【オリジナル】ファーストプリキュア!【プリキュア】

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411 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:05:08.34 ID:TVNRAefO0

…………………………

 ズル休みではない。朝起きたときは少しだけ熱があった。それはお母さんだって知っているし、だからこそ学校にお休みの電話もしてくれた。

「……暇だなぁ」

 とはいえ、元々微熱程度でどうとなるようなヤワな身体ではないし、昼前に計り直した時点で熱はしっかりと平熱に戻っていた。あきら自身も分かっている。ゆうきとめぐみに会うのが怖くて、微熱を理由に、学校を休んだのだ。

「これじゃあ、ズル休みみたいなものだよね」

「そんなこと、ないと、思うドラ……」

 ズル休みをしているという自責の念に耐えられなくて、あきらは制服に着替えた。そんなあきらを見て、パーシー――ドラゴンのカドをとことんまで落として、ふわふわにしたようなぬいぐるみにしか見えない王女様――が、心配そうに言う。

「学校、行くドラ?」

「うん。今からじゃ6時間目からの参加になっちゃうだろうけど、行くよ」

「ドラ……」

 その心配そうな顔をよしよしと撫でて、あきらはカバンを手に取った。

「……あ、そうだ」

「ドラ?」

「パーシー、ずっとお留守番じゃ退屈でしょ? 一緒に学校、行ってみない?」

「ドラ!?」

 パーシーは驚きで目をまん丸にした。

「ぱ、パーシーが学校にドラ……?」

「そんな怖いところじゃないよ。パーシー、わたしと会ってから、わたしの家から出てないでしょ? 運動不足になっちゃうよ」

「で、でも、ドラ……」

「あと、情熱的な人も探せるよ。学校、行こ?」

「ドラ……」

 パーシーはしばし逡巡するような顔をしたが、やがて顔を上げ、小さく不安げに頷いた。

「よろしく、お願いします、ドラ……」

「うん!」

 あきらはにこりと笑って頷いた。
412 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:05:53.03 ID:TVNRAefO0

…………………………

 この世界の日差しは嫌いだ。

 ポカポカと暖かくて、昔のことを思い出してしまうから。

「ふぅ……今日はこのくらいでいいかな」

 このダイアナ学園の中庭は、しばらく専門の業者が入っていなかったというだけあって、彼が直すところばかりだった。彼が赴任して数週間が経って、ようやく彼の思うとおりの庭を作る、基礎ができてきた。

「ま、どうでもいいことだけどね」

 彼はそれだけ言うと、剪定のための道具一式を倉庫に片付けた。彼には今まさに、成さなければならないことがあるからだ。

「あら、今日はもう終わりなの?」

「っ……!?」

 背後から声がかけられる。慌てて振り返ると、そこにはとぼけた顔をした、質素な風体の女性が立っていた。質素な格好ではあるが、スタイルから顔立ちまで、恐ろしいほどに整っていて、どこか気品すら感じさせる女性だ。

「……ひなぎくさんでしたか。パンの販売ですか」

「ええ。今日から、自家製のクッキーと紅茶、コーヒーの販売もするわ。シュウくんもぜひ来てね」

「相変わらず商魂逞しいことですね」

 彼は片付けを終え、ひなぎくさんに向き直った。

「残念ですが、今日は午後から休暇を頂いているんです。少し、用事があるもので」

「そう?」

 彼女はにこりと笑う。すっと、彼に避ける暇も与えず近づき、耳元で囁く。



「焦ってはダメよ? しっかりとやりなさい」



 空気が変わったように彼には思えた。顔は笑ったままだが、声はどこまでも冷たい。それは、彼が恐れる上司そのものだ。

「……ふん。やはり、あなたはぼくの動向を把握していたのですね」

「ふふ。だって私はあなたの家主だもの。当然よ」

「あなたに言われるまでもない。後藤さんのようなヘマをするつもりはありません」

「そう。安心だわ」

 ひなぎくさんはゆっくりと彼から離れた。

「安心して。もしもゆうきちゃんたちが向かっても、私が止めるわ」

「……御自ら出撃されるのですか」

「全力を出すつもりはないわ。ただ足止めをするだけよ」

 ひなぎくさんはそう言うと、身を翻し、ひらひらと手を振った。

「それじゃ、がんばってね、シュウくん」

「……ええ。ひなぎくさんも、パンの販売、がんばってください。紅茶とクッキーも売れたらいいですね」

「ありがと」

 その姿は、本当にただの学校に出入りする業者さんだ。それでも、その内に内包する闇は、彼を遙かに凌駕する。

「……ふん。ただの腑抜けになったようではなくて、安心したよ」

 彼はニヤリと笑う。

「どういう風の吹き回しか分からないけど、協力してくれるというのなら、利用させてもらうだけさ」

 ドクン、と。胸に隠してあるエスカッシャンが胎動する。

「……おや、王女様はお出かけになるのかな。都合がいいことだ」
413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:06:24.51 ID:TVNRAefO0

…………………………

「パーシー、大丈夫?」

「ドラ……」

 カバンの中に入っている王女様の返事は、いつも以上に元気がない。まだ外に出て数分だというのに、出会って以来出たことのないあきらの部屋の外の景色に気後れしているのだろう。

「しょうがないなぁ」

「ドラ?」

 ひょいと、パーシーをカバンから抱き上げる。周囲に人はいないし、いたとしてもぬいぐるみだと言えば大丈夫だろう。あきらはパーシーを胸元で抱きしめた。

「こうした方が外も見やすいでしょ? そんなに怖いところじゃないんだよ、この世界……えーっと……」

「ホーピッシュ、ドラ」

「そうそう、ホーピッシュ」

 パーシーは恐る恐るといった様子で、あきらに抱きかかえられたまま、周囲を見つめる。

「明るい世界ドラ……」

「そうなのかな。パーシーが住んでた世界は違うの?」

「よく、覚えていないドラ。でも、こんなに……自由な気持ちは、初めてドラ」

「自由?」

 パーシーは暗い表情を浮かべていた。

「……きっと、パーシーたちが、悪かった、ドラ。パーシーたちが、もっと、きちんとしていたら、ロイヤリティは、もっと自由な場所になっていた、ドラ。滅ぶこともきっと、なかったドラ……」

 あきらは、パーシーからロイヤリティがアンリミテッドに飲み込まれた話を聞いている。そして、ホーピッシュがいずれは、ロイヤリティと同様、アンリミテッドに飲み込まれるであろうということも、知っている。それを防ぐために、またロイヤリティを復活させるために、パーシーが情熱にあふれる人を探しているということも知っている。

「パーシー、きっと大丈夫だよ。情熱にあふれる人を探し出して、伝説の戦士になってもらおう?」

「ドラ……。パーシーには、無理ドラ。パーシーは情熱の、国の王女なのに、情熱のじの字もないドラ。喋るのが苦手で、人と話すのが怖くて、こんなパーシーじゃ、きっと伝説の戦士なんて、生み出すことはできないドラ……」

「パーシー……」

 パーシーはとことんまで自分に自信がないようだった。こんなとき、どんな言葉をかけてあげたらいいのだろうか。あきらにはすぐには思い浮かばない。思いついたとしても、なかなかその言葉を口にしてあげることができない。それが正しいことか、わからないからだ。

「……情熱にあふれる人って、どんな人かな」

 あきらは話を変えるために、そう聞いた。

「わからない、ドラ。でも、きっとパーシーとは正反対な人、ドラ」

「……きっと、わたしとも正反対な人だろうね」

 慰めるつもりが、自分までダウナーな気分になってくる。あきらは顔を上げて、恨めしい気持ちで空を見上げた。どこまでも高くどこまでも明るい。


 ――その空が、一瞬にしてモノクロに染まった。


「ひゃっ……!」

「ドラ!」
414 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:06:52.06 ID:TVNRAefO0

 周囲を見渡す。パーシーが明るく自由と評したホーピッシュが、その明るさを失っていた。人の気配もない。まるで、世界からあきらとパーシー以外の生き物が消え去ってしまったようだった。

「これ、見たことある……。パーシーと出会ったときと同じだ」

「ドラぁ……」

 胸に抱くパーシーが震え出す。

「どうしたの、パーシー。大丈夫?」

「アンリミテッド、ドラ……」

「え……?」

「アンリミテッドの気配、ドラ。この気配は、知っているドラ……」

 パーシーの震えが大きくなる。

「あの日。ロイヤリティが消えた、あの日……。情熱の国の王宮で、パーシーは……アイツに……追われて……」

「パーシー! パーシー、しっかりして!」

 パーシーは縮こまり、両手で頭を抱えた。よほど怖いのだろう。

「パーシー、アイツって……」

「……アンリミテッドの欲望の戦士、ドラ。情熱の国に攻めてきた、幹部、ダッシュー……」

「ダッシュー……――」




「――……おや、王女様。ぼくのことを覚えていてくださったのですね。光栄です」




「!?」

「ドラっ……」

 人が消え去ったと思っていた街に、ただひとり彼だけが立っていた。

 背が高いというよりは、細いという印象だ。笑みを浮かべてはいるが、それはどこか人を小馬鹿にしたような、うすら寒い笑みだ。

「あ、あなたは……」

「ドラ……! あきら、逃げる、ドラ……!」

「パーシー……?」

「あれが、ダッシュー、ドラ……。闇の欲望に墜ちた、恐ろしい戦士、ドラ……」
415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:07:56.94 ID:TVNRAefO0

「ご紹介にあずかり光栄です。パーシー・パッション王女閣下」

 ダッシューと呼ばれた細面の男は、腰の前に手を当て、恭しく頭を下げた。

「そして、初めまして、お嬢さん。最近はぼくの姿を見ても怯えることなく立ち向かってくる子どもばかりを相手にしていたから、君のその怯えた顔はとても新鮮だ」

「お、怯えてなんか……」

「手が震えているね。足もだ。そして、歯の根もかみ合っていないように見える」

「っ……」

 ダッシューの言ったとおりだ。震えているのはパーシーだけではない。パーシーを抱きかかえるあきらの手が、足が、そして口元が、震える。目の前の男が怖くて仕方がない。色を失った世界が、怖くて仕方がない。

「怖がる必要はない。この世界もいずれは闇に墜ちる。ロイヤリティと同じようにね。そうすれば何も感じない。怖がる必要もない。痛みもない。悲しみもない。皆がただただ闇の中にたゆたう、素晴らしい世界が待っているんだよ」

「そ、そんなこと、させない、ドラ……!」

 あきらの胸元で震えていたパーシーが、声を上げた。

「パーシーは、それを防ぐため、に、ホーピッシュに、やってきた、ドラ……!」

「たとえどうであれ、それはもう、無理です」

 ダッシューはうすら笑いを浮かべたまま続けた。

「だって、王女閣下の持っていらっしゃるプリキュアの紋章も、ロイヤルブレスも、ぼくが今から、いただくのですから」

「ひゃっ……」

 ぞわっと、背筋が泡立つようだった。何もかもを馬鹿にするような表情をしていたダッシューが、その瞬間、明確な敵意をパーシーに向けたのだ。あきらはパーシーを抱えたまま、尻餅をついた。

「おや、かわいそうに。お嬢さん、その王女様を置いてお逃げなさい。君はただ、ロイヤリティの王族に利用されているだけだ。この世界もいずれは闇に墜ちるが、それは今じゃない。束の間ではあるだろうけど、もうしばらくは、このホーピッシュで幸せを謳歌したいだろう?」

 考えるまでもないことだ。ゆっくりと歩み寄るダッシューが恐ろしくて仕方ない。ダッシューの言うとおり、パーシーを置いていけば、きっとダッシューはあきらを追うようなことはしないだろう。

「……あきら」

 手の中でパーシーが震える。不安げな瞳は、涙でゆらゆらと揺れている。

 これもまた、わかりきっていることだ。

 あきらは、手の中の暖かな王女を、置いてなど、いけない。

「……パーシー、逃げるよ。しっかり掴まって」

「おや?」

 あきらはパーシーをカバンに入れ、立ち上がると、身を翻し、駆けだした。

「……まったく、この世界の人間は、聞き分けの悪いことだ」

 あきらはすでに背を向けていたから、気づかなかった。

 ダッシューが、まるで獲物を追うハンターのように、酷薄に笑ったことを。
416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:08:23.48 ID:TVNRAefO0

…………………………

(ゆうき、ゆうき)

「ひゃうっ!?」

 それは、六時間目の授業中の出来事だった。唐突にかけられた声に、ゆうきは驚いて声を上げてしまう。

「……どうしました? 王野さん?」

「あ、いえ……」

 数学科の初老の晴田先生が、優しげな目をゆうきに向ける。

「すみません。ちょっと、寝ぼけちゃって……」

「ほほほ、私の授業は眠くなりそうと話題ですからね」

「……ごめんなさい」

 晴田先生はゆったりとしたしゃべり方で、一見して眠くなりそうだが、実際にはたくみな話術で生徒を数学の奥深い世界に導くと有名な出来る先生なのだ――というのはおいておくとして、だ。

(ちょっとブレイ! 授業中に話しかけないでよ!)

(それどころじゃないグリ! どこかにアンリミテッドが現われたグリ!)

「ええっ!?」

「……王野さん?」

 再び晴田先生の目線がゆうきを向く。大声を出したのだから当然だ。

「す、すみません。何でもないです。集中します」

「はい、そうしてください」

 めぐみが離れた席で頭を抱えるのが見える。それでこそゆうき、と言わんばかりの顔でこちらに親指を上げるユキナの姿も見える。有紗は我関せず、というよりは、数学のノートに何か書き殴っている。大方、いまのゆうきのボケが、次の演劇に使えると思ってメモをしているのだろう。基本的に演劇部凸凹コンビのふたりは、授業に対してはあまり真面目ではない。

(アンリミテッドって、本当なの……?)

(間違いないグリ! フレンとラブリも感じているはずグリ!)

 ふたりはいま、めぐみのカバンの中に入っている。ゆうきの席から様子を伺うことはできないが、めぐみも同じようにフレンとラブリとこっそり話しているかもしれない。

(でも、いまは授業中だから、授業が終わったらね)

(グリ……。授業は大事グリ。仕方ないグリ)

 アンリミテッドのことは心配だが、ゆうきもめぐみもプリキュアである前に、女子中学生だ。ゆうきは特に、数学が大の苦手なのだから、授業を抜けるわけにはいかない。

(うぅ〜、早く授業終わってよ〜!)

 晴田先生のゆったりとした聞き取りやすい口調が、今ばかりは焦りを助長するようだった。
417 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:08:51.09 ID:TVNRAefO0

…………………………

 あきらは、必死で逃げた。

 その努力をあざ笑うかのように、逃げる先逃げる先に、ダッシューは待ち受けていた。

「どうしてそんなにがんばれるんだい?」

 ダッシューはあきらにそう問うた。

「体力には自信があるから。そう簡単に、わたしを捕まえられると思わないでほしい、です」

「そういうことじゃないんだよなぁ……」

 ダッシューは笑いながら、そう言った。

「どうして、そんなちっぽけな王女様を抱えて、苦しい思いをして、逃げ回ることができるんだい? 君には関係ないことだろう?」

「……そんなこと、ない」

「へぇ?」

 あきらは走った。どこへ逃げてもダッシューはいる。それでも、簡単に諦められるはずがなかった。

「パーシーは大事な友達だから。置いていけるわけ、ない!」

「……ふぅん。さすがは希望の世界ホーピッシュの子ども、といったところだろうか。けど……」

 次の瞬間、目の前にダッシューの薄ら寒い笑みがあった。

「なっ……!?」

 あきらは、両肩をダッシューに掴まれて、その場に止められた。

「その王女様は、本当に君が守る価値がある、大事な友達なのかい?」

 そして、ダッシューはそう言ったのだ。
418 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:09:17.67 ID:TVNRAefO0

…………………………

「ようやく授業が終わったグリ! 急ぐグリ!」

「わ、わかってるよぅ。めぐみ、急ごう!」

「ええ」

 ゆうきとめぐみは、帰りのホームルームが終わった瞬間、誉田先生からあきらの分のプリントをもらうこともできず、教室を飛び出した。

「アンリミテッドがいるのはどっち!?」

「向こうグリ!」

「えーっ! うちの方向だよ!」

「余計なこと言ってないで、急ぐニコよ!」

「わ、わかってるよぅ」

 そんなことを言い合っている横で、ラブリはめぐみの肩に乗り、言った。

「何か、嫌な予感がするレプ」

「奇遇ね。私もよ。何か、とてつもない悪意が動いているような気がするわ。この胸騒ぎは一体……――」



「――なるほど。勘がいいことだな。キュアユニコ」



「ッ……!?」

 いつの間に現われたのだろう。

 否、いつの間に、世界はこんなにも真っ暗になったのだろう。

 他のアンリミテッドの幹部であれば、こんなことはありえない。ゆうきとめぐみが気づく前に、世界が真っ暗なアンリミテッドの領域に入ることなど、絶対にありえない。

 それはつまり、ふたりの認識が遅れるくらい速く、世界が一瞬にして切り替わったということに他ならない。

「デザイア……!」

 ふたりの進行方向に、ただひとりたたずむ黒衣の仮面の騎士。

 アンリミテッドの最高幹部にして、最強の騎士、デザイアだ。
419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:09:44.15 ID:TVNRAefO0

「ふん。ゴドーから報告は受けていたが、プリキュアの庇護下に入ったのだな、ラブリ・ラブリィ王女」

「れ、レプ……!」

 名指しされ、ラブリはめぐみの肩の上でびくりと震える。

「プライドの高い貴様が、未だにプリキュアを生み出せていないという恥辱に耐えていることだけは、称賛に値することだな」

「っ……」

 嘲弄するような声に、ラブリの目線が鋭くなる。そんなラブリを、めぐみは優しく撫でた。

「見え見えの挑発よ。大丈夫。あなたは立派な愛の王女だもの。愛のプリキュアも、すぐに生み出すことができるわ」

「……レプ。ラブリとしたことが、向こうのペースに乗せられるところだったレプ」

 ラブリは落ち着いたようだった。

「ありがとうレプ、めぐみ」

「礼には及ばないわ」

「……ふふ。なるほど。しっかりと王族を助ける下僕らしくなってきたな、プリキュア。王族に利用されているとも知らず、全く健気で泣かせてくれる」

「そんな挑発になんか、乗らないんだから!」

 ゆうきがビシッとデザイアに宣言する。

「ところで! ひとつ聞きたいんだけど!」

「……調子が狂うものだな。なんだ、キュアグリフ」

「ブレイたちが言っていた、さっき現われたアンリミテッドって、あなたのこと?」

「……ふむ。しかし、思慮に欠けているわけではない、か」

 デザイアがどこか感心したように言う。

「正直に答えてやる義理もないが、貴様らのやる気を出すために、少しだけ教えてやろう」

「……?」

 デザイアは漆黒のマントを広げる。その手に握られているのは、細身の剣、レイピアだ。それを、まるで映画の中から飛び出てきた本物の騎士のように仮面の前にかかげる。

「ダッシューが情熱の国の王女を追い詰めている、と言ったら、どうする?」

「グリ!? パーシーが!?」

「その通りだ。臆病者の勇気の王子」

「グリ……」

 デザイアの仮面の下の鋭い視線が己に飛んだ瞬間、ブレイは縮こまる。

「もしも情熱の王女を助けに行きたいのなら、私を倒すことだ。私は積極的に戦う気はない。貴様らが情熱の王女を見捨てて退くというのならば、私もまた退こう」

「なっ……!」

 ブレイが震える身体で、叫んだ。

「そんなことできるわけないグリ! パーシーを見捨てることなんて、できるわけないグリ!」

「ほう。そうか。では、来い。勇気の国の王子、ブレイ・ブレイブリィ」

 デザイアの仮面の下の冷たい瞳が、ブレイを見据える。その瞳に込められているのは、明確な憎悪と敵意。それを受けて、ブレイの小さな身体は固まり、動けない。

「グリ……」
420 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:10:12.97 ID:TVNRAefO0

「……ブレイ。偉かったね」

 ゆうきは、固まったままのブレイを、そっと抱きしめた。

「ゆうき……?」

 ブレイは、震える身体で、声で、情けなく縮こまりながら、それでも叫んだ。

 小さい身体で、恐ろしく強いデザイアを相手に、逃げないと言いきったのだ。

「ふん。くだらんな。所詮勇気をなくした王族か。プリキュアがいなければ何もできないのだな」

「こんな小さな子たちに戦えって言っているのなら、それこそナンセンスだわ」

「なに?」

 めぐみが言葉を紡ぐ。

「ロイヤルストレートすら吹き飛ばすあなたに、この子たちが勝てるわけないじゃない。アリの子どもにアフリカ象に立ち向かえって言ってるようなものだわ」

「あ、アリの子どもはひどいグリ……」

 ブレイが誰にも聞こえない声でぼそっとぼやく。

「そうだよ」

 頼もしい相棒の言葉を受けて、ゆうきもまた、口を開いた。

「ブレイは怖くても、震えていても、あなたに対して一歩も退かなかった。わたしたちプリキュアは、そんなブレイからたくさんの勇気をもらったよ。もちろん、フレンも、ラブリもだよ」

 ゆうきは手を前に掲げる。そこに燦然と輝くのは、薄紅色のロイヤルブレスだ。ゆうきとめぐみは目を見合わせ、頷いた。

「あなたの言っていることが本当なら、わたしたちは情熱の国の王女を助けに行かなくちゃならない」

「あなたはたしかに強いかもしれないわ。それでも、私たちが尻尾を巻いて逃げるわけにはいかないのよ」

「……なるほど」

 デザイアの仮面の下の表情はわからない。しかし、纏う雰囲気が変わるのがわかった。

「ゆうき、めぐみ、受け取るニコ!」

「ロイヤルブレス、行くグリ!」

 ふたりの妖精から放たれた光を受け取る。二体の神獣がかたどられた美しい紋章は、ふたりの少女に大いなる勇気と優しさを与えているようだった。



「「プリキュア・エンブレムロード!」」



 色を失った世界で、神々しいまでに明るい光が弾けた。

 その光の中で、ふたりの少女はお互いの手を取ったまま、戦士へと姿を変える。

 そして、美しいふたりの、伝説の戦士が大空より舞い降りる。



「立ち向かう勇気の証! キュアグリフ!」


「守り抜く優しさの証! キュアユニコ!」


「「ファーストプリキュア!」」



 変身したふたりの戦士を前に、仮面の騎士は、誰にも見えない表情を歪め、笑う。

「闇の欲望、アンリミテッド。最高司令官、暗黒騎士デザイア。参る!」

 デザイアは、レイピアを構え、ふたりのプリキュアに突撃する。
421 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:10:49.02 ID:TVNRAefO0

…………………………

「っ……」

 掴まれた肩に痛みはない。ダッシューには、あきらを傷つける様子は微塵も感じられなかった。ダッシューは一見して優しげな笑みを浮かべて、とうとうと語る。

「ねえ、お嬢さん。君はその王女様の何を知っているんだい?」

「な、何を、って……」

「何も知らないんじゃないかい? いや、もちろん、ロイヤリティのこととか、情熱の国のこととか、ぼくらアンリミテッドのことくらいは聞いているかもしれないねぇ」

 けれど、と。ダッシューは酷薄に笑う。

「王女様をはじめとした王族が何をしたのか、それは聞いていないんじゃないかな。正直な話、君の誠実さと体力には、少しだけ敬意を表したいところなんだ。大方、すぐにぼくに王女様を差し出すか、もしくはすぐに疲れ果てて、ぼくに王女様を取られるか、そのどちらかだと思っていたからね」

「ど、ドラ……」

 パーシーがガタガタと震え出す。ダッシューはその様を見て、やはり嗜虐的に笑う。

「ねえ、王女閣下。あなたたちは卑怯だ。ホーピッシュの人間を利用するために、まるで自分たちは被害者だというような顔をする。あのとき、あの瞬間、あなたは情熱の国の臣民を見捨てて、王様やお后様と一緒に、情熱の国を逃げたというのに」

「ど、ドラ……! に、逃げた、わけじゃ、ない……ドラ……。パーシーたちは、エスカッシャンを、守るために……――」



「――その言い訳を、果たして闇に飲み込まれたロイヤリティの臣民は、聞いてくれますかねぇ」



「ドラ……」

「パーシー……」

 ダッシューは、あきらの肩から力が抜けたのを感じたのだろう。そっとあきらの肩を放すと、優しく話し始めた。

「さ、お嬢さん。王女様を渡してくれるかな。その王女様は、ロイヤリティを捨てて逃げ出した。そして、その事実を君に隠し、君を利用するために近づいたんだ」

「…………」

「君が守る必要なんてないんだ。だから、ほら、ぼくに、ちょうだい?」

 それは、ダッシューの最後通牒だったのだろう。言葉は優しげだが、ダッシューは、それを最後と決めているようだった。もしもあきらがそれを断れば、直接あきらに危害を加えるかもしれないと、暗に言っているようだった。

「……わたしは」

「うん」

 あきらは、震えるパーシーをぎゅっと抱きしめた。

「パーシーは、言わなかったんじゃないと、思う」

「……なに?」

 ダッシューの顔から笑みが消えた。それを恐ろしく思いながら、それでもあきらは、口から紡がれる言葉を止めることができなかった。

「パーシーの気持ち、わかるんだ。言いたいことは山ほどあっても、気持ちって、全然伝えられないし、伝えるのは、怖いし」

「…………」

「それを伝えた後、相手がどんな反応をするか、想像するのも怖い。考えるのも怖い。だから、人と話をしたくなくなるんだ」

「何が言いたい?」

「……それでも、想いを伝えなきゃ、想いは伝わらないんだ」
422 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:11:41.08 ID:TVNRAefO0

 ダッシューが焦れているのがわかった。余裕の笑みが歪み、彼の内なる凶暴さが姿を見せているようだった。

「ねえ、パーシー」

「ドラ……?」

 あきらは胸に抱くパーシーを見下ろした。パーシーはその声を受けて、ビクビクと震えながら、それでもあきらを見上げてくれた。

「パーシー、いま、わたしが何を考えてるか、わかる?」

「ど、ドラ……。そんなの、わからないドラ……」

「そうだよね。そうなんだよ」

 人の気持ちは、きっと少しだけわかる。けど、わかるのは少しだけだ。目を見るだけで、何から何までわかるようなことは、きっと、どんなに仲が良くても、ない。

 だから人は、言葉をつむぎ、意志を伝えるのだ。

「人の気持ちを考えて、心を考えて、それで言葉を選ぶことは、大事だよ」

「ドラ……?」

「でも、それをやり過ぎて、人に気持ちを伝えることができなくなったら、逆にダメなんだよ」

 自分は、ゆうきに一緒にいたいという気持ちを伝えただろうか。

 自分は、ゆうきに寂しいという気持ちを伝えただろうか。

 自分は、ゆうきとめぐみに、仲間に入れてほしいという気持ちを伝えただろうか。

「わたし、恥ずかしいや。勝手に嫉妬して、勝手に仲間はずれにされたような気持ちになって、勝手に、恨んで……」

 あきらはだから、パーシーに言った。

「パーシー。わたし、あなたがどうしたいかは聞いてなかった気がするよ。あなたの使命、ロイヤリティのこと、アンリミテッドのこと、それは聞いたけど、あなたがどうしたいかは教えてもらってないよね」

「あきら……」

「……それを聞いて、どうするというんだい?」

 ダッシューが両手を広げる。顔に張り付いていた薄ら寒い笑みは、すでになくなっていた。

「意志なんて伝えてどうなる。想いをくみ取ってどうなる。君には何の力もない。それで、一体どうなるんだ」

「パーシーが何をしたいのか、知りたい。それだけだよ。それがわからなかったら、わたしにはどうしようもないもの」

「そうか。では、情熱の国の王女様。あなたはこう言うべきだ。“わたしを置いて逃げて”とね」

「ドラ……」

「これ以上、その純粋なお嬢さんを我々の事情に巻き込む気ですか?」

「……ねぇ、パーシー」

 あきらは、ダッシューの冷たい声を遮るように言った。

「わたしの気持ち、伝えるね。わたしは、パーシーを助けたいよ。パーシーの力になりたいよ。きっと、何の役にも立たないけど、それでも、パーシーのために、できることをしたいよ」

「ドラ……」
423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:12:13.47 ID:TVNRAefO0

 あきらは想いを伝えた。その想いを、パーシーがどう受け取ったかなんて、あきらにはわからない。

「パーシー、は……」

 パーシーが口を開く。

「……王女様」

 想いを伝えることなど意味がないと言いきったダッシューが、何かに怯えるように口を開く。

「あなたがどういうことを言うべきか、あなたはしっかり分かっているはずだ」

「パーシー」

 あきらは、優しく口を開く。

「パーシーがどうしたいか、教えて。お願い」

「パーシーは……」

 パーシーが涙を拭う。あきらに抱きしめられたまま、それでもあきらを真っ直ぐに見上げ、言った。

「パーシーは、情熱のプリキュアを生み出し、世界を救いたいドラ。ロイヤリティを取り戻したいドラ。パーシーはきっと、迷惑ばっかりかけてしまうけど、それでも……」

 それは、パーシーの想いの発露に他ならなかった。



「……お願いドラ。パーシーを、助けてドラ!」



「ッ……」

 ダッシューが虚空からはさみを取り出し、あきらの喉元に突きつける。

「このはさみは、君の首程度なら簡単に切り飛ばせる。こんなスマートでない方法をとるとは思わなかったけど、君もこれで思い知っただろう。絶対的な力を前に、想いなんて伝えたところで、無力だ」

「…………」

 怖い。

 怖くて仕方がない。

 いまダッシューから示されているのは、明確な敵意、憎悪、そして、本気の殺意だ。ただの女子中学生のあきらに、それが怖くないはずがない。

「……ダッシューさん。あなたは、ひょっとして、あんまり悪い人じゃないのかな」

「ッ……!?」

 けれど、あきらは、その恐怖と同じくらい、言わなければならない気持ちがあった。

「どうしてわたしたちの話を聞いてくれたの? どうして、パーシーの言葉を誘導してまで、わたしを遠ざけようとしてくれたの?」

「何を……!」

 ダッシューが明確な動揺を見せた。ダッシューは空いた手であきらの肩を突き飛ばす。

「きゃっ……!」

 あきらは背中から倒れ込む。パーシーが手から離れ、コロコロと道に転がる。

「……ほら。ロイヤリティなんかを庇うから、そういう目に合うんだ」

 ダッシューは自分を落ち着かせるように言うと、パーシーを拾い上げた。

「さぁ、わがままはこれくらいに致しましょう、王女様。参りますよ」
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:12:40.91 ID:TVNRAefO0

…………………………

 デザイアがレイピアを振るう。その所作は、素早さ、身のこなし、何をとっても隙がないように思えた。

「少しは腕を上げたか、プリキュア!」

「っ……」

 身を翻すたび、デザイアのレイピアが急所を狙い、振るわれる。

「なら、見せてあげるわよ!」

 キュアユニコが距離を取り、右手を振るう。

「優しさの光よ、この手に集え! カルテナ・ユニコーン!」

 空色の清浄な光がユニコの右手に集約される。そこに現れるのは、伝説の戦士が王族より賜ったとされる伝説の剣、カルテナだ。

「ほぅ」

 デザイアはユニコをまっすぐに見据え、突撃する。

「ゴーダーツと渡り合い、少しは強くなったか?」

「ぐッ……!?」

 ゴーダーツの何倍も速い剣戟がユニコを襲う。

(速いだけじゃない……! ゴーダーツ以上に、一撃が重い……!)

 右手にカルテナを、左手に空色の“守り抜く優しさの光”の盾を作り出し、それでも防戦一方だ。

「ふッ……!」

「きゃっ……」

 デザイアのレイピアを防いだ瞬間、空いた腹にデザイアの蹴りが入れられる。ユニコは後ろに吹き飛ばされるも、かろうじて着地する。

「っ……」

「剣筋は素人同然。剣と盾を使う頭はあるようだが、それだけだ。私のレイピアを目で追うだけで手一杯。蹴りや拳が出たらどう対処するかもわからない。話にならんな。伝説の剣、カルテナを手に入れてもその程度か」

「……ふふ」

「何がおかしい?」

「そうね。私はまだまだ未熟だわ。でも、あなたの相手は、私ひとりじゃないわよ」

「なんだと……?」



「翼持つ勇猛なる獅子、グリフィンよ! プリキュアに力を!」



「ッ……!?」

 背後からの声に、デザイアが反転する。その目線の先にいるのは、薄紅色の翼をたたえ、カルテナ・グリフィンを構えた、勇気のプリキュアだ。
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:13:14.96 ID:TVNRAefO0

 そして――、


「角ある純白の駿馬、ユニコーンよ! プリキュアに力を!」


「何……!?」

 デザイアが首を回し、ユニコに目を向ける。その時にはすでに、ユニコは“守り抜く優しさの光”を身に纏い、ユニコーンの角のように、カルテナを構えていた。

「この距離で挟み撃ち! 絶対に外さないよ!」

 グリフが叫ぶ。

「なるほど。キュアユニコ、貴様は囮を買って出たわけか。私を挟撃するために」

「そういうことよ。あなたはとても強いって分かっているもの。頭くらい使うわよ」

 ユニコはグリフと目を合わせる。頷き合い、そして――、



「「プリキュア!」」



「グリフィンスラッシュ!!」



「ユニコーンアサルト!!」



 神速の斬撃と突撃が同時に放たれる。それを回避することは、アンリミテッド最強の騎士デザイアにすら叶わないことだった。
426 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:13:42.32 ID:TVNRAefO0

…………………………

 ああ、目の前で、友達がさらわれてしまう。

「っ……」

 怖い。

 怖い。

 怖い。

 あきらは、目の前の男が、怖くて仕方がない。

 人に、なんのためらいもなくはさみを向けることができる彼が。

 はるかに年下であろうあきらを、突き飛ばせる彼が。

 怖い。

 怖くて仕方がない。



「それ、でも……!」



 あきらは、立ち上がった。

 身体中が痛い。暴力を振るわれた経験なんてない。心臓が嫌な音を立てている。

 ストレスで頭も痛い。きっと、胃も痛くなる。



「それでも!」



「……おや」

 パーシーを掴んだままのダッシューが、立ち上がったあきらに目を向ける。

「怖いだろうに。無理をする必要はないよ。君はある意味でぼくに勝ったんだ。君のような弱い存在に暴力なんて振るうつもりはなかったけれど、それをしなければ君から王女様を奪い取ることはできなかった。君はすごいよ。上出来だ。素晴らしい」

 その称賛の言葉にはしかし、馬鹿にするような響きしか含まれていなかった。

「さ、疾くお引き取りを、お嬢さん。もう君の出番は終わったんだ」

「……終わってなんか、ないよ」

「……?」
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:14:16.88 ID:TVNRAefO0

 ダッシューが怪訝な顔をする。パーシーがあきらに目を向ける。

「あ、きら……。ありがとう、ドラ。パーシーを守ってくれて、嬉しかったドラ」

 パーシーが弱々しい言葉を紡ぐ。

「あきらと出会えて良かったドラ。あきらに言われたことが、心に響いたドラ。あきらのおかげで、パーシーは自分の気持ちを、伝えることができたドラ。だから……――」



「――だからも、何も、ないよ!」



「ドラ……?」

 あきらは言った。

「パーシーは、わたしが落ち込んだり、悲しんだり、辛かったりするとき、ぎゅって、優しく頭を抱きしめてくれたよね。パーシーは、ゆうきのことで落ち込んだわたしを、何度も慰めてくれたよね。わたし、それが、とっても嬉しかったんだよ」

「あきら……」

「パーシーは、わたしにとって、とても大切な友達なんだよ」

 伝えたい言葉がある。

 あんなに、言葉にすることが難しかったことが、今はするすると頭から口へ流れていく。心の声が、具現化する。それは、あきらの心の発露に他ならなかった。

「わたしは、パーシーを助けたい。パーシーの力になりたいの!」

「……くだらない」

 ダッシューがはさみをあきらに向ける。巨大なはさみは、ギラリと凶悪にきらめく。

「邪魔だ。失せろ」

「……ねぇ、ダッシューさん」

 怖くても、立ち向かうと決めた。

 何の力がなくても、パーシーを助けると決めた。

 だから、あきらは、

「パーシーを返して……!」

「……そのお願いを、どうしてぼくが聞くと思う!」

 ダッシューが怒りをあらわにする。

「ぼくはアンリミテッドの戦士だ! 君たち希望の世界の人間が、ぼくに敵うはずがない! どうしてあきらめない!? どうしてぼくを、こんなにもイライラさせるんだ!」

「!? ど、ドラ! やめるドラ!」

 ダッシューがはさみを振りかぶる。間違いなく、その凶悪な刃をあきらに向けて投擲するつもりだろう。パーシーはそれを止めようと、ダッシューの手の中で暴れる。

「ッ……情熱の国の王女! あなたに情熱などはない! 情熱の国は、情熱をなくし無気力になっていた! あなたたち王族は、その最たる例だったはずだ! なのに、どうして……!」

「ドラ! パーシーは、たしかに無気力だったドラ! それでも! 大切な友達が傷つけられようとしているときに、黙って見ているなんて、できない、ドラ!」

 パーシーはそして、言った。

「パーシーは、あきらのことが大好きだから!」



 瞬間、光が爆ぜた。
428 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:14:44.64 ID:TVNRAefO0

…………………………

「……なるほど。これは、三幹部が苦戦をするのもうなずける話だな」

「う、うそでしょ……!」

「っ……」

 グリフがうめき声をあげる。それももっともだと、ユニコは思った。ユニコもまた、目の前の光景がにわかには信じられなかった。

 デザイアは、前屈みになり、背中でグリフの右腕を受け止め、左手でユニコの右腕を抱え込むように押さえていた。グリフの斬撃の威力は根元で殺され、ユニコの突撃は右腕ごときれいに受け止められていた。

「私たちの技を同時に見切ったって言うの……」

「回避することは叶わなかったが、な。さすがはロイヤリティの最秘奥、カルテナの力といったところか」

 デザイアは笑う。

「私はアンリミテッドの最高司令官にして、最強の騎士だと、貴様らも知っているはずであろう?」

「ッ……!」

 デザイアから不穏な雰囲気が漏れる。

 ユニコは何かを感じ取り、デザイアを振りほどき、離れる。グリフもまた、デザイアから離れ、カルテナを構える。

「やられっぱなしというのも性に合わぬな。大人げないかもしれぬが、少し、本気を見せておこう」

 デザイアがレイピアを鞘にしまう。しかし、柄に手を置いたままだ。デザイアの身体から黒い何かが立ちのぼる。それとともに放たれるのは凄まじい圧力を持った闘気だ。眼下によぎる影。それは、地面で固唾を呑んで戦いを見守る三人の妖精だ。まずいと思ったときにはすでに、ユニコは動いていた。同じ事を考えたのだろう。グリフもユニコと同様、妖精たちを庇うように前に立つ。

「グリフ! あなたはフレンたちを守って! 私は、“守り抜く優しさの光”でできる限り衝撃を防ぐわ!」

「わかったよ! でも、何をするかわからないけど、すごいのが来るよ!」

「ええ!」

 ユニコはカルテナを前に構え、その伝説の剣を中心に、“守り抜く優しさの光”を展開する。空色の光を幾重にも重ね、何が来ても必ず妖精たちを守り抜くと心に決める。

「ゴーダーツの剣戟ひとつ防げぬその軟弱な盾で、これが防げるか見物だな」

 デザイアが嘲弄するように言う。そして、その直後、デザイアがレイピアを鞘から抜いた。その所作は、ユニコにはまったく、見切ることはできなかった。



「この程度でやられてくれるなよ? プリキュア」



 瞬間、とてつもない衝撃がユニコを襲った。それが、ただデザイアがレイピアを引き抜いただけで生み出された衝撃とは、とても信じられなかった。抜刀の風圧によって、ユニコの“守り抜く優しさの光”が揺らいでいるのだ。

 ピシッ、と。

 ユニコの空色の光にヒビが入る。いけないと思った次の瞬間には、“守り抜く優しさの光”は、吹き飛ばされていた。

「ユニコ!」

 あまりの衝撃に背後に吹き飛ばされそうになっていたユニコは、グリフに支えられ、かろうじてその場にとどまる。しかし、消耗しきった力で、立つことも叶わず、その場にくずれ落ちた。

「……ふん。やはり、まだまだだな、プリキュア」

「そのまだまだなわたしたちだけど、しっかりとブレイたちを守ったよ!」

「そうだな。素晴らしいことだ」

 わざとらしくデザイアが手を叩く。

「ふたりきりでは、絶対に私には勝てぬ。もしも我々アンリミテッドに本気で対抗するつもりならば、早く残りのプリキュアを見つけるのだな」
429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:15:16.39 ID:TVNRAefO0

「言われ、なくたって……!」

 ぜぇぜぇと肩で息をしながらも、ユニコはグリフに支えてもらいながら、立ち上がる。

「しかしお前たちがいかに努力しようと、肝心の王族がその体たらくではな」

 笑い声を上げるデザイア。その目線が向かうのは、プリキュアたちの背後でガタガタと震える妖精たちだ。

「愛の国の王女よ」

「れ、レプ……」

「貴様は愛を知らない。プライドと頭ばかりが大きくなり、もはや愛を知ることなど絶対に叶わないだろう」

「レプ……」

 デザイアの冷たい声に、ラブリがたじろぐ。

「ラブリをバカにしないで!」

「事実を述べているだけだ」

 デザイアは興味が失せたように、明後日の方向の空を見つめた。

「……目覚めた、か」

「えっ……?」

 その瞬間、デザイアが見つめる方向の空に、高く高く、火柱が上がった。

「なっ……!?」

「炎!? いや、あれは、光……?」

「……貴様らにとっては朗報だな。新たなプリキュアが生まれるぞ」

 デザイアは吐き捨てるように言った。

「ど、どういうこと!?」

「さてな。実際に行って確かめてみるといい」

「……どういうつもり?」

 デザイアの言葉に、ユニコが眉をひそめる。

「あなた、私たちを情熱の国の王女の元へ行かせないつもりだったのではないの?」

「その意味が失われたということだ」

 デザイアはそう言い残すと、レイピアを鞘に戻し、マントで身体を覆った。

「では、失礼する。三人の王子、王女、そして、未熟な伝説の戦士たちよ」

「ま、待ちなさい!」

 ユニコの言葉もむなしく、デザイアは宙に溶けるように消えた。デザイアの言葉の意味はわからないことばかりだ。しかし、今は他に優先するべきことがある。

「ユニコ! 今はあの光の方向に急ごう!」

「……そうね。デザイアとはどうせまた戦うことになるでしょうし」

 妖精たちを抱え上げ、ユニコとグリフは、光の方向へ急いだ。
430 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:15:43.04 ID:TVNRAefO0

…………………………

「ッ……!?」

 それは、爆発的な光だ。赤い赤い、真紅の、紅蓮の、光。

 燃え上がる炎のような、熱い光。

 その光を発しているのは、パーシーとあきらだった。

「ぐっ……!」

 ダッシューがうめき、パーシーを取り落とす。パーシーは、情けなく地べたに落ちるようなことはなかった。しっかりと二本の足で着地すると、まっすぐ、あきらの元へ馳せた。

「な、何……? この光は……」

 あきらは困惑するばかりだ。モノクロに染まった世界で、まるで自分だけが色を持っているようだった。紅蓮の炎のような光は、今やあきらを覆い尽くさんばかりに広がり、空を貫くように高く高く、火柱のように立ちのぼる。

「あきら! 無理を承知で、お願いしたいドラ!」

「パーシー……?」

「パーシーは、今まさに、情熱にあふれる人を見つけたドラ! あきらが、情熱にあふれる人ドラ!」

「わ、わたしが!? 情熱にあふれる人!?」

 あきらは目をぱちくりさせて。

「だ、だって、わたし、引っ込み思案だし、唯一の友達に振られっぱなしなだけで落ち込んじゃうような中学生だよ?」

「違うドラ。あきらは、誰より熱い情熱を、内に秘めていたドラ。そして、その情熱を、心を、しっかりと伝えることができるようになったドラ。それは、誰より強い情熱の力ドラ」

 パーシーはまっすぐにあきらを見据える。その目に、もう迷う気配はなかった。

「だから、お願いドラ! あきらのその情熱の力を、パーシーに貸してほしいドラ! 伝説の戦士プリキュアとなって、ロイヤリティを救い出してほしいドラ!」

「わ、わたしが、伝説の戦士に……」

 あきらは手を握る。弱々しい自分自身の手だ。誰より自分が知っている、弱々しい手だ。

 この手で、一体何ができるだろう。

 戦士になったところで、何ができるだろうか。

「……うん」

 それでも、できることをしたいと思って、言ったのだ。

 パーシーのためにできることがあるというのなら、あきらは。

「わたし、やるよ。伝説の戦士なんてできるかわからないけど、パーシーの言うことなら信じられるよ」

「あきら……! とっても嬉しいドラ!」
431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:16:09.79 ID:TVNRAefO0

「この光は……ッ!」

 ダッシューが目を覆いながら、叫ぶ。

「憎らしい! 恨めしい! この光は、情熱の国の光! 情熱を表す紅蓮の光! 情熱を失ったロイヤリティの王族の分際で、どうしてこの光を持つことができるッ!」

「あきらがパーシーに教えてくれたからドラ! パーシーはもう迷わないドラ! パーシーは……ロイヤリティを救い出し、愛すべき臣民たちを取り戻すドラ!」

「臣民を捨て、逃げ出した分際で、何をッ!」

「ちゃんと謝るドラ! あなたに奪われたエスカッシャンも取り戻し、その上で、しっかりと説明するドラ! パーシーはもう、言葉を紡ぐことを、怖がらないドラ!」

 パーシーから光が放たれる。その光は、まっすぐあきらの左手へ向かう。そして、その紅蓮の光はあきらの左手首の上でカタチを成す。それは、真紅の美しい腕輪だ。

「それが情熱のロイヤルブレス、ドラ。そして、これも受け取るドラ! 情熱の紋章ドラ!」

「わっ……!」

 もうひとつ、パーシーから放たれた光を、あきらは右手で受け取った。熱いくらいに暖かいその光は、小さなプレートになる。

「これが、情熱の紋章……」

 それは、情熱を表す神獣ドラゴンをかたどった紋章だ。左手のロイヤルブレスと右手の紋章が、あきらの熱い心を、もっと熱くしてくれているようだった。

「っ……! 生まれるというのか、情熱のプリキュアが……!」

 ダッシューがうめく。しかし、ロイヤリティの光を直視できないのだろう。手で目を覆ったままだ。

「叫ぶドラ! 伝説の戦士の宣誓を!」

「……うん!」

 あきらは、まるで最初からわかっていたことのように、自然な動作で、ロイヤルブレスにプリキュアの紋章を差し込んだ。

 そして、やはり最初から知っていたことのように、戦士の宣誓を、叫ぶ。



「プリキュア・エンブレムロード!」



 天に届かんばかりに、紅蓮の光が炸裂した。その光の中にあって、熱いほどの光を浴びながら、あきらは自分自身が姿を変えていくのを感じた。炎は髪飾りとなり、耳飾りとなり、グローブとなり、衣装となる。

 そして、天高くから、まるで飛竜のように、伝説の戦士が舞い降りた。





 戦え。その情熱を示すために。

 戦え。世界に光を取り戻すために。

 戦え。誇りを取り戻すために。



 さあ、名乗れ。その名は――、



「燃え上がる情熱の証! キュアドラゴ!」



 炎が爆ぜ、情熱の戦士の誕生を祝福した。
432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:16:37.02 ID:TVNRAefO0

 次 回 予 告

めぐみ 「ぐぬぬぬぬ……!」

ゆうき 「? めぐみ、なんで唸ってるんだろ?」

フレン 「たぶん、ゴーダーツにもデザイアにも剣で勝てなくて悔しいんじゃないかしら」

ゆうき 「わーお。熱血だぁ」

めぐみ 「……むー、これは、修行が必要ね」

ゆうき 「修行!? めちゃくちゃ少年漫画的だね!?」

めぐみ 「もう負けてられないわ。カルテナでゴーダーツにもデザイアにも勝てるようにしないと!」

ゆうき 「うーん、めぐみがどんどん熱血方向へ行ってしまう……」

めぐみ 「何を呆けているの、ゆうき! 今から筋トレに走り込みよ!」

ゆうき 「ええっ!? わたしもやるの!?」

めぐみ 「当然でしょ! ほら、腕立てから! よーい……」

ゆうき 「わ、わわわ、ちょっと待ってよぅ〜」

ラブリ 「………………」

ギリッ

ラブリ 「……私も、早くプリキュアを生み出さなければ」

ブレイ (うーん。誰も彼も、悩みは尽きないなぁ)

ブレイ 「と、いうことで、次回! ファーストプリキュア!」

ブレイ 「第十四話【同じ想い? あなたと友達になりたい!】」

ブレイ 「次回もお楽しみに! ばいばーい!」
433 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/01(日) 10:27:21.39 ID:TVNRAefO0
>>1です。
読んでくださっている方、ありがとうございます。
毎話開始のレスを一覧にしておきます。

第一話 >>4

第二話 >>43

第三話 >>74

第四話 >>111

第五話 >>145

第六話 >>176

第七話 >>203

第八話 >>236

第九話 >>265

第十話 >>297

第十一話 >>324

第十二話 >>364

第十三話 >>402

また来週、よろしくお願いします。
434 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:00:08.35 ID:w9vsRS0p0

ファーストプリキュア!
第十四話 【同じ想い あなたと友達になりたい!】




「っ……! 生まれるというのか、情熱のプリキュアが……!」

 ダッシューは爆発的に広がるロイヤリティの光を直視することができずいた。

 しかし、明確にわかることは、目の前でとてつもない存在が生まれるということだ。

(情熱など……ッ!)



 ――――『わたくしは、あなたを愛しています』



「情熱などッ……!」

 遠い記憶。それは、ダッシューにももう思い出せない誰かの記憶。

 明確に覚えている、裏切られた己の情熱。

 愛。

 ロイヤリティの圧倒的な光は、そんなダッシューを許してはくれなかった。

 だからダッシューは、アンリミテッドに墜ちたのだ。

「情熱など、何にもならないッ! 愛など、無駄だッ! 人を傷つけ、悲しみをもらたらし、憎しみを生むだけのものだッ!」

 ダッシューは光から目を背けたまま、剪定用のはさみを投げた。目の前の圧倒的な脅威を、消し去らなければならないと思ったからだ。

 しかし。

「ッ……!」

 投げたはさみは、光に当たり、一瞬のうちに燃え尽きた。

 それは、ロイヤリティの光が持つ、凄まじいまでの力だ。
435 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:00:45.90 ID:w9vsRS0p0

「ロイヤリティ……!」

 世界はままならない。ダッシューはそれを知っている。

 かつて、もう記憶もないあの日、ロイヤリティに排斥されたあのとき、ダッシューは、ロイヤリティの光の強大さを知った。

 その圧倒的な高貴が、己を許さないということも知った。

 そう、だから、ダッシューは。

「……ぼくは、負けるわけにはいかないんだ」

 光を、まっすぐに見据える。

 目が焼け付くようだが、それでも、明確な敵意を持って。

 そして、その炎のように熱い光の奔流の中から現れた人影を、睨み付ける。



「燃え上がる情熱の証!」



 それは、紅蓮の炎を纏う伝説の戦士。

 情熱のプリキュア――、



「――――キュアドラゴ!」



「プリキュアが……ッ!」

 ダッシューは目の前の、ただの気弱な少女だったはずの戦士に、吼えた。
436 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:01:28.29 ID:w9vsRS0p0

…………………………

 ゆっくりと目の前の光景を確認する。

 炎のような光は収束し、目の前に広がる世界は、相変わらずモノクロのままだ。

 そして、自分自身を見下ろす。

 赤と白を基調とした、かわいらしく勇ましい衣装を身につける、自分自身を。

「……えっ?」

 思わず疑問の声が洩れる。髪が伸びている。色は燃え上がるような赤だ。顔に手を当てる。眼鏡はそのままだが、少し形が変わっている。

「な、なにこれ!? わたし、どうなっちゃってるの!?」

「ドラ! それこそ、ロイヤリティの伝説の戦士プリキュア、“キュアドラゴ”の姿ドラ!」

「ええっ……えええええええええええ!?」

 驚きは冷めない。自分自身の姿が変わったのだから当然だ。しかし、暢気に驚いていられるのはそこまでだった。視界の隅で、何かが動いたのだ。

「あっ……危ない、パーシー!」

 ダッシューが大量のノコギリを取り出し、パーシーとキュアドラゴを狙い、放ったのだ。ドラゴはパーシー抱きかかえると、横に跳んだ。

「わっ……わわわわっ!」

「ドラぁ……!」

 少し横に跳んだだけだった。それなのに、道路の端まで、少なくとも五メートルは超える大ジャンプになってしまった。

「な、なにこれ……?」

「プリキュアは伝説の戦士ドラ! キュアドラゴはその中でも、最強の攻撃力を持つとされるドラ! だから、それくらい訳ないはずドラ!」

「こ、攻撃力は関係ないんじゃないかな……」

 興奮しているのか、パーシーは少し饒舌になっていた。

 ドラゴは体勢を崩しながらもなんとか着地し、パーシーを地面に下ろした。

「パーシーは危ないから離れていて」

「ドラ……! あきら!」

「うん?」

 ドラゴを見上げるパーシーが、ぐっと拳を握った。

「がんばって、ドラ!」

「うん!」
437 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:01:55.26 ID:w9vsRS0p0

 パーシーが走って逃げるのを見届けて、ドラゴは真っ直ぐにダッシューを見据えた。

「キュアドラゴ、か。まさか君が、伝説の戦士プリキュアになるとはね」

「さっきののこぎり、パーシーに当たるかもしれなかった。危ないとは思わないの?」

「ふん。この世界の基準や倫理観で物事を考えるのはやめた方がいい」

 ダッシューはとうとうと、ドラゴに語りかけるように。

「君はぼくとよく似ている。ぼくも、君と同じように、人に何かを伝えるのが嫌いだ。本心をさらけ出すなんて馬鹿げている」

 ダッシューは笑う。

「本心は隠してこそ、だ。傍から人が失敗するのを見て笑う。要領が悪い奴を見て笑う。それでいいじゃないか。情熱なんて持ったって、自分が周りから笑われる立場になるだけさ」

「…………」

「黙りこくったままでいいじゃないか。君は友達とトラブルになったんだろう? だったら、もう関わらなければいい。そうすれば何も起きない。君が傷つくこともない。友達を傷つけることもない。それでいいじゃないか」

「……わたしは」

「うん?」

 ダッシューの言っていることは、きっとある一面では正しい。人を傷つけるくらいなら、関わらない方がいい。傷つくだけなら、関わらない方がいい。それは、間違いないことだろう。

「人と関わるのが苦手だよ。怖いよ。だから、黙りこくって、うつむいて、じっとしていることも多いよ」

 一年生のとき、ずっと一緒だった小学校の友達と離れて、親友のゆうきとも別のクラスになって、ダイアナ学園でひとりきり、無為に時間を過ごすことが多かった。

 クラスメイトは何度も話しかけてきてくれたのに。

 あきらは、その優しさが痛くて、怖くて、逃げ出した。

 そして、大切な幼なじみの心からも逃げようとしている。

 そうすれば、たしかにあきらは傷つかないだろう。

 きっと誰も傷つかないだろう。

 しかし、それでも。

「でもね、わたしは……」

 心に灯ったこの炎を消したくない。

 せっかく生まれたこの情熱を、消したくない。

 だから――、



「わたしは誰かと一緒に生きていきたいよ。傷つくかもしれない。傷つけてしまうかもしれない。でも、そのたびに謝って、謝られて、そうやって、生きていきたいよ」
438 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:02:23.31 ID:w9vsRS0p0

「ッ……! 人の情熱は人を傷つける! 心と心がぶつかり合って炎が上がる! その炎は、君の心や友達の心を焼き尽くすぞ!」

 ダッシューが激昂する。

「けど、その炎はきっと、人の心を温める炎でもあるんだよ。その温かさが、きっと、人にたくさんの力をくれるんだよ。わたしは、もう、それから逃げたくないんだ」

 あきらの情熱はもう止まらない。

「怖いことだってたくさんあるよ。ゆうきとお話しするのも、今は少し怖いよ。それでも、わたしは、たくさんの情熱を持って、たくさんの人と一緒に生きていきたいんだ」

「……いっておくが、人との関わり程度を恐れる君に、プリキュアなど無理だよ。戦うのはもっと苦しいし、怖いよ。それでも、君は――」

「――戦うよ、わたしは、戦う。パーシーを守るために。パーシーの願いを叶えるために。そして、この世界を守るために」

「……わかった。なら、少し怖い思いをしてもらおうか」

 ダッシューが虚空から何かを引っ張り出す。それは、巨大なはさみと、巨大なノコギリだ。

「ぼくたちはアンリミテッドだ。己の欲望のためなら何でもするよ」

「っ……」

「怖いだろう? こののこぎりが、このはさみが、君の喉元に突き刺さるかもしれない。怖いだろう? ぼくは、人を傷つけることを何とも思わない」

 ダッシューの目はどこまでも本気だった。今や明確な敵意をドラゴに向けている。

 伝説の戦士に変身したって、怖いことに変わりはない。

 それでも、パーシーからもらった力は、ドラゴに勇気を与えてくれる。

「……怖いけど、わたしに戦う力があるなら。パーシーを守る力があるなら!」

「悪いが、君にまで強くなってもらっては困る。ここで仕留めさせてもらう」

 ダッシューは両手を空へ掲げ、叫んだ。

「出でよ! ウバイトール!」

「な、何……?」

 暗く濁る空が割れる。その隙間から漏れ出たのは、ヘドロのような黒い“何か”だ。その何かは大地に落ちると、そのまま雨水が染みこむように、アスファルトに消えた。



『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』
439 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:02:52.04 ID:w9vsRS0p0

「何が起きてるの……?」

「闇の欲望の化身、ウバイトールさ。世界を闇に染めるための怪物だ」

 ダッシューが言う。

「道とは、人間の欲望そのものだ。もっと活動範囲を広げたい。世界を広げたい。その思いは明確な欲望だ。それは、大いなる闇の一助となる」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 怪物の雄叫びは直下から聞こえた。気づけば、アスファルトが真っ暗に染まっている。ドラゴの目の前に、凶悪な目が、口が、現れる。

「道路が怪物になったっていうの……!?」

「行け! ウバイトール! あの未熟なプリキュアをひねり潰すんだ!」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 アスファルトから腕が伸びる。予想のできない動きに、反応が追いつかない。ドラゴはその腕に弾かれ、吹き飛ばされる。

「きゃぁああああああああああああああ!!」

 塀に叩きつけられ、頭がクラクラと揺れる。膝をつくが、それでも倒れるわけにはいかない。

「さぁ、どうする、キュアドラゴ。未熟な君にこのウバイトールが倒せるかな」

「っ……」

 どうしたらいいのか、皆目見当もつかない。先ほどの腕はすでにアスファルトの中に消えている。暗闇に墜ちたアスファルトには、色が変わった以外に何の変化も見られない。直後、ドラゴの真下から巨大な腕が伸び上がる。

「なっ……!?」

「道路すべてが君の敵だ!」

 真下からの攻撃に対応できず、ドラゴはそのまま直上へ吹き飛ばされる。そのまま真下へ急降下をはじめるが、着地を心配するドラゴの目に、別のものが飛び込んできた。

「ぱ、パーシー!?」

 パーシーが、アスファルトから生える小さな手に、追い回されているのが見えたのだ。

「っ……!」

 空中で身体を反転させる。まっすぐに、守りたい小さな命を見据える。そちらへ向かって加速するイメージで、ドラゴは宙を蹴った。

 ドラゴの足先から炎が爆ぜる。宙を蹴り、パーシーに向け加速する。

 それは、意識して行ったことではなかった。だから、ドラゴにも、それをどうやったかはわからない。

「パーシー!」

 今まさに黒い手に捕まりそうになっていたパーシーを抱え、地面を転がる。はるか上方から地面に向かい加速したドラゴは、身体中を痛めながら、それでも、大切な友達を守り切る。擦り傷だからけになりながら、それでも、大切な友達を守り切ったのだ。
440 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:03:20.34 ID:w9vsRS0p0

「目障りだな。なぜそんな王族のために命を危険にさらす。なぜそんなに傷ついてまで、その王女を守る」

「……何度も、言わせないで」

 ドラゴはパーシーを抱えたまま立ち上がった。全身の傷が痛い。衝撃で視界も揺れる。それでも、まっすぐ、こちらに歩み寄るダッシューを見据える。

「パーシーは大事な友達なの。だから、守るよ……」

「そうか。なら、君には何もできないということを、改めて教えてあげよう」

「な……」

 音もなく接近したダッシューが、ドラゴの喉元にノコギリを突きつける。

「っ……」

「痛いだろう? 怖いだろう? これが、本当の戦いだ」

 チクリと首が痛む。ツーと、血が垂れたのがわかった。

 思わず目を閉じ、敗北を覚悟する。その様を見て、ダッシューが高笑いする。

「やはりその程度か。ホーピッシュのぬるま湯に浸かった分際で、ぼくたちアンリミテッドに刃向かうからそうなる! 弱くて情けないロイヤリティの王族などを庇うから、そうなる!」

「弱く、ても……」

 それは、弱々しくて、小さな声だった。

「弱くても……戦う、ドラ……!」

 あきらの胸に抱かれたままではあったけれど、パーシーは、声を発し、身体を広げた。小さな小さな身体で、まるで、あきらを庇うように、両手を広げたのだ。

「キュアドラゴは、プリキュアは、世界の希望ドラ。ドラゴを傷つけるつもりなら、パーシーが守る、ドラ……!」

「っ……。力のない分際で、何が“守る”だ!」

 パーシーはダッシューの声に震えながらも、縮こまるようなことはしなかった。震える瞳で、それでも、毅然とダッシューを見返していた。

(わたしは……)

 ドラゴは、その胸に抱く暖かい友達の行為に、思い出す。ああ、そうだ。



 わたしはひとりじゃない。
441 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:03:52.15 ID:w9vsRS0p0

「伝説の戦士共々、ここで朽ち果てろ! 情熱の国の王女、パーシー!」

「ああああああああああああ!!」

 ドラゴは目を開いた。恐怖から目を背けていた己を叱咤するように、吼える。

 今まさに引かれようとしていたノコギリを、片手で掴む。激痛が走るが、それでも、放さない。手が震えるけれど、それでも、絶対に放さない。

「な、何を……」

「わたしはプリキュア! 伝説の戦士、キュアドラゴ!」

 頭の中に明確なイメージが生まれる。それは、伝説の神獣、ドラゴンの炎。

 そのイメージをそのまま、現出させるように。

 ドラゴはノコギリを掴む手に力を込めた。

「ばっ、バカな……!?」

 ドラゴの手から炎が噴出する。その炎は、瞬く間にダッシューのノコギリを覆い尽くし、燃やし尽くした。

「馬鹿な! 薄いとはいえ、金属の刃だぞ!? それを、一瞬で燃やし尽くしたというのか!?」

 ダッシューは柄を放し、燃え尽きるノコギリを見ていることしかできないようだった。

「これが、キュアドラゴの力……?」

「“燃え上がる情熱の光”ドラ……」

「えっ?」

 パーシーが言う。

「ロイヤリティの伝説に記されているドラ。キュアドラゴの持つ力、“燃え上がる情熱の光”。悪辣なるもの、邪悪なるもの、そのすべてを燃やし尽くす力ドラ」

 ドラゴは右手から発現するその炎を見つめる。それは、ドラゴの心の中の熱い情熱の炎そのものに違いなかった。その情熱の炎は、ドラゴに力を与えてくれていた。

「パーシー。しっかり掴まっていてね」

「ドラ!」

 パーシーはドラゴの肩に掴まる。ドラゴは熱い心を燃やし、左手にも炎を纏わせた。両拳に燃える炎を確認し、ドラゴは真っ直ぐにダッシューを見据えた。

「っ……! ウバイトール!」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 ダッシューの声と共に、前方のアスファルトから巨大な腕が幾本も飛び出す。ドラゴに向かってくるその大量の腕を、ドラゴは両拳の炎で殴り、燃やし尽くす。

「なんて攻撃能力だ……! 今までのプリキュアとは段違いじゃないか!」

「ダッシュー!」

 ドラゴは足下を爆発させ、加速する。まっすぐ、ダッシューに向け跳ぶ。

「ウバイトール!」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 ダッシューに届く前に、ウバイトールの腕に阻まれる。今までより数倍も大きい手が、ドラゴの行く手を阻む。

「ぐっ……は、離れない……!」

 その手にめり込んだ拳が抜けない。炎を強くするが、すぐには燃え尽きそうにない。
442 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:04:30.30 ID:w9vsRS0p0

「その大きさなら、すぐには燃やせないだろう。これで終わりだ」

 ダッシューが気取った仕草で指を鳴らす。アスファルトから、無数の巨大な腕が出現する。それは瞬く間にドラゴを取り囲み、ドラゴとパーシーを威嚇する。

「全方位からウバイトールの拳が飛ぶ。君がどうやって、その大事な友達を守り抜くのか、見物だね」

「っ……」

 言うが早いか、ダッシューが手を振り下ろす。それが合図となり、全方位からドラゴに向け、巨大な手が幾重にも重なり振り下ろされる。

 今度は、キュアドラゴは目をつむるようなことはしなかった。まっすぐ、己に振り下ろされる無数の拳を見て、ただ、パーシーを庇うように胸に抱いた。そして――、



「翼持つ勇猛なる獅子、グリフィンよ!」



「角ある純白の駿馬、ユニコーンよ!」



「「プリキュアに力を!」」



 ――天高くからふたりの人影が舞い降りる。

「ッ……! プリキュアかッ!」

 ダッシューの憎々しげな声が飛ぶ。



「プリキュア・グリフィンスラッシュ!!」



「プリキュア・ユニコーンアサルト!」



『ウバァアアアアアアアア!!』

「な、何……?」


 薄紅色の斬撃はアスファルトから伸びるすべての腕を両断した。


 空色の突撃は地面に向け放たれ、それ以上の腕の出現を阻害した。


 そして、そのふたりは、まるでドラゴを守るように、着地した。
443 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:05:03.48 ID:w9vsRS0p0

「あ、えっと、その……」

 そのふたりは、ドラゴと同じような格好をしていた。

「無事で良かった。あなたが新しいプリキュアだね」

「えっ……?」

 薄紅色の女の子が、嬉しそうに言った。

「真っ赤なプリキュア、かっこいいなぁ。それに髪も長くってきれいで、おとぎ話のお姫様みたいだよ」

「えっと、その……あ、ありがとう?」

「こら、グリフ。天然で相手を困らせるのも大概にしなさい」

 空色の女の子が呆れたように言う。

「はじめまして。私はキュアユニコ。優しさのプリキュアよ」

「わたしはキュアグリフ。勇気のプリキュアなんだ」

「あ、は、はじめまして。わたしは情熱のプリキュア、キュアドラゴです」

 ようやく事態を飲み込めてきたドラゴは、深々とそのふたりに頭を下げた。

「た、助けてくれて、ありがとう。わたし、プリキュアになったばかりで、何が何だか分からなくて……――」

「――パーシーグリ!!」

「ひゃあっ!」

 ふたりしかいないと思っていたのに、別の声が聞こえて面食らう。薄紅色のプリキュア――キュアグリフの肩から、ヒョコッと肩を出したのは、柔和な顔をしたもこもこのぬいぐるみだ。

「あっ……ブレイ、ドラ……?」

「フレンもいるニコ!」

「ラブリもレプ」

「ひぇっ」

 ヒョコヒョコッと、空色のプリキュア――キュアユニコの両肩からも、ぬいぐるみたちが顔を出す。

「あ、あれ、パーシーの知り合い……?」

「そう、ドラ。みんな、ロイヤリティの王子と王女、ドラ」

「へぇ……」
444 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:05:30.57 ID:w9vsRS0p0

 どの子ももふもふで可愛らしい。抱き心地を確かめたいところだが、真面目な顔をしたキュアユニコが、それを許してくれそうにない。

「聞きたいことは色々あるでしょうけど、話は後よ。とりあえず今は……」

 ユニコが目線を向けたのはダッシューだ。

「ダッシュー! あなた、生まれたてのプリキュアにここまでやることはないでしょう! こんな身体中ボロボロにさせて! 両手だって火傷しちゃってるじゃない!」

「あ、そ、それは……」

 ほとんど自分で負ったキズだと言い出せる雰囲気ではなかった。ユニコの言葉を受けて両手を見ると、たしかに、ひどい火傷を負っているように見える。間違いなくキュアドラゴの炎を使って戦った影響だろう。

「まったく、調子が狂う連中だ。しかし、いかに君たちでも、このウバイトールは倒せまい」

 ダッシューは笑う。直下のアスファルトが盛り上がり、手を形成する。ダッシューはアスファルトから伸びるウバイトールの手の上から、三人のプリキュアを見下ろす。

「うーん、さっきもあの腕を斬ったんだけどなぁ」

「道路に向けて放ったアサルトも、驚いてはいたけど決定打にはなっていないみたいね」

「あ、あの……」

 ふたりの先達のプリキュアに対して、気後れしつつもドラゴが口を挟む。

「ダッシューが、このあたりの道路ずべてをあの怪物にしたの。だから、どうしたらいいかわからなくて……」

「なるほど。有益な情報ね。ありがとう」

 ユニコが考え込むようにうんうんと唸る。しかしそれを待つ敵ではなかった。

「行け、ウバイトール! プリキュアも王族もまとめて叩きつぶせ!」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「ああ、もう! こっちは考え事をしているのよ!」

 ユニコは片手をアゴに当てた考え事のポーズのまま、空いた手で剣を掲げる。その剣から空色の光が発せられ、ドームを形成する。目前まで迫っていたアスファルトから生える巨大な拳を、その光のドームがはじき返す。

「すごい……!」

「ま、まぁね……」

 ドラゴの感嘆の言葉に、ユニコが頬を染める。クールそうな見た目からは想像もつかない、可愛らしい仕草だ。

「防いでいるだけじゃ倒せないグリ!」

「そうニコ! どうすればこのウバイトールを倒せるニコ!?」

「ふ、ふたりとも落ち着くレプ。王族が慌てる姿を見せるなんて情けないレプ」

 三人の妖精がワイワイと騒ぎ出す。
445 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:05:57.13 ID:w9vsRS0p0

「あ、あの……」

 パーシーがそろそろと手を上げる。しかし、他の妖精たちは気づいていないようだった。

「じゃあラブリには何か考えがあるニコ!?」

「そ、それを今必死で考えているレプ!」

「さすがの天才様も今回はお手上げニコね!」

「なっ……! だ、誰も諦めたなんて言っていないレプ! 勝手なことを言うなレプ!」

「ふ、ふたりともケンカしないでグリ……」

「あ、うぅ……」

 パーシーはドラゴの手の中で縮こまる。そんなパーシーの様子を見て、きっと自分は、こんなことを繰り返してきたのだろうと、身につまされる思いだった。だから、ドラゴはそっと、パーシーの頭を撫でた。

「あ……ドラゴ……」

「大丈夫。情熱を持って。パーシーならちゃんと伝えられるよ。言いたいことがあるんでしょ?」

「……ドラ!」

 パーシーの目から不安げな色が消えた。パーシーは 三人の妖精の方を向き直った。

「ど、ドラ!」

「ニコ!?」

「レプ!?」

「ぐ、グリ!?」

 大きな声を上げたパーシーに、三人の妖精たちが驚いて動きを止める。ブレイにいたっては、驚きすぎてグリフの肩から墜ちそうになる。

「い、いきなり大声を出して、どうしたニコ。パーシー」

「み、みんなに思い出して、ほしい、ドラ……」

 パーシーは恥ずかしそうに、けれどしっかりと言葉を紡いだ。

「プリキュアが三人揃った、ドラ。伝説によれば、三人のプリキュアがそろうことによって、光の大爆発を放つことができる、とされるドラ……」

「グリ! そういえば、そんな話をお母様から聞いたことがあるグリ!」

「……レプ。試してみる価値はあるレプ」

「ニコ! やってみるニコ!」

 三人の妖精がドラゴに抱えられるパーシーを見る。たじろぐパーシーに、三人は言った。

「さすがパーシーグリ!」

「レプ。まぁ、よく思い出したレプ」

「教えてくれてありがとうニコ!」

「あっ……」

 パーシーは嬉しそうに笑った。

「み、みんなのおかげドラ……」

 パーシーはしっかりと意志を伝えることができた。それが、窮地を脱するヒントになることは、誰にも疑いようのないことだ。

「キュアグリフ、キュアユニコ。力を貸して」

 だからドラゴもまた、自分の意志を伝える。パーシーを肩に乗せ、ふたりのプリキュアに手を差し出す。

「もちろん」

「ええ。やりましょう。キュアドラゴ」

 グリフとユニコは、ドラゴの手を取った。そして、三人の戦士たちは、頷き合い、まっすぐ、ダッシューを見据えた。
446 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:06:34.90 ID:w9vsRS0p0

…………………………

 場の空気が一変したことが、ダッシューにはすぐにわかった。

「っ……なんだ、この焦燥感は……」

 ウバイトールは今も、三人のプリキュアめがけ、拳を振り上げ続けている。このまま続ければ、間違いなくキュアユニコの“守り抜く優しさの光”を破り、攻撃が通るだろう。

 だというのに、頭の中から嫌な予感が消えなかった。

「ッ……! ウバイトール! 早くプリキュアを潰せ!」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 アスファルトから幾本もの腕が生える。それがすべて拳を握り、一斉にプリキュアに殺到する。

 その瞬間、空色の光が猛烈な圧力を伴って膨張した。

「なに……!?」

“守り抜く優しさの光”が爆発するように広がり、幾本にも及ぶ腕をすべて吹き飛ばしたのだ。

「なるほど。だが……!」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 腕はすぐに再生する。道路すべてを浄化されでもしない限り、ウバイトールは敗れない。腕がすぐに生えはじめる。そして、プリキュアに狙いを定め、拳を握る。

「今度こそ終わりだ!」

 はるか上方から三人のプリキュアを見下ろし、ダッシューは勝利を確信した。



「翼持つ獅子よ!」



 風が吹き荒れた。それは、薄紅色の光を伴い、どこまでも強く、周囲のすべてを吹き飛ばさんばかりに吹き荒れた。



「角ある駿馬よ!」



 光がカタチを成した。薄紅色の光は、雄々しい神獣グリフィンを、空色の光は、清浄なる神獣ユニコーンを、そして――、



「天翔る飛竜よ!」



 残る紅蓮の光は、荒々しい神獣ドラゴンを、カタチ作る。



「な、何が起きるというんだ……!」

 ダッシューが見下ろす前で、三人のプリキュアたちはその光の中心にたち、手をつないでいるだけだ。しかし圧倒的な高貴が、光が、その場を支配していた。

「滅んだはずのロイヤリティの光がここまで強くなるのか……! なぜ、なぜだ!?」

 身の危険を感じ、ダッシューはウバイトールの手から跳び、空に逃げた。
447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:07:02.52 ID:w9vsRS0p0

…………………………

 光がドラゴをとりまいている。それだけではない。ふたりのプリキュアから、熱が流れ込んでくるようだった。

「これは、一体……」

「大丈夫だよ。安心して」

 キュアグリフがにこりと笑う。

「わたしたち三人ならやれるよ」

「ええ。大丈夫。私たちを信じて」

 キュアユニコが微笑んだ。

「三人で、あのウバイトールを倒すのよ」

「…………」

 だから、キュアドラゴも笑うことができた。

「……うん! やろう! わたしたち三人で!」


「翼持つ獅子よ!」

「角持つ駿馬よ!」


 頭に明確に浮かび上がるフレーズ。それを、ドラゴはそのまま、叫んだ。


「天翔る飛竜よ!」


 光が爆発的に広がった。己の背後に、荒々しいドラゴンが浮かび上がっていることに、ドラゴは気づかなかった。

 ドラゴは前に両手をかざした。グリフもユニコも同様、前に手をかざしている。

 それがトリガーだった。

 ドラゴは、グリフは、ユニコは、己の心が命じるままに、それを唱えた。




「「「プリキュア・ロイヤルフラッシュ!!」」」
448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:08:08.48 ID:w9vsRS0p0

 光の奔流が指向性を持つことなく四方へ飛ぶ。それは、周囲全てを浄化するような、爆発的な光の広がりだった。

『ウバッ……ウバァアアアアアアアア!!』

 周辺をすべて埋め尽くしたその光は、道路となり広がったウバイトールを残らず浄化し尽くした。やがてその凄まじい光が消えた後には、色を取り戻した世界が広がっていた。アスファルトは、いつも通りのねずみ色に戻っている。

「な、なんて力だ……」

 上空からのうめき声に顔を上げる。ダッシューが苦々しげな顔をして、三人を見下ろしていた。

「ダッシュー!」

「三人目のプリキュア、キュドラゴ、か……」

 ドラゴの呼び声に耳を貸すことなく、ダッシューは言う。

「覚えておくといい。これで済むと思うなよ。絶対に、君たちを倒す……!」

 そう言い残すと、ダッシューは宙に溶けるように消えた。

「あっ……」

 怪物はいない。

 ダッシューも消えた。

 世界は色を取り戻した。

 緊張の糸が一気に切れたようだった。意識が少し遠のき、身体がふらりと揺らぐ。

「おっとっと……」

「大丈夫?」

 ふたりの先達の戦士たちはさすがだ。そんなドラゴを抱え、支えてくれるだけの余力が残っているのだから。

「ご、ごめんなさい……ちょっと気が抜けて」

「初めて変身したんだもんね。無理させてごめんね?」

「いえ……」

「あら、先輩気分ね、グリフ」

「ユニコだって、さっきまで頼れるお姉さん、みたいな顔してたくせにー」

「そ、そんな顔してないわよ!」

 ふたりの手を借りて、なんとか自立する。すると、三人の身体から光が弾け、伝説の戦士の衣装が制服に戻る。髪の色も何もかも、元通りだ。身体中に負ったキズも治っている。

「……へ?」

「あっ……」

「あー……」

 その瞬間、三者三様の顔をして、変身前の三人が顔を合わせた。

「あ、あきら!?」

「ゆうき!? それに、大埜さんも!?」

「美旗さんだったのね。驚いたわ」

 あきらは理解が追いつかない頭を抱えて、うんうんと唸った。

「ゆ、ゆうきが、キュアグリフ?」

「うん」

「大埜さんが、キュアユニコ?」

「ええ」

 混乱しているあきらは、そのまま思っていることを口に出す。

「で、わたしが、キュアドラゴ?」

「そうだね」

「そうみたいね」

「え……ええええええええええええええええええええええ!?」

 あまりにも膨大な情報量に、あきらは驚くことしかできなかった。
449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:08:35.09 ID:w9vsRS0p0

…………………………

 そこは黒い場所。光はあるがすべてが黒いために光が反射しない場所。

「っ……ハァ……ハァ……」

 ダッシューはそこに敗走した。希望あふれる世界ホーピッシュにおいて、目の前でむざむざ新たなプリキュアを誕生させてしまった。

 そして三人のプリキュア相手に敗北を喫し、逃げてきたのだ。

「情熱のプリキュア……――」



「――キュアドラゴ」



「っ……!?」

 いつの間にそこに現れたのだろう。漆黒の壁にもたれるように、仮面の騎士デザイアが立っていた。

「デザイア様……」

「私はしっかりと他のプリキュアたちの足止めをしていたぞ? 情熱のプリキュアが生まれる瞬間までは、な」

 ダッシューの責めるような目線に気づいたのだろう。デザイアが言った。

「情熱のプリキュアが生まれてしまった以上、あれ以上のプリキュアたちの足止めは無駄であろう?」

「……ええ。おっしゃるとおりですよ」

 ダッシューは歯がみしながら。

「では、どうします? むざむざプリキュアを生み出すのを許したぼくを、始末しますか?」

 その言葉に、デザイアは仮面をつけた顔をもたげた。まっすぐにこちらを向く仮面には、何の感情も見て取ることが出来ない。

「……馬鹿を申すな。貴様にはまだやってもらうことがある。貴様もまた、大切なアンリミテッドの同志であるからな」

 デザイアはそれだけ言うと、デザイアのみが入ることを許されている、漆黒の扉を開いた。その中は光のない真の闇。そこに何があるのか、それはデザイア以外誰も知らない。

「情熱のプリキュアが生まれてしまった以上、貴様もまた、真正面から戦って打ち倒すしかない」

 デザイアは背を向けたまま、言った。

「より強い力を求めるのだな。過去の己を、振り返ってでも」

 そしてデザイアは扉の中へ姿を消した。残された彼は、歯を噛みしめ、壁を殴りつけた。

「ッ……! ぼくは……!」

 そこはアンリミテッド。

 光はあれど、すべてが黒いから、闇のように見える場所。
450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:09:02.48 ID:w9vsRS0p0

…………………………

 翌早朝に登校したあきらは、同じく早く登校したゆうきとめぐみから、中庭でプリキュアやロイヤリティ、アンリミテッドについて説明を受けていた。

「はぁ……ゆうきたちは今まで、そんなことをしてたんだね」

 話があらかた終わっても、未だに信じられない。昨日の一件もあるから、信じるしかないのだけれど、それでも、簡単に納得できる話ではない。

「プリキュア、かぁ……」

 早朝の澄んだ空気の中、空を見上げる。かざした左手に煌めく、真紅の腕輪。ロイヤルブレス。それは、あきらの情熱を呼び覚ましてくれた宝物だ。

「……わたしにできるかな」

「できる、ドラ」

 あきらのひざの上で、パーシーが言った。

「あきらは初めての変身でも、必死でパーシーを守ってくれたドラ。パーシーはそれが嬉しかったドラ。だから、あきらには、絶対にできるドラ」

「パーシー……」

 嬉しくて、パーシーを持ち上げ、ぎゅっと抱きしめる。ふと、視線を感じて目を向ける。ゆうきとめぐみのひざの上から、こちらをまじまじと見つめるのは、三人の妖精だ。

「引っ込み思案のパーシーが……」

「あんなに喋ってるの……」

「初めて見たレプ……」

「ドラ……っ」

 パーシーは恥ずかしそうに顔を赤くすると、もぞもぞとあきらの腕の中に隠れるように身を縮こまらせた。

「うーん……まだ、ブレイたちとはうまく喋れないみたいだね」

「グリ?」

 ゆうきが困ったように、ブレイを抱え上げた。

「三人が一斉に話しかけたら、パーシーが驚くから、ひとりずつね」
451 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:09:29.09 ID:w9vsRS0p0

「わかったグリ!」

 ブレイはゆうきの手の中からピョンと飛び降りると、テーブルに降り立ち、言った。

「パーシー! ブレイたちはみんな、パーシーが無事で嬉しかったグリ! これから、よろしくグリ!」

「ど、ドラ……」

 パーシーがあきらの腕の中から顔を出す。

「ぱ、パーシーも、みんなに会えて嬉しいドラ。みんなで、ロイヤリティを、復活させる、ドラ……」

「グリ!」

 パーシーは恥ずかしそうだけれど、それ以上に嬉しそうにはにかんだ。ブレイも、フレンも、ラブリも、それを受け入れるように頷いた。

「と、言うことで、わたしたちもこれからはプリキュア仲間だね! よろしく、あきら!」

「う、うん」

 ゆうきが差し出した手を握る。

「よろしく、ゆうき」

「っと……」

 ゆうきが小さく震える。何事かと思ったら、ゆうきは恥ずかしそうに目を伏せて、言った。

「もう夏も近いのに、朝は少し冷えるね……。ごめん、ちょっとお手洗い……」

「あ、ち、ちょっと、ゆうき……」

「みんなで少し話しててー!」

 そう言い残して、ゆうきはその場を足早に後にした。
452 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:09:55.35 ID:w9vsRS0p0

…………………………

「はふぅ……」

 お手洗いを済ませ、中庭に戻る。テーブルを挟んで、あきらとめぐみが向かい合っている様子が見て取れる。が、

「ん……?」

「…………」

「…………」

 遠目でも様子がおかしいのがわかる。あきらは顔を真っ赤にしてうつむいているし、めぐみは涼しい日陰だというのに汗をダラダラと流し、キョロキョロとせわしなく目を泳がせている。

「な、何をやってるんだろう……」

「あっ、ゆ、ゆうき!」

「ゆうき!」

 ふたりはゆうきを認めると、あからさまに安心したような顔をした。

「ど、どこまでいってたの……。すごく長かったよ……」

「えっ? いや、一番近いお手洗いだけど……。っていうか、五分も経ってないよね」

 あきらの不可解極まりない問いに、ゆうきは答えた。

「き、急にいなくなるから、どうしたらいいのかわからなかくて、焦ったわ……」

「えっ? いや、どういうこと?」

 非常にめずらしいことに、めぐみもよく分からないことを言っていた。

「…………」

「…………」

 ふたりは押し黙り、下を向いてしまった。

「?」

 本物の天然ボケと名高いゆうきに、そのふたりの心境をその場で察することなど、できようはずもなかった。
453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:10:28.57 ID:w9vsRS0p0

…………………………

 ゆうきがいくら天然ぼけで鈍いとはいえ、その日のうちになんとなく、めぐみとあきらの不可解な言動の意味が分かってきた。

 たとえば三人で話しているとき、ゆうきだけが用事ではずそうとすると、なぜかふたりとも着いてくる。

「?」

 たとえばお昼ご飯を食べているとき、ユキナと有紗に呼ばれたとき、なぜかふたりとも着いてくる。

「? ? ?」

 たとえば休み時間にお手洗いに立つと、なぜかふたりとも着いてくる。

「!? いやちょっと個室に一緒に入ろうとするのはやめてよふたりとも!」

 尋常なことではない。うんうんと考えをめぐらせて、ゆうきはようやく結論にたどり着いた。

「……ふたりとも、人付き合い苦手だもんなぁ」

 つまり、めぐみとあきらはふたりになるとどうしたらいいか分からなくなるのだろう。めぐみはきっといつも通りのクールなめぐみになってしまうだろうし、あきらはゆうきがいなくなったら一言も喋らない可能性がある。

(由々しき事態だね、これは……)

 ゆうきはうんうんと唸る。

(どうしたものかなぁ……)

 このままではプリキュアの戦いにも影響が出るかもしれない。ゆうきはうんうんと唸り続ける。二度目のプリキュア解散の危機なんてことになったら目も当てられない。

「……? 王野さん? どうかしましたか?」

 時は授業中。ゆうきは気づかないが、頭をふりふり考え事をするゆうきは、悪目立ちをしていた。数学の晴田先生は、そんなゆうきを優しく咎める。

「王野さん? 体調でも悪いんですか?」

(うーん、ふたりが仲良くなってくれたら一番いいんだけどなぁ。ふたりとも頭いいし、気も合うと思うんだけど……)

「王野さん……」

(ふたりを仲良くする方法……うーん……あっ)

「わかった!!」

 パンと手を叩いて立ち上がる。が、

「そうですか。わかりましたか」

 目の前に、ニコニコ顔の晴田先生がいた。

「あ、えっと、その……」

「わかったようなので、解いてもらいましょうか。黒板の問題、お願いします」

「えっ、あっ……」

 ゆうきは数学の授業中だということを思いだし、顔を真っ赤にして、言った。

「す、すみません。わかりません……」

「はい」

 晴田先生の笑顔が、日に日に怖くなっていく気がして、ゆうきは汗をダラダラと流すのだった。
454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:10:54.91 ID:w9vsRS0p0

…………………………

 その日の放課後のこと。

「「明日、三人でお買い物?」」

 ハモり方を見るに、決してこのふたりは気が合わないということはなさそうだ。ゆうきはそんなことを考えながら頷いた。

「うん。夏物の服とか買いに行きたいんだよね。隣町のショッピングモールに行きたいんだけど、ふたりとも予定が空いてたらどうかなー、って」

 数学の時間に思いついたのは、ふたりの親睦を深めるためのお出かけだ。幸いにして明日は休日だ。しかし、急にどこかに行こうと言っても不審がられるだろうし、何よりふたりが気まずい思いをするかもしれない。買い物くらいなら、自由も利くしいいだろうという、ゆうきの気遣いだ。

「わ、私はいいけど……」

 めぐみは言葉を濁し、ちらりとあきらを見る。

「わたしも、大丈夫だけど……」

 あきらもめぐみを見る。ふたりはバッチリ目が合ったようで、慌てた様子でそっぽを向く。

「……なんだろう。数年前のともえの公園デビューの頃を思い出すよ」

 あの妹は妹で、小さい頃は人見知りをしたものだ。と、そんなことはおいておくとして。

「じゃあ決まりだね。明日、10時にショッピングモールに集合ね」

「う、うん……」

「わかったわ」

 頷いたふたりを見て、ゆうきは内心気合いを入れる。

(よーし、こうなったらわたしが人肌脱いで、ふたりを仲良しにさせちゃうんだから!)
455 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:11:21.37 ID:w9vsRS0p0

…………………………

 翌日、あきらは久々のゆうきとのお出かけに胸を高鳴らせながらショッピングモールへやってきた。それに、もしかしたら、めぐみとも仲良くなれるかもしれないし、なんてことも考えながら、だ。

 ショッピングモールのエントランスについたのは9時30分。まだ誰も来ていないだろうと思い込んでいたあきらは、そこに立っていためぐみを見つけて驚いた。

「……大埜さん、おはよ。早いね」

「おはよう、美旗さん。ちょっと、朝早くに起きてしまったの」

「そうなんだ」

「ええ」

 隣に並ぶが、会話はそこで途絶えてしまった。

(こ、こここ、こういうとき、どうしたらいいの!?)

 あきらは戦々恐々と、時計を見つめる。ゆうきは昔から時間ギリギリにならないとやってこないタチだ。少なくともあと30分は、めぐみとふたりきりの時間が続くことになる。

「えっと、その……良い天気ね」

 めぐみが口を開いた。あきらはびくりと身体を震わせ、反応する。

「そ、そ、そうだね。空、すごく、青いね」

 何を言っているのだ己は。あきらは、誰もいなければきっと自分の頭を思い切り叩いていただろう。

「晴れて良かったよね。ま、まぁ、このショッピングモール、屋内型だから、あんまり関係ないけど……」

「そうね。関係ないけど、晴れて良かったわよね」

 冷静に聞いていれば、めぐみもおかしなことを口走っているのだが、現状あきらにそれを感じ取ることはできなかった。

「てっ、天気ってさ、」

 あきらは何を取り繕おうとしているのか自分でも分からないまま、口を開いた。

「不思議だよね。なんか、こう、最近は、天気予報、すごく当たるし……」

「ほんとね。雨雲の位置もわかるものね。すごいことね」

 めぐみが頷く。お互い、目を合わせないまま、不毛な会話は続く。

 天気から雨雲の話に移り、雨雲から水たまりの話に移り、延々と続く会話は、やがて世界情勢に至り、いつの間にか無言に収束した。

(き、気まずい……!)

 あきらは頭を抱えたいような気持ちだった。正常な女子中学生は、たぶんこんな不毛な会話は繰り広げない。どうしたものかと思案していると、ぽーん、と、10時を知らせるチャイムが鳴る。果たして、そこに駆け込む影があった。

 ゆうきかと期待するが、妙に身体が小さい。

「あれ……? ひかるくん?」
456 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:11:48.22 ID:w9vsRS0p0

「あっ、あきらさん。それから、えっと、お姉ちゃんのお友達の、めぐみさんですね?」

「え、ええ……」

「はじめまして。ぼくは王野ゆうきの弟のひかるです」

 現れたのは、ゆうきの弟のひかるだ。たしか小学校の中学年くらいだったはずだ。昔はゆうきと一緒によく遊んであげたものだ。ひかるは小学生とは思えないほど丁寧に頭を下げ、ふたりに向き直った。

「すみません。ぼくのもうひとりの姉のともえが、風邪を引いてしまって、姉が家を出られなくなりました。父は家にいませんし、母は仕事で家を空けているので、姉が看病していないといけないんです」

「えっ……?」

「それを伝えるために来ました。姉は、本当にごめん、と伝えてと言っていました」

「そ、そうなの……」

 あきらとめぐみはほとんど同じような顔をしていた。

 どうしよう、という顔だ。

「ひかるくん、わざわざありがとう。ともえちゃんにお大事にね、って伝えてもらえるかな」

「あと、ゆうきに、気にしないで、って伝えてほしいな」

「わかりました。姉たちにしっかり伝えます。それでは、ぼくはスーパーで買い物をして帰らないといけないので、これで失礼します」

 どこまで出来る弟くんだろうか。

 ふたりはそんなひかるを見送ると、お互い、ゆっくりと、驚かないように気をつけながら、目を合わせた。

「……ど、どうしようか?」

「そ、そう、だね。どうしようか……」

 このままめぐみと買い物をする?

 ふたりきりで?

 耐えられるだろうか。

 かといってこのまま別れる?

 ゆうきが来ないなら、ふたりでいても仕方ないね、って?

 無理だ。そんなこと言えるはずもないし、それは決してあきらの本意ではない。
457 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:12:15.54 ID:w9vsRS0p0

「……あきら」

 手元で声がした。バッグの中から、パーシーが顔を覗かせていた。

「あきらは、パーシーに想いの伝え方を教えてくれたドラ。だから大丈夫ドラ」

 そのパーシーの言葉が、あきらに勇気を与えてくれたようだった。

 そうだ。大丈夫。

 あきらはもう、自分の意志を、情熱を、伝えることをためらわないと決めたのだ。

「えっと、その……」

「?」

 めぐみの目がこちらを向く。今までずっと、冷たくてそっけないと思っていた視線だ。

 けれど、それが彼女の本質でないことは、今はなんとなくわかる。

「……わたし、せっかく大埜さんと一緒にここにいるんだから、ふたりで、ショッピングモール、回りたいな」

「えっ……?」

 めぐみの頬に朱がさした。それを見て、あきらは、自分の想像が間違いではないと悟った。

「で、でも……私と一緒にいても、たぶん、あんまり、楽しくないわよ……」

「そういうことじゃなくて、わたしが大埜さんと一緒にいたいんだよ。わたしの方こそ、あんまり楽しい人間じゃないけど、それでも……」

「……うん」

 めぐみが嬉しそうにはにかんで、頷いた。それを見て、あきらもまた、自然と笑みを浮かべていた。

「あのね、ともえちゃんのお見舞いにいかない? そのために、このショッピングモールでお見舞いのための何かを買うの」

「それ、名案だわ。ゆうきを驚かせて、ともえちゃんを喜ばせてあげましょう」

「うん!」

 ふたりは笑い合って、ショッピングモールへと入っていった。
458 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:12:42.46 ID:w9vsRS0p0

…………………………

 昨夜は本当の本当に、お出かけが楽しみで仕方なかったのだ。

 だって十年来の幼なじみと、最近知り合った親友を仲良くさせるなんて、どう考えたってわくわくするに決まっている。

 それなのに、だ。

「ゴホッ……ゲホッ、うぅ……」

「もうっ、体調悪いのに昨日遅くまで起きてるから……」

「うぅ……ごめん、なさい……ゴホッ……」

 ゆうきはともえの部屋で、清潔なタオルを冷水につけ、絞っていた。ベッドに横たわるともえは顔を真っ赤にして、本当につらそうな表情をしている。そんな顔を見てしまえば、妹想いの姉としては、それ以上何も言えなくなってしまう。

「ごめんねぇ、お姉ちゃん……」

「いいよ。謝らないで」

 涙すら流しそうな勢いのともえに言うと、ゆうきはよく絞ったタオルを優しくともえの額に乗せる。朝方、この普段は生意気極まりない妹は38度の高熱を出していた。解熱薬を飲んだとはいえ、まだ下がってはいないだろう。意識ももうろうとしているかもしれない。

「でも、お姉ちゃん、今日は、めぐ姉(ねえ)と、あきらちゃんと、お出かけだったんでしょ……」

「そうだけど……。って、あきらは幼なじみだからいいとして、めぐ姉って……」

 随分となついたものだ。まぁ、めぐみは姉妹喧嘩の仲裁をしてくれたこともある。ともえがなついていても不思議はない。

「ごめんねぇ……。せっかくのお出かけだったのに……うぅ……」

「ともえ、あんた、普段からそれくらい可愛かったらお姉ちゃんとっても嬉しいんだけどね」

 冗談めかして言うと、ゆうきは立ち上がった。

「じゃあ、お姉ちゃん、ちょっと洗濯物干してくるから、ゆっくり寝てなさい」

「えっ!? お姉ちゃん行っちゃうの!?」

 ともえがびくりと反応する。布団を蹴飛ばしかねない勢いに、ゆうきは慌てて屈む。

「せ、洗濯物干しに行くだけだよ」

「や、や〜あ〜! 一緒にいてよ〜! うわーーーーーん!」

 普段の生意気さがなければもっと可愛く思えるのだろうなぁ、なんて。どこか他人事に感じながら、それでもゆうきはお姉ちゃんで、甘える妹を無下にすることはできない。泣き出したともえの頭を撫で続けると、やがてともえは泣き止んだ。

「わかった。お姉ちゃんどこにも行かないから、目をつむって寝なさい」

「うん……。ねえ、お姉ちゃん」

「なぁに?」

「手、握って」

「……本当、動画に撮っておいて普段のあんたに見せてあげたいわ」

 言いながらも、ゆうきは布団から出てきたともえの手を握る。火照った手は、冷水で冷え切ったゆうきの手を、心地よさそうに握り返した。

「えへへ、お姉ちゃん、大好き」

「……知ってるよ」

 現金なものだと思いながら、ゆうきはそっと、微笑んだ。

(あっ……)

 ふと、念頭に浮かぶ、親友と幼なじみのこと。

(めぐみとあきら、大丈夫かな……?)

 心配は尽きない。コミュニケーション能力に問題が多いふたりのことだ。最悪、ケンカなんてことになっていないだろうか。それでなくともめぐみは誤解を生むようなことを口走ることが多いし、あきらは本当にゆうき以外の人相手には無口だ。

 ドキドキと、心臓がいやな音を立てる。

(だ、大丈夫、だよね……?)
459 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:13:09.17 ID:w9vsRS0p0

…………………………

 めぐみとあきらは、ショッピングモールでスイーツを中心に色々と見て回った。

 めぐみは、ふとした会話や言動から、あきらの人となりを少し、知ることができた。

(美旗さんって、笑うとすごく可愛いのね……)

 今まであまり笑ったところを見たことがなかったから知らなかった。眼鏡の下の瞳はクリクリと大きくて、目鼻立ちもスッと整っている。めぐみはよく周囲から美人だと言われるが、自分などよりよほど親しみやすく可愛らしい、整った顔をしているのではないだろうか。

「大埜さん、どうかした?」

「え、あ、いや、なんでもないわ」

 そして、あきらは、口数は少ないものの、決してめぐみのように口下手なわけではないように思えた。よく言葉を選んで喋っているように見えるし、色々な気遣いも見て取れる。

「……じゃあ、このプリンと、このチョコケーキと、モンブランと……」

「チーズケーキ、ショートケーキ……で、いいかな」

 ショッピングモールのスイーツショップで、自分たちと王野兄弟の分のスイーツを買い、ショッピングモールを出る。ゆうきの家までなら、そう時間はかからないだろう。

「それにしても、ともえちゃん、心配ね」

「うん……。あんまり悪くないといいけど……」

 あきらが目を伏せる。本当にともえのことが心配なのだろう。

「美旗さんは、」

「うん?」

 あきらの目がめぐみを向く。

「ゆうきの、幼なじみ、なのよね」

「うん。そうだよ。公園デビューの頃からの付き合いなの」

「……ふふっ」

 あきらの言葉に、思わず笑みがこぼれる。あきらが不思議そうな顔でめぐみを見つめた。

「どうかした?」

「ごめんなさい。ゆうきとまったく同じ事を言うものだから、可笑しくて……」

「えっ……」

 あきらはカァ、と頬を赤くした。

「や、やだ、すごく恥ずかしい……」

「ごめんなさい。でも、美旗さんとゆうきは本当に仲良しなのね」

「……どうかな」

 あきらは遠くを見つめるように。

「去年、別のクラスになってからはあまり話をしなくなっちゃったし、今年も、全然お話できてなかったし……」

「あっ……」

 己はまた地雷を踏んでしまったのだと、めぐみは直感で理解した。
460 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:13:38.39 ID:w9vsRS0p0

「ご、ごめんなさい! 私、たぶん無神経なことを言ったわね。ごめんなさい」

「えっ? あ、いや……」

「本当にごめんなさい……。私、意図せず人を傷つけてばかりいるの。美旗さんに深いな思いをさせたなら、本当に謝っても謝りきれないわ」

「そんな、謝らないで。違うの。大埜さんは悪くないよ。わたしが勝手に……」

 あきらは恥ずかしそうに目を伏せた。しかし思い直すように、すぐに顔を上げて、めぐみの目を見つめた。

「……その、勝手に……大埜さんに、嫉妬してた、だけだから」

「えっ……? 嫉妬?」

 あきらは恥ずかしそうに続けた。

「わたしの方こそごめんなさい。わたし、大埜さんにゆうきが取られたって、勝手なこと思ってたんだ。ゆうきとせっかく一緒のクラスになれたのに、大埜さんとばかり一緒にいるから……」

「ああ……」

 ゆうきが何度かあきらの誘いを断っているのはめぐみも目にしていた。それを受けて、あきらはゆうきと一緒にいるめぐみに嫉妬していた、ということだろう。

「ごめんなさい。プリキュアのこととか、生徒会長選挙のこととかがあって、美旗さんとゆうきとの時間を、潰してしまっていたのね。本当にごめんなさい……」

「だっ、だから違うよ! 大埜さんは悪くないんだよ。悪いのはわたしだよ。大埜さんはゆうきと仲良くしてただけだもん。わたしは、仲間に入れて、とも言えなくて、勝手に嫉妬してただけだから……」

「でも、私、もっとゆうきに強く、美旗さんとの時間を作るように言ってればよかったわ」

「大埜さん……」

 あきらが立ち止まった。めぐみも立ち止まる。あきらは、立ち止まったまま、目いっぱいに涙を溜めていた。

「えっ!? み、美旗さん!? どうしたの!? わ、私、また何か気に障るようなことを言ってしまったかしら……?」

「っ……ちっ、違うの……わたし……嬉しくて……情けなくて……」

 あきらは、途切れ途切れの言葉を紡いだ。

「わたし、大埜さんが、こんなに優しいひとだって、知らなかった……。大埜さんの優しい、言葉が嬉しくて……でも、それ以上に、そんな人に嫉妬してた、自分が……情けなくて……」

「あっ、えっと……」

 こういうとき、どうしたらいいか、めぐみにはわからない。

 また、相手に嫌な思いをさせてしまうかもしれないと思うと、身体が動かない。

 きっと、今までだったら、そんな風に言い訳をして、何もできずいただろう。

 けど、今は。

 王野ゆうきという親友を得た今ならば。

 きっと、ゆうきなら、こうすると思える、今ならば。

「……美旗さん」

「あっ……」

 ぎゅっと、あきらの身体を包み込むように、抱きしめる。

「美旗さんは、感受性が豊かなのね。それって素敵なことだわ。美旗さんは情熱のプリキュアに選ばれるべくして選ばれたのね」

 ぽんぽんと背中を叩きながら、優しく抱きしめ続ける。

「情けなくなんかないわ。私だって嫉妬したりするもの。それって人間なら、誰だって一緒よ。だから、気にしないで。私は気にしてないから」

「大埜さん……」

 しばらく抱きしめると、やがてあきらは落ち着いたようだった。めぐみはそっとあきらを放すと、あきらの眼鏡の奥の目は少し赤いままだが、涙を流してはいなかった。
461 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:14:10.37 ID:w9vsRS0p0

「ごめんね、大埜さん。取り乱しちゃって……」

「いいのよ。お役に立てたなら嬉しいわ」

 ふたりは笑い合い、王野家に向けてまた歩き出した。

「……最近、ともえちゃんにも会ってないなぁ。大埜さんはともえちゃんには会ったことがあるんだっけ?」

 あきらが口を開いた。

「ええ。この前、ゆうきの家に伺ったときに会ったわ」

「そっか。大埜さんは、もうゆうきの家に行くくらい仲良しさんなんだよね。いいなぁ」

 涙を流して、色々と吹っ切れたようだった。あきらは茶化すように言う。

「あら。私には美旗さんの方がゆうきと仲良しに見えるわ。それに、私の知らない昔のゆうきも知っているでしょう? わたしはそれが羨ましい」

 それはまぎれもなくめぐみの本心だ。初めての親友の昔を知らないのが、めぐみにはとても口惜しいことだ。

「なんか、わたしたち、ゆうきの話ばっかりだね」

「本当ね。こんなこと本人に言うのは癪だけど、私たち、本当にゆうきのことが好きなのね」

「似たもの同士だね、わたしたち」

「ふふ……」

 ふたりは声を上げた笑った。それは不自然な笑いではない、まるで友達同士で笑い合うような、自然な笑顔だった。

 ふと、めぐみは思い出す。あきらに言わなければならなかったことを。

「あのね、美旗さん」

「なに?」

「生徒会でね、ゆうきが庶務になったの」

「あっ……そうなんだ」

 あきらが寂しそうな顔をする。きっと、またゆうきと一緒にいる時間が減ることを考えているのだろう。めぐみは続けた。

「でもね、庶務はもうひとり必要なの。ぜひ、あなたにも庶務をやってもらいたいのよ、美旗さん」

「えっ……」

 あきらが信じられないという顔をした。

「わ、わたしが生徒会!? 本気……?」

「もちろん本気よ。もし、美旗さんがいいのなら、だけど」

「わたしが、生徒会の庶務……」

 あきらは考え込んでいるようだった。やがてめぐみを見ると、おずおずと口を開いた。

「……わたしでいいのかな」

「ゆうきが、あなたの字が上手だって、会長の騎馬さんに推薦したのよ。ゆうきが、あなたに庶務になってもらいたいって言っていたのよ」
462 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:14:51.09 ID:w9vsRS0p0

「そっか。ゆうきが、わたしを……」

 あきらは笑って、頷いた。

「……わたし、やりたいな。生徒会の庶務」

「よかった。ありがとう、美旗さん」

「ううん。こちらこそ、誘ってくれてありがとう。大埜さん」

 笑顔が笑顔を呼んでいるようだった。ふたりは笑い合い、そして。



 男がふたりの目の前に立ちはだかった。



「久しぶりだな、キュアユニコ。そして、お初にお目にかかる。貴様がキュアドラゴだな」

「ッ……!?」

 世界が闇に染まる。それは、その男の登場によって現出した、アンリミテッドの闇だ。

「あ、あなたは、一体……」

 あきらが後ずさる。無理もない。あきらは知らない相手だ。めぐみはあきらをかばうように前に立つ。

「こんな休日にまでやってくるなんて!」

「そちらの都合など知らんな。まぁ、私は休日だからこそ出撃できたのだが」

「……?」

 男の言葉の意味は分からない。しかし、それを詮索している暇はない。

「我が名はゴーダーツ。アンリミテッドの戦士だ」

「アンリミテッド……!?」

 あきらがうろたえる。昨日ダッシューと戦ったばかりのあきらは、まだ戦いに不慣れだ。めぐみがサポートするのが筋だろう。めぐみは振り返り、言った。

「美旗さん、ゆうきはきっと戦えないわ。私たちふたりでやるしかないわ」

「……うん!」

 妖精たちを逃がし、ふたりはロイヤルブレスを掲げる。妖精たちよりもたらされた紋章をブレスに差し込み、戦士の宣誓を叫んだ。



「「プリキュア・エンブレムロード!」」



 ふたりの少女の姿が変わっていく。闇に染まった世界を救い出す戦士の姿だ。世界に色を、希望を、光を、取り戻すための力だ。


「守り抜く優しさの証! キュアユニコ!」


「燃え上がる情熱の証! キュアドラゴ!」


「「ファーストプリキュア!」」
463 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:15:18.28 ID:w9vsRS0p0

…………………………

「この感覚は……!」

 ぴょこん、とブレイが跳び上がる。

「アンリミテッドレプ!」

 ラブリも跳び上がる。しかし、

「しーっ、静かにしてっ。せっかく寝ついたともえが起きちゃうっ」

 小声のゆうきにたしなめられる。それでも、ブレイもラブリも引き下がらない。

「で、でも、ゆうき! アンリミテッドが現れた気配がしたグリ!」

「わ、わかってるよ。でも、ともえをひとりにできないよ。っていうか、手を掴まれたままだよ〜」

 寝ついたらともえの手を放し、洗濯物を干しに行く予定だったというのに。せっかく寝ついたともえは、ゆうきの手を万力のように掴んで放そうとはしないのだ。無理に引き抜こうとしたら、うんうんとうなって目覚めそうになったので、それ以上はやっていない。

「ど、どうしよう……」

「レプ……。どちらにしろ、体調の悪い子どもをひとりで家に置いていくわけにも行かないレプ。めぐみとあきらを信じるしかないレプ……」

 しかし、折良く階下の玄関が開く音がした。

「ただいまー」

「しめた。ひかるが帰ってきた」

 階下からの音に聞き耳を立てる。ひかるは手を洗い、買い物の荷物を冷蔵庫や戸棚にしまってくれているようだった。そしてそれが済むと、すぐに二階に上がってくる音がした。そして、程なくして、ゆっくりとともえの部屋のドアが開かれた。ブレイとラブリはすでにぬいぐるみのフリをして転がっている。

「あ、お姉ちゃん。ここにいたんだ。ただいま。頼まれてた伝言と、買い物は終わったよ」

「うん。ありがとう、ひかる。おかえりなさい」

 ゆうきは小声で応じた。

「ちょっと、近くに来て。いまね、ともえに手を掴まれて抜け出せないの」

「? ああ、ともえお姉ちゃん、強がりだけど寂しがり屋だもんね」

 ひかるは普段のともえが聞いたら怒り出しそうなことをさらっと言って、ゆうきのすぐ隣に座った。

「ひかる、ちょっと手を出して」

「……? いいけど……」

 ひかるが出した手を、空いている手で掴む。そして、ともえに掴まれている手を瞬間的に引き抜くと、ともえの手が寂しがる余裕すら与えず、間髪入れずにひかるの手を掴ませた。

「えっ? えっ? な、何事?」

「ふぅ。身代わり作戦成功」

「なっ、なんなの? 一体」

「ひかる。あんた、ともえお姉ちゃんのこと好きよね?」

「えっ……? うーん、まぁ、もう少し傍若無人で唯我独尊なところは直してほしいけど、好きだよ」

 素直だが、意外と言いたい放題の弟だ。
464 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:15:45.26 ID:w9vsRS0p0

「じゃあ、ともえお姉ちゃんが寂しがらないように、一緒にいて、手を握ってあげててね」

「いいけど……。お姉ちゃんは?」

「わたし? ねえ、ひかる、わたしのことも好きよね?」

「えっ? 一体何なの……?」

「す・き・よ・ね?」

「……時々強引になってお母さんぶるところは正直辟易してるけど、色々と世話を焼いてくれたりお母さん代わりをしてくれたり、苦労をかけてるのは事実だし、好きだよ」

「……少しは歯に衣着せてよ」

 少しだけ心にダメージを負うが、仕方ない。これくらいは想定の範囲内だ。

「じゃあ、わたしは、これからちょっと出かけます」

「えっ? 本気?」

「ちょっと急に用事ができちゃったの。本当に、外せない大事な用事なの。30分……長くても一時間で戻るわ。だから、お留守番、お願い」

「…………」

 ひかるは呆れるような顔をしていたが、やがてため息をついて、頷いた。

「……ぼくも、友達とサッカーの約束してたけど行けなくなったってこと、忘れないでね」

「もちろん、感謝してるよ、ひかる。ありがと」

「どういたしまして」

 本当に良く出来た弟だと思う。寝起きはボーッとしているが、ゆうきやともえ以上に頭が回る、自慢の弟だ。

「……あと」

「何?」

 ゆうきはブレイとラブリを拾い、ドアに向かいながら、言った。

「……洗濯物干せてないの。もしともえの手を振りほどけたら、よろしく、なんて……」

「…………」

 弟の目線がこれほどまでに痛かったことがあっただろうか。

「……いいよ。やっておくよ。いつもお姉ちゃんばっかりにやらせてるのもおかしいことだし」

「うぐっ……。ここでそういうマジな感じのこと言われると、少し胸が痛いよ」

「ともえお姉ちゃんがぼくを解放してくれたら、だけどね」

 ひかるはそう言って、笑った。

「行ってらっしゃい、お姉ちゃん。車に気をつけてね」

「うん。行ってきます!」

 ゆうきはそう答えて、急いで家を飛び出した。
465 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:16:12.24 ID:w9vsRS0p0

…………………………

「出でよ、ウバイトール!」

 ゴーダーツが手を掲げる。その声に応じるように、空が割れ、黒いヘドロのような固まりが落ちる。それはまっすぐふたりのプリキュアめがけて跳んだ。

「ドラゴ!」

 ユニコはドラゴの手を引き、かろうじて黒い固まりを回避する。

「ご、ごめん。ありがとう、ユニコ……」

「気にしないで。ドラゴにケガがなくてよかったわ」

「でも、お見舞いのケーキが……」

 黒い固まりはドラゴの手から、ケーキの入った紙箱を奪い取っていた。黒い固まりは紙箱の中に染みこんでいき、その真の姿をホーピッシュに現した。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「ああ!! ともえちゃんへのお見舞いが!」

 紙箱が巨大化したようなウバイトールが現れる。

「ゴーダーツ!」

「誰かに喜ばせたい、という気持ちだけではないな」

 ゴーダーツが笑う。

「自分たちも食べるためにケーキを買ったのだな。卑しいことだ」

「なっ……! こ、こちとら女子中学生よ!? ケーキが食べたくて何が悪いのよ!」

「悪いとは言わん。だが、その自分自身の欲望に勝てるか、プリキュア」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 ウバイトールが拳を振り下ろす。ユニコとドラゴは二手に分かれ、跳ぶ。ユニコは大地を蹴り、ウバイトールめがけて拳を放つ。

『ウバッ……?』

「なっ……!?」

 バコッ、と。ウバイトールの身体が凹む。しかし、手応えはない。ウバイトールの凶悪な瞳が歪む。

『ウバァ!!』

「ぐっ……」

 ユニコがひるんだ隙に、ウバイトールの拳が飛ぶ。ユニコは寸前で回避し、後退する。

「ドラゴ、気をつけて! このウバイトールは紙箱が元だから、殴ってもダメージを与えられないわ!」

「任せて!」

 ドラゴの声が上空から聞こえた。ドラゴは上方に跳び上がり、ウバイトールの正面に降り立った。まるで、ユニコを守るように両手を広げた。
466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:16:39.97 ID:w9vsRS0p0

「情熱の炎を燃やす。あのとき、やれたみたいに」

「ドラゴ? 一体何を……?」

「ユニコを守りたい気持ち。ユニコと仲良くなりたい気持ち。そんな情熱を、拳に乗せて」

 ドラゴは目を見開き、拳を握った。その瞬間、ドラゴの両拳に炎が灯る。それは、何をも燃やし尽くすような、凄まじい熱気を持った炎だ。

「あれが、“燃え上がる情熱の光”……」

「はぁあああああああああ!!」

 感嘆するユニコをよそに、ドラゴが炎を手にウバイトールに迫る。

『ウバッ……!? ウバァアアアアアア!!』

 ウバイトールは巨体をよじらせてドラゴの拳を回避する。炎を恐れているようだった。

「ああ、元が紙箱だから、火は怖いのね……」

「感心している場合か、キュアユニコ」

 金属同士がこすれ合う音。前方でゴーダーツが剣を抜いた音だ。

「少しは強くなったか」

「……試してみたらいいわ」

 あの様子なら、ウバイトールはしばらくドラゴに任せて大丈夫だろう。ユニコは目の前のアンリミテッドの戦士を真っ直ぐに見据える。

「優しさの光よ、この手に集え! カルテナ・ユニコーン!」

“守り抜く優しさの光”がめぐみの手に収束し、カルテナが現れる。そして空いた手には“守り抜く優しさの光”で盾を作りだし、ゴーダーツと対峙する。

「デザイア様と刃を交えたと聞いた。よく生き残ることができたものだ」

「……たしかに、とんでもない実力の差を見せつけられたわ」

 ユニコは剣を構え、跳んだ。

「それでも、がんばって戦うしかないのよ!」

「心意気や良し。しかし、力がなければ何もできぬ!」

 カルテナの斬撃を、ゴーダーツは長大な漆黒の剣で受け止める。

「素人同然の剣で、何ができるというか!」

「剣は素人でも!」

 ユニコは心の中の想いを直接たたき込むように、カルテナに力を込める。ドラゴが拳に炎を纏わせるように、ユニコもまた、カルテナに“守り抜く優しさの光”を纏わせる。
467 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:17:06.56 ID:w9vsRS0p0

「ッ……!」

「応えて! カルテナ・ユニコーン!」

 空色の光が膨張する。それは明らかな圧力をもって、ゴーダーツの剣を揺るがす。

「ぐっ……! そんな小手先の技で、このゴーダーツがやられるか!」

「まだよ!」

 さしものゴーダーツも体勢が崩れたようだった。ユニコはがら空きのゴーダーツの胸元に、空いた手で掌底をたたき込む。空色の光が集約し、小さな爆発を起こす。

「がッ……!」

「……っ」

 ゴーダーツが後へ吹き飛ぶ。しかし、アンリミテッドの戦士は倒れない。アスファルトを両足で削りながら、留まる。胸元を押さえながら、未だに衰えぬ闘志を見せつけるように、キュアユニコを睨み付ける。

「……なるほど。認めよう。貴様は紛れもなく、伝説の戦士だ」

「ありがとう。嬉しいわ、とってもね」

 対するユニコは、膝をつく。身体中から力が抜けるようだった。

(キュアユニコの力は、本来防御に特化したものなのね。防御の力で打撃を行ったり、ユニコーンアサルトのようにカルテナに光を纏わせて突撃するだけならまだしも、“守り抜く優しさの光”を直接攻撃に使おうとすると、負荷が高い気がするわ……)

 伝説の戦士プリキュアには明確に役割が振られているのだろう。力はその役割に準じたこと以外にも使えるが、効率は明らかに悪いと考えるべきだろうか。

「ここまでか、キュアユニコ」

「……悔しいけど、今の私じゃ、あなたと一対一では勝てないようね」

「そうか。ならば、これで終わりだ」

 ゴーダーツがゆったりとユニコに迫る。そして、長大な漆黒の剣を振り上げ――、



「――ユニコ!!」



 その声は、熱い情熱をまとっていた。

「むッ……!?」

 ゴーダーツが何かに反応し、振り上げた剣を、そのまま横に逸らした。その直後、剣に紅く熱い火炎がたたき込まれる。背後を振り返ると、ドラゴが肩で息をしながら、拳を前に突き出していた。

「わたしの大切な友達を、傷つけさせない、から!」

「……ぐっ。キュアドラゴの力、これほどまでとはな」

 ゴーダーツの漆黒の剣が、赤く熱を帯びていた。キュアドラゴの炎を受けて、剣がダメージを受けたのだ。
468 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:17:33.93 ID:w9vsRS0p0

「ええい! ウバイトールは何をしている!」

「あっちにいるけど……」

 ドラゴが指をさす。

『ウバっ、ウバっ、ウバァっ……』

 その方向には、身体中を炎に包まれたウバイトールが、バタバタと手で自分の身体を叩き、必死で消火活動にいそしむ姿があった。

「なっ、情けない……私の生み出したウバイトールがあの体たらくとは……。キュアドラゴの炎で、剣にもダメージを与えてしまった。私もまだ修行が足りんようだな」

「ユニコ、大丈夫?」

 ゴーダーツが呻いているうちに、ドラゴがユニコに近づいて、ささやく。

「ええ。ありがとう。助かったわ」

 ユニコはドラゴの手を借りて立ち上がった。そして、呻くゴーダーツを尻目に、ドラゴの手をぎゅっと強く握った。

「あの、美旗さん」

「えっ? えっと、あの……何かな、大埜さん」

 顔をつきあわせ、お友達同士お喋りするように。

「あきら、って呼んでも、いいかしら?」

「えっ、あっ、えっ……ええっ!?」

「いや、嫌なら、アレだけど……」

「いやいやいや!」

「そ、そんなに嫌なのね……」

「ち、違うよ! 嫌じゃないよ! っていうか、呼んでほしいよ!」

 ドラゴは衣装と髪に負けないくらい、頬を真っ赤にして。

「わた、わたわた、わたしも……その、めぐみ、って、呼んでいい?」

「もちろん! 呼んでくれたら嬉しいわ!」

「あっ……う、うれしいな……め、めぐみ」

「うん。あきら」

 その瞬間、繋いだ手から光が噴出した。空色の清浄な光と、烈火の如く燃えさかる光が、ふたりの繋いだ手から噴き出し、瞬く間に周囲を埋め尽くした。

「これは、“守り抜く優しさの光”と……」

「“燃え上がる情熱の光”……」

 ふたりは顔を見合わせる。
469 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:18:16.10 ID:w9vsRS0p0

「キュアドラゴ! キュアユニコ!」

 そんなふたりに、大声で呼びかけるのは、フレンと一緒に物陰にかくれていたパーシーだ。

「優しさと情熱は、未来を守って、未来を灯す、大事なものドラ! 優しさと情熱が手を取り合えば……」

「勝てない相手なんて、いないニコー!」

 パーシーの言葉を継いで、フレンも大声を張り上げる。

「だから、行くニコ!」

「ふたりで、欲望に墜ちた敵を、浄化するドラ!」

 ユニコはドラゴを見つめた。ドラゴも、ユニコを見つめ返してくれる。ふたりは頷いて、お互いの手を、もっと強く、握った。



「角ある駿馬よ!」

「天翔る飛竜よ!」



 光が指向性を帯びた。炎のような光と、空色の光が絡み合い、渦となって、プリキュアたちの手に集約する。

「ぐっ……」

 ゴーダーツが上空へ待避する。

 そして、ふたりのプリキュアから、猛烈な光が放たれた。




「プリキュア・ロイヤルストレート!」



『ウバッ……!?』

 ロイヤルストレートは、まっすぐウバイトールへ向かい、その闇の怪物を包み込む。

『ウバァアアアアアアアアアアアアア……!』

 ウバイトールはロイヤリティの光に包まれ、消滅する。残されたのは、元通りきれいになったケーキの紙箱だ。

「……キュアユニコは確かな力をつけている。そして、キュアドラゴの炎は、明確な脅威だ」

 ゴーダーツは上空で言う。

「四人目のプリキュア復活は、絶対に阻止しなければ……!」

 ゴーダーツはそう言い残し、空に溶けるように消えた。
470 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:18:42.79 ID:w9vsRS0p0

「……ふぅ」

「はぁ〜」

 ふたりのプリキュアは光に包まれ、元の姿に戻る。

「やったわね、あきら」

「うん、めぐみ!」

 ふたりは笑い合い、パンと、ハイタッチした。



「わ、わたし、せっかく急いで来たのに……」



「へ?」

「ゆ、ゆうき!?」

 震える声に振り返ると、そこにはぜぇぜぇと息を切らすゆうきの姿があった。

「いつ来たの!?」

「今さっきだよぅ……」
471 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:19:09.69 ID:w9vsRS0p0

…………………………

 ゆうきは本当に、全速力で闇が広がる場所へと駆けつけたのだ。

(めぐみとあきらに任せるなんて、やっぱりダメだよ! ふたりはまだ仲良くなれてないんだから、わたしがサポートしないと、絶対ダメダメだよ!)

 ゆうきの中でそれは疑いようがないことだった。ゆうきはどうか無事でいてと祈りながら、とにかく走った。

 しかし、ようやくアンリミテッドの領域にたどり着いたとき、ゆうきの目に飛び込んできたのは、想像とはまったく別の光景だった。




「わたしの大切な友達を、傷つけさせない、から!」

 ドラゴが放った炎は、ゴーダーツの大剣を真っ赤にしていた。




 そして。

「あきら、って呼んでも、いいかしら?」

「わた、わたわた、わたしも……その、めぐみ、って、呼んでいい?」

 なぜアンリミテッドを前にもじもじと友情を確かめ合っているというのか。



 そんな風にゆうきが呆気に取られていると、ふたりのプリキュアはお互いに手を取り合い、凄まじいロイヤリティの光を放ち、瞬く間にウバイトールを浄化してしまったのだ。
472 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:20:00.55 ID:w9vsRS0p0

…………………………

「ふたりともいつの間にそんなに仲良くなったの……?」

 ゆうきは呆然とするような顔でそう言った。

「わたしの心配は必要なかったわけだね……。っていうか、わたし自身がもう必要ない感じだね……」

 そしてその答えを聞く前に、勝手に落ち込んだ。

 ゆうきはうなだれていたから気づかなかったけれど。

「……まったくもう」

「仕方ないね、ゆうきは」

 あきらとめぐみは目を合わせ、苦笑していた。そして頷き合い、両側から、ゆうきの腕を取った。

「ゆうきは必要だよ。だって、ねぇ、めぐみ?」

「ええ。私たちが仲良くなったのは、ゆうきのおかげだもの」

「「ねー?」」

「へ? へ? へ?」

 あきらはめぐみと声を合わせる。ただひとり、ふたりに挟まれたゆうきだけが何も理解していないようだった。

「どういうこと? 教えてよ〜!」

「内緒よ。ね、あきら?」

「うん。ふたりだけの秘密だね、めぐみ」

「なんかふたりともメチャクチャ仲良しになってるしー! ずるいよー!」

 ゆうきがジタバタと暴れるが、めぐみとあきらはゆうきの手を握ったまま、笑っている。

「今からあきらと一緒にゆうきの家に、ともえちゃんのお見舞いに行くところだったの」

「へ?」

「さ、行こう、ゆうき。ケーキも買ってあるよ」

「ほんと!? やったぁ! ありがとう、めぐみ、あきら!」

 ゆうきは意気揚々とご機嫌だ。するりとふたりの間から抜け出すと、ぴょんぴょんとスキップで前に行く。
473 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:20:26.79 ID:w9vsRS0p0

「ほら、ふたりとも早く行こう。ケーキだよ、ケーキ!」

「まったくもう。現金なんだから」

 めぐみが苦笑する。あきらも笑って、ゆうきを追いかけようと手を握り、

「痛っ……!?」

 ずきりと、手が痛む。

「……?」

 気のせいだろうか。

 あきらは両手を握って開いて、確認する。

「っ……」

 今度は明確な痛みを感じた。しかし、両手には何のキズもない。

(なんだろう、これ……?)

 しかし、その痛みは一時的なもののようだった。しばらく手をグーパーさせると、痛みはいつの間にか消えてなくなった。

(……なんだろう。切り傷みたいな痛みと、火傷みたいなジンジンする痛みだった……)

「あきら? どうかしたの?」

 先に歩いていたゆうきが振り返る。

「大丈夫?」

 めぐみも心配そうな顔だ。

「……ううん。なんでもない」

 あきらはそう答えて、ふたりに駆け寄った。

 今はもう、痛みはない。

 きっと戦いを通して、少し気分が高ぶっているせいだろう。

 あきらはそんな風に考えることにした。
474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:20:52.99 ID:w9vsRS0p0

…………………………

 喫茶店、ひなカフェの裏から入れる二階は、寮のような宿舎になっている。

 彼は考え事をしながら、その二階の戸を開ける。広い入り口でくつばこに靴をしまい、廊下へ上がる。

「おかえりなさい、郷田先生」

 横から声がかかる。寮母のように世話をやいてくれる、この宿舎の管理人、ひなぎくさんだ。下のひなカフェを切り盛りしながら管理人もやっているのだから、日々忙しい人だ。

「先生はやめてください。ここでは私はただの店子です」

「難しい言葉を覚えたんですね。さすが、学校の先生です」

「体育科の教員ですがね」

 ひなぎくさんは嬉しそうな笑みを浮かべている。

「……シュウくんがね、申し訳ありませんでした、って謝りに来たの」

「……? 蘭童が?」

「ええ。新たな脅威をむざむざ生み出してしまった、って」

「ああ……」

 昨日の、美旗あきらのことを話しているのだとわかった。

「仕方がないことでしょう。それを言えば、わたしは王野ゆうきと大埜めぐみを目覚めさせました。奴の二倍の責任があるでしょう」

「そうね。私も、シュウくんには気にしないように言っておいたわ。彼のせいではないもの」

 そう言うと、ひなぎくさんはてくてくと彼に歩み寄った。

「ところで、大事な話があります」

 ひなぎくさんは、彼の目の前でそう言った。

「……なんです?」

「“郷田先生”がダメなら、私はあなたのことを何てお呼びしたらいいでしょうか?」

 深刻な話をされると思っていた彼は、気が抜けるような思いだった。

「お好きなように」

「うーん……そうね。じゃあ“篤志さん”って呼ぼうかしら」

「……御随意に」

 彼はそう答えると、ひなぎくさんの横を通り、自室へ向かった。

「ふふ」

 遠く、後から、ひなぎくさんの声が、かすかに聞こえた。



「……順調に育っているようですね。安心しました」



 それが何を指しているのか、彼には分からない。なぜなら、その瞬間に、とてつもない闇の発露を感じたからだ。

 振り返ることすら恐ろしくて、彼はそのまま、自室のドアを開け、逃げるように、入った。

「ふふ……ふふふふふ……」

 宿舎の二階には、その闇を帯びた笑い声が、しばらくの間響いていた。
475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/08(日) 10:21:36.91 ID:w9vsRS0p0

 次 回 予 告

めぐみ 「また負けたー!」

あきら 「ひっ……! い、いきなり何……!?」

ゆうき 「最近の恒例行事だから気にしないで、あきら」

ゆうき 「それより、ファーストプリキュア就任おめでとう! あと、生徒会庶務も!」

あきら 「あっ、ありがとう、ゆうき。えへへ、とっても嬉しいな」

ゆうき 「……まぁ、本当は、わたしがあきらを庶務に誘いたかったんだけどね」

ジロリ

めぐみ 「えっ」 ビクッ 「し、仕方ないじゃない。あなたが言わないんだもの」

ゆうき 「ちょっと忘れてただけだもん!」

ゆうき 「……ふん、だ。ふたりともわたしの知らないところで仲良くなってるしさ……。って、あきら?」

あきら 「…………」 ズーン……

あきら 「……わたし、ゆうきに忘れられてたんだ。庶務に誘うの、忘れられてたんだ……」

ゆうき 「わー! ど、どどど、どうしよう!? またあきらが闇墜ちモードに!?」

めぐみ 「自分でなんとかしなさいよ。幼なじみでしょう。まったく……」

ハァ

めぐみ 「……と、いうわけで、次回、ファーストプリキュア!!」

めぐみ 「第15話【がんばれゆうき! 居残りは初恋の香り?】」

ゆうき 「……えっ!? わたし居残り!? っていうか初恋!?」

めぐみ 「ということで、また来週! ばいばーい!」

ゆうき 「ち、ちょっとめぐみ!? 居残りと初恋って……――わ、あきら! 泣かないでー!」
476 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/08(日) 10:23:08.48 ID:w9vsRS0p0
>>1です。
読んでくれた方、ありがとうございます。
来週は所用で投下できません。
また再来週、よろしくお願いします。
477 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/22(日) 14:03:12.66 ID:TS+ShyS90
>>1です。
読んでくださっている方、ありがとうございます。
すみません、連絡が遅くなりましたが、本日は夜頃に投下を始めます。
よろしくお願いします。
478 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/04/22(日) 20:42:49.03 ID:TS+ShyS90

…………………………

「ぬぬぬぬぬ……」

 うなり声が鳴り響く。そこは、通常の教室よりはるかに広い木工室。それでも、響く。

 技術・家庭科の技術分野の授業中だ。みんな身につけているのは長袖のジャージで、木工の実習中だ。思い思いの作品の仕上げ段階だ。

「どうしたの、ゆうき」

「いま話しかけないで」

 うなり声の元凶、ゆうきは、めぐみの声を制する。ゆうきらしからぬ物言いに、めぐみは困惑した。

「? ゆうき、どうかしたのかしら……」

「ああ、いつものことだから気にしないで」

「いつものこと?」

 したり顔で言うのはあきらだ。その言葉に、近くにいた有紗とユキナもうんうんと頷く。

「ゆうきはねぇ、絶望的なまでに不器用なんだよ。ね、あきら」

「う、うん……」

 あきら――ゆうきとめぐみの働きかけによって、ユキナと有紗とも友達になったあきら――が、少しびくつきながら、ユキナの言葉に応じた。

「不器用?」

「そう。あんな風に、作った本棚がピサの斜塔よろしく傾いちゃうくらいにはね」

 有紗が言葉と一緒に指を差す。示した先にあるのは、唸るゆうきと、そのゆうきに押さえつけられて、なんとかカタチを成そうとしている、本棚のような何かだ。

「それで、ゆうきは唸りながら何をしているのかしら」

「大方、なんとか木を曲げて本棚を完成させようとしているんじゃないかな」

「木を曲げて、って……」

 曲げわっぱでも作ろうとしているのだろうか。

 しかしその有紗の言葉は間違っていなかった。ゆうきはうなり声を上げながらも、なんとか木の板を押し曲げると、体重をかけたまま釘と金槌を取り出し、こんこんと釘を打ち始めたのだ。

「……あれで止まるの?」

「うーん、無理だろうね」

 大道具の心得もある有紗とユキナが残念そうに首を振る。

「ゆうきは家庭科のお裁縫とかお料理は得意なのに、それ以外はからきしなんだよね」

 ゆうきを心配そうに見つめながら言うのはあきらだ。

「小学校の頃の図画工作もセンス皆無だったし、音楽もリコーダーで音程を外すくらいだし」

「美術の授業もなかなかだよね。ピカソの描いた絵に何重にも絵の具をぶちまけたような絵を描くもん」

「……色々とすごいわね」

 あきらもユキナも散々な言いようだが、その友人たちの言葉を疑う理由があまりなかった。ゆうきの不器用さとかドジさとか、そのあたりはめぐみにも多分に憶えがあるからだ。
479 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/04/22(日) 20:43:16.27 ID:TS+ShyS90

 四人がハラハラと見守る中、ゆうきは金槌を台に置くと、満足そうな顔をした。

「……よし」

「何がよしなんだろう」

 そのユキナの言葉に、全面的に同意したい気分だった。ゆうきの作った本棚らしきものは、凄まじくななめに傾き、今にも倒れそうだが、なんとか自立している。使われている木材には今にも悲鳴を上げそうなほど曲がっているものもある。釘が飛び出している部分もある。

 しかし当のゆうきは、それを見てもやはり満足そうだ。

「は、初めて自分ひとりで木工ができた……!」

「見てて悲しくなってきたわ」

「同じく」

「ほんとだねぇ」

「うぅ、ゆうき……」

 あきらに至ってはゆうきを哀れむあまり涙を流している。

 と――、

「わっ……わわわわわっ!!」

 ゆうきの悲鳴が木工室中に響く。ゆうきの完成させたピサの斜塔よろしく傾いている本棚の、曲がっていた板の一部が外れたのだ。そしてそれを皮切りに、すべての木材が外れていく。

 カランカランと音を立てて、本棚だった歪なカタチをした木材たちが、ゆうきの足下にすべて転がった。

「…………」

 呆然とするゆうきに、めぐみたちは近づいて、無言で肩を叩いた。どんな言葉をかけていいのか、どんな顔をしていたらいいのか、わからなかった。

「……みんなぁ」

 振り返ったゆうきは、今にも泣き出しそうな顔だった。

「そんな顔しないの。手伝ってあげるから、もう一度作り直しましょう」

「でも、みんなも、自分の作品の作業があるでしょ?」

「えっ。今日で木工の授業は最後だって先生が言ってたから、」

 めぐみがが正直に答える。その隣ではあきらたちがめぐみの口を押さえようとしていたが、遅かった。

「私たちは全員、もうニス塗りも磨きも終えて提出したけど?」
480 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:43:54.64 ID:TS+ShyS90

「…………」

「あっ……」

 ゆうき表情がますます暗くなる。めぐみもすぐに、自分がまたもや失言をしたのだと悟った。

「……みんなわたしの敵だ」

「ご、ごめんなさい。嫌味みたいになっちゃったけど、そんなつもりなかったの。だってほら、ゆうき以外クラスのほぼ全員がもう最後の磨き作業に入ってるし……」

「……ねえ、めぐみ。いくらなんでもわざとやってない?」

「うっ……」

 あきらの呆れるような声がめぐみの心にグサグサと刺さる。

「……ごめんなさい。私、どうしてこう余計なことばかり言ってしまうのかしら」

「いいよ。めぐみがわざと言ってるわけじゃないって知ってるから」

 ゆうきは意気消沈した表情のまま、言った。

「いいもん。みんなが先に作業終わってても、わたしひとりでがんばるもん」

「だ、だから、私たちも手伝うって――」

「――そりゃダメだぞ、大埜」

 背後から声がかかる。

「みんなひとりでがんばって作品を完成させてるんだ。王野だけお前たちに手伝ってもらうのは、フェアじゃないだろう?」

「松永先生……」

 ヨレヨレの作業着に、成人男性にしては高くも低くもない上背。スリムというよりは、痩せているという表現の方が似合いそうなスタイル。分厚い眼鏡にかさなる前髪。やる気がなさそうに見える垂れ目。決してイケているとは言えない若手の教諭、松永小次郎先生だ。

 松永先生はくずれ落ちたゆうきの本棚だった木材を拾い上げ、眺める。

「んー……これは一から作り直しだな」

「はい……」

 ゆうきがうなだれたまま応える。

「もうすぐチャイムが鳴ってしまうから、居残りだな。今日の放課後は大丈夫か?」

「……はい、残れます」

「よし。じゃあ、今日の放課後、またジャージに着替えてここに来い」

「……わかりました」

 ゆうきの表情は沈んだままだ。松永先生は心配そうな顔をしていたが、授業の残り時間が少ないことを思い出したのだろう。前方の教員用の作業台に戻り、作業をやめるよう声を張り上げた。

「居残りかぁ……。初めてだけど、なんか心細いなぁ……」

「ゆうき……」

 ゆうきの顔色は優れない。めぐみは、拳をぎゅっと握って、ゆうきをどうにかして元気づけようと心に決める。
481 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:44:21.13 ID:TS+ShyS90

…………………………

 そんなめぐみを見つめて、あきらはぼそっと演劇部のふたりぐみに呟いた。

「めぐみってさ」

「うん?」

「ゆうきに負けず劣らず、不器用だよね。色々と」

「まぁねぇ」

 ユキナがニヤリと笑う。

「そんなところも含めて、可愛いんだけどね」

「……言えてる」

 あきらは微笑んで、頷いた。
482 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:44:47.82 ID:TS+ShyS90

…………………………

 初夏の空気も相まって、校庭は熱気に満ちていた。そんな中を、生徒たちは元気いっぱい、ボールめがけて走り回る。体育のサッカーの授業中だ。

 彼はそれを眺めながら、ボードの上に書類を広げ、逐一生徒の情報記入する。評価基準と評価規準とを思い出しながら、生徒ひとりひとりについて、明確なフィードバックと評定のためにひたすらペンと目をせわしなく動かし続ける。

「まったく、真面目だねぇ、君は」

「……蘭童か。授業中だ。邪魔をするな」

 背後からの声に、彼は目も向けず答えた。

「いやいや、郷田先生。ぼくは今、校庭の掃除をしているところなのですよ。ぼくもしっかりと仕事中ですよ」

「そうか。ならば無言で職務に励め」

「……はぁ。まったく、君はいつから真面目な体育教師に成り下がったのだい?」

「教師という言葉は好かん」

「……はぁ?」

 シュウが怪訝な顔をしたのが、声だけでわかった。

「常に上からものを言っているような印象を与えるからな。私は職務を全うする上で、生徒たちに対して偉そうではありたくない。だから私は、教員とか、教諭とか、そういう事務的な肩書きの方が性に合っている」

「……君は本当にどこに向かおうとしているんだ」

「この学校の先生は真面目で真摯に生徒と向き合っている方ばかりだ。適当な授業をしていたらすぐに潜入がバレてしまう。私は教員の経験などはないのだから、人一倍努力をしなければならん」

「そうかい。どうでもいいよ」

 シュウが呆れるように吐き捨てる。その間も、彼はひたすら、ボードの上の書類に、授業の様子を書き続ける。生徒ひとりひとりの適切な評価のために。

「お前も適当な仕事をしていないだろうな?」

「ぼくが? 心外だな。それは、この学校全体を見ても言えることなのかい?」

「…………」

 たしかに、シュウが赴任してから、学校が隅々までキレイになったとは、職員室でももっぱら評判だ。特に評価が高いのが、中庭の整備作業だ。中庭はまるでヨーロッパの庭園のように生まれ変わりつつある。伸び放題だった植樹は、今やシュウの手によって、様々な動物に姿を変えている。

「……ふん、そうか。そういえばお前は、元庭師で――」



「――その話はやめてくれないか」



 背後に立つシュウの気配が変わった。凄まじい怒気に、彼の背中が総毛立つ。しかし、己が失言をしたということはわかっていたので、彼は素直に、シュウの目を見て、口を開いた。

「すまない。失言だった。私も、同じ事を言われれば恐らく怒るだろう」
483 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:45:14.03 ID:TS+ShyS90

「わかってくれたらいいさ」

 シュウはすでに薄っぺらい笑みを顔に貼り付けていた。

「ほら、ぼくを見ていてどうする? 授業に集中しないとダメだろう? 新米の先生?」

「…………」

 シュウは器用な人間だ。怒りをすぐにどこかへ隠し、にこやかに嫌味を言うことができる。彼はその器用さにため息をつきながら、校庭の生徒たちに目を戻した。

「それにしても」

 シュウが言った。

「君もおかしいが、あっちは別の意味で可笑しいね」

 シュウの目線が向かう先は、彼にも予測できた。

「あー、もう!」

 ソレは、とても目立っていたからだ。

「どうしてこのサッカーってやつは、足でボールを蹴らなくちゃならないのよー!」

 ソレは後藤鈴蘭という、彼やシュウが赴任するのと同時期に転入した少女だ。とても浮いている子だと教員の間では有名だが、このダイアナ学園の女子生徒たちは鷹揚な子が多いから、問題にはなっていない。それどころか、気のいい生徒たちは鈴蘭のわがままや奇抜な言動を可愛らしいと考えている節すらある。

「何で体育の授業なんてあるのよー!」

 鈴蘭はなおも理不尽なことを叫ぶ。

「……メチャクチャだね。あの子に学校生活は無理があるんじゃないかと思うけどね」

「それはあのお方が決めることだ。私の知るところではない」

 応えつつ、彼の頭の中には、あの跳ねっ返りの小娘に、どう体育の楽しさを教えるか。どう身体を動かすことの大切さを教えるか。そんなことが駆け巡っていた。

 と、

「ふぎゃっ……!」

 ピッチの上で、鈴蘭が何かにつまずいで倒れ込んだ。駆け寄るべきか迷う彼の視線の先で、素早く鈴蘭に駆け寄る影があった。

「……騎馬か」

 先日生徒会長になった騎馬はじめだ。はじめが鈴蘭に手を差し伸べると、しばし逡巡していた鈴蘭であったが、素直にはじめの手を取って、立ち上がった。はじめはにこやかだが、鈴蘭は困惑と恥ずかしさを足したような、複雑な表情だ。しかし、それは決して、悪い感情ばかりの表情ではない。ふたりは二言三言会話をすると、またサッカーに戻っていった。鈴蘭にケガはないようだ。

「やれやれ。まったく、友達なんて作って、どうするつもりなんだか」

「教育的には大変意義があることだ」

「……君はまったく、本当に、プロの教育者になってしまったんだね。恐れ入るよ」

 シュウはそれだけ言うと、興味が失せたとばかりに、箒を持って彼に背を向けた。

「……ふん。私の闇が晴れることはない。欲望は決して消えはしない」

 彼は、ひとり、ペンを走らせながら、呟いた。

「今は雌伏のとき。潜入でホーピッシュを知り、徹底的に奴らを追い詰める。それだけだ」

 その目には、まじめな先生としての色だけではない。凶悪で、凶暴で、暗い暗い色が、含まれていた。
484 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:45:43.69 ID:TS+ShyS90

…………………………

 放課後、ゆうきはジャージに着替えて木工室の引き戸を開けた。補習や居残りという言葉にわくわくする子どもはそうはいないだろう。例に漏れず、ゆうきも暗澹たる気持ちだった。

「失礼しまーす」

「はい、どうぞ」

「待ってたわよ」

 疲れているのだろうか。ゆうきの目の前には、松永先生だけではなく、めぐみとあきらの姿もあった。

 一度戸を閉め、もう一度開ける。

「……なんでいるの?」

 結果は変わらなかった。めぐみとあきらは制服のまま、木工室の椅子に腰かけていた。

「応援よ、応援。先生にはちゃんと許可を取ったわ」

 めぐみが拳を握って言う。

「手伝わないって約束をしたから、手は貸せないけど……でも、アドバイスくらいはできるから」

 あきらが微笑む。

「一緒にがんばろ、ゆうき」

「めぐみぃ……あきらぁ……」

 なんて素晴らしい友情だろうか。ウルウルと目が潤む。ふたりにだって放課後、やりたいことくらいあるだろうに、ゆうきを優先してくれたのだ。ゆうきは嬉しくて、ふたりに歩み寄った。

 その直後のことだ。

「失礼します。松永先生、こんにちは。鈴蘭を連れて参りました」

 木工室の引き戸が勢いよく開けられて、はじめが顔を覗かせた。かと思えば、その後ろから、ドタドタと暴れながら、何者かが入ってくる。

「ちょっと、はじめ! 放しなさいよ!」

「暴れるな、鈴蘭。これもすべて君のためだ」

 その女子生徒は、ゆうきと同じようにジャージを身につけていた。漆黒と表現した方がいいくらい、艶やかで真っ黒な髪に、血色が悪そうな白い肌。牙のような八重歯が、可愛らしく口元から覗いている。必死で抵抗している様子だが、文武両道のはじめにその不健康そうな血色の細腕では敵わないだろう。

「ああ、騎馬。後藤を連れてきてくれたのか。わざわざ悪いな。ありがとう」

「いえ、礼には及びません。これもすべて鈴蘭のためです」

「あたしのためって言うなら、こんなことするんじゃないわよ!」

「居残り授業から逃げようとするからだ。授業中に終わらせられなかった分は、放課後に残ってやるしかないだろう」

 はじめは呆れたように言う。

「ワガママを言って先生を困らせるんじゃない、鈴蘭」

「むきー! 大体あんたは――」

 と、鈴蘭と呼ばれた女子生徒の言葉が止まった。口をあんぐり開けて、なぜかゆうきとめぐみを見つめている。

「……げっ、あ、あんたたち……」
485 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:46:10.71 ID:TS+ShyS90

「? あら、私たちのことを知っているの?」

 めぐみが問いかけると、鈴蘭はブルブルと首を振った。

「し、知らないわ! 全然、これっぽっちも……」

「まぁ、そうよね。初めましてだし。転校生の後藤さんよね? はじめまして、私は大埜めぐみ。あなたのお友達の……」

 めぐみがチラリとイタズラっぽくはじめを見る。はじめは恥ずかしそうにはにかんで、頷いた。

「……騎馬さんと同じ、生徒会役員なの」

「べっ、べつに、自己紹介しろなんて言ってないわよ」

 鈴蘭はぷいとそっぽを向く。

「すまないね、大埜さん。鈴蘭は気分屋なんだ」

 はじめが言った。

「でも、根は悪い子じゃないから、どうか許してあげてほしい」

「……ふん!」

 鈴蘭は、不機嫌そうに鼻を鳴らすと、そのままどかっと席に腰かけた。観念したということだろう。はじめはホッとしたように笑い、ゆうきたちに向き直った。

「大埜さん、王野さん、美旗さん、こんなところにいたのか。探す手間が省けてよかったよ」

「? どうかしたの?」

「実は、生徒会で緊急の仕事が出来たんだ。それでみんなを探していたんだ」

「あら。じゃあ、私とあきらは行った方が良さそうね」

 めぐみが心配そうにゆうきを見る。しかし、当のゆうきはそれに気づかない。

「えっ? じゃあ、わたし、生徒会に行っていいの?」

 ゆうきが期待を込めて言う。居残りを回避するのは、とても魅力的だ。が、はじめが不思議そうに言った。

「ん? 王野さん、どうしてジャージなんだい?」

「えっ? いや、その、今から、技術の居残りの予定で……」

「居残り? それは仕方がない。学業は学校において何より優先されるべきものだ。今日の生徒会活動には参加しなくていいから、王野さんはしっかり居残り授業に励むように」

 にべもない言葉だった。

「……はぁい」

 ゆうきの元気のない返事に頷くと、はじめはめぐみとあきらの肩に手を置いて、言った。

「それでは、大埜さん、美旗さん、生徒会室に向かおう」

「え、ええ」

「うん……」

「鈴蘭、しっかりと居残り授業を受けるんだよ。後で様子を見に来るからね」

「わかったわよ! しつこいわね!」

 そのまま、はじめと連れ立って、めぐみとあきらは木工室を後にした。
486 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:46:38.71 ID:TS+ShyS90

「じゃ、はじめるか。王野。後藤」

「はい……。って、わたしたちだけですか?」

「ん? ああ、他に時間内に作品が仕上がらなかった奴がいないからな」

「うぅ、わたしたちだけ……」

 そのゆうきの言葉に、鈴蘭が八重歯をむき出しに、言う。

「一緒にしないでよね。あたしは、転入生だから終わらなかっただけだし。もうすぐ終わるもの」

「……うぅ。転入生にも負けるわたしって……」

「ほらほら、お喋りする暇があったら手を動かせ」

 松永先生が呆れ顔で。

「後藤はあと組み立てとニス塗りと磨きだけだな。サクッと終わらせるぞ」

「わかってるわよ」

 先生に対しても同じ態度なのか、と、ゆうきは戦慄する。ゆうきの常識の中で、年上の人、特に先生に対して丁寧な言葉を使わないなど、ありえないことだったからだ。

「……はぁ。まぁ、少しずつでいいが、後藤は丁寧語を使えるようになるんだぞ」

「ふん、だ。使う場面があればちゃんと使うから、関係ないわ」

 鈴蘭はそう吐き捨てて、自分の作り途中の作品を取りに、木工室後方の保管棚へ向かった。

「あのー、先生」

「ああ、王野はこれだ」

 松永先生はそう言うと、教員用の作業机の上に、木材をどんと置いた。

「この中から好きなだけ持って行け。みんなの材料のあまりだ」

「えっ、こんなにですか?」

「全部使う必要はない。ただ、お前は色々と基礎ができていないからな、マンツーマンで教えながらやっていくぞ」

「……はぁい」

 みんなは普通にできていることなのに、自分だけがマンツーマンでないとできないのかと、肩を落とす。

「まず、図面は読めるな? まずは図面の通りにけがくところからだ。王野のけがきは、なんというかこう……うーん、個性的? だからな」

「無理してフォローしてくれなくていいですよ……」

 けがきとは、材に切断線や穴の印などをえんぴつなどで書くことだ。ゆうきは大量の木材の中から使えそうなものを取り出し、ひとつずつ丁寧にえんぴつでけがき線を入れていった。途中、ぶつからなければならない線と線がずれたり、穴の印の位置がかみ合わなかったり、投げ出したくなるようなことが何度もあったが、そのたびに松永先生は、ゆっくりと、ゆったりと、ゆうきにヒントを投げかけた。

「うーん……」

 松永先生は、決してゆうきに答えを教えてはくれなかった。ゆうきの作業がうまくいかない理由を、ゆうきは自分自身で探し出すしかなかった。

「……終わったわ。ニス塗りも磨きも完ぺきのはずよ」

「ああ、後藤。終わったか」

 松永先生はゆうきにつきっきりだったから、鈴蘭の作業は見ていなかった。ゆうきと違い、鈴蘭はひとりでも大丈夫だと考えていたのだろう。
487 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:47:06.49 ID:TS+ShyS90

「うん、しっかりできているな。後藤は物作りが得意なんだな」

「ふふん、当然よ。昔から色々な習い事をしてきたもの。これくらい――」

 鈴蘭の自慢げな声が止まった。

 不思議に思い、手を止めて振り返る。鈴蘭が頭を押さえて、明らかに狼狽していた。

「あ、あたしの昔……? いや、あたしは……」

「……? 後藤? どうかしたか?」

 松永先生が心配そうに声をかける。鈴蘭はハッとしたような顔をして、直後、表情が不機嫌なものになる。

「……なんでもないわ」

「そうか。体調が悪いとか、そういうことはないか?」

「なんでもないって言ってるでしょ」

 鈴蘭は吐き捨てるように言った。

「……そうか。ならいい。ところで、この作品だが、もう一回ニスを塗り足して、もう一度磨いたらもっときれいになるんだが……」

「……それは、やらないといけないこと?」

「ん……そういうことではないな」

「なら、いいわ。完成したんだから、これでいいでしょ」

 鈴蘭はそう言うと、てきぱきと片付けと掃除を終え、作品を提出用の棚に入れると、さっさと木工室を出て行った。

「んー……後藤が自分から片付けと掃除をするとは、よっぽど早く帰りたかったんだな」

 松永先生が不思議そうに言う。

「それにしても、もったいないなぁ。これだけの作品を作れるなら、あと一歩がんばれば、もっとすごい作品になるのに」

 それは、本当に残念がるような声だった。松永先生は鈴蘭が置いていった作品を見て、ボードに何かをかき込んでいく。作品の表面を撫でたり、底を見たり、内面を覗き込んだり、様々な角度から作品を見つめているようだった。

「あ、あの、先生」

「……ん、ああ、すまん、王野。いま行くよ」

「いや、聞きたいことがあるんじゃないんです。何をしてるのかな、って……」

「ああ」 松永先生は恥ずかしそうに。「生徒に見せるもんじゃなかったな。すまん。作品の評価をつけていたんだよ」

「あ、そっか。作品で成績を出すんですもんね」

「ん、まぁ、それもあるが、それ以上に、生徒へのフィードバックだな」

「フィードバック?」

 ゆうきの頭に大きなはてなマークが生まれた。

「要は、お前たち生徒がやったことに対して、俺たち教員は何かを返さなくちゃいけないってことなんだ。テストの点数然り、日記へのコメント然り、提出された作品に対しての講評然り、な。評価ってのはカタチに表われる成績だけじゃない。俺たち教員自身の授業への自己評価だったり、生徒自身の到達度の指標だったりするんだ――って、こんな話をしても仕方ないな」

「?」

「俺たち教員の仕事の話だよ。ヘンな話をして悪かったな。お前は気にしなくていい」
488 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:47:32.63 ID:TS+ShyS90

 ゆうきの中ではてなマークが増えただけだった。話の内容は四分の一もわからなかったけれど、ただひとつ、ゆうきには確かに分かることがあった。

「あの」

「うん?」

「松永先生は、本当に技術の授業が好きなんですね。あと、わたしたち生徒のことも」

「ん……」

 松永先生は狐につままれたような顔をする。かと思えば相好を崩し、愉快そうに笑った。ゆうきの近くに戻ってきて、隣の椅子に腰かけた。

「俺が技術が好きで、お前たちのことが好き、か。ま、間違いではないな」

 松永先生はニヤッと笑う。先生のそんな顔を見たことがなくて、ゆうきは少し、ドキリとした。

「じゃあ、俺もお前に、技術を好きになってもらって、俺自身を好きになってもらわないとな」

「へっ……?」

「後半は冗談だ。さ、続きをやるぞ」

「……はい!」

 ゆうきはえんぴつとスコヤを持ち、再び、ゆっくりと線を引き始めた。

 ふと、真剣な顔で自分の作業を見つめてくれる、松永先生の横顔を盗み見た。こんな真剣な顔も、あまり見たことがない。さっきのような、無邪気な笑い声も聞いたことがない。普段の松永先生といえば、自他共に認める冴えない先生で、ふにゃふにゃとした顔しかしないのに。

 真剣な顔をするとこんなにもキリッとするなんて、ずるい。

「……? 俺の顔に何かついてるか?」

「へっ? あ、いや、何も……」

 目と目が合う。ゆうきは慌てて目を逸らし、作業に集中することにした。

(ど、どうしてだろう……)

 ドクドクと流れる血液の音を感じながら、ゆうきは自分の頬が熱くなるのを感じた。

(わたし、なんでこんなにドキドキしてるの……?)
489 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:47:58.99 ID:TS+ShyS90

………………………………

 結局その日は、けがき作業だけで終わってしまった。明日は慎重に切断をしていくぞ、という松永先生の予告で、翌日も居残りが確定した。

 けれど、不思議なことに、ゆうきには居残りに対しての嫌な気持ちはきれいさっぱりなくなっていた。

 代わりに、明日も松永先生とふたりきりという事実に対するドキドキが生まれていた。

 作業が終わる寸前に来てくれためぐみとあきらは、ニコニコと楽しそうに片付けと掃除をするゆうきを手伝いながら、首を傾げていた。

 そしてめぐみとあきらと一緒にやってきたはじめは、鈴蘭がすでに帰宅していたことに、少し肩を落としていた。

「よし、今日も居残り作業がんばるぞ!」

 放課後、更衣室でジャージに着替え、意気揚々と木工室へ向かうゆうきを、めぐみとあきらは首を傾げて見送った。ふたりは今日も生徒会の活動で応援には来られないらしい。

 木工室に近づくにつれて、胸がドキドキと高鳴る。木工室の入り口の前に立ったとき、そのドキドキは最高潮に達していた。そのドキドキの正体がなんなのか、ゆうきには分からない。分からないけれど、それが嫌なものではないから、ゆうきはそのドキドキに身を任せ、頬を紅潮させながら、木工室の戸を開いた。

「し、失礼します」

「おう、王野か」

 待っていたのは、冴えない顔をした技術の教諭、松永先生だ。

今日はノコギリ挽きからだな」

「はい。がんばります!」

 けれどその冴えない姿を見かけた瞬間、ひときわ大きく、ゆうきの心臓が跳ねた。

 が、ふわふわとした気分はそこまでだった。

「まずは練習だな」

 松永先生はそう言うと、どさっと机の上に段ボール箱を置く。その中には、細かい端材がこれでもかと詰め込まれていた。

「あの、これは……?」

「ノコギリ挽きの練習用の端材だ」

 松永先生が答えた。

「ちゃんと切断線と仕上がり線をけがいてある。王野はノコギリ挽きが一番ひどかったからな。本番の前に、これで練習しろ」

 よくよく見てみれば、たしかに段ボール箱の中の端材には、切断線と仕上がり線のような線が描かれている。

「……い、いくつ、やればいいんですか?」

 ゆうきは恐る恐る尋ねる。そのときにはすでに、色々と浮かれていた気持ちはどこかへ吹き飛んでいた。

「当然、うまく切れるようになるまでだ」

 松永先生はすまし顔で答えた。ゆうきは昨日のスパルタな松永先生を思い出し、ほんの数分前まで浮かれきっていた自分を、突き飛ばしてやりたい気分になった。

「返事はどうした?」

「はぁい……」

 ゆうきは力なく返事することしかできなかった。
490 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:48:25.73 ID:TS+ShyS90

…………………………

 その少し前のこと。ゆうきが更衣室でジャージに着替えている頃、2年B組の教室では、HRが終わり、生徒たちは各自帰り支度や部活動の準備などにいそしんでいた。そんな中、窓際後ろに席を置く彼女は、ひとりきりで、ささっと帰り支度を終えていた。そのまま、カバンを持ち、席を立つ。と――、

「鈴蘭」

 呼び止められる。声は、HRが終わった後、せわしなく教室から飛び出していったはじめだ。

「……なんで戻ってきたの?」

 彼女は面倒くさそうに応じる。本当なら返事もしたくないような気分だが、それはどうしてもできなかった。はじめは鈴蘭の正面に回り込むと、言った。

「松永先生から聞いたよ。しっかり作品を完成させて、片付けと掃除もしてから帰ったんだってね。偉いよ、鈴蘭」

「……べつに。やりたくなくてもやれって言われるんだから、自分からやっただけよ」

 彼女ははじめの顔も見ずに言った。

「もう帰りたいんだけど」

「もう少しだけ」

 はじめはしかし、道を譲ろうとはしなかった。

「松永先生が、昨日、帰る直前に鈴蘭が急に元気をなくしたと言っていた。それが気になっていたんだ。今日も、あまり元気がないようだったしね」

「そんなのあたしの勝手でしょ。放っといてよ」

 そう言い捨てる。それでもなお、はじめは言葉を続ける。

「それから、松永先生が、鈴蘭の作品はあと一回ニス塗りと磨きをすれば、本当にきれいな木工作品になるとおっしゃっていた。もしも今日、時間があるなら、やっていかないかい?」

「やるかやらないかもあたしの勝手よ。あんたに言われることじゃないわ」

 彼女はそう言って、はじめの身体を押しのけて歩を進めた。

「しかし、もったいないとは思わないか? もう少しがんばるだけで、ひょっとしたら地区の展覧会の作品に選ばれるかもしれないんだ」

「あたしには関係ない。あたしは、あたしが欲しいものしか欲しくない」

 彼女は自分について歩くはじめを、憎々しげに睨み付けた。

「なんであんたはあたしなんかに構うのよ。放っておいてよ」

「友達だからに決まっているだろう」

「……じゃあ、友達なんかじゃなくていいわよ。邪魔なのよ」

 今度こそ、はじめの言葉は止まった。彼女について歩いていた足も止まった。けれど、ほんの一瞬だけ、彼女の足も、止まった。

「……あっ――」

「――そうか。そうだよね。すまない。お節介がすぎたかもしれない」

 彼女は、自分が何を口走ろうとしていたのか、わからない。

 ひょっとしたら、彼女の矜持に反するようなことを、口走ろうとしていたのかもしれない。

 それは、誰にも分からない。

「じゃあ、また明日。鈴蘭」

「…………」

 はじめは彼女の言葉を遮ってしまったことにすら気づかず、申し訳なさそうな顔をして、立ち去った。彼女は、昨日生まれたモヤモヤが、頭の中にどんどん広がっていくような気分だった。

「っ……」

 ギリリと、噛みしめる奥歯から、血がにじむ。鉄さびのような味が口に広がる。

「あたし……っ」

 答えは出ない。

 彼女はいま、問いすら満足に描けないのだから。
491 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:48:53.83 ID:TS+ShyS90

…………………………

 ノコギリ挽きについても、松永先生はやはり積極的に答えを言うようなことはなかった。ゆうきが何度も失敗して、自分で学んでいくのを待っているようだった。なかなかまっすぐに切断できないゆうきを、忍耐強く、辛抱強く、見守り続けてくれているように、ゆうきには思えた。やがて、ゆうきは松永先生に見守られたまま、端材をまっすぐに切り落とすことができるようになった。切断した端材はいくつに及んだだろうか。ゆうきの足下は切断するときに飛び散る木屑でいっぱいになっていた。

「……よし。よくがんばったな、王野。切り方のコツは、身体が覚えただろう」

「はい。力の入れ方とかが、わかったような気がします」

 へとへとのゆうきが答えると、松永先生は頷いた。

「それじゃあ、本番に行ってみよう。失敗したら、またけがきからだからな」

「……はい」

 ゆうきは本棚の材料――本番の材を万力に固定し、ノコギリを挽き始めた。ギコギコとリズミカルに、一定間隔で力を入れていく。ノコギリから出る木屑に惑わされずに、切断線を意識する。最後に切り落とすときは一番慎重に、ゆっくりと最後の部分が折れないように。そして、ゆうきはノコギリを挽き終えた。

「……よかった。仕上がり線はちゃんと残ってる」

 材はしかっかりと切断されていた。ゆうきはほっと胸をなで下ろし、次の材を万力に固定した。

 そんなことを数回繰り返して、ようやくすべての木材を切断し終えることができた。緊張の糸が切れ、どっと疲れが出てきたようだった。ゆうきはノコギリを作業机に置くと、ゆっくりと椅子に腰かけた。

「終わったぁ〜」

「……ああ。全部しっかりと切断できてるな。ほとんど切断線の通りだ」

 松永先生がすべての材を確認して、笑みを浮かべた。

「よくがんばったな、王野」

「……は、はい!」

 ゆうきは、自分がノコギリを挽いた材をもう一度確認した。何度見ても、自分がやったとは思えないくらい、きれいな仕上がりだ。

「不器用なわたしに、ここまでできるなんて、思ってませんでした」

「ああ、よくがんばったよ。王野はがんばり屋さんだな」

 松永先生はゆうきを手放しに褒めてくれた。

「王野はたしかに、少し手先が不器用かもしれないが、それでもここまでできたんだ。それは王野の努力の賜だ」

「そ、そんな……そこまで言われるほどのことじゃ……」

 ふと、すぐ隣に松永先生が座っていることを思い出す。手を伸ばせば、触れられる距離だ。そんな距離で、松永先生は、ドジな自分のことを、笑顔で褒めてくれている。

 あまり先生に褒められるようなこともない、自分を。

「はぅ……」

 ゆうきの頬が一気に赤みを帯びる。

(ど、どうしよう……わたし……)

 ゆうきは困惑と嬉しさがないまぜになったような気持ちで、思った。

(……わたし、ひょっとして、松永先生のこと、好きになっちゃったのかもしれない)
492 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:49:21.55 ID:TS+ShyS90

…………………………

 生徒会の活動を終えて来てみれば、これは一体どういうことだろうか。

「……? なにをやってるんだろう」

「わからないけど、ゆうき、顔が真っ赤ね」

 あきらとめぐみは、こっそり木工室の戸を開け、中をのぞき見していた。最初は気づかれないように様子を見るだけのつもりだったけれど、ゆうきの妙な様子が気になってしばらく覗いていたのだ。そして、ゆうきが少し潤んだ瞳を、松永先生の方に向けたとき、ふたりは何とはなしに、悟った。

「……ねえ、めぐみ」

「ええ、あきら。あれって、そうよね……?」

 ふたりは顔を赤くしながら、事の推移を見守る。

「入ったらお邪魔だよね」

「そうね。ここで様子を見ていてあげましょう……――」



「――ふたりとも、何をしているの?」



 危うく跳び上がるところだった。無言のまま身体を震わせたふたりは、背後に立っていた人物に目を向ける。

「あっ……」

「ほ、誉田先生?」

 ゆうき、めぐみ、あきらの担任の先生。誉田華先生が、立っていた。

「あなたたちも松永先生に用事があるの?」

「あ、いえ。私たちは、ゆうきの居残りの応援に来たんです」

 めぐみがそつなく答える。

「ただ、その……入るのがためらわれて」

「? どういうこと?」

 誉田先生が怪訝な顔をして、戸に手をかける。

「わーっ。邪魔しちゃうんですか?」

「邪魔って……。仕方ないでしょ。お仕事なんだから」

 誉田先生はそう言って、戸を開けた。
493 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:49:47.86 ID:TS+ShyS90

…………………………

「失礼します」

「ん……?」

 木工室の戸が開き、誉田先生が入ってきた。松永先生は席を立ち、誉田先生を迎えた。

「おつかれさま、松永先生。王野さんの作業は順調?」

「ええ。ゆっくりですが、しっかり進んでますよ。ご心配なく」

 松永先生はやる気のない目のまま、誉田先生に応じる。

「……さすがは“先生の中の先生”。担任の生徒が心配ですか」

「あら。そんな風に言われるのは光栄だけど、わたしは王野さんの心配なんてしてないわよ?」

 ん? と、ゆうきは首を傾げる。先生ふたりの会話が、どうにも先生同士の会話らしくない。

「なんてったって、“小次郎くん”が見てくれているんだもの」

 小次郎くん!? と内心驚くゆうきだが、ふたりの雰囲気に圧倒されて、微動だにできないでいた。松永先生は呆れた、というような顔をして。

「……学校でその呼び方はやめてくれよ」

「そうね。ごめんなさい」

 対する誉田先生も、茶目っ気全開の口調だ。

「小次郎くんも、今はしっかり先生やってるんだから、“松永先生”って呼ばなくちゃね」

「だーかーらー、それをやめてくれって言ってるんだよ。っていうか、用が済んだなら職員室に帰れ」

 ゆうきはもう、半ば放心状態になりつつあった。あまりにも親密な会話の応酬は、恋する女子中学生の内心をずたずたにするに足るだけの威力があった。

「あら、ご挨拶ね。せっかく私が様子を見にきてあげたのに」

「見に来たのは、俺じゃなくて王野の様子だろうが」

「一応、若手教員のOJTも兼ねているつもりだけど?」

「そっちに若手って言われる憶えはねぇよ。二つしか違わないだろうが、歳」

「女性に年齢の話を振らない。相変わらずデリカシーがないわね」

 この、親密な感じは、恐らく、いや、間違いなく。

 いわゆる、アレだ。

 アレといえば、アレだ。

 アレだろう。

 ゆうきの中でいろいろなものがガラガラと崩れ落ちていくようだった。
494 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:50:14.90 ID:TS+ShyS90

「王野さん?」

「ひゃいっ!」

 唐突に声がかけられて、びくりと身体が反応する。誉田先生が優しく微笑んでいた。

「製作は順調?」

「は、はい。今のところは、しっかりできてます。……松永先生の、おかげで」

 精一杯の抵抗のつもりだった。優しく微笑んでいる、美人でスタイルも頭も良くて、優しくて頼れる、みんなの憧れの、誉田先生に対しての。誉田先生は面白そうな顔をして、近くの松永先生を肘で小突いた。

「へぇー。小次郎くんも、きちんと先生やってるのね。私も鼻が高いわ」

「なんであんたの鼻が高いんだよ。いいから、用事が終わったなら帰れ。俺は王野の居残りで忙しいんだ」

「……はいはい、わかったわよ。じゃ、王野さん、残りもがんばってね。応援してるわ」

 誉田先生はそう言い残し、木工室を後にした。

「ありがとう、ございます……」

 対抗したつもりが、返り討ちに遭ったような心境だった。

 肘で小突くくらい、親密な仲なのだろう。

 名前で呼ぶくらい、親密な仲なのだろう。

 そんなこと、火を見るより明らかなことだ。

「さ、じゃあ邪魔者もいなくなったことだし、作業の続きをするか」

「…………」

「? 王野? どうした?」

 松永先生の声も聞こえていなかった。ゆうきは、明確に言葉を思い描くのをためらったが、無駄なことだった。

 ゆうきの中でも、それはもう間違いないことだった。

(松永先生と、誉田先生は、きっと、とっても親密な……恋人同士……)

 ゆうきは疲れも相まって、がくっと机に突っ伏した。

「お、王野? 大丈夫か?」

 松永先生の声が遠く聞こえた気がした。けれど、ゆうきは何も考えたくはなかった。

(わ、わたしの初恋、一時間と保たずに終わった……)

 その日は結局、それ以上の作業はできず、ゆうきはいつの間にか木工室にやって来ていためぐみとあきらに付き添われて、帰路についた。
495 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:50:41.34 ID:TS+ShyS90

…………………………

 翌日、放課後。

「……うん。完ぺきに仕上がったな」

 材のやすりがけを行い、組み立て、ニスを塗り、磨く。

 それら一連の作業が終わり、ゆうきの本棚が完成した。今日は生徒会の活動がなかったゆうきとめぐみも木工室で本棚の完成を見届けた。

「わぁ……すごいよ、ゆうき! ゆうきが作ったものでこんなに形が整ってるの、初めて見たよ!」

「すごいわ! とてもゆうきが作ったとは思えない仕上がりよ!」

「……ふたりとも、褒めているつもりなんだろうけど、失礼だからね、それ」

 ゆうきは力なく憤慨しながら、それでも心の中は達成感で満たされていた。

 昨日の出来事はショックではあったが、それ以上に、自分自身でひとつのものを完成させられた喜びが圧倒的に大きかった。

「松永先生のおかげです。ありがとうございます」

「いや、俺は王野の作業を見ていただけだ。作業をやったのは全部王野だろう?」

「……はい!」

 信頼している大人からの言葉に、ゆうきの頬も自然と緩む。それこそ、昨日のショックなど、吹き飛んでしまうくらいに、嬉しいことだった。

(いや、まぁ、まだ引きずってはいるけど……)

 しくしくと痛む胸はどうしようもない。今は、自分自身でものづくりを達成したことを、喜ばなければ損だろう。

「わたし、この居残りがなかったら、絶対にものづくりが苦手なままでした。だから、やりきれてよかった……」

「……そうだな」

 松永先生は優しい目をして、言った。

「たとえ将来ものづくりに関わるような仕事につかなくても、これを作った経験値はお前の中に残る。それはきっといつか、王野の役に立つと思うぞ」

「はい。わたしもそう思います」

 ふと、視界の隅でめぐみとあきらがホッとしたような顔をしているのが目に入った。

「どうしたの?」

「えっ? いや、その……ゆうきがあんまり落ち込んでないみたいだったから」

「安心してたんだよ」

「へぇ?」

 どういうことだろうか。昨日の自分自身の恋する乙女のような瞳や、失恋をする瞬間を見られていたとはつゆ知らず、ゆうきは首を傾げる。しかしそれを問いただす前に、木工室の戸が開いた。

「王野さん。今日も様子を見に来たわよ」

 その声を聞いて、ドキリと心臓が跳ねる。

「……昨日の今日でまた来るか、普通」

「あら、あなたが言ったんじゃない。王野さんの作品が今日仕上がるから放課後見に来い、って」

「っ……余計なこと言うんじゃねぇよ」

 入ってきた人物に、心が軋んで嫌な音を立てる。大好きな人のはずなのに、そんな風になってしまうことが、ますますゆうきの心を苛む。

「誉田先生……」
496 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:51:07.50 ID:TS+ShyS90

「わ、すごいわね。とうとう仕上がったのね、作品」

「は、はい……」

 誉田先生は色々な方向からゆうきの本棚を眺めた。それはゆうきには、本当に興味深く生徒の作品を覗き込んでいるように思えて、居残り初日に、鈴蘭の作品を見つめていた松永先生の姿と重なって見えた。

(……入り込む余地もない。お似合いの先生カップルだ)

 なんて諦観混じりのことをゆうきが考えるくらいには、似ている。

「誉田先生、今日も邪魔をしにきたんですか?」

 松永先生がトゲトゲしく言う。

「残念でした。今日は松永先生に用事です。校長先生が呼んでるわ」

「えっ、俺を?」

 松永先生が嫌そうな顔をする。

「……俺、なんかやらかしたかな」

「そういう話じゃないわ。教育委員会への提出書類に目を通してほしいんですって」

「ん、ああ……そういやそんなこと言われてたな」

 松永先生は参ったという顔をして、ゆうきを見て、それから誉田先生に向き直った。

「悪い、誉田先生。ちょっと校長室行ってくるから、王野の片付けと掃除、見ていてやってくれ」


「最初からそのつもりよ」

「ありがたい。助かるよ」

 松永先生はゆうきに掃除が終わる頃には戻ると言い残し、木工室から急いで出て行った。ゆうきは椅子に座った誉田先生が監督する中、片付けと掃除に取りかかった。めぐみとあきらもそれを手伝う。

「……うーん、聞けば聞くほど、仲良しさが伝わってくる会話だね」

 こそこそと、あきらが言う。

「そうね。やっぱりあのお二人は……その、えっと……お付き合い、してるのかしら……」

 めぐみが顔を真っ赤にしながら言う。

「……だよねぇ」

 ゆうきがずーんと沈み込みながら言う。

「うーん、でも……」

 めぐみが言う。

「こう言っては何だけど、誉田先生と松永先生って……なんていうか……あんまり、釣り合っている感じはしないわよね」

 悪気はないのだろうが、めぐみが松永先生に対してとても失礼なことを言う。もちろん、ゆうきだってめぐみの言わんとしていることが分からないわけではない。
497 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:51:33.92 ID:TS+ShyS90

 ちらりと、誉田先生を盗み見る。私も手伝うわ! と言って箒を持って掃いている誉田先生は、こんな埃っぽい木工室にいても、どこか上品な美人さんだ。松永先生とは仲睦まじそうに見えるが、たしかにあの冴えない技術の先生に、誉田先生が釣り合うとは思えない。

「……よし」

「? ゆうき、どうしたの?」

「わたし、聞いてみる」

「えっ……? あっ、ゆうき……」

 ゆうきはゆっくりと誉田先生に歩み寄った。床の木くずを集めていた誉田先生は、ゆうきに気づくと、微笑んだ。

「あら、どうしたの? 王野さん」

「……誉田先生におたずねしたいことがあります」

「何かしら?」

 ゆうきは勇気を出して、問うた。

「“小次郎くん”って、何ですか?」

「えっ? ……ああ」

 誉田先生は一瞬、虚を突かれたような顔をして。

「……ごめんなさい。生徒の前でする呼び方じゃなかったわね。先生、ちょっとおふざけがすぎちゃったかもしれないわ」

 誉田先生は恥ずかしそうに笑う。

「気にしないで。プライベートな呼び方なの。友達に言っちゃダメよ?」

 誉田先生は茶目っ気たっぷりにそう言った。

「ぷ、プライベート、って……」

 ゆうきは、ためらいながらも、質問を続けた。普段のゆうきなら絶対にしないことだが、今ばかりは、気になって仕方がなかったのだ。

「ひ、ひょっとして、誉田先生と、松永先生って、その……お付き合い、してらっしゃるんですか……?」

「……? えっ?」

 誉田先生が心底不思議そうな顔をする。

「わ、私が、松永先生とお付き合い……?」

 直後、誉田先生が声を上げて笑いだした。

「……ふふ。ああ、そっか。多感なお年頃だものね、王野さん。ごめんなさい。ヘンな勘違いをさせてしまって」

「勘違い……?」

「幼なじみなの。私のほうが少し年上だけど、家が隣同士で、昔から“小次郎くん”って呼んでたから、ついつい出ちゃうのよね」

「えっ? じ、じゃあ、誉田先生は、松永先生と恋人同士じゃ……」

「ないわ。ただの仲良しの幼なじみよ」

 視界を覆っていたモヤモヤが晴れるような気分だった。ゆうきはほぅと大きくため息をつき、つい、思ったことを口に出してしまう。

「……よかった」

「……? よかった、って?」

「えっ!? あ、いや……なんでもないです」

「……あらあら」

 誉田先生は笑って。

「小次郎くんってば、モテるのね」

 考えていることを読まれているようで、ゆうきは頬が熱くなる。鏡を見なくても分かる。顔は絶対、真っ赤になっていることだろう。

 ぽん、と。両側から肩が叩かれる。めぐみとあきらが、うんうんと頷きながら言った。

「よかったね、ゆうき」

「これで片思いを続けられるわね」

「や、やめてよぅ……。恥ずかしいんだから」

 ゆうきはますます顔を赤くして、生暖かい笑みを浮かべる友達と先生から離れて、ひたすら掃除に没頭した。
498 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:52:08.92 ID:TS+ShyS90

…………………………

 木工室の中での会話が、意図せず聞こえてきた。

 恋人だとか、モテる、だとか。そんな、愛にまつわる会話だ。

 彼女はその話を聞いて、自分でも気づかないうちに、戸の持ち手に力が入っていた。

 手が、怒りとも憎しみともつかない感情で震え出す。

 目の前の全てが、憎くて仕方がない。

 ありとあらゆるものに、怒りをぶつけたくて仕方がない。



 ――――『――ぼくは、君を愛している――』



「ッ……!」

 遠い過去。もう思い出せない。思い出してはいけない。思い出したくもない。過去。

 世界が固く暗い鉄格子で閉じられていたときのこと。

 そこに現れた光のような誰か。

 その、誰かに裏切られ、ロイヤリティの中の地獄を味わった、あのときのこと。

 何も思い出せないのに、ただただ、ロイヤリティへの憎しみだけがあふれていく。

 あの世界を形作った王族に対する怒りがあふれていく。

「愛なんて……ッ!」

 世界を真っ暗に染める闇が、彼女のその憎しみから、怒りから、ホーピッシュのきらびやかな世界を浸食する。

 世界が暗く染まる。コントラストを失い、色が消えていく。



「――愛なんて、いらないッ!!」



 それはモノクロの、アンリミテッドの世界だ。
499 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:52:37.70 ID:TS+ShyS90

…………………………

 教室の中が急に暗くなる。何事かと判断するより先に、今まで楽しそうに笑っていた誉田先生が膝をついた。

「誉田先生!? 大丈夫ですか?」

「な、何かしら……? すごく、眠い……の……」

 誉田先生は、そのまま床に倒れた。

「ほ、誉田先生!?」

「……大丈夫。呼吸はしてるわ」

 取り乱すゆうきに、めぐみが冷静に言った。

「一体これは何なのかしら。アンリミテッドだとは思うのだけど、今までと何かが違うような……」

 その瞬間、凄まじい音がして、木工室の戸が蹴破られた。

「っ……!? ゴドー!」

「…………」

 うつろな目をして立っていたのは、アンリミテッドの戦士がひとり、ゴドーだ。ゴドーは焦点も定まらないような目をしたまま顔を上げ、ゆうきたちを睨み付けた。

「……この、ホーピッシュまでもが」

「えっ……?」

 ゴドーが小声で呟く。しかし、次の瞬間、ゴドーの身体から、凄まじい黒い波動が発せられた。

「この、ホーピッシュまでもが!! あたしを苦しめるのか!! あたしを、あざ笑うのか!!」

 ゴドーの大声とともに、闇が吹き荒れる。

 誉田先生をかばいつつ、伏せる。ゴドーから四方八方に発せられた闇は、全校生徒たちが技術の授業で製作した作品にとけ込んでいく。

「なっ……何、これは……?」

 あきらが周囲を見回しながら言う。まるで、木工室全体が闇で塗り固められたような状態だった。ゴドーは焦点の定まらない目をしたまま、気が狂ったように諸手を挙げた。

「出でよ!! ウバイトールども!! このホーピッシュを、欲望の闇で染め上げなさい!!」

 闇の瞳が開く音が、いくつも重なって聞こえた。

『ウバ……!』

『ウバァアアア!!』

『ウバッ!!!』



『『『『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』』』』
500 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:53:03.70 ID:TS+ShyS90

…………………………

「素晴らしい闇だ。ゴドー」

 仮面の騎士、デザイアは、はるか上空から、その闇の発生を見届けていた。

「これは、位相をずらしたのではない。ゴドーの強大な闇が、ホーピッシュそのものを闇に染めているのだな。そして、ゴドーそのものの闇が、いくつものウバイトールを同時に発現させた。素晴らしい! 素晴らしい力だ、ゴドー!」

 ひとつの学校のひとつの教室という、極小規模領域ではある。しかし、そのエネルギーは、凄まじいものだ。もしもこのゴドーの闇の力が安定的に供給できるのならば、ホーピッシュを闇が飲み込むことなど、容易いことだろう。

「……ゴドーの愛への憎しみ、ロイヤリティへの憎しみ、王族への憎しみは本物だ。さぁ、プリキュアたちよ。今までのゴドーだと思ってかかると、痛い目を見るぞ。さぁ、我々アンリミテッドに抗ってみせろ、伝説の戦士よ」

 しかし、闇の領域が教室ひとつではいくら何でも狭すぎるだろう。デザイアは指を鳴らし、闇に墜ちた木工室ごと、学校の位相をアンリミテッドへとずらした。

 学校全体がモノクロに覆われ、無関係の生徒たちが消える。

「む……?」

 しかし、デザイアはアンリミテッドの位相に墜ちた学校の中に、いくつかの人の気配を感じた。

「すでに闇の影響を受けている人間は、共にアンリミテッドの位相にズレる」

 少し前に、王野ゆうきの妹、ともえがゴドーの戦いに巻き込まれたのと同じ事だ。アンリミテッドの闇やロイヤリティの光と関係が深くなってしまった人間は、ホーピッシュ以外の力から強い影響を受けることになる。

「このホーピッシュ全体が闇の影響を強く受ければ、いずれこの世界すべてがアンリミテッドと同化する。人間も、何もかも、アンリミテッドへと墜ちるのだ」

 デザイアははるか上空からダイアナ学園を見下ろし、笑う。

 ロイヤリティを飲み込んだアンリミテッドは今、希望の世界ホーピッシュへの侵攻を、本格的に始めたのだ。
501 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/04/22(日) 20:53:58.34 ID:TS+ShyS90

…………………………

「う、うそでしょ……!?」

 数えきれる量ではなかった。木工室中を埋め尽くさんばかりに、大量のウバイトールが発生する。

「まずいわ! 退路を断たれる前に、外に逃げるわよ!」

「うん!」

 めぐみが先導し、素早く窓を開ける。ゆうきとあきらは肩に誉田先生の手を回し、少し引きずるようにはなってしまうが、丁寧に運ぶ。大量のウバイトールが狭い場所でうまく動けないうちに、誉田先生を連れた三人は、外に逃れることができた。

「ちょっと、ブレイ。あれは一体何事なの?」

 カバンに呼びかけるも、返事はない。ブレイは、カバンの中でガタガタと震えていた。

「ど、どうしたの、ブレイ?」

「あっ、あのときと、一緒グリ……」

「あのとき?」

「……ロイヤリティが滅んだときと同じ闇の波動レプ」

 震えるブレイに変わり、ラブリが答えた。

「あの闇の波動は、世界中を闇の化身――ウバイトールで埋め尽くすに足るだけの力を持っているレプ。もしもあの闇がもっと大きくなれば、ホーピッシュも、ロイヤリティと同じ命運を辿るレプ」

「でも、今はプリキュアがいるニコ!」

 めぐみのカバンからフレンが顔を出す。

「そう、ドラ。あきらたちの力があれば、この闇も止められるはずドラ」

 あきらのカバンからパーシーも飛び出した。

「……レプ。まだ、ロイヤリティが滅んだときとは状況が違うレプ。どうやら、いま闇に侵食されているのは、この世界のほんの一部だけのようレプ。だから、今すぐあの闇を浄化すれば、ホーピッシュヘのダメージはないレプ」

「……うん。それだけわかれば十分だよ」

 ゆうきはロイヤルブレスに手を置いた。勇気を象徴する伝説の腕輪が、ゆうきに力をくれるようだった。ゆうきはめぐみとあきらと目配せし合い、頷いた。

「いくよ! みんな!」

「ええ!」

「うん!」

 妖精たちも身を乗り出し、叫ぶ。

「勇気の紋章!」

「優しさの紋章!」

「情熱の紋章!」

「「「受け取るグリ!」 ニコ!」 ドラ!」

 三人の王族から光が飛ぶ。それぞれの光は、それぞれの戦士の手に渡り、カタチを成す。それは、勇気、優しさ、情熱を象徴する紋章だ。少女たちはそれを、ロイヤルブレスへと差し込んだ。そして、伝説の戦士の宣誓を叫ぶ。


「「「プリキュア・エンブレムロード!!!」」」


 光が爆発する。三人となった伝説の戦士は、その光の力を三倍以上に増幅しているようだった。世界に一時的に色が戻るような、そんな圧倒的な光を放ちながら、少女たちはその姿を変えていく。

 薄紅色の、勇気のプリキュアへ。

 空色の、優しさのプリキュアへ。

 紅蓮の、情熱のプリキュアへ。

 そして、伝説の戦士へと姿を変えた少女たちが、はるか上空より大地に舞い降りた

「立ち向かう勇気の証! キュアグリフ!」

「守りぬく優しさの証! キュアユニコ!」

「燃え上がる情熱の証! キュアドラゴ!」


「「「ファーストプリキュア!!」」」


 光の世界ロイヤリティ、その伝説の戦士が、闇の軍勢に真っ向から対峙する。
502 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:54:42.29 ID:TS+ShyS90

…………………………

「これは、一体何事なんだ……」

 はじめは、急に暗くなり色を失った学校にひとり取り残されていた。廊下にも、教室にも、職員室にも、生徒や教員の姿はなかった。



『ウバイトォ……ォオオオ……オオオル!!』



「っ……!」

 どこかから、怪物の叫び声のようなものが聞こえる。はじめは周囲から完ぺき超人と言われているが、本人にそんな自覚はない。騎馬家の娘として、そしてダイアナ学園中等部の生徒会長として完ぺきであろうとはしているが、ただの女子中学生だ。

 怖くないわけなどない。

 はじめは怖い物知らずなわけではない。ただ、もしもこの異変に巻き込まれ、倒れている生徒がいたら、生徒会長として放っておくわけにはいかないだろう。その使命感が、はじめを突き動かす。

 だから、はじめは怖くても、恐ろしくても、怪物たちの叫び声が聞こえる方向へ進んでいった。

 そして、たどり着いたのは木工室だった。

「ッ……!?」

 入り口に身を隠し、中の様子を伺うと、にわかには信じがたい光景が広がっていた。

『ウバァァアアアアア!!』

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

『ウバッウバッ!!』

 木工室内は、異形の怪物で埋め尽くされていた。本棚のようなカタチをしたものや、ラジオのようなカタチをしたものなど、様々な姿をしている。しかしそれらは一様に、悪辣な瞳ををたたえ、一点を見つめていた。

「なんだ、あれは……?」

 窓の外、怪物たちが見つめる先に、光り輝く何かが見える。かすかに見えるそれは、人のカタチをしていた。桃色、青色、赤色だろうか。三者三様の色の衣装を身につけ、どうやら、外に出た異形の怪物たちと戦っているようだった。

「……あの女の子たちが圧倒しているのか」

 かすかに見える外。それは、間違いなく、怪物たちを三人の少女たちが倒す光景だった。力の差は明確だった。しかし、怪物たちは何度倒されても少女たちに立ち向かっていく。やがて、木工室内にいた怪物たちもすべて外に出て、少女たちは怪物に埋め尽くされ、見えなくなってしまった。しかし怪物たちは相変わらずどんどん吹き飛ばされているから、少女たちが健在なのは間違いないだろう。ふと、木工室内に目を向ける。すると、あまり見たくはないようなものが目に飛び込んできた。

「……す、鈴蘭!?」

 それを見た瞬間、目の前にスパークが散ったような気がした。はじめは怪物に見つかるかもしれないという不安すら感じる余裕もなく、木工室内に倒れる鈴蘭に駆け寄った。

「す、鈴蘭!! 鈴蘭!!」

 はじめは動揺していたが、冷静でもあった。鈴蘭の呼吸と脈拍が正常だということを確認すると、すぐに鈴蘭を木工室の外に連れ出し、その華奢な身体を負ぶって、廊下を走って安全圏へと待避した。怪物と戦っていた三人の少女たちのことも気がかりだが、それ以上に、鈴蘭を安全な場所に逃がすことが最優先だった。

「鈴蘭、君は絶対私が守る……!」

「…………」

 眠っている鈴蘭から返事はない。はじめはただ、鈴蘭の無事を祈りながら、廊下を走った。
503 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:55:08.99 ID:TS+ShyS90

…………………………

「角ある純白の駿馬、ユニコーンよ! プリキュアに力を! プリキュア・ユニコーンアサルト!」

『ウバッ……!? ウバァアアアアアア……』

 清浄なる空色の突撃が、ウバイトールを一体浄化する。浄化するたびに、ダイアナ学園の生徒が技術の授業中に製作した様々な作品が姿を現す。しかし、ウバイトールの数はあまりにも多く、そしてプリキュアたちの体力には限界があった。

「さすがに数が多いわね!」

 キュアユニコは、押し寄せるウバイトールの大群を“守り抜く優しさの光”で押しのけながら、それぞれウバイトールと戦っているであろうキュアグリフとキュアドラゴに向け、叫ぶ。

「一体一体カルテナで浄化するのは効率が悪いわ! ロイヤルフラッシュでまとめて浄化するわよ!」

「そ、そうは言っても!」

 ウバイトールの大群がうごめく中、どこかからグリフの声が聞こえた。

「ユニコとドラゴがどこにいるのかわからないよー!」

「っ……そうね!」

 三人のロイヤリティの力の光は凄まじいが、それを覆い尽くしてあまりある闇の瘴気が漂っている。これは尋常ではない。今まで、自分たちの放つ光が闇に負けることなどなかったというのに、今はウバイトールの大群がひしめき合っていることもあって、まったくお互いの光が届かない。

「今までのアンリミテッドの闇とは桁違いだわ! 何かが起こったと考えるべきね!」

「アンリミテッドの戦士も、いないしね!」

 ドラゴの声も飛ぶ。

「でも、あのダッシューとか、ゴーダーツっていうひとがいないなら、チャンスかも!」

 ドカン! と凄まじい爆炎が彼方で上がった。複数のウバイトールが空を舞う。それはまぎれもない、キュアドラゴの“燃え上がる情熱の光”だ。闇の瘴気すら燃やし尽くす勢いで、ユニコに光を届けたのだ。

「今の炎、見えた!?」

「うん!」

「ええ!」

 ドラゴの問いにグリフの声も応える。ユニコも大声で応じる。ドラゴは言った。

「今からわたしが全力で“燃え上がる情熱の光”を放つよ! 周辺のウバイトールを全部吹き飛ばすから、その隙にふたりはわたしのところに跳んで!」

「いい作戦だわ!」

「さっすがドラゴ! 学年一の秀才!」

 常に定期テストでははじめ、あきらとトップの座を巡り熾烈な争いをしているめぐみとしては、ゆうきの“学年一の秀才”という言葉に釈然としないものを憶えたが、それはそれ、だ。今はそんなことを考えている場合ではない。

「じゃあ、いくよ! 3,2,1――」


 ――ゴオオオォオオオオ!!


 それは炎の濁流だった。ただしその濁流は、上から下に落ちるのではなく、地上から暗い空の雲を突き刺すように立ちのぼったのだ。紅く熱い紅蓮の炎は、ドラゴの狙い通り、周辺のウバイトールを根こそぎ吹き飛ばす。
504 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:55:39.65 ID:TS+ShyS90

(な、なんて力なの……!? あれが、伝説の戦士の中でも最強の攻撃力を持つ、キュアドラゴの力……!)

 その瞬間、ドラゴだけでなく、グリフの姿すら、ユニコの視界に入った。ドラゴの放った炎は、ウバイトールだけでなく、視界を狭めていた闇の瘴気すらまとめて吹き飛ばしたのだ。ユニコはまっすぐ、ドラゴの元へ跳ぶ。同様に、グリフもドラゴの元へ着地する。そして三人は頷き合い、手を取り合った。


「翼持つ獅子よ!」


「角ある駿馬よ!」


「天翔る飛竜よ!」


 三人が唱える。闇に墜ちた世界に、伝説の神獣たちが浮かび上がる。それは、ロイヤリティを守護する誇り高き力だ。プリキュアたちはその力に誇りと絆を乗せ、そして放った。



「「「プリキュア・ロイヤルフラッシュ!!」」」



 凄まじい光が全方位に向けて放たれた。

 ドラゴの炎に吹き飛ばされ、地面でのたうち回るウバイトールも。

 炎の影響を逃れ、今まさにプリキュアに手を伸ばそうとしていたウバイトールも。

 その場にいたウバイトールが、まとめてその光に浄化されていく。
505 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:56:05.51 ID:TS+ShyS90

…………………………

「……ふぅ」

 やがて光が収束すると、その場には大量の作品が積み上がっていた。

「……す、すごいことになってるね」

「いつも通り、ホーピッシュに位相が戻れば元通りでしょ」

 ユニコの言葉は、色々とスレスレだ。

「あれ、でも……なんか、世界が元に戻らないね」

「……? 本当ね」

 グリフは周囲を見渡す。世界は真っ暗でモノクロのままだ。いつもならば、ウバイトールを倒せば世界は戻る。なぜ戻らないのだろう。

「……ん?」

『ウ、ウバ……!』

「ああー! ウバイトールがまだ残ってるー!」

「ええっ!?」

 グリフは、木の陰にかくれ、こちらをチラチラと見ているウバイトールを見つけた。

「ん……? あ、あのウバイトールって……」

 そのウバイトールは、グリフにとってとても見覚えがあるものだった。

「わ、わたしの作品!?」

「……そうみたいね」

『ウバ……ウバ……』

「……? 何かしら? 何かを言いたいみたいね」

『ウバ……先生、好き……』

「……!?」

 一瞬、ふたりは耳を疑った。

『松永、先生……好き……ウバ……』

「……ああ。そういえば、ウバイトールって、そのものに込められた欲望によって戦うのよね」

 ユニコがさらりと言う。

「つまり、ゆうきの恋慕の気持ちが、あの作品に込められていて、その気持ちによってあのウバイトールは具現化したのね」

「ち、ちょっとやめてよ! さらっと解説しないでよ! 恥ずかしいよ!」

『……好き……ウバ』

「あれを放っておく方が恥ずかしくないかしら?」

「わぁああああああああああ!」

 グリフは顔を真っ赤にしながら、そのウバイトールに向け駆け出した。

『ウバ!?』

「あ、こら、逃げるな! 今浄化してあげるから……って、だから、逃げるなぁあああああ!!」

『先生のこと、好き、ウバ……』

「だぁあああああああ!! 段々わたしに声に近くなってきてるー!? 」

 グリフがカルテナでそのウバイトールを浄化するまで、しばらくその鬼ごっこは続いた。
506 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:56:31.62 ID:TS+ShyS90

…………………………

 世界から闇が消えた。

 世界に色が戻った。

 光が、戻った。

「っ……」

 しかしあきらはそれすら知覚できないほどに、身体中を駆け巡る猛烈な痛みを感じていた。

 身体中が熱い。

 身体中が、痛い。

 それは激痛ではなかった。しかし、ジンジンと確実に身体中を苛む痛みだ。

 身体中が軽い火傷を負っているような感覚。

 その痛みは、変身が解けた瞬間、あきらを襲ったのだ。

 あきらは今まで感じたことのないその痛みに膝をついた。

「……!? あきら!?」

「大丈夫? どうしたの?」

 口から声がでない。まるで、口の中も火傷を負っているように、熱かった。

 あきらはそのまま、駆け寄ってきたゆうきとめぐみに身体を任せ、意識を失った。

「あきら!? あきら、しっかりして!」

 親友ふたりの呼び声は、すでにあきらに届いてはいなかった。
507 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:56:57.89 ID:TS+ShyS90

…………………………

「あきら!」

 その様子を物陰から見ていた妖精たちは、すぐに飛び出してあきらに駆け寄った。

「あきら……」

 あきらの顔は火照り、まるで熱があるかのように苦しそうに息をしている。ゆうきとめぐみがあきらに懸命に呼びかけるが、その声は届いてはいないようだった。

「……パーシー」

 ラブリがパーシーを呼ぶ。ラブリはあきらから離れたところで、口を開いた。

「どうするレプ? あれは間違いなく、キュアドラゴの力を使いすぎた反動レプ」

「……ドラ。あきらのキュアドラゴとしての能力が開花するにつれて、身体への負荷が増えているドラ」

 パーシーは、悔しさと情けなさで、震えていた。

「パーシーのせいドラ。パーシーは、キュアドラゴの力を、あきらに詳しく説明していなかったドラ……」

「……そうレプ。でも、ラブリの責任でもあるレプ。ラブリが愛のプリキュアを目覚めさせられていないばっかりに、キュアドラゴに負担をかけているレプ」

 ラブリもまた、うつむき、悔しそうに手を震わせている。

「でも、済んでしまったことを話しても仕方ないレプ。悔やむより、これからの手立てレプ。ラブリは愛のプリキュアを全力で探すレプ。パーシーはどうするレプ?」

「……パーシーは、あきらにキュアドラゴの力を詳しく伝えるドラ。そして、あきらに、しばらくキュアドラゴに変身しないように言うドラ」

 ふたりは振り返る。ゆうきとめぐみ、そしてブレイとフレンがあきらに呼びかけている。その呼び声がようやく届き、あきらが身じろぎし、目を開けた。一様に、四人が明るい顔をする。しかし、パーシーとラブリはその様子を眺めながら、未だに悔しさに震えている。

「……“ドラゴネイト”を、完成させる必要があるドラ」

 パーシーは悔しさと自責の念に震える拳を握り、決意を固めた。
508 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:57:28.33 ID:TS+ShyS90

…………………………

 目覚めたのは、真っ白な場所だった。

「っ……? ここは……」

「……あっ、よかった。目が覚めたのか」

 彼女はどうやら、布団に寝かされていたようだった。傍らから覗き込むのは、一応友人ということになっている、騎馬はじめというお節介な人間だ。

 鼻をつく消毒液の香り。清潔感はあるが、ゴワゴワと事務的な感触がする布団。そして、天井から引かれた真っ白なカーテン。彼女には覚えがない場所だった。

「保健室だよ。君が木工室で倒れていたから連れてきたんだ」

「……? 倒れていた……?」

 記憶が曖昧になっている。木工室の前まで行ったことは覚えている。それ以降、自分が何をして、どうなったのかはよく覚えていない。

(何か、大事なことを忘れてしまったような気がする……? でも、思い出せる気がしない……)

 思い出せないものを無理に思い出そうとすると、頭が割れるように痛むことがある。彼女は記憶を掘り起こす努力を早々に放棄し、布団を出た。

「まだふらついているじゃないか。もう少し休んでいた方がいい」

 しかし、はじめがそれを制する。彼女はむかっときて、その優等生を睨み付けた。

「そんなのあたしの勝手でしょ」

「いや、それは君の勝手にさせるわけにはいかないよ」

 しかし、はじめはどかなかった。

「君がまたどこかで倒れてしまったら、君が一番損をする。だから、君を行かせられない」

「っ……」

 そのはじめの目には、たしかな意志が宿っていた。それをどかすのは骨だろう。彼女は不承不承、布団に戻った。

「もう少し落ち着くまで休みなさい。私が一緒にいてあげるから」

「……余計なお世話よ」

「そうかもね」

 はじめは笑うと、ベッドの脇の椅子に腰かけた。

「……どうしてあたしなんかに構うのよ」

 口をついて出たのは、以前と同じ質問だ。
509 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:57:54.56 ID:TS+ShyS90

「前も言っただろう? 友達だからだよ」

 そして同じように、はじめが答えた。



 ――――『……じゃあ、友達なんかじゃなくていいわよ。邪魔なのよ』



 以前吐き出した、ひどい言葉を思い出す。



 ――――『そうか。そうだよね。すまない。お節介がすぎたかもしれない』



 ショックを受けたような、はじめの顔を思い出す。

「……あんなひどいこと言ったのに、どうして」

「? ひどいことって、何だったっけ?」

 信じられなくてはじめの顔を見る。はじめは本当に不思議そうな顔で、首を傾げていた。

「しっ……信じらんない。あんた、おかしいんじゃない?」

「ははっ、完ぺきすぎて怖いとかはよく言われるけど、おかしいって言われたのは初めてだね」

「嫌味な奴……」

 彼女はその笑顔がまぶしい友達から目を逸らした。これ以上話をしても、こっちの頭が痛くなるだけだ。しかし、はじめはまだ話を続けたいようだった。

「ところでさ、ひとつ聞きたいんだけど」

「……何よ」

「鈴蘭は、どうして木工室に行ったんだい?」

 瞬間的に頬が紅潮する。自分でも驚くくらい、顔中が熱くなる。

「ど、どうしてって……そんなの、あんたには関係ないでしょ!」

「ははぁ。その動揺から察することができたから、もう答えなくて良いよ」

 はじめは可笑しそうに笑った。

「なっ、何を想像してるのか知らないけど、違うから! あんたにひどいこと言っちゃったから、せめてあんたの言うことを聞いてやろうと思ったとか、そういうことじゃないから!」

「すごいな。所謂ツンデレというやつの見本を見ているようだ」

「あー! もう! あんた、本当にムカつくわね!」

「はいはい。今は誰もいないけど、ここは保健室だから静かにね」

「きーっ!」

 はじめは、言葉とは裏腹に、けらけらと愉快そうに笑い続けた。

 彼女は怒りを憶えながら、どこか心安らかな気持ちで、その友達に怒りをぶつけていた。

 彼女は、彼女の仲間にも、クラスメイトにも、上司にも、絶対にそんな顔を向けたりはしない。

 そして彼女は知らないが、目の前で楽しそうに笑うはじめも、両親にも、クラスメイトにも、そんな笑顔を見せることはしない。

 それはお互いに、ふたりだけの間で現れる、ふたりだけの無邪気さだ。



 それは、闇が消えた世界での、ほんの一幕。

 愛を失った少女と、愛を知らない少女の出会いがもたらした、束の間の安らぎの時間だ。
510 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/22(日) 20:58:20.49 ID:TS+ShyS90

…………………………

 心地よい夢を見ていた気がする。

 二十年来の幼なじみと、野山を駆けまわり、遊び回り、勉強をした、そんな記憶。幼なじみの彼は、それを覚えてくれているだろうか。

 彼女と同じように、彼もまた、こうやって思い出して、懐かしんでくれていたり、するだろうか。

「……おい、“華姉(はなねえ)”」

 優しさとぶっきらぼうさを混ぜたような声だった。続いて、身体がゆったりと揺すられる。夢からゆっくりと引き上げられるように、彼女――誉田先生は目を覚ました。どうやら、机に突っ伏して寝てしまったようだ。顔を上げると、呆れた様子の松永先生が立っていた。

「……? あれ、小次郎くん? どうしたの?」

「どうしたの、じゃねぇよ。黒板を見ろ」

「はぇ……?」

 生徒にはとても見せられない、寝ぼけまなこをこすりこすり、誉田先生は背後の黒板を見た。そこには大きく、



『誉田先生! ぐっすりお休みのようだったので、今日は帰ります! お掃除の監督、ありがとうございました! 王野 大埜 美旗』



 チョークでそう書かれていた。

「……へ? へ? へ!?」

 ガバッと、誉田先生は机から跳び上がる。

「私!? 生徒の居残り授業の監督中に寝ちゃったの!? し、信じられない……職務放棄だわ……」

 わなわなと震える身体が止められない。誉田先生の、良い先生としての矜持が、そんなことをしてしまった自分自身を許せないのだ。

「……んー、つか、俺も信じられないんだけどな。あの華姉がそんなことするなんて。睡眠時無呼吸症候群とかなんじゃねぇの? 体調大丈夫か?」

「そ、そうなのかしら……? 酸欠で急に意識を失った、ってこと……?」

 よく思い出してみると、急激に睡魔が襲ってきたことは、なんとなく覚えている。しかしその原因も何も思い当たる節はない。

「ま、華姉は俺と違って超優秀な“先生の中の先生”だし、お忙しいでしょうから疲れが出たんでしょうな」

 茶化すように言う松永先生に、けれど今はあまり憤慨する気になれなかった。

「学校でそういう呼び方はどうかと思いますよ、小次郎くん?」

「あっ……」

 松永先生はバツが悪そうに目を逸らした。

「仕方ねぇだろうが。俺たちしかいねえから、ついついいつもの呼び方が出ちまった」

「ふふ、そうね。私もついつい、あなたのこと“小次郎くん”って呼んじゃうし」

「……生徒の前では本当にやめてほしいけどな」
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