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クラリス「あたたかで素晴らしい日々に」
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1 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 14:43:43.28 ID:r5zFZECu0
地の文有り モバマスssです。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1506750222
2 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 14:44:10.66 ID:r5zFZECu0
今年最後の仕事を終えて、小さく息を吐いた。
年末進行のスケジュールのせいで連日働き詰めで、身体がくたくただった。
今年も大事なく過ごせたことに安堵し、社用車を転がして事務所に向かう。
年始は、少しだけどまとまった休みが取れる。
夕方から、雪が降っていた。
3 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 14:45:10.54 ID:r5zFZECu0
彼女のトークショーが終わったのが十八時頃で、諸々の後片付けを終えた今は十九時に差し掛かっていた。
彼女も片付けを手伝うと申し出てくれたが、今年最後の仕事が終わったのだから、先に帰した。
年の暮れぐらい好きなところで、ゆっくりさせてやりたい。
トップアイドルと呼ばれるようになってから、彼女は息もつけないほど忙しくする日々が続いていた。
途中で寄り道して、私用の買い物を済ませてから、プロダクションに帰り着く。
4 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 14:46:25.61 ID:r5zFZECu0
珍しく雪の勢いは強く、融けていくそばから振り落ちる。
きっと明日には積もっているだろうと思った。
エレベータを上がり、事務所の鍵を開けようとして、部屋に明かりが灯っていることに気付く。
てっきり、ちひろさんが残っているものだ思った。
「お疲れさまです」
そう言いながら部屋の中に入ったものの、彼女の姿はなかった。荷物も置かれていない。
だけど部屋の中は適度に暖房がかかっていて、思わずため息が漏れた。
「お疲れさまです、P様」
ソファの方から声がかかる。
ついさっきまで聞いていた声だった。
5 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 14:47:04.84 ID:r5zFZECu0
「クラリス」
自分の名前を呼ばれて、彼女は心なしか嬉しそうに微笑んだ。
6 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 14:48:13.02 ID:r5zFZECu0
「先に帰っていいって言ったのに」
コートを脱ぎながらそう言うと、彼女は少し呆れたような、優しい表情を浮かべる。
「P様がまだ働いていらっしゃるのに、一人だけ先には休めませんわ」
労いの言葉が、心をくすぐってくれるようだった。
「僕だってもう仕事は終わってるよ。いらない荷物を置いたら帰るつもり」
「そうでしたか」
のんびりとした口調で彼女が答える。
「でも、ありがとう。部屋が暖かくて生き返った心地だ」
「でしたら、幸いです」
彼女がいやに静かなのが気になった。
彼女は普段から口数が多い方ではなかったが、それでも今はどこか妙に言葉をおしとどめているような印象を受ける。
なんとなくそう思えるだけだったけど。
7 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 14:49:45.72 ID:r5zFZECu0
「あー、クラリス」
「なんでしょう?」
「温かいココアでもいれようと思うんだけど、良ければ君の分も用意しようか?」
彼女の表情がぱあっと輝く。
「お願いできますでしょうか」
頷いて、給湯室に向かう。
その後ろを、なにやらお洒落なロゴの印字された紙袋を抱えた彼女がついてくる。
8 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 14:51:22.23 ID:r5zFZECu0
ココアパウダーと少量の牛乳を雪平鍋に入れて、よく練る。
ペースト状になってきたら、そこに砂糖を加えてもう少しかき混ぜ、弱火にかける。
少しずつ牛乳を足していき、沸騰する手前で火を止める。
あらかじめ用意していたマグカップに、ゆっくりと注ぐ。
仕事が遅くなる日には、決まって作って飲むようにしていた。
お湯に溶かすだけのものと比べて手間はかかってしまうけど、丁寧に作るだけその味は素晴らしい。
9 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 14:52:58.63 ID:r5zFZECu0
ココアを作る僕の横で彼女は紙袋から取り出したバゲットを薄く切って、それをオーブンで温めていた。
「どうしてそんなものが?」
ふと気になって聞くと、薄く頬を染めて彼女が答えた。
「さっき、帰り道に買ったんです。とっても美味しそうだったので」
話している内に、いい香りが漂ってくる。
10 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 14:54:00.56 ID:r5zFZECu0
それらをテーブルまで運ぶ。
テーブルを挟んで向き合う形で、ソファに腰かけた。
「それじゃあ、まあ、今年もお疲れさまでした」
マグカップを持ち上げて、こつんと合わせる。
「今年も大変お世話になりました」
愛らしく微笑んで、彼女は頭を下げた。
11 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 14:54:54.55 ID:r5zFZECu0
ココアを一口飲んだ彼女が驚いたように僕を見る。
「なんか味、変だった?」
心配になって尋ねると、彼女は小刻みに首を振った。
「美味しいです、とっても」
どうやら、いたく感動していただけのようだった。
バゲットに手を伸ばす。熱かったから、端っこを持って齧った。
ほんのり焦げ目のついたパンの風味が、口の中に広がる。
さくさくとした食感がたまらない。それがココアに絶妙に合っていて、つい止まらなくなってしまう。
空いていたお腹が満たされていくと、どうしてこんなにも穏やかな気分になれるのだろう。
それはひとえに、目の前で幸せそうにココアを飲む彼女のおかげなのかもしれない。
12 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 14:57:39.20 ID:r5zFZECu0
「そうだ、クラリス」
バゲットを齧りながらアイデアを一つ、思いついた。
それを少しだけ自分の中で膨らませる。すると、考えるほどに素晴らしいもののように思えてくる。
「なんでしょう?」
「事務所でこんなことしちゃいけないんだけど」
言い訳のように呟きながら、帰り道に買ったものを取り出す。
彼女はわけがわからないといったように、首を傾げている。
「ほんとは家で飲むつもりだったんだけど、君さえよければ、一緒に飲まないか?」
掲げて見せたのは、赤ワインだった。
今日は車で帰るのを諦めることにする。
13 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 14:58:32.46 ID:r5zFZECu0
「まあまあまあ!」
彼女が驚いた声を上げる。
「ささやかだけど、今年も無事に終わったことのお祝いに」
断られるかもと思いはしたが、ややあって彼女は困ったように笑いながら、頷いた。
「ご一緒させていただきます」
耐熱グラスにワインを注いで、ついでに共用の冷蔵庫に入っていたいちごジャムをひと匙掬ってかき混ぜる。
それを電子レンジにかけてホットワインにする。
僕と彼女だけの、ささやかな忘年会だった。
窓の外は相変わらず雪模様で、夜ばかりがしんしんと更けていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
14 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 14:59:17.22 ID:r5zFZECu0
出会った当時の彼女は、二十歳だった。
その時もたしか十二月だった。
15 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 15:00:30.05 ID:r5zFZECu0
その年の十二月は、今思い返せばことさら寒かったような気がする。
都心にも何度か雪が積もったし、なによりも空気が冷ややかだった。
安物のマフラーと手袋では、誤魔化しきれないほどに。
雪でもちらつきそうな曇天の下を、僕は歩いていた。
午後八時を回っていただろうか。営業先から事務所に帰り着くまでに、身体すべてが凍えてしまうような寒さだった。
コートをすり抜けてくる冷気は、一つの容赦もなかった。
周りにいる誰もが身をかたく縮こませて足早に歩いていた。
僕もその中の一人に紛れて、心許なくひかる街灯を頼りに歩き続けた。
それはまるで無声映画の一場面のような、音と色のない行進だった。
16 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 15:01:13.40 ID:r5zFZECu0
そんな中で彼女は、ちかちかと明滅する一本の街灯の下に佇んでいた。
はっとして僕は、歩くのをやめてその場に立ち竦む。
橙の灯りが降りしきるその下で、彼女の周囲だけが、鮮やかな色彩を帯びているように見えたからだった。
17 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 15:02:11.70 ID:r5zFZECu0
僕は再び歩を進めながら、彼女を見つめた。
身を包んでいる簡素な服はとうてい防寒具には見えなかったし、袖から覗く手は、寒気に晒されて真っ赤だった。
それでも控えめに笑顔を振りまく彼女は、紙きれのようなものを配っていた。
正確にいうなら、配っているのではなくて、配ろうとしているに過ぎなかった。
行進に参列する人間は誰もが下ばかりを見つめていて、受け取るどころか彼女の存在に気付こうとさえしない。
やがて、彼女の表情が克明に見て取れるほどの距離になる。
18 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 15:03:05.85 ID:r5zFZECu0
「寄付をお願いいたします」
修道服姿の彼女が僕に差し出してきた紙には、端整な字と、少しばかりの絵柄とがあった。
微かに触れた彼女の指先は、彫像のように冷えきっていた。
僕がそれを受け取ると、彼女は会釈をして、小さく微笑んだ。まだ手元には厚い紙の束があった。
渡された紙に、目を走らせる。
この寒空の下で、まだ彼女はこれを配り続けるのだろうか。
ふと、そんなことを考えた。
19 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 15:04:05.56 ID:r5zFZECu0
「あの」
「はい、なんでしょう?」
彼女の、絹のようにすべらかな髪が揺れるさまを見つめる。
首元には大きなブローチが赤々と輝いている。
「僕で良ければ、寄付します」
気付けばそう言っていた。
僕の言葉を受けても、はじめ彼女はきょとんとした表情を浮かべるばかりで、言葉の意味を飲み込めていないようだった。
それから氷が融けてゆくように、彼女の表情が弛緩していく。
20 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 15:04:54.50 ID:r5zFZECu0
「ありがとう、ございます」
愛らしい、花のような笑顔だった。
心が温まるような、不思議な丸みがあった。
普段からアイドルの傍で仕事をしているはずなのに、つい見とれてしまうほどには。
21 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 15:06:06.50 ID:r5zFZECu0
事務所に帰り着くと、まだちひろさんが残っていた。
どこだって大抵はそうなんだろうけど、うちの業界も年末は忙しい。
デスクの脇に自分の鞄を置き、脱いだコートをハンガーにかける。
ふと視線を感じて後ろを振り返ると、珍しいものを見るような表情の彼女と目が合った。
疑問符と、少しばかりの好奇心の混じったような顔だった。
気になってわけを尋ねると、逆に尋ね返された。
そんなにぼんやりとして、なにかあったのか、と。
22 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 15:07:20.28 ID:r5zFZECu0
「え、僕、ぼんやりしてます?」
「ええ、心ここにあらずって感じですけど」
頷きながら彼女は、くすくすと笑っている。
「なにか良いことでもありましたか?」
そう言われて一番に思い浮かんだのは、彼女のささやかな笑顔だった。
「Pさん?」
黙り込んでしまったのを気遣うように、彼女が顔色を窺ってくる。
23 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 15:08:08.42 ID:r5zFZECu0
「……僕、さっき見つけてしまったかもしれないです」
それは閃きに過ぎなかった。
「なにをです?」
たった一瞬の笑顔だった。
「アイドルの、原石を」
それでも鮮やかなその輝きを、たしかにこの目で捉えた。
目には未だに、まばゆいばかりのブロンドの髪色が焼き付いている。
24 :
◆K5gei8GTyk
[saga]:2017/09/30(土) 15:09:05.13 ID:r5zFZECu0
神様の存在を信じるという感覚が、今一つ理解できない。
なぜって、その姿を見たことがないから。
頭の中で明確に像を結べないものに頼るということに、違和感を覚えてしまうからだった。
それでも、神様と呼ばれるものが、どこかにいればいいとは思うことはある。
世界のあらゆる場所に、その存在を心から信じ、祈り続ける人がいる限り。
その支えになる限り。
スカウトの話をするために、彼女のもとを訪ねた時のことだった。
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