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【オリジナル】ファーストプリキュア!【プリキュア】
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611 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/27(日) 10:18:17.14 ID:IIOvQ4Oi0
次 回 予 告
ひかる 「ちょっとマジでこういう話やめてほしいんだけど」
ゆうき 「のっけから真っ黒全開だなぁ弟よ。機嫌直してよ」
ひかる 「身内どころか姉の友達のお姉さんたちにまで本性を知られるって……どんな罰ゲームだよ」
ゆうき 「まぁまぁまぁ」
めぐみ 「まったく、ゆうきは暢気ね。ウバイトーレなんて新しい脅威が生まれたっていうのに」
あきら 「はは、まぁ姉弟水入らずにしてあげようよ」
ブレイ 「…………」 ソワソワ
フレン 「……? なんでブレイはソワソワしてるわけ?」
パーシー 「自分以外の男の子が出てきて、嬉しくて、早く仲良くなりたい、ってこと、かも……」
フレン 「ああ、そういうこと……。なんだかブレイが可哀想に思えてきたわ」
ラブリ 「……まぁそんなブレイは置いておいて、次回予告だ」
めぐみ 「新たに生まれた脅威、ウバイトーレ! デザイアはその力を三幹部に教えるため、ある人物をウバイトーレにする……!」
あきら 「次回、ファーストプリキュア! 第19話【凶悪な陰! その名はウバイトーレ!】」
めぐみ 「次回もよろしくね! それじゃ、また来週!」
あきら 「ばいばーい!」
612 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/27(日) 10:19:45.18 ID:IIOvQ4Oi0
>>1
です。キャラクターが増えてきて分かりづらいかもしれませんが、もうしばらくお付き合いいただければと思います。
読んでくださった方ありがとうございました。来週は所用により投下できません。
また再来週、よろしくお願いします。
613 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/10(日) 22:38:55.74 ID:xoiTqQ9oO
>>1
です。
本日所用により投下できませんでした。
ごめんなさい。
来週日曜日夜に投下できると思います。
よろしくお願いします。
614 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/06/17(日) 22:11:21.99 ID:XR8SCYGe0
>>1
です。
連絡が遅くなって申し訳ないのですが、本日も時間的に投下が難しいです。
気長に待っていただけると助かります。
ごめんなさい。
615 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:00:08.55 ID:sW82/1G70
ファーストプリキュア!
第十八話【凶悪な陰! その名はウバイトーレ!】
…………………………
「……まったく。校長先生も、渡す書類があるのなら、直接出向けばいいのに」
昼休みのことだ。ダイアナ学園教諭、皆井先生は、木工室に向けて歩を進めていた。ダイアナ学園の校長先生から、同僚の松永先生に書類を渡してくれと頼まれたのだ。
「あ、皆井先生。こんにちは」
「ああ、こんにちは」
すれ違う女子生徒数人があいさつをしてくれる。皆井先生はそれに笑顔で応じる。
「あ、そうだ。皆井せーんせっ」
「ん? なんだい?」
すれ違ってから、女子生徒たちが振り返り、こちらを見ている。
「皆井先生にずっと聞きたいことがあったんです。いま、少しだけいいですか?」
「ん、ああ。まぁ少しなら。勉強で分からないところでもあるのかな?」
皆井先生は基本的には熱意のある先生だ。だからこそ、生徒からの学びたいという想いを踏みにじったりしない。たとえ、ただでさえ校長先生に頼まれ事をされてお昼ご飯を食べる時間が怪しくなりつつあったとしても、生徒の要望を聞いてあげることを最優先にする。
「皆井先生って……」
「ん?」
「絶対、誉田先生のこと、好きですよね?」
「……んなっ」
女子生徒たちはくすくすと笑う。
「お、大人をからかうようなことを言うんじゃない。私は先生だ。誉田先生は、ただの同僚だよ」
「へぇ〜」
女子生徒たちはニヤニヤと笑う。
「そうですか。でも、ライバルは多いですから、がんばってくださいね、浩二先生」
「だ、だからなぁ……」
皆井先生が何かを言う前に、女子生徒たちはどこかへと走り去ってしまう。
「こ、こら! 廊下を走るんじゃない……って、もう行ってしまったな」
616 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:00:36.87 ID:sW82/1G70
女子生徒からそれなりにイケメンと評されることの多い彼だが、やや空気を読めない性格とついうっかり失言をしてしまう特質から、女子生徒からは憧れというより色々と残念な人というレッテルを貼られている先生だ。この学校にそれを理由に先生を舐めてかかるような生徒はいないものの、その自覚があるからこそ、彼はつらい。
色々と残念なことや、失言を繰り返してしまう自覚くらい、皆井先生自身にもある。
とぼとぼと歩いて、ようやく木工室の前までくる。
書類を渡す相手は、木工室で授業をすることが多いから、隣の技術準備室にこもりきりなことがある。木工室は校舎の一番奥にあるから、職員室から遠く、校長先生は木工室へ行くのを厭って皆井先生にお遣いを頼んだのだろう。
「まったく、仕方ないよな……」
皆井先生はそして、木工室の引き戸に手をかけ――、
「――小次郎くん」
木工室の中から聞こえた、その声。
そう声はどこまでも親密そうで。
「その呼び方はやめろって言ってるだろ、華姉」
そう返す声は嫌そうでいて、その実嬉しそうで。
ああ、そうか、と。
彼は気づいてしまった。
己の恋は叶うことはないのだ、と。
叶わぬ恋を、己は捨てなければならないのだ、と。
彼はゆっくりと引き戸を開け、中を覗く。
皆井浩二。
20代も中盤にさしかかった男性教諭。
彼は昼休みの木工室で、きゃっきゃと楽しそうに同僚と話をする想い人を、見てしまったのだ。
617 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:01:03.45 ID:sW82/1G70
…………………………
「……へぇ」
そして、そんな姿を廊下から見つめる陰があった。
「これは、ひょっとしたら、使えるかもしれないわ」
ふふ、と、小さく笑う。
彼女は、エプロンの紐を縛りながら、皆井先生を見つめ、ニヤリと笑った。
618 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:01:35.53 ID:sW82/1G70
…………………………
「本当にすまなかった」
ひなカフェでの戦いの翌日、はじめはそう言って、ゆうきに凄まじい勢いで頭を下げた。
「へ? へ? へ?」
「騎馬さん、ゆうきが困惑してるわ。どうして謝ってるのか教えてあげて」
めぐみが混乱するゆうきを代弁して言う。
「ああ、そうか。いや、本当にすまない。昨日、実はひかるくんと会っていたんだ」
「え……? ああ、うん。知ってるよ。ひかるから聞いたし」
本当は直接一緒にいるところを見もしたのだけど、それは言っても仕方がないだろう。
「っていうか、騎馬さん、学校来て大丈夫なの? 昨日すごい熱があったって聞いたけど……」
「それは大丈夫だ。騎馬家の跡取りたる者、発熱くらいなら一日で全快しなければならないからね」
「どういう理屈なんだろう……」
あきらが首を傾げる。
「それはいいとして、だ。ひかるくんに大変迷惑をかけてしまったようだ。ひかるくんは、動けなくなった私を喝破して、お母様に電話をしてくれたんだ。あまり記憶はないのだが、お母様はその電話を受けて、私を迎えに来てくれたらしい」
はじめは言う。
「王野さん。ひかるくんは本当に良く出来た弟さんだね。大切にしてあげてくれ。……まぁ、凄まじく生意気ではあったけれど」
「?」
後半、はじめが何と言ったかよく聞き取れなかったが、詳しく聞かない方が良さそうだと、ゆうきははじめの表情を見て思った。
「それでだね、お母様が、なんとしてもお礼をしたいから、連絡先を絶対に手に入れなさいと言っているんだ」
「なんとしても……。絶対……」
少し怖いのは気のせいだろうか。
「だから、王野さんの家の電話番号を教えてもらってもいいかい? 今夜あたり、ひかるくんにお礼の電話をしたいらしいんだ」
「らしいって……?」
「いや、もちろん私も電話で謝意を伝えたいが、それ以上に、お母様がひかるくんと電話で話したいと言っているんだ」
「そ、そういうことなら……」
ゆうきは困惑しつつも素直にはじめに電話番号を伝えた。はじめは丁寧に生徒手帳にそれをかき込むと、もう一度ゆうきに頭を下げた。
619 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:02:02.42 ID:sW82/1G70
「……ともあれ、本当に、遅くまで弟君を連れ出して、すまなかった」
「いいって。気にしてないよ。ひかるはしっかりしてるから、少しくらい夜遅くなっても大丈夫だし」
「うむ……。ところで、ひとつ聞きたいんだが」
「? なぁに?」
はじめが恥ずかしそうに目を伏せる。はじめらしからぬその表情に、ゆうきは首を傾げた。
「……つまらない話なのだが、ひかるくんは、私のことを何か言っていただろうか?」
「はぇ? 騎馬さんのこと?」
ゆうきは昨晩のことを思い出す。ウバイトーレとなっていたひかるに変化などが見られずほっと安心している晩ご飯のときだ。ひかるは、そう、たしか。
「えっと、“黒くて長い髪がとても綺麗で、凄まじい美人さん”、とか言ってたかな……?」
「……び、美人」
はじめの頬が紅潮する。その本当にはじめらしからぬ反応に、ゆうきの首がもっと傾く。
「あとは、素直じゃなくて、意地っ張りで、不器用で、口うるさくて、もう少し歳相応に振る舞ったらいいのに……とかも」
「む……」
一瞬ではじめの頬の紅潮が消える。残されたのは、はじめらしいキリッと引き締まった顔だ。
「……なるほど。ひかるくんには、今度覚えておいてくれ、と伝えてくれるかい?」
「え、ああ、いいけど……」
と、いうか、だ。
驚くべきなのか、困惑するべきなのか、分からないけれど。
(騎馬さん、ひかると今後も会うつもりなんだ……)
小学生の弟相手にご立腹の様子のはじめに、それを聞く勇気が、ゆうきにはなかった。
620 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:02:40.19 ID:sW82/1G70
…………………………
高等部の体育の授業で体力をゴリゴリと削られ、昼休みももう終わるという段になって、彼はようやく職員室に戻ることができた。今日もお昼ご飯は抜きになるだろう。
「……? 皆井先生、どうかされましたか?」
そして職員室の戸を開けた瞬間目に飛び込んできたのは、見るからに沈み込む皆井先生の姿だ。
「ああ、郷田先生……」
皆井先生はゆっくりと振り返った。その顔は見るからに落ち込んでいる。
「いえ、ちょっと、凹んでいるだけなので、お気になさらずに……」
「いや、尋常な落ち込み方ではなさそうですが……」
あくまで職務を遂行するための言葉だ。同僚がもし悩みを持っているのなら、それを聞いてあげなければ、組織的な行動に支障が出る可能性がある。
「私で良ければ話を聞きますが」
「……うぅ。今はその優しさが胸に痛い」
「……はい?」
皆井先生は暗い顔のまま。
「いや、あることにショックを受けたのです。そして、それにショックを受けている自分自身が、嫌になっているんです……」
「……よく、わかりませんが、わかりました」
彼は言った。
「何か悩み事があるのなら聞きますから、無理をなさらずに」
「ありがとうございます……」
そのとき、職員室の戸が開いて、同僚の松永先生が顔を覗かせた。
「げっ、もうこんな時間か。今日も昼飯食う時間はなさそうだな」
「あら、無計画ね。私はもう食べたわよ?」
松永先生に続いて職員室に入ってきたのは、やはり同僚の誉田先生だ。
「あんたの長話を聞いてたおかげで、時間がなくなったんだけどな」
「失礼ね。先輩として、後輩に指導をしてあげていたんじゃない」
「昨日ひなカフェに行ってひなぎくさんに新作スイーツの試食をさせてもらった、ってのがOJTのつもりかよ」
軽快な会話は幼なじみだからこそ成り立つものだろう。松永先生は嫌々という様子だが、誉田先生は間違いなく会話を楽しんでいる。ふと、暗い気配を感じて振り返る。
「…………」
そこには、暗い目でそんなふたりの同僚を見つめる、皆井先生の姿があった。
「……皆井先生?」
「あっ、いや……」
松永先生の不思議そうな声に、皆井先生はそう言って机に向き直り、書類整理を始めた。
一体、皆井先生はどうしたというのだろうか。
621 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:03:12.54 ID:sW82/1G70
…………………………
六時間目の授業の終了を告げるチャイムが校内に響いた。
担当の先生に礼をして、その日の授業はおしまいだ。
「……ねぇ、はじめ」
帰り支度をしていると、横から声がかけられた。隣の席の鈴蘭だ。
「なんだい?」
「……その、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
「うん?」
鈴蘭は言いづらそうにうつむいて、かと思えば顔を真っ赤にして上を向いて、また下を向く。
「……なんだい? にらめっこでもしたいのかい?」
「そんなわけないでしょ」
鈴蘭は恨みがましそうな視線をくれる。そんな目をされても、はじめには鈴蘭の真意は計りようがない。
「言いにくいことなら、無理して言わなくていいと思うよ」
「……べつに、言いにくくはないわよ。ただ、あんたにちょっと、勘違いされたら、嫌だなって思うだけ」
「それは聞いてみないと分からないよ」
はじめは苦笑いしながら。
「とにかく話してごらんよ。皆井先生がいらしてしまうよ?」
「……ん。その、あのね」
鈴蘭はぽつりぽつりと話しはじめた。
「はじめは、あたしの友達よね」
「なんだい、いきなり。当然だろう」
鈴蘭からそんな言葉が飛び出て嬉しいが、周囲には他のクラスメイトもいる。内心の嬉しさを抑えながら、はじめは応えた。
622 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:03:38.97 ID:sW82/1G70
…………………………
「じゃあ、あの、王野さんとか、大埜さんとか、美旗さんは……?」
「へ?」
鈴蘭から飛び出るとは思わなかった生徒会メンバーの名前だ。はじめは驚きながら、少し考える。
友達というものについてだ。
「……どうだろう。難しいな。私が勝手に友達と思っていても、向こうはそうは思っていないかもしれないからね」
「はじめは友達だと思ってるの?」
「……たぶん。私は、そうでありたいと思うよ」
はじめの答えに、鈴蘭はどんな反応も見せなかった。ただ、それきり話は終わりだとばかりに、カバンの整理をし始めた。
「……でも、私は」
「何よ」
はじめが口を開く。鈴蘭ははじめのほうを見ようともしない。
「でも、私は、鈴蘭がいてくれれば、それでいいけどね」
「なっ……」
鈴蘭の頬に朱がさした。病的に白い肌は、紅潮するとすぐわかる。
「……あ、あたしは別に、あんたの友達じゃないし」
「さっき確認したばかりじゃないか。友達だよ」
「……ふん」
鈴蘭の横顔を見つめて、はじめは微笑んだ。
たとえ何がどうなっても、この子の友達でい続けたいな、なんて考えながら。
623 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:04:21.49 ID:sW82/1G70
………………………………
どうしてそんなことを聞いてしまったのか、彼女自身にも分からないことだった。
「はじめは、あたしの友達よね」
そして、続けざまに聞いてしまったことが、もっと不可解なことだった。
「じゃあ、あの、王野さんとか、大埜さんとか、美旗さんは……?」
まるで己が、はじめに嫉妬しているような問いかけ。
わけが分からない。どうして自分があんなことを聞いたのか、まるっきり分からないのだ。
「……たぶん。私は、そうでありたいと思うよ」
そして、はじめの返答を聞いて、なぜかイライラと機嫌を悪くして。
「でも、私は、鈴蘭がいてくれれば、それでいいよ」
続いて飛び出したはじめの言葉が嬉しいなんて思ってしまって、頬が熱くなって。
本当の本当に、一体何をやっているのだろう。
彼女が必死で頬の朱と戦っていると、担任の皆井先生が教室に入ってきた。良い子揃いのダイアナ学園では、担任の先生が入ってきた瞬間に全員が着席し、口を閉じる。隣のはじめもまた、ピシリと姿勢を正した。
「……特に、連絡事項はないです。皆さんから何かありますか?」
いやに低く暗い声だった。最初、彼女はそれがいつも元気が空回り気味の担任の声とは思えなくて、顔を上げた。どう見ても前に立っているのは皆井先生だ。しかし、いつもは快活で爽やかな笑みを浮かべている皆井先生が、なぜか暗い顔をしている。彼女だけではない。周囲のクラスメイトも皆、驚いた顔で皆井先生を見つめている。
「……あの、先生」
はじめが手を挙げた。
「はい、騎馬さん。どうしましたか?」
「あの、失礼かもしれませんが、お聞きします。先生、体調でも悪いのでしょうか? 顔色が優れないようですが……」
皆の疑問を代弁するように、はじめが言う。
「……ああ、ごめんなさい。気にしないでください。何でもありませんから」
「は、はぁ……」
当の皆井先生にそう言われてしまえばそこまでだ。はじめは着席し、その他に生徒からは何もなく、終礼をして、HRもつつがなく終わった。皆井先生は暗い顔をしたまま、暗いオーラを携えて、教室を後にした。その間、口を開く生徒はいなかったが、皆井先生が去った直後、教室にざわめきが走った。
「ど、どうしたのかな、浩二先生」
皆井先生は、女子生徒から黄色い歓声を浴びることはないが、親しみを込めて浩二先生と下の名前で呼ぶ生徒はいる。
624 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:04:47.48 ID:sW82/1G70
「今までどんなときでも笑顔だった浩二先生が、あんなお暗い顔をされるなんて……」
「きっと何かあったのよ」
「でも、会長がお聞きになっても何も答えてくれなかったわ」
「どうしたらいいかしら」
いつの間にやら、教室中の生徒がはじめの席を中心に集まりつつある。少し様子がおかしかっただけで、担任の先生の心配をしているのだ。彼女には信じられないことだが、どの生徒も本気で皆井先生のことを心配しているようだ。
はじめの席を囲むわけだから、自然、その隣の彼女の席も巻き込まれることになる。クラスメイトたちに囲まれ、出るに出られない状態だ。
「会長。どうしたらいいかしら」
「……うーむ。先生は社会人で、大人でいらっしゃる。私たち中学生には及びもつかないような悩みがあるのかもしれない。だから、心配もするし不安だろうが、皆にできることは少ないとは思う」
不安そうなクラスメイトたちに、はじめは諭すように言う。その口調は、普段彼女と喋るときとは打って変わり、頼れる生徒会長然としている。
「私たちにできることは、できるだけ先生の負担にならないよう、普段通りの学校生活を送ることだと思う。そうすればきっと皆井先生もすぐに、元の皆井先生に戻ってくださるよ」
ぱぁぁ、と光明を得たかのように、クラスメイトたちの顔が明るくなる。はじめの言葉は、それだけクラスに影響力をもたらすのだ。
「……でも、私、浩二先生のために何かしてあげたいです」
生徒のひとりが言う。ショートカットにリボンが可愛らしい彼女は、今にも泣き出しそうな顔だ。
「ふふ。リエさんは浩二先生のことが大好きですものね」
「やっ、やめてください。恥ずかしいです……」
あの空回りしてばかりの担任のどこがいいのか、彼女には分からない。。リエさんと呼ばれた生徒は、顔を真っ赤にしてうつむている。
「そうだなぁ……」
はじめがうんうんと唸る。
「学校に迷惑がかからなくて、なおかつ先生にも迷惑がかからないものなら……」
はじめが何かを思いついたように手を叩いた。
「寄せ書きをする、というのはどうだろうか」
「寄せ書き?」
リエさんが聞き返す。はじめは頷いて続けた。
「色紙一枚なら100円もしない。皆で5円玉一枚ずつくらいお金を出せば買えるだろう。そこに、皆の想いを素直に書くんだ。もちろん、お金が絡むことだから、賛同してくれるひとだけになるが……」
返事は聞くまでもないようだった。クラスメイトたちは一様に名案だとはじめを褒めそやしだしたのだ。
「名案ですわ、会長」
「さすがダイアナ学園中等部の生徒会長ね!」
「はじめさんってやっぱりすごいわ」
口々に褒める言葉に、はじめが笑みで応えながら言う。
「よし、では、私は今日の帰りに色紙を買うよ。この趣旨に賛同してくれる人は、明日の朝、早くに学校に来てくれ。みんな、書く内容を考えておいてほしい」
クラスメイトたちは元気よく返事をして、その臨時集会はお開きとなった。
625 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:05:22.28 ID:sW82/1G70
「……ふん。なんか、ばかみたいね」
誰にも聞こえない声で、彼女は言った。もしもその声を誰かが聞いていたら、きっとこう思っただろう。
素直になればいいのに、と。
それくらい、彼女は自身では気づかなかったけれど、とても温かい声色だったのだ。
「リエさん、元気を出して。明日、浩二先生を励まして差し上げましょう」
「……はい!」
リエさんは頬を赤くして、笑顔で頷いた。
「……いやあ、私たちの担任は愛されているねえ」
「ふんだ。あたしのしったことじゃないけどね」
はじめのヒソヒソ声にそう返す。
「じゃあ、鈴蘭、行こうか」
「? 行くって、どこによ」
「当然、商店街に色紙を買いに、さ。付き合ってくれるだろう?」
「は、はぁ? なんであたしがそんな……」
「あら、後藤さんも行ってくださるの? ありがとうございます」
ふたりの会話が聞こえたのだろう。お上品そうなクラスメイトがそう言った。
「おふたりには手間をかけますが、よろしくお願いします」
「……しっ、仕方ないわね」
そのときだった。
――ぞわ、と。
背筋が泡立つような感覚を憶えた。
「……ッ!?」
「……? どうかされました、後藤さん?」
「あ……な、なんでもないわ」
それはとてつもない闇の発露だ。その闇の波動が、彼女の背筋を凍らせたのだ。
こんなとてつもない闇を持っている者など、彼女の知る限りひとりしかいない。
(どうして学園内で、あの方が現れるの……!?)
彼女はカバンを持つと、はじめに言った。
「……ごめん。今日は、約束があるの。だから、買い物、付き合えないわ」
「えっ……? あ、そうだったのか。そうとは知らず、勝手に盛り上がってしまった。すまない」
「……いいわよ」
彼女はそれきり、誰も振り返らず、教室を後にした。
626 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:05:49.12 ID:sW82/1G70
…………………………
「後藤さん、色紙書いてくださるかしら……」
「何か気を悪くするようなことを言ってしまったかしら」
「……大丈夫だよ」
クラスメイトたちの不安げな声に、はじめは断言するようにいった。
「鈴蘭も明日の朝、ちゃんと寄せ書きを書いてくれるさ」
627 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:06:16.42 ID:sW82/1G70
………………………………
HRが終わり、皆井先生は心の底まで落ち込んでいた。
「……生徒に沈んだ顔を見せてしまった」
少なくとも皆井先生は、生徒に対して自分の個人的な事を押しつけるつもりはない。そんなことしたくもない。
そして今まで、できるだけそういったことをしないようにしてきたつもりだ。
だというのに、今日は生徒相手にひどく落ち込んだ様を見せてしまった。
それは、学校の先生としてしてはならないことだと、皆井先生は考えている。
その、してはならないこと、をしてしまったことが、皆井先生の心を強く苛んだ。
「まったく、不甲斐ない。私事と仕事をごっちゃにしてしまった」
廊下をとぼとぼと歩くが、その姿を他の生徒に見られるのもいけないことだ。皆井先生は息を吐いて、背筋を伸ばす。
自分にできることは、過ぎてしまったことを引きずらず、今をきちんとすることだけだ。
とはいえ、だ。
「……はぁ。へこむものはへこむよなぁ」
「あら、何か悩み事ですか?」
「あ……ひなぎくさん」
かけられた声は涼やかで、透き通っている。少し前まで誰もいないと思っていた廊下の先に、笑顔のひなぎくさんがたたずんでいた。簡素なエプロン姿だが、上品な気配は隠しきれていない。親しみやすいが、とてつもない美人だ。普段の皆井先生なら、ここでお世辞のひとつでも言ってその場を白けさせていただろうが、今はそんな気分にはならない。
「いや、ちょっと……。色々ありまして」
「身近な人には逆に話しづらいこと、ありますよね」
ひなぎくさんは微笑んで、手招きした。
「購買でお茶でもいれますよ。私で良ければ、話してみませんか?」
「……じゃあ、少しだけ、お言葉に甘えます」
せっかくの申し出だ。皆井先生はひなぎくさんに誘われるまま、彼女についていった。
628 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:06:43.71 ID:sW82/1G70
…………………………
闇の戦士ゴーダーツは、久々にホーピッシュの大地を踏んだ。そこはダイアナ学園の裏庭だ。
「……あの方の闇の波動はこのあたりで感じたが」
プリキュアやその他の学校関係者に、いまの姿で見つかるわけにはいかない。良くて不審者、最悪妖怪や都市伝説の類いにされてしまうかもしれない。
放課後に現れる漆黒の巨漢、なんて学校の七不思議になってしまったら、本当に目も当てられない。
「やっぱりあんたも来たのね」
「……ゴドーか」
ガサガサと草を踏み分けながら、同志である闇の戦士ゴドーが現れる。
「あれほどの闇の発露。今すぐ来いと言っているようなものだったからね」
そして木の上には先客がいた。暇そうに太い枝に腰かけるのは、もうひとりの同志、闇の戦士ダッシューだ。
「いや、しかし、このホーピッシュで君たちとこんな形で顔を合わせることになるとは思わなかったね。まったく、あのお方は何をお考えなのか」
「お前はデザイア様のお考えに文句をつけることしか知らんのか」
「盲目に付き従うよりはいいと思うけどね」
「……何だと?」
「やめなさいよ、くだらないわね。あたしだって予定があったのに行けなくなって、気が立ってるんだから」
三人は押し黙り、それきりその不毛な会話をやめにした。
そしてその場に、彼らを呼び寄せた人物が現れた。
「よく来てくれた、ゴーダーツ、ダッシュー、ゴドー」
その漆黒の出で立ちは、まるでホーピッシュに穴が空いたような印象を与える。それはあながち間違いではないだろう。
アンリミテッド最強の騎士、暗黒騎士デザイア。
それは、ホーピッシュに巨大な穴を穿ち、闇に染め上げようとしている彼らの最高司令官だ。
「今日は貴様たちに、新たな力を授けようと思う」
「新たな力?」
ダッシューが木の上から降りて、問う。
「それは一体……」
「今から見せてやろう」
デザイアが腕を振るう。闇がその場を覆う。一瞬にして、ホーピッシュからアンリミテッドへ位相をずらしたのだ。
そしてそこに現れたのは、座って寝息を立てる――、
「――――ッ……!? 皆井先生!?」
ゴドー動揺するような声を出す。デザイアが仮面の顔をもたげ、問うた。
「どうかしたか、ゴドー」
「い、いえ。なんでもありません」
ゴドーは何かを飲み込むように、そう言った。
629 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:07:09.85 ID:sW82/1G70
「……この男をどうするおつもりですか?」
次いで、ゴーダーツがデザイアに問う。
「すぐにわかる」
デザイアが皆井先生に腕をかざす。
「見えるか? この男の欲望が。この男の胸の中にある、悲哀、憎悪、そして、欲望が」
言葉とともに、それが明確なビジョンとして三人の脳裏に再生される。
想いを寄せる女性がいた。
しかし、その女性には、他に好意を寄せる男性がいた。
そのふたりは、己から見てもお似合いで、自分にはどうすることもできない。
その気持ちを押し込めて、押し込めて、我慢する。
同僚が羨ましい。想いを寄せる女性が、好意を寄せる男だ。
羨ましい。
けれど、彼が自分にないものをたくさん持っていることも知っている。
そしてそんな彼に惹かれる彼女の気持ちも分かる。
自分のように、生徒からは気軽に名前で呼ばれ、慕われているのか舐められているのか分からないような立場にいるような教員よりは、よっぽど。
彼のように、校長や理事長からも信頼され、色々な仕事を任される男の方が魅力的なのも分かる。
彼のようになりたい。
けれど、自分には無理だとわかる。
苦しい。
つらい。
憎らしい。
そんな人間になりたい。
願わくは、彼女の好意を勝ち取りたい。
「この欲望を解き放つ。それが、“ウバイトーレ”を生み出す方法だ」
いつの間にか、皆井先生の心の中に入り込んでいたようだった。デザイアの言葉で我に返る。
630 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:07:41.22 ID:sW82/1G70
「ウバイトーレ……?」
「そうだ。ウバイトールは人間が物に込めた欲望を解放することによって誕生する。しかし、ウバイトーレは人間の欲望そのものを解放する。その強さは、ウバイトールの比ではない」
「……ウバイトーレにされた人間は、どうなるのですか?」
ゴドーが問う。本人は隠しているつもりだが、どうしても倒れる皆井先生に目を向けてしまう。
「それを知ってどうするというのだ?」
「…………」
ゴドーは黙したまま、デザイアの仮面を見つめた。ゴーダーツは、無言のまま視線を交わす司令官と同志の間に入る。
「……単純な疑問でしょう。そうだな、ゴドー」
「……ええ。そうよ」
「そうか」
デザイアが再び口を開いた。
「どうなるも何もない。いずれはこの世界も闇に墜ち、我々アンリミテッドの領域に完全に墜ちる。そのとき、すべての人間は欲望に取り込まれる運命だ」
デザイアはそのまま続ける。
「まぁ、もしもウバイトーレとされた人間を取り戻したいなどと考えるのなら、」
「っ……」
「……プリキュアたちに、浄化させればいい。そうすれば、ウバイトーレは元の人間に戻る」
「……そんなこと、思ってはいないです」
「そうか」
会話は終わった。デザイアは再び皆井先生に手をかざす。そして、皆井先生の心に巣くう欲望に向かい、言った。
「その欲望、自分自身で購うのだな」
闇が爆発的に広がっていく。デザイアの身体から放たれたその闇は、皆井先生に取り付き、その心の中にある欲望を無尽蔵に広げていく。闇が胎動し、産声を上げる。
『ウバイトォォオオレェェエエエエエエ!!』
「これがウバイトーレだ。生み出し方はわかったな?」
三人が頷いたのを見て、デザイアも満足げに頷いた。
「さぁ、そろそろプリキュアどもがやってくる。我々は、ウバイトーレとプリキュアの戦いを眺めるとしようではないか」
『ウバイトォォオオレェェエエエエエエ!!』
ウバイトーレは雄叫びをあげながら、進軍を始めた。
「……皆井先生」
デザイア、ゴーダーツ、ダッシューがその後に続く。しかし、ゴドーだけは、ウバイトーレの近くに浮遊する、闇の牢獄に囚われた皆井先生を見つめる。
「……関係ない。あたしには、関係ない」
まるで自分に言い聞かせるようにそう言って、ゴドーもまた、ウバイトーレを追いかけた。
631 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:08:23.50 ID:sW82/1G70
………………………………
「この気配は、昨日の怪物と同じ気配グリ……」
ブレイが震えながら言うとおり、そこはすでにアンリミテッドのモノクロの世界に墜ちていた。
『ウバイトォォオオレェェエエエエエエ!!』
闇の瘴気が発生する中庭で、三人は昨日のウバイトーレと似た怪物を発見した。そのウバイトーレは、スーツを身につけているようだった。しっかりとネクタイをしめ、教科書とチョークを持っている。背中に提げているのは指し棒だろうか。
「あっ! あれ!」
ゆうきが指をさす。ウバイトーレのすぐ近くに、昨日ひかるが囚われていた闇の牢獄と同じものがある。そこに囚われているのは、隣のクラスの担任、皆井先生だ。
「皆井先生……!」
「この学校の教員か。なるほど。大した欲望を持っていたぞ」
巨大なウバイトーレの足下から現れる陰。それは凄まじいまでの圧力を放つ、アンリミテッドの最高司令官――、
「――デザイア……!」
「皆井先生は、少し口下手で空回りも多いけど、しっかりとした熱意あふれる先生よ!」
「先生を解放しなさい!」
三人の言葉に、デザイアはにべもなく答える。
「昨日告げた通りだ。この男をとりもどしたければ、ウバイトーレを浄化するのだな。昨日のウバイトーレとは比べものにならない、本物の欲望を宿すこのウバイトーレを、」
そして、仮面の奥で、笑った。
「……浄化できるものなら、浄化してみるがいい」
「昨日やれたんだもの! やってやるわよ!」
三人はロイヤルブレスを掲げる。それは、その闇の世界にあって、なお一層光り輝いているようだった。
妖精たちから放たれた紋章を受け取り、ゆうき、めぐみ、あきらは伝説の戦士の宣誓を叫ぶ。
「「「プリキュア・エンブレムロード!」」」
旋風と光が吹き荒れたそれは闇の瘴気に包まれた中庭を鋭く照らし出す。薄紅色と空色と真紅の光が吹き荒れ、その場を制圧する。それは、ロイヤリティの誇りの光。勇気・優しさ・情熱の発露そのものだ。そして、高貴な光が埋め尽くしたその場に、三人の伝説の戦士が降り立った。
「立ち向かう勇気の証! キュアグリフ!」
「守り抜く優しさの証! キュアユニコ!」
「燃え上がる情熱の証! キュアドラゴ!」
世界が闇に飲まれ、欲望に囚われた使途たちが毒牙を伸ばすとき、現れるとされる伝説の戦士。
その名は――、
「「「ファーストプリキュア!」」」
三人が変身するのを見届けて、どこか満足したように、デザイアは闇に溶けて消えた。
632 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:08:50.22 ID:sW82/1G70
…………………………
『ウバイトォォオオレェェエエエエエエ!!』
ウバイトーレが右手を振りかぶる。それを振り抜いた瞬間、そこに握られるチョークが、まるで小さなミサイルのようにプリキュアたちめがけて放たれる。三人は飛び上がり、散開して回避する。
「昨日みたいに浄化して、皆井先生を救い出すんだから!」
キュアグリフはウバイトーレに真正面から飛び込んだ。巨大なウバイトーレの胸元めがけて跳び蹴りを放つも、ウバイトーレが左手に持つ教科書で叩かれる。
『ウバイトォォオオレェェエエエエエエ!!』
「きゃっ……!」
巨大な教科書による殴打は、いともたやすくグリフを弾き飛ばす。
「わたしの炎なら……!」
左方からキュアドラゴがウバイトーレに接近する。情熱の炎を燃やして戦う、最高の攻撃力を持つプリキュアは、すでに両手に炎を宿していた。ドラゴに対しても教科書で応戦しようとするウバイトーレに対し、ドラゴは拳を振りかぶり、教科書めがけて拳を放った。
『ウバッ……!? ウバァアアアアア!!』
教科書がドラゴの炎に飲まれ、燃え上がる。たまらず、ウバイトーレがその教科書を取り落とす。
「ユニコ!」
「ええ!」
続けて、キュアユニコが右方からウバイトーレに接近する。その手にためた空色の光を、ウバイトーレの前で展開する。
「優しさの光よ、この手に集え!」
集約した光がカタチを成す。それは伝説の神獣、ユニコーンを模した剣だ。
「カルテナ・ユニコ−ン!」
ユニコはその剣を振るい、ウバイトーレに肉薄する。
ギィン! と、凄まじい金属音が鳴り響いた。ウバイトーレは背中から抜いた指し棒で、ユニコのカルテナを受け止めたのだ。
「ッ……。指し棒なんかで、私のカルテナを受けたって言うの!」
『ウバイトォォオオレェェエエエエエエ!!』
まるで剣のように指し棒を構えたウバイトーレが、ユニコに向かい指し棒を振るう。圧倒的な上背の差が、如実に戦力差として表われる。ウバイトーレは巨人のようなものだ。その巨人に対し、ユニコはあまりにも小さい。
「ユニコ!」
グリフが横からウバイトーレに飛び込む。しかしウバイトーレはその動きすら見切っていた。ユニコに向け上段から指し棒を打ち下ろすと、そのまま斬り上げるようにグリフに向け指し棒を振ったのだ。ユニコはあまりの衝撃に膝をつき、グリフは指し棒を下から叩きつけられた。
しかし、グリフはそれだけでは終わらなかった。
『ウバッ……!?』
「ふん、だ……つかんじゃえば、こっちのもんだもんね」
グリフは指し棒の先端を両手を使って掴んでいた。そのまま着地し、指し棒を引き抜こうとするウバイトーレに負けないよう、力一杯指し棒を引く。
633 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:09:17.05 ID:sW82/1G70
「情熱の炎を燃やす。正確に。燃やす物を見極めて! 行って、ドラゴネイト!」
ドラゴの拳から炎が放たれる。その炎は、まっすぐ指し棒に向かう。すわグリフも巻き込むかと思われたその炎はしかし、グリフにキズ一つつけることはない。情熱の国に伝わる伝説の中の伝説、最秘奥とされる“ドラゴネイト”は、その正確無比な特性によって、光強い存在を傷つけることはない。そしてその炎は、ダッシューの持つのこぎりやはさみすら一瞬で燃やし尽くすほどの出力だ。ウバイトーレの指し棒など、ひとたまりもない――、
「……えっ!?」
「うそ……!」
――はずだった。
『ウバッ……ウバイトォォオオレェェエエエエエエ!!』
指し棒は燃え上がった。しかし、その外側だけが剥がれ落ちる。指し棒だと思っていたものに隠されたソレが、プリキュアたちの目の前に現れる。それは、細長い剣だ。
「剣……?」
「あれはフルーレだよ」
グリフの不思議そうな声に、ドラゴが応える。
「あのウバイトーレ、指し棒の中にあんなものを隠してるなんてね」
「あ、そういえば、皆井先生ってたしか、フェンシング部の顧問だよね……」
納得する。昨日のウバイトーレはサッカーボールのようなものを持っていた。ひかるはサッカーが好きだ。つまり、ウバイトーレは元の人間の特性や好みを反映する姿になるようだ。
「……ちょうどいいわ」
ゆらりと、立ち上がる影があった。それは、空色の優しさのプリキュア、キュアユニコだ。
「ユニコ、大丈夫?」
「大丈夫よ。相手も剣を持っているのね。そして、皆井先生のフェンシングの技術を持っているっていうわけね」
「えっ……?」
大丈夫、などと聞くだけ野暮だったかもしれない。ユニコの目は闘志に燃えていた。それこそ、少年漫画の主人公のように、メラメラと。
「郷田先生との毎朝の特訓の成果を見せるときだわ。ゴーダーツとデザイアの代わりの、仮想敵にちょうどいいわ。ふたりとも、悪いけど手出しは無用よ。私は自分の剣技がどこまで通用するか確認したいの」
ユニコはカルテナを構える。それは、郷田先生に毎朝一時間ほど習っている、剣道の型だ。目を閉じ、呼吸をするユニコは、大真面目にウバイトーレと決闘をするつもりのようだ。
「……あー」
「ああなっちゃったら、ユニコは止まらないよね」
「本当に、少年漫画みたいなんだもん……」
グリフとドラゴが目を見合わせ、苦笑する。驚異的な力を持つウバイトーレを相手に苦戦しているはずなのに、どうにかなると思えてくるから不思議だ。
「……アアアアアアアアアアアアアア!!」
カッ、と目を見開いたユニコが吼えた。そして、まっすぐに跳ぶ。巨大な相手を物ともせず、“守り抜く優しさの光”で足場を作り、まるで階段を駆け上るように、一気にウバイトーレの顔に肉薄する。
『ウバッ……!?』
634 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:09:43.68 ID:sW82/1G70
そのユニコの三次元的な移動に、ウバイトーレは対応しきれないようだった。慌てて目の前にかざしたフルーレで防御をしようとする。
「そんな中途半端な防御で、何ができるのよ!」
ユニコはそのまま、カルテナをフルーレに叩きつけた。
「………………」
『………………』
交錯し、ウバイトーレの背後に、ユニコは着地した。グリフとドラゴが固唾を呑んで見守る中、一拍遅れて、カラン、と乾いた音が響いた。両断されたフルーレが地に落ちた音だ。
『ウバッ……!? ウバァアアア!?』
「……つまらないものを斬ってしまったわ」
一体あの学業優秀スポーツ万能な生徒会副会長は、どこを目指しているのだろうか。一瞬グリフとドラゴの頭に不安がよぎるが、それはそれとして、だ。
『ウバ……! ウバイトォォオオレェェエエエエエエ!!』
「あっ……! ゆ、ユニコ!」
ウバイトーレが逆上したように、後ろを振り返りユニコに両手を伸ばす。しかし、慌てたグリフとドラゴが動くより早く、ユニコは振り返った。その顔は、歓喜に満ちていた。
己の剣が通用したことが、心の底から嬉しいのだろう。
「角ある純白の駿馬、ユニコーンよ! プリキュアに力を!」
空色の光がその場を埋め尽くさんばかりに広がり、カルテナに集約される。
『ウバッ……!?』
ウバイトーレが己の危機に気づくが、もう遅い。ユニコは空色の光をこれでもかとため込んだカルテナを、すでに構えていた。
「プリキュア・ユニコーンアサルト!!」
それは、初めてカルテナを手にしたとき、ゴーダーツに放ったのと同じ、零距離で敵を穿つアサルトだ。回避不能のその一角獣の突撃に、ウバイトーレの腹に大きな穴が穿たれる。しかし。
『ウバッ……ウバッ……』
ウバイトーレは倒れない。ウバイトールであれば、それで浄化されて終わりだっただろう。ウバイトーレは、ユニコの凄まじい剣戟をもってしても、浄化しきることができなかったのだ。
635 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:10:28.26 ID:sW82/1G70
「……大丈夫だよ。あとはわたしに任せて」
前に出たのはキュアドラゴだ。よろよろとよろけるウバイトーレに向かい、精神を集中する。心の中から湧き上がる情熱の炎を、まっすぐに、相手に届かせるように。
「……わたし、皆井先生の不器用なところ、好きですよ」
ぽつぽつと、ドラゴは口を開く。
「少しゆうきと似てるし、めぐみとも似てる気がするんです。空回りしちゃうところとか、口下手なところとか」
自然と笑みが洩れる。心の中が、皆井先生を救い出したいという気持ちでいっぱいになる。その情熱により生み出される炎は、苛烈だが、優しく、美しい。
「だから、戻ってきて欲しい。先生のそういうところが好きな生徒、他にもたくさんいると思うから」
だから、と。ドラゴは胸の内の情熱を解放した。
「情熱の光よ、この手に集え」
心静かに。けれど、心を燃やして。静かな中に宿る、高尚な情熱を、纏わせるように。
「カルテナ・ドラゴン」
苛烈な力を持つ情熱の剣が炎の中から現れる。
「天翔る烈火の飛竜、ドラゴンよ。プリキュアに力を」
紅蓮の炎を付き従え、まるで天高く空を駆けるドラゴンのように、ドラゴは跳んだ。
「プリキュア・ドラゴンストライク」
放たれた必殺の炎弾は、ウバイトーレに直撃した。プリキュアたちの浄化の力を二回連続で浴びたウバイトーレはしかし、それでもまだ立ち上がる。
『ウバッ……アアアアア……』
「うそでしょ……」
ドラゴは間違いなく、ドラゴネイトを使い、現時点で放てる最強の炎を放ったのだ。それでもまだ立ち上がるウバイトーレは、一体どれほどの力を持っているのだろう。デザイアの言った、昨日のウバイトーレの比ではないという言葉は、ウソでも何でもなかったのだ。
腹に穴を空けながら、身体を燃え上がらせながら、それでもなお、ウバイトーレは立ち上がる。
『……なり、たい……』
「えっ……」
ウバイトーレから、人間の声のようなものが聞こえた。けれどそれは、ウバイトーレから放たれたことばではなかった。ウバイトーレの横に浮遊する、牢獄に囚われた皆井先生から放たれた言葉だった。それはきっと、ウバイトーレを介して流れ込んでくる、皆井先生の心そのものなのだろう。
636 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:10:55.28 ID:sW82/1G70
『なりたい……私も……松永先生のような、立派な先生に……郷田先生のような、強い先生に……。私は……弱いから……』
「っ……」
『誉田先生に、相応しい、男になりたい……』
グリフにとって、その大人が見せる弱気な姿は、とても珍しいもので、衝撃的だった。大人とは皆強くて、心にしっかりとした志を持っていて、子どもである自分たちには及びもつかないような、すごい生き方をしているのだろうと思っていたからだ。
大人はきっと、自分たちとは違う。完成された存在なのだと、心のどこかで思っていたからだ。
「……そっか。先生も、そういう弱いところがあるんだね」
だからグリフは、胸に手を当てて、その既存の考えを上書きする。
「そうだよね。私だって、あと何年かしたら大人になるんだもん。そのときに、何もかも完ぺきで、自分に満足することなんて、きっとできないよね。先生たちだって、悩んで、考えて、苦しんで、生きているんだよね」
頭のいいユニコやドラゴは、きっとそんなこと百も承知だったのだろう。だから、ウバイトーレと対話するように、自分の気持ちを技に乗せて打つことができたのだ。
「……わたし、子どもだから、先生が何に悩んでるかわからないけど、皆井先生にもいいところ、たくさんあると思いますよ」
だから、グリフも、ウバイトーレに、皆井先生に、語りかけるように言葉をつむいだ。
「さっきドラゴも言ってたけど、皆井先生の時々空回りしちゃうところとか、すごく親近感が湧くし、口下手なところも、めぐみみたいでかわいいと思うし……」
ジロッ、と。ユニコの鋭い視線が飛ぶ。視線で謝りながら、グリフは続けた。
「……誰かに憧れて、近づきたいっていうのは、きっと素晴らしいことだと思います。でも、皆井先生は他の誰にもなれないですよ。なっちゃいけないんです。だってわたし、皆井先生がいなくなったら、寂しいです」
炎に巻かれて苦しんでいたウバイトーレの動きが止まった。グリフの言葉が、皆井先生の欲望に支配された心に、届いたのだ。
「だから、戻ってきてください。ううん。わたしが連れ戻します。このキュアグリフが、先生の心を解放してみせます」
グリフは薄紅色の光を纏う。
「勇気の光よ、この手に集え! カルテナ・グリフィン!」
その光が集約される右手に現れるのは伝説の剣、グリフィンを模したカルテナ・グリフィンだ。
「翼持つ勇猛なる獅子、グリフィンよ! プリキュアに力を!」
薄紅色の光が翼のように広がり、駆けだしたグリフに追随する。光を付き従えた伝説の戦士は、本物のグリフィンの如く、駆ける。まっすぐ、欲望に落ちた怪物へと。
「プリキュア・グリフィンスラッシュ!」
ウバイトーレと交錯する刹那、神速の斬撃が放たれた様を視認できたものはいない。交錯の直後、血を払うかのように、グリフが剣を振る。
『ウバッ……ウバアアアアアアアアアアアアアアア!!』
その瞬間、ウバイトーレは両断され、今度こそ宙に溶けて消えた。黒々とした欲望は、少しだけ皆井先生の元に向かい、その胸元にとけ込んだ。皆井先生は牢獄から解放され、その場に倒れた。
637 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:11:22.82 ID:sW82/1G70
「……っ」
ふらりと、身体中の力が抜ける気がして、グリフは膝をついた。周囲を見渡せば、ユニコとドラゴもまた、ひざまずいて、肩で息をしていた。全員が全力で必殺技を放ち、ようやくウバイトーレ一体を浄化することができたのだ。
もしも、この場にもう一体ウバイトーレが現れたら。
いや、今、自分たちが弱っているこの瞬間に、アンリミテッドの幹部が現れたら――、
「――三人しかいない現状で、よくあのウバイトーレを退けられたものだ」
「ッ……!」
「デザイア!」
恐れていた事態が、最悪のカタチを伴ってやってきた。消えたと思われたデザイアが、はるか頭上、校舎の屋上からプリキュアたちを見下ろしていた。そして、その傍に控えるのは、ゴーダーツ、ダッシュー、ゴドーの三幹部だ。
いま、この消耗しきった状態で、デザイアを含めたアンリミテッドの幹部と戦う余裕はない。疲れ果てた身体は、立ち上がることはおろか、カルテナを握ることすら難しいほどに消耗している。
「ふっ……。なんともまぁ、絶望に暮れるような顔をしているな。安心しろ。いま、我々は貴様らと戦う気はない」
デザイアが言う。その言葉に反応したのは、ダッシューだ。
「なぜです? いまこの場でプリキュアを倒してしまえば、すべて終わることでしょう?」
「ダッシュー!」
ゴーダーツのたしなめるような声が飛ぶ。しかし、ダッシューは構わず続けた。
「デザイア様の生み出したウバイトーレが弱らせたのでしょう? なら、今ここでデザイア様があの三人と妖精から紋章とブレスを奪い取れば、それで済む話ではありませんか」
「……なるほど。貴様の言い分ももっともだ」
デザイアが納得するように言う。
「しかし、“私はそうしたいとは思わない”。それだけだ」
「なっ……」
デザイアの言葉は、どこまでも淡泊だった。滅多なことでは感情を見せないダッシューが顔を歪め、腰につけたはさみに手を伸ばした。
「……やめておけ。我々で敵うお方ではないとわかっているはずだ」
「っ……」
その手をゴーダーツに掴まれて、ダッシューは平静さを取り戻したようだった。ゴーダーツの手を振り払い、そっぽを向いた。
638 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:11:50.24 ID:sW82/1G70
「……と、いうことだ。しかし安心するなよ、プリキュア諸君」
デザイアははるか頭上からプリキュアたちに言う。
「三幹部もウバイトーレの生み出し方を知った。今後は、ウバイトーレとの戦いが続くと思うのだな」
デザイアは仮面の奥で笑う。
「三人のまま戦い続ければ、いずれ貴様らは消耗して敗北する。三人のままでは、ウバイトーレには絶対に対抗しきれぬよ」
「っ……」
プリキュアたちは、その言葉に何も返すことができなかった。現状、プリキュアは誰一人、立ち上がることすらできないのだから。
「せいぜい、ウバイトーレとなるに足るだけの欲望を持つ者が現れぬことを祈るのだな」
デザイアはそう言い残すと、マントを翻し、宙に消えた。それに追随するように、ゴーダーツとゴドーも消える。そして、残されたダッシューがプリキュアを見下ろした。
「……命拾いしたね、プリキュア。しかし、これまでと同じだと思わない方がいい」
顔は普段通り、貼り付けたような不自然な笑みだ。けれど、声は今までにないくらいに冷たい。
「君たちがロイヤリティに与する限り、ぼくらアンリミテッドは君たちを絶対に許さない」
そう言い残すと、ダッシューもまた宙に溶けて消えた。
「……皆井先生を取り戻すことはできたけど、」
「課題ばかりが残る戦いだったわね」
「愛のプリキュア……。一体どこにいるんだろう……」
辛勝を得たプリキュアたちだが、その心は、不安に占拠されていた。
639 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:12:16.49 ID:sW82/1G70
…………………………
「よかった……」
彼女は、誰にも聞こえない声で、そう呟いた。
「皆井先生が無事で、よかった……」
640 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:12:43.95 ID:sW82/1G70
…………………………
朝の職員室は戦場だ。生徒の欠席連絡や教員からの服務事項の連絡で、電話線がパンクする勢いだ。そしてそんな朝の電話を取るのは、若手教諭の仕事だ。このダイアナ学園に若輩の教諭に電話番をやらせるような文化はないが、若手たちは年配の先生方に電話を取らせる気まずさを厭って、自ら率先して電話に手を伸ばす。
「……はぁ。今日電話取るの何件目だよ。つか、今日誰かいないな?」
いつもより電話を取る回数が多くて、勤務時間前の雑務が終わらない。松永先生は通話を終えて受話器を置くと、周囲を見回す。郷田先生、誉田先生は受話器相手に何事か会話をしている。その近くにいるはずの、皆井先生が見当たらない。と、
「……おはようございます、松永先生」
「ああ、皆井先生、おはようございます……って、どうしたんですか? すごい隈ですね」
「ああ……。昨日、全然寝られなくてね……」
「また悩み事ですか?」
皆井先生は自席に着くと、首を振った。
「いや、夢を見ていた……。嫌な夢だったな。自分が怪物になり、女の子たちに腹に穴を空けられ、燃やされ、両断された」
「……すげえ夢っすね」
「元は昨日の昼に見た白昼夢なのだけどね。夜にまったく同じ夢を見たんだ……」
そう言う皆井先生は、今にも倒れそうな様子で雑務を始めた。と、電話のベルが鳴る。慌てて受話器を取ろうとすると、皆井先生が先に受話器を取った。
「……遅れてきたのだから、少しくらいやらせてください」
受話器をふさいで、皆井先生は小声でそう言った。そのまま、耳に当てた。
「おはようございます。ダイアナ学園です」
そんな皆井先生を見て、松永先生は決して本人に聞こえないように、小さく呟いた。
「……そういうところがあるから、すごいと思うんだよな。この人」
直接言ったらすぐ調子に乗るから、絶対に本人には言わないけれど、それはまぎれもなく松永先生の本心だ。
何か落ち込むようなことがあっても、夢見が悪くて眠れていなくても、それでも自分にできることを一生懸命やろうとする。
そんなところが、松永先生が見習いたいと思う、皆井先生のいいところなのだ。
641 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:13:10.48 ID:sW82/1G70
…………………………
朝の学年の打ち合わせが終わり、皆井先生はHRに向かっていた。
昨日は本当にほぼ一睡もできていないのだ。
その上、昨日のショックがまだ残っている。
松永先生と誉田先生がどういう関係なのか、問いただす勇気もなくて、聞けてはいない。
たとえ、「ただの幼なじみ」という返答が返ってきたって、きっとふたりの気持ちはそれだけではないだろう。
ならば、皆井先生に割り込む余地などないのだ。
「……それでも、好きでいさせてもらうくらいは、いいだろうか」
呟いてから、いつの間にか2年B組の前まで来ていることに気がついた。皆井先生は両手でぱしんと頬を叩く。昨日の反省を生かさねばならない。生徒の前で、気落ちした姿を見せるのは、教員としてあるまじき姿だ。
「私のことなど生徒にとってはどうでもいいことだ」
そう。生徒にとって、教員は信頼できる大人でなければならない。それは、少なくとも、皆井先生にとっては、絶対のことだ。
生徒を不安がらせたり、ましてや生徒に心配されるようなことはあってはならない。だから、皆井先生はできるだけ普段通りの笑みを浮かべて、努めて明るく教室の戸を開けた。
「みんな、おはよう!」
『おはようございます!』
「うおっ……」
驚いた。普段ならば、始業のチャイムが鳴る前に生徒たちが着席していることなどない。なぜなら、皆井先生自身が、朝のHRに担任が来て、始業のチャイムが鳴ったら着席をしなさい、と指導しているからだ。
しかしどうだろう。この日は、全員が揃ってピシリと、姿勢正しく席に着いているではないか。その上、普段なら空回り気味の皆井先生のあいさつに、全員がそろってあいさつを返してくれたのだ。
「ん、えっと……みんな、どうしたんだ……?」
困惑しつつも、皆井先生は教壇に立つ。出席簿を教卓において、改めてクラスを眺める。今日は空いている席がないから、遅刻や欠席の生徒はいないようだ。不思議なのは、全員が皆井先生をまっすぐ見つめていることだ。
(な、なんだろう……。ひょっとして昨日の私の態度に怒っているのだろうか……)
皆井先生の胃がキリキリと痛み始めた頃、教室の一角がにわかに活気づき始めた。
「……ほら、いってらっしゃい、リエさん」
「で、でも。やっぱりこういうのって、会長が行った方が……」
「いいんだよ。リエさんが“何かをしてあげたい”と言ってやったことなのだから、リエさんが渡すべきだ」
話しているのは生徒会長の騎馬はじめと、大きなリボンが可愛らしい佐藤リエさんだ。やがて、はじめに促されて、リエさんが立ち上がった。その手には四角い板のようなものがある。リエさんがおずおずと近づいてきて、その板のようなものが色紙だとわかった。
「……あ、あの、皆井先生」
「あ、ああ。なんだい?」
元々、リエさんはおとなしいタイプの生徒だったはずだ。皆井先生はそのおとなしい生徒の突然の行動に戸惑いながらも、しっかりとリエさんと向き合った。
「これ、みんなで書いたんです。色紙は会長が買ってきて、みんなでお金を出し合いました」
リエさんはそう言うと、色紙を皆井先生に差し出した。皆井先生は賞状を受け取るように、両手でその色紙を受け取った。
何が起きているのか分からなかった。
その色紙の上に踊る、多くのメッセージを見てもまだ、現実感が湧かなかった。
642 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:13:38.17 ID:sW82/1G70
「ど、どうして……?」
皆井先生は、そんなつまらないことしか言えない自分を全力で呪いたい気分だが、そうとしか言えなかったのだ。
「昨日、浩二先生が、落ち込んでらっしゃるように見えたので……」
「みんなで相談して、会長が色紙に寄せ書きを書こうって提案をしてくださったんです」
「私たち、浩二先生が心配で、だから……」
「私たちにできることはないから、できるだけ良い子でいます。先生の迷惑にならないように、しっかりします」
「その色紙をもらって、先生が嬉しいかも、わかりません、でも……」
生徒たちは口々に言う。その言葉のひとつひとつだけで、皆井先生は倒れてしまいそうなくらい衝撃を受けていた。
「私たち、浩二先生のために何かをしてあげたかったんです」
ああ、そうか、と。
気づけば、両目から、涙がこぼれ落ちていた。その涙が色紙に落ちそうになって、慌ててスーツの袖で拭う。けれど涙は次々あふれてきて、生徒たちの目の前で、皆井先生は床に大粒の涙を床に落としていた。
「浩二先生……」
「……ごめん。みんな、本当に、ごめんなさい」
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「……昨日は、落ち込むような姿を見せてしまって、ごめんなさい……。少し、プライベートで、嫌なことがあって、それで、みんなにも気落ちしている姿を見せてしまいました……。ごめんなさい」
「あ、謝らないでください! わたしたちは、先生に謝ってもらうために寄せ書きをしたわけではありません!」
リエさんの言葉にハッとする。
「……そう。そうだ。ごめんより、言うことが、あるね」
皆井先生は、それ以上生徒に情けない姿を見せたくなかった。だから、ポケットからハンカチを取り出し、徹底的に涙を拭うと、目を真っ赤にしたまま、深々と頭を下げた。
「みんな、本当にありがとう」
すぐ傍のリエさんが笑った。クラス全体が笑顔で包まれた。そして、皆井先生は顔を上げ、寄せ書きに目を落とした。皆、思い思いの言葉で、皆井先生を励ましてくれている。その中で、ひとつ、簡素だが綺麗な字で書かれた一文が目にとまった。
『あんたが元気ないとつまらないから、早く元気になんなさいよ 後藤鈴蘭』
その名前がそこにあることが信じられなくて、皆井先生は顔を上げ、後方の鈴蘭を見つめた。
「な、何よ……」
「……散々手を焼かせてくれた後藤まで書いてくれるとは……」
「なっ……! そ、そんなことでまた泣き出すんじゃないわよ!」
鈴蘭の声に、教室中がどっとわいた。皆井先生はひとりひとりの寄せ書きに目を通しながら、もう一度、心の中で、言った。
(……本当にありがとう)
もう、何に悩んでいたのか思い出せないくらい、心は充足で満たされていた。
643 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:14:05.19 ID:sW82/1G70
…………………………
同日、夕方のこと。
この日の王野家は、久々にお母さんが家にいる日だ。ひかるはお母さんの背中が見えるリビングで、夕飯ができるのを待っていた。
「お母さん、もうお皿出しておく?」
「そうね。じゃあ、大きなお皿を一枚と、お椀を四つ持ってきてくれる?」
「はーい」
次姉のともえはお母さんにべったりで、楽しそうにお手伝いをしている。長姉のゆうきにお手伝いを頼まれると嫌そうな顔をするくせに、お母さんには頼まれなくてもお手伝いをしているのだ。ひかるの前では大人ぶったりするけれど、次姉はかなり子どもだ。
(……まぁ、ぼくも人のことは言えないけど)
次姉のように思い切り甘えるのは恥ずかしいけれど、こうやってお母さんの背中を見ていたいと思うのだ。ひかるもまた、まだまだ子どもだ。
と、電話のベルが鳴る。お母さんが振り返る。お母さんは元より、ともえも皿を出している最中で手が離せない。ひかるは自発的にソファを立って、電話に向かい、受話器を取った。
「もしもし」
『お忙しいところ失礼致します。王野さんのお宅でよろしいでしょうか?』
その澄ました声には聞き覚えがあった。
「……はじめさん?」
『ああ、声から察しはついていたが、やはりひかるくんか。それにしても、最初の「もしもし」は随分と可愛らしい声だったのに、私だとわかった途端に随分と怖い声になったな。君の変わり様にはまったく感服だ』
「姉ならまだ学校から帰っていませんよ。帰ったら折り返し電話をさせますね。では、失礼します」
『ちょっと待ちたまえ。まだ何も言っていないだろう』
はじめの声は慌てた様子だ。何も言っていないも何も、のっけから失礼極まりないことを言っただろう。
『お姉さんに用事があるのではない。君に用があって電話をしたんだ』
「……ぼくに?」
『そう嫌そうな声を出さないでくれ』
はじめが言った。
『……昨日は本当にありがとう。助かったよ。また今度お礼をさせてくれ』
「……なんだ。そんなことですか。お礼なら結構です。また熱を出されて倒れられても嫌なので」
『君は少し相手をいたわることを覚えたらどうだ?』
いたわるも何も、はじめの声は昨日高熱を出した人と同一人物とは思えないほどに元気だ。
「それだけですか? では、失礼します」
『いや、私からはこれだけなのだが……』
電話口ではじめが口ごもる。何事だといぶかしむひかるの耳朶を、別の声が叩いた。
『……もしもし? お電話を代わりました。騎馬はじめの母です』
「え……」
一瞬思考が止まった。
644 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:14:58.38 ID:sW82/1G70
「……はじめさんの、お母さん?」
『はい。王野ひかるさんですね?』
「は、はい……」
ふと思い出されるのは、先日、はじめの母と別れる前に言ったことだ。
――――『その他の愛情は、ぼくや、ぼくの姉が、責任を持って与えます』
今さらなことではあるけれど。
いくらなんでも、恥ずかしい啖呵を切りすぎた気がする。
自然と頬が熱くなるが、相手がそれを意に介するわけもない。
『昨日のお礼を、わたくしの口からも言っておきたくて、お電話を差し上げました』
「はぁ……」
『昨日はありがとうございました。はじめには体調が悪いときは無理をしないように言っておきました』
「……そうですか」
『それから……』
電話口の声の調子が変わる。
『あの子に、愛を与えてくださるのですよね?』
「……はい?」
それは、素のはじめとそっくりの、挑戦的な声だ。
『そう言ってくださいましたよね? はじめに、愛を与えてくれると』
「……言いましたけれども」
口から出てしまった言葉は取り消すことができない。
645 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:15:27.85 ID:sW82/1G70
『では、今後とも、娘をよろしくお願いします』
「それはぼくの姉に言うべきでは?」
『お姉さんはお姉さん。あなたはあなたでしょう』
正論にぐうの音も出ない。ひかるは嘆息して、頷いた。
「わかりました。はじめさんが望むなら、そうしますよ」
『はい、よろしくお願いします』
まるではじめがひかると今後も関わり続けることを予見しているような口ぶりだ。ひかるはまだ小学生で、どうしてはじめのお母さんがそんなことを言うのかわからない。
『では、宿題などでお忙しい時間帯にお時間をいただいてありがとうございました』
「宿題なんて帰ってすぐ終わらせましたよ」
『ふふ、そうですか。では、失礼致します』
「……はい。失礼します」
受話器を置いて、ひかるは思う。
はじめの気持ちも、はじめのお母さんの意志も分からない。
分からないけれど、分からないなりに、なんとなく、思う。
今度、はじめはどこに連れて行ってくれるのだろうか、なんて。
そんなことを考えてしまうあたり、自分もまた、はじめに会いたいなんて、考えているのだろうか、と。
646 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/06/24(日) 10:15:55.63 ID:sW82/1G70
次 回 予 告
めぐみ 「………………」
あきら 「……ねえ、ゆうき。なんでめぐみはあんなに不満そうな顔なの?」
ゆうき 「たぶん、自分の剣が相手に通用しきらなかったからじゃないかな」
あきら 「熱血だなぁ。少年漫画みたい」
めぐみ 「……剣の道は険しい。私はまだ未熟だわ」
ゆうき 「うん。本当にあの優等生がどこに向かっているのか知りたいね」
ゆうき 「ま、いいや。気を取り直して次回予告、いっちゃおう!」
あきら 「生徒会副会長、十条さんのために、生徒会が写生大会を企画することに!」
あきら 「けれどそんな十条さんに、アンリミテッドの魔の手が迫る!?」
ゆうき 「次回、ファーストプリキュア! 第二十話【芸術家みことの苦悩? みんなで写生大会!】」
ゆうき 「次回もお楽しみに!」
あきら 「また来週! ばいばーい!」
647 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/06/24(日) 10:16:35.47 ID:sW82/1G70
>>1
です。
お待たせしてしまってすみません。
また来週、よろしくお願いします。
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