高垣楓「eye」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 14:34:15.66 ID:24a1vkz10

 忘れられない光景がある。

 幼少のころに見たゾンビの映画。学校帰りの茜空。初めてキスを交わしたときの彼女の顔。
 それらは思い出となって僕の中で光り輝いている。

 その中でひときわ輝くものがある。
 藍色と碧色。二つの瞳。
 それは夜眠ろうと目を瞑ったときや何気なく車を運転しているとき、ふと現れる。そして僕は考える。

 あのときの彼女の瞳には僕は何色に映っていたのだろう。
 
 希望に満ちた碧、哀しみを塗りたぐったような藍。
 それとはまた別で、始まりのような白かもしれないし、終わりを告げる黒だったのかもしれない。今となってはわからない。

 ただ確かに言えるのは、あのときの彼女の瞳には僕がしっかりと映っていて、僕の瞳にも彼女はしっかりと映っていた。


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2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 14:36:16.92 ID:24a1vkz10
 
 あれは確か春の終わりのころだった。

「プロデューサー、この後飲みに行きませんか?」

 デスク仕事がひと段落つき大きく伸びをすると、それを見計らっていたかのように彼女が声をかけてきた。
 僕が振り返ると彼女は右手でお猪口のポーズを作り、くいっと飲む仕草をした。つい笑ってしまう。
 今日は金曜日だ。それも給料日直後の。お酒好きの彼女が僕を飲みに誘うのは当たり前といえば当たり前のことだった。

「大丈夫ですよ。もう少ししたら終わりますので、楓さんは場所の予約をお願いします」
「わかりました。高垣楓、席取りの重責担います」
 
 彼女は今時、おじさんでも言わないようなダジャレを口にしてから、居酒屋へと予約の電話をかけ始めた。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 14:41:56.27 ID:24a1vkz10

 何軒かある行きつけの店のうちの一軒が個室も空いているらしく、そこに決めた。
 表通りから少し離れた場所にある隠れ家風のその店は、値段は張るけれど魚が美味しく、何より人が少ない。
 アイドルとプロデューサーがお酒を酌み交わすにはもってこいの場所だった。

 店のドアを開けると、顔なじみになっていた従業員の女の子が僕と楓さんに気づき、笑顔で個室まで案内してくれた。
 部屋に入り、女の子からおしぼりを受け取ると、僕はビールを彼女は冷酒を注文した。
 女の子はありがとうございますと伝票に名前を書きこみ、個室から出ていった。
 
 僕はジャケットを椅子にかけ、シャツの第一ボタンを外し、ネクタイを少し緩めた。
 向かい合わせに座る彼女は本日のおすすめと書かれた紙を手に取り、日本酒とビールに合う酒の肴を探し始めた。

「私って目の色が違うじゃないですか」

 突然、彼女が言った。
 今日のおすすめは鯛ですって、めでたいですね、とでも言うような何気ない言い方だった。僕は「はい?」と聞き返した。

「あれ?プロデューサー気づいていなかったんですか?私、瞳の色が左右で違うんですよ」
 
 彼女はメニューをテーブルに置き、僕のほうへと身体を乗り出した。
 ほら、違うでしょう?と言いたげに、藍色の瞳と碧色の瞳が僕を覗き込んできた。

 二つの瞳は彼女の担当プロデューサーとして、
 見慣れたものになっていたが、意識して見るのはずいぶん久しぶりのことのように思えた。
 
 藍色と碧色。澄んだ宝石のようなその瞳は彼女と出会った日のことを思い出させた。

4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 14:46:05.27 ID:24a1vkz10
***

 当時(といってもせいぜい一年くらい前の話だが)彼女はアイドルではなかった。
 
 彼女はファッションモデルをやっていた。らしい。人気があったかどうかもわからない。
 というのも僕と彼女が出会ったのは、プロデューサーとモデル、いわゆる仕事関係で出会ったわけではないからである。
 それどころか、僕が最初に彼女に出会ってから彼女がモデルをしていると判明するまでには二か月くらいのラグが生じた。

 場所は都会のスクランブルの中心とか夜の海といったロマンチックな場所ではなくて、平凡な居酒屋だった。
 少し強面で髪の短い大将がいて、アルバイトであろう学生の女の子がいらっしゃいませと元気よく声をかけ、様々な年代の人々の笑い声が入り乱れる。
 そんなどこにでもある一軒の居酒屋だった。

「冷ややっこ、イカの塩辛、大根の漬物」

 カウンターに通されてすぐ、僕が頼むのとほぼ同時に、二つ席を離れた場所に座っていた女性も

「冷ややっこ、イカの塩辛、梅干し」

 と頼んだ。好みの似た人だと眺めると、女性もまた僕を見ていた。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 14:48:36.89 ID:24a1vkz10
「いいセンスをしていますね」

 声をかけていいか決めかねていた僕に彼女が話しかけてきた。落ち着きの中にどこか茶目っ気もある声だった。

「ありがとうございます。あなたもとてもいいセンスをしていらっしゃる」

 綺麗な人だった。ふんわりとしたボブカット風の髪型に、ややあどけない顔立ち。
 スタイルには自信があるらしく、
 薄紫色のノースリーブをあざとらしさを感じさせることもなく、とても品よく着こなしていた。

 どのパーツもとても魅力的で、言ってしまえば、彼女はすごく美人だったのだが、
 僕は彼女が持つパーツの中でとりわけ、瞳に惹かれた。彼女は左右で瞳の色が違っていた。

 藍色と碧色。
 二つの瞳は哀しみと希望、過去と未来、様々なものを映しているように思えた。
 
 彼女の瞳のどこにそんなに惹かれる部分があるのか、合理的に説明することは出来ないが、
 この二つの瞳が彼女の持つ魅力の一番の要因だと僕はすぐに感じ取った。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 14:51:06.25 ID:24a1vkz10
「仕事終わりですか?」

 僕の隣に席を移動して彼女が聞いた。

「はい、そうです。あなたもですか?」
「えぇ。そうです」

 彼女が頷くと、カウンター越しに料理が届けられ、僕たちはそれを肴に他愛ない話をした。

「ここのお店は魚も美味しいんですよ」
「そうなんですか。何かおすすめありますか?」
「焼き魚ならほっけで、刺身ならアジですね。味がいいです」

 僕はさっそくアジの刺身を注文し、それが届くと、彼女に一切れ勧めた。

「いいんですか?」
「もちろん。アジもあなたみたいな美人に食べてもらえた方が本望ですよ」
「なかなか味なことをいいますね」

 彼女はありがとうございますと礼を言ってから、アジを食べた。

「このぷりぷりの食感がアジの醍醐味ですね」

 頬に左手を添えながら、嬉しそうに彼女が言った。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 14:56:42.96 ID:24a1vkz10

 それからも僕たちはお酒を合わせる機会があった。
 僕が店にいくと彼女はいつもそこにいた。
 
 毎日、この店でお酒を飲んでいるのか、それとも僕がこの店に来ることを予感して、僕を待っているのか、
 もしくは僕と彼女のお酒を飲みたいと思う周期が同じなのか、
 どれが正しいのかわからないが、僕が店に入ると彼女は決まってカウンターの端っこに座っていて、
 梅干しと他、数品の料理を肴に冷酒を飲んでいた。
 
 そして僕の姿を見つけると、おつかれさまですと微笑み、手招きをして僕を横に呼んだ。

「自己紹介でもしましょう」

 何回目かの飲みのときに彼女が言った。
 うだるように暑い夏の日だった。いつも冷酒の彼女が珍しくビールを飲んでいた。

8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 14:58:46.54 ID:24a1vkz10
「自己紹介ですか?」
「えぇ。私たち、何度も顔を合わせているのにお互いの事全く知らないじゃないですか。
 呼び名もあなたですし。それにそろそろ新しいおつまみが欲しいかなって」

 なるほどと僕は言って、自己紹介を始めた。
 名前を名乗り、出身地を告げ、大学を出て、アイドル事務所のプロデューサーになり、今もその仕事を続けていると話した。
 僕が言うと、彼女は合コンとかで出会う一般的な同年代の女性と同じように、少し目を見開いて驚いてみせた。

「アイドル事務所のプロデューサーなんですか?」
「えぇ、一応。担当のアイドルはいませんけどね」

 僕はポケットから名刺入れを取り出し、名刺を彼女に手渡した。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 15:02:08.62 ID:24a1vkz10
「アイドルがいないのにプロデューサーって変な話ですね」
「うちの事務所には他にもプロデューサーはいるんですけど、
 担当するアイドルがいないプロデューサーは僕だけですね。おかげで毎日事務仕事の手伝いをさせられてますよ」

「事務仕事メインなのにどうしてプロデューサーをやっているんですか?」
「ここだけの話、アイドル事務所のプロデューサーは給料がそこそこいいんです。
 自分が採用された場所で一番よい給料を出してくれるのがこの会社だったってだけです」

 僕が言うと、彼女は眉間にしわを寄せ、首をひねった。
 僕の言っていることはわかったけど、考えは理解できないと言いたげな表情だった。

「……どうして担当のアイドルはいないんですか?」
「うちの事務所は割と特殊で、プロデューサー自身がプロデュースするアイドルを自分で選ぶんですよ。それこそ街中とかでスカウトしたりするんです」
「つまり気になる子に出会えなかったと」
「そういうことですね」

 受け取った名刺を彼女は持ち上げたりして、いろんな角度から覗き込んだ。
 僕の名前と事務所の名前しか書かれていない名刺に何をそんなに見るところがあるのか僕にはわからなかった。
 
 ひょっとしたら二つの瞳には本当に僕とは違うものが見えているのかもしれないし、
 どんなくだらないことでも面白く感じる酔っ払い特有の症状が出ているだけなのかもしれない。
 彼女がその行為を繰り返す様子を、僕はビールを飲みながら黙って見ていた。
 
 彼女の表情はコロコロ変わった。
 名刺を遠ざけたり近づけたりして見る様子は、宝物を探す無邪気な子供のようにも、自分の未来を占おうとする占い師のようにも見えた。

 しばらくして何か見えたのか、彼女は名刺をテーブルの上に置き、言った。

「じゃあ私がアイドルになりましょうか?」
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 15:05:50.45 ID:24a1vkz10
「あなたがですか?」
 
 思いがけない言葉に僕はそう訊き返した。僕をからかうだけのつもりで言っているのか、
 それとも本気なのか、彼女の微笑みから真意は見えてこなかった。
 誤作動を起こしたロボットのように止まってしまった僕に対して、「はい」と彼女は頷いた。

「それとも私ではPさんの目にはかなわないでしょうか?」

 彼女は簡単な自己紹介を始めた。高垣楓。25歳。出身は和歌山で、好きな食べ物は梅干し。職業はモデルをやっている。

「25歳」と僕は呟いた。
 
 僕よりも少し年上だった。
 年齢を言われるまで彼女は20代前半にも20代後半にも見えていたが、
 25歳と言われると、それはそれでしっくりと落ち着いた。

「えぇ、25歳です」と彼女は頷いた。「やっぱり25歳だと年齢的に厳しいですか?」

「そんなことはないです。うちの事務所には20代や30代の方もたくさんいるので。ただですね」
「はい?」
「僕としては高垣さんがアイドルになってくれるのはとても魅力的な案なんですけど、高垣さんはそれでいいんですか?
 モデルをされているって言っていましたし、それにアイドルは確実に成功する職業じゃないので」

 僕は給料の話を始める。プロデューサーは基本給があるが、アイドルにはない。
 完全出来高制で、ひと月に信じられない額を稼ぐアイドルもいるが、逆も然り。
 生活出来なくなってアルバイトをしながら生計を立てる子や辞める子も多い。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 15:08:18.31 ID:24a1vkz10
「構いません」と彼女は言った。

 彼女は子供のように混じりけのない瞳で僕を見つめていた。僕の話をまるで聞いていなかった。
 
 僕は今までに事務仕事を手伝う傍ら、よく新人のアイドルの子に給料の説明をする機会があった。
 彼女たちは大きく分けて二つのパターンに分類された。
 
 言ってしまえば、お金儲けをしたくてアイドルを目指す子と純粋にアイドルになりたい子。
 前者ほど僕の話をよく聞いて、後者は僕の話を聞き流す傾向が強かった。

 彼女はパターンだけで分類するなら後者のパターンに当てはまるのだが、おそらく違うなと僕は直感で感じていた。
 彼女はアイドルのことにもお金のことにもあまり興味がないようだった。
 
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 15:09:31.99 ID:24a1vkz10
 次に僕はプロデューサーの話を始めた。
 事務所には僕以外にもプロデューサーがたくさんいて、みんな僕より優れている。
 
「高垣さんならみんな担当したいと思いますよ」と僕は言った。

 彼女は年相応の大人らしく、礼儀正しく、優雅に首を振った。

「あなたじゃないとだめなんです」

 彼女は梅干しを一粒口に運び、そして何かを確かめるように僕を見た。
 僕の深くを覗き込み、また僕を深くまで引きこんでしまいそうな瞳だった。瞳の中の僕はどこか緊張していた。

 しばらくすると彼女は両目を閉じ、それからまた時間をかけて、ゆっくりと瞳を開いた。

「Pさん。私をアイドルにしてくれますか」
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 15:21:52.75 ID:24a1vkz10
***

「プロデューサー?聞いてますか?」

 彼女の声で我に返った。

「あぁ、すみません。楓さんと出会った時のことを思い出してました」
「私と出会った日のことですか?」
「えぇ。今になって思い返すと、楓さんはあの当時からダジャレをよく口にしていたんだなぁって」
 
 彼女はダジャレを好み、そして何より歌がとびぬけて上手だった。
 それはアイドル活動をやる上でとても強力な武器になった。
 
 普段はくだらないダジャレとお酒の事しか飛び出さない口から信じられないくらい上手な歌が歌われる。
 世間が彼女の虜になるのはあっという間のことだった。

 僕はというと特に何もしていない。彼女のスカウト前後で変わったのは、
 仕事内容が事務処理から彼女のスケジュール管理に変わったことと飲みにいく回数が大きく増えたくらいだった。

 僕が何もしなくても彼女はアイドル街道を万進していき、
 デビュー当初、ダジャレおばさんと呼ばれていた何とも情けないあだ名は、
 今や『世紀末歌姫』と、多くのアイドル達の憧れの的となっている。

14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 15:25:05.20 ID:24a1vkz10
「あのときは全然、私のダジャレに気づいてくれなくて、とても悲しかったです」
「すいません。あまりにもクオリティが低かったので気づきませんでした」
「泣いちゃいますよ?」

 ぐすんと両手を目の下に添え、彼女はいかにもな泣くふりをした。

「冗談ですよ。それで?目の色がどうかしたんですか?」
「そうでした。実はですね。この二つの瞳には異なる二つのものが映るんです」
 
 本日二度目の思いがけない言葉に僕は「はい?」と再び聞き返した。

「すみません。突然、変なことを言って。でも本当なんです。
 さっきプロデューサーは私と出会ったときの話を思い出したって言いましたよね」

 えぇと僕は頷いた。

15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 15:26:45.24 ID:24a1vkz10
「あのときのことはよく覚えています。
 私の右目にはモデル時代の友達やマネージャーの顔が映っていました。そして左目にはプロデューサーが映りました」

 楓さんは左手の人差し指で自分の藍色の瞳を指さした。

「この瞳です。ここに映ったんです。前からこういうことはたまにありました。
 だからあの時も私は驚きませんでした。
 いつもと同じように目を瞑り、再び目を開けたときに、より輝いている方を選べばいいだけでした」

「つまりあのときは僕の方が輝いていたと」
「そういうことです」

 彼女が頷くと、扉がこんこんと叩かれ、女の子がビールと冷酒を運んできた。
 ご注文は?と尋ねる女の子に、僕はいくつか適当に頼もうとしたが、彼女が遮った。
 今は悩んでいるから決まり次第呼びますね、と彼女のいつもとは異なる様子の返答に、
 女の子は軽く首を捻ってから、笑顔を作り、部屋を出ていった。

「話を続けますね」

 乾杯の音頭もとらずに彼女は話を再開した。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 15:31:44.07 ID:24a1vkz10
「両目に二つのものが映り、どちらか片方が強く光る。これは私にとって、とても楽なことでした。
 光る方を選べばいいだけですから。私は今まで光る方を選んで後悔したことがありません。
 きっと神様が教えてくれているんだと思います。こっちを選べばいいんだよって。
 ですが、ごく稀に厄介なことが起こるんです」

「厄介なこと?」と僕は聞いた。

「両目に二つのものが映ります。そして私は目を瞑ります。ここまでは同じです。
 ですが、目を開けたとき、二つのものが同じくらいの強さで光っているときがあるんです」

 彼女は手酌でお猪口に冷酒を注ぎ、そのまま一気に飲み干した。

「神様が、どちらを選んでも大差はないよ、もしくは、これはあなた自身が決めなさい、
 と言っているのかもしれません。けれど私はこういうときに答えを選ぶことが出来ません。
 
 どちらか一つが少しでも強く光っていないか、微細にじっくり考えますし、
 それでもわからないときは、もう一度目を閉じ、そして答えを出すことを諦めます。
 
 適当にどちらか一つを選んでしまうこともありましたが、その選択はどんな些細な物でも、私の中に強く残りました。
 本当にこっちでよかったのだろうかと。それはとても疲れることでした。
 
 ですから大抵の場合、私は二つともを諦めてきました。
 幸い、今までにそんなに大きな選択は来ませんでしたから、諦めても何か問題が生じることはありませんでした。
 そう思うと、神様はやはり、どちらを選んでも大差はないよ、と言ってくれているのかもしれませんね」
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 15:33:41.83 ID:24a1vkz10
 彼女は再び、手酌でお酒を注ごうとしたので、僕はとっくりを取り、お酒を注いであげた。
 ありがとうございますと言って、お猪口を傾ける彼女に僕は尋ねた。

「それで?」
「はい?」
「どうしてこの話を今したんですか?何か光りましたか?」
「あぁ、そうでした。これを見てください」

 彼女はお品書きと書かれた紙を僕に向け、その中から、イカの塩辛とたこわさを指さした。

「私には今この二つが同じくらいの輝きを放っているんです」

 やれやれと僕はため息をはいた。

「すごく重大なことだと身構えた僕がバカみたいですよ」
「私にとっては重大なことなんです」

 彼女は口を膨らませた。


18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 15:35:36.83 ID:24a1vkz10
「でもこういうとき、目を瞑って、それでも答えが出ないならあきらめるんでしょう?」
「そうなんです」

 彼女は膨らませていた口をしゅんとさせた。お預けをくらった犬のようだった。
 僕はメニューに書かれた二つを見比べてから、「じゃあたこわさにしましょう」と言った。
 彼女はしょんぼりしていた顔を上げ、驚いたように僕を見た。

「それはどうしてですか」
「僕が今日はたこわさを食べたい気分なんです。いけませんか」
「そんなことはないですけど」

 僕は店員を呼び、たこわさと他、数種類のおつまみ、
 そして冷酒のおかわりとお猪口をもう一つつけてもらえるよう頼んだ。

 注文を終えてからも彼女はおすすめの紙を見つめていた。
 たこわさと塩辛がまだ光り続けているのかもしれないし、それとは別の何かが光り始めたのかもしれなかった。
 
 彼女は目を擦ったり、瞬きを何度も繰り返し、紙を見つめていた。
 僕はその様子をビールをちびちび飲みながら見つめ、
 そんなに見つめられたら紙が照れて赤くなってしまうのではないか、とくだらないことを考えていた。
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 15:37:04.54 ID:24a1vkz10
 ビールがなくなる頃に扉がノックされ、料理とお酒が届けられた。
 僕たちは乾杯をして、まず初めにたこわさを食べた。わさびの鼻を抜けるつんとした感覚で、ふと思った。

「今更なんですけど」
「はい?」
「たこわさと塩辛、両方頼めばよかったんじゃないですか?」
「似た味なのにですか?」
「どちらか二つで悩んでいるなら、二つともとればいいって話です」

 彼女は首を横にふった。

「私もそれは考えました。でもダメだったんです。二つともを取ろうとすると、神様が怒ってくるんです。
 それは欲張りだって。過去に私は強欲にも二つのうち両方を選んだことが何回かありました。
 すると少し経って、ほぼ確実と言っていいほど私は不幸に見合われました」

「不幸ですか?」
「はい」と彼女は頷いた。「ときには食べ過ぎでお腹が苦しくなり、ときには二日酔いで頭が痛くなりました」
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 15:38:32.63 ID:24a1vkz10
 やれやれと僕は思った。「それは確かに、欲張りかすぎかもしれませんね」

「でしょう?」と彼女はくすくす笑った。物憂げな表情は跡形もなく消えていた。

 僕がたこわさの入った皿を彼女の方へとやると、彼女はありがとうございますと言って、たこわさを食べた。

「今日はプロデューサーと一緒に来れてよかったです」
「どうしてですか?」
「だって私一人だとこれ食べられなかったですし」

 そう言うと彼女はたこわさをもう一口食べた。

「その分、値段がたこー付くんですけどね」と言う彼女はすごく上機嫌だった。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/09(土) 20:28:54.50 ID:PXA0U0fS0
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