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男「元奴隷が居候する事になった」【安価有】
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223 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/12/05(火) 16:52:38.62 ID:uO7JY89I0
【幕間】
「私も早く大人になって、泣き虫を治したいです」
料理を教えているときにサンディがふと呟いた。
よくよく見てみると、大きな目からポロポロと雫が頬へ垂れている。
今日のメニューはカレーライスだ。
玉ねぎを刻むのが不慣れなら、そりゃ涙も出るさ。
そう伝えながら、手元のキッチンペーパーをティッシュ代わりにして
涙を拭うついでに鼻水も噛ませてみる。
「え゛う゛、ごべんなしゃい……」
鼻を噛んでるときに喋るものだから、なんとも間の抜けた可愛い声が漏れた。
彼女もちょっと恥ずかしかったようで、耳を赤くして俯いてしまう。
しばしそのまま立ちすくんだかと思うと、ふるふると頭を振って再び玉ねぎと格闘を始めた。
傍から見ずとも微笑ましい光景だと思う。
しかして、さっきの台詞は本心なのだろう。
それについてはサンディが大人になる前に訂正をしなければならないな。
“私も早く大人になって、泣き虫を治したいです”
大人は泣かなくなるんじゃない。
隠れて泣くのが上手になるんだよ。
224 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/12/05(火) 16:59:31.08 ID:uO7JY89I0
上手に出来上がったカレーを二人で食べ終えて、湯を張ったお風呂にそれぞれ浸かり、
夜更かししないように早々と就寝することに。
体質的には夜型の身だが、サンディと住むようになってから
随分と人間らしいルーティンで日々を過ごせるようになったものだ。
「おやすみなさい、お兄さん」
「おやすみ、サンディ。今日はゆっくり眠れそうかい?」
「はい。今日もゆっくり眠れそうです」
そう言って彼女は嬉しそうに薄く微笑む。
軽く頭を撫でたあとに部屋の灯りを消してみると、
羊を数える間もなく隣から規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
君が穏やかな寝息を立てて眠ってくれているとき。
僕は静かに泣いている。
悲しいからではない。切ないからでもない。
ただ、涙が零れてしまう。
皆が享受する当たり前の幸せを、一生懸命に日々かみしめる健気な姿を見ていると。
願わずにはいられないのだ。
きみの瞳が美しいもので輝きますように。
きみの心が温かいもので満ちますように。
僕は多分、君から愛を教わっている。
〜〜〜〜
225 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/12/05(火) 17:00:35.99 ID:uO7JY89I0
保守がてらに少しだけ。クリスマスの話はそのうちに。
226 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/05(火) 17:10:53.29 ID:f41yhUXuo
乙!
227 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/05(火) 18:11:21.28 ID:hpdgNTSWO
サンディ大天使定期
228 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/06(水) 09:58:20.11 ID:rCa+B+8Io
乙、終わりかと思ったわw
229 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/12/11(月) 21:47:50.06 ID:1W/bGZOT0
ようやく書ける時間が取れたので、夜半過ぎくらいからちまちまと投下していきます。
時間のあるお方は温かい飲み物でも片手にお付き合いください。
230 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/11(月) 22:12:37.90 ID:NxFfGUiNo
待ってる
231 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/11(月) 22:47:10.06 ID:IMNLlpCFO
更新ktkr
232 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/12(火) 00:45:25.04 ID:kAW1Hs42O
待ってまーす
233 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 00:55:06.57 ID:sLz/PBVL0
クリスマスイブ。薄曇りの空模様で、普段よりも少し肌寒い気温が世界を包む。
今日はお兄さんの提案で出かける事になった。
行先を訊ねてみれば、内緒の一言だけ。
どこへ行くのかもちろん気にはなっている。
ただそれ以上に、お兄さんと一緒に外出できるだけで心が弾んでしまうのだ。
駐車場に向かう自分の足が浮いているような気さえする。
「スキップするのはいいけれど転ばないようにね」
後からお兄さんの声が聞こえてきた。……スキップ?
どうやら本当に浮いていたようで、心どころか足さえ無意識に弾んでしまったらしい。
はしゃいでいるのを見られてしまい、否が応にも心拍数が上昇する。
顔中が火照るように熱い。両手でパタパタと扇いでも治まる様子はない。
自分の頬と耳が赤くなっているのが手に取るように分かってしまう。
恥ずかしさを隠すために車の元まで駆け出してみた。
お兄さんが到着するまでに早く浮かれた熱を冷まさなければ。
234 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 01:12:10.92 ID:sLz/PBVL0
深呼吸を幾度か繰り返して平静に戻る。
ちょうどその頃合を見計らったかのように、お兄さんも車の駐車してあるスペースに辿り着いた。
そこに停めてある桃色の車に乗り込む前に、
サイドミラーを覗き込んで手櫛でサッサッと前髪を整える。
髪型はおかしくはないだろうかと自問自答。
答えは当然返ってこない。
初めて出会ってからずっとボサボサの髪で過ごしていた手前、今更という感はある。
でも、お兄さんは髪を切り終えた私に向かって綺麗だと言ってくれた。
嬉しかった。とても嬉しかったのだ。
だから、あの時の気持ちを忘れないように、不慣れな手付きで髪をセットする。
そうするとまるで自分が女の子だった事を思い出すようで、少し照れくさくなる。
それと同時に胸が温かくなるのだ。
とっても不思議な感覚。
何度か前髪の分け目を弄っていると、ふと後ろに視線を感じた。
サイドミラーの視線を自分の髪から後ろに少しずらしてみると、
ほほぅ、と何か感心したような顔立ちでお兄さんが覗き込んでいる。
「綺麗だよ、サンディ」
そう言ってお兄さんは運転席側に移行して、車の中に入り込む。
私は思わずしゃがみ込んだ。
頬の熱さがぶり返してきたから。
235 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 01:29:38.93 ID:sLz/PBVL0
それから一呼吸だけ間を置いて私も助手席に乗り込む。
私がシートベルトを着用したのを確認し、お兄さんは今回の目的地に向かうために車のエンジンを点火した。
しばらく走っているうちに、この車は郊外に向かっている事が分かった。
道路の案内板から察すると市街地のテーマパークらしき場所が目的地のようだ。
未だ行ったことのない場所なので、そこに何があるのか皆目見当がつかない。
車が風を切っているその間、私は車窓の内側から外の景色を眺めている。
街路樹に巻かれた電灯が美しいイルミネーションになっていてとても綺麗だ。
天国へ続く道は、もしかするとこんな光景かも知れない。
歩道を歩く人達はみな寄り添いあって、それぞれが幸せそうな顔をしている。
本の中でしか見た事のない尊い世界を覗いているようだ。
もし本当に神様がいるならば、この中に私が一人くらい混ざっても許容してくれるだろうか。
隣で車をのんびり運転する私の神様に、そう訊ねてみたくなった。
236 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 01:45:19.98 ID:sLz/PBVL0
車を走らせること大よそ一時間ほど。
“遊園地”と呼ばれている大規模なテーマパークに辿り着いた。
目的地に着いてその中に入場をした私は思う。
地球にはこんなにも人が居たのか、と。
「うはぁ、凄い人の多さだ……」
お兄さんも絶句していた。どうやら人の多さに関しては予想外だったようだ。
237 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 01:47:44.59 ID:sLz/PBVL0
「いやぁ、最近ちょっとバタバタしていたからどこにも連れて行けてなくてさ。
今日はクリスマスイブだから何かしようと思ってたけれど……裏目に出ちゃったかな?」
「いいえ、とても素敵なところに連れてきてくださって嬉しいです」
「サンディは優しいなぁ……」
お兄さんは大仰にほろりと泣くような素振りを見せて、私の手を繋いでくれる。
その大きな手をぎゅっと握り返した。離さないように、離れないように。
238 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 01:58:36.16 ID:sLz/PBVL0
人の多さが影響しているのだろう。
遊園地のアトラクションは軒並み待ち時間が多かった。
特にジェットコースターという乗り物には、どれも約三時間待ちという看板が立っている。
さてどこから回ろうかとお兄さんはパンフレット片手に悩んでいた。
貴方と一緒にいれるだけで私は嬉しいのに。
現在地は遊園地の中央区にある噴水前。
噴き出す水が光に照らされて彩り鮮やかに変化していく。
綺麗だなぁ。ずっと眺めていても飽きない。
ふと視線を外して周りを見ると、様々な人が楽しそうに往来している。
カップルと呼ばれる男女のつがいよりも、親子連れの家族の方が多かった。
子どもはみんな嬉しそうに親と手を繋いで、暖かい恰好ではしゃいでいる。
そんな子どもを見て、親は嬉しそうに目を緩ませている。
瞬きするだけで世界はこんなにも美しい。
私の視界は今、幸せで満たされていた。
239 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 02:14:53.76 ID:sLz/PBVL0
お兄さんが熟考をして出した結論は、
『とりあえず空いているアトラクションを端から回ろう』という内容だった。
ただ、観覧車にはとりあえず乗っておきたいという彼の要望で、
一番最初に観覧車の整理券をもらい、順番が巡ってくる二時間後までは別所を巡る段取りに。
そして今、私はメリーゴーラウンドという乗り物の順番待ちをしていた。
曰く「年を取った男は乗れないもの」だそうだ。
なのでお兄さんは外で待機して、私が乗る様を楽しむとの事。
改めて一緒に並んでいる子を見ると、小さい子ばかり。私が最年長のような気がしなくもない。
順番が回ってきて係員の方から案内をされる。
馬を模倣した乗り物に跨るように言われ、言葉のままに乗ってみる。
そのまま手すりのポールを離さないでという注意喚起を告げられたかと思うと
途端にファンシーな音楽が流れ始めた。
「えっ、えっ、えっ……!?」
あたふたしながらポールをギュッと抱きかかえる。
そして地面と乗り物が動き始めた。
地面は地球の自転のように回り、それに呼応するように馬は上下に動いている。
ちょっと楽しい。
周りの風景は緩やかに移行して、遊園地の煌びやかなイルミネーションを楽しめる様になっていた。
そんな幻想的な風景を楽しんでいると、ふと何か呼びかけられたような気がする。
「おーい、サンディー! こっちこっちー!」
お兄さんがアトラクションの外側で、手を振りながら迎えてくれる。
なんとなく気恥ずかしいけれど、少し浮かれた私はおずおずと手を振り返してみた。
お姫様みたいでなんだか照れてしまう。
240 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 02:19:48.26 ID:sLz/PBVL0
そのままお兄さんのいた景色を置き去りにして、回転木馬はのんびり回る。
そして二周目、再びお兄さんの待っている景色へ。
「サンディ、こっち向いて!」
言葉のまま彼の方を向いて手を振ると、パシャリと彼の携帯電話で写真を撮られた。
ちょっぴり気恥ずかしさを残しながら三周目。
次はいつの間に持っていたのか本格的なカメラを向けて私を待ち構えていた。
パシャ、パシャ、パシャ、パシャ。連続したシャッター音が聞こえてくる。
お兄さんは周りの人の注目を浴びているのに気づいていないのかも知れない。
流石にもう撮られる事は無いと思っていた四周目。
録画状態のハンディカムを持って、キラリと光る大きなレンズを私に向けていた。
「可愛いよ、サンディ! 手を振って、ほらほら!」
周りの人はお兄さんの大きな声に驚いていて、必然的に私も注目を浴びることに。
顔から火が出そうだ。でも、お兄さんの要望には応えたい。
作り物の白馬のうなじに顔をうずめながら、ぱたぱたと頑張って手だけは振ってみる。
後の周回は、お兄さんの待ち構える付近になったらポールを抱きしめて
恥ずかしさで死にそうになっている様をビデオカメラで撮られ続けていた。
メリーゴーラウンドから降りたあと、私は一目散にお兄さんの元へと駆け出した。
そして何故か満足げな顔をした彼の背中に回り込み、ぽかぽかと軽く叩いてみる。
恥ずかしかったけれど、楽しかったのもまた事実。
なので、これは私なりの照れ隠しと抗議の合わせ技だ。
次の乗り物は一緒に乗ろう。そう決めるのには充分な出来事だった。
241 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/12(火) 02:24:54.67 ID:U1leUHnaO
くっそ可愛い
242 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 02:46:10.33 ID:sLz/PBVL0
その後はコーヒーカップという乗り物の所へ行き、お兄さんと一緒に乗った。
ぐるぐる回るそれも楽しくて、ついはしゃぎすぎた結果、二人して思わず回し過ぎた。
アトラクションから降りる際にお兄さんの足元がふらふらしていたのも
何だかとっても面白くて、つい笑ってしまった。
そして遊園地の中にある売店で軽食のサンドイッチと温かい飲み物を購入した。
私はホットココア、お兄さんはコーヒー。ハードボイルドのこだわりは相変わらずだ。
再び中央区の噴水前に戻り、そこに備えられてあるベンチに座ってサンドイッチを食べた。
パンに挟まれてあるのは、レタス、ハム、チーズという至極シンプルなものなのに
どうしてこんなにも美味しいのだろうか。
私はつい率直な感想を呟いてしまう。
「サンドイッチ、美味しいです」
「お、じゃあ今度一緒に作ろうか」
「はい、これなら私も間違えずに作れると思います」
「随分と頼もしい返事だね。これは最高のサンドイッチを期待しても良さそうかな」
「あ、えと……そこまでは、ないかも知れません……。
美味しくなるよう、お兄さんへの気持ちは多めに挟んでおきますね……」
急にハードルが上がると自信を無くしてしまう。
愛情だけは劣りません、という上手な言い回しが分からないので、つい語尾が弱くなる。
お兄さんは優しく微笑んで告げる。
「ありがとう、サンディ。お腹よりも胸がいっぱいになりそうだなぁ」
そう言いながら、私にむけてカメラのレンズを向けて、パシャっと一枚シャッターを切る。
サンドイッチを食べている状態だったので、凄く無防備なところを撮られてしまった。
急いでもふもふとサンドイッチを詰め込んで、ホットココアで流し込む。
ようやく食道に収まった頃に、お兄さんから急に抱き寄せされた。
「ほら、携帯のレンズを見つめて……はい、チーズ!」
カシャ、と無機質な音が鳴る。
そこに映っていたのは、にこやかで楽しそうなお兄さん。
そして、急な出来事で大混乱していて、グルグル眼の真っ赤な顔をした私だった。
なんとなく。
なんとなく、だけれど。
年の離れた兄と妹で撮ったような。
まるで、家族みたいな写真だった。
243 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 03:05:27.83 ID:sLz/PBVL0
それから少し遊園地の飾りつけを見て回り、気が付いたら観覧車に並ぶ良い時間となっていた。
係員の方に整理券を渡して、優先列に並ぶ。
ものの十分と待つ事も無く、ゴンドラに乗り込むことができた。
ゆっくりと頂上に上がるそれは、人工的に色づいた夜光を置き去りにしていく。
私の足元には、先ほどまで見上げていたイルミネーション。
気付けば燭光のように小さくなっていた。
空が近づいているのだろうが、夜闇ではどの程度まで高くなっているのか分からない。
ふと、夜の黒に白色が紛れてくる。
あまりに綺麗な真白だったので、星が落ちて来たのかと思った。
よくよく目を凝らしてみると、どうやら雪が降り始めたようだ。
牡丹雪のようで、一粒一粒が大きい。明日は積もるかも知れない。
「綺麗ですね、お兄さん」
「うん。まさかのホワイトクリスマスになったね」
そう言いながら、お兄さんは鞄の中を漁り始めた。
そして少しの間を空けたあと、ラッピングされた何某を私に手渡してくる。
「メリークリスマス、サンディ。サンタさんからのプレゼントだよ」
「あ、ありがとう、ございます……!」
私はそれをおずおずと手に取る。
薄手ながらに固い感触のするそれは、CDケースのようだった。
「家に帰ったら空けてね。サンタとの約束だよ」
ふぉっふぉっふぉ、とでお兄さんは笑いながら、
生えていない白鬚を触るような仕草でそう告げる。
私はコクコクと頷くので精一杯だった。
244 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 03:19:53.26 ID:sLz/PBVL0
プレゼントに対して、私は何か返せるものがないのか訊ねてみた。
お兄さんは「気にしないで」の一点張り。
そして私の頭を軽く撫でて、伝えてくれる。
「君がプレゼントの中身を見てくれたら、僕はそれだけでいいんだ」
それから、私はお兄さんと他愛もない事を話した。
明日のクリスマスは雪が積もるのか、とか。
お兄さんの好きな映画の話、とか。
どうやったら美味しいご飯が作れるのか、とか。
そうこう話し込んでいると、観覧車のゴンドラはあっという間に一周を終えた。
外の景色は綺麗だったけれど、それ以上にお兄さんの顔を見ていた時間の方が長かった気がする。
雪は牡丹雪から粉雪へと変わり、いつの間にかすっかり止んでいた。
私たちが観覧車に乗っているときにだけ降ってくれたかのようだ。
お兄さんとしては先ほどの物を私に渡すのが一番のミッションだったようで、
さて後のプランはどうしようかと悩んでいる様子。
だから私は答えた。
「家に帰って、プレゼントの中身が見たいです」と。
245 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 03:21:42.94 ID:sLz/PBVL0
素敵な時間はあっという間に過ぎていく。
遊園地にもっと長くいたいという気持ちは強い。
だからこそ、名残惜しいくらいが丁度いいのだろう。
去年の今頃は、明日さえ分からないような刹那を生きていた。
奴隷だった身からすれば、楽しすぎるのは怖いのだ。
満たされ過ぎると悲しくなる。
だから、今はこの場所に願いだけ置いておこう。
きっとまた、お兄さんと一緒に来れる機会がありますように。
246 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 03:50:39.93 ID:sLz/PBVL0
家に戻ると、お兄さんはいそいそと何かの準備を始めた。
その間に私はラッピングされたプレゼントを開ける事に。
包み紙の形を崩さないように丁寧に開けると、そこに見えたのはやはり簡素なCDケースだった。
ただ、『親愛なるサンディへ』と書かれているのが気になるところ。
お兄さんはどうやらテレビにDVDプレイヤーを接続しているようだ。
ではこれはCDではなくて、何らかの映像が記録されているDVDなのか。
中身を知らないので、私は恐る恐るそれをセットして、再生ボタンを押してみた。
247 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 03:53:11.57 ID:sLz/PBVL0
まず最初に映っていたのは、どこかの大きな施設。
色んな人種の子どもたちが楽しそうにはしゃいでいる姿が映し出されている。
ふと、カメラがとある子どもに向かってズームを始めた。
そこに映っていたのは。
私と一緒に日本へ来た、孤児の生き残りの二人だった。
彼女たちは朗らかに、声をあげて笑っている。
どうやら友達が出来たようで、ボールを蹴りながら一所懸命にそれを追いかけていた。
そしてカメラは一度暗転したかと思うと、次は食事のシーンを映してくる。
子どもたちは机に向かって美味しそうにご飯を食べている。
あの二人もしっかりパンとスープ、お肉やサラダなど好き嫌いなく食べていた。
とても、とても美味しそうに食べていた。
楽しそうだった。
幸せそうだった。
248 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 03:54:37.49 ID:sLz/PBVL0
そして次の場面転換では、空いた部屋に二人が並んで座っていた。
二人はまじまじとした顔でカメラを見つめている。
物珍しい、を体現するとこうなるのか。
カメラを回している人が小さな声で、オッケー喋って喋って、と言ってるのが聞こえてきた。
249 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 04:03:48.71 ID:sLz/PBVL0
“あー、いま、もう撮れてるの? 撮れてる? なら良かった。
サンディ。元気にしてる?
私たちは今、アメリカの孤児院で暮らしているわ。
ここの先生たち、とっても優しいの。神様みたい。
お行儀が悪いと怒るけれど、鞭で叩かないし、
意味もなく生爪を剥がしてレモン汁に浸して泣かせてくる、みたいな事もないの。
今のところはね。
人間なんて分からないから信頼なんて出来ないけれど、
ちょっとだけ、ちょっとだけ信じてみてもいいかな、って思ってる。
今ね。
人生で、一番幸せなのかも知れないわ。”
250 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 04:07:29.79 ID:sLz/PBVL0
『やっほー。サンディ、私のこと忘れてないよね?
私もイザベルと一緒の孤児院にいるんだ。
ここはね、温かいよ。
身を切らずにご飯も出るし、それぞれにベッドとふかふかの毛布が分配されてるから
寒くて死んじゃうこともないんだー。
この前はすっごい雪が降ったけれど、院のみんなで雪かきして、集めた雪で遊んだんだ。
すっごい面白かったよ!
ここにいる子どもたちもね、私たちとおんなじような子ばかりでね。
夜に泣いている子がいると、みんなで集まってぬくぬくするんだ。
私たちが生きてたあの部屋を思い出しちゃうけれど、
サンディたちと温め合ってこうして生きて来れたこと、いっつも感じるの。』
251 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 04:09:14.53 ID:sLz/PBVL0
“それとね。あたし達、貴方にどうしても伝えなくちゃいけない事があるの”
『うん、どうしても伝えたかったの』
せーの、と息を合わせる合図の後、その言葉は紡がれた。
252 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 04:10:25.69 ID:sLz/PBVL0
サンディ、助けてくれて、ありがとう。
253 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 04:12:07.22 ID:sLz/PBVL0
『辛かったとき、一緒にぬくぬくしてくれて、ありがとう』
“日本にくるとき、あの船の中で私たちを庇ってくれて、ありがとう”
『サンディ泣き虫だから、きっと誰よりも怖かったのに』
“貴方がいてくれたから、きっと私たちは生きていられたの”
“生きていれば、また会えるから。
きっといつか、会いましょうね。”
『私たちは適当に幸せに過ごしているから安心してね。
優しいサンディが、幸せに過ごせていますように、って祈ってるよ。ずっと。』
254 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 04:15:17.99 ID:sLz/PBVL0
二人は満面の笑みで、カメラに向かって手を振っている。
映像はそこで終わっていた。
私は途中で二人の顔が見えなくなっていたから、もう一度見直さなければならない。
ただ、今の所は、何度見ても最後まで顔を見据える自信が無い。
幸せな二人を見る度にきっと私は泣いてしまうだろうから。
255 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 04:29:11.03 ID:sLz/PBVL0
涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになってしまった。
お兄さんはティッシュの箱を持ってきてくれたが、それを使い切りそうな勢いだ。
泣きすぎて息ができないから、おぅ、おぅ、とオットセイみたいな声が出る。
もはや恥も外聞もなく、私は枯れ果てるまで涙を流そうと決めた。
それからしばらくの間ののち、ようやく少し落ち着いた私に向けて
お兄さんはホットミルクを差し出した。
「いやぁ、そこまで感激してくれるとサンタ冥利につきるね」
「いづ、グスッ……、ずみ゛まぜん、いつ、の間に……、準備したんですか?」
「きみが願い事を投函した翌日から準備を進めてたよ。
組織の連絡先を調べていたら、色々と時間かかっちゃってさ」
「ありがとう……、ありがとう、ございます……。叶うなんて、思ってませんでした……」
未だ涙が少し溢れる私をお兄さんは優しく抱きしめてくれる。
温かい。ぬくぬくだ。
お兄さんは、私を腕の中に収めながら告げてくる。
「実はね、この映像をくれる代わりに一つだけ取引があったんだ」
「とり、ひき……?」
「それを聞いてくれるかい?」
「何でもいいです。私で出来ることは、何でも受け入れます……」
「“あの二人にサンディの現状を伝えてほしい”ってさ。
今日撮った写真、送っていい?」
「恥ずかしいからダメです」
「手の平大回転!? なんでもって言ったじゃんサンディ!」
「それはそれ、これはこれ、です」
「便利な日本語を知ってるね……!」
256 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 04:40:31.81 ID:sLz/PBVL0
それから数日後。年の瀬も近づいた頃。
「じゃあ、カメラ回すよ」
「えっと、どのタイミングで喋ればいいですか?」
「ゴメン、もう回ってる」
「ええ!?
257 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 04:43:54.79 ID:sLz/PBVL0
ええ!? もう始まってるんですか!!
あと、その、えーと。
イザベル、クロエ。元気ですか。
えっと、サンディです。
私は今、あの船で助けてくれたお兄さんの元で居候になっています。
お兄さんはとっても優しくて素敵です。
普段はにこやかなのに、キリッとした時の表情が凄く恰好いいです。
とっても良い匂いもします。
それに私の知らない事をいっぱい教えてくれて、
沢山の愛をいつも注いでもらっています。
え、あ、ちょっと、お兄さん、照れないで……。
私も本人が目の前なのに本音を言い過ぎました……自重します……。
あ、え、えと、そうだ!
最近はご飯も少しずつだけれど作れるようになりました。
昨日はサンドイッチを作ってみました。二人にも食べてもらいたいです。
あと、えーと、あとは……。
話したいことが沢山あって、全然まとめられません。ごめんなさい。
たまにこうして、やりとり出来たら嬉しいです。
また会いましょう。
ぜったい、ぜったい会いましょうね。
ふたりとも。たすけてくれて、ありがとう。
いま、わたしは、しあわせです。
258 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 04:59:33.85 ID:sLz/PBVL0
〜〜〜〜
それから大晦日を越えて、年の始めの元日を迎えた。
明けましておめでとうございます。
二人でそう伝えあい、年越し蕎麦というものを食べる。
お兄さんお手製のお蕎麦は薄口でとても美味しかった。
鐘の音が鳴り響く境内、深々と降る雪の中を参拝する人々がテレビに映される。
とても厳かに感じるが、それ以上に私が感じているのは眠気だ。
時間を見ると午前零時を少し跨いだあたり。
お兄さんの下でお世話になって以来、こんなに遅くまで起きているのは初めてだ。
先に眠る旨をお兄さんに伝えると、明日はごろごろ過ごすから好きな時間に起きていいとの事。
お兄さんはしばらく夜更かしをしてテレビを見るらしい。
おやすみなさい、と私は先に伝えて就寝。
彼がいつ潜り込んできても良いように、お布団を温めておくのだ。
そして次に目が覚めたのは、午後三時。
久しぶりに飛び起きる。いくらなんでも寝すぎてしまった……。
259 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 05:08:52.14 ID:sLz/PBVL0
「おはようございます……元日早々から寝坊して申し訳ありません……」
「おはよう、サンディ。僕も起きたばかりだし気にしないで」
お兄さんは朗らかに笑いながら、ご飯の準備を進めている。
おせち、というものを取り寄せていたようで、お雑煮というのを作り終えるまで
それを摘まんで待っていてほしいとの事。
私は重箱に入っている彩り鮮やかなその中から、不思議な形の食べ物をぱくりと食べてみる。
おお、かまぼこだ。美味しい。
「それにしても、よく寝てたねぇ。今日の夜が初夢になるから、その調子だといい夢を見れそうだね」
「あ、はい……」
私は夢を見ない。
お兄さんにそれを伝えていないから、もちろん知る筈も無く。
「今日はお兄さんの夢を見れたら嬉しいです」
と付け足してみる。
「嬉しいこと言うねぇ。じゃあ僕はサンディの夢を見ようかな。
あ、お餅は何個ほしい?」
「えっと、六個です」
「いいねぇ、僕は餅あまり食べないから助かるよ」
少々食い意地が張ってしまったような気がしなくもない。
運ばれてきたお雑煮が大きいドンブリに入っていた辺りで、少しだけ後悔した。
そんな穏やかな元日をお兄さんと過ごす事が出来た。
260 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 05:24:28.46 ID:sLz/PBVL0
潮騒の音が聞こえてくる。
気が付くと私は、砂浜に立っていた。
足元には海水が寄せては引いている。
私の来ている服装は白いワンピースに麦わら帽子。
随分と肌を露出する恰好だ。
気になって左手を水平に上げてみると、拷問を受けた際に付いた大きい切り傷がなくなっているではないか。
よくよく見てみれば、体に刻まれた鞭の痕が随分と薄くなっている。
ふと後ろから声が聞こえてきた。
私を呼ぶ声なのだろうか。
耳を澄ますと、少年の声が聞こえてくる。
おかあさん、おかあさん、と。
はて一体誰を呼んでいるのだろうか。
そう思いながら振り返った直後、腹部にどしんと振動がくる。
先ほどの声の主であろう男の子が飛び込んできたのだ。
そして私に向かって告げる。
「おかあさん」、と。
なんとなく、腑に落ちる。
よく分からないが、私はきっとこの子のお母さんなのだ。
その子に手を引かれるまま、私は何処かへと足を進める。
どこへ行くのか訊ねてみれば、僕らのおうちへ帰るんだと言う。
おとうさんも待ってるよ、と嬉しそうに言うから、なんだか私も嬉しくなる。
砂浜から歩いて間もない所に建っている白い家。
そこの玄関を開けて、ただいまと男の子は元気に入っていく。
私も、なんとなく、ただいま、と言ってみる。
家の間取りは分からないのに、足の赴くままに進むと、リビングに通じていそうなドアの前まで来ていた。
男の子の声が聞こえる。お母さんが帰ってきたよ、お父さん。
お父さんと呼ばれた人は答える。よし、じゃあ二人で出迎えようか。
私は恐る恐る、そのドアを開ける。
そこには。
「おかえり、サンディ」
お兄さんが、その男の子を抱きかかえて、私を迎えてくれた。
261 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 05:32:21.46 ID:sLz/PBVL0
ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ。
目覚まし時計のアラームが枕元で鳴っている。
私はむくりと起き上がり、寝惚けた頭でおもむろにそれをオフにする。
横を見ると、とても気持ちよさそうな顔でお兄さんが寝ていた。
いったい何の夢を見ているのだろうか。
良い夢だといいな、と思ってしまう。
顔を洗うために起き上がろうとしたその時、ふと頬が濡れているのに気付く。
何故に私は泣いていたのだろう。
原因を思い出そうとするが、分からない。
ただ、なんとなく、幸せだった事は分かる。
潮騒の心地良い港町で、不思議な男の子に出会っていたのだ。
ああ、なるほど。
私は夢を見たのだ。
――あれはきっと、初夢だったのだ。
262 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 05:34:45.89 ID:sLz/PBVL0
読んで頂いてありがとうございます。
とりあえず、第一部完という事で。
【エンディング曲】
https://www.youtube.com/watch?v=A-D3pRQMiNw
263 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/12(火) 05:49:58.57 ID:hyUP4s/FO
乙
初夢が正夢になるかそれとも別の幸せを見つけるか…
サンディにはどんな形でも幸せになって貰いたい
264 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/12(火) 05:58:16.99 ID:53AlL6imO
乙、貼ってる歌の出だして泣きそうになった
初夢は誰にも喋らなければ叶うというジンクスがあるぞ
265 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/12(火) 10:14:27.46 ID:kAW1Hs42O
乙、良かったです
266 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/12(火) 15:33:11.09 ID:sLz/PBVL0
乙レス、感想など有難うございます。嬉しい限りです。
「虐げられてきた者が夢見る少女に変わるまで」という当初の脳内目標までは書けました。
スレはこのまま残して二人の幕間などをつらつら綴ろうとも思いましたが
内容的にキリも丁度良い頃合でしたし、一旦ここで〆ておくことにします。
次回作、または探偵と元奴隷の小話続編でお会いしましょう。
重ね重ね、お時間をかけて読んでくださって本当に有難うございました。 依頼を出してきます。
267 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/12(火) 18:02:41.37 ID:OHAp4f44o
マジかよ終わっちゃうのか
続編に期待するしかないな
268 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/12(火) 18:13:13.61 ID:dFXrh+q00
いい話すぎて壁に頭を打ち付けそうになった。
乙
269 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/14(木) 01:09:58.48 ID:DwkAWVf50
【番外編〜秘密の探偵物語〜】
ここは喫茶店、リーブル・ド・イマージュ。
フランス語で絵本という意味らしい。
僕は今この店のカウンター席に座り、モカマタリを堪能している。
芳醇な味わい、コクと深みのある香り。苦みすらも愛おしい。
マスターの淹れるコーヒーは間違いなく一級品だ。
店に来てから注文以外に言葉を交わさず、各々が思い思いの時間を過ごしている。
顧客と店主の距離感としても最高だ。
彼から情報を買う以外にも、普通に客として足繁く通ってしまうのは不可抗力というものか。
270 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/14(木) 01:11:14.05 ID:DwkAWVf50
人は沈黙を恐れる生き物だ。
しかして、僕とマスターは言葉を交わさずとも互いの心情を理解する仲だ。
彼はいま背中を向けて食器の手入れをしているようだが、
その後ろ姿の哀愁から察するに、さも人生の何某を僕に向けて語りかけているのだろう。
彼はふと磨いていたコップを置き、僕の方へ振り返る。
そしてこう告げた。
「一杯のコーヒーで三時間も粘る客に語る言葉なんてねぇよ」
どうやら今までのモノローグは口から全部出ていたようだ。
長い時間をかけて飲み干し、もはや水滴ほどしか残っていないコーヒーを無理やり啜る。
ハードボイルドは何事も冷静に。
恥ずかしさを誤魔化すことすら一流なのだ。
271 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/14(木) 01:12:52.43 ID:DwkAWVf50
さて、そもそもどうしてコーヒーをこんなに時間かけて飲んでいるのか。
理由は二つある。
「そういや、今更だけれど例のお嬢さんは一緒じゃねぇのか」
「ああ、彼女は事務所でDVDを見ているよ」
アメリカの孤児院から届いたビデオレターを改めて見たい、と
今日の昼飯の最中にサンディから頼まれたのだ。
彼女にDVDプレイヤーの使い方を教えてあげた後、
その間に僕は野暮用を済ませると嘯いて外出することに。
たぶん僕がいると気を遣うだろうから、ゆっくり一人で見せてあげたかったのだ。
他にも自分の部屋にあったサンディでも見れそうなお薦めDVDを渡しておいた。
探偵物語、探偵はBarにいる、名探偵コナン、ジュマンジ。
我ながらチョイス的には一部の隙も無い完璧な布陣だろう。
そして時間をかけているもう一つの理由。
財布を忘れてしまった事をどう伝えればいいのか悩んでいたのだ。
272 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/14(木) 01:14:27.34 ID:DwkAWVf50
もはやコーヒーから醸し出されていた湯気すらも飲み切っているような気がする。
ここは正直に言ってしまうか。
「マスター、申し訳ない。財布を忘れたから今回だけツケといてもらえないかな」
「はぁ? 仕方ねぇ奴だな、この赤貧ポンコツ探偵は」
頭をがしがし搔きながらも、マスターは了承してくれた。
有難い。なので言葉の後半部分は聞かなかった事にしよう。ハートには効いているが。
「支払いはトサンで待ってやる」
「十日で三割は暴利すぎるよマスター」
「馬鹿言うんじゃねぇ、十秒三倍だ」
「馬鹿言うんじゃないよ、ゲイツですら破産するわ」
273 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/14(木) 01:15:40.88 ID:DwkAWVf50
それから僕とマスターは時間を縫い合わせるかのように会話に興じる。
最近の景気、前所長の話、春先に店に置く植物の話、などなど。
その中で、二人の癖について話題が飛んだ。
「マスターって何だかんだ承諾してくれるときって頭掻く癖ありますよね」
「ああ、まぁそりゃこんだけ生きてると色んなもんが染み付いちまうのよ」
「そんなもんですか」
「そんなもんだ。そういやお前も色々と癖あるよな」
「曲者なので」
「十秒五倍な」
「大変申し訳ございませんでした。それで、僕の癖のことですか?」
そう言いながら、ツケにかこつけて追加注文していたコーヒーを軽く啜った。
「癖といえば、お前たしか自分の好きな映画のケースにエロDVD隠してるとか言ってたな。
年端もいかない同居人がいるんだったら、その癖を早く治しとけよ」
それを聞いた瞬間、飲んでいたコーヒーの手が止まる。
少し間を置いて全身の汗が一気に噴き出した。
探偵物語がクロだった。
274 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/14(木) 01:18:20.25 ID:DwkAWVf50
嫌な予感が確信に変わる前に喫茶店から出て、急いで事務所兼自宅へと戻ってきた。
「……た、ただいまー」
何故だか小声で帰宅を告げてしまう。
やましい事は無い筈なのに。たぶん、おそらく、きっと。
「……おかえりなさい」
玄関先で出迎えてくれたのは、両手を腰にあてた仁王立ちのシルエット。
もとい、顔を真っ赤にして涙目になりながら、ぷくっと頬を膨らませているサンディだった。
“ぷんぷん”という擬音が聞こえてきそうな動作からしてご立腹の様子だ。
傍からみれば只々可愛いだけなのだが、それこそご愛嬌というものか。
275 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/14(木) 01:20:31.71 ID:DwkAWVf50
さて、弁明を考えよう。
こういう時だって狼狽しない。あくまでクールに。
冷静沈着、頭脳明晰、奇想天外、四捨五入だ。いけない混乱している。
もしかしたら例の案件を見ていないかも、という一縷の可能性に賭けて
目の前の可愛い同居人の第一声を伺うことに。
肩をぷるぷる震わせながら、サンディは呟いた。
「………………おにいさんの、えっち」
次の瞬間には土下座を決め込んでいた。
最速で適した回答を出せるのもハードボイルドが成せる技なのだ。
とりあえず今日の夕飯、少しだけデザートを豪勢にせねばなるまいて。
276 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/14(木) 01:21:21.64 ID:DwkAWVf50
スレが落ちる前のエクストラとして小話を。
もし続編があるなら、こういう感じのゆるい話も増やして行きたいなと思います。
277 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/14(木) 01:32:05.80 ID:0437wubYO
番外編のタイトルで草生え散らかした
続き書いてくれてもええんやで
278 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/14(木) 01:54:26.79 ID:zhiA99K10
下手したらサンディのトラウマが蘇りそうかと思ったけどそんなことはなかった
279 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/14(木) 07:53:33.77 ID:lmlvEM3f0
おつ
続きも楽しみにしてる
280 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/15(金) 18:20:33.44 ID:xZtK72FO0
最高だった
つづきをたのしみにしている
281 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/15(金) 21:42:11.79 ID:dA6Qgnz90
>>1
の作品ほんとすき
昔からずっと追いかけて見てる
また書いてください
282 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/16(土) 09:31:18.16 ID:yuTTByYZO
やっと追いついた…
恋われた日の作者さんだったとは…
つづき…ある…よね?
283 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/12/20(水) 02:24:31.05 ID:32QB0K5q0
タイトルと内容に惹かれて一気読みしてきた。素晴らしすぎる、乙です
と、ところで続きは……続きはないんですか……!
284 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/22(金) 02:50:13.37 ID:7reG6FM70
ご無沙汰しております。夜分遅くに恐縮です。
一週間以上前には依頼を出しているのですが中々落ちないものですね……。
まだ覗いてくれる方がいるなれば、またエクストラ(番外編)でも綴ってみます。
気が向いた際に安価協力を頂ければ幸いです。
【イメージ曲】
https://www.youtube.com/watch?v=vtvVwgQCKrM
285 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/12/22(金) 02:53:49.64 ID:7reG6FM70
【二人のエピソード】 ※連れて行きたい場所、日常の一コマ、未来の話など
>>287
【視点:男 or サンディ】(多数決)
>>289-291
【サンディの最近の趣味】
>>293
286 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/22(金) 07:58:02.66 ID:i7oDoVEVo
季節は夏
夏祭りで花火を見る
287 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/22(金) 08:00:33.48 ID:mVYFEFODO
↑
288 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/22(金) 08:33:12.16 ID:iGaHxHSGo
男
289 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/22(金) 08:43:50.73 ID:aNis0w4+0
男
290 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/22(金) 10:35:11.75 ID:KnNtdvJuo
男
291 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/22(金) 12:11:10.38 ID:G5zW9NwHo
男
292 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/22(金) 12:16:40.71 ID:wOYmGqQAo
kskst
293 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/22(金) 12:21:55.50 ID:BH3UDmJro
猫観察
294 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/22(金) 12:35:17.98 ID:/tbiSFc1O
趣味が可愛すぎて悶えた
295 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/22(金) 14:34:17.41 ID:DhT8JNUs0
飼い猫か野良猫か…
どちらにせよ可愛いwww
296 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/22(金) 20:07:36.77 ID:O831xV+t0
かわいい(かわいい)
297 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/12/26(火) 08:29:52.70 ID:FJfmKFygO
おっ!更新きてるね。これは機体
298 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga sage]:2018/01/03(水) 01:21:25.65 ID:D/ZVingG0
謹賀新年。明けましておめでとうございます。
今年もどうぞ宜しくお願いいたします。
皆々様のご健勝とご多幸をお祈りしております。
私事で恐縮ですが、年末年始はしっかり寝込んでおりました。
一生分の咳をしたような気がします。
それが起因で声帯を痛めつけた結果、
かのプロレスラー天龍源一郎のような声で日々過ごしておりまして。
体調回復に努めていた故に安価内容は未だ未着手。
近日中に上げようと意気込みはありますので、
思い出した頃にスレを覗いてくださると嬉しい限り。
299 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/03(水) 09:41:21.49 ID:TKKPjbVqO
あけましておめでとうございます。
お身体を大切に、無理はなさらぬよう…
300 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/03(水) 14:24:27.45 ID:Ic+MS72qo
>>298
あけましておめでとうございます。
御自愛ください
301 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/04(木) 07:49:44.14 ID:nQQw/K0bO
天龍で草
お体に気をつけて過ごしてください
302 :
(´ω`)
:2018/01/08(月) 05:16:54.74 ID:SgrNZwah0
体調にお気をつけて無理せず更新してください…
私も年末にインフルエンザにやられたクチです…
303 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/01/09(火) 21:03:28.39 ID:xcA863R90
楽しみに待っていますよ
304 :
NATHAN
[sage]:2018/01/15(月) 01:40:12.44 ID:UDMIs4Zw0
保守
305 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/15(月) 17:01:08.96 ID:Hql4hg9c0
保守
306 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/01/16(火) 15:30:51.79 ID:Ng5+RBxr0
肺炎一歩手前でした。(挨拶省略)
週末には元の住まいに戻れるとの事なので、ようやくまともに書けそうです。
長らく投下できずに申し訳ありません……。
新年のあいさつや体調を気遣って頂けるレス、スレが落ちないための保守など有難うございます。心が温まりました。
ところで、私のようなぽんこつは脳内でよく物語のイメージソングを垂れ流してしまう性(さが)でして。
それを皆様にも共有したいと思い、このスレを想起しながら聞いた曲を一つ紹介させてください。
https://www.youtube.com/watch?v=I79m_otKgJI
本編に関しては、今週の土曜か日曜辺りにでも改めて覗いて頂けると幸いです。
307 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/01/16(火) 16:45:55.87 ID:LZPRrAq90
待ってます!
308 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/17(水) 17:57:05.64 ID:uGMrt0jSO
まだかなー?
309 :
名無し
[sage]:2018/01/17(水) 19:21:59.54 ID:DbbzBz000
肺炎手前とは危なかったですね・・・。
無理をなさらずに更新してくださいね、待ってます(∩´∀`)∩
310 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/19(金) 23:35:49.01 ID:zdfdEQWn0
保守
311 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/01/20(土) 00:03:24.21 ID:Qhwvu5580
【二人のエピソード】
季節は夏
夏祭りで花火を見る
【視点:男 or サンディ】
男
【サンディの最近の趣味】
猫観察
312 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/01/20(土) 00:08:37.57 ID:Qhwvu5580
部屋の窓から見える敷地に、桔梗の花が濃紫の花弁を慎ましく覗かせていた。
梅雨の空けたこの時期は吹く風みなに湿気が纏わりついているような気がする。
その風色が頬を撫でると涼やかさを少し感じた。
本格的に始まる夏が一歩一歩近づいているような兆しで、
緩やかでも確実に四季が巡っているのだと再確認できる。
朗らかな気持ちに流され軽く背伸びをしようと手を伸ばす。
ずきり、と右の肘が少しだけ疼いた。先月の怪我が未だ完治していないようだ。
この手の傷は何度か負った事がある。手酷いものではないので、そのうち治るだけでも良しとしておこう。
そのまま軽くストレッチでもしようかと思うと、不意に後ろから呼びかけられる。
「お兄さん、今日も行ってきます」
声のした方向を向くと、そこには少しだけ日に焼けた健康的な肌色の少女が居た。
名前はサンディ。去年の秋から一緒に住んでいる同居人だ。
313 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/01/20(土) 00:10:47.04 ID:Qhwvu5580
七分袖の白いシャツにショートパンツ。
そして日除けの麦わら帽子を被った格好で、
ピシッと音が立つような真っ直ぐな姿勢を向けてくれる。
「おぉ、今日も元気だね。ちゃんと飲み物は持ったかい?」
「はい、万全です。ぬかりはありません」
ふんす、を鼻を鳴らすような動作をしつつ、
肩にかけたポシェットから清涼飲料水を出して見せてきた。可愛い。
ポシェットの中には飲み物の他に筆記用具とノート、
そして塩飴、更にはGPS付防犯アラームが常備してある。
五月の事件以降、特に防犯アラームだけは絶対に手放さないよう言いつけていた。
素直な彼女はしっかりと言いつけを守ってくれているようだ。
よしよし、とサンディの頭を麦わら帽子の上からぐりぐり撫でてみる。
ショートパンツの裾をぎゅっと摘まんでサンディは僕の手を受け入れてくれた。
もじもじしている仕草からして、ひょっとすると照れているのだろうか。
それがまた何とも可愛らしいと思い、もう少しだけ愛おしむように撫でてみた。
君の今日が幸せでありますように、と。
ひとつまみだけ愛を添えて。
314 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/01/20(土) 00:15:31.60 ID:Qhwvu5580
「お、お兄さん!そろそろ修行に行ってきますね!」
「はい、いってらっしゃい」
玄関前で一度振り返って僕に向けて手をぱたぱた振り、サンディは外出した。
最近サンディは一人で外に出る事ができるようになった。
さらに外出先で趣味に興じるようになったのも非常に喜ばしい。
昔はどこに行くにしても僕が傍にいたが、以前に比べれば随分と快活に変わってくれたものだ。
もちろん彼女に気付かれないよう、当面の間は組織に頼んで護衛をつけてもらってはいるが。
外で遊ぶのも健康的で子どもらしいから大変喜ばしい事である。
ただ、遊ぶ、というのはひょっとするとサンディ的には語弊があるのかも知れない。
そう、あくまで彼女にとっては“修行”なのだ。
修行の内容は、猫の観察。ほんと愛らしすぎて悶死しそう。
315 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/01/20(土) 00:19:25.70 ID:Qhwvu5580
なぜサンディが修行などという言葉を使うようになったのか。
事の発端は彼女と一緒に図書館へ行ったときに遡る。
あの子に知識の幅を持たせるために、僕はそこへよく連れていくのだ。
図書館に赴き、いつもの如く読書用スペースに各々本を数冊持ってきた。
僕はノンフィクション小説、そして新書コーナーにあった本を幾つか見繕う。
サンディは多種多様な本を六冊持ってきた。
背表紙を見る限りは本当にジャンル不問の模様。
まさか青色申告関連の本まで読むのかい、君は。
もし本当にその手の専門書の内容を理解できているのならば、
年中火の車である我が探偵事務所の経営を一緒に回してほしい。
切に。切に。いや本気八割くらいで切に。
316 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/01/20(土) 00:22:50.23 ID:Qhwvu5580
サンディが持ってきた本の中でも特に僕が目を引いたのは、職業に関する本だった。
そういったものは僕も就職活動をしていた頃に読んだ事がある。
どういう職種や職業があるのか、どうやったらなれるのか、どのくらい稼げるのか。
夢への道筋、その先の現実、そんな未来の在り方が書かれているような内容だ。
ひょっとすると、サンディには将来の夢があるのだろうか……。
小さな声で問いかけてみた。
「サンディ、将来は何になりたいの?」
それを聞いたサンディは顔を真っ赤にした。まさかの地雷だったか。
彼女は耳まで紅潮させつつ、なにやら索引ページから探し始めた。
そして本をパラパラと捲ると、彼女はその項目を開いて僕にそっと差し出した。
そこにはこう書いてあった。
『 探偵 』 と。
317 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/01/20(土) 00:29:03.20 ID:Qhwvu5580
サンディはその項目を一所懸命に読んでいた。
その中で彼女が学んだ重要な点は、職業内容。
特に今の自分に出来そうな所をブラッシュアップしていた
探偵の探しものは人や動物。専門的に人を探す所もあるが、大体は動物を取り扱う方が多い。
そしてサンディは動物探しなら自分にも手伝えるかも知れないという結論に至った。
いつか自分が探偵の仕事を手伝えるようになるために、最近は“修行”を始めたというわけだ。
318 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/01/20(土) 00:31:30.30 ID:Qhwvu5580
これは只の余談になる。
それからしばらく僕らは読書に耽り、読み終えていない本を借りて図書館を後にした。
車の中で互いに今日読んだ本の感想を語りつつ、その合間で僕はふと思った。
読書をさせてみることで気づいたが、彼女の日本語に関する語学力は同年代よりもかなり高い。
難しい言葉をすらすらと読めて、且つ漢字の読み書きは中学生と同じかそれより上のレベル。
どうしてこんなに日本語が堪能なのか。それをふと聞いてみた。
曰く、日本に連れていかれるのは自分が奴隷になった早期の段階で決まっていたと。
国外の売却先であるご主人様に迷惑かけないように、
日本語、というか学問の分野に関しては相当仕込まれたとか。
それを聞き終えた後、衝動的に僕は彼女を抱きしめた。
突然抱き着かれたサンディは僕の胸のうちであわあわと慌てふためいたが、
ひとしきり手をパタパタさせたあと、観念したように僕の背中へとおもむろに手を伸ばしてくれた。
常人では耐えきれないような、そんな辛い経験を経て覚えた日本語は嫌いなのかも知れない。
彼女のことを鑑みず、勉強が出来る理由を聞いた事に対して「ごめんね」と呟く。
すると僕の耳元でサンディは囁く。
「あの辛かった時間も、こうして貴方とお喋りするためにあったと思うと、幸せなんです」
僕はまた、ぎゅっと彼女を抱きしめた。
319 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/01/20(土) 00:36:59.88 ID:Qhwvu5580
閑話休題。
それからサンディは探偵見習いと自称して、その修行のために動物の動きを見ていた。
僕らの住まいは周囲に野良猫が多いから、観察の場としては打って付けだろう。
サンディは動物好きという事もあり、まさに趣味と実益を兼ねている。
最近は猫の気持ちになりたいから、と猫耳付カチューシャを所望された事があった。
用途をもう少し深く訊ねると、それをつけて動物探索のために町内を闊歩するつもりだったとか。
現状あまり人目についてはいけないサンディだが、流石に色々と注目されそうなので却下した。
だが、シュンとしたあの子を見てしまうと僕の心はどうにも脆弱になってしまう。
家の中だけならいいよ、と買ってあげたのはここだけの話に留めておいてほしい。
320 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/01/20(土) 00:39:22.52 ID:Qhwvu5580
最近の修行場所は近所の空き地に住まう猫たちの観察が主流のようだ。
今日もそこに向かっており、持っていたノートに何やら色々と書いているのだろう。
そういえば、実際に修行している場面って見た事がなかったなと思い出す。
……尾行してみるか。
決して仕事が入らず暇なワケではない。
ハードボイルド探偵として、それこそ修行の一環を最近怠っていたのを失念していたのだ。
ここ一つ、サンディに本物の探偵の尾行をお見せしよう。いや見せたら尾行にならないけれど。
傍から見れば女子小学生に付き纏うアラサー青年になるという事か。
なるほどちょっと死にたくなる光景だ。
サンディに持たせている防犯アラーム、初めて鳴り響く相手が僕じゃありませんように。
321 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/01/20(土) 00:40:01.88 ID:Qhwvu5580
今宵はここまで。続きは近日。
322 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/01/20(土) 01:11:26.33 ID:T2FWtZAZo
おつ
ネコミミサンディを家に監禁(語弊)とか……マスターこっちです
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