小日向美穂「丸出し尻尾と不思議なお菓子の夜」

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1 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:16:10.11 ID:0x2blYwD0
 モバマスより小日向美穂(たぬき)などのSSです。
 独自解釈、一部アイドルの人外設定などありますためご注意ください。
 地の文、台本形式両方で進行します。


 前作です↓
鷹富士茄子「神様風邪を引きまして」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1516519841/

 最初のです↓
小日向美穂「こひなたぬき」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1517926569
2 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:18:05.20 ID:0x2blYwD0
 問:
 バレンタイン、どうする?


 ――気楽な人の場合

「あー、そういえばそろそろだねー。あたしもお相伴に預かれるかなぁ。
 え? いやいや別にあたしだって和菓子専門じゃないよ。甘味に貴賤無しって言うやん? 言わない?」


 ――気楽な狐の場合

「うち、そういうんには疎うてなぁ。家を出てから初めてのばれんたいんやさかい、ちょっと楽しみなんどす〜」


 ――ゆるふわな人の場合

「そうですねぇ、私も何か用意しなくちゃっ。お世話になってる人達や、もちろんお友達のみんなにも!」


 ――その日が誕生日な人の場合

「なになにーフレちゃんのお誕生日会のハナシー? 誕生日プレゼントは365日24時間受付中だよ〜♪」


 ――その日が誕生日な人の友達の人の場合

「にゃはは、観測しがいのあるイベントだねぇ。ん〜あたしが見たとこホンキなのはひとりーふたりー……」


 ――ちょっとギリギリな悪魔の場合

「う〜……チョコでしょ? アタシお菓子作りの方はまだちょっと――なんて言ってらんないか。うんっ、まあ見ててよ★」


 ――だいぶギリギリな狸の場合

「ば、バレンタイン……何か……て、手作りで? でも私お菓子なんてっ、ああお仕事もあるし、ううぅどうしよう〜……っ!」
3 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:19:01.99 ID:0x2blYwD0

  ――2月某日 事務所


楓「――だそうですよ、プロデューサー」

P「どうして俺にそれを言うんですか、楓さん」

楓「あら、気になるかと思って」

P「いやいや、バレンタインにそわそわするなんて学生までのことでしょ」

P「こっちはいい歳なんだし、当日にだって仕事はあるわけだから」

楓「うちには可愛い子がたくさんいますもの。プロデューサーもチョコをたくさん貰えるんじゃありませんか?」

P「わはは、まさか。身の程くらいわきまえてますよ」

P「チョコっと義理チョコでも貰えるだけで御の字ですって」

楓「……」

P「……」

楓「いまいちですね」

P「高垣師範……!」
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/06(火) 23:19:06.95 ID:WqBAvecbo
イヌ科だけどチョコ大丈夫なのか?
5 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:20:01.13 ID:0x2blYwD0

楓「そうだ、今夜久しぶりに一杯いかがですか?」

P「また急だな。無理です」

楓「あら即答……」

P「今日はちょっと遅くなりそうですから。昔みたいにパパッと済ませて〜ってわけにはいきませんよ、流石に」

楓「けれど私、最近出した新譜のご褒美、まだ頂いていませんが……」

P「う」

楓「ああ、寂しいわ。せっかくナイスなお店を見つけたのに、プロデューサーは行く気ないっす……」

P「ぬ、むむ」

楓「ねぇ、本当にいけませんか、プロデューサー……?」

P「…………」

楓「……ね、Pさん?」

P「はぁ……もう」

P「一軒だけですからね。ハシゴは無し。軽く引っかけてすぐ開くなら付き合います」

楓「ふふふ、はーい♪」
6 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:21:17.05 ID:0x2blYwD0

   ―― 談話室


「うぅ〜〜〜〜〜ん…………」

 と、電子レンジみたいな唸り声をあげる私は小日向美穂。
 目の前のテーブルには、二種類の書類が広げられていました。

 一方はこれからするお仕事の資料。もう一方は――

「バレンタインフェア?」
「わあっ! あ、藍子ちゃん、いつの間に?」
「あ、びっくりさせちゃってごめんなさい。美穂ちゃん、何かすごく集中してるみたいだったから……」

 私としたことが、入ってくる藍子ちゃんに気付きさえしなかったなんて。
 それくらい集中……っていうか、うんうん悩んじゃってたんだなぁ……。

「美穂ちゃんがそういうお顔するの、なんだか珍しいですね。私で良かったらお話を聞きましょうか?」

 ぽふっとソファの隣に腰掛ける藍子ちゃん。
 彼女は私よりちょっと先輩で、時折こうして悩みを聞いてもらっちゃうこともあるんです。

 私の悩みというのは、まさにバレンタインデーに関わることなのでした。
7 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:22:45.44 ID:0x2blYwD0

「CMのお仕事、ですか」
「うん。あのね、〇〇っていうお菓子屋さんがバレンタインに合わせてキャンペーンをするの」

 正確にはCMだけじゃなくて、もっと大きくキャンペーンそのもののプロモーションって括りなんですけど。
 そのテーマっていうのが、「ちょっぴり大人なビタースウィーツ」。
 セットや衣装もとてもしっかりしたもので、独特な世界観を演出するものなのです。

「私が着るのは、こんな感じの衣装で……」
「どれどれ……。わっ、すてき! シックな感じで、とってもかっこいいです」

 燕尾服って言うんでしょうか。
 そういうのをベースにしたマニッシュな衣装で、小さなシルクハットにステッキを備えたパンツスタイル。
 これまでの私は、ほとんど着たことが無いようなイメージです。

「そうなの。これを着た私が、キャンペーンのイメージキャラクターになってて……」

 設定はこう。
 私は、お菓子の館の謎めいた女主人。
 夢かうつつか、迷い込んだ旅人をもてなし、甘くもほろ苦い幻想の世界へ招待する――といったもので。

 ふんふん、ふむふむと、藍子ちゃんは私の説明を聞きながら興味深げに資料を見ていました。
8 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:23:39.35 ID:0x2blYwD0

「なるほど。ちょっとファンタジーな感じなんですね。なんだか、いつかご一緒したお仕事を思い出しますね♪」

 そうそう、ハロウィンに合わせた二人の魔女ってイメージで。
 確かにそれと似通っているかも。

 だけど違うのは、私が演じる役どころで……。

「それが、不安なんですか?」
「うん……うまくできるかなぁって。私こういう大人っぽくてかっこいい役、したことなかったから」

 もちろん、だからといって出来ないなんて言うつもりはありません。
 私が演技のお仕事にも興味があることを、プロデューサーさんが汲んでくれたんだと思います。

 つまり、これは私の役者としての試金石ですっ。

 …………っていっても、初めてのことだからちょっと不安になります。
 化け狸は変化が得意といったって、ちゃんとした演技は別なんです。ほんとですよ!


 それに、これだけなら私はこんなに悩んだりしませんでした。
 もう一つ、乗り越えるべき問題はあるのです。しかも、まったく同じ時期に……!
9 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:24:38.61 ID:0x2blYwD0

「こっちの方は……チラシや雑誌ですね。バレンタインデーの特別セールとか、男の人が喜ぶプレゼント特集とか……」
「う、うん」

 そうなのです。
 バレンタインデーが近いのです。

 ……もうすぐなのです! 気が付けば!

「プロデューサーさんですか?」
「はうっっ」

 なんですぐわかったの!?

「うふふっ、お顔を見たらすぐわかります♪」

 藍子ちゃんはいつも通りの笑顔。私は観念するしかありません。

「んぅ……その。い、いつもお世話になってるから。えと、何かお返しできないかなって……」
「手作りで、何かお渡しするんですよね?」
「…………ぅん」

 藍子ちゃんはにこにこ顔。全部見透かされてるみたい。

「けど私、お菓子って作ったことがなくて……っていうか、お料理もまだ全然だし」
「そうですねぇ。お菓子とお料理っていうのも、ちょっと違うし……」
「うん。響子ちゃんや美嘉ちゃんも、そっちはあんまり詳しくないみたい」
10 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:26:03.08 ID:0x2blYwD0

 けど、私はやっぱり私の手で何かを作りたい。
 日頃の感謝や……その、いろんな想いを込めて、プロデューサーさんにプレゼントをお渡ししたくて。

 でも上手くできるか不安で。
 役の方も同じくらい不安で。

 もちろん精一杯がんばるつもりではいるけど、どっちもおろそかにはできないから。
 そういう二重の心配事がよりにもよって同時期に襲い掛かって来て、正直いっぱいいっぱいだったりします。

「なるほど……」

 藍子ちゃんは私の言葉一つ一つを律儀に頷きながら聞いていました。
 と、何かを思い立って両手を合わせます。


「そうだっ。『夜市』に行きませんか?」
11 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:26:44.31 ID:0x2blYwD0

「よ、よいち?」
「はいっ。ちょうど、今夜久しぶりにやるみたいなんです♪」


 夜市……夜の市。文字通り。
 藍子ちゃんが言うには、「夜市」は不定期に都内某所で開かれるみたい。

 知る人ぞ知るみたいな感じで、広告とかは全然出てないんだとか。

「私のお友達のお菓子屋さんも出店してるんです。そこでお菓子作りを教わってみたらどうかなぁ」
「お菓子屋さん……! ほんと!?」

 藍子ちゃんはいつものようなほんわかした笑顔で、こっくり頷きました。

 私は日暮れごろ、藍子ちゃんとそこへ行く約束を交わしたのでした。
12 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:29:31.06 ID:0x2blYwD0

 〜一方その頃〜


美嘉(やるからには半端なことはできない)

美嘉(とはいえ、アタシもまだチョコにはそんなに自信が無いし……)

美嘉(ぶっつけ本番? まさか。よりによって年に一回のチャンスにそんな適当なことできるわけないし)


響子「美嘉ちゃんっ。お菓子作りの本、あるだけ持ってきました!」

美嘉「ありがと響子ちゃん。あれ……美穂は?」

響子「今夜はちょっと用事があるとかで、今は出かけてるみたいです」

美嘉「そっか……」

美嘉(別の道を見つけたってこと? いいじゃん、面白くなってきたっ)

美嘉「てか、ごめんね? アタシのわがままに付き合わせちゃったみたいで」

響子「そんな、いいんですよ。私もちゃんとお菓子作りに挑戦したいって思ってたし……」

響子「それに、みんなにも喜んで欲しいですから!」フンス

美嘉「わかった。それじゃ、よろしくね★」

響子「はい! じゃ、えーっとまず――」
13 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:30:04.87 ID:0x2blYwD0

フレデリカ「呼ばれて飛び出てフレデリカ!!」

志希「あーんどシキちゃん!!」

響子「きゃっ!?」

美嘉「呼んでないし今どこから出たの!?」

フレデリカ「アタシはいつもみんなの心の中にいる青春の幻影なのだよ……」

志希「実は幻覚かもしれないよねー」

美嘉「って、触れるんだから幻覚なわけないでしょ」ムギュー

志希「ふへー」プニー

フレデリカ「っていうのはともかくー、話は聞かせてもらったよ!」

フレデリカ「ここはこの宮本フレデリカが、一肌もふた肌も脱いであげよう!」

響子「はだか!?」

美嘉「一肌脱ぐ、って……」


フレデリカ「フフフーン♪ 実は、フレちゃんチョコ作るの大得意なんだ〜!」


 〜閑話休題〜
14 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:31:06.10 ID:0x2blYwD0

 東京メトロ浅草駅で降りて浅草寺近辺を北側に回り込み、千束通り沿いの怪しい中華料理屋さんから裏に入って更に奥。
 普段は野良猫さんくらいしか通らないような室外機だらけの細道を、藍子ちゃんはすいすい通っていきます。

「ほ、本当にこの先なの?」
「はいっ。あ、狭いから足元気を付けてくださいね?」

 ふわふわっとした足取りでありつつも、藍子ちゃんのペースは意外と早くて。
 私は暗くなり始めた裏路地の中、揺れる彼女の後姿を追って歩き続けました。

 実際、どこをどう歩いているものか私にはさっぱりわかりませんでした。
 空は見えなくなって、幾つもの小路を右へ左へ曲がり、人一人分の幅しかない隧道を抜けて。

 街の喧騒が遠く離れた深い部分へと、息をしながら潜行していくかのようでした。
15 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:32:57.64 ID:0x2blYwD0

「夜市には、色んな人がお店を出してるんです」

 古びた石階段を下へ下へと下り続けながら、藍子ちゃんは語ります。

「普段は本業があったり、学校へ行ったり、そんな人達が自然と寄り集まって……。
 歴史も長いみたいなんですよ。今の総代は15代目だって聞いたことがあります」

 正直私にはちんぷんかんぷんで、左右に揺れる藍子ちゃんのふわふわ髪を追いながら頷くしかできません。


「あ、そうそう。そんなに厳しくはないんだけど、夜市にはひとつ暗黙のルールがあるんですよ」

「ルール?」

「『本当の名前を名乗らない』っていうこと。
 たとえば屋号とか、あだ名とか……お互いを通称で呼び合うんです」

「屋号……ナントカ屋さん、みたいなの?」

「そうそう。あ、罰があるとか後ろめたいことがあるとか、そういうことじゃないんですよ?
 表の立場やお仕事の垣根が無い、みんな同じ……そんな夜市にしようって計らいなんだそうです」

 肩越しに振り返り、藍子ちゃんは人差し指を口の前に立てました。


「私達、普段はアイドルですから。ちょっぴり好都合かもですね♪」
16 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:34:46.96 ID:0x2blYwD0

 やがて階段を下りきり、私達は冷たいコンクリートの床に立ちました。
 ……ここ、どこなんだろう?
 下りはしても上ったことはない筈だから、少なくとも地下ではあると思うんだけど……。

 こんなところで、夜市なんて本当にやってるのかなぁ?

「いいですか、美穂ちゃん? ここからは、私達はアイドルじゃなくて一人のお客さんです」
「そっか、名前……。藍子ちゃんはなんて名乗るの?」
「私ですか? うーん……」

 目の前には小さな扉。ノブにすら錆が浮いた鉄のそれに手をかけながら、藍子ちゃんはかわいらしく小首をかしげます。


「写真屋さん、かなぁ?」


 そして――


 開いたドアの向こうは、色とりどりの灯りが鮮やかに踊る、よく晴れた月夜の大通りでした。
17 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:35:39.90 ID:0x2blYwD0

「え」
「ほら美穂ちゃん、こっちですよ」
「え、え、え!?」

 こんなに広い空間どこにあったの?
 ていうか、地下なのに月が見えるの!?

 空はとても広く、雲一つない夜空には満点の星が輝いています。

 夜市の賑わいはお祭りのようで、お客さんを呼ぶ声、談笑の声、陽気な歌謡曲があちこちから聞こえてきます。

 どこかから焼きそばのいい匂いがして、私は地元熊本の藤崎八幡宮の初詣を思い出すのでした。


 ともかく藍子ちゃんを小走りに追いかけます。
 夜市の出店は本当にたくさんありました。

 それこそ縁日の屋台形式の食べ物屋さん、射的屋さん、金魚すくいにクジ引きにお面屋さんとかも。

 途中藍子ちゃんが子供向けアニメの魔女のお面を買い、ななめに被っていたずらっぽく笑ってみせます。
18 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:37:17.30 ID:0x2blYwD0

 出し物は屋台だけじゃなく、もっと大きな規模のものもありました。
 たとえばちょっとした舞台だとか、しっかりしたテント状のものだとか……。

 目がくらくらするほどの極彩色の幟や灯りが方向感覚を狂わせます。
 鈴なりにぶら下がる蘭鋳(らんちゅう)型の灯篭を見ていると、ここが明るい海の中だと勘違いしてしまいそうになるのです。


 と、いつの間にか目的地に着いていました。

 とてもしっかりした、大きな家形テントでした。
 逆さまの漏斗に似た形で、広さとしては小さめの一軒家くらいは余裕であります。
 外から見てもメルヘンでファンタジーな感じがして、心なしか甘い匂いもしてきています。
 テントってレベルじゃなくて、これはもう立派な店舗のような……。

 出ている看板は板チョコをモチーフとしたお洒落なもので、文字は……えーっと。
 よ、読めない。何語なんだろうこれ……。


「ごめんくださーいっ」
19 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:38:05.56 ID:0x2blYwD0

 呼びかける藍子ちゃん。
 けど、返事はありません。

「あれ? あのーっ、ごめんくださーいっ。どなたかいませんかーっ?」

 しーん……。

 閉まっているんでしょうか。
 看板も幟も出てるし、そんなことはないと思うんですけど……。

 ただでさえ慣れない場所にいる私は、思わぬ事態にやたらとそわそわしてしまいます。
 藍子ちゃんがもう一度大きく息を吸い、あんまり慣れない大声で呼びかけようとした時――


「な、な、なんでしょうかぁ……」


 テントの入り口が開き、おずおずと顔を出してくる子が一人。
20 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:40:20.14 ID:0x2blYwD0

 テントから出てきたのは、とっても可愛らしい小柄な女の子でした。

 チョコレート色の制服にリボン付きのパティシエ帽がとっても似合っていて。
 蘭子ちゃんみたいにくるくるロールした髪はカスタード色で、ちんまりした体躯と合わさって、なにやら森の小動物を思わせます。
 だけど綺麗な目は明後日の方を向いていて、眉はハの字で、おまけに腰が引けまくっていました。

「お久しぶりです、りすさんっ」
「あ、あのぅ。はい……えと、どうも……」

 りすさん。
 藍子ちゃんとは顔見知りみたい(でも目は合わせません)。なら、私も……!

「あのっ、こんばんは、りすさん!」
「へう!? どどど、どちら様でしょうかぁ……!? あ、お客様か……」

 りすさんは引っ込もうとして踏みとどまって、重心を思いっきり後ろに傾けたまま返事してくれました(でも目は合わせません)。

「初めまして。私は、こひ……」

 じゃなくて。
 そうだ、あだ名みたいなのを名乗らなくちゃなんだ。
 りすさんはリス、じゃあ私はやっぱり――

「たぬきです」
「たぬきさん……」


「しょ、食物連鎖的には、りすより格上のようなぁ……」
「そんなことないよ!?」

 怯えてまた引っ込もうとするりすさんを、私と藍子ちゃんの二人でどうにか引き止めました。
21 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:41:38.78 ID:0x2blYwD0

「みんなはお出かけ中なんですか?」
「ぇ……と、はい……あの。うしさんとマカロンさんとドーナツさんは……か、買い出しに行ってまして……」


 お店の中はとってもお洒落で、仮にもここがテントだということを忘れさせるくらいでした。
 映画のセットみたいなカフェテーブルにカウンター、ディスプレイに並んだ色とりどりのお菓子……。
 それらが、仄明るい照明を受けて宝石みたいに輝いています。

「もり……あ、いや、りすくぼは接客が得意ではないので……。う、裏でどんぐりでも拾っていようかと……」
「あ、ううん、今日はお客さんとして来たんじゃないんです。実は相談したいことがあって……」
「そそ、相談!? より苦手な気がするんですけど……い、いちばん下っぱなのでぇ……」
「そんなことないと思うけどなぁ。りすさんとっても優しいし、お菓子作りだって上手だし」
「へぅぅ……」

 藍子ちゃんに褒められてもにゃもにゃしてるのは、多分照れてるんだと思います。
 かわいい。
22 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:42:55.53 ID:0x2blYwD0

「け、けど、あの、りすくぼはやっぱり未熟なので……店長を呼ぼうと思いますけど……」
「あ、アップルパイさんがいるんですか?」
「確か厨房の方に……しばらくおまちくださいぃ」

 奥の方にぽてぽて入っていくりすさん。そっちが厨房なのでしょう。

 ちょっとしてから「ひょえぇ〜……」と覇気のない悲鳴が聞こえてきて、どうしたんだろうと思っていたら、
 りすさんの他にもう一人、女の子がぱたぱた走り出てきました。


 しかも半裸でした。

23 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:44:00.25 ID:0x2blYwD0

「はだかーっ!!?」

「あっ、ごめんなさい〜。クッキー作ってたら、なんだか暑くなっちゃってぇ……。
 いらっしゃいませ、お客様っ♪」

 フリル付きの可愛らしい下着にエプロン姿で、ぺこりと一礼。
 ……って、ほぼ裸の本人が一番のんびりしてるんですけど!

「ててて、店長、上着を持ってきたのでぇ……!」
「ありがとうりすちゃん。うんしょっ、と……」
「アップルパイさん! またそんな風に脱いで!」
「あれ、写真屋さん〜? わぁ、来てくれたんですねぇっ」

 わたわたするりすさんとぷりぷり怒る藍子ちゃん。
 対する店長さん――アップルパイさんは柳に風で、おっとりにこにこ微笑んでいます。


 アップルパイ……ぷ、ぷるぷるぱい……はっ!? わ、私は何を!?

 …………すごかったなぁ。
24 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:45:47.99 ID:0x2blYwD0


「――なるほどぉ」


 お店の小さなカフェテーブルで、アップルパイさんは私達の説明を聞いてくれました。
 りすさんと一緒に淹れてくれたシナモンティーはとってもおいしくて、体の芯から温まるようでした。

「バレンタインデーかぁ。そういえば、そろそろだってマカロンちゃんも言ってたっけ」
「といいますか……うちでもそのフェアしてるんですけど……」
「あれ? あっ、そうだったぁ……!」

 お店の一角には、かわいらしいポップで彩られたチョコレートコーナーが。
 ……アップルパイさん、ちょっと天然さんなんでしょうか?

「えへへ。ごめんなさい、私ちょっと抜けてて〜……それでえぇっとぉ、たぬきさん?」
「あ、はいっ、たぬきです!」
「手作りのプレゼントを作りたい、でしたよね?」
「そうなんです。けど私、そういうの全然したことないから、どうしようって……」
「その人のこと、好きなんですか?」
「へっっぶ」

 むせました。
25 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:46:32.74 ID:0x2blYwD0

 アップルパイさんはおっとり笑顔、藍子ちゃんもにこにこしたまま。
 りすさんは「ほぇえぇえぇ……!?」と真っ赤になって私達の顔を見比べます。


 私はしどろもどろになって、
 両手でカップを持ったまま俯いてしまい、
 なんにも言えないままで、どうにかこうにか首は動かせて、

 こっくり、と頷きます。

 すると、アップルパイさんは花のような満面の笑みを咲かせました。

「うんっ、だったら大丈夫! きっと素敵なお菓子が作れますよっ♪」
26 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:47:48.29 ID:0x2blYwD0

 私達はエプロンを付けて、四人で厨房に入りました。
 やっぱりテントとは思えない完璧な設備で、なんとバウムクーヘンを焼く機械(すごく大きい)までありました。

「クッキーが作りかけだから、そっちから仕上げちゃいますね。ちょっとだけ待っててくださいね?」

 クッキー。
 そっか、チョコ以外にもそういうのもあるんだ。
 プロデューサーさんはきっとチョコをたくさん貰えるだろうから、私はそれくらいの変化球を、とか……。

 ……うん、いいかも。

 と考える私をよそに、アップルパイさんは作りかけのクッキーを前に腕まくりしました。
 
「アップルパイさんは普段はああいう感じだけど、お菓子を作る時は凄いんですよ」

 耳打ちしてくる藍子ちゃんの声色は、なんだかわくわくしているようでした。
 私達が見守る中、アップルパイさんは「うんっ」と頷き――
27 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:49:04.91 ID:0x2blYwD0

「わぁ、すごい……」

 藍子ちゃんが言う通りでした。
 アップルパイさんの手際は、素人の私が見ても惚れ惚れするほど鮮やかで。

 楽しそうな笑顔を浮かべ、鼻歌まじりに厨房で躍る彼女は、お伽噺の魔法使いのようでした。
 
「――会いたいから焼いたのっ♪ アップルっパイっ♪ ――じゃなくて、クッキーっ♪」

 ちん、とオーブンが時を告げて。
 お城が開門するように蓋を開けば、うっとりするような香ばしい匂いが厨房を彩りました。


「クッキーって簡単なようだけど、ほんとは意外と繊細なお菓子なんです」

 焼きたてさくさくのクッキーはびっくりするほどおいしくて、味見させて貰った私達は一口で虜になりました。

「シンプルだけど、それだけに奥が深いっていうか……。
 たくさん工夫できるし、気持ちもたっぷり込められる、そんなお菓子なんだと思います」

 もちろん、他のお菓子にもそれぞれの良いところがありますよ♪ ――と付け加えて、
 アップルパイさんはクッキーを売り物用の小瓶に分けて詰めました。
28 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:49:33.54 ID:0x2blYwD0

 シンプルだけど、奥が深い……。
 気持ちもたっぷり込められる……。

 決めました。

「私、クッキー焼いてみます!」

 あんまり複雑なものは自信が無いっていう理由も、ちょっとあるけど……。
 込める気持ちだけは、誰にも負けないつもりだから!

 藍子ちゃんもアップルパイさんもりすさんも、それぞれ頷いてくれました。
29 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:50:19.06 ID:0x2blYwD0

「お菓子は、幸せの為にあるんです」

 作業をするのは全部私。
 三人は、ほんのお手伝いをするのみ。

 そうは言っても流石に緊張する私に、アップルパイさんがアドバイスをくれます。

「可愛くておいしくて、食べてくれた人みんなを笑顔にする為に。
 そんな甘い幸せを、誰かに伝えたいと思うことが大事なんですよ」


「だから、何より自分の気持ちに素直になること。
 好きなこと、大切なこと……その全部に嘘をつかないで、作る自分がまずいちばん幸せになるんです♪」

30 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:51:25.03 ID:0x2blYwD0

 まず生地を練るところから。

 薄力粉に卵に、ココアパウダーやバター、お店自慢っていう特製牛乳を用意して……。

 どんな味にしよう?
 甘いのがいいのかな。それだとちょっと子供っぽいかな。
 ビターな味付けにした方が、男の人は喜ぶのかな。

 最初の段階で結構迷っちゃって、一つ一つ確かめるように手順を踏んでいきます。
 途中、藍子ちゃん達の助けを借りながら。


「今日は夜市の夜で、ここは不思議なお店ですから――」

 私の手に手を添えて生地の混ぜ加減を教えてくれながら、藍子ちゃんが囁きます。

「ちょっとだけ、意外なことが起こるかもしれません。
 でも大丈夫。アップルパイさんの言う通り、自分の気持ちに素直になれば、きっと素敵なクッキーが焼き上がりますよ」


 ――?

 意味がよくわからなくてつい首を傾げると、藍子ちゃんは微笑んでもう一度「大丈夫」と言いました。
31 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:52:30.19 ID:0x2blYwD0

 新しい甘やかな香りが、立派な厨房に満ちていきます。

 私の手際は決していいとは言えませんけど、それでも着実に作業は進んでいき。


 ――なんだか、頭がぽぉっとしてきて。

 動く両手が現実感を失くしていき、頭の中にまで甘い香りの靄がかかってくるようで――


 不意に、ぷつんっと意識が途切れます。
32 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:53:26.93 ID:0x2blYwD0

 〜『錬金(つく)ってあそぼ』〜


フレデリカ「ハスハスさん、今回は何作るの〜?」

志希「んっふふ〜。今日はねフレリ、これさー!」

志希「『気になるカレを肉体改造! 神酒(ソーマ)入り超絶健康チョコ』〜!」ペカペカーッ

フレデリカ「錬成(でき)るっかな♪ 錬成(でき)るっかな♪」

志希「ハスハスフム〜♪」

美嘉「いや普通のでいいから! ソーマって何!?」

響子(『できるかな』は違う番組だったような……?)

志希「んにゃ、ソーマ知らない? 超古代植物アンブロディアから精製できるインドの霊薬でー飲んだら不死身になっちゃうやーつ」

志希「でもあんまし使っちゃいけないやつなんだにゃ〜。ほら、マークされてるから、財団に」

響子「ざ、財団!? 何のですか!?」

美嘉「てかプロデューサーを不死身にしてどうすんの!」

志希「あ、やっぱしプロデューサーにチョコ作るんだ? ホンキのやつー?」

美嘉「ん゙っっぐ」

響子「わぁ、み、美嘉ちゃん……///」

美嘉「…………と、とにかく、作るのは普通のやつ! 変な薬はナシでお願い!」

フレデリカ「ういむ〜っしゅ! チョコのことならフレちゃんにおまかせあれ〜!」

フレデリカ「なんせアタシはチョコと一緒に産湯に浸かったってママが言ってたからね〜♪」

志希「せいぜい死ぬ気でチョコを作ることだな……!)フェードアウト

美嘉「皆川フェードやめて!」


 〜つづく?〜
33 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:54:19.89 ID:0x2blYwD0


「――――たまえ」

「ん……うぅ……?」
「ほら、起きたまえ、君。こんな月夜にお昼寝もあるまいよ」

 ……意識を揺さぶる、誰かの声。
 それに風の気配。私、厨房の中にいたような……?


 というか、呼びかけてくる声に聞き覚えがありました。


 だって、私の声なのだから。


「はっ!?」
「ようやくお目覚めか。門前で熟睡とは、まったく剛毅なお客人もいたものだ」


 慌てて起き上がる私の前に、私がいました。
 小日向美穂が、もう一人。
34 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/06(火) 23:57:50.00 ID:0x2blYwD0

「どうかしたのかな? 魔女でも見たような顔をして」


 ある意味魔女より、神より悪魔より驚きの相手でした。

 顔も声も身体も、私自身とそっくりそのまま。

 ただ纏う衣装と雰囲気だけが、私と180度違います。

 口をぱくぱくさせたまま、なんにも言葉が出てきません。


「いや、無理もないか。心配要らない、これは夢さ。君は自分の夢の中で目覚めたんだ」
「夢……?」
「私を知っている筈だ。ほら、覚えが無いかな? この衣装、このイメージ……」

 手にしたステッキをくるりと回し、「私」はモデルのように足を揃えてみせました。
 燕尾服をベースにした、パンツスタイルの瀟洒な黒衣。
 上品な意匠が入った漆黒のステッキに、紅い花をあしらった小さなシルクハット……。

 これって……!

「あのキャンペーンの、イメージキャラ……!?」
「そうとも。夢に現れる魔法の国、ここは満月の夜にだけ訪れるお菓子の館。私は、その謎めいた女主人……」

 ハットのつばを指先で持ち上げ、「私」は器用にウインクしました。

「いや。雰囲気としては、ひとつ『僕』とでも称するべきかな?」
35 : ◆DAC.3Z2hLk [saga]:2018/02/07(水) 00:33:40.20 ID:wo7X6wcI0

 これは、理想の自分なんだ。
 一目でそうわかりました。

 オトナな表情、物怖じしない態度。シックな衣装も完璧に着こなして。

 まさにキャンペーンのイメージそのものの、私が夢見た「私」です。


「君はこう思っているね。『どうしたら、こんな風になれるだろう?』」
「……うん、思ってる。わかるんだね」
「わかるとも。さて――」

 くるん、かつっ。

 ステッキで弧を描き、地面を軽く叩く「私」。
 すると景色がぐるりと変わり、月夜の門から一転、二人して館の中に入っていました。

「――単刀直入に答えると、なれるだろうさ。僕は君だ。他の誰でもない。
 理想というヒールを履かせているにせよ、いずれ君の未来の延長線上に僕がいる」

 目の前に広がるのは、煌びやかなダンスホール。
 砂糖細工の人形達が紅い飴のドレスを着て、手に手を取り合ったまま時を止めています。

 天井のシャンデリアの上で足を組み、「私」は私を見下ろします。
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