【ミリマス】千鶴「これからは貴方と共に」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 00:58:42.04 ID:y2wSW8Jko
 司会者さんが私の名前を呼ぶ。舞台袖でもはっきりと聞こえてくる歓声。
 マイクを受け取る手は少しだけ震えていた。私はそれを包み隠すように両手でそっとマイクを持ち上げる。

「お〜っほっほっほ!」

 高らかに笑いながらステージへと上がっていくと歓声は一段と大きくなった。熱気に一瞬飲み込まれかける。
 けれど最前列で手を振る友人たちを見つけ、少し落ち着きを取り戻した。
 観客に手を振りながら進んでいきステージの中央に到着した私は一度会場を見回した。
 こんなにも大勢の人たちに応援されている。興奮が全身を電流となって駆け巡っていった。
 呼吸を整える。よし、大丈夫。

「ふふっ。みなさま、応援ありがとうございます。
 わたくし、二階堂千鶴は、セレブの名にかけて、ミスコンテストで優勝することを誓いますわ!」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1508515121
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 01:01:40.30 ID:y2wSW8Jko

 いつからか、誰かが私のことをセレブと呼び始めた。
 それは違う、そう答えることは簡単だったかもしれないけれど、私はそうしなかった。
 誰もが憧れの目で私のことを見てくれた。それが私には嬉しかった。

 もちろんセレブと呼ばれるからには、そう呼ばれるに相応しい人間になろうと努力もしてきた。
 嘘をついていることを心苦しく思うときもある。けれど私を信じ慕ってくれている人たちの期待を裏切りたくはない。

 それに、追い続けていれば、いつか本物になれるかもしれない。そんな淡い期待が私を突き動かした。

「ですので、どうかみなさま! この後も応援のほど、よろしくお願いいたしますわ!」

 歓声に包まれる。優勝を誓った以上、ここで気を抜いてはいけない。
 けれど今、目の前に広がる光景を見ることができただけで、私は充分満足だと、そう思えた。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 01:07:55.89 ID:y2wSW8Jko
「みなさま、ありがとうございます! お〜っほっほっほ……ゴホッ、ケホッ!」

 その後のアピールタイムでは私が必死に考えてきたセレブトークを披露した。
 司会者さんの質問に何度かボロが出そうになったけど、どうにか答えきることができた。

 ……まぁセレブトークよりもお客さんは私の作ってきた伝説に興味があったみたいだけど。
 伝説、とは言っても大半が噂に尾ひれがついて広まってしまったものばかりだ。
 私が屈強なボディーガードを連れていたという話はお父さんがスーツ姿でお弁当を届けにきただけ。
 この大学を裏で支配しているという話は先生方と談笑していたところから発展したらしい。

 他にもとんでも伝説がたくさんあり、微妙に真実も混じっているから訂正するのは大変だ。
 でもこの場においては最大の武器になる。私は友人と厳選した伝説の数々を紹介した。
 その結果、アピールタイムはかなり盛り上がった。私は盛大な拍手に包まれながらステージを後にした。

 そして遂に、結果発表の瞬間が訪れた。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 01:09:41.68 ID:y2wSW8Jko

「優勝は……二階堂千鶴さんです!」

 私の名前が呼ばれた。そう理解するまで少し時間がかかってしまった。

「えっ……? あっ、はい!」
 
 慌てて椅子から立ちあがると大きな花束を渡された。顔をあげると観客のみなさんの笑顔が見えた。
 ようやく思考が追いついた私はぎゅっと花束を抱きしめながら頭を下げた。

「……みなさん! わたくしを選んでいただき、本当にありがとうございますわ!」

 拍手喝采を浴びながら私は涙が流れないよう必死に堪えながら手を振り続けた。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 01:14:17.90 ID:y2wSW8Jko

 それからしばらくして、私は友人たちと食堂で祝勝会を開いていた。

「ふぅ……。宣言通り優勝できて、一安心ですわね」

「さすがは千鶴さんね! 並み居るライバルを押しのけて、ぶっちぎりの優勝……」

「そりゃあ、千鶴さんだもの! 推薦した私たちも鼻が高いわ!」

「ふふ、みなさまの期待に応えられたようで何よりですわ。ま、まぁ、わたくしにしてみれば当然ですけれど! お〜っほっほ……!」

 ついそんな風に強がってしまう。無理に出した高笑いは、いつもだったらそのまま盛大にむせてしまっていただろう。
 けれど、今回はそうならなかった。

「あの、すみません!」

 突然後ろから声を掛けられた。驚きで一瞬息が止まる。振り返ってみるとスーツ姿の男性が立っていた。
 学生には見えないけど、かと言って先生にも見えない。随分と急いでいたようでうっすらと汗をかいていた。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 01:16:03.96 ID:y2wSW8Jko

「ゴホッ。あら、貴方は……?」

 スーツの男性はがばっと頭を下げ、両手を突きだしてきた。いきなり現れて頭を下げられ、何がなんだかわからない。
 もしかしてファンというものなのかしら。それともまさか、告白とか?
 そんなこと考えていると私はその手に小さな紙が握られているのを見つけた。手紙よりもずっと小さい。
 そう、まるで名刺のような。

「はじめまして! 俺は765プロというアイドル事務所で、プロデューサーをやっている者です」

 はっきりとした声で男性は話しはじめた。今だ理解の追いつかない頭でも辛うじてアイドルという単語は聞き取ることができた。

「アイドル……? ええと、なんのお話かしら?」

「さっきのコンテスト、見てました。ぜひ、あなたをスカウトしたいんです!」

「スカウト!? わ、わたくしを?」

 それはつまり、私がアイドルになる、ということ?
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 01:18:03.19 ID:y2wSW8Jko

「はい! どうか、うちの事務所の、アイドルになってもらえませんか?」

「お、お待ちくださいな。急にそんなこと言われましても……」

 あまりに急な話だ。けれど、この人は本気みたいだ。
 どうしようと困惑する私の耳に、一緒にいた友人たちの声が聞こえてきた。

「うわぁ、スカウトだって! すごい……!」

「えっ?」

「アイドルにスカウトされるなんて、さすが千鶴さん! セレブでアイドル……もうカンペキだよ!」

 セレブでアイドル、そんな人になれたら。

 そう考えた瞬間、コンテストで見た景色を私は思い出した。
 あれと同じ、いえ、それ以上の人が私に注目して、応援してくれて、私がそれに応えられられるのだとしたら?

 体が僅かに震えた。何かが私の中で弾けた気がした。
 気づけば私は差し出された名刺を受け取っていた。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 01:22:04.75 ID:y2wSW8Jko

「えっと、あの……。あ、アイドル……でしたか? それは一体、どんなことをするのでしょう?」

 逸る気持ちを必死に抑え、私はそう聞いた。

「そうですね。歌を歌ったり、ダンスをしたり。……あとはモデルや、演技の仕事もあります」

 プロデューサーは私を観察するかのようにじっと見ながら例を挙げていく。
 歌やダンスはまったく自信が無いけれど、見た目だけならそこそこ自信がある。
 綺麗な服を着て、写真を撮られている私の姿は容易に想像することができた。

「それってもう、カンペキに芸能人ってことだよね。いいな〜憧れちゃうな〜」

「セレブなアイドルなんて、セレブの中のセレブだよ。やっぱり、千鶴さんは特別なんだね!」

 友人たちはそう言って目を輝かせる。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 01:23:16.13 ID:y2wSW8Jko

「セレブの中の……セレブ……!」

 芸能人、人気アイドルになれば本当にセレブになることも夢ではない。
 高級住宅街に住んで休みの日は海外旅行。食事も服も、最高級品をいつだって買うことができる。

「やっぱり、ダメ……ですか?」

 不安そうに聞くプロデューサーの声にハッとして、私は慌てて答える。

「そ、そうですわね! 突然のことで、ちょっと驚いてしまいましたけど……。
 たまたま、たまたま、何か新しいことでも始めてみようと思っていたところでしたの」

「ということは……」

 大学を卒業した私は、きっとどこかの企業に就職するか、実家の仕事を手伝うことになるのだろうと思っていた。
 何になりたいのかを本気で考えなければ。そう思ってもなかなかやりたいことは見つからなかった。

 そんな私の前に突然現れた、輝かしい未来への道。
 私はプロデューサーの目を見て、笑顔で頷いた。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 01:25:31.30 ID:y2wSW8Jko

「ええ。この二階堂千鶴、喜んで引き受けさせていただきますわ!」

 そう言うとプロデューサーの顔がぱぁっと明るくなり、もう一度深く頭を下げた。

「あ、ありがとうございます!」

 お礼を言いたいのは私も同じだ。私を見つけてくれて、アイドルになるという道を示してくれたのだから。本当なら私がお願いする立場のはずだ。
 それだけ私に期待してくれているんだ。だったら私は堂々としていないと。

「もちろん! わたくしがアイドルになるからには、トップに立たせていただきますわよ!」

 私に期待してくれたプロデューサーのために、何より私自身のために。
 私はトップアイドルになってみせる。

「お〜っほっほっほっ……ゲホッ、コホッ!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「え、ええ。それよりアイドルになるとは言いましても、具体的に何をすれば?」

 プロデューサーは少し考えた後、ポケットから手帳を取り出してパラパラとめくる。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 01:26:59.19 ID:y2wSW8Jko

「えっと……二階堂さんが空いている日はありますか?」

「そうですわね……次の土曜日でしたらお昼から空いていますわよ」

「土曜日……ちょうどいいですね。それでしたら名刺に書いてある住所に午後の四時に来てもらうことはできますか?
 765プロで検索してもらえばホームページに地図も乗ってるはずです」

 私もスマホを取り出し765プロで検索してみた。それらしいページを開くとトップにアイドルの集合写真が表示される。
 よく見れば全員テレビでよく見るアイドルだった。

「水瀬伊織ちゃんに高槻やよいちゃん、星井美希ちゃん……765……ええっ!? 7、765プロってあの!?」

「ははっ、そうですよ。それでですね、中央の39プロジェクトと書かれたページを見てください」

「ええと、39……これですわね。……劇場?」
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 01:30:59.21 ID:y2wSW8Jko

「はい。ここが二階堂さんの活動の拠点になる劇場です」

 なかなか立派な建物の写真。劇場ということはここでライブとかを行なうのかしら。場所も家からそう遠くないし、問題なく通える範囲だ。

「この劇場に土曜の四時に行けばいいんですわね?」

「はい、お待ちしています。何かあれば名刺の電話番号か事務所の方に電話してください」

「わかりました。土曜日はよろしくお願いいたしますわ」

「楽しみにしててくださいね。それでは、次の予定が迫っていますので俺はもう行かないと。あっ、そうだ。コンテスト、優勝おめでとうございます」

「ふふ、ありがとうございますわ。それでは土曜日にまた会いましょう」

 プロデューサーは何度も頭を下げながら行ってしまった。
 土曜日に何があるんだろう。今から待ち遠しい。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 01:35:47.62 ID:y2wSW8Jko

 それから友人たちとプロデューサーのことや765プロの話題で盛り上がり、しばらくして解散となった。
 帰り道、電車に揺られている間も歩いている時もずっとアイドルとなった自分の姿を想像していたら、いつの間にか家の玄関まで辿り着いていた。

「ただいまー!」

 そう言いながら家に入ると美味しそうなカレーの匂いが漂ってきた。お腹が空いている時に嗅ぐカレーの匂いはまさに犯罪的。
 急いで靴を脱いでいるとバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。

「お帰り千鶴! 今日はカツカレーだぞ! ミスコンで優勝できますようにってな!」

 振り返ると扉から顔だけ出した私のお父さんがそう言って豪快に笑った。私は嬉しさ半分、呆れ半分でため息を吐く。

「お父さん、ミスコンは今日のお昼。もうとっくに終わっちゃってるよ」

「なっ!? そ、それじゃあ結果は? 優勝できたのか?」

「うん。ぶっちぎりだったって」

 ピースしてみせるとお父さんの表情はみるみる晴れやかな笑顔に変わっていく。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 01:38:36.37 ID:y2wSW8Jko

「ほ、本当か? お〜いっ母さん! 千鶴、優勝したって! 優勝!」

「ふふ、はいはい。そんな大声出さなくっても聞こえてますよ」

 お父さんはまるで自分のことのように喜んでいる。ここまで騒がれるとさすがに少し恥ずかしい。
 奥から苦笑混じりのお母さんが来てくれて本当に助かった。

「お帰り、千鶴。お父さん先に飲みはじめちゃって」

「やっぱり。そうだと思った」

「千鶴も飲むだろう? 優勝記念パーティーだからな」

「はいはい。着替えた後でね」

 階段を上っていき二階にある自室へ。鞄を置いて部屋着に着替え、下に降りる前に私は財布からあの名刺を取り出した。
 これから私はアイドルになることを報告しなければいけない。考えると少し緊張してきた。

 なんて言われるだろう。賛成してもらえる? それとも反対される?
 しばらく悩み、私はとりあえず下に降りようと名刺をポケットにしまった。
 話すタイミングはいくらでもある。この時はそう思っていた。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 01:50:55.09 ID:y2wSW8Jko

「千鶴もカレー大盛りにする?」

「う、うん」

「今日は疲れただろう。なんたって優勝だからな! あっはっは!」

「そうでもない、けど……」

 話そうと思っても何故だか言葉が出てこなかった。
 カレーの味も両親の会話もあまり耳に入ってこない。
 話そうと思えば思うほど緊張は大きくなっていった。誤魔化すように機械的に手を動かし、口を動かした。

「千鶴、どうかした? あんまり美味しくなかったかしら」

 そう言われ顔をあげるとお父さんとお母さんは心配そうに私を見ていた。

「いやいや母さんのカレーは絶品だよ。千鶴、何か悩みでもあるのか?」

「……ううん、あのね」

 言うならこのタイミングしかない。私はポケットから名刺を取り出して両親に見せた。
 それから私は事の顛末を説明した。
 アイドル事務所のプロデューサーにスカウトされたこと。アイドルになってみたいという私の気持ち。
 お父さんとお母さんは何も言わずに聞いてくれた。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 01:52:01.51 ID:y2wSW8Jko

「よし。だったら今日は優勝記念じゃなくて、千鶴がアイドルになった記念日だな!」

 全てを話し終えたとき、お父さんは膝をパンと叩いてそう言った。

「へ……?」

「違いますよお父さん。まだ正式にアイドルになれたわけじゃないんですから」

「ん? ああ、そうか。それじゃあスカウトされた記念日だな!」

「ちょっ、アイドルになるのよ? そんな簡単に」

 許してもらえるなんて。そう言おうと思った私は、二人の嬉しそうな笑顔を見て言葉を飲み込んだ。
 それはこれまで何度も私に見せてくれたもので、その時は決まってこう言うのだ。

「千鶴の好きなように生きればいい」

 お父さんの言葉にお母さんも頷いた。子どものころから私が将来について話すときはいつも最後にこの言葉で締めくくっていた。
 家の仕事を継ぐのも、別の生き方を選ぶのも、私の自由だと。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 02:01:17.24 ID:y2wSW8Jko

「家のことなら心配するな。俺も母さんもいる」

「ふふ、お兄ちゃんのときもこんなことがありましたねぇ」

「そ、そうなの?」

 兄は大学を卒業した途端カメラを片手にあちこちを飛び回るようになった。時々意外すぎる場所から手紙が届く。
 そっか。兄も私と同じように相談した時があったんだ。

「にしても千鶴がアイドルかぁ。今だって千鶴は商店街のアイドルみたいなもんだけどな?」

「それじゃあ千鶴がここの宣伝をテレビですればいいんじゃない?」

「おっ! そしたら客が押し寄せて店も商店街も大繁盛だな!
 いっそ千鶴のグッズでも商店街で作るってのもいいな。アイドルと言えば団扇とかTシャツか?」

「服は沢渡さんに頼めばいいし、団扇は友田さんとこが夏祭りのとき作ってましたね」

「今度の集会で発表したらあいつら驚くだろうなぁ!」

 矢継ぎ早に話が進んでいく。こうなったお父さんとお母さんは止まらないのだ。
 このまま黙って感動していればどこまで話が大きくなっていくか想像するだけで恐ろしい。私は慌てて止めに入った。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 02:03:40.31 ID:y2wSW8Jko

「そ、それはちょっと難しい、かも。大学で私のことをセレブだと思っている人がいるって前に話したじゃない?
 プロデューサーも私のことをセレブだと思ってるかもしれなくて」 

 少しだけ嘘をついているけど間違ったことは言っていない。それを聞いたお父さんはハッとした顔をして私を見る。

「じゃあもし千鶴がこんな小さな商店街の肉屋の娘なんて知られたら!?」

「……最悪、この話は無かったことに、なんてこともあるかも」

 お父さんの顔がみるみる青くなっていく。ちょっとした冗談のつもりだったけど、お父さんには効果覿面だったみたいだ。

「そうかしら? 千鶴は私たちの自慢の娘なんだから。きっとセレブじゃなくてもみなさんに受け入れられると思いますけれど」

「いやいや母さん、世間は厳しいよぉ! 産地偽装したって噂されるだけで店を畳むしかなくなったりするんだからさ!」

 少し効きすぎたかもしれない。まぁお父さんにはこれぐらいがちょうどいいか。

「そうねぇ。千鶴はどうしたいの?」  

「あのね? セレブを演じるのも慣れちゃったし、それにやってみたら案外楽しかったから。
 だから私はセレブなアイドルに、なってみたいかなーって……」

 少し恥ずかしかったけど本心を言った。セレブなアイドル。もし本当になれるのだとしたら私はそれになってみたい。
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 02:05:37.60 ID:y2wSW8Jko

「そう? でも大変だと思うわよ? 自分のことを隠してやっていくなんて」

「それは……大丈夫! 大学でもバレたことないんだから!」

 胸を張って答える。そうそう、大学でも一度もバレたことが無いのだからアイドルになってからも隠し通せるはず!

「いいぞ千鶴! その意気だ!」

「それにしても、千鶴がアイドルになるなんてねぇ。お給料ってどれくらいなのかしら」

「売れるまでは殆ど貰えないと思うけど、テレビに出られるようになれば変わるんじゃない?」

「千鶴は母さんに似て美人に育ったからな。きっとすぐテレビに出られるようになる」

「ふふ、褒めたってなにも出ませんよ?」

「はいはいノロケはそれぐらいにして、ご飯食べちゃおう。すっかり冷めちゃった」

「おっと忘れてた。母さんおかわり!」

「はいはい。千鶴はどうする?」

「私も!」

 それから私がアイドルになってからのことをたくさん話した。
 二人とも私が売れないとはこれっぽっちも思ってないみたい。なんだかとても嬉しかった。
 大学はどうするかという話になったけど、卒業に必要な単位はほぼ取ってあるのでそこまで問題はない。
 元々就活する予定だったのが、アイドル活動に変わっただけだ。

 だからあとは進むだけ。私がアイドルになるために。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 02:07:25.37 ID:y2wSW8Jko

「ここが……765LIVETHEATER……」

 時刻は三時三十分。家にいても落ち着かず予定よりずっと早く来てしまった。

「人がいっぱいいる……」

 予想していたよりも劇場はずっと大きかった。ご近所のスーパーよりもずっと大きい。
 入り口には長蛇の列が出来ていた。並んでいる人たちは一様に顔を輝かせ、扉が開くのを今か今かと待ち望んでいる。
 これが楽しみにって言っていた理由かしら。

 そんなことを考えながらしばらく立ち止まって眺めているとスタッフの一人が私のことをじっと見ていた。
 帽子を被っているから表情は見えない。もしかして不審者と思われてる?

 その人が近づいてきた。冷や汗を流しながらどう言い訳しようか考えているうちにその人は目の前までやってきて、被っていた帽子を脱いだ。

「おはようございます、二階堂さん。お待ちしていましたよ」

 見覚えのある顔だった。それもそのはず、私をここに呼んだ張本人だった。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 02:15:40.20 ID:y2wSW8Jko

「あっ……ああ!? プロデューサーさんでしたの! なんだ……てっきり不審者と間違われたのかと」

「あはは……すみません、誤解させてしまったみたいで。それよりよく一目で俺だと分かりましたね」

「こほん、こう見えて人の名前と顔を憶えるのは得意なんですわ」

 私の数少ない特技と言えるもの。お店の手伝いをしているうちに自然とできるようになっていた。
 プロデューサーはそれを聞いて何やら顔を輝かせている。

「それは、凄いですね! もしかして……社交界とかで身に付けられたんですか?」

「えっ……も、もちろん! その通りですわ! 著名な方々の名前を間違えるわけにはいきませんもの! おーっほっほっほっほ、ゴホッゲホッ!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「え、ええ……大丈夫ですわ」

 調子に乗ってむせてしまったけどどうにか誤魔化せた。ほっとしているプロデューサーを見て、ふと疑問が生まれた。
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 02:19:03.91 ID:y2wSW8Jko

「わたくしの方こそ、時間よりも早く来ましたのによくわかりましたわね。服も前と違うはずですけど」

 恰好を見るからにたまたまスタッフとして外に出ていただけのプロデューサーさんがどうして早く来ていた私を見つけることができたのか。
 プロデューサーさんはキョトンとした顔で私の顔を見つめたあと、気恥ずかしそうに笑った。

「ええと……あはは、俺も得意なんですよ。アイドルの顔を憶えるのが。……なんて、恰好つけ過ぎですね! あはは!」

 そう言ったあと、プロデューサーさんは顔を真っ赤にしながら頭を掻いた。

「……いいえ」

「えっ?」

 プロデューサーさんはそう言うけれど、何も恥ずかしがることはない。

「素晴らしいと言っているのですわ。さすが、わたくしを見つけたプロデューサーさんですわね」

 私はプロデューサーさんを真っ直ぐ見つめながらそう言った。
 プロデューサーさんはまだ恥ずかしそうにしていたけれど、目を逸らさずに頷いてくれた。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/10/21(土) 02:21:27.75 ID:y2wSW8Jko

「それよりプロデューサーさん? これからあそこで何が始まるんですの?」

「決まってるじゃないですか。ライブですよ」

 私たちは裏口から劇場に足を踏み入れた。中は表以上の騒々しさで、スタッフたちが忙しなく歩きまわっている。
 スタッフの中には中学か高校ぐらいの女の子も混じっていた。誰もが一生懸命に準備を進めている。

「あんな小さい子も働いていますの?」

「ええ、あの子たちも二階堂さんと同じアイドルですよ。ここは皆で作る劇場ですからね」

 皆で作る劇場。なんだか思っていたものとは全然違った。
 アイドルなんだし歌ったり踊ったりするのが仕事でそれ以外はスタッフさんに任せるものだとばかり。

「この先が舞台裏です。少し暗いので足元に気をつけてください」

 プロデューサーさんが分厚い扉を開けると冷たい空気がぶわっと流れ込んできた。
 扉の先へ一歩踏み出す。既にお客さんが入り始めているらしく、遠くからざわめきが聞こえてきた。

 そう、遠い。目の前の壁の裏側が舞台でそのすぐ先に座席があるはずなのに、とても遠い。
 熱気を拒むかのような張りつめた冷気が舞台裏を満たしている。
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