。
私は、諦めない。
改めて、そう誓いました。
561 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 05:21:49.03 ID:oJPKOcJt0
前に進まなきゃ。
何かをしなきゃ。
努力をしなきゃ。
その想いだけが、私を突き動かしていました。
そんな時でした。
お兄さんが、あの女の子の名前を教えてくれたのは。
562 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 05:22:44.21 ID:oJPKOcJt0
"如月千早"。
それが、あの女の子の名前。
563 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 05:23:17.15 ID:oJPKOcJt0
それまで漠然と抱いていた、あの女の子への想い。
名前を知って、私は。
もっともっと、あの子に近づきたいと思いました。
あの子みたいに歌が上手くなりたい。
あの子を笑顔にさせてあげたい。
564 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 05:23:55.78 ID:oJPKOcJt0
如月千早。
あの子も今、同じ空の下にいる。
今もあの子は、あの悲しそうな顔をしてるのかな。
今もあの子は、あの悲しそうな声で歌っているのかな。
ううん、そんなの、勿体ないよ。
あの子ならきっと、私ができないことも――。
565 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 05:24:31.21 ID:oJPKOcJt0
そして中学を卒業して。
私は、微睡む夢の中で、彼女と出会いました。
如月、千早ちゃんと。
566 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 05:25:02.56 ID:oJPKOcJt0
全てを失くした子。
未来を見出せない子。
今、とても辛い思いをしている子。
形は違っても、私とそっくりでした。
でも、一つだけ違うこと。
千早ちゃんは、目指すことが出来る子でした。
567 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 05:25:45.06 ID:oJPKOcJt0
全てを投げ捨てようとした千早ちゃんに。
私は夢の中で、思わず声をかけていました。
「それは勿体ないよ」
いつかの私も、こんな風に見えていたのかな。
そっと千早ちゃんの右手を握ると。
微かに強ばるのが分かりました。
「もうちょっと頑張ってみよう?」
「無理よ。もう、さいころを振る気力もないわ」
568 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 05:26:18.34 ID:oJPKOcJt0
ああ、私と同じだ。
頑張って頑張って、それでも見放されて。
全てを諦めてしまった、中学校に入った頃の私だ。
「一歩一歩、進んでいけばいいよ」
「私が、引っ張ってあげるよ」
そう声をかけて手を握ると、彼女は一瞬ためらって。
でも、私の声が届いたのかな。
おずおずと、握り返してくれました。
569 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 05:26:48.39 ID:oJPKOcJt0
千早ちゃんは、私だ。
「どうして、私に声をかけたの」
自分を見ているようで、辛さが分かってしまったから。
「私、助けなんてお願いしたかしら」
されてないよ。
「なら、どうして」
だって、さ。
あなたはきっと、もう一人の私だから。
頑張って報われるかもしれない、理想の私だから。
570 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 05:27:28.88 ID:oJPKOcJt0
引っ張ってあげるよ。
だから、その代わりね。
絶対に、前に進むことをやめないで。
私は、頑張ってきた。
けどね、どこかで私は無理なんだって。
どこかでね、分かり始めてたんだ。
571 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 05:27:56.50 ID:oJPKOcJt0
だから、千早ちゃんにはね。
「はいっ、ゆーびきーりげーんまーん!」
「え?」
「うーそつーいたーらはーりせーんぼーんのぉーますっ!」
「あ」
「はいっ、ゆーびきった!」
進んで欲しいんだ。
だって、千早ちゃんの瞳の奥にね。
"前に進みたい"って、願いが見えてしまったから。
572 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/07(金) 05:29:29.50 ID:oJPKOcJt0
どこへ進むか、分からなくてもいい。
いつも必ず正解を選ぶ必要なんてない。
一つ一つの出会いにしっかり目を向けて。
そこから見える光を追いかけていこうよ。
そんな千早ちゃんの、後押しをするために。
きっと、そのために。
私は、千早ちゃんと、出会ったんだよ。
573 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:31:28.24 ID:9+Zy6u7A0
それからは、本当に幸せな日々だった。
千早ちゃんが一歩一歩、前へ進んで。
事務所で、いろんな光と出会って。
その光に導かれて、私が夢見た道を進んでいく。
私と同じ存在である、千早ちゃんが。
574 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:32:15.29 ID:9+Zy6u7A0
私は私で頑張ったんだ。
眠ってしまう日はどんどん増えていく。
それでも、私は諦めなかった。
千早ちゃんが、手を握ってくれるから。
千早ちゃんが、前へ進もうとしてくれるから。
千早ちゃんが、私の想いは間違ってないって。
前へ進もうとしながら、証明してくれていたから。
575 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:32:51.50 ID:9+Zy6u7A0
千早ちゃんは、事務所の人たちのことを教えてくれた。
プロデューサーさんになったお兄さん。
社長。
小鳥さん。
美希。
あずささん。
伊織。
やよい。
真。
雪歩。
律子さん。
亜美。
真美。
四条さん。
響ちゃん。
カラフルな光で千早ちゃんを導いてくれる人たち。
そして同時にその人たちは、私にとっても光だった。
576 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:33:36.27 ID:9+Zy6u7A0
騒がしくも満たされた日々。
千早ちゃんは日に日に笑顔が増していった。
レッスンを受けて、歌って踊って、少しずつお仕事も来て。
千早ちゃんは前に進んでる。
だから、私も前に進まないと。
動ける時間は日に日に減っていく。
体力は衰えて、ダンスなんて出来ない。
お腹から声も出せない。
577 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:34:27.33 ID:9+Zy6u7A0
それでも、それでも。
私は、前に進みたいんです。
千早ちゃんがそうしてくれているように。
私だけ、歩みを止めるわけにはいかないんです。
怖いとか。
諦めとか。
いろんな言葉が過ぎりました。
でも、私は、それでも進もうとしました。
578 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:35:21.91 ID:9+Zy6u7A0
千早ちゃん。
いっこ、ごめんなさいがあるんだ。
千早ちゃんのデビュー曲。
すごく綺麗だし、大好きなんだけど、ちょびっと嫌い。
前に進もうとする前の。
合唱コンクールの時の千早ちゃんを思い出してしまうから。
でも、本当に嬉しかったんだよ。
千早ちゃんが、認められて。
私の想いが、叶ったみたいで。
579 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:36:19.96 ID:9+Zy6u7A0
けれどあの日、千早ちゃんの心は砕かれてしまった。
心ない、たった数枚の紙切れで。
砕けた心を必死に押し固めながら進もうとする姿は。
見ていて、本当に辛かった。
ごめんね。
何もしてあげられなくて、ごめんね。
辛かったよね。
苦しかったよね。
私なんかよりも、ずっと、ずっと――。
580 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:37:06.83 ID:9+Zy6u7A0
その頃、私もお医者さんから言われました。
厳しいことを言うようですが、このまま悪化の一途を辿るだろう、と。
つまりそれは。
私の時間がなくなるということ。
私という存在が、消えてしまうということ、でした。
581 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:37:56.52 ID:9+Zy6u7A0
分かっていました。
いつかこんな日が来ることは。
でも、神様。
もしもいるなら、言わせてください。
どうして。
私、頑張ったのに。
何も悪いことしてないのに。
色んなこと我慢して、必死に。
なんで。
なんで、神様。
目指すことさえ許してくれないんですか。
582 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:40:24.08 ID:9+Zy6u7A0
涙を堪えきれませんでした。
でも、私が嘆くことに意味はないから。
ならば、せめて。
せめて、私にできる最後のこと。
せめて、最後に。
千早ちゃんには。
千早ちゃんには、前を向いて欲しい。
だって……だって!
千早ちゃんは……千早ちゃんは、私の――。
583 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:42:04.43 ID:9+Zy6u7A0
けれど、千早ちゃんは心を閉ざしてしまった。
私は夢の中で、壁の向こうへ追いやられて。
千早ちゃんは、小さな部屋に閉じこもってしまった。
「待って! 待ってよぉ!」
涙が溢れる。
「行かないで、行かないでよ!」
がちゃりと、鍵がかけられる。
「開けて! 開けてよぉ! 千早ちゃん、千早ちゃん!!」
何度体当たりをしても、弱り切った私ではびくともしない。
「開けてよ! 千早ちゃん! お願い、お願いだから!」
壁の向こうから、千早ちゃんの弱々しい声が聞こえた。
「もう、私は疲れたのよ……もう、何もしたくない……」
「イヤだぁ……そんなの、イヤだよぉ!」
私は、叫びました。
584 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:42:45.28 ID:9+Zy6u7A0
千早ちゃん。
千早ちゃんは私なんだよ。
千早ちゃんは、前へ進むことが出来る私なんだよ。
私が思い描いてきた夢。
私が、小さい頃から願っていた姿。
諦めかけた私を、救ってくれた人。
千早ちゃん。
あなたは、そんなすごい人なんだよ。
585 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:43:35.29 ID:9+Zy6u7A0
千早ちゃん。
千早ちゃんは私なんだよ。
千早ちゃんは、前へ進むことが出来る私なんだよ。
私が思い描いてきた夢。
私が、小さい頃から願っていた姿。
諦めかけた私を、救ってくれた人。
千早ちゃん。
あなたは、そんなすごい人なんだよ。
586 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:44:23.37 ID:9+Zy6u7A0
すみません、
>>585
はミスです。
無視してください。
587 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:45:13.83 ID:9+Zy6u7A0
「嫌だよぉ!!!」
588 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:45:46.35 ID:9+Zy6u7A0
千早ちゃんはね。
「……だって、千早ちゃん……指切り、したもん……」
私の全てなんだよ。
千早ちゃんが前に進むことはね。
「絶対に、前に進むことをやめないで……ってぇ……」
私が生きた証なんだよ。
589 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:47:41.32 ID:9+Zy6u7A0
私の夢。
私の想い。
押しつけがましくてごめんね。
傲慢でごめんね。
それでも、どうか。
どうか、私の全てを。
肯定して欲しいんだ。
千早ちゃん。
他でもない、あなたに。
590 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:48:21.71 ID:9+Zy6u7A0
「今度新曲を出す時は、明るい歌を歌ってほしいな」
体が震える。
やっぱり、怖いよ。
消えてしまうことがじゃない。
千早ちゃんと、一緒にいられなくなることが。
立ち直るところを、見届けられないのが。
それが、たまらなく怖いんだよ。
591 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:48:54.09 ID:9+Zy6u7A0
「だって……友達が寂しそうに歌ってるのなんて、見たくないよ」
「とも、だち……?」
「うん。大切な大切な、友達」
そうだよ、千早ちゃん。
私は、そう思ってるよ。
笑顔が素敵な千早ちゃん。
意外とすぐ拗ねる千早ちゃん。
ムキになる千早ちゃん。
笑い上戸な千早ちゃん。
全部全部、大好き。
大好きな、千早ちゃん。
592 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:50:21.52 ID:9+Zy6u7A0
でも、こんなお話ももう限界。
「千早ちゃん。さっき頼んだこと……できれば、お願いね」
そして、神様。
「ばいばい、千早ちゃん」
もし、神様がいるのなら。
願わくば、どうか、千早ちゃんを――。
593 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 21:51:10.18 ID:9+Zy6u7A0
そして私の世界は、独りになった。
594 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 22:01:41.25 ID:9+Zy6u7A0
すぐ近くに、泉があった。
覗くと、千早ちゃんの姿。
「千早ちゃん!」
名前を呼んだ。
でも、返事はない。
「千早ちゃん……」
その姿は、別れ際の時のまま。
傷つき、感情を失くした、悲しい姿だった。
595 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 22:04:50.10 ID:9+Zy6u7A0
私は見ていることしかできない。
みんなの辛そうな表情。
周りを突き放す千早ちゃん。
私に話しかける千早ちゃん。
私は見ていることしかできない。
千早ちゃんが自分自身に追いつめられ、苦しむ姿。
千早ちゃん、私はここにいるよ。
千早ちゃん、私はそばにいるよ。
距離はとても離れているかもしれないけれど。
私はいつも、あなたの隣にいるんだよ。
そんな心の叫びも、今の千早ちゃんには届かない。
596 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 22:07:15.55 ID:9+Zy6u7A0
独りぼっちの世界。
他に誰もいない。
何もない。
ただ、私が在るだけ。
きっとあの病院のベッドで眠り続けている限り。
私は、このままなのかな。
寂しいなぁ。
寂しいよ、千早ちゃん。
597 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 22:12:59.06 ID:9+Zy6u7A0
私は独りぼっち。
千早ちゃんと離れて、初めての独りぼっち。
前は家族がいた。
友達がいた。
お兄さんがいた。
いつも隣には、千早ちゃんがいた。
その千早ちゃんが、隣にいない。
ずっとずっと、このまま独りなのかな。
これが私の、いるべき場所。
運命、だったのかな。
598 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 22:14:02.21 ID:9+Zy6u7A0
――どれくらい時間が経っただろう。
独りきりで、座り込んで。
泉の中の千早ちゃんを見つめて。
ふと、どこからか、光が見えた。
カラフルな、千早ちゃんを導いてきた光。
それらが私の前で、手招きをしてる。
「今更どうしたのかな……」
光は見える。
見えるというか、感じる。
泉の中から。
「こっち……?」
ふらふらと、誘われるように泉に手を差し入れる。
暖かい光が、私を引っ張ってくれた。
599 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 22:44:54.90 ID:9+Zy6u7A0
すぐ隣に、千早ちゃんがいた。
雨に濡れそぼって、ノートを抱えて。
「千早ちゃん!」
私は必死に呼んだ。
けれども、その声は届かない。
代わりに見えるのは、怯えの瞳。
何度声をかけても。
何度その肩に触れようとしても。
千早ちゃんは、怯えた声をあげて逃げてゆく。
待って!
待ってよ千早ちゃん!
私はここにいるよ!
千早ちゃん!
600 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 22:45:27.76 ID:9+Zy6u7A0
千早ちゃんは、雨と涙に濡れて。
私は逃げ込む千早ちゃんと共に、部屋へと入った。
無機質な、でもところどころにみんなの思い出が詰まった。
千早ちゃんの、大切な部屋。
千早ちゃんが最後に逃げ込める、大切な部屋。
そんな玄関先で。
びしょ濡れの千早ちゃんが、座り込んでいた。
私のノートを、握りしめて。
私も、その隣に座りこんだ。
微かに伝わる体温が、暖かい。
神様がお願いを聞いてくれたのかな。
601 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 22:46:07.52 ID:9+Zy6u7A0
千早ちゃん、そのノート、読んでくれないかな。
私の想いを込めた、その夢のノートを。
千早ちゃんの指は動かない。
ノートを開こうとしているのに、何かに怯えているようで。
大丈夫だよ、千早ちゃん。
透き通った私の手が、千早ちゃんの手と重なる。
ゆっくりと、ノートのページをめくる。
暖かい。
千早ちゃん、あなたはこんなにも、暖かい人なんだよ。
602 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 22:46:43.78 ID:9+Zy6u7A0
一枚、一枚とページをめくる。
読み上げる千早ちゃんの声が、徐々に震えていく。
最後のページ。
私が、書ききることが出来なかった、白いページ。
そこにある、微かな跡を見て。
千早ちゃんの嗚咽が漏れた。
そうなんだよ、千早ちゃん。
本当はね。
本当に、私が思い描いた夢は、ね――。
603 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 22:48:05.92 ID:9+Zy6u7A0
読み終えた千早ちゃんは、泣きじゃくっていた。
そっか。
やっと私の想い、届いたんだね。
なんだかなあ……私、口下手だから。
もっと早く伝えてあげられたら、良かったのかな。
そしたら、こんなに苦しむこともなかったのかな。
ごめんね、千早ちゃん。
604 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 22:49:40.91 ID:9+Zy6u7A0
部屋の外に、光が見えた。
私を引っ張ってくれた、たくさんの、導きの光。
ほら、千早ちゃん。
みんなが待ってるよ。
私の身体と、千早ちゃんの身体が重なる。
あなたが独りで歩けないなら、私が手伝ってあげるよ。
さあ、立ち上がって。
605 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 22:50:10.22 ID:9+Zy6u7A0
行こう、千早ちゃん。
「うん、何も言わなくていい。さ、行ってあげなさい」
社長の言葉を背に。
行こう、千早ちゃん。
みんなのところへ。
606 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 22:54:43.87 ID:9+Zy6u7A0
二人の力で、マンションの階段を駆け下りる。
もうここまでくれば、大丈夫だよね。
ありがとう、神様。
私の最後の願いを聞いてくれて。
みんなに駆け寄って。
囲まれて、涙が溢れる千早ちゃんは。
きっともう、私がいなくても大丈夫で。
あの日、私が夢見た千早ちゃんの姿でもあって。
607 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 22:55:28.64 ID:9+Zy6u7A0
みんなから代わる代わる声をかけられてるのに。
えへへ、千早ちゃん、まともに返事できてないじゃない。
そんな時はね、千早ちゃん。
一言でいいんだよ。
最後の最後に。
意地っ張りで恥ずかしがり屋な千早ちゃんに。
一言だけ。
ねえ、千早ちゃん。
みんな、その言葉を待ってるよ。
608 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 22:56:05.98 ID:9+Zy6u7A0
「ただ、いまぁっ……!」
頑張ったね。
よく言えたね。
よく、言ってくれたね。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら言う千早ちゃんを見て。
もう大丈夫だね。
また、立ち上がれるよね。
千早ちゃん。
千早ちゃんには、みんながいるよ。
だからね。
ゆーびーきーりげーんまーん……。
約束、だからね――。
609 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2019/06/08(土) 22:56:47.13 ID:9+Zy6u7A0
そして私は。
暗闇へ溶けていく。
610 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/07/17(水) 23:52:11.89 ID:DmRi+1R2o
すみません、まだ続きをかける状況にありません。
お待ちいただけますと幸いです。
611 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/09/20(金) 05:20:27.12 ID:kH4hQ1Vwo
近々投下しますので、しばらくお待ちください。
612 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/11/27(水) 10:06:58.26 ID:lNzQ8jTRO
すみません、仕事が立て込んで投下できていませんでした
今しばらくお待ちください
613 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/11/29(金) 22:32:43.91 ID:rKyy5NZUO
待ってる。
614 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:41:43.51 ID:HC/e3twa0
私の世界が暗闇に染まりきる直前。
どこからか、歌声が聞こえた。
気が、しました。
615 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:42:30.10 ID:HC/e3twa0
――――――――――
――――――――
――――――
――――
616 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:43:15.16 ID:HC/e3twa0
スポットライトに照らされて。
私が声を張り上げようとした瞬間。
白昼夢をみた。
そこは、いつもの夢の部屋で。
何もなく殺風景だけれど、光で満ちた私の部屋。
そして、ガラス張りの壁の向こうには。
煙か墨が淀んでいくように。
徐々に徐々に、暗く染まっていくもう一つの部屋。
617 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:43:47.62 ID:HC/e3twa0
私は拳を握りしめた。
この向こうで、あの子は一人きりで。
それはまるで、いつかの私で。
ああ。
あのときは、あの子が私を救い出してくれたんだった。
手を引っ張って、私をどん底からすくい上げてくれたんだった。
もう一度、私は拳を握りしめる。
拳の中には、六面体のキューブ。
固い。
これならば、きっと。
618 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:44:13.99 ID:HC/e3twa0
私は握りしめた右手を、大きく振りかぶる。
そして、全ての力を右手に込めて。
キューブを。
さいころを。
ガラスの壁へと投げつけた。
619 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:44:46.74 ID:HC/e3twa0
がちん。
微かに濁った音がして、さいころが跳ね返ってくる。
器用にそれを拾って壁を見ると。
当たったところに小さなひびが入っていた。
620 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:45:18.10 ID:HC/e3twa0
もう一度、振りかぶる。
投げる。
ばしっ、と。
先ほどよりも大きな音が響く。
壁のひび割れは、さらに大きくなった。
621 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:45:59.19 ID:HC/e3twa0
きっと、次が最後。
ねえ、春香。
あなたは今、そこで泣いているのよね。
私が泣いていたとき。
あなたは私を抱きしめてくれたわよね。
ねえ、春香。
あなたは今、そこから出てきたいのよね。
最後、涙を堪えながら私に笑ってくれたとき。
その瞳の奥に、見えたから。
ねえ、春香。
春香。
今、行くから。
622 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:46:33.30 ID:HC/e3twa0
私は、全ての力を振り絞って。
全力だったさっきよりも、さらに全力で。
623 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:46:59.58 ID:HC/e3twa0
さいころが、壁に当たる。
物音一つ立てず、壁に当たる。
624 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:48:04.81 ID:HC/e3twa0
静かに、水が壁面を伝うように。
細いひびが、波紋のように広がって。
625 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:48:32.46 ID:HC/e3twa0
ガラスの壁は砕けて、崩れ落ちた。
626 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:49:35.45 ID:HC/e3twa0
そうだ。
もう嫌な過去を振り返らない。
そして、目の前にあるものから、目を逸らさない。
私たちが見つめるべきは、これからだから。
627 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:50:04.20 ID:HC/e3twa0
私の部屋の光が。
淀んだもう一つの部屋へと流れ込んでいく。
暗闇が照らされ。
みるみる内に明るくなっていく。
その先で、あの子は、体育座りをしていて。
小さく、しゃくりあげる声が聞こえて。
628 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:50:31.75 ID:HC/e3twa0
投げつけたさいころが宙を舞う。
出る目は果たして、なんだろうか。
関係ない。
さあ、行きましょう、春香。
進みましょう。
629 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:50:57.80 ID:HC/e3twa0
賽は、投げられた。
630 :
◆on5CJtpVEE
[saga]:2020/08/13(木) 00:52:29.30 ID:HC/e3twa0
――――――――――
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