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志希「Noisy World」
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1 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 21:44:35.04 ID:tAFv2fL/0
※前作 まゆ「Dear my moon」と同じ世界線の話。
https://ex14.vip2ch.com/i/read/news4ssnip/1504796118/
※オリ設定多く含む
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1519130674
2 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 21:50:16.39 ID:tAFv2fL/0
正直にホンネを話すならば。あたしは両親が大好きだった。もう二度と会うことはないだろうなんて冷たく言い放ちながら、心の隅っこでは復縁して笑い会える日々を望んでいた。
控えめながらも優しく愛情を注いでくれたママが好きだった。
そして、ダッドも……大好きだった。とてもとても、素晴らしい一人の科学者の姿が目に焼き付いていた。
いつかあの人の隣に立つ。あの人に認められるような科学者になる。そう思ったから目指した。頑張った。スポ根とは相性が悪いあたしだけど、あたしなりに努力したのだ。
なんやかんやてんやわんや、紆余曲折を経て辿り着いた。そして────対立した。
なんてことはない。あたし達は"出来すぎた"。だからこそ、両者はどちらも正しくしかし、全く真逆の解を弾き出したのだ。科学者にとっては致命的な結果だ。
最後まで折れることなく、二人は自分の理論を展開し合った。
決して交わり合うことができない二分化は決定的な物となり、決別した。
けれども正真正銘あたし達の溝はそれだけだった。それだけだった、筈なのに─────
あんな破滅を迎えるなんて、思っていなかったんだ。
『……志希。アイドルごっこは、もう済んだか』
3 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 21:58:17.09 ID:tAFv2fL/0
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4 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 22:04:34.44 ID:tAFv2fL/0
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5 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 22:09:24.39 ID:tAFv2fL/0
これは、記憶だ。あたしが今まで生きて体験してきたことをあたし以上に覚えているという、メモリーだ。
────今から18年前。あたしは岩手のとある病院で生まれた。ごく普通の、田舎に位置する町の小さな病院だ。
ギフテッドだからって、馬小屋で産まれたりなんてしない。特別な星空の下に生まれたりもしない。
そこには壮大な国際問題が絡み合った政略結婚も、莫大な資金がかけられた人体実験も介在しない。
生まれたときはこんな茶髪だったなー。ん?そりゃそうさ、ダッドもママも生粋の日本人なのに地毛がこんな色の子供が出来るわけないってゆー。
突然変異だったら面白い話になるかもしれないけど、これは後天的。とは言っても、別に美容院で染めてもらってるわけじゃあない。
化学実験を何度もしてる内に自然とこの色になっちゃったんだよね。いや、これはほんとほんと。
あ、でも蘭子ちゃんの銀髪は地毛だって言ってたよ?
歌鈴ちゃんの赤色の瞳も、別にカラコンを入れてるわけじゃないんだって。
世の中には色々と不思議があるもんだよねえ。
兎にも角にも、この時の志希ちゃんは至ってノーマルだった。幼児平均よりもちょっとくらい立つのが早かったりとか
言葉を話すのが早かったりしたらしいけど、正直これは誤差レベルの話だ。
ルービックキューブを初めて完成させた年齢と同じくらいどーでもいい。あんなのは指標にはならない。
非常に好奇心旺盛で、ベビーカーやらカートを抜け出してはふらふらと歩いていってしまうので、ママは常に抱っこをしてなければならなかったとか。でも、これもさして珍しい話じゃない。
そもそも一体、何処までいけば普通じゃなくなるのだろう?
最早あたしは自己を普通とは定義しないけど、"普通"の基準を決めるのも、いち人間のさじ加減でしかないのにね。
6 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 22:15:14.27 ID:tAFv2fL/0
あたしが異常と診断されたのは6歳のこと。至って普通の小学生向けの計算ドリルを、あたしは僅か三日で全て解き終えてしまったのだ。
ああいや、これじゃ語弊があるかな。正確には『一日で解き終えたのは一、二年生向け』であり、『五、六年生向けまでのドリルを三日で解き終えた』と言った方が正しい。
いやいや。流石の志希ちゃんも、習ってない公式が使えるわけじゃない。
つまり、最初に解答をじっくり見たのさ。どうやって解を求めるのか、その仕組みをじっくりとね。
あとは簡単な作業だ。頭の中に"知識"として収容されたソレを使って、問題に取りかかればいい。
正解は一定の数しかないのだ。一々、一度見たドリルの解答欄なんて見に行く必要はない。
既知の問題なんて、見るだけで解答への道筋が浮かび上がってきてくれる。楽勝だ。
先生の話なんて聞かなくったって、興味の沸いた事柄はダッドのパソコンを借りて調べたし、教科書をさっと読み込んで、間違えた箇所はきっちり正解を覚えて穴を埋められた。
そうそう、その頃から先生の退屈なお話なんて真面目に聞いてられない子でしたー♪
ガミガミ怒られた。限られた時間は有効に使いたいって口答えしたね。
だってさ、既に知ってることを延々と45分も語り続けられるんだよ?
ネズミの体色はグレー……なら何故グレーか、みたいに繋げられるような話題なら兎も角、ここの鍵盤を押すとドが鳴って、右隣の鍵盤を押すとレが鳴ると言われているようなタイクツな内容を。
7 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 22:20:07.18 ID:tAFv2fL/0
勿論、出来ない子たちを見下しているわけじゃないし、基礎教育の大事さだって分かっている。
でもそこに、連帯責任を課す意味までは理解できない。
そうするくらいなら、出来る子にも別枠で教育課程を設けるべきだと思うのだ。
変に足並みを揃えて抑制するより、もっと先の段階へと進ませた方が効率的だろう。
でなければ、必然的に平均点が下がってしまうのだから。
それでも無駄な時間を強いるんだったらせめて内職くらいさせて欲しい。飛び級の制度を知る前、あたしは毎日の様にそう思っていた。
暫く経つと、あたしは高校生のテキストに手を出し始めていた。
授業で出される問題は常につまんなかった。流れ作業だった。
ちゃんと授業も真面目に聞きながらやるからさとは言ったんだけど、それもまた怒られちゃったなー。
そんなこんなで、あたしはギフテッドと認定された。
日本には数少ない認定の専門家が、グーゼンあたしの住んでる近くには居たんだってさ。
神様から与えられし者。選ばれた者。授けられた才覚。つまり───天才だ。
8 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 22:23:50.17 ID:tAFv2fL/0
普通の家庭なら、両手を挙げてバンザーイ!って喜んだりするところだろう。
或いは気味悪がったり、その利用価値について低俗な考えを巡らすものかもしれない。
でも、うちはそうじゃなかった。まるで当たり前のこととして受け入れた。
逆に「こうでなくては俺の娘ではない」とまで言い切ったらしい。
自信過剰すぎる?そうだね、実際出来の悪い子供が誕生したらどうしたんだろうね。
流石にそれだけの理由でネグレクトする親は人間の屑としか思えないけど、世の中にはありふれているわけだし。
歴史にifはないし、うちの親はそういうことはしないと思ってるけど………興味の尽きない仮定だ。
え?子が子なら親も親だって?うーん、それについては否定できないにゃー☆
あたしは死んでも自分のことを善人だなんて思わない、社会不適合者と罵られても否定はできない。
それでもまあ、セーフラインだったからこそ今こうしてシャバで過ごせているのだよ。
サイケデリックに彩られた世界を夢見たことがないわけではないけど、実行しようとまでは思わない。
踏み外してたらとっくに滝壺にでも落ちてるよ。真っ逆さまにひゅーんって。
9 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 22:27:03.30 ID:tAFv2fL/0
ダッドはいわゆる単身赴任。家には月に一回帰ってくるかどうかと言った感じ。
だから、半分くらい母子家庭だったと言っても過言じゃないね。
彼は基本的には都内のアパートに一人暮らしをしていたから、詳しい生活風景は不明のまま。
食生活とか、ひどく不健康な毎日を送っていると軽く推測されるのに殆ど病気に罹ったことはない。
ママはイマドキでは珍しい専業主婦。ダッドは生活力ゼロで、家事の類いは一切出来ない。
そのくせ、たまに家に帰ってくると機材やら資料やらで散らかしてすぐまた出ていってしまったりもする。
だから料理も掃除も洗濯も、全部ママの受け持ちだ。うんうん、あたしも片付けデキマセーンシマセーン。
別に遺伝のせいにするつもりもないけど、勝手に物の位置を移動されると困るってゆーか。
掃除の必要性を感じないし、なんか……あちこちに物が散乱している部屋の方が、かえって落ち着いたりしない?しない?そう……。
もしママも片付けられない人だったら、うちはゴミ屋敷としてメディアの特集番組で話題にされてたかもね。いやあ、恐ろしい恐ろしい♪
毎日一緒にいると、ストレスなどから夫婦喧嘩が誘発されるというデータを耳にしたことがあるけど、その点、うちはたまにしか会わないからずっと一緒に居ることによるストレスは蓄積しない。
それもあってか、非常に夫婦円満な家庭だった。甘酸っぱく気難しい恋愛結婚ではなく、親同士の取り決めたお見合いで知り合ったので相性もバッチリ。
子供は男の子でも女の子でもどっちでも良かったらしいけど、一人は欲しかったとか。
だから志希ちゃんは親の愛情をたっぷりもらって育ったのでした。そりゃもう過保護なくらいに。
10 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 22:30:20.38 ID:tAFv2fL/0
家で姿を見ることは少なかったけど、あの時からダッドのことは尊敬していた。
母子家庭だったのに、父親にばかり懐くのはおかしい?いや、そーでもないよ。昔は普通の父娘みたいに、肩車とかしてもらったりしてたしね。
だぼだぼな白衣を纏った小さな身体は見上げていた。その杓子定規のような父の背中を。純粋で、一点の曇りすらない綺麗な青の瞳で。
「あたしねー、大人になったらパパみたいな科学者になるー!」
「そう……お父さんきっと喜ぶわよ。あの人、志希と一緒に仕事したいって言ってたから」
「それでいつかは……パパさえも超えた、世界一の科学者になるんだ〜♪」
……人によっては黒歴史だと思うのかもしれない。
己の幼稚さに呆れ果て、嫌気がさすというのも理解できる。
それでも、アインシュタインやエラトステネスだって生まれた時はオギャアオギャアと泣いていたんだし、どんなカタチであろうと、それが『一ノ瀬志希』を構成する一つの要素であることは間違いない。
11 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 22:34:37.87 ID:tAFv2fL/0
ダッド……即ちあたしの父親は、その界隈ではかなり有名な科学者だった。
否、学者と言った方が適切かもしれない。彼は実にマルチだった。若くしてその才覚を発揮させ、海外のプロジェクトにも携わったりして賞をいくつも受け取っている実力の持ち主。
努力をしてこなかったわけじゃないけれど、努力でどうにかなる部分をとうに超越している。
あれもやはり、『天才』と呼ぶべき存在なのだろう。
だけど、ダッドがその名を轟かせているのはその功績によるもの"ではない"。即ち────悪名だ。
いわく、彼は世間では『炎上の一ノ瀬』なんて呼ばれたりしている。いや、本人はドライアイスみたいな人間だよ?そーいう燃え上がれーってゆー物理的な炎じゃなくて、ネット用語的な炎上って意味さ。にゃははー、あの時はまだマシだったけど。
今はインターネットやSNSの発展と共に、一部の学会の関係者しか知りえない情報がどんどん拡散されて発信者ですら手の届かない位置に行き渡るような時代になったからさ〜。
エゴサなんてしようものならもう大変♪群衆心理の総力戦、陰謀論の応酬戦、虚飾で固められた真実が電波の虫となってぶんぶん五月蝿く電脳空間を飛んでいる。
殺虫剤で一匹一匹駆除しようと、いくらでも沸いてきて完全に殲滅することなんて不可能。
そんでもって、あたし達はそのモンスターハウスから自分にとって必要な益虫を探し出さないといけないわけだからやっぱり大変。
嫌な時代になったものだよねー。
12 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 22:38:31.59 ID:tAFv2fL/0
まあ、ダッドがなんでそう呼ばれてるのかは何となく想像がつくでしょ?
言いたいことはズバズバ言う!社会性フィルターなんて天空に向けてポーイしちゃって、自分の主張をねじ曲げない!
そのくせ汚職もなくて、結果をちゃんと出してくるから処分も出来ないし、罠に嵌めようと企み目論んでも、全てかわし捻り潰す。
やることなすこと掟破りの変人で、ブラックラインに寄りに寄ったグレーに居を構え、常人には理解できないであろうレベルのことを常人に強要させたりもする。
だけど、きちんと相応以上の報酬も払うし他人を無下にはしない。
根っからの反逆児で問題児だけど、質実剛健で優秀な博士なのだ。
稼ぎはかなり良いはずだけど、うちに還元することはほぼ無いに等しい。
そのお金は全部、その次の研究のために費やされることになるからだ。
正に科学者になるべくして成った男。ヤバさで言えば、あたしはあの人の足元にも及ばない。
その手の輩から恨みを買うなんてのはしょっちゅうで、みんなやりたい放題のバーゲンセールだった。
迷惑メールや無言電話は大量に届き、マスコミや記者には有ること無いこと書かれまくり、尾けられまくり。
家の窓に向かって石が投げ込まれたこともあったし、放火未遂だってされたことがある。
そういったことをされてもあの人は全く動じなかった。彼は彼のスタイルを貫いたままだった。
そこも全て織り込んで結婚したのか、ママも沈黙を貫きダッドに訴えるような行為はしなかった。
文句の一つさえこぼすような真似はしなかった。まるで全てを受け入れた理解者みたいに。
13 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 22:44:47.93 ID:tAFv2fL/0
正直、家庭をもった父親の振る舞いとしては下の下と言うべきなのだろう。
誰だって、世界一危険にさらされた一般人の家族〜なんて言われてギネスブックに載りたくはない。
だけどあたしはそこに魅力を感じた。
圧力でひょいひょい意見を変えたり、付和雷同する人間なんて信用できない。
そんな人物よりは、頑迷なくらい自分の主張を曲げない方が素敵に思えた。
たとえそれが反社会的だと非難されるべきものだとしても、あたしの目にはそう映ったのだ。
中学生から、あたし達は岩手の片田舎から出て、東京の高級マンションで暮らすことになった。
んーん、心残りなんてなかったよ。別に岩手県と死に別れるわけじゃないんだし、来ようと思えばいつでも空気を吸いに来れる距離だし。お土産は故郷のフレグランス一年分〜なんて。
というかここは、まだ見ぬ新天地に心を踊らせる場面だって。
冒険者が生まれ育った小さな町を抜け出して、新たな道を開拓するみたいに。新しい刺激ってクエストが待ち受けているんだよ?そんなの、楽しいに決まってる。
ずっと同じ場所に留まり続けていても、経験値は多く得られないのだから。
初見をたくさん観察していくことで、志希ちゃんはレベルアップするのである。
14 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 22:48:12.98 ID:tAFv2fL/0
地元の自治体さんたちからは怒られそうな発言だけど、故郷は本当に何もない場所だった。
岩手県の中でも、あたし達の住んでた場所は特に田舎だったらしいけど。
自然は豊かだったし、人工物で溢れ返った東都の街並みに慣れてくると郷里が恋しくなる気持ちも分からなくもない。
けど、やっぱり利便性って難しい。
岩手にあって東京にないものよりも、岩手になくて東京にあるものが多すぎる。
手に入らなかったものが揃うようになったお陰で、選択肢がより一層増えて人生が楽しくなった。
人をダメにするというか、もうこの暮らしになれたら田舎では暮らせない気がするよ。
暖房の温もりに包まれて、冷房の快適さに飼い慣らされて生きてたいよね〜。ふにゃ〜。
……小学校はつまんなかった。自由を縛ってばかりの箱庭だった。
あたしにとってレベルの低い授業しかしてくれなかったし、特段興味を惹かれる事柄もなかった。中座して教室をサヨナラ〜♪なんてわけにもいかないから、
仕方なく他の子とおんなじテキストを机に広げながら、頭の中で違う問題を解いてばっかいた。
面白くしてくれる人がいたら、何か変わったのかもしれないけど。
残念ながら、見当たらなかったな。
15 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 22:53:12.28 ID:tAFv2fL/0
『私もそれなりに長く教職を務めてきましたが、こんな小学生初めて見ました。男女の見境なく、クラスメイトに抱きついて匂いを嗅ぐなどと……。失礼ながらご家庭での教育に問題があるとしか思えないのですが。それとも発達障害ですか。特別学級のクラスに移動させますか?』
『一ノ瀬、兎も立派な学校の財産なんだ。それを頭に入れろ。二度と勝手に触るな。お前が今回不問に処されたのは、単にお前の年齢が未熟だったからに過ぎない。チッ……法律に保護された異端児めが』
『単独行動、単独行動、単独行動!なあ、郷に入っては郷に従え、って言葉を知ってるか?貴様のような団体行動が出来ない人間が、社会じゃ一番要らないんだよ。年長者に言われたことは全部YESと言って従えばいいんだよ。分かったか!?』
確かに、あたしにも責任がないかと問われたら、嘘になる。
渡されたプリントを速攻で解き終わり、余白で内職を始めたりする生徒は関心・意欲・態度の面から見たら不良と言わざるを得ないだろう。社会の一員として、一定の規律を守る義務があるのだろう。
けれど、あたしが受けた"洗礼"はそれに留まるものじゃなかった。
『流石、一ノ瀬さんは優秀ですね。皆も見習いなさい。この問題は、予習をちゃんとしていれば解ける程度でしかありませんよ』
『三枝ちゃん。志希さんは天才なんだから、私達が邪魔しちゃ駄目でしょ?貴女程度の人間が一緒に勉強しようだなんて烏滸がましい話だわ』
『あいつ、あれで人生楽しく過ごしてんのかね?与えられた才能、才能、才能よー。そんなんでイージーモードにクリアしてよー。それでずるいとか思わないのかね?』
『一ノ瀬、貴女カンニングしたでしょ!?授業中寝たりしている貴女が100点なんて絶対有り得ないから!私の答案用紙を見て間違ってる箇所だけ訂正したんでしょ、正直に言いなさい!!』
うん?どんな小学校生活だったかなんて、もう一つも鮮明に覚えてないよ。いちいち、飛び交う"雑音"を気にしないってゆー。
もしかしたら、楽しい思い出もたくさんあったのかもしれないけど。
……ゴメンね、思い出せないや。
16 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 22:57:28.59 ID:tAFv2fL/0
岩手では決して出会えなかった匂いがたくさんあって、ハスハスし放題。
自然の匂いもイイけど、やっぱり人の匂いには及ばない。
あ、いや物理でやったらいくらJCでも補導モノだからしてないよ?ちゃんと遠くからすんすんする程度ダヨ?節度は守る志希ちゃんなのだ。
……え?小学生の時にクラスメイトにやって怒られてただろって?
だって、あの時はそれが悪いことだって知らなかったんだもの。教えてくれなかったんだよ誰も。当たり前のことを、当たり前のことだって。まるでバートリ=エルジェーベトみたいにね。
仲良い人なら許してくれるんだろうけど、生憎とその頃のあたしにそんな存在は居なかった。
青い春とは無縁で、灰色と言うほど悲観的でもないけど、寂しい女の子だった。
一人の時間は好きだし、同時に必要なものとも思っているけど、ずっと一人が良いわけじゃない。素粒子はただそれ単体のみでは、なにも生み出せないしね。
17 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:00:53.77 ID:tAFv2fL/0
流石は都内の高級マンションだ。近場で店も揃っているし、今までの行程が馬鹿らしく思えてくるほど便利だった。と言っても、あたし達は基本的に出不精で、外出する用事は買い物に行くくらいなんだけどねー。
セキュリティも万全で、精々不幸の手紙が届くぐらいになった。
あ、ダッド宛のラブレターも届いてたよ。まったくスミに置けないにゃー。これは娘として見張らなきゃ、なんてこれっぽっちも思うことはない。浮気なんて二次熟語は彼からは縁遠いものだろう。
それはそれで問題な気がするけど、何で二人が結婚して愛し合ったのか分かんないくらいドライである。
「大人には色々ある」って使い古された定型文を返されてしまったけど、結局今でも分からず仕舞い。
あたしの興味は3分持たないけれど、恋愛感情が3分待たないで冷めてしまうかと聞かれたら流石にNoだ。興味のあることには、一日中だって一年中だって夢中になれる。させてくれる筈だ。
てかもし飽きちゃうような行為だったとしたら、薬で脳をトロットロに犯してから及ぶから問題ない。
……え?それはそれで大問題?逆に?
にゃふ〜。楽しいと思うんだけどなー。ムズカシーことを全部捨て去って、本能の赴くまま獣性に身を委ねて。快楽の海に溺れてびしょびしょになって、天にも昇るような気持ちでトリップできると思うのになー。
18 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:03:05.60 ID:tAFv2fL/0
中学校でもあたしは浮きっぱなしのアウェイガールだったけど、そこに一つの転機が訪れた。
いや、今思えば遅すぎたと言うべきだったのか。それまでには何の進展も無かったのだから。
兎も角中学一年のサマーバケーション、ダッドはあたしにこう告げた。
「志希、今度私はアメリカにいる『協力者たち』と実験を行うために現地へ飛ぶ予定なんだがお前もついて来ないか。お前にとっては初の海外旅行ともなるし、良い経験になるだろう」
「海外、実験!?おー、いいじゃん〜♪行く行く、連れてってー!」
あたしにとって初めての海外旅行。それも現代文明の最先端国家、アメリカに。断る理由がまるでない好条件。当然の如くあたしは心を躍らせていた。
高揚と緊張で夜も眠れず、交感神経が活発になってアドレナリンが出まくっていた。
飽くまで目的は観察、技術的にも足りないであろう自分はよくて補助を任される程度だろうけど、予習をしておくに越したことはない。ダッドの役にも立ちたかったから、あたしは様々な『予習』をしていた。我ながら、あたしらしくないことを。
────ただ一人、微妙な表情を浮かべていたママの理由を知らぬまま。
19 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:07:10.07 ID:tAFv2fL/0
あたしのファースト・トリップ。インザUSAー。観光目的ではないので、あたし達は脇目もふらずに件の研究施設とやらへと向かった。
精々、帰りの航空機の待ち時間に免税店で最低限のお土産を買うくらいだと思っていたので別に不満はなかった。寧ろ、頭の中が実験のことでいっぱいだったくらいだしね。
当たり前の話だが、当時の志希ちゃんはまだ科学者の卵であり、うら若きJCであり、即ちこーいう本格的な研究作業を目にしたことはなかったのだ。
書籍や映像の中でしか見たことのない、語られることのなかった領域。それを目にしたら、感じたら、そこからあたしという研究者が始まるのだと。ヴァルミーの戦いを目撃したゲーテのような感想を抱いていたのだった。
空港からほぼ最短ルートを通って着いたのはオレゴン州、ポートランド。北アメリカの中では比較的栄えていると言っていい都市の一つである。
ダッドの迷いのない足取りから、ここに来たのは1度や2度じゃないことが分かった。連絡の取れなかった日は何度も海外へ渡っていたのかもしれない。
20 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:12:01.31 ID:tAFv2fL/0
そして辿り着いたのは、如何にも研究所といった外観の真っ白な建造物。所見。ポリメタクリル酸エステル樹脂で塗装されたらしき、美しい科学研究所。まるで、どんな色にでも染められる聖処女の纏う純白のドレスみたいだと感想を抱いた。
輝かしい黄金色にも。凶乱めいた真っ赤な血の色にも。指一本でどんな化学反応でも起こせちゃう、危険物。
「わーお……中々大きいところじゃんー♪パパは普段からここで実験したり研究したりしてる感じ?」
「そうだ。と言っても、向こうが交通費を負担してくれる時でないと金銭面が厳しくてな。自らの意思で赴くというケースはあまりない」
……一応補足しておくが、本当にダッドは金銭面で困っているわけではない。ただ、割に合わないと思った依頼は容赦なく蹴ってるというだけ。つまりケーチー。
呆れるほどに合理主義で、寄り道ばっかの志希ちゃんとは正反対。
というわけだから、案内も最短ルートである。途中でいくつも気になる部屋を見つけたけど、散策は許可をとらないとキケンな扉を開いてしまいそうだったので大人しく後に続いた。
「……着いたぞ、ここだ」
……随分と本格的だ。そんな感想を抱いた。
そこに辿り着くまでに、いくつもの扉を通過してきた。
一部の部屋では最新式の指紋認証システムが導入されており、ステンレス鋼で出来た保管室まで完備されていた。
だが、ここは寧ろその真逆だ。常夜灯の微かな光源だけが照らす、仄暗く寂れている一室。その、誰も興味を抱かない部屋にある棚で隠された地下へと続く階段。
深淵に誘い込まれるかのように、あたし達は秘密の研究室へと足を踏み入れた。
21 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:18:13.56 ID:tAFv2fL/0
undefined
22 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:20:04.20 ID:tAFv2fL/0
蛍光グリーンに染まる暗がりの研究室。真っ先に鼻腔をくすぐったのはグリセリン。酢酸カリウムの匂いもほんのりと漂っている。
それから────人間の匂いも、する。でもちょっと変な感じだ。これは決して、健常な人間から発せられる臭いではない。
てっきり不衛生な研究者たちが集まっているのかと思ったのだけど、これは────
「アシュフォード、例のサンプルとやらはどれだ」
「やあイチノセ、後ろに連れているのは娘さんかい?キミに似てなくて可愛いね。これは将来大層な美人さんになるんじゃないか?ははっ。……実験動物(サンプル)はあそこで眠っている彼だよ。見て分かる通り既に生命活動は停止しているが、まだ五臓六腑は綺麗なものさ。品質としては最高級で申し分ないと自信があるね」
─────。ダッドに続いて、部屋に入ったあたしの視界に飛び込んできたもの。
中央に配置された白いベッド。そして、そこに居たのは……人間だった。
23 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:24:23.89 ID:tAFv2fL/0
白衣を纏った金髪の科学者の言葉通り、とうに動かなくなった死体である。
カエルの解剖はクラスメイトが周りでドン引くのも気にせず、喜んでホイホイと進めていった志希ちゃんだが、流石にいきなり人間の死体を見せられては身体が硬直する。
動揺を悟られないようどうにか抑えて、顔を上げて父を観察(み)る。
「ほう……流石はDr.ヘクセンタックの仕事だ。如何に身寄りのない死人とは言え、これを日本で用意するのは非常に骨が折れるところだった。世間話は必要ない。早速、実験に取り掛かるとしよう」
「おいおい、一応あの堅物な理想主義者を仲介したのはボクなんだぜ。……と言っても、キミは始まらないよね。うん、作業に入ろうか」
ダッドは澄ました顔で淡々と準備を整えていく。その一挙一動に淀みがなく、慣れていることを窺わせた。
……流石にあたしも馬鹿じゃない。この実験が、限りなく違法であることを認識していた。
これでもし、正義感に駆られて父を糾弾しようと決起したり、嫌悪感から拒絶反応を示したりするような真人間だったとしたら、何か変わったのだろうか。
けれど、そのあたしの心は冷えていく一方だった。さっきまであった嫌悪感がすっと抜けていく。慣れていく。どんな失敗も、リカバー可能な範囲で抑えて最終的には全て直してこれた。成功できなかったことなんて無い。
頭が、身体が、受け容れていく。この異様な光景に、脳が早くも"適応"しはじめたのだ。こうなるとあたしはもう止まらない。どんなことでもやりきってしまう。
24 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:26:36.25 ID:tAFv2fL/0
ダッドが必要なものを取りに奥の部屋へと消えた後、片割れの科学者は手を止め、そしてそのまま此方に向き直って、小さく頷いた。
「初めまして、Ms.イチノセ。ボクの名前はアシュフォードだ、宜しく。いきなりでびっくりしたかい?ふふ、でも絶対に他言は無しだ。ボクだけじゃなく、キミのお父さんも困ることになるからね」
「これ……なんの実験?」
それは、実験というより儀式と呼べそうな光景だった。
中央のベッドに寝かされている一人の人間。それを囲むように位置された無数の機材。投薬用の薬剤が陳列する棚の横には、見たこともない装置が物々しい雰囲気を放っていた。
今ここで、正に魔女裁判が行われていると説明された方がまだ信じられるくらいに。
「……フム?キミも科学者志望だというのに、彼から教えてもらってないのかい?まあそれもそれでイチノセらしいっちゃらしいのかもしれないね。なら、さぞ驚いただろう。びっくりさせてごめんね」
アシュフォードと名乗った男は、少し軽薄な様子でペラペラと喋り出した。どうやら、アメリカンジョーク交じりの回りくどい言い回しをもった饒舌家らしい。
黙々と器具を並べ立てるダッドを横目に、随分とあたしに情報を話してくれた。
25 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:29:04.68 ID:tAFv2fL/0
『完璧な人間』という命題がある。全知全能、神の領域にまで踏み込んだ人間の到達点。
────通説から言って、完璧な人間など存在しない。これは何も、無人島生活を一人でこなせるかなどと言う生易しい話ではなく、人間の不完全性を完全になくすことが出来るかという仮定においてである。その場合どう頑張ったところで、必ずそこに限界が生じる。よって、完璧とは言い難いのだ。
或いは遺伝学的な観点から見れば、どんなヒトゲノムにも個人差があれ、最低1以上の欠陥が生じているらしい。
その意味で捉えても、絶対的な完全性を見出だすことは不可能であろう。
だが、現存していないというだけで造ることが出来ないとは誰にも証明されてはいない。
"ヘンペルのカラス"みたいに、今現在完璧な人間が確認できないからといって世界中のどこにも完璧な人間が居ないという証明にはならないし、これから白いカラスが誕生しないとも限らない。何より、そんな極上の命題を学者たちが放っておけるはずもないのである。
26 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:32:18.28 ID:tAFv2fL/0
この問題に、至極真面目に取り組んでいる一人がダッドだった。『完璧な人間を作るための実験』。それを、彼の人生全てを費やして完成させるべき至上命題と打った。
アシュフォード自身も、そんなダッドに同調して研究に協力を申し出たらしい。その為には手段を選ばず、時折死刑執行を間近に控えた囚人や孤独死した哀れな人間を使って、人体実験を繰り返してきたのだと。"材料"の斡旋に必要な環境も整えているのだと。
まったく悪びれる様子もなく、白人の科学者は言う。
「もし生きている人間で試して問題が発生してしまったら、責任問題が生じて研究が続行できなくなるからね。もう土の肥やしにしかならない死人を再利用しているんだ。寧ろ、感謝されるべきじゃないか?だって、どれだけ綺麗な言葉を並べ立てたとしてもボクらのご先祖様たちだって、死んだ人間を解剖してその中身を改めたからこそ、ボク達は人体の知識に肖ることが出来ているんだし。"Fair is foul, foul is fair"って言うだろう?」
「……ふぅん」
全く、科学者というやつはどいつもこいつも。他人のことを言える義理はないけど、確実にこれだけは言える。
この目の前の科学者たちはあたしよりトンでる。倫理をかなぐり捨てて、常識を投げ捨ててる。まるで映画に出てくるようなマッドサイエンティストだ。
そして、あたしも興味を持った。晴れてあたしもマッドの仲間入り。
父親が研究しているものを娘が追うのは至極当然の流れだから?
若しくはそれが人類存亡の至上命題に対する、絶対的な解に成りうるかもしれないから?
いいや、違う。そんなのは建前に過ぎない。"だって、キョーミを惹かれるから"。理由はたったそれだけで十分だった。
27 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:35:29.50 ID:tAFv2fL/0
誤字訂正です……
中身を 改める → 検める ですね
28 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:39:12.46 ID:tAFv2fL/0
────端的に言ってしまえば。ダッドは、典型的な極右主義者だった。
デモなどに参加することは一切なかったし、自らの主義主張を演説に盛り込むこともなかった公私混同に厳格な父だが、娘であるあたしは知っている。小学生の頃はよく理解できていなかったが、今ならはっきりとその意味が分かる。何度も聞かせてきた彼の口癖のような言葉を。
「……志希、今の日本は敗け犬だ。先の大戦にて、敗戦国となったあの瞬間から我々日本国民は虐げられ、徹底的に牙を抜かれ、嘲られ……その悲惨な結末がこれだ」
普段は冷たい人間なのに、そのことを語るときだけは妙に熱かったのを憶えている。
いつも眼鏡の奥に常に検算をしているような沈んだ瞳を宿し、喜怒哀楽の感情が欠けた感情の起伏が薄い父にしては珍しい行動だった。
……今思えば、あれが彼の根底、行動基盤なのだと何よりも言外に語っていたのだろう。
「政府中枢は欧米諸国に毒され、最早腐敗しきっていて信用に値しない。必要な研究費用さえ用意せず、また研究の必要性すら理解できない。結果として私は、外国の研究施設を借りてずっと牙を研ぎ続けてきたわけだ。耐え難い屈辱と嘲弄にその身を焼かれながらな」
「……」
誰よりも日本のことを愛している男が、日本の研究所で働かない理由が正にそれだった。
或いは、彼が愛していたのは現在ではなく過去の日本なのかもしれない。
それゆえに、その慟哭と絶望は深いものだったのなら。
その決意は、きっと何物にも変えることなどできないくらい固いだろう。
29 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:42:57.09 ID:tAFv2fL/0
ダッドは尚も、熱を帯びた腕を握りしめて語り続けた。
「私は……私は私の研究で以て再び日本の栄光を取り戻す。暴力などといった低俗な手段を用いずに、その完全性と特異性で制圧してみせる。……尤も、私は無血開城という幻想は抱かない。現在の世の中のシステムでは、どう足掻いたところで争いは避けられない運命にある。必要最小限度の"犠牲"が出ることは承知の上だ。ああそうだ、それを暴虐だと、悪徳だと詰るのなら大いに構わない。どれだけ綺麗事を並べ立てようが、踏み出さなければ何も変わらない。革命(か)えられない。私は『完璧な人間』を造る。この復讐の第一歩としてな」
────そう、思い出した。彼の原点が何であったかを。
その男を学者たらしめている、根源的な部分を。
30 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:46:11.92 ID:tAFv2fL/0
「……。『完璧な人間』、ねぇ……」
勿論あたしは知っている。否、今の世界では誰もが大体のことを調べようと思えば調べられるのだ。
それなのに、自らの無知を晒すだけの民衆は一体何だと言うのか。ただ膨大な量の情報の山に怠けているだけ。ただ誰かが仕掛けた悪意の罠に引っ掛かってしまっただけ。
今や日本国民の大半が所持し、社会生活でも必須になりつつある手のひらサイズの最新デバイスは、持ち主の大半がそのスペックを活かしきれずに宝の持ち腐れになっている。
ハル=ノートも。東京裁判も。GHQの打ち出したWGIPも工作も、全部調べて知識として理解している。
それを踏まえた上で、あたしは中立である。無所属、Maverickってヤツだ。
もし今より良い環境が用意されていると言われたら、あたしはそれに飛び付くだろう。景気が悪くなり、日本経済が回らなくなったと判断すればすぐに日本から出ていくだろう。
その程度だ。祖国であり、愛国心もあるけど強い執着まではない。
ナチスの台頭は第一次世界大戦の"やり過ぎ"な講和条約だったヴェルサイユ条約の所為だとか、太平洋戦争はABCDラインの包囲と、実質的な最後通諜であったハル=ノートによって迫られた戦争だったとか、そもそもアメリカ合衆国の現政府は、原住民であるインディアンに賠償し相応の責任を果たすべきだとか。
全部全部、どっちもどっち。なるほど今日のあたしはAが悪いと思った。でも明日のあたしはBが悪いと思うかもしれない。お涙頂戴満載のベストセラーなノンフィクション小説とか、プロパガンダにも似たような映画を見たり聞いたり読んだりしたら、ひょいひょいと意見を変えてしまうのだろう。
それくらいでしかない。明日は明日の風が吹く。明日はあたしの風が吹く。
だってそもそも、人間ってそういう生き物だ。自由な生き物だ。
お偉いさん方が作った憲法なんぞに保障されなくとも、我々は自由なんだ。
31 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:50:28.26 ID:tAFv2fL/0
『勝てば官軍。負ければ賊軍。その当然の帰結に何の疑問も抱かない。戦わなければ生き残れない。強くなければ生き延びられない。弱ければ殺されて死ぬ。知恵を絞っても死ぬときは死ぬ。覆すことのできない壁が存在する』
『弱い者は強い者に捕食され、それを更に強い者が食らう。しかし一定数以上増えた強い者は餌が少なくなって、段々とその数を減らしていく。その繰り返しの中で。そんな生物としては当たり前の矜持を、人類は捨ててしまった』
『誰もが平和に生きて、誰もが平和に暮らそうと安寧を求めた結果、自浄作用は意味を失い本来有り得ない数の人類が生み出され共存し、有限の資源を食い潰し始めた。そうして必要なかった筈の地球問題を解決する必要に迫られている』
ダッドの掲げる理想。人類史上二度目の"冷たい戦争"。『完璧な人間』を利用した未曾有の経済テロ。未来の繁栄を見据え、人類を正しい在り様に回帰させる革命。
それらは全て、彼が今の人類に絶望したがゆえに弾き出した結論だ。
32 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:53:21.72 ID:tAFv2fL/0
しかし地球上で、おおよそ人類ほど文明を発展させた種族はいない。
単純にその点を挙げるならば、人類は確かに他種族より優越した存在なのだから、下等生物たちの生殺与奪権を握ることに何の疑問も生じないし。傲慢だけどちゃんとルールには則っている。いや、それにしても。
つまり、あたしはこう言いたいのだ。
「あたしはこんな人間が、そんなだから大好きなんだ。愚かで蒙昧で不完全で不確定で、醜く矮小な人間をあたしは愛している。それなのに、あたし達は自分を自分で"測りきれない"んだから!人間は本当に凄いと思っている!可能性に満ち溢れている!未知数だ!」
全然興味が尽きない。無限のように沸いてくる。人間のことをもっともっと知りたい。
幾らでも知識を増やしても、まるで知った気になれない。足りない。だって変わり続ける。既知に変わった未知がまた未知になる。一を識って二を知れないでいる。いつまでも、いつまでも永久に。
そんな人間のことがいつでも大好きで、大好きだった。
……ああ、漸く答えがまとまった。
そこで口に出さなかったら、きっと何も変わらないままだったのだろう。だけど確かに口にしたんだ。そして───運命の歯車は廻り始めた。
33 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/20(火) 23:56:47.81 ID:tAFv2fL/0
「……ねぇパパ。『完璧な人間』って、何をもって完璧とするの?」
それは、核心に最も近い問い掛けだっただろう。
機械的な作業をしていた腕は止まり、振り向いたダッドの顔には僅かに機械ではない、感情の色が宿っていた。
「お前にしては随分と短絡的な質問だな。客観的、数値的に見て全てを満たすモノを即ち完璧と云う。それ以外の解など存在しない」
「んにゃ。そんな揚げ足取り的なことは聞いてない。"パパにとっての完璧"は何なのか、聞きたいだけー」
僅かながら、止まっていた腕をダッドは動かし始める。淀みなく、機械仕掛けのように話しながらも作業は滞らない。
「それは決まっている。感情の全消去だ。文明を発展させる要素は、本能と理性、知性と実力で満たされている。感情という不確定で曖昧な物は、人間を狂わせる原因でしかない」
「……人間から感情を取り上げたら、きっと人間が人間である意味を失ってしまうよ。人間であるからの感情であり、感情あっての人間だ。あたしはそう思う」
「ふむ……確かに、感情を人間以外が活かしているとは言いにくい。感情という概念がヒト固有のモノであることは間違いないだろう。だが同時に感情というものは大きな枷だ。より上へと至る進化の妨げだ。感情をもっている限り、人間は完璧というステージには上がれない」
「本当に?本当に、そうかな」
「何……?」
今度こそ、一人の研究者は完全に手を止めて此方へ向き直っていた。その後に続く言葉を待つために。興味を惹かれたがゆえに。
「少なくとも、あたしはそんな存在を完璧な人間とは認められない。だってそんなの、切り捨てちゃっただけでしょ。徒労を。浪費を。そんな救いのない結末で誰が喜ぶのさ。完璧な人間ってゆーのは、葛藤も、幸福も、喪失も、虚無さえも内包したモノでなくてはならないってね」
34 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/21(水) 00:00:01.30 ID:H4su2aHu0
それは衝撃だったのか。ダッドの思考エレベーターがフリーズする。
数秒の沈黙を置いて、稼働が再開される。そして仮借なき眼差しで検めるように愛娘の総身を見渡し、厳かに頷いた。
「成る程、成る程。つまりお前は私を否定するのだな、志希。私の理論では完璧な人間を造ることは出来ないと。お前の考えは、私とは全く異なるものだと言うのか」
「そうなるね。別におかしくはないじゃん?だってほら、まだ未完成な研究なんだしー。色んなアプローチがあって、然るべきでしょ?」
あまりに大胆不敵なる宣告に、アシュフォードは傍観せざるを得なかった。
他の誰が入れる訳もない、一対一。
これが頭の固い、学者同士であったら多分不毛な争いにまで発展していたのだろう。だがそうはならない。これは天才と天才による、正解のない親子喧嘩だ。一番近しい存在が、同じ志を抱いている者が、異なる結論を出したことによる対立問答だ。
「これは面白い。まさか己が娘に対立意見を吹っ掛けられるとは。……だが志希、今のお前では素人目も同然だ。実際がどうであれ、学会では意見を出す資格すら得られないのが現状。お前のその考えを世界に通用させたいと思うのであれば、お前はまず科学者というステージに立たなければならない」
「うん、じゃあそうしよう。井の中の蛙、大海を知らず……なんて言うしねー。そうと決まればほら、ささっと今日の実験に取り掛かろうよ♪ダッドのアプローチにも勿論興味があるからさ〜」
……こうして。道は分かたれた。ただ殉じていただけの憧憬は今、確かな形を得て現実と成った。
もうその背中を眺めることはない。
手のひらの蝶は胸の中の蟠りを脱ぎ捨て、自由なる大空へ羽ばたき始めた。
35 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/21(水) 00:02:54.40 ID:H4su2aHu0
ダッドの匂いを表すなら、C6H4Cl2。パラジクロロベンゼン。劇物なんだけど、苛烈性はどこか欠けていて致命的じゃない。
……今にして思えば、彼とて昔は純粋な人間だったのかもしれないと思う。間違っても、彼はサイコパスなどと呼んでいい類いの人間ではない。
歴とした一人の科学者なのだ。ただ、大衆から乖離しているというだけで。
『志希。写真を撮るから笑って見せろ。口角が上がっていた方がヒトの認識では良く映る。科学的根拠もある』
『はいはーい♪にこっ。こんな感じー?』
『ふむ。実によく映えている。あまり黄金比過ぎるのも、却って不気味の谷に近づく恐れがあるからな』
『ブキミノタニ?なにそれ面白そー♪ねえパパ、あとで教えてー』
───。思えば、あたしがまだギフテッドの片鱗を見せる前。あの人は優しかった。きっと変えてしまった原因は、この志希ちゃんにある。
あたしが"科学者"にならなかったら、彼が踏み出すことも無かったのかもしれない。
だからと言って、あたしが悪いわけでもないし。何を言っても始まらないのだが。
36 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/21(水) 00:06:59.19 ID:H4su2aHu0
その日の夜。ホテルの部屋に戻ると一番に、ママが話を切り出してきた。大事な話だと、張り詰めた様子で心痛の表情を浮かべながら。
「志希。あの人のことを……どうか嫌いにならないであげて。あの人を理解してあげられるのは……貴女だけだから」
「……。ママは、どうして」
どうしてパパと結婚したのか。どうして彼に同調できたのか。どうして……そんな瞳で見つめてくるのか。複雑に絡み合った問いかけ。しかし、誰よりも尋ねられた本人が一番不思議そうな顔をしていた。
自嘲とも諦観ともとれる口調でママは答える。
「……さあね。彼の理想が、具体的に世界にどんな影響を及ぼすのかなんて分からないし、私なんかがその仕組みを理解できる筈もないわ。……でもね。あの人……ずっと独りだったの。肉親にすら理解を得られずに、他人からは疎まれ、蔑まれ、否定され……それでも、彼は自分だけの理想を追い求め続けた。私はそんなあの人の、手伝いをしてあげたかった……のでしょう」
37 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/21(水) 00:10:05.95 ID:H4su2aHu0
────曰く。お互い、親に強要され不本意だったお見合いの場で。その男はとある理想を語ったらしい。
周囲には煩わしいお見合いを早く終わらせようと、わざと嫌われるためにあのような稚拙なことを口にしたのだと受け取られていた。
しかし、その話を一人真面目に聞いていた女には分かった。その言葉が真に彼の本心を述べたものなのだと。
短くも込められた想いの強さに、胸を打たれて。その概要は理解らなくても、それだけは判った。それが、嬉しかった。
それまでの人生で女は曖昧な人生を送ってきた。
親に言われるがままに潰しのきく大学を出て、憧れもない一流企業の事務職に就き、ひたすらに家事スキルを磨き、ただ年を積み重ねた。
漠然とした将来設計に沿って、ただその生命を浪費してきた。
結婚願望も育児願望もあったが、性行為には然したる興味はなく、身を焦がすような恋愛メロドラマにも憧れず、"一緒に居て楽しいと思える人"と過ごしたいと願っていただけだった。
……それは、確かに幼稚な演説だった。
票を稼ぐために政治家が甘い言葉で謳う守れもしないマニフェストでもなく、小学生たちが各々自由にプリントに記入した将来の夢のような。
失笑と溜息が周りから上がった。業を煮やした女の両親は席を立ち上がろうとして。
その言葉を、聴いた。
「……貴方の理想(ゆめ)が見たい。貴方についていきたい。どうか私に、同じ道を歩かせて下さい。……ずっと、お側で」
38 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/21(水) 00:14:09.39 ID:H4su2aHu0
「どんなに頑張っても、私では辿り着けない。私はあの人の後ろをついていくことで精一杯。それが限界。だけど貴女は違う。志希なら……貴女なら、あの人の隣に立てる。貴女は……私の『希望』なのよ、志希」
「希望……」
───そこで気付いてしまった。結局、ママもあたしのことを見ていないのだと。
愛娘としてではなく、ダッドの理想のための副次的な価値として見られていると。……哀しかった。ただただ、空しかった。
あたしのことを、付属物なしで見てくれる人なんてこの世界の何処にもいないという事実が。より一層、あたしを孤独と寂寞感に奔らせた。……のかもしれない。
『希望を志す』で、志希ってゆー。希望、希う望み。
希望とはなにか?パンドラの匣を開けて、最後に残ったもの。それが、希望だ。
……正直、あたしにはよく分からなかった。
39 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/21(水) 00:17:05.58 ID:H4su2aHu0
それから志希ちゃんは、『科学者』になるために積み上げ続けた。
中毒性が極めて薄い、新型麻酔薬の開発及び配合に関する論文。
メンタルヘルス障害の治療に応用できる、躁鬱両対応用の香水の開発。
あとは……ダッドやアシュフォードさんの手伝いで薬品を少々……。
にゃはは、確か合法的な成分しか使ってないので言ってもいいんだけど、これはヒミツ。守秘義務があるからね。どこのお偉いさんの依頼だとか、口が裂けてもお教えできない。
惚れ薬の研究してたのもこの頃だったよーな。
兎に角色んなことに手を伸ばした。あたし自身、一度に詰め込むよりも同時多角的に進める方が向いているというのもあるしね。
何回か授賞式で受賞した気もするし、学会にダッドの付き添いとして参加したこともあった。ナントカ教授って有名な人と会合したこともあった気がする。
月並みでも、一部の州で名前が残るくらいは活躍してたね。
繰り返すけど、ダッドはやっぱりケチなのである。だから、自分の関わる研究にしかお金を出してくれない。
あたし自ら吹っ掛けてしまったのもあるし、まあ仕様がない。なので金策の為の研究もそれなりにした。流石にトッキョは悠長すぎるので取ってないけど。
40 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/21(水) 00:20:04.80 ID:H4su2aHu0
十四の誕生日を迎える頃。Happy Birthdayだとか、ケーキを予約しただとか、そんなふつーのプレゼントは贈られなかった。
代わりに、与えられたのは一枚の招待券(チケット)。
「志希。この間の論文で、お前の飛び級編入が認められることになった。ハーバードには些か劣る大学だが、日本の大学とは比べるべくもない。お前にとっては"いい薬"にもなるだろう」
含みのある言い方ながら、冷たい鉄の響きでダッドが手渡してくる。
その用紙にあたしはさっと目を通して。即断即決で返答した。
「飛び級……飛び級ねー。うん、分かった。受ける。だってその分、早くダッドに追い付けるんでしょ?だったら見過ごす手はないよね」
そしてあたしはそのチケットを手に取った。行く権利があった、なら進むべきだろう。
中学の学生生活なんて、きっと続けても変化はなく飽きるだけだと知っていた。ショートカットすることに躊躇いなんてない。どうせすぐに補えるのだから。
41 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/21(水) 00:24:24.85 ID:H4su2aHu0
大学では高度なケミカルや、バイオロジカルなんかを学べた。
常に進化を。基礎を磐石に。始めに定礎を。未知をその手に。幾度となく続けられた実験の日々は、"科学者"一ノ瀬志希を構築していった。
結局のところ。大学で学ぶことが重要だったんじゃなく、単により多くのものに触れる機会と時間が必要だっただけなのかもしれない。
そういった意味では、日本で勉強するのも、海外で勉強するのも何ら変わらない。
……今では、そう思わなくもない。
あれから3年経って。勉強に疲れ、研究に疲れ、思案に疲れ。ふと、空を仰ぎ見た拍子に……あたしはある結論に至った。
───ああ、これじゃ駄目だ。だって、結末(カタチ)が見えてしまったから。
このまま行けば、あたしはダッドと同じように立派な科学者になれるだろう。
凡百を切り捨て、特別を慈しみ、合理を極めて、でも、それじゃ駄目なんだ。ダッドと同じじゃ意味がないんだ。
一流の大学で学んで、研究者たちと実験を共にして。それは科学者になる為の十分条件であって必要条件じゃない。この道の終末(オワリ)の景色は見えている。
なら、どうすればいい?そんなの簡単だ。それは────
42 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/21(水) 00:28:51.69 ID:H4su2aHu0
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43 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/21(水) 00:31:57.57 ID:H4su2aHu0
「……流石の私も、疑問以外の解答が浮かばない。何故、ここに来て手放した?あと一年、大学院なら更に数年お前は学ぶことが出来た。学者としての地盤にもなっただろう。逆に言えば、途中で退いた時点で評価は得られまい。教えろ志希。お前は一体、何になろうとしている?」
ダッドは若干苛々していて、一束の書類をあたしに提示しながら語気鋭く迫ってきた。
無理もない。そこに書かれている内容はあたしも知ってる内容。詰まる所、あたしが某大学を中退したという証明の文書のことである。
天才奇才が集まる場所ゆえに、それ自体がダッドの経歴に傷をつけるものではないが、泥を塗ったという指摘はごもっともであろう。だから当然、反論も用意してあった。
「んー……?そうだね、強いて言うなら科学者だよ」
「空事を。飽き性が祟ったのではないだろうな」
ふーむ。おおよそ実の娘に向ける物とは思えない程、鋭利な眼光。どうやらダッドは、あたしがふざけてると思ってるらしい。
それは困る。あたしは根っこはフマジメだが、いつでも戯れてるわけじゃない。
だからあたしは説明した。相似していて折り合わない親ガエルに。
「極点への到達法が唯一無二である、なんて誰も決められない。郷に入っては郷に従え。資格や身分が必要ならばそれは揃えよう。けど、そのプロセスまでは縛られたものじゃないでしょ?」
尚も嘯く小さな科学者に、何か感じ取るものがあったのか。はたまたそれは、失望の末の産物だったのか。
アーティフィシャルな歯車みたいに機械質な靴音を立て背を向けて、これから日本に帰国するという実の娘にダッドは簡素な別れを告げた。
「……そうか。好きにしろ」
44 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/21(水) 00:33:15.65 ID:H4su2aHu0
……そうして少女は旅立った。自らの生まれ育った地、日本に。
資金面に問題はなかった。少なくとも、大学に通っていた間にした研究の成果として一生を過ごしきれるくらいの財産は持っていた。
日本じゃなきゃいけなかったのかと問われたら、それはきっとNoだ。それでも、日本にやり残したことがあったような気がしたから戻ってきた。
そしてその判断が、あたしの人生を大きく変えることへ繋がるとはまだ誰も、知らない。否。誰にも、知り得ない。
45 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/21(水) 00:36:50.91 ID:H4su2aHu0
特別見慣れたわけでもない都会の街並みを、ふらふらと宛てもなく彷徨う。
宛てはこれから探すモノ。帰国して早々、編入した高校でアタリを引いた志希ちゃんは、特別に化学室の鍵をゲットすることが出来まして、大変満足なのでした。ちゃんちゃん。
……なんてね。楽しいのは間違いないけど、満たされているとは言い難い。
刺激物を求めるのは、人間の本能だ。辛いなら火傷するぐらいとことん辛く。甘いなら骨髄を溶かしつくすほど何処までも甘く。スパイスのないカレーなんてただのカレーだ。
誰にでも作れる。なら、別のカレーを探したくなるだろう。
「はー……タイクツ。もっとこう非日常的なことよ、あたしの目の前で起きろー!っていっつも思ってるんだけど中々遭遇しないもんだにゃ〜」
工事中の鉄骨が崩れてガッチャーン。脳漿をぶちまけたJKの惨死体ー。
ダンディでヤングな石油王から突然愛の告白が。一目惚れの恋心、プライスレス。
目の前に隕石が突然落下!それを手にした志希ちゃんは謎の組織と地上戦を繰り広げることに!
やったねとっても理想でハッピーなエンジョイライフー。……etc、etc。
そんなお話は中々現実には廻ってこない。ケミカルJKは喜劇作家の夢を見ない。世界は平凡に満ち溢れている。平和、と言えば聞こえが良いが本当に平和かと問われたら答えに詰まる。
偽りの平和とまでは言わないけれど、目に見える場所だけの安穏とか嵐の前の静けさとかそういった類いだ。
息が詰まるような膠着状態の心理戦を、いつまでもいつまでも展開している。場末の出版社に連載してる、露骨な先延ばし漫画のように。
心が安息できるわけでもないのに、ハラハラの一つもない中途半端などっち付かずを続けている。不完全燃焼にも程がある。つまらないが過ぎる。
46 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/21(水) 00:43:53.87 ID:H4su2aHu0
「でもまぁ、やっぱり日本の匂いは落ち着く〜……。これがノスタルジーってやつ?うんうん、取り敢えずここら辺の香りを採取して試験管に詰め詰めして
色々アレコレしちゃうのも悪くないかなー」
予定は未定、居所は不定。善は急げ。急がば回れ。夢遊病患者のように法則も意味もなく歩いて、
起きるかもしれないエマージェンシーコールを待ち続けて数十分。Oh,ついに発見。
最初に反応を示したのは聴覚。それから視覚。遅れて嗅覚。五感をフル稼働。
少なくとも、あたしにとっては見慣れない光景がそこには広がっていた。
「はーい、じゃあカメラ回しますね。3、2、1、キュー」
思いっきり街の中といった歩道に、十数人の集団がところ狭しと広がって歩いていた。
真っ先に目を引くのは大きなカメラ。それにマイク。堅苦しいニュース番組って感じじゃない。ドラマかなんかの撮影か。
取り敢えず……思い立ったら一人背水の陣で特攻隊ってゆー。
47 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/21(水) 00:48:54.06 ID:H4su2aHu0
「おっ、何々?面白そうなことやってるじゃん♪にゃっふーカメラ回ってる〜?マイク入ってる〜?ワレワレハ地球人デアルー!この星を滅ぼしに生まれたのであーるー!」
「おぁっ、あっ!?」
不意に体と体が触れ合うまでに身を寄せてきた少女に、慌てた一人のカメラマンがバランスを崩してそのまま転倒した。ヒューマンエラー発生。これはひょっとすると、刺激が強すぎたヤツかもしれない。
それを起点として辺りが騒がしくなり、現場に混乱の渦が広がる。
「えっなっ!?カ、カメラストップ!」
闖入者に対して一斉に怪訝な目を向ける一同。敵意と言うよりは困惑の方が大きい。
撮影班とは明らかに色の異なる少女もまた、怪訝な視線を投げかけるばかりだ。対応に困っているのが目に見えて分かる。
……それにしても、対応が遅い。同じ事を向こうでもやったが、あちらのメディアはとても素早い対処だった。
欠伸をして、このまま何もなかったかのようにお家まで帰ってガレージで新たな開発でもしようかと思った矢先。
「あー、こら。駄目だよ撮影中に勝手に立ち入っちゃ。特にバリケードとかで仕切られてるわけじゃないけど、一応これでもロケ撮影の最中なんだ」
志希ちゃんを呼ぶ男の声を聞いて、その場に縫い止められた。
48 :
◆0PxB4V7kSI
[sage saga]:2018/02/21(水) 00:52:00.24 ID:H4su2aHu0
出てきたのは成人男性の平均くらいの身長の、黒いスーツ姿の男性。匂いからして25歳くらい。至ってフツーの容姿。けれど、その他大勢とは明らかに違っていた。
「キミがここの責任者?ふーん……くんくん……。おっ、イイ匂いだね!健常的でありつつ、適度にむさ苦しくない良い汗の匂いと……これは薄荷、かな?心地よい匂いを漂わせつつ、なるべく目立たないように抑えられてる感じのコロンだ」
「……聞いてないな。君、こういうことをすると場合によっては威力業務妨害で警察につき出される可能性もあるんだからな。俺らは道路使用許可も取ってないし、無闇に争うつもりもないけど面倒事に巻き込まれるのは嫌だろう?だから、今後は気をつけてくれよ」
何だか不服そーな顔をしていた帽子の人とかも、彼の決定に黙々と従っていた。エラそうにはしてないけど、エラい人だったのか。周りから色んな視線が注がれるけど、気にせずに観察を続行する。
「ふむふむ……。ねえ。キミ、何をやってる人なの?
ギョーカイ人なんでしょ?マネージャーとか?」
「ま、遠からずだな。一応、アイドルのプロデューサーをしている者だ。君ももしアイドルに興味があったら、オーディションとかに来てくれれば……」
「へぇ。アイドル……か。うん、じゃあ今度行くからよろしくね〜」
「即答!?な、ちょ、おい……!」
丁寧に両手で差し出された名刺をじっくり眺めた後、それをポケットに仕舞う片手間で返答する。逡巡の必要はない。何故なら、
「だってアイドルって楽しいものなんでしょ?キミを観てれば分かるよ。今この時が何より幸せ、って顔してる。それにキミからはイイ匂いがする!うんうん、人事担当者の千の美辞麗句よりも説得力がある根拠だよ〜♪」
「……」
半ば呆れた様子で、肩を落としたスーツの男性が息を吐いた。それは否定や拒絶と言うには柔らかすぎる、有り体に言えば苦笑というやつだった。
つまりそれは、受け入れたということ。
帰国して早々見つけた興味深い観察対象に、あたしは挨拶がわりに悪戯っぽく笑ってみせた。
「それじゃこれから宜しくね、"プロデューサー"?」
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