男「元奴隷が居候する事になった」【安価有】

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423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/10(金) 02:21:32.68 ID:rJ5jODG8o
待ってるよー
424 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/15(水) 19:33:15.34 ID:qIEG0TPV0
机バンバン三c⌒っ.ω.)っ シューッ
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/22(水) 08:07:04.86 ID:i8Hk4PN/o
まだかなー?
426 :terra [sage]:2018/09/02(日) 19:55:57.16 ID:mgJVcrdA0
まだ!私は!尊み成分が足りてない!お願いします!夏祭りを!!!
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/03(月) 07:27:41.81 ID:jf1cxdO+0
【若者のすべて】
https://www.youtube.com/watch?v=IPBXepn5jTA
428 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 20:48:30.43 ID:4uI/TZsD0


耳に届くは夏の風物詩。

遠くから太鼓の音が聞こえてきた。

実際に叩いてはおらず、どうやら町内放送用の

大きいスピーカーで流しているようだが、

それだけでも祭りの雰囲気をこれでもかというほど増幅してくれる。

湖畔の傍にある公園のベンチで、僕はのんびりと空を仰いでいた。

薄橙色の黄昏だったカーテンはゆっくりと黒を纏い始めている。

夕暮れ頃に浮かんでいた入道雲も夜に染められているようで、

今は蝉の声と共に鳴りを潜めているようだ。

 
429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 20:50:04.96 ID:4uI/TZsD0
 
周りを見渡せば人の波が視界に飛び込んでくる。

中々に壮観な混雑具合で、人混みが苦手は僕としては

この中に後から飛び込むのかと考えると少しだけ肩が重い。

只、がやがやとしているが、その実なぜだか妙に心地良い。

祭りの賑わい故だろうか。

下駄足が奏でるカランカランという音と共に、

耳に入ってくるのは笑い声を基調とした穏やかな喧騒。

家族か、友人か、或いは想い人か。

様々な人間模様が目の前をゆっくりと通り過ぎていく。

 
430 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 20:53:56.36 ID:4uI/TZsD0

ふと、下駄の音が背後から自分に近づいてくるのを感じた。

振り返ってみると、そこには一人の女の子。


「お兄さん、お待たせしました」


和装の定番とも言える浴衣に身を包んだサンディがそこにいた。

日焼けした褐色の肌、烏の濡羽色を想起する黒艶な髪からのぞかせる、ほんのり紅潮した頬。

何やら少しもじもじしているのは、着慣れない服装に戸惑っているのかもしれない。

そんなしおらしい動作も兼ね揃えていて、奥ゆかしい大和撫子を体現しているようだ。

 
431 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 20:55:31.94 ID:4uI/TZsD0
 
濃紺の藍色を基調とした浴衣に身を包んだサンディ。

それを見た僕は率直な感想を告げてみた。


「うん、綺麗だね」

「………………っ!!!」


彼女はぼっと顔を更に真っ赤にして、しゅんしゅんと肩を縮こませるような素振りをする。

俯きがちに口元をもにょもにょさせる仕草もこれまた愛らしいというか何というか。

お祭りのために慌てて浴衣の買い出しにいったのは、どうやら正解だったか。

 
432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 20:59:36.47 ID:4uI/TZsD0

サンディの分だけ買うと彼女は気後れするだろうから、

いちおう僕も大人用のそれを購入して、いま実際に着ていたりする。

和の心を形だけでもと整えてはみたが、こうして実際に袖を通してみると

なかなかどうして粋なものだ。


「お兄さんも、とっても似合ってます……」

「え、本当!? 似合ってる?」

「ほ、本当です! すっごく、すっごく格好いいです!!」


両手をグーの形にして胸元に構え、ふんすと鼻息を荒げつつサンディは褒めてくれる。

なんだが言わせちゃったみたいで申し訳ないなぁと、頭を軽くかいてみる。

そのまま余った方の手をサンディの頭に添えて、整えられた髪を乱さない程度に少し撫でてみた。

ふふ、と少しくすぐったそうに顔をほころばせてくれる。

困ったことに、どうにも可愛い以外の言葉が出てこない。

彼女の微笑みは、見た人の語彙力を無くす効力でもあるのだろうか。

 
433 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 21:02:24.39 ID:4uI/TZsD0

「そ、それにしても思ったより時間がかかって申し訳ありません」

「気にしないで。少しは下駄に慣れたかい?」

「む、難しいところです……」


彼女は浴衣用の下駄を初めて履くものだから、

玄関を出た先の足取りなんてそれはもう覚束なくて危なっかしい。

なので近隣にある公園の周りを少し歩いて練習してくるとの事で遅くなっていた。

僕は祭りのために備え付けられていた公共用ベンチから腰を上げ、

さてどこから屋台を周ろうかなと思案をしながら一歩二歩と歩みを進める。

すると後ろから「うわっと、とと……」とこけないよう慌てるような声と共に

不規則なリズムの下駄音が聞こえて来た。

サンディはやはり歩き慣れていないようで、少しフラフラしながらも

カルガモの赤ちゃんみたいに一所懸命ついてくる。

靴擦れ防止のため、鼻緒が当たる指間にはバンドエイドを貼ってはいるものの、

それでもこすれて痛まないように歩く歩幅には気をつけておきたいところ。

 
434 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 21:04:51.81 ID:4uI/TZsD0

目線を下にして足元を注視しながらも、わたわた歩きをするサンディは実に可愛い。

だがそれ以上にハラハラしてしまう……。

折角の楽しい場でケガをさせてしまうのは保護者失格。

浴衣と下駄を見立てたのは僕だし、そこはしっかり責任を持たねば。

支えになるため、彼女の左手を優しく握ってみた。

手が触れた驚きからか、下を向いていたサンディは顔を上げ、

まん丸になった彼女の目が僕の視線とぶつかる。

すると途端にまた俯いて、ぽつりと呟いた。


「あ、ありがとう、ございます……」


身長差も相まって彼女の表情は見えないが、耳元がこれでもかというほど赤くなっている。

一足早い秋の訪れか。まるで紅葉のようだった。

 
435 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 21:12:59.53 ID:4uI/TZsD0

まぁ、おじさんに片足を踏み込んだような僕と手を繋ぐのは恥ずかしいのだろう。

中々に慣れてくれないから何だかこっちも妙に照れ臭くなってしまうのは困りもの。


「ゴメンね、嫌だったら離してもいいからね」


そういうとサンディは首を勢いよくブンブンと振って、

繋がっている手を少し強く握り返してくれた。


僕らは人込みの中にゆっくりと歩みを進めていく。

今日はお祭り。荘厳な意味合いではなく、人の笑顔で包まれる賑やかな世界。

美味しいものでも食べながら、ぶらりと歩いてこの空気を堪能してみよう。

その中で、一秒でも長く彼女の笑顔が続くよう

喧騒が好きな神様へ向けて少しだけ祈ってみた。

 
436 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/15(月) 21:20:03.24 ID:cWIBgpyuO
更新お疲れ様です
437 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/15(月) 21:21:02.76 ID:Nerc9FuGo
お疲れ様です
あー、かわいいかわいいかわいすぎる
438 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 21:30:12.58 ID:4uI/TZsD0

ちんとんしゃん、と祭りの雰囲気を色濃く醸し出してくれるBGMが聞こえてくる。

そんな中でダラダラ歩みを進めていると、くぅぅと横から可愛らしいお腹の音が聞こえて来た。

発信源になった子は、それはもう恥ずかしさでいたたまれないような表情をしている。

そういえば夕飯を済ませていなかった事を思い出し、

僕とサンディは屋台の並んだ通りを歩くことに。

当の彼女はチョコバナナ、綿菓子、林檎飴と見慣れない食べ物に非常に興味をそそられており、

おのぼりさんの様に首を忙しなく左右に振っていた。

 
439 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 21:33:04.35 ID:4uI/TZsD0


「お兄さん、あれはなんですか?」

「あれはヒーローを催したお面だよ」

「食べられるんですか?」

「食べられないよ」

「え、でもアンパン〇ンのお面があります……」

「彼は稀に食べられない顔を持っているからね」


「あ、ではあれは何をしているんですか?」

「あれは型抜きだよ。くりとった型の出来で賞金や商品がもらえるよ」

「食べられますか?」

「素材的に食べられなくはないけれど、たぶん止めといた方がいいよ」


「じゃあ、あれは何ですか?」

「金魚すくいだね。掬った金魚を持って帰って育てたりできるよ」

「食べられますか?」

「お刺身の文化はあるけれど、あれは食べられないよ」


今日のサンディさんは突然の腹ペコ属性を手に入れてしまったようだ。

このままでは射的の屋台を見ても食べ物の可否判定をしそうな勢いじゃないか。
 
440 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 21:36:41.52 ID:4uI/TZsD0

「へい、サンディ」

「な、なんでしょうか?」

「お好み焼きとタコ焼き、どっちが好き?」

「ど、どちらも好きですが……強いて言えば、たこ焼きです」

「よっしゃ任せて、どっちも買ってくる」

「え、お兄さん!? お兄さん!?」


何故に一回泳がせる質問をしてしまったのか、それはきっと祭りの魔力。

ハードボイルドらしからぬ言動だが、そこはそっと目を瞑ってほしい。

たぶん僕も空気にあてられ、少し浮かれているのだろう。

お祭りとは得てしてそういうものか。童心をふっと思い出してしまうのも已む無し已む無し。

 
441 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 21:44:36.17 ID:4uI/TZsD0

少し離れた屋台にて双方の食べ物を購入し、サンディの所へ戻ろうと振り返ってみると。

遠目だと分からないが、どうやら浴衣姿の女性と話し込んでいるようだ。

知り合いなのだろうか? 屈託のない笑顔を浴衣の女性に向けていた。

例の事件のこともあるし、心内で少しだけ警戒レベルを上げながら元居た場所に歩みを進める。

だが、近づくにつれて自分の心配が杞憂なのが分かった。

サンディと話し込んでいるのは、よく買い物に行く洋服屋の店員だった。

確かサンディと初めて会った頃、動物園に向かう前に寄ってからあの店は贔屓させてもらっている。

当然僕も顔なじみになり始めていたので、まぁ互いに見知った仲ではある。

浴衣姿の店員がこちらに気付いて手を振ってくれた。

少し気恥ずかしさを覚えながら、食べ物の入った袋を片手に一任し、空いた手で手を振り返してみた。


その時にふと、気がつく。

その店員の背中に隠れるように、サンディと同年代の子どもがいる事に。

 
442 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 21:53:37.90 ID:4uI/TZsD0

「あら、お兄さん。偶然ですね!」

「いや本当に。店員さん、浴衣姿も似合っていますね」

「本当ですか!? いやー、イケメンから言われると悪い気はしませんね!!」


はっはっは、と互いに笑いながらも邂逅する。

こちらとしては偽りなく褒めているつもりだが、まぁ向こうの返しは社交辞令だろう。

アパレル系の方は何かとお上手なものだ。

ふと何やらピリッとした視線を感じる。

店員の後ろから発せられるそれは、子どもから生じていたものだった。

なんだか敵意のようなものを向けられているような気がする。

知らぬ間に嫌われるようなムーヴを見せてしまっていたのだろうか……。

 
443 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 21:56:46.59 ID:4uI/TZsD0

大きな目、クリっとした癖毛、中世的な顔立ち。

例えがあまり思い浮かばないが、芸能人の有名子役と言われても違和感のない子だ。

まぁ、うちの子も負けてはいないが。

背丈と雰囲気から察するに年齢はサンディと近いと予想する。

……ただ、この子は男の子か?女の子か? 一体どっちだ?

とりあえず質問してみることに。


「あの、後ろの子はご家族ですか?」


店員はからから笑って答える。


「この子は従弟ですよ。年の離れているのもあって可愛いのなんのって」

「そ、そうですか……」


男の子であったか。

うむ、探偵としてのカンが男の子と告げていたからね。やっぱりか。

などと誰にも聞こえない謎の強がりもとい勝利宣言を頭の中だけで考えていた。

 
444 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 22:07:46.52 ID:4uI/TZsD0

そういえばサンディは、日本に同じ年頃の子の友人が今の所いなかったのを思い出す。

もしこの子が友人になってくれたら、きっと彼女は喜ぶだろう。

いつの間にやら僕の背中に隠れるように収まっていたサンディの頭を軽く撫で、

そっと背中を押して前に出す。


「ほら、自己紹介」

「あ、え、あ……、さ、サンディです。 こ、こちらのお兄さんにお世話になっています」


よく言えました、と褒美のように手元のたこ焼きを手渡しする。

えへへ、と笑顔を見せる彼女は可愛い。

何でこんなに可愛いのかよ、と孫を歌う某演歌の歌詞の一部が想起されてしまう。


負けじと店員さんも、背中にいた子をグイグイ押し出してきた。


「ほら!あんな可愛い子が挨拶してきたんだから、アンタも自己紹介しなさいな」

「……みなせ、まお、です。真っすぐ生きるって、書きます」


なるほど、真生(まお)君か。良い名前だな。

確か中国の猫も、マオと呼ぶんだったか。そちらの意味も妙にしっくりくる。

サンディにとって、こっちでの初めての友達になってくれたら嬉しいけれど、

まぁそこまで干渉するのは庇護が過ぎるか。

両人でどこか気が合う所があればいいのだけれど、などと思ってしまう。

 
445 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 22:19:24.64 ID:4uI/TZsD0

店員のお姉さんは、よくできましたと言わんばかりにマオ君をぐりぐり撫でくりましている。

当の彼は、やめろよと口では言いながらも、嫌がる事無くされるがままだった。

どことなく照れているような素振りすら伺えてしまう。

……おや、これはひょっとして?

ひとしきり撫で終えたあと、店員はこちらを振り返って笑顔を向けてくる。


「それにしても、お互いに子ども連れって奇遇ですね。
 お兄さんは彼女さんとかいらっしゃらないんですか?」

「いやぁ、あいにく縁が無いものでして」

「モテそうなのに意外ですねぇ」

「それを言うならそちらこそ。彼氏さんとは予定が合わなかったんですか?」

「謙虚に地雷を踏むタイプの人ですか、お兄さん……!
 彼氏なんてもう長いこといませんよ……」


店員のお姉さんは、げんなりと肩を落とすような仕草で、これみよがしに大きなため息をつく。

僕はこういう男女が絡む話は苦手なんだ、ハードボイルドだから。

 
446 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 22:20:56.47 ID:4uI/TZsD0

「で、でもお姉さんはきっとその内いい人ができますよ。お綺麗なんですから」

「いいんです、いいんです……。その優しさにしばし癒させてもらいます……」

「何なら僕が嫁さんにしたいくらいですよ」

「えー、ほんとにですか……?」


何となくお姉さんがまんざらでもない顔を向けてくる。

と、同時に空いた片手がギュッと握られた。

なんぞと思いながら視線を向けると、無表情でたこ焼きをもぐつかせながら

サンディが僕の手を握ってきていた。

よくよく顔を覗き込むと目は虚ろで、瞳の中にはまるで出会った時のような

感情を殺したようなどんよりとした黒が見える。

えっ、サンディさんこわい。どうしたの?

 
447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 22:28:33.23 ID:4uI/TZsD0

謎のプレッシャーを感じつつ、ふと相手の方を見てみると、マオ君が店員さんの手を握っていた。

彼女はポカンとしながらも握られるがまま。

マオ君は顔を見られないように俯きながら、しかして真っ赤な耳で呟いた。


「姉ちゃんは俺がもらうから、いいだろ」


男前ですやん。なんて分かり易い初恋なんだ……!

敵意の目線を向けられていた事も理解した。

なるほど、お兄さんは全力で君の応援をするぞ。

そんな事を言われた当の本人は。


「はーーーー!! もう、可愛い!!!
 姉ちゃんね、アンタがそんな事を言わなくなるまで、ずっと甘やかしてあげるからね!!!」


それを聞いたマオ君は、サンディと同じように無表情で死んだ魚のような目をしていた。

 
448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 22:38:21.02 ID:4uI/TZsD0

サンディは握っていた僕の手を放して、つかつかとマオ君に近づいていく。

そうして悲しみの抱擁が終わった彼の前に立ち、次はサンディが彼にハグをした。

そして背中を二度三度、ポンポンと叩く。


その後にサンディとマオ君は初めて向かい合い、互いの目を見つめた。

はっ、とマオ君はサンディの何かを察したような仕草をする。

サンディと僕を交互に数度見て、その様子が終わったあとにサンディは無言で彼に向けて頷く。

次はマオ君が無言でサンディに抱擁を返した。

そして背中を二度三度、ぽんぽんと叩く。


抱擁が解かれたあと、彼らはほんの数秒だけ見つめ合い、何故か堅い握手を交わした。

この動作が行われている間、たったの一言も言葉を交わしていないのに。

何故かサンディとマオ君の間には確かな友情らしきものが生まれていた。

二人の表情を見るに、友情というか、同盟というか、仲間意識というか、そういうものすら感じてしまう。


彼らの思いなぞ終ぞ知らぬ僕と店員さんは、きっと同じ事を思っていたに違いない。

最近のシャイな子どもって、何も言わなくても友達になれるんだなぁ、と。

 
449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 22:54:45.87 ID:4uI/TZsD0

そうして僕らは二言三言と世間話をしたあと、

もうすぐ花火が始まるとのアナウンスを機にそれぞれ解散した。

お姉さんは別所に二人分だけスペースを事前に作って陣取ってあるのだとか。

僕たちよりその場を早めに去る二人の背中を見つめる。

目に見えて分かるのは、身長差。

頭一つ少々足りていない背の高さが、きっとマオ君にはもどかしいのだろう。

願わくば、彼の初恋が実りますように。

前を向いてずんずんと歩き、何事もないような振りをしながらも

おそるおそる好きな人の手を握ろうとする、一所懸命なマオ君の姿を応援したくなった。

日本でのサンディの初めての友達。いつか家に招いてみたいものだ。

サンディと手を改めてつなぎ直し、僕らは花火の見える広場へと向かった。

 
450 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 23:13:18.54 ID:4uI/TZsD0

温い夏風が頬を撫で、耳を賑わす人込みの喧騒。

祭りのメインイベントとなる花火の打ち上げ会場には、沢山の人でごった煮していた。

これは冗談抜きで油断したらはぐれそうだ。


「ゴメンね、サンディ。人酔いしてないかい?」

「は、はい。平気です。こんなに多くの人が周りにいるのは初めてで、少し楽しいくらいです」

「そっか、良かった。はぐれないように、腕を掴んでもらってもいいかな?」

「え、その……いいんですか?」

「いいんです」


えいっと掛け声付きでサンディは僕の腕に抱き着きながら、下駄の音を響かせる。

最初に比べたら随分と歩き方も慣れたようで何よりだ。


「これから、その、花火が始まるんですね」

「そうだよ。テレビで見た事あるかも知れないけれど、本物は迫力が違うからね」

「楽しみです……♪」


はにかみながら、嬉しそうな声色で答えてくれる。

サンディの片手は僕の左腕、空いた手で広場に向かう途中で手に入れた林檎飴を持っている。

甘い物が好きな彼女は、これを買ったときが一番興奮していた。

林檎一個が丸々包まれたものは流石に入らないとの事で、

カットされている小サイズのものを購入して大事そうにペロペロと舐めていた。

それを見つめるのは、広場でたむろっていた小学校高学年くらいの年頃の少年たち。

まぁ気持ちは分かる。綺麗だもんね。そりゃ目をひくだろう。

実際にここに来るまでに、同年代の男子がすれ違うたび、彼女を振り返っているからなぁ。

ほんと何人かの初恋を奪っていってるのではなかろうか。

 
451 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 23:21:24.24 ID:4uI/TZsD0

そんな事を露知らず、サンディは夜空を仰いでいた。

雲は少なめ。視界は良好。

星の輝きは特になく、ぼつんと黄色の欠けた月が申し訳程度に浮かんでいる。


「この真っ暗な景色に、色がつくんですね」

「うん、きっと綺麗だよ」

「はい、ワクワクします」


そう言って、吸い込まれそうなほどキラキラした目で再び空を見上げた。

見えない筈の星空を瞳に映しているかのようだ。

 
452 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 23:35:06.44 ID:4uI/TZsD0

彼女が日本に来てから数ヶ月。

そのほとんどは、僕との生活の思い出になっているだろう。

虐げられてきた彼女は、昔の記憶に今も苛まれている。

僕は、サンディに、幸せを一房でも与えられているのだろうか。

誰かの幸せを願うような、幸せな気持ちでいっぱいだから。


彼女の笑顔が続くような日々を思うばかりで、自分がしっかり事を成しているのか自信は皆無で。

蕾のような子に綺麗な花を咲かせてあげることはできるのか。

もうすぐ秋が来る。

別れになるかは分からないが、一つの終わりがやってくる。

もしそうなった際に、僕との思い出が美しいもので彩られますように、と。

愛しい気持ちで僕は祈るのだ。

 
453 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 23:35:34.64 ID:4uI/TZsD0


そんなことを考えていたら。

ぱぁん、ぱぁん、と。始まりの音が聞こえて来た。

空に轟音が鳴り響く。

少し遅れて、頭上は色鮮やかな花々で埋められる。

綺麗な花が空で咲いて、僕の横では小さな笑顔の花が咲く。

今日という一日の締め括りには最高だ。

明日もまた、良い日でありますようにと。

喧騒のどこかで微笑んでいるであろう、祭りの神様にお願いをしてみた。

 
454 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 23:43:35.66 ID:4uI/TZsD0


〜〜


   僕「うーん……うーん……」

サンディ「二日酔いですか、お兄さん……」

   僕「み、水がここまで美味しいとは……」

サンディ「買い過ぎた屋台の品を片付けるがてらに、普段飲まないお酒を飲んじゃうから」

   僕「ま、祭りの雰囲気でイケるかなって思っちゃってさ……。
     ビールを二缶空けただけで、まさか翌日まで響くとは……」

サンディ「これに懲りたら、お酒は程々にしておいてくださいね」

   僕「ぜ、善処します……それよりサンディ、一緒に祈ってくれないか?」

サンディ「何を祈るんですか?」

   僕「“二日酔いが早く治りますように”って……」


 
455 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/15(月) 23:47:16.86 ID:4uI/TZsD0
板の復活記念がてら書きましたが、今宵はここまで。
途中で紛らわしい感じの間を空けて申し訳ありませんでした。
頂いたレスとっても嬉しかったです。本当に。
今後ともゆるりと宜しく願います。次回は>>422を書きませう。

作業用BGMを一曲紹介
https://www.youtube.com/watch?v=22mOCjkwQjM
456 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/15(月) 23:49:02.71 ID:BFFLeZUgo
おつおつ
続きめっっっちゃうれしい!!
お兄さんは察しが良い所と悪い所の差がすごい
サンディ尊い…尊い…
457 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/10/16(火) 23:52:04.57 ID:+vSB1e/G0
3 名前:以下、名無しが深夜にお送りします[sage] 投稿日:2018/10/06(土) 23:34:38 ID:OAMNkNAg
男「奴隷が欲しいんだけど」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1529059481/

53 名前:以下、名無しが深夜にお送りします[sage] 投稿日:2018/09/19(水) 21:45:00 ID:swo1vipc
もうこなくていいよ
どいつもこいつも奴隷奴隷って自分より立場の弱いやつを従えることに優越感だったり優しくしてやってるところに満足感得てるんだろうけど気持ち悪いわ
リアルが充実してないやつほど奴隷スレ立てたり読んだりもてはやしたりするんだろうな
最近はそういう陰キャが増えたせいで奴隷ものが量産されててうざい
458 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/25(木) 20:57:46.72 ID:wo6SUZ9lO
ハクが付いてきたってもんだ。
続き、楽しみにしてるよ
459 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/27(土) 18:50:16.73 ID:PJIlaZYmO
乙ー!続き見られてよかったー
460 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/15(土) 11:21:48.54 ID:SYnR9S3+0
忙殺されて更新できずに申し訳ない、近日中には何か投下します

作業用BGMより
https://www.youtube.com/watch?v=1_lap6dzSUc
461 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/15(土) 11:39:52.30 ID:rAc+9G2O0
3 名前:以下、名無しが深夜にお送りします[sage] 投稿日:2018/10/06(土) 23:34:38 ID:OAMNkNAg
男「奴隷が欲しいんだけど」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1529059481/

53 名前:以下、名無しが深夜にお送りします[sage] 投稿日:2018/09/19(水) 21:45:00 ID:swo1vipc
もうこなくていいよ
どいつもこいつも奴隷奴隷って自分より立場の弱いやつを従えることに優越感だったり優しくしてやってるところに満足感得てるんだろうけど気持ち悪いわ
リアルが充実してないやつほど奴隷スレ立てたり読んだりもてはやしたりするんだろうな
最近はそういう陰キャが増えたせいで奴隷ものが量産されててうざい
462 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/15(土) 15:30:49.85 ID:aB4lL0+dO
ぼく林檎飴になる(なぜ純粋に楽しめないのだろう)
463 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/15(土) 15:56:28.49 ID:X9mgViid0
ID:rAc+9G2O0
散々ここで(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1544829613/)イキりながらコピペ荒らしか
あの作者と同レベルのクズ野郎だということ自覚しろよ
464 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/02/18(月) 01:14:33.77 ID:mJdm+o5r0
もう投稿してくださらないのかしら……楽しみに待っているんだけれども(´・ω・`)
465 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/02/18(月) 23:15:59.34 ID:P4pRc4fp0
ほぼ1クールほど追加で書けていないので、スレ落ちしていないか確認してみたら
有難いお言葉を頂けていて嬉しい限り
昨年秋から多忙になっていたゆえ恐縮です……
話そのものは多々思いつけるので、短い話でも何でも兎に角新しい小話を置いていけるように善処致します

https://www.youtube.com/watch?v=NQ12-0TYgAs
466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/02/18(月) 23:16:53.51 ID:P4pRc4fp0
ほぼ1クールほど追加で書けていないので、スレ落ちしていないか確認してみたら
有難いお言葉を頂けていて嬉しい限り
昨年秋から多忙になっていたゆえ恐縮です……
話そのものは多々思いつけるので、短い話でも何でも兎に角新しい小話を置いていけるように善処致します

https://www.youtube.com/watch?v=NQ12-0TYgAs
467 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/21(木) 02:14:01.84 ID:99S53SMYO
yattaze
468 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/23(土) 13:48:34.86 ID:Tf0K8hqO0
支援
尊い
469 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/01(金) 08:11:19.88 ID:RWFTRho/O
マターリと更新待ってます
470 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/16(土) 20:19:22.88 ID:JOssD2tk0
支援

のんびり待ってますので、無理はなさらぬよう
471 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/29(金) 02:51:55.70 ID:GsAPJROLO
おっと失礼、ちょっと通るよ
472 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/04/02(火) 14:56:15.00 ID:YmoQ0jae0


【番外編〜甘くて苦い義理人情〜】


ここは喫茶店、リーブル・ド・イマージュ。

フランス語で絵本という意味らしい。

僕は今この店のカウンター席に座り、注文を待ちながら外の景色を眺めている。

街灯に照らされている雪の色は、蛍のような柔らかい色合いだ。

もう夜の帳はおりていた。

壁にかけられている時計を見ると、時刻は夜の六時半。

夏と比べるのは流石に早計だが、冬の日が落ちる早さを否が応にも感じてしまう。

待ち人である同居人のサンディは近場の本屋で物色中。

彼女の買い物を待つがてら、馴染みのこのお店で時間を潰しているところだ

 
473 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/04/02(火) 15:03:46.67 ID:YmoQ0jae0

マスターが挽く豆の音をBGMに、喫茶店に置いてあった新聞に目を通す。

一面記事には昨今話題のニュースが掲載されている。

よくテレビで報道されている内容と記事の中身もさして変わらなかったので

興味は薄れて目線を紙面の右上に逸らしてみる。

そこには日付が描かれていた。

今日は二月十四日。世間ではバレンタインデーというものか。

そんな些末はハードボイルド探偵である僕には何の関わり合いもない。

甘いものは凄く好きだけれど別に関係ない。

ほんと興味とかないし、ホントホント。
 
474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/04/02(火) 15:13:16.71 ID:YmoQ0jae0

日付から注意を反らすように新聞の頁をめくったところで

対面のカウンターにいるマスターが声をかけてくれる。


「あいよ、お待ち」

「ん、どうも」


そんな他愛もないやり取りだが、何か違和感を覚えた。

確かアメリカンコーヒーを頼んだ筈だが、

差し出された飲物からは妙に甘い匂いが醸し出されている。

香りを嗅いで、ずずっと一啜り。

なにこれ、ココアじゃないか。


「マスター、注文間違えてますよ。口を付けちゃって言うのもなんですが」


僕が指摘すると、ヒラヒラと手を振った仕草のあとに

悪そうな笑みで返答がくる。


「誰からもチョコ貰えてねぇ輩への奢りだよ。ハッピーバレンタイン」


おいなんだ急に苦みが増してきたぞ、このココア。
 
475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/04/02(火) 15:20:01.11 ID:YmoQ0jae0


「いいんですよ、別に。そもそもバレンタインとか今思い出したくらいです」


そう言いながら、ずずっとココアを一啜り。うん、甘くておいしい。

マスターはニヤニヤしながら、カウンターに置かれている沢山のチョコを

これ見よがしにと僕へ向けてくる。


「あぁ、俺も忘れていたクチだがよ。いい男の前には自然と集まっちまうみたいだぜ」

「それ全部マダム達からの義理チョコですか?」

「おぅよ。義理でも人情味がある分だけマシってなもんだ」


ぐぬぬ。皮肉を綺麗なカウンターで返されると切り返す言葉もない。

誤魔化すために再びココアを口元に運んでみた。

鼻腔をくすぐるカカオの香り、程よい温かさの後に舌先から広がる甘いテイスト。

義理人情のチョコとしては申し分ないほど美味しいのが難点だ。
 
476 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/04/02(火) 15:29:12.78 ID:YmoQ0jae0

「まぁでも、お前も一つくらいチョコ貰えるだろ」

「おあいにく様ですが、そんな人なんていませんよ」

「何言ってんだ。同居人の嬢ちゃんがいるじゃねぇか」


おお、サンディの事か。

今は例の如く喫茶店付近にある本屋で書籍を物色中な彼女だが、

果たして今日がそんなイベントだと知っているのだろうか。

テレビを好んでよく見ているので、バレンタイン特集とか放送されていたら

賢い彼女は色々と察してそうではある。


「どうでしょうね。もし知ってるなら有難く義理チョコを貰いたいところですよ」


僕がそう言うと、マスターは苦い顔をして軽くため息をつく。


「いや、嬢ちゃんの義理チョコねぇ……」

「友チョコくらい親近感を持ってくれてるなら尚更嬉しいですね」


僕の言葉を聴いたあと、マスターは振り返って洗い物のために炊事場に向かう。

その道中で何故か目頭を押さえる仕草を見せてきた。

こいつ相手は嬢ちゃんも大変だな、とカウンターの奥から聞こえてくる。

モテないハードボイルドはそんなに駄目ですか親父殿……。

 
477 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 15:44:55.82 ID:YmoQ0jae0

そんな話をしていたら、カランコロンと来客を知らせる入口ドアのベルが鳴った。

噂をすれば何とやら。そこに居たのは、本屋の紙袋を抱えたサンディだった。


「お兄さん、お待たせしました」

「ううん、全然待ってないよ。何か良い本は買えた?」


僕の言葉に、サンディは軽く首を縦に振る。

そして嬉しそうにはにかんだ笑顔を浮かべてくれた。

言葉にせずとも十二分に買い物を堪能できたと分かる仕草だ。あいくるしい。

彼女をよく見ると頬と鼻が少し赤い。

外気の寒さから暖かいお店に入って血色がよくなった影響か。

いつまでも入口に立たせているのは申し訳ないので、手招きをしてカウンターに呼んでみる。

とてとて、とやや早めに歩いてきて、そのまま僕の横に着座。

耳までほんのり紅色している。これは思ったよりも外が寒そうだ。


「マスター、サンディにココア」

「あいよ」


奥の炊事場で洗い物していた彼に声をかけて、温かい飲み物が出てくるまでは小休止。

その間にさて何を話そうかなとサンディの方を向いてみると、はたと彼女と目が合った。

僕が向くまでにずっとこちらを見ていたのだろうか。

目が合った後は、ハッとした顔をして目をテーブルに伏せるサンディ。

まだまだシャイな所は相変わらずかな。それもまた可愛いらしくて良いところ。

うむ、これは友チョコを貰える線は薄そうだ。

 
478 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 16:03:20.09 ID:YmoQ0jae0

今日も色々な本を購入しているのか、紙袋はパンパンになっていた。

行きつけの本屋のロゴが入った袋の他に、見慣れぬ名前のお店の名前の袋がある。

はてこれは一体何だろうと思いつつ、まずは買った本でも聞いておきたい。


「サンディ、今日は何を買ったの?」

「えっと、お料理の本と、お勉強の本です」

「そっか。自分の好きな本とか買えたのかい?」

「はい。お勉強自体は好きですし、最近はお料理も楽しいです」

「そうだね。サンディはどんどん料理上手になっているから、これからの食卓が楽しみだなぁ」


僕がそういうと、サンディはコクコクと首を縦に振りながら

お任せください、お兄さんの健康のためにも更に腕に磨きをかけます、と

片手に拳を軽く作る素振りで意気込んでいる。

その仕草を見て、うちの子本当に可愛いんですよ、と危うく絶叫しそうになってしまった。

最近本当に目に入れても痛くない程度にまでサンディの可愛さ度数が上昇しているから、

ちょっと気を緩めたらすぐお小遣いを上げそうになってしまう。

これって親戚のオジサン化現象らしいのよね。

ハードボイルド強度が下がってしまう行は程々にしたい事と、

金銭感覚を身に着けさせる意味合いで、その欲求はグッと堪えた。

ほんま魔性のガールやでサンディはん……。
 
479 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 16:16:45.94 ID:YmoQ0jae0

ふっと目線を他の紙袋に移してみる。

何やら英語の表記で書かれているお洒落なロゴだ。

見た事のないお店だが、一体何を買ったのだろう。


「ねぇサンディ、そういえばもう一つの袋って何を買ったの?」


それとなく訊ねてみると、途端サンディの肩が跳ね上がた。

直後に彼女に現れる、顔全体の紅潮と、モジモジするような手の動く。

え、なに、ヤバイ代物なの。


「あ、別にそんな詮索するつもりとかないから、無理に言わなくてもいいよ」


僕なりの優しさを見せたつもりだが、それを聞いた瞬間に

サンディが体全体を僕の方に向けてきて、おもむろに紙袋を開けてきた。

そしてそこから出てきたのは。

丁寧にラッピングされた、チョコレートだった。


「そ、その! て、テレビで今日は親しい人に気持ちを送る日だと聞いたので!」


ラッピングされたリボンに挟まるように、メッセージカードが添えられている。

折り曲げられていて中身は見えないが、“お兄さんへ”というタイトルだけで

サンディが自分で書いたカードだというのが一目で分かった。


「ハッピー……バレンタイン、です……!」

 
480 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 16:28:42.49 ID:YmoQ0jae0

天使はいるか、と聞かれたら。

眼前に降臨している、と今なら答えられる。

今まで貰ってきた義理チョコの中でも一番嬉しいチョコレートだ。

言葉にならない喜びをどう表現していいのか分からないから

サンディの頭をワシワシと撫で繰り回してしまう。

あわわわ、とちょっと髪が乱れながらも、気持ちよさそうな表情を浮かべる彼女が一層愛おしい。


「ありがとう、サンディ。大事に食べさせてもらうよ」

「は、はい……っ!」


幸せそうな、でもどこかでやり遂げたような顔をしているサンディ。

丁度そんなタイミングで、カウンター奥から気配がする。

どうやら注文したココアが出来上がったようだ。


「あいよ、お待たせ」

「有難う、マスター」

「あ、ありがとうございます」


マスターは僕の手元を見たあとに、サンディを見て破顔一笑。

サンディも彼を見ては何度もコクコクと頷いている。

なんだ、この一言も発さずに互いを察するようなやり取りは。

いつの間に二人とも仲良くなったんだろうか、などと少し気になったりもする。
 
481 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 16:37:43.13 ID:YmoQ0jae0


まぁ、それはさておき。

僕は手元に備えていたサンディからの義理チョコをマスターに

借りを返すかの如くこれ見よがしにとちらつかせる。


「いやー、マスター。確かにいい男の前には自然と集まってしまうみたいですな」

「良かったじゃねぇか。なぁ、嬢ちゃん?」


そう言いつつサンディに話を振ると、当の彼女は真っ赤になった顔を隠そうと俯きつつ、

両手をマスターに向けてパタパタと振っている。かわいい。


「確かに、義理でも人情味があるとチョコの良さも一際グッときますね」


パタパタ振ってたサンディの手が止まった。

そして油の切れたロボットのようなぎこちなさで顔を上げ、マスターの方に向ける。

向けられた彼は片手で顔を覆いつつ、天を仰ぎながらも何某かのジェスチャーをサンディに返す。

あの阿呆には俺から言ってやろうか、的なモーションだ。

するとサンディは首をブンブン振って、ガッツポーズのような動きを取る。

これからも頑張ります、的なモーションだ。


「嬢ちゃん、そのココアは奢りだ……。ゆっくり飲みな……」

「ありがとう、ございます……」

「いいってことよ……」


僕の知らない所でハードボイルドが繰り広げられている気がする。

 
482 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 16:49:05.50 ID:YmoQ0jae0


それからしばらく喫茶店でココアを堪能したのち、僕とサンディは帰路に就いていた。

帰り道の途中にある、街灯のオレンジ色に淡く灯る光が、僕らを緩く照らしてくれる。

サンディは僕の少し後ろを歩いているようだ。

がさがさと紙袋の擦れる音で、彼女がしっかりついて来てくれているのが分かる。

僕は僕で、サンディから貰ったチョコレートを割らないように

普段よりも注意深く歩いている。

鞄にしまったチョコレート、添えられたメッセージカードの真心が嬉しい。

僕もメッセージくらいは準備しておくべきだったかな。
 
483 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 16:53:59.72 ID:YmoQ0jae0

一直線に長い遊歩道の中間あたりで、足を止めてみた。

誰もいない夜の狭間。静けさだけが僕らを包む。


「サンディ、おいで」

「はい」


あえて前を向いたまま呼んでみる。

少し小走りな足音が後ろから聞こえてきて、丁度僕の横に並んだ。

止まったままの僕を何事か、と彼女は覗き込んでくる。

そのタイミングで、僕は鞄から物を取り出した。

縦に長いそれは、黒を基調とした入れ物に赤色でラッピングがされている。

それを、サンディに渡してみた。僕なりの真心を。


「はい、ハッピーバレンタイン」

「……え?」

 
484 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 17:08:57.94 ID:YmoQ0jae0

サンディは目を丸くして驚いている。

まさか自分が貰えるとは、といった心境だろうか。

昨今は男性から女性に送るバレンタインも珍しくないらしいので

僕からの小さなサプライズを送ってみた。


「い、いいんですか……?」

「いいも何も、君のためだけに準備したチョコだよ。受け取ってくれたら嬉しいな」


なんだか少々照れ臭い。いや結構照れ臭いなこれ。

サンディが僕にチョコ渡す前に顔が真っ赤になっていた理由が何となく分かった。

自身の耳が赤くなってそうだが、そこはハードボイルドらしく冷静に振舞っておこう。

そんな僕の義理チョコを受け取ってくれた彼女は、

胸いっぱいにそれを抱きしめている。

幸せそうに、幸せそうに、抱きしめている。

 
485 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 17:10:51.20 ID:YmoQ0jae0

「じゃ、じゃあ用件も済んだことだし、帰ろうか」

「はい……!」


サンディは僕の横に並んだかと思えば、スキップするような足取りで軽やかに抜き去って

数メートル先の街灯の下まであっという間に辿り着いていた。

喜んでくれたのは素直に嬉しく思う。

こういう些細な喜びがある日々をもっと増やせていけるよう、僕なりの努力はしてみたい。

義理と人情で引き受けたサンディとの共同生活だけれど。

一握りくらいは愛を込めてもいいのかな。

そんな事を思いながら、サンディの待つ橙色の光が灯る街灯まで駆け出した。

 
486 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 17:18:50.78 ID:YmoQ0jae0


〜 後日談 〜


サンディから受け取ったメッセージカードには、

沢山の感謝の言葉が綴られていた。

出会った頃に助けてもらった事から始まり、何でもない日々の中で本人すら覚えていないような

些細な気遣いの行動に関して等、とめどなく溢れるような沢山の感謝の言葉。


締め括りの文章に書かれていたのは下記の通り。



“私と居てくれてありがとう、おにいさん。 好きです。大好きです。”



それを夜中に読んでいた探偵は、

あまりの尊さにおうおう涙を零しながら、うわごとのように

「うちの子本当に可愛いんですよ……」を只々繰り返すだけのマシーンと成っていた。

 
487 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 17:29:54.08 ID:YmoQ0jae0
「季節感」とかいう置いて行かれるためだけにある言葉よ。
ネタはあるものの書き溜めしていないと、どうしても時間がかかりますね。

業務多忙の日々も少し落ち着いたゆえ、久々に綴ってみまして。
読んでくださった方々が少しでも楽しんでくれたのなれば幸いです。

作業用BGMより一曲
https://www.youtube.com/watch?v=nS32IXrNgfw
488 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/02(火) 21:29:32.70 ID:Vjx0L5x2O

浄化される…
489 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/03(水) 01:20:56.84 ID:lIPkH7iso
いやー…尊い
490 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/03(水) 08:21:17.97 ID:AXP6EEd0O
更新乙です

あぁ、癒される??
491 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/03(水) 08:23:44.34 ID:AXP6EEd0O
せっかくの感想誤字ってる( ̄▽ ̄;)

でもこれで研修頑張れます
492 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/05(金) 22:04:36.33 ID:fCLfJEqw0
更新乙です
ソフトマイルドなお兄さんよりハードボイルドしてますねサンディさん…
493 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/01(水) 05:05:40.57 ID:XMZ3frEk0
令和記念
494 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/07(金) 21:00:08.85 ID:gsIZWItq0
保守
495 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/16(日) 13:23:48.74 ID:MPJ0sY3a0
まだ待ってますよ〜 (*^−^*)ノ
496 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/29(月) 19:57:10.56 ID:1u2H/ZMS0
保守
497 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/08/15(木) 20:46:17.00 ID:dn7JADrJ0
保守
498 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/18(水) 16:37:49.44 ID:W6AdXEGX0
保守
499 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/08(火) 11:41:58.30 ID:DAHSTfS1O
保守
500 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/07(木) 06:57:56.58 ID:37vZtoMZO
保守
501 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/01(日) 22:03:46.73 ID:qyKV0/ei0
保守
502 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/06(月) 16:51:00.93 ID:lpdju8Jx0
新年あけましておめでとうございます。
今宵どこかで投下をば。
503 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/06(月) 18:12:48.12 ID:uhGUIKFFo
あけおめ!
504 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/06(月) 20:50:20.17 ID:lpdju8Jx0
 
秋の兆しよりも、夏の名残が風に乗って頬を撫でてくる。

そんな九月の半ばを迎える暦の頃。

私は探偵事務所のテーブルで、とある同年代の子と一緒に向き合って勉強をしている。


体面にいる男の子の名前は、水瀬 真生(みなせ まお)くん。

先月の夏祭りで知り合ったばかりだが、

なんとなく彼とは非常に気が合いそうな気がしている。

日本語でいう“同好の士”とでもいうのだろうか。

いや、何か違うような気がするが、それに近い空気を感じるのだ。


>>444
 
505 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/06(月) 20:55:31.70 ID:lpdju8Jx0

彼は非常に中性的な顔立ちをしていて、

黙っていると女の子にも見えてしまう。

同じくらいの年の友人なんて殆どいないけれど、

テレビで見るような賑やかな子ども達とは違う、独特の雰囲気がある。

そんな彼を見つめていると、チラッとだけ目が合った。


「……なに?」

「あ、いや、別に……なんでも、ないです……」


ふーん、とだけ言葉を残して、マオくんは再びテーブルの下に目を落とす。

人の動向を見過ぎる仕草は失礼に値する。

昔そう教えられていた事もあり、反省をしつつ

私も机に敷かれた積本を崩す作業に戻ることにした。

カリカリ、カリカリと鉛筆が滑る音に紛れて

ペラリ、ペラリと本を捲る音が、私たちのいる空間に反響する。

とても静謐で淑やかな時間だと感じている。

マオくんとは出会ったばかりなのだけれど、あまり緊張しないのは

こういう空気を共有できるからなのかも知れない。
 
506 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/06(月) 21:01:10.70 ID:lpdju8Jx0

そのまましばらく時が流れて、私は本を一冊読み終えた。

さて次は何を読もうと考えていると、体面で机に噛り付いている子が目に入る。

ふと興味が湧く。マオくんが何を一心不乱に学んでいるのか。

そっと覗いてみると、どうやら国語の四字熟語を覚えるために

何度もノートに書きなぐっていたのだ。


私も日本語は文字通り叩き込まれながら覚えたのだけれど、

当時を振り返ると四字熟語は結構苦手だったりした。

慣用句と違い、漢字のみで形成される言葉の成り立ちがイコールで結び付けづらいから。

設問を間違えた回数分、シャープペンを腕に突き立てられた事もある。

私は無意識に左腕の少し肉厚になった傷跡に手を添えていた。

過去の記憶を思い出しそうになり、思わずぶんぶんと頭を振ると、

訝しげな表情でマオくんが見つめてきていた。


「なに? ……どこか痛いの?」

「え、う、ううん。大丈夫です、大丈夫……」


そっか、と言いながらも、チラチラと私を気にするように、

目が合う頻度が少し上がった気がする。

マオくん、優しいなぁ。
 
507 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/06(月) 21:07:00.63 ID:lpdju8Jx0

ただ、私がいることで彼の気を散らせてしまっているのなら申し訳ない限り。

ずっと勉強を続けているマオくんの息抜きになればと、

ほんの少し勇気を出して話しかけてみた。


「それ、何の勉強をしているんですか?」

「ん、塾。宿題とは別にテスト勉強してるだけ」

「へぇ……すごいなぁ。私、そういうのやった事ないから」

「そうなの?」


マオくんが不思議そうに首をかしげる。

何となく猫を想起させてくる仕草だなぁ。

私は、うん、と首を縦に振りながら、思っている事を口から紡いだ。


「ちょっとだけ憧れているんだ、学校みたいなこと」

「学校に来たことないの?」

「うん」

「そっか……」

「マオくんは、学校楽しい?」

「別に。俺は早く大人になりたいから、学校に居ること自体、なんかもやもやしてる」

「大人になりたいの?なんで?」

「それは、その、そう……何となく、かな。
 せ、背伸びしてるみたいでダサいよな……」


そう言いながらも、彼は耳を真っ赤にしている。

ふと笑顔の素敵なお姉さんが脳裏をよぎった。

きっと、好きな人に一秒でも早く追いつきたいんだ。


「わかります」


私は思わず口に出していた。
 
508 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/06(月) 21:12:26.37 ID:lpdju8Jx0

彼はきょとんとした顔で、私を見つめてくる。

次は私の鼓動が早くなる番だった。

何も考えずに零れた言葉、私の心。

言葉の裏に思い描くのは、私の神様。

あの人の横に並べる女性に成りたいから、私は大人になるまで生きていたい。

生きていたいと、願ってしまうのだ。


「君も、そうなんだ……」


コクリ、と首を振ってマオくんからの質問に答える。

何故か凄く恥ずかしい。耳まで真っ赤になっているのが分かる。


「じゃあ俺たち、戦友だな」


マオくんが、二カッと無邪気な笑顔を返してくる。

私は、ようやく彼が男の子と認識できたような気がした。

何故か不思議と嬉しくなって、返事の代わりに笑顔を向けてみた。


イザベル、クロエ。

わたし、友達ができたよ。
 
509 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/06(月) 21:15:35.35 ID:lpdju8Jx0

それから私とマオくんは、他愛もない話を交わしていく。

マオくんは学校の友達のこと。通っている塾のこと。

そして、お姉さんのこと。

私は基本的にお兄さんのことが話の内容として多くなってしまう。

そんな話の流れは、マオくんが勉強をしている四字熟語の事にスポットが当てられた。


「マオくんは何の四字熟語を勉強していたの?」

「ん、色々。 今は“岡目八目”ってのを覚えていた」

「岡目八目?」

「サンディにはあんまり馴染みないかもね。
 囲碁っていうゲームから生まれた言葉だし」

「それってどういう意味?」

「ああ、それはね……」


マオくんがその解答を告げようとしたその時、

探偵事務所の扉がきぃ、と音を立てて開いた。


「ただいまー。 二人ともお留守番ありがとね。
 アイス買ってきたから、お利口さん方は好きなの選んじゃって」


朗らかな声が私の鼓膜と心を震わせてくれる。

お兄さんの声だ!!
 
510 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/06(月) 21:19:14.86 ID:lpdju8Jx0

「おお、マオくん。勉強いつも頑張ってるね。
 お姉さんから『塾が始まるまでの一時間だけ預かってくれ』って頼まれてるし、
 時間がくるまでゆっくりしていっていいよ」


お兄さんはマオくんにそう告げると、

マオくんは、「……りがとざっす」と、小さな声でお礼を返す。

そしてお兄さんは手元のコンビニ袋を私たちに差し出してくれた。

マオくんが「先にいいよ、サンディ」と気を使ってくれるので

なんだか恐縮してしまって「ま、マオくんからいいよ!」と返事をする。

じゃあ遠慮なく、と言わんばかりにラムネ味のアイスバーを彼は選んだ。

残る一つはなんだろうと袋の中に手を入れ、それを取り出してみる。

私が選んだアイスは、千切ると二つになり、啜るように食べるものだった。

パ〇コと書いてある。

前にお兄さんと分けて食べた事があるが、チョコ味でとても美味しかったのを覚えている。

おもむろに袋からそれを取り出し、二つに分けてお兄さんに差し出す。

お兄さんは嬉しそうにそれを手に取り、余った手で私の頭を撫でてくれた。

嬉しさ半分、こそばゆさ半分。

いや、やや嬉しさが勝っている。体感の比率では8:2くらいか。

マオくんが何か考えながら私たちを見ているような気がするが、気のせいだろう。


「ありがとう、サンディ」


お兄さんは嬉しそうに言う。

わたしは、それが、とってもうれしい。
 
511 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/06(月) 21:24:58.75 ID:lpdju8Jx0


「でもサンディのご褒美で買ったんだから、二つ食べていいんだよ?」

「あ、そ、それはですね……今日読んだ本に……」

「何か書いてあったの?」

「“愛する人には、全てを注ぐの。何も見返りを望まずに。”って……」


視界の端でマオくんが、やるじゃん、と言わんばかりの顔をしている。

お兄さんがパ〇コを返そうとしたから、口から咄嗟に出た言葉なんだけれど。

愛などと大層な言葉を使ってしまい、恥ずかしさが止まらない。


「『献身』か。僕もそう在りたいな。いい本を読んでいるね、サンディ」


そういうと、またしても頭を優しく撫でてくる。

慈しむように触れてくるから、胸がいっぱいになってしまう。
 
512 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/06(月) 21:29:52.70 ID:lpdju8Jx0

アイスをガリガリと齧りつつ、何やら考えていたマオくん。

「ああ……そういう事ね……」と呟きながら、

ハズレの表記が出たまま半分残っているアイスを銜えつつ、テーブルを片付け始めた。

お兄さんはそれに気づいて、事務所に置いてある時計に目を向けた。


「もう塾の時間か。自分で気づけてえらいね。
 またこうしてサンディと一緒に遊んでくれたらうれしいな」

「はい、また来ます。 俺、サンディと気が合いそうなんで」


お兄さんは嬉しそうに、うんうんと頷いている。

そして勉強道具をすべて仕舞い込んだマオくんが、帰る前にそっと私に耳打ちする。


「大変だな……」

「なにが?」

「いや、なんでもない……。二人のおかげで、一つ勉強になったよ」

「?」



「岡目八目、ってやつ」
 
513 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/06(月) 21:37:52.89 ID:lpdju8Jx0
ご無沙汰しております。
またこうして、ゆっくりと綴っていけたらいいな、と。
たまには覗いてくれると嬉しい限り。
514 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/06(月) 21:42:15.94 ID:4RYyFHTu0

ずっと待っていたよ
515 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/06(月) 22:09:28.80 ID:uhGUIKFFo
おつおつ!
よろしくお願いします
こいつ…中々の察し、どこかのソフトマイルドさんは見習って?
516 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/06(月) 22:14:29.05 ID:lpdju8Jx0
感想を頂ける喜びを噛み締めつつ、
話を綴る楽しさを改めて思い出しています。
有難うございます。感謝。
517 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/09(木) 06:37:58.01 ID:eXxQ/tD40
あけおめ更新乙
518 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/01/09(木) 08:20:02.51 ID:utGKCd1V0
昨日読み始めて追いついたけどすごくいいねファンになったわ
519 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/21(火) 10:22:41.38 ID:cnAJyixHO
相も変わらずオサレだなぁ……
更新お疲れ様です
520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/26(日) 10:51:19.00 ID:uZ4Ygj190
【二人のエピソード】  ※連れて行きたい場所、日常の一コマ、未来の話など

>>521


【視点:男 or サンディ or その他】

>>523
521 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/26(日) 11:22:49.25 ID:5H/sa4jy0
たまには仕事帰りのお兄さんを
522 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/26(日) 11:23:20.83 ID:xQE9gnT5o
イザベル、クロエ、会いに来た
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