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187 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:34:13.32 ID:CaJ2VfCb0
「……何もないですよ」
「何もって、その何もとはって話になっちゃうけど」
「やめてください」
「まあ、二人だけのヒミツってことね」
「いや本当に何もないですって」
「……ふうん」と伯母さんは茶化したように笑う。
「怪しいですよね」
「ねー」
「でも素直に照れるなんて先輩も案外かわいいとこありますよね」
「わかるわかる」
……。
もう聞く耳を持たないことにした。
188 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:34:51.00 ID:CaJ2VfCb0
俺がいくら訊いても答えないとわかってからも二人の会話は尽きなかった。
話題が急にあちこちに飛ぶ人たちだから半分くらい聞き流していたけれど、
今からする劇の脚本がオリジナルであることだとか、衣装や小道具作りにかなり凝ったということを言っていた。
なんでも、その方がポイントが高いんだと。許可を取るのがすんなりいってよかった、とも言っていた。
「あ、始まるみたいですよ」
と零華が声を上げるとすぐにアナウンスがなされ、追ってブザーが鳴る。
「そうそう。みーくん。これお願いできる?」
伯母さんから手渡されたのはお高そうなカメラ。
「旦那が撮ってこいってうるさくってさあ」
ということらしい。
「まあ、みーくんが奈雨を見るのに集中したかったら切っていいからね」
「はあ」
「うちの娘をかわいく撮ってね」とこそっと耳元で囁かれた言葉に、「わたしもほしいです!」と零華が耳ざとく反応した。
189 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:36:52.72 ID:CaJ2VfCb0
【文化祭 1ー6】
水を打ったような静けさの中で、舞台の幕が上がる。
ナレーションが終わると同時に、奈雨の演じる少女──「わたし」が舞台上にやってくる。
緊張をほぐすためなのか、もう演技が始まっているのか、奈雨は衣装の胸のリボンを軽く摘まんで息を吐き、客席に向けて儚げに微笑する。
目を閉じ、開き、左右に首を巡らせる。
その視線が、一瞬だけこちらに向けられたように思えた。
物語は「わたし」のモノローグを中心に展開していく。
陽の射さない部屋。少しばかり広い屋敷の、以前まで使用人が住んでいた一室に「わたし」は居る。
家族は「わたし」のことを腫れ物のように扱っていた。
母と父は彼女を壁一枚隔てたような、他人行儀な振る舞い方をし、たった一人の姉は彼女と関わること自体を避けているようだった。
190 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:37:51.13 ID:CaJ2VfCb0
前まではこうではなかったんです、と「わたし」は言う。
そして顔を俯かせ、消え入りそうな声で、
「それがどうしてなのかも、何一つわからないんです」
彼女は自分を責めた。そうされた理由がわからなくとも、どこか自分に悪いところがあるのだと思って。
食事の際には、彼女の姿が見えるとすぐにそれまでの談笑が止み、部屋をあとにするとまた楽しげな声が耳に届く。
休日になると家族は彼女を置いてどこかへ出かけていく。彼女は屋敷で一人過ごす。
唯一話をしてくれていた人もここから居なくなってしまった。あまり大きいとは言えない部屋には無機質な家具のみが残っている。
長期的にそんな状態が続けば、家族の一挙一動に対して恐怖に似た感情を抱くことになる。
食事も外出も何もかもを一人でするようになる。頼れる誰かなどいないのだから。
家族に笑っていて欲しい、というのは建前で、本心ではただ辛いだけだった。でも、そうすることが最善だと思わざるを得なかった。
毎日夜が更けてくると、「わたし」は椅子に浅く座り、手に持った人形にその日あったことを詳らかに話す。
191 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:39:33.03 ID:CaJ2VfCb0
「こんなことに意味なんてないのかもしれないです。──けれど、こうしていないと怖くてたまらなくなるんです」
「忘れたいことばかりでも、わたしは忘れたくはないんです。何の面白みのないようなことでも、それは変わりません」
「あなたがいたときのこと、わたしはもう覚えていません。楽しかった、という朧気な印象しか残っていません」
「だから──そういうふうになってしまうなら、何もないことよりは、何かがあった方が少しでも救われるんじゃないかって考えてしまうんです」
だって、そうじゃないと……と「わたし」は人形を強く抱きしめる。
「ほんとうに何もないのなら、……ずっと、目を閉じ、眠っていた方がいいでしょう」
「でも、そんな単純なことではないんです。それは、わたしだってわかっています」
「楽しいことだって、わたしが見つけていないだけであるのかもしれません」
「……ただ、『ある』を指し示す何かすらないのなら、わたしは……わたしなんて──」
わたしなんて──。
これ以上言ってはいけないと思ったのか、彼女は口元を手で覆う。
数秒の沈黙の後、緊張の糸が切れたようにはっと息をつき、そして自嘲を含んだため息をついて、
「……いえ、ここでやめておきましょうか」
おやすみなさい、と彼女は言う。抱えたものから手を離し、こちらに背を向ける。
わざとらしい欠伸も、眠たげに目を擦るのも、"本当は眠りたくない"という心理を表しているようだった。
192 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:40:17.42 ID:CaJ2VfCb0
場面が切り変わる。
彼女が目を覚ますと、顔を上げた方向から陽が注いできていた。
その光に誘われるままに部屋から出る。
庭(緑があるから多分そうだろう)の井戸の縁に座り誰かが本を読んでいる。
「ここで何をしているんですか」
「……何って、本を読んでるんだけど」
「わたしの家です。勝手に入られても困ります」
「そんな怪しいかなあ、アタシ」
彼女よりも背が高く大人びていて、後ろで束ねられた髪が特徴的な少女。
二人にスポットライトが当たる。隣で零華がぼそりと何かを呟いたが聞き逃した。
「まあ、あなたも座りなよ」
少女は自分の横をぽんと叩く。
怪訝な目を向けつつも、「わたし」はそれに従う。
193 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:40:53.75 ID:CaJ2VfCb0
「ここの家の子なんだ」
「……はい」
「歳は?」
「……十四です」
「じゃあアタシの方が下か。もっとくだけた感じでいいよ」
「いえ、初対面の人にそんな馴れ馴れしくできません」
「あ、そー……変わってるねえ」
「あなたの方こそ……」
知ってる知ってる、と少女は笑う。つられたのか「わたし」の頬が僅かに緩む。
それから「わたし」と少女は途切れ途切れの会話を続けた。
そして、陽が完全に落ちた頃に、
「また来てもいい? あなたすっごく面白いし」
「……」
194 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:41:24.42 ID:CaJ2VfCb0
「……え、ダメ?」
「……お、お好きにどうぞ」
ふーんそっかあ、と満足そうに頷いて、少女は立ち上がる。
遠ざかっていく後ろ姿を、「わたし」は追いかけ、呼び止める。
「どうしたの?」
「……えと。その、えっと」
「うん」
「……わたし、おかしくないですか?」
少女は呆気にとられたような顔をしたあと、少し考える素振りを見せて、
「おかしいかも」
けど、と続けて、
「そんなでもないと思うよ」
「……本当に?」
195 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:42:27.98 ID:CaJ2VfCb0
「だって、こうしてちゃんと話せてるじゃない」
目線を合わせて、「わたし」の頭を撫でる。
なぜかそのとき観客席の一部が沸いた。気を取られている間にも、話は進んでいる。
「なに? まだ訊きたいことでもあった?」
「……あなたの名前、知りたいの」
「アタシの名前? いや、べつにいいけどさ」
エリ、と少女は言った。
「わたし」は一文字一文字を確かめるように、"エリさん"と少女の名前を呟いた。
それから二人はたまに庭で会っては、何てことのない話をするような関係になった。
シーンが変わるにつれて「わたし」のエリに対する警戒心も解けていき、最初は一人分程開いていた間が徐々に詰められていった。
エリは「わたし」のことを知っているかのような振る舞いをした。
反対に、「わたし」はエリのことを知りたがった。どうして? と訊ねられると、何となくです、と言っていたが多分そうではないだろう。
196 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:42:56.32 ID:CaJ2VfCb0
「わたし」はエリに会う前の晩はよく眠れなかった。
けれど会うまでに睡眠を取っていたから、最中は眠たげな様子を見せていなかった(二人の会話でそういうものがあった)。
エリと触れあっている時間を反復するように、それまでは椅子の上に置いていた人形を胸に抱えて眠るようになっていた。
示唆的な、というと疑って見すぎかもしれないが、そうとも取れるようなシーンが連続する。
中盤から終盤にかけて、その頻度は高くなっていく。
エリの言動が最初の飄々としたものから段々と崩れていく。
特にそう感じたのは物語も佳境か、という頃で、
椅子代わりにしていた井戸の中を二人が覗き、
「もうこの井戸は長く使われてないんですよね」と言う「わたし」に、
「こういうのを見ると、もし落ちたらどうなるのかなって思わない?」とエリが珍しく真面目な反応を見せたところだった。
197 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:43:48.92 ID:CaJ2VfCb0
「誰にも見つからないまま死んでしまうんじゃないですか」
「うん。……落ちてみたいって思わない?」
「……エリさん?」
「……」
「どうしたんですか。今日、ちょっとだけ変ですよ」
「アタシは……あなたとなら落ちてもいいって思ってる」
「えっと、冗談ですよね?」
「……知ってるんだよ。アタシは、あなたのこと」
エリは「わたし」の肩をぎゅっとつかんで、
「ここであなたがしようとしてたことも、全部知ってる」
「……」
「あなたの事情も全部ではないにしろ知ってる。あなたが知らないことだって知ってるかもしれない。
アタシはあなたのことを側で見てた。……でも、アタシじゃ何もできなかった。あなたがここに足を掛けるところを見てるだけだった」
198 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:44:49.29 ID:CaJ2VfCb0
「……どうして」
「ねえ……ここから落ちたら、気持ちよくなれるのかな。つらくなくなるのかな。アタシには、それが全然わかんないよ」
「……」
「でも、あなたが一人でそうするなら、アタシも一緒に落ちてしまいたい。そうしたら、何かが変わるかもしれないから」
「わたしは、エリさんがいれば……」
「ううん、そうじゃないの。…………だって、ずっとこのままってわけにもいかないでしょう?」
あなたも薄々気付いてるんじゃないの? とエリは苦しそうに笑う。
「あした、ここで待ってるから」
答えを聞かずにエリは踵を返す。
取り残された「わたし」は井戸を一瞥して、崩れるように地面に座り込んだ。
「エリさんが『あなたとなら』と言ったところで、わたしはそれを信じ切れる自信がありません。
けれど、エリさんがどうしてもとわたしにそうすることを望むのなら……」
ごめんなさい、と「わたし」は言葉を宙に向けて放った。
「わたし"は"、あなたじゃなくてもいいなんて思いません。それはあなたがどう思っていようとも変わりません」
199 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:46:22.56 ID:CaJ2VfCb0
翌日の夕暮れ、「わたし」が庭に向かうと、エリはもう既に井戸の縁に座っていた。
いつもなら手にしているはずの本も何も持っていなく、「わたし」の姿を捉えた時にやっと表情に温度が戻った。
「ねえ、落ちても死ななかったらどうしよっか?」
「……そのときはそのときじゃないですかね」
「……ふふっ、そうかもね」
二人が揃ってしまったのだからもう不必要な言葉は交わさないのではないかと、「わたし」がエリの手を取った時には考えたが、
彼女たちの双方が、死を恐れるように──別れを惜しむように、顔を俯かせる。
「アタシはわかんないけどさ、あなたはきっと生きてるよ」
「……そう、ですか」
「……そんなしみったれた声出さないの。アタシだって、できるならこのままでいたかった」
「……」
「あなたにだっていたでしょう? アタシみたいな存在が。ほんの少し前までは」
200 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:47:23.33 ID:CaJ2VfCb0
「……」
「いろいろつらいことがあったから忘れているんだと思う。『本当につらかったら──』って、あの人はあなたに言ってたはずだよ」
「……」
「そっか。思い出せないか。…………でも、それでも大丈夫」
その答えは今もここにあるから、とエリは「わたし」の手を胸元に押し当てる。
「……じゃあ、アタシが先導するから、あなたはそれに付いてきて」
言葉の通りにエリは背中を下へと滑らせていく。
「……エリさん」
「……どうしたの?」
「……また、会えますか」
「そうだなあ……」
くすりと悪戯っぽくエリは笑う。
「うん、会える。……でもその時は、一つだけお願いしたいことがあるんだけどさ」
「……何ですか」と「わたし」は目元を擦りながら今にも泣き出しそうな声で訊ねる。
201 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:47:55.31 ID:CaJ2VfCb0
「アタシに、名前を付けてくれないかな」
「……え?」
「馬鹿らしいことかもしれないけど、今も昔も、アタシはあなたのことがずっと好きだよ──」
──"エリ"。
エリは微笑むと、ぐいと強く「わたし」の身体を引く。
二人の姿が見えなくなると同時に、舞台が暗転した。
陽の射さない部屋で、「わたし」は目を覚ます。
目と、頬と、首筋を指でなぞる。涙の跡を縫うように。
胸に抱えている人形を見つめて、何かを思い出したのかその服のリボンの結びを解く。
「……そっか」
中から何か紙切れのようなものを取り出す。
それを見て頷き「わたし」は起き上がり、ぺたぺたと音を鳴らして舞台袖の方へと歩いていく。
「……行ってきます」
声とともに、徐々に舞台が暗くなっていく。
ドアの開閉音がすると、それ以降は何の動きもなくなった。
終わりですよ、と隣から零華の声がしたかと思えば、客席の誰かがぱちぱちと拍手をし始め、
体育館の照明が点灯し演者の二人が現れると、一気にどっとその数が増え、大きな拍手で劇は締めくくられた。
202 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:49:07.54 ID:CaJ2VfCb0
【文化祭 1ー7】
外に出て話をしていると、伯母さんはすぐに「明日も来るからね」と帰っていった。
零華も何も言わずともわかるほどに上機嫌だったが、一番嬉しそうだったのは伯母さんかもしれない。
しばらく奈雨を直視できないかも、と言っていた。親馬鹿が過ぎる(知ってた)。
「先輩。どうでしたか?」
頬をにへへと緩ませながら、零華は校舎の柱に身をもたれさせる。なぜか口元がめちゃくちゃ艶めいている。
「すごかったよ」
「ふふふ。そうですよね」
「内容もそうだし、衣装とか小道具もよかった」
「みんな頑張ってましたから」
「あとは、エリ……って言っていいのかわからないけど、すごく演技上手かったな」
「あの子は演劇部なんですよ」
「どうりで」
わたしもあと十センチ身長があれば……、と零華はぼやく。
203 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:49:39.64 ID:CaJ2VfCb0
かと思いきや数秒後には不満げに口をとがらせて、
「そんなことはどうでもいいんですよ」
「はあ」
「わたしが訊きたいのは奈雨ちゃんがどうだったかってことなんですけど。
てか先輩ぜったいわかっててはぐらかしてたでしょ。性格悪いですよねーほんと」
「下手に反応すると止まらないから」
「誰がですか?」
「零華が」
「ああ、そうですね」
いつものことじゃないですか、と。
それもう発作かよ。自覚してるならやめてほしいものだ。
「……まあ、とりあえずひとつ言えることは」
「はい」
「めっちゃかわいかったな」
はまり役だったというよりは、それこそ奈雨だけにしかできない役だったというか。
204 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:50:20.25 ID:CaJ2VfCb0
役柄も、そうだし、演技の方もモノローグではなく会話をするシーンでは、相手の演劇部の子に助けられてる感じはよく見受けられたけれど、
それが逆に「わたし」っぽいなあ……と、二人の女の子の関係について、台詞、言い方、間の取り方全てがしっくりきた。
評価は身内の贔屓目もあるかもしれないが、そこら辺はきりがないから、
見て伝わるくらい頑張っていたしよくできていた、と素直に褒める言葉がすっと出てくる。
「わたしのこと無視するくらい集中してましたもんね……」
と零華はちょっとむっとしてため息をつく。
「先輩ってどうせ映画とか一人で集中して観たいタイプでしょ?
奈雨ちゃんといるときにやっちゃダメですよ。わたしは別に気にしませんし怒りませんけど」
「初めて見たんだから仕方なくないか」
「……はあ、でも若干好き好きオーラが出てたんで許してあげます」
「そんなもん出てねえよ」
「いえばっちり出てましたよ」
205 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:50:56.48 ID:CaJ2VfCb0
やれやれとばかりに零華は両の手のひらを上向ける。
視線を前に向け、それから何かを思いついたのか「んー」と軽く唸って、
「なんていうか、先輩って付き合っても波がなさそうなところはいいですよね」
「……どういうこと?」
「相手を好きって気持ちは絶対ちょっとやそっとで振れたりしなさそうじゃないですか。
いい意味で執着しすぎてないっていうか、まあ奈雨ちゃんに関しての執着はかなりしてるでしょうけど……」
「……」
「ま、あれですよ。どうか早く結ばれてくださいってことです」
「ああ、そういう……」
「奈雨ちゃん娶り計画が頓挫したいま、わたしが望むのはお二人の幸せただひとつなんですからね」
冗談めかして言ってるけど全くそうは聞こえないところが零華らしい。
だいいち娶るっていつの時代の話だよ。
206 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:51:40.35 ID:CaJ2VfCb0
「そして機が熟したらあわよくばわたしも間に入って、ふふっ」
「それはマジでやめて」
「な、なんでですか!」と零華は瞬時に反応する。
これはあからさまにわざとらしくてついつい笑ってしまう。
「前も言いましたけど、また三人でデート行きましょうね」
「ええ……」
「両手に花って感じでいいじゃないですか。奈雨ちゃんとわたしが両隣にいるなんてかなり役得ですよー」
「片方だけでも身に余りそうだからいいよ」
「その体のいい感じの断り方やめてください。水族館とか行きましょう」
「あー、はいはい。誘ってくれれば行くよ」
「……」
零華はちらっとこちらを見て、口の端だけで笑う。そして顎に人差し指を当てて、うーんと首を捻る。
「どうした?」
207 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:52:14.67 ID:CaJ2VfCb0
「なんていうか、先輩ってやっぱり……」
「……」
「奈雨ちゃんの言うとおり、先輩は押せばなんとかなるしちょろいですよね」
「……はい?」
「もうちょっとぐいぐい来てほしいらしいですよ?」
「そう言ってたの?」
「はい。主張していきましょう」
って何回も同じようなこと言ってますよね、と零華は苦笑する。
何度も言われても変わらないと言われてるみたいで気が滅入るけど、事実そうだからなあ。
「でも、ゆっくりで大丈夫だと思います。先輩は今のままでも十分素敵ですから」
親指を突き立ててやけにはっきり言い切られる。呆気に取られた俺を見て、気恥ずかしそうな表情をする。
何か言うべきかと思ったが、手をぶんぶんと胸元で振って固辞された。俺を褒めるのはそんなに恥ずかしいのか。
208 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/29(金) 01:53:25.92 ID:CaJ2VfCb0
「ていうか、ラストのあれどういうことかわかりました?」
「何の話?」
「劇のです」
話が変わった。というより逸らされた。
「だいたいはな。合ってるかはわからんけど」
「ですよねー。台本読んでたならまだしも、って感じですよね」
ということで、と零華は気を取り直すように息を整えて、きらっと目を光らせる。
「もう一回観に行きましょう」
そして、「ね?」と笑ったかと思うと、ぽんと俺の肩を叩いて、
「今度はじっくりねっとり奈雨ちゃんを視て癒やされましょう」
と言って、体育館の方へとすたすた歩いていく。
「もう少し時間ありますし、今の相談料で何か奢ってくださいよ!」
が、すぐにくるっとターンをして戻ってくる。騒がしい。
「かき氷はちょっと寒いかなー。あ、唐揚げとかチョコバナナでもいいかなー」
るんるんスキップでもしそうな雰囲気で進んでいく。
……なんだろう、やっぱり零華って。
「先輩。わたしは友達ちゃんといますからね?」
「はいはい」
エスパーなんだろうか。
209 :
◆9Vso2A/y6Q
[saga]:2018/06/29(金) 01:54:14.47 ID:CaJ2VfCb0
今回の投下は以上です。次回で終わると思います。
210 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/29(金) 09:29:52.28 ID:gx4Yudgl0
おつです
211 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/29(金) 10:59:47.21 ID:mUrMO7zQO
かわいい…かわいすぎる……(語彙力)
乙!
212 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/29(金) 11:10:52.80 ID:BoTVUyVq0
1絶対零華ちゃん好きでしょ
213 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/06/29(金) 21:02:27.66 ID:Z1fs/NwV0
おつ
終わるの寂しい
214 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/07/23(月) 02:59:49.44 ID:leO6GP230
続きが気になる
215 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/24(火) 20:15:34.04 ID:7ko+JNZL0
消えてしまったな
216 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/24(火) 21:23:29.98 ID:yNGnAREa0
7月29日に更新来ると思います!(たぶんww
217 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/07/28(土) 04:28:47.62 ID:L15UoBnsO
wktkwktk?
218 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/07/29(日) 23:47:20.64 ID:zdMCC7m60
更新来ない……
219 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/01(水) 04:00:26.81 ID:WaF8C2Yn0
まだかな…
220 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/02(木) 00:14:31.59 ID:WVd8gX8mo
何年の7月とは言ってない云々…
221 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/02(木) 02:00:00.79 ID:T0srZAIl0
ていうか216は作者さんじゃないでしょ
222 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:20:24.22 ID:ZdvxIxQI0
【文化祭 1ー8】
二度目の公演を終え、ふらっと部室に立ち寄ると、俺以外の三人の部員が揃って談笑していた。
「やー、白石くん。楽しんでる?」
と胡依先輩がこちらに向けて手をあげる。
「シノちゃんがどうしても私とまわりたいって言うからさ、いっぱいいろんなとこ行ってたの」
その言葉の通り、たしかにテーブルには景品っぽいものや食べ物が置かれている。
ちらと東雲さんの様子を窺うと「違うよ」と首を横にふるふる動かしている。
「……で、そらそらくんと出くわしてさー。ジェットコースター乗ろうとしたらシノちゃんが隣でビクビクって……」
こらえきれなかったようにふっと吹き出す。
俺に目を向けていた東雲さんの顔はみるみるうちに赤く染まっていく。
223 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:20:58.52 ID:ZdvxIxQI0
「白石くんは奈雨ちゃんのこと見に行ってたんでしょ?」
「そうです」
「どうだった?」
「えっと、まあ、面白かったです」
「おー」
「二回見ましたけど、脚本がしっかり作り込まれてる感じでよかったですよ」
素直な感想を言うと、胡依先輩は虚を突かれたようにぽかんと口を開けた。
「……それはよかったね。さぞ奈雨ちゃんもかわいかったのでしょう」
と思ったらいつものような緩い笑みをたたえて、うんうんと相槌を返してくる。
「私も見に行けばよかったなー」
「誘ったじゃないですか」
と東雲さんが冷ややかな目線を先輩に向ける。
224 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:21:26.11 ID:ZdvxIxQI0
「でもシノちゃんがダウンしてたからどのみち行けなかったけどね」
「部長さんが『最大スピードで』って言ったのが悪いです」
「えー? だってその方が楽しめそうだったじゃん」
「苦手な私のことも考えてください」
「はいはい。ごめんなさーい」
胡依先輩はにっこり笑う。東雲さんは困ったようにため息をついた。
「あ、そうだ白石くん。さっきまで明日のシフトをどうするかって話をしてたところだったのね」
「はい」
「三人とも初めてだから、今日みたいにわりかし自由にしてもいいかなって」
とりあえず私一人はここにいると思うし、と先輩は言う。
「そらそらくんは途中から用事があるんだったよね?」
「そっすね」とソラは頷く。
どこかの部活の手伝いでも買って出たんだろうか。
225 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:21:53.70 ID:ZdvxIxQI0
「シノちゃんは私といるとして、白石くんは何か予定あったりする?」
「今のところはないです」
「そっか。……じゃあおっけーかな。最初はみんな揃うってことね」
そう言って、彼女はふむと頷き、今度は東雲さんの頭部へと手のひらを持っていった。
「どうしたんですか」
「んと、明日も楽しくいこうね。シノちゃん」
「……え? あ、はい。楽しみましょう」
「そうそう、楽しくね。楽しく楽しく!」
ね? と視線を向けられて、俺とソラは首肯する。
手を置かれたままの東雲さんだけが、胡依先輩を怪訝げな表情で見ていた。
「みんな今日はしっかり寝ること。……って、私以外夜更かしするタイプじゃないから大丈夫か」
「ですね」
226 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:22:37.10 ID:ZdvxIxQI0
「うわ白石くんひどーい」
「自分で言ったんでしょ」
「……まあ、そうなんだけどね」と先輩は苦笑する。
今日は少しだけ雰囲気が暗い気もするが、きっと気のせいだろう。
「大丈夫だよ未来くん。部長さんがゲームをしないように私が見張ってるから」
ぐっと拳を握りしめて宣言される。
お母さんか。それか嫁か。視覚的にはすぐに絆されそうで説得力が薄いような。
そのまま頭を撫でられてるし。なんなら若干嬉しそうだし。
「とにかく明日はがんばろーね」
東雲さんから完全に目を逸らして、先輩は棒読みで「おー」とかなんとか付け加える。
そんなにゲームがしたかったのかこの人、と一瞬思ったけれど、
こちらへと顔を背けて表情を整える仕草をするのを見て、ああそういうことか、と勝手に納得した。
227 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:24:11.17 ID:ZdvxIxQI0
【ライバル】
ソラとクラスに寄ってから家に帰ると、すでに食事の支度を済ませた佑希がソファに身をあずけていた。
こういう気の抜けている姿を見ていると──二人は全然違うけれど──昨夜の奈雨と少しだけ似ている。
まあ、でも似ていたところでそこまでおかしくはないか。仲が悪い(悪かった?)とはいえ血の繋がりはあるわけで。
と、なぜかそんなことを考えた。無意識に。
二人に言ったら普通に怒られそうだからこれ以上はやめておこう。
二階に行こうとすると、「おかえりなさい」と声を掛けられる。
「ただいま」と返すと、佑希は俺のいる方を振り向いて、「もしかして食べてきた?」と。
「いや、まだ食べてないよ」
「そう。……あ、奈雨と一緒じゃないの?」
「クラスの打ち上げだってさ。ちょっと遅く帰ってくるって」
「ふうん。そういうの、先に言ってくれればいいのになあ」
228 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:24:54.27 ID:ZdvxIxQI0
「俺に連絡したからそれでいいと思ったんじゃない」
「……まあ、うん。わかってるよそのくらい」
佑希は少しつらそうに苦笑して、身体の向きを正面に戻した。
「あたし、あの子のことを勘違いしてたのかな」
「どうして?」
「あの子の行動全てが、なんていうか……媚びてるように見えてた。
けど、あたしだって、あの子から見たらそうだったんじゃないかなって、なんとなく思うの」
「……どういうこと?」
「おにいを縛り付けてたのはあたしだから。あの子のことがずっと好きなおにいを独占してたから。
二人が好き合ってるのをわかってて、それをあたしの気持ちのために押さえつけようとしてたから」
「それは……」
「違わないよ」
と佑希は俺が否定する前に首を横に振る。
そして、何か言葉を続けようとした。──続けようとして、やめた。
229 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:25:41.02 ID:ZdvxIxQI0
奇妙な沈黙が流れる。
佑希は感情を押し止めるように、俯いていた顔を上げ、自分の肩を抱いている手をそっと下へと移す。
小さく息をつき、また俺の方に向き直って、
「今日ね、あたしも見に行ったんだ」
と微笑み混じりに言う。
「……奈雨のこと?」
「うん。人前に出るのとか苦手だと思ってたから、ちょっと気になって」
「そっか」
「……これは間違ってないよね?」
「合ってるよ。奈雨もそう言ってた」
頷くと、佑希はそこで言葉を選ぶように一拍間を置いた。
「なんか、すごいなって思った。苦手なことでも、その、逃げてないなって。
遠くから見てても緊張してるのが伝わってきたけど、でも、最後までまっすぐやりきってた」
そういうふうに思ってなかったから、本当にすごいなって思った。
230 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:26:21.89 ID:ZdvxIxQI0
「あたしも、もうちょっとだけでも苦手なことをがんばろうって思っちゃった」
佑希の苦手なこと、というのがいまいちしっくりこなくて、つい微妙な表情をしてしまった。
すると彼女は、「あー」という形に口を開けて、遠慮がちに笑った。
「おにいはあたしのこと過大評価しすぎ」
「そうかな」
「そうだよ。あたしだってできないことばっか。いつも自分にできることをできると思った範囲でしてる。
もともとできることの広さとか多さで言ったら絶対おにいの方がすごいと思うし、あたしは全然すごくないよ」
だって、と佑希は言葉を続ける。
「おにいはずっと昔からあたしの憧れなんだよ」
言って、佑希はふーっと気を取り直すような息をつき、ソファの背もたれに腕を乗せて振り返る。
231 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:27:04.44 ID:ZdvxIxQI0
「……冗談だろ?」
「なわけないじゃん。嘘ついたって意味ないし」
「……」
「……あたしのこと信じられない?」
「いや」
「なら信じてよ。本当のことだから」
ちょっと恥ずかしそうに頬を触って、佑希は目を逸らす。
が、すぐにこちらへと視線が戻される。今度はじとっと俺の様子を窺うような表情。
「佑希だって、俺のことを過度に評価してる気がするな」
信じられなかったわけではないけれど、口をついて出てきたのはそんな言葉だけで、でも、
「わかった。……じゃあ、お互い様ってことでいいよ」
と彼女はなぜか小さく笑いはじめた。
232 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:28:26.10 ID:ZdvxIxQI0
「この前さ、これからどうするのかって、おにい聞いてきたよね。
あのときからさっきまでずっとそのことを考えてた。だから、今の話だけはちゃんと知っててほしかったの」
「そうか」
「だから、その……」
「……」
「……おにいに憧れるの、あたし、もうやめにするよ」
そこまで言って、佑希は一度言葉を区切る。
そして、言いたいことが伝わってるかどうかを確認するように──俺からの反応を待つように──かすかな笑みを引っ込める。
「……うん。俺もそうするべきだと思う」
答えると、佑希は小さく頷き、さっきの続きを話そうと口を開きかける。
俺は、少し考えてから、それを手で制した。
細い肩がぴくと震え、きょとんとした表情で見つめられる。
変な緊張感が生まれてしまう前に、今の俺の思っているままを言葉にする。
233 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:29:06.23 ID:ZdvxIxQI0
「……俺は、何に対しても頑張ってる佑希のことが好きだし、普段の抜けてる姿もそれはそれでいいと思ってる。
今までのあり方を変えても、変えなくても、これからも佑希のことを応援してるし、大切な妹だってことは変わらない」
佑希と同じように、俺も考えていたことがあった。
今までのこと。そして、これからのこと。
「だから、佑希がもし自分の意思で頑張り続けるなら──」
「ちょ、ちょっと待って!」
と彼女は続きを言わせまいと声を荒げる。
「あの、……えっと、ちょっと待って、ほんとに」
「いや、あのな……」
「い、いいから! いきなりそんなこと言われても……その、困るし」
腰を上げて、つかつかと足音を立てて近付いてくる。
234 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:29:44.42 ID:ZdvxIxQI0
「なに、どうしたの」
「……あたし、今のままでもいいの?」
「え? いやまあ……」
「本当に?」
「……って言われると、そりゃあ思うところはあるけど」
「はあ……だよね、うん。たとえば?」
「……たとえばって?」
「いや、その、直す……えと、直そうとするから、参考に」
本当かよ。目が泳いでるけど。
……とはいえ、そう言うなら答えるべきかと、「まず」と口に出すと慌てた様子で「うん」としきりに頷かれる。
なんでさっきから挙動不審なんだろう。
235 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:31:30.76 ID:ZdvxIxQI0
「自分以外の人に対して無関心すぎるとこだろ」
「そんなこと……」
「ない?」
「……うん。だってあたしおにいには興味あるよ」
「そういう話じゃなくて」
本人に面と向かって言うかなあ……。
「……特別仲良い友達っているの?」
「いきなりなに?」
「気になったから」
わかんない、と佑希は首を振る。
「……あのね、なんていうか、あたし妙に距離取られてるっていうか」
「それはあれだろ。ちょっとした崇拝対象なんじゃねえの」
「冗談やめてよ」
「いや真面目に。さすがに崇拝は言い過ぎかもしれないけど、そういう節は多分あるだろ」
「……」
佑希は俯いて考え込んでしまった。
236 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:32:54.54 ID:ZdvxIxQI0
表面上は気さくな雰囲気で、でも、佑希は自分のことを一切話さないだろうし。
部活も学校生活も全般的にストイックで、家での姿を見せることなんてほぼないだろう。
友達はいる。けれど、べつに仲を深めたいわけではない。
俺としてはそれはそれでいいとは思うけど。佑希だし。かっこよさげ(こういうのがよくない)。
「……まあ、視野は広くした方がいいんじゃない」
と沈黙を破るように俺が言うと、
「……それは、うん。わかってる」
でも、と佑希は続けて、
「おにいだって、結構そういうの狭いと思うよ」
「……そうか?」
「うん。基本的にいつも奈雨のことしか考えてないし」
237 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:33:36.89 ID:ZdvxIxQI0
「……」
「あの子以外のことを見てるのか見てないのかわかんない。
ってあたしがそう思うんだから、あの子のことを知らない周りの人はもっとそうなんじゃない」
「いや、それは……」
「あるから。絶対ある。けどその割にいっつも優しくしてきたり思わせぶりなことするから……」
ほんとにたち悪い、と佑希は俺の腕を掴む。
「さっきもいきなり好きとか言ってきたよね」
「言ったな」
「……」
「……悪かった?」
「……ばか。おにいってほんとばか」
「好きは好きなんだから、いいと思ってだな……」
238 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:34:30.29 ID:ZdvxIxQI0
「ああもう! そういうところなの!」
「どういうところだよ」
「好きとか軽々しく言わないで」
「えっ……ああ。じゃあもう言わない」
「……はあ?」
「……言わないでほしいんだろ?」
「……そ、そうとは言ってないじゃん!」
彼女は眉間に皺を寄せて俺を睨み付け、握っている手首に掛ける力を強くする。
話がだいぶ噛み合ってない。
俺が悪いんだろうか? 反応を窺うにそうらしいから迂闊にため息すらつけない。
「いい? おにいは自分のことにすっごく鈍感なの」
「……ああ、うん」
佑希だって、と言いそうになったが、やめた。
間違ってはないし、そういう自覚もしていたから。
それに、この前ソラにも同じようなことを言われたばかりだった。
239 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:35:44.60 ID:ZdvxIxQI0
「普段はそういうことに全然興味ないですって澄ました態度なくせに、
奈雨が絡んだ途端に頭の中がお花畑になるのは、まあ、わかりやすくていいけどさ」
「……」
かなりひどい印象を持たれている。
なんだよお花畑って……。
「奈雨のことが好きなら、あたしにはあんまり言わない方がいいよ」
と佑希は短くため息をつき、ちょっと不満そうに──けれど明るく笑って、俺の手を解放した。
そして、続けて一歩下がって距離を取り、笑みを引っ込ませ真面目な表情を作る。
「……そんでさ、さっきはなんて言いたかったの?」
「さっきって?」
「あたしが今のままでいるならって話」
そうだ。話が逸れていたんだった。
240 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:36:38.14 ID:ZdvxIxQI0
「ああ。……なんだ。俺も、ちょっとずつ頑張ってみようかなって」
単純なことだけど、と付け加えると、すぐに彼女は首を横に振る。
そんなことないよ、とでも言いたげに。それは一方では合っていて、もう一方では間違っているように思えた。
「今まではそれが最善だと思って、いろいろ曲げることもあったけど、……結局周りばかり見てても仕方ないんだよな」
あれこれ理屈をこねても、つまりは自分が信じられなかっただけで、自信はどうにかして付けていくしかない。
どうせどこまでいっても付かないことが分かっていても、力を積み重ねる姿勢くらいは持っておきたい。
それに、と気が付けば口にしていた。
「いつまでも佑希に負けてもいられない」
「……え?」
呆けたような声を返すとともに、怪訝な目でこちらを見て、
「おにいらしくない……」
と佑希はぼやく。
が、すぐに何かに合点がいったのかうんとひとつ頷いた。
241 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:37:31.55 ID:ZdvxIxQI0
「それってさ、あたしがおにいのライバルってことだよね?」
「……ああ。まあ、そうなるな」
「ふふふ、そっかそっか」
「……どうして嬉しそうなの」
「いや、だって、ずっとあたしだけが勝手にライバル視してると思ってたから。
だから、正式に認められた感じ? ……じゃないか。言質が取れた、みたいな」
上手く言い表せなかったようで、そのせいか佑希は顔を少し赤くして「と、とにかく!」と声を張り上げた。
「おにいの特別ってことでしょ」
「あー、いや……そうなるか?」
「だって奈雨はライバルじゃないじゃん」
「どうして奈雨の名前が……」
「じゃあライバルなの?」
「それは、まあ、ちがうけど」
「けどなに」
「いや……」
「なんですか?」
「……なんでもないです」
なぜ敬語になったんだろう。
……いや、普通に気圧された。声怖いし。あと顔も。般若かよ。
242 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:37:59.10 ID:ZdvxIxQI0
つーか、そもそもの話だけどライバルって俺程度でいいのか。
「ん? どうしたの?」
と思い目を向けると、反論は一切許さないとでも言いたげな満面の笑みを返される。
「なんでもない。……まあ、これからも頑張れってことだ」
「それ、もう間違ってるじゃん」
「どこが?」
「おにいも、あたしも、お互い頑張ろうねって言うべきだよ。
……てかまず"頑張れ"なんてライバルに言われてもなーって感じだし」
それもそうだな、と頷く。迷っているような目で見られたのだから、そう反応してやるのが筋だろう。
これからそういう振る舞いをすると決意を固めようとしているのだから、背中を押してあげるのは俺の役目だ。
佑希は何か言いたそうに口を開いたが、首を軽く横に振って、言葉にすることはなかった。
243 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:38:25.57 ID:ZdvxIxQI0
そうしてしばらくお互い無言でいたが、
やがて、佑希はふいっと目を逸らしてソファの方に歩いて行き、読んでいたらしい文庫本とスマホを手に持ち、こちらへと戻ってくる。
「ごめん。ちょっと疲れたから部屋戻るね」
「あ、うん。大丈夫か?」
「へーきへーき。クラスで朝からめっちゃ動いたからだと思う。
それと、えっと、あたしあとで食べるからごはん冷蔵庫入れといて」
「ああ」
と俺が言うのも待たずして、佑希は上へ上へと階段を昇っていく。
姿が見えなくなるかというところでぴたりと立ち止まり、一瞬だけ俺を見て口早に告げた。
「あの子のこと、迎えに行ってあげなよ。暗いし、雨降るかもだし」
「大丈夫。約束してたから」と俺は返した。
「そっか……じゃあ、がんばれ」と小さくうわずったような声が耳に届いた。
244 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:39:13.53 ID:ZdvxIxQI0
【任せました】
時間より少し早く待ち合わせの場所に向かうと、すでに奈雨と零華がそこで待っていた。
零華は俺の姿を捉えるとすぐにいえいとピースサインを作って微笑み、近くまで駆け寄ってくる。
「今回はあまり待ってないですよ」と言って、もう一度緩やかに笑む。
夕方までの様子との違いに、なんだこいつ……などと思いつつ彼女の後に続く。
奈雨は手を胸元で握り、ちらっと俺を見ては逸らしてを繰り返す。
「帰ろうか」と言っても生返事で、どうにも落ち着かないらしい。
特に会話らしい会話をせずに歩く。
いつもならやかましいくらいに喋っている零華も、俺と奈雨を交互に見てくすくす笑うだけで俺まで落ち着かない。
245 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:40:06.07 ID:ZdvxIxQI0
「じゃあ、わたしあっちなんで」
と、駅に着くなりあっさり帰ってしまおうとするのを、
「れ、れーちゃん……」
と奈雨が呼び止める。
零華は「うっ」とずっきゅんハート射貫かれましたとでも言いたげに左胸を押さえて息を漏らす。
そのわざとらしさに思わず口元が緩むと、零華は俺をじとりと睨んでちょいちょいと手招きしてきた。
「先輩、ちょっと耳貸してください」
言われるままに身を屈ませると、不満げにぷくっと頬を膨らませてから顔を近付けてくる。
「お二人と一緒にいたいのはやまやまなんですけど、わたし明らかに邪魔者なんで早く退散したいんですよ。
ていうか、さっさと二人っきりになってください。今日は枕を濡らす予定が入っているので帰らなくてはならないのです」
「なんだそれ」
「先輩を和ませるジョークです。いやマジです。……ってそんなことはどうでもいいんですよ。
あ、ビデオ通話でもしますか? しませんよね。なんだかわたしまでそわそわしてきてます」
早口で言い募りながら、ばたばたと足踏みをする。
落ち着けよ、と言おうとしたところで、奈雨からきょとんとした目が飛んでくる。
246 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:40:47.37 ID:ZdvxIxQI0
「……まあ、先輩。奈雨ちゃんのことをよろしくお願いしますね」
と俺から間合いを取り、向けられていた視線の方へ歩いていく。
そこで二、三やり取りを交わした後、零華は「がんばれー」と俺に口パクで伝え、改札へとつま先の向きを変える。
「……あ、零華」
「なんですか?」
「傘、持ってけよ。雨降るっぽいから」
折りたたみの傘を手渡すと、「先輩にしては気が利きますね」と嬉しそうな声が返ってくる。
「それじゃ先輩、奈雨ちゃん。またあした」
ひらひらと姿が見えなくなるまで手を振って、そのまま奈雨の前に手のひらを持っていく。
「俺たちも行こっか」
「……ん」
奈雨はこくっと頷いて、ちいさな手のひらを重ねてきた。
247 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:41:54.07 ID:ZdvxIxQI0
【シンプル】
駅を出て地上に上がると、しとしとと降り始めらしい雨が降っていた。
十五分とも経たぬ間に、外気はぐっと冷えてしまったらしい。やけに肌寒い。
これ、と傘を開いて渡そうとすると、ぼうっと窺うような視線を向けられる。
……まあ、言いたいことはわかるけど。
ちゃんと傘を二本持っているのに、わざわざ狭い折りたたみ傘に二人で入るなんてのも変な話だ。
濡らさないようにしてもこの感じだと濡れるし、奈雨は制服だし。
などと思っていると、奈雨の方から、
「相合傘でいいでしょ」
と言ってきたものだから、傘を上向けて彼女を手招いた。
すぐに聞こえた「やった」という呟きは、きっと心の中でのものだったんだろう。
曖昧な相槌だけを返して、二人並んで雨の中を歩く。
248 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:42:25.87 ID:ZdvxIxQI0
乗っているときは眠たそうにしていたけれど、今はそうでもないらしい。
何かを言いたげに俺を見ては、こうじゃない、とでもいうように俯く。
「どうかしたか?」と訊ねると、奈雨は少し間をとってから、覚悟を決めたように口を開いた。
「……今日の、どうだった?」
「……すごかったよ」
それについて訊きたいのだと薄々感じていたのもあって、はっきりしない言葉にも躊躇わずに返答した。
奈雨がまた何か問いを重ねようとする前に、足を止めて顔を彼女へと向ける。
「すごく良かったって簡単に言うのが申し訳ないくらい、俺は良いと思ったよ」
「う、うん。……それは、えっと、ありがとう」
ありがとう、ともう一度言って、奈雨は頷く。
249 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:43:02.88 ID:ZdvxIxQI0
「お兄ちゃんにそう言ってもらえるの、他の誰に言われるよりも嬉しい」
「そっか」
「……うん。それと、なんていうか、安心した」
「安心?」
「全部終わったあとに、クラスの友達とか、先生とか、いろんな人から褒めてもらえて、
……でも、お兄ちゃんからはまだ聞けてなくて、どうだったんだろうって思って、けど、直接聞きたいなって、思って」
不安だったんだからね、と彼女は頬を膨らませ、俺の二の腕を掴んで揺する。
俺だって直接言いたいと思ってた、とはわざわざ答えるべきではないのかもしれない。
「そういえばさ、始まるときに目が合ったじゃん」
「あー、そうだな」
やっぱり合ってたのか。
250 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:43:30.25 ID:ZdvxIxQI0
「あのときね、ほんとはものすごく緊張してて、駄目だって思いながらお兄ちゃんのことを探しちゃって、
それで、たまたま目をとめたところにお兄ちゃんがいて、やばいはやく集中しないとって切り替えられたの」
「隣に零華と伯母さんが座ってたの気付いてた?」
「ううん。打ち上げの時にれーちゃんに言われて、そうだったんだ、って」
「零華悲しんでただろ」
「んー……いや、あんまり。それよりはむしろ見つけられて良かったじゃんって、そんな風なこと言われたよ」
「そうか」
「うん。でも一応謝っといた」
「そうしてもらえたならありがたい」
「……え?」
首をかしげる彼女に、なんでもないよ、と俺は首を横に振る。
零華のことだから奈雨の反応がどうであれ、どのみち明日あたり愚痴を言ってきそうだ。
「……そう。そっか、わかった」
「うん」
251 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:44:25.76 ID:ZdvxIxQI0
それから少しの沈黙が流れる。
奈雨はまたしても何か考え事をしているようで、視線を足下に落としていた。
俺は黙って奈雨が話し始めるのを待った。
訊いてほしがっているようにも見えた。言いたいことも何となく想像がつく。
「れーちゃんとお兄ちゃんって、すごく仲良いよね」
「ああ……いや、どうだろうな。別に仲が良いわけではないと思う」
これも違う、というのが顔に出ている。
「二人でいるときどんな話してるの?」
「たいした話はしてない」
「そういうことじゃなくて、話題、とか」
歩調を緩めて目を向けると、彼女はばつが悪そうに視線を泳がせた。
「ほぼ奈雨のこと。それ以外はほとんどしてない」
「そ、そうなんだ」
「まあな。共通の話題って言ったら奈雨のことくらいだし」
「陰口かなにか?」
252 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:45:14.26 ID:ZdvxIxQI0
「……いや、かわいいなー愛してるぜーって」
と、一見なんでもないような返答に、
「は」
奈雨は呆けたような声を上げた。
「あ、愛してる……」
なぜか(なぜかではない)続く声は震えていた。
どこからどう考えても俺が悪い。嘘は言ってないけど。
「それ、ほんと?」
と奈雨は顔を手で覆いながら言う。
「……ほんとって?」
「……わたしのこと、愛してるの?」
253 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:46:10.74 ID:ZdvxIxQI0
ついこの間、同じようなことを訊かれて戸惑った気がした。
その時はたしか、"好き"の種類についての話だったと思うけど。
そういえば、"好き"と"愛してる"ってどう違うんだろうか。
相手に何か見返りを求めるのが"好き"なのか。
相手さえいれば何も要らないという意味で"愛してる"なのか。
"愛してる"のなかに"好き"が内包されているのか。
"好き"が昇華して"愛してる"になるのか。
「ねえ、お兄ちゃん」
むっとした顔つきで、奈雨は俺の腕を引く。
少し意識が飛んでいた。反応が斜め上すぎて──いや、俺が迂闊すぎて普通に告白紛いのことをしてしまっていた。
なんだよ愛してるって。……たしかに思ってはいるけど。
そんな、零華みたいにひょいひょいと言えるわけではない。実際言われはしても言ってはいない。
254 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:46:50.55 ID:ZdvxIxQI0
……ああ、いやでも零華は"一回一回が本気"みたいなことを言っていた。
そうしないと伝わらないかもしれない、とも。……って、いまそんなことはあまり関係ない。
お花畑って的を射すぎているな、と苦笑いすらも出ないほどに納得してしまう。
それくらい、頭が混乱しかかっていた。俺が悪いのに。そう、俺が悪いのに……。
「お兄ちゃん」と今度は頬をつねられる。
「ああ、うん」
「うん、じゃなくて。……なに、わたしの聞き間違い?」
「そうじゃないけど」
「けどなに。もしかして、まだダメだった?」
「……ダメって、何が」
「わたしが」
「ダメじゃないよ」
「じゃあ、どうして……」
「……」
255 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:47:30.98 ID:ZdvxIxQI0
俺は何と言えばいいのだろう。
ため息が出そうになる。のを抑える。
その様子を見たのか見てないのか、奈雨はわざとらしくため息をついて、
「わたし、お兄ちゃんのこと好きだよ」
と少し拗ねたように言った。
言葉が頭に入ってくると同時かそれよりも少し遅く、するりと手元から傘が落ちた。
一拍かそこらの間ができて、慌ててそれを拾い上げようとすると、同じくそうしようとしゃがみ込んだ奈雨と手のひらが重なる。
「あ……」
と声を上げたのは奈雨の方で、すぐにぱっと手を引っ込められる。
そして顔を上げてから気付く。手だけじゃなく顔も近い。
かあっと耳まで赤く染め、奈雨は俺の口元をまじまじと見て、平静を失ったようにあたふたしながらのけぞる。
俺はその、彼女の遠ざかっていく肩を、半ば無意識につかんだ。
256 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:48:09.91 ID:ZdvxIxQI0
「……あの、いや、まって」
「……」
「えっと、その……ここ外だし」
と言いつつも奈雨は僅かにこちらに顎を突き出して、ゆっくりと目を閉じる。
「……なにしてんの」
「……」
「……奈雨?」
混乱しているんだろう、と思った。
俺だって混乱している。彼女といて心を乱されていないときはほぼないけれど、今は特別そう感じる。
──わたし、お兄ちゃんのこと好きだよ。
ついさっき言われた言葉が頭の中で何度も反響する。
そしてその度に心臓が波打つ。自分のものじゃないのではないかと思うくらいに。
疑いようがないまでの好意を感じていたとしても、それを言葉にされるのとされないのとでは全く違うのだ。
俺がそうなのだから、奈雨もきっと同じなのだと思う。
とそう思ってしまうのは暴論か──べつに、というより無論、いまさら翻すつもりはないけど。
257 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:48:57.08 ID:ZdvxIxQI0
「あのさ、奈雨」
と、俺は彼女の名前を呼んだ。
目を合わせて気持ちを伝えたいと思った。
だから、彼女が目を開くまで待つことにした。
体感では長い時間のように思えたが、おそらくかなり早く彼女は片目を窺うように開き、そしてもう片方の目を開けた。
いつの間にか準備していたはずの言葉はどこかへ消えてなくなってしまっていた。
言いたいことはシンプルに。
まず言ってから、それにまた言葉を重ねればいい。
「俺は奈雨が好きだよ」
昔からずっとそれだけを言いたくて、けれど、今の今まで言えずにいた。
待っているつもりが、逆に待っててもらっていた。
……いや、お互いがお互いを待っていて、待っててもらっていると思っていた。
258 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:50:03.34 ID:ZdvxIxQI0
「……"も"でしょ」
沈黙とも呼べないような沈黙の後、奈雨はそんなことを言った。
どこかむっとしたような声音で、けれど、殊更に嬉しそうな表情で、
「……わ、わたしもお兄ちゃんのことが好きだから」
と続けて、耐えきれなくなったように顔を両手で覆う。
「わたしのこと、好きなんだよね?」
「うん」
「……じゃ、じゃあ好きって言って」
「好きだよ」
「う……、もっかい言って」
「もう一回?」
「……もっかい、お願い」
指の隙間からこちらを覗きながら、奈雨はそうせがむ。
259 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:50:46.29 ID:ZdvxIxQI0
「奈雨のこと、好きだよ」
「……あ、う……わ、わたしも好き!」
「うん」
「……えっと、わたし、いま幸せすぎてやばいかも」
なんだろう。
いままで見てきた奈雨も十分にかわいかったけど、うん。
「そうだな。……やばい、な」
もはややばいとしか言い表せない。
瞬間瞬間のかわいさがキャリアハイだと思えてくる(深刻な語彙力不足)。
しばらくこの多幸感に浸っていたい気持ちもあったが、立ち上がって歩き出すことにした。
話しているときは全く気付かなかったけれど、二人とも雨で身体がずぶ濡れになっていた。
もう大して意味のない傘を差そうとすると、奈雨は俺の腕にがっちりと抱きついてくる。
目で理由を問うと、寒いから、と。
いや、と何かに気付いたように首を横に振って、好きだから、と。
260 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/09(木) 15:51:16.31 ID:ZdvxIxQI0
その言葉を聞いてすぐに、彼女を抱きしめたい気持ちが襲ってくる。
我慢しろよ、という心の声に、我慢する必要なんてあるのか? と答える。
「……あー、なんだ」
「……うん?」
「……」
なんというか。
理性とは違う別の何かが邪魔をしている気がする。
そう、余裕がないんだ。いつもだけど。
我慢すべきではないけど、我慢しなさすぎもよくないというか。
……いや、どの口が言ってるんだか。
「抱きついていい?」
と口に出してみてから気付く。
どうやらこれまで本気だと思わないようにしていた反動が来ているらしい。
「わざわざ訊かなくても……いいよ」
抱きつきやすいように、彼女は掴んでいる腕を軸にして俺の前へとターンする。
確認のためなのか再度言われた「いいよ」という声は、無駄な思考を完全に断ち切らせるほどに、甘く聞こえた。
261 :
◆9Vso2A/y6Q
[saga]:2018/08/09(木) 15:53:03.24 ID:ZdvxIxQI0
思ったよりも長くなったのと、前回投下からの期間が空きすぎたのでとりあえずここまで更新します。
続き(というより終わり・エピローグ的なもの)は数日中に更新します。
262 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/10(金) 02:39:36.13 ID:tHMxmE0Io
待ってましたよおおおおう!!
乙!めっちゃ甘くて良い!!
263 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/10(金) 03:27:56.80 ID:+W5QYlCw0
なうちゃんの正ヒロイン力がやばい……
264 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/08/13(月) 09:38:18.68 ID:7kMbNPpN0
続きはよ、寝てない
265 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/18(土) 00:37:01.11 ID:2wTGXC1Jo
あれ、来てた!!
266 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:12:51.27 ID:3FrzmiYZ0
【今日、もしくは昨日】
それからしばらくの間、じゃれあったり立ち止まったり歩き出したりを繰り返しながら家に帰り、
ひとつの灯りもついていない家の中を通り脱衣所にタオルを取りに行き、そのままの流れでお互いシャワーを浴びることにした。
はやめに済ませようとは思っていなかったのに、気付いたら自室に戻っていた。時計を見たら十五分とも経っていなかった。
当然のように奈雨はまだ浴室にいるらしい。戻るときに二階の脱衣所から光が漏れていた。
テレビを付ける。ぼーっとながめる。水を飲む。テレビを消す。本を開きかけて閉じる。
なんとなくそわそわして、部屋の窓を開けて雨空を見上げてみる。
今日は雨が降り出してくれて良かったな、なんて思いながら。
「もしかして夢か」
とふと呟いてみる。
「いや、なんで夢とか言ってんだろう……」
冗談めかして言った自分の言葉になぜか落ち込みかける。
夢であってほしくない気持ちなのかどうか。
267 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:13:47.45 ID:3FrzmiYZ0
なんていうか、あほだ。今の俺はだいぶあほになっている。
俺ってこんなだっただろうか。
でもまあ仕方のないことなのだ、多分。
少しでも気を抜くと悶えかねないこの状況。
ずっと好きだった女の子から"好き"と言われたのですから、多少そうなってもいいでしょう。
ぱんぱんと自分の顔を叩いて、
「夢じゃないな、うん。夢じゃない」
と言いながら窓を閉め、振り向く。
「……あ、えと、上がったよ」
奈雨がドアに手を掛けて立っていた。
「……お、おう」
「うん」
「……」
「……なに?」
「あの、もしかして見てた?」
「うん」
「どこから?」
「喋り始めたあたりから」
268 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:14:30.95 ID:3FrzmiYZ0
くすくすと奈雨は笑い、部屋の中に入ってきて、ちらっと俺を見てからベッドに腰を下ろす。
ルームウェアに身を包み、髪はもう結ばれていて、もう寝る準備は万端ということらしい。
「飲み物、もらっていい?」
「……え、なんで」
「下降りるの面倒だし、いいでしょ」
と奈雨は足下に置かれていた水を手に取り飲み始める。
自然とボトルのキャップ付近やら首筋やらに目がいく。
喉が動く様子も目に入ってくる。そう、自然と(だめだこれ)。
やっぱり細いなあ、とか、そういうことを考える。
──いや、ていうか。
「飲みすぎじゃない?」
「え」
よく見たらなくなりかけている。
俺は一口しか飲んでなかったはずなのに。
269 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:15:06.67 ID:3FrzmiYZ0
「……じゃあ、はい」
「いや、もう全部飲んでいいけど」
「……わたしも、もういいよ。お兄ちゃん飲んでよ」
「……」
「……」
そのままなぜかお互い視線を飛ばしたまま固まる。
「……べ、べつにヘンなこととか考えてないし!」
そう言って奈雨は沈黙を破り、派手に赤面する。
自爆だ。
見事な自爆だ。
「あーはい。そういうことにしておこう」
「そういうことってなに」
「……いやまあ、単純なことだよ」
「……」
「ヘンなこと考えてるのはお互い様ってこと」
近付いて、手から半ば奪うようにしてペットボトルを受け取り、口をつける。
270 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:16:11.16 ID:3FrzmiYZ0
「あっ……」
奈雨の驚いたような、戸惑ったような声を感じつつ飲み干し、机に空になったペットボトルを置く。
そしてその流れのまま彼女の隣に腰を下ろす。
「もう寝るか」
「うん。……てか、あの」
「よし、じゃあ電気消すか。今日も一緒でいいよな」
「それは、うん。でも、えっとさ」
「リモコンリモコンっと──」
近くに手を伸ばすと、「ねえ」と奈雨に腕ごとつかまれる。
「お兄ちゃん、さっきから顔真っ赤だよ」
「……うん。だから電気消さない?」
「消さない」
「消さないのかよ」
「うん。お兄ちゃんのこと見てたいし」
「……奈雨も赤いけど」
「知ってる。なんかすごくドキドキしてる。お兄ちゃんの顔をただ見てるだけなのに」
271 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:17:24.19 ID:3FrzmiYZ0
言葉の通り、奈雨はまっすぐ俺を見据える。
どうやら奈雨は仕方のないことだと割り切ってしまったらしい。
……いや、割り切ったというよりも、我慢しなくなった、素直になった、みたいな。
さっきまで外にいたときのようなテンションだ。
「……わかったよ」
頑張ろう。なくなれ俺の理性。
違う、理性じゃない。好きな子相手に張りがちな見栄のようなもの。
慣れないことでもしてみるべきだ、とは思う。
でも、不用意に慣れないことをすると当然失敗はつきもの。
攻撃してたと思ったら自分がやられてた的な。
普通に恥ずかしいあれそれ。もう過ぎたことは諦めよう。
「で、起きてて何をするの。このまま話してる?」
軽めの提案。
「キスしたい」
重めの提案!
272 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:17:59.74 ID:3FrzmiYZ0
「な、なにを言ってるのかね」
「お兄ちゃんが水飲むの見てたらしたくなった」
「はあ」
「抱き合うだけじゃ物足りないし、間接でもめっちゃドキドキするし、さっきしてくれなかったし」
あと、と奈雨は言葉を続けて、
「……ここ最近してなかったし」
外のときと同じように、言い切った後に彼女は目を閉じる。
考えてる余裕も暇もない。
でも、そういえば俺からしたいって言ったことあったかな、とか考えてしまう。
ひと思いに、彼女の方へ顔を近付ける。
いつもならすぐに離してしまいたいと考えていたはずなのに、今はこのまま離さずにいたいとまで思ってしまう。
数秒経ち、顔を離して目を開けると、これまでとは明らかに違うことがあった。
「えへへ……」
奈雨の顔が今まで見たことがないほどに緩んでいる。
というか蕩けている。締まりなんてものはひとかけらも感じ取れない。
273 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:19:02.62 ID:3FrzmiYZ0
「……そんなに嬉しいの?」
「嬉しいよ。もう我慢しなくていいからそのぶんもっと嬉しい」
「我慢って、好き同士ってわかったから?」
「ううん。それもだけど、今までは顔保つので精一杯だったから」
「だからあんなしかめっ面してたのか」
「そうだよ」
それなら納得した。
けれど少しだけ、いや待てよ、と思う。
「じゃあ、その、俺とのキスはどうしてしてたんだ?」
「……それ、訊く?」
うーん、と僅かにうなり声をあげ、
仕方ないか、とでも言うように彼女はため息をつく。
「わたしのことを妹とか親戚の子とかじゃなく、女として見てほしかったから」
「……」
「……最初のうちはね」
「……ん?」
最初のうちは?
274 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:19:50.40 ID:3FrzmiYZ0
「お兄ちゃんの唇を見てるとね、吸い込まれそうになるっていうか、したいなってなるというか、
もうわたしがお兄ちゃんとしたいと思ってしてた。最初の目的なんて忘れてたんだよ」
「なら、ファーストキスを返してっていうのは」
「……あ」
奈雨はさっと視線を逸らした。
俺がまた何かを言おうとすると、つぎはわたしから、と若干焦ったように言って口を塞がれる。
肩に腕をまわされ、ぐいっと力をかけられて、そのままベッドに押し倒される。
今度は数秒と呼べる長さではなかった。
離れてから見上げた彼女の表情は、どうだ、とでも言いたげなものだった。
……そっちがその気なら仕方あるまい。
元の姿勢に戻ると見せかけて、奈雨の身体をベッドに倒した。
何も言わずにキスをして、離して、甘く香る髪を撫でる。
腕を広げてきた彼女の背中に自分の腕を回し、ぼんとベッドになだれ込む。
「寝ながらしよっか」
「うん」
即答。
「どんだけしたいの」
「……すごく。とっても」
275 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:20:21.27 ID:3FrzmiYZ0
「あー、えっと、キスだけでいいよな」
「……まあ、今のところはね」
「……今のところは、なの?」
「……だって、これからいくらでも時間はあるじゃん」
なんだかものすごいことを言われている気がする。
「何か言ってよ」
と彼女は遅れてきた恥ずかしさを抑えるように言う。
「……幸せ?」
「……へえ、疑問形なんだ。へー」
「いや、幸せだよ。大好きな奈雨にそう言ってもらえて」
「そう、大好き……。そっかそっか、えへへ……」
「……」
「……わたしも大好きだよ」
……その顔の緩みどうにかしろよ。俺が言えたことではないが。
かわいいからいいか。俺しか見られないものって思うとまあ。そうじゃなくてもまあ。
それからもう少し探るようなやり取りを交わして、雰囲気だけじゃれ合ってから、電気を消して寝ることにした。
が、思った通り布団に入ってからも奈雨との絡みは続き、朝目が覚めたとき、いつ目を閉じていつ眠ったのかを全く覚えていなかった。
276 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:21:17.91 ID:3FrzmiYZ0
【文化祭 2ー1】
「未来くん、ちょっと眠そうじゃない?」
と、部室に入ってすぐに東雲さんに声を掛けられる。
軽く寝坊をしてしまっていたから、まだ開場前であるとはいえ部室には俺以外の全員が揃っていた。
「ああ、うん。なかなか寝られなくて」
そう答えると、窓の方に立っている胡依先輩が反応を示した。
「ほらやっぱりー」
「……やっぱり、って?」
先輩はほかの二人に目配せをする。
ソラは笑いを抑えるように、東雲さんは少しだけ申し訳なさそうにこちらを見る。
「俺は馬に蹴られて死にたくない」とソラが言う。
「ま、遅刻しなかっただけ許してあげましょう」と胡依先輩が言う。
それとなく察する。
とりあえず平謝りするほかない。
「未来くんが来ない間に、準備とかいろんなの、もう済ませちゃったから」
「そうそう。今日は白石くんにいっぱい働いてもらわなきゃね」
そういえば、かくいう先輩はちゃんと寝たのだろうか。
部室のなかを見渡すと、当たり前だけどゲームの類は出されていない。
だからまあ、そこらへんは東雲さんがうまくやってくれたのだろう。
「今日はまったりがんばりましょう」
と、胡依先輩が声を上げると同じタイミングで、出展開始の校内アナウンスが鳴り響いた。
文化祭の二日目が始まった。
277 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:22:07.37 ID:3FrzmiYZ0
【文化祭 2ー2】
「それじゃあ私は、白石くんにお願いしようかな」
と、部誌を数冊手に持った萩花先輩が、ペンをこちらに向けて差し出してくる。
「俺ですか?」
「うん」
「……いいんですか?」
「いいよ。好きなふうに描いてくれていいからさ」
「逆にそう言われると難しいですね」
「……まあ、そうね」と萩花先輩は頷く。
そして、二、三人の列が出来ている胡依先輩の方をちらと見る。
「なら、そうだね。……身長差カップルとか?」
「一応訊きますけど、カップルって男女ですよね?」
「え、なんで」
「わかりました」
これ以上深くは訊くまい。
278 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:22:43.25 ID:3FrzmiYZ0
俺が描いている間、萩花先輩はペラペラと部誌を見ていたが、その中の数ページに目を留めた。
「これ、あの子が描いたの?」
「あの子って?」
「東雲さん」
「そうですよ」
「……なるほど。なるほどね」
と神妙そうな面持ちで頷いて、部誌の並んだ机よりも後ろでお金を整理している東雲さんのところに歩いていく。
少し心配になって様子を窺うと、先輩は自然な笑みを浮かべて東雲さんに声を掛けた。
「ねえ、うちの部にこない?」
「はい?」
「しゅかちゃん、それはダメ」
反応早すぎないか。
279 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:23:13.14 ID:3FrzmiYZ0
「どうして胡依ちゃんが答えるの?」
「どうしてって、私のシノちゃんをとろうだなんて……」
「いや、違くて。引き抜きとかじゃなくて、道具とかの話」
「それでもダメ」
強い否定に「そっか」と顎に手にやり考えるような仕草を見せたものの、萩花先輩はあっさり引き下がった。
「あ、えっと、東雲さん」
「は、はい」
「いつでもいいから暇なときに美術室に来てみてよ。美術部としてでなくても、画材とかは貸せるからさ」
そして、その言葉に驚いたように、
「……あ、はい。わかりました」
と東雲さんは頷く。
心なしか表情を硬くした胡依先輩と視線が合ったが、すぐに逸らされてしまった。
280 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:24:47.32 ID:3FrzmiYZ0
【文化祭 2ー3】
最初こそ高校棟の混雑を避けるようにお客さんが入ってきていたが、時間が経つとそういう人たちはめっきり減ってしまった。
今のところ売れ行きは問題ない。ほぼ萩花先輩と、ぞろぞろと連れられてきた美術部員のおかげではあるが。
四人で他愛のない話をして暇を潰していると、不意に部室のドアが開く。
「こんにちは、先輩」と零華がドアの方をちらっと見ながら近付いてくる。
ドアが閉まる前に、奈雨と伯母さんが部室に入ってきた。
「お、みーくん」
と、伯母さんもこちらに歩いてくる。
そしてその半歩後ろほどで、奈雨が眠たげに目をしょぼしょぼとさせている。
281 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:25:33.77 ID:3FrzmiYZ0
「どうも」
「どうも」
「三部でいいですか?」
「うん。そうね」
ありがとうございます、と部誌を手渡すと三人はその場でそれを見始めた。
ソラが三人分の椅子を用意してくれて、なにせ暇なので部室内のみんなで会話が始まった。
「これ、先輩が描いたんですか?」
零華は本気で驚いているようにそう言ってきた。
「ああ、まあ……」
「けっこう好きです。てか、絵が描けるだなんてこれまた意外な特技ですね」
「特技ってほどでもないけどな」
「わたしも小学生の頃はお絵描きとかしたんですけどねー」
と、ぽろっと零華が言うと、
「お、入部希望?」
と胡依先輩が耳ざとく反応する。
282 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:26:07.73 ID:3FrzmiYZ0
「いえいえ。わたし全然うまく描けないと思いますし」
「んー……部活は何か入ってるの?」
「今は入ってないです」
「なるほど。じゃあ入部しようね」
「なるほど……?」
「あ、そういえばお名前は?」
「え、あ、零華です」
「そう、零華ちゃん。かわいい名前だね」
「……あ、ありがとうござい、ます?」
若干首をかしげる零華を見て、先輩はくすくすと笑う。
零華がたじろいでいる姿なんて初めて見たかもしれない。
283 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:26:42.43 ID:3FrzmiYZ0
「見境ないですね、胡依先輩」
「まあかわいい子だからね。声は掛けとかないと」
「はあ」
「奈雨ちゃんも入部してくれるんでしょ?」
と横を見る先輩につられて奈雨の方を見やると、東雲さんと部誌を片手に何かを話していた。
「え、奈雨ちゃんも入るんですか?」
「そうだよね? 白石くん」
「ですね」
「じゃあわたしも入ります」と零華はあっさり意見を翻す。
「入ってくれると思ってたよ」と胡依先輩は嬉しそうに頬を緩ませる。
いいのかこれ。
まあ、面白そうだからいいのか?
「──あ、そういや未来って付き合ってるんだっけ?」
いきなり向こうから質問が飛んできた。
その主は、ソラと、にやりと笑っている伯母さん。
284 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:27:17.53 ID:3FrzmiYZ0
ソラの声が少し大きかったから、急にみんな静かになる。
というより俺に注目が集まる。なんとなく緊張する。
奈雨は俺をきょとんとした目で見つめてくる。
もう既にある程度知っている人たちだしべつに隠す意味もないしな、と、
「えっと、そんな感じ──」
と言いかけてから気付く。
「──あれ……あ、付き合っては、ない、のか?」
思い返せばそういう話を一切していなかった。
好きだとは言ったけど。言われたけど。
この先もあるみたいな言い回しをされたけど。
「すっかり忘れてた」と奈雨はうんうん頷く。
「そんな大事なこと忘れたら駄目ですよ」と零華に叱られる。
「……いや、なんつーか、昨日はそれで満足だったというか」
と焦ったのかひとりでに感想のようなものがこぼれてくる。
285 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:27:50.56 ID:3FrzmiYZ0
「そうなのね。奈雨、よかったじゃない」
伯母さんは特に言葉尻を捕らえてはこなかった。
これまでの傾向からして、それよりも奈雨の反応を見て楽しもうとしたのだろうと思う。
「うん、よかった」
だから、普通に肯定してしまうのはあまりいい反応とは呼べないだろう。
「わたしとしてはどっちでもいいってことにしとく」
と奈雨は視線を俺に向けてくる。
その時は少し照れが見え隠れしていたようで、伯母さんは満足げに頷く。
「先輩! ここはヘタレ脱却のチャンスですよ!」
「野次るな」
「あ、はい」
零華を見るときに東雲さんやら胡依先輩の表情が目に入る。
みんなそこそこ笑っていた。
286 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/08/19(日) 03:28:27.18 ID:3FrzmiYZ0
ただようおめでとうムードのようなもの。悪い気はしない。
俺は零華に、奈雨は伯母さんに背中をぽんと押されて、お互い向き合う。
「それで、お兄ちゃんはどうしたい?」と奈雨はにこりと笑う。
久しぶりに見た気がする。こういう小悪魔的な微笑み。
"どうしたい?"ってそりゃ付き合いたいとは思うけど。
とりあえず今は場所が場所だ。
そういうことを言うとしたら、昨日みたいに二人きりがいい。
「明日って空いてるか?」
「うん」
「じゃあとりあえず、そのときに」
と俺は会話を打ち切った。
零華とソラは残念そうな顔をしていたけど、後で訊いてきたら答えればいいのだ。確実に訊かれるだろうし。
それから少しだけ俺と奈雨の話をされて、もう別の話題に移ろうかというところで、
そんななか胡依先輩は一人顎に指を当てて、何か思い出したいことがあるように「なーんかなあ」と唸っていた。
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