唯「運命石のノスタルジア」

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1 :1 [saga]:2018/03/27(火) 20:57:10.45 ID:sgIwARlA0
0.プロローグ

全てが原因で、全てが結果。
因果関係の絡み合う世界の中で、私はたった一つの原因を探し求めた。

これは私の我儘な、そして切実な最後の物語。

これは夢見がちな私のための、現実の物語。

私たちは終わり始める。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1522151830
2 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:03:46.74 ID:sgIwARlA0
けいおんクロスss「白金の空」第三部です。
第三部はSteins;Gateとのクロスオーバーです。

第一部はこちら https://ex14.vip2ch.com/i/read/news4ssnip/1521297992/
第二部(サイドストーリー)はこちら https://ex14.vip2ch.com/i/read/news4ssnip/1521546929/

ある程度残酷表現ありです。ご了承を。
よろしくお願いします。
3 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:04:16.72 ID:sgIwARlA0
1.唯side 第一部エピローグの5日後

灰色の空。今にも雨が降り出しそうな曇天模様。
電車は荒々しく駅に停車すると、私はおびただしい数の人にのまれながらなんとか車内から脱出し、人がいなくなるのを待ってから改札を出た。

『秋葉原駅』

私はふらふらと歩き回った後、やっと地図の掲示板を見つけた。東京のすごい人混みなんて体験したことがなかったので、30分くらいその場で立ち往生していた。

「どこに行きたいんですかニャ?」

振り返ると、メイド服を着た女性が立っていた。姿と少しだけミスマッチな普通に心配してくれている声を聞いて、優しい人なんだなと呑気に考えていた。

「どこか探してるのかニャン?」

私は数日間開いていなかった口で、

「……未来ガジェット研究所を、探しています」
4 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:06:54.58 ID:sgIwARlA0
2.前日 家

薄暗い部屋の中で、携帯電話の画面は眩しく光る。私は液晶に映る彼女をぼーっと眺めていた。

彼女、中野梓は4日前に心臓麻痺で命を落とした。あまりにも突然、そして私の目を盗んだようにだ。

眩しい彼女は笑っていた。彼女とツーショットで映る私が能天気にピースをしている。
私は妬む気力も起きなくて、ベッドの上で横になっていた。

「お姉ちゃん……入るよ」

背後から憂の声が聞こえてくる。部屋の電気がつけられた。

「ご飯、ここに置いとくね」

私が返事をせずにいると、抱きしめられたのだろうか、温かい感触がした。

「お願い……ご飯、食べてね」

食欲なんてもちろんなくて。彼女が亡くなってから今まで、何一つ口にすることはなかったのだった。
悲しくて。とてつもなく寂しくて。現実を受け入れきれずに、感情が壊れてしまいそうだ。

しばらくして、憂は部屋から出て行った。また部屋が静寂に包まれる。

私はこのままダメになるのかな。多分私は立ち直れない。
出会って半年の女の子。私が人生で初めてできた「後輩」。

彼女は私の特別で、代わりなどいない、時間なんかが癒してくれない傷を私は抱え込んでしまっていた。


しかし私は恵まれていた。私の人生は、手に持つ機械の小さな電子音によって再び動き始める。

『メール受信』

私はなんとなくメールを開く。

『未来ガジェット研究所に行け』

ただそれだけの本文。なんでだろう、私はたまたま気づいてしまった。


……そのメールは、送信日時が12年後になっていたのだ。
5 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:07:21.76 ID:sgIwARlA0
3.

ネットのウェブサイトでは秋葉原にあるとしか分からなくて、散々迷った上で私は古い雑居ビルの前に辿り着いた。一階は昔に使われていたテレビが並べてある店のようだ。店は開いているみたいなのに、人が誰もいない。

本当にここで合っているのか、私は不気味な雰囲気にたじろいでいた。何度ももらった手書きの地図を確認する。

「あの……ウチに何か用ですか?」

不意に背後から声をかけられた。振り返ると赤い髪の知的な女性と、興味津々に私を眺める水色の服を着た高校生くらいの女の子が立っている。

「えっと……私は……」

急に視界がボヤける。バランスが取れなくなり、多分私はその場に倒れて意識を失った。
6 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:08:28.33 ID:sgIwARlA0
4.5時間後

遠くから賑やかな声が聞こえる。私は徐々に意識を取り戻すと、自分がソファで寝ていることがわかった。
正面に座る女の子と目が合う。

「あ! オカリンオカリン」

「どうしたまゆりよ……お、目が覚めたようだな」

白衣を着た男性は仰々しく翻すと、

「俺はマーーッドサイエンティスト、鳳凰院キョーマだ!! ようこそ、我がラボへ!」

そう言い放つと、この場の空気は固まった。
7 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:08:57.02 ID:sgIwARlA0
5.

その直後、買い出しから帰ってきた牧瀬さんを迎え、私はあの人たちに事情を説明する機会を得た。

「これはDメールで間違えないのか? 助手よ」

Dメールとはなんだろう。私は岡部さんの説明を聞いても、いまいち未来ガジェット研究所がどういう組織なのかが分からなかった。なぜ私がここに来たのかも、何をすればいいのかも。

「助手言うな。まあ恐らくDメールね。でもDメールかどうかは二の次だわ。今重要なのは『匿名の人物が平沢さんにこのラボに来るように指示した』ってこと」

「そうとも限らんぞ。この娘の問題には関係ないが、もしこれがDメールならば、12年後の未来には時間跳躍ができる技術があるってことになるだろう。このシュタインズゲート世界線で、だ」

「確かにそうね。でもDメールに関して言えば、私なら容易に再現できる。一回作ったし……。だから可能性で言えば、これは未来の私たちからのメッセージだっていうのが一番高いかしら」

「すると何か。12年後の未来で俺たちとこいつが深い仲にあって、しかもDメールを使ってまで解決しなければいけない問題ができたというのか」

「そう考えるのが妥当でしょうね。これは思っているより大変な出来事かもしれないわね。平沢さんからは詳しく話を聞かないと……」

とは言ったものの、と牧瀬さんは時計を見た。

「もう10時ね。平沢さんの親には連絡してあるとはいえ、今日のところはお開きにしましょう」

牧瀬さんはさっき、わざわざ電話に出て私の無事と泊まりの連絡をお母さんにしてくれた。ここから家に帰るには電車で2時間くらいかかるのだ。今夜は牧瀬さんのホテルでまゆりちゃんも含め3人で泊まることになっている。

「橋田、まゆりと平沢さんをホテルまで送ってあげてくれないかしら。私は岡部に話がある」

「イエッサー」

「サー言うな」

「イエスマム」

私はなすがままにまゆりちゃんに手を引っ張られ、ホテルへ向かうのだった。
8 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:09:58.30 ID:sgIwARlA0
6.紅莉栖side

「それで……お前はどっちの側だ?」

ドアが閉まるや否や、岡部はいつものように中二くさく訊いてきた。

「どっちってなによ」

「賛成か反対かだ。あの娘がタイムリープマシンを使うのにな」

岡部の声は真剣で、なにか恐れているようでもあった。

「私は賛成寄りだけど保留よ。あんたはどうなの?」

「俺は反対だ」

即答だった。

「ここはシュタインズゲート世界線だ。未来が分からない、何が起こるか分からない危険で当たり前の世界線だ。俺はもう、今度こそタイムリープマシンを使うつもりはない」

「去年の夏……あんたの気持ちはよく分かったわ。タイムリープは確かに危険なものよ。岡部の言うことはほぼ全て正しいと思う。それでも……私はあの子を助けてあげたいって気持ちの方が強いわ」

なぜだ、そう岡部は詰め寄るように言った。

「なぜお前はあの娘を気にかける?」

あの目だ。別の世界線でのあの目を、私は覚えている。

「あの子が、昔のあんたと同じ目をしているからよ」

希望を絶たれ絶望に満ち、しかしそれを受け入れられない目を、2人はしていたのだった。
9 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:10:26.96 ID:sgIwARlA0
7.唯side 1時間後 紅莉栖のホテル

「紅莉栖ちゃんお帰り♪」

まゆりちゃんは遅れてやってきた牧瀬さんを迎える。

「ただいま。平沢さん、具合は大丈夫?」

私が倒れたのは多分ただの睡眠不足と疲労だと思う。申し訳なく、小さく頷いた。

よかった、と牧瀬さんは優しそうに笑うと、コンビニの袋から肉まんを取り出した。

「ごめんね、これとカップ麺しか用意出来なかったわ」

「わーい♪ ありがとう紅莉栖ちゃん」

「どういたしまして。ほら、平沢さんもどうぞ?」

「ありがとう、ございます」

白黒なそれが美味しそうには見えなくて、どうしようもなく悲しくなる。

「……率直に言うわ」

牧瀬さんはベッドに座る私に目線を合わせ、

「もしかしたら、中野梓さんを助けられるかもしれないわ」

私は肉まんを手から溢れ落とした。
牧瀬さんは何と言った?

助ける。

助ける?

身体全体が震え出し、言葉を発することもできなくなった。
10 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:11:01.33 ID:sgIwARlA0
8.紅莉栖side

あの後岡部と今の状況について話し合った。岡部は場慣れしているからか、私より理にかなった推理をしてみせた。

私はできるだけ平沢さんに分かりやすいように、ゆっくりと説明した。

「まず、Dメール……未来からのメールでの指示に込める意味。ラボに行けってことは、タイムリープマシンを使って中野梓さんを助けろって指示と考えていいと思う。バタフライエフェクトを使った未来改変って可能性……つまり、平沢さんが私たちに出会うことで未来がいい方向に偶然的に、必然的に変わるって可能性もあるけど、中野梓さんの事案のインパクトを考えると、それは低い」

未来からの指示があったってことは、つまりこの事案は解決可能だということ。そこで私たちは、ある仮説を立てた。

中野梓さんの死因は心臓麻痺。それもかなりいきなりで不自然なものだった。

「平沢さん、中野梓さんが死に至る9月13日前に、命に関わるような出来事が起きたりしなかった? 例えば……」

なんでもいい。女子高校生が巻き込まれるとしたら、

「交通事故に巻き込まれた、とか」

平沢さんは思い出したように顔を上げた。

「あずにゃんが、トラックに轢かれそうになりました」

「詳しく聞かせて」

「えと……あの日の前日、学校からの帰り道でトラックに轢かれかけたんです。私がぎりぎりで助けれたんですけど、ほんとに危なかったです」
11 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:11:36.55 ID:sgIwARlA0
岡部の推理通りだ。あいつが別の世界線で経験してきた通り、死という結果は単純なタイムリープでは解決できない。2年前の私の死を回避したのも、未来の岡部の力があってこそだった。
だから今回も、Dメールのことも考慮すると、未来的な力が参戦していると考えるのは自然なことだ。

あの心臓麻痺は、なにかしらの時間操作をして起こった『世界線の収束』の結果だ。まゆりも別の世界線で、直接的な死の原因がない時には心臓麻痺で命を落としていた。中野梓は、おそらく9月12日のトラック事故で亡くなるはずだったのだ。しかし何か過去の改変が起こり、トラックの事故死は回避された。
岡部がβ世界線でDメールを一つ消すごとに一日死がズレたように。

ここからが収束の悪夢だ。トラック事故で死ぬことは回避されても『中野梓が死ぬ』という結果に対応する原因は解決されていない。つまり、原因が残っているのだから結果は起こるってことだ。

「正直な話、タイムリープで死人を生き返らせるっていうのはかなり難しいわ。だからね、私たちだけの力ではどうにもならないと思う」

情けないが、私たちは定石通りに動くしかない。つまり、平沢さんにタイムリープをさせるということだ。

「私は過去に戻ってどうすれば……?」

「悪いけど、未来人からの接触を待つしか方法はない。私たちにできるのは、可能な限り過去に戻って中野梓さんの心臓麻痺が起こる前にラボを訪れ対策を立てることね」

この推論が正しければ、少なくとも一度は過去改変が行われたはず。ならば、未来人が接触をしてきてもおかしくないだろう。
Dメールを使って私の帰国を早めることもできるが、それは最後の手段だ。β世界線と同じことが起こるかもしれない。
電話レンジの修理に関してはもう橋田に頼んである。あとは岡部の説得だった。

と、その時。私にメールが届いた。

『From岡部倫太郎

タイムリープの件、了解した。
明日からタイムリープマシンの復旧に取り掛かれ。
タイムリープは明日の夕方。ラボに来るように伝えておいてくれ』
12 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:12:25.07 ID:sgIwARlA0
9.次の日

「どういう風の吹き回しかしら」

私は電話レンジの配線をいじりながら問いかけた。修理自体は1時間もかからない。1年前の岡部が消える事件が起こった時に作ったものをそのままにしてあったからだ。

「……Dメールだ」

岡部の声は強張っていた。

「昨日の夜、俺の携帯にも12年後からのDメールが届いた」

私は岡部に詰め寄り、携帯を奪い取った。メールを見る前に、岡部は口を開いた。

「このシュタインズゲート世界線では、2週間後に俺と紅莉栖が、1ヶ月後にはダルとるか子が……あの娘の妹、平沢憂に殺されることになっている」
13 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:12:51.59 ID:sgIwARlA0
10.

私たちの死は約束された。執拗に迫り来る死が、最早鬱陶しくなるくらいであった。

「なぜだ……! 神はシュタインズゲート世界線も許さないと言うのか……!」

「岡部、落ち着いて。何も終わってないし、これはむしろ始まりよ。これを知らせるDメールが来たってことは、この現状を打破しろっていう未来からのメッセージだわ」

「……そうだな。絶望している場合ではない! ……俺には、お前が付いているのだったな、紅莉栖」

よくもまあそんな恥ずかしいセリフを。

何度でも何度でも、私は抗ってみせる。

私は岡部の頬にキスをした。
14 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:13:46.32 ID:sgIwARlA0
11.唯side 夕方

私は未だによくわかっていなかった。
これから過去に戻る? タイムリープ?

これからあずにゃんに会える……?

私はとにかく、よくわからないのに身体の震えが止まらなかった。嬉しくて、早く本当に会えるのか知りたくて。
私はあずにゃんの死を受け入れられない。受け入れたくない。あずにゃんに、死んでいてほしくない。

「平沢唯、これは戦いだ」

岡部さんは覚悟を決めたように語りかけた。私は息を飲む。

「先ほど教えたように、これはお前だけの問題ではなくなった。俺たちの命もかかっている。だから遠慮するな。お前が困れば助けを求めろ。代わりに俺たちにも、協力してもらう」

私は頷いた。牧瀬さんは私にヘッドホンをつける。

これは、私の現実逃避の物語。

私たちの、戦いの物語。


電子レンジは放電を始めた。私の不安を打ち砕くかのように眩しい光が、薄暗いこの部屋を満たしていた。

私はあずにゃんが事故に遭うはずだった日の3日前にタイムリープした。
15 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:15:16.26 ID:sgIwARlA0
12.未来(シュタインズゲート世界線) 唯side

暑苦しく、厚苦しく広がる灰色の空。その世界はとてつもなくモノトーンで、私はそんな白黒な空に手を伸ばす。

「そんなとこで何やってるんだ? 唯」

腐りかけの屋上の柵に寄りかかる私を引っ張り、澪ちゃんは危ないだろ、と私の頭に軽く拳をぶつけた。

「……手が届かないかなぁって」

星に、月に。そして君に。
12年前に亡くなった君に。

ーー僕は君たちを諦めるよ。

昔に聞いた声を思い出す。

ここは、私たち……私や憂、ムギちゃん、あずにゃんが魔法少女にならなかった世界。
魔法少女になったことが原因で起こった私たちの死が、半ば自然に回避された世界。

つまりワルプルギスの夜が生まれなかった世界。
つまり暁美ほむらが魔法少女にならなかった世界。
つまり鹿目まどかという少女に因果が集まらなかった世界。

そして私が、あずにゃんを救えなかった世界。
私なりに、幸せになった世界。

「届くかな。届くといいな……」

私は空に、高く手を伸ばした。


救えなかった? 少し違うな。

私が毒を盛って、あずにゃんを殺したんだから。
16 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:18:26.57 ID:sgIwARlA0
13.9月9日(事故3日前)

頭が揺れる。視界が歪み、若干の吐き気が襲ってきた。
落ち着いて息を整え目を開けると、ここは教室だった。クラスメートが驚いたように私を見ている。

「平沢さん、ホームルーム中に電話にでたらダメですよ」

私は注意してきた先生を見返す。 何を言っているのかと思えばそうだ、電話に出たからタイムリープが成功したのだ。

「唯ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」

前の席のムギちゃんが私を心配そうに振り返る。私はムギちゃんに詰め寄った。

「ねえ、あずにゃんは?!」

「ゆーい! ホームルーム中だぞ!」

「ねえ、どこ?!」

りっちゃんが私の首根っこを捕まえる。私はムギちゃんを離さない。

「今は自分の教室にいるんじゃないかな……」

私はりっちゃんを振りほどいて走り出した。
17 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:22:37.75 ID:sgIwARlA0
14.

ちょうどチャイムが鳴って休み時間になったようだ。私は2年生の教室を駆け抜ける。

「唯ちゃん!!」

足がもつれ階段の半ばで転び、踊り場に落ちて頭を打った。ふらふらし足に感覚がないけれど、私は立ち上がった。

ムギちゃんは私に肩を貸してくれる。何も言わずに早足で歩き出した。

1年生の教室に辿り着く。
沢山の人の中。
そんな中に、君を見つけた。

「あずにゃん!!!」

私はムギちゃんから離れ、あずにゃんに向かってぎこちなく走り出した。

「え、唯せんぱ」
18 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:23:22.27 ID:sgIwARlA0
15.梓side

何が起こったのか分からなかった。
憂とトイレに行くために廊下に出て、突然唯先輩がものすごい勢いで抱きついてきた。

私たちは2人して倒れこみ、周囲の注目を集めてしまっている。私は恥ずかしくて唯先輩を引き離そうとするも、びくともしなかった。

唯先輩は泣いていた。初めて見る本当の泣き姿だった。

「……唯先輩、どうしたんですか?」

私は唯先輩の背中を撫でた。あなたがとても、疲れているように見えたから。
倒れこむ時に私の頭を庇った唯先輩の手は赤く腫れていて、内出血を起こしているようだった。

私はしばらく、力弱く抱きしめてくる唯先輩をただただ抱き返してあげることしかできなかった。
19 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:24:29.00 ID:sgIwARlA0
16.

「唯ちゃんのこと、お願いできるかな。先生には保健室に行ったって言っておくから」

ムギ先輩はそう言って教室に帰って行った。

「……唯先輩、ここじゃ目立ちますから移動しましょっか。立てます?」

まだ泣き止まない唯先輩に肩を貸して立ち上がる。
梓、そう後ろから声をかけられた。

「これ、ジャズ研の部室の鍵。この時間じゃ軽音部室とか屋上とかは鍵かかってるでしょ?」

「ありがとう、純」

「梓の方も保健室って言っとくから、話合わせなよ」

なんで鍵持ってるんだろう。こんな時だけは頼りになった、純であった。
20 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:25:50.33 ID:sgIwARlA0
17.唯side ジャズ研部室

「あずにゃん……」

私はひたすらこの夢が現実であることに狂喜していた。ひょっとしたら今にでも目が覚めてしまうのではないかなんて考えて、私はあずにゃんにしがみつく。

どこにもいかないで。
これは私の、唯一の願いだから。

「私は」

優しく頭をなでられる。

「ここにいますよ、唯先輩。唯先輩を1人にするわけないじゃないですか」

君の声が聞きたくて。
君に触れたくて。

私は君のためなら、命をかけられる。
21 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:29:36.34 ID:sgIwARlA0
18.梓side

10分ほど経って、やっと唯先輩の様子が落ち着いてきた。
片手で手を握ったまま離れると、私はティッシュで唯先輩の鼻水を拭いた。ヘアピンをさしなおす。

「……ごめんね、あずにゃん」

「いいんですよ。それより、どうしたんですか?」

唯先輩は急に現実に引き戻されたように言葉を失った。私は黙って唯先輩の言葉を待つ。

私に関することで、唯先輩にとってとても悲しいこと。そしてまだ未解決であること。

唯先輩の様子を観察すると、やはりそういうことになるだろう。唯先輩はとてもわかりやすい。

「あずにゃんは、不思議な話を信じる人じゃないもん」

言い訳だ。

「信じます。こんなに泣いてる唯先輩の言うことを信じないわけないじゃないですか」

言いにくいことなんだろう。私に気を遣ってくれているのかもしれない。
だから私は言おう。

「教えてくれないと、おしおきしますよ?」

やだー! と泣きついてくる唯先輩を受け止めて少し落ち着き、私たちは笑いあった。
22 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:33:04.98 ID:sgIwARlA0
19.

「私が……3日後に?」

さすがに怖かった。唯先輩は私の死を目の前で見たらしい。そしてそれは、今のところ回避する算段がないとのことだ。

「大丈夫だよ、あずにゃん。私は何度失敗してもやり直すから」

「そんな……でも……!」

唯先輩は勢いよく立ち上がった。

「もういっぱい泣いた! 切り替えるよ! 私、戦うって約束したもん!」

そんな泣き腫らした目で見られても。
とてもいつも通りで、唯先輩だった。

「行くよ!」

唯先輩は私に手を差し出す。

「どこにですか?」

私の手を優しく引き寄せ、唯先輩は言った。

「未来ガジェット研究所だよっ」
23 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:39:40.43 ID:sgIwARlA0
20.梓side

秋葉原駅に着き、私たちは昼食を買うためにコンビニに入った。

「あずにゃん君にはこれを買ってあげよう」

「なんですかそれ」

「魚の缶詰だよ!」

「見たら分かりますけど……私猫じゃないんですが」

「あずキャット! お〜よしよし」

猫を撫でるみたいに首元に伸ばしてきた手を掴み、デコピンをかます。

「あずにゃんしどい……」

「恥ずかしいことしないで下さい」

「ここ、秋葉原だよ?」

「関係ないですって」

私は適当にサンドイッチやジュースを手に取り、唯先輩の分も持ってレジに並んだ。
会計が終わり、唯先輩を探す。

「……なにやってるんだろ」

唯先輩は雑誌コーナーで何かを凝視していた。私が隣に立つと、

「これなに?」

「これですか? Newtonって有名な科学系の雑誌ですよ。それがどうしたんですか?」

「この人。この牧瀬さんがラボにいるんだよ」

「ほんとですか?!」

牧瀬紅莉栖といえば有名だ。アメリカの研究室に勤める天才脳科学者。日本人の美人リケジョとして雑誌やテレビによく紹介されているのを見る。

「すごい人なの?」

もちろんですよ、と私はその雑誌をぱらぱらと開いて唯先輩に見せた。私にはワケが分からない文字が羅列されている。

「おもしろそうだねぇ」

「面白い?」

耳を疑った。唯先輩と目が合うが、唯先輩の方は何がおかしいのか分からずにキョトンとしている。

あれだろう。ギターをかわいいというあの感性だろう。

「なんでもないです」

「じゃー行こー? あ、その前にお昼食べよう。お腹減っちゃったよ〜」

近くの休憩所で昼食をとって、私たちはそのラボに向かった。
24 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:41:01.12 ID:sgIwARlA0
21.1時間後

「迷ったよ」

「迷いましたねぇ」

私たちはラジオ会館という建物の前で立ち往生する。

「一度行ったことがあるって言ってましたよね……?」

「言ってました」

「さすが唯先輩ですね。あ、褒めてないですよ」

「うう、手慣れてらっしゃる……」

私が警察官にでも訊こうかと迷ってるうちに、

「あ、まゆりちゃんだー!」

唯先輩は人ごみの中を走って行った。

「ちょ、ちょっと! 急に走らないで下さいよっ」

唯先輩は青い服を着た高校生くらいの女の子に話しかける。私は唯先輩の後ろにこっそり隠れていた。
そしてすぐに、私の背後から声がする。

「まゆりー、探したぞ。ん、何者だ?」

そこに現れたのは、白衣を着た男性と、スーツケースを持った赤髪の女性。紛れもなく牧瀬紅莉栖さんだった。
25 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:47:00.38 ID:sgIwARlA0
22.

「まゆりの知り合いか?」

一旦人の少ない裏道に移動し、岡部さんが話しかける。

「違うのです。まゆしい忘れっぽいから、昔会ったことあるかな?」

「あるよ。昨日お友達になったもん」

岡部さんも牧瀬さんもまゆりさんも、そろって首をかしげる。

「私ね、1週間とちょっと未来から来たんです」

「なっ……」

「えっと……ラボの、タイムマシン? でさっき今日に来たんだよ。それでね、協力してもらいたいんですけど……」

岡部さんは私の言葉を切って、強く言った。

「断る」
26 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:49:52.98 ID:sgIwARlA0
23.

「俺は二度とタイムリープマシンを使わんし使わせん。ハッタリだ。タイムリープマシンを誰から聞いた? フェイリスか?」

「フェイ、リス?」

「まあいい、とにかく立ち去れ。今ならそのハッタリも聞かなかったことにしてやる」

「おい岡部、話くらい聞いてあげても」

「メールが」

唯先輩はたどたどしく、

「メールが届いたんです。ラボに行けってメールが……12年後から。そのなんとかメールが、岡部さんのとこにも来て、それで、えっと……」

岡部さんは表情を固めた。

「今から3週間くらいで、岡部さんも牧瀬さんも、あとダルって人とルカ子って人が殺されるって、岡部さんは言ってました」
27 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:50:52.80 ID:sgIwARlA0
24.ラボ到着

先ほど私にしたのと同じような説明を、唯先輩はたどたどしくしてみせた。

「猶予は最大13日ね。あのリープマシンは10日くらいは飛べるはずだから、今日から10日前、つまりリミットから13日前まで戻れる。でもマシンは私にしか直せないし、アメリカから日本に戻るのが今日だから13日以上は遡れない」

「とりあえずはその13日前に戻ってみるのが先決ではないか? その未来人とやらがいつ現れるか分からん以上、限界まで遡るのがいいだろう。俺はリーディングシュタイナーを持っているから、この娘がタイムリープした瞬間に世界線移動を観測し、お前のことを知ることになるだろう。だから俺に接触するのは今日、9月9日でいい。それまでは出来事を変えないようにできるだけ普段通りに過ごし、未来人の接触を待て」

「それまでに何か起こる可能性もあるわよ」

「そうだな……その時はラボを訪れ、この俺、鳳凰院キョーマに言え。『世界をもう一度騙してみせろ』とな」

「厨二乙」

2人は息ぴったりに会話のキャッチボールをする。議論が流れるように進んでいった。互いに互いを信用し信頼しきっているようだった。

そこからしばらく雑談し、日が沈んだ頃だった。岡部さんは思い出したように、

「それと、忠告があるんだが「あれぇ?」

私たちはみんなしてまゆりさんを見た。まゆりさんは懐中時計だろうか、手に持つそれを覗き込んだ。





「……まゆしいの懐中、止まっちゃってる?」
28 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:53:30.45 ID:sgIwARlA0
これはなんだろう。
これは多分、岡部さんの叫びだ。

これはなんだろう。
黒く赤い、深い暗闇だ。


これはなんだろう。
これは多分、どこかで嗅いだことのあるような、死の香りだった。


バァン!!


ラボのドアを突き破って中に入ってきたのは、軍隊のような格好をして武器を持った男たちだった。
29 :1 [saga]:2018/03/27(火) 21:54:19.36 ID:sgIwARlA0
25.岡部side

「動くな。動くと撃つ」

脳が停止した。あのセリフ。まゆりのあれは、俺の脳にこびりついて離れない死亡フラグだ。

俺たちは静かに手をあげる。

「お……落ち着け。俺たちの死はもっと後だ。今は誰も死なない」

そう、Dメールが正しければ、平沢唯の言うことが正しければ誰も死なない。
俺と紅莉栖は3週間後に、ダルとルカ子は5週間後に、中野梓は3日後に死ぬことになっていて、平沢唯は少なくとも1、2週間はそもそも死なない。

「岡部倫太郎、牧瀬紅莉栖、平沢唯、中野梓の4名は一緒に来てもらう」

誰か、忘れてないか。とても大切な人物を。忘れられていないだろうか。

「椎名まゆりは……」

先頭に立つ男は、片手で銃を構えた。

「必要ない」

その発砲音は残酷に冷酷に、俺たちの鼓膜を貫いた。
まゆりの頭を、銃弾が貫いた。



……to be continued
30 :1 [saga]:2018/03/27(火) 22:04:40.82 ID:sgIwARlA0
以上、前編です。
中編は明日投稿予定です。
よろしくお願いします。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/27(火) 23:36:33.99 ID:Q2FaGdPz0
32 :1 [saga]:2018/03/28(水) 20:49:24.93 ID:l76HRqOU0
中編、投稿開始します
33 :1 [saga]:2018/03/28(水) 20:56:26.72 ID:l76HRqOU0
第三部 中編

26.唯side

「起きろ」

私は定かでない視界の中に、あずにゃんを見つけた。立ち上がろうとする。

「動くな」

寝転んだままの私の頭に固い何かがあてられる。足には手錠がつけられていて、立ち上がろうにもうまく動けない。

「ゆい、せんぱい……」

彼女は椅子に手錠で固定されていた。教室くらいの大きさの薄暗い部屋の中に、私とあずにゃん、男2人がいた。

「今日は……何日ですか?」

私は訊いた。男は腕時計を私の目の前に持ってくる。

9月12日。

あずにゃんが死ぬ日だった。

「よく見てろよ」

私を抑えていた男は私に突きつけていた拳銃をもう1人に投げ渡すと、それはあずにゃんに突きつけられた。

「ゆ……い……せんぱ……」

あずにゃんの声は震えていた。
私は脳が麻痺していた。
うそ、だよね。

あずにゃんの体が震える。彼女の恐怖が恐ろしいくらいに伝わってくる。私は彼女の方に手を伸ばす。

「やだ……やだよ……!」

彼女はずっと私を見つめていた。動けない私を。助けられない私を。全身を強張らせ、必死に動かしていた。

やはり私の手は届かなくて。

ものすごい銃声と共に、弾丸はあずにゃんの頭を貫通した。
力を失った彼女の姿を見て、私は人生で初めて心の奥底から叫んだ。
34 :1 [saga]:2018/03/28(水) 20:57:30.47 ID:l76HRqOU0
27.紅莉栖side

遠くから悲鳴が聞こえた。私は勘だけを頼りに施設の中を走った。

「岡部……」

明かりが見える。私がその部屋に近づくと、中から平沢さんの叫び声が聞こえてきた。
おののき、全てを察知した。中野さんが殺されたのだと。

私はドアの死角に隠れ、中の男が出てくる時に至近距離で発砲した。もう1人の男にも乱射し応戦。何とかこっちが無傷で絶命させた。

「平沢さん! 立てる?」

泣き叫ぶ平沢さんの視線の先にいるのは、血を流した中野さんだった。私は平沢さんを抱きしめる。

「落ち着いて……今からラボまで行って、タイムリープしましょう。まだ終わってないわ」

もう橋田に電話してタイムリープマシンが無事なのは確認済みだ。私は何とか平沢さんを起こした。

「急ぎましょう。人が来るわ」

平沢さんは肩で息をして、私は平沢さんの目を手で塞いだ。足が拘束されているのを見て、私は平沢さんを背負う。

それからGPSを使って迎えに来てくれた橋田は、誰のものとも知らない車で私たちをラボまで送ってくれた。
35 :1 [saga]:2018/03/28(水) 20:58:50.00 ID:l76HRqOU0
28.

「……オカリンはどうしたん?」

ラボに向かう道中。橋田は恐る恐る訊いてきた。

「囮みたいなマネして撃たれたわ。……どうにか私を逃がしてくれた」

お前に託す、そう言ってくれた。私も命をかけよう。

私たちが監禁されていた施設は秋葉原からあまり離れていない廃墟だった。それからも、しっかりした組織でないことがわかる。ラウンダーである可能性は少し低い。

敵の目的はなんだ。中野さんを平沢さんの目の前で殺してみせた目的は? 敵の行動が謎すぎて、推理するのは困難だった。
何か理由がある。私たちがこうして脱走できたのだって、何か仕組まれている気がする。

私たちは何をしようとした?

まず平沢さんを今から13日前にタイムリープさせようとした。私個人としては平沢さんが中野さんの死を、昔の岡部みたいに見なくていいように死亡確定時間前にタイムリープするように仕向けようとした。

敵にとって何かが都合が悪かった。それは何か。敵は何をしてきた?

敵はまゆりを殺し、更に予定通りの時刻に、眠っていた平沢さんを起こしてまで中野さんを殺してみせた。そして私たちの脱走を「見逃した」。私にはそういう風にも見えた。つまり、強引に言うと平沢さんのタイムリープを許した。なぜ許す。いや敵にとってなんの得にもならない。これは私たちが逃げることができるという、敵にとって不都合な収束の結果の可能性もあるか。

タイムリープの時間か。

3日前のラボではなく、今日の今が出発点であることの敵の利点は?
敵の正体は? まさか未来人?
少なくとも「見逃した」という言い方が正しければ、敵はタイムリープに関与していることとなる。
敵? それは何の「敵」なんだ。私たちの目的の何が都合の悪いことなんだ。
敵はこの世界線にいて、前回の世界線にはいなかった。この世界線だけの出来事。

「まゆりの死」

この世界線だけの原因が起こしたと考えられる。これは敵にとって有利なのか不利なのか。

3日前と今の違いは? 敵にとって何が変わるんだ?

…………「敵」?

3日前今9月12日中野さんの死平沢さんのタイムリープ9月9日誘導何度も繰り返す未来人拉致目的成功失敗期待されていること牧瀬紅莉栖と岡部倫太郎の価値と役割脇役ストッパー企画立案者まゆりの死接触目撃計画……



予定通りの結末。

私の取るべき行動は、逆らわず拍車をかけること。

「平沢さん」

私はこう、言い放った。

「まゆりが死んだのは、あなたのせいよ」
36 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:04:26.74 ID:l76HRqOU0
29.唯side

「ちょ……牧瀬氏……」

ダルさんは慌ててハンドルを揺らし、車はふらふらと動く。

「あなたがもともといた世界線では、まゆりは生きていたんでしょ? ということは、この世界線だけで生じた出来事が原因となかって、結果としてこの世界線だけのまゆりの死が生まれてしまった。その原因はつまり、9月9日にあなたがラボを訪れたことよ」

どういうことだろう。
つまり、私がラボに行かなければまゆりちゃんは死ななかったのだろうか。

「そういえば、平沢さんにラボに来いって指示したのは岡部だったわね。でも岡部や私、橋田や漆原さんの死は間違いなくあなたが原因だわ。あなたがここを訪れたことで、私たちの死の原因は生まれた」

牧瀬さんは冷たく私を見た。

「難しくて分からないかしら。仕方ないわね。あなた、頭悪いんだっけ」

「牧瀬氏!」

ミラー越しに見えるダルさんの目は、明らかに諌めるようだった。牧瀬さんは黙ってしまう。

私が悪い。

そう、その通りだ。

「……着いたお」

私は10日前、9月2日にタイムリープした。
37 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:07:39.29 ID:l76HRqOU0
30.唯side

到着した先は9月2日夜23時。私は1人自分の部屋にいた。

雲に隠れた月はぼんやりと夜空に光り、趣を感じるのには魅力がなかった。

まゆりちゃんが死んだのは、私のせい。

牧瀬さんの言葉が思い出された。

まゆりちゃんを殺したのは、私だ。
38 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:08:21.98 ID:l76HRqOU0
31.9月12日夜

月日は流れ、時は訪れる。

私はドアを力なくノックした。

「平沢唯! 今までどこにいたっ!」

まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。

よかった。よかったよ。

「岡部さん」

私は言う。戦い続ける。

「タイムリープを、させてください」
39 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:12:49.81 ID:l76HRqOU0
32.9月12日夜

月日は流れ、時は訪れる。

私はドアを力なくノックした。

「平沢唯! 今までどこにいたっ!」

まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。

よかった。よかったよ。

「岡部さん」

私は言う。戦い続ける。

「タイムリープを、させてください」
40 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:13:38.99 ID:l76HRqOU0
33.

月日は流れ、時は訪れる。

私はドアを力なくノックした。

「平沢唯! 今までどこにいたっ!」

まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。

よかった。よかったよ。

「岡部さん」

私は言う。戦い続ける。

「タイムリープを、させてください」
41 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:15:05.32 ID:l76HRqOU0
34.

月日は流れ、時は訪れる。

私はドアを力なくノックした。

「平沢唯! 今までどこにいたっ!」

まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。

よかった。よかったよ。

「岡部さん」

私は言う。戦い続ける。

「タイムリープを、させてください」
42 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:15:34.57 ID:l76HRqOU0
35.

月日は流れ、時は訪れる。

私はドアを力なくノックした。

「平沢唯! 今までどこにいたっ!」

まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。

よかった。よかったよ。

「岡部さん」

私は言う。戦い続ける。

「タイムリープを、させてください」
43 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:16:12.48 ID:l76HRqOU0
36.

月日は流れ、時は訪れる。

私はドアを力なくノックした。

「平沢唯! 今までどこにいたっ!」

まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。

よかった。よかったよ。

「岡部さん」

私は言う。戦い続ける。

「タイムリープを、させてください」
44 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:16:53.12 ID:l76HRqOU0
37.

月日は流れ、時は訪れる。

私はドアを力なくノックした。

「平沢唯! 今までどこにいたっ!」

まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。

よかった。よかったよ。

「岡部さん」

私は言う。戦い続ける。

「タイムリープを、させてください」
45 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:20:15.44 ID:l76HRqOU0
38.39.41.42.43.44.45.46.47.48.49.50.51.52.53.54.55.56.57.58.59.60.61.62.63.

月日は流れ、時は訪れる。

私はドアを力なくノックした。

「平沢唯! 今までどこにいたっ!」

まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。

よかった。よかったよ。

「岡部さん」

私は言う。逃げ続ける。

「タイムリープを、させてください」
46 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:21:27.92 ID:l76HRqOU0
64.

月日は流れ、時は訪れる。

私はドアを力なくノックした。

「平沢唯! 今までどこにいたっ!」

まゆりちゃんは生きていた。
私のせいで死んだりしていなかった。

よかった。よかったよ。

「岡部さん」

私は言う。逃げ続ける。

「タイムリープを、させてください」

岡部さんは、少し後ずさった。

「お前……これは何回目だ?」

回数なんて覚えていない。けどまあ、大体で答えてもいいよね。



「……30回目くらいです」


その時、携帯電話が鳴った。

『助けはこない』

ただそれだけの、Dメールだった。
47 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:23:41.10 ID:l76HRqOU0
65.9月3日放課後

「なにかあったのか? 唯。今日はやけにだらしないぞ」

澪ちゃんは長椅子で寝転がる私の頬をぐにぐにとつねる。うーあーなんて覇気なく呻く。

「そうですよ、唯先輩。もうすぐ桜高祭なんですから、やる気出していかないと!」

知ってるよ。もう飽きるくらい準備してたもん。

「……唯ちゃん、本当になにかあったの?」

澪ちゃんが離れて行くと、私はため息をついた。鬱陶しく思ってるのを隠すのが、とてもめんどくさいからだ。
私がなんとなく見上げると、ムギちゃんと目があった。首をかしげる彼女に、私は手招きする。

「どうしたの? 唯ちゃん」

彼女はしゃがんで、私と目線を合わせてくれる。これは思えば失敗だった。
ムギちゃんなら気づくかもしれない。私の目の奥に、誰もいないことを。私は私の中から、逃げ出したことを。
心が壊されないように、崩れないように。そんな私という嘘に。

ぽか、とムギちゃんをなぐった。そんなに強くなく、でもそんなに弱くもなく。

え、とみんなが固まった。

ムギちゃんは目を見開いているけれど、すぐにまた優しくていたずらっぽい笑顔に戻る。

「やったなぁ〜!」

くすぐられて、私は口だけで笑った。ムギちゃんをなぐった右手が鈍く痛んだ。

と、ムギちゃんが動きを止めた。

「……唯、ちゃん。この傷は……?」

私はワンテンポ遅れて、みんなの視線の先に目を向ける。私の右腕のリストバンドが、触れた拍子に外れていた。

「お前それ、リストカッ……」

澪ちゃんはりっちゃんの口を塞いだ。

あーあと、私は思った。まためんどくさいと、私は思った。私はみんなに背を向ける。

でもみんなの反応は、思っていたのと全然違った。
みんなは私を囲んで、しゃがんでいた。後ずさりもせず、私を軽蔑したりしなかった。
後輩のあずにゃんは少し怯えていたけれど、私と目が合うとしっかりと見返してくれた。

私は手を伸ばす。

「えっと……なんですか?」

私はあずにゃんの頬を弱くつねる。目新しい反応が見たくて、私は意味もなくあずにゃんを困らせる。

目新しいこと。一つ行動してみようかな。

「あずにゃん、ちょっと2人で話そうよ」

私は重たい身体で起き上がって、あずにゃんの手を引っ張って音楽室を出た。
48 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:26:18.15 ID:l76HRqOU0
66.

私はあの日のジャズ研部室の時のように、全てをあずにゃんに話した。今までの30回くらいにはしていなかったことだ。

「信じてくれるの?」

「……信じたくない話ですけど」

同じことの繰り返しに、私は投げやりになっていたのかもしれない。

あずにゃんのためなら何十回でも繰り返せると思っていたけれど、私はそんなに強くないのかもしれない。
大体三十回くらい、三百日の間に私は変わってしまったのかな。

「なにか……違う行動をしないと、ダメですよ。このままじゃ……唯先輩がダメになっちゃいます」

違う行動。私のしたい行動は、とても都合悪く制限されている。
9月12日よりも前に私がラボに行くと、必ずまゆりちゃんは殺されてしまう。繰り返した世界の中で、一度だけ期限前にラボを訪れた。やはりというかなんというか、日付をずらしても襲撃の日付もずれてしまって、全く同じ結果になってしまった。

「お願い。教えて、あずにゃん。私はどうしたらいいの?」

あずにゃんは驚いたように私を見る。一瞬だけ怯えたような表情を見せ、強がってそっぽを向いてしまった。

「……分かりません。手がかりが少なすぎます。その牧瀬さんが帰ってくる9日にラボに行って、襲撃に遭う前に急いでタイムリープしてしまえばいいんじゃ無いでしょうか。まだ9日の10日前……8月31日には戻ったことがないんですよね?」

確かに、そうだ。

「今日3日だよ、それまでの時間どうしよう」

それは、とあずにゃんは少し考えた後、

「遊んで過ごしましょう!」

そう言い放った。
49 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:31:50.71 ID:l76HRqOU0
67.

私たちは学校をすっぽかして、毎日出掛けていた。

カラオケ、ゲームセンターのコインゲーム、少し寒くなった海岸、動物園、温水プール、昆虫博物館。

私たちはせわしなく騒ぐ携帯電話の電源を切って、遊んで過ごしていた。

あずにゃんが笑っている間だけは、私はこんな現実を忘れられた。一年振りに私は笑った。

「唯先輩! 明日どこに行きましょうか!」

公園のベンチに腰掛け、夕焼けに眼を細める。

「うーんと、思いつかないや。て、明日は9日だよ」

「そう、でしたね。あっという間でしたね!」

急に現実に引き戻されたように、私たちは黙ってしまった。そうだ、私はこの世界のあずにゃんとはお別れしなきゃいけないんだ。

「大丈夫だよ」

私はあずにゃんの手を握り、

「私がちゃんと、覚えてるから。あずにゃんが忘れちゃっても、またいつでも遊びにいけるような世界に連れてってあげるから」

これは終わりじゃない。私の戦いは、続き続ける。私は何度だって何度だって、絶対にやり直せる。

私はちゃんと私の中で、逃げずに戦い続ける。
傷つかないように空っぽにしていた心に、私はちゃんと生き返る。

その勇気を君がくれたから。小さな君の、身の丈に合わない勇気を。

あずにゃんの手を握っているとね、なんだか心があったかくなるんだ。自分でつけた傷が見えなくなってしまうくらい、とっても愛おしい。

この気持ちを何と言うんだろう。
この高揚感。愛しくてたまらない気持ち。

「私、あずにゃんのことが好き……なのかな」
50 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:32:43.48 ID:l76HRqOU0
68.

あずにゃんはちょっと驚いたように私を見た。気持ち悪かったかな。

「私も好きですよ、唯先輩」

あずにゃんは私を抱き寄せた。私はぽかんと身を任せる。
あずにゃんは少し考えて、

「でもこれは、恋愛じゃないですよ。唯先輩、今までに人を好きになったことってありますか?」

「え、ない……けど……。でもねあずにゃん、私、あずにゃんのこと独り占めしたいって思ってるし、ずっと一緒にいたいって思ってるもん。それにあずにゃんに触れてたら……ドキドキ……するし」

自分で言っていてすごい恥ずかしくなった。顔が真っ赤になるのが分かる。

「人に触れてドキドキするのは当たり前じゃないですか。唯先輩、私とキスしたいって思います?」

それは……

「思わない、けど」

「私もです」

じゃあこの感情はなんだろう。意味不明なこの気持ちを恋と呼ばないなら、私はなんと名付ければいいんだろう。
51 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:34:03.93 ID:l76HRqOU0
「唯先輩のことはなんでもお見通しです。唯先輩のその気持ちは、俗に言う恋なんてものじゃないです。人はその気持ちを、何とも呼びません」

「何とも、呼ばない?」

特別な彼女は、私にとって唯一な彼女は笑って、

「辞書にも無い言葉、ですよ。自分で言うのはばかみたいですけどね」

辞書にも無い言葉。

ホッチキスの歌詞だ。私たちの恋は、ホッチキスのようにサッパリしてはいないけれど。

「……遊園地に行きましょう」

赤い光の中の君は、小さく呟いた。

「全てが終わったら、思いっきり遊びましょう。私、やっと気づきました。この日常は当たり前じゃないって。とっても贅沢な願いなんだって。だから頑張って、私たちでお祝いみたいな感じで行きましょう」

私は強く頷く。手に持つ溶けかけのアイスを勢いよく食べきった。

「あー!」

「ど、どうしたんですか?」

私はアイスの棒をあずにゃんに見せつける。

「当たり!!」

拍子抜けのようなあずにゃんの顔。私はにししと笑ってみせた。

「星は、私たちの頭上に輝くよ!」

薄く赤い空の中で、一等星が弱く強く光っていた。
52 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:40:05.96 ID:l76HRqOU0
68.次の日 秋葉原

まゆりちゃんだ。私は意を決してラボ近くの通りを歩くまゆりちゃんに話しかけた。初対面の挨拶にも慣れたもので、簡潔に岡部さんに会いたい旨を伝えられた。

まゆりちゃんはアメリカ帰りの牧瀬さんを駅まで迎えに行くようで、私たちも同行することにした。

……私はなにか勘違いしていた。私ならあずにゃんを追い続けられると。どんなに苦しくても、逃げ続けられると。

あずにゃんが見せてくれたそんな夢は、しかしこんな現実には敵わなくて。
53 :1 [saga]:2018/03/28(水) 21:46:53.23 ID:l76HRqOU0
前を歩くまゆりちゃん、後ろを歩くあずにゃん。


大きな工事の鉄鋼が私をわざわざ避けるように落下し、2人を叩きつける。

2人の真っ赤な血が、原形をとどめない2人が道路を染めた。

なぜ。なぜ。おかしい。二人が死ぬのは、今死ぬのは、間違っている。

死んでいた心を生き返らせてくれた彼女が、希望をくれた彼女が、とてつもない形に変形している。

彼女の笑顔がそれらと重なった。何十回と見てきたその光景は、しかし網膜を突き刺す。今までのように早く目を逸らさないと、私は死んでしまう。

私はもう死なんて見たくないだって心を生き返らせてしまったから私は今まで彼女の死を見ても壊れないように心を奥底に見えなくして何も感じないように壊れなくて済むようにそう逃げ続け希望なんて持たなければ良かったのに全てがうまく行くような気がしたのは

でもやッぱりわたしはもうシんでロようなものナノデでもあずにゃンは掬イたくてむりなきれいなのうみそあずにゃんのナイ臓なんてミアキタでしょう鳴れテココロナンテナイわチしなんてやバいきぼうがまぶシイチニクが赤るい

シんじゃえ

あたマガおかしイのはシ方ナクテ。
オカシクならないようにワタしは心をスてた。

しんじゃえ

死んじゃえ。

死ね。

全部死ねよ。

笑い声が聞こえた。私みたいな声がえへへと笑って、爆笑していた。なにが可笑しいのかも分からなくなって、そんな私はおかしくなった。

声が枯れるまで叫んだ後に、残ったものは何もなかった。私さえもいなくなって、とても静かな心の中。でも今の私にはちょうどよくて、心地いい。
顔の筋肉が動かなかった。足だけが前に動き、階段を登る。
不思議だけど他の人には私が映らないかのように、私は誰にも邪魔されなかった。
何をしたかっていうと、


世界を、どうでもよくした。


今までの何十回もの思い出が、放置していた最悪が、鮮明に私を襲った。

君の笑顔が、私の勇気が、私の中で崩れていった。最後の勇気は、ごめんね、無残に砕け切った。

私の心が、粉々になった。







もう、限界だよ。









私は学校の屋上から飛び降りた。
54 :1 [saga]:2018/03/28(水) 22:11:34.63 ID:l76HRqOU0
以上、中編です。
「白金の空」メインストーリー最終編、後編は明日投稿予定です。
よろしくお願いします。
55 :1 [saga]:2018/03/29(木) 23:20:51.97 ID:ovUOu2Ml0
後編投稿開始します
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