【ミリマス】女王閣下をプロデュース

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1 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/06(水) 20:56:03.52 ID:BdHnp9Da0
===

前世の記憶、隠された姿、人智超越の魔性の力。幾度となく繰り返されて来たその行為は、
ともすれば封印されし真の自己を、覚醒させようとする本能の一種だったのかもしれない。

「危ない! 春香さんっ!!」

「きゃーっ!!」

今日も今日とて765プロに天海春香の"どんがらがっしゃん"が鳴り響く。
だが、しかし、今回ばかりは違っていた。

一体なにが違っていたのかと問われれば、倒れた彼女が頭から、事務所の壁に突っ込んで行ったと言う点だ。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1512561363
2 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/06(水) 20:59:49.17 ID:BdHnp9Da0

普段なら、だ。急にバランスを崩したとて、キチンとその両手でショックを和らげたり、
お尻から床に倒れて事なきを得る春香なのに。

今回、その手は荷物で塞がって、前のめりに倒れた彼女のお尻は地面から十数センチも浮いていた。

となると、自然、初めに地面と接するのは彼女の顔になるワケだ。

顔はアイドルの命である。

例え春香が可愛さや美人さや鼻の高さや切れ長の知的な瞳であるだとか、リンゴのように赤い頬とか、太陽の如く輝くおでこだとか、
そう言った売りの一つもない極めて朴とつ平々凡々な顔立ちのアイドルだったとて……顔はアイドルの命である。

そして幸か不幸か彼女の転んだその先には事務所の平らな壁があった。

ゴチン! と周りの者が心配になる程の音が響き、頭を押さえてうずくまる春香。
だが喜べ! その顔は綺麗なままであり、青あざの一つもできちゃいない。
3 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/06(水) 21:01:11.44 ID:BdHnp9Da0

「春香、だ、大丈夫か?」

そんな彼女にいの一番。声をかけたのは担当するプロデューサーであった。
男はしゃがみ込んだ春香に駆け寄ると、その立ち上がりを助けるために手を差し出す。

さらに彼の後ろから心配そうな視線を送るのは、同じアイドル仲間の七尾百合子。

「す、凄い音がしましたけど、救急箱とかいりますかねっ!?」

「いや、顔を擦ったりはしてないな。……しかし、頭を強く打ったから――」

その時である。不安そうに答える男の手を春香がぎゅっと握りしめた。

プロデューサーも百合子へと向けていた顔を眼下の少女へサッと戻す。

春香がゆっくりと立ち上がり、胸に抱えていたイベント用の衣装を男の胸へと押し付ける。

「は、春香……?」

少女の名前を口にした男はどことなく戸惑っているようであった。

何がとハッキリは言えないが、どんがら以前と以後において、
目の間に立つ彼女の雰囲気が別人のように違って見える。

そんな男の視線を受けながら、春香は無言で乱れた服装を正すと静かに百合子の名を呼んだ。
4 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/06(水) 21:03:04.51 ID:BdHnp9Da0

「七尾百合子」

「は、はい?」

「貴様、どうして我を受け止めぬか! お陰で頭がすこぶる痛む……! 罰として、しばしの間お前の"文字"を奪ってやろうっ!!」

プロデューサーたちが呆気に取られるその中で、
唐突に妙なことを口走った春香が百合子に向けてスッと右手を伸ばして見せ――次の瞬間、百合子の視界から文字が消えた。

それは余りに一瞬の出来事で、初め、本人はなにをされたか理解することさえできなかったが……。

「……あれ? あれっ!? あれれれれれれっ!!?」

突然素っ頓狂な声と共に、驚愕の表情を浮かべた百合子が手近にあった時計を掴む。
それはデジタル表記の置時計であり、今が朝の『9:02』であることをしっかりと表示していたのだが。

「プロデューサーさん、今、何時です!? 時計が、時計が……!」

「なに? 時計? 時計ならその手にあるじゃないか」

「あるのは分かります! 見えてますけど! 見えてますけどっ!! ……これ、ちゃんと数字を映してます!?」
5 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/06(水) 21:05:33.79 ID:BdHnp9Da0

悲鳴にも近い声を上げると百合子は部屋の中をしきりに見回した。

尋常ではない取り乱しようである。

鬼気迫る表情を崩さぬ彼女のその姿に、
男もようやく何か"異常"な事態が百合子の身に降りかかったのだと理解する。

「壁掛け時計の文字盤も、テレビに映ってるテロップも……ああそんな! ホワイトボードまで真っ白け!!」

「暇が多くて悪かったな!」

「おまけに私の持ってる本……嘘! 嘘嘘嘘嘘嘘っ!? 捲っても捲っても捲っても、どのページも全部真っ白だ!!」

そしてとうとう百合子は崩れ落ちた。
床に力なく座り込み、その膝の上にはページの開かれたハードカバーの本が一冊。

しかし、あまりにも奇妙である。

なぜならば、プロデューサーにはその本に記された数百と言う文字が目にできた。

本だけでない。壁掛け時計の文字盤も、テレビニュースのテロップも、
さらには仕事の予定を書き記しているホワイトボードの文字だって(まぁ実際のトコロ空白が、隙間は目立っていたのだが)ちゃーんとその目に見えていた。

にもかかわらず、だ。百合子は項垂れたまま本を捲り「真っ白、真っ白、真っ白け……」とぶつぶつ呟いているのである。

彼女が嘘つきでないとすれば、誰の目にも何が起きたかは実に明らか。
つまり、七尾百合子は今現在、"文字という文字を認識できなくなっている"!

「んな馬鹿な」

 思わず男の口を突いて出た言葉に春香が笑ってこう答えた。

「信じられぬか? ではお主にも同じことをしてやろう――特別にな」
6 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/06(水) 21:06:15.53 ID:BdHnp9Da0






7 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/06(水) 21:06:50.54 ID:BdHnp9Da0










8 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/06(水) 21:08:00.08 ID:BdHnp9Da0






いの途中である百合子の隣に正座すると、今の今まで文字を認識できないという恐ろしい経験をした男は恐る恐ると口を開く。

「つまり、にわかには信じられんが今の春香が本物の――」

「春香?」

「い、いや! 春香さん、春香さま……お、お嬢さま?」

疑問符を浮かべた男に向け、百合子が慌てて耳打ちする。

「プロデューサーさん、女王閣下です、じょうおうかっか!」

「なら、えぇっと……春閣下か?」

「……ふむ、まぁ、それでよいぞ」

「では、改めまして春閣下様。……その、先の説明を聞く限り、壁に頭をぶつけたせいで本来の自分を取り戻したと」

「だな」

「それで不思議な力も使えると……」

「"不思議"なではなく悪の力だ。……全く、物分かりの悪い下僕の為に今一度だけ名乗ってやるとしよう」
9 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/06(水) 21:09:39.81 ID:BdHnp9Da0

そうして春香はくっくと笑い、プロデューサーが普段仕事で使っている椅子から立ち上がると。

「……我は混沌と恐怖と悪の化身、その名も女王天海春香!!」

実に、実に普通である。彼女の現在の服装がゴスロリやパンクでないにしても、
その辺を歩いている同年代の女の子と比べて数段地味な恰好だと言うことを差し引いても平凡過ぎる名のりである。

さらには悪の女王と言う割に、どことなくコケティッシュな
雰囲気を醸し出しているのも違和感に拍車をかけていた。

「くっくっく……。まあ、すぐに理解できぬのも仕方あるまい。
なにせこの我自身、己にかけた暗示が強すぎたせいで覚醒が遅れていたのだからな」

しかも、少しお間抜けな性格はそのままだ。
10 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/06(水) 21:10:55.23 ID:BdHnp9Da0

「とはいえ、こうして我の意識は目覚めたのだ。これで兼ねてよりの大願であった世界征服の野望を心置きなく進められるわ!」

「せ、世界征服だって!?」

少女の大胆な発言に男が思わず聞き返す。世界征服……今日びアニメや漫画の悪役でさえ掲げることの少ないその野望。
だが、目の前の女王閣下は本気である。その証拠に彼女は不敵な笑いを浮かべると。

「そうとも人間よ。我は悪の力で地上を制し、混沌と恐怖で人を支配! そして!! 大願成就の暁には――」

「あ、暁には……?」

「一体、何をするつもりなんですか!?」

乗りの良い聴衆二人に向けて手をかざし、得意満面に言い放った!

「知れたこと! 人間どもは支配の前に跪き、その従属の証としてお菓子を私に捧げるのだ!!」

刹那、プロデューサーと百合子に電流走る!! 
そうして二人は高らかな笑いを披露する春香におずおずといった様子で尋ねたのだ。
11 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/06(水) 21:11:44.30 ID:BdHnp9Da0

「お菓子……ですか?」

「命じゃなくて?」

すると春香は心底呆れたように肩をすくめ。

「命? ……そんな物捧げられてもどうするのだ? 我の力の源は血では無いし、なにより食べられぬ物に興味は無い」

キッパリ答えられた二人が思わず顔を見合わせる。

「な、なんだか、このまま放っておいてもあんまり害はないような……」

「同感だな。……今は元に戻るかも分からんし、しばらくは話を合わせよう」

そこまで言うと二人は同時に頷いた。なぜなら春香の持っている悪の力。
その力だけは正真正銘疑う余地も無く本物の力だったからだ。
12 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/06(水) 21:13:07.60 ID:BdHnp9Da0
とりあえずここまで。ヴィランズキッチン、行きたいなぁ……
13 : ◆NdBxVzEDf6 [sage]:2017/12/06(水) 21:19:25.28 ID:O/ULH9Oe0
凄くミリオンライブらしいイベントぶっこんで来たよね……
一旦乙です

>>1
天海春香(17)Vo/Pr
http://i.imgur.com/KD0zysY.jpg
http://i.imgur.com/DSTHiCz.jpg

>>3
七尾百合子(15)Vi/Pr
http://i.imgur.com/oNaYKxk.jpg
http://i.imgur.com/j8rnCXI.jpg
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/06(水) 22:33:29.36 ID:MHZex6sV0
orz
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/07(木) 15:27:23.36 ID:8vr9f6G6O
そうか、俺達が字が読めないのも閣下のせいだったか…
ところで6と7が読めないの俺だけ?
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/07(木) 19:13:46.82 ID:hWjtafrE0
字が読めなくされたのを表現してるのでは?
17 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/08(金) 06:26:25.03 ID:zsqJ1R27o

さて、女王春香は自らの力を愚かなる者たちに見せつけると事務所の中を見回した。

現在、この事務所内には春香たち三人しかいない。
社長は外出しているし、事務員である音無小鳥は765プロ劇場へとお使いに出ているところである。

ちなみにプロデューサーと百合子の二人は相変わらず冷たい床の上に正座させられているままであり、
蓄積する足の痺れに加えて体温を徐々に奪われるという地獄の責め苦に耐えていた。

このままでは二人ともトイレが近くなってしまう。と、言うより百合子は既に限界だ。
そうしてさらなる余談だが、事務所には男女兼用のトイレが一つしかない。

つまり彼女より先にプロデューサーが手を上げて、「閣下、トイレ」などと小学生のような宣言しようものならば。

「春閣下、トイレ――」

「我はトイレではないっ!!」

刹那、春香の放った怒りの衝撃波により挙手した恰好のまま後方へと吹き飛ばされていくプロデューサー。

彼が派手な音を鳴らして応接エリアを囲んでいるパーテーションを
ボウリングのピンもよろしく弾き飛ばしたのを目で追うと、百合子も今がチャンスとばかりにその手を上げ。

「はっ、春香さま! トイレ――」

「……百合子、貴様もか?」

「い゛っ、いえいえいえいえいえいえいえ!! "私"、トイレに行きたいです!」

手の平が見えるよう両手を相手に突き出して、否定の為に高速で首を横に振る。

そうして次弾を放つ構えを見せた春閣下様にへりくだると、
百合子は今まで味わったことがないほどのプレッシャーの中で息を飲みながら返事を待つ。
18 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/08(金) 06:28:36.26 ID:zsqJ1R27o

「……粗相をされても困るからな。よかろう、すぐに済ませて戻って来い」

「ありがたきっ!」

なんとか許可を取り付けると、百合子は勢いよく立ち上がった。

長時間の正座でよろける足を動かしてどうにか個室に転がり込む。
そして便座に座るなり彼女はスマホを取り出して。

「エ、エマージェンシー、エマージェンシー。害は無くても危なすぎる! みんなに事情を説明して、注意するよう知らせないと――」

だがしかし、だ。百合子は大切なことを忘れていた。

「……やだ。文字が見えないままだから、メッセージだって送れないよ……!」

正に迂闊! 正に誤算! 起ち上げたアプリの画面からは文字という文字が消えていた。
一応補足しておくと、携帯には音声認識の他にそもそも"通話"という実に便利な機能が搭載されていたのだが。

「電話帳、真っ白! 電話番号、覚えてない!」

当然、数字も"文字"として認識されている。それは絵文字やその発展であるスタンプについても同様だ。

また、なお悪いことに百合子は現在焦っていた。
説明するのも今更だが、太ももを隙間なくもじもじとくっつけて尿意とも戦っていたためだ。

人間焦るとろくなことは無い。思考力の低下、判断力も落ち、
左手のスマホに意識を奪われているためにパンツを下ろす右手もぎこちない。

おまけに外には春閣下。彼女は言った、「すぐに済ませて戻って来い」と。
19 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/08(金) 06:29:29.39 ID:zsqJ1R27o

「早くしなきゃ、早くしなきゃ。最悪トイレのドアが飛ばされちゃう……!」

百合子の頭につい先ほど、埃やゴミのように吹き飛ばされたプロデューサーの姿が浮かぶ。

そして百合子の鼻はぐずぐずであり、その目は堪えた涙で潤んでいた。
ああ! どうして自分はトイレ(こんな場所)で、惨めにべそをかいてるのか?

それは恐怖、恐怖が原因だ。

生まれてこのかた初めて接する圧倒的な"力"を前にして、百合子は芯から怯えていた。
そしてこの心に刻まれた恐怖心が、彼女の"人生"を終わらせる原因となってしまうのである――。
20 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/08(金) 06:33:41.72 ID:zsqJ1R27o
とりあえずここまで。
それと、空白部分は16の方が言われた通り演出です。その間に閣下からのご説明が二人にされました。
「この方が楽しいかなー?」と思いつきでやってみたことなのですが、混乱させてしまったようですみません。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/08(金) 11:40:44.13 ID:z3IJg2FnO
なるほどそうだったか
読解力なくて失礼したわ

女の子は我慢する筋肉弱いから大変らしいね
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/08(金) 14:44:41.85 ID:sttmHUjho
23 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/10(日) 07:34:01.45 ID:sgFcYz010
===

百合子が用を済ませてトイレから出て来ると、事務所の中はすっかり様変わりしてしまっていた。

プロデューサーが倒したパーテーションがそのままなのはこの際よしとするにしても、引っくり返っているソファ、
床に散乱している書類やファイルにポスターなどの紙類たち、予定を書き記すホワイトボードは真ん中辺りから二つに割れ、
談話エリアのテレビは床に落ちて画面に大きな亀裂を走らせている。

また、奇妙なことに観葉植物は植木鉢の中でフラワーロックよろしくわさわさと踊り狂っており、
まだ午前中だというのに窓のブラインドは降ろされて、蛍光灯の不健康な明かりが照らしている室内。

そしてなにより百合子の意識を奪ったのは、だ。

仕事机や書類棚、そしてファンからの手紙などが入った段ボール箱が事務所の真ん中に積み上げられた山の上、
そのてっぺんに置かれたプロデューサーの仕事用チェアに足を組んで座っている春香が自分を見下ろす姿だった。
24 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/10(日) 07:36:22.59 ID:sgFcYz010

「遅い、待ちくたびれたわ」

空中にある見えない"何か"に肘を置き、頬杖をついた彼女が言う。

まるで嵐が通り過ぎた後のように荒れた室内は、つまりはそう言うことなのだろう。
"待ちくたびれた結果"なのだ。誰あらん目の前に座る春香――いや、春香の姿をした人智を越えた存在が。

瞬間、百合子は腰を抜かしてその場にへなへな座り込んだ。……ダメだ、おかしい、
この現実離れした状況に極々一般的な中学生でしかない自分の頭は追いつかない!! 

常日頃から彼女がしている妄想物語にしても、
あくまで空想上のリアルだからこそ楽しめていたのだとこの時百合子は理解した。

その証拠に春香が右手を掲げると(そう、まるでスマホを操作するような軽やかさでだ)百合子の体が宙に浮いた。
「やった! 私空を飛んでる!!」などと長年抱いていた夢の一つが今、現実に叶った感激に浸るどころではない。

ガチガチと恐怖で歯を鳴らし、排尿したばかりだというのに
再び込み上げて来る粗相の予感に顔を赤らめた彼女に春香は言う。

「怯えておるのか? 愛い奴め」

「ひっ、ひぃぃ……!」


そして百合子は気がついた。くすくす笑う春香の隣に異形の存在がいることに。

「あっ、ああ!? まさか、そんな、なんてこと……!」

春香の悪の力により、空中でシーリングファンよろしくゆっくりと回転を続けながら百合子は絶望に満ちた呟きを吐く。
そう! 春香の隣に立つモノは、見慣れたスーツを着たその異形の人型の正体は!

「プロデューサーさん! ど、どうしちゃったんですかその頭は……?」

それはある種の仮装のようにも見えただろう。
もしくは映画の特殊メイクと言った方が的確な例えかもしれない。

今、慄く百合子の眼前で、かつてはプロデューサーだった者の首から上は
まるで粘土のような黄土色の肉塊に包み込まれていた。
25 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/10(日) 07:37:53.70 ID:sgFcYz010

しかもその肉団子は生きている。どくどくと不気味に脈打ちつつ、
何かの形にならんと蠢きながらそこにあった。……春香が言う。

「なにを驚くことがある? この男は我の第一のしもべなのだ。闇の王の側近として、今まさに生まれ変わらんとしているのだぞ」

彼女の言葉に応えるが如く肉塊の表面がびちびちと音を立て蠢動する。
そうして春香と百合子の見つめる中、ソレは一つの形を作り出した。

「目をみはれ! これこそ我の描く野望に至る、その記念するべき第一歩!」

傍らの肉塊男に手をかざし、春香が満面の笑顔で言う。
百合子がその目をよく凝らし、恐る恐ると口にした。

「……み、見えない……です」

途端、室内の空気が凍りついた。
春香の顔から色が消え、無機質な調子で訊き返す。

「……なに? 百合子よ、お主今なんと言うた」

「だから、その、見えないんです。きゅ、急に頭から上が消えちゃいました。……多分、閣下の力のせいじゃないでしょうか」

「我の力?」

「ですから私にかけた、えぇっと、文字を見えなくする力?」

「……おお!」

春香が思い出したように手を打った。
そのおとぼけな反応に百合子の中の恐怖心もほんの僅かだが和らぐ。

そうして春香が両手を打ち鳴らすと――まるでそう、超能力者がお客の暗示を解くように――百合子の世界に文字が戻り、
同時に目の前の肉団子……もとい、プロデューサーの変化した頭部が視界の中に飛び込んで来たのである。
26 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/10(日) 07:40:15.22 ID:sgFcYz010

「これはっ!? ……ア、アルファベットの『P』? でも、なんでこんな……」

百合子が言葉を失くすのも無理はない。

男の頭部は先ほどまでのハイクオリティ肉団子からチープなアルファベットキャンドルに変わっていた。
その様を簡潔に描写するならば、スーツの首元に『P』の字が突き刺さっているような見た目。控えめに言っても滑稽だ。

「閣下の側近……つまりは悪の幹部ですよね? でもこれじゃ、間抜けなバラエティーショーの怪人か変人みたい」

ポロリと本音もこぼれ落ちる。すると『怪奇! Pヘッド男』と成り果ててしまった
プロデューサーはのっぺらぼうな顔を百合子に向け。

「春閣下様、百合子が何事か喚いておりますが……」

その手に持った扇子を広げると(聖母、天空橋朋花の顔がプリントされた天空騎士団御用達モデルだ)邪悪な声音でこう続けた。

「お早く! 手心を加えてはなりませぬぞ」

「うむ、再三言われずとも分かっておる。……我が覚醒した事実を知るはお主と百合子の二人だけ。
しかしPよ、お主が我に忠誠を誓った今――」

春香が招くように片手を動かすと、宙ぶらりんだった百合子の体は彼女の前まで移動した。
不思議な悪の力で女王の目と鼻の先まで引き寄せられ、怯える百合子が訴える。

「えっ? えっ!? 何の話!? いったい何の話をしてるんです!!?」

「取り乱すでない百合子、薄々は分かっておるのだろう? ……少しばかりお前は知り過ぎた」

「春閣下様が野望を果たすにはしばしの準備が必要だ。故に、時が満ちるまでこちらの秘密を知る人間は少なければ少ない方が良い」

「あ、あわ、あわわわわ……! そ、それってつまりアレですか? 目撃者と証拠は消すっていう、悪役お決まりの死刑宣告……!?」
27 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/10(日) 07:42:09.77 ID:sgFcYz010

戦慄く百合子がそう言うと、春香はニッコリ頷いた。
途端、空中に浮かんだままの百合子は弾かれたように手足をバタバタ動かすと。

「や、やだ!! 死にたくないです! もっと他の、もっと他のぉ……! あぁっ、そうだ! なら私の記憶を消してください!
綺麗サッパリ忘れたら、誰にも話せないから問題無くなるじゃないですかぁ!! それで、命ばかりは助けてください〜!!」

命乞いをみっともないと笑うなかれ、百合子は本当に必死だった。

そも、彼女は最近になって自分の世界が広がり始めたばかりである。
ひょんなことからアイドルになり、仲間を得て、活動を通して楽しい嬉しい喜びを知り始めた人生これからが上り坂。

にも関わらず、不運にも突如覚醒した悪の女王の正体を知ってしまったがそのために、
若い命を散らすことになってしまうなど納得できる話ではない!

だがしかし、彼女の命運握る女王閣下は嘲笑にも似た笑いを浮かべると。

「そうか、命ばかりは助かりたいか」

瞬間、百合子の全身が金縛りにあったように動かなくなる。
春香の伸ばした両手が百合子の首を挟み込む。

グイグイと首を絞められて、苦悶の表情を浮かべる百合子に女王は言う。

「くっくっく……望みは叶えてやろうとも。その為にも一度死んでもらわねばならぬがな」

「そ、……んなっ!? ……やだ……!!」

絞り出すように声を吐き、春香の手を振りほどこうとあがきながら百合子は
のっぺらぼうと化したプロデューサーに助けを求める視線を送ったが……。

「は、春香! いや春閣下様! あまり時間を掛け過ぎると――」

「やっておる! 難しいのだ色々と!」

「ああ、ああぁ……! ホントに上手くいくんだよな!? ヤダよ? 百合子まで俺の二の舞は!」

「ええいウルサイ! 耳元でごちゃごちゃごちゃごちゃと――また私の邪魔がしたいんですかっ!?」

言い争う二人の声を聞きながら、限界に達した百合子の意識はプッツリと闇に飲みこまれてしまったのだ。
28 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/10(日) 07:43:38.50 ID:sgFcYz010
===

百合子が意識を失うと彼女の肉体は事務所の床へ降ろされた。
その肌は蝋人形のように青白く、一目で血の気が通っていないことが理解できる。

……少女、七尾百合子は今、十五年という人としての短い生を終えたのだ。

春香が死体の傍に立ち瞼を閉じて集中する。事務所の中の空気がざわざわと重苦しい圧力をもって流動し、
彼女がかざす右手の平へと集まっていくのが傍らのプロデューサーにも感じられた。

自身が今の姿に作り変えられた時と同じように、
"力"の余波を受けた植木鉢の中の植物がその動きを増々激しくさせていく。

「"我は揺り起こす命無き生者"……彼の者の恐怖と絶望を礎に、哀れな死体よ、今一度の生に目を覚ませ」

春香が呪文を唱えると同時に死体に変化が現れた。
百合子の髪の編み込みがほどけ、その全身が小刻みに痙攣する。

そして春香の手の平に集められた邪悪なオーラとしか言い表しようの無い空気の塊がゆっくりと、ゆっくりと、
そのおぞましい姿をこの世に発現しはじめる。

それは何を隠そう肉団子。そう! プロデューサーの頭を覆っているあの奇妙で不気味な肉塊と同じ物だ。

そのつみれのような物体はじゅくじゅくと肉の触手を伸ばしながら百合子の肉体に取りつくと、
血の気を失った彼女の唇を無理やりに力でこじ開けた。
29 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/10(日) 07:45:02.31 ID:sgFcYz010

「これ、う、上手くいくのか……?」

まるでマトモではない光景を前にして不安げに呟くプロデューサー。
春香が男のことを一瞥し、「お主のように無駄に暴れておらぬ分、不完全な結合はするまいて」と棘のある答えを彼に返す。

そんな二人の見守る中で肉塊は開かれた入り口から強引に体の一部をねじ込むと、
ズルズルと蛇が穴に入り込むように口の中へと消えて行った。

しばしの沈黙が訪れる……一分、二分。そして三分が経過しようとしたところで死体の指先がピクリと動き、
「あ、……う……」とその唇から呻きとも吐息ともつかぬ言葉が吐き出される。

春香が再び手をかざすと、それに呼応するよう百合子の体も脈打った。

一度は完全に閉じられてしまったはずの二つの瞳が開かれて、
気だるげに上体を起こした百合子は虚ろな視線を傍らの二人へ向けて言う。

「……は、るか……さん。プロデューサー……さん? ……私、私、死んだん、じゃ……?」

まだ事態を飲み込めていないといった様子の百合子に「そう、その通りじゃ」と春香が頷くと、
プロデューサーが安堵のため息と共にこう続けた。

「よかったなぁ百合子、お前は見た目も殆どそのままだ!」

「えっ?」

「俺なんて仰天して暴れたもんだからコイツが中まで入れずに……。
いやしかし、ホントに上手くいって良かった良かった良かったよ!」
30 : ◆Xz5sQ/W/66 [saga]:2017/12/10(日) 07:45:56.50 ID:sgFcYz010

言って、プロデューサーが右手で自身の頭をポンと叩く。
するとPヘッドはゼリーのように軽く揺れ、彼のその手を取り込むように中へと飲み込んだ!

次の瞬間、「痛たたたっ! コイツ、宿主の腕を噛むんじゃない!」と悲鳴を上げるプロデューサー。
そのやり取りを唖然と見つめる百合子に向けて春香が微笑みながら言う。

「百合子よ、晴れてお主も我のしもべである。これよりは新たに宿した力をもってして人間共に混沌と恐怖を与えるのだ」

「新たに宿した……それ、まさかっ!?」

春香の笑う意味を察して百合子はサッと青ざめた。

自身が目を覚ました時のプロデューサーの反応とその後に彼が言った言葉。
思わず頭へと伸ばされた手が異質な何かに触れて硬直する――。

「やだ、これ、えっ? ええぇっ……!?」

それはまさしく羽であった。しかし鳥や昆虫のそれとは似ても似つかぬ形をした……例えて言うならそうそれは、
まるでコウモリが持つ羽のような二枚の被膜が百合子の側頭部、耳の少し上の位置から外へと飛び出していたのである。
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