ギャルゲーMasque:Rade 加蓮√

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197 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:00:03.88 ID:HlPHoDGn0


P「……おっそい……」

デートなら約束の三十分過ぎまでには来て欲しかった。

なのに、未だに加蓮が鳥居に来る事はなく。

現在十七時四十五分、空はいい感じに暗い。今にも雨が降って来そうなくらいだ。

折り畳み傘を持って来て無いから、加蓮が来てもそのまま家まで送ってくしかないな。

っていうか連絡くらいくれてもいいんじゃないかなぁ!

恋人同士はホウレンソウが大事だって俺のエロ本にも書いてあっただろ。

いやほんと、せめて来れないならその旨のラインが欲しかった。

李衣菜「……あれ?Pじゃん」

智絵里「こんばんは、Pくん」

美穂「加蓮ちゃんと待ち合わせですか?」

振り返ると、李衣菜・美穂・智絵里ちゃんがこっちへ歩いて来ていた。

浴衣姿めっちゃ可愛い、良い。

P「ん、よう。まぁそんなとこ。そっちは?」

李衣菜「私達はもう帰るとこ。もう雨降って来そうだし、まだ明日明後日もあるから今日は解散しよっかなって」

美穂「加蓮ちゃん来ても、雨降ってすぐ帰る事になっちゃいそうですね」

P「なんだけど、連絡無いんだよな……さっき『まだかー?』って送ったけど、既読すら付かないんだ」

智絵里「……かわいそう」

どストレート過ぎて逆に辛い。

ピロンッ

P「……お、ようやく返信来た」

それと同時。

ポツリ、ポツリと雨が降り出した。

李衣菜「あー、降って来ちゃったね」

美穂「それじゃ、わたし達は帰りましょうか」

智絵里「また明日ね……Pくん」

美穂と智絵里ちゃんが帰って行った。

……李衣菜は帰らないのか?

李衣菜「で、なんて連絡来たの?」

P「んっと……『遅くなってごめん。もう帰ってるよね』だって。ってか李衣菜は帰らなくていいのか?」

李衣菜「ちょっと気になってね」

『まだ居るけど、そろそろ帰ろうかと思ってたとこ。雨降って来たし、デートは明日でいいか?』


198 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:00:29.11 ID:HlPHoDGn0


『ごめん、私もう鷺沢に会いたくない』

P「はぁぁぁぁぁぁ?!」

思わず叫んだ。

周りの人が一瞬こっちを向くけど、そんなの知ったこっちゃない。

会話の流れいきなり過ぎるんじゃないだろうか。

俺が変な事言ってたか確認しようとしたが、画面が濡れて上手くスクロール出来ない。

……いや言ってない、デート誘っただけだ。

李衣菜「びっくりした……どうしたの?P」

P「ちょっと加蓮の家行って来る!」

李衣菜「え、何があったの?!」

P「ライン来たんだよ!」

李衣菜「そんなの見れば分かるんだけど」

P「味噌田楽に串通された気分だ」

李衣菜「いや、全く分からないんだけど」

P「兎に角、会って話してくる」

まずは、会って話す。

何があったのか分からないままお別れなんてたまったもんじゃない。

雨に打たれるのも構わず、俺は加蓮の家に向かって走りだした。

199 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:02:01.78 ID:HlPHoDGn0


ピンポーン。

インターホンを鳴らしてみる。

反応は無い。誰もいないんだろうか。

P「おーい、加蓮!」

ラインを飛ばしながら、もう一度インターホンを鳴らす。

これ、もしご両親だけが在宅だったら普通に迷惑行為だな。

もう雨でびっちゃびちゃだし。

まぁ今の俺になりふり構ってる余裕なんて無いんだが。

ラインに既読は付いているが、もしかしたら起動したまま放置しているのかもしれない。

更に通話を掛けつつ、もう一度インターホンを鳴らす。

P「おーい!かれーーん!!居るんだろ?!!」

居ないかもしれないけど、取り敢えず叫ぶ。

それと同時、二階の窓が開いた。

加蓮「うっさい!近所迷惑だから!!」

よかった、一応声は聞けて。

だが、加蓮は此方に姿を見せてはくれなかった。

P「大丈夫大丈夫!雨降ってて聞こえないよ多分!」

加蓮「さっさと帰って!迷惑だってば!!」

P「今日は帰りたく無いって言ったら!家入れてくれたりしないかな?!」

加蓮「ふざけないで!」

P「ごめん!流石にふざけ過ぎたと思う!」

加蓮「ほんと、帰ってよ……お願いだから……もう、アンタに会いたくない……!」

そうは言われても、こっちだって言いたい事はあるんだよ。

これでも少し怒ってたりするんだぞ?

P「四十五分待ちぼうけ食らった俺に一言どうぞ!」

加蓮「……っ、ごめん……もう、帰ってよ……っ!」

……尚更、素直に帰る訳にはいかなくなった。

P「……泣いてる加蓮にそう言われてさ!素直に帰れるはず無いだろ!!」

加蓮「……うるさい!帰って!帰ってよ!!」

バンッ!と窓が閉められてしまった。

ライン飛ばしまくろうとしたが、雨に濡れて入力すら覚束ない。

それから一時間くらい待ってみたが、もうその窓が開く事はなく。

結局俺は、濡れ鼠になって帰路に着いた。

200 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:02:29.30 ID:HlPHoDGn0


文香「……お帰りなさい、P君。どこで着衣水泳をして来たんですか?」

P「……加蓮の家の前」

文香「その状態で家にあげてくれる人はいないと思いますが……」

P「だよなぁ……雨に打たれてたのに頭冷えてくれなくてさ」

文香「ふふっ、そうですか……熱いシャワーを浴びて、身体を温めて下さいね。風邪を引いては大変ですから」

P「……そうする。ありがと、姉さん」

シャワーを浴びて、気持ちを落ち着ける。

あれから一切、加蓮から連絡は無い。

部屋に戻った俺を出迎えてくれたのは、びしゃびしゃになった窓際の本やプリント達だった。

P「……窓閉めてくの忘れてた……」

加蓮の事を考えながら、掃除をして。

いつの間にか、俺は意識を失っていた。


201 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:03:35.08 ID:HlPHoDGn0



P「……ん?」

目を覚ますと、知ってる天井だった。

というか自分の部屋の、何時も寝起きに見てる光景だけど。

昨日俺は、きちんと自分のベッドで寝たっけ……?

文香「……あ、おはようございます、P君」

P「姉さん……?ん?んん?」

起き上がろうとして、思った以上に重い身体に驚いた。

文香「風邪を引いてしまったみたいですね……昨夜部屋を覗いたら、床で寝てしまっていたので……」

P「まじか……運んでくれてくれてありがと、姉さん」

文香「いえ、気にしないでください。私としても、P君が風邪を引いてとても驚きましたが……」

それは一体どういう意味なんだろう。

文香「……熱自体は高くありませんが……今日一日は、家でゆっくりして下さいね……?」

P「……いや、加蓮とデートの約束が……」

文香「ゆっくり、休んで下さいね?」

部屋を出て行く文香姉さんの目は、全く笑っていなかった。

はい、休みます。看病してもらった身ですから、はい。

あとそういえば、あれから全く連絡来てないままなんだよな……

……凹むな、流石に。

ピロンッ

P「おっ?!」

ついに加蓮が連絡してくれたのか?

『おはよーP。今日はお祭りに来るの?』

P「李衣菜かぁ……」

李衣菜に聞かれたらブン殴られそうだ。

『いや、体調崩したから今日は家で寝てるわ』

『え、Pって体調崩すの?』

『おっけー、お前が俺をどう思ってるかよく分かった』

『で、結局加蓮ちゃんとはどうなったの?』

『どうにもならなかった』

『まぁいいや、明日までに体調治るといいね』

まぁいいや、で流された。

『それじゃ、お大事に』

『おう、楽しんでこい』

スマホを消す。それと同時、また強い眠気が襲って来た。

次起きた時、加蓮から連絡が来るといいな……


202 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:04:16.36 ID:HlPHoDGn0


P「……うぁー……」

暑さを感じて目を覚ます。身体中かなり汗をかいていた。

弱めの冷房を上回る身体の熱さが心地悪い。

シャワーでも浴びようか……と身体を起こそうとして、額に乗せられていた濡れタオルが目にかかった。

文香姉さんがやってくれたのかな、そこまで心配しなくていいのに……

加蓮「……あ、起きた……?」

P「……え、加蓮?」

連絡どころか本人が来ていた。

……なるほど、まだ夢の中なんだな?

加蓮「ほらそんなアホな顔してないで、シャツだけでも着替えたら?汗凄いんじゃない?」

P「……加蓮、どうして……」

加蓮「李衣菜から『Pが体調崩したって』ってだけ連絡が来てね。一人じゃしんどいだろうなーって思って来てあげた訳」

完全に文香さんの事頭から抜けてたね、と笑う加蓮。

P「そっか……ありがと、加蓮」

でも、そんな事よりも。

加蓮に会えただけで、もう他の事なんてどうでもよくなった。

いや、どうでもよくはない。

P「……さて加蓮、俺は珍しく怒ってるんだぞ」

加蓮「……っ!……ごめんなさい……迷惑だったよね。もう、来ないから……」

急に、泣きそうな表情になる加蓮。

加蓮「これで、最後だから……お願いだから、今だけは何も言わないで……」

だが、此処で言わないと。

今後もまた、こういう事になってしまうかもしれないから。

P「遅れる時は連絡してくれ。恋人同士の報・連・相は大事だって前に煽り文読んだ時も言っただろ?」

加蓮「……え……えっと、ちょっと斜め上過ぎてアレなんだけど」

P「十五分なら気にならない、三十分も許そう。だが四十五分、四十五分だ。連絡一切無しに待たされるとかめちゃくちゃ心配したからな?」

加蓮「……ごめん……それは、その……」

P「何があったのか……お願いだから、聞かせてくれ。それが出来ないなら……」

加蓮「……出来ないなら…………?」

……どうしよう。特に何も考えてなかった。

P「……お気に入りの本のプレイ全部する。加蓮がくたびれても全部だ」

加蓮「……え、それは普通にやだ」

P「なら話してくれ。どんな内容だったとしても……加蓮が悩んでるのに何も出来ないってのは、もう嫌なんだよ」

加蓮「……ふぅー……えっと、鷺沢」

P「なんだ?」

加蓮「これから私、とってもアンタを傷付けちゃうと思う……それでも、最後まで聞いてくれる?」

P「もちろん。それで加蓮が話してくれるなら」

加蓮「……えっと、ね。まゆから聞いたかもしれないけど……」
203 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:05:06.78 ID:HlPHoDGn0


それから、加蓮は全てをありのまま話してくれた。

まゆから言われた事。信頼してる?という問いに対して即答出来なかった事。

誰でも良かったんじゃない?という問いに否定する言葉が出てこなかった事。

昨日、約束の場所で待つ事が出来なかった事。

何をしても、俺の迷惑にしかならないという事。

……まゆ、あいつかなりトリミングして話してたな。

加蓮「それで昨日、なかなか行けないって連絡出来なかったのは……私が連絡しなくても、鷺沢に帰ってて欲しかったから」

P「……その方が、気が楽だからか?」

加蓮「……っ、ごめん……っ!私、ほんとに自分の事しか考えてないね……」

P「まぁ残念ながら俺はずっと待ってたんだけどな!四十五分待たされてたんだけどな!!」

加蓮「ごめん……ほんとにっ、ごめんなさい……っ!」

涙目になりながら謝る加蓮。

……まずい、このままだと四十五分待ちぼうけさせられてキレて恋人泣かせてる男になってしまう。

P「……でも、うん。話してくれてありがとう。そりゃ相談し辛いよな……俺も無神経に突っ込み過ぎたかもしれない」

加蓮「ううん、鷺沢は悪くないから……悪いのは全部、なんにも出来なかった私の方で……」

P「確かにそうかもしれない」

加蓮「うっ……うぅ……っうぁ……」

P「ごめんごめんごめんごめん!流石に冗談だって!」

加蓮「でも……っ、鷺沢が体調崩したって聞いて、それって私のせいで……あんな事言っちゃった後なのに……それでも、居ても立っても居られなくって……っ!」

P「それは……ありがとう。ほんと助かるよ、体調悪い時って心もしんどくなるからな。加蓮が来てくれてかなり楽になった感じがする」

加蓮「うん……体調悪い時のしんどさは、私もよく知ってるから……最後に何か、一つでいいから……鷺沢にしてあげられる事があるならって……勇気を振り絞って、追い返されるの覚悟で来たの……」

P「追い返す訳ないだろ……約束したからな、ずっと一緒にいるって」

軽く、加蓮の手を握る。

……お互い、汗凄いな。加蓮も言葉以上に悩んで、緊張してたんだろう。

P「……誰でも良かった、ねぇ……ズルいなぁそれって。ぜってぇ言い返せないじゃん」

加蓮「……そうなの?」

P「なぁ、加蓮。お前母親の事なんて呼んでる?」

加蓮「……お母さんだけど……」

P「でもそれって、その人が自分を産んでくれたからだろ?じゃあもし他の女性が加蓮を産んでくれたら、その人をなんて呼んだ?」

加蓮「それは勿論、お母さんだけど……」

P「ほら、それだって『誰でも良かった』だろ?自分を産んでくれた人がお母さんなら、それは自分を産んでくれさえすれば誰でも良かった事になる」

加蓮「……でも、私のお母さんはあの人しかいなくて……」

P「うん、だからそれは恋人だって同じ事だろ、って」

加蓮「……ほんとだ。そんなの、何か言い返せる訳ないじゃん」

204 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:06:10.35 ID:HlPHoDGn0


P「それにさ。自惚れかもしれないけど……加蓮に愛想尽かさず最後まで学校案内して、友達になって、アホな会話して、恋人になって、キスして……それが出来たなら誰でも良いって……そんなの俺しかいる訳ないだろ!」

加蓮「……そんなの、分かんないじゃん……」

P「お前が言ったんだぞ。私にはPしかいないから、って」

加蓮「……よく覚えてるね」

P「あとな?俺からしてもそうだよ。めんどくさくて、重くて、可愛くて、一緒にアホな会話出来て、恋人になって、キスして……その条件なら誰でも良い?ふざけんな、そんなの加蓮しかいないんだよ!」

加蓮「……珍しいね、アンタが怒ってるの」

P「うるさい、半分以上照れ隠しだ」

加蓮「……でも、私はアンタを信頼し切れなかった。それに関して、何も言い返せなかったし、待てなかったし……」

P「でも、今こうやって話してくれてだろ?それは諦めがあって、最後だからって話してくれたのかもしれないけど……そんなのさ、これからでいいだろ」

加蓮「これからで……?」

P「多分……いや、間違いなく俺の言動に問題があったんだ。加蓮が信頼し切るには至らないような振る舞いをしてたかもしれない。それに関しては俺が悪かった。本当にごめん」

加蓮「……ううん、鷺沢は悪くない」

P「うん、全面的には悪くない」

加蓮「は?」
205 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:06:44.25 ID:HlPHoDGn0


P「だから、言ってくれ!加蓮がもう全面的に、こいつなら信頼して大丈夫って言い切れるように俺も直していくから。加蓮が不安なところがあったら、細かくたって全部教えてくれ!」

加蓮「……めんどくさい、って思わない?」

P「最初の時点で覚悟はしてる」

加蓮「……鷺沢、上げて落とすの上手いよね」

P「……それも直してくよ。だから、これからゆっくりになるかもしれないけど、加蓮最優先で俺も頑張るから……全部、言葉にして教えてくれ」

加蓮「……でも、アンタには美穂との約束があるんでしょ?」

P「本当にどうしようもなくなったら、優先すべき事なんて最初から決まってるんだよ」

加蓮「……それは?ちゃんと言葉にして。言ってくれないと分からないよ?」

……いつもの調子が戻って来たな。

うん、良かった。本当に良かった。

P「誰よりも加蓮優先だって。まぁ、その上で美穂との約束も守れるようにはしたいけど」

加蓮「……ありがと、鷺沢……ほんとに……」

P「泣くな。水分が勿体無いぞ」

加蓮「……はぁ。落ち着いたら色々と腹が立ってきた。まゆにも、アンタにも……自分にも」

P「……で。他に、不安な事は?」

加蓮「……もう、無いかな」

P「なら良かった。まだ加蓮に服選んで貰ってないしな」

加蓮「……あ」

P「なんだ?」

加蓮「……デート、明日は必ず行きたいから。体調、ちゃんと治してね」

P「おう、任せろ」

加蓮「それじゃ、鷺沢が早く寝れる様に私が読み聞かせでもしてあげる」

P「お、この俺に読み聞かせだと?本屋の息子だぞ、それなりの実力が必要になるけど?」

加蓮「何キャラなの鷺沢……ま、いいや。文香さんからこれ借りてきたし」

そう言って加蓮が取り出したのは……お伽話だった。

きっと誰もが一度は読んだ事のある、加蓮も何度もページを捲ったであろうお話。

聞いてて心地よい声が部屋に広がり。

気付かないうちに、俺はまた眠りに落ちていた。

206 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:07:12.47 ID:HlPHoDGn0



……さて、と。

目が覚めた時には、もう十六時を回っていた。

加蓮は布団に突っ伏して眠っている。

ずっと、俺の看病をしてくれてた様だ。

そんな加蓮の頭を撫で、ゆっくりと布団を抜ける。

『まゆ、この後時間あるか?』

既読が一瞬で付いた。

けれど、返信はまゆにしては少し遅い。

『分かりました』

簡潔に、その六文字。

それでもう全部、伝わってるのかもしれないけど。

それでもやっぱり、俺から全てを言葉にしないと。

言い切らなかったから、加蓮を傷付けた。

楽な方にと甘えていたから、加蓮を悩ませた。

なら、俺が今するべき事は決まっていて。

『すぐ帰るから』と加蓮に書き置きをして、家を出る。

夏の夕空は、真っ赤に染まっていた。

207 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:07:54.23 ID:HlPHoDGn0

まゆ「……こんばんは、Pさん」

昨日と同じで、まゆは浴衣を来て寮の前に立っていた。

P「よ、まゆ。悪かったな」

まゆ「いえ、大丈夫……とは、言えませんねぇ」

言葉の裏に隠した意味は、きっとお互い伝わっている。

でも、それを表にしないと、表に出さないと。

伝わらない事の方が多いから。伝わらない想いの方が大きいから。

P「……この後、夏祭りか?」

まゆ「はい。Pさんも良ければご一緒しませんか?」

P「……出来ないな。直ぐ帰らなきゃいけないし」

まゆ「……そうですか」

P「……なぁ、まゆ」

まゆ「Pさんから連絡があった時点で……もう、分かってます」

俺の言葉を遮ろうとするまゆ。

実際、全部分かってはいるんだろうが。

……そう言えば、加蓮と付き合い始めた翌日もそうだった。

俺は一切、まゆに自分の気持ちを言えて無かったんだ。

P「……何があっても、俺は加蓮の事が好きなんだ。だから……絶対、まゆと付き合う事は出来ない」

まゆ「……出会って数日の女の子と付き合って……Pさんは、本当に加蓮ちゃんの事が好きだったんですか?」

P「なぁまゆ。まゆって朝パン派?ご飯派?」

まゆ「……?ご飯ですけど……」

P「前も言ったけど、俺パン派なんだよ。まぁそれも、朝炊いてる時間が無かったからなんだけどさ」

まゆ「それが、どうかしたんですか?」

P「ずっとパン食べて、パンが好きになったんだ。もし最初からご飯を炊いてたら、どっちが好きになってたか分からないけど……恋愛も、そうなんじゃないかな」

まゆ「……Pさん、例え話下手ですね」

P「正直、付き合った時点で加蓮の事が今と同じくらい好きだったか?って聞かれれば、多分違う。でもさ、それからずっと付き合ってきて……今ではもう誰よりも加蓮の事が好きなんだ」

まゆ「……もし、まゆと付き合っていたら?」

P「そんな事、分かる訳ないんだ。付き合ってないんだから」

まゆ「……」

208 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:08:34.12 ID:HlPHoDGn0


P「でも今なら、加蓮の事が大好きだって事だけは断言出来る。積み重ねたから。ずっと好きでいたし、ずっと一緒に居たから」

まゆ「……加蓮ちゃんに、その気持ちを……その覚悟を、裏切られる事があってもですか?」

P「……辛い時もあるさ。でも、それくらいで想いのベクトルの向きが変わる程、俺の気持ちは弱くないんだよ」

まゆ「……よく、覚えてますね……覚えていて欲しかった事は、覚えていないのに」

悲しそうに、それでも微笑むまゆ。

P「……まゆは、強いな。俺の前では、いつも笑ってる」

酷い事をしてしまっていたのに。酷い事を言っているのに。

加蓮と俺が仲良くしている時だって、きっと悔しかった筈なのに。

まゆ「……その方が可愛い、って。昔、誰かさんが言ってくれましたから」

目に涙を浮かべながらも、それでも。

絶対に譲れないと言うかの様に、笑顔でい続けるまゆ。

まゆ「……まゆは、ちゃんと振られたかったのかもしれません。Pさんから、加蓮ちゃんから。しっかりとした言葉で想いをぶつけて諦めさせて欲しかったのかもしれません」

P「……ごめん、ずっと苦しめて」

まゆ「Pさんの言葉を遮って、往生際悪く縋っていたのはまゆの方ですから。でも、加蓮ちゃんは違いました」

まゆ「……意地悪な事を言っていたとは思います。絶対に言い返せない言葉で、加蓮ちゃんを追い詰めていたとは思います。でも……そんなの、突っぱねて欲しかったんです」

まゆ「『それでも、鷺沢の事が好きだから!』って。『まゆの言葉なんて知ったこっちゃない!』って。そう、全部突っぱねて欲しかった」

まゆ「そのくらい強い好意で、そのくらい強い想いだったら……いえ、それでもまゆは諦めなかったとは思いますけど」

まゆ「……だって、許せる訳がないんです。まゆがずっと大好きだった人を、ぽっと出の女の子に横取りされて……なのに、その人への想いが揺らいでるなんて……」

まゆ「……まゆだったら、絶対にそんな事は無いのに……まゆだったら、絶対にPさんの事を……なのに、なんで……私じゃないんだろう、って……」

P「……でも、もう加蓮は」

まゆ「はい。Pさんが此処に来たって事は……まゆと話をしようとしたって事は。加蓮ちゃんは、ちゃんと相談したんですね」

まゆ「相談すれば、それで済む話だったんです。誰かに話せば、それで全部解決出来る問題だったんです。なのに、加蓮ちゃんは……それが、余計に悔しくて」

まゆ「Pさんにきちんと相談して欲しかった。でも、されちゃったらまゆは……そんな風にしたのは、全部まゆですが」

まゆ「…………ふぅ。さて、Pさん。帰らなくて良いんですか?加蓮ちゃんが待ってるんじゃないですか?」

P「……あぁ。そうだな」

まゆ「これから少し、まゆはPさんには見せたくない表情をしてしまうと思いますから……」

P「……それじゃ、また」

まゆ「……はい。明日のお祭りには、きっといつものまゆに……」

これ以上、辛そうなまゆを見たく無い。

そう思って、道を引き返そうとした時だった。

209 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:10:13.27 ID:HlPHoDGn0



加蓮「させる訳無いじゃん!」

P「えっ、加蓮?!」

まゆ「加蓮ちゃん?!」

息を切らした加蓮が、肩を上下させて立っていた。

なんで此処に居るって分かったんだろう……

加蓮「鷺沢、謝罪」

あぁ、この感覚。

本当に、久し振りな気がするなぁ。

P「……はい、家で休んでなくてすみませんでした」

加蓮「よし、許す。次……ねぇ、まゆ」

まゆ「……なんですかぁ?加蓮ちゃん」

加蓮「悪いけど……ううん、悪く無い。私は鷺沢が好き。大っ好き。他の誰になんて言われても、私の想いは変わらない。それが例え鷺沢からだったとしても……私はPを愛してる」

まゆ「熱烈な告白ですねぇ。追い討ちを掛けに来たんですかぁ?」

ため息をつきながら、苦笑いするまゆ。

俺の居ない所だと、こんな会話だったのか。

加蓮「まゆに対して、私は正面から向き合ってこなかったから。それは……本当にごめん」

まゆ「……今更過ぎますよ」

加蓮「さて……それでさ、まゆ。私、アンタの気持ち聞いてない」

まゆ「……言う必要があるんですか?もう加蓮ちゃんの勝ちは決まってるんですよ?」

加蓮「ちゃんと振られたいんでしょ?なら……ちゃんと告白しなよ!気持ち伝えたの?言葉にして鷺沢に伝えたの?!それでしっかりと断られたの?!自分だけ本音を言わずに傷付きたくないなんて、そんなの許せないよ。私の恋人に……そんな態度なんて」

まゆ「……はぁ。加蓮ちゃんに対して、色々と言い過ぎたツケが回ってきましたね」

加蓮「そりゃ怒ってるに決まってるじゃん。悪いことしてたなとも思ったけど、それはそれ。随分と言われたい放題だったからね」

まゆ「……Pさんは、帰らなくて良いんですか?」

加蓮「逃げんな!まゆ!!」

P「俺は……」

正直帰りたい。

けれど、ここできちんとまゆの言葉を受け止めないと。

これから絶対、みんなが後悔する。

P「……聞くよ、まゆの気持ち」

まゆ「まゆの、気持ちですか……」

P「……まゆ。真っ正面から、ちゃんと振るから」

まゆ「……苦しいですね。振られると分かっている告白は」

すぅ……と、深呼吸して。

一旦目を閉じてから、まゆは口を開いた。

210 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:10:44.83 ID:HlPHoDGn0


まゆ「……Pさん、まゆは……」

虫の鳴き声が響く夕方。

遠くから祭りの喧騒が響いてくる街で。

俺は、まゆの言葉だけに耳を向けた。

まゆ「……Pさんの事が大好きです。道でぶつかったあの日から、ずっと。だから……お願いだから……お願いだから…………っ!」

大きく、息を吸い込んで。

まゆ「……まゆと!付き合って下さい……!」

俺はようやく、まゆの本音を聞けた。

……あぁ、これで。

俺も、加蓮も、まゆも。

この言葉で、全部を終わらせられる。

P「俺は、加蓮の事が大好きだ。だから、まゆの気持ちに応える事は出来ない」

まゆ「……っ……そう、ですか……その想いを、まゆに向けてくれたら良かったのに……っ!」

沈黙なんて訪れなかった。

虫の鳴き声が、祭りの喧騒が。

そして、まゆの想いが零れる音が。

途切れる事無く、街に響いた。

加蓮「……さ。帰ろ、鷺沢。これ以上私達が此処に居る必要は無いから」

P「……あぁ。帰るか、加蓮」

二人並んで、来た道を戻る。

一切、後ろを振り返る事無く。

加蓮「……怖かったけど……ちょっと勇気出してみたんだ。手、握ってくれる?」

P「もちろん」

加蓮の手を握る。お互い、少し震えていた。

加蓮「……まったく、何処行くかくらい書いといてよ」

P「……加蓮なら分かってくれるかなって」

加蓮「言葉にしなきゃ。でしょ?もちろん全部お見通しだけどね」

P「……でも、信じてくれたんだな」

加蓮「うん。信じる事は、もう怖くないから。Pが教えてくれたんだよ?」

既に震えは止まっている。

今はもう手だけじゃなくて、心も重なっていて。

こうして俺たちの恋愛小説みたいな夏は、ようやく始まりを迎える事が出来た。


211 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:11:51.82 ID:HlPHoDGn0


加蓮「で!なんでまゆが居るの?!」

夏祭り最終日。

約束場所の鳥居に来た加蓮の第一声は、まぁそんな感じだった。

P「……よう、加蓮」

まゆ「こんばんは、加蓮ちゃん。遅かったですねぇ」

加蓮「鷺沢、弁解の余地あげる」

P「加蓮待ってたら気付いたら居ました」

まゆ「ふふっ、Pさんの姿を見つけたので」

そりゃまぁ、祭り来たら絶対この鳥居通るからなぁ。

加蓮「二人だけでデートの予定でしょ?!」

李衣菜「お、P来れたんだ。体調治ったの?」

美穂「こんばんは、Pくん」

智絵里「あ……Pくん、りんご飴食べますか?」

まゆと約束していた三人もやって来た。

既に両手に大量の戦利品を抱えている。

加蓮「増えたし!」

P「テンション高いなぁ……」

まゆ「よくよく考えなくても、まゆが諦める訳が無いじゃないですかぁ」

加蓮「諦めてよ。え、あの流れでまだ諦めないの?!」

まゆ「ふふっ……まゆの想いは、たった数回の失恋程度でベクトルの向きが変わる程、弱くはありませんから」

加蓮「ねぇ鷺沢、どうやってへし折る?」

P「もうマイナス掛けて正反対向けるしかないなぁ」

加蓮「それ私の方に向かない?!」

まゆ「……はぁ。そんなに呻いて、またPさんに迷惑掛けるんじゃないですか?」

加蓮「残念、Pはめんどくさい女が好きなMだから」

P「いやそれは違うからな?加蓮だから好きなんだぞ?」

加蓮「……ふふふっ……そっか、そうだよね。鷺沢は私だから好きなんだもんね?」

まゆ「此処にいると砂糖漬けでまゆ飴にされそうですねぇ」

加蓮「はい散った散った。塩撒くよ塩」

まゆ「そう言いながら砂糖を撒かないで下さい……さ、みんなで周りませんか?」

加蓮「だから鷺沢と私は二人きりで遊ぶんだって!」

李衣菜「おーい加蓮ちゃん、こっちにトルネードポテトあるよ」

加蓮「行く!今すぐ行くから!」

美穂「残り二本が売り切れたら、次は十分くらい待つ事になるそうです」

加蓮「何してんの鷺沢!早く行くよ!!」
212 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:12:18.61 ID:HlPHoDGn0


加蓮に手を引かれて、祭りの喧騒に飛び込む。

こんな風に、加蓮に振り回される日々をずっと続けていきたい。

それは絶対、加蓮も同じで。

加蓮「ねぇ後一本しかないじゃん!」

P「……俺の分はいいから、加蓮食べなよ」

加蓮「何言ってんの?半分こするよ、はい、鷺沢の分」

加蓮がこちらにポテトを向ける。

それと同時、打ち上げ花火が上がった。

加蓮「あ、もう上がっちゃったね」

P「ポテトが?」

加蓮「花火に決まってるじゃん!」

空に咲く大輪の花を背景に、振り返る加蓮。

加蓮「……ねえ、鷺沢!」

P「なんだ?」

その加蓮の笑顔は。

花火よりも、綺麗に輝いていた。

加蓮「これからもずっと……うん、永遠に!一緒にいようね!」





加蓮√ 〜Fin〜


213 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:12:45.88 ID:HlPHoDGn0

以上です
お付き合い、ありがとうございました
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/20(土) 02:30:19.09 ID:E5bU9/Uj0
素晴らしかった
なぜか知らないけどまゆは世界ループしてるかあるいは世界を外側から見てる人間に思えてしまった……
おつ
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/20(土) 06:06:31.46 ID:+Vkk4HUzO
よきかな
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/20(土) 07:27:58.94 ID:ji2AP6z00
めっちゃ良かった

他ルートも期待してるで
特にまゆのリボン関連
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/20(土) 18:57:39.41 ID:LVYtb7OVO
乙カーレ
まゆスキーの立場的にはぜひ他のルートも見たい
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/21(日) 20:50:22.17 ID:ve0H4Nauo

ほかルートも是非
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/21(日) 21:47:53.25 ID:RB/Uvxvv0
今投稿してるから探してみたらいいんじゃないかな
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/22(月) 01:11:20.03 ID:RJcTKrJ80
はー、面白かった。加蓮かわいー!
今こっひ√あげてくれてるみたいだから全員分あるのかな?
めっちゃ期待
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/23(火) 02:56:33.77 ID:ZOjuVO76o
>>1は長編も書けたのか…
にしてもめちゃくちゃ面白いな
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