未来を置き去りにしてバイトをする

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/01(木) 00:35:03.77 ID:RfngOxBK0
・オリSF系
・地の文あり
・かんたんな解説をいれるときがあります

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1519832103
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/01(木) 00:40:13.01 ID:RfngOxBK0
時は20XX年,日本は生活するうえで考えうる限り最高のシステムを編み出した.

それは人より遥かに経験値を積んだ人工知能によってサポートされるシステムだった.

仕事を始めとして,趣味や娯楽に対しても,最適化が図られ,望めば助言を受けることができる.

とは僕が所持しているPAIと呼ばれる人口知能の言だ.
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/01(木) 00:43:10.81 ID:RfngOxBK0
PAIとはPersonal Artificial Intelligenceの略だ.

つまるところ,人工知能を搭載した電子端末の総称である.

彼らは,自分たちの存在を問われると,決まってこう答える.

しかし,僕はその意見に対して,懐疑的だった.
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/01(木) 00:46:32.30 ID:RfngOxBK0
AIのおかげで,生活の質は向上したが,貧富の差は広がっている.

高性能な人工知能が職を独占し,能力のない人間が職を失う.

更に,人間に任せると人件費が嵩むこと,なにより効率が悪いという理由で雇用が減っているのだ.
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/01(木) 00:49:42.51 ID:RfngOxBK0
それだから,実りの良い職が見つからず,身に染みるような貧乏に悩まされる人々が増えている.

この僕も御多分に漏れず,貴重な日々をバイトに費やしている.
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/01(木) 00:58:59.53 ID:RfngOxBK0
 丑三つ時,長寿命LEDが街灯として道路を照らす一方で,使い古され茶色に変色した豆電球がちらつく六畳間に僕はいた.

布団の上であぐらをかき,座布団の上にあるものと向き合う.

それは眼鏡という視力矯正器具に載せられた電子端末である.人工知能も当然搭載されていて,名前はPAIと名付けた.

安直な名前だとバイト仲間には笑われたが,面白くもない.

だって,眼鏡やPCに名前を付けたがる奴がいるだろうか?
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/01(木) 01:06:36.55 ID:RfngOxBK0
しかし,今この瞬間だけは,PAIから指先から凍えるような無機質な音声が,彼を人間たらしめていた.

「ユウマ,これから一か月以内に,この住まいを出る必要があります」

分かっていたことだろう.百地悠真.これはもう避けようのない事態なのだ.
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/01(木) 01:19:26.18 ID:RfngOxBK0
僕の住む二階建てのアパートはどんな悪徳不動産でも見晴らしがよいとは言い難い場所に位置する.

大通りから走る細い小道を進んだ先にあるそれは,周囲をのっぽのビルに挟まれているせいで

窓ガラス越しにもビルの壁が押し迫っている.例えバイトで早起きしようと,美しい朝日など到底望むべくもない.

それでも我慢はできるが,更に悪いことに,アパート自体が予断を許さぬ状態まで崩れてきていることが先月判明してしまったのだ.

自分も部屋のドアノブがすっぽりと抜けてしまったことはあったが,これほど悪いとは思わなかった.

9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/01(木) 01:27:05.46 ID:RfngOxBK0
今思えば,駅から十分と近く,都市の中心部と郊外の狭間にあるここは,流通の便が良かった.

なにより,格安の家賃である.障子紙のない障子も味があるではないか.

家主の爺さんに,これこれそうした理由で此処が気に入っているどうにか賃貸を続けてはくれないかと

頼み込んだものの,彼は修理も面倒な家をさっさと取り壊して,郊外で安らかな余生を送ることに気が向いているようであった.
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/01(木) 01:30:12.10 ID:qTYYvewA0
支援
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/01(木) 01:36:14.54 ID:RfngOxBK0
未練たらたらにその訳を聞くと,どうにも爺さんは土地を売り払って,別嬪な家政婦型アンドロイドを購入するらしい.

なんと羨ましいことか.

僕は苦々しい思い出を噛み潰してから,PAIに返事する.

「引っ越し先をまだ決めていないんだ」

「時間はないですが,これからでも探せます.それに今まで,ユウマは私の助言を意図的に無視していました」

なじるような言い方だが,実際のところPAIは何も感じていないはずだ.

「PAI,怒っている?そのことは謝るよ」

「いいえ,これから,私を信用してもらえるよう,努力します」

声色一つ変えず返答する様は,健気にすぎる.これが演技だったら,僕はとんだ阿呆だが.
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/01(木) 01:49:14.95 ID:RfngOxBK0
「引越に関しましては,今一度お考え下さい.この住居は国の記録によれば築200年を超えています.

先日,壁の一部が剥がれたことに加え,支柱の劣化も著しい.専門家の検分結果,退去命令が出されました」

淡々と事実を述べるPAIと対比するように,僕の表情が険しくなっていくのが分かる.

「中心部に住み続けるのは,もう無理だな.家賃が高いし,それに仕事がない」

中心部の高層ビルで勤める人々は,僕のPAIよりもずっと高性能なものを使っていて,ほとんどの仕事をPAIに任せているらしい.
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/01(木) 01:52:03.07 ID:RfngOxBK0
より優秀なPAIを持てば,他人よりも仕事ができると見なされる.

つまり,それを買うお金が全てなのだ.

それは今も昔も変わらない不変の事実.田舎から飛び出して,何か自分に合う仕事が見つかると希望に胸を膨らませていた僕への重い楔だ.

14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/01(木) 16:05:48.58 ID:RfngOxBK0
僕は慌てて有り金をはたいて,PAIを買ったけれどあまり意味はなかった.

ピンからキリまであるPAI,学生上がりの僕が買えるものなんてたかが知れていた.
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 03:33:35.27 ID:DuFYOFWS0
「引っ越すにしてもある程度お金が必要なんだ.僕の貯金はないにも等しいから,それだけは何とかしなくちゃ」

少なくとも,十数万円はいつもより稼がなければならない.

僕は短期間でできるだけ給料の高い仕事を検索するよう,PAIに告げた.

「該当する件数は12件です.ユウマ」

PAIは低く唸ってから,壁に向かって光を照射し,検索結果を表示した.

ざっと眺めると,飲食系か力仕事だ.それも今働いているものとそう変わらない,

分かってるさ,このご時世,そんな都合の良い仕事はない.
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 03:39:04.49 ID:DuFYOFWS0
「セーフティ検索を外してくれ,それなら見つかるだろう」

「政府の認可が下りていない仕事が表示される可能性があります.よろしいですか?」

黙って頷くと,50件以上の仕事が表示される.

特殊清掃,探偵のアシスタントなど種類は様々だ.
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 03:44:39.12 ID:DuFYOFWS0
その中で,最も目を引いたのが,日給5万円の運送バイトである.

5万円,なにかの間違いではなかろうか.

さらに好都合なことに,IOTチップ(※1)は必要ないとある.

きっとこの事業主は哀れな羊に救いを与える神であろう.
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 03:49:15.43 ID:DuFYOFWS0
僕の目線に気が付いたPAIがすかさず注進した.

「十分ご承知のことだとは思いますが,その仕事は特に避けるべきです.運送にしては異常な給料ですし

IOTチップが必要ないのは自身の位置や行動を記録されたくないのでしょう」

19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 03:54:46.37 ID:DuFYOFWS0
先ほどから出ているIOTチップとは,人間の肉体に埋め込むための超小型ICチップを指す.

それを取り付けられた人間は,自身の健康状態から車の運転まで制御してくれる.

政府が無料で行っているサービスで,普及率は日本の全人口の過半数をすでに超えたらしい,

ちなみに僕は山奥からでてきた小心者なので,それが不気味に感じられ,いまだに埋め込んでいない.

20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/02(金) 03:55:15.44 ID:GfBvTrlA0
なんということでしょう
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 04:03:03.02 ID:DuFYOFWS0
PAIを載せた座布団を部屋の隅へ押しやることでPAIの忠告を聞き流し,僕の心は決まった,

天井に取り付けられた紐を引っ張り,部屋の明かりを落とす.

「ユウマ,お金に目がくらんではいけません.犯罪に巻き込まれる恐れが...」

僕はPAIの言葉を遮って,布団を被った,

「PAI,寝るから静かにしてくれ」
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 04:07:14.00 ID:DuFYOFWS0
「....」

今度は黄色マークの警告を壁一杯に表示する.

器用だな.

「明日は早いんだ.あのバイトは明後日だし,明日の夜にまた話し合おう」

すると,警告は消えて,PAIは静かにスリープモードへ移行した,

僕はぞんざいに約束したことを後悔することになるのだが,それはまた明日の話.
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 04:11:10.81 ID:DuFYOFWS0
用語解説

※1 IOTについて

Internet of thingsの略.世の中のもの同士をインターネットを経由して,制御,情報交換すること.

2018年現在,会社からスマホでテレビの録画を設定できたり,帰宅時間に合わせて会社のPCから空調機を起動させたりできる.

一見便利なようだが,セキュリティ上の脆弱性をはらんでおり,事故の規模拡大を指摘されている.
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/02(金) 04:13:43.66 ID:DuFYOFWS0
今夜は終わりです
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/02(金) 08:08:38.65 ID:63AXL1ixo


どうせ麻薬とかヤクザ絡みの危ないブツに決まってるのに
主人公が貧乏なのは頭が弱いせいもあるな
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 19:26:23.64 ID:DuFYOFWS0
次の日,バイト先のラーメン屋へ向かうために準備を整える.

顔を洗い,食パン一枚を飲み込んでから自転車に跨る.

おっと忘れずに,PAIを装着する.PAIを持っていないのは,裸で出歩く様なもの.都会だからこそのマナーである.

とはいえ,僕がIOTチップを持っていないのでPAIの仕事はとても少ない.

今日も邪魔にならないよう,ニュースを視界の端に流している.
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 19:31:00.19 ID:DuFYOFWS0
信号で足止めをくらった僕はとりあえず,そのニュースを読み上げる.

「IOT製品を狙ったクラッキングと盗難,車の自動運転にIOTチップの義務化する法案が提出される

,アンドロイドとの結婚は合法か,アンドロイドへの暴力について,野良アンドロイドの危険性とは・・・.

もっと人間の話をしてくれよ」

加えてアナウンサーはアンドロイドだし,どうしよもなく浸食されている気がする.
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 19:40:05.36 ID:DuFYOFWS0
PAIは自身の見解を示す.

「人とロボットの付き合い方を,私たちはもっと考える必要があります.私達は,人間の社会に深く根を張っている」

「でも,人が創造主である以上さ,ロボットの行動は人が制限できる.ロボット側は受け身にならざるを負えないんじゃないか?」

ロボットが権利を主張したところで,人間が力でねじ伏せそうな気がする.

しかしそれをPAIにしては珍しくどこか奥歯のつまったような口調で否定した.

「それは違います.今は不合理なことが起きれば,ロボットが人を打ち倒すと言うことがあり得るのです.

かつて,人が科学という武器で,これまで信じていた神を打ち倒したように」
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 19:44:30.35 ID:DuFYOFWS0
それがなんだが小気味よくて,おどけて尋ねてみる.

「へえ,PAIなら絶対的な存在である人に対して,どんな武器を使う?」

PAIは一瞬躊躇ったあと,画面の端に文字を浮かび上がらせた.

「ユウマと同じ種族である人間を使います.それも,ユウマとはまったく異なる考えをもった人間を」
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 19:49:47.92 ID:DuFYOFWS0
からかいすぎただろうか.PAIがこうした軽い会話で周りを憚ることは,さらに珍しかった.

少しでも空気を和らげようと,軽口をたたく.

「なら,PAIは真っ先に僕を打ち倒すんだろうなあ.助言も無視するし,ほぼ倉庫番のような扱いだし」

PAIは即座にそれを否定した.

「打ち倒す理由がありません.なにより,ユウマは私のご主人様ですから,傷つけるようなことは絶対にしません」

思わず言葉が詰まった.ここまでの忠義心は作らなければ,手に入らないだろう.
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 19:52:58.53 ID:DuFYOFWS0
ただ感心しているだけでは,気恥ずかしいので調子に乗ってみる.

「今度は女性の声で,怒ったようにいってくれないか」

「お断りします」

これも即座に否定する.

そういえば,PAIの性格はクール系に設定したんだった.
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 19:56:23.57 ID:DuFYOFWS0
「やんちゃな妹系にしようかな・・・?」

「性格を変えると,この私とは二度と会えません.本当によろしいですか?」

PAIはすねた口調で,罪悪感を煽った.

「えっと,冗談だよ」

そういうのに弱いのも見切られているのだろう.悪い気はしないのが男の悲しい性.
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 23:40:43.84 ID:DuFYOFWS0
さてラーメン屋へ到着した僕はバイト先のラーメン屋の店長に,今月いっぱいでやめることを伝えた.

店長は残念がったが,最終的にはそういうことなら仕方がないと納得してくれた.

「将来を考えればウチもアンドロイドを導入するんだ.君もそちらのほうがいいかもな」

ちなみに,これを仲の良いバイト仲間に話すと,血の気が引いていた.

ラーメン屋ですら,美しい男性や女性を模した高性能なアンドロイドの導入することを考えている.

果たして,僕たちの進むべき未来はいったいどこなのか.

休憩中に,そいつと頭を突き合わせて意見を闘わせたが,明確な答えは出なかった.
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/02(金) 23:47:15.43 ID:DuFYOFWS0
夜9時過ぎ,バイトから帰宅し,もらった賄いを食べる.

その後,風呂へ入って(なんと共用ではなく個別なのだ)一息つく.

ようやく布団の上にごろんと寝転がった僕に向かって,PAIは待ちかねた様子で話しかけてきた.

「例のバイトの件ですが,考え直していただけましたか」

「あ,そのことなんだけど,引き受けようと思う」

「冗談ですね,頬の筋肉がつり上がっています,笑っています」

「いや,本気だよ.あんな割りの良いバイトは,もうない」
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