【モバマス】 塩見周子「なか卯には人生がある」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/01/28(日) 02:45:22.18 ID:nBRbhFMNO

 [過去作]

【モバマス】 楓「日高屋には人生がある」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1510688379/

【モバマス】 速水奏「ゴーゴーカレーには人生がある」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1511034585/

【モバマス】 城ヶ崎美嘉「ステーキ宮には人生がある」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1512221196/



※独自設定有。もはや食事描写はサブ。冗談じゃないくらい長いです。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1517075122
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/28(日) 02:47:36.40 ID:nBRbhFMNO

周子「――またここへ帰ってこられますように。いや、また帰ってきますねー」


周子(大都会東京、日本経済の中枢である千代田区大手町。何故かあたしはこの場所にいる)


周子「……さてと」


周子(あたしは屈んだ状態から立ち上がる――目の前にはお墓と蛙の置物)


周子(お墓……。何の前起きもなくそんなことを言われたら戸惑うかと思うけど)


周子(別にお墓参りというわけではない。あたしの実家は京都だしね)


周子(まあ、お墓参りって表現も決して外れているわけではないんだけど……。より近い表現をするなら参拝? かな)


周子(そう、ここは将門公の首塚なる場所である)


周子(将門公――つまりあの平将門のことで、自らを新皇と自称し朝廷に反旗を翻した平安時代の豪族の一人だ)


周子(彼の起こした反乱は間もなく鎮圧されて、その後はまあご想像の通り――って感じなんだけど)


周子(そういうわけで、彼の紹介はここら辺にして……。何故あたしがこの場所にいるか)


周子(――将門さんに挨拶をして、それからあたしは別の場所へ向かう)


周子(せわしなく流れていく日々、過ぎ去っていく人々……。高層ビルがひしめき合うオフィス街を歩きながら、あたしは追憶の中へ落ちていく――)


3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/28(日) 02:49:29.10 ID:nBRbhFMNO

 【昨日、事務所】


P「――周子、話がある」


周子「ほーい」


P「ほーい、じゃないだろ」


周子「はーい」


P「はーい、じゃないだろ」


周子「はい!」


P「よろしい」


周子「それで、お話ってなにー?」


周子「もしかして結婚するとか……?」


P「おい、その話はやめろマジで」


周子「美嘉ちゃんが言ってたよー、この前友人の結婚式に行ったんだってね」


P「そのことについて黙っておくわけにはいかないか? 口をつぐむわけにはいかないか?」


周子「えぇー、なんでなん?」


P「結婚というワードを俺の前で出すな(迫真)」


奏「――友人が続々と独身を卒業しちゃって寂しいのよね?」


楓「お酒を飲んで忘れましょうっ♪」


P「やめてくださいよ! 殺すぞ! ムカつくんじゃ!」


奏「こわーい(棒)。レッスン行ってくるわね♪」


P「もう帰って来るな」


楓「いただきました、ツンデレ」


P「俺がいつデレた!?」


楓・奏「「いってきまーす」」


P「……ったく、あいつらは」



4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/28(日) 02:51:13.76 ID:nBRbhFMNO


周子「あはは……、ごめんごめん」


P「俺のことはどうでもいい……。問題はお前だ」


周子「問題……? もしかしてあたし何かやらかしちゃった?」


P「いや、そういうことじゃなくてな……」


周子「……?」


P「うちの事務所のアイドルの楽曲でコンピレーションアルバムを出すと言ったな?」


周子「あー、うんうん。その話は既に聞いたよー」


P「コンピレーションアルバムっつーのは、まあ簡単にいうと『グレイテスト・ヒッツ』とか『ベストオブなんちゃら』っていうアレだ」


P「それで現在どの曲を入れようか選考中なんだが……。まあ、それはまた別の話で……」


周子「つまり、どういうこと?」


P「つまりだな、『そのアルバムにただ既存の曲を入れるだけではつまらない』という声が会議で挙がってな……」


周子「ほーぅ。もしかしてプロデューサーさんが言ったの?」


P「社長だ」


周子「あ……。なるほどねー」


P「そこで、『うちのアイドルに好きな曲を歌わせるのはどうだ』って話になったんだ」


周子「好きな曲……?」


P「おう、そのままの意味だ。既存の曲とそういった曲を合わせて一つのアルバムにするって感じ」


P「……それで、担当のアイドルと相談して曲の候補を決めてる最中ってわけだ」


周子「なるほどねー……。ということは、シューコもその曲を決めなさいってこと?」


P「そういうわけだ」


5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/28(日) 02:53:03.65 ID:nBRbhFMNO


周子「なんだー。問題とか言うからアクシデントでも起こったんじゃないかと思ったよ」


周子「というか、あたしにも早く知らせてよー」


P「いや、仕事の前に言ったら集中できないと思ってな……」


P「暇ができた順番で告知したってわけだ。別に一刻を争う事態でもないからな、今の段階では」


P「そして、問題っちゃあ問題なんだよこれが……」


周子「どういうこと?」


P「俺としては、お前の新たな魅力をここら辺でバーンとアピールしたいわけよ。新たな路線を開拓したいわけよ」


P「……でも、そういった曲がなかなか思いつかなくてな」


周子「ほぅほぅ……。それは大変ですねー」


P「お前の話だ。他人事じゃないぞ」


周子「ですよねー」


P「そういうわけで、お前にも考えてもらいたいわけよ」


周子「なるほどねぇー……」



美嘉「――やっぱシューコちゃんといったら『和風』みたいな?」



6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/28(日) 02:54:45.55 ID:nBRbhFMNO


P「うおっ……!? 俺の後ろに音もたてずに立つような真似をするな!」


美嘉「お疲れー☆」


周子「美嘉ちゃんお疲れー!」


P「というか、その路線は既に確立してるだろ……」


周子「和風ねぇー。そういえばあたし、何でその路線になったん?」


P「それはフィーリングってやつだ! 小宇宙(コスモ)を感じたんだ!」


美嘉「うわー、出たよコスモ……。ガイアが囁いちゃったのかな……」


P「――とにかく、俺はこの後すぐに会議がある! そしてその後も打ち合わせがある! つまり今日は周子と話し合いできる時間がない!」


P「お前、明日はオフだったよな?」


周子「え? そーだけど……」


P「ちょうどいい。自分がどんな曲を歌いたいか、どんなコンセプトにしたいか、それをお前も考えておけ」


周子「一日じゃ決まらないかもしれないよ?」


P「別に明日中に決めろってわけでもない。ただ、考えて欲しいってだけだ」


周子「はーい」


P「はーい、じゃないだろ」


周子「はい!」


P「よろしい」


P「それじゃ、頼んだぞー――」



7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/28(日) 02:56:16.97 ID:nBRbhFMNO


 【現在】


周子(そうしてオフ当日の今日、あたしはここへやって来た)


周子(街並みは相変わらず高層ビル……。行き交う人々は一様にスーツスタイルだ)


周子(――アイドルとしてのあたしを知っている人たちは、あたしのことを『和風なイメージ』という)


周子(あたしとしてもそれは嫌じゃないし、むしろ好きだし。それに『あの頃のあたし』をその路線でここまで導いてくれたプロデューサーさんには頭が上がらない。だから今のあたしも好き)


周子(……だけどあたし自身、あたしがどこへ辿り着きたいか、何をしたいか、それがまだ不明瞭な部分がある)


周子(――そもそも本当にあたしは『和風』なのかな? 髪もこんな風にブリーチかけてるし、ピアスしてるし、適当な性格だし)


周子(適当――良く言えば自由。いや、自由というか曖昧なんだ)


周子(曖昧……。そう、あたしは曖昧な人間だ)


周子(あの頃から、何も変わってない――)


周子(……いつの間にか新御茶ノ水駅に着いた。少し歩くとすぐそこに御茶ノ水駅が現れる)


周子(周りの景色が変わった。目的地まではもう少し)


周子(……だけどまだ追憶の中にいたくて、あたしは駅周辺の喫茶店へ足を運ぶ)



8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/28(日) 02:58:32.22 ID:nBRbhFMNO


店員「お待たせしました。アメリカンです」


周子「ありがとうございます」


周子「……」


周子(曖昧……。そういえば、あたしって何でアイドルになったんだっけ?)


周子(始まりは、ほんの些細なきっかけだったと思う。ほんの些細な、人並みな理由)


周子(女の子が綺麗なものに憧れるのと同じ――そんな、人並みの理由)


周子(あんな存在になれたら、どんなことでもできるし、どんな場所へも行ける……。そう思ったから)


周子(――あたしは、伝統というものがあまり好きではなかった)


周子(伝統というものは、束縛という側面も持っている)


周子(それを受け継がなければならないという、個人の生き方を殺し全体を生かすという悲しい側面が)


周子(しかし、伝統がもたらす恩恵に憧れているあたしもいて……)


周子(自由で奔放な存在に憧れつつも、一方で伝統が持つ気高さも羨む……。そんな曖昧な自分が嫌いだった)


周子(あたしはそのジレンマの中で常に揺れていたのだ)


周子(例えば地元で、あの実家で暮らしていた過去のあたしがそう)


周子(ある時は、『お前は将来何になりたいんだ?』と父から聞かれたことがある)


周子(幼いあたしは父に手を引かれ松原通りを歩き、やがて松原橋でそんなことを聞かれた。幼子にその真意が分かるはずもなく、あたしは確か――)



 あいどりゅっ!



周子(そんなことを言ったかもしれない。さながら弁慶と牛若丸のように――父という弁慶の先制攻撃を、あたしは牛若丸さながらヒラリとかわしてみせたのだ。きっと父は『お菓子屋さんになりたい』と言うあたしを期待していたのだろう。あたしの実家は昔から続く、由緒正しき京都の和菓子店なのだ)


周子(今思い返すと、『そうかそうか……』と川床を眺めていた父の眼差しはどこか寂しげだった)



9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/28(日) 03:01:03.47 ID:nBRbhFMNO


周子(また、こんなこともあった――あたしが高校生になる直前のことだ)


周子(あれは確か休みの日。『何もすることがないなら店を手伝って』と母に言われたのでそうしていたら、『あんた、何かやりたいことはないの?』と聞かれた。恐らく高校生にもなるのに『これがやりたい』というやる気を見せないあたしのプータローぶりを見て、将来を危惧して言ったのだろう)


周子(そう言われて、改めてあたしは心の片隅で燻っていた存在を思い出した――そう、アイドルという存在だ)


周子(それから間もなく……。あたしは芸能関係の養成所に入った)


周子(養成所――歌手や俳優、アイドル、声優など様々な芸能人を輩出することを目的に設立された、大手芸能事務所が抱える養成所だった)


周子(大手なので、その校舎は全国規模で存在する。あたしの地元にもあったので、あたしはそこに通うことにしたのだ)


周子(父はそれについて怪訝な表情をしていたが、母は『やっと自分の口でやりたいことを言ってくれた』と応援してくれた)


周子(養成所での日々は楽しかった。ダンスや歌、それから演技のレッスンもあって、世界が広がった気がした)


周子(――だけど、楽しい日々は長く続かない)


周子(あたしはレッスンさえ楽しく通っていたけど……。やがてその現実を知ることになる)


周子(養成所には段階があった。例えば『基礎・応用・研修』というように。一年に一度行われる進級試験の結果と、それから普段のレッスンの成果で成績がつけられ、次年度の自分の段階・クラスが決まるという仕組みだ。研修クラスまで上がると、色々と本格的なレッスンが受けられて、芸能人・アイドルという道も半ば現実味を帯びてくる)


周子(そして、進級試験には系列の芸能事務所の偉い人も審査員として見に来る。もしそこで目に留まれば、一次審査から二次審査、そして三次審査と上へ上がり、全てパスできれば芸能事務所へ所属――といった道のりだ)


周子(つまりは進級することも大切だけど、最終的に系列の芸能事務所に所属することが研究生のゴールなわけで、研修クラスまで上がったら本格的なレッスンを受けられるものの、そのクラスに上がれたからといって必ず所属できるわけじゃない。だからみんな進級試験に全てを賭けている……)


周子(それであたしの場合は……。あたしは、スムーズに三年で研修クラスまで行くことはできたんだ。だけど、それまで一度も進級試験の一次審査さえ突破できなかった……)


周子(そこで、改めて残酷な現実を突きつけられたってわけ)


周子(思えば、あたしは部活感覚だったのかもしれない。だけど、周りの人たちには『アイドルになる』という確固たる意志があった)


周子(あたしにもその意志が全くなかったわけではない……。けれど、命を賭けているような周囲の人たちに『あたしも全てを賭けている』と主張できるか――そう聞かれると、快く『はい』と答えられる自信はあまりなかった)




店員「――コーヒー、おかわりはいかがですか?」


周子「あ……。お願いしまーす……」


周子(一旦、息継ぎのために追憶の海から顔を出す)


周子「ふぅ……」



10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/28(日) 03:03:06.99 ID:nBRbhFMNO


周子(そうして、一つの節目を迎えた――高校三年生の時)


周子(あたしはもう、半ば諦めかけていた……。そんな時、父から改めて進路について聞かれた)


周子(厳しい現実を叩き付けられた甘々のあたしは、確かこう答えたと思う――どうせアイドルなんかなれないんだし、養成所は辞めて、それで卒業後はうちで気ままに働こうかな)


周子(そう、自暴自棄だった)


周子(そんな自暴自棄のあたしに、父は一発喝を入れた――物理的な意味でも)


周子(そして父は『お前にはうちの店を継がせることはないし、働かせることもない』とキッパリ言い放った。勘当に近い物言いだった)


周子(後継ぎ候補ならうちの従業員がいるし、店員も間に合ってる。その為に俺が彼らを育ててきた――そう付け加えた)


周子(そういうわけで、あたしに残された選択肢は二つ……。進学するか、それとも実家以外で就職するか)


周子(進学するならお金も出すし、仕送りもしてやる。うちの店以外で就職するっていうなら家にいてもいい。だけどうちで働くと言うなら、お前には働かせないし、家を出てってもらう)


周子(そういう究極の選択を強いられた)


周子(あたしは反抗した……。理不尽に殴られて、それで強引に条件を決められるなんて心外だと思ったから)


周子(そしたら父の怒りボルテージは臨界点突破。あたしは父を憎んだけど、それと同時に情けない自分を呪った)


周子(父が怒ってくれた理由も、何もかも全部分かっていたのだ)


周子(あたしは伝統に縛られるのが嫌だった。『あそこの店の娘さん』という、そういう『いい娘を演じなくてはいけないあたし』になるのは死んでもごめんだった。うちの店は好きだけど、だから手伝いもしたけど、そういう存在にはなりたくなかったんだ)


周子(だからあたしは、アイドルという自由の象徴を望んだ)


周子(――なのに、あたしは一方でうちの店を保険にかけたのだ)


周子(死んでもごめんと言っておきながら、『和菓子屋で看板娘として働くあたし』というステータスも望んでいた)


周子(アイドルになれなかったら、路頭に迷ったら実家で働けばいい。実家という最終手段がある――そんな甘えがあった。全てが中途半端だった)


周子(父はそんなあたしの性格を、幼い頃から見抜いていたのかもしれない。だから怪訝な表情を浮かべながらも『こいつには好きな生き方をさせてやろう』と、養成所に入所することを許してくれたのかもしれない)



11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/28(日) 03:06:32.22 ID:nBRbhFMNO


 お前が本気でうちで働くと言うなら、俺はそうさせた! だけど今のお前は何だ!?

 養成所だかなんだか知らないが、やりたいことがあると言ってあっちへ行っておきながら、今度はたった3年で駄目だったからうちで働かせて下さいだぁ!?

 甘えるな! 半端者がやっていけるほどうちの店は甘くない! 俺だって何年も下積みしてようやく店を任されたんだ! ここまで来るのに何年かかったと思う!? 

 俺は、お前には夢を追って欲しかった! 好きな生き方をして欲しかった! だからそんなことを言って欲しくなかった! そんな中途半端なままでは、うちで働かせることはできない!




周子(という言葉を京都弁でまくし立て、父は涙ながらにあたしを怒鳴りつけた。泣きたいのはあたしだ)


周子(そう、全てが図星だった。それが悔しくて情けなくて申し訳なくて……。泣きたかった)


周子(父は、松原橋でのあたしの言葉をずっと信じてくれていたのだ)


周子(――菓子屋でありながら、菓子屋の人生は決して甘くない)


周子「……」


周子「――すみません、コーヒーもう一杯お願いします」


店員「かしこまりました」


周子(絶対トイレ近くなる……)


周子(――そう、自分が駄目な理由なんて全部分かっていた。分かっていたのに、どうすることもできなかった)


店員「お待たせしました」


周子「ありがとうございます」


周子「……」


周子(それからはもう、やけになっていた……。ピアスを開けたり、遊び歩いたり……。だけど未練があったのか、レッスンだけは毎回参加していた……)


周子(そして、こうも思った――どうせなれないんだったら、一層のこと好きにやってやろうと)


周子(そうして、進級試験がやって来る)


周子(あたしは一番上のクラスだったから、それより上のクラスはない。在籍年数の規定があって、それまでに所属できなければ『さよなら』というわけだ。あたしの場合試験が駄目でも、在籍年数に余裕があったので留年することはできた。だけど、そんな気分ではなかった。だから、せめて最後くらい華々しく散ってやろうと思ったんだ)


周子(――けれど結果は駄目だった。一次審査突破の知らせをずっと待っていたけれど、とうとう来ることはなかった)


周子(あの時はもう、全てが終わったと思ったな……)



12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/28(日) 03:09:42.09 ID:nBRbhFMNO


 ヴヴヴ……。


周子「……?」


周子「プロデューサーさん……?」


周子(スマホを見ると、プロデューサーさんからのメッセージ……。どうしたのかな?)


 あまり、思いつめるなよ。


周子「――ッ!?」


周子「どうして……」


周子「ふふっ……」


周子(ほんと、あの人は――あの時も)


周子(そうそう、プロデューサーさんだ。あたしはあの人に……)


周子(あれから、あたしは依然として父とは冷戦中だった……。あたしはなんとか謝罪する糸口を掴もうと、母に間に立ってもらって、そうしてお店の手伝いをしていた)


周子(そんな時だった――彼がお店に現れたのは)


周子(あたしは目を疑った……。だって、進級試験の時に審査員として席に座っていた若い試験官が、あたしのお店に来たんだもん)


周子(彼は、プロデューサーさんその人だった)


周子(彼はあたしを見るなり『生八つ橋、ありますか?』と聞いて、そうしてそれを二箱ほど購入した。そしてその後、プロデューサーさんは衝撃的な一言を父へ言い放つ……)


 お父さん、娘さんを下さい。


周子「……ッ」


周子「プ……! くくく……!」


周子(駄目……!今思い出しても……!)


周子(真剣なプロデューサーさんの表情と、開いた口が塞がらない父の顔……!)


周子(あたしも、きっと物凄い顔をしていたと思う)


周子(父が何か言う前に、プロデューサーさんは名刺を掲げ、そして次々とまくし立てた)



 私は〇〇という、大手芸能事務所から独立した現在の社長が立ち上げた会社で、アイドルのプロデュースを行っている者です。

 先日、娘さんの進級試験の際に審査員の一人としてお邪魔させて頂きました。

 娘さん――いや、塩見周子さん。彼女には素晴らしい魅力があります!

 私どもの会社はいわば黎明期で、駆け出しです……。なので私は系列事務所が抱えている全国の養成所を周り、戦力を探していました。

 単刀直入に申し上げますと、私どもには周子さんの力が必要なのです!

 改めて、周子さんを私に下さい……!



13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/28(日) 03:12:51.18 ID:nBRbhFMNO


周子「くっ……! ぷぷ……!」


周子(そんなことを真剣に言うものだから、うちの職人さんまでも表に出てきちゃって一大事だよね)


周子(数秒間父は固まったままだった……。だけど、ようやく我に返って『お引き取り下さい』と言った)


周子(プロデューサーさんは何故かそれをすんなり受け入れて、サッと帰って行った……)


周子(ところが……。次の日もその次の日もプロデューサーさんはお店に顔を出した。律儀に毎回生八つ橋を買ってまで……)


周子(冷やかしならともかく、毎回商品を買ってもらっている手前上、強引に帰すわけにもいかず……。しかし、父はとうとう『もう来ないでくれ』と声を張り上げた)


周子(あたしは何もできずにいた……。あたし自身のことなのに)


周子(対するプロデューサーさんは、なおも熱心に説得を続けた)


 お父さん、これだけは言わせてください。私は、必ず周子さんを一人前のアイドルに育て上げてみせます。

 私は会場を後にする彼女に対して、このように問いかけました――最後に、何か言っておきたいことはありますかと。

 そしたら、彼女はこう答えました――あたしは、アイドルをなめていました。

 みんな死に物狂いでアイドルを目指しているのに、あたしにその気持ちはあったのかと聞かれたら、あたしは胸を張って「はい」と答えられる自信がありません……。あたしの中で、アイドルは憧れのままだったんです。でも、あたしはアイドルが大好きです……! 今まで夢を見させて頂き、本当にありがとうございました……。

 彼女はそう言いました。確かに他の人間からすれば、その発言は顰蹙を買うようなものだったかもしれない……。しかし、この世界は一瞬の輝きが必要とされる世界です。彼女のパフォーマンスにはそれがあった……!

 私は見えてしまったんです――彼女が衣装を着てステージで輝く姿が。ティンと来たんです。感じたんです。



周子(そうやってプロデューサーさんは、なおも力説を続けた)



 恐らく、彼女はあの一瞬に全てを賭けていたんでしょう……。それは他の人間も同じだったかもしれない。

 だけど、彼女のパフォーマンスはあの会場で一番輝いていました。「アイドルをなめていた」という言葉は嘘です……。いや、以前までの彼女ならそうだったかもしれません。しかし厳しい世界を知ってなお、彼女はそこへ挑もうとあの一瞬に命を賭けていました。

 お父さん、改めてお願いします――私は確かに若造のぺーぺーですが、曲がりなりにもプロデューサーです。私は彼女を一人前のアイドルに育て上げてみせます……! どうか、よろしくお願いします……!



14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/28(日) 03:15:05.48 ID:nBRbhFMNO


周子(そう言って、プロデューサーさんは頭を下げた)


周子(あたし以上にあたしを知っている、アイドルにさせようと頭を下げているプロデューサーさん。彼がここまで熱くなっているのに、何もできない自分が本当に情けなく感じた)


周子(父はあたしを見る――その目は、『お前はどうなんだ?』と言っていた)


周子(その時、諦めてしまった想いに再び火が灯るのを感じた)


周子(あたしはプロデューサーさんの横で、彼と同じように頭を下げる)


 お父さん、あたしに夢を追わせてください。


周子(それしか言えなかった。それ以上何か言おうとすれば、泣き崩れてしまいそうだったから)


周子(どれくらい時間が流れたか――しばらく続いた沈黙の後、父は『好きにしろ』と言った)


周子「……」


周子「ごちそうさまでしたー」


周子(少しだけ休憩するつもりが、喫茶店に長居してしまった。あたしはようやく目的地へ向かう――)


周子「またここへ戻ってこられますように――いや、戻ってきます」


周子(目的地は神田明神。あたしはサッと参拝を済ませ、境内を後にする)


周子(明神さんの周辺は花街だった名残があり、路地には料亭だったと思われる趣深い和風な建物が存在する)


周子(そこを遠目で眺めていると、ほんの微かに地元の匂いがした……)


周子(そうして、来た道を引き返す。聖橋に差し掛かると、神田川の大きなお堀をメトロ丸ノ内線と中央線の電車が走って行く……。少し遠くに見えるのは秋葉原のビル群かな……)


周子(過ぎ去っていく人々……。近くに医科歯科大学があるみたいなので、恐らくそこの学生さんとか、大学病院に通う患者さんとか、そういった人が多いかもしれない)


周子(そんなことを考えながら、あたしは足を止める……)


周子(――あのひと悶着の後、あたしは上京した)


周子(そして、あたしはプロデューサーさんのもとでアイドルになった)


周子(彼の言う一人前になれたかどうかは分からない……。だけど、彼のおかげで今もこうしてアイドルをやれている)


周子(あれから何年も経ったわけではない。けれど、慌ただしく過ぎていく毎日は確実に昨日を、その前を遠い過去へ流していく)



15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/28(日) 03:16:47.23 ID:nBRbhFMNO


周子(――そうそう、ここへ来た理由だったね)


周子(例えば将門さんの首塚――そこには、いくつかの伝説が存在する)


周子(そんな彼の伝説にあやかって、周辺の一流企業のサラリーマンたちは『左遷されても帰ってこられますように』と、あの首塚を参拝するらしい)


周子(そして、そんな将門さんを祀っているのがあの明神さんなのだ。首塚とセットで参拝すれば効果も倍増するのではないか――そんな邪な理由で参拝しているあたしは罰当たりかな?)


周子(そういうわけで、例えどんなことが起きてもまた東京へ戻って来られるように、アイドルとしてまたこの場所へ参拝できるように――そのような理由で、あたしはこの場所へたまに参拝するのが慣習となっていた)


周子(神様だって全員の願いを叶えていたら疲れちゃうし、参拝客が少なそうな日時を選んでね)


周子(最後まで他力本願なのかと言われればそれまでだけど……。要するに『精神的支柱』ってやつかな? 気持ちを新たに引き締めるって意味で参拝してるんだ)


周子「……」


周子(曖昧、自由……。あたしには何があるんだろう)


周子(あたしの新たな魅力って何? そして、今のあたしはアイドルとして何を表現したらいいんだろう。何ができるだろう……)


周子(プロデューサーさんのくれたメッセージを眺めながら、あたしは一人橋に立っていた……)



16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/28(日) 03:20:26.96 ID:nBRbhFMNO


 【事務所】


周子「プロデューサーさん――」


P「おう、レッスン終わったのか?」


周子「うん、終わったよ」


P「そうか、お疲れさん――そういや、昨日はゆっくり休めたか?」


周子「うーん……。ゆっくりは休めなかったかな」


P「……え?」


周子「ふふっ、冗談だよ」


P「まあ、考えておけって言ったの俺だしな」


周子「いや、色々とゆっくり考えるいい機会になったよ。ありがとね」


P「ああ、そうそう……。その話なんだが、大丈夫か?」


周子「うん、大丈夫だよ」


P「別に昨日の答えを聞くわけじゃないんだが――ほれ」


周子「……なにこれ?」


P「俺のウォークマンだ。ほんとは一昨日渡せば良かったんだが忘れてた。すまん」


周子「……?」


P「何もない状態から創造するのは至難の業だ。だから、これを参考にしてインスピレーションが沸けばいいかなーと思って。お前に合いそうな曲のリストを作成しといた」


周子「あー、そういうことね!」


P「おう」


周子「でも、ほんとにいいの?」


P「ああ、普段聴く音楽はスマホに入ってるからな。それはお古だ」


周子「そうなんだ、ありがと――今聴いてもいい?」


P「いいけど、今日はもう何もないんだし、それに遅いから早く帰れよ?」


周子「りょーかいりょーかい。プロデューサーさんが仕事終えるまでには帰るよっ」


P「そうしてくれ。それと一応未成年なんだからできるだけ早く帰れよ」



周子「――じゃあ、はい」



17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/28(日) 03:23:07.40 ID:nBRbhFMNO


P「……は?」


周子「イヤホン」


P「いや、見れば分かるが」


周子「一緒に聴こ?」


P「……仕事中なんですがそれは」


周子「いいじゃんいいじゃん。作業用BGMってやつ?」


P「作業妨害の間違いじゃないか?」


P「イヤホンもそこまで伸びねぇよ……」


周子「――じゃあ、あたしがそっち行くから」スッ


P「おい……。単純に仕事の邪魔です」


周子「あー、アイドルに邪魔って言った」


P「……」


周子「シューコちゃんが隣にいると邪魔かなぁ?」


P「……」


周子「それに話せる時間があるってことは、今はそこまで忙しいわけでもないんでしょ?」


P「……」


周子「はぁーい、決定。よろシューコねっ♪」スッ


P「……くれぐれも大人しくしてろよ」


周子「人を動物みたいに言わないでよー」


P「……」


周子「……♪」


P「……」


周子「……//」


P「……」



ちひろ(イチャイチャしやがって――はいはいワロスワロス)カタカタ



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