森久保乃々「さよなら、森久保」

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102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 00:08:01.50 ID:GJMDUn0X0

 私はウィンクをどこに飛ばせばいいのでしょう。

 じゃがいも、じゃがいも、ウィンク、ウィンク、と心の中で繰り返し、唱えました。

 ですが、お客さんはじゃがいもには変わりませんでした。

 お客さんは人間でした。

 人間は私のことを見ていました。試していました。笑っていました。

 ピアスの感触がずしりと私の身体に響きました。

『常に人に見られている』

 耳から身体へと、ピアスは徐々に重さを増していき、私の身体は動かなくなりました。
 
 私はピアスに引っ張られるように、地面に倒れていきました。
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 00:08:59.07 ID:GJMDUn0X0

 目を覚ますと白の天井。
 会場に設けられた医務室のようで、横にはプロデューサーさんが座っていました。
 
 プロデューサーさんは、私が倒れた後のことを淡々と話しました。
 
 私は心ここにあらずで、その話を聞き流し、
 寮まで送っていこうかというプロデューサーさんの気遣いを断り、一人、寮へと戻りました。

 亡霊のように廊下を歩き、部屋に着くと、
 手も洗わず、服を脱ぎ捨て、ベッドへと飛び込み、そのまま泣きました。
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 00:58:41.61 ID:GJMDUn0X0
 
 私は、廃人のような生活を送るようになりました。
 一日の大半を寝て過ごし、起きている間は本を読み、
 人が少ない時間を見計らって、ピアスをつけ、食堂でご飯を食べました。
 
 それでも何人かのアイドルと出会う機会があって、

「元気出して」

 無慈悲にも私に声をかけてきて、そのたびに森久保は、

「ありがとうございます」

 と答えました。情けや憐みのようなものはいらず、私はただただ放っておいてほしいのでした。

 心の声が届いたのでしょうか。その生活が三日も続けば、誰も私に声をかけなくなり、
 恐ろしいはずの世間は、私に何も危害を加えなくなりました。
 
 世間というのはエゴイスティックで、私が思っていたよりも無関心なようでした。
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:00:01.47 ID:GJMDUn0X0

 私が隠居生活を始めてから一週間が経ったときでした。
 微睡の中、ピンポーンとチャイムの音が聞こえてきたので、
 何事かと目を擦りながら、それでも用心して扉を開くと、そこにはプロデューサーさんが立っていました。

「迎えに来たぞ、森久保」

 いつもと変わらぬ様子でプロデューサーさんは言いました。眠気はどこかに吹きとんでいきました。

「どうしているんですか、プロデューサーさん。確か女子寮は男子禁制のはずでしたよね?」
「寮母さんに無理を言って入れてもらったんだ。だからあんまり長居は出来ない。さぁ森久保、事務所に行こう」
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:01:26.88 ID:GJMDUn0X0

「それは森久保にアイドルを辞める手続きとかをさせるからですか?」
 
 本心でした。プロデューサーさんは、まさかと笑い、

「レッスンだよ」と答えました。

「どうして」と私は聞きました。

「どうして迎えにきたんですか。森久保はライブで倒れてしまいました。視線の話もしました。森久保はどう見ても、アイドルに向いていません。それなのに」
 
 プロデューサーさんが言いました。

「俺は森久保ならアイドルになれるって信じてる」
 
 清潔な瞳は嘘を言っているようには見えませんでした。
 信じるとは一体何なのでしょうか。私にはまだわかりません。

「で、どうする?」とプロデューサーさんが聞きました。
「レッスン。来なくてもいいけど、それだったらあんまり言いたくはないが、いつか寮を追い出されることになるぞ」

「その言い方はズルいんですけど……」

 と森久保は答えました。
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:03:29.14 ID:GJMDUn0X0

 私は急いで顔を洗い、服を着替え、ピアスをつけ、部屋を出ました。
 久しぶりにつけるピアスはひんやりとしていて、相変わらずずしりと響きました。
 車の中で、プロデューサーさんは、

「次のライブの予定はまだ決まっていない、けれど必ずやる予定だ。
 出来れば夏あたりに場所を取れればと思っている。
 
 それと視線のことだが、俺は森久保のことを見ていたつもりなのに、どうやら見抜けていなかったらしいし、
 おそらくこれからも完璧には見抜けないだろうと思う。だから限界が来たら言ってくれ。
 レッスンもアイドルも。そのときに対応する」

 と言いました。

 確かに私は、今もレッスンやアイドルに対して、何一ついい感情を抱いていませんでしたが、
 これが限界なのかと考えるとわからなく、
 また、アイドルを辞めたところで行く先は実家なのだと考えると、そちらの方が地獄のように思えてきて、

「わかりました」と頷きました。
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:04:52.32 ID:GJMDUn0X0

 事務所につくと、無関心だったはずの世間は久しぶりの私の登場に、目を向け、
「元気だった?」「心配していたの」と声をかけてきたので、逃げるように机の下へと向かいました。

 横には変わらず、キノコさんが住んでいて、

「大丈夫だった?」と尋ねてきたので、

「大丈夫じゃあなかったんですけど……」

 と森久保は答えました。キノコさんは森久保のひねくれを見ても、気遣う姿勢を解かず、

「そうか。実は私のデビューライブもな……」

 自身のライブの失敗談を語り始め、それが終わると、
 私の机に居座り、そのまま二人、本を読み、キノコを育てました。
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:05:55.10 ID:GJMDUn0X0

 しばらくすると、プロデューサーさんがレッスンの時間だとやってきて、嫌がる森久保に、

「その顔は本気で嫌がっている顔じゃないな。ライブの時はもっと深刻な表情をしてた」      

 と言い放ち、私をレッスン室へと運びました。レッスン室ではトレーナーさんが私のことを待っていて、

「乃々ちゃんごめんね。プロデューサーさんから話を聞いたの」

 ひとこと、ふたこと申し訳なさそうに言うと、手を軽く叩いて、その話は一切終わり、

「じゃあレッスン始めようか」とステップを踏み始めました。
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:18:24.22 ID:GJMDUn0X0

 レッスンが終わり、「じゃあまた明日」と寮まで送られ、
 部屋に戻り、ピアスを外し、私は、おかしい、と思いました。

 プロデューサーさんも、トレーナーさんも、キノコさんも、普段通りでした。
 それこそ初めは励ましのようなものもありましたが、それ以外は極めていつもどおりでした。

 疑ってしまったのに、キノコさんは今日も私の隣でずっとキノコを世話していました。

 ライブに失敗してしまったのに、トレーナーさんは笑顔で、優しくレッスンをしてくれました。

 アイドルに向いていないと告白をしたのに、プロデューサーさんは迎えに来て、冗談を言い、
 今も私にアイドルを続けさせようとしています。

 私はあの人達の期待を裏切ったのに、
 どうしてあの人達は私を笑わないのでしょうか。怒らないのでしょうか。見捨てないのでしょうか。

 あの人達が神の使いであるのなら、それこそ納得はするのですが、あの人達は人間です。
 
 あの人達にはいったい、何があるというのでしょうか。

111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:19:40.38 ID:GJMDUn0X0

 次の日からも、同じような日々が繰り返されました。
 私は事務所に行き、机の下に隠れ、時間が来るとレッスン室へと向かいました。

 私は三人を観察するようになりました。
 あの三人はどうして私を笑わないのだろう。
 いや実は既に心の中で笑っている。いつかは笑われる。私はかくれんぼを再開させました。
 
 今に私に呆れて、鬼のようなものが姿を現すに違いない。

112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:20:34.86 ID:GJMDUn0X0

 ですが、事態は変わりませんでした。

 私が隠れていると、キノコさんは私を匿い、ときには一緒になって隠れ、
 それを見つけたプロデューサーさんが、

「輝子、共犯はダメだぞ。そっちが森久保サイドにつくというなら、キノコたちは俺が人質として預かるからな」

 キノコさんがメタル化して、あまりの声の大きさに私が机から飛び出すと、
 プロデューサーさんに捕まってしまい、その話をすると、トレーナーさんが笑いました。

 私はそれこそ夢を見ているような気分でした。
 
 どうしてこの人たちは私に今まで通り接してくれるのでしょう。

113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:25:17.41 ID:GJMDUn0X0

 私はついに我慢できなくなって、ある日、わざわざ隣の机へと出向き、
 キノコの世話をしていたキノコさんに、「話があるんですけど」と改めて告げ、
 ぎゅうぎゅう詰めの机の下で、他の誰にも聞かれぬよう細心の注意を払って、

「キノコさんはどうしてまだ森久保と仲良くしてくれるんですか?」
「ど、どうしたんだボノノさん……い、いきなりそんな……何か疲れていることでもあるのか」

「森久保にはわからないんです。森久保はライブ中に倒れるという失敗を犯しました。
 いってしまえば、森久保は落ちこぼれのアイドルです。
 いや、アイドルにすらなれていないのかもしれません。

 その森久保に、キノコさんはいつも仲良くしてくれるじゃないですか。
 それがわからないんです。どうして森久保と仲良くしてくれるんですか。
 森久保と付き合っていても何もメリットもないのに」
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:27:12.01 ID:GJMDUn0X0

 キノコさんは少し考えてから、さも当たり前かのように言いました。

「む、難しいことはわからないけど、私たちは友達だろ。
 友達に、どうしてとか、メリットとか必要ないんじゃないかな」
 
 私は思わずキノコさんから顔を背けました。じわり、と私の心に何かが響いていました。
 それはピアスをつけたときの嫌な感触ではなくて、
 もっと落ち着ける、私が経験したことのないような感覚でした。
 
 それは照れでした。恥ずかしかったのです。キノコさんの口から「友達」という言葉が出たことが。
 
 それは輝きでした。まぶしかったのです。純粋無垢なキノコさんの瞳が。
 
 それは喜びでした。嬉しかったのです。その言葉が私に向けられたことが。
 
 キノコさんの言葉を借りるなら、それらは「友達」、「友情」でした。

 友達とは、友情とは、こんなにも美しく、優しいものだったのだと、
 私はそこに初めて、今まで見てきた友情とは異なる、本物の友情を見た気がしました。
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:28:57.09 ID:GJMDUn0X0

 それから私はレッスン室へと向かい、トレーナーさんに、

「どうしてトレーナーさんは今でも森久保のレッスンを見てくれるのですか。お仕事だからですか」
 
 と尋ねました。トレーナーさんもまた、キノコさんのときと同じように、しばらく考えてから言いました。

「確かにお仕事ではあるけどね。単にお仕事としてだったら、他にも仕事なんてたくさんあるでしょ? 
 私はこの仕事が好きなの。なんていうのかな。
 レッスンに来ているアイドル達、上手くなりたいと思っているアイドル達の夢の手助け、応援かな。
 だから私はこの部屋に乃々ちゃんが来てくれる限り、ちゃんとレッスンを教えるよ」
 
 その言葉もあまりにも優しくて、心の中には先ほど感じた友情と同じようなものが広がっていて、
 私はトレーナーさんの顔を見れず、

「じゃあ森久保レッスン苦手なので、帰っていいですか……」

 トレーナーさんは「ダメ」と笑いました。
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:31:44.32 ID:GJMDUn0X0

 友情や応援。
 それは私が今まで見てきたものとは全く異なるものでした。

 友情に損得はなく、応援は誰かのための行為でした。
 そこに思惑のようなものは見えてきません。

 キノコさんもトレーナーさんも見返りを求めていない。私に期待をしていない。

 失意のどん底の中で、淡い光が見え始め、私は途方にくれました。

 私はその光を求めてもいいのですか。その光は消えてなくなったりはしませんか。
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:32:39.39 ID:GJMDUn0X0

 私はひねくれていました。
 求めて手に入らなかったら、その時こそ、私は壊れてしまう。

 私はその光を追い払おうとしました。
 キノコさんやトレーナーさんが例外なだけで、世の中はきっとそんなに甘くない。
 そもそも二人は裏表のない単純な人だったじゃないですか。

 ですが、見えた光はあまりにもまぶしく、
 私は振り払おうとした力と同じくらいの力で、光を掴もうとしました。
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:33:56.80 ID:GJMDUn0X0

 私は期待しました。人に対する二度目の期待でした。

 プロデューサーさん。仮面の見えない人。
 プロデューサーさんは私のことをどう思っているのですか。
 
 どうしてまだ私をプロデュースしているのですか。
 私に価値が残っているからなのですか。それとも他に何か理由があるのですか。

 私は笑われているんでしょうか。私は利用されていつかは捨てられてしまうのでしょうか。

 私を笑わないでいてくれますか。私を見捨てないでいてくれますか。

 私は、自分の全てを委ねた期待を、再びこの人へとかけました。
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:50:56.39 ID:GJMDUn0X0

 次の日、私は、隙こそあればプロデューサーさんに尋ねようの決心で、ピアスをつけ、寮を出ました。
 
 ですが、陽の光を浴び風に吹かれ事務所へと着くころには、
 私の決心はどこ吹く風で、「おはよう」とあいさつをするプロデューサーさんに、
 私は、「おはようございます」とだけ返し、机の下へと潜り込みました。

 その後も机の下からプロデューサーさんの隙を伺ってみたのですが、
 例えば昼食時やコーヒーブレイクなど長い休憩もありましたが、
 どの隙も、私が一世一代の大勝負を仕掛けるタイミングではないように思えて、
 なかなか言い出すことが出来ず、時間だけがいたずらに過ぎていきました。
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:52:08.96 ID:GJMDUn0X0

 私の頭の中に、今日は都合が悪いです、明日にしましょう、
 と聞こえの良い言葉が出回り始めたころ、電話がなりました。

 プロデューサーさんの机のようで、プロデューサーさんがそのまま出ました。
 プロデューサーさんは電話越しに、「申し訳ありません」や、「どうかお願いします」を繰り返しました。
 仕事のミスをしたようでした。
 
 プロデューサーさんにしては珍しい、
 やっぱり今日のところはやめておこうと考えた矢先、
 プロデューサーさんの口から「森久保」と出たので、私は心臓を掴まれた思いになりました。
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:53:56.71 ID:GJMDUn0X0

 プロデューサーさんは自身の失敗ではなく、私の失敗を謝ってくれている。

 そう思い始めると、あのときステージで見た、たくさんのお客さんたちの顔が、
 フラッシュバックして、つらくなって、申し訳なくなって、
 プロデューサーさんと同じ空間にいることが耐えられず、この場を逃げ出そうと考えてみたのですが、
 
 机の下からプロデューサーさんの目に見つからずに部屋を脱出するのは不可能でしたので、
 きつくにらまれるか、皮肉がたっぷり聞いた一言を言われるに違いないと、
 私はただただじっとしていることしかできなくなりました。
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:55:16.08 ID:GJMDUn0X0

 やっぱり私はアイドルに向いていない。人とうまく関われない。

 そんな私が光を掴もうとしたことは甚だ勘違いも激しく、
 おこがましい行為だったのだと、電話のひとことひとこと、
 私の名前が出ることに怯え、気分がたちまち沈み込んでいくと、通話が終わり、
 プロデューサーさんがこちらへと向かってくる気配がしました。

 早まる鼓動、小さくなる身体。今に私は叱られる。見捨てられる。

「森久保ォ!」

 声がして、私の心は大きく飛び跳ね、私は恐る恐る振り返りました。
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:56:27.80 ID:GJMDUn0X0

「やったぞ! 森久保! セカンドライブの場所と日付が決まったぞ!」
 
 プロデューサーさんは笑っていました。
 その笑顔は初めて会った時から変わらない、純粋な笑顔でした。
 
 どうしてこの人は、先ほどまで私のことで謝罪をしていたのに、今、笑っているのでしょう。
 
 どうしてこの人は、私のことなのに、自分自身の事のように、こんなに嬉しそうなのでしょう。

 どうしてこの人は、私にそんな笑顔を向けてくれるのでしょう。
 
 不安や混乱、嬉しさのようなものが混ざりあって、その高まった感情は涙となり、
 その涙を森久保はぐっとこらえて、私は、

「どうして」

 と尋ねました。
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:57:57.22 ID:GJMDUn0X0

「どうしてプロデューサーさんは私を見捨てないんですか、
 笑わないんですか、叱らないんですか。

 私は人の視線が苦手です。人の視線が怖いです。
 人前に立つとすごく緊張してしまいます。
 レッスンも真面目には受けませんし、時々机の下に隠れます。
 
 そしてデビューライブでは倒れてしまいました。たくさんの人に迷惑をかけました。
 私はどう頑張ってもアイドルになれない。向いていない。

 そんな私をどうしてまだアイドルにしようとするんですか。
 どうして私のことを自分のことのように喜べるんですか」
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:58:26.74 ID:GJMDUn0X0

 もう、放っておいてください。そう小さく呟いた森久保に、
 プロデューサーさんは身を屈め、わざわざ机の下まで入ってきて、私の頭を優しく撫でてくれました。

「なぁ、森久保。最初に俺がスカウトしたときに言ったこと覚えているか。俺が森久保をスカウトした理由」

「……勘ですか」
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 01:59:25.01 ID:GJMDUn0X0

「そう、勘だ。俺は森久保ならアイドルになれると信じて、アイドルにスカウトした。
 あのときも言ったと思うが俺はそういった自分の勘が外れたことはないし、今でも外れていないと思っているよ。

 ライブが始まる前、俺は森久保なら出来ると信じていると言った。
 もし過去に戻れたとして、あの場面がもう一度やってきても俺は森久保に同じ言葉をかけると思う。

 森久保がなんだかんだ言いながらも歌に踊りを頑張ってきたことを見てきたからだ。

 俺が今も森久保のプロデューサーでいるのはな、つまりそういうことなんだ。
 確かにあのライブは失敗したけれどな、それでも森久保は寮から出てきて、レッスンを再開させたじゃないか。

 俺はその森久保をちゃんと見て、森久保ならアイドルになれると今も信じているんだ。
 次のライブで失敗しても構わない。その次がある。また一緒に頑張っていこうじゃないか」
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:00:14.49 ID:GJMDUn0X0

 温かい何かが私を満たし、溢れてきました。

 それは私の涙でした。
 たくさんの感情が混ざっていたはずのそれは、
 プロデューサーさんの手の温もりが伝染したのか、ただただ温かいものへと変化していました。

 一度流れ出した涙は、長年の思いを全て吐きだすように、一気に溢れてきました。
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:01:27.08 ID:GJMDUn0X0

 あぁ、この人は私に期待をしていない。
 ありのままの私を見て、その上で出来るかどうかを判断している。

 そこにあったのは、確信にも似た、信じるという行為でした。
 
 プロデューサーさんは私に期待するのではなく、私を信じてくれている。

 プロデューサーさんも、キノコさんも、トレーナーさんも、
 出会った時から変わらずに私を見てくれている。見方を変えないでいてくれている、見捨てないでいてくれている。

 私はプロデューサーさんに抱き着きました。
 プロデューサーさんも私のことを柔らかく抱きしめてくれました。
 私はプロデューサーさんの胸の中で泣き続けました。
 
 プロデューサーさんの手や胸、私の涙。
 
 一人で泣いた夜とは違い、そこには確かな温かさがありました。
 私はその温かさに、優しさのような、愛情のようなものを覚えました。
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:02:51.96 ID:GJMDUn0X0
◇◇◇◇



◇◇◇◇
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:03:58.65 ID:GJMDUn0X0

 その日から私は、
 プロデューサーさん、キノコさん、トレーナーさんの顔をよく見るようになりました。
 
 彼らはいつも笑顔でした。
 視線が苦手だといって、本当に向き合っていなかったのは私の方でした。

 七月にリベンジライブが決まり、私は以前と同じようにライブ前のスケジュールをこなしていきました。

 レッスン前にかくれんぼをし、プロデューサーさんにレッスン室に運ばれ、
 身体が動かなくなるまでレッスンをする日々を繰り返しました。

 デビューライブ前と同じような日々に思われるかもしれませんが、そこには確かに違いがありました。
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:04:59.53 ID:GJMDUn0X0

 毎日が楽しいです。寮や学校にいるときも常にレッスンや三人のことを考えてしまいます。

 一人で本を読むくらいならと、オフの日も事務所に遊びにいくことが増えました。

 その私を、キノコさんもトレーナーさんもプロデューサーさんも笑って受け入れてくれる。

 自分から人の元へと寄っていくのは初めての経験で、それを受け入れてもらうことも初めて経験でした。

 とても心地よい。嬉しい。
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:05:54.15 ID:GJMDUn0X0

 ライブの日が近づくにつれて、レッスンは過酷さを増していきました。ですが、
 
 キノコさんが机の下からわざわざ駆けつけてくれる日もあって、
 
 トレーナーさんは私が苦手なステップが出来るようになるまで、ずっと付き合ってくれて、
 
 プロデューサーさんはそんな私のことをずっと見ていてくれました。私はそれこそ冗談で、

「しんどいです……むーりぃー」

 と叫ぶときはありましたが、心の中では満面の笑顔で。そしてその私の冗談に、

「何言ってるんだ森久保、まだまだ出来るだろ」

 と言い返してくれるのが、たまらなく嬉しい。時間はあっという間に過ぎていきました。
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:07:21.73 ID:GJMDUn0X0

 いよいよ明日、私はステージに立って、歌に踊りを披露します。
 怖くない、と言えば嘘になります。
 
 私はまだ一人でいるときは誰かの視線や言葉に怯えてしまいます。
 正直、明日のライブが成功するという保証はどこにもありません。

 ですが、逃げ出したいという感情以上に、三人に感謝の気持ちを伝えたい。
 
 どん底へと落ちて、初めて見えた希望の光。
 私を見捨てず、いつも笑顔で迎え入れてくれる人達。三人は三人とも私にとって限りのない人達です。

 その三人が私のことを信じてくれている。応援してくれている。

 私のことを友達と言ってくれた。
 私のことを応援していると言ってくれた。
 私のことを見ていると言ってくれた。

 私はそれに応えたい。応えないといけません。

 三人に感謝を伝えたい。私はその気持ちを持って、明日のステージに立ちたいと思います。

               了
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:07:54.11 ID:GJMDUn0X0
◇◇◇◇



◇◇◇◇
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:08:59.01 ID:GJMDUn0X0

 暗闇の中、意識がやってくると、私はすぐにベッドから飛び出しました。
 
 窓からの日差しが部屋を明るく照らしていて、
 それこそ始まりの一日のような気持ちで洗面台へと向かいました。

 水色のピアスをつけるとずしりと嫌な感触。
 一瞬、身体が強張りましたが、こんなところで負けていてはダメだと、心を奮い立たせました。
 
 鏡に映る私は相変わらず、視線は真っすぐではなく横を向いていて、
 ひねくれた表情を浮かべていましたが、そこに涙は見えませんでした。

 私は、私は私なのだと、こんな自分を応援してくれる人がいる、と自分に言い聞かせて、洗面台を後にしました。

136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:10:10.19 ID:GJMDUn0X0

 外に出るとカラスの代わりにたくさんの蝉が鳴いていて、
 今日が絶好のライブ日和であることを告げていました。

 窓や街路樹から視線を感じましたが、そのたびに私は三人の笑顔を思い浮かべました。

 事務所に着くと、プロデューサーさんが私に、

「おはよう森久保気分はどうだ」

 と尋ねてきて、私は、

「緊張はしていますが、あのときほどではないです」

 と答えました。プロデューサーさんは、

「そうか。それはよかった」とほっとした様子で、「じゃあ、いこうか」と私の手を引きました。
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:11:12.30 ID:GJMDUn0X0

 会場へと向かう車の中、プロデューサーさんは他愛のない話を繰り返しました。

 やれ天気がどうなの、やれ輝子がどうだと。明らかにライブの話を避けていました。
 
 それは私が緊張しないようにという、プロデューサーさんの優しさでした。
 
 そのさりげない優しさが、どうも親から子へと向ける不器用な優しさのように思えてきて、
 それを一回り年齢が離れた親というよりもむしろ兄であるプロデューサーさんが、
 私へと向けてきているのが、可笑しくて、嬉しくて、つい私はひねくれたように、
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:12:09.28 ID:GJMDUn0X0

「プロデューサーさん……ライブ前だというのに、天気とかそういう話ばっかりして、
 森久保を緊張させないようにさせようとしてくれているのはありがたいんですけど、その配慮がバレバレなんですけど」
 
 と甘え、プロデューサーさんは顔を少し赤らめて、

「森久保ォ!そういうことは気づいていても言っちゃ駄目だろ! 
 どういう言葉かけていいか俺も悩んでるんだから」

 と笑いました。
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:12:55.46 ID:GJMDUn0X0

 ライブ会場は以前より、華奢な、言ってしまえば小さなライブハウスでした。
(それでも私には大きすぎるような気がしましたが)

 プロデューサーさんは私の前を歩いていき、関係者に挨拶をし、
 その背中にくっつくようにして私も頭を下げました。

 控室には応援に来てくれたキノコさんとトレーナーさんの姿があって、
 最後の確認だと、私は三人の前で軽く踊ってみせました。

「うん。大丈夫だ。よく出来てる」

 真っすぐな瞳で、プロデューサーさんが言いました。私はまた一つ、頼もしい気持ちになりました。
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:14:58.70 ID:GJMDUn0X0

 本番開始三十分を切り、いよいよ会場は騒がしくなってきました。

 私は薄いメイクを施されながら、
 鏡越しに映る裏方の人達の視線、聞こえてくるお客さんの声、それらと戦いました。

 深呼吸を繰り返し、目を瞑ったりといろいろ試してみたのですが、次第に無視できなくなっていき、
 視線はきつく、声は大きく、鼓動は激しく、身体は重く、ピアスがじんと響きました。
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:16:49.73 ID:GJMDUn0X0

 抱えた頭の中で、森久保が小さく笑いながら、私の元へとやってきて、

 やっぱり無理なんですけど。
 やっぱり森久保にはアイドル向いていないんですけど、と呟きました。

 アイドルに向いていない。人は常に私を見ている。私を試している。私を笑っている。
 だから今回も逃げ出して、それから考えようじゃないか。
 部屋で一人本を読んで過ごして、極力、人と関わらないようにしていけばいいじゃないか。

 その声に、訳がわからなくなりました。

 私は三人に感謝を伝えたいと思っている。三人の笑顔が浮かびました。

 森久保は逃げ出せと言っている。人々の嫌な声や笑顔が浮かんできました。

 では私は、私、森久保乃々は一体どうしたらいいのでしょう。
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:17:57.23 ID:GJMDUn0X0
「大丈夫か?」

 振り返るとプロデューサーさんが立っていました。
 何も言えず、頭を小さく横に振ると、プロデューサーさんは私の頭を優しく撫でてくれました。

「見せたいものがあるんだ」

 プロデューサーさんはキノコさんを呼び、
 キノコさんはどこからか、大きな紙袋を持ってきて、私に手渡しました。

「ボノノさん、これ……プレゼント」

 包装を解いてみると、中から深緑色のドレスが姿を見せました。
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:19:29.62 ID:GJMDUn0X0

「本当はぎりぎりまでサプライズにしたかったんだけどな。
 俺と輝子とトレーナーさんからのプレゼントだ。
 今日のライブで着てもらおうと思って。サイズは合っているはずだ」
 
 プロデューサーさんは、私とドレスとキノコさんを着替え室へと放り込み、キノコさんが、

「ボノノさんがレッスン終わってから……集まって……三人でボノノさんに似合う衣装を探したんだ……」
 
 と着替えを手伝ってくれました。深緑色のドレスをつけると、
 どこからか温かさが、三人の笑顔が浮かんできて、たちまち私の不安や恐怖をも上からつつみました。

「似合っている」
 
 着替え室から出た私を見て、プロデューサーさんが言いました。


144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:20:17.82 ID:GJMDUn0X0

「ありがとうございます」

 私はステージ端へと移動を開始しました。
 ステージへと一歩近づくたびに大きくなる声、熱気、強くなる鼓動、重くなるピアス。
 私はドレスの胸元をぎゅっと掴んで、

「プロデューサーさん」
「どうした森久保」

「私、緊張しています。相変わらず人の目は怖いです。
 ですがそれ以上に、私は歌って踊りたい。
 キノコさんに、トレーナーさんに、プロデューサーさんに、感謝の気持ちを伝えたい。
 ですから、見ていてください。私がアイドルになる瞬間を。私、頑張ってきます」

「あぁ、行って来い」
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:21:49.78 ID:GJMDUn0X0

 私はプロデューサーさんに背中を押されて、ステージへと上がりました。
 歓声が上がりました。「森久保―!」と叫ぶお客さんの声が聞こえてきました。

 赤、青、黄色、たくさんのサイリウムが目の前で振られていて、みんなが私を見ています。
 
 曲が鳴り始めました。お願い!シンデレラ。
 お客さんが息を飲み、その声が私に聞こえてきました。
 息が苦しくなりました。身体が重くなりました。ピアスがずしりと響きました。

 それでも私は倒れるわけにはいきませんでした。私は自分のドレスに目をやりました。
 深緑のドレスは私の動きに見事に合わさり、美しく映え、私を守っていました。

 お客さんが、私を見ている。ピアスを見ている。ドレスを見ている。
 身体が温かく、軽くなっていきました。
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:23:11.07 ID:GJMDUn0X0

 イントロが終わり、客席に目を向けると、
 そこにはキノコさんにトレーナーさん、プロデューサーさんの姿がありました。
 三人とも私を心配そうに見つめています。
 
 心配するくらいなら笑っていてほしかったんですけど、と私はひねくれ、
 それと同時に、見てもらえているということがたまらなく嬉しくて、
 最初の鬼門であるウィンクのシーンが来ると、その三人に届けと、私はウィンクを飛ばしました。
 
 歓声がさらに沸きました。プロデューサーさん達はほっとしたように私を見つめていました。
 
 優しい笑顔でした。三人のその笑顔を、私は一生忘れないでしょう。

 歌に踊りを続けました。身体の重さはどこかへと消えていました。
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:24:20.77 ID:GJMDUn0X0

 メロディが終わり、曲はサビへと入っていきました。
 
 最後の鬼門。二回目のウィンク。

 私はもう一度プロデューサーさん達に飛ばそうと、客席の奥にいるプロデューサーさんを見つめました。

 プロデューサーさんは笑っていました。
 その笑顔は、私の成長を喜んでくれている。そう確信できました。

 目が合ったことに気づくと、口パクで、
「お客さん」とプロデューサーさんが言うので、私は客席へと目を向けました。
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:26:01.72 ID:GJMDUn0X0

 彼らは笑っていました。
 私を応援しているようでした。

 よく見ると、ライブで倒れた時に見た、お客さんの顔がちらほらと混ざっていて、
 私は、あのライブを見た後でもまだ私を応援してくれるのだと、
 プロデューサーさん達以外にも優しい人は世の中にたくさんいるのだと気づきました。

 歌が歌えず、身体は思うどおりに動かなくなっていきました。

 それは緊張や恐怖でなく、涙のせいでした。涙が、思いが、私の中からどんどん溢れていました。
 
 私は泣きながら、笑っていました。
 何とかこの気持ちを、不格好でもいいから、精一杯の感謝を伝えたくて、
 私は泣きながら笑顔で、客席へとウィンクを飛ばしました。

 そのぎこちないウィンクに、これでもかというほどの歓声が返ってきました。この日一番の大きな歓声でした。

 たくさんの人の笑顔が私をつつんでくれました。
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:27:16.21 ID:GJMDUn0X0

「ライブ成功の思い出に何かプレゼントを」

 とプロデューサーさんが言うので、私たちはショッピングモールへと向かいました。
 アクセサリー店に入り、深緑色のピアスを見つけ、これがいいとプロデューサーさんに渡しました。

「ピアスでいいのか? お母さんから貰ったピアスがあるだろ」
「これがいいんです」 
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:28:18.14 ID:GJMDUn0X0

 駐車場へと向かう途中何人かの人々とすれ違いました。
 その人たちは私を見ている気がしました。
 水色のピアスを見ている気がしました。私とプロデューサーさんを見ている気がしました。

 ライブを成功させただけでは、私の恐怖はなくならないようでした。

 ですが、私は大丈夫でした。私は一歩、プロデューサーさんに近づきました。
 安心感が増しました。プロデューサーさんは変わらず、私の横を歩いてくれました。
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:29:35.42 ID:GJMDUn0X0

 車に戻り、丁寧に施された包装を解き、ピアスを取り出しました。
 そのピアスは見れば見るほど、ドレスの色に似ていました。

「プロデューサーさん、このピアスを私につけてくれませんか」
 
 プロデューサーさんは私の方を向いて、わかったと私の耳に触れました。慎重な手つきでした。

 私は目を瞑りました。緊張はしませんでした。
 プロデューサーさんの温もりが私の冷たい耳に伝わっていました。

 様々な光景が曖昧なイメージとなって、頭の中で流れていました。
 その中にはクラスメイトや母の笑顔もありました。
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:31:19.25 ID:GJMDUn0X0
 
 暗闇の中で私は手を伸ばしました。
 ゆっくりと慎重に伸ばした手は、プロデューサーの身体へと当たりました。
 
 固い身体でした。温かい感触でした。
 私は目を瞑ったまま、プロデューサーさんの身体を握りました。

 プロデューサーさんは何も言わず、水色のピアスを外し、それから深緑のピアスを私の耳へとつけました。
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:32:14.62 ID:GJMDUn0X0

 暗闇は明るい色を帯びていきました。
 それは赤や青や黄色で、サイリウムのようでした。

 お客さんやキノコさん、トレーナーさん、プロデューサーさんの笑顔が花のように、
 私の暗闇の世界の中で一気に咲いていきました。
 
 私は目を開けました。目の前にはプロデューサーさんがいました。
 プロデューサーさんは笑顔でした。出会ったころから変わらない、私の大好きな笑顔でした。
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:33:12.13 ID:GJMDUn0X0

「似合っているよ、森久保」
 
 プロデューサーさんが言いました。私は嬉しくて、涙をこらえながら、首を振りました。

「森久保ではなくて、乃々って呼んでくれませんか」
 
 プロデューサーさんは言いました。

「似合っているよ、乃々」
 
 私は本日二度目の涙を流しました。
 
 さよなら、森久保。

 それは決意の表れでした。私はその決意の元、これからの日々を過ごしていくつもりです。

『常に人に見られている』

『私を見てくれている人がいる』
 
『さよなら、森久保』
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/24(水) 02:33:44.09 ID:GJMDUn0X0


終わり
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/24(水) 02:51:33.78 ID:fOJ6997c0
おつおつ
読んでてこっちまで苦しくなるくらい凄かった
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/24(水) 12:23:34.49 ID:GJMDUn0X0
読んでくださり、ありがとうございました。
納得いかないところもありますが、自分の限界を書けた気がします。
読者様に何か一つでも残ってくれればうれしいです。
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/24(水) 12:46:20.59 ID:3CaXuSkfO
俺はお前が俺を見たのを見たぞ
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/24(水) 15:13:11.40 ID:F5WN47av0
「面白いね」が死ぬほどつらかった過去の記憶がガガガがガガガ
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/24(水) 18:46:38.56 ID:5FbOIr2U0
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/24(水) 20:13:48.49 ID:iPfr7+yPO

部分的にではあるがとても共感できる森久保だった
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/24(水) 20:25:54.46 ID:sb97Mw1Y0
乙ォ!
読んでてドキドキして面白かったです
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/24(水) 21:36:56.02 ID:Z1KYmsMi0
乙です。
これは、タイトル的に、さよならアンドロメダがモチーフですか?
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/24(水) 21:54:31.53 ID:GJMDUn0X0
さよならアンドロメダはモチーフではないですね。参考にしたのは太宰だったりします
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/24(水) 22:02:27.46 ID:r9bPfPqB0
道理で。恥の多い生涯を送ってそうなもりくぼだと思ったんだ
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/26(金) 21:58:24.04 ID:RSJrE0ns0
おつ とても良かったです
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