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【艦これ】ex.彼女
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537 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/11/09(金) 10:09:40.69 ID:1Iq77JZfO
undefined
538 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/11/09(金) 10:11:13.70 ID:1Iq77JZfO
undefined
539 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/11/09(金) 10:12:06.66 ID:1Iq77JZfO
そう言えば、登場人物まとめの続きを載せてなかったなと。
540 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/11/09(金) 10:12:59.16 ID:1Iq77JZfO
・憲兵長
憲兵の上官、本名はキョウと言うらしい。元・陸軍特殊部隊。
容姿端麗、高戦闘力、頭脳明晰…と実はハイスペックなのだが、その全てが無に帰す程人格は残念の極み。おふざけ大好きにして、タチの悪い変態でもある。しかし鎮守府と艦娘達の日常を守るという信念は、誰よりも強い。
本人は否定しているが、憲兵は彼から強く影響を受け始めている。いわば憲兵の師匠と言える存在。
生前のあきつ丸と交際しており、彼女の戦死を機に特殊部隊から憲兵隊へと転身する。
霊として現れたあきつ丸にその後を心配されつつも、たまに隼鷹と飲みに行く仲になりつつある。
日頃は眼鏡を愛用。幽霊が大の苦手。
磯風の従兄弟でもあり、顔から頭のおかしさまでよく似ているとは憲兵の談。
・あきつ丸
かつて戦死した艦娘であり、生前は憲兵長の恋人でもあった。
怨霊では無いが成仏出来ず、死後も憲兵長を陰から見守っていた。
霊感持ちの憲兵との出会いを機に、ようやく憲兵長と接触を図る事が出来た。
以降は浮き輪さんに取り憑く事で周囲とコミュニケーションを取れるようになり、鎮守府の名物幽霊となっている。
尚、憲兵長と霊体でコミュニケーションを取ろうとすると、彼が気絶してしまうようだ。
憲兵長が真の意味で自分を振り切れた時、成仏出来るのではないかと考えている。
因みにあらゆるジャンルをイケる変態。決して生前の憲兵長との夜の生活を聞いてはいけない。
・提督
憲兵達が担当する鎮守府の提督。憲兵長とは幼馴染。
優しげでゆるい雰囲気とは裏腹に、よく悪巧みに乗ったり発案したりするドSでもある。
艦娘に手を出さないのがポリシー(と言うか本人が部下と認識した瞬間異性と見れなくなる)であるが、その分外部での女遊びが酷く、よくビンタの跡を作っていた。
時雨との件の後、現在は女遊びを一切やめている。
提督としては、良き司令官で上司である事を何より重んじている。
戦果『のみ』非常に優秀らしいが、本人の性格が災いしてか、軍内では核弾頭と呼ばれているらしい。大体上層部をおちょくって遊んでいるせいだ。
541 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/11/09(金) 10:14:02.70 ID:1Iq77JZfO
・大淀
メイン秘書艦を務める艦娘。
提督、憲兵長同様面白い事に目が無いドSだが、彼女は特に頭一つ飛び抜けている。
核弾頭コンビの二人も、彼女には勝てないのだとか。
確信犯的にトラブルの種を蒔いたり見過ごしたりする場面が多く、その瞬間の大騒ぎを見るのが大好き。いわば放火魔タイプ。
鎮守府のラスボス、真の支配者と呼ばれているとかいないとか。
因みに現在交際相手なし、本人も欲しがっている様子は無いがその真意は…?
・磯風
下手の横好きな料理好きで、何かと食に関するトラブルを起こす残念美少女。
憲兵が持病を抱える原因となったのは、そもそもは彼女作のお菓子が引き金。(トドメは瑞鳳の激辛卵焼き)
その後もサンマ霊事件など、様々なトラブルの火種を蒔いている。
彼女作の料理は『BC兵器』『GUSOH』などと呼ばれており、食べると異世界に片足を突っ込む、胃がディストラクションするなどと言われている。
現在新兵器を開発…ではなく、新作料理を研究しているらしい。
憲兵長の従姉妹でもあり、幼少期から彼に料理を振舞っていた。憲兵長はそれを無理矢理美味しいと食べていたらしい。
憲兵長があのキャラになったのは、磯風料理のせいではないか…と、憲兵は密かに思っている。
・山風
憲兵と瑞鳳が以前いた鎮守府の艦娘。
引っ込み思案な性格ではあるが、二人にはよく懐いている。
憲兵と瑞鳳が付き合えばいいなと常々思っており、その邪魔である翔鶴の事は目の敵にしていた。
実際に接して翔鶴とは和解したが、瑞鳳派である事に変わりはないらしい。
憲兵と瑞鳳の結婚式で、ブーケを受け取るのが夢なのだとか。
542 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/11/09(金) 10:15:02.43 ID:1Iq77JZfO
・加賀
憲兵と瑞鳳が以前いた鎮守府の艦娘。
空母合宿の教官を務めるなど、全国の空母の中でも強い権限を持つベテラン。
翔鶴と瑞鶴には目を掛けているが、その分相当しごいたらしい。
態度はクールなものの、若手の面倒見は非常に良い。数少ないツッコミ(お仕置き)枠だが、ボケに転じる事もある。
その昔、ある赤い僚艦との喧嘩から、プリン大戦と呼ばれる名勝負を繰り広げたそうな。
・瑞鶴
翔鶴の姉妹艦にして実妹。憲兵の着任決定以降、姉の暴走に頭を悩ませている。
故に当時から知っている憲兵を恨んでいる様子。
数年前の某番組の放送以来、方々から出演していた某野球選手とキャラが被ってるといじられていたらしい。
本人は耐性が出来たと主張するが、実際の煽り耐性は低い模様。弓に関してのみスイッチヒッター。
最近車の免許を取ったらしいが、運転はあまり上手くはないそうだ。
・飛龍
憲兵達の鎮守府所属。
蒼龍と仲が良く、彼女とセットでいる場面が多い。
憲兵を翔鶴絡みの事で冷やかしては遊んでいる。絶妙に言葉のニュアンスを変えるのが得意。
本人の好みは渋いおじ様。故に若い職員ばかりの今の鎮守府に不満があるのだとか。
特に多聞丸については、実艦の飛龍を羨ましく思っているらしい。
・蒼龍
憲兵達の鎮守府所属。
飛龍同様、憲兵をおちょくって遊んでいる場面が多い。
プライベートでの容姿のギャップが激しく、憲兵はこれに一度騙されている。尚、私服時は憲兵のストライクゾーンに入った模様。
メイクが得意で、私服時に於けるギャップの最大の要因でもあるようだ。
たまに駆逐艦達にメイクを教えているらしい。
543 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/11/09(金) 10:16:47.94 ID:1Iq77JZfO
・時雨
憲兵達の鎮守府所属。
提督に想いを寄せる…と言うか、寄せ過ぎた末にヤンデレ化したちょっと怖いボクっ娘。
子供故に提督も想いに応えられず、そこから病んでしまったらしい。
思い詰めた末に提督宅に忍び込もうとし、その際転落した為入院していた。
憲兵長も手を焼く問題児だったが、憲兵の仲介により、18歳になったら付き合うと提督と約束をする。
現在はその甲斐あってか、精神的には落ち着いた模様。
・秋雲
憲兵達の鎮守府所属。
絵が得意で、趣味で同人活動をしている。
過去に身近な艦娘をモデルにしたエロ同人を描いてしまい、憲兵長にお仕置きされた事がある。
あらゆるジャンルに挑むと言う精神を持ち、男を描けるようになろうとBLに挑戦。懲りずに憲兵達をモデルにしてしまった。
その結果、憲兵長に『漢』しか描けなくなるお仕置きを受けてしまう。
その後数ヶ月間、何を描いても絵柄が世紀末か地上最強の生物になってしまったようだ。
・磯波
憲兵達の鎮守府所属。
写真を特技とする駆逐艦で、鎮守府内の撮影係。一見大人しそうな雰囲気だが、ムッツリスケベな面がある。
あきつ丸絡みの憲兵達のある場面を見てしまい、彼らのホモ疑惑と秋雲BL本の発端となった。
元々素質はあったが、秋雲の件で本格的に腐ってしまった模様。
544 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/11/09(金) 10:18:46.86 ID:1Iq77JZfO
・長門
東北のある鎮守府所属。人としては憲兵の実姉。
勇猛な性格だが、非常に残念な部分も多いらしい。憲兵の苦労人気質は、長門の弟として生まれた時から始まっていたようだ。
仕事として会った際は手を出せなかったものの、実家では何かとやらかしては憲兵に殴られている。
可愛いものと幼女に目が無く、幼少期から弟に女装をさせていたらしい。彼が空手を始めたのも、そこへの反発がきっかけ。
憲兵女装事件に繋がる元凶はこの人。弟思いではあるものの、根本的にズレている。
モテない事を地味に気にしている、黙っていればいい女。
・陸奥
東北のある鎮守府所属。
長門の艦娘としての妹にあたる…のだが、実際は長門の保護者兼ツッコミのようだ。
お互い苦労が分かるのか、憲兵とは仲が良い。
憲兵の知る艦娘の中では、数少ない常識人。
ムツペディアと呼ばれる長門のやらかし記録を付けており、常々憲兵に報告しているらしい。怒ると本当に怖い。
・隼鷹
憲兵達の鎮守府所属。
鎮守府のプロ飲んべえにして、心霊担当。
幽霊騒動の際憲兵達を助けたり、あきつ丸に憲兵を紹介するなど、実は良き姉御肌。
憲兵長に想いを寄せており、あきつ丸に対しては複雑な感情がある。
モテる方ではあるものの、今までは受け身だったらしく、自分からのアプローチは苦手。
故に憲兵長に飲みの誘いを掛ける時は、珍しい顔が見られるのだとか。
545 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/11/09(金) 10:20:17.41 ID:1Iq77JZfO
・ポーラ
憲兵達の鎮守府所属。
憲兵隊の常連さん、理由は言わずもがな。
憲兵との初対面時に過去最大の暴走を見せ、結果憲兵長をキラキラリバースでム○カにした。
憲兵隊の世話になる度憲兵長の上着を汚しており、その為憲兵長は通常より2着多く上着を持っているとの事。
尚、着せられた上着はちゃんと洗って返している模様。その際は流石にシラフらしい。
・大鳳
憲兵の軍学校時代の後輩。演習時に憲兵達の鎮守府にやってきた。
酔っ払った翔鶴に襲われた際、おっぱいに目覚めてしまう。そして瑞鳳と『ないちち空母の会』(ナイスな乳を愛でる空母の会)を結成した。
因みに学生時代憲兵がボブと呼ばれていた原因は、彼女の屁である。
瑞鳳と仲良くなり、彼女と憲兵の縁を取り持つと決めた模様。
現在の恋人とは憲兵のサポートにより結ばれており、恩を返したいと思っているようだ。
546 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/11/09(金) 10:22:50.51 ID:1Iq77JZfO
用語、場所
・鎮守府
現在憲兵達が担当する鎮守府。海軍でのあだ名は『魔窟』。
なぜか艦娘、職員共に癖のある者が多く、憲兵はここに異動してから毎日ドラマティックな生活を送っている。
因みに戦果そのものはかなり上げているようで、提督が核弾頭と呼ばれる理由の一つのようだ。
憲兵隊の出動事案はほぼ艦娘に対してとなっており、「憲兵さんこっちです」ではなく、「憲兵さんこの子です」の方が圧倒的に多いとの事。
・憲兵隊
軍内警察と言う肩書きはあるが、現在は警備や第三者視点での艦娘のケアも行う、『鎮守府の日常を守る』面での何でも屋のような組織となっている。所属は陸軍。
本来は軍関係者が被害に遭わない限り一般人への逮捕権は無く、憲兵がプライベートで犯罪者逮捕に関わった時は警察のお世話になってしまった。
瑞鳳の誘拐に関しては逮捕権が発生しており、憲兵達の活躍で無事解決。
・詰所
鎮守府内の憲兵隊の根城。交番のようなもの。ガス台などの設備も整っており、食事以外の休憩もここで行われる。
居心地の良さから、遊びに来る艦娘も多いのだとか。
憲兵の着任前から磯風の被害を一番受けている場所でもあり、彼の前任者は3日程高熱に苦しみ、過去に換気扇が2回、ガス台が1回新品に変わったと言う。
因みにガス台に関しては、磯風が憲兵長にラーメンを振る舞おうとして犠牲になったとの事。
547 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/11/09(金) 10:24:01.02 ID:1Iq77JZfO
・寮
艦娘・職員共通の6階建。
2階は憲兵達も住む職員用、3階以上は艦娘用となっている。
度々寮でトラブルが起こる為、憲兵は自室から出動する羽目になる事もあるのだとか。
・工廠
日頃爆発物使用報告などでメールのやり取りはしているものの、憲兵はまだ入った事が無いらしい。
整備長とある艦娘で切り盛りしていると言うが…。
・コンビニ
鎮守府最寄りの青いコンビニ。鎮守府関係者が、酒保に無い物を買いに来る事が多い。
たまに街との交流イベントの一環で、艦娘がバイトに駆り出されるそうな。
548 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/11/09(金) 10:25:14.13 ID:1Iq77JZfO
とりあえず今の所はこれで全員、本編はしばしのお待ちを。
549 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/09(金) 15:26:09.10 ID:Sz+M8j/bO
乙
待ってます
550 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/09(金) 17:00:44.49 ID:UfYyFDFr0
乙!
551 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/11/09(金) 20:53:48.26 ID:XqukPFQd0
乙
山風ちゃんが天使
552 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 22:53:32.23 ID:xUF2dj1mO
「リョウも休憩中?」
「ん?ああ、こっちもな。」
自販機でジュース買ってたら、元カノ姉妹に声を掛けられた。
あいつらは水買って、珍しく豪快に行ってる。暑くなってきたもんなぁ…と思ったが、この時二人とも、気持ちやつれてるような気がした。
「何か顔死んでねえ?」
「うん、午前中がね…お昼食べてないし。」
「アレは一回リョウさんにやらせてみたいね…。」
「アレ?」
「昔加賀さんに散々しごかれた訓練なんだけど、アレやると未だに食欲ガタ落ちなのよ。
体力的にもキツいけど、何より思い出しちゃう。」
“あの二人には、『魚に餌をたくさんあげて』もらったもの。”
あー、そんな事言ってたな…変形ダッシュ30本とかか?
二人ともスパッツにTシャツとラフな格好だが、よく見りゃ手足にプロテクターだし、上も着替えたて。
プロテクター…結構エグい事やってんのかな?
553 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 22:54:30.01 ID:xUF2dj1mO
「……具体的には?」
「艦娘の海上移動って、靴の艤装でしょ?
だからインラインスケートでジャンプや急転換もしつつ、弓を射る訓練…勿論艤装の補助無し、完全な生身。」
「うわ、死ぬなそれ…。」
「戦闘を想定して10分1セット、途中休憩あり。ただ…加賀さん、丸一日それやらせるから…。」
「鬼だよね。堤防でゲーゲー吐いてたら、“サビキ漁ね、小魚の餌になるわ。”って…。」
「“その小魚を食べた秋刀魚が秋には獲れるの”とも言ってたわね…ふふ、去年の秋刀魚は太かったわ…。」
「いやぁ、それ俺でも多分吐くわ…。」
今の話で真っ先に思い出したのは、あの空母式ウィリアム・テル。
そう考えると、加賀さんも大概Sっ気あるよなぁ。
「でもお前らもよくやるよな。結局午前は自主でやってたって事だろ?」
「七面鳥より大っ嫌いよあの訓練…ただ、プラスになるのは間違いないからね。」
「そう、足腰とバランス感覚は重要だもの。いくら艤装があるって言っても、実戦は結局水の上だから…。」
「何だかんだ尊敬してんだな。」
「いや、艦娘としてしか尊敬出来ない!人としてはてんでダメよ!
態度能面だし!食い意地張ってるし!炙りレバーの怨みまだ覚えてるんだから!」
「ま、まあまあ…。」
「炙りレバー?」
「大好きなの。でも打ち上げの飲み屋で頼んだら、気付いたらレバーだけ食われてた…。」
「ああ、前んとこん時、加賀さんよくレバー食ってたわ…。」
「心身共にボコボコな合宿終えての大好物…なのに食われて無いのよ?その日お店のラス1だったのに!」
「…そ、そりゃさすがになぁ…。」
ちょっと同情するぜ…おや?誰からだ?
「………。」
「リョウ、どうしたの?」
「……今日、加賀さんこっち来るってよ。山風連れて。」
554 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 22:55:30.99 ID:xUF2dj1mO
第23話・TAVEMONO NO URAMI-1-
555 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 22:57:17.84 ID:xUF2dj1mO
「山風来るの!?」
「づほんとこにも連絡来た?要手渡しの書類持って来るだけだから、遊び来るようなもんだって。」
「山風って?」
「ん?あっちの駆逐の子だよ。俺とづほの妹分。人見知りだからいじめんなよ?」
「いじめないわよ。まさかあの訓練やろってなった日に来るって…虫の報せかな。」
「ふふ、山風ちゃん可愛いわよ?」
「お、1時間後に着くってさ。
この後暇な奴いる?出来りゃ憲兵隊で預かってくれって言われてんだけど、眼鏡いるから多分ビビるんだよな。誰か女の子いると助かる。」
「私空いてるよ?翔鶴姉が推すくらいなら会ってみたいし。」
「じゃあ頼むわ。」
で、妹と詰所で待つ事1時間と少し。
こん、こん…と、ちょっと弱々しいノックが鳴った。
「お邪魔します……。」
「お、来たな。こっちこっち。」
「…兄ちゃん…!」
「おいおい、そんな久しぶりでもねえだろー?」
「えへへ…。」
入ってきて早々、真っ先に俺んとこ飛び付いて来た。
まぁ可愛い妹分だ、こんな時ぐらいたっぷり撫でてやろう。
556 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 22:58:22.57 ID:xUF2dj1mO
「…ほう、君がこの前来ていた子か?」
「……!?は、はい…白露型駆逐艦、山風です…。」
「ああ、失礼。私がここの憲兵長、磯村キョウと言う。
リョウの妹分だそうだな、よろしく頼むよ。」
「……はい、よろしくお願いします。」
「大丈夫だ、怖がらないでいい。まぁ私はこんな顔だからな、それも無理かもしれんが。はっはっはっ。」
「……ふふ…。」
こいつが初対面の奴に頭撫でられてるだと…?
はー…意外だわ…。
「磯風で慣れているからな。赤子の段階から、あの子で子供の世話は学ばせて貰ったものさ。」
「子供は邪心を見抜くもんだって思ってましたけどね…。」
「…恋に落ちた女以外は、私にとって愛でるもの以上にはならん。ましてや子供はな。」
こいつの変態も、どこまでマジか最近分かんなくなってきたな…。
で、眼鏡は置いといて、もう片割れは…
「……かわいー!!」
「…むっ…!?」
血は争えねえ。
さっきから我慢出来ねえ!って顔してたが、案の定飛び付きやがった。
あーあー、初回でアレやったら嫌われんぞ…。
557 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 22:59:33.93 ID:xUF2dj1mO
「リョウさんずるいよー!こーんな可愛い子いたなんて!
山風ちゃん!私瑞鶴!翔鶴お姉ちゃんの妹だよ!」
「……翔鶴さんの?本当?」
「うん!」
ぎゅーぎゅーと抱き着かれたまま、山風は『何か』を確かめてる様子だ。
何だろう、嫌な予感がすんだけど…。
「……嘘…だっておっぱい無い…。」
その瞬間、妹が砕けた。
「……おい、おーい?」
「……はっ!?山風ちゃん、でも私妹なんだよー?ほら、似てるでしょ!」
「……構わないで。瑞鶴さん、何か固いもん。翔鶴さんはもっとふにふにしてた…。」
「か…かたっ…!?」
ははは…あーあ、嫌われちまったかぁ…。
こうなると大変なんだよな、俺らも最初は苦労したわ。
558 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 23:01:21.46 ID:xUF2dj1mO
「兄ちゃん…。」ギュ-
「あらら。まぁまぁ、後でづほも来るから待ってな。」
「うん…づほ姉いっぱいふにふにするんだ…異動前とか去年より柔らかかった。」
「……山風、それ絶対づほに言うなよ?」
「どうして?」
「どうしてもだ。」
腹か?それとも腕か?
確かにこの前少し重くなった気がしたけどよ…。
「や、山風ちゃん、私も瑞鳳お姉ちゃんっぽくない…?ほら!おっぱい無いし!」
「さらっと先輩disんなよ…妹、お前動物と子供に嫌われるタイプだろ。がっついて。」
「ふぬっ…!うう、だって可愛いんだもん…。」
「まだまだ母性と優しさが足りないわね。それでは年上の男しか引っ掛からないわ。」
その時ドアの音と共に、覚えのある声がした。
そこにいたのは勿論…
559 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 23:03:53.34 ID:xUF2dj1mO
「加賀さん!」
「げ…もう来たの。」
「書類渡すだけだもの。リョウと瑞鶴だけなのね、あれから変わりはないかしら?」
「ええ、お陰様で。づほも元気にやってます。」
「リョウさーん、しっかり病気になっちゃったでしょー?加賀さん、この人痔になったんですよ!」
「痔に?リョウ、もしかして『赤辛』かしら?」
「おめえなぁ…ええ、づほがぶちかましました…。」
「うちは提督が患ったわね…ここの子達は知らないから、止めようも無かったようね。」
ああ、あっちの提督も持ってたな…今となっちゃ俺の方がハードな気がするぜ。
そうでなくても、何かとケツに集中砲火が来てるからな…。
「痔…?兄ちゃん、お尻悪いの…?」
「あ、ああ、あれからちょっとな…大丈夫だ、心配いらねえよ。」
「ん…。」
「どうした?そんなに引っ付いて。」
「これで痛いの飛んでく…。」
ぎゅーっと腰に抱き付いて来たかと思えば、山風はそんな事を口走る。
……やべ、俺今泣きそう。良い妹分を持ったぜ…。
「山風ー!!よし、膝枕してやる!」
「ほんと…!?じゃあお邪魔します…。」
ケツもソファに座れるぐらい良くなって来た。
山風を膝枕してやると、何とも嬉しそうな顔だ。へへ、可愛い奴め〜!
で、妹はそんな俺らをワナワナした顔で見てた訳だ。
560 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 23:06:39.13 ID:xUF2dj1mO
「……ずるい!」
「この子はリョウと瑞鳳にはべったりだもの。それと私にもね。
よく一緒に寝ているけれど、たまらないわ。」
「うん、加賀さんあったかい…。」
「ぐぬぬ…鉄仮面の癖に〜!」
「鉄仮面は否定出来ないわね。
でも瑞鶴、目に見えて短気なのは良くないわ。特に子供にとっては。
磯村さんをご覧なさい。失礼な言い方になってしまうけれど、強面の彼でも山風の心を開けたもの。本質は雰囲気に出るものよ。」
「いえいえ、褒めすぎですよ。」
「う……。」
「ま、まぁまぁ…。」
加賀さん、確かにキレても顔変わんねえ人だもんな。
ボソッと「頭に来ました。」って言われんのも怖えけどよ…。
妹も似たような事思ったのか、その後こう言ったんだ。
「じゃあ…加賀さんって、声荒げてキレた事ってあるんですか?」
「私?そうね、何度かあるわ。」
「「「「え?」」」」
質問しといてアレだろなんて言えねえ。
この時全員、その答えに思わず聞き返しちまったもんだ。
561 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 23:10:24.68 ID:xUF2dj1mO
「……そう、あれは私が艦娘になりたての頃。
その頃住んでいた寮は2人部屋で、私はある艦娘と相部屋だった…リョウ、赤城と言う名を知っているかしら?」
「赤城…あ!何度か本名でテレビ出てましたよね!」
「ふむ、私も季刊誌で見たな。確か大食い大会だったか?」
「そう、あの赤城さんよ。今でもプライベートではよく会うわ。
あれは艦娘になって三週間目、その部屋に冷蔵庫は一つだけだった…。
任務に慣れ始めはしたものの、疲れもまた溜まり始める頃。私達は言葉を交わすでもなく、こう考えていた。
“甘い物が食べたい”と。
しかしまだ初任給すら迎えていなかった私達は、お金が無かった…。
当時の鎮守府は、自転車で少し行けばスーパーがあった。
コンビニに比べれば割安、それでも当時の所持金では辛い。そんな中、私はある光明を見付けた。
それは3個入り100円のプリン。
それより安いプリンもあったけれど、15円の差で総合的な量は上…迷う事など無かった。
帰宅して冷蔵庫を開けると、もう一つ同じプリンがあった。
赤城さんも似た状況、先に同じプリンを買っていたのでしょう。
私は明日生きてこのプリンを食べると決め、その隣に自分の分を入れたわ…。
そして翌日。
新任の私にとって、その日は激しい戦いだった…満身創痍、ズタボロ…そんな言葉ですら陳腐。それは赤城さんも同じだった。
結果として、私達は長時間の入渠を余儀なくされた。
赤城さんとの入渠時間はせいぜい15分差。その間私はひたすらにこう考えていた。
562 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 23:16:16.00 ID:xUF2dj1mO
563 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 23:18:20.58 ID:xUF2dj1mO
もうプリンの事しか考えられない。
長い入渠時間さえ一瞬に思えるほどプリンを待つ気持ちは永遠。
待っていて、私の愛しい人(プリン)…!
入渠が終わった瞬間、私はバスタオルのまま部屋へと駆け出した。
白い冷蔵庫、それは天国の色。
この扉を開ければそこはヘヴン…!
だけど…。」
「「「「……だけど?」」」」
「……3個入りのプリンは、2つになっていた。
テーブルを見ると、空いたプリンの容器が『3つ』…そこに座るジャージの女の手には、食べかけの『4つ目』のプリン…。
彼女は硬直する私を見て、気まずい感じで微笑んで…。
564 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 23:19:07.55 ID:xUF2dj1mO
『ま、慢心してはダメですよ。名前は書いておかないと…。』
565 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 23:21:04.85 ID:xUF2dj1mO
『赤城さん、頭に来ました…あだけなさんなま!!(ふざけんな)』
子供の頃以来に声を荒げたわ。
以降は故郷の石川弁でひたすらまくし立て、過呼吸気味になる程私は激怒した。
もはや何を言ったかも覚えていない。いつのまにか赤城さんも怒りに火が着いて、激しい言い争いになっていた。
私は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の赤いのを除かねばならぬと。
もう許さない。絶対ぶっ殺す。今なら空母棲姫すらワンパンで殺れる。
さながらカラメルの如くドロドロとした怒りに駆られ、拳を握った瞬間ドアが開いた。
そこには騒ぎを聞きつけた当時の提督…その時私達に迷いは無かった。
『提督、少しお手伝いをお願いできますか?』
『大丈夫。矢って鎧袖一触かもしれないけど、上手くやりますから…。』
こうして当時の提督を審査員兼生贄とし、あの空母式ウィリアム・テルは生まれた。
以降、本部では伝説の一戦として語り継がれているのよ…。」
「く、食い物の恨みって怖いですね…。」
「ええ、宇宙よりも遠く、海よりも深きものよ…。」
うわぁ…そ、そこまでか…。
前んとこで駆逐連中の喧嘩の仲裁したけど、確か食い物が原因だったな…アレも大概ヤバかった。あの潮が凄え怖かったもんよ…。
…ん?食い物の恨み?少し前にそんな話聞いたような…?
566 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 23:22:59.25 ID:xUF2dj1mO
「加賀さん、心中お察しするわ…『よーく分かる』もの…でもあなたも大概ですよね?」
「何の事かしら、杉○。」
「瑞鶴よ!!
そうね、あの時の借しはまだ返してもらってないもの…合宿の時の炙りレバーの怨み、晴らさせてもらってもいい?
……そんな事あったら私の気持ちわかるでしょ!?思い出したら腹立って来たわ…!!」
「ふふ…私はあの件でこそ学んだのよ。所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬと。」
「へぇ、鉄仮面の癖に藤○竜也に例えるんだね?いいわ、デ○ノート並の顔芸させてあげる…悔しさでね。」
「悪いけれど、あなたがこの先私と言う先輩の土下座を初めて見る日は、永遠に来ないわ。
せいぜい自爆で陽○鋼を使ってしまいなさい。」
「…察しは付いてるみたいね、私が何をしたいかを。」
「空母式ウィリアム・テル。受けて立つわ。」
「負けた方は焼肉を奢る。それでいいわね?」
「レバーの美味しいお店を探しておいてちょうだい。」
「と言うわけで…。」
「リョウさん、お願い!!」「頼むわね、リョウ。」
………え?俺ぇ!?
567 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 23:24:39.37 ID:xUF2dj1mO
「待て待て待て!!俺に何のメリットあんだよ!?」
「では、リョウにも焼肉を奢ると言う事でどうかしら?」
「大丈夫!!この前と違ってガチで射るから!変な事しないって!!」
この二人の腕は確か…それがガチ勝負…。
つまり、逆に考えれば身の安全は保障されてると言っていい…。
素人の矢じゃない…誰が勝っても焼肉食える…。
いや、でもこの前みたいに象さんが号泣……いやいやいや、この二人が本気でやればむしろ安全…。
……何にせよ、人の金で焼肉が食える。
「………お二方、ゴチになります!!」
結論、誘惑に負けました。
そしていざ尋常に勝負と行くんだが…。
まぁ、案の定大変な事になったよ。
568 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2018/12/06(木) 23:25:23.55 ID:xUF2dj1mO
今回はこれにて。続きはまたいずれ。
569 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/07(金) 08:14:13.90 ID:UbcfS2+dO
乙!
570 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/07(金) 08:55:39.71 ID:xWJejZSYo
おつ
瑞鶴 左で引けや
571 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/12/13(木) 11:16:03.16 ID:C2HBzmviO
乙乙
やってやろうじゃねえかこの野郎!!
572 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 20:59:33.64 ID:FN/JI0LlO
時間別れちゃうかもですが、投下します。
573 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 21:00:36.64 ID:FN/JI0LlO
第24話・TAVEMONO NO URAMI-2-
574 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 21:01:09.92 ID:FN/JI0LlO
「では、改めてルールを確認するわ。
原則リンゴを射抜くのは禁止。矢を用いた何らかの方法で落とす事で成功とする。
また、台役に怪我をさせてもならない。その際は失格、怪我をさせた者が敗者となる。」
「うん。今回は何投で行くの?」
「先に3投成功させた者の勝ちにしましょう。」
「いいね、吠え面かかせてあげる。じゃあ…行きましょうか。」
話も纏まり、遂に弓道場へ移動が始まる。
あ、山風寝てんじゃん。可哀想だけどちょっと起こさねえとな。
「山風ー?ごめん、ちょっと移動するから起きて。」
「ん……あれ、兄ちゃん、何か頭に引っかかってる…。」
「ん?ああごめんごめん、俺のバックルだな。リボン引っかかってる…よっと。」
で、その場の全員で弓道場に移動…と思ったら、何やら弓道場の方が騒がしい。
扉を開けると、見物席の方にギャラリーがずらりと。
「………憲兵長。」
「ふっ…丁度皆も帰港した頃かと思ってな。祭は大人数で楽しくだ。」
「あんたなぁ…。」
ドヤ顔でスマホ突き付けんなや。
まぁいい、今回俺はお客さんと決め込ませてもらうぜ…くくく、何てったって焼肉は確定してるからな。
575 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 21:01:57.77 ID:FN/JI0LlO
「リョウちゃーん、楽しそうな事してるねえ。」
「ふふ…ここならしっかり瑞鶴を応援出来るわ。」
「げ、お前らだけここかよ…まさか…。」
「各チームのアシスタントよ。間に合うようなら手伝ってとお願いしたの。」
……俺に眼鏡、アシスタントはづほと元カノ……。
あれ?だんだんいつものメンバーに…へ、へへへ…気にしすぎだ俺…大丈夫大丈夫…。
「…では、まずは双方ウォーミングアップと行こうかしら。先に私から行くわ。」
まずは試射。頭にリンゴをセットし、加賀さんの方を向く。
狙われてんのにすげえ安心感だ…この人なら大丈夫。そう思っていると、妹が何やら元カノに耳打ちしてるのが見えた。
……元カノ、何であんな照れてんだ?
576 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 21:02:36.64 ID:FN/JI0LlO
「せんぱぁ〜い♪」
「……何かしら、瑞鶴。」
「…ズイカク、ハズカシイワ…//」
「ショウカクネェダイジョウブダッテ!」
何かボソボソ言ってんな…お、二人で並んで…。
「「U.S.A♪U.S.A♪U.S.A♪カーモンベイビー加賀さんー♪」」
「肝心な時に外すー♪」
命知らずいた!!
577 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 21:03:35.80 ID:FN/JI0LlO
「………。」
「ふっ…リョウも呆れているようね。私がその程度で煽られると思うのかしら。」
「加賀さぁん!最近何かあったらしいじゃないですかぁ!ホラショウカクネエ!モッカイイクヨ! 」
「…ズ、ズイカクッテバ…」
「「U.S.A♪U.S.A♪U.S.A♪カーモンベイビー加賀さんー♪」」
「遠恋の彼に振られーる♪」
「え!?別れてたの!?」
そうだ…加賀さん新人の頃の提督と付き合ってたわ…。
別れてたのもびっくりだけど、ただ今は…!
『ぱんっ…!』
その瞬間、衝撃の事実以上の衝撃波が頭上で発生した。
安全の為の吸盤矢…だがそいつの威力は、リンゴを霧の如く粉々に粉砕した。
キラキラと舞う果汁は、さながら加賀さんの悲しみのよう…しかし俺の眼前には、真逆のものが映る。
「……カチ殺すぞこのダラブチ(馬鹿たれ)がぁ…!」
い、石川弁の仁王だ…!
「頭に来ました」なんて決め台詞もねえよ…ああ、深海棲艦っていつもこんな気持ちなのね…正直ちびりそう。
578 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 21:04:13.34 ID:FN/JI0LlO
「ふっふっふっ、ウォームアップからもう失格?これは美味しい焼肉が食べられそうだねー。ね?リョウさん!」
「馬鹿野郎!誰でもキレるに決まってんだろ!?加賀さんに謝れや!!」
「嫌よ!元はと言えば加賀さんへの恨みだもん!」
「……リョウ、大丈夫よ。危ない目に遭わせ
てごめんなさい。」
「加賀さん…。」
「おや?大人しくなっちゃって…アラサーは怒るエネルギーも減っちゃう?」
「何とでも言いなさい、虚勢を張るのが如何に無駄か理解すると良いわ。瑞鶴、次はあなたの番よ。」
「ふふ、そうね。バシッと決めちゃうんだから。リョウさん、行くよ…!」
すんなり引き下がった…かと思ったんだが、妹が構えた時、ある変化が俺のポジションからは見えた。
加賀さん…にやけてる?
『ぱぁん!!』
その破裂音の直後は、びいぃぃん…と言う音が後ろから響くだけだった。
ちらりと後ろを向くと、貫いたリンゴごと壁に吸い付く矢……アレ、当たったら死んでたなぁ…。
そして妹を見て、俺は数時間前のあるやりとりを思い出した。
“アレは一回リョウさんにやらせてみたいね…。”
“昔加賀さんに散々しごかれた訓練なんだけど、アレやると未だに食欲ガタ落ちなのよ”
“堤防でゲーゲー吐いてたら、“サビキ漁ね、小魚の餌になるわ。”って…。”
アレは午前の話だ。今はそろそろ乳酸溜まって来る頃。
で、肝心の妹はと言えば……。
「はぁっ……はぁっ……!」
……お前めっちゃ疲れてんじゃねえか!!
579 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 21:05:03.66 ID:FN/JI0LlO
「その格好、今日は加賀式訓練法をしていたようね。
瑞鶴。努力は認めるけれど、今回は大人しく引き下がった方が身と財布の為よ?
このままならば、私がご馳走になるだけだわ。」
「嫌よ…意地でもレバーの恨みは晴らす…!この右腕でね!
何なら無駄な力抜けて良い感じよ!」
「ふっ…今日は美味しい焼肉にありつけそうね。」
加賀さん、あいつが疲れてんの見抜いてたのか…年の功ってやつかね、おっかねえなぁ…。
でもやべえな、下手すりゃ今日は肉どころじゃねえぞ。俺の頬がウェルダンになりかねねえ。
ジャンケンしてる…先攻は妹か!
「リョウさん、行くよ…!」
来る…!
空気が張り詰めるが、妹の右手は少し震えていた。どう狙って来る?
溜めがピークに達したその瞬間。
「瑞鶴、そう言えば__君とはどうなったのかしら?」
「んがっ!?」
矢は俺やリンゴにかすりもせず、実に勢いよく植え込みに突っ込んで行った。
そう、さながら一方通行な恋の如く明後日の方向に。
「〜〜〜〜!!」
「加賀さん、__君って…。」
「そう、空母合宿の時の整備さんよ。瑞鶴が無理矢理LINEを聞き出していたはずだけれど。」
「瑞鶴…それ私も初めて聞いたわ。」
「……グス…う"う"、ぢゃんと付Wき合えたら翔鶴姉に報告じようど思って……でもぉ〜!」
「良い子だと思うんですけど、僕、短気な所がある人とはちょっと合わなくて……と言っていたわね。」
「……って聞いてたんかい!!」
「ええ、申し訳無さそうに話していたわ。」
き、傷に岩塩の塗り合いだなぁ………わぁ、女って怖い。
これで妹は現状無得点。次は加賀さん…どう出る?
580 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 21:06:06.01 ID:FN/JI0LlO
「加賀さん!あの提督最近幸せそうだって聞きましたよ!肩の荷が下りたんじゃないですか!」
「おうコラ妹!今正月じゃねえんだよ!!」
「リョウ、安心なさい…もはや私に失うものは無い。どんな煽りにも耐えてみせるわ。
………加賀、参ります!」
…………!!
これが一航戦の迫力…!!
震えでリンゴを落とすなんて事も出来ねえ、ビビってらんねえ程の凛とした緊張感。
1秒1秒が長い……来る!!
『ひゅっ…』
その小さな音が聞こえた時、掠った感触も無く足元へリンゴが落ちた。
当たってない…一体何を…?
「……やられた。羽にだけ掠らせたね。」
「ええ。台役へは一切の振動も無いように。瑞鶴、当てるだけなら腕を磨けば出来るわ。でもそれ以上になれば、外す事さえ自在。
鎧袖一触…その力をコントロール出来てこその一流よ。」
「くっ…!」
俺の異動前はまだ付き合ってたから、本当最近だよな…そろそろケッコンカッコガチなんて皆言ってた。
加賀さんすげえよ、あの精神力は見習いてえ。
581 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 21:07:13.00 ID:FN/JI0LlO
「次、瑞鶴。」
「ふふふ…今日は勝ちに行くよ!
5年付き合った末の失恋!ならその未練たらしいサイドテール刈り取ってやる!奢りの悔しさで全部忘れちゃえ!」
「あなたも振られたでしょう?」
「つ、付き合えてないからノーカン!」
あーあー、そう言う所が杉○って言われんだよ…。
お、来た来た…妹もすげえ迫力だな。疲れてるから余計気い張ってやがる。
「瑞鶴。」
「…何よ。」
「男は25過ぎて童貞なら魔法使い。じゃあ処女で25過ぎると何になるのかしら?
……成人おめでとう、25までの5年はあっという間よ。立派な魔女になりなさい。」
「………っけんなこらああああ!!」
無かったはずの衝撃波が俺を襲いましたよ、ええ。無かったはずのが。
頭のリンゴは無残に霧散、ついでに俺も思わず尻餅ついちまった…。
その後もギャーギャー騒ぐ妹を尻目に、加賀さんは難無く神業を決めて加点。
現状2-0、どっちが勝っても俺は得………しかしこの時、俺の中にはある不安があった。
「はぁっ…はぁっ……ちくしょう…!」
妹は訓練疲れと怒りで正常じゃない。
そして次はこいつのターンだ。
つまり…次何かあったら俺は死ぬかもしれない。
矢を持とうとする手からもうプルプルしてる。アレで来られてもしもが起きたら…。
……!!そうだ、確かあいつは……!!
582 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 21:08:01.56 ID:FN/JI0LlO
「おい!妹ぉ!!」
「……何よ。」
「どっち立ってんだよ。左で引けや。」
「私スイッチだけどね…今日は加賀さんに真っ向勝負する為に右って信念持ってやってんのよ。」
「………………。」
「…………。
……やってやろうじゃないのよこの野郎アンタ!!半端ないとこ見せてやるわアンタ!!」
583 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 21:08:36.76 ID:FN/JI0LlO
よっしゃ!!
さて、これで少しは安心…どんな手で来る?
「ふふ……いい天気だねー。燦々と輝く太陽。
もう夏だけど…今日が加賀さんに初勝利の初日の出!!お前ら拝め!!あの太陽を!
そして太陽に輝くのは黄金射法!!さぁ!行っちゃうよおおお!!!」
行った!!
上…どこから来る!?
動くな…動けば前と同じ悲劇だ。妹の本気だ、俺を貫く事はねえ。
見えた…さぁ来やがれ!こっちはもう覚悟は出来てるぜ!!
『きんっ………!』
……………きん?
584 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 22:01:13.82 ID:FN/JI0LlO
直後、下半身を爽やかな風が駆け抜けた。
衣擦れの感触すら無く俺のズボンとパンツは足元に舞い降り、リンゴはその後にころりと落ちる。
留め具が曲がり、そして無残に砕けたベルトのバックル…ああ、山風のリボンで壊れかけてたのね…それでトドメ刺されたと。
バックルが最期のお勤めとして、俺のマイサンは守護ってくれた。
ただし、すれすれを掠めた吸盤の先は、薄皮一枚で俺のズボンとパンツを切り裂いたのだろう。
この長々とした思考の間、現実世界では恐らく1秒。
直後、当然のように観客席から大音響が響き渡った。
「「「「「「「きゃああああああああああ!!!!????」」」」」」」
磯波…何でそんな恍惚とした目でこっち見てんだ…俺と眼鏡を交互に。
秋雲……作家モードで焼き付けようとするのをやめなさい。
おいこら磯風、なるほどキノコ料理かって囁いてんの見えてんぞ。
元カノよ……聖母のような笑みで凝視するのをやめてくれませんか。
瞬殺でズボンをずり上げ隠すもんは隠した。
だが、呆然としてワンテンポ出遅れた事実は変わらない。
晒された醜態…折れかけた心……そこにトドメを刺す奴らが2名程いた。
「リョウちゃんの、普通だね…。」
「ええ、普通ね。」
「え!?そうなの!?」
普通って言うんじゃねえよ……事実だ。
585 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 22:03:41.34 ID:FN/JI0LlO
「良いレバーね。流石に気分が高揚するわ。」
敗者、妹。
俺たち3人は約束通り、妹の奢りで焼肉に来ている。
うん、牛タン美味しいね…何かしょっぱい気がするけど。涙で。
「………今月焼肉行こうと思ってたけど、予定の3倍だわ。」
「人の金で焼肉が食べたい。
メジャーリーガーもTシャツに刻む程の人類共通の欲望よ。あなたは正月だけのレギュラーだけれど。」
「だから杉○じゃない!どこが似てんのよ!?」
「お前のそういう所だよ。恥かかせやがって。」
586 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 22:05:22.81 ID:FN/JI0LlO
「何よー、アンタがネタ持ってないからでしょう?
大体顔だけ女みたいで細マッチョ…だったらアンタが短○か巨○だったらまだ笑いになってたわよ!アレ私も気まずかったんだから…。」
「俺の息子にゃ罪はねえ!大体普通普通って他の奴の見た事あんのかよ!?」
「………お、お父さんとお爺ちゃんのなら…。」
「ほれ見ろ!」
「うW……。」
「………リョウ、その辺にしておきなさい。」
「加賀さん…。」
……っと、メシん時に良くねえ話しちまったな。
あーあ…でも普通で悪うござんしたねぇ、バカヤロー。
俺だって笑いで収められてりゃまだなぁ…駆逐よりも、大人組の何とも言えねえリアクションの方がダメージでけえのは何だろう。
587 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 22:06:18.23 ID:FN/JI0LlO
「リョウ……気にすることではないわ。男の価値は通常時では決まらない。
男の価値とは……いざと言う時に輝けるかよ!!」
「………加賀さぁん!!」
………加賀さん、一生ついて行きます!!心の師匠よ!!
588 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 22:07:51.05 ID:FN/JI0LlO
「ふー…食った食った…。」
何だかんだ美味かったなぁ。
部屋で一息つこうと窓を開けると、ドォン…と低い音が聞こえる。
ありゃ工廠か…遅くまで頑張るなぁ。
そういやメールのやり取りはしてるけど、未だに入ってはねえな。
眼鏡が言うにゃ、素人が下手に入ると事故りやすいからって言ってたけど…。
この数日後、『仕事』で初めて工廠に入る事になる。
やっぱりなって言うか……ここは魔窟だと、またしても感じる事になるんだよ。
589 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/01/07(月) 22:10:56.09 ID:FN/JI0LlO
今回はこれにて。
大変遅くなってしまいましたが、ご協力いただいた安価の通り、加賀さんの目の前でポロリとなりました。
ありがとうございます。そしてごめんなさい。
次回工廠編と行く前に、ちょっと番外編を挟もうと思います。
眼鏡と酔っ払いのお話。またいずれ。
590 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/01/08(火) 00:44:44.90 ID:6SNhkWa3o
瑞鶴杉谷煽りすきい
591 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/01/08(火) 15:23:24.56 ID:TfKQrxOk0
乙!
592 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/18(月) 14:16:20.81 ID:ByFXjXPHo
念の為保守
593 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:07:57.91 ID:Va0jqsDhO
夕方はあたしの時間。
連絡先知ってるけど、これだけは必ず直で行くって決めてんだ。
そろそろ終わってるかな?ノックしてっと…。
「はい…おや、隼鷹か。」
「へへ、あんたも上がりだろ?飲み行かないかい?」
「そうだな、丁度終わった所だ。一杯付き合わせてもらおう。」
奥にはリョウの奴もいる。
ったく、ニヤニヤすんじゃないよ。あの馬鹿幽霊の方はいないみたいだ。
……まぁ、だと思ったけどね。
1〜2週に一度のお楽しみ。
それがこうして憲兵長を飲みに誘う日だ。
今夜もまた、あいつと飲みに行く。
594 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:08:34.11 ID:Va0jqsDhO
番外編-呑みつ呑まれつ-
595 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:10:06.75 ID:Va0jqsDhO
正門で待ち合わせれば、私服のあいつがやってきた。
こうして見りゃ、本当芸能界とかいそうだねぇ。
磯風そっくりの切れ長の目に、如何にも女ウケしそうな服のセンス。ま、側から見りゃ良い男って奴だろ。
中身知ってても引かないのはあたしぐらいだろうけど。
……ただ、実はこいつの顔は全っ然好みじゃない。
あたしはもっとこう、塩顔が好きなんだ。寧ろ鋭い方向の奴はお呼びじゃないはずなんだけど。
「さて、いつもの店か?」
「そだね。そろそろ季節物入ってると思うよ。」
「それは楽しみだ。つくづく良い店を教えてもらったよ。」
「……へへ。」
なのにこんなやりとりだけで、随分機嫌が良くなっちまう。
自分の事もよく分かんないもんだねぇ、人の事なら尚更さ。
596 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:11:49.98 ID:Va0jqsDhO
「「乾杯。」」
こいつと飲む時は、大体日本酒かウィスキー。まぁまったり飲める奴になる。
馬鹿騒ぎも好きだけど、こんな時ぐらいはゆっくり過ごしたいもんさ。
「リョウの奴もだいぶ慣れたかい?」
「そうだな、もう面識が浅いのは工廠ぐらいじゃなかろうか。相変わらず気は短いが。」
「そりゃあんたがおちょくってるからだよー。」
「よく言う。お前は最初から奴の霊感に気付いていたろう?」
「あ、バレた?あいつなかなか強いの持ってるからねー。他はどうにもにぶちんだけどさ。」
「……瑞鳳君の事か?」
「そ。ありゃ翔鶴ぐらい露骨でないと分かんないだろうね、瑞鳳との関係性もあるだろうけど。」
「そうだな……まぁ、いずれ何か変わる時が来るだろう。」
口には出さないけど、こいつ自身は翔鶴の方に肩入れしてるってのは分かる。
散々話聞いたって言ってたもんね…『翔鶴の本音』知ってたら、こいつなら入れ込むのも分かる。
こいつはもう、やり直す事も出来ないからさ。
どっかで自分の後悔が重なるんだろ。
………面白くねー。
597 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:13:20.24 ID:Va0jqsDhO
面白くないっちゃあ、何よりあのバカ幽霊だよ。
あのデバガメはいっつも色んな奴の事覗き見してる癖に、あたしがこいつと飲む時だけはいない。
てめーで何とかしろって事だろうけどさ…。
ったく、誰のせいでこいつがこうなったと思ってんだか。ちょっとぐらい落とし方教えてくれてもいいだろ。
……ただでさえ、こいつの目には未だにあんたがいるんだから。
「ふぅ…もう春も過ぎたが、日本酒も美味いものだな。」
「良い酒ってのは年中美味いもんさ。
いや、良い時に飲む酒だからこそ年中美味いのかな?」
「そうだな…確かに気乗りしない時の酒は、あまり進まんものだ。」
………ヤケ酒やしみったれた酒なんてもんも、あるけどね。
ありゃーいつだったか。
あたしが屋上でひとりっきりで飲んでた時か。
そん時のあたしの手には、よくあるストロング系のチューハイ。
その手の雑い奴飲む時は、大体相場は決まってる。
……あの頃の事思い出して、胸糞悪くなってる時さ。
あぁ、思えばこいつと初めてまともに話したのも…。
598 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:14:29.25 ID:Va0jqsDhO
“……月見酒か?”
“そうさね。静かに飲みたいんだ、ほっといとくれよ。”
たまに。ほんとにたまにさ。
クソみたいな事を思い出しては、ぼんやりと独りで呑んだくれる夜もある。
静かに飲むなんてぬかしても、あっという間に空き缶も3つ目。
こいつがフラッと現れたのは、4本目が半分空いた頃だった。
“月見酒と呼ぶには、いささか荒いんじゃないか?”
“飲み方か?それとも酒かい?手っ取り早く酔いたい時もあるっての。”
“なに、随分急いていると思ってな。月は一つしか無いはずだが?”
“……うっせ。”
ご指摘通り、この時ゃもう月が二つに見えるぐらい酔ってた。
でも暴れるなんて気にゃならない。ひたすら暗ーくやさぐれちゃあ、好きでもないのを煽ってた。
酒への無礼だなんて、百も承知でね。
月を見ると、思い出しちまうのさ。
あたしが実家を飛び出した夜の事。
599 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:16:21.60 ID:Va0jqsDhO
あたしは親譲りの霊能者だ。
親に至っちゃあたしより遥かに上の力を持ってる。
この力を悪さに使おうなんて思わなかった。
せいぜい悪霊で困ってる奴や、幽霊そのものを助ける為のもんだって。
………それはあいつらへの、せめてもの反発だったけど。
親の力は本物だ。でもあいつらは、それを人の役に立てようとはしなかった。
ちっこい所ではあったけど、親は新興宗教の教祖様って奴でね。
しょうもない金儲けにその力を使ってた訳。
ガキの頃は分からなかったけど、歳を追えば色々見えてくる。
その環境に染まり切れなかったあたしは、17の時に家を出た。
金に狂った両親に、悪どい金で養われてる事。
なまじ力は本物な分、それをありがたがる信者。
でも本当にこんな力を必要としてる奴らにこそ、それは使われたりしない。
もう全部耐え切れなくなったんだ。
死ぬか生きるか。そんな所まで来てたあたしは、衝動のまま家出した。
まだ小学生だった弟を捨てて。
それから艦娘になるまでは、ずっと流れの霊能者として食い繋いでた。
類友って奴かね…そういう場にいた探偵や裏稼業の男らに口説かれちゃ、そいつらの所に転がり込む暮らし。気付けば日本中を転々としてた。
酒と男はその頃覚えたっけ。
……その頃だったな、酒の飲み方と礼儀を習ったのも。
気分良く飲む、当り散らさない。それが酒への礼節だって、覚えたての頃に教え込まれたもんさ。
600 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:18:42.73 ID:Va0jqsDhO
流浪な暮らしから艦娘になったのは、何かを守る為に力を使いたかったってのもあるが…一番は、あたしの欲しい力の使い方を鍛えられるからさ。
あいつらを教団ごと叩き潰す、その為にはまだまだ足りないから。
でも…時々思い出しちまうんだ、置いて来ちまった弟の事を。
もう6〜7年は前、今頃随分でかくなってるだろう。
風の噂で聞いたさ、次期教祖の話が上がってるって。もう洗脳されちまってるかもね。
もしその日が来たら…あたしは、弟と戦う事になるかもしれない。
………あの時、「一緒に逃げよう。」って言ってやれたなら。
そんな事を思い出すのは、決まってあの日と同じ月の夜だった。
胸糞悪くなっちゃあ逃げるように、独りっきりで飲んだくれる。誰かに見られたくない時間で。
“……とっとと帰んな。何もしやしないさ、憲兵長の世話になる事はしないよ。”
“ふむ…そうだな。”
“あっ!?”
こいつは一缶手に取ると、勝手にぐいぐい飲み始めやがった。
てっきり注意でもしに来たと思ったからね、随分面喰らったもんさ。
“……なるほど、よく回るように出来ている。”
“おいおい…勤務中じゃないのかい?”
“生憎上がった後さ。制服のまま飲む、貴様らも自室でよくやるだろう?同じ事だよ。
折角の機会だ…少し腹を割ってみないか?不味い酒のまま夜を明かす事もあるまい。”
“………あたしさ…。”
洗いざらい全部ぶちまけた。
自分の生まれも、何やって生きてきたかも全部。
こいつはただ、そいつをチューハイ飲みつつ黙って聞いてくれていたんだ。
601 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:20:47.18 ID:Va0jqsDhO
“…………。”
“……ごめん、引いちまったかな?”
“…確かに、そんな気分ではヤケ酒に走りたくもなるかもな。
だが悔いる心があるならば、随分マシだと思うが?
逃げた事は間違いじゃないさ。少しばかり、自分を許してやればいい。”
“……でもさ、弟は…。”
“…その力を得る為に、艦娘になったのだろう?ならば助けてやればいいだけさ。
命ある限りはやり直せる。その機会を失うのは、死んでしまった時だけだ。
……今は悔やむな。それは手遅れになってからさ。”
"…….憲兵長…。”
年甲斐も無くわんわん泣いた。お陰でその日の酒はすぐ抜けちまったもんさ。
そこからかな……段々と、タイプでもないこいつに惹かれてったのは。
「あっはっはっ!!いやー!あの時の提督はひどかったぞ!!
チ×コ丸出しで飛び出して来たものだから、仲間内でそのまま…。」
…今は基本ひっでえ会話してっけどなー。
602 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:22:14.80 ID:Va0jqsDhO
地がアホだって知ったのは、その件の後だったっけ。
誰が言ったか、『美形とバカの完璧なシンメトリー』。実際はアホが前に出過ぎてて、身内からはぜんっぜんモテねえけどさ。
………だからあたしぐらいなもんだよね。へへ。
こいつのアホさに引かずにいられる女って奴はさ。
「提督昔っからメチャクチャだったんだねぇ。時雨が首輪付けて良かったんでないかい?」
「まぁな。あいつは海外留学した時もな…。」
こいつと提督の昔話はイカれてるのばっか出てくるけど、皆本当にヤバいのは知らない。
多分ここまで話してくれてるのは、あたしと『あいつ』ぐらいなもん。
………ちょっと小突いちまおうかな。
603 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:24:14.67 ID:Va0jqsDhO
「提督も大人しくなったよねぇ。なぁ、ところであんたは最近どうなのさ?」
「私か?何も変わらずだな。」
へへ、ちょっと目え泳いだね?
こいつはめでたい事に、あたしからの認識はたまーに火遊びしてた頃で止まってると思ってる。
お互い遊びって割り切ってくれる女だけとそんな事してたらしいが、元はと言やぁ、『あいつ』が死んだ寂しさから。
でも知ってんだよ?
あたしと飲みに行くようになってから、火遊びは一切しなくなったって。
それこそあの夜から気付いてた。『あいつ』はずっと不安そうに、こいつの後ろに憑いてた事。
それとあん時チラッと見えたのは、安堵したような『あいつ』の顔。
ムカつくよなー。
勝手にくたばってこいつをこんなんにしてよ、何もしちゃあくんねえんだもん。そりゃ『あいつ』の方はリョウにぶん投げるっての。
…ったく、ほんと死にゃあ手遅れだよ……お陰でこいつは、『あいつ』にずっと捕まってんだよ?
なぁ、あきつ丸?
案の定いねえけどさー、ちょっとは落とし方教えろっての。
あたしは今まで口説かれてばっかで、口説くのはてんでダメなんだ。すぐ真っ赤になっちまう。
除霊は出来てもさ、生きてる奴の無念までは払えないよ。
こいつの憲兵としての信念は、過去への後悔も強い。だから翔鶴につい自分を重ねちまうんだろ。
人の事ばっか気にしてないで、少しは自分の事考えろっての。
……ま、そこをぶっ壊すのが、生者の務めって奴なんだろうけどね。
604 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:25:43.81 ID:Va0jqsDhO
「へー…惚れてる女でも出来た?」
「いないな。仕事で手一杯だよ。」
「じゃ、あたしで手ェ打てば?」なんて言えりゃ上出来かね。
そんなん言えないから、今でもこうして踏んだり蹴ったりだけど。
面白え時間は一瞬さ。
慣れて来た帰り道は、公園を突っ切りゃ近道なんだ。
回り道すりゃ長くいられるけど、あたしはそれより人がいないとこがいい。
だってさー、なるべく二人きりがいいじゃん?
ここなら空もよく見える。少なくともあの日からは、月夜の酒も美味くなったってもんさ。こいつがいるからね。
605 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:27:06.30 ID:Va0jqsDhO
「…もうすぐ夏だな。」
「そだねえ、そろそろビールが良い季節って奴かな!」
「ああ。しかし私は、今年も提督と引率かな。」
「花火大会だっけ?去年駆逐達連れて行ってたもんね。」
「放っておくと工廠組が攫っていくからな。
私達で先回りしておかねば、妙な火遊びを教えられかねん。物理的にな。」
「あはは…まぁあそこはねぇ。」
「2日目はあたしとどう?」
そこまで出かかって、立ち止まる。
こいつの信念を知ってるからこそ、迷っちまう。
……迷うなよ、あたし。
鎮守府の日常を守るのがこいつの意地。
それがこいつが過去に誓った事で、ある種の復讐でもあるんだろう。
でもさ、こっから先はどうすんだい?
それは生者の務めだ。ならあたしが……
「……なぁ、憲兵ちょ…」
606 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:28:25.39 ID:Va0jqsDhO
「………今年の2日目は、ゆっくり花火見物と行きたい所だな。美味いビールと共に。
その日は付き合ってもらえるか?」
607 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:30:21.48 ID:Va0jqsDhO
…………ちぇっ、こんな時ぐれえカッコつけさせろよ、ばーか。
先回りかよー、いけ好かねえ奴ー。
「……おや?先に何か言おうとしてたか?」
「ん?何でもないよ!
へへっ、いーねえ。じゃあ行こうぜ!」
「助かるよ。去年行った時は、飲みたいのを我慢していたからな。」
「大人だって楽しみたいってもんだよね。つまみはもろこしだねー。」
こいつからの誘いなんて、実は今までなかった事さ。ありがたく受け取るよ。
………少しだけ、こっちに引っ張れたのかな?
寮ん所まで来ちまえば、後は別れて帰るだけさ。
いつもなら挨拶して終わり。でもこの時あたしは、ちょっとだけ仕込んどく事にした。
「さて、部屋に帰るか…隼鷹、寝坊するなよ?」
普段はここで軽口叩いて、『憲兵長』って呼んで終わり。
気付くかねー…きっとこいつは、知らないフリすんだろうけど。
608 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:31:28.03 ID:Va0jqsDhO
「しないってーの。
じゃ、おやすみ!『磯村』!」
「………!!
ふっ……ああ、おやすみ。隼鷹。」
609 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:33:01.51 ID:Va0jqsDhO
へへ、ちょっと笑ったね?
まだ『キョウ』とまでは言えねーけど、苗字ぐらいは呼ばせなよ。
憲兵長って呼ぶの、他人みたいで嫌だからさ。
さーて、とっとと部屋帰っか……
「……うらめしやー。」
「げ、不法侵入。」
「幽霊の専売特許でありますよ。
おやおや、『風呂はこれから』でありますかな?」
「んなホイホイ進むかっつーの。帰った帰った、しっしっ。」
「ふふ…随分機嫌が良く見えたもので。
……どうにか、キョウを頼むのでありますよ。」
「…へっ…分かってるっての。」
「アレは意固地な所もありますからなぁ…では、おやすみなさい。」
言うだけ言ったら、満足そうにどっか行っちまいやがった。
嫌なもん見ちったなー、飲み直すかぁ。
610 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:33:58.89 ID:Va0jqsDhO
「………ぷはー。」
一人っきりで飲む缶ビールは、例に漏れず美味いけど。
この時のあたしは、やたら早くまた酔っ払ってた。
「……へへ、誘われちったなー。」
今年の夏のビールは、きっとこれより美味いはずさ。
そんな味を想像しちゃあ、一人ニヤニヤ笑ってたもんだった。
いやぁ、良い夜だ。
やっぱ良い気分の酒程、美味いもんは無いね。へへ。
611 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/02/19(火) 18:36:03.22 ID:Va0jqsDhO
今回はこれにて。眼鏡と飲んべえの番外編となりました。
保守ありがとうございます。投下ペースはスローになってしまっておりますが、ネタは貯めております。
次回はまたいずれ。お次は工廠編でございます。
612 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/19(火) 22:07:04.63 ID:TK+YyM81O
おつおつ。相変わらず読ませますなあ。
613 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/02/22(金) 08:52:21.70 ID:DyZ5U7sZO
乙!
614 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/12(火) 23:47:07.03 ID:HX+f6vTQO
『どぉ…ん…』
今日も遠くから爆音が聞こえる。
これは工廠の実験の音だ。
大体何時から〜って報告来てて、時間から外れてなけりゃ問題ない。
それ以外だと俺らの特性上出動しなきゃならなくて、この辺の報・連・相が上手く行ってないとトラブルの元って訳。
『どかん!』
派手にやってんなぁ…ま、前んとこから慣れた音だ。
『どごお!!どん!』
…………。
『どすん!ばん!がらがっしゃーーーん!!』
……………何か、いつもより多くね?
『どばばばば!!どん!どん!ひゅーー……どぉん!!』
「…………うるせええええええええええぇえええ!!!!」
「うおっ!?」
ここでキレたのは俺じゃなく、眼鏡の方だった。
どっちがうるせえんだよ…しかし珍しいな、いつもは何も言わねえくせに。
「…失礼した。リョウ、行くぞ。」
「え?どこにです?」
「工廠だよ。明らかに予定を超えている、これは出動案件だ。
久々に連中の病気が出たようだな。」
「病気?」
「ああ、貴様はまだ面識が無かったか…あいつらは歓迎会にも来ていなかったしな。
……うちの火薬庫どもさ。」
615 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/12(火) 23:48:06.82 ID:HX+f6vTQO
第25話・ガチはごっこの顔をしていない-1-
616 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/12(火) 23:49:28.53 ID:HX+f6vTQO
促されるまま駆け付けたのは、工廠の入口。
裏は海に面していて、弾の実験はいつもそこで行われているらしい。
艦娘も行くばっかで、基本中の連中は出てこないって聞いたな…俺もメールのやり取りはしてたけど、文面からは特に変な印象も受けなかった。
さて、鬼が出るか蛇が出るか…扉を開けてみる。
ここは…まあ玄関か。ん?何か足元に…
\おう、よく来たな/
カ、カ○ルおじさん?
いや、違う。ヒゲに手拭い巻きな妖精だ。
よく見りゃ顔に描いてる…この格好は…法被?
617 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/12(火) 23:53:59.41 ID:HX+f6vTQO
「可愛いでしょ?私のお手製。」
声のした方を見ると、黄色いツナギの女がいた。
何やらドヤった笑みを浮かべてるが、眼鏡はそれを見てげんなりとした様子だ。
「はぁ…少しは焦れ。私達が乗り込んできた理由は察せるだろう?」
「……何の事でしょう?」
「自覚無しか。まぁいい、奥にあいつがいるだろう?」
「いますよ。整備長ー、憲兵隊来てますー。」
「………憲兵隊だぁ?」
奥の方からずりずりと足音が聞こえる。
如何にもガラ悪そうな歩き方の影は、次第にその正体を現してきた。
さっきの妖精と同じ格好の……
「なんでえキョウ、珍しいじゃねえか!」
ア、アウトレ○ジ?
タオル巻きに眉無し、ダメ押しのレイバン。さっきの女と並ぶ様はさながら美女と野獣。
どう見てもカタギじゃないのが目の前にいた。
618 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/12(火) 23:57:28.83 ID:HX+f6vTQO
「憲兵長、俺達カチコミに来ましたっけ…。」
「現実から目を背けるな、ここは工廠だ。
この二人がうちの火力の要だよ…誠に残念ながらな。」
「おう!おめえが新任のか!?
歓迎会出れなくてすまねえな!俺はシュウ!ここの整備長だ!」
「私は夕張!ここの助手よ、よろしくね!」
「は、はい、よろしくお願いします…。」
「挨拶は済んだか。さて、貴様ら…私が来た理由はわかるな?」
「固え事言うんじゃねえやい!火事と喧嘩は江戸の華ってんだろ?
あいつらが派手に決めれるよう、いい弾になるか試してただけじゃねえか!」
「建前はそうだろうな。だが、数が多過ぎるんだよ。
貴様らの我慢が効かなくなっただけだろう?」
「憲兵長…私はここに入って大切な事を学んだわ。
いい?芸術は爆発よ?
そう、爆発……爆発は芸術なのよ!!まさに戦場の華!!燃え盛る美の快感を死ぬほど体感したくなるじゃない!!」
「そうでえそうでえ!メロン、いい事言うじゃねえか!!俺らは炎のゲージツって奴をよ…」
「貴様らが。」ラリアット
「ぶっ!?」
「ぶっ放したいだけだろう?」アイアンクロ-
「いたたたたたっ!?出ちゃう!顔から何か出ちゃうから!!」
「やれやれ、出るのは腐ったメロン汁だな。」
うわ、容赦ねえ……整備長はぶっ飛ばされ、夕張は[首の骨が折れる音]って感じでだらんと垂れ下がってる。
しかし今のやり取りからすると、あの騒音って…。
「憲兵長、こいつらって…。」
「ああ、こいつは実家が花火屋でな。で、夕張と妖精達もその悪影響を受けている。
……だからぶっ放すのが大好きなんだよ、こいつらは。たまに暴走するのを止めに来るのさ。」
619 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/12(火) 23:59:39.34 ID:HX+f6vTQO
「…………。」ムス-
「………憲兵長のけち。」プク-
眼鏡がこってり絞りはしたものの、二人はヘソ曲げっぱなし。
整備長、こっち睨むなよ…完全にヤーさんだよあんた。
「リョウ、こいつらはこうしてたまに灸を据えてやらねばならんのだ。
これでもうちの整備や開発を一手に担う場所なのだが、どうにも頭がハッピーでな。特にシュウが。」
「あんまり整備長を悪く言わないでくださいよ、この人は天才なんですから。」
「そうでい!俺にかかりゃ何だってござれよ!」
「バカと紙一重だ。
リョウ、こいつはこんなのでもアメリカの大学を出ている…12歳でな。天才児と言う奴だった。」
「………へ?」
「真性のバカに、お勉強的な天才の頭脳と技術だけ与えた結果がこれだよ。
こいつはその気になればBC兵器だって作れるぞ、未知のな。」
「そうなのよ!整備長にかかれば何だって出来る!まさに発想の爆は…いたたたた!?」
「夕張、そろそろ黙れ。爆発しているのは貴様のメロン色の脳ミソだ。」
天才……このヤクザが?
どう見ても教師殴る方な雰囲気だけどよ…。
620 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/13(水) 00:02:24.23 ID:zAl0aIraO
「大したもんじゃねえやい。一通り学んでくりゃ花火に使えるって思ったからよ。
さっさと飛び級しちまえば、学校行かねえで済むしな!」
「結局その力を花火以外で使う羽目になったのは、運命の皮肉と言った所か?
バカと天才は紙一重と言うが、バカで天才なのは貴様だけだよ。」
「変わんねえよ…花火打ち上げに来てんだこちとら。
あいつらが攻めてきた年、うちの工場が出る花火大会が中止になった。ガキ共の落ち込んだツラァ忘れらんねえ。
それ抜きでも頭来てんだよ…連中を汚ねえ花火にしてやらぁって俺ぁ決めてんだ!!平和になるまでな!」
「整備長…私も最後まで手伝います!二人ででかいの行っちゃいましょう!!」
「おうよメロン!!でっけえスターマイン決めてやろうじゃねえか!!
まずは最高の弾をよ……」
「……と言いつつ実験に戻ろうとするな。」
「「ふぼっ!?」」
華麗なダブルラリアットが、二人の喉元を捉えた。
いやぁ、でもさっきからやりすぎじゃねぇ…?
整備長はともかく、夕張なんて女の子だぞ…。
621 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/13(水) 00:04:24.71 ID:zAl0aIraO
「憲兵長、ちょっとハードなんじゃ…。」
「甘いな。軍事施設の側とは言え、さすがにこれだけの爆音を放っておけば苦情が来る。
それに言っただろう?こいつらはバカで天才だと。
……騒音以外も色々あったんだよ、今までもな。」
「………へ?」
「……へへへ、俺らが弾ぁだけだと思ったかよ?メロン!!」
「はい!!」
「なっ…!?」
直後、激しい煙が俺達を襲った。
催涙ガスか…!?何も見えねえ…!!
「へっへっへっ…今度の『新作』は効くぜぇ?
おめえら用にこさえた特製だかんなぁ!!」
煙は一向に晴れない。
やべえ、くらくらしやがる…その変調の中、ようやく煙が晴れ始めた時、俺の前に差し出された手があった。
「リョウ、大丈夫か?」
そうは言っても手しか見えない。
だがこの時、凄まじい違和感が俺を襲った。
………こいつの手、こんなデカかったっけ?
622 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/13(水) 00:06:21.13 ID:zAl0aIraO
「………っ!?
リョウ、すまない。せいぜい催涙ガスだと油断していたようだ。」
「何言って……!?」
声が、高い?
自分の声に違和感を感じた時、他の事象も次々と現実として俺に襲い掛かってくる。
服がダボダボだ…それに眼鏡の手だけじゃない、煙がより晴れた今、周りのすべての高さが変わってるのに気付く。
まさか……まさか……。
「……小さくなってるううううううっ!?」
そうだ…あのガスをモロに吸った俺は、子供になっていたんだ…!
623 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/13(水) 00:08:18.01 ID:zAl0aIraO
「ふふふ…成功。やっぱり整備長は天才ね。」
「いーや、改善の余地ありだな…知能は大人のままになってやがる…。
まぁいいや…どうでえ!幼児化ガスの味はよ!これでおめえらは手も足も出ねえ!!」
「………やはりバカだな。」
「……ぶべっ!?」
整備長をぶっ飛ばしたのは、ガスマスク姿の眼鏡だった。
ついでに夕張にもチョップ喰らわせて、一瞬で二人を縛り上げちまった。
「……やれやれ、最初から手荒く行っておくべきだったな。貴様ら相手に保険無しな訳なかろう。
予め貴様らはワクチンを接種しておいたと言ったところか…。」
「うう、女の子に容赦無いわね…。」
「マッドサイエンティストをしばくのに性別など関係ない。
ガスの効能はどれほどだ?」
「ちっ…5時間ぐれぇだよ。」
「なるほど、その間貴様らを放置しておけばいいと言う事か。」
「………へへへ。」
「何がおかしい?」
「……今日はよお、翔鶴が出撃だよな?
そこの新人、話は聞いてるぜ?あいつおめえの元カノらしいじゃねえか。大分ストーカーな。」
「ふふ、あと何分で帰ってくるかしらねぇ?5分ぐらいかしら?」
「「………っ!?」」
この時俺達は、恐らく同じ事を考えたと思う。
そうだ…帰港したら、まず皆ここへ艤装を置きに来る。
俺はショタ状態………そこにあいつ……導き出される答えは……。
何 か が 起 こ る 。
624 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/13(水) 00:09:13.66 ID:zAl0aIraO
「……まずいな、艤装ありではさすがの私でも勝てぬかもしれん。」
「…ダメそうですか?」
「……ああ、手強いだろうな。
母港からここへは一本道、今から逃げてもどこかで遭遇するだろう。」
「………つまり。」
「…大人の隠れ鬼開催と言う事だ。」
たった今、俺達にとって長い5時間が始まった。
そしてこの後俺は知るのだ。人の欲望とは、人の数だけ存在するのだと言う事を。
そしてそいつらは、普段は眠っていると言う事を。
『鬼』は何も、一人だけでは無かったんだ…この鎮守府においてはな。
625 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/13(水) 00:10:54.31 ID:zAl0aIraO
今回はこれにて。次回はまたいずれ。
さて、また頭を悪く行きましょう。
626 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/03/13(水) 06:49:18.31 ID:BmTGH/oDo
おつなのね
627 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/03/13(水) 08:32:43.41 ID:eRIACwESO
憲兵長、自分だけ対策してるとか
なにかあったら犠牲にする気満々やん
628 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2019/03/17(日) 14:03:46.41 ID:/FnRg9alO
確かにショタ食いそうな奴いっぱい心当たりが・・・・
629 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/18(月) 00:01:38.92 ID:0fe9XufhO
第26話・ガチはごっこの顔をしていない-2-
630 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/18(月) 00:04:29.87 ID:0fe9XufhO
「よし、服の準備はいいな?」
「ちょっと動きにくいすね…なんでまた制服折るだけなんです?整備長の予備かっぱらっても…。」
「法被は今ならカバー出来るかもしれんが、元に戻った時にまずい。途中で何か起こるかもしれんからな。
またチン兵さんと言われたいのか?」
「げ…それは勘弁ですね。」
「ふむ…あそこにロッカーがあるだろう?あの大きさなら2人入れる。そこに隠れよう。」
工廠コンビは気絶させて、それぞれ机の下に隠した。
ロッカーからなら確かに外の様子は窺えるが…やっぱ子供の体はキツい。制服ですら重く感じる。
そろそろ来るか…俺らは息を呑んで扉の様子を伺っていた。
“足音がするな…いいか?音を出すなよ。”
扉が開き、話し声も聞こえてきた。げ…元カノの声だ。
「お疲れ様です。あら、出掛けてるみたいね。」
『現在外出中です。』と立て札は出したが、あいつは妙な所で鋭い。
頼むぜ…気付くんじゃねえぞ…。
「珍しいわね…とりあえず艤装を置いて行きましょう。」
「そうですね、持ち帰っても危ないですし。」
よし…!!
ガチャガチャと艤装を置く音がする間、緊張感はどんどん高まっていく。
足音が外へ向かって行く…そいつに安堵しかけた時、俺達にまた緊張が走った。
「あ、私ちょっと待ってみるね。夕張ちゃんに聞きたい事あったんだ!」
誰だ!?
いや、待て……この声は……。
631 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/18(月) 00:07:10.32 ID:0fe9XufhO
「じゃあ瑞鳳ちゃん、私達は先に上がるわね。お疲れ様。」
「うん!お疲れ様ー。」
ふー…何だ、づほか。
あいつなら最悪見付かっても大丈夫…でも、酒のネタにされてもなぁ。
びっくりされて大声出されても困るし、あいつが出るまで隠れてるか。
“瑞鳳君か…しかし今の貴様を見ても、気付いてもらえないだろうな。”
“大丈夫じゃないすかね…いくらなんでも。”
“……ああ、鏡を見ていないのか。今の貴様はざっと見、5〜6歳頃の体格になっているぞ。”
“……そんなにですか。”
“まさかあのように攻めてくるとはな。せいぜい笑いガスぐらいなものかと思っていたが、誤算だったよ。
昔喰らった時は、まだ精神攻撃系だったが…。”
“……因みに内容は?”
“…こちらの意思と関係なく立ちっぱなしになるガスをな。
自慢ではないが、私はモノは大きい方でな…憲兵の制服で立ち上がってはとても目立つ。
一つでもミスがあれば社会死と言う恐怖の2時間を味わったぞ…。”
“……………そう言えばあんた、自分だけガスマスク持ってましたね?”
“……連中の脅威を、一度身を以て知ってもらおうと思ったのさ。”
「てめえ生贄にしたな!?」
「バカ!!声を出すな!!」
「………あ!!」
空気が凍る。
カツカツと響くのは下駄の音……それは今まさに俺達が潜んでるロッカーの前で止まった。
「………誰かいるの?」
万事休す……!!
元カノらはまだそんな遠くに行ってないだろう…ゆっくりと扉が開けられ、俺達はこの後の地獄を覚悟した。
632 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/18(月) 00:08:43.22 ID:0fe9XufhO
「憲兵長……?え?その子は…。」
“しーーーっ!!小声で頼む!”
「むっ!?」
ファインプレーだ眼鏡!!
づほの口を塞ぐと、眼鏡はまくし立てるように事の顛末を伝えた。
「………と言うわけで、こいつはリョウなのだ。変身が解けるまで内密にしてもらえると助かる。」
「………。」コクコク
「よし、分かってくれたか…離してやろう。」
「……ぷはっ。あー、でもちゃんと見るとリョウちゃんだね。
ふふっ、ちっちゃいと本当に女の子みたい。」
「頭撫でんなよ…づほ、隠しといてくれるか?」
「うん!何なら私の部屋で匿おっか?詰所だと誰か来ちゃいそうだし。」
「………良いの?」
633 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/18(月) 00:10:36.62 ID:0fe9XufhO
“狭えなぁ…うお、揺れる…。”
で、どうなったかと言うと。
俺はボストンバッグに詰め込まれ、づほの部屋へ向かっている。
「よし…では瑞鳳君、頼んだぞ。変身が解けたら連絡してくれ。」
「はーい。」
運び手の眼鏡も、どうやら上手い事周りに悟らせないようやってくれたようだ。
ようやくの床の感覚に、俺は一息をついていた。
「お待たせー、今開けるね。」
「ふー…狭かった……ありがとな。」
「どういたしましてー。ふふ、まさか見下ろす日が来るなんてねぇ。」
「だから撫でんなっての…ちょっと座らせてくれ…。」
あー、疲れた…喉もカラッカラだぜ…。
まだ20分しか経ってねえのかよ、先が長えなぁ。
634 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/18(月) 00:13:19.20 ID:0fe9XufhO
「ごめん、飲み物もらってもいい?」
「うん、いいよー。はい!」
「お、コーラじゃん、いいの?ありがとな、づほ。」
「…………リョウ『くん』、づほ『姉ちゃん』でしょ?」
……………ん?
その声からは、何とも例えようのないものを感じた。
なんて言ったらいいか、ドドメ色っつーか、腐った果物の匂いっつーか…。
しょ、瘴気?
「………ど、どうした?」
気付けばづほの両手は、俺の肩をがっちり後ろからハグ…。
そして後頭部にかかる吐息と共に、『何かが肩に滴る感触』と『ある匂い』を感じた。
“私ね、弟か妹欲しかったんだ!”
“山風本当かわいー!もう私の妹だよ!”
何故か走馬灯のようにづほの過去の発言が巡る。
きいいいいいい……と後ろを振り返ると…。
「ふふ…ふふふふふ……弟…愛でりゅ…!!」ハァハァハァハァハァハァハァハァハァ
濃い鉄のかほりの正体は、づほの鼻からボタボタ垂れる鼻血…。
貞子の如く血走る瞳と目が合った時、俺の脊髄は思考を凌駕した。
635 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/18(月) 00:15:03.57 ID:0fe9XufhO
「いやあああああああああああっ!?」
「大丈夫!ちょっとだっこして匂い嗅ぐだけだから!ぜったいかじらないから!かじらないからぜったい!ねっ!?ねえええぇっ!?」
「いやあああっ!!ぜったいかじる!かじるぜったい!!俺は逃げりゅ…!?」
ドアに向かおうとするが、強烈なタックルに姿勢を崩された。
ってこれ逮捕術じゃねえか!!どこでこんなもん覚えた!?
「…ハァ……ハァ…ふふ、チビでも私、大人の女よ?子供が勝てる訳ないじゃん…。
リョウくん……いっぱい遊ぼうねええええええっ!!!!」
「リョウ!『づほ姉ちゃん』と言え!!可愛くだ!!」
「………っ!?
………づ、づほねーちゃん?」
「………。
…………ごふっ……!!」
直後、血の花が咲いた。
そいつの正体は、づほの鼻血と吐血
それを浴びせられた俺の顔面はびったびた。さながらそれはスプラッター。
俺にとっちゃホラー極まりない事だったんだが……後に知る事となるのだが、そいつはこう呼ぶそうだった。
『尊みが鼻から溢れる』と。
636 :
◆FlW2v5zETA
[saga]:2019/03/18(月) 00:17:44.64 ID:0fe9XufhO
血を浴びて血の気を引かせている間、カーキの影が部屋へ飛び込んだ。
とんっ…と小さな音がすると、倒れ込むづほをそいつは受け止めていたんだ。
「……憲兵長!!」
「やれやれ、念の為ドアの前にいたらこれだ。
どうやら今の貴様が相当お気に召したようだな。」
「づほ……ショタ趣味あったのか…。」
「また違うかもな…改めて鏡を見てみろ。」
「鏡……げっ!?」
大人の頭脳で見る子供の俺。
そいつは否応なしに認めたくない現実を突き付けて来た…。
「……はは…笑えねー……俺、完っ全にロリじゃないっすか…。」
「故に、見た者が覚醒してしまったと言う方が正確だろうな…。
この鎮守府は変態の素質を持つ者が多い、それで今の騒ぎでは…。」
「瑞鳳ちゃん、何かあったの?」コンコンコン
「……この有様だ。」
「…………終わった。」
この声、蒼龍か……どうする?どうするよ!?
またボストンバッグに…いや、そもそも何で眼鏡だけいんだって話だ。
「ふむ……あまり気乗りはしないが…。」
「………へ?」
え?俺を小脇に…
え?何で窓行くの?
え?何その鉤…引っ掛け……
「てええええええっ!?」
「外から行くぞ!こうなれば限界まで逃げる!!」
「嘘でしょ!?」
づほが起きればバレるのは確定…その後は容易に想像出来る。
たった今、隠れ鬼がバイオハザードかメタルギアに格上げされたのであった…。
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