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【オリジナル】ファーストプリキュア!【プリキュア】
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177 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:02:26.03 ID:xIWFcIHZ0
第六話【生徒会選挙 めぐみが会長に立候補、ってマジ!?】
『……ダメです。私は、あなたと一緒には行けません』
彼女は、みすぼらしい身なりでも、精一杯生きていた。
『私には、あなたのようなひとは眩しすぎる。だからきっと、私があなたと一緒にいては、あなたに迷惑をかけてしまう』
それでも、彼女は少なくとも、自分の身分をわきまえているつもりだった。
『だから、私は……――』
『――それでも!』
しかし、彼にとっては、彼女の考えも何も、関係なかった。
『……それでも僕は、君と一緒にいたい。君と、添い遂げたいんだ!』
彼だって、怖い。
『僕は、君を幸せにできるか分からない。僕のような人間に、君と一緒にいる資格があるのか、君と一緒にいていいのか、とっても不安だよ』
けれど、彼は。
『……でも、僕は、君を幸せにするために精一杯がんばる。君と一緒にいるために一生懸命がんばる。だから……』
彼は、何かを理由にして逃げるなんてことを、したくはなかった。
『……僕と一緒に来てくれ! 僕には、君が必要なんだ!』
『…………』
彼女は、みすぼらしい格好で、涙を流し、けれど、太陽のように眩しい笑顔を見せた。
『……はい!』
そっと抱き合うふたり。そして舞台は、幕を閉じた。
178 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:02:57.63 ID:xIWFcIHZ0
大歓声の中、一度閉じた幕が上がる。一年生を初めとして、体育館の後ろの方で立ち見をしていた多くの二、三年生からも大きな拍手が巻き起こる。その拍手の向かう先、舞台の上では、“彼女” と “彼” を中心とした演劇部員たちが手を繋ぎ、観客に頭を下げている。
新入生歓迎会当日。みんなで力を合わせて準備をした会場で、様々な部活が発表をしている真っ最中だった。今まさに、演劇部の演劇発表が終わったところだった。
『皆さん、ご観覧ありがとうございました!』
やがて、マイクを持った “彼女” ことユキナが朗らかに礼を述べ、
『一年生の皆さん、もしもいまの演劇で、少しでも演劇部に興味を持ってくれたなら、ぜひ一度、演劇部に見学に来てください』
ユキナからマイクを引き継いだ “彼” こと有紗が、静かに、ゆったりと部の宣伝をする。
「ふはぁ……」
そんなふたりの様子を、演劇の最初から最後まで、そしていまの挨拶までもを見て、思わずため息が出てしまう。
「すごいなぁ、あのふたりは」
「……あれは、さすがに驚いたわ。本当にすごいのね、更科さんと栗原さん」
現演劇部三年生は演技をする生徒よりも舞台裏を専門としている生徒の方が多いらしいのだが、それでもユキナと有紗は二年生の春から、すでに主役やヒロインに抜擢されているのだ。それは本当にとてつもないことなのではないかと思う。それに、事実、ゆうきとめぐみは心の底からふたりに魅せられてしまったのだ。演劇をしていたふたりは、もうすでにいつものふたりではなかった。まるでゆうきとめぐみがプリキュアに変身するかのごとく、ユキナと有紗は普段とはまったく別の誰かになりきっていたのだ。
「ニコ……」
耳元で鼻をすする音。見れば、めぐみの肩にちょこんと乗っかっているフレンが、目にいっぱい涙を溜めていた。
「……良かったニコ。最後、ふたりが一緒に旅に出られて、よかったニコ……」
意外と乙女な王女だった。
「……あはは、そういえば、ブレイはどうだった?」
「グリィいいいいいいいいい!!!」
聞くまでもなく、ゆうきの肩の上で号泣していた。
「……ま、この熱気と暗さなら誰も気づかないよね。みんな舞台にすっかり魅せられちゃってるし」
目をやれば、演劇部の面々が舞台上で再び頭を下げているところだった。顔を上げたユキナと有紗の顔にはやりきったような満足感がうかがえて、ゆうきまで嬉しくなるような気持ちだった。
「……あ、いたいた。大埜さん」
「グリ!」 「ニコ!」
突然の声に驚き固まるブレイとフレン。そんなふたりを慌てて鞄の中に押し込み、ゆうきとめぐみは後ろを振り返った。
「誉田先生?」
背後には、優しい顔をしたクラス担任、誉田先生が立っていた。クラスメイト満場一致で美人と噂される誉田先生は、安心するようにホッと息をついた。
「ああ、ここにいてくれて良かったわ、大埜さん。少し話があるのだけど、いいかしら?」
「?」
ふたりして顔を見合わせ、首をかしげる。
誉田先生の話とは、一体なんだろう?
179 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:04:15.36 ID:xIWFcIHZ0
…………………………
そこは、闇と欲望が渦巻く、黒い場所。
「…………」
目を閉じ、神経を研ぎ澄ます。胸の内に秘める欲望を、己の意志ひとつで制御する。渦巻く憎しみの炎をも、己の力に変換する。
己の目的を達成するために。
己の欲望を満たすために。
重い剣を横に滑らせ、そして――、
「――近寄るな。斬られたいのか?」
己の言葉に、闇の中で何かが動く。光はあるが、すべてが黒いために何も照り返さない。そんな闇の中から、同僚である男が現れた。
「やあ、よく分かったね。足音はさせていないつもりだったんだけど」
細面の顔に貼り付けられた、薄ら寒い笑顔。何もかもをあきらめたような顔をしているくせに、細い目の奥の瞳には、恐ろしいほど貪欲な欲望を抱いている。同胞とはいえ、油断のならない相手である。
「あまり私を舐めるな、ダッシュー」
「はは、そう嫌わないでくれよ。悲しいじゃないか、ゴーダーツ」
ゴーダーツは剣を鞘へと納め、ダッシューへに向き直った。
「何の用だ?」
「いや、デザイア様が見当たらなくてね。それで君に聞きに来たんだ。知らないかい?」
「……なるほどな」
ゴーダーツは首を振った。
「知らんな。そもそもあの方は、あまりご自分の行動を我々に知られたくないのではないか?」
「そうだねぇ。仮面といい、秘密主義だよね、デザイア様は」
その言葉には、少なからず気に入らないという意志が見え隠れしていた。
「文句でもあるのか?」
「はは。君は忠誠心が強いねえ。そんな顔をしなくても、僕もまた君と同じ、デザイア様の忠実な下僕だよ」
その言葉にはひとかけらの誠意も感じられなかった。このダッシューという男は、何につけても真剣になるということを知らないのだ。
「……ともあれ、デザイア様はどちらへ行かれたのかねぇ」
「知らん。言いたいことがそれだけなら、去れ。私は剣の稽古を続けなければならん」
「はいはい。マジメだねえ、ゴーダーツは」
ダッシューはくるりと背を向けると、歩き出した。
「……さて、じゃあ、僕がもう一度プリキュアのところへ行っても、咎めるひとはいないっていうわけだ」
そのつぶやきは、ゴーダーツに届いてはいなかった。
180 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:05:12.24 ID:xIWFcIHZ0
…………………………
「ええええええええええええ!?」
「……王野さん、うるさいわ」
「……って、何であなたまでついてきてるの、王野さん」
私立ダイアナ学院女子中等部。体育館から場所を移した先の教室で、ゆうきは思わず大声を上げてしまった。
「いや、あはは……つい、気になって……じゃなくて!」
ゆうきは誉田先生に釈明しつつも、驚きの心境を隠せない。
「大埜さん、そんな涼しげな顔してる場合じゃないよ!」
「……そんなに驚くことでもないでしょう」
当のめぐみは涼しげな顔だ。それを認めた誉田先生が、嬉しそうに笑う。
「あら、それは良かった。じゃあ、生徒会長への立候補、引き受けてくれるっていうことでいいかしら?」
「それとこれとは、また話が別です」
めぐみはにべもなく。
「……生徒会長に立候補なんて、私の性に合いません。他にもっと適任がいるはずです」
そう、生徒会長。
私立ダイアナ学院女子中等部では、五月の最初に次期生徒会の役員決めが行われるのだ。生徒会長を初めとしたほとんどの役職は選挙で決まり、原則的に立候補した者同士で票を争うこととなる。
「? でも、生徒会長って大埜さんにぴったりだと思うけどなぁ」
「あなたは黙ってて」
「うぅ……」
本心からの言葉だったのだが、めぐみはあまり気に入らなかったようだ。めぐみは優等生だし、なんでもできるし、学級委員ではあるものの、部活には入っていない。もちろん暇ということはないだろうけれど、忙しいということはないのではないだろうか。
(あれ……?)
そういえば、とふと思う。
(わたし……大埜さんのこと、あんまり知らないや)
181 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:06:23.54 ID:xIWFcIHZ0
…………………………
とにかく、一度よく考えてみて、と。
誉田先生は優しくそう言い残し、めぐみに一枚のプリントを渡すと、教室を後にした。ゆうきとめぐみも、体育館に戻ろうと教室を出た。
「そのプリントは何?」
道すがら、めぐみにそれとなく話を振ってみる。
「生徒会長に立候補するときに必要な書類みたいね。必要事項を書いて提出するんでしょう」
めぐみの言葉はどこか投げやりだ。
「まったく、何で私なんかにあんな話をしたのかしらね」
「何でって……たぶん、大埜さんが生徒会長にぴったりだからじゃないかな?」
「王野さん、その冗談は笑えないわ」
冗談じゃないのに、と言ったところで信じてもらえるような雰囲気ではなかった。
「だいたい、生徒会長って言ったって、何をするのかもよく分からないし……」
「そんなの、なってから教えてもらえばいいんじゃない?」
「あなたねぇ……」 めぐみは呆れるように嘆息して。「生徒会長っていうのは、全生徒の規範になるべき人なのよ? そんな人が、回りの生徒に自分が何をしたらいいのか聞くなんて、情けないったらないわ」
「そうかなぁ?」
「え?」
ゆうきは首をかしげ、続けた。
「わたしは、そうじゃないと思うな。分からないことは聞いて、それで分かるようになって、きちんと仕事ができるようになる。それって、そんなにおかしなことかな」
「…………」
てっきり、めぐみのことだから、ぷいっとそっぽを向いて、「知らないわ」とでも言うと思っていた。けれどめぐみはうつむき、ゆうきの言葉に何かを考え込むような顔をして、やがて顔を上げた。
「そんな風に考えるなんて、思いつきもしなかったわ。あなた、すごいのね」
「えっ? いや、そんなことないけど……」
そんな素直な賞賛が、少しだけ嬉しい。
182 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:06:49.35 ID:xIWFcIHZ0
「……生徒会長……でも、私にそんな大層な役職、できるかしら……」
「できるよ! 大埜さんならできる!」
「そうかしら……?」
それでも、やっぱりめぐみはあまり乗り気ではなさそうだ。と、
「生徒会長って何ニコ?」
めぐみの鞄から、ヒョコッとフレンが顔を出す。ロイヤリティの王女であるフレンは、もしかしたら学校には行っていなかったのかもしれない。
「生徒会長っていうのは、学校で一番偉いひとのことグリ」 今度はブレイが顔を出し、とんでもないことを宣った。「めぐみ! 生徒会長になって、ロイヤリティの王族のように、しっかりとこの学校を治めるグリ!」
「いや、違うから……」
この王子様は一体何を言っているのだろう。呆れながらも、思わず笑みがこぼれてしまう。
「生徒会長って、べつに偉いとかそういうわけじゃないの。生徒の代表で、生徒の模範。生徒のために一生懸命働くひとのことだよ」
「グリ!? 生徒会長っていうのは、この学校の王様のことじゃないグリ!?」
「学校に王様なんていないよ」
ブレイの的外れな言葉に思わず笑ってしまう。けれど、ふとめぐみを見てみるとまだ思案顔だ。
「……でも、仮に私が生徒会長向きだったとして、どうして誉田先生は私にわざわざ立候補するようにおっしゃったのかしら?」
「えっ?」
「だって、他に立候補する人がいれば、わざわざ私が立候補する必要なんてないじゃない」
「ああ……」
言われてみればその通りだ。
「じゃあ、もしかして立候補した人がいなかったのかな……?」
「かもしれないわね」
めぐみは顔を上げて、真剣な目をしてゆうきを見つめた。
「ねえ、王野さん。もし私が生徒会長に立候補したら……応援してくれる?」
「? うん。そんなの当たり前じゃない」
「……ありがと」
何を当たり前のことを聞くのだろう。けれど、めぐみは少し顔を綻ばせて嬉しそうだ。
183 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:08:08.19 ID:xIWFcIHZ0
「じゃあ、立候補してみようかしら……生徒会長」
「!? ほんとに!?」
「……なんであなたが嬉しそうなのよ」
恥ずかしそうに目をそらすめぐみに、けれどゆうきは笑顔を隠せない。
「そりゃあ嬉しいよ。だって、友達が生徒会長に立候補するなんて、すごいことだもん!」
「……要領を得ない言葉ね」
めぐみのことを誰より知っている、なんてことはもちろんない。けれど、めぐみの優しさだったら、学校の誰よりも知っている自信はある。だからその言葉が、めぐみなりの照れ隠しであることも、ゆうきはもちろん知っている。
「言っておくけどね、他に誰も立候補するひとがいないと大変だろうから、仕方なく立候補するってだけなんだからね?」
「はいはい」
「……なんで笑ってるのかしら、王野さん?」
「笑ってないヨーやだナー」
「…………」
ジーッと疑うようなめぐみの視線。けれど嬉しくて、笑みは引っ込まない。
「……まぁ、本当のことを言ったら、少しだけ興味があるのよね、生徒会長って」
「え?」
めぐみが少し恥ずかしそうな顔をする。
「ほ、本当に少しだけよ? どうせ誉田先生に勧められたなら、やってもいいかなって思えるくらいの興味だけど……」
「でも、やってみたいと少しでも思ってたなら、立候補してみたらいいよ! それってきっと、大埜さんにとってすごく良いことだと思う!」
「……うん。私もそう思うわ。ありがとう、王野さ――」
「――それで、どうですか、誉田先生? 大埜めぐみは立候補してくれそうですか?」
184 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:08:43.63 ID:xIWFcIHZ0
廊下の奥からそんな男性の声が聞こえた。目を向けてみれば、誉田先生と、隣のクラスの皆井先生が話し込んでいる。
「……私の名前?」
めぐみが訝しげに言う。たしかに、皆井先生がめぐみの名前を出していた。本人は気になるだろう。ゆうきとめぐみは顔を見合わせ、少しの逡巡の後、こっそりと物陰に隠れた。盗み聞きはいけないことだが、気になったのだから少しくらい仕方ない。
「まだ分かりません。でも、大埜さんならきっと、やってくれると思いますよ」
「そうですか。そうだといいですなあ。さすがに、生徒会長が信任投票ではつまらないですからな。伝統あるダイアナ学園生徒会の選挙は、やはりしっかりとふたり以上の候補が争わなければ」
誉田先生の言葉に、皆井先生が笑いながら答える。若い男の先生で、ゆうきの個人的な見解としては、結構イケてるクチだと思う。ニヒルな笑顔が似合う、まぁまぁのイケメンだ。
「あの騎馬はじめが立候補するということで、少しでも立候補の意欲を見せていた生徒たちが、皆辞退してしまいました。これは由々しきことです。このままでは、生徒会長選挙が、信任投票という形になってしまいますからな」
「信任投票……?」
「どうかしたの、大埜さん?」
めぐみの呟きに問いかけると、神妙な顔で答えてくれた。
「信任投票っていうのは、たとえば生徒会長に立候補したひとが一人だけだった場合に、対立する候補がいないから、その候補を生徒会長にするかしないかを投票で決めるっていうことよ」
「えっ? じゃあ、それってもしかして……」
つまり、それが意味することは――
「――当て馬くらいでもいい。あの騎馬はじめに少しでも釣り合うような生徒を対立候補に立てないといけませんから。その点、大埜めぐみは適任ですね」
「……!」
ゆうきには、あまり難しいことは分からない。
けれど、ひとつ分かったことがある。
皆井先生の言葉が、少なからずめぐみを貶めていて、その言葉を聞いて、めぐみが傷ついたということだ。
「大埜さん……」
「……なるほど、ね」
めぐみは、先までの照れ隠しの顔とは正反対の、口角をつり上げるような笑みだった。ゆうきにも分かる。自分を笑っているのだ。
185 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:09:14.44 ID:xIWFcIHZ0
「馬鹿みたい。勝手に勘違いして勝手にはしゃいじゃって。ほんと、馬鹿みたいね、私。ふふ……当て馬だってね」
「大埜さん!」
「……ごめんなさい、王野さん。私、ちょっと気分が悪くなっちゃった。帰るわね。学級委員の後片付け、出られないわ。先生に伝えておいてちょうだい」
「大埜さん。ちがうよ、きっと、何かの間違いだよ」
「……ありがとう。ごめんなさい」
めぐみはゆうきに背を向け、足早に廊下を行ってしまった。ゆうきは不器用で、ドジで、だからその背中にかける言葉を持たなかった。声をかけたら、余計に傷つけてしまいそうで、自分がめぐみを傷つけてしまうことが怖くて、だからゆうきは口から出かけた言葉も、喉元まで来ていた言葉も、全部まとめて飲み込んだ。
自分の臆病さを、呪いながら。そして、無神経な話をしていた先生ふたりに少しだけ怒りを覚えながら。
「皆井先生、訂正してください」
けれど、ゆうきが一歩前に進む前に、そんなキリリと引き締まった声が響いた。
「誉田先生……?」
「私は、そんなつもりで大埜さんに立候補を勧めたつもりはありません。当て馬なんてそんな言い方、大埜さんに失礼です」
普段から優しく、いつも先生とも生徒とも朗らかに話している姿しか見たことがない、そんな誉田先生が、目をつり上げていた。鈍いゆうきにだって分かる。誉田先生は、皆井先生に対して、少なからず怒っているのだ。
「あ、いや、これは失礼しました。たしかに、おっしゃるとおりです。訂正しましょう」
「……ええ」
皆井先生も、決して嫌な先生というわけではないのだ。誉田先生の言葉にハッとし、その雰囲気にたじろぎながらもしっかりと訂正した。きっと、本人にも悪気はなかったのだろう。誉田先生もそれを分かっているから、すぐにいつもの笑顔になって、その言葉を受け入れたのだ。
「何にせよ、生徒会長の立候補が騎馬はじめだけの信任投票というのも問題ですからな。大埜めぐみには、ぜひ立候補してもらいたいものです」
「そうですね。でも、私はきっと、大埜さんなら引き受けてくれると信じています」
「楽しみです。それでは、よろしくお願いしますよ、誉田先生」
「はい」
皆井先生がこちらに向かって歩いてくる。ゆうきは息を押し殺して、物陰で身体を縮こまらせた。幸いにして皆井先生はそのまま足早にゆうきの横を通って、行ってしまった。
「……ほっ」
「あら? そんなところでどうしたの、王野さん?」
「わひゃあっ!」
すぐ横に、誉田先生が不思議そうな顔をして立っていた。
186 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:09:55.17 ID:xIWFcIHZ0
…………………………
「めぐみ! めぐみ!」
「…………」
鞄の中から呼びかける声。昇降口で上履きをはきかえようとしていたところだった。周囲に人影はない。めぐみはそっと、鞄の中からフレンを抱え上げた。
「どうかした?」
「分かってるニコ? フレンが何を言いたいか」
「……分からないわ」
フレンは大きな瞳でまっすぐに見つめてきた。それがあまりにもまぶしくて、めぐみは思わず目をそらしてしまう。
「うそニコ。でも、まあいいニコ。めぐみ、今すぐ戻って、先生たちとしっかり話をするニコ」
「…………」
無理よ、と言うだけの勇気すらなかった。自分でも驚いてしまう。
ああ、そうか。
大埜めぐみという己は、こんなにも弱かったのか、と。
「……フレンは、めぐみの優しさを知っているニコ」
「……?」
「めぐみは優しくて、とても素敵な女の子ニコ。先生がめぐみに生徒会長に立候補してほしいって言ったのは、きっとそんなめぐみの素敵なところを知っているからニコ」
「…………」
「めぐみがしっかり者で優しい素敵な生徒だって知ってるから、生徒の規範になる生徒会長に立候補するべきだって、生徒会長になるべきだって、そう思ったから、先生はめぐみに立候補を勧めたニコ」
「そんなの――」
「絶対そうニコ」
――分からないわ、という言葉を続けることはできなかった。どこまでも純粋でひたむきなフレンの声が、その否定的な言葉をかき消してしまったからだ。
「絶対、そうニコ」
フレンは優しい目をしてそう言い切った。
「……ここで逃げたら、きっと明日はもっと辛くなるわね」
めぐみは、そんなフレンの言葉を聞いて、思わされてしまったのだ。
「それに、具合が悪いなんて嘘をついて、学級委員の仕事をズル休みするなんて、私がやることじゃないわ」
「ニコ! その通りニコ! それでこそフレンの友達で従者、めぐみニコ!」
「はいはい。でも、従者ってところは余計よ、フレン」
さあ、行こう。
きっと心配している、優しい友達のところへ。
187 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:10:49.99 ID:xIWFcIHZ0
…………………………
「あ、いや、その……」
反射的に弁明の言葉を紡ごうとして、ゆうきはふと思う。少なくとも、自分には誉田先生に言わなければならないことがあるだろう。言って、伝えななければならないことがあるだろう。
「……誉田先生、話があります」
「? 何かしら?」
「……まず、盗み聞きをしていたことを謝ります。今の話、聞いていました。ごめんなさい」
ゆうきはまっすぐ、誉田先生の目を見据えて。
「でも、さっきのこと、ひどいと思います」
「そう……。聞いてたのね、あなた」
誉田先生は押し黙って、困ったような顔をした。ゆうきにだって分かっている。ひどいことを言ったのは皆井先生で、しかも皆井先生はしっかりとその言葉を訂正している。誉田先生にこんなことを言うのは、筋違いだって分かっている。
それでも、大切な友達のために、ゆうきは言わなければならなかった。
「わたしだけじゃありません。大埜さんも聞いてました。きっと、ショックを受けてました」
「…………」
「当て馬って言ってたことを皆井先生が訂正してたこと、それはしっかりとわたしが伝えておきます。でも、それだけじゃないです。大埜さんは、自分以外に立候補したひとがいるなんて知らなかった。誉田先生が言わなかったからです。だから、きっと誰も立候補してないから、自分が立候補するよう言われたんだって、そう思ってました。だから、きっと余計ショックだったんだと思います」
「……そうね。私の落ち度だわ。その点に関して、しっかりと大埜さんに謝ることにするわ」
誉田先生は、誠実でしっかりとした先生だ。だから、生徒であるゆうきの、聞きようによっては生意気とも思える言葉を真っ向から真摯に受け止め、まっすぐゆうきの目を見つめながら、そう答えることができたのだろう。
「教えてください。立候補したひとがいるなら、どうして大埜さんに立候補してほしいなんて言ったんですか? 信任投票だと、伝統あるダイアナ学園の生徒会選挙がつまらなくなるから? 伝統を崩すから? そんな理由で、大埜さんに立候補するように勧めたんですか? そんな、大人だけにしか分からないような、勝手な理由で、大埜さんを傷つけたんですか?」
「…………」
誉田先生は、決して生徒から逃げたりしない。まっすぐ目を見つめたまま、しっかりと向き合ってくれる。だから、ゆうきも安心して、自分の言葉を誉田先生にぶつけることができるのだ。
「……いいえ。違うわ。少なくとも私は、伝統とか、つまらないとか、そういう理由で大埜さんに生徒会長への立候補を勧めたつもりはないわ。そして、誤解はあるでしょうけど、きっと皆井先生たち、他の先生も違うと思うわ」
だから、誉田先生から否定の言葉が出て、ゆうきは心の底から安心していた。
「私は、大埜さんのためになると思ったから、生徒会長になるように勧めたの。きっと、大埜さんが生徒会長選挙を通して、大きく成長してくれると思ったから」
「大埜さんの成長……?」
「ええ。大埜さんって、勉強もできるし運動も大得意でしょう? でも、人付き合いは少し苦手みたいじゃない? けど、私はあの子の本当を知ってるから。あの子は本当に楽しそうに笑って、誰かのために泣いて、誰かのために怒れる優しい女の子だって、知ってるから。だから私は、大埜さんにそんな “本当” をもっともっと出してほしいの」
188 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:11:28.35 ID:xIWFcIHZ0
ああ、やっぱり誉田先生は本当に “先生” なのだ、と。そう分かって、ゆうきは少しだけ恥ずかしい思いだった。めぐみのことをこの学校で誰よりも理解しているなんて思って、恥ずかしい。誉田先生のことを少しでも疑って、恥ずかしい。誉田先生はしっかり、めぐみの “本当” を知ってくれていたのだ。
「あなたもよく知っているでしょう? 王野さん」
「……はい! わたし、大埜さんが本当は優しくて、少し子どもっぽくて、負けず嫌いで、がんばり屋さんだってこと、しっかり知ってます!」
「ふふ。そうね。大埜さん、王野さんと一緒だと、とても楽しそうだものね」
そうなのだろうか。そうなら、嬉しい。
「それに、王野さんも思わない?」
「えっ?」
そして誉田先生は、まるで女子学生のように茶目っ気たっぷりに笑って、いたずらっぽく続けた。
「大埜さんが生徒会長をやったら、きっととても素敵よ? この学校もきっと、もっともっと素敵な学校になるわ」
「あっ……はい! それはもう、素敵な生徒会長になってくれること請け合いです! わたしが保証します!」
「ふふ。…… “おーのコンビ” とはよく言ったものだわ。更科さんって、演劇だけじゃなくてネーミングセンスもあるのかもしれないわね。ほんと、良いコンビだわ、あなたたちって」
「……はい!」
大好きな大人から認めてもらうこと。大好きな先生から褒めてもらうこと。それが、とても嬉しい。
めぐみもきっと、いまの言葉を聞いたら嬉しいだろう。さっきの皆井先生の言葉なんか吹き飛んでしまうくらい、嬉しいだろう。
早くいまの言葉を伝えてあげたい! ゆうきの大好きなあの相棒に!!
「……じゃあ、私はこれから少し仕事があるから行くわね。大埜さんには、明日しっかりと謝っておくから安心して。それから、あなたの方からもなぐさめておいてくれると嬉しいわ」
「はい。わざわざ話を聞いてくれて、ありがとうございました」
「ううん。こちらこそ、話してくれてありがとう。王野さんが大埜さんのことを想って私に色々と話してくれて嬉しかったわ。王野さん、あなたはとっても優しいのね。優しくて、とっても勇敢だわ」
「そっ、そんなこと……」
「ふふ……それじゃあ、新入生歓迎会の片づけ、よろしくね。また明日」
「さようなら」
「はい、さようなら」
誉田先生の可愛らしくも頼もしい背中を見送ってから、ゆうきは大きく伸びをした。
「とっても良い先生グリ」
「わっ!」
そんなときに唐突に声をかけられたのだからたまらない。器用にもカバンの内側からジッパーを開け、ブレイがヒョコッと顔を出していた。
189 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:12:39.60 ID:xIWFcIHZ0
「……びっくりさせないでよ」
「ゆうき。あの誉田先生は、とっても良い先生グリね」
「誉田先生? うん、もちろん。とーっても良い先生だよ? 大らかだし、優しいし、けど厳しいときは厳しいし、しっかりとわたしたちのことを見てくれてるし……それに、美人だし、かわいいし、声もきれいだし、キャリアウーマンタイプなのに、どこか守ってあげたくなるような……――」
「――それ、最後の方は関係ないじゃない」
「わわっ!」
誰も彼も、どうして驚かせたがるのか。ゆうきは憤慨しそうになって、けれどできなかった。背後に立っていたのが、めぐみだったからだ。
「大埜さん!?」
「ええ。驚かせちゃったかしら?」
「それはもう! ……ってそうじゃなくて……帰ったんじゃなかったの?」
「……よくよく考えてみたら、体調は全然悪くなかったから、戻ってきたの。危なかったわ。危うく、片づけの仕事をズル休みするところだったわ」
茶化すようにそう言うめぐみの顔は、もう自嘲で歪んだりはしていない。いつも通りのめぐみだ。
「……もしかして、話聞いてた?」
「しっ、仕方ないじゃない。盗み聞きするつもりはなかったけど、まさかあそこに私本人が入っていくわけにもいかないし……べっ、べつにわざと聞いてたわけじゃないのよ? 仕方なく、王野さんと誉田先生の話を聞いてたっていうだけのことなんだからね?」
「……ふふっ。はいはい。分かったよ」
「……それから、もうひとつ」
「うん?」
めぐみはそっぽを向いて、恥ずかしそうに口を開いた。
「私のことで、誉田先生と話してくれて、ありがとう。その……とっても、嬉しかったわ」
そのとき、ゆうきは理解した。
ああ、そうか、自分は、大埜さんのことを何も知らないわけじゃないんだ、と。
ゆうきは、そう、たくさんのことを知っていたのだ。
「……わたし、大埜さんのそういう素敵なところ、たくさん知ってるもんね」
「!? い、いきなり何を言い出すのよ!」
顔を真っ赤にしてムキになるめぐみが、本当は嬉しく思ってくれていることも、知っている。ゆうきはめぐみのことを知っている。
190 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:13:28.46 ID:xIWFcIHZ0
「ねえ、大埜さん。わたしね、そんな大埜さんに、生徒会長に立候補してもらいたいな」
「…………」
めぐみはけれど、表情を険しくして黙りこくってしまった。
「フレンもそう思うニコ! めぐみは、絶対、生徒会長に立候補するべきニコ!」
「グリ! ブレイもそれに同意グリ!」
ブレイとフレンも応援してくれている。けれど、それでもめぐみはなかなか首を縦に振ろうとはしてくれなかった。
仕方がない。めぐみが嫌だということを、これ以上ムリヤリにやれというのは、それこそいけないことだ。お節介などではない。場合によっては、ただの嫌がらせに他ならないのだから。
「……でも、覚えておいてほしいな、大埜さん」
「……なに?」
だからゆうきはニコッと笑って。
「わたしは、大埜さんが生徒会長に立候補しようとしまいと、友達だからね。大埜さんはわたしの、大切な相棒だから」
「王野さん……」
言葉は万能だ。正しく使うことは難しいけれど、つたない言葉でも、ひたむきな想いは、真摯な気持ちは、きっと伝わる。伝えたいという気持ちがあれば、言葉という道具はきっと人に応えてくれる。
「ははっ、また面白いことをやっているなぁ、君たちは」
ゴオッ、と廊下を風が駆け抜けた。
「あっ……」
その風に奪われるように、めぐみの手から生徒会長への立候補書類が離れる。強風に運ばれ、廊下の窓から飛び出した書類は、そのまま眼下の校庭に立っていたとある男の手の中に収まる。
「へぇ……生徒会長ねぇ……」
書類を見つめ、鼻で笑うその男は、明らかにダイアナ学園の教職員ではなかった。しかし、めぐみとゆうきにとって、初対面の人間というわけではない。
「「アンリミテッド……!」」
――アンリミテッドの欲望の戦士、ダッシュー。彼は薄ら寒い笑みを浮かべ、ふたりを戦いへと誘う。
191 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:14:23.91 ID:xIWFcIHZ0
「その書類を返しなさい!」
急いで階下へ向かい、校庭へ出る。未だ校庭に立ち尽くしていたダッシューに、めぐみが叫ぶ。
「返せ? ははっ、おもしろいな。アンリミテッドが一度でも奪った物を返すと思っているのかい?」
「それは大事なものなのよ! 早く返しなさい!」
「断る」
めぐみの必死な顔に真面目に取り合う気すらないように、ダッシューは笑っている。どうでもよさそうに。ただ、必死な顔をするめぐみを見て、小馬鹿にするように笑っている。
「……どうして……」
「うん? 臆病者の君、何か言ったかい?」
だから、声が洩れるなんて当たり前のことだ。言葉は、勝手に紡がれる。
「どうして……あなたたちはどうして! そんな風に何かを奪うことしか考えられないの!? 何かを必死になってやろうとしている人! 何かを必死で求めている人! そんな人たちから何かを奪って、笑って……どうしてそんなひどいことができるの!?」
「決まっているさ。僕らはアンリミテッドだからだ。それ以外の理由なんてないよ。僕らは、欲しい物を欲しいがままに手に入れるために、アンリミテッドになったのだから」
「そんなの、間違ってる! あなたたちは、絶対に間違ってる!」
誉田先生のように、自分たち生徒のために親身になってくれる大人がいる。子どものために必死になってくれる大人がいる。それなのに、目の前の男は、そんな大人とは正反対の、まるで大きな子どものようなことを言っているのだ。
「御託はいい。返してほしいのなら、力づくで奪い返してみなよ。君たちにはその力があるだろう?」
「……私は……」
めぐみが口を開いた。
「私は、まだ生徒会長に立候補するかどうかも分からない。もしかしたら、しないかもしれない。けど……」
腕を差し出す。そこに煌めくは、空色のロイヤルブレス。ロイヤリティの王家に伝わる、伝説を呼び起こす鍵。
「……あなたに書類を奪われたから立候補しないなんて、そんな逃げるような理由にはしたくない! 私は、私の気持ちで、想いで、立候補するかどうかを決めるわ! ……王野さん、行くわよ」
「うん!」
世界が暗闇に包まれる。急速に世界が変質していく様子を身体中で感じながら、ゆうきもまためぐみの隣で腕を差し出す。きらめく薄紅色のロイヤルブレスが、すべてを物語っているようだった。
たとえどんなに強大な闇の欲望だって、この光の希望を消すことはできないのだ。
192 :
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[saga sage]:2018/01/28(日) 10:15:49.40 ID:xIWFcIHZ0
「ブレイ!」
「フレン!」
「グリ! ふたりとも受け取るグリ!」
「プリキュアの紋章ニコ!」
ブレイとフレンの身体から一筋の光が放たれる。薄紅色と空色のその光はまっすぐゆうきとめぐみへと向かい、その手の中に収まり、形を成す。
それは、伝説の神獣、グリフィンとユニコーンを象った紋章。ロイヤリティを守護せし神獣の力が宿った紋章。
ゆうきとめぐみは紋章の熱を掌に感じながら、何度も繰り返されたような動作でなめらかに滑らせ、ロイヤルブレスに接続する。
「「プリキュア・エンブレムロード!」」
そしてふたりは手をつなぎ、声高に叫ぶ。自分たちの光を、希望を、闇の中に響かせるように。
薄紅色の光が、空色の光が、世界を埋め尽くす。闇など吹き飛ばすかのように煌めく光がふたりを包み込み、その光がふたりをふたりならぬ存在へと変えていく。想いが力になる。希望が未来になる。
その力は、勇気と優しさという偉大な存在によって支えられているのだ。
天空より舞い降りるふたりの姿は、すでにゆうきとめぐみではなかった。
「立ち向かう勇気の証! キュアグリフ!」
「守り抜く優しさの証! キュアユニコ!」
「「ファーストプリキュア!」」
たとえ世界が闇に包まれようとも、この光だけは消えることはないだろう。
それこそ、彼女たちプリキュアなのだ。
193 :
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[saga sage]:2018/01/28(日) 10:16:45.24 ID:xIWFcIHZ0
「……出でよ、ウバイトール!」
ダッシューの声に呼応するように、空が割れる。暗い空よりなお暗い闇から、“何か” が漏れ出すように地に落ちる。それは欲望に満ちた悪辣なる存在。それが、ダッシューの近くをグチャグチャとうごめいている。
「……この世の全ての “物” には、それにまつわる欲望がある。それは、一見して何でもない物であったとしても変わらない。ウバイトールは、その物に込められた欲望に反応し、相応の力を得る」
ダッシューはそう言うと、生徒会長の立候補書類をその “何か” へと差し出した。
「なっ……! や、やめなさい!」
「断る。見せてもらうよ。君の持っていたこの書類にまつわる欲望を」
“何か” が書類を飲み込み、そしてそこに欲望に満ちた怪物が生みだされる。すさまじい風が吹き荒れ、そこにウバイトールが出現する。
『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』
「書類のウバイトール……!」
「ユニコの大切な書類に、何をするのよ!」
「だから言ってるだろう? 僕は僕の欲望でしか動かない。悔しいのなら、返してほしいのなら、奪い返してみるんだね」
言葉の終わり、まるで見計らったかのようにウバイトールが跳ぶ。本来ならあるはずのない足を使い、校庭の中央から端まで一気に移動する、すさまじい跳躍力だ。
「大きい上に身軽なのね……厄介だわ」
「とにかくやろう、ユニコ! 行くよ!」
「ええ!」
ふたりほぼ同時に土を蹴り、跳ぶ。それに気づいたウバイトールが悪辣な瞳を歪ませ、ふたりに向け跳躍する。
「っ……!?」
激突すると思った瞬間、ウバイトールが自らの身体をすぼめた。ふたりは蹴りを入れる姿勢のまま、ウバイトールの巨大な身体、即ち書類に包み込まれ、拘束されてしまった。
「しまった……!」
慌ててウバイトールの身体を弾こうとするが、もう遅い。完全に包み込まれてしまったグリフとユニコは、ウバイトールに拘束されたまま校庭に落下した。
「ふふ……滑稽な姿だね、キュアグリフ、キュアユニコ」
ウバイトールの身体から抜け出せずいるふたりを小馬鹿にするように見下ろして、ダッシューが言う。
「必死になった結果がそれだよ。君が持っていた書類、その欲望にすら勝てないなんて、ははっ、本当におもしろいね」
194 :
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[saga sage]:2018/01/28(日) 10:18:20.67 ID:xIWFcIHZ0
「っ……」
めぐみが顔を歪ませる。ダッシューはなおも、そんなめぐみを嘲笑する。
「そもそも、さっきの話を聞いていた限りでは、君は生徒会長とやらになりたくないんじゃないのかい?」
「…………」
めぐみはダッシューの言葉に何を言い返すこともできなかった。
そもそも、言い返す言葉がなかったのだ。
自分はいま、何のために戦っている? フレンとブレイのため? 違う。奪われてしまった自分自身の物を取り返すために戦っているのだ。
けれど、それは本当に必要なことか?
意地になっているだけなのではないか?
ただダッシューに書類を奪われて、腹立たしくなっているだけなのではないか?
だってそうだろう。皆井先生には散々なことを言われてしまった。誉田先生だって、もしかしたらゆうきに思ってもいないことを言っただけだったのかもしれない。誰も本当はめぐみの立候補なんて求めてないのかもしれない。
だったら、自分が立候補する意味なんてないだろう。
意地になって、自棄になって、ダッシューから書類を奪い返す必要もないだろう?
「…………」
手から力が抜けていく。足を踏ん張ることもできない。目の前が暗くなり始める。自分の目が、暗く濁り始めていることが、分かる。
「……うん、良い目だよ、キュアユニコ。世界とはそういうものだよ。何かを手に入れるときに、それが本当に必要かどうかはしっかりと考えなければならないね。でないと、本当は “必要でない物” を、意地や惰性で手に入れてしまうときもある。それは、本当の欲望とはいえない。欲望を満たしたとはいえないんだ」
「私……」
「想いなんて捨てろ。気持ちなんて考えるな。希望なんて、捨ててしまえ。そして、残った自分自身の欲望に向き合うんだ」 ダッシューは、まるでそんなユニコに優しく語りかけるように。「君は、本当にロイヤリティの王族を守りたいと思っているのかい? それが本当に君の欲望なのかい? この書類のように、ただ意地や惰性で守ろうとしているだけなのではないのかい? それなら、君はもう一度君自身の欲望に向き合い、答えを出すべきだ。君は、自分の欲望に素直になりさえすれば、これ以上戦う必要はないんだ。これ以上傷つく必要はないんだよ」
ああ、自分は弱い。本当に弱い。
欲望とは、かくも甘いものなのか。その甘さに、抗えない。きっと心が弱いからだ。だから、ダッシューの言葉が、心の奥底、柔らかい部分を掴んで離さない。
こんなに苦しい思いをして戦う必要があるのか。この苦しみから解放されることと書類を比べて、どっちの方が大きいか。
この苦しみとプリキュアの紋章、どちらの方が重いのか――、
「――違う。そんなの、絶対に間違ってる!」
その強い声が、ユニコの耳朶を叩いた。
195 :
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[saga sage]:2018/01/28(日) 10:19:28.49 ID:xIWFcIHZ0
気がついた。まるで、甘い幻想を無理矢理に吹き飛ばすように、その重い一言がユニコの心を大きく揺さぶった。
それは、相棒の、強く重い、言葉。
「……何だい? 臆病者さん?」
「わたしのことは好きなように呼んだらいい。けど、ひとつ訂正してもらうよ」
「何だって?」
ダッシューは不真面目な笑みを崩さない。それに対し、ユニコの相棒である戦士は、ただ彼の顔を睨みつける。
「欲望と向き合う? 答えを出す? ……ははっ、馬鹿みたい」
そう。キュアグリフは、どこまでもまっすぐ、一途に、真摯な言葉を紡ぐ。
「ほんと、馬鹿みたい。ほんっと……馬鹿みたい」
「……何が言いたいんだい、キュアグリフ」
「ユニコは欲望とか、そんなくだらないことで生徒会長のこと、悩んでるわけじゃないんだよ」
それは、断言するような言葉。めぐみの心を貫く、まっすぐな言葉。
「ユニコはね、自分が生徒会長に相応しいのかとか、自分が立候補していいのかとか、他の誰かのことを考えて悩んでいるんだよ。そこに自分の欲とかそんなのはないよ。ユニコは、いつも誰かのことを考えてるんだ」
「馬鹿なことを。そんな人間、いるはずがないだろう」
「いるよ。わたしは知ってる。わたしが迷うとき、いつも優しく選択を促してくれるユニコのことを。わたしが怖がっているとき、いつも叱咤激励して支えてくれるユニコのことを。わたしが悩んで、プリキュアをやめようとしたときも、たったひとりでブレイとフレンを守ろうとがんばっていたユニコのことを。いっぱいいっぱい、たくさんのユニコを……優しくてカッコ良いキュアユニコという相棒を、わたしは知ってる」
「グリフ……」
自分はそんな大それた人間ではない。優しくもない。カッコ良くなんてあるはずない。支えているなんて言って、本当はいつもいつも、自分が支えられているのに。なのに。
「……わたしは、そんなユニコを知ってる。だから、ユニコの立候補を、あなたなんかに左右させない! ブレイとフレンを守りたいって気持ちを、あなたなんかに潰させない! わたしは……ユニコの相棒、キュアグリフだから!」
グリフの声に呼応するように、薄紅色の光が炸裂する。苛烈なる光はグリフの戒めを吹き飛ばす。
「なに……!?」
「ダッシュー!」
グリフが跳躍する。ダッシューに向け蹴りを放つ。それをいなし、ダッシューがグリフと向かい合う。
「グリフ……」
ユニコは、必死にダッシューと攻防を続けるグリフを見つめ、拳を握りしめた。
196 :
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[saga sage]:2018/01/28(日) 10:20:58.10 ID:xIWFcIHZ0
「……グリフはいつも、そうやって私を助けてくれる。グリフはいつも、私に力をくれる。グリフの勇気が温かくて、だから私は、こうやって笑うことができるのよ」
迷っていたことが馬鹿らしい。悩んでいたことが何だったのかすら、思い出せそうにない。たとえ、ダッシューが何を言おうと、ユニコの希望はユニコの物なのだ。ユニコが何をするのも、何を望むのも、ダッシューに選択される謂われはない。ましてや、選択のための大事な物を、ダッシューに奪われていいはずない。
「私は……キュアユニコ。そして、大埜めぐみ! 私は、ブレイとフレンを守るし、生徒会長への立候補だって、自分で決める!」
ユニコを中心として、空色の光が立ち上る。それはユニコの “守り抜く優しさの力” 。攻撃するための力ではない。しかし。
「私は……私を優しく見守ってくれている大切な相棒のためにも、絶対に負けない!」
『ウバッ……!?』
苛烈なる守護の力は、ときとして攻性へとその性質を変える。ユニコを戒めるウバイトールを、青白い光の壁が内側から吹き飛ばす。ユニコの “守り抜く優しさの力” の光の盾が膨張したのだ。
「ぐっ……あれが、優しさの光だというのか……!」
「優しく包み込むだけが優しさじゃない! 相手を思いやることだけでも足りない! 時には怒ってくれる、それも優しさなんだ! ユニコはそれができる、本当に優しい女の子なんだよ!」
「ぐっ……キュアグリフ……!」
よそ見をしているダッシューを、グリフの蹴りが吹き飛ばす。
「屁理屈を……!」
ダッシューは後方に着地し、両の手を振るう。何もない場所からいくつもののこぎりが現れ、ダッシューは宙に浮かぶその刃物を操るように、一斉にグリフに向け放つ。
「さすがに、これは防ぎきれないだろう!」
「グリフにふせぐことができないなら、私が守るわよ!」
「何……!?」
グリフの前に躍り出る影。それは白く美しい、優しさのプリキュア。
「ユニコ!」
「安心して、グリフ」 その笑顔は優しく、そして強い。「あなたは私が守るから!」
かざす手に生まれる空色の光。それは巨大で強大な、守護の壁。空色の光の壁が、ダッシューの手繰る無数ののこぎりを弾き飛ばす。
「今よ、グリフ!」
「うん!」
そう、今こそが決定的なチャンスだ。グリフはユニコの言葉を受け、右手を眼前にかざす。
「しまった……!」
ダッシューの声が響くが、もう遅い。
「勇気の光よ、この手に集え!」
197 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:23:00.58 ID:xIWFcIHZ0
グリフの身体から薄紅色の光が立ち上る。それは、グリフの持つ “立ち向かう勇気の力” 。そしてその光はどんどん強くなり、やがてグリフの右手に集約する。圧倒的な圧力を持つ光が弾け飛び、その中心にあった光の核が、その形を成す。
それは、剣。翼を持つ勇猛なる獅子を象った一振りの剣。
王者に認められた戦士の中の戦士のみ持つことを許される、伝説の中の伝説ともされる剣。
「カルテナ・グリフィン!」
身体中から立ち上る薄紅色の光を纏い、勇壮なる戦士はカルテナを右に構え、駆けだした。向かう先は、欲望に支配された怪物、ウバイトール。大事な相棒の大切な物を取り返すために、グリフは駆ける。
身に纏う薄紅色の光が展開する。空を駆けるかの如く速いグリフの動きに追従する光は、まるで翼のようで。
「翼持つ勇猛なる獅子、グリフィンよ! プリキュアに力を! 」
キュアグリフは大地を滑り、空を駆けるかの如く戦場を駆け抜ける。
その姿はさながら、勇猛果敢なる神獣グリフィンそのものだ。
「プリキュア・グリフィンスラッシュ!」
『ウバ……?』
そして、グリフィンのシルエットを持つ伝説の戦士は、そのままウバイトールの横を駆け抜ける。何が起こったのかと困惑するウバイトールの背後に着地したグリフは立ち上がり、露を払うように、そっとカルテナを振った。
『ウバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
瞬間、ウバイトールが真っ二つに両断される。ただ駆け抜けたようにしか見えない刹那の交錯で、キュアグリフがウバイトールを斬り捨てていたことを視認できた者は、いない。
ウバイトールから這い出てきた暗い存在が、苦しみ悶え霧散した。残された立候補書類がヒラヒラと宙を舞い、ユニコの手へと収まる。
「たしかに返してもらったわよ? ダッシュー」
「……ふん、いいさ。そんなもの、べつに僕はほしくない」
そう捨て台詞を残すと、ダッシューは飛び上がり、消えた。世界に色と光が戻り、グリフとユニコも姿を変える。
198 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:24:29.93 ID:xIWFcIHZ0
「ゆうきぃ〜!」
「めぐみー!」
どこかに隠れていたのだろう。ブレイとフレンが駆け寄ってくる。
「良かったニコね、めぐみ。書類を取り返すことができて」
「……ええ。ありがとう、フレン」
「うん。本当に良かったね、大埜さん」
「ふふ。あなたも、ありがとう。王野さん」
「えへへー」
相棒同士、笑顔で頷き合う。けれど、そんなふたりに水を差すような声が響く。
「グリ……ゆうき、めぐみ……あの、そろそろ片づけの時間グリ……」
「!? いっけない! 早く行かなくちゃ!」
「そうね! 急ぎましょう、王野さん!」
「わっ、わあ!」
グイと手を引かれ、ゆうきはめぐみに連れられ走り出す。頼もしい背中は、やっぱり優しさで満ちている。
「……ねえ、王野さん」
「えっ?」
走っているめぐみは、ゆうきに目を向けることはない。もしかしたら、それを狙っていたのかもしれない。めぐみは、本当に恥ずかしがり屋で照れ屋な女の子なのだ。
「あなたのおかげで、私、決心したわ。当て馬なんて言わせない。私は私で、本気で生徒会長になるためにがんばる。私、立候補してみるわ、生徒会長」
「大埜さん……」
ああ、なんて嬉しいのだろう。自分のことでもないのに、心の底から喜びがわき上がってくる。
「わたし、精一杯応援するからね!」
「……うん! ありがとう、王野さん!」
そのときばかりは、めぐみはきらめかんばかりの眩しい笑顔で、頷いた。
199 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:25:40.37 ID:xIWFcIHZ0
…………………………
「へへへ……」
「グリ、ゆうき、嬉しそうグリ」
「もちろん!」
帰り道、ブレイと話ながら家路につく。あの後、体育館の片付けの際に誉田先生はめぐみに謝ってくれたし、めぐみはそれを何でもないことのように許し、生徒会長へ立候補する旨を誉田先生に告げたのだ。
「友達が生徒会長に立候補だなんて……えへへ、なんかワクワクしちゃうよ」
「? そう思うなら、ゆうきも生徒会に立候補したらいいグリ」
「ええ? そんなの無理だよ。だってわたし、字も下手だし計算も苦手だから、書記も会計もできないし」
「じゃあ、副会長グリ!」
「そんな無茶言わないでよ……」
会長は元より、副会長というガラでもない。少し想像してみよう。
『王野副会長、この書類の整理、よろしくね』
『えっ、あっ、はいっ。分かりました、大埜会長!』
バラバラバラバラ……。
『あ……あああああ!! 書類の山がバラバラに!』
『王野副会長!? 何をやってるの!』
『ひーん! ごめんなさーい!!』
バラバラバラバラ……。
『ああ!! 謝った拍子に別の書類の山が!』
『…………』
『ご、ごめんなさーい!!』
「……ってな感じになっちゃうよ?」
「ゆうきはダメな方向に妄想がたくましいグリね……」
ブレイの呆れ声。そんなことを言われたって仕方ないじゃないか。副会長をやっている自分なんて、何か取り返しのつかない失敗ばかりを繰り返している姿しか想像できない。
200 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:26:40.16 ID:xIWFcIHZ0
「わたしはいいの。わたしは、生徒会長に立候補する大埜さんを応援できれば、それで……」
「でも、どうしてゆうきはめぐみに生徒会長に立候補してもらいたいグリ?」
「ふふ。そんなの決まってるじゃない、ブレイ」
ゆうきは、嬉しくて嬉しくて、朗らかに笑う。
「わたしは、みんなに知ってもらいたいんだ。いつもは不器用で滅多に笑わない大埜さんだけど、とってもいい笑顔で笑うんだってこと。とっても優しくて、頼りになる女の子なんだってこと。みんなに、そんな大埜さんを知ってもらいたいの」
「グリ……」 ブレイもまた、まん丸のおめめで笑ってくれた。「ブレイも、めぐみの優しさをみんなに知ってもらいたいグリ!」
「うん! だから、わたしはがんばるよ! 大埜さんの選挙活動、がんばって応援しちゃうんだから!」
選挙活動を通して、クラスでは物静かなめぐみが少しでも変わってくれれば、ゆうきは嬉しい。
人通りのほとんどない夕焼けの街を、ほとんどスキップ同然の軽やかな足で駆ける。と、
「あっ……」
しまった、と思ったときにはもう遅い。人がいないと思っていた住宅街の細い道端に、人がいたのだ。少しだけ顔が赤くなる。
見られただろうか? 見られただろう。スキップまがいの足取りで、顔をにやけさせながら歩いていた自分を。
ゆうきは慌ててたたずまいを正しながら、少しだけ八つ当たり、ブレイを鞄の奥へとむぎゅっと押し込んだ。
「…………」
そのひとは、女の人だった。オシャレなバンダナを頭に巻いて、工作着のようにも見える簡素なエプロンを身につけて、チラシのような束を持って立っていた。
「ふわぁ……」
少しだけ立ち止まり、思わず見とれてしまう。簡素な格好ながら、とてつもない美人がそこにいたのだ。
「あら……」
その女性はゆうきを認めると、優しげな微笑みを浮かべると歩み寄ってきた。驚くゆうきに気づいているのかいないのか、そのまま正面に立つと、笑顔のままチラシのようなものを一枚、ゆうきに差し出した。
「これ……」 冷たく澄んだきれいな声だった。「あそこに新しくできるカフェの、チラシなの。私のお店なんだけど、もし良かったら、オープンしたら来てくれると嬉しいな」
「あっ……ありがとうございます」
「その制服、ダイアナ学園の生徒さんよね?」
「は、はい! そうです!」
美人さんを前に緊張するゆうきに、彼女はあくまで朗らかだった。
「来週からオープンだから、よかったら来てね。お友達も連れてきてくれると嬉しいな」
「わぁ……すごい」
また声が洩れてしまう。美人さんが示した先、たしか空き家があった場所に、オシャレなオープンテラスを備えたカフェができあがっていた。夕日になお映えるそのカフェは、女子中学生の心を奪うにふさわしい外装だった。ロンドンやパリの街角にあっても問題ないくらいおしゃれな見た目にすっかり夢中になって、ゆうきは女性に大きく頷いた。
「はい! 絶対に来ます! すごいなぁ……」
「ありがとう。わたしも、我ながらよくできたなぁ、って思ってたの」
「お店の名前は…… “ひなカフェ” ……?」
チラシに目を落とす。『ひなカフェ』 。それがあのお店の名前のようだ。
「ええ。わたしの名前から取ったの。初めまして、ひなカフェの店長、小紋(こもん)ひなぎくです。お店共々、よろしくね」
シンプルで飾り気のない格好をした、けれど華に溢れている美人さん――ひなぎくさんは、そう名乗った。
201 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/28(日) 10:27:17.68 ID:xIWFcIHZ0
次 回 予 告
めぐみ 「さて問題です。生徒会長に立候補するにあたって、必要なものはなんでしょう?」
ゆうき 「うーん……勇気?」
めぐみ 「良い感じのこと言えば正解みたいな風潮が憎い! 不正解!」
ゆうき 「ええー……じゃあ、優しさ?」
めぐみ 「喧嘩を売ってるのかしら?」
ゆうき 「ふぇーん……大埜さんが厳しい……」
めぐみ 「正解は……」
ゆうき 「正解は?」
めぐみ 「……次回、ファーストプリキュア! 第七話『本命候補! 騎馬はじめ現る!』」
ゆうき 「……正解は?」
めぐみ 「それはまた次回。よい子のみんなも考えておいてね、ばいばーい!」
ゆうき 「ああっ! ま、待ってよー!」
202 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/01/28(日) 10:29:28.78 ID:xIWFcIHZ0
>>1
です。
第六話はここまでです。
sage続けてしまいました。間違えました。すみません。
質問、感想、報告、大変ありがたいことです。ありがとうございます。
いつも見てくださっている方も、ありがとうございます。
また来週日曜日、投下できると思います。
よろしくお願いします。
203 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:00:47.69 ID:KQnxmm/50
ゆうき 「ゆうきと、」
めぐみ 「めぐみの、」
ゆうき&めぐみ 「「なぜなに☆ふぁーすと!」」
ブレイ 「と、いうことで、前回の続きから話していくよ!」
フレン 「今週はあたしたちふたりの名前についてね」
ブレイ 「ぼくの名前ブレイは、ブレイブ、“勇敢な”という意味の英語から取っているんだ」
フレン 「そしてあたし、フレンの名前はフレンドリー“優しい”という意味の英語から取っているわ」
フレン 「あと、情熱の国の王女パーシーはパッション、“情熱”から、」
フレン 「そして愛の国の王女ラブリはラブリー、“愛らしい”から取られているわ」
ブレイ 「パーシーとラブリに関してはまだまともに出てないけど、今後会えたらまた確認してくれると嬉しいな!」
めぐみ 「では、今日も元気に、」
ゆうき 「本編、はっじまっるよー!」
204 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:01:39.47 ID:KQnxmm/50
第七話【本命候補! 騎馬はじめ現る!】
「ともえー! ひかるー! 早く起きなさーい!」
朝7時、王野宅。はきはきとした声が響く。
それはいつものこと。けれど、少しだけいつもと違う。
「……ぼくは起きてるよ、お姉ちゃん。おはよう」
「あ、おはよう、ひかる。顔を洗ってたのね」
にっこり笑顔。朗々とした声。
「……お姉ちゃん、どうしたの?」
「えっ?」
「なんか……楽しそう」
「そう?」 特に自覚はない。けれど、お利口な弟が言うのなら。「……うん。たぶん、楽しいんだと思う」
「?」
不思議そうな顔をする弟の頭をサッと撫でて、ゆうきは玄関に向けて駆け出した。
「あっ……」
「ひかる! ともえのことちゃんと起こしてあげて、きちんと学校に行くのよ! お姉ちゃん、今日はもう学校に行かなくちゃだから!」
「何かあるの?」
「うん! 友達と、大事な相談をね!」
ピシッと整った襟元をピンと弾き、プリーツスカートを翻して、ゆうきは振り返る。
その姿は少しだけ、キマっていた。
「えへっ☆」
(お姉ちゃんが壊れた……)
少なくとも、本人の中では、だけれど。
205 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:02:05.51 ID:KQnxmm/50
…………………………
「……相変わらず、辛気くさい場所だわ」
そこは、暗闇の世界。欲望に支配された、黒い世界。
アンリミテッド。
そのひたすら黒い場所を歩くのは、ゴーダーツでもダッシューでもない。
そのふたりとは比べられないほど華奢で小柄な影。
女性的なスタイルというよりは、まだ子どもといっても差し支えないくらいだ。
「……遅かったな、ゴドー」
「あら?」
彼女の名はゴドー。アンリミテッドの欲望の戦士、ゴーダーツとダッシューと並び立つ三幹部のひとりである。ゴドーは壁に寄りかかる大柄な男、ゴーダーツを認め、歩み寄った。
「よくも招集を無視し続けてくれたものだ。それなりの弁明はあるのだろうな?」
「…………」
ゴーダーツの前に立てば、その身長差は歴然だ。ともすれば、ゴドーの二倍はあろうかというゴーダーツに対し、彼女はあまりにも小さい。
「何を黙っている。何か言ったらどう――」
「――うるさい。黙りなさい。無能な豚のくせして、偉そうにあたしに意見するんじゃないわよ」
「なっ……」
しかし、である。ゴドーはそんなことを意にかけない。恐れなんて持つはずがない。彼女もまた、欲望の戦士なのだ。
「あたしはね、あんたに手柄を譲ってあげようと思ってたの。ロイヤリティの王族なんて、あんたならすぐに捕まえてお終いだろうと思っていたから、わざわざ遅く来てあげたのよ」
ゴドーは圧倒的な上背の差をものともせず、ゴーダーツに詰め寄った。
「それなのに、あんたが情けなくて無能だから、やっぱり来てあげなくちゃって思って来てあげたの。感謝されこそすれ、非難されるいわれはないわ」
「貴様……」
「あら? 何か反論することがあって? 無能な欲望の戦士さん?」
「ははっ、相変わらず随分な物言いだなぁ、君は」
パチパチと暗い空間に不釣り合いな弾けた音がする。暗闇から拍手とともに現れたのは、薄ら寒い笑顔を張り付けたもうひとりの欲望の戦士、ダッシューである。
「それくらいにしておいてあげなよ。彼も反省しているみたいだし」
「ダッシュー、貴様……」
206 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:02:38.72 ID:KQnxmm/50
ダッシューのからかいにいちいち目くじらを立てるゴーダーツ。それを面白がるようなダッシュー。どっちもどっちだ。片や真面目すぎで、片や不真面目すぎる。そんなところが、ゴドーにはどうにもこうにも我慢できない。
「ダッシュー、そういうあんただって、すでにプリキュアに二回も負けているって話じゃない。そんな偉そうなことが言える立場かしら?」
「まあ、そういうこともあるさ。ぼくも遊びたいときだってある」
「どうだか。結果を出せていないんじゃ、そんな言葉、単なる言い訳にしか聞こえないわよ」
「…………」
相も変わらず考えていることが読めない男。軽薄な笑みの裏に、何を考えているのか皆目検討がつかない。ゴドーの直接的な罵倒にも、眉一つ動かすことなく微笑んだままだ。
「もういいわ。あんたたちに用なんてないの。ゴーダーツ、デザイア様は奥の間?」
「いや……」
上司の行き先を問うた途端、ゴーダーツが言いよどんだ。
「どうかしたの?」
「……姿を拝見していない。奥の間にもいらっしゃらないようだ。おそらくは、どちらかへお出かけになっている」
「はぁ? 最高司令官がお出かけ? のんきなもんねー。ったく」
「貴様……! 俺のことならいざ知らず、デザイア様のことを愚弄することは許さんぞ」
こんなキャラだっただろうか。いや、だったような気もしないでもない。どうでもいい。
「はいはい、どうでもいいわ。何にせよ、居場所が分からないんじゃ、到着の報告もできないわね……」
「――……否。私はここにいる」
アンリミテッドの暗闇がより一層黒くなった。世界が有り様を変えたようだった。
「っ……」
腹の内が抉られるような、著しい緊張感。あり得ないほどの焦燥感。手の内に、じっとりと汗が湿る。
「遅かったな、ゴドー。一体何をしていた?」
ゴーダーツ、ダッシュー、ゴドーは慌てて膝をつき、低頭した。
ゴドーにとっては久しぶりの対面だった。
207 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:03:28.34 ID:KQnxmm/50
「どうかしたか、ゴドー? 体調でも優れぬのか?」
あまりにも圧倒的すぎるその存在。全身を暗闇で塗り固めたような姿。その上に覆い被さる、なお暗いマント。そして、見るもの全てを恐怖のどん底に落とす仮面。
その名は、アンリミテッド最強の騎士にして、最高司令官。
暗黒騎士デザイア。
「滅相もございません。私は、快調です。召集に遅れたことに関しては、謝罪いたします。少し、欲をかきすぎたため、ここに戻るのに遅れました」
「そうか。己の欲望に従った結果なら、それでいい」
しかしゴドーにも意地がある。心の内の恐れは振り払い、まっすぐ仮面を見つめながら言葉を紡ぐ。
「デザイア様! ぜひ、次のプリキュア討伐に、私を!」
「ほう?」
ゴーダーツが嫌そうな顔をするが、そんなものに構ってはいられない。
「遅れて参上したお詫びの意味も込めて、ロイヤリティの紋章を奪い取り、デザイア様に献上いたします」
「…………」
デザイアは何の感情も見せることはない。それは仮面を被っているからというだけでなく、本人の挙動すべてにおいて感情というものが欠如しているのだ。仮面の奥の瞳が、見上げるゴドーを睥睨する。
「……よかろう。行け、ゴドー」
「……はい。ありがとうございます、デザイア様」
ゴドーはコケティッシュに笑い、立ち上がって優雅に一礼した。
「必ずや、デザイア様の御前に紋章をお持ちいたします。お楽しみに」
言うや否や、ゴドーの姿がかき消える。ホーピッシュへと飛んだのだ。
208 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:03:57.16 ID:KQnxmm/50
「……ゴーダーツ。ダッシュー」
「はっ」
デザイアはやはり感情の見えない声で言う。
「後は任せる。私はもう出なければならない」
「……また、ですか?」
不満そうな声。それは、低頭したままのダッシューから放たれたものだ。
デザイアがダッシューに目を向ける。
「何か言いたいことがあるのか、ダッシュー?」
「ええ、まぁ。最高司令官であるデザイア様がそう何度も席を空けるというのは如何なものかと」
「ダッシュー!」
あまりの物言いに、傍らのゴーダーツがたしなめる。
「ふむ。たしかに貴様の言うとおりだな。しかし、私にはやることがある」
世界はあまりに無情だ。それをダッシューはよく知っている。
そう、この世は力関係で成り立っているのだ。より力強き者が勝ち、その者の欲望が優先される。
たとえ上司であるデザイアの勝手が過ぎたとしても、ダッシューには文句を言うことしかできない。文句を言ったところで、ダッシューよりよほど強いデザイアの “やることがある” という欲望が優先されてしまうのだ。
「……もうよいか? では、行ってくる。頼んだぞ、ゴーダーツ。ダッシュー」
「はっ」
「……はい」
力は正義だ。欲望を満たすための正義だ。それこそが正しいあり方。世界の回り方。
力と欲望に支配された何より黒き暗闇の世界。
それが、アンリミテッドなのだから。
209 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:04:26.07 ID:KQnxmm/50
…………………………
「ぐぬぬぬぬ……」
朝っぱらから、めぐみは唸っていた。
「ぬぬぬぬぬ……」
唸りまくっていた。
「ぬぬぬぅうううううううう……」
せっかくの美人が台無しだ。
「あの、大埜さん? どうしたの……?」
「王野さん!? いたの!?」
「いたよ! ずっといたよ! 気づいてなかったの!?」
「……ごめんなさい」
めぐみは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
まだゆうきとめぐみしかいない朝の教室。ふたりきりなので、めぐみの調子は少しだけ軽い。
ともあれ、朝からふたりで生徒会長立候補についての話し合いをするという話だったのだが、めぐみの様子がややおかしい。
「どうかしたの?」
「うん。あのね……」
めぐみはおずおずと、ゆうきに一枚の書類を差し出した。先日アンリミテッドから取り返した生徒会長の立候補書類だ。
「? これ、まだ誉田先生に出してなかったの?」
「ええ。まだ必要事項が全部書き入れられていないから……」
ザッと書面に目を通してみる。学年、クラス、出席番号、氏名、志望動機……と有り体な項目が並んでいる。そのほとんどが埋まっているが、終わりの方、項目がひとつだけ空欄の箇所があった。
「……推薦者?」
「うん……」
めぐみが恥ずかしさと悲しみをない交ぜにしたような顔をして。
「ほら……私って、仲のいい友達が少ないから……」
はは……ははは……と暗く笑うめぐみ。本人は笑っているが、ゆうきに笑うことなどできるはずもない。というか、である。
210 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:04:55.88 ID:KQnxmm/50
「だ、だったらわたしがやるよ! 推薦者」
「よく見てみなさい。生徒会長に立候補するには、三人の推薦者が必要なの」
「あぅ……」
「申し訳ないけど、あなたは最初から頭数に入れていたわ」
つまりは、あとふたり。あとふたりに推薦者を頼めば、めぐみは生徒会長に立候補できるのだ。
「じゃあ、わたしから誰かに頼もうか?」
「……ううん。ありがたいけど、遠慮しておくわ。だってこれは、私が立候補することなんだもの」
ゆうきの申し出に、めぐみはけれどまっすぐそう答えた。
「だからこれは、私のこと。私がやらなくちゃ。王野さんには立候補に関しての相談とか、推薦者とか、そういう協力をしてもらって本当に感謝してるわ。私は私で、推薦者くらい自分で集めてみる」
その言葉にはめぐみの強い意志が感じられた。少なくとも、その意志を邪魔したら悪いと、ゆうきが思うくらいには。
「……うん、分かったよ。じゃあ、推薦者集め、がんばってね。選挙に関しては、わたし、いくらでも大埜さんのお手伝いをするからね。協力がほしくなったらいつでも言ってね」
「ええ。本当にありがとう、王野さん」
さすがは大埜さんだなぁ、と思いながら、しかしゆうきは少し不安だった。
(大埜さん、本当に大丈夫かなぁ)
211 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:05:57.22 ID:KQnxmm/50
…………………………
ある休み時間。
「あの……」
「うん?」
クラスメイトに話しかけるめぐみ。その表情はクールで、カッコ良くて、きれいで、けれどいつもゆうきに見せてくれる “めぐみっぽさ” は微塵も感じられない。ゆうきは自分の席からそんなめぐみを見守っていた。見ていられたものではなかったが、心配で目をそらすこともできない。
「どうかしたの、大埜さん?」
「……私、今度の生徒会選挙で、生徒会長に立候補することにしたの」
「えっ!?」
「それほんと!? 大埜さん!」
「え、ええ」
色めき立つクラスメイトたちに押され気味のめぐみ。なんとか体裁を保とうと、コホンと一回咳払い。
「……それで、実は――」
「ねえねえねえ! どうして生徒会長に立候補するの!?」
「すごいなぁ! やっぱり大埜さんは違うね! 勉強もスポーツもすごいもんね!」
「私、大埜さんが生徒会長ってイメージぴったり! がんばってね! 私、絶対大埜さんに投票するから!」
「あ……そ、そう? ありがとう」
かしましいことこの上ない。めぐみはもはや完全に押し負けながらも、なおも口を開こうとがんばっている。ゆうきはもはや、神に祈るような心境だった。
「それでね、実は――」
「なになに、どうしたの?」
「生徒会長って聞こえたけど、大埜さんが立候補するってほんと?」
騒ぎを聞きつけて、他のクラスメイトたちも集まってくる。
「えっ、いや、あの……」
「よーし! クラスみんなで大埜さんを応援するぞーっ!」
『おーっ!!』
「……うぅ……」
クラスメイトの輪の中で萎縮しながら、めぐみはガクッとうなだれた。ゆうきは遠くからその様を見つめ、あちゃーと頭に手をやった。
めぐみの推薦者探し。これは予想以上に、難しそうだ。
212 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:06:27.35 ID:KQnxmm/50
…………………………
「……ふん。これが学校ね。つまらなそうな場所だわ」
ダイアナ学園女子中等部前。ゴドーは校舎や体育館、校庭へと続く道を見つめ、吐き捨てるように口を開いた。
「勉強とかそういうの、面倒くさいだけじゃない。自分の欲望に背いたことをして何が楽しいのかしら」
ゴドーは己の欲望に従うことができない臆病者が嫌いだ。自分がしたいことをすべてする、欲しいものはすべて手に入れる、それこそが正しい行いであり、彼女にはその正しい行いを実行するだけの力があるからだ。
「やりたくないことをやるなんて、くだらないことだわ。あたしには全然分からない」
その言葉は誰に向けてのものなのか。それはゴドー本人にも分からない。
構わない。分かっていることなど、ひとつきりで十分なのだから。
「……ここに勇気の国の王子と優しさの国の王女がいる。そして、勇気の紋章と優しさの紋章も。あたしはそれを手に入れる。ただそれだけのこと」
彼女は口角を吊り上げ、歩を進めた。
「伝説の戦士プリキュア……どれほどのものかは知らないけれど、あたしの敵ではないわ」
213 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:07:01.50 ID:KQnxmm/50
…………………………
「……すまない、ひとつお聞きしたいんだが」
「はい?」
2年A組教室前。彼女は教室から出てきた長身の生徒にそう話しかけた。
「大埜めぐみさんを探しているんだ。教室にいるだろうか?」
「大埜さん? えーっと……」 律儀に教室の中を見回してから、その生徒はかぶりを振った。「ううん。いないみたいだ」
「そうか。……どこに行ったか分からないかな?」
「うーん、この時間なら、もしかしたら――」
「――あっ、それならあたし知ってるー!」
と、違う生徒が割り込んでくる。小柄な身体に短い髪。みるからに活発そうな外見に、人なつっこそうな笑みを浮かべている。
「ゆうきったら、最近は大埜さんにべったりだからねー! ちょっと妬いちゃうね!」
「ユキナ。人の会話に割り込むんじゃない。それから、割り込むならせめて相手様に有益な情報をもたらしてくれ」
長身の生徒が、小柄な生徒を漫才のようにたしなめる。
「なにさー、有紗。今のどこが有益じゃないっていうのよー」
「有益も何も今のじゃ何も分からないだろう」
有紗とユキナという名には聞き覚えがある。なるほど、と納得する。これが校内で少なからず有名な演劇部の凸凹コンビか。
「すまない。大埜めぐみさんのいる場所を知っているなら教えてもらえるだろうか」
「ああ、ごめんごめん。大埜さんなら、たぶん屋上にいると思うよ。最近は、昼休みにそこで昼食を取っていることが多いんだ」
結局答えたのは長身の生徒だ。小柄な生徒はその態度にブウ垂れるような顔をしている。
「なにさー、有紗ー! せっかくあたしが言おうとしてたのにぃー!」
「言おうとしてなかったじゃないか」
いつまでも見ていたいような愉快な二人組だが、そうしているわけにもいかない。
「ありがとう。では、屋上に行ってみるよ」
彼女は短くふたりにそう告げると、きびすを返し屋上へと続く階段を目指した。
214 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:07:38.65 ID:KQnxmm/50
…………………………
「うーん……あの人、どこかで見たことがあるような……?」
残された小柄なユキナと長身の有紗。ユキナが、颯爽と、まるでモデルのように歩みゆく彼女の後ろ姿を見つめながら小首を傾げた。
「何を言ってるんだ、ユキナ。あの人は現生徒会副会長で、次の生徒会長に立候補してる騎馬はじめさんじゃないか」
「……ああ! どっかで見たことがあると思ったら、あの人があの質実剛健、文武両道の騎馬はじめかぁー!」
待てよ、とユキナが納得しつつまたも首を傾げる。
「……で、その副会長さんが、大埜さんに何の用?」
「いや、休み時間に言ってたじゃないか。大埜さん、生徒会長に立候補するって。その関係の話だろう」
「……それってさ」
「うん?」
ユキナはいやらしくニヤァ、と口角を歪めながら、
「……もしかして、宣戦布告ってやつ?」
「……ユキナ」
このミーハーめ、と半ば呆れながら、有紗は小さくなりゆく彼女――騎馬はじめの颯爽とした後ろ姿を見つめる。
(……相手は強敵だ。がんばれよ、大埜さん、ゆうき)
215 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:08:41.42 ID:KQnxmm/50
…………………………
昼休みの屋上は、太陽がサンサンと輝き、少しだけ夏みたいだ。屋上の一面が白いことも相まって、ほんのり暑い。
「…………」
しかしめぐみは、夏とは正反対の枯れた顔をしている。無言でお弁当を口に運び、租借する。その姿は少し、不気味だ。
「あ、あの……大埜さん?」
「……何?」
死んだ魚のような目がゆうきを向く。ゆうきはその様相にたじろぎながらも、言葉を続けた。
「もう一回、クラスの誰かに言ってみようよ。推薦者をやってほしいって」
「……言いづらいわ。ダメ。私、やっぱり怖いもの」
「えっ……?」
めぐみが下に目を落とす。
「私……王野さんとは、色々あって仲良くなれたけど、他の人とそうなれるかすごく不安だもの。さっきはみんなで応援してくれるって言っていたけど、推薦者を頼んだときにどんな顔をされるかって想像したら……」
めぐみの気持ちも分からなくはない。せっかく、クラスのみんなが応援してくれると言ったのだ。その今の状況に推薦者を頼むという一石を投じることによって、どんな結果が生まれるのか。それは誰にも分からない。誰かが引き受けてくれればいいが、誰も引き受けてくれなかったらどうだろう?
「ごめんなさい。私、とっても勝手なこと言ってるわよね……臆病で、情けなくて、本当に王野さんに申し訳ないわ」
めぐみは本気で落ち込んでいる。本気でゆうきに対して申し訳ないと思っているのだ。
「大埜さんは優しいね。自分のことで大変なのに、わたしに申し訳ないって思えるって、すごいよ」
「えっ……」
めぐみが顔を上げた。
「けど、わたしのことは気にしないで。わたしは大埜さんの友達だから。友達が困っていたら手を貸すよ。友達が何かをやろうとしているならそれを全力で応援するよ。そんなの、当たり前のことだもん」
ゆうきはめぐみのことが好きだ。友達だから好きだし、好きだから友達だと思う。どっちが先かはよく分からないけれど、そういうものだと思う。
「王野さん……」
めぐみがスーッと息を吸い込み、目をつむる。そして両手を上げ、それを不思議な目で見るゆうきの前で、めぐみは自分の顔を両側から思い切りはたいた。小気味いい音が響いて、めぐみが一瞬クラッと身体を泳がせた。
216 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:09:47.67 ID:KQnxmm/50
…………………………
「お、大埜さん!?」
「……あなたの言葉で目が覚めたわ。ううん。あなたの言葉のおかげで目を覚ましたいと思ったから、無理矢理覚ましたわ」
「それって……今の張り手で目を覚ましたってこと?」
無茶苦茶だ。仮にも女の子、それも優等生を地で行くめぐみのすることではない。せっかくの美人が、両頬に残った真っ赤な手形で台無しだ。
「ありがとう、王野さん。あなたに勇気をもらったわ。協力してくれるって言っている友達がいるのに、何を怖がっていたのかしら、私は」
けれど、その目はいつも通りのめぐみの、まっすぐな目だ。とても頼もしくて優しい、めぐみの目だ。
「私、がんばる。みんなに推薦者を頼んでみるわ」
「……うん!」
やるといったらやるのだろう。めぐみはそういう性格だ。やると決めた生徒会長への立候補だから、こうして悩んででもやろうとする。人付き合いのあまり得意ではないめぐみだけど、自分でがんばって推薦者を集めると決めたのだから、懸命にやろうと努力する。
それがめぐみなのだ。ゆうきが尊敬して憧れる、相棒なのだ。
と――、
「……?」
キィ、と軽い音がして、塔屋のドアが開かれた。校舎内へと続く唯一の出入り口だ。
「ああ、よかった。本当にここにいてくれた」
それは、ゆっくりと聞き取りやすい、しっかりとした声。どこか男性的な雰囲気も漂う、中性的な少女の声だった。
ドアを開けて現れたのは、声とは対照的な外見の女子生徒だった。襟のラインの色からして同級生だろう。艶やかな黒髪は腰に届きそうなくらい長く、そよ風にふよふよと揺られている。目元は穏やかで、余裕に満ちあふれている。その少女が、まっすぐめぐみを見つめながら歩み寄ってきた。
「君が大埜めぐみさんだね?」
めぐみの前で立ち止まり、少女はニコッと穏やかな笑みを浮かべて問うた。
「そうだけど……あなたは?」
「失礼。こちらから名乗るべきだった」 少女は優雅に華麗に、その場で一礼した。「私は騎馬はじめ。現生徒会の副会長を務めている」
「騎馬、はじめさん……?」 めぐみがハッと息をのんだ。「じ、じゃあ、あなたが……生徒会長に立候補しているっていう……騎馬さん!?」
めぐみの言葉を聞いて、ゆうきも思い出した。
―― 『何にせよ、生徒会長の立候補が騎馬はじめだけの信任投票というのも問題ですからね。大埜めぐみには、ぜひ立候補してもらいたいものです』
先日、皆井先生が無神経な言葉と同時に言っていた名前。生徒会長の立候補者である、騎馬はじめ。
目の前の、外見と言動がややちぐはぐな同級生が、その騎馬はじめなのだ。
217 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:10:38.77 ID:KQnxmm/50
「はは、おもしろいことを言うね、大埜さん。大埜さんも生徒会長に立候補するんだろう?」
「あっ……」
めぐみが恥ずかしそうに顔を伏せる。
「それに、まだ立候補してはいないよ。この書類をまだ提出していないからね」
はじめがブレザーの懐から綺麗にたたまれた書類を取り出し、開いて見せてくれた。めぐみと同じ、生徒会長の立候補書類だ。
その一挙手一投足が妙に様になっている。内ポケットをこんなにスタイリッシュに扱える同級生を、ゆうきは知らない。ゆうきに至っては、内ポケットなんて使ったこともない。
「今から生徒会顧問の先生に提出しに行くつもりなんだ」
めぐみの書類とは違い、全ての項目がしっかりとうまっている。もちろん、推薦者の欄もしっかりと三人の名前がある。
「なら、どうしてここに?」
けれど、めぐみも負けていない。ゆうきの頼もしい相棒は、そんな相手に一歩も引かずまっすぐ目を見返している。
(……って、べつに戦ってるわけじゃないんだけど)
「いや、正式に立候補する前に一度挨拶をしておきたかったんだ。これから生徒会長の座を争う大埜めぐみさん、君に」
「……そう」
めぐみは強い。けれどその強さは、少しだけ脆い。
「私が立候補したことによって、立候補するつもりだった生徒たちが皆身を引いてしまったと聞いたんだ。だから、大埜さんが立候補してくれて良かった。私も、できることならしっかりと他の候補と票を争った上で生徒会長に臨みたいからね」
はじめの身体中から放たれる存在感。圧倒的な余裕。
今までの人生で、ゆうきにはおよびがつかないほどのことをしてきたのだろう、大人びた物言い。
すごいと思うまでもない。感覚が、身体が、目の前の同級生がただならぬ存在だと教えてくれている。
「え、ええ……」
ゆうきには分かる。めぐみがそんなはじめに圧倒されていることが。けれどそれを表には出さず、「がんばらなきゃ」とか「負けたくない」とか、そんな風に踏ん張っているのだ。それはめぐみの優しさで、強さだ。けれどゆうきは、そんなめぐみを助けたい。手伝いたい。
だから――、
「あっ……」
ぎゅっ、と。ゆうきはそっと、さりげなく、当たり前のことのように。
「……うん」
めぐみの手を取り、握って、頷いた。お互いの熱が巡る。少し汗ばんでいためぐみの手を通して、めぐみの心境を、ゆうきの心で中和する。
目線だけで意志疎通。申し訳ないような、けれど嬉しそうなめぐみの目を見ることができて、ゆうきはそれだけで嬉しい。
218 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:11:17.90 ID:KQnxmm/50
「……私もがんばるから。だから、いい生徒会選挙にしましょう」
「ああ。よろしく頼む」
めぐみはゆうきの手を離し、はじめが差し出した手を握る。
「私の推薦者には現生徒会長もいる。だから、みんな気後れして立候補を辞退してしまったんだが……とにかく、大埜さんが立候補してくれて、本当に嬉しいんだ。だから、大埜さんの言うとおり、いい生徒会選挙にしよう」
聞きようによっては少し嫌味だったかもしれない。けれど、騎馬はじめという目の前の現生徒会副会長は、そんな成分を微塵も感じさせなかった。心の底からめぐみの立候補を嬉しく思っているのだろう。
「それでは、私はおいとまさせてもらう。昼休みの時間をとらせてしまって申し訳ない」
去るときもやはり、どこまでも気品ある挙動で。
「またすぐ、選挙に関連する場で会おう」
「ええ。また今度」
はじめはピシリと一礼すると、校舎内へと消えた。
「……ふはぁ、緊張したぁ」
驚いたことに、そんな気の抜けた声をめぐみが発し、ベンチにぺたんと座り込んだ。
「すごいわね、あの騎馬さんって。なんか気後れしちゃったわ」
「で、でもでも! 大埜さんも負けてなかったよ! なんか、騎馬さんが王子様で、大埜さんがお姫様みたいだった! で、わたしはお姫様に付き従うみすぼらしい小姓!」
興奮して思っていたことをそのまま口にして、気づく。
「……わたし、小姓……ははっ、どうせ、わたしは王子様はおろか、お姫様にもなれない、下賤の者……」
「お、王野さん? どうして自分の発言にダメージを受けてるの?」
「ふふ……わたしはどうせ、お姫様にはなれない冴えない女……ふふっ……ふふふ……」
「はいはい。勝手にしょぼくれないで。あなたにニヒルな笑いは似合わないわ」
ひとりうなだれて屋上にのの字を書くゆうきを、めぐみがそっと立ち上がらせる。
「さっきはありがとう、王野さん。手を握ってくれて嬉しかったわ。また、あなたに勇気をもらっちゃったわね」
「……ううん。そう言ってくれるだけで嬉しいよ」
騎馬はじめ。あの同級生はたしかに強敵だ。制服の着こなしから言葉遣い、行動や雰囲気を取っても生徒会長に相応しい。それに加えて、はじめには現生徒会長の推薦まであるのだ。
「ま、がんばるしかないわね。まずは……推薦者を誰かに頼まないと」
「そうだね……」
まずは同じ土俵にたつところから、ふたりの戦いは始まる。
219 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:12:19.31 ID:KQnxmm/50
…………………………
「くだらないくだらないくだらない。こんな場所、いったい何の役に立つって言うの?」
中に入ってみれば何か理解が示せるかもしれないと思ったが、そんなことはなかった。学校という存在は結局ゴドーにとってあまりにも不可解で、なおかつ不愉快なものであった。
「こんな建物の中に押し込められて、勉強とか運動とか、したくもないことをさせられて……ああ、不快だわ」
そんな場所に自分がいることが。そして、そんな場所に押し込められていることを甘んじて受け入れている生徒たちが、不可解で不愉快でたまらない。こんな欲望とは対極に位置するような場所は、ゴドーには似つかわしくない。
「さっさとプリキュアを見つけて倒して、こんなところ退散してやるんだから」
と、そんなことを考えながら、何の気なしに廊下の窓から外を眺めたときのことだ。
「ん……?」
人気のない裏庭。その一角に、何本か樹木が植えられている。そのうちの一本の梢に、何羽か小鳥が止まっていた。春も深まりだいぶ温かくなってきた陽気を喜ぶかのように歌う小鳥たちは、本当に幸せそうだ。
「…………」
あれこそが正しい姿なのだ。ゴドーは確信する。こんな鳥かごのような場所に閉じこめられ、望まぬことをし続ける生徒より、自由に飛び回り、歌うことができる小鳥たちの方が、よほど理に適っている。
「温かい陽気だから、鳥たちも元気いっぱいだ」
と、そんな声が耳朶を叩いた。
「少し暑いくらいだから、日陰の裏庭に逃げてきたのかもしれないね」
ゆっくりと振り返る。ゴドーのすぐそばに、長い髪をした女子生徒が立っていた。見た目はお嬢様然としているのに、口調や声、仕草はどこか男らしい。というよりは、紳士然としているといった方が正しいかもしれない。
「君はどこの誰かな? この学校の生徒ではないだろう?」
「…………」
もちろんのこと、ゴドーは制服など着てはいない。普段通りの、黒ずくめのアンリミテッドスタイルだ。そんな部外者であるゴドーを正面から責めるのではなく、あくまで淡々と問う。そんな生やさしい姿勢が、ゴドーは気に入らない。
「そう言うあんたは誰?」
「私かい? 私は騎馬はじめ。生徒会副会長だ」
「生徒会? 副会長?」
思わず吹き出してしまう。真面目くさった顔をした目の前の生徒は、言うに事欠いて、生徒会の副会長様だと言うのだ。
「どうかしたかい?」
「……ふふ。ふふふ。ああ、可笑しい」
220 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:12:55.07 ID:KQnxmm/50
…………………………
「……大変グリ」
「大変ニコ!」
そんなゴドーとはじめの姿を見つめる小さな影が、ふたつ。
「早くゆうきとめぐみに知らせるグリ!」
「ニコ! 屋上に急ぐニコ!」
今日は少し暑いから、日陰になる裏庭でのんびしていたブレイとフレン。
ふたりは頷き合うと、小さな身体で精一杯、屋上へと急いだ。
221 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:13:46.04 ID:KQnxmm/50
…………………………
「可笑しい……?」
はじめが困惑するような声で問うた。
「ええ、とっても可笑しいわ。生徒会って、こんな不自由な場所で過ごす生徒を束ねるものでしょ? くっだらないわ。学校なんて不自由なものに惰性で縛られている人間もどうしようもないけれど、自分から望んで縛られに行くようなことしてるあんたは、もっとどうしようもないわね」
欲望を達成することもできず、ただ望まぬ事をやり続ける場所。そんな場所の規範たろうとするはじめのことを、ゴドーはくだらない存在だとしか思えなかった。そして、そんなことを面と向かって言ったのだ。はじめは怒っているだろう。その怒りすら嘲笑してやろうとゴドーが顔を上げる。
「うむ。たしかに、自ら何かを成そうと望まない人にとって、この学校という場所は、単に不自由な場所に映るかもしれない」
しかしはじめは、ゴドーの顔を興味深げに見つめているだけだ。怒りの気配など、微塵もない。
(なに、こいつ……?)
「けれど、違う。学校という場所は、たしかに退屈で不自由な場所かもしれない。けれど、それは見方によって変わることなんだ」
たじろぐゴドーに、はじめは続けた。
「私は学校が好きだよ。それは、ここが自分にとって心地がいいからというだけじゃない。学校という場所は、生徒全員に開かれているんだ。ここに通う生徒全員を受け入れ、生徒おのおのが望めば、その望みに向かう手伝いをしてくれる場所なんだ。この学校は先生方も熱意溢れる方ばかりだし、環境も適切だ。私は、そんなこの学校が大好きなんだ」
まあ、と。はじめは含むように笑って。
「ただ、君から見たら、私は望んで不自由に縛られているように見えるのか。なるほど。そんな風に考えたことはなかったから、新鮮だ。後学のためになりそうだよ。ありがとう」
本心からそう思っているのであろう、裏表のない笑顔。
ゴドーがどこの誰かということにすら頓着していない。まじめすぎて、人間を疑うということを知らないのかもしれない。
どこまでもよくできた人間だ。
まるで、自分とは正反対――、
「……ッ!」
気に入らない。気に入らない。気に入らない。
「……?」 一歩後じさったゴドーに、はじめが心配するような顔をする。「大丈夫かい?」
気に入らないことを、我慢する必要があるだろうか?
否。
「……あたしは、アンリミテッド。闇の戦士、ゴドー」
「えっ……?」
瞬きすら許さず、ゴドーは小さい手をはじめの前で振った。
「あ……れ……?」
はじめの身体がふらりと傾ぎ、廊下に倒れ込む。簡単な催眠術のようなものだ。
「……だから、何かを我慢する必要なんてない。不快だと思ったものは、目の前から排除する。ただ、それだけのことよ」
ぱさっ、と。はじめの身体から何かが落ちた。
「……?」
それは、一枚の紙だ。
222 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:14:20.12 ID:KQnxmm/50
…………………………
「本当にこっちでいいのね、ブレイ!?」
「グリ! 間違いないグリ!」
お昼を食べ終わった頃、文字通りブレイとフレンが屋上に転がり込んできた。相当急いだのだろう、息も絶え絶えなふたりからなんとか事情を聞きだし、ゆうきとめぐみはブレイとフレンに案内されて廊下を急いでいた。
「けど、その女の子は本当にアンリミテッドだったの?」
「ニコ! アンリミテッドは気配で分かるニコ! アイツは間違いなくアンリミテッドニコ!」
「それで、そのアンリミテッドと話してた生徒っていうのは誰か分かる?」
「えーっと、たしか……」
「騎馬はじめ、って名乗ってたニコ!」
「騎馬さんが!?」
めぐみが大声を上げる。めぐみに抱えられているフレンが身をすくめるが、それにすら気づいていないようだった。
「ってことは、騎馬さんが危ないわ! 急ぐわよ、王野さん!」
「うん!」
もちろん、相手がアンリミテッドであれば、誰であろうと心配だ。それがさっき出会ったばかりのはじめだというならなおさらのことだ。
「あの角を曲がった先グリ!」
ほとんど飛び出すように、曲がり角に飛び出す。そして、ゆうきとめぐみは見た。
「……あら?」
明らかにこの学校には不釣り合いな、黒ずくめの格好をした少女と、その脇に倒れる騎馬はじめの姿を。
「あなたが……!」
「アンリミテッド!」
「ふぅん……」
少女は口角を歪め、品定めをするようにふたりを見た。
「ってことは、あんたたちがプリキュア? なぁんだ。全然大したことなさそうじゃない」
上背や顔立ちは、ゆうきたちとほぼ同い年くらいに見える。しかし、浮かべる表情は、どこか幼い。幼く、そして残酷な雰囲気だ。
223 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:14:47.43 ID:KQnxmm/50
「騎馬さんに何をしたの!?」
「騎馬……? ああ、こいつ? そういえばそんな風に名乗ってたかしらね」
「何をしたのかと聞いてるの!」
「べつに。うるさいし不快だったから眠ってもらったってだけのことよ」
少女はなんでもないことのように言う。人一人に危害を加えておいて、それを何とも思っていないのだ。それがゆうきには信じられなかった。
「さて、そんなことはどうでもいいじゃない。ねえ、勇気の王子と優しさの王女?」
まるで幼子に語りかけるような声色。けれど、そこに浮かぶのは侮蔑という悪意だけだ。
「聞き分けの悪い王族は臣民に嫌われますわよ? どうか、このゴドーめに紋章をお渡しくださいな」
「ふっ……ふざけるなグリ! その臣民は、お前たちが奪ったグリ! みんなを……みんなを返せグリ!」
「ふふっ……ムキになっちゃって、ばっかみたいっ」
ゴドーと名乗った欲望の戦士は、唾棄するように言葉を吐く。
「あんたたち王族って、そんなだからダメなのよ。そんなだから、あたしたちアンリミテッドに負けたのよ」
「グリ……」
涙ながらに、みんなを返せと叫ぶブレイ。ゴドーは、そんなブレイの言葉すら意に介してはいない。
「おとなしく、紋章を渡しなさい。それは、誰も何も守れなかったあんたたち無能な王族ではなく、あたしみたいな強い欲望を持つ者こそ、持つに相応しいものだわ」
自分たちが奪ったものの大きさを理解していない。自分たちが何をしたのかすら、もしかしたら分かっていないのかもしれない。
ゆうきはたまらず、口を開いた。
「ねえ、あなた! ゴドーさん!」
「何かしら?」
ゴドーの邪気を含む目がゆうきに向けられる。
「あなたたちアンリミテッドが何をしたのか分かってるの? あなたは、ブレイとフレンの大切なものをたくさん奪ったんだよ? そんなひどいことをしておいて、ブレイにまたそんなひどいことを言うの?」
「はぁ? あんた何言ってんの?」
ゴドーは不快そうに顔を歪めた。
「馬鹿も休み休み言いなさいよ。あたしはアンリミテッドの戦士なのよ? 自分の欲望にしか従わない。そんなあたしに、あんたは何を求めてるわけ?」
くだらないとばかりに吐き捨てるゴドーに、ゆうきはようやく踏ん切りがついた。
224 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:15:29.90 ID:KQnxmm/50
「……そっか、あなた、本当にアンリミテッドなんだね」
そんなゴドーの姿を見て、ゆうきはそっと腕を差し出した。
「ばーか、そんなの当たり前じゃない」
「うん。そうだよね。あなた、わたしたちと同い年くらいだから、もしかしたら分かってくれるかも、って思ったけど、そんなことはないみたいだね」
その腕に煌めくは、薄紅色のロイヤルブレスだ。
「……騎馬さんを傷つけて、ブレイの心を傷つけて……わたしは、そんなあなたを許さない」
「へぇ? 許さなかったらどうするっていうの?」
「決まってるわ」
静かな怒声。それは、ゆうきの傍らから発せられた。
「訂正させる。いつか、必ず。あなたの口から発せられた、その許せない言葉を」
「めぐみ……」 フレンが頼もしいめぐみを見つめ、ほっと息をつく。
ブレイとフレンの傍らには、ゆうきとめぐみがいる。だから、大丈夫。
「ふん、くだらない。自分の欲望で言葉を語ることすらできない人間に、用なんてないわ」
ゴドーはつまらなそうにそう言うと、手に持っている紙をかざした。
「なかなか良い欲望の品だったからもらっておいたわ。あんたたちの相手はこれで十分だわ」
「!? それは……騎馬さんの立候補書類!?」
めぐみの顔色が変わる。
「それは騎馬さんの大事なものよ! 返しなさい!」
「馬鹿言うんじゃないわよ。これはあたしがこいつから奪ったの。もうあたしのものよ」 ゴドーは邪気に満ちあふれた笑みを浮かべた。「こいつ、生徒会長に立候補するのね。今も副会長をやっているとか言って、散々あたしに生意気なことを言ってきたから、あまりに不愉快で思わず眠らせちゃったわ。ははっ、いいザマよね」
「ゴドー……!」
めぐみの純粋な怒りの声にも、ゴドーはどこ吹く風だ。
「生徒会長になりたいだなんて馬鹿みたい。生徒の規範? 生徒の模範? 学校を取り仕切る? ばっかみたい。そんなの、自分から進んで不自由な方向に進もうとしているだけじゃない。自分の欲望を恐れて、逃げているだけだわ」
「違う! 生徒会長になりたいっていうのは、欲望から逃げることじゃない! この学校が好きで、この学校をもっと好きになりたくて、そのための仕事がしたいって、ただそう思うだけのことよ!」
「っ……ばっかみたい! ばっかみたい! あんたも、こいつと同じことをいうのね」
ゴドーが不愉快そうに顔を歪めた。
225 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:16:05.58 ID:KQnxmm/50
「当たり前よ!」 それに対し、めぐみは毅然と叫んだ。「私も騎馬さんと同じように、生徒会長に立候補するんだからっ!」
「ああそう。だったら、あたしに感謝することね!」
「感謝……? あなた、一体何を――」
「――うっさい! 出でよ、ウバイトール!」
ゴドーは両手をかざし、叫ぶ。そしてはじめの立候補書類を窓から裏庭に落とした。
空が暗く染まる。雲が黒く染まる。そんな大空に亀裂が生まれ、そこからこの世ならざるものが大地に落ちる。そしてそれが、はじめの書類へと取り付いた。
「書類を取り返したいなら、取り返してみなさい。できるものなら、ね」
言うと、ゴドーは窓から裏庭へ降り立った。ゆうきとめぐみは慌てて窓にとりつき、そして見た。
『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』
悪辣なる欲望の化身が生み出された、その瞬間を。
「……王野さん!」
「うん!」
ふたりは頷き合い、ロイヤルブレスをかざした。
「受け取るグリ!」
「プリキュアの紋章ニコ!」
ブレイとフレンの声が廊下に響く。桃色と空色の光が鋭い軌跡を描き、ふたりの手へと落ちる。
それは、伝説の神獣、グリフィンとユニコーンをかたどった紋章。
ふたりはそれをロイヤルブレスへと滑らせ、声高に叫ぶ。
「「プリキュア・エンブレムロード!」」
闇の中に一筋の光が生まれる。その光は、桃色と空色の、勇気と優しさの光。
光は爆発的に広がり、やがて集約しゆうきとめぐみを取り巻き、その姿を変化させていく。
やがて、光がはじけ飛び、裏庭にふたりの伝説の戦士が降り立った。
「立ち向かう勇気の証! キュアグリフ!」
「守り抜く優しさの証! キュアユニコ!」
そう、その戦士こそ――、
「「ファーストプリキュア!」」
世界が闇に墜ち、欲望に飲み込まれようとしても、その光が守ってくれる。
伝説の戦士プリキュアという名の、光が。
226 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:16:31.91 ID:KQnxmm/50
…………………………
『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』
「ふん、よりによって、二回連続で同じものをウバイトールにするとはね!」
ユニコがグリフに先んじて飛び出す。
「芸がないのよ、あんたたちは!」
ユニコの蹴りがウバイトールにの身体に炸裂する。巨大な紙のようなウバイトールは、前回と同様、その身体を使ってユニコを拘束しようとする。
「同じ手が通用すると思わないで!」
すかさずグリフが飛び出し、ウバイトールを横から殴りつける。大きく揺らぐウバイトールに、そのままグリフは拳の乱打を放つ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
『ウバッ……ウバアアアアアアアアアアア!!』
横からの絶え間ない攻撃に、ウバイトールがグリフを拘束することはおろか、攻撃を満足に防ぐこともできず、徐々に後退していく。
「はぁあああああああああ!!」
そんなウバイトールの頭部に、ユニコが強烈な跳び蹴りを放つ。ウバイトールはそのまま後方に吹き飛び、大きな音を立てて裏庭に墜落した。
「なっ……なんだってのよ! ちょっと! 早く立ちなさいよ、ウバイトール!」
その脇に現れ、ウバイトールをたきつけるゴドー。その言うことは絶対なのか、ウバイトールがよろよろと立ち上がる。
『ウバ……ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』
「ゴドー、答えなさい! 感謝することね、ってどういう意味!!」
「はぁ?」
ゴドーが、心底呆れたとばかりにユニコを見る。
「あんた、それ本気で言ってるの?」
「私は答えなさいと言ったのよ!」
「……決まってるじゃない、そんなの」 ゴドーは酷薄に笑んだ。「あんた、くっだらない生徒会長なんかになりたいんでしょ? 騎馬さんとやらの書類がなくなれば、立候補するのはあんたひとりになって、生徒会長はあんたで決まりじゃない」
「は……はぁ!?」
ゴドーの言葉はユニコにとって理解しがたいものだった。反論しようという気すら起こらなかった。
「だから感謝しなさいって言ったの。良かったじゃない、あんた、生徒会長になれるわよ? あたしには、何でそんなものになりたいのか分からないけどね」
「…………」
227 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:17:33.53 ID:KQnxmm/50
ユニコは、無言。顔はうつむき、肩が震え、固く握りしめられた拳もまた、ブルブルと震えている。
「あ、あの……ユニコ?」
「…………」
ああ、これはいけない。もはやユニコにはグリフの言葉さえ届いていないのだ。グリフは慌ててユニコの傍を離れ、近くに隠れていたブレイとフレンを優しく抱き上げ、その目を覆った。
「グリ?」
「どうしたニコ、グリフ」
「いや……なんかすごく嫌な予感がするから」
と、いうよりは相棒としての勘だろうか。これからユニコは、きっととんでもないことをしでかす。
それはもう確信に近い。
「だからブレイ、フレン……もしかしたら、耳を塞いでた方がいいかも」
「何でグリ?」
「だって……優しくて恥ずかしがり屋で照れ屋で、少し素直になれない……そんなユニコのイメージ、壊したくないでしょ?」
我ながらすさまじい説得力だと思った。ブレイとフレンはビクリと身体を震わせると、グリフの手の中で固く目をつむり、ギュッと耳を塞いだようだった。
「……? 何やってるんだか知らないけど、チャンスね! ウバイトール! まずはあの白い方を倒しなさい!」
「…………」
うつむき、今や全身をブルブルと震わせているユニコ。
(ああ……わたし、どこかで聞いたことあるなぁ)
と、グリフはどこか遠い場所からその光景を眺めているような気分で。
(あれ……たぶん、“武者震い” ってやつだよね)
というよりは、抑えきれないほど強い怒りによる震えか。
『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』
哀れかな。けれどそんなこと、ゴドーはおろか、ウバイトールも知る由もない。ユニコに向け突進し、その巨体をもって吹き飛ばそうとする。
「……はぁあああああああああああああああ……」
まるで武道の呼吸法。ユニコがうつむいたまま、深い声をあげる。瞬間的に生まれたのは、空色の優しい光。
“守り抜く優しさの光” 。
228 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:17:59.68 ID:KQnxmm/50
『ウバッ……!?』
ウバイトールはようやく何かに気づいたようだったが、もう遅い。勢いがついてしまったものは、そう簡単には止まれない。
「な……あれは、何……?」
空色の光が、やがて実体をともなってユニコの前に形成される。その異様な姿に、さしものゴドーも何かに気づいたようだった。
「……ねえ、ゴドー。私、怒ってるのよ?」
「は……はぁ!? だったら何だって言うのよ!!」
ウバイトールが、そんなユニコの間近まで迫る。
「オオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
それは気合いの声というよりは、獣の雄叫びに近かった。グリフはホッと安堵する。
(ブレイとフレンに耳を塞がせて良かった……)
あんなユニコの姿と声、できれば、いや絶対に見せたくないし聞かせたくない。というか、
(わたしも見たくなかったし聞きたくなかったよぅ……)
そんな詮無いことを考えているうちに、その雄叫びをあげる当の本人は、空色の光を拳に集約させていた。
「――って、はぁ!?」
あまりにも不自然なことを、しかしユニコはあまりにも自然な動作で行っていた。本人には、自分が何をしなければならなくて、そのために何をすればいいのか、それが分かっているのだ。
「いや、でも、だって……ええー……?」
グリフの呆れ声も、ユニコには届かない。そしてユニコはそのまま、空色の光――即ち誰かを守るための優しさの光をまとわせた拳を引き絞り、自らに突撃してきたウバイトールへ迷いなく突き出した。
圧倒的な守りの力である “守り抜く優しさの力” 。その光が、勢いよく突っ込んできたウバイトールに向けて突き出されたのだ。
『ウバァアアアアアアアアアアア!!!』
「……はぁ!?」
ウバイトールが吹き飛び、軽く十メートル以上先に落下する。ゴドーの素っ頓狂な声ももっともだとは思うが、今ばかりはそれは自業自得だと思えた。
ゴドーは、ユニコの怒りに触れてしまったのだ。
229 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:18:47.35 ID:KQnxmm/50
「な、何あれ!? 何なの!?」
「……言ったはずよ、ゴドー?」
その声に、ゴドーがビクリと身体を震わせる。グリフはいっそ、ブレイとフレンを投げ出して自分が耳を塞いでしまいたい気分だった。
「私、とっても怒っているの。ねえ、さっき言ったわよね?」
「えっ、いや、だって、それは――」
「――言ったわよね?」
さすがにゴドーも気づいたようだった。藪をつついて蛇を出すどころか、怒り猛る暴れ一角獣を出してしまったことを。
「ばっ……しっ、知らないわよ!! ばーかばーか!!」
「…………」
「ひっ……おっ、覚えてなさいよー!!」
一歩踏み出したユニコがあまりにも恐ろしかったのか、ゴドーが背を向け、宙にかき消えた。撤退したのだろう。
「あ……い、行っちゃったね、ユニコ」
「……ええ。でもまだ終わりじゃないわ。やっちゃって、グリフ」
「えっ、あっ、うん」
声にいつもの感じが戻り始めている。ウバイトールに反則まがいの “守り抜く優しさの拳” をキメたからだろうか。少し気が晴れたようだ。
『ウバッ……!?』
「……ってことで、悪いけど、ゴドーも帰っちゃったし」 グリフは、少しだけウバイトールを哀れに思いながらも、手を振ってカルテナを取り出す。「……さようなら?」
『ウバ……ウバアアアアアアアアアアアア!!!』
「あら? フレン? ブレイ? どうしたの、そんなに震えちゃって」
“立ち向かう勇気の光” の翼をまとい、駆けだしたグリフの置きみやげ。ブレイとフレンの姿を見て、ユニコが問う。
「な、なんでもないグリ……」
「ふ、フレンは何も見てないし聞いてないニコ……」
「?」
ブレイとフレンは、少しの間、めぐみを見つめて地上でガタガタと震えていたという。
230 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:20:00.30 ID:KQnxmm/50
…………………………
「う……うーん……」
揺れる感覚。視界の端に光を感じ、はじめは目を開いた。
「……あれ? ここは……」
「良かった。気がついたのね」
「えっ……大埜さん?」
自分を上からのぞき込む同級生の顔に、安堵の表情が浮かぶ。
「私は一体……」
「疲れていたんじゃないかしら? 私と王野さんが廊下を歩いていたら、あなたが倒れていたのよ」
「疲れ……?」
ゆっくりと身を起こしながら考える。
(私……誰かと話していたような……)
「あの……大埜さん」
「何かしら?」
「ここに、黒ずくめの女の子がいなかったかい? 私たちと同い年くらいだけど、この学校の生徒じゃなさそうな子なんだが」
「……? そんな子見かけてないわ。ねえ、王野さん」
「えっ? あっ、う、うん。そんな子見てないなぁ〜」
そうか。このふたりがそう言うのなら間違いないだろう。自分は夢を見ていたのだろうか。それとも、彼女はふたりが現れる前にどこかに消えてしまったのだろうか。
どちらにせよ、だ。
「……もう少しだけ話を聞きたかったなぁ」
「えっ?」
「いや、なんでもない。ありがとう、大埜さん。王野さん」
「どういたしまして。保健室行く?」
「いや、体調が悪いわけではないよ。そろそろ授業が始まる。教室に戻ろう」
まさか、生徒会長に立候補するふたりともが遅刻などというわけにもいかないだろう。
「アンリミテッド……の、ゴドーさんか……」
「「う゛ぇっ!?」」
「? どうかしたかい?」
ふと思い出したのだ。記憶がとぎれる直前、彼女は自分にそう名乗っていたのだ。
「う、ううん。なんでもないわ……」
「うんうん! なんでもないなんでもない!」
ゆうきとめぐみは慌てた様子だったけれど、その理由がはじめには分からない。
ともあれ、だ。
「……おもしろいことを言う子だった。もう一度会ってみたいな」
はじめはふと、窓の外に目を向ける。そこではやはり、木々の梢に小鳥が止まり、さえずっている。
彼女もまた、今の自分のように小鳥を眺めていたのだ。
本人にはきっと自覚はなかっただろうけれど、とても優しい目で。
「もう一度、会いたいな……」
様々な想いをつないで、物語は進んでいく。
その先にある未来へと。
231 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:20:43.78 ID:KQnxmm/50
…………………………
夕暮れには、温かく立ち上る湯気がよく似合う。
「…………」
赤光に染まり、湯気がふよふよと温かい色合いを演出してくれるのだ。
「……来てくれるかしら?」
自分がいれた紅茶を見つめながら、彼女はそっと呟いた。
「ゆうきちゃん……お友達をたくさん連れてきてくれると嬉しいけど」
カランコロンとベルが鳴り、入り口のドアが開かれる。
そこは喫茶店、“ひなカフェ” 。
「噂をすればっ、と」
彼女は、今の今まで自分以外誰もいなかった店内にやってきたお客を出迎えた。
「……って、これまたえらくお洒落な喫茶店だねえ。よくこんなお店見つけたね、ゆうき」
「うん。この前の帰り道、たまたま見つけたんだ。今日からオープンなんだよ」
背の高い女の子、背が低い女の子、少し険の強そうな女の子、そして、優しげなゆうき。
驚いたことに、彼女は三人も友達をつれてきてくれたのだ!
「いらっしゃい、ゆうきちゃん」
「ひなぎくさん、こんにちは!」
朗らかな応答。彼女の笑顔に、こちらも自然、笑顔になる。
「約束通り、お友達をたくさん連れてきてくれたのね。ありがとう。とっても嬉しいな」
「そんな……っていうか……」
「――すっごーい!! かわいいかわいいかわいすぎるぅー! それにカッコイイ!」
「……こんな風に、このひなカフェの話をしたら、是非行きたいってみんなが……」
「ふふ、そうだったの。ありがとう……えっと、あなた……」
「更科ユキナです! こんなすてきなお店に美人さん! なんかの舞台みたい! すごいです!」
「そ、そう? それはどうもありがとう」
232 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:21:11.36 ID:KQnxmm/50
ユキナと名乗った小柄な女の子は、かなりミーハーな性格のようだ。その元気いっぱいの自己紹介に、他の子たちも続いた。
「初めまして。栗原有紗です」
「どうも、初めまして。大埜めぐみです」
「ご丁寧にどうも。私はここのオーナーの小紋ひなぎく。適当に呼んでね」
彼女は自己紹介もそこそこに、四人を席に座らせて、自分はカウンターの向こうへと引っ込んだ。
「今日はサービスしちゃおうかしら。紅茶でいい?」
「やたっ! ありがとうございます!」
年頃の少女たちの笑顔に、彼女も嬉しくなる。さっき自分でいれた紅茶で舌を潤し、四人のための紅茶の用意を始める。
「……でも、大埜さんも水くさいなぁ。推薦者だっけ? そんなの、一言くれればすぐに了承したのに」
ふと耳に入ったのは、四人の話す声。朗々と響くやや男らしい声は、有紗のものだ。
「いきなり廊下に呼び出されたかと思えば、今にも死にそうなくらい緊張した大埜さんが待っているときたもんだ。あのときは驚いたなぁ」
「し、仕方ないじゃない……だって、断られたらって思ったら、怖かったんだもの」
「断らないよー! 大埜さん、あたしたちの演技、しっかり見ててくれたじゃん。だから、今度はあたしたちが大埜さんのお手伝いをしてあげるの」
ユキナが朗らかに応える。
「……うん、ありがと」
きっと、あのめぐみという子はあまり友達づきあいが得意ではないのだろう。けれど、お礼を言ったその口は少しゆるんでいて、嬉しく思っていることは誰にだって分かる。
「よーし!」 と、ゆうきが気合いに満ちた声をあげた。「ともあれ、みんなでがんばって、大埜さんを生徒会長にするぞー!」
「「おー!!」」
「……お、おー」
めぐみ本人はとても恥ずかしそうだ。
(……希望に満ちている)
この世界は常に希望に満ちあふれている。その希望は、消えることはない。
ゆうきたちのような人間が、次から次へと希望を作り出しているからだ。
(けれど、私は……)
あまりにもまぶしすぎる。
暗闇に慣れすぎてしまった、自分には。
光り輝きすぎて、目が潰れてしまいそうなくらい。
この世界の人々は、まぶしすぎる。
233 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/04(日) 10:21:49.77 ID:KQnxmm/50
次 回 予 告
ゆうき 「…………」
めぐみ 「あら? 王野さん、黙りこくっちゃってどうしたの?」
ゆうき 「ひっ……」 ビクッ
めぐみ 「……?」
ゆうき (よかった……もうゴドーのことで怒ってないみたい。ほっ……)
めぐみ 「……ええ。もう怒ってないから安心していいわよ、王野さん」
ゆうき 「心を読まれた!?」
めぐみ 「この天然さん。あなたは考えていることが顔に出やすすぎなのよ」
めぐみ (……はぁ。私も、この子くらい単純だったらなぁ)
ゆうき (大埜さんは何を考えているか分からないけど……なんか馬鹿にされてる気がする)
めぐみ 「……私は、あなたがうらやましいわ」
ゆうき 「???」
めぐみ 「……と、いうわけで次回、第八話! 【姉妹喧嘩!? どうする、めぐみ?】」
ゆうき 「姉妹? あれ、大埜さんってお姉さんか妹さんがいるの?」
めぐみ 「おあいにくさま。私じゃなくて、誰かさんの妹よ」
ゆうき 「???」
めぐみ 「天然さんは置いておいて、それではまた次回。ばいばーい!」
ゆうき 「あっ! 薄々は感づいてたけど、やっぱりまだ怒ってるよね!? ねえ大埜さん!」
234 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/04(日) 10:25:53.78 ID:KQnxmm/50
>>1
です。
第七話はここまでです。
見てくださった方、ありがとうございます。
また来週日曜日、投下できると思います。
235 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/10(土) 23:17:27.42 ID:HMhtkdEL0
>>1
です。
明日は所用で朝の投下ができません。
夕方か夜くらいに投下できると思います。
236 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:14:51.36 ID:Vt5kauhK0
なぜなにプリキュア
ゆうき 「ゆうきと、」
めぐみ 「めぐみの、」
ゆうき&めぐみ 「「なぜなに☆ふぁーすと!」」
ゆうき 「さぁ、今日はみんなの名前の由来はちょっとお休みで、」
ゆうき 「別の質問に答えていくよ!」
めぐみ 「やる気満々ね、王野さん。やや空回り気味なのが気になるけど」
ゆうき 「いただいた質問です! 『カルテナの名前の由来について』だよ!」
めぐみ 「たしかにカルテナってあんまり聞き慣れた言葉ではないものね」
めぐみ 「カルテナは、英国王家に伝わる剣 “Curtana”から名前をもらっているわ」
めぐみ 「“カーテナ” って言った方が伝わる人は多いかもしれないわね」
めぐみ 「……まぁ、そもそもファーストプリキュア自体が英国をモチーフにしているところはあるのだけど、」
めぐみ 「それはまた、別の機会で話すことにしましょう」
ゆうき 「“Curtana” について詳しくは、インターネットで調べてみてね!」
ゆうき 「それでは、本編、スタートだよ!」
237 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:15:49.92 ID:Vt5kauhK0
ファーストプリキュア!
第八話【姉妹喧嘩!? どうする、めぐみ?】
…………………………
王野ともえの物心がついて間もない頃、お父さんはまだ家にいて、お母さんも今ほどは仕事をしていなかった。
お父さんとお母さん、それからお姉ちゃんと赤ん坊だった弟のひかると一緒に、よくお出かけをしたものだ。
ともえはお父さんとお母さんのことが大好きで、お姉ちゃんもひかるも大好きだった。
変わったのはいつからだろう。
「……う……ん」
まどろみから覚醒へ。ともえはベッドの上を転がり、そして聞いた。
「ともえー! 朝よー! 起きなさーい!」
階下から声を張り上げているのだろう。姉、ゆうきの声は、がらがらとうるさい。
「…………」
温かい布団から身をもたげ、考える。
変わってしまったのはいつからだろう。
自分は、あの優しい姉のことを……――――
238 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:16:23.64 ID:Vt5kauhK0
…………………………
それは朝、家族三人揃っての朝食のときのこと。
「めぐみちゃん、なんだか変わったね」
「えっ?」
唐突な言葉だった。めぐみはかじろうとしていたトーストをお皿に置いて、対面に座るママを向いた。ママはお行儀悪く頬杖をついて、ニヤニヤとめぐみの顔を見て笑っている。
「何よ、いきなり」
「ふふ、だから、変わったねって」
「変わったって、何が?」
ママの笑みがうさんくさい。少し不機嫌な声で応じるが、当の本人は相変わらず笑っている。
「なんていうかね……よく笑うようになったかも?」
「かもって……」
とても自分の親とは思えない、適当な物言いだ。娘に対して示しがつかないとか、そういうことは考えないのだろうか。
「ねえねえ、めぐみちゃん」
「何よ?」
もう相手をするのも馬鹿らしくなって、めぐみはトーストをかじりかじり応える。
「もしかして……」 ママは、ニヤァ、という擬音がよく似合う、いやらしい笑みを浮かべて。「ボーイフレンドでもできた?」
「ぶっ……」
ゴホッ、ゴホッ、とむせながら、めぐみはトーストをまたお皿に置く。
娘の平穏なブレークファーストを邪魔するとは、なんという親だろう。
「ママ!! いい加減にしてよ!」
「……めぐみ」
と、ママの横に座るパパが口を開く。厳格で無口で、けれど優しい自慢のパパだ。めぐみの性格はどちらかといえば、パパに似ている。
「な、何? パパ」
「……お付き合いしている男の子がいるのか?」
一瞬思考がおいつかなくなった。パパが何を言っているのか、まるっきり分からなかった。
「え?」
239 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:16:49.90 ID:Vt5kauhK0
「……だから、お付き合いしている男の子がいるのか?」
「いやいやいや! いないよ、そんなの!」
大体、めぐみが通っているのは女子校であるダイアナ学園だ。彼氏なんて、作ろうと思ってもそう簡単に作れるものではない。そもそも、めぐみにはそんなものを作る気はない。
「そうか……」
ママの冗談を真に受けたのだろうか、パパがほっと安心するように息をつく。いくらなんでもまじめすぎる。そんな性格で、よくこのママと結婚できたものだ。
「でもでもー、めぐみちゃん最近よく話してくれるじゃない? “ゆうきくん” のこと」
「はっ……? はぁ!?」
ママがいやらしい笑みのまま、とんでもないことを言ってくれる。パパの鋭い目線がママを向く。
「……ママ、ゆうきくんとは誰だ?」
「それが聞いてよパパぁ。なんか、めぐみちゃんの新しいお友達らしいんだけど、一緒に学級委員をしているうちに随分仲良くなったらしいの」
「……本当か、めぐみ?」
いや本当だけれど!
まさしく本当のことだけど!
けど思い出して、パパ!
ダイアナ学園中等部は女子校よ!?
「いや、だから……」
何から説明をしたらいいか、困り果てるめぐみの視界の隅で、ママはニシシと心底楽しそうに笑っていた。
「はぁ……」
まぁ、面倒ではあるけれど、楽しい家だ。めぐみは一人っ子だけど、それを寂しいとか、そんな風には思ったことはない。
「めぐみ、ゆうきくんとは一体どういう少年なんだ?」
「……だーかーらー!」
ふと、そういえばゆうきには妹と弟がいると聞いたことを思い出した。
(どんな子たちなんだろう?)
「めぐみ。めぐみ、聞いているのか? ゆうきくんというのはどこの馬の骨――いや、どこのどちら様なんだ? そうだ、今度うちに連れてきなさい。いいな、めぐみ? めぐみ? 聞いているのか? めぐみ? めぐみ?」
240 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:17:19.21 ID:Vt5kauhK0
…………………………
世界は欲望に満ちている。
「……うざいうざいうざいうざい!!!」
欲望とは、何も『あれをしたい』『あれが欲しい』といった単純なことだけを指すのではない。
何かをしたくない。何かを消してしまいたい。そういった想いもまた、欲望となりえるのだ。
「うるさいぞ、ゴドー。少しは静かにできないのか」
床に寝そべり、まるで駄々っ子のように騒がしいゴドーをいさめるのはゴーダーツの役目だ。
「うっさい! 何をするかなんて、あたしの勝手でしょ!」
「その勝手とやらが、俺の迷惑になっているのだ。理解しろ」
「うっさい!」
とりつく島がない。会話をしようという気すらないのだろう。
「……仕方がない」
ゴーダーツは合理主義者だ。己の欲望を達成することができないなら、他の方法を探し実行する。ゴドーが騒ぐことをやめないのなら、ゴーダーツが別の場所へ移ればいいだけの話だ。
「くだらん……」
「待ちなさいよ」 剣を提げ、腰を上げたゴーダーツを引き留める声。ゴドーだ。「どこに行くのよ」
「どこであろうと俺の勝手だ」
「……ねえ、ゴーダーツ」
「何だ」
これを最後の会話にしようと心に決めて、ゴーダーツはゴドーに背を向けたまま応じた。そうしてしまったのは、自分を呼ぶゴドーの声に、普段の彼女らしからぬ弱さが垣間見えたからだ。
「プリキュアって、何なの? あいつらはどうして王子たちを守るの?」
「…………」
ゴーダーツは黙したまま、そっと振り返った。ゴドーは起き上がり、真剣な顔をしていた。
「あいつらからは何の欲望も感じられなかった。自分のために何かをしようとしているのではないのよ。あんなの……信じられない」
「……そうだな」
世界は欲望に満ちている。それはアンリミテッドに限った話ではない。ゴーダーツはダッシューやゴドーに先んじて、ホーピッシュにてロイヤリティの生き残りを捜していたから分かる。プリキュアたちが住まうあの世界もまた、欲望に満ちているのだ。あそこに住まう人間たちも、自分たちアンリミテッドに勝るとも劣らないほどの欲望を、それぞれの心のうちに秘めているのだ。
そしてきっと、プリキュアたちもまたその心の内に欲望を持っているはずなのだ。
「奴らは王子たちを利用して何かをしようとか、そういう考えは持っていないようだ。ただ純粋に王子たちを守りたいのだろう」
「……意味わかんない。何それ」
不機嫌そうなゴドーの声。そう言われたところで、ゴーダーツにも分からない。
「さぁな。とにかく、我々とは考え方が根本から違うのだろう」
ゴーダーツはそれだけ言うと、さっさと歩き出した。ゴドーの言葉は真剣そのものであったし、憂慮すべきことでもあったが、今のゴーダーツは何より己に目を向けていた。
(もっと強くならねば……俺は、一度、完膚なきまでにプリキュアに敗れているのだから)
241 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:17:45.36 ID:Vt5kauhK0
ゴーダーツが去った後、しばし彼が去った方向を見つめていたゴドーだったが、すぐにまた床に寝ころんでしまった。
「あたし、どうして勝てなかったのかしら? あたしの欲望が達成できないなんて……」
欲望が弱かったか?
否、強かったはずだ。
プリキュアの欲望はそれを凌駕して強かったか?
否、奴らから欲望は感じられなかった。
ならば、何故?
「……奴らは、欲望以外の何かで戦っている?」
ロイヤリティの誇りはあるだろう。けれど、それだけではないはずだ。
自分が、くだらないロイヤリティの誇りの力程度に後れを取るはずがない。ゴドーは、ロイヤリティそのものを飲み込んだアンリミテッドの一員なのだから。
「ならば、それは一体何? ロイヤリティの伝説の戦士、プリキュア。奴らは一体、何を糧に戦っているというの?」
知りたいという欲望が身をもたげた。
あわよくばそれを奪い取り、自分の力としてやろうという欲望も現れた。
そうなってしまっては、もう誰にもゴドーを止められない。
「……待っていなさいプリキュア。あんたたちの力の秘密を暴いて、今度こそあんたたちを倒してあげるから」
そして、ゴドーはその場からかき消えた。
242 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:18:32.65 ID:Vt5kauhK0
…………………………
「……んう?」
朝食を済ませて、登校準備の真っ最中。自分の部屋で持ち物の最終確認。忘れ物をすることが多い自分だからこそ、厳重に何度も何度も確認だ。そんなときに、その音は聞こえた。
ぽよんぽよんぽよん、という規則的なやわらかい音。どうやら廊下の方からしているようだ。
「なんだろう?」
ゆうきは訝しみながら、部屋のドアを開けた。
「あ……」
開けて音のする方を見た途端、目が合った。
おもしろそうな顔をしながら、廊下で何かをお手玉のように投げている妹のともえ。問題は、その何かだ。
「あ、あああああああ!!」
勇気の王子こと、もふもふのぬいぐるみのような妖精、ブレイ。涙目で、ゆうきに向けて助けて! と視線で訴えている。
「ちょっ、ちょっとともえ!? あんた何やってるの!」
「お姉ちゃん、このぬいぐるみ、どうしたの? こんなの持ってなかったよね?」
「えっ、ど、どうしたって……」
質問で返されて、ゆうきは返答に窮する。まさか空から降ってきたなんて言えるはずもない。
「と、友達からもらったんだよ」
「……ふーん。
ともえは目を回しているブレイを両手で受け止めると、思案顔をして、やがてニィと意地悪く笑った。
「じゃ、これあたしにちょうだい?」
「えっ!? だ、ダメだよ! それは大事なものなの!」
「そ。じゃあ、返すね」
「えっ、あっ、ちょっと……!」
ぽいっと、ともえがどうでもよさそうにブレイを放る。ゆうきが慌てて自分の方に飛んできたブレイをキャッチする。
「ほっ。よかった……。じゃない! こら、ともえ!!」
「じゃあ、行ってきまーす!」
「あ、ま、待ちなさい!! こらーーー!!!」
言って聞くような妹ではない。ゆうきがブレイをキャッチしているすきに、すでに階下に降りていたともえは、ランドセルを背負ってそのまま玄関を出て行ってしまった。ゆうきが階段から下をのぞいたときにはすでに、不思議そうな顔をしたひかるが、「行ってきます」と言い残してともえを追いかけていくところだった。
「はぁ……」
ゆうきはどうしたものかと嘆息する。
ここのところ、ともえの反抗期がひどすぎる。
「グリ〜〜〜〜〜」
その手の中では、散々お手玉にされたからだろう。ブレイが目を回して呻いていた。
243 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:19:18.60 ID:Vt5kauhK0
…………………………
「「はぁ……」」
ダイアナ学園、2年A組教室でのことだ。見事に重なり合うため息ふたつに、対面のユキナがぶはっ、と思い切り吹き出した。
「ははっ、おもしろーい! ため息もシンクロするなんて、さすが “おーのコンビ”」
「人が悩ましげなのを笑い物にするんじゃない」
「あいたっ」
そんなユキナの頭をパシッと軽く叩くのは有紗である。
「どうしたんだい、ふたりとも。ため息なんてらしくない」
らしくないだろうか。自然と目を合わせるゆうきとめぐみ。お互いの目を見て、それがユキナと有紗に話してはいけない類の悩みではないと確認しあう。
「いや……私は大したことではないのよ。パパの誤解がなかなか解けなくて困ってるの」
先に答えたのはめぐみだった。
「誤解?」
「ええ。ちょっと、ね……」
言いづらそうに言葉を濁らせると、めぐみはなぜか少し顔を赤くしてゆうきを見た。何だというのだろう。
「へぇ、意外だなぁ」
「え?」
有紗が感心するように言った。
「いや、大埜さんって大人っぽいと思っていたから、お父さんのことを “パパ” って呼んでるのが、少し意外だな、って」
「!!」
ボフン! とめぐみの顔の赤みが一気に強く広がる。
「ち、違うのよ! い、いまのは言葉の綾というか、なんというか……わ、わわわ、私が、そんな……」
あからさまな動揺に、ゆうきも吹き出しそうになる。言わずもがな、ユキナは大爆笑しているし、有紗もくすくすと笑っている。
「うぅ……」
少し涙目になりながら、恨めしそうにそんな三人を見つめるめぐみ。元々が美人なのだから、その可愛らしさは推して知るべしであろう。
244 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:19:44.46 ID:Vt5kauhK0
「いいじゃない。大埜さんがお父さんのことパパって……すっごくかわいいと思う!」
「うん。ギャップがすばらしいな」
ユキナと有紗の褒めているのかどうなのか微妙な言葉に、めぐみは困惑顔だ。
「で、ゆうきは? 何かあったのー?」
続いて、ユキナがゆうきに目を向ける。当然の流れとはいえ、どう話したものかと少し考える。
ゆうきのため息の原因は、もちろんのこと、妹のともえのことだ。
「……うーん、ちょっと妹がね。反抗期が行きすぎているというか、なんというか……」
隠しても仕方ないだろう。ゆうきは今朝の出来事を簡潔に話した。もちろん、ブレイのことはただのぬいぐるみとして話したが。
「……ねえ、王野さん、それって……」
「うん……」
ブレイは朝から調子が悪くなってしまったらしく、家に置いてきた。勇気の紋章のこともあるし心配ではあったが、体調が悪いのに連れ出した方が心配だ。少なくともアンリミテッドが今まで自分たちの家までやってきたことはない。あちらとて、自分たちが狙っている王子をプリキュアたちが家に置いてけぼりにするとは思わないだろう。
「うーん、それって甘えてるんだと思うなぁー」
ゆうきとめぐみがブレイの心配をしていると、ユキナがそう言った。
「甘え?」
「うん」
ゆうきのオウム返しの問いに、ユキナが当たり前のことのように頷いた。
「ともえちゃんはゆうきに甘えてるんだよ。一回ガツン! と言ってやったらどうかな」
「ガツンって……」
ゆうきとて親代わりを放棄しているわけではない。ともえの行儀が悪ければ注意するし、ともえの態度が悪ければ怒る。しかしそれも、最近はあまり効果がないような気がしてならないのだ。
「だってぇ、ゆうきって怒っても怖くないしぃ」
「なっ……」
「うん。それはユキナの言うとおりだな」
「ちょ、ちょっと有沙!」
「私も同感だわ」
「大埜さんまで!」
ユキナの軽口のような指摘に有紗が頷き、先ほどの仕返しとばかりにめぐみまでもが乗っかってくる。けれど三人とも冗談を言っているような口振りではなくて、それが余計にゆうきを動揺させる。
245 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:20:10.30 ID:Vt5kauhK0
「じゃあ試してみるよ?」
「言うが早いか、ユキナがゆうきに抱きついてきた。
「わっ……こ、こら! ユキナ!」
「ふひひぃ、ゆうきやわらかーい。おなかぽにょぽにょ〜」
「だっ、誰がぽにょぽにょよ!」
おなかをまさぐるユキナを、顔を真っ赤にして押しのけようとするゆうきだが、ユキナは離れない。いつもならここらで有紗が止めに入ってくれるのだが、今日に限っては事の推移をにやにやと見守っている。
「……ね? 怖くないでしょ?」
「わ、わかったよ……」
やがて離れたユキナに、息も絶え絶えに応じるゆうき。そうか。怒っても怖くないから、今のユキナのように、ともえも言うことを聞かないのか。
「……でも、わたしがどんなに怒って見せてもなぁ。怖く感じるのかなぁ」
誰にともない問いに、ゆうきを含めてみんなが首を傾げてしまう。
本人すら想像できない怖いゆうき。それは一体、どんなものなのだろう。
246 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:20:42.91 ID:Vt5kauhK0
…………………………
ともえが物心ついたころ王野家は本当に普通の家庭だった。
普遍的な、ごくありふれた、けれどとても幸せな家庭だった。
お母さんは家にいて、お父さんは遅くなる日もあったけれど、毎日家に帰ってきて。
お姉ちゃんはやさしくて、弟はまだ小さくて。
「…………」
ふと、とっても近い過去、今朝のことを思い出す。
姉の部屋から転がったのだろうか。廊下に落ちていたぬいぐるみを拾った。気になって持ち上げてみると、ほのかに温かい気がする。それに、むくむくの毛並みもどことなく本物といった風情だ。どこか気品のようなものも感じられる。
きっと高いものだ、と思った。
それに姉は、あのとき「とても大事なものだから」と言った。
どうしてそんなものをお姉ちゃんが?
理由は分からなくて、けれど少し腹が立ったから、姉にまたあんな態度を取ってしまった。
後悔しているわけではない。自分が姉にいたずらをするのは今に始まったことではない。けれど、何かここ最近の自分は、おかしくはないだろうか。
「はい、ともえ」
「へ?」
そんなことをぼーっと考える小学校の休み時間。ともえは友達から唐突に差し出された小さな紙包みを反射的に受け取っていた。
「……これ、何?」
「やだなぁ、忘れちゃったの? 先週話したじゃない。私、先週末に家族と旅行に行くって」
「え、ああ……ごめん」
そんな話をしていただろうか。頭をふっとフル回転。そういえば、していたような気がする。
「だから、おみやげだよ」
「う、うん。ありがとう。開けてもいい?」
中身はキーホルダーか何かだろうか。軽いが固い感触がする。ともえは紙袋を丁寧に開ける。中から出てきたのは、小さな髪飾りのついた髪留めだ。
「ありがとう。とってもかわいい」
「どうしたしまして」
247 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:21:18.07 ID:Vt5kauhK0
せっかくもらったのだから、と。ともえは今つけていた髪留めを外して、その髪留めで髪をまとめた。
「……どうかな?」
「似合うよ、ともえ。ともえはかわいから何でも似合ってうらやましいよ」
「そんなことないよ。でも、ありがとう。大事に使うね」
「うん」
友達から何か物をもらえば、それはもちろん、とっても嬉しい。ともえはいつもつけている髪留めをポケットにしまった。
小さな頃から使っている、大事な髪留めだ。まだ小さな頃、誰かからもらったものだ。
(あれ……?)
ともえはポケットの中の髪留めをもう一度取り出して、見る。
(これって、誰からもらったんだっけ……?)
小さな頃だから、母か父だろう。しかし、そうではない気もする。親戚か誰かだろうか。
「旅行、どこに行ってきたんだっけ?」
おみやげをくれた友達に、他の友達が聞く。その声で、ともえは現実に引き戻された。髪留めをポケットにしまい直し、顔を上げる。
「夕凪町っていうところ。海がすっごくきれいだったよ」
「へぇー、いいなぁ。私もお父さんとお母さんにどこか連れてってもらいたい……」
ふたりの話を聞きながら、ふとともえは思う。
(あれ……? そういえば、私、家族旅行に最後に行ったのっていつだっけ……?)
よく思い出せない。低学年の頃に行ったのが最後だったような記憶がある。
おぼろげで、あいまいな記憶だ。少なくとも、今すぐにはっきりと思い出せるほど明確な記憶ではない。
「…………」
つまりは、それだけ長い間、家族旅行をしていないということだ。
「ともえ、どうかしたの?」
「……ううん」
それがどうしたというのだ。どうも、今朝の夢といい今といい、今日は調子が狂う。ともえにはその理由はまったく分からないし、考えたくもない。
分からない。
分からないけれど、なんだか、胸がとってもムカムカする。
248 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:21:44.22 ID:Vt5kauhK0
…………………………
「ねえ、今日は本当に私がお家に伺ってしまっていいのかしら?」
「へ?」
放課後。暖かい陽気の下、通学路をゆうきと並んで歩く。けれどめぐみの心は不安でもやもやしていた。
「どうしたの、大埜さん?」
「どうかしたニコ?」
ゆうきと一緒に、めぐみのカバンの中からひょっこり顔を出したフレンも不思議そうな顔をしている。
めぐみとフレンがゆうきと一緒にいるのは、ブレイのお見舞いに行くためだ。ゆうきがめぐみとフレンに、ブレイのお見舞いに行くことを提案したからだ。フレンはブレイのことなど心配ではないと毒づきつつついてきて、そしてめぐみはというと、
「いえ、あの、その……」
どうしてもさっきから落ち着きがない。ブレイのお見舞いには行きたい。行きたいが、しかし。
「実は、その……お友達の家に遊びに行くのって、小学生のとき以来だから、緊張してしまって……」
ゆうきとフレンの視線に、めぐみが顔を真っ赤にしてそう答えた。
「緊張?」
「ええ……」 めぐみは、ぷいと目をそらして。「私、そういう友達、今までいなかったから」
べつに、嫌われ者というわけではない。
取り立てて浮いているというわけでもない。
けれど、どこか、人と接することが少なくて。
たまに誰かとお話したと思えば、相手を怒らせてしまったり、悲しませてしまったり。
自分の口べたを、心の底から呪っていても、なかなか直せなくて。
子どもの頃は、どんな風に友達と接していたか、どうしても思い出せなくて。
「大埜さん……」
「でもね、緊張してるけど、嬉しいの」
めぐみは顔を上げた。ゆうきがオロオロと、どうしていいのか分からないような顔をしている。その顔に、ふっとほほえみかける。
「王野さんが私をお家に誘ってくれて、本当に嬉しかったわ」
「……うん! それなら良かったよ!」
屈託なく笑うゆうきの顔を見て、めぐみは本当に、心の底から思うのだ。
この子と友達になれて、良かった。
249 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:22:10.05 ID:Vt5kauhK0
…………………………
学校が終わって、いつもなら友達と遊びに出かけるものだが、今日ばかりはどうしてもそんな気分にはなれなかった。
「はぁ」
友達には気分が優れないなどと適当に理由をつけて、ともえは制服も着替えずリビングでひとりごろんと寝転がっていた。姉が見たら何と言うだろうか。お行儀が悪いとか、だらしないとか、そんな風にお小言をくれることだろう。
「…………」
姉のことを思い出すと、また胸のむかつきが広がっていく。
ムカムカと広がっていく。
本当に気分が悪そうだったからだろうか。友達が心配して家に行こうかとまで言ってくれた。でも、姉の取り決めによってお友達を家に招くときは事前の許可が必要だ。お母さんぶる姉には辟易としているが、日中に両親がいない王野家ではあっても仕方のない決まりだとは理解している。
そんなときだ。
ガチャッと玄関の方から音がして、続いて玄関の戸が開く音がした。
「ただいまー」
脳天気な声は、間違いなく姉のものだ。しかしどこか様子がおかしい。ともえは寝転んだまま考える。姉の声に脳天気さが足りない。どこか、よそ行きのような気配がする。
まさか、と。ともえはがばっと身を起こした。
「お、お邪魔します」
その直後だ。おずおずといった風の聞き慣れない声が聞こえた。ともえは長い髪の毛をサッと整える。制服がしわになっていないか確認しているときに、ガチャッと音を立ててリビングのドアが開いた。
「あら、ともえ、帰ってたの」
「……悪い?」
「そんなこと言ってないでしょ。帰っていたならおかえりくらい言いなさい」
またお小言だ。胸のむかつきがまた少し増える。
「お姉ちゃんこそ」
「な、なによ」
「お友達、家に連れてきたんだね。私のときは事前に許可が必要なのに」
「あ……」
姉はバツが悪そうな顔をした。
「それは……ごめん」
「私のときはダメで、お姉ちゃん自身はいいんだね」
「そ、そうじゃないよ! 忘れてただけで……」
250 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:23:09.27 ID:Vt5kauhK0
ヒョコッと、申し訳なさそうな顔がドアのスキマから覗く。姉の友達だろう。
「王野さん? もし都合が悪いなら、申し訳ないから帰るけど……」
「そ、そんなことないよ! ないない!」
姉は慌てた様子で友達らしき人に言う。ふと、その姉の友達がこちらを見る。透き通るような涼やかな目線に、ともえは一瞬たじろいでしまった。よくよく見てみれば、驚くくらい美人のお姉さんだ。とても子どもっぽい姉の同級生とは思えない。
「はじめまして。えーっと、ともえちゃんだよね。私はゆうきさんのクラスメイトの大埜めぐみです」
「……こんにちは」
外面だけはよくしようと心がけているともえだが、今ばかりは愛想を振ることもできなかった。昼からの胸のむかつきが、なおいっそう大きくなったようだった。ともえは姉を睨み付けた。
「……二枚舌」
「そ、そんな風に言わなくたって」
「ずるい」
不思議と姉を困らせようという意地の悪い感情はわいてこなかった。ただ怒っていた。
「私だって……今日は友達と家で遊びたかったのに」
「……ごめん。で、でもね――」
「言い訳なんて聞きたくない。いいよ、もう」
家族とどこかに出かけることが少ない。
『夕凪町っていうところ。海がすっごくきれいだったよ』
それどころか、お父さんとお母さんはいつも家を空けている。いるのは口うるさい姉と、自分に似ず素直で誰からも好かれる弟だけだ。
――――『ちょっ、ちょっとともえ!? あんた何やってるの!』
胸のむかむかがまた大きくなる。それどろか、心なしか頭がくらくらする。気分がどんどん悪くなっていく。
「……もう、やだ」
何もかもがいやになってきた。これといった嫌なことがあるわけではない。ただ、気分が悪い。自分自身の気持ち。姉に対する気持ち。両親に対する気持ち。色々な気持ちがぐちゃぐちゃになって、どう言葉に表したらいいのか分からない。だから、口をついて出たのは、そんな言葉だった。
「こんな家に生まれたくなかった」
言ってしまってから、少しだけ、しまった、と思った。何を言っているんだろうとも思った。
それが本心ではないことは明確だった。
けれど、口に出してしまったことは取り返せない。それは間違いなく姉の耳に入っただろう。だから、そして。
「っ……」
頬に軽い衝撃が走った。ともえはかすかに痛む頬を押さえて、目を見開いて目の前の姉を見た。姉も目を見開いていた。信じられないという顔をして、ともえと、今まさにともえの頬を張った自分の右手を交互に見つめていた。
251 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:23:51.98 ID:Vt5kauhK0
…………………………
してはいけないことをしてしまった。ゆうきは自分がしたことが信じられないでいた。
妹の言葉に驚き、衝動的に頬を張ってしまった。
「あ、いや、その……」
言葉が出てこない。信じられないという顔をするともえと、今まさにその頬を叩いてしまった自分の右手を交互に見比べる。ともえの頬は少し赤くなっている。自分の右手もまた、少し赤くなっていて、ジンジンと痛む。
――――『だってぇ、ゆうきって怒っても怖くないしぃ』
ユキナの言葉が思い出される。怒っても怖くない。だからともえが言うことを聞かないのだとしたら、ここでまた厳しい言葉をかけないといけないのだろうか。事実、ともえの言葉は家族として許しておけるものではない。
しかし、ならば自分が暴力に訴えてしまったことはどうなる。妹の言葉に衝動を抑えられず、頬を叩いてしまうなど、それこそともえの先の言葉よりひどいことではないか。
どうしたらいいか、分からない。
「……バカ」
どれくらい逡巡していたのだろうか。ともえはやがて悲しげな目をして、ゆうきの脇を通り抜け、リビングから出て行った。
「あっ……と、ともえ!」
そのままバタバタと玄関から外へ出て行く音が聞こえる。慌てて追いかけようと玄関へ身を翻したゆうきの手を、掴む手があった。めぐみの手は、いつになく強い力でゆうきを掴んでいた。
「大埜さん……」
「…………」
めぐみは渋い表情をして、首を横に振るだけだった。
「で、でも、追いかけなきゃ!」
「追いかけて、どうするの? あなたはともえちゃんになんて声をかけるつもり?」
めぐみの問いかけは、淡々としていた。
「そ、それは……」
分からない。先ほどだって逡巡するだけで何も言えなかった。それは今も変わっていない。ともえに追いついて話を聞いてもらったところで、ゆうきが言葉を紡げない。
252 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:24:21.86 ID:Vt5kauhK0
「私は、あなたの友達だわ」
めぐみが厳しい表情のまま言う。
「だから言う。あなたも分かっているでしょうけど、暴力はいけないわ」
「わ、分かってるよ! そんなこと!」
恥ずかしさでどうにかなりそうだった。ともえを追いかけたいというよりは、めぐみの冷たい目線から逃れたくて、ゆうきはめぐみの手をふりほどこうとした。
「もちろん、思わず手が出てしまうこともなくはないと思うわ。でも、その後のあなたは、本当にあなたらしくなかった」
めぐみの手が、万力のようにがっちりとゆうきの腕を掴んで離さない。
「暴力を振るってしまったら、謝らないといけない。謝る時間は十分にあったのに、あなたはそうしようとはしなかった。わたしの問いかけにも、すぐに『謝る』と言えなかった。それが、本当にあなたらしくないわ」
分かっている。ゆうきは、謝らなければならないと分かりながら、謝ることをためらっていた。しつけをすることと謝ることは別のことなのに、それを混同して、謝ることができなかった。
分かっている。分かっているからこそ、ゆうきはそのめぐみの言葉に耐えられなかった。
「……大埜さんには分からないよ!」
「王野さん?」
「大埜さんはひとりっこでしょ! 大埜さんに妹も弟もいるわたしの気持ちなんて分からないよ! 勝手なことばかり言わないでよ!」
自分は一体何を口走っているのだろうか。後悔、恥ずかしさ、そういったものがないまぜになって、頭の中がぐちゃぐちゃだ。だから、思ってもいないことを口走ってしまった。
「あ、いや、あ……」
まただ、とゆうきは心の中で頭を抱える。今度は直接的な暴力ではない。けれど、言葉の暴力といってもいいような、ひどい言葉だ。ゆうきのために言葉をかけてくれためぐみに、ひどいことを言ってしまった。ゆうきはおそるおそる後ろを振り返る。
めぐみは怒っているだろうか。怒っているだろう。しかし――、
「そうね。私、あなたたち姉妹のことをよく知りもせず、勝手なことを言ったわ。ごめんなさい、王野さん。私、きっとまた余計なことを言ってしまったのだわ」
めぐみは寂しげな表情でそう言って、頭を下げた。
「でもね、王野さん。私はそういう顔を、これ以上ともえちゃんに向けてほしくないの。なんていうか……あなたにはやっぱり、ずっと笑っていてもらいたいから。少なくとも、家族の前では」
めぐみはもう、ゆうきに目を合わせようとすらしなかった。
「お節介ついでに、私がともえちゃんを探してくるわ。だから、あなたは落ち着くまで家にいなさい」
いいわね、と優しく言い残して、めぐみは玄関から外へ出て行った。
「わたし……最低だ」
ともえだけではない。きっとめぐみにも嫌われた。ふたりが去った玄関を見つめ、届くはずのない素直な言葉を呟いた。
「……ごめんなさい」
253 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:24:51.78 ID:Vt5kauhK0
…………………………
「めぐみ、大丈夫ニコ?」
「……わからないわ」
ゆうきの家を出てすぐ、カバンからフレンが心配そうな顔を覗かせた。
「私は口べただから、上手くできるか分からないけど、とにかくともえちゃんとお話しなくちゃ」
「そうじゃないニコ。めぐみはさっきのゆうきの言葉に、傷ついてないニコ?」
「…………」
傷つかなかったわけではない。
――――『大埜さんはひとりっこでしょ! 大埜さんに妹も弟もいるわたしの気持ちなんて分からないよ! 勝手なことばかり言わないでよ!』
自分が勝手なことを言ったからゆうきを怒らせてしまったかもしれない。もしかしたら、嫌われただろうか。嫌われただろう。
「……今は私のことはいいの」
「ニコ……」
今は自分のことより、ゆうきとともえの姉妹のことだ。めぐみは注意深く周囲を見回しながら町内を歩き回った。
ほどなくしてともえは見つかった。ともえは橋の欄干に寄りかかり、ボーッと川を眺めていた。
「こんなところにいたの」
「…………」
「走るの速いのね」 我ながらぎこちないと思いつつ、めぐみは必死で笑みを浮べた。「隣、いい?」
「ご自由に」
ともえは素っ気ない。一瞬自分の方を向いても、またすぐに川に目を落としてしまう。
「姉妹喧嘩はいつもあんな感じなの?」
「……お姉ちゃんに頼まれたんですか」
ともえはめぐみの問いには答えなかった。
254 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:25:20.42 ID:Vt5kauhK0
「あら、何を?」
「私を連れ戻してこいって」
めぐみは目をまんまるにして。
「違うわ。私が勝手にあなたを追いかけただけよ。でも、安心した」
「なんですか」
めぐみの話に興味なんてないだろう。だからめぐみはわざと含みを持たせるように言った。
「『お姉ちゃんが自分のことを案じてくれている』って思うくらいには、お姉ちゃんのことを信じているのね」
「っ……」
ともえの顔が赤くなった。恨みがましい目がめぐみを向く。めぐみはそのともえの可愛らしい様子に、いつの間にか意識せずとも微笑みが浮べられていることに気がついた。だからめぐみは、自然と言葉を続けることができた。
「実はね、私も王野さんと喧嘩しちゃったの」
「えっ」
「喧嘩っていうか、私が怒られちゃっただけだけどね」
めぐみは川の水面を眺めたまま言う。心がズキズキと痛んだ。
――――『……大埜さんには分からないよ!』
たしかに、分からないのかもしれない。また、友達を怒らせてしまった。お節介だっただろうか。迷惑だっただろうか。嫌われてしまっただろうか。
それでも、めぐみはゆうきのために言ってあげたかったのだ。
しばらくして、ともえがそっと呟いた。
「……お姉ちゃんのバカ」
「そう言わないであげて。王野さんもあなたのためを思っているのよ。もちろん、叩くのはいけないことだけれど……」
「そうじゃないです。お姉ちゃんのために色々としてくれてるあなたを怒るなんて、バカだって言うんです」
ともえから発せられたのは予想外の言葉だった。
255 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:25:46.91 ID:Vt5kauhK0
「ともえちゃん……」
「お姉ちゃんがときどき話してくれてます。新しい友達ができたって嬉しそうに、あなたの話を」
「そっか」
嬉しいような、くすぐったいような、不思議な気持ちだった。
「ほっぺ、大丈夫?」
「ああ……」
めぐみの問いに、ともえは思い出したように頬に手をやる。
「もう痛くないです。聞かれるまで忘れてました」
「そう、よかった。王野さんも思わず手が出てしまっただけだから、許してあげてね」
「……わかってます」
「それから、今日は突然お邪魔しちゃってごめんなさい。ブレイ――あー、王野さんのぬいぐるみの様子を見に来たの」
「それって……」
ともえはハッと口を押さえて。
「……あの、あれ、ひょっとして、あなたがお姉ちゃんにプレゼントしたものだったんですか?」
「えっ? あー、うーん、まぁ、そんな感じかな?」
まさかロイヤリティやプリキュアの話をともえにするわけにもいかないだろう。言葉を濁すめぐみだったが、ともえは神妙な表情でめぐみの顔を見つめていた。
「どうかした?」
「その、ごめんなさい。私、あなたのプレゼントだと知らなくて……今朝、あのぬいぐるみをボールみたいに乱暴に扱っちゃって」
「ああ……」
そういえばゆうきが言っていた。そもそも、今日ブレイの様子を見に来たのはそれが理由だったのだ。
「いいのよ。プレゼントっていうか、ふたりの思い出の品、って感じだから」
「そうですか。お姉ちゃんにとって、本当に大切な友達なんですね……えーっと……」
「めぐみでいいわ」
256 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:26:15.59 ID:Vt5kauhK0
いつの間にか、自分でも驚くくらい自然にともえと話していた。年下の女の子と話をする機会なんてほとんどないというのに、不思議だった。ともえがゆうきの妹だからかもしれないし、ひょっとしたらともえが少し自分に似ていたからかもしれない。
「私も、ともえちゃんって呼んで大丈夫かしら?」
「はい、めぐみさん」
素直に笑う女の子だとめぐみは思った。ゆうきは手のかかる妹だと言っていたが、少なくとも笑うこともろくろくできなかった自分の小学生時代よりはよほど普通の、かわいらしい女の子だ。
「それじゃ、お家に帰りましょうか。きっと王野さんも心配してるわ」
「はい」
連れ立って歩き出そうとした、そのときだった。
「――見つけた」
聞いたことのある、敵意を含んだ声が耳朶を叩いた。めぐみは反射的に声のする方を向く。道路を挟んで向かいの欄干の上、支柱に手を置いて立つ小さな影があった。
「ゴドー……!」
「学校にいないんだもの。探したわよ」
なんていうタイミングだろう。傍らにいるのはゆうきではなくその妹のともえだというのに。
「な、何……? 空が、暗い?」
みるみるうちに暗くなっていく空に、怯えた声を出すともえ。めぐみはそんなともえを後ろに庇いながら、ゴドーと対峙する。
「待ちなさい、ゴドー! 今は――」
「あんたの都合なんか知ったことじゃなーい!」
まるでだだっ子のような言葉とともに、ゴドーは腕を一振りする。暴風が吹き荒れ、めぐみはともえと共に後方に吹き飛ばされた。
「あら?」
ともえのポケットから小さな何かが転がり落ちる。それは可愛らしい髪飾りのついた、髪留めだ。ゴドーは嗜虐的な笑みを浮べて、それを拾い上げた。
257 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:26:45.50 ID:Vt5kauhK0
…………………………
よくよく考えて見れば、ともえが自分のことを嫌うのも当たり前の話だったのかもしれない。
お母さんぶって色々な決まりを作って、お節介を焼いて、そのくせ自分がその決まりを守れず、暴力まで振るってしまった。
ゆうきはともえのためを思ってやっていたつもりだけれど、それが本当にともえにとって良いことだったのか、今思えば疑問だ。もしかしたら、ただの自己満足だったのではないか。そう考えるとゾッとしない。
それに、せっかく自分とともえのために言葉をかけてくれためぐみにまでひどいことを言ってしまった。めぐみに嫌われただろうか。嫌われただろう。
「わたし、本当にダメな人間だなぁ……」
「そんなことないと思うグリ」
ふわっと、温かい感触がへたりこむゆうきのふくらはぎを撫でた。ブレイが心配そうにゆうきを見上げていた。
「ブレイ……」
「ゆうきはダメじゃないグリ。間違っているなら、正せばいいグリ。仲直りがしたいなら、謝らなくちゃいけないグリ。それをブレイに教えてくれたのは、ゆうきグリ?」
ブレイの言葉は純粋で真っ直ぐだ。ゆうきがブレイに言ったことをしっかりと覚えてくれているのだろう。ブレイはフレンと仲直りできた。だからこそ、こうして今度はゆうきに言葉をかけているのだ。
「……うん」
だからゆうきもへこたれた気持ちを奮い立たせて、頷くことができた。
「とにかく、謝らないとね。ともえにも、大埜さんにも」
「グリ!」
嬉しそうに頷くブレイを頭にのせ、ゆうきは立ち上がった。今すぐにでも、ともえとめぐみに謝りたい。その気持ちに素直に、外へ向かう。
「ところでブレイ、体調は大丈夫?」
「もう大丈夫グリ」
「そう。よかった。大埜さんとフレン、今日はブレイのお見舞いに来てくれたんだよ」
「それは嬉しいグリ!」
笑顔が自然と生まれる。しかし外に出た途端、ふたりの笑顔は凍り付いた。
「これは……」
真っ暗なアンリミテッドの世界。人っ子ひとりいない空虚な世界。
「ゆうき!」
「うん。ブレイ、急ぐよ!」
ゆうきは何を考える前に走り出していた。
どうか無事でいてと、心の中で必死に祈りながら。
258 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:27:17.62 ID:Vt5kauhK0
…………………………
「それ、返して!」
ゴドーが手に取ったものを見て、ともえは反射的にそう言っていた。
「それは大事なものなんだから、返して!」
「はぁ? いやよ。嫌に決まってるでしょ」
対するゴドーは、ともえの必死な様子も素知らぬ顔だ。
「これはあたしが手に入れたの。もうあたしのものよ。返してほしいなら、力尽くで奪い返すことね!」
そして、にやりと悪辣な笑みを浮かべる。
「出でよ、ウバイトール!」
いけない、と思った瞬間には、めぐみはともえを連れてゴドーとは反対方向に走り出していた。暗く染まる空から何かが落ちてくる。それは、欲望の闇の塊だ。
「めぐみさん!」
「ダメよ! 今は逃げるの。アレは、常識の通じる相手じゃないの!」
『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』
背後で、悪辣なる欲望の化身が生まれる声がした。
「でも、あれはお姉ちゃんからもらった、大事なものなんです!」
「王野さんから……?」
ともえはまっすぐめぐみに訴えかけるような目をしていた。
「そう……。いま思い出した。わたし、あれ……お姉ちゃんからもらったんです!」
「わかったわ。絶対に取り戻しましょう。でも、今は……」
なんとしても取り戻さなければならないだろう。しかし、まずはともえを逃がすことが最優先だ。めぐみは心を鬼にして、ともえの手を引き、走った。
「逃がさないわよ! 行っちゃいなさい、ウバイトール!」
『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』
雄叫びと共に、大きく橋が揺れる。次の瞬間、上空から目の前に巨大なウバイトールが現れる。ひとっ飛びでめぐみとともえを飛び越えたのだ。
可愛らしい髪飾りを模したウバイトール。それは、その外見と雰囲気のギャップから、めぐみにはとてつもなく醜悪なものだと思えた。
「っ……」
259 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:27:43.80 ID:Vt5kauhK0
前方にはウバイトール。後方にはゴドー。そして傍らには震えるともえがいる。絶対絶命だった。
「どこに行くつもりかしら? キュアユニコ」
「ともえちゃんは関係ないわ! 巻き込むのはやめなさい!」
「そんなの、それこそあたしに関係ないわ!」
ゴドーは高々と宣言する。
「あんた、本当に自分勝手ね!」
「だってあたしはアンリミテッド! 闇の戦士だもの!」
開き直るばかりのゴドーに、めぐみの焦燥が大きくなる。ゴドーはまるっきりこちらの話を聞く気などないのだ。しかし、ともえの前で変身するわけにもいかない。
「めぐみさん……」
「……大丈夫。大丈夫よ」
ともえをなだめながら、ゴドーを警戒しつつ後ずさる。しかし――、
『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』
しまった、と思ったときにはもう遅かった。いつの間にか距離を詰めていたウバイトールが、背後から大きな腕をめぐみとともえめがけて振り下ろした。
「きゃっ……!」
ともえを引き寄せ、かろうじて横に跳ぶ。ウバイトールの攻撃の直撃は免れたものの、欄干に身体を叩きつけられる。
「っ……」
息が詰まりそうになりながら、すぐに立ち上がろうとする。しかし抱き寄せていたともえの身体がくたりと動かない。
「ともえちゃん? ともえちゃん!」
「…………」
返事はない。庇ったつもりだったが、今の衝撃で気を失ってしまったのだろう。
260 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:28:22.16 ID:Vt5kauhK0
「ゴドー、あなた……!」
「あら、その子気を失っちゃったの? あっはは、すごい剣幕だったのに、呆気なーい」
「関係ないともえちゃんを巻き込んで! 私はあなたを絶対に許さない!」
ボン! とカバンの中からフレンが飛び出す。
「フレンも同感ニコ!」
と、
「……あら?」
ゴドーがめぐみから目をそらす。ウバイトールの後ろ、そこにひとりの人影があった。
「とも、え……?」
気を失ったともえとそれを支えるめぐみ。それを呆然とした顔で見つめるのは、肩で息をするゆうきだ。
「ともえ!」
ゆうきは大声をあげ、でウバイトールがいるのも構わずその横を駆け抜け、めぐみの傍らに滑り込むように座り込んだ。
「王野さん……」
「ともえ! ともえ!」
血相を変えるゆうきに、心がキシキシと痛んだ。
「今は気を失っているの。ごめんなさい、私がついていながら――」
「ゴドー」
ゆうきからゾッとするような声が発せられた。ゆうきの耳には、めぐみの声すら届いてはいないのだ。
「どうして関係ないともえを巻き込んだの?」
めぐみが初めて見るゆうきだった。
(ああ、そっか。私、勝手に仲の良い友達になったつもりでいたけど) めぐみは、傍らのゆうきを見上げながら。(王野さんのこと、まだ何にも知らないんだ)
めぐみの横にいるゆうきは本当にゆうきなのか。めぐみにも痛いくらい感じられる、とてつもない怒りを発露するゆうきが、あの優しいゆうきなのか。
めぐみが未だかつてみたこともない怒りの感情。これがもし、ゆうきの一面なのだとしたら、とめぐみは思う。
「ゴドー!!」
めぐみは果たして、本当にゆうきの友達といえるのだろうか。
「大埜さん。行くよ」
「あ……え、ええ!」
静かな怒りを含んだゆうきの声に、めぐみは反射的に立ち上がっていた。普段のゆうきらしくない雰囲気に怯え、戸惑いながら、めぐみはゆうきと共に叫んだ。
「プリキュア・エンブレムロード!」
暗闇に満ちた世界に光が射す。天空より舞い降りるふたりの伝説の戦士は、邪悪な欲望を打ち払うべく、ゴドーと対峙する。
(私……)
けれど、ようやく変身できたというのに。
キュアユニコ――めぐみの心に指すのは不安だけだった。
261 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/11(日) 18:29:04.62 ID:Vt5kauhK0
次 回 予 告
ゆうき 「わたしのせいでともえが怪我をしてしまった」
ゆうき 「わたしがともえを戦いに巻き込んでしまった」
めぐみ 「私、王野さんのことが分からなくなってきた」
めぐみ 「王野さんは私の……なんだろう」
めぐみ 「友達、でいいのかな。でも、もし嫌われていたら……」
めぐみ 「私は……」
ゆうき 「次回、ファーストプリキュア。第九話【仲直り! キュアユニコの新たなる力!】
めぐみ 「私、王野さんのこと、もっと知りたい!」
262 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/02/11(日) 18:31:50.90 ID:Vt5kauhK0
>>1
です。
第八話はここまでです。
読んでくださった方、ありがとうございます。
プリキュアの第八話ということで、気合いを入れて書こうとした結果、二話続きものになってしまいました。
来週も日曜日に投下できると思います。
また読んでくださると嬉しいです。
263 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/17(土) 15:55:10.86 ID:7kPzCfzj0
>>1
です。
読んでくださっている方、ありがとうございます。
明日は所用で10時の投下ができません。
夕方頃の投下になると思います。
264 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/17(土) 16:34:18.21 ID:iSOtPwb/0
乙
265 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/18(日) 19:03:03.43 ID:nI3CgSSH0
ゆうき 「ゆうきと、」
めぐみ 「めぐみの、」
ゆうき&めぐみ 「「なぜなに☆ふぁーすと!」」
めぐみ 「今回はアンリミテッドに焦点を当てて話していくわよ」
ゆうき 「おー! めぐみ先生、よろしくお願いします!」
めぐみ 「プリキュアでは多くのシリーズで俗に「三幹部」と呼ばれる敵が登場するけど、」
めぐみ 「『ファーストプリキュア!』も例外ではないわ」
ゆうき 「ゴーダーツとダッシューとゴドーだね」
ゆうき 「ゴーダーツとダッシューの名前は分かるよ。「強奪」と「奪取」だよね!」
めぐみ 「正解よ。で、残るゴドーは……、一応、「強盗」から取っているようね」
ゆうき 「……強盗から、ゴドー。うーん。結構苦しいね」
めぐみ 「それは言わないであげてちょうだい。ちなみに最高司令官デザイアは、そのまま英語「desire」ね」
ゆうき 「……と、いうことで、わかってもらえたかなー?」
めぐみ 「それでは、本編、スタートよ!」
266 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/18(日) 19:03:42.29 ID:nI3CgSSH0
第九話【仲直り! キュアユニコの新たなる力!】
「プリキュア・エンブレムロード!」
暗闇に染まる世界に差し込む鮮烈な光。それは伝説の戦士プリキュアが生まれる光だ。
それはふたりのプリキュアが生み出す絆の光でもある。
(私……)
しかし、今ばかりは分からない。
天空より舞い降りたキュアユニコの心に差すのは、不安だった。
「……行くよ、ユニコ」
「えっ、ちょっと、グリフ!?」
着地した途端、グリフは地を蹴って跳んだ。名乗りの口上すら忘れたというのだろうか。それほどまでに、ゆうきは怒り狂っているのだろうか。
「ゴドー!!」
「馬鹿ね! あんたの相手は、こいつよ!」
ゆうきの鬼気迫る雰囲気にあてられたのか、それとも嗜虐心がくすぐられたのか、ゴドーもまた凄絶な笑みを浮かべていた。ゴドーが腕を一振りすると、ウバイトールが横合いから飛び出し、グリフに強烈な体当たりをぶつけた。
「ッ……!」
「ウバイトール! やっちゃいなさい!」
『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』
追撃するウバイトールに、再びグリフの行動が遅れる。ガードすら間に合わず、大きく後方に吹き飛ばされる。
「グリフ!」
ユニコはグリフを空中で受け止めると、半ば倒れるようにして着地した。
「ダメよ、あんな戦い方。もっと考えないと……」
「……放して」
ユニコを突き放すように、グリフが立ち上がる。へたり込んだままのユニコを見ようともせず、グリフは普段からは想像もつかないような暗い表情でゴドーを見据えた。
267 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/18(日) 19:04:10.02 ID:nI3CgSSH0
「だ、ダメよ!」
ユニコはすがりつくようにグリフの腕を掴んだ。ここで掴めなかったら絶対に後悔すると思ったからだ。
しかし、
「放して」
「いやよ! また無茶をする気でしょう! 一度落ち着きなさい!」
「だって、ともえが傷つけられたんだよ? 大事な家族なんだよ?」
グリフはやはり、ユニコに顔すら向けようとしない。
「わからないかな。わからないよね。だって大埜さん、一人っ子だもんね」
「グリフ……」
「大埜さんには、関係ないもんね」
「っ……」
放してはいけない。放したら、絶対に後悔する。
そう分かっていても、指から力が抜けていくのを止められなかった。
「……ありがとう」
グリフはそれだけ言うと、再びゴドーに向かって跳んだ。
「私……」
ユニコは、グリフを放してしまった自分の手を見つめた。放す気などなかったのに、放してはいけないと分かっていたのに、それでも放してしまった、手だ。
掴んだ手の力を抜いてしまった。
キュアグリフを行かせてはいけないと思っていても、行かせてしまった。
グリフの――ゆうきの敵意が、自分に向くのが怖かった。
また、ゆうきに厳しい言葉を放たれるのが怖くて、ユニコは手を放してしまったのだ。
伸ばした手は届かない。
大切な友達に、今は、届かない。
268 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/18(日) 19:05:21.11 ID:nI3CgSSH0
…………………………
「私……」
涙がこぼれる。友達とはなんだろう。自分は、誰とも友達になれないのだろうか。やはり、また無神経なことを言ってしまったのだろうか。
己はやはり、優しさなど微塵も持ち合わせていないのだろうか。
「――ユニコ」
目元の涙が、そっと優しく拭われた。目を開けると、目の前には可愛らしいふたりの妖精がいて、心配そうに、けれど優しげな目をしていた。
「フレン……ブレイ……ごめんなさい」
「ユニコが謝ることはないニコ」
「そ、そうグリ!」
フレンとブレイは、大きく身振り手振りをして。
「ユニコは、とーっても優しいニコ。だから、安心するといいニコ!」
「グリフは少し混乱してるだけグリ。だから、お願いグリ」
ブレイは真剣な顔をして、言った。
「キュアユニコ。キュアグリフを、助けてほしいグリ!」
「…………」
友達なら、どうするだろうか。
本当に、友達なのだろうか。
友達と思って、いいのだろうか。
「……ふふ、そうね」
ユニコはふるふると首を振って、笑った。
「ありがとう。フレン、ブレイ。おかげで目が覚めた気がするわ」
「ユニコ!」
「ふたりはともえちゃんのことをよろしくね」
269 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/18(日) 19:06:11.00 ID:nI3CgSSH0
そして、ユニコは立ち上がった。そのユニコの表情を見たのだろう。フレンとブレイは頷くと、足早にともえの元に駆けていった。
「…………」
友達ならどうするだろうか。そんなの、助けるに決まっている。
本当に友達なのだろうか。そんなの、確かめてみればいい。
友達と思っていいのだろうか。そんなの、誰の許可が必要だろうか。
「お節介はあなたの専売特許かもしれないけど」
ユニコは、何度吹き飛ばされてもゴドーに立ち向かうキュアグリフを見て、呟いた。
「今ばっかりは、私がさせてもらうわよ」
そして、友達を助けるために跳ぶ。
270 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/18(日) 19:06:36.61 ID:nI3CgSSH0
…………………………
「ッ……」
キュアグリフは他の何も考えられないくらい、ともえを傷つけられたことで動揺していた。
それが怒りなのか、悲しみなのか、憎しみなのか、それすら分からないくらい、頭の中をともえが傷つけられた事実が駆け巡っていた。
「ふふっ、あんた何をそんなに怒ってるの?」
「分からない!? ゴドー、あなたはやっちゃいけないことをやったのよ!」
「分からないわね! ほら、ウバイトール!」
ゴドーの挑発に乗って、再びウバイトールに吹き飛ばされる。普段の1/3も周りが見えていないようだった。まるで、ウバイトールのことを意識しても、次の瞬間には忘れてしまうようだった。
「ゴドーッ!」
「あ、ははは!! おもしろいわね! まるで電灯にたかる虫みたいよ、あなた! そういえば、あの伸びちゃった子、あんたの妹なのね? そういうところ、あんたにそっくりだわ!」
再びカッと頭の中が熱くなる。ウバイトールが見えなくなる。
「ゴドー!!」
「馬っ鹿じゃないの! ウバイトール!」
しまった、と思ったときには、ウバイトールの拳が目の前に迫っていた。
今まですんでのところでガードしていた強烈な拳が、正面から叩きつけられた。ウバイトールは巨大だ。だからこそ、その打撃は本来、警戒を怠っていいものではない。
「か、は……っ」
一瞬呼吸が止まった。身体全体に打撃が浸透するように、痛みが広がる。ウバイトールの拳に吹き飛ばされ、背中から欄干に叩きつけられたのだ。身体に力が入らない。ずるずると地面にくずれ落ちる。
「ふふっ、拍子抜けだわ。この前とは全然違うのね。弱くて笑っちゃうわ」
ゴドーが嘲笑するように。
「あんたは弱いのよ! 結局、ひとりじゃなんにもできないんじゃない!」
必死で立ち上がろうとするが、力が出ない。ダメージをおして、立ち上がれると思った。けれど、なぜだか立てなかった。ふと、思う。隣にもし、大切な相棒がいたら、自分は立ち上がれる。けれど、隣には誰もいない。当然だ。グリフが、隣に立つことを拒絶したのだから。
「っ……」
何をやっているのだろう。ほんの少し前、同じような後悔をしたばかりだというのに、何も変わっていない。また、めぐみにひどいことを言ってしまった。
「もう立ち上がることもできないのね。残念。あんたたちの力、探るつもりだったけど、その手間も省けちゃったわ」
ゴドーがくいと手を振る、低い音を響かせて、ウバイトールがグリフの目の前にやってくる。
271 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/02/18(日) 19:07:24.48 ID:nI3CgSSH0
「ウバイトール、やっちゃいなさい」
『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』
ウバイトールが拳を振り上げた。ああ、これで終わりなのかもしれない、とグリフは漠然と思った。それでも、力が入らなかった。ブレイとフレン、そしてまだ見ぬふたりの王女に申し訳なかった。己の自分勝手な行いで、プリキュアが負けてしまう。
(ああ、あと、一言、大埜さんに謝りたかったな……)
目を閉じた。そのまま、風を切る音がして、ウバイトールの拳が眼前に迫り――、
「――キュアグリフ!」
凛とした声が飛んだ。目の前に人が立ちはだかる気配がして、グリフは閉じた目を開けた。
目の前には、ウバイトールの拳を青き清浄な光で受け止める、キュアユニコの姿があった。
「ユニコ……!?」
「はぁ……ッ!」
キュアグリフとウバイトールの間に割り込んだキュアユニコは、“守り抜く優しさの光”に力を込める。ウバイトールの拳が大きく弾かれる。
「ユニコ……」
キュアユニコの必死な声と、“守り抜く優しさの光”の清浄な光に照らされて、グリフはいつの間にか落ち着きを取り戻していた。
そして、自分が何を言ったのか、何をしてしまったのか、それを改めてしっかりと理解した。
「わ、わたし……」
ひどいことを言った。友達だなんて二度と言えないような、ひどいことだ。
大埜さんには分からない、と。関係ない、と。そんなひどいことを、友達だと思っている相手に、言ってしまったのだ。
ユニコは、そんなひどいことを言った自分を、それでも守ってくれるような、優しい人なのに。
そんな相手を、友達を、ひどい言葉で傷つけてしまった。
ユニコはグリフに背を向けたまま、こちらを見ようともしない。
「……関係ないわけ、ないじゃない」
それは今にも泣きそうなくらい、か弱い声だった。
「たしかに、私は一人っ子で、姉妹のことなんて分からないけど……それでも、あなたと私が関係ないだなんて、そんな悲しいこと言わないで」
決定的だった。振り返ったキュアユニコの瞳には、いっぱいの涙がたまっていた。本当の本当に、傷つけてしまったのだ。
272 :
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[saga]:2018/02/18(日) 19:07:51.68 ID:nI3CgSSH0
傷つけてしまったのなら、どうするか。
きっと、さっきまでのグリフならすぐには思い浮かばなかっただろう。思い浮かんだとしても、また傷つけてしまうのが怖くて、行動には移せなかったかもしれない。けれど、今は怖いなどと考える余裕すらなかった。
自分勝手なことだ。その瞬間、ゆうきはめぐみを失いたくないと、心の底から思ったのだ。
気づいたら、ほんの少し前まで立ち上がれなかったのが嘘のように、グリフはユニコに駆け寄って、背後から抱きついていた。
「ごめん……ごめんなさい。ひどいこと言ってごめんなさい。関係ないなんて言っちゃってごめんなさい。だから、お願いだから……嫌いにならないで」
まるっきり自分勝手でしかない言葉だ。悪いことをしてしまった。それなのに、謝罪だけで許してもらおうとしている。嫌いにならないでなんてわがまま、臆面もなく言っている。
「私のこと、嫌いになったんじゃないの?」
キュアユニコが、鼻を啜りながら問うた。
「嫌いになるわけないじゃん! わたしはだって、ユニコともっと仲良くなりたいもん!」返す言葉は、本当にだだっ子のようだった。「わたしは、大埜さんともっと仲良くなりたいんだもん!」
ユニコに抱きつく手が、優しく握られた。
「私だって、あなたに嫌われるなんて嫌よ。王野さん」
「大埜、さん……」
ああ、やっぱり、ユニコはユニコだ、と。グリフは、ユニコに優しく握られた手から、ユニコの暖かさが自分に流れ込んでくるように思えた。
「あの、ごめんね。ひどいこと、たくさん言っちゃった」
「……親友に “嫌われるなんていやだ" なんて言われたんだもの。何を言われたか、もう忘れちゃったわ」
ユニコの茶目っ気たっぷりの言葉。グリフを励ます、魔法の言葉だ。
「親友……わたしと、ユニコが、親友……」
「……いや?」
本当は不安で仕方なかったのだろう。ユニコが不安げに問う。
「いやなわけないよ! すっっっっっごく嬉しい! わたしたち、親友だよ!」
「ちょ、ちょっと苦しいわよ、グリフ!」
グリフに背後から抱き竦められたままのユニコが悲鳴を上げる。けれど、すぐに笑顔に変わる。お互いの暖かさを感じながら、ふたりは身体中から力がわき上がるのを感じた。
273 :
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[saga]:2018/02/18(日) 19:08:28.24 ID:nI3CgSSH0
…………………………
笑顔が笑顔を呼ぶ。お互いを見つめ合う伝説の戦士から笑みがこぼれる。世界はいまだ、アンリミテッドの暗闇に包まれている。それでも、キュアグリフとキュアユニコの周りだけは光り輝いていた。
それは、ロイヤリティの光ではない。ゴドーにも美しいと思える光。
「それよ! 私は、その力を求めているの……ッ!」
遠く、その力の意味を理解していないゴドーの声が響く。直後、身構える暇もなく、ウバイトールがふたりめがけ突っ込んでくる。
『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』
「グリフ!」
「ユニコー!」
ブレイとフレンの悲鳴に近い声が響く。それが聞こえても、グリフとユニコはなお笑う。
「大丈夫」
「ええ、大丈夫」
瞬間、ふたりは同時にドン! と足をつける。小柄なふたりの戦士の足の動きが、それだけで大地を揺るがす。そして、ふたりは飛び込んできたウバイトールに向け、同時に拳を突き出した。
『ウバッ……!?』
薄紅色と空色の光をまとったふたりの拳が、あまりにも呆気なくウバイトールを吹き飛ばした。
「なっ……」
言葉を失うゴドー。そのゴドーのはるか頭上を超えて、ウバイトールが落下する。轟音に揺れる地面に、ゴドーはぺたりと座り込んだ。
「うそ……何よ、これ……」
震えているのは大地か、それとも、己か。
目の前の力を欲していたはずなのに、その力が恐ろしくてたまらない。
眼前で、圧倒的な力を持って欲望の化身たるウバイトールを吹き飛ばした伝説の戦士が、恐ろしい。
勝てない、と。悟ってしまったから。
プリキュアたちのたった一撃で、己の欲望を果たすことなど到底できっこないと、分かってしまったから。
だからゴドーは、力なく座り込むしかなかった。
自が欲望を果たせぬ欲望の戦士は、脆い。
274 :
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[saga]:2018/02/18(日) 19:09:23.89 ID:nI3CgSSH0
「……えへへ、親友、親友かぁ」
「なんか、照れるわね……」
目の前で仲良く笑っている伝説の戦士が憎くてたまらない。ゴドーやウバイトールを歯牙にもかけぬその強さが、ほしくてたまらない。
けれど、ゴドーの欲望という名の戦意は、すでに――、
「……ゴドー」
「ひっ……」
情けないことだというのは分かっていた。欲望の戦士にあるまじき、弱い悲鳴をあげてしまったのだ。そんなゴドーを、キュアユニコは哀れむような目で見ていた。
「そこをどきなさい。私たちはウバイトールを浄化するわ。そこにいたら、あなたも巻き込んでしまうわ」
「な、何を……」
「強がらないで。あなた、戦えるの?」
キュアユニコの問いに、腹の内に冷たいものが差した。戦えないと、分かっているのだ。戦うのが怖いと、肝が冷えてしまうのだ。
こうして対峙しているだけで、怖くて仕方がないのだ。
「ともえちゃんを傷つけたことは許せないし、あなたには何の義理もないけど、戦う気がない人にまで危害を加える気はないわ。どきなさい、ゴドー。そしておとなしく、エスカッシャンを返しなさい」
このままでは、自分は滅ぶ。ロイヤリティの圧倒的な光の力は、間違いなく自分を貫き、浄化し、容赦なく消滅させるだろう。
そう、あの、忌々しいロイヤリティの力が――、
『――ぼくは、君を愛している――』
浮かぶ言葉。思い出したくもない過去。忘れてしまった過去。
何も思い出せないのに、激烈な拒否反応が生まれる記憶。
それを振り払うように、ゴドーはかぶりを振った。
「ッ……!!」
死ぬのは怖い。怖いけれど、それでも。
「……撃ちなさいよ。撃って、あたしを消滅させなさいよ!! ロイヤリティの犬風情がッ!!」
それでも、譲れない。怖くたって、絶対に譲れない。
ゴドーは、覚えている。そして、絶対に忘れないだろう。
ロイヤリティという名の、彼女にとっての、地獄を……!
275 :
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[saga]:2018/02/18(日) 19:10:12.49 ID:nI3CgSSH0
「ロイヤリティに跪き頭を垂れるくらいなら、あたしは今ここで死を選ぶわ! さあ、撃ちなさい! そのカビの生えたありがたい光で、あたしを撃ってみなさいよッ!!」
ゴドーは気づいていなかったが、それはもはや悲鳴のようだった。ゴドーの中にあるロイヤリティの記憶。忌々しい、忘れたくも忘れがたい、最悪の記憶。それが、ゴドーの中を渦巻いていたのだ。
いつの間にか、恐怖はどこかへ吹き飛んでいた。ゴドーは己の言葉に戸惑いの表情を浮かべる伝説の戦士に向かい、駆けだした。
「ご、ゴドー! いきなりどうしたの!?」
「うるさいうるさいうるさい!! 目障りなロイヤリティの光を、あたしに見せるなッ!!」
ゴドーはすでに、考えることをやめていた。己の頭が示す嫌悪感のまま、己の憎しみという欲望を果たさんと突き進む、ただひとりの戦士だ。キュアグリフとキュアユニコが、迫るゴドーに向けて手を差し出す。それが示すのは、ロイヤリティの光が己を浄化するということだというのに、それでもゴドーは止まらない。憎いロイヤリティに向け、突き進む。
「ゴドー!!」
キュアグリフの声も、すでに悲鳴のようだった。彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。しかしそんな彼女とキュアユニコの手には、すでにロイヤリティの浄化の力が集まっていた。
そして、ロイヤルストレートの清浄なる光が、ゴドーへ向け、放たれた。
(ああ……) 眼前に迫る清い光にゴドーは己の死を悟った。(あたし、これで終わりなんだ)
このまま、ロイヤリティの光に浄化され――、
「――そろそろ試してみたかったところだ」
深く暗い声とともに、目の前に降り立つ漆黒の影。何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
「……はァッ!!」
裂帛の声。影が長大な剣を振り上げ、眼前に迫るロイヤリティの光に、その漆黒の刃を突き立てた。
どこまでも清浄で、どこまでも苛烈なロイヤリティの光は、その漆黒の刃を前にふたつに分かたれた。ゴドーの両脇をかすめ、あまりにも呆気なくかき消えた。
「あんた……」
ゴドーは、自分を守るようにプリキュアに立ちはだかる、その漆黒の背中に向け声をかける。
「ど、どうして……?」
「偶然私が通りかかって良かったな、ゴドー」
彼は振り向きもせず、そう応じた。
「まぁおまえのことだ。私が助けるまでもなく、ロイヤリティの光などはじき返していただろうが、な」
「…………」
彼の励ましとも嫌みともつかない言葉に、ゴドーはどうとも返せなかった。
「……ふん、つまらん」
彼は見切りをつけるように言うと、再びプリキュアと対峙した。
「久しぶりだな、プリキュア」
――その名はゴーダーツ。深く闇の欲望に根ざした、アンリミテッドの戦士である。
276 :
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[saga]:2018/02/18(日) 19:10:44.39 ID:nI3CgSSH0
…………………………
「ゴーダーツ……!」
プリキュアにとって、少なからず因縁のある相手である。出で立ちは、グリフもユニコもよく知るゴーダーツそのものだ。
しかし、何かが明確に違う。
「礼を言うぞ、プリキュア。これではっきりした」
その身に纏う雰囲気が明らかに異質なものだった。
「貴様らロイヤリティの光は、我が剣の前には無力だ」
「何を……!」
ユニコはゴーダーツを睨み付ける。
「それなら、もう一撃よ! いくわよ、グリフ!」
「う、うん!」
唐突なゴーダーツの登場に頭が追いつかないグリフは、ユニコの言葉でようやく我に返り、繋いでいる手にぐっと力を込める。
ふたりの絆の力が新たな光を生む。それは圧倒的な、ロイヤリティの清浄なる光だ。
「私にとって、その力はもはや脅威ではない」
言葉を紡ぐときには、ゴーダーツはすでに跳んでいた。
「しかし、黙って撃たせると思うか?」
「っ……!」
ゴーダーツの漆黒の凶刃がふたりに迫る。とっさに両手をかざし、ユニコが “守りぬく優しさの光” の壁を作り出す。青く優しい光は剣を受け止めた、かのように見えた。
「この程度の壁、破れぬと思ったかッ!」
「キャッ……!」
ゴーダーツの剣は、あまりにも呆気なく光の壁を切り裂く。その余波だけで、グリフとユニコは後ろへ吹き飛ばされた。
「キャアアアアアアアアアアアア!」
まるで巨人の手で、“守り抜く優しさの光”が無理に引き裂かれたようだった。ゴーダーツは倒れ伏すグリフとユニコを睥睨し、確かめるように自らの手を握った。
「……私はもう、過去を見返すようなことはしない。されど、私自身の欲望のため、今一度過去を利用する。ただ、それだけだ」
ゴーダーツの言葉の意味は分からない。意味は分からなくとも、彼がただならぬ覚悟を決めてその場に立っていることは嫌でも理解できた。そうでなければ、ロイヤルストレートを切り裂き、“守り抜く優しさの光”を破ることなど到底できないだろう。
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