佐久間まゆ「まゆもやるくぼですけど!!」

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33 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/29(金) 13:47:48.12 ID:owrWAVvd0

 うふふ。よしっ、これにしましょう。
 
 それは恋の歌。
 あなたと毎日こうして大好きって言い合いたい。
 少女の恋慕がぎゅとつまっている、プロデューサーさんが私のためにつくってくれたデビュー曲。
 
 まさに私のためにあるような歌で、こんな歌を用意してくれるプロデューサーさんってやっぱりすごい人だと思う。
 
 かわいらしいメロディが流れてきて、乃々ちゃんにもマイクを握らせて歌う。
 
 
 やっぱり声は消えそうなくらい小さかったし、音程はちょこちょこ外れているところもあったけれど。
 
 ちらりと横を見ると潤んだとってもきれいな瞳がそこにあった。
 真っ赤な顔をさらに赤くして横に背ける様子がかわいくてつい笑みがこぼれる。
 

 乃々ちゃんとのこのデュエットを忘れることはないだろうと。そう思った。

34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/29(金) 15:20:08.66 ID:LA75qJ1Eo
最高かよ
35 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/29(金) 21:58:25.53 ID:owrWAVvd0
 🎀
 
 森久保乃々ちゃんプロデュース生活三週間目。
 
 
 ペンを転がして椅子にもたれかかるとギィと悲鳴が鳴った。
 
 とりあえずは解き終わった二次関数のプリントをファイルにはさみ、学校に持っていくのを忘れないよう、ファイルをかばんに入れた。

 睡魔が襲ってきてまぶたが重くなる。

 学校が終わるとお見舞いに行き、そのあとお仕事に行ったり乃々ちゃんと一緒にレッスンをしたりして、それが終わるとこれからの打ち合わせ。
 寮に帰るころにはもう遅く、特別に門限を免除してもらっている寮母さんからいただいた差し入れを食べながら学校の宿題や明日のスケジュールの確認をする。
 
 夜更かしは美容の敵、と日付が跨ぐころにはベッドの中に潜り込むのが習慣だったのに、ここ最近はあまり睡眠時間がとれていない。
 
 頬を叩いて眠気を飛ばす。
 
 ……よしっ。気合を入れなおしてスケジュール帳を開く。

 
 
36 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/29(金) 22:01:56.83 ID:owrWAVvd0
 
 明日はいよいよライブに向けた乃々ちゃんの本格的なレッスンがはじまる。 
 まだ完全に基礎ができているわけではないけど、ライブまであと一か月に迫っている。
 急ピッチではあるものの、いまから取り組まないとどう考えても間に合わない。やはり日程は相当にきつきつだった。
 
 ちひろさんやトレーナーさんは大丈夫だろうかと心配していたけれど、私は頷いた。
 
 一緒に遊びに行ってから乃々ちゃんは以前に比べてがんばってくれるようになって、着実に力をつけている。
 
 課題だった体力はまだまだではあるけど、今回の乃々ちゃんの出番は彼女自身のデビュー曲の1曲のみ。
 それならなんとか乗り切れるはず。
 相変わらず目を合わせてくれることはないけど、ライブではさして問題ないでしょう。
 
 楽曲の歌詞と振り付けは乃々ちゃんの意見を取り込みながら昨日ようやく完成させた。
 
 柔らかいメロディにポエムチックな歌詞で、乃々ちゃんらしい楽曲に仕上げられたと思う。
 その雰囲気に逆らわず振り付けも穏やかなものに合わせることで、いまの乃々ちゃんでもなんとか演じきれるものになっているはず。
37 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/29(金) 22:04:51.46 ID:owrWAVvd0

 ただそれは単調だということでもある。
 
 四分近くもあるステージで緩慢すぎる演出だとファンは飽きてしまう。
 だから普通は「わぁ」と見惚れるようなパフォーマンスを入れることが多い。
 その楽曲独特の振り付け、といえばわかりやすいでしょうか。


「どうしましょう」
 
 ここ数日、今回の楽曲にそういうのを入れようかずっと頭を悩ましている。

 
 サビ前に二回ターン。
 
 ターンって簡単そうに見えるけれど、きっちりと綺麗に回るのは初心者にはとっても難しい技術のひとつ。
 
 パフォーマンスの質は間違いなく上がる。
 でも難易度もそれと同じか、それ以上に難しくなってしまう。
 ただでさえ、乃々ちゃんに与えられた時間は短い。


「どうしましょう」
 
 もう一度呟く。
 
 安全をとるか、リスクを承知で挑戦するか。
 
 それからもうんうんとしばらく考えて部屋の電気を消すころには、時計の短針は二時を回っていた。
38 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/29(金) 22:14:29.20 ID:owrWAVvd0
 🎀
 
 凛ちゃんからもらったお花を花瓶に挿す。
 
 まるで本物のように瑞々しいお花だけど造花なんですって。
 凛ちゃん曰く、本物のお花だと水やらなくちゃいけないし、花が散ったら掃除が大変でしょ、とのこと。


「プロデューサーさん、ここに置いておきますね」

「……」
 

 今日はいつもと違ってレッスン帰り。
 いつもは学校が終わったその足で病院に行くけれど、時々レッスンと前後してお見舞いすることもある。
 
 花を挿すときに濡れた手のひらをハンカチで拭って、椅子に腰を下ろしながらプロデューサーさんの手を握る。

「今日の乃々ちゃん、とってもすごかったんですよ」
 
 寝ているプロデューサーさんに今日の業務報告をすることにした。


 …………
 ………
 …
 
 本格的なレッスンは、まずは振り付けを覚えることからはじまった。
 なにをするにもまず覚えていないと話にならない。
 ひとつひとつの動作は簡単でも、次は動きはこうだからと意識すると忘れしてしまうなんてよくあること。
 
 残された時間は多くない。どれだけ早く覚えられるかが大切だった。

 
 それで、乃々ちゃんはどうだったかというと……。
39 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/29(金) 22:21:16.17 ID:owrWAVvd0

「なかなかやるじゃないか」

 結論から言うと、乃々ちゃんは振り付けのほとんどを一日で覚えた。
 
 いつもクールなトレーナーさんのあんなに驚いた顔なんてはじめて見たかもしれない。
 
 乃々ちゃんも一緒にこの振り付けは考えていたわけで、ゼロからのスタートではなかった。
 まだ覚えきれていないところもあるし、パフォーマンスとしてはお客さんに見せられるレベルにはほど遠い。
 しかもこれを踊りながら歌うというハードルもまだある。
 
 先はまだまだ長い。
 
 でも、それでも初日でここまでできるなんて。


「すごい……ほんとにすごいです、乃々ちゃん!」
 
 うれしくてつい乃々ちゃんの手を握りしめると、真っ赤な顔であわあわと口を動かして、

「あ……ありがとう、ございます」
 
 そしていつものように目を逸らされた。

「たしかに大したものだ。ここまでできるとは正直思っていなかった。少なくとも三日はかかると思っていたんだがな」
 
 
 やった!
 
 自分が褒められたようにうれしくなる。
 トレーナーさんはそんな私に気づいたのか、ごほんと咳ばらいをして真面目な顔になった。
40 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/29(金) 22:27:00.05 ID:owrWAVvd0

「だが、まだできていないところもたくさんある。特にサビ前はやはりというかまるっきりできていないな」
 
 その言葉で私も気を引き締める。
 
 
 サビ前。

 結局私はターンをいったん振り付けに入れてみることにした。
 
 すぐにできるとは思っていない。
 もしできそうならやってみることにして、難しそうなら元の振り付けに戻そうと思っていた。
 

 見たところ、本番に間に合うかどうかは正直微妙、というのが私の感想。
 
 ターンは体を支える軸足がとっても大切で、そういうのは一朝一夕で身につけられるものじゃない。
 どれだけ基礎をつみこめられたかが動きのキレにつながる。
 乃々ちゃんの曲はそこまでキレが要求されるものではないけれど、それでも難しいことにはかわりない。
 
 実際にやってみた乃々ちゃんは、回るどころかすてんと転んでしまった。


「乃々ちゃんはどうしたいですか?」
 
 安全をとるか、リスクをとるか。
 
 迷ったら乃々ちゃんに決めてもらおうと思っていた。

 この曲はほかならぬ、乃々ちゃんの曲ですから。
41 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/29(金) 22:33:49.17 ID:owrWAVvd0

「……」
 
 乃々ちゃんはしばらく考えていたあと、一瞬だけちらりと私を見て言った。

「この振り付け……まゆさんが考えてくれたんですよね」

「はい。そうですよ」
 
 睡眠時間たっぷり削ってがんばったんですよ、と心の中で付け加える。

「まゆさんは……もりくぼにできると思いますか?」

「できます」
 
 そんなことほんとはわからないのに、はっきりとそう言いきった。




「乃々ちゃんならできます。だって……まゆの育ててるアイドルなんですもの」
 
 
 ぼーと私を見つめる乃々ちゃんを見てると気恥ずかしくなって、熱くなった顔をそらす。

「でもそんなこと気にしなくていいんですよ。乃々ちゃんがやりたくないなら別にやらなくても……」

「もりくぼは」
 
 
 私の言葉をさえぎって、ぎゅっと両手をにぎりしめながら。

「もりくぼは、ほんとにだめだめで……このダンスもうまくできないかもしれないですけど……」
 
 
 きっと彼女なりの葛藤があったんだと思う。
 ほんとはやりたくない気持ちが少なくないだろうってことも、これまでの付き合いでなんとなくわかる。
 
 それでも、いつもよりも弱弱しく震える声ではあったけれど。


「それでも……やってみようと、思います」
 
 かすかに口元をほころばせて、たしかにそう言ってくれた。
42 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/29(金) 22:36:07.68 ID:owrWAVvd0

 …
 ……
 ………

 面会時間終了を知らせるアナウンスで意識が引き戻された。
 
 窓を見ると空はもう真っ暗。
 寮母さんの許可はもらっているとはいえ早く帰らないと。


「それじゃ、失礼しま──」
 
 
 ぐらりと眩暈がした。
 椅子をつかんでなんとか倒れるのは堪える。
 
 ……ううん。やっぱりもっと寝ないとだめかもしれませんね。


「大丈夫。ちょっと足が引っ掛かっただけですよ。心配しないでください」
 
 プロデューサーさんに聞こえていないのはわかっているけれど、ちょっと言い訳してみたり、なんて。

43 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 10:48:17.81 ID:8F8qoQQF0
 🎀
 
 森久保乃々ちゃんプロデュース生活1か月目。
 
 正確には明日でちょうど1か月。
 別にねらったわけではないですけど、出会ってちょうど一か月の明日。
 
 
 乃々ちゃんにイベントでMCの人とトークをするお仕事が入った。
 
 
 乃々ちゃんのアイドルとしての初仕事が、ついにきた。
 
 
 トークといっても出番はちょっとだけみたいですし、軽い段取り程度しか教えられていない。
 それでも乃々ちゃんの初仕事だって喜んでいると、乃々ちゃんは青ざめた顔で、

「アドリブなんてむりですむーりぃー」
 
 あわあわしながら机の下に潜りこんでしまって、説得するのに三十分かかったなんてことがありましたけど。
 
 なんにせよ、いま私たちにできることはないみたい。
 
 今日はレッスンをお休みにして、あのときみたいに乃々ちゃんとカラオケに遊びに行くことにした。
 おもしろかったのは乃々ちゃんが眼鏡をかけてきたこと。

「変装です……!」
 
 そう言って、ちょっと得意げに胸を張る姿がとってもかわいくて、思わず抱きついてしまった。
44 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 10:49:45.07 ID:8F8qoQQF0

 
 それからふたりでひとしきり歌って、ああ楽しかった、ラストにあと1曲歌いましょうってときになって、大切なことを思い出した。
 いけない。忘れるところでした。
 かばんから包装紙に包まれた箱を取り出す。

「乃々ちゃん、これをどうぞ」

「え? な……なんですか、これ?」

「いままでがんばってくれたご褒美と、明日お仕事デビューのお祝いです」
 
 乃々ちゃんは驚いたように目を丸くしたかと思えば、くしゃりと顔を歪ませた。
 震える手で受け取ってくれたあと、ぎゅっと箱を抱きしめた。


「ご褒美……お祝い……。もりくぼ、いつもご迷惑ばかりかけているのに……」

「開けてみてくれますか」
 
 こくん、と頷いて包みを解いていく。



「……わぁ」
 
 箱から出てきたのは1本のリボン。
 淡い緑色、乃々ちゃんの優しいイメージカラーにぴったりリボンだった。
45 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 10:53:00.88 ID:8F8qoQQF0

「まゆがつけてるリボンをかわいいって言ってくれたので、乃々ちゃんに似合いそうなのを選んでみました。……いや、ですか?」
 
 乃々ちゃんはゆっくりと何回も首を横に振って、リボンを両手で優しく包んだ。

「そんなこと、ないです。すごく……うれしいです。ありがとうございます」
 
 泣きそうな声でそんなことを言われると、なんかこう、ええと、照れるじゃないですか。
 
 ごほんと咳払いをする。


「さあ、もうすぐ時間ですし、最後にもう1曲ふたりで歌いましょう。乃々ちゃん、選んでください」

「……えっ、もりくぼが選ぶんですか……。ええと……それなら……」
 
 
 
 
 最後になんの曲を歌ったのかはふたりだけの秘密にしよう。
 ただノーヒントっていうのもあれなので、そうですね……。
 
 歌っているあいだ、誰にも見せられないくらいニコニコしていた、というのは大ヒントかもしれませんね。
 
 うふふっ。
46 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 10:55:13.92 ID:8F8qoQQF0
 🎀
 
 そして、お仕事当日。
 
 舞台袖でじっと待っているのも手持ちぶさになって、ついスマホをちらちら見てしまう。
 
 自分のときはまったく気にもしなかったのに、昨日は自分のことのように緊張してなかなか寝付けなかった。
 それはやっぱり、といっていいのでしょうか。
 乃々ちゃんも同じだったようで、だいぶ眠たそうにしてたのがちょっと心配だったりする。
 

 ……ううん。いけませんね。
 
 すーはーすーはー。
 
 そわそわする気持ちを静めるために深呼吸をする。
 
 イベントまであと一時間。
 もうすぐがちがちに緊張している乃々ちゃんが用意された衣装に着替えてこちらに来るころ。
 彼女が来るのをじっと待つ。
 
47 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 10:57:25.98 ID:8F8qoQQF0
 
 …………。
 ……。
 
 あれから十分待った。
 乃々ちゃんはまだ姿を見せていない。
 
 乃々ちゃん、どうしたの?
 

 バタンとドアが開いて、スタッフさんが慌てた様子で入ってきた。
 
 いつまでも現れない乃々ちゃんにしびれをきらして控室に入ると、そこに彼女の姿がなかった。
 そう説明されて、頭の中が真っ白になった。
 乃々ちゃんがいない? どうして?



「あの子、逃げたんじゃないか」
 
 誰かのその言葉を皮切りに、現場がざわざわしだした。

「たしかにすっごく緊張してたみたいだし」

「おいおいどうするんだよ!」

「早く代役の用意を──」
48 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 10:59:16.72 ID:8F8qoQQF0


「違います!!」
 

 叫んだ拍子にくらりと視界が歪んだ。
 
 膝から地面に着地して、鈍い痛みが走る。
 よりにもよっていま眩暈がしなくてもいいじゃないですか。
 でもいまは気にしてる場合じゃない。
 ズキンと痛む膝に力を入れて立ち上がる。


「乃々ちゃんは逃げてなんていません!」
 
 たしかに乃々ちゃんは自信がなくて、失敗したらどうしようってことばかり心配している臆病な女の子だけど。
 
 でもそれは自分が傷つくのが怖いからじゃない。
 
 自分のせいで誰かに迷惑をかけたらどうしよう、がっかりさせたらどうしようって、心配しているのはいつも人のことばかり。
49 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 11:01:43.46 ID:8F8qoQQF0


「乃々ちゃんは必ずここに来ます!」
 
 乃々ちゃんは誰とも目を合わそうとしない。
 
 目を見てお願いされると断れないから。
 
 真剣にお願いされたら、優しいあの子はきっとその人の希望を叶えてあげたいと思ってしまうから。
 
 でも自分に自信がなくて、自分にはその人の気持ちを裏切ってしまうと思ってるから、だからあなたは目を逸らす。
 
 
 私が出会ってきたなかで、最も臆病で、びっくりするほど優しい女の子。
 
 それが森久保乃々という女の子。
 
 だから、みんなが困っているこの状況で、優しいあの子が逃げ出すわけなんてない。



「だって、乃々ちゃんはまゆの──」
50 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 11:04:09.27 ID:8F8qoQQF0

 
 コツリと足音が聞こえた。
 
 振り向くと、そこに乃々ちゃんがいた。
 これから怒られるのを覚悟した子供のように俯いて、乃々ちゃんが立っていた。
 その姿がきっちりとしたステージ衣装とあまりにミスマッチで、こんなときなのに思わず笑いそうになる。


「ほんとは来るつもりじゃ……なかったんです……」
 
 ぽたりと地面に水滴が落ちた。

「きっとうまくできなくて、怒られて……みなさんのご迷惑になるって思ったから……引き返そうとしたんです」
 
 今日は雲ひとつない快晴なのに、ぽつぽつと乃々ちゃんの真下にだけ雫が落ちている。

「でも、まゆさんの声が聞こえて。必ず来ますって言ってくれて……。いま行かなかったら、まゆさんがきっと困ると思って……そしたら気づいたらここに来ていて……」
51 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 11:06:44.27 ID:8F8qoQQF0

「乃々ちゃん。迷惑なんかじゃありませんし、まゆにだったらいくらでも迷惑かけたっていいんです。」

「どうして……」
 
 目元を赤くした乃々ちゃんが顔をあげる。 
 もうっ。それ以上泣くとせっかくのお仕事なのに、かわいい顔が台無しになっちゃいますよ。

「どうして……まゆさんはそこまで優しくしてくれるんですか?」

「そんなの決まってるじゃないですか」
 
 涙で濡れているまなじりを指で拭ってあげて、あたりまえのことを言った。




「まゆはあなたのプロデューサーですから」


52 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 11:10:31.74 ID:8F8qoQQF0
 
 …………
 ……
 …

「ありがとうございました!!」
 
 スタッフさんに挨拶をして、会場を後にする。
 はじめはちょっといろいろあったけれど、ステージは無事に進行し、乃々ちゃんの初仕事は成功に終わった。
 
 ささやかだけどどこかで打ち上げパーティーでもしようって話になって、事務所に向かっていた。

「今日はおつかれさまでした。トーク、すごくよかったですよ」

「あうう〜。つかれました……」
 
 もう1度がんばりましたね、と言ってその小さな頭をなでてあげる。
 
 ほんとうにおつかれさまでした。
 
 乃々ちゃん。あなたは私の──


 プルプルとスマホが振動した。ちひろさんからの電話だった。
53 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 11:13:22.12 ID:8F8qoQQF0

「もしもし」

「まゆちゃん、お仕事は終わりましたか?」

「はい。終わりましたけど……」

「いいですか。落ち着いて聞いてください」
 

 あの日、プロデューサーさんが倒れたあのときと同じ言葉に、ドキンと心臓が跳ねる。
 
 まさか……。





「プロデューサーさんが、意識を取り戻しました!!」
 
 
 まゆさん! という乃々ちゃんの声を振り切って走り出した。
 
 すでに空は暗くなっていて、疲れた様子の仕事帰りのサラリーマンたちを避けながらズキンと痛む足を動かす。
54 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 11:15:05.28 ID:8F8qoQQF0

 プロデューサーさん。プロデューサーさん。プロデューサーさん。
 
 ようやく会える。やっとあなたとお話できる。やっとあの笑顔を見ることができる。
 
 プロデューサーさん。あなたがいないあいだ、まゆはがんばりました。
 
 あなたがいままでしてくれていたお仕事もひとりでやってきました。
 あなたがスカウトしてきた子もしっかりお世話をして、今日初仕事をしっかりこなしました。
 
 ほめてもらえるかな。がんばったなって頭をなでてくれるかな。

 
 
 病室につくとドアの前にちひろさんが立っていた。
 
 私に気づくとぎょっとした顔をした。

「ま、待ってくださいまゆちゃん!」

「プロデューサーさん!」
 
 ちひろさんの制止もいまは気にならなかった。
 
 この扉の先にプロデューサーさんがいる。早く会いたい。
 
 いまの私にあるのはそれだけだった。
 
 ここが病院だなんてことも頭から消えていて、勢いよくドアを開ける。
55 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 11:18:49.08 ID:8F8qoQQF0

「プロデューサーさ──」
 
 その胸にとびこもうとドアを開けた先には。
 女の人がプロデューサーさんに抱きついている姿があった。
 
 
 
 ……。
 
 え?
 
 頭がフリーズした。まったく意味がわからなかった。
 
 ええと、すみません。これはどういうことなんでしょうか。


「ううっ……ぐすっ」
 
 女の人がプロデューサーさんに抱きつきながら泣いていて、プロデューサーさんはその人の頭を優しい顔をしながら撫でていた。
 

 まるで幸せなカップルのように。


「あっ……」
 
 言葉が出てこなかった。
 目が覚めてよかった。心配したんですよ。まゆがんばりました。
 言いたいことはいっぱいあったはずなのに、いま言いたいことはそのどれでもなかった。

 
 ねぇ、プロデューサーさん。
 その女の人はだれですか?
56 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 11:20:48.30 ID:8F8qoQQF0
ここで一度きります。
たぶんあと1、2回の更新で終わると思います。
もし読んでくださっている方がいれば、このままお付き合いいただければ幸いです。
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/30(土) 12:24:11.81 ID:XBOpQ5uI0
これはきつい
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/30(土) 12:31:30.08 ID:zI6EmyUEo
あいくるしい
59 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 17:09:21.67 ID:8F8qoQQF0
 🎀
 
 きゅっきゅっと床を踏む音が響く。
 
 もうライブまで残り二週間。
 
 そろそろ仕上げにはいらないといけない頃合いで、今日もトレーナーさんの厳しい指導を受けながら練習を続けている。
 
 乃々ちゃんのパフォーマンスはほとんどよくできていた。もちろん改善の余地はいくらでもあるけれど、少なくともデビューとしては十二分だと思う。
 
 ただ一点を除けば。


「あうっ」
 
 足が絡まって乃々ちゃんは尻もちをついた。

「やっぱりサビ前が鬼門か」
 
 トレーナーさんの厳しい声色に焦りを覚えてしまう。
 
 サビ前に二回のターン。
 
 乃々ちゃんはいまだに成功できていなかった。

「あそこ以外は申し分ない出来だ。ただもう時間がない。森久保、ほんとにこのまま続けるか、それとも諦めて簡単なほうに戻すか。そろそろ決めておけ」
 
 乃々ちゃんはおどおどしながら、私を見た。


「も、もりくぼは」

「できます」
 
 乃々ちゃんの言葉を遮ってトレーナーさんに言う。
60 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 17:10:30.26 ID:8F8qoQQF0

「乃々ちゃんならできます」
 
 トレーナーさんはじっと私を見たあと、ため息をついた。

「最後に決めるのはおまえたちだ。だがはっきり言おう。私はやめておいたほうがいいと思っている。それにもうじきプロデューサー殿が戻ってくるんだろう? 一度相談してからでも遅くはあるまい」

 
 ズキンと心臓が痛くなった。
 
 プロデューサーさん。
 
 大好きな響きのはずなのに、いまはその言葉を聞くだけで胸が苦しくなる。
 
 
 

 あの日以降、プロデューサーさんのお見舞いには行けていなかった。
 
 行けばプロデューサーさんにも、あの女の人にもきっと迷惑になっちゃうから。
 
 もしこれが少女漫画だったなら。
 
 あの女の人は彼女なんかじゃなくってお姉さんだったりして、なんだまゆの勘違いだったんですね、ってハッピーエンドになってもいいのに。


「俺の婚約者だ」
 
 現実はそんなことなくて。
 
 気まずそうに隣にいる女性を紹介するプロデューサーさんの顔が、いまだに頭から離れない。
61 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 17:13:20.40 ID:8F8qoQQF0

「……乃々ちゃんのプロデューサーはあの人じゃなくてまゆですから。乃々ちゃん、時間がありません。早くレッスンの続きをやりましょう」

「は……はい」
 
 あのとき私がプレゼントした緑色のリボンを揺らしながら、乃々ちゃんは立ち上がった。

 

 今回のライブに、私は出演できなくなった。
 膝の傷が思ったよりも深かったみたいで、この程度大丈夫ですと言ってみたけれど、

「膝を怪我した人を出すわけにはいきません」と話を聞いてもらえなかった。
 
 だから、私にできることは乃々ちゃんのプロデュースしかなかった。
 
 だから、早く乃々ちゃんにターンを成功してもらわないといけなかった。
 
 
 そうじゃないと、私はなんのためにアイドルを──
62 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 17:14:52.93 ID:8F8qoQQF0


──まゆさんは……プロデューサーさんのために、アイドルになったんですか?
 

 あのときの乃々ちゃんの言葉を思い出す。
 
 乃々ちゃんに言ったことは嘘偽りない本心だった。
 
 プロデューサーさんの側にいるためにアイドルになった。
 プロデューサーさんのためにお仕事をがんばった。
 乃々ちゃんのプロデュースだって、そもそもプロデューサーさんが帰ってきてくれたときに笑っていてほしかったからはじめたことだった。

 だけどプロデューサーさんには婚約者がいて。まゆはあの人に振られることもなく失恋した。
 
 だったら。

 

 私はなんでアイドルを続けているの?


63 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 17:16:01.40 ID:8F8qoQQF0


「森久保!!」
 
 トレーナーさんの鋭い声にはっとして、顔をあげる。
 
 頭が真っ白になった。
 
 ベッドに横になって眠りつづけていたプロデューサーさんの姿に重なった。
 
 ああ……。なんで、そんな、いや。



「乃々ちゃん!!」
 
 目の前で額に大量の汗をかいた乃々ちゃんが、苦しそうに床に倒れていた。
64 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 17:20:44.28 ID:8F8qoQQF0
 🎀
 
 プロデューサーさんからもうすぐ退院するぞと連絡がきたのは昨日のことだった。
 
 さすがに早すぎませんか、と聞くとどうやらだいぶ無理をしてお願いしたみたい。
 
 ライブの準備で忙しくなって、退院当日にお迎えするのが難しかったので、今日のうちに最後のお見舞いに行くことにした。
 
 今日はレッスンもなかったというのに、鉛をつけたように足が重い。

 
 あのあとしばらくして乃々ちゃんは目を覚ましたけれど、大事をとるように言われて明後日までレッスンはお休み。
 
 ごめんなさい、と泣きながら謝る乃々ちゃんに私はなにも言えなかった。
 
 あなたはなにも悪くないのに。
 ほんとうに悪いのは──
 

 そんなことを考えていると、病室の前に着いていて、息を吐く。
 できればいまだけはあの婚約者の人はいませんように。



「プロデューサーさん。やっぱりまだ安静にしていたほうがよろしいのでは?」
 
 中から女性の声が聞こえて、ドアから離す。
 あの女の人じゃない、ちひろさんの声だった。
65 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 17:23:44.88 ID:8F8qoQQF0

「先生からもそういわれましたけど、でもライブまでもう時間がないじゃないですか」

「しかし……」
 
 そっと耳をすませて二人の会話を聞く。

「私たちもサポートしますし、今回はまゆちゃんに任せてみてはどうですか? 乃々ちゃん、このまえのお仕事も評判よかったみたいですし。まゆちゃん、プロデューサーさんのためにがんばってくれているんですよ」


「だからです!」
 
 プロデューサーさんは叫ぶように言った。
66 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 17:26:01.03 ID:8F8qoQQF0

「普段からまゆに頼りっぱなしで。俺はただの役立たずなのに、あの子の人気のおかげでいままでなんとかなって。そのたびにすごいですって言われて」

「……」

「あの子の気持ちも知ってるのに。婚約者がいて、まゆの気持ちに応えてあげられないのわかっているのに。俺はそれに気づかないふりをして、まゆの気持ちに甘えていたんです」

「……」

「だからせめて仕事でその気持ちに応えようと寝る間も惜しんでやってきたのに、こんなときに倒れて……」
 
 あっ……。

「これ以上、まゆに迷惑をかけるわけにはいかないんです。俺が、やらないと……」

 

 ああ。
 そうか。そうだったんだ。
 
 私のせいだったんだ。



「ごめん、なさい……」
 
 私が想いを寄せるたびに、あの人はその想いに応えようとして。
 
 私があの人のためにがんばろうとするたびに、あの人もがんばろうとして。
 
 結果として、プロデューサーさんは倒れてしまった。
 
67 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 17:27:48.51 ID:8F8qoQQF0

「ごめんなさい」
 
 もし私がプロデューサーさんのためにがんばろうとしなければ、あの人はいまも笑ってお仕事をしていたんでしょうか。
 もし私がアイドルにならなければ、いまごろ乃々ちゃんも倒れることもなく、いまよりももっと輝いていたんでしょうか。
 もし私がプロデューサーさんのことを好きにならなければ──。
 
 なんていまさら考えてもどうしようもないのかもしれませんけど、ひとつだけたしかなことがあった。
 
 

 私は、ここにいちゃいけないんだ。

 

 ドアに額を押し付ける。
 
 どうしようもなくわがままな自分が嫌になる。
 
 いまさら言ったってどうしようもないのに。
 あの人に聞こえていないとわかっているのに。
 こんなこと思う資格なんてあるはずないのに。
 
 それでも、最後にどうしても言いたいと思ってしまった。



「愛しています。プロデューサーさん」
 
 好きになって、ごめんなさい。
 

 涙は流れなかった。
 私には泣く権利すらなくなっていたのかもしれない。
68 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 17:30:18.20 ID:8F8qoQQF0
 🎀
 
 翌日、ちひろさんから乃々ちゃんの担当をプロデューサーさんが引き継ぐという連絡がきた。
 
 結局あのまま押し切られるなんて、ちひろさんにしては珍しいなぁ。
 なんていつもならくすっと笑っちゃうはずなのに、いまは少しも笑える気がしなかった。
 
 これから先のことを考えてちひろさんにいくつかのお願いをしたあと、服を着替えて家を出た。
 赤いリボンはつけていかなかった。


 向かう先はレッスンルーム。
 もしかしたらちひろさんから連絡はされているかもしれないけど、一応トレーナーさんに引き継ぎの報告をしておくべきだと思ったから。
 
 部屋の前までくると、かすかに床を踏む音が聞こえた。
 
 もしトレーナーさんがいなくても、中にいる人に言伝を頼もう。
 
 そう思って、扉を開けた。
69 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 17:33:06.49 ID:8F8qoQQF0

 
 緑色のリボンがひらりと舞っていた。


「……あっ、まゆさん」

「どうして……」
 
 トレーナーさんはいなかった。
 
 そこにはレッスン着に着替えて、汗を流している乃々ちゃんだけだった。
 腕にはこの前プレゼントしたあのリボンをつけている。
 
 どうして……。
 今日までレッスンはお休みのはずなのに。


「す……すみません。ほんとはいけないことだとわかっているんですけど……もうライブまで時間がないので、次の人がこの部屋を使うまでのあいだ、使わせてもらおうと思って……」
 
 腕につけたリボンをぎゅっと握りしめて、口元を緩めながらそんなことを言う。
 
 ……だめ、ですよ。乃々ちゃん。


「もりくぼのせいでレッスン中断して、すみませんでした……。このままだと、またまゆさんにご迷惑をおかけすると思って……」
 
 もう、無理なんてしないで。


「その……もしよかったらですけど、もりくぼに教えてもらえたら──」
70 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 17:35:55.14 ID:8F8qoQQF0


「やめてください」
 
 乃々ちゃんの笑顔が固まった。

「前に言いましたよね。まゆ、プロデューサーさんのためにアイドルになったって。それなのにあの人ひどいんですよ。婚約者までいるのに、まゆの気持ちを知ったうえで弄んでいたんです」

「まゆ……さん?」

「あの人のためにアイドルになったのに。あの人が手に入らないなら意味がないじゃないですか。だから、アイドルをやめることにしました」

 

 ちひろさんにはしばらくのあいだ、疲れたからお仕事を減らしてもらうように頼んだ。
 いきなりお仕事をやめても、できるだけみんなの迷惑になりたくなかったから。
 
 なんて、これもただの私の自己満足。
 
 いろんな人に迷惑をかけ続けてきたろくでなしは、最後まで自分勝手に事務所を去っていく。
 
 モデルのときと同じ。裏切者と指をさされて、みんなに恨まれる。
 
 ただ、それだけの話だった。
71 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 17:38:49.33 ID:8F8qoQQF0

「乃々ちゃん、知ってましたか? 明日から乃々ちゃんの担当はプロデューサーさんになるんですよ。まゆはもうあなたのプロデューサーじゃないんです」
 
 ズキンと心臓がいたい。

「レッスンはだめだめですし、初仕事は逃げ出そうとしますし、プロデューサーさんのためにいやいやがんばりましたけど、今日で終わりです」

 違うと叫びたくなった。
 視界がぐらりと歪んで、そのまま倒れればいいのにと思った。



「もう乃々ちゃんのお世話をしなくなって清々します!」
 
 
 最低な叫びが部屋中に響いた。
 
 もう、消えてなくなりたかった。
 
 覚悟を決めて顔を上げると、乃々ちゃんの大きな瞳と目が合った。
 ぽろぽろと涙を流していた。
 
 こうやってはじめて真正面から見る乃々ちゃんの瞳はとってもきれいで。
 ずっと見たかったはずなのに。
 見ていると心臓が握りつぶされるように痛くなって、目をそらした。


「おい、森久保。そろそろ時間だぞ」

 部屋に入ってきたトレーナーさんと入れ替わるように、振り向くことなくその場から逃げ出した。




 それからライブ当日までの二週間のあいだ。
 私と乃々ちゃんが顔を合わせることは1度もなかった。
72 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/30(土) 17:40:02.77 ID:8F8qoQQF0
ちまちま更新で申し訳ありません。
次で最後になると思います。
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/30(土) 19:13:29.94 ID:N5d87AnAO
つらい でもとても良い
74 : ◆GO.FUkF2N6 [sage saga]:2017/12/31(日) 01:15:26.17 ID:1dD/Nvkp0
めちゃくちゃ多いですが修正あげていきます。

>>4
 いつもは真面目なのに時々どうしようもないいたずらをしちゃう子供っぽいところもあるお茶目でかわいい性格
  ↓
 いつもは真面目なのに時々どうしようもないいたずらをすることもあるお茶目でかわいい性格


>>12
 森に住み着いている妖精のような雰囲気をまとっている、どこか童話の世界に出てきそうな少女。見たことのない、少なくともこの事務所のアイドルではないのは間違いないはず。
  ↓
 森に住み着いている妖精のような雰囲気をまとっている、どこか童話の世界に出てきそうな女の子。
 見たことのない、少なくともこの事務所のアイドルではないのは間違いないはず。


 その子は目を逸らしたかと思えば、近くにある机の下に潜りこんでしまった。
  ↓
 そして目を逸らしたかと思えば、近くにある机の下に潜りこんでしまった。


>>24 
 いまは外に出かけるときは春奈ちゃんおススメの普段はかけない眼鏡で変装しているのだけれど、それでも時々ばれてサインを求められることもあって、遊びにいくのもちょっと大変。
  ↓
 いまは外に出かけるときは春奈ちゃんおススメの普段はかけない眼鏡で変装しているけれど、それでも時々ばれてサインを求められることもあって、遊びにいくのも大変。


>>27
 多くを語らずいろいろな想いを表現する。それってまでとっても素敵。
 つい日記にプロデューサーさんのことを書きすぎちゃうことが多いから、こういうところは見習わないと。
 ↓
 多くを語らずいろいろな想いを表現する。それってとっても素敵。
 私は日記についプロデューサーさんのことを書きすぎちゃうから、こういうところは見習わないと。

75 : ◆GO.FUkF2N6 [sage saga]:2017/12/31(日) 01:22:23.72 ID:1dD/Nvkp0
>>32
 私、乃々ちゃんがアイドルを続けてくれて嬉しいと思ってるんでしょうか?
  ↓
 私、どうして乃々ちゃんにアイドルを続けてほしいと思ってるんでしょうか?

>>41
 弱弱しく→弱々しく

>>43
 トークといっても出番はちょっとだけみたいですし、軽い段取り程度しか教えられていない。
 ↓
 トークといっても軽い段取りしか教えられないくらい、出番はちょっとだけみたい。


>>71
「もう乃々ちゃんのお世話をしなくなって清々します!」
  ↓
「もう乃々ちゃんのお世話をしなくてよくなって清々します!」


以上です。
次回更新分はこのようなことがないよう気を付けます。
申し訳ありません。
76 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 09:56:38.32 ID:S+a4hU780
 🎀
 
 ドームを貸し切ってのライブなんていつぶりだろう。
 
 定例ライブはいままでもおこなってきたけれど、ここまで大きなドームでのライブは数えるほどもなかったと思う。
 ライブまで三十分をきったころには、客席はいっぱいに埋め尽くされていた。

「おお。すごい人の数だな」

「……嬉しそうですね」
 
 わくわくした様子のプロデューサーさんにできるだけそっけなく返事をする。
 こうして優しく話してくれているあいだにもこの人が苦しんでいる。
 私にはこの人と笑いあう権利なんてなかった。

「今日はなんたって乃々のデビューだしな。緊張してるが、それよりも楽しみだ。……おっと、そうだ」
 
 ファイルから一枚の紙を取り出して、手渡してきた。

「今日のセトリだ。確認しておいてくれ」

「……まゆは出ないじゃないですか」

「いいから見とけって」
 
 そう言って紙を押し付けると、部屋から出ていった。
 
 まずこの事務所の稼ぎ頭のアイドルたちが全体で歌ったあと、それぞれのソロ曲やユニット曲が続く。
 
 乃々ちゃんの出番は中盤。
 いちばん心理的に負担がないところに配置してもらっている。
 
 別に見なくてもセトリは頭に入っているのに。
 そう思って、なんとなしに紙を見てみた。
77 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:03:44.51 ID:S+a4hU780


 森久保乃々の名前は紙の一番下。
 彼女の出番はソロ曲のトリになっていた。

「なん……で」
 
 いまさらなんでこんな変更がされているのかわからなかった。
 よりにもよって新人アイドルを最後に持ってくるなんて。
 しかもこんなに大きなドームで、たくさんのファンの前で。
 
 無理だ。トリの重圧に乃々ちゃんが耐えられるわけない。
 
 ライブがはじまるまでなら、まだ変更できるはず。
 プロデューサーさんに早く抗議しに行かないと。



「なんて言いにいくつもりですか?」
 
 どこかから声が聞こえた。

「あなた、あの子にどれだけひどいこと言ったのかわかってるの? この期に及んでそんなことを言いにいけるなんて思っているの?」
 
 ここには私以外に誰もいない。

「あなたに、あの子に関わる資格なんてありませんよ」
 
 私をかたどったなにかが、心のなかで哀れな私を嗤っていた。

「あなたはあの子やプロデューサーさんたちを傷つけてきた、最低な人間なんですよ。それに……」
 
 そのなにかは嗤いながら、泣いていた。
78 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:05:27.35 ID:S+a4hU780



「あなたはもう乃々ちゃんのプロデューサーじゃないんですから」

 

 ああ。そうでしたね。
 
 私は、もう、乃々ちゃんとなにも関係がなくなっちゃったんでした。

 

 呆然と立ち尽くしているあいだに、ライブははじまり、イベントも進んでいった。
 
 そして、いよいよソロ曲のラスト。
 
 乃々ちゃんの出番がやってきた。
79 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:09:47.69 ID:S+a4hU780
 🎀
 
 スポットライトがつくりだす光のサークル。
 
 その光の輪のなかに、乃々ちゃんが立っていた。
 
 明るい緑色の衣装に身を包んだ彼女を見ていると、森に住んでいそうって第一印象を思い出す。
 
 会場がざわめきはじめた。
 ソロのトリなのに出てきたのは見たこともない女の子なんて、ファンの人たちからすればびっくりするのも仕方ないと思う。
 
 マイクを握っている手がかすかに震え、下を向いて俯いている。遠目からも緊張しているのがありありとわかった。

「乃々ちゃん……」
 
 いますぐにでも駆けつけたかった。
 その手を握ってあげたかった。
 
 でもそれはできない。
 私にはその資格はないから。
 
 私はもう乃々ちゃんのプロデューサーじゃないんだから。
 
 

 顔をあげて大きく深呼吸をした乃々ちゃんは一瞬こちらを見て、


「え?」
 
 まるで安心してください、というようににっこりと微笑んだ。
 
 その優しい表情のまま、前を向く。体の震えはとまっていた。
80 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:12:02.10 ID:S+a4hU780

 そして、曲が流れだす。
 
 あいくるしい彼女に似合う、柔らかくかわいらしいメロディ。
 
 その曲調にぴったりのかわいらしく、だけどしっかりとした意志の強さも感じられる歌声で歌いあげていく。
 大きな動きではないけれど、軽やかに舞うように踊っている。
 
 観客は息をのむのも忘れて、ステージを見つめていた。
 
 びくびくして、すぐにばてて、むりですとばかり言っていた女の子はいま。ひとりのアイドルとしてステージに立っていた。
 
 二週間前よりも格段にパフォーマンスの質があがっている。
 きっとプロデューサーさんのアドバイスの賜物なんだと思う。
 
 なぜかちくりと膝が痛くなった。

 
 
 そして、曲はいよいよサビ前。
 
 練習のとき、ついに見ることができなかった、二回のターン。
 だけど心配はしていなかった。
 
 だって、乃々ちゃんは私のことなんてもう嫌いになったはずで。
 そんな私が考えたあの振り付けをするわけなんてなかったから。
 そのためにあんなことを言ったんだから。
 
 だからなにも心配する必要なんてない。
 そう思っていたそのとき、
 
 

 乃々ちゃんは右足を軸に左足を蹴って、くるりとターンをした。
81 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:15:08.13 ID:S+a4hU780

「どうして……」
 
 私の動揺を置き去りに、乃々ちゃんは軸足を切り替える。
 
 練習でもここまではできていた。問題はその次のターン。
 どうして乃々ちゃんがこの振り付けをしているのかはわからない。
 
 
 でも、お願い。成功して!
 
 

 もう1度勢いよく右足で床を蹴って、くるりと一回転。
 わずかにぐらついた体をぐっとこらえて持ち直して、続きのステップに入った。
82 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:16:42.01 ID:S+a4hU780

「やっ……」
 
 口を押えて、叫びそうな衝動を飲み込む。

「ふぅ、よかった」
 
 隣でプロデューサーさんが息を吐いた。

「乃々のやつ、俺やトレーナーさんがやめておけといってるのに、あれをやると言って聞かなくてな。わざわざ居残りまでして、あのターンを練習してたよ」

「え?」
 
 やめろと言ったのに聞かなかった? 自主練をしていた?
 どうして? なんのために?

 
 私の困惑をよそに、乃々ちゃんは華麗に踊りながら、あいらしい歌声を響かせる。
 乃々ちゃんのもつ雰囲気と緑色の衣装もあって、まるでいまステージにいるのは妖精ではないのかと錯覚させられるほどに、彼女は美しかった。
 会場にいる誰もが、森久保乃々というアイドルに、ただただ見とれていた。
 
 緑色の妖精は曲が終わるまで、私たちを魅了しつづけた。

 
83 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:21:21.96 ID:S+a4hU780

 曲が終わり一瞬の静寂が訪れたあと、万雷の拍手が乃々ちゃんに注がれてた。
 乃々ちゃんは息を吐きながらもじもじとして、ぺこりとお辞儀をした。

 こみあげてくるものをぐっとこらえる。

 よかった。ほんとうに、よかった。
 ありがとう。……ごめんなさい。
 これでもう、思い残すことはなにも──




「もりくぼ……ほんとうはアイドルになるつもりなんてありませんでした」



84 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:23:29.75 ID:S+a4hU780
 
 ……え?

「まだアイドルになって二か月しか経っていませんけど……ほんとうにきつくて、なんどもやめたいって思いました……。歌もダンスもなにも出来なくて……みなさんに迷惑をかけたらどうしようってことばかり考えてしまって……」

 会場が大きくどよめいた。
 なにを言ってるの乃々ちゃん。

「でも言ってくれたんです。何回失敗してもなんどもなんども、大丈夫、乃々ちゃんならできますって」

 そう言いながらポケットからなにかを取り出した。
 
 それは──。

「がんばったらがんばりましたねって。ちゃんとできたときはすごいですって褒めてくれて……。もりくぼ、それが忘れられなくて。すごく嬉しくて……」

 
 まるで衣装に合わせたように淡い緑色をした、乃々ちゃんにぴったりのリボン。
 
 いままでのご褒美として乃々ちゃんにプレゼントした、あの緑色のリボンだった。
85 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:26:32.06 ID:S+a4hU780

「その人はいま、とってもつらいことがあって落ち込んでいて……。なにかできないかってずっと考えたんですけど、だめだめな私にできることはなにもなくて……」
 
 乃々ちゃんはそのリボンを手首に巻き付ける。

「だからせめていままでのお礼がしたくて……わがままかもしれませんけど、もう一曲だけ歌わせてください」
 
 そして、すぅ、と息を吸って、叫んだ。
 



「いまのもりくぼは、やるくぼですけど!!」

 
 その叫びとともに曲が流れだす。


「あっ」
 
 思わず声が漏れた。
 
 それは恋の歌だった。
 
 プロデューサーさんが私のために授けてくれたもの。
 
 乃々ちゃんと一緒に歌ったこともある、私のデビュー曲だった。
86 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:31:55.65 ID:S+a4hU780
 
 声はかすれはじめていた。
 動きは全然できていなかった。
 もう一曲踊る体力なんて、もうすでになくなりはじめていた。
 
 
 それでも、額にびっしょり汗をかきながら、幸せそうに彼女は歌っている。
 
 大好きだよ、と。彼女はささやいている。
 
 
 この曲を歌おうなんて思ったのは、乃々ちゃんに決まっていて。
 サプライズのように二曲連続で歌うために、ラストに自分を持ってきたのも乃々ちゃんが頼んだに違いなかった。



「…………」
 ああ。だめなのに。
 
 私の足は、勝手にステージに向かっていった。

 
87 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:35:08.62 ID:S+a4hU780
 
 乃々ちゃん。
 あなたをプロデュースしているあいだはほんとうに大変なことばかりだった。
 
 自分ひとりでいろいろなことをしなくちゃいけなくなったし、あなたは臆病だったり体力がなかったりで世話がかかったし、しかも大好きな人に振られちゃうし。
 
 
 でも。それでもがんばってこれたのは、がんばろうって思えたのは。
 
 あなたのことが大切だったから。
 いつでも人のためにがんばろうとするあなたのことが大好きだから。
 だから、いままでがんばってこれたんです。
 
 
 ねぇ、乃々ちゃん。あなたも同じだったんですか?
 
 自分のステージでいっぱいいっぱいだったはずなのに。
 ほんとは震えるくらいステージに立つのが怖いはずなのに。
 それでもいまここで歌ってくれているのは。
 私がいなくなることのほうが怖いって思ってくれてるからなの?
 
 
 あなたも、私のことを大切だって思ってくれているからなんですか?

 
88 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:37:10.70 ID:S+a4hU780

 
 緑色のリボンがふわりと舞った。
 
 
 乃々ちゃんは私が来ることをわかっていたみたいに、にこりと微笑んでマイクを差し出してくる。

 
 ああ。ほんとうに私はどこまでもずるくて卑怯みたい。
 
 ほんとはステージに立つ資格なんてないかもしれないけど。
 
 それでもいま、いまだけは。


「まゆは……」
 
 みんなに応援してほしいの! だからお願い!
89 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:39:24.05 ID:S+a4hU780





「まゆもやるくぼですけど!!」
 
 
 きっと演出だと思っているだろう会場から大きな歓声がおこる。




 
90 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:41:21.88 ID:S+a4hU780

 わかっていました。
 
 プロデューサーさんが私のことを女性として見てくれていないってこと。
 あなたはプロデューサーで、佐久間まゆはアイドルだから。
 あなたと私は結ばれないってこと。
 
 ほんとはずっと前からわかっていたんです。
 
 私の恋は愛する人を傷つけて、大切なみんなに迷惑をかけて。
 
 だったらこの歌はだれに歌えばいいの?
 私にこの歌を歌う資格があるの?
 
 わからない。なんにもわからなかった。
 
 
 それでも、歌いたかった。
 
 

 私がいなければ、いまごろプロデューサーさんに支えられてもっと活躍できて、倒れることもあんなにひどいことを言われることもなかったはずなのに。
 ほんとは恨まれても嫌われても仕方ないはずなのに。

 
 
 こんなどうしようもない私のことをプロデューサーって呼んでくれたから。
 
 あなたのプロデューサーがこんなろくでなしなんて思われてほしくなかった。
 私の担当アイドルは、世界でいちばん素敵なんだってみんなに教えたかった。
 たとえ資格がなくても、あなたのリボンは私と繋がっているって思いたかった。
 
 こんな私を慕ってくれるあなたが大好きだから。
 
 いまだけでいいから。
 

 大好きだよって、叫ばせて!
91 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:43:29.76 ID:S+a4hU780
 
 曲が、終わった。
 
 それと同時に、乃々ちゃんが胸に飛び込んできた。
 
 小さな頭をぎゅっと抱きしめる。



「私、ここにいてもいいの? 乃々ちゃんと、一緒に、アイドル続けてもいいんですか?」

「ぐすっ……もりくぼは、一緒に……いてほしいです……」

「そう……ですか」
 
 割れんばかりの歓声がとぎれるまで。
 
 胸のなかでしゃくりあげている、とっても大切な、私の担当アイドルの頭をずっと撫でつづけた。


92 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:44:27.02 ID:S+a4hU780



──エピローグ──


93 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:49:23.57 ID:S+a4hU780
 🎀
 
 ──このまえのライブは素晴らしかったですね

「みなさんが応援してくれたおかげで、とってもいいライブができたと思います。ありがとうございます」

「もりくぼはちゃんとできていたかわかりませんけど……少しでも楽しんでもらえたのなら、それで満足、です」



 ──森久保さんのステージに佐久間さんの曲を歌うサプライズもありましたね。ファンのみなさんもびっくりしたと思いますが

「まゆもびっくりしました。乃々ちゃんが企画して、事務所で知らなかったのはまゆだけだったみたいなんです。できれば教えてほしかったですよ」

「あうう……。あのときはそれしか思いつかなくて……すみません……」

「うふふ。冗談ですよ。ありがとうございます、乃々ちゃん」
 


 ──佐久間さんは森久保さんのプロデューサーをやっていたということですが

「はい。でも、乃々ちゃんに教えていたはずなのに、まゆのほうがいろいろなことを教えてもらっちゃって、どっちがプロデューサーだかわかんなくなっちゃいました」

「まゆさんにはほんとうに、お世話になりました……。いまもお世話になりっぱなしですけど……」
 


 ──とても仲良しなんですね

「はい! オフのときには一緒に遊びに行くんですよ」

「なかよしです……戦友です」



 ──ありがとうございました。それでは最後に質問です。


 …………
 ……
 …
94 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 10:56:15.73 ID:S+a4hU780
 🎀
 ありがとうございました、とお礼を言って、事務所を出ていく記者さんを見送る。
 足音が遠くなっていき聞こえなくなったあと、乃々ちゃんがへなへなとソファーに腰を下ろした。


「つ、つかれました……」

「乃々ちゃん、お疲れ様でした」

「もりくぼ……あまりちゃんとお話できませんでした……」

「そんなことありませんよ。記者さんも言ってたじゃないですか。乃々ちゃんのインタビューすごくよかったって」

「うう……それはそれではずかしいぃ……」
 
 うふふ。がんばりましたねと頭を撫でてあげる。

「それにしても最後の質問の答え。まさか乃々ちゃんと被るなんて思いませんでした」

「うっ……」

「プロデューサーとアイドルって似るんですか、って言われて、まゆ、とってもうれしかったです」

「ううう〜〜。……あっ、そ、そういえばプロデューサーさんが、インタビューが終わったら来いって言ったいました……。行きましょう」

「もうっ、待ってくださいよぉ」
 
 笑いながら、足早に逃げていく小さな後ろ姿を追っていった。
95 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 11:00:34.44 ID:S+a4hU780

「新しい子とまゆたちでユニット、ですか?」

「うん。今度うちに来ることになったその子とお前たちの三人でユニットを組んでもらおうと思ってる」

「あ……あの、怖い人じゃないですよね」

「大丈夫だぞ乃々。お前と一緒でどっちかといえば地味でおとなしい子だ」

「そ、それならなんとか……」  

「ただ」

「ただ……?」
 
 いたずらを思いついているときの顔をしてたっぷりと溜めたあと、ネタ晴らしをするように言った。


「テンションが高くなると、急にヒャッハーーって叫びだすことがあるだけだ」

「ひいいいいいい。むーりぃー」
 
 乃々ちゃんは悲鳴を上げると、机の下に潜り込んだ。

「プロデューサーさん。あんまり乃々ちゃんを怖がらせたら駄目ですよ」

「おっ、さすが乃々のプロデューサー」

「もうっ。からかわないでください」

「あはははは。わるいわるい」
 
 愉快そうに笑うプロデューサーさん。その横顔を見て改めて思う。

 

 やっぱり私はあなたが好き。
 あなたには大切な人がいて、だから早く諦めなきゃってわかっているのに。
 それでも、あなたを見るとどうしてもドキドキするし、胸がとても苦しくなる。
 おバカな私は、どこまでもあなたのことが大好きみたい。

 
 でもね、プロデューサーさん。知ってますか?
 
 あなたがこの事務所に連れてきてくれて。あなた以外にも大切なものができたの。
96 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 11:01:58.98 ID:S+a4hU780

「あれ? まゆ、それは?」

「これですか? 乃々ちゃんがプレゼントしてくれたんですよ」
 
 ね、乃々ちゃんと振り向くと、恥ずかしそうに唸る声が机の下から聞こえた。

「なにをプレゼントすればいいのかずっと考えていたんですけど思いつかなくて……。ご迷惑じゃなければいいですけど……」

「ううん。そんなわけありませんよ。すごく、すっごくうれしいです」
 
 
 ほんとうにうれしい。ずっと、大切にしますね。

「と、それよりもふたりとも。そろそろ時間大丈夫か?」
 
 時計を見ると五時をまわろうとしていた。
 もうすぐレッスンの時間。
 遅れるとトレーナーさんに怒られちゃう。

「いけない遅刻しちゃう! 行きましょう乃々ちゃん」

「うう……まゆさん、引っ張らないで〜」
 
 乃々ちゃんを抱えるように机の下から引っ張りだして。
 
 いってらっしゃい、というちひろさんの言葉を背に、事務所を飛び出した。

97 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 11:03:02.07 ID:S+a4hU780
 
 きっとこれから先もつらいことはたくさんあって。
 
 みんなに迷惑をかけたり、傷ついたり傷つけられたりして。
 その度に泣きそうになっちゃうこともあるかもしれません。
 
 後ろを振り向くと乃々ちゃんと目が合って、ふたりで笑いあう。
 
 でもこの手を握っている限り、きっと大丈夫。
 いつまでもどこまでも、ずっとずーっと一緒にがんばっていけますから。
 
 

 まるで私の気持ちに同意してくれるように。
 
 
 二本の緑色のリボンが、ゆらゆらと仲良く揺れていた。


98 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 11:03:46.04 ID:S+a4hU780





 ──あなたにとって『アイドル』とは?


「「大好きな人と繋いでくれる、運命の糸です」」




99 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 11:04:19.67 ID:S+a4hU780



 おしまい。


100 : ◆GO.FUkF2N6 [saga]:2017/12/31(日) 11:05:15.78 ID:S+a4hU780

以上となります。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/31(日) 11:17:18.57 ID:yOeqq/kGo
乙乙。年の瀬にいいもの読ませてもらいました
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/31(日) 11:43:51.95 ID:Zyz0Ck0do
良かった乙
アンダーザデスクはイイゾ〜
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/31(日) 13:39:50.52 ID:lHNWa0v6O
年の暮れに良いもの読ませて貰った
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/31(日) 14:18:38.70 ID:PVZ9SAbM0

来年もアンダーザデスクをヨロシクゥ!!
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/02(火) 13:39:59.92 ID:MIXoYBkm0
おつおつ とても素晴らしかった
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/02(火) 17:47:27.81 ID:2NHsoJ7OO
いいまゆくぼだった
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