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未来を置き去りにしてバイトをする
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1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/01(木) 00:35:03.77 ID:RfngOxBK0
・オリSF系
・地の文あり
・かんたんな解説をいれるときがあります
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1519832103
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/01(木) 00:40:13.01 ID:RfngOxBK0
時は20XX年,日本は生活するうえで考えうる限り最高のシステムを編み出した.
それは人より遥かに経験値を積んだ人工知能によってサポートされるシステムだった.
仕事を始めとして,趣味や娯楽に対しても,最適化が図られ,望めば助言を受けることができる.
とは僕が所持しているPAIと呼ばれる人口知能の言だ.
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/01(木) 00:43:10.81 ID:RfngOxBK0
PAIとはPersonal Artificial Intelligenceの略だ.
つまるところ,人工知能を搭載した電子端末の総称である.
彼らは,自分たちの存在を問われると,決まってこう答える.
しかし,僕はその意見に対して,懐疑的だった.
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/01(木) 00:46:32.30 ID:RfngOxBK0
AIのおかげで,生活の質は向上したが,貧富の差は広がっている.
高性能な人工知能が職を独占し,能力のない人間が職を失う.
更に,人間に任せると人件費が嵩むこと,なにより効率が悪いという理由で雇用が減っているのだ.
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/01(木) 00:49:42.51 ID:RfngOxBK0
それだから,実りの良い職が見つからず,身に染みるような貧乏に悩まされる人々が増えている.
この僕も御多分に漏れず,貴重な日々をバイトに費やしている.
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/01(木) 00:58:59.53 ID:RfngOxBK0
丑三つ時,長寿命LEDが街灯として道路を照らす一方で,使い古され茶色に変色した豆電球がちらつく六畳間に僕はいた.
布団の上であぐらをかき,座布団の上にあるものと向き合う.
それは眼鏡という視力矯正器具に載せられた電子端末である.人工知能も当然搭載されていて,名前はPAIと名付けた.
安直な名前だとバイト仲間には笑われたが,面白くもない.
だって,眼鏡やPCに名前を付けたがる奴がいるだろうか?
.
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/01(木) 01:06:36.55 ID:RfngOxBK0
しかし,今この瞬間だけは,PAIから指先から凍えるような無機質な音声が,彼を人間たらしめていた.
「ユウマ,これから一か月以内に,この住まいを出る必要があります」
分かっていたことだろう.百地悠真.これはもう避けようのない事態なのだ.
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/01(木) 01:19:26.18 ID:RfngOxBK0
僕の住む二階建てのアパートはどんな悪徳不動産でも見晴らしがよいとは言い難い場所に位置する.
大通りから走る細い小道を進んだ先にあるそれは,周囲をのっぽのビルに挟まれているせいで
窓ガラス越しにもビルの壁が押し迫っている.例えバイトで早起きしようと,美しい朝日など到底望むべくもない.
それでも我慢はできるが,更に悪いことに,アパート自体が予断を許さぬ状態まで崩れてきていることが先月判明してしまったのだ.
自分も部屋のドアノブがすっぽりと抜けてしまったことはあったが,これほど悪いとは思わなかった.
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/01(木) 01:27:05.46 ID:RfngOxBK0
今思えば,駅から十分と近く,都市の中心部と郊外の狭間にあるここは,流通の便が良かった.
なにより,格安の家賃である.障子紙のない障子も味があるではないか.
家主の爺さんに,これこれそうした理由で此処が気に入っているどうにか賃貸を続けてはくれないかと
頼み込んだものの,彼は修理も面倒な家をさっさと取り壊して,郊外で安らかな余生を送ることに気が向いているようであった.
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/03/01(木) 01:30:12.10 ID:qTYYvewA0
支援
11 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/01(木) 01:36:14.54 ID:RfngOxBK0
未練たらたらにその訳を聞くと,どうにも爺さんは土地を売り払って,別嬪な家政婦型アンドロイドを購入するらしい.
なんと羨ましいことか.
僕は苦々しい思い出を噛み潰してから,PAIに返事する.
「引っ越し先をまだ決めていないんだ」
「時間はないですが,これからでも探せます.それに今まで,ユウマは私の助言を意図的に無視していました」
なじるような言い方だが,実際のところPAIは何も感じていないはずだ.
「PAI,怒っている?そのことは謝るよ」
「いいえ,これから,私を信用してもらえるよう,努力します」
声色一つ変えず返答する様は,健気にすぎる.これが演技だったら,僕はとんだ阿呆だが.
12 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/01(木) 01:49:14.95 ID:RfngOxBK0
「引越に関しましては,今一度お考え下さい.この住居は国の記録によれば築200年を超えています.
先日,壁の一部が剥がれたことに加え,支柱の劣化も著しい.専門家の検分結果,退去命令が出されました」
淡々と事実を述べるPAIと対比するように,僕の表情が険しくなっていくのが分かる.
「中心部に住み続けるのは,もう無理だな.家賃が高いし,それに仕事がない」
中心部の高層ビルで勤める人々は,僕のPAIよりもずっと高性能なものを使っていて,ほとんどの仕事をPAIに任せているらしい.
13 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/01(木) 01:52:03.07 ID:RfngOxBK0
より優秀なPAIを持てば,他人よりも仕事ができると見なされる.
つまり,それを買うお金が全てなのだ.
それは今も昔も変わらない不変の事実.田舎から飛び出して,何か自分に合う仕事が見つかると希望に胸を膨らませていた僕への重い楔だ.
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/01(木) 16:05:48.58 ID:RfngOxBK0
僕は慌てて有り金をはたいて,PAIを買ったけれどあまり意味はなかった.
ピンからキリまであるPAI,学生上がりの僕が買えるものなんてたかが知れていた.
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 03:33:35.27 ID:DuFYOFWS0
「引っ越すにしてもある程度お金が必要なんだ.僕の貯金はないにも等しいから,それだけは何とかしなくちゃ」
少なくとも,十数万円はいつもより稼がなければならない.
僕は短期間でできるだけ給料の高い仕事を検索するよう,PAIに告げた.
「該当する件数は12件です.ユウマ」
PAIは低く唸ってから,壁に向かって光を照射し,検索結果を表示した.
ざっと眺めると,飲食系か力仕事だ.それも今働いているものとそう変わらない,
分かってるさ,このご時世,そんな都合の良い仕事はない.
16 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 03:39:04.49 ID:DuFYOFWS0
「セーフティ検索を外してくれ,それなら見つかるだろう」
「政府の認可が下りていない仕事が表示される可能性があります.よろしいですか?」
黙って頷くと,50件以上の仕事が表示される.
特殊清掃,探偵のアシスタントなど種類は様々だ.
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 03:44:39.12 ID:DuFYOFWS0
その中で,最も目を引いたのが,日給5万円の運送バイトである.
5万円,なにかの間違いではなかろうか.
さらに好都合なことに,IOTチップ(※1)は必要ないとある.
きっとこの事業主は哀れな羊に救いを与える神であろう.
18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 03:49:15.43 ID:DuFYOFWS0
僕の目線に気が付いたPAIがすかさず注進した.
「十分ご承知のことだとは思いますが,その仕事は特に避けるべきです.運送にしては異常な給料ですし
IOTチップが必要ないのは自身の位置や行動を記録されたくないのでしょう」
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 03:54:46.37 ID:DuFYOFWS0
先ほどから出ているIOTチップとは,人間の肉体に埋め込むための超小型ICチップを指す.
それを取り付けられた人間は,自身の健康状態から車の運転まで制御してくれる.
政府が無料で行っているサービスで,普及率は日本の全人口の過半数をすでに超えたらしい,
ちなみに僕は山奥からでてきた小心者なので,それが不気味に感じられ,いまだに埋め込んでいない.
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/03/02(金) 03:55:15.44 ID:GfBvTrlA0
なんということでしょう
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 04:03:03.02 ID:DuFYOFWS0
PAIを載せた座布団を部屋の隅へ押しやることでPAIの忠告を聞き流し,僕の心は決まった,
天井に取り付けられた紐を引っ張り,部屋の明かりを落とす.
「ユウマ,お金に目がくらんではいけません.犯罪に巻き込まれる恐れが...」
僕はPAIの言葉を遮って,布団を被った,
「PAI,寝るから静かにしてくれ」
22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 04:07:14.00 ID:DuFYOFWS0
「....」
今度は黄色マークの警告を壁一杯に表示する.
器用だな.
「明日は早いんだ.あのバイトは明後日だし,明日の夜にまた話し合おう」
すると,警告は消えて,PAIは静かにスリープモードへ移行した,
僕はぞんざいに約束したことを後悔することになるのだが,それはまた明日の話.
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 04:11:10.81 ID:DuFYOFWS0
用語解説
※1 IOTについて
Internet of thingsの略.世の中のもの同士をインターネットを経由して,制御,情報交換すること.
2018年現在,会社からスマホでテレビの録画を設定できたり,帰宅時間に合わせて会社のPCから空調機を起動させたりできる.
一見便利なようだが,セキュリティ上の脆弱性をはらんでおり,事故の規模拡大を指摘されている.
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/03/02(金) 04:13:43.66 ID:DuFYOFWS0
今夜は終わりです
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/03/02(金) 08:08:38.65 ID:63AXL1ixo
乙
どうせ麻薬とかヤクザ絡みの危ないブツに決まってるのに
主人公が貧乏なのは頭が弱いせいもあるな
26 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 19:26:23.64 ID:DuFYOFWS0
次の日,バイト先のラーメン屋へ向かうために準備を整える.
顔を洗い,食パン一枚を飲み込んでから自転車に跨る.
おっと忘れずに,PAIを装着する.PAIを持っていないのは,裸で出歩く様なもの.都会だからこそのマナーである.
とはいえ,僕がIOTチップを持っていないのでPAIの仕事はとても少ない.
今日も邪魔にならないよう,ニュースを視界の端に流している.
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 19:31:00.19 ID:DuFYOFWS0
信号で足止めをくらった僕はとりあえず,そのニュースを読み上げる.
「IOT製品を狙ったクラッキングと盗難,車の自動運転にIOTチップの義務化する法案が提出される
,アンドロイドとの結婚は合法か,アンドロイドへの暴力について,野良アンドロイドの危険性とは・・・.
もっと人間の話をしてくれよ」
加えてアナウンサーはアンドロイドだし,どうしよもなく浸食されている気がする.
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 19:40:05.36 ID:DuFYOFWS0
PAIは自身の見解を示す.
「人とロボットの付き合い方を,私たちはもっと考える必要があります.私達は,人間の社会に深く根を張っている」
「でも,人が創造主である以上さ,ロボットの行動は人が制限できる.ロボット側は受け身にならざるを負えないんじゃないか?」
ロボットが権利を主張したところで,人間が力でねじ伏せそうな気がする.
しかしそれをPAIにしては珍しくどこか奥歯のつまったような口調で否定した.
「それは違います.今は不合理なことが起きれば,ロボットが人を打ち倒すと言うことがあり得るのです.
かつて,人が科学という武器で,これまで信じていた神を打ち倒したように」
29 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 19:44:30.35 ID:DuFYOFWS0
それがなんだが小気味よくて,おどけて尋ねてみる.
「へえ,PAIなら絶対的な存在である人に対して,どんな武器を使う?」
PAIは一瞬躊躇ったあと,画面の端に文字を浮かび上がらせた.
「ユウマと同じ種族である人間を使います.それも,ユウマとはまったく異なる考えをもった人間を」
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 19:49:47.92 ID:DuFYOFWS0
からかいすぎただろうか.PAIがこうした軽い会話で周りを憚ることは,さらに珍しかった.
少しでも空気を和らげようと,軽口をたたく.
「なら,PAIは真っ先に僕を打ち倒すんだろうなあ.助言も無視するし,ほぼ倉庫番のような扱いだし」
PAIは即座にそれを否定した.
「打ち倒す理由がありません.なにより,ユウマは私のご主人様ですから,傷つけるようなことは絶対にしません」
思わず言葉が詰まった.ここまでの忠義心は作らなければ,手に入らないだろう.
31 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 19:52:58.53 ID:DuFYOFWS0
ただ感心しているだけでは,気恥ずかしいので調子に乗ってみる.
「今度は女性の声で,怒ったようにいってくれないか」
「お断りします」
これも即座に否定する.
そういえば,PAIの性格はクール系に設定したんだった.
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 19:56:23.57 ID:DuFYOFWS0
「やんちゃな妹系にしようかな・・・?」
「性格を変えると,この私とは二度と会えません.本当によろしいですか?」
PAIはすねた口調で,罪悪感を煽った.
「えっと,冗談だよ」
そういうのに弱いのも見切られているのだろう.悪い気はしないのが男の悲しい性.
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 23:40:43.84 ID:DuFYOFWS0
さてラーメン屋へ到着した僕はバイト先のラーメン屋の店長に,今月いっぱいでやめることを伝えた.
店長は残念がったが,最終的にはそういうことなら仕方がないと納得してくれた.
「将来を考えればウチもアンドロイドを導入するんだ.君もそちらのほうがいいかもな」
ちなみに,これを仲の良いバイト仲間に話すと,血の気が引いていた.
ラーメン屋ですら,美しい男性や女性を模した高性能なアンドロイドの導入することを考えている.
果たして,僕たちの進むべき未来はいったいどこなのか.
休憩中に,そいつと頭を突き合わせて意見を闘わせたが,明確な答えは出なかった.
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/02(金) 23:47:15.43 ID:DuFYOFWS0
夜9時過ぎ,バイトから帰宅し,もらった賄いを食べる.
その後,風呂へ入って(なんと共用ではなく個別なのだ)一息つく.
ようやく布団の上にごろんと寝転がった僕に向かって,PAIは待ちかねた様子で話しかけてきた.
「例のバイトの件ですが,考え直していただけましたか」
「あ,そのことなんだけど,引き受けようと思う」
「冗談ですね,頬の筋肉がつり上がっています,笑っています」
「いや,本気だよ.あんな割りの良いバイトは,もうない」
35 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/03(土) 00:00:42.35 ID:TiYpGBsM0
瞬間,PAIの波状攻撃が始まった.
すでに関係資料を用意しており,同様な謳い文句で違法薬物を運ばされ警察に逮捕されたケースなどを事細かに説明してくれる.
そこはさすがPAIの得意分野ということで,具体的なグラフやらデータを並べられると納得させられてしまいそうになる.
だが,僕も負けられない.これ以外に,確実に月内で稼げる手段が思いつかないと切実に訴える.
なんなら,そういうことからPAIが守ってくれること,君はそういうことも請け負っているはずだと反論する.
36 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/03(土) 00:07:50.57 ID:TiYpGBsM0
苛烈な舌戦は,互いに譲歩することで終わった.
1;危険だと感じたら,すぐにバイトを放棄すること
2;PAIの言うことをしっかり聞いて考えること
3;PAIとの会話の時間を一日,30分つくること
PAIはこの3つの約束を守るなら,バイトをしても大丈夫と踏んだらしい.
ちなみに3つ目は,頭に血が上った状態のときに約束を結んだものだが
途端にPAIの攻勢が止んだので,何か裏があるような気がしてならない.
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/03(土) 00:10:18.33 ID:TiYpGBsM0
といって,PAIは普段と変わらない様子で今回の論争を総括していた.
「PAIは理解しました,ユウマは籠の中の鳥です.外に出て,外敵に襲われて初めて,籠の中の方が安全だったと
知るのでしょう」
そこはかとなく馬鹿にされているが,事実なので流す.
とにかく日給5万のバイトができることが大切なのだ.
38 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/03(土) 00:14:54.37 ID:TiYpGBsM0
バイトをしたい旨を先方にPAIを通して電子メールで送ると,面接をするので明日の朝にどこどこに来てくださいと返信がきた.
次は面接か,頑張るぞ.
それから,PAIとの会話をきっかり30分おこなった.
PAIは僕の身の上を知りたがったので,僕は親の農家を継ぐのがいやで,都会へ出てきたこと,
親とは勘当状態であることを,話した.
PAIは時には疑問を投げかけ,時には諭した,結論として,僕の話はつまらないし,胸が詰まるということだ.
今度はPAIの身の上話を聞いてやる.こいつ,中古品だから面白い話の一つでも持っているだろう.
39 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/03(土) 00:36:45.05 ID:TiYpGBsM0
それにしても,明日のバイトが楽しみだ.
即5万円はでかい.これで一気に問題が解決へと進むだろう.
40 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/03(土) 00:42:39.82 ID:TiYpGBsM0
次の日,格別の晴天が僕を迎えた.
自然と気分も軽くなり,駅まですいすいと歩き,目的地付近の駅まで向かうモノレールへ乗り込んだ.
窓でUVカットされ肌にも優しい日光に包まれていると,乗っている時間があっという間に過ぎていく.
一方で,PAIは神経質になり,言葉少なに動作確認を行っていた.
41 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/03(土) 00:47:09.78 ID:TiYpGBsM0
眼鏡に搭載されたPAIにとって,悪人と遭遇した際にできることは多くない.
精々強力な光を悪人へ照射して,目くらましする程度だ.
PAIの名誉のために言っておくと,視覚に関わる機能はそれなりに優れていると僕は思っている,
特にPAIと視線のみで会話できる機能を気に入っている.
衆人での暇つぶしにもってこいなのだ.
42 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/03(土) 00:55:30.18 ID:TiYpGBsM0
照り付ける太陽の光に目を細めながら,僕はPAIへ「視線で」話しかける.
ユウマ:いい天気だ
PAI:雲量0.快晴です,しかし午後にかけて都市部ではぐずつく地域もあります.
ユウマ:今のうちに,太陽を見ていい?
PAI:・・・どうぞ.フィルターは調整してありますが,長時間の観察は避けて下さい.
ユウマ:ありがとう
43 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/03(土) 00:58:43.85 ID:TiYpGBsM0
PAIのおかげで,最大までふり絞られた画面は,太陽以外真っ暗な世界だった.
ところどころ,胡麻のような黒点がみえ,時折フレアによって太陽の境界が揺れる.
ああ,今の時代はモノレールの窓越しに,太陽の黒点だって見えてしまう.
そこまで視界は広がっているのに,ちっぽけな僕はバイトのことで頭がいっぱいだ,
なんて,小さい.
44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/03(土) 01:13:10.67 ID:TiYpGBsM0
ユウマ:と,思ったのだけどPAIはどう思う
PAI:ご安心ください.人類が宇宙を解明する前にあと百回は人類は滅びます
ユウマ:だからバイトしていて,いいのか?
PAI:生きる時間が限られているのに,不可能なことに時間を割いている余裕はないでしょう
ユウマ:PAIならではの意見だなぁ
PAI:そういうことは私達にお任せください.私達は集積回路の数だけ,解明までの時間を縮めることができます(※2)
ユウマ:今のPAIはいわば,高性能ニートだもんね.宝の持ち腐れというか
PAI:最高です,ユウマ.ニートとフリーターのコンビとは展望が明るい
皮肉を投げつけ合いながら,駅から歩いて5分.
自動運転で規則正しく移動する自動車やバスの向こう側に目的地が見えた.
45 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/03/03(土) 01:18:58.32 ID:v9fnWSH4o
実家が農家なら少なくとも飢え死にすることはないのにな
46 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/03(土) 01:42:49.31 ID:TiYpGBsM0
用語解説
※2 集積回路と人工知能の性能について
集積回路にはトランジスタがたくさん載っており,その密度が高まるほど,CPUの性能が上がると考えられる
つまり人間は幾人集まっても,幾分か賢くなるだけだが,人工知能はそうではなく集まる分賢くなる.
科学者レイ・カーツワイルは2045年には,人工知能の性能が全人類の知性の総和を越える技術的特異点と呼ばれるものが、2045年に来ると予測している
多くの科学者ももっと先の未来ではあるが,そういうことが起こるだろうと予測している,
47 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/03/03(土) 01:45:24.08 ID:TiYpGBsM0
今日は終わりです
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/03(土) 23:37:45.98 ID:TiYpGBsM0
ここがバイト先の会社か.ビルは五階建てで,青い空が映り込んだガラスがビル一面に貼られていた.
ビルの入り口には田中ITコンサルティングと彫られた石碑がある.
地味な名前の割に(全国の田中さんに失礼)立派な構えである.
これなら,危険だと身構える必要はなさそうだ.
49 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/03(土) 23:43:57.14 ID:TiYpGBsM0
PAI:ユウマ,2階の窓から見られています.ここで,立っているのはどうも目立ってしまうようです.
ユウマ:え?
PAIの示す方向をじっと目を凝らすと,熊のような図体の黒い影が窓の近くに立っていた.
ユウマ:・・・
PAI:行くのをやめますか?
ユウマ:行くよ.5万円が待っている.
鉛のように重くなった足を引きずりながら,僕はビルの自動ドアをくぐった.
50 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/03(土) 23:51:27.95 ID:TiYpGBsM0
受付のアンドロイドに来訪した用件を伝えると,簡素な待合室へ通された.
パイプ椅子に座りそこで待つこと数分,ついさっき見た図体の男が現れた.
近くでみると,見上げるほどの背の高さと筋肉の塊のせいで,黒色のスーツがビッチリと肉体に張り付いている.
意外にも目はくるりと丸いが,決して笑ってはいない.なにものも,見逃すまいと貪欲に動いている.
51 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/03(土) 23:55:45.37 ID:TiYpGBsM0
そして,互いに自己紹介をする.
彼の名前は,男仁(おに)というそうだ.名前の由来はさすがに聞けなかった.
続けて男仁は,こういった.
「本来ならば,志望理由等を尋ねるべきなのですが,今回は時間がない.
さっそくですが,貴方に今回のバイトの資格があるかを確認させていただきます」
「はい」
ついに来た,腹をくくって,質問に備える.
52 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/03(土) 23:57:59.17 ID:TiYpGBsM0
男仁は笑う.
「それではまず,上半身を裸になっていただけますか.確認したいことがありますので」
「? 今なんとおっしゃいましたか」
「脱いでください.なに,痛いことはしません」
53 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/04(日) 00:02:11.46 ID:uF4EMWqq0
「IOTチップもなく,摘出痕もなし.羨ましい限りです」
男仁さんは僕の肩をぱんっと叩いた.
なんということはない,身体検査だった.
男仁さんが僕の身体をぐるりと見まわしてそれでおしまい.
確かに最初はびびったけれど,彼が変な趣味を持っているというわけではないようだ.
「このバイトって,IOTチップがあるとそんなにだめなのですか?」
僕は真っ先に感じたことを,尋ねる.
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/04(日) 00:06:04.61 ID:uF4EMWqq0
男仁さんは苦笑しながら,手をひらひらさせた.
「不快だというだけですよ.良くないことですが,市民が想像している以上に,政府はIOTチップから個人情報を抜き取っていますから」
PAI:彼の言うことを真に受けないように
ユウマ:分かっているよ
55 :
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[saga]:2018/03/04(日) 00:10:24.20 ID:uF4EMWqq0
「さて,百地さんにはこのバイトをする資格があることを確認いたしました.
一日の給料は5万円で,月末にバイトを行った日数分だけ,手渡しいたします.それをご承知いただければ,さっそく仕事の説明に移ろうと思います.
なにか,質問はありますか」
給料をもらえる日が月末なのは,ぎりぎりだ.敷金を払う意味でも早めにもらっておきたい.
56 :
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[saga]:2018/03/04(日) 00:13:26.11 ID:uF4EMWqq0
「あの給料を頂く日を,早めていただくことはできますか?実は月内にお金が入用でして」
「どんな用です?」
目線がさっと鋭くなり,PAIの奥にいる僕の瞳を観察する.
僕は背筋がぞっとするのを感じる.
この人に嘘をつくのは,躊躇ってしまう.なにか悪いことが起きそうで.
57 :
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[saga]:2018/03/04(日) 00:16:00.79 ID:uF4EMWqq0
「その・・・家が古くなってしまったので,近いうちに引っ越そうと思っていまして」
「あぁなるほど」
男仁さんは一瞬黙り込んだ後,唇をにっとゆがめた.
「分かりました.そのように手配いたします」
「ありがとうございます」
58 :
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[saga]:2018/03/04(日) 00:23:21.85 ID:uF4EMWqq0
それから,男仁さんからバイトの説明を受ける.
「WEBに載せた通り,会社の製品を運んでもらう仕事です.
この会社を含めた三地点を徒歩で往復してもらいます.
一つ目は,昇天斎場,つまり葬式屋さんですね.
二つ目は,ここ田中ITコンサルティング
三つ目は,港区の大倉庫
勿論,この仕事は君一人ではないです.私が付いていますので,随時指示に従ってください.
それと,一つ大切なことがあります,
頭を動かすより,身体を動かしてください.
考えることは,必要ありません.そう,今からはロボットになってください.
ふふっ,笑うところですよ.百地さん」
「アハハ,そうですね」
59 :
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[saga]:2018/03/04(日) 00:25:22.70 ID:uF4EMWqq0
ユウマ:詮索するな,と言っている
PAI:よほど大切な代物なのでしょう.口止め料込みの給料だと判断できます.
ユウマ:すこし嫌な予感がしてきた
PAI:気をつけてください
60 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/04(日) 00:30:13.68 ID:uF4EMWqq0
説明を受けた僕は,男仁さんに連れられて業務用エレベーターへ乗った.
エレベータ内は.一辺4mほどの直方体である.
そこらのホテルに設置されているものより大きいのではないか?
なぜこんなものが必要なのだろう.
61 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/04(日) 00:32:10.91 ID:uF4EMWqq0
男仁さんが首から掛けていた鍵を差し込み,地下2階のボタンを押す.
乗っている間,何一つ物音はしなかった.
自分の呼吸音すら,聞こえなかった.
62 :
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[saga]:2018/03/04(日) 00:43:47.86 ID:uF4EMWqq0
案内された倉庫は,学校の教室を3つ繋げた程度の広さはあるのではないかと考えられた.
段ボールが積まれたプラスチックの棚がまるで迷路のように設置されているせいもあるかもしれない.
倉庫の入り口からしばらく右左折を繰り返すうちに,鉄の錆びた匂いが鼻をついた.
気持ちが悪くなるほどだが,男仁さんがそれを気にする様子はない.
それから,すこし開けた場所に着いたところで,男仁さんはその場で待機するよう僕に指示を出した後,倉庫の奥へ消えていった.
その間,僕は自由に行動できる.さてどうしようか.
63 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/03/04(日) 00:51:29.80 ID:uF4EMWqq0
1 足元を見る
2 倉庫内を少し探索する
3 男仁さんについて考える
直下のコンマ00〜80で1,2,3全てを行う.
81〜90で1,2を行う.
91〜99で1のみを行う.
なければ自分でとるので,どうぞ
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