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盗賊と終わりの勇者
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1 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 20:39:58.48 ID:J0GKUmh+O
勇者とくれば
思い浮かべるのは魔王だろう。
数え切れない怪物を従えて、人の世を支配しようと目論む恐ろしき魔の王。
それに立ち向かうのは勇者、神に選ばれた人の子だ。
そこらの酒場でゴツい戦士と年寄り魔法使いを仲間にしたら、長い長い旅の始まりさ。
勇者は仲間と共に数々の困難を乗り越えて、旅を通して絆を深めてゆく。
まあ、話しによっちゃあ勇者が女だったり戦士が女だったり……
無口無骨な騎士が鎧を脱げば絶世の美女だったり……
高慢で世間知らずの魔法使いは素性を隠していたお姫様だったりもする。
勿論、全員が可愛らしく美しい。
そうでなけりゃあ誰も見ないからな。
勇者以外は女ってのも、今ではちっとも珍しい話じゃないんだぜ?
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1507462798
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 20:42:20.57 ID:J0GKUmh+O
ああ、そうそう
何と魔王が美女だったりもするんだぜ!? 果ては勇者と恋するときたもんだ!!
まったく、今時のは良く分からんね。理解に苦しむよ。
他には主人公が別の奴で、勇者が敵になったり憎まれ役になるやつもあったっけな。
中には勇者が魔王だった!なんてのもあるくらいだ。
ま、出尽くした今なら何でもありさ。 節操も何もあったもんじゃあない。
あぁ、悪い。話しが逸れたな……
勇者は苦難の果てに魔王の城に辿り着き、死闘の末に魔王を打ち倒す。
人の身でありながら強大な魔を討ち、世界に安寧と平和が訪れる。
中には悲劇的な結末を迎えるやつもあるみたいだがな。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 20:44:44.90 ID:J0GKUmh+O
まあ、大体こんな感じだな。
ただ、今回の勇者の物語はちょっとだけ違う。
いや、俺が知らないってだけで、こんな話は既にあるのかもしれない。
何百年、何千何万回と繰り返されてる演目だけに、こんな物語があってもおかしくないからな。
それはともかく
この劇場都市で、終わることのなかった勇者の物語は遂に終わりを迎える。
勇者が勇者を終わらせるべく、劇場都市に反発し、長い長い物語に終止符を打つのさ。
台本なんざ無視!勇者が脚本家に牙を剥く!
劇の為に死んでいった役者達の命を背負い、真の勇者が立ち上がる!
勇者は脚本家を打ち倒し
人々は台本から解放されて初めての自由を得る。
斯くして、劇場都市は幕を閉じる……
とまあ、今回の劇はそんな『シナリオ』さ。
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 20:48:06.88 ID:J0GKUmh+O
>>>>
盗賊「ふ〜ん、じゃあ此処はずっと演劇を続けてきた都市ってわけか」
盗賊「で、あんたもこのデカイ舞台の役者なのかい?」
マスター「いやいや、俺はただの酒場の店主だよ。正真正銘の一般人さ」
盗賊「今のもセリフってことはねえよな?」
盗賊「この劇場都市丸ごと使って劇をするなんて聞いた後じゃあ信用出来ないぜ?」
マスター「ま、そりゃあそだろうな……あぁ、ところであんた」
盗賊「ん?」
マスター「此処には何しに来たんだ? 劇を見に来ただけってわけじゃあなさそうだ」
盗賊「見に来たって言えば見に来たんだけどさ、他にも色々と目的があってね」
マスター「……何が狙いか分からんが気を付けた方がいいぞ」
マスター「この劇場都市でシナリオを乱そうとする奴は、人生という名の舞台から下ろされる」
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 20:51:13.30 ID:J0GKUmh+O
盗賊「……なるほどね。憶えとくよ」
マスター「それともう一つ」
盗賊「何だい?」
マスター「劇は、既に始まってる」
バンッ!
盗賊「わっ!?」
勇者「悪名高き盗賊がいるのはこの酒場か!」
マスター「ほーら、おいでなすった」
盗賊「……はぁ、やっぱりあんたも役者だったのかよ。いい演技だったぜ」
マスター「そりゃどうも」ニコリ
盗賊「(既に演劇が始まってるってことは、今酒場に入って来たのが勇者役の役者か?)」
パチッ…
盗賊「(お〜、こりゃ凄いな。照明が切り替わって夜になった。流石は劇場都市……)」
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 21:05:54.05 ID:J0GKUmh+O
勇者「……そこか」
盗賊「(しかし、こんなに間近で主役の演技を見れるなんてツイてるな)」
勇者「………」ツカツカ
盗賊「(凄いな。視線の運び、歩き方から何まで計算してるみたいだ)」
勇者「おい」
盗賊「いきなり何だよ…って、えっ!?」
勇者「貴様が盗賊だな?」
盗賊「い、いやいやいや!! 確かにオレは盗賊だけど、あんたの捜してる盗賊じゃないぜ?」
勇者「嘘を吐くな!!」
盗賊「えぇ……」
勇者「金の為ならば命をも奪う極悪人め。私が成敗してやる!!」チャキ
盗賊「ちょっ、ちょっと待てよ!! あんたは何か勘違いして……」
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 21:08:54.88 ID:J0GKUmh+O
勇者「問答無用!!」
ガキンッ…
盗賊「(あ、危ねえ……この剣、本物じゃねえか。リアリティの追求ってやつか?)」
>>お見事お見事!いやぁ、素晴らしいですなぁ!
>>これぞ迫真の演技、遠路はるばる来た甲斐がありましたよ
>>パチパチパチ…
盗賊「ったく危ねえなぁ、少しは聞く耳持てよ。つーか、何で拍手?」
勇者「……ちょっと」ボソッ
盗賊「ん?」
勇者「ん? じゃないわよ。次のセリフはあなたでしょ?」ボソッ
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 21:11:42.23 ID:J0GKUmh+O
盗賊「だからオレは盗賊役じゃ……」
『シナリオを乱そうとする奴は、人生という舞台から下ろされる』
盗賊「……次はどうすりゃいい?」ボソッ
勇者「あなた、舞台に上がると頭が真っ白になるタイプね?」
>>おぉ、緊迫したシーンですな
>>睨み合い一つでも迫力がありますねえ
盗賊「いいから、早く教えろ」
勇者「(はぁ、こんな駄目役者が私の相棒だなんて……)」
盗賊「は・や・く・し・ろ」
勇者「ちょっと抵抗してから私にやられる」
勇者「それから悔い改めて人々の為に尽くすことを誓うの。分かった?」ボソッ
盗賊「……やられ役にして下僕ですか。ったく、散々な役だな」
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 21:14:55.86 ID:J0GKUmh+O
勇者「分かった? それじゃあ行くわよ?」
盗賊「(まっ、なるようになんだろ)」
勇者「せいっ!!」グッ
盗賊「(競り合いからの蹴りか。これで吹っ飛べばいいのか?)」
ドガッ…ズダンッ…
盗賊「(……本気で蹴ってきやがった。芝居に手加減無しってわけか)」
勇者「盗賊、貴様はその短剣で幾つの命を奪ってきた!!」ヒュッ
盗賊「(危ねっ!!)」サッ
ガギィン…カランッ…
盗賊「(役者なのに動きは本物、おまけに剣も本物。何か妙な感じだ、動きが良すぎる)」
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 21:17:46.47 ID:J0GKUmh+O
勇者「(セ・リ・フ)」
盗賊「(くっ、こうなりゃヤケだ。主役ならどうにかしてくれんだろ)」
盗賊「……オレは確かに許されない罪を犯した。しかし、全ては母の為だ」
勇者「(アドリブ!? こいつ……いいわ乗ってあげる)」
勇者「母の為に人を殺したと言うのか!! それが母の為になると!?」
盗賊「……母は重い病を患ってな。所謂、不治の病というやつさ……」
盗賊「女手一つ、苦労なんて一切見せずに育ててくれた。強く優しい母だった……」
勇者「……だった?」
盗賊「悪事に手を染めた報いってやつさ。母は……死んだよ……」
>>むぅ、彼も中々良い味を出していますな
>>ど、どうなるんでしょう
>>しっ…お静かに……
勇者「………」
盗賊「少しでも楽にしてやりたかった。だから金になることなら何でもやった!!」
盗賊「それが例え人殺しの依頼であってもだ!! オレは母を救いたかった!!」
11 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 21:26:54.93 ID:J0GKUmh+O
>>母への愛か……
>>あの若さで母への想いをストレートに表現出来るのは素晴らしいですな
盗賊「(好評でなにより。つーか、母ちゃんかぁ……)」
勇者「(へえ、中々やるじゃないの)」
盗賊「殺せ、オレにはもう何もない。母の下へ送ってくれ」
勇者「……罪に塗れたその魂が母の下へ行けると思うのか?」
盗賊「ならどうすればいい。教えてくれ(本当に分かんねえから)」
勇者「この劇場都市には、劇と称して命を奪い続ける存在がいる」
盗賊「?」
勇者「悲劇を生むには仮初めの死ではなく本物の死が必要だ。命は終わりの時こそ一際輝く。などと言ってな……」
盗賊「………(これ、演技だよな?)」
勇者「私は劇場都市を終わらせる。劇の度に起きる真実の悲劇を終わらせる為にな」
勇者「……盗賊。母の下へ逝くのは降り掛かる悲劇から人々を救ってからにしろ」
12 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/08(日) 21:28:33.39 ID:M7RwPTHco
期待
13 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 21:38:36.86 ID:J0GKUmh+O
盗賊「どういう意味だ……」
勇者「今のままでは確実に地獄行きだ。母に会いたければ私と共に来い」
勇者「貴様の犯した罪は消えないが、悔い改めることは出来る」
勇者「これからは奪うのではなく、救う為に生きろ」
盗賊「……分かった。オレの命は人々を救う為にあると誓おう」
>>おお、これは素晴らしい
>>まったくです、これを間近で見られたのは幸運ですよ
>>二人とも良い役者だ。暗がりながら表情が輝いて見える
>>互いに決意した瞬間というわけですね
盗賊「(はぁ、やっと一段落か。さっさと退場してえけど、そうもいかねえだろうな)」
勇者「……」ツカツカ
盗賊「?」
勇者「ここは二人とも無言で酒場を出るの。もしかして、まだあがってる? ほら、立って」ボソッ
盗賊「えっ……ああ、悪りぃな」スッ
勇者「(さっきのアドリブは大したものだけど、先が思いやられるわね)」
ギィィ…バタンッ
>>パチパチパチ……
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 21:45:01.49 ID:J0GKUmh+O
>>>>
脚本家「……役者変更にアドリブか。まったく、好き勝手やってくれる」
脚本家「その分シナリオに沿っていると言えるが、これは少々やり過ぎだな」
脚本家「このシナリオでなければ消えてもらう所だが、彼の観客受けは実に良い」
脚本家「しばらくは好きに泳がせておいた方が此方も面白いというものだ」
ペラッ…
脚本家「ふむ、次は魔法使いとの出会いか……ん?」
ヒラリ…ヒラリ…
脚本家「これは……ふっ、はははっ!」
脚本家「これはいい、ますます面白くなりそうじゃないか!」
ーーー終わりなき
勇者の物語り
ーーー神の脚本
その結末
ーーー舞台の上より
頂戴します
15 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2017/10/08(日) 21:52:05.14 ID:+1jkCrBt0
これは期待するしかない
16 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2017/10/08(日) 21:53:17.32 ID:U4kkSOum0
なんやこれ
名作のにおいがぷんぷんする
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 22:00:04.29 ID:J0GKUmh+O
>>>>
勇者「……」ツカツカ
盗賊「(酒場を出てから一言もなし。今んとこセリフは必要ねえってことか)」
盗賊「(この後に何があるのか訊きたいとこだけど、そこら中に観客の目があるからなぁ……)」
勇者「………」
盗賊「(しかし、流石は勇者サマだな。歩く姿も堂々たるもんだ)」
盗賊「(視線が自分に集中してるってのに、気にする素振りなんて微塵も見せねえ)」
盗賊「(これが本物の役者ってやつか。いや、まあ、そのくらいじゃねえと劇場都市の主役に選ばれねえか)」
勇者「観客の目が邪魔だ。盗賊、裏道に入るぞ」
盗賊「ん? ああ、分かった(これもセリフか?)」
劇場都市のど真ん中、劇場大通り。
そこからわき道へ抜け、勇者はどんどん人気のない道を進んでいく。
いつの間にやら、ドーム型の天井は星のきらめく夜空へと変わっていた。
此処では朝も夜も取り替え放題。正に、演劇の為だけに生きる都市。
盗賊「(本当に人気がなくなってきたな。後を付けてた観客の姿もねえ)」
盗賊「(何だか解放された気分だ。しかしなぁ、まさかこんな形で舞台に立つとは思いもしなかったぜ)」
18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 22:07:00.47 ID:J0GKUmh+O
勇者「……」ピタッ
盗賊「?」
勇者「ふ〜っ、やっと撒いたわね。さ、座りましょ?」
盗賊「え〜っと、これは休憩?」
勇者「ま、そんなところね……」
盗賊「はぁ〜、すっげえ疲れた」ストン
勇者「ねえ、一ついいかしら?」
盗賊「ど〜ぞ」
勇者「あなた、役者じゃないでしょ?」
盗賊「最初に違うって言ったろ? 大体、こんな素人がオーディションに受かると思うのかい?」
勇者「……随分、あっさりと認めるのね」
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 22:11:04.28 ID:J0GKUmh+O
盗賊「演技は下手なんだ。それに、一流の役者に嘘は通じないだろ?」
勇者「当たり前でしょ? あなた、顔はいいんだけど他はまるで駄目よ」
盗賊「は、はぁ……すいません」
勇者「酒場のアドリブは良かったけど、外に出た途端に気を抜いたでしょ?」
勇者「立ち姿もなってないし歩き方もなってない。丸っきり素人ね、素人」
盗賊「素人なりに頑張ったんですけどね……」
勇者「はぁ…あなた、夜間照明に助けられたようなものよ?」
勇者「歩いてる時もやたら観客の視線を気にして落ち着かない顔しているし」
盗賊「それは本業が盗賊だからさ、クセみたいなもんだよ」
勇者「盗賊? 本物の?」
盗賊「酒場でそう言っただろ? オレは盗賊だってさ」
勇者「……そう、そうだったのね。だから間違えたのね」
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 22:19:27.04 ID:J0GKUmh+O
盗賊「ん?」
勇者「私、てっきり役に入りきってると思っていたのよ」
勇者「あなたが本物の盗賊だなんて知らずに、この人が『盗賊役』だってね」
勇者「本物がいたら勝てるわけないわ……盗賊役の人には申し訳ないことをしたわね」
盗賊「まあまあ、そんなに落ち込むなよ。過ぎたことを考えても仕方ないさ」
勇者「……はぁ、このミスがどれだけのことか分かってるの?」
盗賊「勿論分かってるさ。でも、オレには心強い味方がいる」
勇者「味方? 盗賊仲間ってことかしら?」
盗賊「違う違う、味方ってのはキミだよ」
勇者「私?」
盗賊「そう、オレには勇者サマがついてる。例えオレがド下手な演技をしようが、どんなヘマをしようが……」
盗賊「一流の役者が何とかしてくれる。そうだろ?」ニコッ
勇者「……何だか気分が悪くなってきたわ」
盗賊「はははっ、オレは大船……いや、豪華客船に乗ってる気分だけどな」
勇者「……私は泥船漕いでる気分よ」
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 22:31:05.28 ID:J0GKUmh+O
盗賊「あのさ」
勇者「何よ? お金ならあげないわよ」
盗賊「そのつもりなら、もうとっくに盗んでるよ。聞きたいことがあるんだ」
勇者「何かしら」
盗賊「この劇の結末は勇者役の勝利、脚本家役の敗北なんだろ?」
勇者「……ええ、そうよ。あくまでも劇中での出来事だもの」
盗賊「オレはそれを本当にしたいんだけど、どうかな?」
勇者「!!」
盗賊「キミが酒場で叫んだセリフは演技なんかじゃない。あれは本心だ。違う?」
勇者「何を根拠にそんなことを……」
盗賊「さっき言ってたろ? 本物には勝てないってさ」
22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 22:33:30.68 ID:J0GKUmh+O
勇者「……ええ、言ったわね」
盗賊「あの時の表情は本物だった。芝居に関しちゃ素人だけど、それくらいは分かる」
勇者「………」
盗賊「答えたくないなら別にいい、オレがそうしたいだけだから」
勇者「あなた、一体何が目的なの……」
盗賊「う〜ん、何だと思う?」
勇者「っ、ふざけないで! 真面目に答えなさい」
盗賊「物語に囚われ続ける終わりなき勇者……の、終わり」
勇者「……えっ?」
盗賊「オレの目的は囚われの勇者に自由を与えること……麗しき君の自由さ」
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 22:46:17.54 ID:J0GKUmh+O
勇者「………」
盗賊「どうした?」
勇者「別に何でもないわ。よくもまあそんなセリフを言えるものだと思っただけよ」
勇者「ま、今の演技は良い線いってるんじゃないの? 素人にしては、だけどね」
盗賊「演技なんかじゃない、今のは本気だよ」
勇者「………」フイッ
盗賊「大体、女に戦わせるってのが気に入らないんだよなぁ」
盗賊「マスターの言ってた通り、最近の脚本家の考えることはさっぱり分かんねえ」
勇者「………」
盗賊「あ、ところでさ、これからどうするんだ?」
勇者「(こんなにも素直で正直な人が劇場都市にいるなんて、何とも皮肉な話ね)」
盗賊「お〜い」
勇者「(この人は演技が下手なんじゃない。きっと、演技が出来ない人)」
勇者「(ねえ、みんな。この人になら話してもいいのかな……)」
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 22:57:26.52 ID:J0GKUmh+O
盗賊「なあ、聞いてるか?」
勇者「えっ、ええ。なにかしら?」
盗賊「だから、これからどうするんだ?」
勇者「これから? えっと、この後は劇場大通りへ戻って魔法使いと会うことになってるわ」
盗賊「いいのか?」
勇者「えっ?」
盗賊「一緒に行っていいのか? オレは本物の盗賊なんだぜ?」
盗賊「それに、オレは目的を言ったけど、まだキミの気持ちを聞いてない」
勇者「……ごめんなさい。少し、考えさせて」
盗賊「あ〜、そんな顔しないでくれ。話したいときに話してくれればいい。いきなり話せって方が無理だしさ」
盗賊「それにほら、誰にだって秘密はあるもんだろ? 女性なら特にね」
勇者「……あなたには? あなたに秘密はないの?」
盗賊「それは秘密で」ニコッ
勇者「(この笑みは何だろう。何の含みもない普通の笑顔なのに、何だか眩しく見える)」
勇者「(……ああ、そうか)」
勇者「(これは、私には出来ない笑顔なんだ。演技や作り物じゃない、本物の笑顔だから眩しく見えるんだ)」
盗賊「?」
勇者「(……彼を見ていると自分が勇者であることを、役者であることを忘れてしまいそうになる)」
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 23:08:50.82 ID:J0GKUmh+O
盗賊「うっし。じゃあ休憩は終わりだな。行こうぜ」
勇者「待ちなさい。照明が夜から昼、朝へ変わる前に言っておくわ」
勇者「明るくなれば表情や仕草は誤魔化せなくなる。良くも悪くもあなたは目を引くから」
盗賊「えっ、急にそんなこと言われてもな……どうすりゃいい?」
勇者「別に? 何もしなくていいわ」
盗賊「は?」
勇者「あなたは自然体でいいの、下手に演じようとしない方がいいわ」
盗賊「えっ、何で?」
勇者「だって、あなたは本物でしょ?」
盗賊「……なるほど」
勇者「分かったのなら良いわ……盗賊、行くぞ」
盗賊「は、はい(一瞬で雰囲気が変わった。役者って凄えな)」
26 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 23:23:04.54 ID:J0GKUmh+O
※※※※
今の職業に不満があるそこの貴方!
是非是非、劇場都市へお越し下さい!
子供の頃に思い描いた数々の夢、劇場都市なら叶えられます!
芸術家、詩人、歌手……
バーのマスターから魔法使いまで……
劇場都市なら、どんな職種も思うがまま!!
偽りの自分を脱ぎ捨てたいのなら、劇場都市にお越し下さい!!
なりたい貴方に、貴方が望む貴方に、本当の貴方に必ずなれます!!
迷っているなら劇場都市へ行こう!
夢が欲しいなら劇場都市へ行こう!
変わりたいなら劇場都市へ行こう!
注・演劇とはいえ、起こる出来事は全て本物です。
あなたの喜劇、あなたの悲劇は本物なのです。
職種演技指導はこちらで行いますので、どうぞご安心下さい。
年齢や性別は一切問いません。
職種は何度でも変更可能(その際、別途料金が発生します)
ーー夢見る貴方の劇場都市より抜粋
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 23:47:24.50 ID:J0GKUmh+O
>>>>
勇者「警戒を怠るな。姿はなくとも、脚本家は常に我々を見ている」
盗賊「ああ……(さっきとはまるで違う。軽々しく話そうものなら何されるか分かんねえな)」
>>おっ、出てきたぞ!
>>あれが勇者か。何と美しく、何と凛々しい
>>とっても綺麗。私もあんな風になりたいな……
>>きゃー、盗賊さ〜ん!こっち見て〜!
>>騒々しい、顔でしか判断出来んのか。これだから女の客は……
>>おや、盗賊の彼、観客である我々にも警戒しているようですね
>>ええ、あの目が素敵なのよ。彼の演技はとっても新鮮だわ
盗賊「(なるほどね、自然体でいいってのはこういうことか)」
勇者「盗賊、あれを見ろ」
盗賊「?」
勇者「この延々と続く劇場大通りの先だ。あそこに塔があるのが分かるか?」
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/08(日) 23:49:58.57 ID:J0GKUmh+O
盗賊「……ああ、薄ぼんやりとだけど見える」
勇者「あれは神の塔と呼ばれている」
盗賊「神の塔……」
勇者「この劇場都市では脚本家が神と言っても過言ではない」
勇者「紡がれる物語の創造主にして、この都市の破壊者でもある」
盗賊「破壊者?」
勇者「奴は劇の為に命を奪い、都市をも破壊する。奴こそが私の、勇者の打ち倒すべき最大の敵なのだ」
盗賊「……それは本気なのか?」
勇者「ああ、私は奴を討つ。奴がいる限り、勇者の物語は終わらない」
勇者「これまで劇中で失われた数多の命、奴の演出した悲劇……それら全てを、私が終わらせる!」
>>長年見てきたが、今までの勇者役とは格が違うな
>>これは歴史に残るシーンかもしれん
>>は〜、いやはや、これは凄い。声が出ませんでしたよ
>>異色作って言うから悩んでいたんだが、見に来て正解だったな……
29 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/09(月) 00:03:43.67 ID:kSuyebEbO
盗賊「(今のセリフがさっきの答えってことでいいのか? それとも、ただのセリフなのか?)」
ザッザッ…
盗賊「なあ、あいつは誰だ? こっちに来るぜ?」ボソッ
勇者「きっと魔法使いよ、痺れを切らして来ちゃったみたいね」ボソッ
魔法使い「やあ、遅いから迎えに来たよ。おや、彼は誰かな?」
勇者「彼は盗賊。きっと頼りになるだろう」
魔法使い「へえ、盗賊……盗賊だって!? 金の為なら命を奪う人殺し!大悪党じゃないか!!」
盗賊「(ひでえ言われようだな……まっ、ここは勇者サマに任せるか)」
勇者「彼はこの都市の人々を救うと誓った。問題はない」
魔法使い「そんな安い誓いがあるものか、信用出来るはずがない!」
魔法使い「勇者、考え直すんだ。いつ背中を刺されるか分かったもんじゃない」
>>なにアイツ、盗賊様に向かって……
>>まあ、当然の流れだな
>>盗賊か、確かにいけ好かない奴だ
>>男の嫉妬は醜いわよ
>>けっ、うるせえ。あんなの顔がいいだけじゃねえか
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/09(月) 00:06:39.07 ID:kSuyebEbO
勇者「私は彼を信じる。魔法使い、彼を信じた私を信じてくれ」
魔法使い「悪と手を組むとは、何と愚かな……」
勇者「私のことも信用出来ないと言うのか? ならばどうする?」
魔法使い「簡単なことだよ」ガチャ
盗賊「勇者、下がれ!!」
勇者「っ!!」
ゴウッ…ボォォォッ!
盗賊「……何しやがる」
魔法使い「あら、避けられちゃったか。今の魔法で二人とも燃やすつもりだったんだけどな……」
盗賊「何が魔法だ。火炎放射器じゃねえか」
魔法使い「やれやれ。この劇場都市でそんな夢のないこと言わないでくれるかな」
勇者「魔法使い、まさか……」
魔法使い「想像通りだよ。脚本家がもっと盛り上げたいらしくてね。シナリオ変更というやつだ」
魔法使い「私としても、こんな見せ場を貰えたのはラッキーだ。ここから先は即興だがね」
31 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/09(月) 00:18:58.26 ID:kSuyebEbO
盗賊「……なあ、これもシナリオの内か?」
勇者「いえ、こんなの知らないわ」
魔法使い「さて、観客も沢山いることだ。待っているようだし、そろそろ始めよう」ガチャ
勇者「……魔法使い、止めろ。今なら間に合う」
魔法使い「断る。やっとのことで掴み取った役だ。今更手放すわけにはいかない」
魔法使い「そして、裏切り者とは悲劇を起こす存在。例え、やられ役だとしてもね……」
>>お、おい、こっちに向けてるぞ?
>>演出だろ?
勇者「止めろっ!!」
魔法使い「煩いな。これは私の見せ場なんだ、邪魔をしないでくれないか?」
盗賊「っ、おい、何見てんだ!さっさと逃げろ!」
>>これも演出なんでしょ?
>>少し離れれば大丈夫だろ
>>おぉ、熱気がここまで伝わってくる
>>凄い迫力だな、持つのも大変そうだ……
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/09(月) 00:42:21.71 ID:kSuyebEbO
魔法使い「……燃えろ」
勇者「よせっ、止めるんだ!!」
魔法使い「全ては劇だ。痛みも悲しみも、その全ては現実だがね」ガチャッ
トントン…
魔法使い「!!」ビクッ
盗賊「ちょっと落ち着けよ。役者が観客を殺すなんてちっとも笑えないぜ?」
魔法使い「(こいつ、いつの間に……)」
盗賊「それにオレは、悲劇を止めると誓ったんでね。麗しき勇者様に」
勇者「……盗賊…」
魔法使い「っ、燃えろ!!」
ゴウッッ…ボォォォッ!
勇者「盗賊っ!!」
魔法使い「はははっ、燃えろ燃えろ!骨まで燃えろ!」
勇者「……魔法使い、貴様っ!!」ダッ
魔法使い「おっと、それ以上近付くなよ」ガチャ
勇者「くっ…」
魔法使い「剣で魔法に勝てるとでも思っているのか? 短慮で愚かな奴だ」
コツンッ!
魔法使い「だ、誰だ!?」
盗賊「オレだよ。そんな炎じゃちっとも燃えやしないぜ。火葬するには火力が足りないんじゃないか?」
33 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/09(月) 00:44:35.20 ID:kSuyebEbO
魔法使い「何処だ!?」
盗賊「さて、どこでしょう?」
>>きゃ〜、盗賊さま〜!
>>ふぅ、本当に燃えちゃったのかと思った
>>彼はスタントも出来るのか、凄いな……
魔法使い「ど、どこに……」
盗賊「ここだよ、放火魔法使い」
>>おいっ、あそこだ。パン屋の屋根の上!
>>あの一瞬でどうやって……
>>あんな役者はこれまで見たことがないな
魔法使い「私は放火魔じゃない! 魔法使いだ!!」
盗賊「はははっ、そっかそっか。なら、これ使えよ」ポイッ
魔法使い「……箒?」
盗賊「どうした? さっさと来いよ、魔法使いなら箒に跨がって空飛べんだろ?」
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/09(月) 01:09:19.68 ID:kSuyebEbO
魔法使い「馬鹿にするな!!」ボキッ
盗賊「どうした魔法使い、顔が真っ赤だぜ? 顔から火を噴くつもりか?」
魔法使い「っ!!」
>>あっという間に彼のペースだな
>>さっきまでの雰囲気が嘘みたい……
魔法使い「なら、最大火力で燃やしてやる」
勇者「いつまで下らない会話を続けるつもりだ?」
魔法使い「しまっ…」
勇者「まさか主役の存在を忘れたわけではないだろうな?」
ザンッ!
魔法使い「がはっ…」ガクン
勇者「舞台から下りろ。然もなくば……殺す」
魔法使い「……私は役者だぞ。舞台を下りるくらいなら、死を選ぶ……」カチッ
勇者「っ、自爆するつもり!?」
ズダンッ!
盗賊「幾ら何でもやり過ぎだ。あんまりシナリオ乱すと舞台から下ろされるぜ?」ガシッ
魔法使い「!?」
盗賊「すぐ戻るから待っててくれ」グイッ
勇者「あれはワイヤーロープ? ちょっと待って、何を……」
盗賊「大丈夫さ、悲劇は起こらない」
勇者「えっ…」
ギュララララ…
盗賊「お〜、凄え勢いだな。まるで飛んでるみたいだ」
魔法使い「……どうするつもりだ」
盗賊「彼女、劇の度に生まれる悲劇はもう沢山なんだってさ」
魔法使い「……私は役者だ。舞台の上で死ねるなら本望だ。離してくれ」
35 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/09(月) 01:17:59.47 ID:kSuyebEbO
盗賊「嫌だね」
魔法使い「このままではお前も死ぬぞ」
盗賊「あんたは生きたくないのか?」
盗賊「こんな劇が最後の舞台でいいのか?それがあんたの本望だってのか?」
魔法使い「………」
盗賊「舞台なんて世界中にあるんだ、あんたは自分で舞台を狭くしてるだけさ」
盗賊「あんたならきっとなれるよ。今の魔法使いよりもずっと素敵な魔法使いに」
魔法使い「!!」
盗賊「さあどうする? 背中の燃料と腕の噴射機、あんたが外せば生きられるぜ?」
ドガンッ!
>>な、何だ?爆発!?
>>あいつ、本当に自爆するつもりだったのか?
>>ま、まさか、これも演出だろ?
>>いや、こんな危険な演出はあるはずがない
>>じ、じゃあさっきのは全部本当だったってことか?
>>では彼は? 彼はどうなった? まさか我々を助ける為に……
ズダンッ!
盗賊「皆様方、花火はお気に召しましたか?」ニコッ
>>キャーッ!!
>>ワアァァァッ!!
>>いいぞー!!
勇者「はぁ……まったく、シナリオなんてとっくに滅茶苦茶じゃない……」
36 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/09(月) 02:08:24.29 ID:kSuyebEbO
>>パチパチパチ!!!
盗賊「ふ〜っ、何とかなったな」
勇者「そうね、もう誰が主役か分かったもんじゃないわ」
盗賊「怒ってる?」
勇者「……怒ってなんかないわよ。ただ悔しいだけ」
盗賊「悔しい? 何で?」
勇者「この都市に響き渡る拍手を一身に受けるあなたが羨ましいの!」
盗賊「ははっ、そりゃ悪いことしたな。でも、今なら大声で話してもバレねえし良かったろ?」
勇者「まあ、そうね。でも私、舞台の上でこんな風に話したのは初めてだわ。台詞じゃなくて、自分の言葉で……」
盗賊「………」
勇者「もしかしたら、観客の皆がこんなに喜んでいるのも初めてかもしれない」
盗賊「いやいや、それは流石に言い過ぎだろ」
勇者「本当よ? きっと、観客の皆はこれが見たかったのね……」
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2017/10/09(月) 02:09:43.48 ID:kSuyebEbO
盗賊「見たかったって何を?」
勇者「作られた物語や演劇なんかじゃなくて、人間が生み出す本物の感動や驚きよ」
盗賊「演劇に飽きてるってことか?」
勇者「そう、皆はもう偽物では満足出来ないのよ。皆は気付いてないでしょうけどね」
>>パチパチパチ!!!
>>ワアアァァァッッ!!
勇者「この拍手と熱狂を見れば一目瞭然よ」
盗賊「へえ、オレには楽しんでるようにしか見えないけどな」
勇者「はぁ……今更だけど言っておくわ」
盗賊「なに?」
勇者「素人のくせに目立ち過ぎ、あなたの所為でシナリオはめちゃくちゃよ」
盗賊「う〜ん、もういいんじゃないかな?」
勇者「えっ?」
盗賊「だって勇者の……いや、キミの物語はそういうシナリオだろ?」
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