千早「賽は、投げられた」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:38:08.09 ID:+0zrf0Mn0


それは、いつのことだっただろう。

私がこの世に生を受けて、一番最初のこと。

私が気付くよりも、ずっとずっと前のこと。

生まれたままの姿の私は、何も持っていなかった。


その目は、母親の姿を見つけてさぞ安心したことだろう。

今となっては、その時の記憶はない。

だから、全ては憶測でしかない。


私の前に置かれた、一枚のシート。

マス目ごとに出来事が書き記された、長い長いすごろく。

スタート地点に、私の駒がぽつんと佇む。

生まれた私は、まっさらな出発地点から始まったのだ。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1522222687
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:39:15.97 ID:+0zrf0Mn0


スタートした私は手探りだった。

何をすればいいのか。

何をすれば幸せになれるのか。

そんなことは、誰も教えてくれない。

自ら進み、身をもって確かめるしかない。


私の手に握られたさいころ。

これが私の全てだ。

小さなキューブに詰まった私の未来は、とても綺麗に、輝いて見えた。

3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/28(水) 16:39:24.73 ID:edeLLjaSO
72は、掴めない
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:40:05.40 ID:+0zrf0Mn0


さいころを振る。


『1』


駒を進める。


『両親の愛情を得る』

『1マス進む』


良かった。

私は、幸運に恵まれているらしい。

幸先のいいスタートを切ることになった。


5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:40:55.92 ID:+0zrf0Mn0


さいころを振る。


『1』


駒を進める。


『すくすくと育つ』


大きな不自由はなかった。

幼心にわがままを言っては、両親を困らせることもあった。

けれども、両親は厳しすぎず、甘すぎず。

笑いながら、泣きじゃくりながら、私は両親の愛を一身に受けた。

少しずつ大きくなり、徐々に自分なりに考えるようになった。

弟か妹が欲しいかい、なんて両親の笑顔。

私はとっても喜んで、うんうんと、何度も頷いた。


6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:41:44.93 ID:+0zrf0Mn0


さいころを振る。


『1』


駒を進める。


『弟が生まれる』

『1マス進む』


ああ、なんて素晴らしい事だろう。

私に、弟ができた。

可愛い、私によく懐いてくれる、大切な弟。

初めての、自分よりか弱い存在。

守ってあげたくて、頭を撫でてあげたくて。

前よりわがままを言いづらくなったけれど。

お姉さんというのは、とても心地良いものだと思った。


7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:42:44.16 ID:+0zrf0Mn0


さいころを振る。


『1』


駒を進める。


『両親から同じように愛され、姉弟で健やかに育つ』

『2マス進む』


家族四人で、ささやかな幸せを享受する。

私は少しずつ、歌が好きになっていった。

母の子守唄。

テレビから聞こえる童謡。

聴く者を慈しむような声を、いつからか私も発したいと感じた。

そして口にし始めた拙い歌を、弟は心から楽しそうに聞いてくれる。

それを眺めながら、両親も柔らかく微笑んでいる。


私にとって、それは、これ以上ない幸せのように思えた。


8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:43:26.53 ID:+0zrf0Mn0


さいころを、振ろうかしら。

いえ、ここで止めておきましょうか。

このまま、


『すくすくと育って大人になり』

『伴侶にも恵まれ』

『子宝を授かり』

『時々は家族と、弟と会って、昔を懐かしみながら』

『ずっとずっと、幸せな日々を送りましたとさ』


めでたし、めでたし。

それで、いいのではないでしょうか。


そんな想いが、私の中を過ぎった。


9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/28(水) 16:43:39.60 ID:bzX03S9sO
もう読めた
I wanna sayって言いたいだけだ
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:44:30.10 ID:+0zrf0Mn0


「あ……」


きっと、幸せな記憶。

それを想い、ふと指の力を緩めた瞬間。

手のひらから、さいころが零れ落ちた。

無情な回転は最早誰にも止めることはできず。

乾いた音を立てながら、すごろくの盤上へと転がった。

ころり。


『1』


「あ…………」


私は、次のマスを見て、身体が固まった。

けれど、さいころの出た目は、絶対だ。

すごろくは、進めなければならない。

振ってしまったら、後戻りはできないのだ。


11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:46:19.21 ID:+0zrf0Mn0


マス目に書かれた文字を、震える声で読み上げる。


「弟を、失う」

「5マス、戻る」


何故。

何故、さいころは零れ落ちてしまったの。

何故、私は指の力を緩めてしまったの。


マス目をなぞった赤い人差し指が、震える。

あの子の赤で濡れた人差し指が、震える。

押さえを失った歯が、ガチガチと、震える。


何度も夢だと思おうとしたけれど。

震える歯が時折噛む、舌の痛み。

指先にまとわりつく、赤い粘り気。

鼻先をつく、鉄の匂い。


あらゆる感覚器官が、夢であることを拒絶した。


12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:47:43.12 ID:+0zrf0Mn0


大切な弟だった。

両親の、そして私の、拠り所だった。


その命は、


いとも簡単に。

あっけなく。

ほんの刹那に。


摘み取られてしまったのだ。


震える手から駒を何度も取りこぼしながら。

口元から堪えきれない嗚咽を漏らしながら。


駒を、5マス戻した。


13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/28(水) 16:48:20.17 ID:oWcMd5vpO
前に落ちたけど書き終わったのかな?
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:49:04.42 ID:+0zrf0Mn0


震える手は、さいころを振ることを止められない。

まるで何者かに操られたかのように。

まるで死神にでも魅入られたかのように。

さいころを振る。


『1』


呼吸が荒い。

頬は、何か気持ちの悪い液体で、べしゃべしゃに濡れている。

駒を進める。

マスに書かれている文面は、先ほどとは変わっていた。

暖かさと明るさに満ちていたはずのマス目は、どこにもなかった。


『家族の幸せが途切れる』

『スタートに戻る』


ささやかな幸せは、もう欠片も残っていなかった。

大切なものを失っただけではなく。

かつて注がれていた愛情も、大きく変質してしまった。


15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:50:15.40 ID:+0zrf0Mn0


私は、また一人でスタートに佇む。

暖かだったものが、温度を零下に冷え切らせて形を変え。

尖った痛みを伴い、家族の繋がりをぼろぼろに刺し崩す。


そう。

私は、一人になっていた。


こんな家には居たくない。

早く、さいころを振って飛び出そう。


心臓を突き刺してしまいたいくらい辛かったけれど。

すごろくを投げ出すことだけは、絶対に許せなかった。


さいころを零し落としてしまったのは、私だから。

壊してしまったのは、私だから。

だからせめて、最後までやらなければ、ならないから。


16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:51:07.27 ID:+0zrf0Mn0


さいころを振る。


『2』


駒を進める。


『淡々と学校へ通う』


特別な指示はない。

ただ、学校に行くだけだ。

学校も決して、居心地のいい場所ではなかった。

仔細までは分からずとも、みんな、私からある種の空気を感じていた。

それ故、腫物を扱うような空気で、酷く澱んでいた。

けれどそれでも、触らないでいてくれるだけ、あの冷たく刺すような家よりは良かった。


17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:51:57.72 ID:+0zrf0Mn0


さいころを振る。


『1』


駒を進める。


『歌を歌う』

『1マス進む』


そして、一つだけ、いいところ。

音楽の授業は、今の私にとって、唯一求めるものだった。

あの幸せなひと時を、きっとまた手に入れられる。

“歌”は、私にとって幸せの象徴だった。


歌っている間は、一人で安らぐことができる。

歌っている間は、音符の並びしか頭にない。

他の何も考えなくていい。

ただひたすら、歌うだけでいい。


その間だけは少し、あの頃の心地に浸ることができた。


18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:52:56.35 ID:+0zrf0Mn0


さいころを振る。


『2』


駒を進める。


『合唱コンクールに出場する』

『1マス進む』


中学校。

私はまた、歌う喜びに心を開き始めていた。

相変わらずみんなは、無愛想な私を腫れ者扱い。

私も、みんなと関わろうとはしない。

それでも、歌う時はみんなと一緒だった。


私は声を張り上げ、導くように歌う。

その時だけは、みんなついてきてくれた。


コンクールで大きな結果を出すことは出来なかったけれど。

私が大きな声を出せば、みんなも大きな声を出す。

歌う度に、みんなが喜んでくれた。


19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:53:23.43 ID:+0zrf0Mn0



ああ、そうだ。

確かあの頃も、こんな風に、みんな喜んでくれていた。

そこに、ささやかな幸せがあった。



20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:53:50.43 ID:+0zrf0Mn0


コンクールの期間が過ぎると、私はまたいつもように戻った。

みんなもまた、腫物を扱う日々。


けれど私は、見つけかけた気がした。

小さな、幸せの萌芽。


今回は少し遅かったけれど。

次は、きっと幸せを見つけてみせよう。


21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:54:26.76 ID:+0zrf0Mn0


さいころを振る。


『1マス進む』


駒を進める。


『高校に入学し、一人暮らしを始める』


私はようやく、檻から抜け出した。

無理矢理理由を作り、遠くの高等学校に入学して。

晴れて、念願の一人住まい。

あの家では、もう幸せを見つけることはできないから。

新しい場所で、幸せを見つけよう。


きっと。


22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:54:57.19 ID:+0zrf0Mn0





私は、何も疑っていなかった。

きっと、思い描いていることは、間違いではないって。





23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:55:23.58 ID:+0zrf0Mn0


さいころを振る。


『1マス進む』


駒を進める。


『合唱部に入る』


きっと、ここなら私の居場所になってくれる。

歌しか残っていない私にとって、その場所は輝いて見えた。

ここでなら、コンクールの最中に垣間見えた幸せを、共にできるはず。

思った通り、ここでは誰もが歌を愛していた。

勿論、私も。


さぁ、取り戻そう、幸せな日々を。


24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:56:02.25 ID:+0zrf0Mn0


私は、無我夢中で手を伸ばした。

霞の中で、形も分からぬ何かを掴もうとして。

歌への想いをぶつけるように。

今は失き幸せな日々を探るように。

弟の笑顔にすがるように。


思えば、私は焦っていたのかもしれない。

幸せを目前にしているように見えて。

その実、背後はいつも崖っぷちだった。


さいころを振ろうと力んだ私の手のひらから。


ころん、と。


また、さいころが零れ落ちた。


25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:56:33.52 ID:+0zrf0Mn0


「あ……」


力と共に右手に込められた、期待と不安は、行き場を失って戸惑って。

ころころと転がり、意に背く数字が表れるのを、私はただ眺めるしかなかった。


「1マス、進む」


心のどこかで、私は思っていた。

心のどこかで、私は分かっていた。


やはり今回も、私は幸せへは届かないのだ、と。


26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:57:00.50 ID:+0zrf0Mn0





『合唱部での居場所がなくなる』

『スタートに戻る』





27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:57:49.99 ID:+0zrf0Mn0


確かに、歌への想いはあった。

それは、私も、みんなも。

けれど、根底にある“もの”が、決定的に違った。


私は、歌に対して盲目的だった。

私には歌しかなかった。

私が思う理想しかなかった。


みんなには歌以外もあった。

歌を取り巻く、各々の幸せがあった。

それらの幸せから紡がれる歌があった。


沢山の幸せの中に歌も含まれるみんな。

歌の中にしか幸せを見出せない私。


“合唱”が“独唱”に変わるのに、そう時間はかからなかった。


私は再び、幸せのかけらを、完全に見失った。


28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:58:44.13 ID:+0zrf0Mn0


手に入れる寸前のつもりだった。

実際には寸前どころか、ゴールへ向かって歩んですらもいなかった。

最初から私は背を向けて、反対方向へ独り歩んでいたのだった。


足腰が砕け、地べたにへたり込む。

幸せの青い鳥など、どこにもいやしない。

鳥籠の中を覗こうにも、それは最初に壊れてしまった。

投げ出すことを許せないなどと言っておきながら、この様だ。


私は弱い。


弱い私には、もう賽を投げる勇気はない。

このすごろくは、私に苦難しか与えない。

もう、さいころなんて振りたくない。

もう、こんなゲームは降りたい。


29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:59:12.85 ID:+0zrf0Mn0



教えてください。


私の幸せは、どこにあるのでしょうか?


教えてください。


私は、何を探せばいいのでしょうか?



私は自分の駒を掴み、放り投げようとした。



30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 16:59:59.73 ID:+0zrf0Mn0


「それは勿体ないよ」


誰かが、そっと私の右手を握った。

私の手を優しく包み、その中にある駒を壊さない様に。


「許せない気持ちが変わらないなら、もうちょっと頑張ってみよう?」

「無理よ。もう、さいころを振る気力もないわ」


突然現れたその声の主は、私を明るく、容赦のない声で立ち上がらせようとした。

私はへたり込んだまま、両手はぶらぶら。

それでも彼女は、私の手を放さなかった。


「さいころを振れなくてもいいよ」

「一歩一歩、進んでいけばいいよ」

「私が、引っ張ってあげるよ」

「またさいころを振れる、その日まで」


31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 17:00:44.62 ID:+0zrf0Mn0


彼女は慈しむように私を見た。

澄んだ瞳に、情けない姿の私が映る。


けれどもその目は、同情じゃない。

けれどもその目は、命令でもない。


「どうして、私に声をかけたの」

「辛そうだったから」

「私、助けなんてお願いしたかしら」

「されてないよ」

「なら、どうして」

「私、とっても自分勝手で、お節介焼きさんなんだ」


えへへ、と、彼女は笑った。

32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 17:01:14.77 ID:+0zrf0Mn0


「私は、さいころを振らないわ」

「うん、私が引っ張ってあげる」


彼女は、私の手を握る力を強めた。


「だから、その代わりね」

「その代わり?」


同じくらい強い眼差しで、私の瞳の奥を見据える。


「絶対に、前に進むことをやめないで」

「それは……」

33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 17:02:17.89 ID:+0zrf0Mn0


「はいっ、ゆーびきーりげーんまーん!」

「え?」

「うーそつーいたーらはーりせーんぼーんのぉーますっ!」

「あ」

「はいっ、ゆーびきった!」


とびっきりの笑顔で、私に微笑みかける。


「独りじゃなくて、一緒にさ、前に進もう?」


どうしたらいいのか、私には分からなかった。


耐え忍んできたことも、

無我夢中でやってきたことも、

何一つ、実を結ぶことはなかった。

さいころを振る力も失くした今、私は何もできない。

34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 17:02:53.83 ID:+0zrf0Mn0


「分からなくてもいいよ」

「そのために、私がいるよ」


駒を私の指先に握り直させ、手を握って一緒に動かす。

伝わってくる彼女の温もり。

その中に、ほんの僅かだけ。

霞の中で、探していたものを感じた気がした。


「ほら、まずは1マス進んでみよう?」


私は言われるがままに、駒を進める。

35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 17:03:48.61 ID:+0zrf0Mn0


1マス進む。


ふらつく足取りで訪れた場所。

私の前にあるのは、古びた小さな雑居ビル。

築何年くらいになるのか、多分私よりも年上だろう。


街中で小さな、素朴な広告を見て。

一度見ただけなのに、何故か頭から離れなくて。

それでも躊躇する手を引かれて訪れたのは、これまた小さなアイドル事務所。

私は社長を名乗る人に、一言だけ質問をされた。


「君は、好きなことはあるかね?」


私は、偽りなく答えた。


「以前は、歌が何よりも好きでした」

「……いいえ、歌が私に届けてくれる幸せが、好きでした」

「それをまた手にしたいと、もがいています」


その言葉を聞いた社長は、何も言わずに頷いてくれた。

1マス進む。

36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 17:04:37.22 ID:+0zrf0Mn0


1マス進む。


「ん、君が新しく入るっていう子だね?」

「如月、千早です」

「うん、前から知ってるよ」

「え?」


不思議がる私を見て、その人は小さく笑った。


「以前知り合いに、中学生の合唱コンクールに招待されてさ」

「その中に、とても想いのこもった歌声を持っている子がいてね」

「気になって顔と名前だけは覚えてたんだ」

「そう、でしたか」

「これも何かの縁だ。全力でフォローするからよろしくな」


穏やかだけれど、少し空回り気味なプロデューサーに会う。

1マス進む。

37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 17:05:43.09 ID:+0zrf0Mn0


1マス進む。


「ちょっと騒がしい子が多いけど、いい子たちばかりよ」

「音無さん、ですよね」

「あら、私の名前を憶えてくれたの? ふふ、嬉しい」

「細かいところまでは詮索しないけれど、千早ちゃんに複雑な事情があるのは聞いてるわ」

「……お気遣いなく」

「そうね。無理に助けてあげようとか、そういうことはしない」


いたって自然な表情で、腫れ物に触るような素振りは全く見えない。


「でも、何か少しでも不安があったりしたら、関係ない事でもいつでも聞いてね」

「自分で言うのも寂しいけれど、年の功もあるから、ね?」

「分かりました。その時が来れば」


音無さんは微笑んだ後、思い出したように深いため息をついた。

1マス進む。

38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 17:06:27.81 ID:+0zrf0Mn0


1マス進む。


「あ、ごめんなさい。このプレートに名前書いてもらえる?」

「ええと、これですか」

「そうそう。ロッカー用のネームプレート。あと、こっちの書類もお願いね」

「色々とあるんですね」

「リアルな話、お金のやり取りもあるからねぇ。あ、私は秋月律子。よろしく!」

「如月千早です。よろしくお願いします」


挨拶をすると、その人は眼鏡の端を光らせ、にんまりと笑った。


「歌だけなら即戦力って聞いてるわ。基礎を固めたら、あとはダンスをみっちり鍛えるだけね」

「私、ダンスに興味は……いたっ!」

「ダ・メ・よ! 私もみっちりと鍛えてあげるから、覚悟決めときなさい!」


秋月さんの拳骨は、本当はあまり痛くなかった。

1マス進む。

39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 17:08:35.31 ID:+0zrf0Mn0


1マス進む。


「あら、あなたが新しく入った……」

「はい。如月千早です」

「三浦あずさと申します。よろしくね、千早ちゃん」

「千早ちゃ……いえ、何でもないです」

「ちょっと馴れ馴れしかったかしら」


そう言うと、その人はちょっと疲れたように肩に手をやった。


「どうかしましたか?」

「ううん、気にしないで。いつも肩の疲れが取れないのよ」

「…………くっ」

「あら……や、やっぱり呼び名、変えた方がいいかしら?」


三浦さんに、えも言われぬ敗北感を覚える。

1マス進む。

40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/28(水) 17:11:38.72 ID:+0zrf0Mn0


1マス進む。


「初めまして。私は――」

「いえ、みなまで言わずとも分かります」

「どこかでお会いしましたか?」

「いいえ。しかし、新人の方がいらっしゃるということは、既に聞き及んでいました」


そう言うと、その人は不敵な笑みを浮かべながら言った。


「今井さん、ですね?」

「いいえ、違います」

「なんと……私としたことが……」

「私は――」

「おや、もうレッスンの時間が……私は四条貴音と申します。それではまた、如月千早」


掴み所のない四条さんに、終始翻弄される。

1マス進む。

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