男「元奴隷が居候する事になった」【安価有】

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113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/13(月) 21:17:27.55 ID:VwXDTvtEO
ww
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:57:09.80 ID:grI1dH9y0
>>112
お分かりいただけただろうか……。
すいません、言われて初めて気が付きました。推敲も無しに投下して申し訳ない。
こんな感じの文章ポロポロあると思いますが、即興で書くライブ感ゆえの弊害と捉えてもらえると幸いです……。
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/13(月) 22:14:12.39 ID:jF03+OFUO
分かってたけどスルーするのがマナー
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 06:10:40.98 ID:OiSFZpw30



私の名前はサンディ。名前だけしか持たない奴隷。

遠い昔にどこかの港町で母と暮らしていたような気がする。

以前の記憶は曖昧で、全ての事柄に薄ぼんやりとした霧がかかっているみたいだが、

私自身としては振り返るつもりが毛頭ない。

どこで、何をして、どんな事をされてきたのか、

思い出しそうになると凄まじい嘔吐感を覚え、腕の皮膚を搔きむしりたくなってくる。

だから昔は思い出さない事にした。

綺麗だった母の顔も、もしかしたら居たかも知れない友人も、あの懐かしい磯の香りも。

それはきっと。

逃げる事すら許されなかった私の脳内で生まれた、愚かな幻。

きっと実際は暗い橋の下あたりで拾われて今に至るのだろう。

一番鮮明な記憶は、鞭を振るわれた背中の痛み。

人生で残せてきたのは、体に刻まれた醜い傷跡だけ。

幸せの意味さえよく分からないまま、ずっと長いあいだ虐げられてきた。


日本へ売り飛ばされる際に乗ってきた船で、あの人に出会うまでは。

 
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 06:25:43.02 ID:OiSFZpw30


私は夢を見ない。

恐ろしい夜が早く過ぎ去りますようにと願いながら目を瞑り、そのまま気づけば朝になっている。

夢で起こる事柄はどれもひどいものばかりで、いっそ見なくなればいいと思ってから随分経った。

私はいつも夜に電源が落ちて、朝に電源が勝手に点く機械のようなものだ。

何某かの夢を見ているのかも知れないが、思い出すつもりもない。


ちゅんちゅん、と鳥の囀りがどこか遠くから聞こえてくる。

目蓋の重さをこじ開けるように見開き、朦朧とした意識が徐々に温まってきた。

掛け布団の重さに未だ違和感を覚えながらも、そのままむくり、と目が覚める。

時刻を見ると朝の六時四十分。

七時までに起きてくれば朝ごはんの準備をするよ、とはお兄さんの言伝。

ふかふかのベッドから身を起こして、先日購入してもらった部屋着に着替える。

部屋の出口にある姿見に映るのは、煤や垢まみれのみすぼらしい姿な自分ではなく、

きちんとした身なりで、まるで人並みの生活を過ごせているかのような私。

そのまま右の頬をむにゅ、と摘まんでみた。姿見の自分の滑稽な顔が見える。

そして少し力を入れてみると。

良かった、痛い。


私は夢を見ない。

ただ、今のこの現状は、まるで夢を見ているようで。

どうしようもなく胸がいっぱいになる。

 


118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 06:35:52.28 ID:OiSFZpw30

事務所に繋がる扉を開けると、鼻腔を何やら良い匂いがくすぐってくる。

この香りはいつもお兄さんが飲んでいるコーヒーというものの匂いらしい。

鼻先だけで苦みを覚えてしまいそうなのに、それが無骨に心をほぐしてくれる。

香りの出処は、ソファで新聞を広げている人物からだった。

その方は私が起床してきた事に気が付くと、新聞を置いて、ふわりとたわむような優しい顔を見せてくれる。


「おはよう、サンディ」


この笑顔を朝から見ると一瞬で目が覚める。それと同時に、何故だか胸の動悸まで起こしてくれる。

おはようございます、と敬意を込めて一礼を交わす。

そのまま目線をずらして暦を見ると、今日の日付は十一月二十五日。

お兄さんの下にお世話になり始めてから二週間が経過していた。

 
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 06:55:31.28 ID:OiSFZpw30

お兄さんはコーヒーを軽く啜り、再び新聞に目を通し始める。

前にちょっとだけ飲ませてもらった時はとっても苦かったけれど、

私用に改めてコーヒーを淹れ直して、それにミルクと砂糖を混ぜてくれたら

驚くほど美味しい飲み物に変わったのを覚えている。

でもお兄さんはコーヒーを真っ黒いまま飲めている。不思議だ。


「それ、黒いままでも美味しいんですか?」


なんとなく聞いてみる。お兄さんは困った顔をしながら答えてくれた。


「あんまり美味しくないね。僕は甘党だから、本当はミルクと砂糖があった方が好き」

「では何故に入れないのですか?」

「ハードボイルドのコーヒーはブラックと相場が決まっているんだ」


お兄さんは、ふふん、と鼻を鳴らすようなポーズでまたコーヒーに口をつけた。

ハードボイルド。その単語は聞いた事がないので辞書でめくってみた事がある。

卵の固ゆでが語源になった、冷静だったり冷酷だったりする人を現すらしい。

現状だとほぼ間違いなく正反対だと思う。

物腰も柔らかくて穏やか。誰かのために涙を流せる人。

お兄さんは、ソフトマイルドの方がしっくり来るような気がする。

そして、それを言ったら何となくお兄さんががっかりしそうなので、私はグッと胸に秘めておくことにした。

 
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 07:12:26.25 ID:OiSFZpw30

新聞を読み終わったら徐に立ち上がってキッチンに向かうお兄さん。

私はカルガモのように後ろをとてとてとついて行く。

振り返って嬉しそうな顔をしながら私の頭を撫でて、今日の朝ごはんのリクエストを訊ねてきた。

私如きがご飯を食べるなんて滅相もない、というとお兄さんはとっても悲しそうな顔をするので、

その言葉を飲み込みながら伝える。

なんでもいいです。なんでも嬉しいです、と。

それが一番難しいなぁ、と顔をふにゃっとさせながらお兄さんは戸棚からフライパンを取り出した。

私も早く料理が出来るようになりたい。切にそう思う。

そのままお兄さんが朝食を作り、私がお皿を並べる。

これが朝食前の風景になり始めた。心の芯が温かい。また泣きそうになってしまう。

それから少々時間が経つと、部屋に美味しそうな匂いが充満してきた。


「では、サンディ。号令よろしく!」

「はい、では僭越ながら……いただきます」

「いただきます!」


いただきます。とっても良い言葉だと思う。

知識として前々から知ってはいたが、いざこうして自分が使う方の立場になるなんて思わなかった。

毎日三食のご飯を食べる事が出来ているのは今までの自分の人生では考えられない奇跡だ。

本当は日本に着いたときの船で起こった銃撃戦で既に私は死んでいて、日本でいう鬼籍に入ったのかも知れない。

それならそれでも構わない。

神様と一緒に過ごせているという事に変わりはないのだから。

 
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 07:37:24.67 ID:OiSFZpw30

食事を終えてからのひととき。

緑茶の淹れ方は先日覚えたので、お兄さんに新茶の一杯を持っていく。

ソファで新聞に挟まれていたチラシを整理していたので、手元から少し遠ざけて置いてみた。

ありがとう、と一言が返ってくる。

たったこれだけで心の柔らかい所がグッと掴まれたような錯覚を感じる。

この感覚の正体をようやく最近思い出した。

うん、嬉しいのだ。純粋に。

お気になさらず、とお兄さんに返しつつも、私はキッチンに駆け込んだ。

感情の処理の仕方が分からないので、そのまま衝動に任せてぴょんぴょん跳ねてみる。

そして二度三度ほど跳ねたら急に気恥ずかしくなった。控えよう。

持って行ったお盆で口を隠すようにして、少し呼吸を落ち着ける。

これから何かお兄さんの役に立てるような仕事はないかと探していると、

お兄さんが私を呼んでいる声が聞こえてきた。

今行きます、と返事をして、また駆け足で向かう。ペタペタと音を立てるスリッパがもどかしい。

そして彼の元まで向かうと、折り込みチラシを読みながら訊ねてきた。


「サンディ、今日はケーキバイキングに行かないか?」


私は首をかしげた。ケーキは分かる。砂糖が宝石の形になる食べ物だ。

ただ、バイキングが分からない。大男の作るケーキという事なのだろうか……。

詳細の程はよく分からないが、お兄さんの嬉しそうな笑顔を見ると、体が自動的に首を縦に振っていた。


 
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 07:49:06.92 ID:OiSFZpw30

車内にてバイキングがどういうものかを教えてもらった。

色んな食べ物をお皿にとって好きなだけ食べてもいいものだ、と。

信じられない。今までの食生活を鑑みれば眉唾ものだ。

だが、お兄さんが言うのならば嘘ではないのだろう。

いや、本当にそのような話があるのだろうか。

奴隷として飼われていた頃にそのような食事をするというのは

暗に最後の晩餐だと言わんばかりの事柄だから、何となく身がこわばってしまう。

元々死んでいるような身なので、もし今日がそれならば、せめてお兄さんの役に立ってから死のう。

そんな覚悟を決めて、“死地(ケーキバイキング)”へと歩みを進める事に。




そして目的地に着いたとき、桃源郷の意味を知った。


 
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 08:08:40.47 ID:OiSFZpw30

「ふわぁ…………!」


思わず声が漏れる。

これでもかと言わんばかりに並ぶ、古今東西の様々なケーキ。

一口サイズのものから、ピース型、ホールごと丸々置いていたりと形もそれぞれ。

カットフルーツの傍にはチョコレートの噴水が湧き出ている。

ボタンを押すと温かいバニラの飲み物まであるようだ。

昔、遠い昔、絵本を読んでくれた人がいた頃、そこに描かれていたときの世界。

童話の中に迷い込んでしまったのだろうか。

取り皿を持ってみたものの、どれから取ろうかと悩んでしまう。

私が取ってもいいのかな。

首輪で繋がれていたような、畜生の扱いしかされていなかったような、浅ましい私でも。

わたしがさわっても、きたないっていわないかな……?

心にモヤがかかり、俯いてケーキの群れから背を向けようとしたら、

手元の取り皿にふと重みを覚えた。

そこには、一口サイズのショートケーキが置かれている。


「サンディ、なに食べる?」


朗らかな声で、お兄さんが笑いながらケーキを一欠片、取ってくれたのだ。

私の暗い気持ちなど素知らぬように。知っていても見ないフリをしてくれているかのように。


「これだけあったら迷うよね。僕もどれにしようかずっと考えてて、結局こうなっちゃった」


そして私に見せてくれたのは、取り皿にてんこ盛りのケーキの山。

所狭しと並んでいるどころか、三段くらい詰まれたそれは、見栄えなんか考えていませんと体現しているかの如く。

こんな量が食べられるのだろうか。周りの人もなんかヒソヒソお兄さんの方を見ながら言ってるような……。

大人なのに妙に愛らしい。まるで無邪気な子どものようだ。


「ぷっ……ふふ、ふふふ………あははは、あはははは!」


気付けば、私は笑っていた。笑ってしまった。

とても素直に笑えていた。


 
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 08:20:17.28 ID:OiSFZpw30

「おいおい、急に笑うなんてどうしたのさ?」

「だ、だってお兄さん……ケーキ、取りすぎ……ふふ、うふふ……!」

「そ、そうかな? 甘党だったらこれくらい普通じゃないかな?」


お兄さんは困ったように頬を軽く掻いている。

本人が食べられるといってる分には問題ないのだろう。


「サンディ、君も気にしないで好きなだけ取ればいいよ」

「はい、お兄さん。いっぱいとって来ますね!」

「よしよし。じゃあ、先に席を確保しておくから、ゆっくり選んできてね」

「あ、ありがとうございます!」


お兄さんは手をひらひらと振って、そのまま飲み物コーナーに向かっていった。

私は軽く頭を下げる。そして、目の前に沢山ある宝石箱へ向かい合った。

軽くほっぺを摘まんでみると、ちゃんと痛かった。

夢じゃない。 嘘みたいだが、夢じゃない。

私もお兄さんを見習って、いっぱい、いっぱい、食べてみよう。

 
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 08:23:09.34 ID:OiSFZpw30



「……」

「……」

「……サンディ」

「……はい」

「……食べ過ぎたね」

「……はい」



顔色が悪くなるまで食べた結果、帰りの車でグロッキーになっている二人がいた。


 
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 08:36:33.25 ID:OiSFZpw30


帰りの車内でも甘い匂いが充満していたので、やたらと酔いそうになりながらも無事に帰宅した。

確かに食べ過ぎた節もあるが、ケーキそのものは美味しかった。本当に美味しかった。幸せだった。

折り込みチラシに入っていた「ケーキバイキング半額デー」には感謝してもしきれない。

ただ、お兄さんは食べ過ぎたのを非常に後悔していた。

どうやら私がちょっぴり具合が悪くなったのを気に病んでいたらしい。

こちらとしては、私を幸せにしてくれる人が縮こまってしまうと萎縮してしまう。

いつものソフトマイルド、もといハードボイルドに早く戻ってほしいものだ。


「ゴメンね、サンディ……」

「いえ、素敵な時間でした。今日みたいな光景を夢で見てみたいです」

「とりあえずお茶でも淹れるけれどさ、何か僕に出来る事ある?」

「何か、ですか?」

「うん、なんでも聞くよ」

「なんでも……」



なんでも、というのは難しい。

ご飯のリクエストでお兄さんが困っていた理由が今更ながら理解できた。

では、一つだけ。いつも思っていた事を言ってみようか。

叶うかどうか分からないし、とても恥ずかしい事だから、躊躇いはあるけれど。



「では、お兄さん」

「うん」

「そのですね」

「うん」

「あの、そのですね……その………」

「うん」

「夜は寂しいから……私と一緒に寝てください……」

「いいよ」


即決だった。

照れていた自分が今一番恥ずかしい。


 
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 08:48:10.82 ID:OiSFZpw30


その日の夜。

私一人では広すぎるベッドが、有効に活用されるようになった。


「ん、そっちは狭くない?」

「は、はい……」


私の横にお兄さんが寝ている。

お風呂上りで石鹸の香りがする。

なんだか妙にそわそわして、顔がまともに見れない。

思わず掛け布団の中に頭まで埋まってみる。


「顔ださないと苦しくなっちゃうよ」

「あ、す、すいません……」


お兄さんから引きずり出された。

確かに少しだけ息苦しくなったので、ぷはっ、と声が出てしまう。

これは諦めるしかないのだろう。


「お、もう良い時間だね、そろそろ寝よっか。電気消すよ」

「分かりました」


お兄さんが手元のリモコンで消灯ボタンを押すと、部屋がオレンジ色の豆球で薄暗くなった。

顔が見えなくなる分、気恥ずかしさは緩くなるので有難い。

ふと頭に手の平の感触を覚えた。お兄さんが撫でてくれている。


「サンディ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」



私は夢を見ない。

恐ろしい夜が早く過ぎ去りますようにと願いながら目を瞑り、そのまま気づけば朝になっている。

夢で起こる事柄はどれもひどいものばかりで、いっそ見なくなればいいと思ってから随分経った。

私はいつも夜に電源が落ちて、朝に電源が勝手に点く機械のようなものだ。

何某かの夢を見ているのかも知れないが、思い出すつもりもない。


でも今日は。

今日みたいな幸せな日は。


夢をみたいな、と生まれて初めて思った。


 
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 08:52:21.04 ID:OiSFZpw30
一旦お休み。読んでくださって感謝。
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/14(火) 08:57:08.09 ID:tTrBmxFXo
乙でした
いつも楽しく読んでます
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/14(火) 09:43:39.27 ID:AL7IqYuz0

にやにや止まらん
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/14(火) 12:39:41.75 ID:+KcW2uB70
サンディ幸せになってくれ……
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/14(火) 12:51:46.28 ID:v+lZZYj+O
乙ー!
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 18:02:14.37 ID:OiSFZpw30
有難うございます、皆様からのレスは活力&小話設定の糧になっております
後ほど安価を検討していますので、お手透きの方はご協力してくださると嬉しい限り
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 18:47:15.05 ID:OiSFZpw30

【連れて行きたい場所】

>>136


【視点:男 or サンディ】(多数決)

>>137-141


【サンディの料理の腕前】

01〜40:簡素な料理を覚えた程度。
41〜85:レシピ本を見るとあらかた作れる程度。
86〜00:抜群の味付け。料理に関する才能有。


>>143のコンマ数

 
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/14(火) 18:48:04.07 ID:KliB+dOg0
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/14(火) 18:50:54.24 ID:w72GMjrYo
知り合いの喫茶店
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/14(火) 18:53:34.18 ID:2bvROhc00
サンディ
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/14(火) 18:53:51.33 ID:W1f83SPn0
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/14(火) 18:54:37.06 ID:GC+jg2eho
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/14(火) 18:58:23.62 ID:seKLy8xxO
m
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/14(火) 19:08:44.93 ID:Si1TE8Qz0
サンディで
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/14(火) 19:18:25.26 ID:lhpon9pfo
かそく
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/14(火) 19:20:21.08 ID:5HHRZcqDO
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/14(火) 19:21:32.36 ID:2bvROhc00
コンマは仕方がないとしても>>140はどっちかな?
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/14(火) 19:24:25.02 ID:seKLy8xxO
ごめん範囲外だと勘違いしてた…
男で
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/14(火) 19:25:46.63 ID:lhpon9pfo
こ、これから上手くなってけばいいさ
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 19:26:47.62 ID:OiSFZpw30
ご協力サンクスです。下記が安価結果になっております。



【連れて行きたい場所】

知り合いの喫茶店


【視点:男 or サンディ】(多数決)

男 ※m→manで解釈


【サンディの料理の腕前】

>>143:簡素な料理を覚えた程度。
    これから上達していく模様。

 
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 19:38:50.09 ID:OiSFZpw30
これから外出するので、帰宅後にまた少しずつ書いていきます。夜半過ぎると思われ。
お茶でも片手にまったり読んでもらえたら幸甚です。

【男が車内で聞いてそうなイメージ曲】
https://www.youtube.com/watch?v=55Qv-CuDl-4
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 01:59:01.46 ID:PX2kAcV30
今帰宅。早速書こうと思いましましたが、
いかんせん頭が回らないので、恐縮ですが今宵はこのまま眠ることにします。
目覚めてからちょこっとだけ書いてみます。
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/15(水) 09:12:05.99 ID:Z+1dAgG50
待ってる
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 22:41:00.65 ID:PX2kAcV30



ハードボイルドの朝は穏やかだ。

外に広がる曇天の空模様は、太陽を隠すことで夜を長く見せてくれているのだろう。

未だ少し寝惚けた頭を覚ますために、空気の入れ替えがてら窓を開ける。

仄かに香っていた金木犀はなりを潜め、今は凛と澄んだ冬のアトモスフィアが呼吸を心地よく満たしてくれた。

そのまま軽く背伸びをして、腰を左右に一捻り、肩をぐるぐる回して、メンテナンスのように体を動かしてみる。

痛みや重さは感じる事無く体調は普段通りの模様。

ふと、奥のキッチンから何やら香ばしい匂いが漂ってきた。

今日はサンディが朝食の準備に挑戦している。

以前に「私も料理を覚えたい」という事を告げられ、

いくつか簡単なレシピを教えてみたら割とすんなり覚えてくれたのだ。

昨晩眠る前に、今日は卵焼きに挑戦してみると意気込んでいたから

この油とバターの香りはきっとそれなのだろう。

まだ教えていない料理ではあるが、お兄さんの横でずっと見てたから上手くいくと思います、とはサンディの言葉。

出来上がるのが実に楽しみである。

それまでに時間もかかるだろうから、どれタバコでも吸おうかと先端に火を点けた辺りで、


< うひゃぁっ!?


と可愛らしい悲鳴がキッチンから聞こえてきた。

次の瞬間には、煙を一吸いすることなくタバコを急いで揉み消して彼女の元へ駆け出した自分がいた。



ハードボイルドの朝は穏やかだ。

たまに賑やかな事もある、というのを注釈しておこう。


 
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 22:54:06.96 ID:PX2kAcV30


今日の朝食は、トースト、サラダ、こんがりベーコン、スクランブルエッグ。

最後の一品に関しては、スクランブルというかエマージェンシーな焦げ具合になっている。

たぶん強火にあてすぎた事と、卵を巻くタイミングが分からずに戸惑ってしまったのが要因か。

これはこれで食べごたえがあって良いものだ。

当のサンディは、肩をしょんぼりと落としている。

美味しいよと素直に伝えてみるが、俯いて何度も溜め息をついていた。


「私、本当にダメな奴隷で……申し訳ありません……」

「自分を奴隷だと思っているのはダメな点だけれど、それ以外は最高だよ」

「あ、申し訳ありません……」


またしてもサンディは肩を落とす。ずーん、という効果音が聞こえてきそうだ。

さてはきっと元卵焼き、もといスクランブルエッグを味見してないなこの子。

味付けそのものは本当に美味しいのだ。

だからこそ多少カリカリでも食べ甲斐が出てくる。

僕はスプーンで少量を掬って、彼女が火傷しないように軽く息を吹きかけて覚ましてみる。


「ほれ、サンディ」

「え?」

「あーん」

「…………え!?」


彼女の頬がみるみるうちに真っ赤になっていく。色合い的には秋の紅葉と良い勝負をしているかも知れない。

やってはみたものの、かくいう僕も実は結構恥ずかしかったりする。

気障(きざ)だと思うなかれ、ハードボイルドなら当たり前の所業なのだ、と自身に言い聞かせた。


 
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 23:14:13.99 ID:PX2kAcV30

「あーん」

「……」

「あーん」

「……」

「ほら、口開けてみて」

「……ぅ、……うぅ」


匙を出してしまった手前、もはや後には引けない僕の心境。

ごり押し気味にでも食べさせてやろうという気概すら生まれてきた。

サンディは落としていた肩をきゅっと縮こまらせて、手元をもじもじさせている。

何かを躊躇っているようだ。

何を躊躇うことがある、さぁ、ぱくっと、パクッと来るんだ。

セクハラじゃありませんように。

そう願うクールな自分を尻目に、彼女の口元にスプーンを差し出してから大よそ三十秒。

意を決したような顔つきを一瞬見せて、サンディは目を瞑ったまま、はむっとスプーンを咥えた。


「あ……、美味しい……」

「でしょ? 味付けが満点なんだから、気にしなくていいよ。これからもっと上手になるよ」

「は、はい!」


そして朝食は再開した。サンディは美味しそうにパンを齧りながら、ベーコンと卵を胃に詰めていく。

もっきゅ、もっきゅ。本当に美味しそうに食べている。

彼女の表情筋が一番動くのは、もしかするとご飯のときなのかも知れないな。微笑ましい。

そう思いながら、僕はサンディが淹れてくれたコーヒーをごくりと飲む。凄まじいエグ味が舌を襲う。

そして盛大に吹き出した。 


「サンディ、なにこれ」

「お兄さんはコーヒーには砂糖を入れないみたいなので、代わりに塩を入れてみました」


屈託のない顔でそう言われたら、有難うとしか言えない弱気な自分が大好きだ。

だがこれは後でやんわりと訂正しておかねばなるまい……。

 
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 23:30:34.47 ID:PX2kAcV30


朝食が片付き、今度は何も混入されていないブラックのコーヒーを食後の一杯で飲んでいる。

サンディはホットミルクだ。砂糖とハチミツを入れてまろやかに仕上げてみた。

ほぅっ、とした穏やかな顔でそれを飲む彼女は、実に年相応だ。

あの子の心に負った様々なものが、僕との暮らしで少しでも削がれてくれたのなら嬉しい。

美味しいかい、とつい聞きたくなってしまう。

はい、と首を二度ほど軽く縦に振ってサンディは綻んだ顔で答えてくれた。

二人で暮らし始めてから一か月ほど経ったが、

住み始めた当初と比べると笑顔の数が少しずつ増えてきているような気がする。

 



155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 23:38:34.56 ID:PX2kAcV30

彼女はまだ、治っていない。

時折フラッシュバックで体がガチガチに硬直したり、滝のような脂汗を流しながら青ざめた顔をする事もままある。

ぶるぶると震える彼女は、嫌でも昔を思い出しているのか、「ゆるしてください、ごめんなさい」と虚に唱えてしまう。

その都度「大丈夫だよ」と軽く抱きしめ、頭を優しく撫でてみる。何度も、何度も。

容体が落ち着いたら、組織から二週間ごとに投函される薬の中の一種にある安定剤を飲ませている。

そも簡単に治るのならばトラウマなどという言葉は生まれない。

医療機関で診断させろと組織に言いたいが、連絡手法もなく、向こうから一方的に封筒が届くだけ。

戸籍のない少女を病院に連れて行けば別所の輩に目を付けられますと事前に釘をさされている事もある。

僕が最善の治療薬になっている、とはたまに送られてくる封筒に添付された汚い字の文面に書かれているが、本当だろうか。

そうとしか信じるものもないのが現状だ。

とかく、サンディを一所懸命に守ってあげたい。

優しいこの子が幸せになりますように、と祈りながら護るのだ。

 
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/15(水) 23:53:48.99 ID:PX2kAcV30


「お兄さん、どうされましたか?」


ふと気づき、意識が再びサンディに向けられる。

ぼんやり考え事としていたのが顔に出ていたのか、対面に座る彼女から不安な目線を送られる。

大丈夫、気にしないで。そう伝えて、誤魔化すようにコーヒーを一啜り。

それなら良かったです、とサンディも僕を真似るように手元のホットミルクに口づける。

飲む仕草の際に、長い前髪がぱさりと垂れて、彼女の表情を隠してくる。

改めて彼女をまじまじと眺めてみた。

うん、やはり気のせいじゃないな。


「サンディ」

「はい?」

「髪、伸びたねぇ……」

「そうでしょうか?」

「どのくらい切ってないの?」

「日本に来るときに切られて以来なので、だいたい二ヶ月くらいです」


出会った当初は無造作に切られていた印象の強いボサボサの髪の毛だったが、

それゆえ現状は変な部分が長かったり、ボリュームが出過ぎてサイドがもっさりしている。

それに何よりも前髪だ。

目隠れ、という昨今で流行しているヘアスタイルのジャンルを聞いた事はあるが

流石に前髪が鼻先についた状態だと日々の生活でも邪魔になってしまうだろう。

綺麗な顔なのに隠れているのも勿体ない。

これは近いうちに美容室にでも連れて行ってあげなくちゃいけないな。

 
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 00:04:41.19 ID:qrdjbAqX0

「サンディ、今度髪でも切りにいこうか」

「……」

「ん、どうしたの?」

「……」


ホットミルクの入ったカップを見つめながら、何やら黙考している様子。

それから少し間を空けて、彼女は僕に告げてきた。


「お兄さん、一つ質問を宜しいでしょうか」

「う、うん。どうぞ」

「お兄さんは……お兄さんは……」

「うん」

「どういう髪型の人が好きですか!?」


これは流石に予想外の質問だった。思わず面食らってしまう。

鼻息がちょっと荒めになっているサンディは、ふんす、と興味深そうな眼差しを向けてくる。

僕の好みを教えたところでどうなる事でもないが、サンディも変なところに食いつくなぁと思う。

まぁお洒落に目線が向くのはいい事だし、あくまで僕の好みだけを簡素に伝えてみよう。


「うーん、そうだね……」




【好きな髪の長さ】

・ショート
・ミディアム
・ロング

>>158-164のレスにて多数決

 
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 00:05:09.81 ID:tfDomImpo
ロング
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 00:12:35.01 ID:bP+7k7PbO
ミディアム
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 00:15:53.93 ID:MJBkpOdd0
ミディアム
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 00:18:18.20 ID:P5V49ZMDO
ロング
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 00:32:06.98 ID:AhqYazNYO
ミディアム
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 00:35:34.82 ID:79BKvuaIo
ロング
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 00:44:03.22 ID:859mnUBi0
ロング
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 01:02:00.37 ID:qrdjbAqX0


「ミディアム寄りのロング、かな……」


少し考えてみたが、こう、前はぼちぼち長い程度、後ろは肩甲骨にかかるくらい辺りか。

セミロングとはまた違うというか何というか。


「ど、どのくらいの長さなのでしょうか?」


サンディはいまいちピンと来ていないようで、食い気味に訊ねてくる。

これは僕の説明が不足しているのが悪い。

だが、これを語り始めたらフェチの話になって恥ずかしいんだよなぁ。


「まぁ、髪はどちらかというと長い方が好きかな」


と、曖昧に濁しつつも回答する。

ふむふむ、とサンディは何度か頷いた。何某かの参考になったのならば幸いだ。

 

166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 01:18:19.57 ID:qrdjbAqX0

そんな事を話しながらものんびりとした時間を過ごしていると、気づけばお昼の準備が必要な頃合いになってきた。

天候は曇り。今日の気温的にも外はさほど寒くない。

どこか食べに出てもいいかも知れないと思いながら、

そういえば最近顔を出していない店があった事をふと思い出す。


「よっし、そろそろお昼の時間だね。今日はどこかに出かけようか」

「はい。お供いたします」


微笑みながらサンディは立ち上がって、玄関口に駆け出した。

入口の靴箱の上に置いていた、サンディ用のこの家の合鍵を持ってきたのだ。

その鍵には動物園で買ったキリンのキーホルダーが付けられている。

最近は出かける際にサンディが家の戸締りを確認し、扉のロックまでしてくれるのは有り難い。

彼女なりにここを我が家と感じてくれているんだろうか。

意図は分からないけれど、家の鍵を閉める際になんだか得意げな顔をするのが可愛らしいので

施錠の確認はそのまま彼女に任せている。

窓よし、裏口よし、玄関よし。指差し呼称までばっちりだ。可愛い。

そしていつもの駐車場まで手を繋いで歩き、ハスラーに乗っていざ出発。


「ところで、今日はどちらに向かうのですか?」


車の中でサンディが問いかけてくる。

運転中なのでよそ見はできないが、視界の端で首をかしげた様子が伺えた。


「今日はね、喫茶店でご飯を食べようか」

「喫茶店、ですか」

「そう。そこの料理は美味しいんだよ」

「楽しみです……♪」


声が弾む調子が分かる。僕も久々にあの喫茶店の料理が味わえるのが楽しみだ。


「ところで、そこのお店は何が美味しいのですか?」

「スクランブルエッグかな」


くっくっ、と笑いながら冗談を喋ってみる。

むぅ、と膨れたサンディが可愛いので、軽く頭を撫でてみた。

 


167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 01:41:13.43 ID:qrdjbAqX0

車で十五分。平日という事もあり、さほど混み合う事無くスムーズに到着した。

住宅街の一角にあるその喫茶店は、周りにツタが生い茂っており、外から伺える店内は観葉植物が散見されている。

相変わらずロハスな雰囲気の喫茶店だ。

一つ惜しい所を挙げるとすれば、店の中の七割が花と観葉植物で覆いつくされているところか。良し悪しな部分だ。

季節ごとに花や植物が変わっているので、夏頃に来たらジャングルでコーヒーを飲んでいる気分になった事がある。

今は冬の花に染まっているようで、

外に咲く山茶花が僕らを出迎えてくれる。

カランコロンと入口のベルを鳴らすと、そこに見えるのは緑を基調とした観葉植物たち。

それに混ざるカランコエの橙色が良いアクセントになっていた。

今年の冬場はセンスが良いじゃないか、マスター。そんな事を独り言ちる。


「良い香りのするお店ですね」


サンディは花の匂いを楽しんでいる。お気に召してくれたようで何よりだ。

僕はおもむろにカウンターに座り、奥でコーヒーの豆を挽いている店主に声をかける。


「マスター、久しぶり」

「……おぅ」


横にいたサンディが、振り返った彼を見てびくりと身をすくませる。

痩せぎすの長身、無骨な顔立ち、そして頬に十字傷。どこの剣客かと。

いや、良い人なんだけれど、確かに初見だとカタギには見えないよなぁ……。

 
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 01:58:46.38 ID:qrdjbAqX0

マスターがお冷を二杯、カウンターごしに渡してくる。

僕はそれを手に取って少し喉を潤した。

不敵な笑顔が対面に見える。笑いかた一つとっても迫力ある人だ。


「えらく久しぶりじゃねぇか、一年ぶりくらいだな」

「ちょっと長丁場な事件を請け負っちゃってね。ここが潰れてなくて安心したよ」

「ふっ、ぬかせ。常連のマダムたちがいる限りは安泰よ」


僕らが軽口を交わすなか、サンディは未だ気後れしているのか下を向いてテーブルをじっと見つめている。

マスターは彼女をちらりと見て、それから僕に目線を向けた。

それからくるりと踵を返して、ご注文は、と催促してくる。

空気の読める人だ。あまり詮索しないからこそ、ここは居心地がいい。


「じゃあ、オムライス。サンディは?」

「わ、私も同じもので……」


あいよ、と返事が一つ。

久々に絶品のオムライスが楽しめるのを心待ちにしつつ、隣のサンディに話しかける。


「ああいう見た目だけれど、凄くいい人だよ」

「そ、そうですね。見た目で判断しちゃいけませんよね」

「そうそう。パッと見だとお勤め上がりの極道さんだけれど、あの人って花と絵本が大好きだから」

「!?」


サンディが驚いた表情を見せる。そして厨房から、


「おい聞こえてんぞ、情報漏えいで訴えるぞポンコツ探偵」


と野次が聞こえてきた。

ハードボイルド私立探偵をポンコツ呼ばわりとは失礼な。

だがポンコツと呼ばれる事は身に覚えは幾つかあるので、そっと押し黙ることにした。

 
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 02:13:38.96 ID:qrdjbAqX0


それからしばらく。

僕は持参の小説を読みつつ、サンディは店内に置いてある絵本を読みながら料理の出来を待っていた。

お互い手元の本をあらかた読み終えた頃に、お待ちどうさん、とタイミングよくオムライスが運ばれてきた。

産地直送のものをふんだんに使用したふわとろ仕上げの包み玉子、たっぷりの自家製デミグラスソース。

マスターがこだわり抜いて作成したチキンライス。

相も変わらず絶品だ。

オムライスに限らず、ここの料理は全品当たりでどれも美味しい。

サンディもうっとりした顔で舌鼓をうっている。

連れて来た甲斐があったというものだ。


あっという間に平らげて、胃が落ち着いた頃に食後のコーヒーが運ばれてきた。

サンディは食後の飲み物はアップルジュースにした模様。

ここのコーヒーは美味しい。僕がブラックで飲めるようになったのは、マスターの影響が大きいだろう。

そんな事を思っていると、彼の大きな手が一皿なにかを持ってきた。そのお皿をサンディの前に置く。

そこに乗っていたのは、苺のタルトケーキ。彼のお手製だ。

注文していないデザートが届いて、サンディは狼狽している。


「ああ、こりゃ余っちまったから勿体無くてな。お嬢さん、食べてくれるかい」

「よ、宜しいのですか?」


彼は返事の代わりに薄く微笑んだ。僕よりほんのちょっぴりハードボイルドみを感じてしまう。

サンディは何度も頭をペコペコ下げて、お礼の意を表している。

よせやい、早く食えと言わんばかりに手をしっしっとマスターは振った。相変わらず不器用な人だ。

 
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 02:18:09.21 ID:qrdjbAqX0

タルトを一齧りしたサンディの目がキラキラ輝いた。

目は口程に物を言うというのはこの事か。なんて分かり易いんだろう。

うん、人のものが欲しくなるというのは、大人として流石にそれはない。

ただ、少しばかりタルトが美味しそうなので、もしかしたら僕にも取っておいてあるんじゃないかとも思ってしまう。

一縷の望みを抱きつつ、訊ねてみた。


「マスター、僕の分は?」

「520円だ」

「ですよね」

 

171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 02:33:23.37 ID:qrdjbAqX0

サンディがタルトを食べ終えるまでの間に、コーヒーをおかわりしてみた。

手慣れた手付きで彼はモカマタリを注いでくれる。

ふと、ポツリと僕だけに聞こえるように訊ねてきた。


「まだ、見つかんねぇのか」

「うん」

「そうか、早く手がかりが掴めればいいな」

「ありがとう」


そう言って、僕は手元のモカを一啜り。深みのあるコクがたまらない。

マスターは僕らに背中を向けて、食器洗いと仕込みの作業に戻った。

ふとテーブル奥にある時計に目を向けると、割といい時間になっていた。つい長居をしてしまったようだ。

サンディもタルトを食べ終えて、ホッと一息ついている。

もう少し味わいたかったが、そろそろ腰をあげるとするか。
 
まだ冷め切っていないコーヒーを飲み干して、勘定を済ませる事に。


「また来いよ」


帰り際、彼のバリトンボイスが耳に響く。

これからも二人でちょくちょく来るよ、と返事を返す。彼は破顔一笑、いつでも来いと言ってくれた。

サンディも強面には慣れたらしく、ドアから出る前に彼へ手を振っていた。

また美味しいものが食べたくなったり、落ち着きたくなったら、この喫茶店に通うことになるだろう。

マスター、今後ともご贔屓にさせてもらいます。ご健勝で。

 
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 02:36:45.80 ID:qrdjbAqX0
今宵はここまで。お目通し、安価協力に感謝を。
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/16(木) 03:27:28.75 ID:qrdjbAqX0


【連れて行きたい場所】

>>174


【視点:男 or サンディ】(多数決)

>>175-179


【サンディのクリスマスの願い事】

>>181

174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/11/16(木) 05:24:07.75 ID:5lbcQn2Ko
遊園地
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/11/16(木) 08:14:45.76 ID:U2xlXYpJ0
サンディ
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 08:18:01.57 ID:NrTc4fVho
サンディ
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 08:33:35.76 ID:Lph6H7ld0
サンディ
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 09:02:43.67 ID:4ADBIfQwo
サンディ
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 15:57:15.93 ID:s1ebihMEo
サンディ
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 17:03:16.71 ID:P5V49ZMDO
このままお兄さんと一緒に幸せな日々を過ごしたい
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/16(木) 17:17:29.30 ID:MJBkpOdd0
>>180+孤児院に行った二人が幸せに暮らせていますように
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/11/16(木) 18:18:04.78 ID:nmI6rWftO
サンディ大天使案件
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/17(金) 04:45:36.17 ID:RD0V/B3lO
このシリーズぐぅ好き
サンディ幸せになってほしい
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/17(金) 22:32:49.51 ID:YMs9sVyG0
安価協力に感謝&サンクス&グラッツェ。
週末は更新が難しいと思うので、週明け辺りを目安に書ける時間を見繕いたい所存。
乙レスや感想が貰える現状が嬉しいですね。有難うございます。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/17(金) 22:50:08.33 ID:DZGbs1dWO
乙です
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/18(土) 19:42:29.39 ID:LTBhqTdt0
追いついた乙
ぐぅ天使やんけ…
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/19(日) 17:05:58.14 ID:IafLjFJXO

更新待ってます
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/21(火) 08:08:34.18 ID:nhhc/Mo8O
待ってるよー
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/22(水) 07:27:35.36 ID:wg0W+evb0
おはようございます。少々忙殺されておりました。
今日の夜には時間が取れそうなので、クリスマスや年末年始の話を書いてみたい所存です。
書き溜めがないので毎回の如くまったり進行になるとは思いますが、どうぞよしなに。
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/22(水) 07:38:25.62 ID:wg0W+evb0
されておりました→されていました。

修正ついでに自分の中のイメージ曲を少々。
https://www.youtube.com/watch?v=8l1TQnPqXWY 「幸せは途切れながらも続くのです」
https://www.youtube.com/watch?v=W4xLzohMQaE 「四季に飽きた頃、春は悲しいと知る」

音楽を聴きながら書くことが多いので、何かお薦めあれば是非ぜひ。
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/22(水) 09:12:51.58 ID:+sTqrLLUO
wktk
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 02:50:37.61 ID:uKzXp4eX0


【連れて行きたい場所】

遊園地


【視点:男 or サンディ】(多数決)

サンディ


【サンディのクリスマスの願い事】

孤児院に行った二人が幸せに暮らせていますように
(このままお兄さんと一緒に幸せな日々を過ごしたい)

 
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 03:18:56.14 ID:uKzXp4eX0


魔法を見た。

夕暮れの薄暗い世界が、色彩鮮やかに目映く輝く瞬間。

もみの木の頂点に大きなガラス細工の星が飾られていて、

そこから天の川みたいな煌びやかさでライトが掛け降ろされている。

明るくなった影響で周りにいた人々の顔も照らされていく。

道行く人、誰かを待っている人、スーツ姿であくせく歩く人。

みんなが笑顔で包まれていた。

世界が平和でありますように、と。

そんな事が聞こえてきそうな、優しい光。


「綺麗ですね、お兄さん」

「うん」


イルミネーション、というものらしい。

生まれて初めて見た私は、感嘆の声を上げるほかなかった。

こうして見つめているだけで、胸の奥底がじんわりと温かくなってくる。

ふと横にいるお兄さんを見上げてみると、目が合ってしまった。

ずっと私を見ていたのだろうか。などという想い上がりを抱きそうになってしまう。

お兄さんは優しい目を薄くたわませて笑顔を向けてくれる。

じんわりと温かかった胸が、心拍数の上昇と共にどんどん熱くなってきた。

私は何故だか恥ずかしくなって、そっと俯く。

顔が見れない代わりに、お兄さんと繋いでいた手を少しだけギュッと握ってみた。


季節は十二月。年の瀬が背中を突いていく頃。

クリスマスという日まであと一週間。

 
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 03:33:30.34 ID:uKzXp4eX0

今日はお兄さんの買い物がてら、二人で街に出ていた。

目的の物を買うのに時間がかかるという事だったので、お付き合いしますと言ったものの


「サンディはここで待機ね」

「え……?」


と、待機場所を命ぜられたのは、美容院という所だった。

そこはどうやら髪を切る場所のようで、美人ばかりが所狭しと往来していた。

奴隷身分で場違いな私は凄く気が引ける。

ここで勝手に待っていてもいいのかとおろおろしていたら、

何やらお兄さんが受付の方と二言三言と言葉を交わしている。

それからすぐに、こちらですと店の中に案内された。


「じゃあ、髪でも切って待っててね。
 僕も用事を済ませてくるんで、あとから迎えに来るよ」


そう言ってお兄さんはヒラヒラと手を振って店を出る。

自分にとって髪は、荒っぽく掴まれたり、気まぐれで焦がされたり、乱雑に切られるだけのもので

こんなに煌びやかな場所で整えるなんてやった事がない。

いざ席に着いて、如何されますかと言われても、あ、う、う、と言葉に詰まってしまう。

しどろもどろになっていたら、自分の隣の座席から急に声が聞こえてきた。


「サンディちゃん!!?」


自分の名前が呼ばれた事に驚きながらも横を向くと。

そこには、以前私に洋服を見繕ってくれたあのお姉さんがいた。

 
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 03:46:18.14 ID:uKzXp4eX0

お姉さんとの再会を喜ぼうにも、どう言葉を交わしていいのか分からない私は、軽くぺこりと会釈をする。

当の本人はテンションを高くして喜んでくれる。

なんだか照れ臭い。頬が染まってしまう。

お姉さんも髪を切りにきたのかと訊ねてみると、『ごうこん』のために髪をセットしに来たのだという。

よく分からないが凄い気迫を感じるので、後程たぶん大事な場に赴くのだろうか。

そんなお姉さんは私を見て、むふふと笑う。


「サンディちゃんは、どんな髪型にするの? あの大好きなお兄さんの好みのタイプに?」


しゅぽん、と。頭から湯気が出る音がした。

あ、な、な、あ、あ、あぁ……!

何か言おうとしてみるものの、言葉が紡げない。


「あら図星!? やだもう、お姉さん全力で応援するからね!
 あの人なんだか朴念仁そうだし、落とすのは困難と思うけれど、ファイトよ、ファイト!!」


そんなつもりじゃないのだが、確かに自分の髪型なんて気にした事はほとんどなかった。

だから、せっかくならばお兄さんが見ても不快な気持ちにさせないというか、

ちょっと、いいな、って思ってくれたら、私は、ちょっぴり、嬉しい、かもしれない……。

私はお姉さんの言葉にこくり、と頷いた。

気が付けば、お姉さんの他にも、後ろで待機していた店員さんまでニマニマしていた。

顔から火が出そうだ。

 
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 03:51:20.64 ID:uKzXp4eX0

「ではお客様、素敵に仕上げますのでご安心を。ご希望の髪の長さはありますか?」


そう言ってくれる店員さんがとっても頼もしく感じる。

さて髪の長さはどうしようか。

そういえば以前、お兄さんが好きな長さを聞いた事があったような。

確かミディアム、なんとか。あまり聞きなれない言葉だから、それっぽく言えば伝わるだろうか。


「すいません、ミディアムレアにしてください」


注文を間違えたのはすぐわかった。

それを横で聞いていたお姉さんが、五分くらい爆笑していたから。

 
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 04:03:22.26 ID:uKzXp4eX0

紆余曲折はあれど、どうにか意図は伝わったようで、やや長めくらいの髪型に仕上げてもらう事に。

お姉さんは早々にセットが終わって、先にお店を出ていった。

とっても可愛い髪型だったし、何よりも、また会いましょうと私に向けて微笑んでくれたあの笑顔が素敵だった。

大人は怖いけれど、それだけじゃないというのが日本に来て分かってきた。

あのお姉さんにはまた会いたいな、と思う。


それから髪を霧吹きで軽く濡らして、ちょきちょきと小気味のいい音が自分の耳元から聞こえてくる。

足元にぱさりと落ちてくる黒髪が、今こうしてカットされている様を物語っていた。

以前は乱暴に髪を引っ張られてじょきじょきと錆び付いたハサミで切られていたから凄く痛かったのに

何故だか今こうして髪を切られるととても心地いい。

目蓋がとろんと重くなってきてしまう。

不意に睡魔が肩を掴んできたと思えば、次の瞬間には店員さんから肩をゆすられていた。


「大体の形が出来ましたが、如何でしょうか」


鏡の前に映るのが一瞬誰なのか分からなかった。

前とサイドはボブテイスト、後ろは長さを残しつつ、ロングに伸ばしてもおかしくないようにしたとの事。

不思議だ。髪型一つでこうも心が躍るのか。

早くお兄さんに会って、見せてみたい。そんな事を思ってしまう。

 
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 04:15:20.64 ID:uKzXp4eX0

「おぉ、サンディ。また一段と綺麗になったね。似合ってるよ」


お店に迎えに来てくれたお兄さんは、開口一番にそう言って褒めてくれた。

私は心からのお礼を申し合げる。有難うございます、と。

こうして美容院を後にした私たちは、そのまま手を繋いで、街を少しだけ歩いてみることにした。

その途中にて、クリスマス企画でもみの木にイルミネーションを点灯させるという行事に巡り合ったというわけだ。


「ふわぁ……」


イルミネーションを眺めていると、またしても声が漏れる。

青一色になったかと思えば、次はオレンジ色の暖色に切り替わり、そして紫の光の濁流に変わる。

去年の今頃は、寒さとひもじさで震える体を薄手の毛布で包んで寝ていた事しか記憶にない。

今こうして寒さに震えないのは、お兄さんのおかげ。

彼から先日買ってもらったマフラーを軽く触ると、ふわふわしている。

幸せだなぁ、幸せだなぁ。

胸がいっぱいになると不意にイルミネーションが滲んできた。

手袋を私なんかで汚すのは勿体ないので、急いで外してごしごしと目元を拭う。

ふと頭に優しい感触を覚える。お兄さんの手だ。

髪を切って軽くなった私の頭を撫でてくれる。嬉しい。

 
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 04:29:50.33 ID:uKzXp4eX0


「そういえば、もうすぐクリスマスだね」


お兄さんが独り言ちる。少し遠い目をしていた。

そうですね、と私は言う。

自分には今まで縁のないものだったから、正直なところよく分からないのだ。


「クリスマス、何か欲しいものはある?」


いいえ、何も、何も要りません。

ずっと貴方の傍においてください。

そう言うとお兄さんはきっと困るだろうから、私は首を振る。


「いいえ、特に」

「欲が無いなぁ。お兄さんをサンタさんと思ってくれていいんだよ」

「いいえ、本当に何も無いのです」

「そっか。 うーん……保護者として、何かしてあげたいんだよなぁ……」


するとお兄さんは、何か閃いたような顔をした。

そしてにっこり笑って私に告げる。


「よし、サンディ。宿題を出そう。
 明日までに何か願い事を書いておくように。可能不可能は度外視で!」

「……え?」



貴方がいればいいのです、と早く言ってしまうべきだったか。

いや無理だ。面と向かって言うのは恥ずかしすぎる。


満たされている私にとって、とても難しい宿題が言い渡された。

 
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/23(木) 04:30:20.10 ID:uKzXp4eX0
今宵はここまで。また後日。
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/23(木) 05:11:16.96 ID:PJIeaVSpO
キタ━━゚+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゚━━ ッ !!!
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/23(木) 08:18:35.70 ID:cPdB/pwpO
清い気持ちになれるな
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/23(木) 10:03:30.52 ID:7XpDlwt7O

読むたびに浄化される
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 12:04:36.09 ID:KdyHe2Zm0



わたしが生きていた轍には、吹きさらしの傷口が無数にある。

冷たい風を浴びるとじくじく疼くから、同じ痛みを持つ者同士で寄り添いあい

温め合ってそれを誤魔化すしかなかった。

ヤマアラシのように体に針がなくて良かったと思う。

もしそうだったら、私たちは血塗れで抱きしめ合う事になっていただろうから。

205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 12:06:36.06 ID:KdyHe2Zm0

コンクリートの冷たい床、薄手の毛布、首輪と鎖。

自分が過ごしてきた寝床として思い出せる記憶だ。

寒さとひもじさで最初は泣いていた。

泣いていると折檻をされるから、次は笑うようになった。

笑っていても折檻をされるから、次は怒るようになった。

怒っていても折檻をされるから、次は喜ぶようになった。

喜んでいても折檻をされるから、もうどうしようもなかった。


もう、どうしようもなかった。

 
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 12:13:31.64 ID:KdyHe2Zm0

だから、心を空っぽにした。

そうして一日が早く過ぎますようにと願いながら

寒さをしのげるように、奴隷だった私たちは固まって眠るようになる。

ドブ鼠のような様だなと前のご主人様は笑いながら、真冬の夜に冷水をその集塊に浴びせてくることもあった。

その時は体温が下がるのを防ぐために一層固まって擦り寄った。

唇が真っ白になる子を輪の中心に、体を一所懸命こすり合わせて温めた。

他の子にそうしてもらい、他の子にそうしてあげていた。

死なないように生きる事に、私たちは必死だったのだ。

最初は十五人いた。

別所へ競売にかけられたり、冷たくなっていった子がいたりして、どんどん人数は減っていく。

結局そうして生き残って無事に日本に来れたのはたった三人。

たった三人だった。

一緒に船に乗ってきた子以外の顔立ちを頭の中で描こうとすると、ペンで塗りつぶされたような漠然としたものに仕上がる。

散った皆の事を考え出すと心が砕けそうになるから。

今は思い出せない。思い出してはいけないのだろう。

 
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 12:16:14.11 ID:KdyHe2Zm0

ふと思う。

お兄さんに保護されて、私だけこの国に留まらせてもらうことになったけれど。

離れ離れになったあの子たちはちゃんと温かい毛布で眠れているんだろうか。

どこか知らない土地で寂しく泣いていないだろうか、と。

そう思うと無性に顔を見たくなった。

あの二人を振り返るために想起すると、泣いている顔しか思い出せないのが、とても悲しい。

 
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 12:18:25.10 ID:KdyHe2Zm0


サンタはいない。

でも、もしいたとしても、プレゼントはいらない。

たった一つだけお願い事を聞いてほしい。


“孤児院に行った二人が幸せに暮らせていますように”


私はお兄さんから渡されたメモ紙にそう書いて、

事務所の中に準備してくれた『サンタさんへのポスト』へ就寝前に投函した。

もうサンタなんて信じる年頃ではないが、優しさを無碍にしたくないのでそれは置いておこう。

願い事は何でもいいとは言われたものの、我ながら漠然とした内容だ。

これは叶えるのが難しいな、と少し困った顔をするであろう人物が思い浮かぶ。

それはふくよかで白鬚を口元にたくわえた虚像ではなく。

柔らかい笑顔の似合う、とっても素敵で、ソフトマイルドなサンタさんだった。

 
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 12:21:48.28 ID:KdyHe2Zm0


投函した次の日から、お兄さんは色々な所に電話をかけていた。

そして電話をかけた数に呼応するかのように外出する事が多くなった。

曰く「今まで探偵業を休んでいたから、年明けに再開をする為の準備中」との事だ。

手伝えることは何かありませんかと訊ねてみれば、じゃあお留守番を頼むと言われた。

頑張りますと答えたら、彼はにっこりと私の大好きな微笑みを向けてくれる。

そして大きな手で頭を撫でられた。

私は非力だけれど、全力でお兄さんのおうちを守ろうと心に決めた瞬間だった。


それから、あれよあれよという間に時間は過ぎて。

気付けば暦は十二月二十四日。クリスマスを迎えていた。

 
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/25(土) 12:23:14.25 ID:KdyHe2Zm0
今回はここまで。小出しで恐縮です。
次回はクリスマスの話で。
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/25(土) 12:25:55.51 ID:RYlJjhPjo
おつ
サンディの回想がうまくて毎回心キュッとなる
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/25(土) 12:57:19.79 ID:xCvSkzRRO
サンディほんと幸せになってくれ定期
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