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唯「四月は君の華」
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1 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 20:55:29.54 ID:NiGcwUvh0
0. プロローグ
モノトーンだった日々に、渇いた日常に水滴が垂らされた。
水滴は光を選り分け、7色の虹を作る。
水滴は私の心を濡らし、潤してゆく。
これはあなたの水滴の物語。
これは私たちが願い探し求め、辿り着いた最後の世界の物語。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1521546929
2 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:05:41.16 ID:NiGcwUvh0
けいおんクロスss『白金の空』第二部です。
第二部は四月は君の嘘とのクロスオーバーです。
第一部はこちらです
https://ex14.vip2ch.com/i/read/news4ssnip/1521297992/
前編中編後編を三日かけて投稿します
よろしくお願いします
3 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:06:23.89 ID:NiGcwUvh0
【中学時代】
1.
今日、私はあなたを見つけた。
春。桜舞い散る4月。
校舎裏。放課後。
あなたはそこにいた。
音楽プレイヤーから発せられる、色鮮やかなピアノの音色。
そして、窓から顔を出す、寂しげな表情をした少女。
あなたに引き付けられたかのように、私は気付けば外からあなたを見つめていた。
今、私はあなたを見つけた。
4 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:07:27.40 ID:NiGcwUvh0
2.
「なんで……泣いてるんですか?」
私は2階の少女に、心持ち背伸びをするように話しかけた。
少女は私に気付くと思い出したように涙を拭うと、照れ笑いして、
「あなたもね」
気付けば、私の目は涙でいっぱいになっていた。
5 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:08:08.82 ID:NiGcwUvh0
3.
「何をやってたんですか?」
私は少女が階段から降りてくるのを待って、そう切り出した。私たちは帰るために生徒玄関へ向かう。
「別に、何もしてないよ。いつもああやって、音楽室にこもってるの」
私より一つ上の、つまり2年生の証である赤色のうち履き。私より古くなった学生鞄。
周りの子たちとは、どうしても相容れない特別さがあった。
「平沢、唯さん」
少女はちょっと驚いたように私を見る。どこか無気力に、でも確かに私を見てくれた。
「なんで私の名前、知ってるの?」
知っている。何年前だったかな。多分5年くらい前から。
でも私は何も知らない。この少女がこの学校の生徒だったことも、少女の涙の理由も。
「私、ギタリストなんです」
私は少女に振り返る。
平沢唯は天才ピアニスト。
ピアノ業界を揺るがせた『2代目』。
「ずっと前から好きでした」
少女はころっとした目で私を見る。
これは春の物語。
私の春は、はじまり始める。
「……あなたのピアノが」
5年振りに、私は笑った。
6 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:08:35.49 ID:NiGcwUvh0
4.
「平沢先輩、アイス食べて行きませんか?」
平沢先輩はぎこちなく私の隣を歩いていて、私の言葉を聞いて不思議そうにする。
「アイスって……あのアイス?」
「他にどんなアイスがあるんですか? ……ほら、あそこにありますよ」
アイスは嫌いだったかな、なんて私の心配は杞憂だった。平沢先輩はアイスクリーム屋の目の前に着くと、口を開けて涎を垂らした。
7 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:12:13.62 ID:NiGcwUvh0
5.
「アイスがそんなに珍しいですか?」
二段アイスにがっつく平沢先輩を横目に、私はちまちまと山を崩していった。
「え、うんん、アイスはいつも食べてるよ」
ぎこちない笑顔。どこかすごくよそよそしい。
「友達と来るのが……初めてだったから……」
平沢先輩は言い終わってから、あっと口を押さえて、
「ご、ごめん! 勝手に友達だなんて言って。馴れ馴れしかったよね」
「え、いえ。そんなことないですよ! 私は平沢先輩と友達になれたらすごい嬉しいです!」
恥ずかしいことを言った。そうでもしないと、先輩がなんだかもっと離れて行ってしまうと思ったから。
「ほんとに?」
先輩の不安そうな目。私はそんな目を見て、冗談交じりに自信満々に言った。
「もちろん。私は嘘をついたことがありませんから」
「そっか……」
つっこんではくれなかった。私には残念ながら、先輩がどんな顔をしているのかが見えなかった。
子供のころ、今より小さなころ。私はこの人に憧れた。憧れて、あの演奏に心を奪われた。その人が隣にいる。ちょっと贅沢で、とても幸せだった。
「唯で、いいから」
「はい?」
先輩は顔を真っ赤にして、下を向く。
「私の呼び名。唯でいいよ」
「唯、先輩……」
春の風だった。私の心を吹き抜ける。
「じゃあ私のことも、名前で呼んでください」
先輩と目が合う。ああそうか、と私は照れ笑う。
「私は一年の、中野梓です」
精一杯の春盛り。
私はあなた、唯先輩を見つけた。
8 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:13:10.89 ID:NiGcwUvh0
6.唯side 同日夜
「どうしたの? お姉ちゃん」
「ん、なにが?」
私は憂の作った特大ハンバーグを頬張る。
「何かいいことでもあったの? お姉ちゃんすっごく楽しそう」
憂は自分のご飯にも手をつけずに、楽しそうに私に問いかける。
「えっとね、今日……」
私は、笑みが零れ落ちてしまっていた。
「今日、友達ができたんだよ……」
それから寝るまでずっと、たくさんの希望とちょっとの不安で私の心はどきどきしていた。
9 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:14:17.63 ID:NiGcwUvh0
7.梓side 次の日 昼休み
私はお弁当を持って二階の廊下を歩く。入学したばかりの中学校は、とても広く感じた。
「失礼しまーす……」
音楽室の中には唯先輩が一人でいた。ピアノの前に座っている。
唯先輩は私に気づくと、大きく手を振る。
「梓ちゃん、いらっしゃい!」
唯先輩は昨日より自然な笑顔で、私を迎えてくれた。
10 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:14:55.80 ID:NiGcwUvh0
8.
他愛もない話。どこにでもある日常。
そんな当たり前を、私たちは人の目を逃れて楽しんでいた。
「梓ちゃん、それ……」
唯先輩は私のギターを指差す。
「ああ、これは私のギターです。ムスタングっていうんですよ」
「そういえば、梓ちゃんはギタリストだって言ってたよね」
私はケースから取り出し、ムスタングを抱えてみた。唯先輩はかっこいいだとか何とか、とても女子らしい発言をしていた。
「弾いてみて……くれないかな?」
「いいですよ」
私は最近練習している曲のワンフレーズを弾いてみる。もちろん自信のある部分だ。
音が楽譜を正確に掴む。一直線のライン。だけど音は、響かない。
唯先輩はもう気づいただろう。私の音には、感情がない。
11 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:19:02.70 ID:NiGcwUvh0
9.
「正直な話、上手く弾けてるとは、自分では思ってます。でもよく言われるんです。お前の演奏はつまらないって」
ドの音にはドの音、レの音にはレの音。じゃあ私の感情には、何の音を出せばいいのだろう。
「だから……」
だからこそ。
私は唯先輩の目を見て言った。
「5年前、私はあなたのピアノを聞いた時、それからずっとあなたの音が忘れられないんです」
昨日聞こえてきた音楽プレイヤーの音。
それは私の知っている、5年前の音だった。
あなたは、唯先輩は……
「もうピアノ、弾かないんですか……?」
悲しげなリズムに合わせて、春の風が窓を揺らした。
12 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:20:11.05 ID:NiGcwUvh0
10.
「ピアノは弾かないよ」
唯先輩はピアノの前に座り、鍵盤を撫でた。謝るように、私に背を向けるように。
「もう弾けないんだ……」
「弾けない……?」
唯先輩はどこか恥ずかしむように、困ったように笑った。
「私ね、演奏すると発作が起こるんだ」
私には、唯先輩が何を言っているのかが分からなかった。
13 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:23:12.45 ID:NiGcwUvh0
11.夕方
「梓ー! お風呂入っちゃいなさいよー!」
「……もうちょっとで行くー」
私はソファの上で、ギターを持ちながらぼーっとしていた。お母さんが夕ご飯を作る後ろ姿を眺め、何となく話しかけた。
「ねえお母さん、平沢唯って覚えてる?」
「ん?」
お母さんは一度手を止めて、また動き出した。
「もちろん覚えてるよ。ピアノの子でしょ? それがどうかしたの?」
「あのね、その人……唯先輩が、うちの中学にいたの」
お母さんは後ろを向きながらも、私にはとても驚いているように見えた。
「仲良くなったの?」
「え、うん。ダメだった?」
「ダメなわけないでしょ、よかったじゃん。梓、昔その子の演奏聞いてから、あなたすごく変わったのよ」
やっぱりそう見えたのかな。それまでギターを教えてくれたお父さんやお母さんが教えてくれなかったことを、一度の演奏で叩き込まれたのだ。
「『自由の女神』だとか『原曲ブレイカー』だとか『進化した二代目』だとか変な名前をいっぱい持ってる子だったね。実際演奏はすごかったよ」
全国ピアノコンクールで最年少優勝、海外のテレビ番組に出演してから一時期海外オファーが殺到した、何て話は有名で。でも私はそんな話には興味はない。
「お母さんは、何で唯先輩がピアノ辞めちゃったか、知ってる……?」
お母さんは言い辛そうに、あくまで噂なんだけどねと前置きをする。
「学校でひどいいじめを受けて、脳に障害ができたんだって」
唯先輩の寂しそうな笑顔が、私を初めて見たときの怯えたような表情が、自然と思い出されていた。
14 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:24:28.49 ID:NiGcwUvh0
12.past 憂side
お姉ちゃんがピアノを初めて弾いたのは、4歳の誕生日。お母さんがおもちゃ屋さんで買ってきた、小さなキーボードだった。
お姉ちゃんはそれからキーボードにのめり込んで、ピアノ教室に通うようになるほどにまで熱中していた。
才能の開花は、突然だった。
私とお姉ちゃんが見に行った、とある音楽系の中学校の学園祭ステージ。変な着ぐるみが踊ったり跳ねたり、とても面白かったけどつまらなかったステージ。
ある時、その場の雰囲気が変わった。
金髪の女の人と、メガネをかけた青い服を着た男の人。
2人の演奏は、お姉ちゃんの人生を変えた。
「その演奏……どうしたの唯ちゃん?!」
「おにいちゃんとおねえちゃんのまねだよ!」
お姉ちゃんは5歳にして地域の中学生以下の部で入賞、8歳で全国ピアノコンクールに出場し、最年少優勝を果たした。
15 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:27:07.23 ID:NiGcwUvh0
13.梓side 3日後 昼休み
「あの、平沢憂さん、だよね」
私は決心して話しかける。同じクラスにいた平沢という苗字。調べてみると、唯先輩の妹だということがわかった。
「うんそうだよ、中野梓ちゃんだっけ?」
すごい、何で覚えてるんだろう。
そんなことはよくて。
「うん、あのね、ちょっとお話し、いいかな……?」
不思議そうな顔をする平沢さん。
「お姉さんの……平沢唯さんのことなんだけど……」
そう言うと、すぐに付いてきた。
16 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:27:51.96 ID:NiGcwUvh0
14.
「私とお姉ちゃんはね、もともと小中高一貫の、有名な音楽大学の附属校に通ってたの。私もお姉ちゃんもピアノをやってたから。でも小学校を卒業するとき、お姉ちゃんのいじめが原因で転校することにしたんだ。私も一年遅れて、小学校卒業からお姉ちゃんが通ってるこの中学校に進学したの」
よく考えればあり得る話だ。その学校の中でも、唯先輩は飛び抜けていただろう。周囲からは疎まれるかは分からないが、少なくとも浮いていく。唯先輩は子どもっぽいから尚更、同級生は劣等感を感じたのだろう。
「お姉ちゃんはそれから、やっぱり人付き合いが苦手になっちゃって、この学校に入っても友達ができなかったみたい」
唯先輩は今もずっと音楽室にいる。私は唯先輩が他の人と喋っているのを、少ない時間だがまだ見たことがない。
ある日。小学校の卒業間近の最後の校内発表会の日、事件は起こったそうだ。
成績上位者だけが演奏をするその発表会で、唯先輩は初めての『発作』を体験した。
「現場は、私も見てたの。お姉ちゃんが演奏を始めた時、ステージのそこらじゅうで爆竹が破裂して、大パニックになった」
唯先輩はその場で気絶した。
それからピアノを弾くときには必ず、唯先輩は『発作』を起こす。ピアノ業界から姿を消したのは、その頃だったそうだ。
17 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:28:25.22 ID:NiGcwUvh0
15.
「お姉ちゃんは、とっても寂しい思いをしてると思うの。私はお姉ちゃんのことを1番近くで見てきたから、苦しんでる姿も1番見てきた。でもね、」
今までごちゃまぜな感情で強く拳を握っていた平沢さんが、優しく私の手を握った。
「最近、お姉ちゃんが楽しそうなの。それでね、話を聞いたらお友達が出来たって自慢してきたんだよ? お友達って梓ちゃんのことだよね」
自分でも顔が赤くなってるのが分かる。なんだか私も唯先輩と同じような気分でいた。なにせ私にも、友達はいないから。
「お姉ちゃんのこと、よろしくね。私のことも、憂って呼んでくれていいよ?」
「う、い?」
「えへへ、そうそうそんな感じで!」
憂は楽しそうに私を見ていた。私も憂につられて笑ってしまう。
唯先輩のおかげで、私にも1人友達ができたのだった。
18 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:32:00.58 ID:NiGcwUvh0
16.
ーー私、唯先輩に、もう一度ピアノを弾いて欲しいんだ。
唯先輩もきっと、それを望んでいる。唯先輩はずっと音楽室に、ピアノのそばにいたのだ。
弾いて欲しい。いや、私の中では多分違う。
聞かせて欲しいんだ。あの音を。レコーダーでではなく、私のために弾いて欲しい。
私は音楽室のドアを開ける。
「あ、梓ちゃん!」
ピアノの前に座る唯先輩は、とても小さくて危なっかしいように見えた。
私は無言で、唯先輩の前まで歩く。唯先輩は不思議そうに、ちょっと怯えたようにしていた。
「唯先輩」
これは、愛の告白だ。
私はあなたの音に、恋をした。
「私と一緒に、コンクールに出てくれませんか」
桜舞い散る校庭、音楽室の窓際にも桜が舞い降りていた。
しばらくの空白。緊張の間隔。
唯先輩は口を開けて固まっていた。突然でびっくりしてるよね。
唯先輩はしばらくただ私の目を見つめ、一度だけ小さく頷いた。
19 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:34:49.69 ID:NiGcwUvh0
17.憂side 放課後
校舎の中に自動販売機はなかったから、私は校舎のすぐそばのコンビニに寄ってから音楽室に向かった。手に持つのはお姉ちゃんが大好きないちご牛乳と、コーヒー牛乳。梓ちゃん、気に入ってくれるかな。
音楽室の窓からこっそりと中を覗く。2人は私が図書館でもらってきたコンクールの資料を床に座って眺めていた。
「お姉ちゃん、頑張ろうって思えたんだ……」
2人はずいぶん仲が良さそうにしていて、特に最近はお姉ちゃんは心を開いたようで、とてもつい数日前に出会ったばかりだとは思えなかった。
しばらくすると、お姉ちゃんは梓ちゃんを押し倒した。梓ちゃんは驚いて抵抗するけど、お姉ちゃんのなすがままになっている。
梓ちゃんは言っていた。お姉ちゃんは知り合ったばかりの時はものすごくヨソヨソしかったけど、最近は隠していた本性らしきものを出し始めていると。
いたずらしちゃおう、私はドアを開けた。
「おじゃましまーす……あ、邪魔しちゃったかな?」
梓ちゃんは顔を真っ赤にする。
「ち、違うの! 唯先輩がいきなり、コンクールの時の髪型研究しようとか言い出して!!」
「いいじゃないかいいじゃないか〜。梓ちゃん、きっとツインテール似合うよ〜」
「恥ずかしいからいいですっ」
「一回だけ! 一回だけでいいから!」
お姉ちゃんは強引に髪を結び始めた。
「お姉ちゃん、乱暴にしちゃダメだよ? 梓ちゃんも、一回くらいいいじゃん♪」
梓ちゃんは諦めたようだ。恨めしそうに私を見る。
20 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:38:19.78 ID:NiGcwUvh0
「ここ、差し入れ置いとくね」
「あ、ありがとう。憂」
「できたよ、梓ちゃん!」
じゃじゃーんとでも言うように、梓ちゃんを私に向かせた。ツインテール梓ちゃんは恥ずかしそうにしている。
「梓ちゃんかわいい! 似合ってるよ!」
「でも目立っちゃうよ」
「梓ちゃん、コンクールは目立ってナンボなんだよ!!」
「普段の梓ちゃんも、日本人形みたいでかわいいんだけどね」
「なにそれ嫌味ですか……?」
えへへ、と梓ちゃんに笑いかけた。
「じゃあ私行くね。差し入れ持ってきただけだから」
「憂」
私はお姉ちゃんの方に振り返る。
「私、もう一度頑張ってみるよ」
お姉ちゃんの笑顔は、いじめが起こる前、5年前の笑顔だった。
21 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:40:11.26 ID:NiGcwUvh0
18.唯side 練習中
ーー近寄んないでくれないかな、バカが移るから。
ーー天才はいいよね〜私たちのこと見下してるんでしょ。
罵詈雑言。支離滅裂な言葉が私の頭の中をかき回す。
ーーまた男フッたの? 何人目よ。
ーー話しかけないで!
私は1人だ。孤独。孤独。孤独。孤独……
「唯先輩!!!」
あったかい感触。梓ちゃんが、倒れそうになった私を支えてくれたみたいだった。
『発作』は起こった。
心臓が激しく鼓動する。汗がふきだす。意識が飛びそうになる。身体が震える。息が荒い。苦しい。
私は梓ちゃんにしがみついた。梓ちゃんは私を強く抱き締めてくれた。でも、
あ、ダメだ……
私は意識を失った。
22 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:42:34.71 ID:NiGcwUvh0
19.梓side
唯先輩を日当たりのいい窓際に寝かせて、私の上着をかけた。タオルで汗を拭いてあげる。
唯先輩は、演奏を始めて30秒ほど、何事もなく演奏をしていた。それから突然、意識が演奏から離れ出し、遂には手が止まり、意識も失ってしまった。
無理、させちゃうんだろうな……
私は、迷わずにはいられなかった。唯先輩の苦しそうな顔。私はそんなの、見たくなかった。
私は春の運動部の威勢のいい声を聞きながら、ずっと唯先輩の手を握っていた。
23 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:44:42.39 ID:NiGcwUvh0
20.次の日 昼休み
「市内の演奏会?」
私と唯先輩は、憂が持ってきた資料を覗き込んだ。
「うん。毎年この時期にやってるんだって。市外からも何人か来るみたいで、ちょっと大きいみたいだよ。隣のおばあちゃんが実行委員もやってるみたいで、市内の候補者リストに推薦で入れてくれるって言ってたよ」
日時は2週間後。初めての舞台としては、心もとない準備期間だ。
「それまでに演奏を完成させて、お姉ちゃんの発作の対策をするのが必要だね」
「ありがとう憂。何から何まで」
「いいよ、気にしないで? 私も楽しみなんだ」
憂は本当に楽しそうだった。唯先輩のことが大好きなんだろうな。
「私はやりたい」
「ゆ、唯先輩……」
「私、変わりたいよ。逃げてばっかりの自分なんて、もう嫌なんだ」
唯先輩は立ち上がった。私に手を伸ばす。
「梓ちゃん、練習しよ!」
呆気にとられる私と憂。
私は強く、唯先輩の手を掴んだ。
24 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:46:54.88 ID:NiGcwUvh0
21.
作戦はこうだ。
唯先輩の発作は必ず起こり、発作まではだいたい演奏開始から20秒以上の猶予があることが分かっている。
唯先輩はそれまでの間演奏を続け、発作がくる直前に唯先輩は演奏を中止、そして私のギターのソロパートに入る。
そのような要領で、唯先輩は発作が収まると演奏を再開、そして空白を繰り返し、私はメインのパートをずっと演奏する。演奏が進むにつれて空白の時間が長くなっていくので、不自然のないように繋げなくてはならない。
こんなことができたのは、唯先輩のアレンジがあってこそだ。唯先輩は「原曲ブレイカー」のあだ名の通り、そして「自由の女神」のあだ名に恥じない自由な演奏をしてみせた。
毎回変わる演奏。同じ演奏は2度とできなかった。
そして当日。
25 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:48:08.15 ID:NiGcwUvh0
22.憂side 当日
「純ちゃん、こっちこっち〜!」
「あ、憂〜。早いね」
純ちゃんは入り口でウロウロしてから、私のところまでやってきた。
「久しぶりだね、元気にしてた?」
純ちゃんとは古い付き合いで、幼稚園のころからだった。私が音大の附属小に通うことにしたのでそれから会わなくなったが、先日スーパーで再会し意気投合、メアドまで交換してこの演奏会にも招待したのだった。
「もちろんだよ。本当は純ちゃんと同じ中学に行きたかったんだけどね」
「いいよそこまでしなくて。そういえばさ、憂はピアノ弾かないの?」
「私は弾かないよ」
「なんで?」
私はお姉ちゃんの『二番煎じ』で『劣化版』だから。
なんて純ちゃんには言えなくて。私は適当にごまかした。
「私飲み物買ってくるね、ついでにお姉ちゃんの様子見てくるよ」
「うん、いってらっしゃーい」
純ちゃんは深入りせずに、手をヒラヒラとさせて私を見送った。
26 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:49:48.94 ID:NiGcwUvh0
23.梓side 控え室
梓「ゆ、唯先輩、どうしたんですか?」
唯先輩は私の影に隠れるように座り込んだ。私はどうすればいいのか分からずじっとしていた。
しばらくして、
「あれ、平沢さん?」
高そうな服を着た女の子が歩み寄ってきた。私の後ろで座っている唯先輩を覗き込む。
「やっぱり平沢さんじゃん。なんでこんなところに……まさかこれに出るの? あはは、ウケる」
梓「なんですかあなた。馬鹿にしに来たんですか?」
「馬鹿にだなんてそんな。私はただ、親が主催のこの辺鄙な演奏会に連れてこられただけよ。まさか超大物の演奏が聴けるなんてね。元、だけど」
梓「嫌味言いに来たんなら黙って親のところに戻ってください。邪魔ですから」
「は? なによあんた」
その人が私に向けてきた手は、私が仰け反る前にはたき落された。
憂「梓ちゃん、こんな人の相手しちゃだめだよ」
「ちっ、平沢憂か」
その人はすぐに翻すと、
「頑張ってね〜中野さんも」
なんだ、私の名前も知ってたんじゃん。
梓「大丈夫ですか? 唯先輩」
唯先輩は困ったように笑うと、大丈夫だよ、と私たちに背を向けた。
27 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:50:29.45 ID:NiGcwUvh0
24.唯side
「唯先輩、準備いいですか」
私は深呼吸する。
本番の匂い、本番の空気だ。
「いいよ、梓ちゃん」
旅に出よう、私たちは冒険者。夢も目標もモヤモヤだけど、私たちは前に進む。
ーー続きまして、エントリーナンバー14番、平沢唯さんと中野梓さんです。
パラパラとした拍手。
私たちは、ステージへ向けて歩き出した。
28 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:51:33.07 ID:NiGcwUvh0
25.梓side
礼をして準備を終える。私は心地よい緊張感に包まれていた。
唯先輩を振り返る。
「唯、先輩……?」
唯先輩はイスの前で立ち尽くしている。視線の先には、例の女性が。
ダメだ、そう思った。
「唯先輩」
私は少し強めに言う。
「私を見てください」
「梓、ちゃん……」
唯先輩はなんとか焦点を私に合わせると、噛みしめるようにイスに座り準備を終える。
いくよ、唯先輩。
……クライスラー『愛の喜び』
29 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 21:52:57.92 ID:NiGcwUvh0
26.憂side 演奏中
梓ちゃんの正確なギターが、お姉ちゃんのピアノが、高め合うように繋がっていた。
観客を圧倒するテクニック。
小さな演奏会では、彼女たちに敵う演奏家はいないだろう。それくらい、2人は抜きん出ていた。
「すごいなあの2人」
「ギターの子の単調さはともかく、安定感は上等だが、それをカバーするピアノの子が上手くメインのギターを引き立ててる」
「あのピアノの子、平沢唯じゃない? ピアノやめたんじゃなかったの?」
そんな会話が近くから聞こえてくる。
でも。
演奏が終わり、拍手の波に飲まれる2人を見ていても、どこか私は喜びきることが出来なかった。
30 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 22:01:28.37 ID:NiGcwUvh0
27.梓side
唯「憂〜〜!」
唯先輩は憂に抱きつく。憂は唯先輩の頭を撫でながら、私に優しい笑顔を向けた。
憂「お疲れ様! カッコよかったよ」
梓「ありがとう。まあでも……」
憂も気づいてるよね、私たちはまだまだ発展途上だって。
でもそれでいい。私たちはまだ、旅の途中だ。
憂「どうしたの?」
梓「えへへ、いやなんでもないよ」
憂「変な梓ちゃん〜」
そういえば、と私はカバンを開けた。
梓「あのさ、景品の温泉旅行なんだけど、憂も来てくれるよね」
最優秀賞だった。評価なんてどうでもいいけどね。
憂「え、いいの? やったー! ありがとう!」
梓「私も憂と遊びたいからね、あと誰誘おうか?」
この旅行は6人用で、友達がいない私や唯先輩からしたら多すぎる人数だ。
「はいはーい! 私も行きたい!」
今まで憂の後ろに隠れていた女の子が食い気味で近づいてきた。
憂「紹介するね。お友達の純ちゃんだよ」
純「中野梓さんだよね、よろしく。演奏すごかったね〜。私は梓って呼ぶから、純って呼んでくれていいよ」
梓「あ、よろしくね!」
私は握手し、無理にでも明るく見せた。これからは初対面の人にいい印象を与えられる人になりたい。
唯先輩もちょっともじもじしながらその子と握手する。
憂「じゃあ後2人? 誰かいるかなぁ……」
憂は考え込み、しばらくすると思いついたように携帯電話を取り出した。
憂「あのもしもし、平沢憂です。まだこの辺りにいますか? はい、正面入り口です。待ってます」
梓「誰にかけたの?」
憂「えへへ、来てからのお楽しみ」
31 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 22:02:48.35 ID:NiGcwUvh0
数分後、私たちの前に現れた男性を見て、私は驚かざるを得なかった。
「ちょっとーまた女の子じゃん。社会人にもなって遊びすぎじゃない?」
「おい椿、変なこと言うなよ」
憂は笑って会釈する。
椿と呼ばれた女性に軽く頭を殴られたその人は、『初代』天才ピアニスト、有馬公生さんだった。
to be continued……
32 :
1
[saga]:2018/03/20(火) 22:07:17.78 ID:NiGcwUvh0
以上、前編です
中編は二、三日後予定です
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/03/20(火) 22:24:21.54 ID:YFJ6NTM8O
ここまでけいおんとのクロスである必要なし
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/03/21(水) 01:19:42.91 ID:1YuXOUN0O
てか、けいおんのキャラは好きでもカードキャプターさくらで確立された「登場人物達が他人の悪意に影響される事も、事故や災害・病気等で死ぬ事も無い世界観」が嫌いなんじゃないの?
35 :
1
[saga]:2018/03/24(土) 21:50:24.42 ID:N9NZ/oAL0
投稿遅れました
それでは中編です
36 :
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[saga]:2018/03/24(土) 21:52:22.80 ID:N9NZ/oAL0
第二部 中編
28.梓side 数日後(ゴールデンウィーク)
唯「広いよー純ちゃん!」
純「ですねー唯先輩!」
純と唯先輩は積み上げてある布団にダイブする。唯先輩は純をくすぐって騒いでいた。
梓「ちょっと小学生ですか! うるさくしたら隣に迷惑ですよ」
唯「梓ちゃん起こしてぇー」
唯先輩の真似をして手を伸ばしてくる純を無視して、片手で唯先輩の手を掴んだ。
唯「そりゃっ!」
梓「なっ……」
私は唯先輩に思いっきり引っ張られ、驚いて耐えようとするも純に反対の手を掴まれて、遂には私も布団に突っ込む。
唯純「ほーらこちょこちょ」
梓「ちょ、唯先輩、純、やめ……やめてやめてっ」
私は隣の部屋の憂たちが来るまでいじられ続けた。
37 :
1
[saga]:2018/03/24(土) 21:53:43.17 ID:N9NZ/oAL0
29.憂side ほぼ同時刻
椿「おお〜いい景色! 公生見てみ!」
有馬さんは窓際にいる椿さんの隣まで歩いて行くと、
公生「へえ、すごいね。山の中って感じだ」
椿「なにそれ、当たり前じゃん」
椿さんはチョコレート菓子を取り出すと、
椿「憂ちゃん、一個あげるよ」
憂「あ、ありがとうございます! 私これいつも食べてます」
椿「憂ちゃんは分かってるね、公生とは大違い」
公生「別に僕だって嫌いだとは言ってないじゃん」
椿「好きと嫌いじゃないには大きな差があるんだよ〜だ」
私はくすくす笑った。
憂「お二人とも仲いいんですね。付き合ってるんですか?」
思った通り、椿さんは顔を真っ赤にする。
公生「そうだよ。でも別に気を使わなくてもいいからね」
椿「そんなことより! 早くお風呂入りたい!」
公生「はいはい、じゃあ準備して隣の部屋に声かけに行きなよ。椿、もう25歳なんだから落ち着いてね。僕は男1人だし時間ずらして行くよ」
あっと椿さんは思い出したように、
椿「憂ちゃん、安心して? 君は私が責任を持って公生から守るから!」
公生「人を変な風に言うな。まあ確かに一緒な部屋で寝るわけにはいかないし、僕は一階で漫画でも読んで徹夜するよ」
憂「あ、それなんですけど、純ちゃんがゲーム持ってきたみたいなので、有馬さんも誘ってやろうって言ってましたよ。徹夜のつもりらしいです」
公生「それはありがたいや。まあほどほどにしとかないといけないけどね」
私が椿さんに連れられてお姉ちゃんたちの部屋に向かったところ、汗だくになって息を切らした梓ちゃんと、したり顔のお姉ちゃんと純ちゃんを見つけたのだった。
38 :
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[saga]:2018/03/24(土) 21:55:00.94 ID:N9NZ/oAL0
30.梓side
唯「梓ちゃん、お背中洗って差し上げましょうか〜?」
背後から変な唯先輩の声ーー否、唯先輩の変な声が聞こえてきた。
梓「結構です。自分でできます」
唯「あれ、怒ってらっしゃる……?」
私は頭を洗いながら唯先輩を横目で見ると、唯先輩の変顔が覗き、思わず吹き出してしまった。
梓「……別に怒ってないですよ。いつもこんな感じです。そういえば、ずいぶん純と仲良くなったんですね」
あ、と唯先輩はまたからかうような声になって、
唯「もしかして妬いてらっしゃる?」
梓「なっ……!」
唯「うそうそ! 冗談だよっ」
純「昔から嫉妬深いですからね、梓は愛が重いですよ、唯先輩」
梓「昔からって、知り合ったの1週間前でしょ」
いつのまにか隣にいた純は、髪をほどいていて別人だ。
憂を探すと、露天風呂の方で椿さんと楽しそうにお喋りしていた。憂は聞き上手だから、椿さんは楽しそうに身振り手振りで話しているのが見える。
梓「憂ってほんとしっかりしてますよね。憂なら椿さんや有馬さんと上手くやれますね」
部屋割りはくじで決まった。有馬さんは一応椿さんと同じ部屋になることにしていたので、実質その2人となる人を決めるためのものだ。もし私が選ばれていたら、結構気まずい部屋になってしまったかもしれない。
唯「えへへ、自慢の妹だよ〜」
梓「妹って言うより、憂の方が姉に向いてると思いますけど」
唯「梓ちゃんしどい……」
梓「思ったことを言ったまでです」
純「まあ私は唯先輩の方が姉に向いてると思うけどね〜」
唯「おっ流石純ちゃん。分かってる〜」
純は適当に言っているわけではないみたいで、単純に興味が湧いた。
梓「純、なんで?」
純は眉をひそめ、手でなにか伝えようとしながら、
純「何ていうか……バランスが取れてるんだよ。憂に妹は合ってる。唯先輩も唯先輩で、姉に合ってる。上手いこと姉妹になったなって感じ」
梓「なにそれ」
純「あんたもだよ、梓」
私が首を傾げていると、純は見透かしたように笑った。
純「あんたこそだよ。よく唯先輩の後輩になったよね。あんたこそ、後輩に合ってるよ」
私は純に理由を聞かなかった。
それは何となく、どことなく、私にも納得できたからだ。
39 :
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[saga]:2018/03/24(土) 21:59:37.37 ID:N9NZ/oAL0
31.梓side
椿「はい私富豪ー!」
椿さんは最後のカードをやまに叩きつけると、ガッツポーズをして純とハイタッチした。
純「椿さんやりますね〜」
椿「いえいえ、純ちゃんほどでは〜」
さっきから2人が上位独占だ。そして唯先輩と、憂が(いつも)すぐ後に上がり、おきまりの展開。貧民と大貧民を分ける、私と有馬さんの一騎打ちだ。
椿「おお公生いいカード残してるじゃん」
公生「ば、ばか椿! 言うなって!」
純「おお〜? 梓の方は大したことないですな〜」
純は悪い顔でそう言った。私の手札には、使いどころを失って残ったジョーカーがいる。
椿「おっ公生が勝負にでた!」
私は勝てると踏んでジョーカーを出すが、見事返り討ちに遭って大貧民の座を射止めてしまったのだった。
40 :
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[saga]:2018/03/24(土) 22:00:35.47 ID:N9NZ/oAL0
32.
公生「重くない? 大丈夫?」
梓「はい、大丈夫です」
缶ジュースを3個、袋に入れて廊下を歩いていた。罰ゲームの買い出しの帰り道だ。
そう言う有馬さんは缶ジュース3個に加え、両手で抱えるくらいのスナック菓子を持っている。
公生「中野さん」
梓「はい?」
公生「僕って怖いかな……?」
え、と私は有馬さんを見ると、彼は困ったように笑っていた。
梓「そんなことないです! ……私が初対面の人と話すのが苦手なだけです」
特に男性とは。
公生「そっか。僕も中学生の時、結構内気で友達あんまりいなかったから、気持ちは分かるや」
有馬さんは優しそうに笑った。
公生「……僕はね、ある日台風みたいな人に出会ったんだ。その人はバイオリニストでね、僕はその人をきっかけにしてピアノをまた弾き始めたんだ。僕の苦手を克服させてくれて、新しい道を切り開いてくれた」
その人は多分、女の人だ。有馬さんの目は、カラフルに物を見ていた。
公生「君……中野さんにとってのその人は、唯ちゃんなんだと思う。同時に唯ちゃんにとってのその人は、間違いなく君だ。そういう人を見つけられた僕も君も唯ちゃんも、どうしたって幸せ者だよ」
有馬さんは、今まで出会った大人の誰よりも柔らかく笑っていた。
41 :
1
[saga]:2018/03/24(土) 22:01:30.26 ID:N9NZ/oAL0
33.
唯「あーずさちゃんっ♪」
梓「ひぃっ」
頬に冷たい感触。唯先輩はオレンジジュースを私に差し出した。
梓「私、さっき飲みすぎて喉乾いてないですよ」
私がそれを受け取ると、唯先輩は私の横に腰掛けた。部屋には私たち2人。他の4人は隣の部屋でゲームをしてる。私は1人で抜け出して空を眺めていた。考え事をしたい気分だったのだ。
唯「楽しいね」
唯先輩は終始笑っていた。純とともに私をいじめるときも、何もない今でも。
梓「はい、すっごく楽しいです」
梓(唯)「「唯先輩(梓ちゃん)のおかげですね(だね)」」
私たちは目が合い、おかしくてまた笑った。
梓「……月が」
私は目の前にあるような満月を眺め、
梓「月がきれいですね……」
唯先輩も空を見上げる。
唯「そうだね……とっても、とっても」
夜空の星はやっぱりきれいで、月もやっぱりきれいだった。
あなたと見た空も、いつも通りにやっぱりきれいだった。
唯「いつもひとりぼっちにはあきあきしたな……」
梓「……誰の言葉ですか?」
唯「チャーリー・ブラウン」
唯先輩は上を見つめ、遠くを見ていた。放っておいたら何処かに行ってしまうような、そんな気がした。
梓「唯先輩、もう一回温泉行きませんか? 私さっきの卓球で汗だくになっちゃって」
唯先輩はすっと立ち上がった。いつものヘアピンを付けてないからかな、少し大人っぽく見えた。
唯「いいよ、行こっ?」
唯先輩は座っている私に手を伸ばす。
私がその手を掴むと、唯先輩は私をそっと優しく引っ張ってくれた。
42 :
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[saga]:2018/03/24(土) 22:02:55.50 ID:N9NZ/oAL0
34.憂side 深夜2時頃
すっかり眠り込んでしまった椿さんと純ちゃん。なんとなく私は1人でゲームの続きをしていた。
唯「ただいま〜って起きてるの憂だけ?」
お姉ちゃんと梓ちゃんが帰ってきた。私はしーっと口に人さし指を当てると、隣の部屋に移動した。
梓「純、徹夜するって言ってたのに」
憂「まあまあ、はしゃいで疲れちゃったんだよ。そうだ、有馬さんどこにいるか知らない?」
唯「一階で漫画読んでる。どうせ椿さんはすぐ寝ちゃうだろうから邪魔しちゃ悪い、って言ってたよ。的中だね」
梓「温泉あがってから今まで有馬さんと3人でカラオケ行ってたんだけど、有馬さんって歌も上手なんだね。びっくりした」
唯「梓ちゃんの歌声は、ちょっと独特でしたわね」
梓「う、うるさいです……」
唯「えへへ、冗談だよ〜」
私がくすくすと笑っていると、梓ちゃんはちょっと拗ねちゃったみたいだった。気にしてるのかな。
お姉ちゃんは大きな欠伸をした。
憂「もう寝ちゃおっか。有馬さんにはメールしとくね」
梓「あ、私が直接伝えに行くよ。まだ眠たくないし」
私は梓ちゃんの目を見た。何かあるんだな、そう思い、
憂「分かった。お願いね」
梓「うん、先に寝てていいよ」
唯「う〜い♪ いっしょに寝よ?」
すでに目が半開きのお姉ちゃんに連れられ布団に入った。
温泉のシャンプーを使ったんだね、お姉ちゃんからいつもと違う匂いがした。
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