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【モバマス】あと八ヶ月で結婚する約束の比奈(29)と(元)P
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1 :
◆Z5wk4/jklI
[sage saga]:2018/03/18(日) 12:36:16.94 ID:DwX9KPUZ0
小説を書きます
期日までにステップを踏んでトロフィーを集めよう!
経緯
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1513345340/
SS速報にアップしたバージョンはいくらかミスがありますので修正版をお望みの方は渋で当該タイトルを検索してくださいませ。
関連
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1521029010/
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1521344176
2 :
◆Z5wk4/jklI
[sage saga]:2018/03/18(日) 12:37:01.38 ID:DwX9KPUZ0
ここまでのあらすじ
〜荒木比奈とプロデューサーは雑談のさなかに「比奈が三十歳になるまでお互い独身だったら結婚する、それより先に結婚できた方は相手をあざ笑う」という不用意な約束をしてしまう。それから九年。プロデューサーは比奈に恥をかかせないためにプロダクションを離れ、独身を貫いていた。どこからか漏れた約束はプロダクションのみんなに知れ渡り、二人の外堀は完全に埋まっていた。埋まった外堀に甘えずるずると結論を引き延ばしまくったお互いの気持ちにようやく決着をつけた比奈と元プロデューサー。じつはみんなずっと思っていた。「早くくっついちまえよ☆(例:佐藤心)」と。元プロデューサーは、比奈ともう一度「三十歳まで独身だったら結婚しよう」と約束した。〜
約束の期日まで、あと八ヶ月――
3 :
◆Z5wk4/jklI
[sage saga]:2018/03/18(日) 12:38:19.72 ID:DwX9KPUZ0
「……お待たせしたっス」
駅前のモニュメントで待っていると、待ち合わせの時刻から五分遅れで荒木比奈がやってきた。Tシャツにジーンズのラフな格好で、シャープな印象のフレームの眼鏡をかけ、やや深めにキャップを被っている。
比奈は芸能人オーラを消すのが得意だが、それでも人混みを意識して普段とは装いを変えているようだ。
「ああ、珍しいね、仕事?」
「いえ……」
比奈は口ごもった。
「そんなに待ってないよ。行こう」
通りのほうを指さす。
そうして、二人で並んで道を歩きだした。
今日は「ランチを食べる」という約束だった。
ついでに、比奈が観たかった映画と、比奈が買いたかった漫画と画集を求める予定である。
仕事ではない。
「なに食べようか」
「そうっすね……」
二人して通りを眺める。平日午後、昼食にはほんの少し早い時間帯なので、店は選び放題だ。
「……あんまり、気を遣わなくてよさそうなとこが有難いっス。この前に瑞樹さんや心さんと入ったとこは、お二人に選んでいただいたんですけど、すごいセレブって感じのとこで、ちょっと気疲れしてしまいまして」
「了解、じゃ、そこらへんのレストランにしよう」
結局、二、三店舗物色して、パスタのチェーン店に入った。
二人席のテーブルに向かい合って座る。
「二人で入るのは、すごく久しぶりだよね」
「そうっスね、えーと……」比奈はしばらく考える。「……正確には思い出せないくらいっス」
「二人だけで入るようなときは、たいてい深夜仕事上がりとかで、とにかく腹になにか入れたいってときだったからなぁ」
「そうっスね」比奈は笑う。「そんな時間だと開いてるのもファミレスかファーストフードかラーメンくらいで、すぐ出るからってラーメンばっか食べてたっスね」
「色気のかけらもなかったな。で、二人してトレーナーさんにカロリー摂りすぎって怒られて」
「……懐かしいっすね」
比奈は目を細めた。
お互いになんとなく、そこで会話が止まる。
休みの仕事の話もどうかと思い、頭の中で話題を考えていると、比奈が困ったように頭を掻いた。
「休みの日まで仕事の話はどうかって思ったんスけど、仕事のこと以外に話題がないっスね」
思わず吹き出しそうになった。
「共通の話題ではどれも仕事絡みだからな、しょうがないよ」
「そーっスね。こういうとき、みんなどんな話してるんスかねぇ」
二人して唸っているうちに、注文が運ばれてきた。
4 :
◆Z5wk4/jklI
[sage saga]:2018/03/18(日) 12:39:09.55 ID:DwX9KPUZ0
食事で腹を満たしたあと映画を観て、感想を交わしながら大型書店へと歩いていく。
「いや、あれはすごい描写だったっス。叙述トリックっていうか、まんまと騙されたっス」
「ちょいちょい挟まれた映像は過去かと思ったけど、実は未来だった、ってのに自然に気づかせる仕組みがすごいよね」
「そうっス、途中途中なんかおかしいなって思ったりはしたっスけど、メインのエイリアンとのコンタクトのほうに意識もってかれちゃいましたね。最後はよく考えたらちょっとご都合なとこもちょっとありましたけど、そこはラストに向かう熱量で持っていかれたっス」
比奈は熱っぽく語る。少し早口になっているのは、興奮しているときだ。
いい顔をしている。
「デザインもかっこよかった」
「そうっス、あの図案、設定資料集があれば欲しいっス」
「これから探してみる?」
「さっき携帯でネットを探してみたんスけど、出てなさそうっス……日本で公開されたばかりじゃちょっと望み薄っスね」
大型書店に到着したあと、目当てのものはすぐに見つけることができた。そのまま、比奈のお薦めの漫画談議が続く。
好きなものを語っているときの比奈はとても輝いている。
比奈は自分のことをただのオタクだと評しているけれど、オタクであるかどうかにかかわらず、人前で好きなものを笑顔で語るのは難しい。
「これなんかお薦めっスよ、全六巻で読みごたえは抜群っス。アタシはぼろぼろ泣きました」
比奈はすこし背伸びをして、本棚に差されたコミックの一冊を取ると、こちらに手渡してきた。
「へぇ……」
B6版のコミックだった。主人公らしき少年と、ヒロインにしてはやや背の高い異国風の少女のイラストが表紙を飾っている。
「どうっスか、せっかく本屋来たんですし、買っていくってのも」
「うーん、でもさ、これ……比奈、持ってるんでしょ?」
「え? ハイ」
「じゃあ、それ読ませてよ」
「あ……」比奈はなにかに気づいたようにはっとした表情をして、それから少し恥ずかしそうに視線を逸らした。「……そっスね」
5 :
◆Z5wk4/jklI
[sage saga]:2018/03/18(日) 12:40:33.76 ID:DwX9KPUZ0
本屋を出て、すこし日が傾きだした街中を歩く。このあとの予定はとくに決まっていなかった。
夕飯にはすこし早すぎる。
「あの、荷物持ってもらっちゃって……申し訳ないっス」
比奈がぽつりと言った。
「え? いや、いいよ、気にしないで」
比奈が買った画集は大判でハードカバーなので、さすがに持ったまま歩かせるのは忍びなかった。
と、比奈のほうを見て、ああ、と思い当たり、画集の入ったビニール袋を反対側の手へ。
空いた手で、比奈の手をとる――
「ひゃぁッ!?」
「うぉっ!?」
比奈が大きな声を挙げたので、思わず手を離し、歩みを止めた。
「ななな、な」
「あれ、こういうことじゃなかった?」
「や、その、いや、心の準備、っていうスか、その……うう……」比奈は顔を真っ赤にして唸る。「その……色々、あるじゃないスか……順番とか……」
「あれ、あ、そっか」
一か月前にした遠回しなプロポーズを思い出す。呑み会後で比奈が泥酔していたため、やり直しを要求されていた。
姿勢を正す。
「比奈、比奈が三十歳になってもお互い独身だったら――」
「そっちっスか!?」
「違うの!?」
「や、それはそれで……あー、もうアタシも判らなくなってきました、もう……はは……」
比奈は力なく笑った。
「まぁ、でも、その……」比奈は再び、視線を逸らしたままで言う。「せっかくこういう関係になったんですし、リア充っぽいこと経験したくないかっていたら……嘘になるっスけど……」
「……じゃあ、もし、よろしければ、もうすこしぶらぶらしてから、食事でも?」
芝居っぽく意識して言いながら、比奈に向かって空いている方の手を差し出す。
比奈はその手をおずおずと取った。
手を繋いで、ふたたび歩き出す。
6 :
◆Z5wk4/jklI
[sage saga]:2018/03/18(日) 12:41:11.37 ID:DwX9KPUZ0
「……今日、遅れたのは、自分でもちょっと驚いてるんスけど……服装に迷いまして」
「ぷはっ」
「笑ったっスね!?」
「ごめんごめん、つい」
「ええ、ずっと独身の干物女っス。全然経験ないんで……色々、新鮮で」
比奈の声のトーンが少し曇った。
「いや、本当にごめん。それも、恋愛する時間がないくらい仕事頑張ってくれてたからだもんね。比奈にだけじゃないけど……責任感じないわけじゃなかった」
「だから彼女作らなかったんスか?」
「そんなつもりはないけどなぁ。いい仕事もってこようとは思ったけど」
「そっスか。どっちでもいいですけど。でも、デビューしてから今までを不幸だと思ったことは一度もないっス。仕事が恋人で、充実してました」
比奈は少し恥ずかしそうに頬を染めて言う。
「だから、リア充生活はこれから全部が初めてっス。……お手柔らかにお願いするっス」
「あんまり、自信ないなぁ」
言って、お互いにちょっと笑う。
「……ただ一人のひとのためだけに自分の服を選ぶのは、新鮮な気分だったっス。こういうのも、そのうち慣れちゃうんすかね。……なんて、アイドルになりたてのときも、同じようなこと思ってた気がするっス」
ふいに、比奈は昔を懐かしむみたいに言った。
「……歩いてるだけでもいいと思えるなんて、不思議っスね。時間がかかった分、ちゃんと色々……噛みしめたいっス」
「そうだね」
言いながら、繋いでいた手の指を絡めた。
比奈は何も言わずに、絡めた指に少しだけ力を込めて握り返してきた。
[『初めてデートをする』のトロフィーを獲得しました]
[『初めて手を繋ぐ』のトロフィーを獲得しました]
つづく
7 :
◆Z5wk4/jklI
[sage saga]:2018/03/18(日) 12:41:45.93 ID:DwX9KPUZ0
つづきは書いたら投下します。
8 :
◆Z5wk4/jklI
[saga]:2018/05/24(木) 22:48:01.20 ID:1yF3uVyr0
ここまでのあらすじ
〜荒木比奈とプロデューサーは雑談のさなかに「比奈が三十歳になるまでお互い独身だったら結婚する、それより先に結婚できた方は相手をあざ笑う」という不用意な約束をしてしまう。それから九年。プロデューサーは比奈に恥をかかせないためにプロダクションを離れ、独身を貫いていた。どこからか漏れた約束はプロダクションのみんなに知れ渡り、二人の外堀は完全に埋まっていた。埋まった外堀に甘えずるずると結論を引き延ばしまくったお互いの気持ちにようやく決着をつけた比奈と元プロデューサー。じつはみんなずっと思っていた。「とっくにくっついたんだと思ってたわ(例:川島瑞樹)」と。元プロデューサーは、比奈ともう一度「三十歳まで独身だったら結婚しよう」と約束した。〜
約束の期日まで、あと七ヶ月――
9 :
◆Z5wk4/jklI
[sage saga]:2018/05/24(木) 22:49:14.27 ID:1yF3uVyr0
「……お邪魔します」
「はぁ、どうも、いらっしゃいませ、っス」
玄関のドアから顔をのぞかせた、見知った顔にぎこちない礼をした。
どうにも、態度が定められない、と比奈は困った。
「あんまり片付いてないっスけど」
「……まぁ、そうだろうな」
なんとも言えないやり取りを交わして、彼を部屋の中へ通す。
彼が部屋に入るのは初めてではない。比奈を担当していたときも何度か入っているし、先日も――非常に情けないことだが――酔い潰れたところを介抱してもらったときに部屋の中は見せている。
でも、そのときとは二人の関係が変わっている。お互いに、より深い距離まで許すような言葉を交わしている。
それだけで、こんなにもあらゆる感覚が変わるものだろうか――と、比奈は自分のことながら興味深く感じていた。
「なんか、変な感じっスね」
「そうだね、なんか落ち着かない」
比奈の言葉に、彼は困ったように笑った。彼が自分と同じ感覚を持っていたことに、比奈はほんのすこし嬉しさを感じる。
「えーと……」
彼が部屋を見渡す。彼は彼で、自分の立ち位置を決めかねているみたいだった。
「そこ、座っていい?」
比奈のソファーを指さす。いままで、彼はそこに座ったことはなかった。仕事の話をするときはいつもテーブルに座って話をしていた。彼はソファーを比奈の領域だと思っていたのかもしれない。
とすれば、彼の要望は、比奈の領域に一歩踏み込もうとしてくれたことの証だ。
10 :
◆Z5wk4/jklI
[sage saga]:2018/05/24(木) 22:50:31.49 ID:1yF3uVyr0
「どうぞ。飲み物は、お茶でいいっスか?」
「お構いなく……って、ほんとに構わなくていいから、なんなら自分で出す」
「……そうっスね。場所、覚えてもらった方がいいでしょうし」
言って、比奈は彼をキッチンへ案内し、食器や布巾の場所を教えた。彼はグラスを取って、冷凍庫から氷を、冷蔵庫のペットボトルから烏龍茶をとって、自分で注ぐ。
それから、比奈のソファーに座った。
「……そういえば、これに座るのって初めてかもしれないな」
「あー、そうかもしれないっスね、プロデューサーはいつもテーブルの椅子使ってましたし、ソファーはアタシがだいたい占領しちゃってましたし」
「ちょっとくたびれちゃってるな、これ」
彼が体重をかけると、スプリングが過剰に沈んでしまうらしい。座りずらそうにしている。
「だいぶ長いこと使ってるんで」
引っ越すことになったら、二人でゆったり座れるものに買い替えよう、と比奈は頭の端っこで考えた。
そこまでのやりとりをして、お互い、しばしの沈黙。
「……比奈も座れば?」
彼はソファーのとなりの空いたスペースをぽんぽんと叩いて比奈に示す。
「あー……」比奈の口から曖昧な声が漏れた。「……そっスね、ハハ……」
言いながら比奈は思う。情けない、なんて情けない。
もうすぐ齢三十を数えようというのに、満足に異性との距離の取り方すらつかめない。しかも、誰より信頼する、すると決めている相手だというのに。
一方で、鮮烈に青い、止めることもできない自らの恋慕の感情に振り回されている嬉しさを心の中で認め、比奈は口の端で思わず笑っていた。
「よっと、失礼しまっス」
「比奈の家でしょ」
比奈は笑う彼の左隣に座る。二人の体重で、経年劣化したスプリングはさらに深く沈みこんだ。自然と、押しつぶされたソファの中心部に向かって、二人の身体は傾いていき、触れる。
「おっと、と」
彼は片手に持っているグラスの中身をこぼさないように、フローリングの床に置いた。
「アハハ、さすがに二人はこのご老体には重すぎたっスかね」
比奈は言ったが、意識は彼に触れている右の肩に集中していた。まだ暑さの残る九月の部屋の中、クーラーをめいっぱい効かせているためか、彼の体温はシャツごしでも熱く伝わってくる。
「……」
会話が止まる。
比奈は焦った。どうしてそこで黙る。いや、理由に予想はついた。彼も次の行動を決めかねている。
と、思っていたのだが。
比奈が次の行動を考える前に、彼と触れていない側の比奈の肩に、彼の手が置かれた。
11 :
◆Z5wk4/jklI
[sage saga]:2018/05/24(木) 22:51:41.88 ID:1yF3uVyr0
「っ!」
比奈は思わず息を飲み、肩がびくりと跳ねた。
「わっ」彼が驚きの声を挙げる。「ど、どうした?」
「や、その、びっくりしたっス……」
言いながら、比奈は自分の頬が強く熱をもつのを感じていた。言葉を発したはいいが、そこから先が続かない。
彼の目が比奈をじっと見ていた。
「あ……」
比奈はなにかを悟ったみたいに、短く声を漏らした。つばを飲んだ。喉がきゅ、と細い音を立てた。
「……ふっ」彼が破顔する。「っくく、や、ごめん、ふふ」
「な」比奈はますます自分の顔が熱くなるのを感じた。「なんでそこで笑うっスかぁ!?」
恥ずかしさと怒りとで、思わず両手で彼を突き飛ばす。
「わっ! いやごめんって、反応が新鮮で、つい」
「プロデューサーがヘンなことするからっスよ!」
ついつい昔の呼び方が出て、言ってから自分の間違いに気づいた比奈は、小さく口の中で彼の名を呼び直した。
「なんか、手つきが慣れてるっスね」
目を背け、口をとがらせて言ってやると、彼は両手を合わせて比奈に頭を下げた。
「いやごめんって」
「はいはい、どーせ干物っス。生娘反応でめんどくさくて申し訳ないっスね、っていうか、アタシからしたらそっちがリア充で困ってるんスから」
「そりゃ、まぁ……」彼はちょっと言いよどむ。「こっちは、初めての相手ってわけじゃないし」
「……えっ、そうなんすか?」
以外、というか、考えたことがなかった事実に、比奈はつい視線を彼のほうへ戻す。
「あー、まぁ……比奈たちのプロデュースをするより前だよ、だから十年以上前、プロダクションに就職してすぐくらい」
「お相手は、どんな人だったんスか?」
比奈の疑問は、嫉妬ではなく純粋な興味だった。欲目分を多く見積もっても、彼は容姿も性格も平均以上だ。女の影がないほうが不自然なくらいである。
比奈との約束が無ければ、もっと早く誰かとくっついていただろう。
「あー……」彼は少し目を細めた。「同僚だよ」
「社内っスか。入社早々やるっスねぇ、プレイボーイ」
茶化してやると、彼は困ったように笑った。
「若かったからさ。でも、続かなったんだよ。あいつはこだわりが強かったからな。最高の女優を育てるって言って、根を詰めて、お互い仕事にのめり込んだこともあって自然消滅みたいなもんだったよ」
「……なるほど。社内ってことなら、誰かはまぁ、聞かないことにしておくっス。……そのうち好奇心に負けて聞いちゃうかもっスけど」
「了解。ま、気まずくはない、普通に話せる仲だよ。先日もちょっと機会があって話した。比奈は? この部屋に誰か男が入るくらいのことはなかったのか?」
「スカウトにきた最初のプロデューサーが入ってるっス。アタシは漫画手伝いに来てくれた人だと勘違いして部屋に通して、知らずに朝まで漫画手伝ってもらったんスけど」
「そういうことじゃないんだけど、その面白話どうやったらそうなるの」
「修羅場だったんで……」
そのまましばらく、昔話へ。
12 :
◆Z5wk4/jklI
[sage saga]:2018/05/24(木) 22:52:36.61 ID:1yF3uVyr0
一通り話すと、また、会話が途切れた。
途切れた瞬間、比奈は目の前にある彼の顔を見る。
さっきと同じ距離だった。さっきほどの緊張は感じない。
自然と、彼を見つめる。そっと、彼の手が比奈の肩を支えた。
ああ、来る、と比奈は思った。彼には経験があるのだから、リードしてもらえるのだろう、と、適度に脱力を心がける。
ほんのすこし顔が近づく。そういえば眼鏡をはずしていない。……邪魔にならないだろうか、と思ったが、そのまま意識の外に置いておくことにした。
「目、閉じて」
息がかかるくらい近いところからささやくように言われて、くすぐったく思いながら目を伏せる。
上唇に温かいものが触れた。心臓が大きく跳ねる。身体は強くこわばり、思わず左手で彼の右腕を掴んだ。
それから脳内を電気信号が駆け巡るのを実感できるかのような長い長い二秒が経過して、比奈はようやく、もう一度脱力する。
比奈は想う。唇は体内、内臓へ続く、人体の急所への入り口。それを支配されたならば、動くこともままならない。
支配されても構わない、すべてを預けられる相手で良かった。
そう思った瞬間だった。
彼の手はゆっくりと比奈の背中に回り、空いている方の手は比奈の腰から、する、と下へ――
「ん、む、あっ!」比奈は思わず顔を話す。「ちょ、ちょっ!」
「へっ」
彼は驚いたような表情をする。
「えっ、いやっ!」思ったよりも近かった限界に自分で驚きながら、比奈は首をぶんぶん振る。「ま、マジっスか、そんな踏み込むっスか!?」
「どちらかといえば踏み込むべきじゃないでしょうか!」
彼の目はマジだった。
「ちょ、ちょっ! 待つっス!」比奈は自分を守るように両手を彼のほうに向ける。「こ、心とかの準備が……」
「……」
彼はじっと比奈を見る。観て、待っていた。
「う……」比奈は自分の勇気のなさをふがいなく思ったが、それでもこれ以上進まれれば、正気で居られるとは思えなかった。「も、申し訳ないっス……」
項垂れると、彼はふっと笑って比奈の髪を撫でた。
「了解。ちょっとがっつきすぎた。ごめん」
「そんな、アタシのほうこそ……その、今度はちゃんと心とかの準備、しとくんで……」
「はいよ」
そう言って、彼は比奈の右頬に軽く口づけた。それから彼は立ち上がり、大きく伸びをする。今日はここまでにする、という合図のように、比奈には思えた。
ソファーの近くに置かれた麦茶の入ったグラスの氷が融けて、カラン、と涼やかな音を立てた。
そうして実際、その日はそこまでで終わった。
のちのガールズトークという名の先輩アイドルたちによる尋問会参加者の間では、彼の評価は「押しが足りない」と「紳士的」で二分されたが、それは彼の耳に入ることはなかった。
[『初めてのチュウ』のトロフィーを獲得しました]
13 :
◆Z5wk4/jklI
[sage saga]:2018/05/24(木) 22:53:38.66 ID:1yF3uVyr0
つづきはまた書いたら投下します。
二カ月以上経ってたとは
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/25(金) 01:10:03.36 ID:IgTBuJQ40
おおおお!来てる!!!
おつおつ
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