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【ガルパン】まほチョビの土日。
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2 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 19:48:19.95 ID:8VTblCYO0
※まとめサイト様へ。まほチョビは荒れるそうなので、もし載せて頂けるのならばこのあとの【オープニング】だけに留めて頂くか、然もなくば、まとめそのもののご遠慮をお願いいたします。
3 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 19:51:25.60 ID:8VTblCYO0
【オープニング】
アラームが鳴った。
もう、時間だ。
「時間だなあ」
名残惜しそうに彼女が言う。
4 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 19:52:53.50 ID:8VTblCYO0
済まない、としか言えなかった。
「何言ってんだ、お前の決めた道なんだろ。気にすんなよ」
もっともっと強くなって来いよ。
そう言って、彼女は私の背中を叩いた。
暫く、会えなくなる。
5 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 19:54:21.84 ID:8VTblCYO0
満面の笑みで手を振る彼女。
不意に、その笑顔がくしゃりと歪む。
両の手で顔を覆い、彼女がしゃがみ込んだ。
引き返し、抱き締めてやりたくなるのを堪える。
笑って見送ろうという彼女の想いを、無碍にはできない。
拳を握り、堪えた。
6 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 19:55:25.12 ID:8VTblCYO0
ふと、その手に感触が蘇る。
さっきまで繋いでいた手が、まだ、温かい。
彼女の手の感触。
私の手も、じわりと歪んだ。
また会おう。
絶対、また会おうな。
7 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 19:57:32.46 ID:8VTblCYO0
「あの」
ズズ、と茶を啜りながら話し掛ける声。
なんだ、居たのかダージリン。
「貴女達、毎朝こんなコントをやっているのかしら」
そんなわけ無いだろう。
せいぜい三日に一度だ。
【オープニング・おわり】
8 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 20:00:00.46 ID:8VTblCYO0
とりあえずここまで
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/03(水) 20:03:10.78 ID:gYEIB7E1o
なんか文の間に合いの手が合いそう
間にYoYoYoといれていいか?☺️
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/03(水) 20:08:10.57 ID:E1daPPSE0
まほチョビすき
11 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 20:26:34.74 ID:8VTblCYO0
>>9
確かに歌詞っぽいかも知れません
>>10
私もすき
12 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 21:13:49.33 ID:8VTblCYO0
【鉄鼠の檻の檻】
【まほ(前)】
『頼豪の霊鼠と化と、世に知る所也』
部屋の真ん中に置かれた読みかけの小説。開いてみると、そんな一文があった。ブックカバーが掛けられているので、表紙を確認する事は出来ない。
その一文に、一枚の絵が添えられている。
13 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 21:16:18.75 ID:8VTblCYO0
何匹ものネズミが描かれているのだが、絵の中心に居るネズミだけが一際大きい。そのネズミにだけ口髭や髪があり、何より服を着ている。人間とネズミの間のような姿をしているのだ。
どこかの有名キャラクターのような可愛いものではない。なかなか気味の悪い絵だ。
ネズミ達は巻物のようなものを広げており、中心のネズミが他のネズミ達に何かを指示しているように見える。よく見ると巻物は所々破れていて、ネズミ達が食い荒らしているのだと推測できる。
14 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 21:17:24.88 ID:8VTblCYO0
中心の大きいネズミが『頼豪の霊』なのだろうか。しかし、名前と思しき大きな文字は『鉄鼠』と読める。
テツネズミ、だろうか。そんな名前の戦車が黒森峰にあったなあ。
そこまで考えて、疲れて辞めた。短文と一枚の絵だけで、大した情報量だ。しかも一頁目である。
15 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 21:18:47.45 ID:8VTblCYO0
千代美の趣味は恋愛小説だった筈だが、最近はこんな難しい本を読んでいるのか。いや、この本も内容を追ってみれば恋愛小説なのかも知れないが、如何せん追う気になれない。
サイズは文庫なのだが、厚さがおかしい。週刊少年ナントカのような分厚さなのだ。これは文庫の厚さとして正しいのだろうか。文庫というものは、もうちょっと薄いというか、持ち運びに適しているものだと思っていた。
まあ、今回はその厚さが幸いしたというか、災いしたというか。
とりあえず、置かれた本はそのままにして、コートを羽織り家を出る。雪がちらついていた。
空を見上げ、もう冬だなあなどと当たり前の事を考えていると、そこに丁度千代美が帰ってきた。お帰り、と声を掛ける。
16 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 21:19:43.81 ID:8VTblCYO0
「なんだよ、出迎えなんて珍しいじゃないか。お腹空いたのか」
「いや、ちょっと本屋に買い物」
「うわ珍しっ。あ、だから雪が降ってきたのか」
そうかもな、と気の無い返事をする。読書は千代美の趣味で、私もそれに付き合って本は読むが、自分から進んで何かを読む事はあまり無い。読んでも雑誌が精々だ。
勿論、自分から本屋に行く事も滅多に無い。
今も正直言って、気乗りはしていない。用事が出来たから行くだけだ。
17 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 21:20:57.19 ID:8VTblCYO0
「それじゃ、私も付いていくぞ。ちょっと待っててくれ、荷物置いてくるから」
千代美がいそいそと玄関へ向かった。
暫し待つ。雪は彼女が荷物を置き戻ってくるまでの間にも、徐々に強くなる。
「お待たせー、と言いたい所だけどこりゃ本格的に降りそうだな」
私の髪や肩に薄く積もった雪をぱたぱたと払いながら、千代美は天気の心配をする。
ニットの帽子を私に手渡しつつも、本屋はまた今度にしよっか、と、残念そうに言った。まあ、実際に残念なのだろうが。
私が本屋に行くのがそんなに珍しいか。そんなような事を考えて、雪の勢いが増しつつある空を睨んだ。
18 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 21:22:02.20 ID:8VTblCYO0
「さ、うちに入ろう」
「ああ、いや」
「なんだよ」
どう、しようか。今はまずい。
私がその場に立ち尽くしていると、千代美がすうっと目を細め、低い声を出した。
「まほ」
「ん」
「言い訳は、中でゆっくり聞くから早く入れ」
あ、バレたのか。
まあ、それもそうか。千代美は本を部屋の真ん中に置いたりしない。況してや、置きっ放しになどする筈も無い。荷物を置きに家に入った時点で、それは目に入ったのだろう。
19 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 21:23:26.29 ID:8VTblCYO0
「ごめんなさい」
私は千代美さんの本で虫を潰しました。とても、非常に丁度良い厚さだったので、つい。
「よろしい」
とりあえずそれはいい、寒いんだから早く入れ。そう言って、千代美は私を家に引っ張り込んだ。
「お帰り」
ただいま。
【まほ(前)・おわり】
20 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 21:34:27.71 ID:8VTblCYO0
【まほ(後)】
買い物は雪のため中止。家に戻り、コーヒーの時間とする。
千代美の淹れたコーヒーは何故か美味い。私がやってもどうしても同じ味にならないのが不思議で仕方ない。粉と湯だけで何故こうも差がつくのか。
「で、代わりにこの本の新品を買いに行く所だったのか」
千代美の読みかけの小説。私は虫を潰す道具に、つい手元にあったそれを使ってしまった。
ブックカバーが掛けられていたので目立つ汚れにはならなかったが、それでも流石に申し訳ない。なので新しく同じ本を買って来ようと思ったのだが、残念ながら雪に阻まれた。
21 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 21:35:26.86 ID:8VTblCYO0
「謝ってくれりゃ許すよ、そんなの。それに知ってるだろ、私が痕跡本好きなの」
んん、と返事なのか相槌なのか我ながらよくわからない声を出した。
痕跡本。
文字通り、痕跡のある本。コーヒーの染みや、うっかり付いた折り目など、その本にしか無い痕跡が好きらしい。千代美にとって、読書の延長線上にある趣味だ。
痕跡そのものというよりも、自分の本に親しい人の痕跡が残る事が嬉しいのだとか。まあ、分からないでもない。
しかし、それでも限度というものがあると思う。虫を潰した本だぞ。
22 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 21:36:33.16 ID:8VTblCYO0
「汚れは拭けばいいんだよ。それに、読むのに支障が出るわけでもないしな」
まほが虫を潰すのに使った本だと思うと、笑っちゃうじゃないか。言って、千代美は本当に笑った。
そう言えばそれは恋愛小説なのか、と訊いてみる。千代美の趣味は恋愛小説だった筈だが、その本はどうにも恋愛小説に見えない。
「いや、これはミステリーものかな。恋愛小説はもちろん好きだけど、そればっかり読んでる訳じゃないぞ」
これは読書好きには結構有名なシリーズで、気になって買ってみたんだけど、内容が難しくてなかなか進まないんだ。そう言って今度は苦笑いをしたが、少し嬉しそうだ。
なんだかんだで面白いのだろう。惚気のようなものか、と解釈した。
23 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 21:37:41.63 ID:8VTblCYO0
「テツネズミ」
「ん、違う違う、これはテッソって読むんだ」
鉄鼠、テッソか。
さっき見た一頁目の短文や絵について思ったことを話してみる。私が珍しく本の内容なんかについて話すのを、千代美は嬉しそうに聞いてくれた。
「マウスみたいな名前だなと思ったよ」
「あはは、言い得て妙だな。でもまあ、鉄鼠と言うならマウスよりも」
そこまで言って、千代美は口を噤んだ。心なし、表情が暗い。
「いや、なんでもない」
何を言おうとしたのだろう。気になり少しつついてみたが、忘れてくれ、とまで言われた。
気にはなるが、そこまで言われてしまっては仕方ない。話題を変えるとしよう。
24 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 21:39:28.88 ID:8VTblCYO0
明日は本屋に行けるかな、と話す。
「本を買う必要も無くなったのに、まだ行きたいのか」
「行きたいと思っている訳じゃないが、行こうとして行けなかったのがどうにももやもやする」
不器用な奴だなあ、と呆れられた。仕方がないだろう、性分だ。
とは言え何を買おう。出来れば当初の目的通り、千代美に何か買ってあげたい。
「何か欲しい本はあるか」
「ええっ、急に言われてもなあ」
まあ、そうか。今そのテッソを読んでいる所だ。厚さを見る限り、読み終わるのは当分先だろう。
少し残念だ。
25 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 21:41:07.92 ID:8VTblCYO0
「うーん、あ、そうだ」
千代美は、ブックカバーをねだってくれた。ああ、今使っているやつは洗濯機に放り込んでしまったからな。
「誰かさんのせいでな」
ふふ、ごめんなあ。
「コーヒーおかわり」
「はいはい」
【まほ(後)・おわり】
26 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 21:42:25.80 ID:8VTblCYO0
明日は千代美ちゃん
27 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/03(水) 21:53:27.95 ID:8VTblCYO0
おまけ
まほが虫を潰すのに使った「厚い文庫」
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/04(木) 01:07:18.70 ID:pd2XbH+Wo
思いのほか教養のいる話だった
29 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 12:15:57.75 ID:vmi3algl0
>>28
ハードル高いかも知れません、すみません…
30 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 12:16:53.91 ID:vmi3algl0
【千代美(前)】
「鉄鼠と言うならマウスよりも」
そこまで言って私は口を噤んだ。自分の軽口を反省する。
鉄鼠の絵に対するまほの解釈は大体正解だ。あれは、鉄鼠がネズミを引き連れて巻物を食い荒らしている絵。それ自体は間違いない。
ただ、そのシーンに至るまでの物語があるんだ。
『頼豪の霊鼠と化と、世に知る所也』
この短文が示す通り、『頼豪の霊』が鼠と化すまでの物語。
31 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 12:18:42.17 ID:vmi3algl0
ざっくり言えば
『人のために行動した頼豪という僧が』
『理不尽な仕打ちを受け』
『寺を追われ』
『鼠と化し』
『寺の経典を食い荒らす』
という話。
鉄鼠の絵は、そのラストの部分を描いたもの。ネズミ達が食ってる巻物は、寺の経典だ。
だから、鉄鼠を何かに喩えるのなら、マウスと言うよりも、マウスを食った方。
つまり。
なんて、言えないよな。
32 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 12:19:50.38 ID:vmi3algl0
反省が段々と自己嫌悪に変わる。ほんと、どうかしてるよ。まほと話してると、不思議と口が軽くなる。
普段言わないような事をぽろっと言いそうになるんだ。浮かれてるのかも知れない。
相変わらず口数は少ないものの、以前のような寡黙さが無くなったまほ。そんな彼女と毎日話せる事が嬉しくて仕方ない。彼女が本の話に付き合ってくれた時なんかもう、それだけで頬が緩む。
まあ、それにしたって言って良いことと悪いことってものがある。いい加減、慣れても良さそうなもんだ。
「何を言おうとしたんだ」
まほが脇腹をつついてきた。こういう悪戯っぽさが彼女に芽生えた事が、そしてそれを私に向けてくれる事が、堪らなく嬉しい。でも言えないってば、流石にさ。
33 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 12:20:47.72 ID:vmi3algl0
「忘れてくれ」
そう言うしか無かった。
少しの間だけ、気まずい沈黙が流れる。その時間を反省と自己嫌悪に充て、心の中で西住姉妹に謝った。
「明日は本屋に行けるかな」
気を遣ってか、話題を変えてくれるまほ。
少し驚いた。本を買う必要が無くなったのに、彼女はまだ本屋に行こうとしている。だけど、蓋を開けてみれば何の事はない。行こうとしたのに雪で行けなかったのが癪だったというのが理由。
本屋に行きたいという訳ではないらしい。全く、不器用な。
34 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 12:21:45.47 ID:vmi3algl0
まあでも、当初の予定通り私に何か買ってくれる気でいるらしい。それは嬉しいんだけど、どうしようか。今読んでる本は、読み終えるまで暫く掛かりそうだしなあ。
とはいえ、まほが残念そうにしているので何も頼まないというのも可哀想だ。少し悩んで、思い付いた。さっき洗濯機に放り込んだあれだ。
「じゃあさ、ブックカバー、買ってくれよ」
ブックカバーなら、ずっと使える。本を読み終えたら次の本に。それを読み終えたら、また次の本。いつでも一緒。
まほに買って貰ったブックカバーで本が読めたら、どんなに素敵だろう。内心うきうきしているが、平静を装った。
35 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 12:22:44.12 ID:vmi3algl0
「コーヒーおかわり」
「はいはい」
粉とお湯だけなのに、何故かまほはコーヒーを淹れるのが下手だ。いつの間にか、それは私の仕事になっていた。
砂糖は無し、ミルクは多め。それがまほの好み。二人だけの常識がこうやって、少しずつ増えていく。コーヒーを淹れるだけなのに顔が綻ぶ。
だけど、時間的にぼちぼち夕飯の支度もしないとな。時計は十八時を少し回ったところ。支度を始めるには遅いくらいだ。
まあ、ご飯はタイマーのお陰で炊けてるので、簡単なおかずを作るだけでいい。何にしようか。エプロンを着けながら考える。
36 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 12:24:32.12 ID:vmi3algl0
「何か食べたい物あるか」
「んん、魚」
「おっけー」
こういう時、絶対に『何でもいい』とは言わないのが有り難い。例え何でもよくても、まほはとりあえず明確に答えを出す。さて、魚か。
考えていると、インターホンが鳴った。あ、そっか。そう言えば今日だったな。
急いで玄関を開けると、見知った男の人が立っていた。えへへ、待ってたよ。
【千代美(前)・おわり】
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/04(木) 15:31:54.20 ID:99vaNSz4o
合いの手が入れ温くなっちった…
38 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 17:23:24.93 ID:vmi3algl0
>>37
すみません
39 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 17:24:17.41 ID:vmi3algl0
【千代美(後)】
時刻は十八時を少し回ったところ。さすが時間に正確だ。
「こんばんは、小包の再配達に伺いました」
伝票に判子を捺して荷物を受け取る。エプロンに突っ込んでおいたシポDを手渡し、いつもご苦労様ですと声を掛けた。
日中、私達は大抵留守にしているから、荷物は再配達してもらう事が多い。配達屋さんにとっては二度手間なのが申し訳ないところ。これくらいの労いがあってもいいよな。
シポDを受け取った配達屋さんは、済みませんいつもご馳走様ですと何度も頭を下げて、次の配達先へと向かった。頑張れよー。
40 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 17:25:15.83 ID:vmi3algl0
「荷物か」
「うん、ペパロニからだ。丁度いいや、今夜はこれにしよっか」
鮭だ。
食材探しで北海道に行っているらしく、丸ごと一匹を送って寄越した。
二人で消費するのは大変かもな。ダージリンにでもお裾分けしよう。うーん、どう切ろうかな。
「『鮭が余るから貰いに来てくれ』、と」
荷物と格闘している私の代わりにまほが連絡してくれた。
41 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 17:26:00.78 ID:vmi3algl0
箱を片付けようとして伝票が目に留まった。よく見たら宛名が『アン斎千代美様』になっている。何て書こうとしたのか容易に想像できて吹き出した。
この伝票、取っておこう。なんか勿体無くて捨てられないんだよな、こういうの。
私が笑ったのを見て、まほが何事かと覗き込んできたので伝票を見せてやる。それでまた、二人で笑った。
配達屋さんにとっちゃ、ここはややこしい家だろうな。判子は『西住』だし、受け取るのは安斎だし、宛名はこんなだし。
42 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 17:26:58.01 ID:vmi3algl0
「配達屋なあ」
「ほんと、雪の中よく来てくれたよ」
「ああいうのが好みなのか」
沈黙。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。まほも自身の口を手で覆って、しまったという顔をしている。
え、何、焼きもちですか。
あららら、私が配達屋さんに優しくしただけで、焼きもちですか、へえ、西住まほさん。
「うるさい」
まほの顔が、かあっと赤くなる。
か、可愛いっ。堪らなくなり抱き付いた。
43 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 17:28:07.51 ID:vmi3algl0
「や、やめろ、魚臭いぞ千代美」
「魚食べたいって言ってただろー」
「そういう意味じゃなくて、うわっ」
抱き付いてよろけた弾みで、どさりとソファに倒れ込む。まほが咄嗟に下になってくれたのが分かった。
彼女の胸に顔を埋め、はあっと息を吐く。
「ふふ」
「何だ」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。嬉しい。
44 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 17:29:29.54 ID:vmi3algl0
「どこにも行かないから安心しろよ」
「分かってる」
「本当かなあ」
まほは軽口を叩いた私の頭を掴み、ぎゅうっと胸に押し付けた。んん、さすがに苦しい。
もがいていると、まほが一言。
「逃がさん」
その言葉を聞いて、ぞくぞくとしたものが背中を走り抜けた。今、私は、まほに閉じ込められている。
檻だ。
すごくすごく、幸せな檻だ。
誰が逃げるもんか。
45 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 17:30:38.78 ID:vmi3algl0
「しかし千代美、冗談じゃなく魚臭いぞ」
全く、雰囲気も何もあったもんじゃない。でも確かに、鮭いじってる途中だったもんな。言わせて貰うなら、まほも十分魚臭い。
「誰かさんのせいでな」
ふふ、ごめんなあ。じゃあ、先にお風呂にしよっか。
46 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 17:32:35.79 ID:vmi3algl0
「あの」
声。まほのものでも、私のものでもない声。
はっとなり振り返ると、にやけ顔のダージリンが立っていた。あの、えっと、こんばんわ。
「今晩は」
勝手知ったる何とやら。いつの間にか自分でお茶まで淹れて啜っている。あの、いつからそこに。
「『ああいうのが好みなのか』辺りから。もしかしてと思って見守っていたけれど、とても良いものを見せて頂いたわ」
お隣って便利よね、と付け足した。まほは完全に固まってしまっている。
更にダージリンは、良いものを見せて頂いたあとで恐縮なのだけれど、と前置きをしてにやけ顔のまま言った。
「続きはその鮭を切り分けてからにして頂けるかしら」
あ、うん、そうする。
【千代美(後)・おわり】
【鉄鼠の檻の檻・おわり】
47 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/04(木) 17:35:35.49 ID:99vaNSz4o
うーん
YOYOYO
48 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 18:01:39.36 ID:vmi3algl0
こんな感じで視点を変えながら甘ったるいものを書いていくつもりです
よろしければお付き合いをお願いします
49 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/04(木) 20:00:21.61 ID:vmi3algl0
>>47
ありがとうございます
50 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/05(金) 09:59:15.60 ID:2YbqA/MkO
ダージリンは盗聴器しかけてそう
と思わせてコップを壁に当ててなんとかして聞き耳たててそう
51 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 15:49:10.38 ID:c1/viYU+0
>>50
そこまで悪い子ではない…筈です
52 :
◆MY38Kbh4q6
[saga]:2018/01/05(金) 16:10:57.37 ID:p6ni2eBA0
いいぞ!
53 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 16:41:31.60 ID:c1/viYU+0
>>52
すみません、ありがとうございます
54 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 16:58:49.11 ID:c1/viYU+0
今夜も更新します。
時間軸は前回のすぐ後から就寝まで
55 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 17:58:02.05 ID:c1/viYU+0
【鎌鼬の夜】
【千代美(前)】
お風呂のスイッチを入れ、ペパロニから送られてきた鮭をを切り分ける。二人では消費しきれないので、隣に住んでいるダージリンにお裾分けだ。
切り分けたひとつを彼女に渡した。
「ふふ、ご馳走さま」
にんまりしてそれを受け取るダージリン。それはどっちの意味での『ご馳走さま』かな。
56 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 17:59:00.29 ID:c1/viYU+0
まほとイチャついている所をダージリンに見られてしまった。あまりにも不覚。まあ、別に関係を隠している訳ではないんだけど、流石に恥ずかしい。
私達が大っぴらにイチャつく事はあまり無い。と思う。たぶん、きっと。
まほは憮然とした表情のまま黙っている。果たして照れてるのか怒ってるのか。両方か。両方だな。
ダージリンが勝手に上がり込んで来た事についてはまあいい。なんだかんだで親しい間柄ではあるので、普段から互いに行き来している。それに、今回に関して言えば、呼んだのはこっちだ。
まほが怒っているのは、ダージリンが来ると分かっていながら迂闊な行動に出た私に対してだろう。あと、たぶんそれに乗っちゃったまほ自身に対して。
そっちに関しては、私は嬉しかったけど。
まほが無言のままこちらをじろりと睨む。考えている事を見透かされたような気がして、たじろいだ。
でも、ちょっとだけ睨み返す。言っとくけど私だけのせいじゃないし。
57 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 17:59:54.81 ID:c1/viYU+0
「貴女達、アイコンタクトで喧嘩できるのね」
「うるさいぞダージリン。早く帰れ」
遠慮の無い悪態は親しさの証、なのかな。ダージリンもそれは心得ていて、ちっとも堪えていない。まほの悪態を、まあまあとだけ言って流してしまった。
「寒くて外に出たくないのよ。もうちょっと居させて頂戴」
そっか、そういえば外は雪だ。隣の部屋に帰るための一瞬と謂えど、不精になる気持ちは大いに分かる。一度暖かい所に座ってしまうと、外どころか廊下にさえ出るのが嫌になる。
無碍にする訳にはいかないよなあ、と考えていると、またまほに睨まれた。そういえば夕飯の仕度の途中だった。
まあ、そうは言っても材料が確保出来てるから大してやる事はない。鮭なら適当にソテーしてやるだけでも美味しく出来る。
とりあえずお風呂が沸くまではダージリンと世間話でもしようかって所だ。まほの機嫌がさっきからずっと悪いのは、なんかもう、仕方ない。
58 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 18:01:24.13 ID:c1/viYU+0
「明日は積もるかしらね、雪」
「やだなあ、本屋に行く予定なのに」
「あら、何を買うのよ」
経緯を丸ごと説明しちゃうとややこしくなるのは流石に想像が付くので、まほにブックカバー買って貰うんだ、とだけ。自慢。
「ブックカバーって、文庫を買うと付いてくる紙かしら」
「いや、布のがあるんだよ。デザインとかも色々あるし、何より繰り返し使えるんだ」
「へえ、じゃあ本を読む時はいつでも一緒ね」
素敵だわ、とぽつりとつぶやく。ドキッとした。綺麗だなあダージリン、ジャージで緑茶の癖に。
地が綺麗なんだな、羨ましい。時々、こうやって思い出したように『ダージリン様』の風格が垣間見えるのが面白い。
するとダージリンはちょっとだけ思案顔をして、不思議な事を言い出した。
59 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 18:02:59.16 ID:c1/viYU+0
「まほさんもそろそろ限界かしら」
「んん」
不機嫌そうにまほが唸る。否定とも肯定とも付かない、という事はたぶん肯定なんだと思う。
図星なのが悔しくて、素直に肯定はしたくない、でも否定も出来ない。というか違うならはっきり違うと言う。そういう逡巡の末の『んん』だ。
まほはよく『んん』という声を出すけど、その時その時でニュアンスが違う。その解読が出来るのは、私のちょっとした特技。
でも限界って何だろう。
「ふふ、それじゃお暇するわ。ごめんなさいね、お邪魔しちゃって」
さっきまで外に出るのを渋っていたのが嘘みたいにダージリンはそそくさと帰っていき、それを見計らったようにお風呂が沸き、そのアラームが鳴った。
60 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 18:04:30.03 ID:c1/viYU+0
「千代美、お風呂」
うん。あ。まほ、機嫌が悪かったのって、もしかして。
気が付いたのとほぼ同時。腰をぐいっと引き寄せられた。
んん。
まほは私の舌の上に僅かに残っていたコーヒーを舐め取り、ごくりと飲み下す。ぷは、と唇を離し、不機嫌な顔のまま、同じ言葉を繰り返した。
「お風呂」
うん。
あの、えっと。
はい。
【千代美(前)・おわり】
61 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 18:07:51.76 ID:c1/viYU+0
【千代美(中)】
【千代美(中)・おわり】
62 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 18:08:54.41 ID:c1/viYU+0
【千代美(後)】
お風呂から上がり、夕飯を済ませ、寝室にて。少し窓を開けた。火照った体に冷たい夜風が気持ち良い。
ペンとノートを取り出し、机に向かう。夕方にまほが言っていた事が思いのほか面白かったので、そこから着想を貰って形にしてみようと思い立った。
前々から考えてはいたんだけど、ずっと始められずにいた事。小説を書く。
書いてみたいとか、書きたいテーマがあるとか、そんな大層なものじゃない。日頃から読んでいるものを自分で書いてみたらどうなるだろう、というぼんやりとした興味。
そこに、まほの一言が上手く刺さった。
『鉄鼠という名前はマウスみたいだなと思ったよ』
なーるほど、と思った。まあ、あくまでそれはきっかけで、そこを起点に私の中でひとつのお話が広がり始めた。それを形にしてみる。
でも、やってみて初めて分かるけど難しいな。いやまあ、簡単な訳がないとは思ったけどさ。
63 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 18:10:00.32 ID:c1/viYU+0
書こうとしている話自体は頭の中にあるから、要点だけは簡単に書ける。要点だけで始まりから終わりまでを書き出してみると、それだけでちょっとした達成感があった。だけどそれだけ書いても文字の量は一頁にも満たない。
ああ、これがプロットってやつなのかと、遅れて気が付いた。この書き出した要点に味付けをしていけばいいのかな。
「ここに居たんだな」
まほが部屋に入ってきた。時計を見ると、書き始めてから一時間ほど経っている。あっという間。
64 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 18:12:16.82 ID:c1/viYU+0
「書き物か」
「えへへ、小説」
どれどれ、と覗き込んできたのを咄嗟に隠した。書いたものを見られるのって、なんだかものすごく恥ずかしい。だってこれは、一字一句、私の内側から出てきた文字だ。
でもまあ、まほにならいいか、と思ってもじもじしながら見せてやった。
三つの短編で構成したひとつの話。
「最初は、好きな人に好きな本を貸す女の子の話か。どこかで聞いた事がある」
気のせい気のせいと言って、とぼけて見せる。まあ、まほが気付くのは当たり前かもな。これは、私がまほに初めて本を貸した時の話が元になっている。
タイトルは『文車妖妃』。ラブレターの妖怪の名前だ。まほが『鉄鼠』をマウスに例えたところから思い付いたネーミング。
その次は、一話目の女の子から本を借りたせいでその子の事が頭から離れなくなった誰かさんの話。タイトルは『夢魔』。
65 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 18:13:56.03 ID:c1/viYU+0
そして、最後は。
まあ、まだ書いてないんだけどさ。
私はペンを置いた。時間も遅い。
「続きを書かないのか」
問われて、書かなくても続くからな、と答えて布団に寝転がった。
私が寝転がった隣、布団の空いているところをぽんぽんと叩いてまほを呼ぶ。素直に潜り込んできたところに、ぴたりと体をくっつけた。
「暑いぞ」
「いいじゃん」
夢中で書いていた時は気が付かなかったけど、ちょっと寒い。湯上がりだから当然と言えば当然。
明日は晴れるかなあ。
「さあな。おやすみ」
えへへ、おやすみー。
【千代美(後)・おわり】
【鎌鼬の夜・おわり】
66 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 18:20:40.89 ID:c1/viYU+0
おまけ
『文車妖妃』はこちら
https://ex14.vip2ch.com/i/read/news4ssnip/1507566018/
『夢魔』も一応書いたのですが、『文車妖妃』をまとめに載せて頂いた時に、まほチョビ苦手だって感想が多くあったのを見て投下を見送りました
67 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 18:25:23.86 ID:c1/viYU+0
今日の更新ここまで
68 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/05(金) 19:37:02.09 ID:Fkr7wN4yo
まほチョビいいYoYoyo
69 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 20:13:35.34 ID:c1/viYU+0
>>68
ありがとうございますー
70 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 21:46:25.49 ID:c1/viYU+0
『文車妖妃』と『夢魔』の供養をしたい
今日は終わりって言ったけどもうちょっと追加させてください
71 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 21:54:53.79 ID:c1/viYU+0
【塗仏の夢】
【文車妖妃】
本を貸す、という行為が好きだ。あまり理解はされない嗜好だと思う。
偏見かも知れないが、本が好きな人ほど、他人に本を貸すのを嫌がるものだと思う。何故なら本ってのはすごくデリケートな物なんだが、人によって扱いに天と地ほどの差があるからだ。
読む時はブックカバーをかけて、ページに折り目がつかないように大切に大切に読む人も居る。背表紙が陽に焼けたりしないように、本棚の位置にこだわる人も居る。
かと思えば全く頓着しない人も居る。平気で食べ物を零したりな。
72 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 21:55:54.95 ID:c1/viYU+0
後輩に漫画を貸した時の事。
読みながら眠ってしまったらしく、思いっきり折り目が付いて返ってきた。こういうリスクがあるから、本好きな人は、あまり他人に本を貸したがらない。
スミマセン姉さん新しいの買って返しますと平謝りの後輩に対して、私は憮然として次は気を付けろよと言ったが、実は内心喜んでいた。
彼女が折り目を付けた本。これはこれで、世界にひとつしか無いものだからだ。
この折り目は、彼女が本を読みながら寝た証拠。私が高校を卒業しても、この本は私の手元に残る。折り目を見るたび彼女を思い出す事になるんだ。
それが嬉しい。
まあ、だからと言ってよくぞ折り目を付けてくれたと褒めるのもなんだか違うので、ポーズとしてとりあえず怒るけど。
73 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 21:57:02.11 ID:c1/viYU+0
痕跡本、と言う。
そのまんま、痕跡のある本のこと。折り目に限らず、書いた本人にしか分からないメモ書き、栞に使ったノートの切れ端、果てはぺしゃんこになった羽虫等々。その本にしか無い痕跡に興味を持つという嗜好。
調べてみると痕跡本専門の古本屋もあるそうで、色んな世界があるなと感心する。
私にとって、本についた痕跡は汚れじゃなく、謂わば歴史なんだ。痕跡本が好きって言うよりは、痕跡が好きなのかな。
だからという訳じゃないが、今、私の本が一冊、あいつの部屋に行っている。
この間、あいつに痕跡本の話をした。それを聞いたあいつは、じゃあ何か貸してくれと言ってくれた。
私の嗜好を理解したのかは定かじゃないが、話を聞いて私の嗜好に付き合ってくれたのは確かだ。
不器用だが、良い奴だ。
74 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 21:58:08.20 ID:c1/viYU+0
丁重に扱えよ、と言って本を貸した。
あいつは痕跡を残すような本の扱いはしないと思うが、あいつの部屋に私の本があるというだけでも嬉しい。ああ、カレーの匂いでもついて返ってきたら面白いかもな。
私の、一番お気に入りの恋愛小説。
ちょっと回りくどいが、あれは私なりのラブレターだ。あいつがその事に気付くとは思えないし、気付かなくてもいい。
本が返ってきたら、それだけで思い出になるからな。
私だけの思い出になれば、それでいいんだ。
【文車妖妃・おわり】
75 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 21:59:21.20 ID:c1/viYU+0
【夢魔】
痕跡本と言うらしい。
そのまま、痕跡のある本のこと。何かの拍子に付いた折り目、書いた本人にしか分からないメモ書き、栞に使ったノートの切れ端、果てはぺしゃんこになった羽虫等々。
その本にしか無い痕跡に興味を持つという嗜好。
痕跡本専門の古本屋もあるそうで、色々な世界があるものだと感心する。
私の友人はその痕跡本が好きだと言う。
痕跡本自体と言うより、自分の本に他人の痕跡が残るのが嬉しいらしい。
ならば試しにと、何か貸してくれと言ってみたら、鞄の中から取り出した一冊を貸してくれた。
76 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 22:00:24.54 ID:c1/viYU+0
正直、勉強以外での読書の習慣はほとんど無い。だが借りた以上は読まずに返す訳にも行かないので、寝る前の時間にちょびちょびと読んでいる。
これまで馴染みの無かった、恋愛小説というものを。
しかし、それによって少し困った事になった。
寝る前に恋愛小説などという刺激の強いものを読むせいで、甘ったるい夢を毎夜見る。
それに、彼女は気が付いているのだろうか。
この本こそが、彼女の大好きな痕跡本であることに。
77 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 22:02:04.29 ID:c1/viYU+0
顕著に開き癖のついているページは、彼女のお気に入りのシーンなのだろう。そのページには水滴のような皺がぽつぽつと付いていて、それは、たぶん、涙の跡だ。
彼女がお気に入りのシーンを読んで涙を流した証拠となる。
全てのページの端に付いている微かな曲線は、彼女の繰り方の癖のせいだと推察できる。
そして、私が貸してくれと言った時に何気なく鞄から取り出したが、それはつまり、いつも持ち歩いているという事だろう。
いつも持ち歩いているのなら当然読みかけである筈で、事実、本の中程には栞が挟まっていた。読みかけの本を気軽に人に貸すだろうか。
恐らくだが、彼女はこの本を繰り返し読んでいる。だからこそ、いつも持ち歩いており、気軽に人に貸せるのではないか。
78 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 22:03:19.19 ID:c1/viYU+0
つまり、これは、彼女の一番お気に入りの恋愛小説という事になるんじゃないのか。
その事に気が付いてしまってからは、どうにも妙な気持ちになってしまった。
彼女の事を考えながら恋愛小説を読む。そして、そのせいで甘ったるい夢を毎夜見る。困る。
読み終えて、本を返す事になれば感想を求められるだろう。なんと言えば良いのか。
現状、一番の感想は、面白かったでも泣けたでもなく、彼女の事が頭から離れなくなった、という他ない。
79 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 22:04:37.53 ID:c1/viYU+0
そんなことを考えていたせいでページを繰る手が止まり、うっかり開き癖を付けてしまった。彼女はこのページに開き癖が付いた理由を考えるだろうか。
むう。
とりあえず、この本の感想については、読み終えてから考えよう。開き癖の説明も後回しだ。
差し当たっては、そうだな。
また一冊貸してくれ、と言ってみよう。
そうすればきっと、また会えるから。
【夢魔・おわり】
【塗仏の夢・おわり】
80 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/05(金) 22:05:33.73 ID:c1/viYU+0
今度こそ終わり
またね
81 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/06(土) 17:48:13.88 ID:shJ2K7Y00
始めます
82 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/06(土) 17:49:44.14 ID:shJ2K7Y00
【漁鬼の鵯・まほ】
日曜日。
眩しい。揺れるカーテンの隙間から射し込む光が顔に当たり、目が覚めた。窓に目を遣ると、結露した水滴がきらきらと光っている。
千代美なら詩的な感想のひとつでも述べるところかも知れないが、生憎私はそんな柄ではない。手で陽光を遮るのにも限界を感じ、顔を顰めるばかりだ。
ならばせめてと寝返りを打とうとすれば、それも敵わない。金縛りかと思ったが、違う。犯人は隣で暢気にすうすうと寝息を起てていた。
こいつは私の事を抱き枕か何かと勘違いでもしているのだろうか。腕どころか脚まで絡めて私の体をがっちりとロックしている。道理で動けない訳だ。
辛うじて自由が利くのは、陽を遮るために布団から出した右手。その手の冷え具合から今日も寒そうだなと思いを巡らせ、凍みる指に息を吐く。
83 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/06(土) 17:50:53.52 ID:shJ2K7Y00
「んー、どうしたー」
ため息にでも聞こえたか、千代美が目を覚まして声を掛けてきた。
「少し手が冷えただけだよ。それより離してくれるか」
「うわっ、ごめん」
千代美ロックが解除され、自由の身となる。ふう、と、今度は本当にため息をついた。
「起こしてくれりゃ良かったのに」
「私も今起きた所だ」
言って、冷えた右手を千代美の頬に当てる。彼女はうひゃあと声を上げ、その手を布団の中に引き込んだ。布団の中で握られた手を握り返し、暖める。
84 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/06(土) 17:52:30.96 ID:shJ2K7Y00
「今日も寒いんだな」
嬉しそうに笑う。まあ、確かに寒い。しかし、昨日降っていた雪は止んでいるようだ。路面の状態は悪そうだが、とりあえず晴れたようで何より。
買い物に出るのに支障は無さそうだ。
「布団から出たくない」
「気持ちは分かるが」
「あと少し。もう少しだけでいいですからー」
起きるのを渋り、何故か敬語になる千代美。これは二度寝コースかなと、ぼんやり思う。一人ででも起きればいいようなものだが、そうしないのは、結局私も布団から出たくないのだ。はあ、暖かい。
しかし、このままではいつまで経っても起きる事が出来ない。思い切って布団を蹴り飛ばし、その勢いで立ち上がった。不意に布団を剥がれた形になった千代美が、うぎゃあと悲鳴を上げた。
85 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/06(土) 17:53:41.39 ID:shJ2K7Y00
彼女は体を丸め、懇願するように言う。
「もうちょっと優しく起こしてくれよ」
「具体的には」
「ん」
仰向けになり、ずい、と両手を突き出す。引っ張って起こしてくれと言うのだろう。手を伸ばし、彼女の両手首を掴み、千代美もそれに倣う。互いの手首を掴む格好になり、栄養ドリンクの宣伝の掛け声を真似る。
「ファイトー」
「必中ー」
掛け声とは裏腹に脱力したままの千代美の腕を引っ張り、起こしてやった。冬の休日は起きるだけで一仕事だ。
86 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/06(土) 17:54:46.51 ID:shJ2K7Y00
「おはよう」
「おはよう」
目を擦りながら、晴れたかなと空模様を気にする千代美に、晴れてるぞと窓を顎で示す。カーテンが揺れ、窓の外の麗らかな陽光がまた射し込んできた。
「あー、洗濯しなきゃ」
んん。
この違和感は何だろうか。
千代美も何かに気付いた様子で真顔になっている。
ああ、そうか。
何故、カーテンが揺れている。
87 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/06(土) 17:55:39.96 ID:shJ2K7Y00
「安斎千代美さん」
「は、はい」
「ゆうべはここで何を」
「小説を、書いておりました」
「窓は」
「あの、はい、開けました。お風呂上がりで涼むために」
「閉めましたか」
「い、いいえ」
88 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/06(土) 17:56:32.22 ID:shJ2K7Y00
じりじりと詰め寄る。成程、道理で寒い訳だ。千代美を捕まえ、室温でまた冷えてきた手を彼女の首筋に当てた。今度は両手。
うひゃああと叫び、身を捩る千代美を取り抑え、その背中に手を突っ込んだ。彼女も負けじとこちらの脇腹に冷えた手を這わせる。
んひっ、という変な声が漏れた。
暫しの混戦。
それが終わる頃には、二人とも体がぽかぽかと暖まっていた。窓を閉め、改めて言う。
「おはよう」
「おはよう」
幸せ。
【漁鬼の鵯・おわり】
89 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/06(土) 17:57:56.12 ID:shJ2K7Y00
今日の更新おしまい
90 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/07(日) 11:39:25.33 ID:1b8Z1klV0
【桃太郎の絹】
【千代美】
あっさだあっさだ朝ごはーん。
「めーだま焼ーきとみーそーしーるー」
「何だその歌は」
「んー、朝ごはんの歌」
そんな歌があるか、と笑われた。あるんだな、これが。まあ、それはそれ。朝ごはんは簡単に目玉焼きと味噌汁。
91 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/07(日) 11:40:27.32 ID:1b8Z1klV0
私の目玉焼きは塩コショウを振って、焼き加減は固め。ベーコンは二人ともカリカリ派なので一緒に焼く。まほの目玉焼きは半熟で醤油派。まほは自分で醤油をかけるから、ちょっと焼くだけで完成。
味噌汁は豆腐とワカメのフリーズドライ。本当は手間を掛けたい所ではあるけど、手間を掛けると時間も掛かるからな。手軽さが大切な時もある。
「おーこーめー、おー米米ー」
「なんだよ、その歌」
「エリカに教わった」
変な歌、と笑ったところで米が炊けた。朝ごはんの準備が完了。私は大学生くらいまで朝はパン派だったんだけど、いつの間にかまほの習慣が伝染した。
92 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/07(日) 11:41:20.15 ID:1b8Z1klV0
「洗濯も終わったのかな」
「ちゃんと全部干してきたぞ」
洗濯物を干しただけで何かの手柄のように誇らしげにするまほ。偉い偉いと甘やかす私。まあ、寒い季節の洗濯は確かにお手柄か。
こうやって仕事を分担すると何でも早く済むし、結果的に二人の時間が多く取れる。
93 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/07(日) 11:42:38.66 ID:1b8Z1klV0
千代美さんはお料理に、まほさんはお洗濯に行きました、なんて。昔話みたいだなと思ってにやにやしていると、まほにつつかれた。
「また何かおかしな事を考えているな」
「へへ、昔話みたいだなと思ってさ」
言って、考えを話す。
まほも成程と頷いて笑った。
「じゃあ、出掛ける前に吉備団子が必要だ」
「お弁当か。そうだなあ、サンドイッチでも作ろっか」
まあ、とりあえずご飯食べよう。朝だもーりもり食べようー。
「やっぱり変な歌だ。いただきます」
えへへ、いただきまーす。
【千代美・おわり】
94 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/01/07(日) 16:10:13.52 ID:5Zu8cQeG0
乙
95 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/07(日) 19:04:31.15 ID:1b8Z1klV0
>>94
ありがとうございます
96 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/07(日) 19:05:00.45 ID:1b8Z1klV0
【まほ】
朝御飯を食べ終わり、千代美は吉備団子もといサンドイッチを作り始めた。上機嫌でまだ変な歌を歌っている。
「具材は何にしよっかな」
敢えて訊かずにおくことにする。昼までの楽しみだ。どうせ何が入っていても美味い。
私はその間、今日の予定の確認作業に入る。とは言え、大した流れでもないが。
まずは本屋でブックカバーを買う。昼は公園にでも寄って、いま千代美が作っているサンドイッチを食べる。帰りは恐らく彼女がスーパーに寄りたがると思うので、そこで買い物をして終わり。
97 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/07(日) 19:06:01.37 ID:1b8Z1klV0
鬼ヶ島に行くような意気込みは必要ないな、と一人で笑う。千代美の癖が伝染したのかも知れない。
インターホンが鳴った。
千代美は手が離せないので、私が応対すると、ダージリンが立っていた。何だ珍しい、わざわざインターホンを鳴らすなんて。
「あ、あのね」
柄にもなく口籠る。普段なら勝手に上がり込んで喋り始める癖に、一体何事だと急かした。あまり立て続けに珍しい真似をされると、また雪が降ってしまう。
98 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/07(日) 19:06:43.89 ID:1b8Z1klV0
「これ、こちらに飛んできたの」
ぎくりとした。
彼女が顔を赤らめ差し出したそれは、絹の。
「そ、そうよね、そちらのリビングにあった『桃太郎』のカタログで買ったものよね、これ。いえ、別にお二人がそういう関係なのは知っているし、こういうものを持っていても不思議じゃないと思うわよ。これがどちらの物とかも、その、訊かないし、あの、えーっと、でも」
しどろもどろになりながら何故か弁解するように捲し立てる。
99 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/07(日) 19:07:42.35 ID:1b8Z1klV0
「こ、こういうのは、お部屋の中に干した方が良いんじゃないかしら」
うん、はい。
そうします。
ありがとうございます、ダージリンさん。
【まほ・おわり】
【桃太郎の絹・おわり】
100 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/07(日) 19:13:34.68 ID:1b8Z1klV0
おまけ
おまけ
『桃太郎』
https://www.peachjohn.co.jp/
101 :
◆nvIvS/Qwrg
[saga]:2018/01/07(日) 19:14:07.61 ID:1b8Z1klV0
今日の更新おしまい
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